さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第44回】 「サンヨウメリヤス土地賃借事件」 ~最判昭和45年10月23日(民集24巻11号1617頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
改めて確認したいJ-SOX 【第1回】 「J-SOX(内部統制報告制度)の目的は何か」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 -連載開始にあたって- 内部統制報告制度が導入され、2018年4月からの事業年度で10年目を迎えました。 上場企業の財務報告に係る内部統制を強化し、ディスクロージャーの信頼性を高めようという目的のもと、平成20年4月1日以後開始事業年度から同制度は適用されました。その後、2年間の実務運用を経て、現場の声を反映する形で制度が見直され、現在に至っています。 内部統制報告制度(以下、本連載では「J-SOX」といいます)の導入を機に、内部統制の強化を図った企業も多いのではないでしょうか。財務報告の信頼性を確保できる体制が構築され、今も継続して更新・改善されているのであれば、この制度は大成功であったといえるでしょう。 一方、次のような声を聞くこともあります。 もし、あなたの企業がこのような状態に陥ってしまっているのであれば、それはとても、もったいないことです。 なぜなら、 といったメリットを享受できない状況にあるからです。 内部統制の評価が制度として求められている以上、避けることはできません。同じ時間をかけるのであれば少しでも意味のあることをして、企業の成長に一役買ってみるのはどうでしょうか。 本連載では、次のような方を想定し、内部統制評価の実務をできるようになることを目標に解説していきます。 なお、本連載で記載した内容は執筆者の所見に基づくものであり、所属する法人の見解ではないことをあらかじめお断りしておきます。 1 J-SOXの目的 J-SOXの目的 財務報告に係る内部統制を有効なものとすることで、財務報告の信頼性を確保する。 J-SOXの導入以前は、財務諸表監査の一環として、監査人によって内部統制の評価が行われていました。財務諸表の観点から監査人が独自に内部統制の有効性を評価し、その評価結果を踏まえて、財務諸表の数字を検証するといった具合です。 そんな中、平成16年10月、当時報道でも大きく取り上げられました有名企業の有価証券報告書の虚偽記載が発覚しました。これを受け、金融庁では有価証券報告書提出会社に対して自主的に点検させたところ、相次いで訂正報告書が出され、最終的に、自主的な点検を要請した会社4,538社中、10%を超える589社が訂正報告書を提出する事態となったのです。 訂正の内容は、株式に関する訂正が最多で372社ありましたが、財務諸表の訂正も190社ありました(【図表1】参照)。 【図表1】 有価証券報告書提出会社の自主的な点検の結果 (出典) 金融庁「有価証券報告書提出会社における自主的な点検について」 金融庁はこれを証券市場に対する信頼を揺るがしかねない由々しき事態であると捉え、その対応策としてJ-SOXを導入したのです。 今はすでにJ-SOXが制度として定着しているため、なぜこの制度が導入されたのかを忘れてしまった方もいるかもしれません。もしかしたら、知らない方もいるかもしれません。J-SOXの導入背景は、目的を理解するうえで重要です。ぜひこの機会に押さえてください。 2 制度の概要 内部統制の評価は、概ね以下のような手順で進められるのではないかと思います(【図表2】参照)。 【図表2】 内部統制評価の概要 ※上記は一例です。実際の手順は、各社の状況に応じて柔軟に決定されると考えられます。 (1) 内部統制の適切な整備・運用 内部統制監査が行われる前提として、各社・各部署で内部統制が適切に整備され、運用されていることが想定されます。J-SOXでは内部統制をどのように整備し、運用するかを一律に示すことはせず、各社の状況等に応じて、適切に創意工夫して内部統制を整備・運用するよう求めています。そのため、組織やルール等の新設・改廃の都度、内部統制を変更する必要がないかを検討しなければなりません。 (2) 評価範囲の絞込み 日本で内部統制報告制度を導入する際、先例であった米国の内部統制報告制度を参考にしました。米国の内部統制報告制度は、財務報告に影響する内部統制の有効性を個別に積み上げていく手法で、企業全体の内部統制の有効性を評価(※)します。 (※) 内部統制の有効性を評価するのは監査法人などの監査人です。 この手法の場合、評価を受ける側の対応コストが膨大となる批判が米国内であったため、日本では別の手法を採用しました。その手法は、トップダウン型のリスク・アプローチと呼ばれるものです。具体的には、①全社的な内部統制の有効性を評価し、②その評価結果を踏まえて個別に検討すべき内部統制(例えば、A社の〇〇事業の売上計上プロセスに係る内部統制)を選定して評価します。 このようにすることで、重点的にリソースを投入できるため効率的(企業側に過度な負担をかけない)で、なおかつ重要な内部統制の有効性を高めることができるため財務報告の信頼性を担保するというJ-SOXの目的も達成できます。 なお、トップダウン型のリスク・アプローチ以外にもJ-SOXの特徴はありますが、内部統制を評価する側の視点で解説する観点から、本連載では割愛させていただきます。 (3) 評価~報告 実際には、全社的な内部統制や業務プロセスに係る内部統制等、複数の評価対象があるため、評価するタイミングが異なるといったこともありますが、概ねの流れは【図表2】のようになると考えられます。 それぞれの詳細は、次回以降の連載で説明します。 * * * 次回からは、「2 制度の概要」で示した内部統制評価の概要を掘り下げていきます。 第1弾目となる次回は、内部統制とはどのようなものなのか、内部統制という抽象的な概念を噛み砕いて説明していきます。 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 公認会計士 石田 晃一 ←(前回) | (次回)→ 第7節 関連当事者取引 【第19回】 「関連当事者との取引(その1)」 ▷関連当事者取引がM&Aに与える影響 M&Aに際して買収対象となっている会社が、当該会社と相応の資本関係を有する会社や、創業者等との人的関係を通じた関係を有する会社等との間で恒常的な営業取引を行っている場合、そうした営業取引がM&Aによる買収後も従前と同条件で継続されるものとは一概には言えない場合も多いであろう。 こうした人的関係や資本関係等によって関連性を有する当事者、すなわち関連当事者間で行われる取引は、取引行為その他の経営活動を通じて、正当とは言えないような利益の供与/享受がなされていたり、不当な取引条件等に基づいていたりするような場合もあり得る。 このように、関連当事者間で行われる取引は、本来的には不要である取引が強要されたり、取引条件が不当に歪められていたりする場合等、当事者間で利益の相反する取引となっている可能性が高いことから、M&Aに際しては、当該取引を行うことについての経済合理性や取引条件の妥当性等について検討する必要があり、M&Aによる買収後、こうした取引が是正/解消されることで、買収対象事業がどのような影響を受けるかについて、慎重に吟味する必要があると言える。 仮にこうした取引を全て独立第三者間価格で置き直した場合、M&A対象となる事業の収益性が極端に悪化するようなケースもあろう。そのような場合、買収に際して取引相手との関係性を維持することの是非を含めた慎重な判断が必要となる。 他方、買収対象会社が関連当事者との間で、一過性の取引、例えば不動産や有価証券の売買等を行っているような場合で、当該売買価格や決済条件が仮に適正とは言えないものであったとしたらどうであろうか。 こうした一過性の取引であれば、買収後に再びこのような取引がなされることはないであろうから、過去における売買でどのような財務的なインパクトが買収対象会社に生じたか、について検討すればM&A実行に際して検討はこと足りる、と言えるであろうか。 確かに再びそうした取引が実行されなければ、新たな問題は生じない、とも言えるかもしれないが、例えば過去に行われた取引で恣意的な価格設定等が行われていたような場合で、税務当局の事後的な調査でそれが否認されるようなことがあれば、買収した会社の業績に影響が生じる可能性もあろう。 このように、関連当事者間取引は、独立第三者間取引と比較してどの程度の財務インパクトを買収対象会社が享受/提供しているか、という収益性判断の問題であると同時に、課税当局から見て適正範囲にある取引と言えるか否か、という税務リスク判断の問題も絡んだ領域でもある。 こうした取引条件の一般化(正常化)に関する議論は、本連載で今後取り上げる「正常収益力の把握」の項で、また、税務リスクの有無に関する議論は、「税務関連」の項で、それぞれ詳述することとして、本稿では今回と次回の2回に分けて、関連当事者に関する検討範囲と関連当事者取引の類型や事例等について紹介していくことにする。 ▷関連当事者の範囲 「会社計算規則」並びに「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」において定義される「関連当事者」は以下のとおりである(会社計算規則第112条4項、財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則第8条17項)。 買収対象会社が上述の法令等に従って関連当事者取引を開示している場合には、当該開示内容を中心に内容の検討を行うことになるが、買収対象会社がこうした開示を行っていない場合には、上記の属性に従って情報を収集・整理していく必要がある。 これらはいずれも、財務諸表等の作成に際して開示対象とされる者の範囲を定めたものであり、M&Aに際して検討の対象とすべき範囲を直接的に画するものではないが、投資に際して有用な情報の範囲を画する、という意味で両者は共通しており、検討に際して参考となるであろう。 【実務事例19-1】 運送業を営むA社ではドライバーの確保がままならず、提携関係にあったG社に株式を売却することとなった。A社の株主でもあるオーナー社長は当該地域でガソリンスタンド業も手掛けており、A社では当該オーナー系列のガソリンスタンドで格安で給油を受けていた。G社への株式売却に際して、当該オーナーは引き続き同条件での給油をG社に対しても一定期間行うことを約束した。 このほか、上述した属性には含まれていないような当事者との取引であっても、買収対象会社にとって重要な取引について、取引条件が独立第三者間価格と大きく異なっているような場合には、当該取引が買収後、どのような影響を受けるかを吟味する必要があるだろう。 こうした取引の有無を把握するためにも、買収対象会社の事業内容の把握に際して、主要な取引先との取引内容や取引条件等について概括的に把握しておくことも有用と言えよう。 【実務事例19-2】 小売業を営むY社では商圏人口の減少が著しく、近隣の同業であるS社がY社の事業を買収することとなり、Y社の取引先との取引条件を調査したところ、主要商品に関する当該地域の仲卸業者の社長とY社創業者とは旧知の仲であったことから、主要商品の調達価格が相場よりも数%程度安価であったことが判明した。 S社は当該仲卸業者との取引は当初から継続しない意向であったが、自社仕入先への発注量を拡大することで結果的に調達価格の水準を下げることができた。 【実務事例19-3】 温泉旅館Aは業績の悪化に歯止めが掛からず、スポンサーによる出資を仰ぐこととなった。料理食材の仕入は料理長である板長の親戚筋の業者から継続的に仕入れていたが、当該仕入価格は相場よりも相当程度割高であることが判明した。 当該取引条件は是正することとなったが、結果としてこの板長は退職することとなり、急遽、料理人を募集することとなったが、腕の良い料理人が見つかるまで半年ほどを要し、それまでの間、近隣の料理旅館から一部食材の調達を受けることとなった。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第83回】 東邦金属株式会社 「特別調査委員会調査報告書(平成30年11月9日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【特別調査委員会の概要】 【東邦金属株式会社の概要】 東邦金属株式会社(以下「東邦金属」と略称する)は、1918(大正7)年11月創業、1950(昭和25)年2月設立。創業時より、タングステン、モリブデン及び高融点金属製品の製造販売を主な事業とする。資本金2,531百万円、売上高3,669百万円、経常利益60百万円、従業員数134名(数字はいずれも平成30年12月期)。太陽鉱工株式会社(神戸市中央区、以下「太陽鉱工」」と略称する)が議決権の31.2%を保有する。本社所在地は大阪市中央区。東京証券取引所2部上場。 【調査報告書の概要】 1 特別調査委員会設置の経緯 東邦金属特別調査委員会(以下「委員会」と略称する)による調査報告書(以下「報告書」と略称する)から、東邦金属が委員会を設置するまでの過程を時系列に沿ってまとめる。 東邦金属が、外部有識者と社外監査役からなる特別調査委員会設置に踏み切ったのは、報告書に明文の記述はないものの、W社を被告とする訴訟の過程で、W社が「当初より商品が存在しない取引であることを自白」したことが契機となったようである。 なお、委員会による調査期間中である2018年10月において、同訴訟手続きの中で、東邦金属は、民事訴訟法第186条に基づき、W社の取引先であるI社及びM社に対して、取引の有無について調査を嘱託したところ、I社からは購入実績なし、M社からは調査不能という回答を得ている。 2 委員会による取引実態の把握 委員会は、三津田浩取締役相談役(前代表取締役社長。報告書では「A氏」、以下「三津田取締役」と略称する)、法福英志常務取締役(2013年10月当時は常勤監査役。報告書では「B氏」、以下「法福常務」と略称する)、森本隆雄取締役総務部長(2013年10月当時は社外監査役。報告書では「C氏」、以下「森本取締役」と略称する)及び藤原常務から、ヒアリングを行い。コンピューターフォレンジック調査やアンケートなどの手法も交えて、事実関係を把握している。 (1) W社との取引開始の経緯 2013年4月、販売不振からそれまで2期連続の当期純損失計上を余儀なくされていた東邦金属の事業を立て直すために、太陽鉱工から藤原常務が顧問として入社し、同年6月から取締役営業本部長に就任する。 同氏は、太陽鉱工時代からの取引先であったW社のZ社長が、太陽光発電のシリコンソーラーパネル切断用商材である炭化ケイ素を中国から輸入して、大手電機会社であるI社に販売しているという情報を入手したため、Z社長に対し、既存の商流に東邦金属を加えてもらえるよう打診をした。 取引開始にあたり、当時代表取締役社長であった三津田取締役は、委員会によるヒアリングに対して、取引を開始した理由を、「太陽鉱工とW社は長きに亘る取引先であり、営業の第一線で活躍する藤原常務が太陽鉱工から招聘した役員であるという信用が一番大きかった」と説明している。 東邦金属は、W’社が中国から輸入した炭化ケイ素を仕入れ、これをW社に転売することにより取引に参加。報告書では、こうした取引について、以下のように評している(報告書9ページ)。 そして、こうした取引が可能であった理由として、W社とW’社が、所在地も代表者も同一であって、事実上の同一会社であったことを挙げている。 (2) 売掛金残高の急増時の対応 W社との取引開始時は社外監査役であった森本取締役は、2014年6月に取締役経理部長に就任した後、取引金額の急増による資金面の課題から、他の取締役に取引金額の縮小や取引中止の検討を提言した。 また、2014年10月において、監査役の間で、本件取引がどのような経緯で開始されたのか、決裁権・権限明細や与信リスク等について確認すべきとの意見があり、取引開始時から常勤監査役の職にあった法福常務が、その旨経営陣に伝えるとともに、監査役として経営陣に対して取引金額減少の検討や取引実態を確認するよう提言した。 その後、東邦金属とW社の間で2015年3月に契約の見直しが行われ、取引金額は縮小する。 (3) 監査法人による指摘に対する対応 W社との取引の急増を受けて、東邦金属は、監査法人から、本件取引はW社の資金繰り支援のための商社金融取引であり、手数料収入として処理すべきであるとの指摘を受けることとなり、2014年7月以降、売上高及び売上原価を全額計上するグロス表示から、手数料のみを売上計上するネット表示に変更している。 また、2015年6月には、東邦金属は、監査法人から、本件取引の実在性を確認するため①内部統制の整備、②商材の入港地に行き、コンテナ等の確認を行うこと、③I社へ販売する際の送り状を確認するよう要求された。上記要請について藤原常務からZ社長の見解とした回答では、②、③についてはI社との取引関係に支障が出る可能性があるなどとして要求を拒んでいた。 さらに、東邦金属は、現物を確認する手段として船荷証券、パッキングリストを要求し、入手しているが、入手した書類は、数量、内容物等、黒塗りされている箇所が多かったということである。 (4) 委員会による結論 委員会は、関係者に対するヒアリング、コンピューターフォレンジック調査、アンケートなどによる調査に基づく事実認定から、「東邦金属関係者のいずれもが本件取引の具体的対象商品を確認できたことはなく、客観的にもその実在性を確認できる資料はなかった」こと、さらに、「相手方であるZ社長は、当初より対象商品の存在しない取引であることを、裁判手続きにおいて自白している」ことから、本件取引について、「対象商品が存在せず架空であり、資金のやりとりのみが存在する資金循環取引であったと認めざるを得ない」と結論づけている。 3 原因分析 委員会は、東邦金属が資金循環取引に参画した「原因分析」として、次の5項目を挙げている。 (1)から(3)として掲げられた項目を総合的にみると、2期連続での売上高の減少、純損失計上という事業環境下における業績の立て直しへのプレッシャーのもと、大株主である太陽鉱工から、再建のために送り込まれた藤原常務が業績回復のために持ち込んだ本件取引は、藤原常務に対する信頼、W社が太陽鉱工の既存の取引先であったこと、取引額に応じた一定の安定収入が見込まれることなどを理由として、取引自体の実在性に対する疑義、既存のスキームに当社が介在することの合理性や意義などは考慮されなかったようである。 また、製造業者である東邦金属は、不慣れな商事取引に関わることとなったが、商品確保・流通・クレーム対応などの取引管理ができておらず、例えば、弁護士によって契約書のリーガルチェックを受けていれば、仕入先と販売先の代表者が同一人物で、本店所在地が同じであるという特異な契約であること、契約の態様がいわゆる「介入取引」といわれる資金循環に陥りやすい危険性のある取引であり、十分に慎重な対応を要すべき案件であることの指摘を受けたはずであり、取引の危険性やその後の与信管理に配慮できたと指摘している。 4 再発防止策 委員会による再発防止策の提言を受けて、東邦金属が2018年12月13日に公表した再発防止策は、次のとおり5項目であった。 再発防止策のうち、「商社的取引」に関する項目の中で、東邦金属が決定したリスク把握の徹底策は以下のとおりである。 【調査報告書の特徴】 東邦金属特別調査委員会調査報告書は全文で20ページ余りのコンパクトなものであるが、業績不振に陥った老舗製造業者が、安易に「商社的取引」に加わってしまった結果、1億2,000万円を超える債権が回収できない事態となるだけではなく、過年度決算修正を余儀なくされ、さらには、東京証券取引所による「公表措置及び改善報告書の徴求」、証券取引等監視委員会から「有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告」を受けるという結果を招いてしまった過程、経営陣の心情などがよく分かる内容となっている。 1 「再発防止策」について 委員会が提言した「再発防止策」には、本件取引のような商社的取引・介入取引について、特段のコメントはなく、一般的な「契約書の適法性・妥当性などを判断できる体制の整備」というものにとどまっていた。これを受けて、東邦金属が公表した「再発防止策」でも、本件取引のような商社的取引・介入取引を禁止するのではなく、「商社的取引時のリスク把握の徹底及びその商流の確認」をすることによって、今後も、商社的取引・介入取引を継続することを容認したものであるかのようである。 同項目における再発防止策は上述のとおりであり、掲げられた施策について異論はないが、むしろ、本業に回帰して、商社的取引・介入取引は行わないことを原則とし、やむを得ない場合にはどのような債権保全策を取るのかという視点から、再発防止策を検討すべきではなかったかと、違和感を抱いた次第である。 2 関係者の処分 東邦金属は、再発防止策の公表と同時に、経営責任などを明確にするために、4ヶ月間、当社常勤取締役の報酬減額を取締役会で決議し、本件取引開始の端緒となった藤原常務については、代表取締役の減額(30%)よりも厳しい、報酬減額40%とすること、三津田取締役が2018年12月13日付で取締役相談役を辞任したことを公表した。 3 東京証券取引所による「公表措置及び改善報告書の徴求」処分 2018年12月21日、東京証券取引所は、東邦金属に対し、「公表措置及び改善報告書の徴求について」というリリースを公表した。その理由として、以下のように述べている。 これを受けて、東邦金属は、2019年1月17日付で、改善報告書を東京証券取引所に提出している。 4 証券取引等監視委員会による課徴金納付命令勧告 2019年1月18日、証券取引等監視委員会は、「東邦金属株式会社における有価証券報告書等の虚偽記載に係る課徴金納付命令勧告について」というリリースにより、東邦金属が提出した平成25年12月第3四半期四半期報告書から平成27年3月期有価証券報告書までの有価証券報告書等について、「重要な事項につき虚偽の記載」があったことを理由に、内閣総理大臣及び金融庁長官に対して、1,200万円の課徴金納付命令を発出するよう勧告を行ったことを公表した。 「重要な事項につき虚偽の記載」の内容については、 が挙げられている。 なお、東邦金属は、1月31日において、「課徴金についての審判手続き開始決定に対する答弁書の提出について」というリリースにより、金融庁長官から受領した「審判手続き開始決定通知書」に基づく、「重要な事項につき虚偽の記載」の事実及び納付すべき課徴金の額を認める旨の答弁書を金融庁審判官に提出することを、取締役会で決議したことを公表した。 5 ATT事件との関連性 架空循環取引の発覚時期(2017年6月)、既存の商流に加わる商社的取引であること、取引が中国市場に関係していることなど、東邦金属が巻き込まれた資金循環取引は、取扱商品こそ異なるものの、本連載【第65回】、【第66回】で取り上げたATT事件との関連性をうかがわせる要素がいくつか存在する。 本稿執筆時点では、W社について特定することはできなかったが、本来であれば、2017年10月、東邦金属がW社を被告として、売掛金請求訴訟を提起した際に、適時開示を行うべきであったと考える次第である。 (了)
税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第3回】 「税務訴訟における裁判所の役割」 弁護士 下尾 裕 税務訴訟における裁判所の役割は何であろうか。これに一言で答えるとすれば、裁判所の役割は、「課税庁と納税者間の争いに対する最終的な判断を行うこと」である。 本連載は、税務争訟に必要な法曹マインドを解説するものであるが、この法曹マインドを理解する上で最も重要なのは、最終権者たる裁判所(裁判官)の考え方を理解することにあると言っても過言ではない。 そこで、【第3回】以降は、法曹の中でも特に裁判所に焦点を当て、税務訴訟における裁判所の役割、価値判断、さらには事実認定や法律解釈の傾向等を順次分析してみたい。 1 裁判所は税務訴訟において何を判断するのか まず、最初に、裁判所は税務訴訟(特に課税処分等の取消訴訟)において何を判断するのであろうか。 大まかに言えば、課税庁と納税者間の争いの白黒、具体的には課税処分の当否を判断するのであるが、正確には「課税処分の違法性一般」を判断すると整理されている。 非常に分かりにくい表現だが、ポイントは「一般」という文言が付いていることにある。 その意味するところは、裁判所においては、直接には課税処分における「増差税額」の範囲が適正であるかどうかを判断するものであり、課税庁が処分段階で述べていた課税の理由が正しいかどうかを判断するのではないということである。特定の理由に縛られないという意味で、「一般」という文言が付いていると理解していただいて差し支えない。 このことは、裁判所が、税務訴訟において、納税者に予測困難な場合を除き、課税処分の理由の差替え等を許容するという理屈につながってくるものであり、税務訴訟に携わる場合の予備知識として頭の片隅に置いていただきたい。 【イメージ図】 2 裁判官は税務の専門家ではない 裁判官は、税務訴訟の最終判断権者であるが、税務の専門家であるかというと必ずしもそうではない。 もちろん、税務訴訟は、第一審については各裁判所で行政訴訟を集中的に扱う部に配属されることになっているし、特に近年では東京地方裁判所には国を被告とする訴訟について広く管轄が認められることとの関係で、東京地方裁判所の行政部には全国の税務訴訟が集まる傾向があることから、行政部において税務訴訟を扱う裁判官は税務知識を一定程度集積していると思われる。ただし、裁判官は多くの場合、2年から3年で転勤があり、課税庁職員のように恒常的に税務に関与するわけではないことから、一定の限界があることは否定できない。 こうした状況を踏まえ、ご存知の方もいらっしゃるかと思うが、地方裁判所においては、昭和41年の裁判所法改正以降、課税庁(国税)からの出向者を裁判所調査官(いわゆる租税調査官)として配置した上、裁判所の判断の前提となる租税法令等の調査等に従事させてきている。この度、平成31年7月以降は税理士資格者が新たに裁判所調査官として従事する予定となっているが、いずれにしても裁判所が税務の専門家の支援を要する状況にあることは変わりない。 裁判所も当然、税務訴訟の判決にあたっては、相当の調査等を尽くして判断を行っていると思われるが、それでも上記のように日常的に税務を取り扱っている専門家ではない以上、その判断にあたっては、(その是非は横に置くとして)税理士としての感覚よりは、むしろ法曹としての感覚に従い判断を行っている可能性があると思われる。 3 裁判所はあくまで個別の紛争解決等手段の場である 裁判所は、時に税法の解釈適用に関して先例的に判断を示し、当該判断が租税実務を変えていく場合があることはご存知のとおりである。最近では、いわゆる一連の「外れ馬券訴訟」もこうした先例的判断の一例であろう。 ご存知の通り、外れ馬券訴訟とは、馬券の払戻金が雑所得又は一時所得のいずれに該当するのか、また雑所得であるとして、外れ馬券の購入費用を必要経費として所得から控除できるか否かが争われていた一連の裁判である。 具体的には、まず、馬券を自動的に購入するソフトを用いていた事例につき、所得税法違反の刑事事件で上記争点が争われ、その後同様の争点を巡って、複数の課税処分取消訴訟が提起されるに至った。 最高裁判所は、上記刑事事件に関する最高裁平成27年3月10日判決及びその後提起された課税処分取消訴訟における最高裁平成29年12月15日判決において、それぞれ当該事案の下では馬券の払戻金が雑所得に該当するものとして、その期間の外れ馬券の購入代金をすべて必要経費として認める判断を示したという流れになる。 この点に関し、国税庁は、従前、所得税法基本通達34-1において、「馬券の払戻金」を一時所得の例として挙げて、当該当選金に対応する馬券の購入代金のみが経費に算入できるという見解を示していたが、上記最高裁判決の都度、一部改正を余儀なくされ、本稿執筆現在では以下のとおり一定の場合には雑所得に該当することが明記されている。 こうした事例だけを見ると、あたかも裁判所には、積極的に租税実務の在り方を決める役割があるかのような印象を受ける。 しかしながら、実際には裁判所はあくまで紛争ないし事件の解決手段であり、税法の解釈適用に関してもあくまで個別の紛争等の解決に必要な限度で行われるにすぎない。 裁判所の判決を多く読まれた経験がある読者はお分かりかもしれないが、裁判所は、判決において結論を出すのに必要のない争点を判断することは基本的にないし、ましてや課税実務の在り方に関する見解を述べることもほとんどない。 租税実務に携わる読者としては、ついつい税務訴訟において、課税実務全体を考慮した裁判所の先例的判断・積極性を要求したくなるところであるが、あくまでも裁判所が個別の紛争等を解決する役割を有しているものであることは頭の片隅に置いておく必要がある。 以上において、裁判所の役割を概括的に説明したところで、次回は税務訴訟における裁判所の価値判断について検討してみたい。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第11回】 「情報漏えいの原因・傾向から見た対策の要点」 弁護士 影島 広泰 -Question- 自社でも顧客情報の漏えいを防ぐ施策を検討していますが、他社で発生した様々な漏えい事故を調べるにつれて、何から始めればよいか分からず、途方にくれてしまいます。漏えい防止の取組みにあたってポイントとなる事項を教えていただけますか。 -Answer- ①紛失・置き忘れ、誤操作、管理ミスなどの「うっかり」ミスの防止と、②サイバー・セキュリティの両輪で対策を進めていくことが必要です。 情報漏えい対策を検討する際には、これまでどのような原因で情報が漏えいしているのかを理解し、その原因を塞ぐように措置を講じていくのが合理的である。今回は、情報漏えいに関する統計を紹介し、情報漏えい対策の全体像を考える。 1 情報漏えいの原因 個人情報は、どのような原因で漏えいしているのであろうか。日本ネットワークセキュリティ協会の調査によれば、2007年と2017年における漏えいの原因は以下のとおりである。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 【左図】参考:NPO法人日本ネットワークセキュリティ協会「2007年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書」 【右図】参考:NPO法人日本ネットワークセキュリティ協会「2017年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書【速報版】」 この調査結果から分かることが大きく2つある。それは、①うっかりミスが大きな割合を占めていることと、②不正アクセスが増えていることである。 ① 情報漏えい原因の大きな割合を占める「うっかりミス」 2017年の漏えい原因を見ると、1番多いのが「誤操作」(25%)、2番目が「紛失・置忘れ」(22%)、4番目が「管理ミス」(13%)である。 「誤操作」とは、電子メールでBCCに入れるべきアドレスをTOに入れてしまったという誤操作によりメールアドレスが漏えいしてしまったケースや、ファックス番号の入力ミスによる誤送信などが典型である。「紛失・置忘れ」とは、スマホを居酒屋に置き忘れてきた、PCが入ったカバンを電車に置いてきてしまったなどが典型である。「管理ミス」とは、オフィスで書類が入ったダンボールを開けたところ書類がないというときに、紛失したのか廃棄したのかが分からない、といった事例が典型である。 このような「誤操作」、「紛失・置忘れ」及び「管理ミス」といういわゆる「うっかりミス」だけで、漏えい原因の60%を占めている。情報セキュリティというとサイバー・セキュリティを思い浮かべる方も多いと思うが、実は、うっかりミスを原因としたものの方が圧倒的に数が多く、このうっかりミスをどう根絶するかが情報セキュリティにとって重要ということが分かる。 ② 急増する不正アクセス もう1つのポイントは、2017年の漏えい原因の3位を占めている「不正アクセス」(17%)である。2007年の漏えい原因では、不正アクセスはわずか1%に過ぎなかったことから、この10年間で急激に増えているといえるであろう。すなわちサイバー・セキュリティの重要性も、近時、急激に高まっているのである。 また、不正アクセスなどによるシステムからの情報漏えいの大きな特徴として、漏えいするデータの数が膨大なものになるという点があげられる。例えば、2015年の日本年金機構からの情報漏えい(標的型攻撃メールによるもの)は125万件、2016年に発生した大手旅行会社の子会社からの情報漏えい(標的型攻撃メールによるもの)は678万件、2019年に発生したITサービス企業からの情報漏えいは480万件以上が漏えいしている。 前記①のうっかりミスによる漏えいは、例えば、スマホを居酒屋に置き忘れてきたために電話帳に登録されていた取引先の担当者の氏名と電話番号100件が漏えいしたといったレベルの漏えい件数であることが多いが、②不正アクセスでは何百万件もの情報が漏えいすることがあるのである。 その意味で、情報セキュリティは、 の両輪を考えなければならないのである。 2 情報漏えいの件数 しかも、情報漏えいは非常に多く発生している。前回も紹介したとおり、個人情報保護委員会の平成29年度の年次報告によれば、個人データの漏えい等のインシデントは、個人情報保護委員会などに報告があったものだけでも1年間に3,338件が発生している。また、日本では個人情報保護委員会への報告は努力義務であるが、EU(EEA加盟国)ではGDPR(一般データ保護規則)の下で報告が義務となっており、ドイツでは2018年に20,881件(※)の漏えい等(Data breach)が報告される事態に至っている。日本でも、実際にはこの程度の漏えい等が発生していると考えるのが合理的であろう。 (※) なお、漏えい原因では、電子メールの誤送信が63%を占めるとのことである。 情報漏えいのインシデントがマスメディアで報道されるのは年に数件程度ではないかと思われるが、実はそれは氷山の一角に過ぎず、毎日ほぼ10件(ドイツの報告を基準とすれば毎日57件)の情報漏えいが発生し続けていると考えられる。個人情報の漏えいは、どの企業でも発生しうる身近な事件であるとお分かりいただけるであろう。 (了)
《速報解説》 公取委、消費税転嫁対策特措法ガイドラインの改正案をパブコメに ~軽減税率導入及び価格設定ガイドライン公表等に伴い違反事例を追加~ Profession Journal 編集部 公正取引委員会は2月1日付けで「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」の改正(案)を公表、パブリックコメントに付した(意見・情報受付締切日は2019年3月4日)。 今回の改正案は10月の消費税率引上げに向けて、消費税転嫁対策特別措置法上の考え方の一層の明確化を図るためとしており、特措法自体を改正するものではない。具体的には以下3点による見直し案が織り込まれている。 1点目は既報のとおり、昨年11月に政府から公表された「消費税率の引上げに伴う価格設定について(ガイドライン)」を受けたもの。この価格設定ガイドラインでは、「消費税還元セール」など消費税と直接関連した形での宣伝・広告は認められないものの、「10月1日以降〇%値下げ」や「10月1日以降〇%ポイント付与」など、事業者の価格設定のタイミングや値引きセールなどの宣伝・広告自体を規制するものではないことを明らかにしている。 今回の改正案では、このような「10月1日以降〇%値下げ」や「10月1日以降〇%ポイント付与」等を表示したセールの実施に当たり、自社の利益を確保するため、取引先にその原資を負担させる行為(値引きや協賛金の提供、セール実施における従業員の派遣要請等)は消費税転嫁対策特措法上の違反行為に当たるとした。 2点目は軽減税率の導入に伴う考え方の明確化によるもので、標準税率が適用される商品の対価を、平成31年10月1日以後、軽減税率が適用された場合の対価まで減額する場合や平成31年10月1日前の対価に据え置く場合、標準税率が適用される商品を納入する取引先に対して、自己の供給する商品が軽減税率の対象品目であることを理由として、消費税率引上げ前の対価に消費税率引上げ分を上乗せした額よりも低い対価を定める場合を違反行為としている。 3点目はこれまで公取委が行ってきた勧告・指導の蓄積から、事業者が問題ないと認識しやすい違反行為として例示されたもので、消費税率引上げ前に税込価格で対価を定めている場合(いわゆる内税取引の場合)に、 ① そのことを理由に、消費税率引上げ後も引上げ前の対価を据え置く行為 ② 取引先から対価引上げの要請や価格交渉の申出がないことを理由として、消費税率引上げ後も引上げ前の対価を据え置く行為 が追加されている。 消費税率の引上げに伴う対応としては、与党大綱においても価格設定の柔軟化を図りつつ効果的な転嫁対策を強力に進めるとしており、公取委も2月に入り「消費税転嫁対策特設ページ」を開設するなど周知を強化している。調査対象となりうる大規模小売事業者等は上記取扱いを踏まえた取引先との折衝等、細やかな対応が求められよう。 (了)
2019年2月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.305を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.73- 「今年の税制議論を占う」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 昨年の税制改正議論は極めて低調だった。消費増税を控え、それへの対応にエネルギーが注がれたということであろう。元号の変わる今年こそは、わが国経済社会の課題に挑戦する抜本的な税制改革議論の始まりにしたいものである。 そこで、今年、税制の議論となる事項を平成31年度与党税制改正大綱(党大綱)及び政府税制調査会(政府税調)の動向の双方から占ってみたい。 * * * まず個人所得課税の見直しについてである。党大綱は見直しの課題として、①経済社会構造への対応や所得再分配機能の回復の見地からの所得控除の見直しと、②老後の生活等に備える資産形成を支援する公平な制度のあり方を挙げている。 ①は働き方改革を踏まえた税制改正で、給与所得控除の縮減・基礎控除への付け替えという平成30年度改正で行われた方向をさらに進めていこうというものである。 ②は、「人生100年時代」を見据えて、多様なライフコースにおける資産形成を税制で支援するもので、NISAや金融所得税制の見直しが議論となる。 昨年政府税調には、iDeCoなどの私的年金制度、NISAなどの非課税投資制度を一覧にした資料が提出されており、税制支援の在り方をEET型とTEE型の2つに集約・充実させていく方向で議論が進んでいくのであろうか。 金融所得税制については党大綱において「所得階層別の所得税負担率の状況も踏まえ、税負担の垂直的な公平性等を確保する観点から・・・市場への影響も踏まえつつ、総合的に検討する」と記述されており、株式相場をにらみながらの議論となるのだろうか。 * * * 注目されるのは、相続税・贈与税のあり方である。党大綱には、「資産移転の時期の選択に中立的な相続税・贈与税に向けた検討」として、「資産移転の時期の選択に中立的な制度を構築する方向で検討を進める」としている。 現在、子育て、教育、住宅の3分野で租税特別措置として導入されている贈与税の非課税措置が、家族内の非課税での資産承継を対象としていることから、「格差の固定化」につながりかねず、また「老老相続」が進む中、資産移転の時期の選択に中立的な相続税・贈与税、つまり早い段階での資産承継に対する税のあり方について検討していきたいというものであろう。 この点については昨年10月の政府税制調査会の資料で、「シャウプ勧告に基づく制度」として、生涯にわたる累積贈与額と相続財産の額に対して、相続税を一体的に課税する「累積課税制度」が紹介されており、今後の大きな議論が予想される。 * * * わが国の経済社会はめまぐるしく変化をしている。その変化に翻弄されることのないような税・社会保障の議論が望まれる。 (了)
〔平成31年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「所得拡大促進税制の見直し(改組)」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成30年度税制改正における改正事項を中心として、平成31年3月期の法人税申告においては、いくつか注意が必要なポイントがある。その中の主なものの概要を、4回に分けて解説する。 【第1回】は、大企業及び中小企業者等それぞれの「所得拡大促進税制の見直し(改組)」について、平成31年3月期決算において留意すべき点を解説する。 1 所得拡大促進税制の見直し(大企業) 所得拡大促進税制とは、青色申告書を提出している法人が給与等支給額を一定以上増加させた場合に、その増加額の一定割合について税額控除が認められる制度である。ただし、当期の法人税額に一定の割合を乗じた金額が、控除限度額となる。 平成30年度税制改正において、この所得拡大促進税制の見直し(改組)が行われた。対象を中小企業者等とそれ以外(大企業)に区分し、それぞれ見直しを行っている。大企業に対しては設備投資の要件を追加し、「賃上げ・投資促進税制」(中小企業者等も選択適用可能)として改組しているので、まずはこちらを解説する。 ① 要件の見直し 次のように要件の見直しが行われている。 給与等支給額 給与等支給額が、基準事業年度と比較して一定率以上増加していなければならないとする要件は廃止。 継続雇用者に対する給与等支給額が、前事業年度と比較して3%以上増加していることが必要。 設備投資額 新たに設備投資額の要件を設定。当事業年度の国内設備投資額が、減価償却費総額の90%以上であることが必要。 ② 控除税額の見直し 次のように控除税額の見直しが行われている。 控除率 給与等支給額の増加額(前事業年度との比較)に15%を乗じた金額を、法人税額から控除。 控除限度額 当事業年度の法人税額の20%(改正前10%)に引上げ。 この改正は平成30年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、平成31年3月期決算申告には適用されることになる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※1) 3月決算法人の場合は平成25年3月期が該当する。 (※2) 継続雇用者の範囲が改正され、「当事業年度と前事業年度のすべての月の給与等の支給を受けた国内雇用者」とされた。 (※3) 教育訓練費の額 ≧ 比較教育訓練費(前期及び前々期の教育訓練費の年平均額)× 120% 2 所得拡大促進税制の見直し(中小企業者等) 平成30年度税制改正における所得拡大促進税制の見直しの中でも、中小企業者等を対象とした見直しについて解説する。 なお、中小企業者等であっても、「1 所得拡大促進税制の見直し(大企業)」で解説した「賃上げ・投資促進税制」の方を選択して適用することも可能である。 ① 要件の見直し 次のように要件の見直しが行われている。 給与等支給額 給与等支給額が、基準事業年度と比較して一定率以上増加していなければならないとする要件は廃止。 継続雇用者に対する給与等支給額が、前事業年度と比較して1.5%以上増加していることが必要。 設備投資額 大企業とは異なり、設備投資に関する要件はなし。 ② 控除税額の見直し 次のように控除税額の見直しが行われている。 控除率 給与等支給額の増加額(前事業年度との比較)に15%を乗じた金額を、法人税額から控除。 控除限度額 当事業年度の法人税額の20%から変更なし。 この改正は平成30年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるため、平成31年3月期決算申告には適用されることになる。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※1) 3月決算法人の場合は平成25年3月期が該当する。 (※2) 継続雇用者の範囲が改正され、「当事業年度と前事業年度のすべての月の給与等の支給を受けた国内雇用者」とされた。 (※3) 上乗せ要件を満たす場合のみ。 (了)