企業経営と メンタルアカウンティング ~管理会計で紐解く“ココロの会計”~ 【第9回】 「ココロのアンカーにご用心②」 公認会計士 石王丸 香菜子 *資料*(前回と同じ) 第1事業部では、オフィス向けのキャビネットを製造・販売している。最大で6,000個を製造することが可能だが、今後1年間の製造・販売予定は5,000個である。キャビネットの売価と原価は以下の通りである。 第2事業部では、整理収納トレーを製造・販売している。最大で6,000個を製造することが可能だが、今後1年間の製造・販売予定は5,000個である。トレーの売価と原価は以下の通りである。 先日、第1事業部の得意先であるS社より、キャビネット1個にトレー1個を組み込んだ多機能キャビネットを、1,000個納入してもらえないかと予定外のオファーがあった。S社からの引き合い価格は、1個当たり7,500円である。キャビネットにトレーを組み込むためには、第1事業部で1個当たり200円の変動費が追加で発生する。 事業部間の取引は、事業部間で売買したものとして扱う。S社からのオファーを受ける場合、第1事業部は第2事業部からトレー1,000個を購入することになる。 *仮定*(上記資料からの変更点) 仮に、第2事業部の今後1年間の製造・販売予定が、フル稼働を前提とした6,000個なら、内部振替価格をいくらに設定すべきだろうか。 * * * 1 布の縁取りにはなぜ「バイアス」テープを使うのか 男性にはなじみが薄いかもしれませんが、ランチョンマットなどの布製小物を作る際に縁取りに使うテープを、「バイアステープ」と言います。生地は、縦方向に伸びにくく、横方向に伸びやすい性質があります。バイアステープは、この性質を利用して、生地を“バイアス”(=斜め)に裁断して作られているため、伸縮自在で、小物の形に合わせて縁取ることができるのです。 心理学では、「」という言葉が使われることがあります。評価や判断が、無意識のうちに不合理にゆがんだり偏ったりする現象全般を指します。評価や判断が知らず知らずのうちに、斜めになってしまうということですね。 これまで紹介したアンカリング効果(前回参照)やフレーミング効果(【第5回】参照)などは、いずれも認知バイアスの例です。私たちのココロは、バイアステープ同様、先入観や常識などに合わせて(?)判断や評価を不合理にゆがめてしまう傾向にあります。 カズノ君も、前回決定した3,100円がアンカーとなって、判断にバイアスが生じそうですが、異なる仮定のもとでの合理的な内部振替価格はいくらでしょうか。 2 フル稼働時には、機会原価をお忘れなく! 第2事業部のトレーが人気で、最大製造能力6,000個を上回る需要があり、フル稼働で6,000個の製造・販売を予定するケースを考えます。この場合、1,000個を第1事業部に内部販売すると、この分について直接外部に販売するチャンスを断念することになります。 したがって、S社からのオファーを引き受けるか否かの意思決定にあたっては、第2事業部が外部販売することで得られるはずだった利益(機会原価(【第3回】参照))についても、原価に含めて考える必要があります。前回同様、まずは事業部の垣根を取り払って、PN社全体として、S社からのオファーを引き受けるべきか否かを考えます。 【PN社全体の差額利益】 (※) 第2事業部がトレーを直接外部販売する場合、売価@4,200円-変動費@2,500円=@1,700円の利益を得られる。 PN社全体で考えると、△@500円×1,000個=△500,000円の損失が生じるので、オファーを受けるべきではありません。 次に、第2事業部から第1事業部への適切な内部振替価格を考えます。第1事業部長が、「オファーを断る」という意思決定をするように誘導できる内部振替価格を設定する必要があります。 仮に、内部振替価格を外部販売価格と同じ@4,200円とする場合、第1事業部長はどのような意思決定を行うでしょうか。 【第1事業部だけの差額利益】 外部販売価格と同じ@4,200円で第2事業部からトレーを購入する場合、第1事業部では△@500円×1,000個=△500,000円の損失が生じます(全社ベースで生じる差額損失と同額です)。この場合、第1事業部長はオファーを断るはずであり、全社ベースでの正しい意思決定と同じ意思決定に誘導することができます。 一方、第2事業部としては、第1事業部に対しても外部と同じ@4,200円で販売できるなら、現状と同じ利益を得ることができるのですから、第2事業部の業績には影響がなく、どちらでも構わないということになります。 以上より、第2事業部がフル稼働しているケースでは、外部販売価格@4,200円を内部振替価格とするのが合理的です。このように、内部振替価格に外部(=市場)への販売価格を利用することを「」と呼びます。 ◆◇◆今回のキーワード◆◇◆ ▷ 評価や判断が、無意識のうちに不合理にゆがんだり偏ったりする現象全般のこと。 ▷ 内部振替価格に市場への販売価格を用いること。供給事業部側がフル稼働の場合には合理的。 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -法務編- 弁護士法人ほくと総合法律事務所 弁護士 高橋 康平 ←(前回) | (次回)→ 《第7章》 -ストラクチャー及び契約条件- 【第8回】 「M&Aのストラクチャー及び特徴的な契約条件の留意点」 1 法務デューデリジェンスの目的 法務デューデリジェンスは、首尾よくM&Aをクロージングするために対象会社に関する法的問題点全般を洗い出すために行われるものであり、その究極的な目的は、買主側にとってM&Aのクロージングが可能かどうか、可能であるとしてどのようなM&Aにすべきか、という点を判断することであるといっても過言ではない。 そのため、M&Aのクロージング準備を効率的ならしめるという観点からは、弁護士が粛々と法務デューデリジェンスを進めるだけでなく、買主側がどのM&Aストラクチャーを選択すべきか、契約条件をどのようにすべきか意識しつつ、法務デューデリジェンスを担当する弁護士との間で買主側の意向について情報共有を図りつつ行うことが望ましいといえよう。 本稿では、買主側と弁護士が適切な情報共有を図るための前提となるM&Aの主たるストラクチャーや特徴的な契約条件を紹介するとともに、筆者の経験等からその留意点を簡潔に説明することとしたい。 2 M&Aのストラクチャー 主たるM&Aのストラクチャーは下表のとおりである。買主側の担当者としては、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割、株式交換及び株式移転がどのようなストラクチャーなのか、そのイメージや特徴を掴んだうえで、どのストラクチャーを選択する可能性があるか念頭に置きながら法務デューデリジェンスを行うことが望ましい。 上記に列挙したストラクチャー以外にも、対象会社の新株発行や自己株式処分の割当を引き受けるというシンプルな方法もあり、また、上記に列挙したストラクチャーを組み合わせた複雑なスキームを作ることもあり得るが、その選択を行うに当たっては、買主側の利益を最大限に引き出すために慎重に検討する必要がある。最も典型的な検討点は、事業譲渡を選択する場合のメリット・デメリットである。 事業譲渡の場合、買主側が承継対象資産・負債等を選別できるというメリットがある一方で、承継のための個別の移転手続や対抗要件具備手続が必要となるというデメリットがある。M&Aの経験者からすれば当然の検討点だと思われがちだが、対象会社から買収会社への契約の移転・承継を行うためには契約の相手方の了承が必須となり、許認可の移転・承継を行うためには([法務編]【第7回】で触れたように)官公庁に対する事前の調査が必要となる点に留意が必要である。他方で、承継対象資産・負債等が選別できるというメリットは、会社分割を選択した場合に濫用的などと誹りを受けないという観点からも大きなものであり、悩ましい点である。 また、事業譲渡を選択した場合には、従業員を無事に承継できるかという点も非常に悩ましいといえよう。M&Aに反対の立場をとっている従業員らは、殊更、買主側への移籍に難色を示すことがあり(従業員との関係は雇用契約であるため、承継のためには従業員から個別に同意を得る必要がある)、当該従業員らが主体となって、割増賃金(残業代)を支払うよう求めたり、退職金の一時支払を求めるなどしてM&Aのクロージングを揺さぶるという事態に発展することも考えられよう。 しかも、往々にして、M&Aに反対する従業員らは、承継する事業に関してキーパーソンであることも多く、当該従業員らの協力を得られなければ、事業の価値が毀損するリスクもはらんでいることがある。このような場合、事業譲渡のストラクチャーを選択すること自体を避けるべきという判断もあり得ることから、買主担当者としては、実際に法務デューデリジェンスの現場でキーパーソンにインタビューする弁護士にもストラクチャーに関する意向を伝えておき、キーパーソンの雰囲気について(可能な範囲で)フィードバックを受けておくことも考えられるだろう。 3 契約条件 買主側の担当者としては、ストラクチャーに加えて、M&Aに特徴的な契約条件を理解したうえで、法務デューデリジェンスの段階からどのような契約条件を組み込むのか意識しておくことも肝要である。一般論としては、法務デューデリジェンスを担当した弁護士がクロージングへ向けての契約締結交渉を担当することも多いと思われるが、契約条件を弁護士任せにしていては、よりよいM&Aのクロージングは迎えられないだろう。 以下では、意識しておいた方がよいと筆者の考える契約条件をいくつか紹介する。 (1) 表明保証条項 表明保証とは、契約の一方当事者が他方当事者に対し、契約に関する事実関係及び法律関係について、それが真実かつ正確であることを表明し、保証することを指す。M&A契約では、ほぼ確実といってよいほど定めのある条項である。 法務デューデリジェンスに限らず、買主側にとって、対象会社を調査する時間には限りがあることから、調査を尽くせなかった部分に関する事項や潜在的な影響を測りかねるリスクが検出される場合に、そのリスク低減を表明保証条項で補うことが期待できる。M&A契約の当事者が表明保証した内容に違反した場合は、相手方当事者に補償の義務が発生し、場合によっては契約そのものを解除することもできる。 なお、表明保証条項に違反した場合に備えて、近年は日本でも表明保証保険が導入・活用されるようになってきたので、取引規模の大きいM&Aでは表明保証保険への加入も検討すべきだろう。 (2) MAC(Material Adverse Change)条項 MAC条項は、対象会社の事業等に重大な悪影響(=Material Adverse Change)を及ぼす事由が発生した場合に、買主に取引のクロージングを拒否する権利が付与され、M&Aから撤退することができる旨を定めた条項である。 法務デューデリジェンスの結果次第では、潜在的な影響を測りかねるリスクが検出されることがあるものの、限りある時間でそのリスクを十分に調査・分析することは難しい。とはいえ、顕在化していないリスクがあるからといって(法務デューデリジェンスにおいては多かれ少なかれ、一定のリスクは検出されるものである)、M&Aのクロージングそのものを諦めるという判断をすることもまた難しいことから、買主側としては、万が一に備えて、リスクを低減するためにMAC条項を導入し、その定義もできる限り広くしておきたいところである(一方、当然のことながら、売主側としては、MAC条項の導入は拒否したいはずである)。 (3) 価格調整・アーンアウト条項 M&A契約のうち最も重要な項目は「価格」である。企業の価値は、その日々の活動によって刻一刻と変化することから、M&A契約において価格を決めてしまうことが難しい場合もある。価格調整条項とは、そのような場合に、クロージングまでの対象会社の価値変動に基づいて価格を調整する条項であり、とりわけ、クロージング後の業績等一定の基準に基づいて価格調整を行う条項をアーンアウト条項と呼ぶ。 アーンアウト条項が定められる場合には、売主側がクロージング後も対象会社の経営に関与するという定めがおかれ、売主側と買主側の役員の割合はほぼ半数になることが多い。そして、売主側と買主側の経営方針に対立が生じた場合には、経営判断ができないといういわゆる「デッドロック」状態が作出され、紛争を防止するために導入した条項が新たな紛争を生むということもある。 そのため、アーンアウト条項を導入する場合は、日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、「デッドロック状態」になった場合に売主側に紳士的な譲歩・再検討を行うインセンティブを与える事実上の効果を与えるエスクロー条項(中立的な第三者に一定期間価格の一部を預託するなどして、事実上、買主が支払を留保すること)を活用することも検討に値するのではないだろうか。 (4) 小括 そのほかにも、売主側と買主側の関係等によっては、表明保証には至らないレベルの誓約事項を定めたり、売主側に競業避止義務を課することも考えられる。 いずれにしても、法務デューデリジェンスの結果が出たあとは、M&Aの契約締結交渉が待っていることから、買主側のリスクや価格に関する考え方をあらかじめ法務デューデリジェンスを担当する弁護士に対して共有しておくことが望ましい。 4 さいごに 専門家、特に弁護士に任せてしまうだけの法務デューデリジェンスは十分に機能せず、買主側の担当者が積極的かつ機動的に関与することが望ましいことはいうまでもない。そのような関与をするためには、買主担当者がM&Aのストラクチャーを理解し、クロージングまでの青写真を描いて弁護士と共有することが大切であり、それがM&Aの成功の秘訣であるともいえよう。 そのような積極的な関与があれば、法務デューデリジェンスを担当する弁護士としても、買主側に対して実効性のある現実的な助言をすることができ、ひいては関係当事者が理想とするクロージングを実現することができるのではないかと筆者は考える。 本連載の読者が法務デューデリジェンスの本質を十分に理解し、たくさんのM&Aを成功に導いてほしいと願う次第である。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第8回】 「共済制度の利用と効果」 税理士法人トゥモローズ 前回まで2回にわたり生命保険を使った対策について解説を行ったが、今回は生命保険に類似する制度として、共済制度について確認していきたい。共済制度も生命保険同様、中小企業経営者の老後資金計画に密接な制度であり、生命保険との違い等にも着目しながら解説する。 1 共済とは 共済とは「相互に助け合い、力を合わせてことをなすこと」を意味するが、保障事業としての共済は、こくみん共済、都民共済、JA共済など特定の団体内の構成員のための保障制度となっている。一見、中小企業経営者の老後資金とは関係ない制度とも思えるが、中小企業経営者の退職金として活用できる共済も存在する。 2 生命保険との違い 共済も生命保険もいざというときの保障という点では類似しているが、下記に掲げるような違いも多々あり、顧客である中小企業経営者のニーズを適切に把握し、経営者の状況に合致した商品を提案できるように心掛けたい。 3 中小企業経営者の老後資金向け共済 中小企業経営者の老後資金のための共済といえば、独立行政法人中小企業基盤整備機構(以下、中小機構)が運営する、小規模企業共済であろう。今回は当該共済のポイントと概略を解説したい。 (1) 小規模企業共済とは 小規模企業共済とは、国の機関である中小機構が運営する小規模企業の経営者や役員のための制度であり、経営者や役員の退職後の老後の生活資金を積み立てるための中小企業経営者向けの退職金制度である。現在の加入者は約140万人であり、資産運用残高は約9兆4,000億円となっている。 【小規模企業共済制度の加入状況】 【小規模企業共済制度の共済金受給状況】 (出典:中小機構ホームページ) (2) 加入資格 小規模企業共済は、次のいずれかに該当する場合に加入が可能となる。 上記を確認すると分かるように、小規模企業共済との名の通り、従業員数に制限があり、小規模企業に限られている点に注意が必要である。なお、上記の業種判定につき、2以上の事業を行っている場合には、主たる事業の業種で判断することとなる。また、常時使用する従業員数には、家族従業員や共同経営者は含まれない。 (3) 掛金拠出 ① 拠出額 掛金月額は、1,000円から7万円までの範囲内(500円単位)で自由に選択が可能である。したがって、年間最大84万円の掛金を拠出することができる。 また、掛金の前納や増額・減額も可能である。ただし、減額してしまった場合には、当該減額した部分の金額につき、減額時以降運用されず最終受取額が減少してしまうリスクもあるため、当初掛金の設定にあたっては、慎重に判断したい。 ② 税制上の取扱い 掛金全額を経営者の所得税上、小規模企業共済等掛金控除として所得控除が可能となる。 節税効果は下記の通りである。 ※ 「課税される所得金額」とは、その年分の総所得金額から、基礎控除、扶養控除、社会保険料控除等を控除した後の額で、課税の対象となる額をいいます。 ※ 税額は平成29年4月1日現在の税率に基づき、所得税は復興特別所得税を含めて計算しています。住民税均等割については、5,000 円としています。 (出典:中小機構ホームページ) (4) 共済金の受取り ① 共済金 法人の経営者が共済金を受け取ることができる事由は、法人が解散した場合、65歳以上で役員を退任した場合、共済契約者が死亡した場合、任意解約した場合などである。 ② 税制上の取扱い 受取り方法等により、例えば一括で受け取った場合には退職所得となり、分割で受け取った場合には公的年金等の雑所得となる。また、共済契約者が死亡した場合には、死亡退職金として相続税法上のみなし相続財産(500万円×法定相続人数の非課税枠あり)となる。 (了)
《速報解説》 教育資金・結婚子育て資金の一括贈与非課税措置の延長及び見直し ~平成31年度税制改正大綱~ 税理士 菅野 真美 平成31年度税制改正大綱(与党大綱)では、平成31年3月31日で適用期限を迎える教育資金の一括贈与非課税措置及び結婚・子育て資金の一括贈与非課税措置について、それぞれ適用期限の延長及び要件の見直しが示された。 Ⅰ 教育資金一括贈与非課税措置の延長・見直し [従来の制度概要] 教育資金一括贈与非課税措置は平成25年度改正で導入された制度で、平成25年4月1日から平成31年3月31日までの間に、親や祖父母が30歳未満の子や孫に金融機関を通じて1,500万円まで贈与(信託)し、その資金が教育費として使われた場合には、贈与時点での贈与税が非課税とされる制度である。 通常、扶養義務者間においてその都度教育費を贈与した場合は非課税だが、将来の教育費に充てるための資金をまとめて贈与した場合は課税される。しかしこの制度では、お金をまとめて贈与した時点でも、将来の使途が決まっているため、贈与税が非課税とされる。 ただし、期間の制限があり、受贈者が30歳に達した日、受贈者が死亡した日、残高が0になる日のいずれか早い日に終了する。受贈者が30歳になって契約が終了した時点で資金の残高(管理残額)がある場合は、たとえその時点で贈与者が死亡していたとしても、受贈者に贈与税が課される。 なお、制度自体は信託銀行を介したものだけでなく、銀行や証券を介したものも創設されたが、圧倒的に信託銀行を利用したものが普及している。 [改正内容] 平成31年度税制改正では、この制度を平成33年(2021年)3月31日まで2年延長した上で、下記のように大幅な見直しが行われる予定である。 (1) 受贈者の所得制限 この制度の受贈者は、金融資産の多い親や祖父母をもつ子や孫が多く、より高い教育を受け所得が高額となるものも多かった。高額所得者に優遇税制を適用するのは格差の拡大となると考えて、信託等する日の属する年の前年の受贈者の合計所得金額が1,000万円超の場合は、適用を受けることができないとした。 この改正は、平成31年4月1日以後の信託等により取得する信託受益権から適用される。 (2) 教育資金の範囲 従来教育資金として預けたお金の使い方について学校等に対する支払は1,500万円まで非課税で可能であったが、学校等以外の者への支払(学習塾やスポーツ・ピアノ等の習い事)は500万円までの制限があった。しかし、いずれであったとしても30歳までの支払である場合は認められた。 改正案では、23歳以上の支払については、これまでどおりの学校等への支払に加え、学校等以外の者への支払については、学校等に関連する費用を除くと教育訓練給付金の支給対象となる支払いに限定される。例えば、大学を卒業して就職したが、医者になるために25歳で退職して株式会社の予備校に通った場合の授業料等は認められないと考える。 この改正は、平成31年7月1日以後に支払われる教育資金から適用される。 (3) 契約終了日までに贈与者が死亡した場合 この制度では、期間終了までの間に贈与者が死亡した場合においても、相続時点の管理残額は相続税の課税対象とはならなかった。この点を利用して、余命いくばくもない資産家が大勢いる子供や孫に教育資金の一括贈与を行うことによって「1,500万円×直系卑属の数」に相当する相続財産を減らすという節税が可能となり問題視された。 そこで、改正案では、死亡前3年以内に信託等された部分のうち死亡日の管理残額に対応する部分については、相続財産に含まれることとなる。ただし、贈与者の死亡時に次の3つのいずれかの要件に該当する場合は含まれない。 この改正は平成31年4月1日以後の贈与者の相続から適用されるが、経過措置として平成31年4月1日前に信託された部分の管理残高については相続財産に含まれない。 (4) 信託終了事由 現行制度では上記のように、教育資金の制度の終了事由の1つとして、「受贈者が30歳に達した日」というものがある。改正案では、30歳時点で上記(3)の②③のいずれかに該当する場合は、契約が終了せず、1年を通して(3)の②③に該当する期間がない年の12月31日か受贈者が40歳に達する日のいずれか早い日に契約が終了するとされる。 学校は大学や大学院だけでなく、専門学校や各種学校も含まれることから、継続して学び続けると40歳までこの制度を利用できる。 この改正は平成31年7月1日以後に受贈者が30歳に達する場合に適用される。 Ⅱ 結婚・子育て資金一括贈与非課税措置の延長・見直し [従来の制度概要] 結婚・子育て資金の一括贈与非課税措置は、Ⅰの教育資金一括贈与非課税措置が平成25年の創設時に相当な件数の信託契約が締結されたことを受けて平成27年度改正で導入された制度であり、平成27年4月1日から平成31年3月31日まえの間に、親や祖父母が20歳以上50歳未満の子や孫に金融機関を通じて1,000万円まで贈与し、その資金が結婚資金(300万円限度)や子育て資金として受贈者が50歳になるまでに使われた場合には、贈与税が非課税とされる制度である。 この制度と教育資金の制度との大きな違いとしては、契約途中で贈与者が死亡した場合は、死亡した時点での管理残高が、贈与者の相続財産に含まれることが挙げられる。贈与者の相続財産に含まれた場合は、その後、受贈者が50歳になって契約終了時に管理残額があったとしても贈与税は課されない。 [改正内容] Ⅰと同様、制度が平成33年(2021年)3月31日まで2年延長される。 また、この制度の受贈者は、金融資産の多い親や祖父母をもつ子や孫が多く、子や孫の所得も高額となるものも多かった。高額所得者に優遇税制を適用するのは格差の拡大となることから、信託等する日の属する年の前年の受贈者の合計所得金額が1,000万円超の場合は、適用を受けることができないとした。 この改正は、平成31年4月1日以後の信託等により取得する信託受益権から適用される。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 事業承継ファンドから出資を受けた場合のみなし大企業の要件緩和 (中小企業向け設備投資減税の適用の特例) ~平成31年度税制改正大綱~ 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 平成31年度税制改正では、中小企業に対する規制強化の一環として、みなし大企業の範囲が拡大される予定である。他方、平成30年度税制改正では、中小企業の事業承継を円滑に進めるべく、いわゆる自社株納税猶予の制度が大きく見直された。今回のみなし大企業に関する改正でも、事業承継に関する部分については、例外的に規制を緩める改正が予定されており、注意が必要である。 (1) みなし大企業とは 租税特別措置法では、大企業に比べると、中小企業について設備投資減税をはじめとする優遇措置が講じられていることが多い。ここで中小企業と大企業を分ける基準は、資本金であり、通常、資本金1億円以下の法人が中小企業者とされる。ただし、大企業の傘下にある場合には、資本金1億円以下の法人といえども中小企業者には該当しないとされる。これが「みなし大企業」である。 中小企業者等が機械等を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除(中小企業投資促進税制)を例に説明すると、中小企業者とは、次のいずれかに該当する者をいう(措法42の6①、42の4③、措令27の4⑫)。 みなし大企業とは、資本金の額が1億円以下の法人のうち、上記(ア)又は(イ)に該当する法人をいい、資本金の額が1億円以下であっても、中小企業者から除外される法人である。 特定中小企業者等が経営改善設備を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除(商業・サービス業・農林水産業活性化税制)、中小企業者等が特定経営力向上設備等を取得した場合の特別償却又は法人税額の特別控除(中小企業経営強化税制)などにおける中小企業者も同様である。 (2) 改正の概要 平成31年度税制改正では、中小企業等経営強化法の事業再編投資計画の認定に係る投資事業有限責任組合の組合財産である株式を発行した中小企業者について、上記みなし大企業の判定における大規模法人の有する株式又は出資から、その投資事業有限責任組合に係る組合員の出資をした独立行政法人中小企業基盤整備機構の有する株式が除外される。 改正内容が適用される租税特別措置法の規定は下記の通りである。 独立行政法人中小企業基盤整備機構では、中小企業者に対する投資事業を行う民間機関などとともに投資ファンド(投資事業有限責任組合)を組成し、中小企業者への資金調達の円滑化と踏み込んだ経営支援(ハンズオン支援)を通じて、ベンチャー企業や既存中小企業の新事業展開の促進又は中小企業者の再生を支援している。 (※) 中小企業基盤整備機構ホームページより 今回の改正は、財政基盤が脆弱な中小企業を支援するという本来の趣旨を踏まえ、必要な事業承継を推進するとともに、事業承継を実施する中小企業の設備投資を促す観点から行われるものである。 〈現行〉 現行制度の場合、支援対象会社は、資本金1億円以下でも、複数の大規模法人から70%の出資を受けており、中小企業者には該当しないため、中小企業向け優遇税制を適用することができない。 〈改正案〉 改正案のもとでは、支援対象会社は、資本金1億円以下で、同一の大規模法人から30%の出資しか受けていないこととされるため、中小企業者に該当し、中小企業向け優遇税制を適用することができる。 (了)
《速報解説》 無形資産の取引に係る移転価格税制の見直し ~平成31年度税制改正大綱~ 税理士・行政書士 島田 弘大 1 はじめに 平成30年12月14日に「平成31年度税制改正大綱」(与党大綱)が公表された。 日本企業の健全な海外展開を支えるとともに、BEPSプロジェクトを背景に国際的な租税回避や脱税に対してより効果的に対応することが求められることから、近年では毎年のように国際課税に関する重要な改正が行われている。 平成31年税制改正大綱においては、国際課税について主に「過大支払利子税制」及び「移転価格税制」に関する改正が行われている。本記事ではそのうち、移転価格税制(無形資産取引)の見直しに係る主な改正ポイントを解説したい。 2 移転価格税制の対象となる無形資産の明確化 現行法では、移転価格税制の対象となる無形資産については、その定義が租税特別措置法基本通達66の4(3)-3の(注1)にて記載されているのみであった(下記【参考】参照)。 改正案では、移転価格税制の対象となる無形資産は、 と広範かつ明確な定義が採用されている。 無形資産の定義が明確化されることになるため、企業としては無形資産の存在を再度検討する必要があると考えられる。 3 DCF法の導入 独立企業間価格の算定方法としてディスカウント・キャッシュ・フロー法(以下、「DCF法」)が新たに追加される。DCF法とは、将来その無形資産から得られるであろうキャッシュフローを予測し、その金額について一定の割引率を用いて現在価値を計算する方法である。 DCF法はOECD移転価格ガイドラインにおいて比較対象取引が特定できない無形資産取引等に対する算定方法として有用性が認められている方法である。今後の無形資産取引等に係る独立企業間価格の算定方法として多く利用されることが想定される。 なお、DCF法による具体的な計算方法については、今後の情報に注目する必要がある。 4 評価困難な無形資産に係る取引に係る価格調整措置(所得相応性基準)の導入 ① 特定無形資産 評価困難な無形資産に係る取引(以下、「特定無形資産取引」)について独立企業間価格の算定の基礎となる予測と結果が相違した場合には、一定の要件のもと、税務当局は最適な価格算定方法により算定した金額を独立企業間価格とみなして更正等(価格調整)をすることができることとされる。ただし、税務当局が算定した価格と当初の取引価格との相違が20%以下である場合には、価格調整措置は行われない。 ② 適用免除要件 また、国税当局の職員が一定の書類(特定無形資産取引に係る独立企業間価格の算定の基礎となる予測の詳細を記載した書類や取引時において予測と結果が相違する原因となった事由の発生の可能性を適切に勘案して算定したことを証する書類など)の提出等を求めた日から一定期間内に法人からその書類の提出があった場合も価格調整措置は行われないこととされている。 なお、上記の所得相応性基準の導入により、過去に遡って事後的に指摘を受けるケースが増加すると考えられる。そのため、独立企業間価格の算定の基礎となる予測と結果の差異の要因となり得る事由を検討し、予測と結果とで大きな差異が生じないように独立企業間価格をより慎重に検討する必要があるだろう。 5 更正期間等の延長 移転価格税制に係る更正期間及び更正の請求期間等が現行の6年から7年に延長される。 6 適用時期 上記の改正は、平成32年4月1日以後に開始する事業年度分の法人税から適用される。 (了)
《速報解説》 中小企業向けの法人税軽減税率の特例、2021年3月31日まで2年延長 ~平成31年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成30年12月14日、与党(自由民主党及び公明党)より平成31年度の税制改正大綱が公表された。平成31年度は消費税率の引上げが予定されている中、引き続き現在の景気回復基調を持続させ、デフレ脱却・経済再生を確実なものとすることが必要であるとして、企業に対しては引き続き収益拡大分を賃金上昇・雇用拡大や設備投資の増加につなげることが期待されている。 このように、経済政策についてはこれまでの流れを踏襲しつつ、中小企業対策についても必要な税制改正が盛り込まれているところであるが、本稿では中小企業向け軽減税率の延長について説明する。 2 改正の概要 中小企業向けの法人税の軽減税率の特例について、その適用期限を2年延長し、平成33(2021)年3月31日までの間に開始する事業年度まで適用する。 3 補足(現制度の概要) 普通法人(※)のうち各事業年度終了の時において資本金額又は出資金額が1億円以下であるもの、資本もしくは出資を有しないもの(一定の医療法人を除く)、又は人格のない社団等の平成24年4月1日から平成31年3月31日までの間に開始する各事業年度の所得の金額のうち年800万円以下の金額については、法人税率を本則の19%ではなく15%とする特別措置が定められている(措法42の3の2①)。 (※) 保険業法に規定する相互会社、及び大法人(資本金額又は出資金額が5億円以上である法人等)との間に完全支配関係がある普通法人を除く。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」(公開草案)を公表 ~偶発事象全般に関する会計基準の開発を提言~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2018(平成30)年12月14日、日本公認会計士協会は、「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」(公開草案。会計制度委員会研究報告)を公表し、意見募集を行っている。 我が国には、偶発事象に関する会計基準は存在せず、偶発債務等の注記は規定されているが、偶発事象(偶発損失及び偶発利益)の定義や会計上の取扱いに関するルールが定められていないことから、偶発事象の会計上の取扱いについて研究を行ったものである。 意見募集期間は2019(平成31)年1月25日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 公開草案の概要 公開草案は、目次を含めて40ページに及ぶものであり、以下では、主な内容について解説する。 1 偶発事象の定義 偶発事象について、現行の日本基準では特に定義はないとのことである。 日本公認会計士協会が過去に公表していた監査基準委員会報告書第2号(中間報告)「特記事項」(1992年(平成4年)11月11日公表、2003年(平成15年)2月18日廃止)の偶発事象の定義や、「監査マニュアル」(監査第一委員会研究報告第1号)の「4090偶発債務に関する監査手続書」を用いて検討している。 すでに廃止された監査基準委員会報告書第2号(中間報告)「特記事項」では、偶発事象を次のように定義していた。 なお、IFRSのIAS 第37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」では引当金、偶発負債及び偶発資産についての定義は定められているものの、偶発事象の定義は定められていないとのことである(4ページ)。 2 日本公認会計士協会の提言 日本公認会計士協会として、偶発債務の我が国の会計上の取扱いについて、次の取扱いを検討すべきではないかと考えるとのことである(22ページ)。 我が国においては存在していない偶発事象全般に関する会計基準を新たに開発することを目標に検討されることが望ましいと考えられるとのことである(30ページ)。 (了)
《速報解説》 会計上の論点及びスキーム別の会計処理上の論点などをまとめた 「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(公開草案)が公表される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2018(平成30)年12月14日、日本公認会計士協会は、「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」(公開草案。会計制度委員会研究報告)を公表し、意見募集を行っている。 これは、インセンティブ報酬の会計上の取扱いについて研究したものである。 意見募集期間は2019(平成31)年1月25日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 公開草案の概要 公開草案は、目次を含めて101ページに及ぶものであり、以下では、主な内容について解説する。 1 インセンティブ報酬に関する会計上の論点(総論) インセンティブ報酬に関する会計上の論点(総論)として、次のことが記載されている。 「② 費用計上額の測定日(事後的な時価の見直しの要否)」に関しては、費用計上額に焦点を当てて考えたときの時価測定の時点は、付与日(契約締結日)ということになり、また、発行されるオプション又は株式に焦点を当てて考えてみたときにおいても、時価測定の時点は、付与日(契約締結日)ということになると記載している(17ページ)。 2 インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論) インセンティブ報酬に関するその他の会計上の論点(各論)として、次のことが記載されている。 「⑥ 株価連動型金銭報酬における取扱い」に関して、株価連動型金銭報酬とは、株式の発行や自己株式の処分は伴わず、金銭(現金)によって役員等に給付される報酬であるものの、当該報酬の額が自社ないし親会社等の株価に連動して決定されるような報酬をいい、我が国の会計基準等において、株価連動型金銭報酬の会計処理は特に定められておらず、会計上の定義についても明文の定めはないと記載されている(48ページ)。 一般的に、株価連動型金銭報酬に区分される報酬制度としては、仮想的に株式を交付するか否かによって、次の2つに区分されるとのことである(48、49ページ)。 3 インセンティブ報酬のスキーム別の会計処理上の論点 インセンティブ報酬のスキーム別の会計処理上の論点として、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 空き家に係る譲渡所得の3,000万円特別控除の特例に係る改正事項 ~平成31年度税制改正大綱~ 弁護士 羽柴 研吾 1 はじめに 平成30年12月14日に公表された与党の平成31年度税制改正大綱において、空き家の発生を抑制するための特例措置の拡充・延長措置が明記された(大綱21頁)。 2 改正の背景 近年、周辺の生活環境に悪影響を及ぼしうる空き家の数が年々増加し、相続人が使う見込みのない古い住宅が空き家として放置され、周辺の生活環境に悪影響を与えることを未然に防止する必要性が認識されていた。 このような中、平成28年度税制改正において、空き家の発生を抑制するため、被相続人の居住用財産に係る譲渡所得の特別控除の特例(以下「相続空き家の特例」という)が創設された。これは、相続又は遺贈によって取得した被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等を譲渡した場合で、一定の要件に該当するときは、居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除の特例(租特法第35条《居住用財産の譲渡所得の特別控除》第1項)の適用を受けることができるようにするものであった。 相続空き家の特例の適用対象となる「被相続人居住用家屋」とは、相続の開始の直前において当該相続又は遺贈に係る被相続人の居住の用に供されていた家屋である(租特法第35条第4項)。そのため、例えば、その被相続人がその相続の開始の直前において老人ホーム等に入居していて、既にその家屋を居住の用に供していなかった場合には、被相続人居住用家屋には該当しないものとされていた(財務省「平成28年度税制改正の解説」152頁参照、租特通35-10、31の3の2も併せて参照されたい)。 しかしながら、被相続人は相続開始の直前において老人ホーム等に入居していることも多く、被相続人が家屋に住まなくなった理由のうち、老人ホーム等の施設に入居したことを理由とするものが14.4%を占めており、これは死亡を理由とするもの(64.2%)に続く割合を占めている(国土交通省「平成31年度国土交通省税制改正概要」11頁)。 そこで、今回の改正は、老人ホーム等に入居した場合であっても、一定の要件に該当するときは、相続空き家の特例の適用を受けられるようにしたものである。 3 拡充の内容 (1) 被相続人居住用家屋の対象の拡充 次の要件を満たす場合に、被相続人居住用家屋に該当するものとされた。 (2) 適用期間の延長 相続空き家の特例の適用期間が、4年間(平成32年(2020年)1月1日から平成35年(2023年)12月31日)延長された。 4 適用時期 改正法は、平成31年4月1日以後に行う被相続人居住用家屋又は被相続人居住用家屋の敷地等の譲渡について適用される予定である。 (了)