M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 【第18回】 「偶発債務・後発事象の分析(その3)」 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 ←(前回) | (次回)→ ▷収益認識に関連する偶発債務(簿外債務)等 収益認識に関連する偶発債務(簿外債務)等の検討は、デューデリジェンスにおいては、通常は、収益力の分析と一緒に分析することになる。 〈製品保証〉 例えば、対象会社(筆者らの経験では製造業や小売業などが多い)において、販売した製品や商品(以下、「製品等」)に瑕疵が生じた際に、顧客との間で販売後の一定期間、製品等の修理又は交換に無償で応じるといった無償保証契約を締結している場合がある。また、製品等の販売後、無償保証期間を過ぎた製品等について、顧客との間で別途有償の保証契約を締結している場合がある。 実態純資産の分析では、過去に販売した製品等に瑕疵が生じた際に、販売後の一定期間、製品等の修理又は交換に無償で応じる契約に基づいて負担する費用は、当該内容の有無を把握し、発生見込額を認識する必要がある。また、有償での保証契約に基づく製品等の修理又は交換によって生じる費用においても、当該内容の有無を把握し、発生見込額を認識する必要がある。 〈返品調整〉 例えば、対象会社が、顧客との取引条件として返品を容認している業種又は企業(筆者らの経験では出版業、出版取次業、医薬品業、農薬業、化粧品業などが多い)、であれば、特に、顧客からの返品リスクを実態純資産の分析上考慮しなければならない。当該内容の有無を把握し、発生見込額を認識する必要がある。 〈売上値引・売上割戻〉 例えば、対象会社(筆者らの経験では小売業や製造業などが多い)において、例え書面による契約がない場合でも、過去からの商慣習等による事実上の合意等に基づき、製品等の引渡し後に売上値引をする場合がある。また、対象会社(筆者らの経験では製造業や卸売業などが多い)において、一定額又は一定数量の売上を達成した販売先に対し、売上割戻をする場合がある。実態純資産の分析においては、当該内容の有無を把握し、発生見込額を認識する必要がある。 〈将来の営業損失や発生費用〉 例えば、対象会社が、事業や子会社・関連会社の売却又は撤退等のリストラクチャリング等を現在進行形で進めている場合、基準日後の営業期間において追加的な費用又は損失が発生する場合がある。実態純資産の分析においては、当該内容の有無を把握し、発生見込額を認識する必要がある。 ▷不利な契約に関連する偶発債務(簿外債務)等 〈工事損失・受注損失〉 契約による債務を履行するための不可避的な費用が契約上の経済的便益の受取見込額を超過している場合には、将来的に偶発債務(簿外債務)等が発生する可能性がある。特定の契約の履行により発生すると見込まれる損失は将来の特定の損失に当たり、契約締結当初から損失が見込まれる場合、又は契約締結後の環境変化によって損失が見込まれる場合のいずれであっても、その発生は過去の事象に起因すると考えることができるため、実態純資産の分析においては、当該内容の有無を把握し、影響額を検討する必要がある。 〈(長期)買付契約〉 例えば、メーカーなどが、仕入価格の低減や仕入数量の確保を図るために原材料等の棚卸資産について解約不能の長期買付契約を締結していた場合に、契約締結後に販売価格が下落し、販売市場が縮小すると、棚卸資産の正味売却価額が将来の引取見込原価を下回ることがある。実態純資産の分析においては、当該内容の有無を把握し、当該買付契約による棚卸資産の購入に伴って発生する損失額を検討する必要がある。 ▷訴訟・法令違反等に関連する偶発債務(簿外債務)等 訴訟・法令違反等に関連する偶発債務(簿外債務)等の検討は、デューデリジェンスにおいては、特に法務デューデリジェンスチームと密に連携をしなければならない事項である。対象会社に対するマネジメントインタビュー、担当者インタビューや各種議事録・稟議書・契約書等の査閲を通じて、特に下記の事項を確認することになる。 〈訴訟損失〉 調査基準日現在、訴訟事件等が進行中であっても敗訴の可能性が高まっており、損害賠償等の金額を合理的に見積ることができる場合がある。実態純資産の分析においては、当該内容を把握し、影響額を検討する必要がある。 〈リコール〉 例えば、対象会社(筆者らの経験では製造業や小売業が多い)において、製品等の販売後に安全上の問題等が判明した場合、当該販売済の製品等を回収することがある。これを一般的にリコール(Recall)といい、法令に基づく回収(いわゆる、法定リコール)と、企業の自主的な判断による回収(いわゆる、自主リコール)が存在する。実態純資産の分析においては、当該発生可能性の有無を把握し、発生見込額を検討する必要がある。 ◆リコール開始件数 (出典:経済産業省産業保安グループ製品安全課「リコールの効率向上に向けて」(2018年3月19日)から筆者作成) (※) 2017年に開始された自主リコールは59件であり、そのうち、重大事故契機が12件、非重大事故契機は47件であった。 〈当局による制裁〉 例えば、当局からコンプライアンス違反を指摘され、今後課徴金や制裁金等を支払わなければならない場合がある。実態純資産の分析においては、当該内容の有無を把握し、発生見込額を検討する必要がある。 (了)
改正相続法に対応した実務と留意点 【第2回】 「持ち戻し免除の意思表示の推定に関する留意点」 弁護士 阪本 敬幸 今回は、今後の居住用不動産贈与に影響があると思われる、持ち戻し免除の意思表示の推定に関して解説する。 1 概要 改正後民法903条4項は、以下のように定め、婚姻期間が20年以上の夫婦において、居住用不動産について遺贈又は贈与があった場合、持ち戻し免除の意思表示があったものと推定するとされた。 今回の相続法改正の大きな柱である配偶者保護の方策の充実の一環である。 2 「推定」の意味 持ち戻し免除の意思表示が推定されるということは、被相続人が現実には何の意思表示もしていなければ、持ち戻し免除の意思表示があったと扱われるということである。現行法では、「持ち戻し免除の意思表示があったこと」について、受益者側に立証責任があるが、改正後民法では受益者以外の相続人に「持ち戻し免除の意思表示がなかったこと」の立証責任があるということになる。 したがって、受益者以外の相続人において、持ち戻し免除の意思表示はなかったと立証できれば推定は覆るが、この立証は困難な場合が多いであろう。 また当然であるが、改正後民法903条4項の要件を満たさないため推定を受けないとしても、その他の事情から持ち戻し免除の意思表示があったと認められることはあり得る。持ち戻し免除の意思表示は、黙示でも足りるとされているのである。 したがって、被相続人に持ち戻し免除の意思がないのであれば、遺言等で明確にその旨を明らかにしておくべきである。例えば、以下のような遺言が考えられる。 3 遺贈・贈与の対象 遺贈・贈与の対象は、「その(注:配偶者)居住の用に供する建物又はその敷地」である。 婚姻期間20年以上のAB夫婦における以下のような事例で、改正後民法903条4項の適用があるか考えてみる。 ① AがBに対し、Bの居住用マンションの購入資金3,000万円を贈与した。 ② AがBに対し、AB夫婦が現に居住する自宅敷地の持ち分2分の1を贈与した。 ③ AがBに対し、A所有の空き賃貸物件Pを、将来のBの居住用のために贈与した。贈与の5年後、BがPで居住するようになり、その後Aが死亡した。 ④ AがBに対し、AB夫婦が現に居住する自宅土地建物Qを贈与した。その後AB夫婦はAが所有する不動産Rに転居し、AがBに対し、Rを贈与した。 ①では、贈与の対象はあくまでも不動産であり、居住用不動産の購入資金は含まれないため、改正後民法903条4項の適用はない。 ②では、贈与したのが居住用不動産の一部であっても、「居住の用に供する建物又はその敷地」であることに変わりはないから、改正後民法903条4項の適用を受ける。 ③では、法制審議会は、贈与の場合、相続開始時ではなく贈与時に「居住の用」に供されている(少なくとも、近い将来居住の用に供する予定がある)ことが必要と解している(追加試案補足説明9頁)。この解釈に従えば、贈与時にBはPに居住しておらず、近い将来に居住する予定もなかった以上、改正後民法903条4項の適用はない。 ④では、Q・Rという2つの居住用不動産が贈与されているが、改正後民法903条4項には贈与・遺贈の上限が定められているわけでもなく、Q・R双方の贈与において条文の要件を満たすから、持ち戻し免除の意思表示が推定される。 もっとも、一般に、長期間婚姻生活を継続してきた夫婦間における居住用不動産の贈与は、贈与者が受贈者の老後の生活保障を図る目的の場合が多いところ、本件のような場合、転居前の自宅不動産Qについては受贈者の老後の生活保障のために与えたという趣旨は撤回されたと見る余地があり、これが立証できた場合、改正後民法903条4項による推定を覆す事情があったということになると考えられる(法制審議会・追加試案補足説明9頁)。 4 婚姻期間について 条文上、遺贈又は贈与時において婚姻期間20年以上であることが要求されていることは明らかである。 もっとも、贈与と遺贈では効力の発生時期に違いがある。すなわち、贈与は贈与契約の成立時点で効力が発生するが(改正前民法549条。改正後民法において効力発生時期の変更なし)、遺贈は遺言者死亡の時点で効力が発生する(改正前民法985条1項。改正後民法における変更なし)。 「2001年に婚姻したAB夫婦」において、以下のような事例を考えてみる。 ① 2020年にAからBに対し居住用不動産の贈与があり、2025年にA死亡。 ② 2020年にAがBに居住用不動産を遺贈する旨の遺言書を作成し、2025年にA死亡。 ①では、贈与時点で婚姻期間20年未満であるため、改正後民法903条4項の適用はない。 ②では、遺贈は遺言者死亡の時に効力発生するので、婚姻期間20年以上という要件を満たし、改正後民法903条4項の適用があるということになる。 また、婚姻期間の通算が可能かという問題もある。以下のような事例を考えてみる。 2011年にABは離婚したが、2012年にABで再婚し、2024年にAからBに対し居住用不動産の贈与があり、2025年にA死亡。 法制審議会は、解釈の問題であるとしつつも、相続税法上も婚姻期間が通算20年以上であれば特例の適用を認めるとされている(相続税法施行令4条の6第2項)ことを紹介しており(部会資料24-2・7頁)、婚姻期間の通算を認めるべきと考えているようである。 婚姻期間の通算が認められるのであれば、本事例においても改正後民法903条4項の適用を受けることになる。 5 税法との関係 改正後民法903条4項は、贈与税の配偶者控除制度を参考に規定されたが、配偶者控除制度とは要件が異なる点があるので注意が必要である。 6 経過措置について (1) 居住用不動産の遺贈・贈与について 改正後民法903条4項は、2019年7月1日から施行され(改正法附則1条本文、施行期日政令)、施行日前にされた遺贈又は贈与については適用がない(改正法附則4条)。 婚姻期間20年以上のAB夫婦における以下のような事例を考えてみる。 ① 2019年4月1日、AがBに対し、AB夫婦が居住する自宅敷地を贈与した。2019年8月1日、Aが死亡した。 ② 2019年4月1日、Aが「Bに、夫婦の自宅敷地を遺贈する」旨記載された遺言書を作成した。2019年8月1日、Aが死亡した。 ①では、上記改正法附則1条・4条により、改正後民法903条4項の適用はない。この場合、持ち戻しを免除する意思であれば、遺言等で明確に持ち戻し免除の意思表示を行うべきである。 ②では、前述の通り遺贈は遺言者の死亡により効力が発生するから(改正前民法985条1項)、2019年7月1日以降に遺言者が死亡した場合、改正後民法の適用を受け、持ち戻し免除の意思表示が推定されるということになる。 (2) 配偶者居住権の遺贈について 改正後民法903条4項は、配偶者居住権の遺贈にも準用される(改正後民法1028条3項)。 もっとも、1028条3項を含む配偶者居住権に関する改正後民法の規定は、2020年4月1日から施行され(改正法附則1条4号、施行期日政令)、施行日以前の遺贈については配偶者居住権に関する条文の適用がない(改正法附則10条2項)。 したがって、2020年4月1日より前に遺言書において配偶者居住権の遺贈を定めていたとしても、2020年4月1日より前に相続が発生した場合、当該遺贈部分に関する遺言は無効となる。 しかし、2020年4月1日以降に相続が発生した場合には、前述の通り遺言は遺言者の死亡により効力が発生するから(改正前民法985条1項)、当該遺言は有効となると考えられる。遺言書作成時には存在しない制度に関する遺言が有効かという疑問もあるかもしれないが、遺言の効力の発生時期、遺言に停止条件を付することも可能であること(改正前民法985条2項。「遺言者が2020年4月1日以降に死亡することを停止条件として、配偶者居住権を遺贈する」という遺言も有効であろう)、遺言はいつでも書き換えられることなどを考えれば、このような遺言も有効と考えられる。 7 終わりに 持ち戻し免除の意思表示の推定を定める改正後民法903条4項は、被相続人が遺言書等を作成していない場合(少なくとも、持ち戻し免除の意思表示はない場合)を想定しているのであろう。したがって、持ち戻し免除するか否かについて、遺言書等で明確に意思表示しておけば、改正後民法903条4項の適用の有無が問題となることはない。 しかし、遺言書を作成することが困難な場合もあろうし、遺言書はいつでも書き換えることが可能であり、遺言書を書き換えた際に持ち戻し免除の意思表示を遺言書に入れ忘れるといったこともあり得る。 つい先日、筆者も「この間、居住用不動産を配偶者に贈与したが、持ち戻し免除の意思表示があったということになるのか」という相談を受けた。上記のように、2019年7月1日より前の贈与については、持ち戻し免除の意思表示の推定は受けない。法律による推定という強い効果を考えれば、近々居住用不動産の贈与を考えている夫婦は、贈与時期を検討する余地があるかもしれない。 (了)
今から学ぶ [改正民法(債権法)]Q&A 【第5回】 「保証(その2)」 堂島法律事務所 弁護士 奥津 周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 【Q】 (再掲) 保証制度に関して改正があったようですが、具体的にどのような点が変更されるのでしょうか。 【A】 銀行からの借入れなど、債務を負担した本人を「主債務者」といい、その主債務者が支払いを行えなくなった場合に、代わりに支払いを行う人を「保証人」という。保証人制度については、取引実務においてよく活用されているが、安易な保証人の取得慣行が、生活破綻を招いているとの批判がなされていた。 今回の改正では、そうした実情も踏まえて、主に次の点が改正されることとなった。 (※) ①、②については前回を参照。 ▷ 保証人に対する情報提供義務を規定 (1) 概要 現行法においては、主債務者や債権者による保証人への情報提供義務が定められておらず、債権者の財産状況や借入れ状況等を正確に把握しないまま保証人となってしまうケースや、主債務者が履行遅滞に陥っているにも関わらず、保証人への情報提供がないため遅延損害金が膨らんでしまうというケースがあった。 改正法では、これらの問題点を解消するために、次の3段階において、主債務者や債権者による保証人への情報提供義務を定めた。 上記それぞれの段階において、情報提供義務を負担する主体や情報提供義務が発生する保証契約の要件が異なるため、個別に理解する必要がある。 (2) 契約締結時における情報提供義務 主たる債務者は、事業上の債務を個人に保証してもらうことを委託するときに、一定の情報提供義務を負う(改正法465条の10)。情報提供が必要なのは、保証の対象となる債務が銀行借入れの場合に限らず、商取引における債務の保証を委託する場合にも必要となる。保証人が法人である場合は、この情報提供義務は生じない。 主たる債務者が提供すべき情報は次のとおりであって、主たる債務者の財務状況等に関する情報である。 主たる債務者が上記の情報提供を行わず、又は事実と異なる情報を提供したために、保証人が主たる債務者の財務状況等について誤解をして保証契約を締結したときに、債権者が、保証人が情報提供を受けておらず、又は事実と異なる情報しか提供されていないことを知っていたり、もしくは知ることができたときには、保証人は、その保証契約を取り消すことができる(改正法465条の10第2項)。 このような規律が設けられた背景としては、例えば資金繰りに窮した債務者が金融業者等から借入れをしようとするにあたって、保証人に正確な情報、すなわち債務者が窮状にあることを説明せずに、その人的関係(親族関係や友人関係等)を背景として、保証人への就任を頼み込むなどし、保証人が主債務者の窮状を知らずに保証契約を締結することなどによって、保証人が保証債務の履行を強制されるといった事態が生じていたことによる。 本規律の大きな特徴は、情報提供義務を負う当事者は主債務者であるものの、正確な情報提供がなされなかったときに、保証人に債権者との保証契約の取消権が認められるという点にある。このような規律がおかれることで、保証契約が取り消されるリスクを避けるために、債権者は、保証人が正確な情報提供を受けているかを確認しておく必要が生じる。 具体的には、債権者において、保証人から主たる債務者から提供を受けた情報の内容を確認したり、主たる債務者及び保証人から、主たる債務者の財務状況等について正確に情報提供がなされたことの表明保証を取り付けるといった対応が必要となろう。 (3) 履行状況についての情報提供義務 保証契約締結後、主たる債務者から委託を受けた保証人から主債務者の返済状況等の情報提供を求められた場合、債権者は、主たる債務の元本その他の債務の不履行の有無、残債務の金額、弁済期の到来しているものの金額等の情報を当該保証人に提供しなければならない(改正法458条の2)。 情報の提供を求めることができるのは委託を受けた保証人であるが、保証人が個人、法人いずれであっても、債権者に情報提供を求めることができる。 債権者の立場では、これまで保証人から情報提供を求められても、主債務者の財産的な信用に関する情報であって、個人情報保護や守秘義務の観点から躊躇するケースがあったが、今後は情報提供が義務とされ、これらの問題はなくなった。 また、この情報提供義務は、主たる債務が事業上の債務に限られないため、例えば居住用アパートの賃貸借契約の保証人からの請求にも債権者(賃貸人)は応じなければならない。個人のアパートオーナー等はこの改正を知らない可能性もあるため、周知が必要であるといえる。 債権者がこの情報提供義務に違反して情報提供をしなかったとき、保証契約の取消権までは、条文上定められていないが、保証人が債権者の債務不履行によって損害を受けた場合は、債務不履行の一般原則にしたがって、保証人からの損害賠償請求等がありえる。 (4) 主たる債務者の期限の利益喪失時における情報提供義務 主たる債務者が主債務の期限の利益を喪失したとき、保証人が個人であるときには、債権者は、保証人に対して、期限の利益の喪失から2ヶ月以内に、主債務者が期限の利益を喪失した旨を通知しなければならない(改正法458条の3)。 これは、主たる債務が事業に関するものである場合に限られない。債権者が2ヶ月以内にこの通知をしなかった場合には、債権者は、保証人に対し、期限の利益を喪失したときから現に通知をしたときまでに生じた遅延損害金の支払いを請求できない。債権者としては速やかな対応が求められるといえるであろう。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例31】 RIZAPグループ株式会社 「連結業績予想及び配当予想の修正、 当社グループの構造改革に関するお知らせ ~持続的成長に向けた抜本的な構造改革に着手へ~」 (2018.11.14) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、RIZAPグループ株式会社(以下「RIZAP」という)が平成30年11月14日に開示した「連結業績予想及び配当予想の修正、当社グループの構造改革に関するお知らせ~持続的成長に向けた抜本的な構造改革に着手へ~」である。 「構造改革」により業績予想と配当予想を修正することになったという内容であり、業績予想の修正は、親会社の所有者に帰属する当期利益(同社はIFRS適用会社)の予想値を15,940百万円の黒字からマイナス7,000百万円の赤字に修正するというもの、配当予想の修正は無配への修正である。 そうした修正の理由である「構造改革」として、同社は、(1)グループ会社・事業の経営再建の早期完遂、(2)強靭な経営体質への変革、(3)事業の選択と集中、(4)新規M&Aの原則凍結、(5)成長事業への経営資源集中、をあげている。要するに、「M&Aをやめて、既存事業の整理をするから」である。 2 M&Aをやめると、なぜ利益が減るのか? RIZAPは、業績予想の修正の内訳として、①主にグループ入り1年以内の企業を中心とした経営再建の遅れによる影響額・約7,160百万円、②早期の構造改革のために今期において計上する構造改革関連費用等を含む非経常的損失・約8,350百万円、③新規M&Aの原則凍結による影響額・約10,360百万円、④その他連結調整等における影響額・430 百万円、をあげている。このうち、①は、子会社の利益が当初予想よりも小さくなるということ、②は、既存事業の整理により損失が見込まれるということであり、分かりやすいが、③は分かりにくいかもしれない。 一見すると、新たに子会社化する会社の利益の計上(利益の加算)が見込めなくなるから、と思われるかもしれないが、そうではない。同社は、利益を計上している黒字会社など子会社化していないのである。同社が子会社化している会社は、業績が悪い赤字会社ばかりなのだ。赤字会社の子会社化をやめれば、損失の計上が減り、逆にグループ全体の利益が増えそうだが、実は同社は、そうした赤字会社の子会社化により、ある収益の計上を見込んでいたのである。 3 赤字会社の子会社化により利益を増やす? ③は、RIZAPが見込んでいた「負ののれん発生益」の額である。会計士や税理士の方であれば、ご存知のはずだが、簡単に説明すると、ある会社をその純資産(時価評価した額であり、新株予約権は除く。以下同じ)よりも安く取得した場合に連結損益計算書に計上される収益である。 例えば、純資産100の会社の株式を100%取得し、完全子会社化したとする。連結財務諸表作成に当たって、子会社株式と子会社の純資産を相殺消去するのだが、この場合、株式の取得額が120で、純資産100よりも20高かったとすると、20の「のれん」が資産として連結貸借対照表に計上されることになる。純資産よりも高い額で株式を取得するのは、その会社が将来利益をもたらしてくれることを期待しているからである。 それに対して、株式の取得額が80で、純資産100よりも20安かったとすると、20の「負ののれん発生益」が収益として連結損益計算書に計上されることになる。純資産よりも安い額で株式を取得できるのは、「のれん」が計上される場合の逆で、その会社の業績が悪く、誰も取得したがらないからである。 同社は、赤字会社をその純資産よりも安く取得することにより「負ののれん発生益」を計上しており、それがグループ全体の利益を高めていた。そして、当初、来期以降も、同様に赤字会社をその純資産よりも安く取得し続け、「負ののれん発生益」を計上することを見込んでいたのである。 4 分かっていたこと RIZAPの平成30年3月期の親会社の所有者に帰属する当期利益は9,250,311千円であるのに対して、同期に計上している「負ののれん発生益」は8,971,303千円である。同社は、「負ののれん発生益」によって利益のほとんどを創り出していたと言える。 「負ののれん発生益」は、あくまで一時的に計上される収益である。取得した会社の業績がすぐに好転してくれればいいが、会社の経営再建は、身体に付いた脂肪を落とすように簡単なことではない。安易な費用削減はリバウンドにつながるだけだ。「負ののれん発生益」による利益の創出を続けていけば、早晩行き詰まることは容易に分かるだろう。 利益を生んでくれない会社を取得し続けるためには、外部から資金を調達しなければならない。同社は有利子負債が増え、平成30年3月期末の自己資本比率は20%を割っていた。そこで、増資を行ったのだが、平成30年5月28日に開示した「新株式発行及び株式売出しに関するお知らせ」には、次のようにその使途が記載されている。前半もっともらしいことが書かれているが、主たる使途は、最後の「借入金返済」だろう。 平成30年11月14日の開示の後、同社の株価は大幅に下落したが、それ以前は過大評価されていたように思われる。同社の株式を取得した方にとっては酷かもしれないが、今回「構造改革」を行わなくても、同社のやり方がいずれ行き詰まることは、もともと分かっていたことなのである。 5 大人と子供 RIZAPの創業者であり代表取締役社長の瀬戸健氏は、「負ののれん発生益」による利益の創出について、「会社を安く買えて、利益が出るなら、いいじゃん」などと無邪気に思っていたのではないだろうか。 その子供のような瀬戸氏を諭し、今回の「構造改革」を促したのは、新たに同社の経営陣に加わった松本晃氏である(平成30年5月28日に「代表取締役の異動に関するお知らせ~松本晃氏を代表取締役COOとして招聘~」を開示)。 実際に親子ほど年齢が違う松本氏と瀬戸氏は、大人と子供のようである。平成30年11月14日、開示とともに行った記者会見において、松本氏は次のように語っている(平成30年11月15日付日本経済新聞朝刊)。松本氏の目にも、瀬戸氏は、おもちゃ集めに興じる子供のように映ったのかもしれない。 今後、瀬戸氏が松本氏に教育され、大人の経営者に成長することができれば、同社は復活するかもしれない。手遅れになる前に、今回「構造改革」を行うことができたのは、良かったのだ。 ただし、少し不安なことがある。同社は、平成30年12月28日に「コーポレートガバナンス改革、代表取締役および役員の異動に関するお知らせ」を開示し、平成31年1月1日付で松本氏が代表取締役から単なる取締役になるとしている。松本氏は、瀬戸氏が大人になるまで、同社にとどまってくれるのだろうか。 【追 記】 本稿執筆後、RIZAPは平成31年1月25日に「当社グループの構造改革に伴う連結子会社の異動(株式譲渡)に関するお知らせ~株式会社ジャパンゲートウェイを株式会社萬楽庵に譲渡~」を開示した。「構造改革」の一環として、子会社である株式会社ジャパンゲートウェイのすべての株式を株式会社萬楽庵に譲渡するという内容である。 なお、その開示の「4.譲渡株式数、譲渡価格及び譲渡前後の所有株式の状況」では、次のような理由により譲渡価額を記載しないとしている。財務諸表上の数値を追えば、譲渡価額はわかってしまうのだが。 (了)
《速報解説》 「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会」から 報告書「金融監査に関する情報提供の充実について」が公表される ~会計監査人から財務諸表利用者への十分かつ丁寧な説明を要請~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成31年1月22日、金融庁の「会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会」は、「会計監査に関する情報提供の充実について― 通常とは異なる監査意見等に係る対応を中心として ―」とする報告書を公表した。 報告書では、大きく次のことが検討されている。 報告書は、平成28年3月に公表された「会計監査の在り方に関する懇談会」提言において、監査法人等が積極的にその運営状況や個別の会計監査等について情報提供していくべきであるとされたことを受けたものである。 また、同日付で、会員向けに日本公認会計士協会から「金融庁・会計監査についての情報提供の充実に関する懇談会報告「会計監査に関する情報提供の充実について」の公表を受けて」が公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 監査人の説明責任の十分性 以下のような事項について、監査人の財務諸表利用者に対する説明責任が十分に果たされていなかったのではないかとの指摘があるとのことである。 2 監査報告書の記載 監査人の監査報告書で表明される監査意見は、通常、無限定適正意見である。 無限定的適正意見以外に、通常とは異なる監査意見等として、限定付適正意見、意見不表明又は不適正意見がある。 これらに関して次のように記載されている。 3 株主総会での意見陳述など 会社法398条1項は、企業の計算書類等の法令・定款適合性に関し、会計監査人が監査役等と意見を異にする場合には、会計監査人は、株主総会に出席して意見を述べることができると規定している。 監査人は、会社法398条1項の趣旨や、会計監査に関する説明・情報提供の充実の要請を踏まえ、会社法上の株主総会での意見陳述の機会を積極的に活用すべきであると記載されている。 また、企業側においても、株主総会の議事運営にあたり、会計監査人の意見陳述の機会を尊重することが求められる。 財務諸表利用者が、経営者や監査役等の意見と監査人の意見とを比較できる機会においてそれぞれが説明を行うことが望ましいとの観点からは、株主総会と同様に、経営者、監査役等及び監査人がそろって参加する場面で説明を行うことが考えられるとのことである。例えば、企業が設ける対外的な説明の場に監査人が同席しての説明などが考えられるとのことである。 4 守秘義務 公認会計士法27条は、公認会計士の守秘義務に関し、「正当な理由がなく、(中略)秘密を他に漏らし、又は盗用してはならない」と規定している。 公認会計士法においては、守秘義務の対象となるのは、企業の「秘密」に当たるものとされており、未公表の情報すべてが含まれるわけではない。 また、仮に「秘密」に該当する情報についても、財務諸表利用者に対して監査人が必要な説明・情報提供を行うこと、特に、無限定適正意見以外の場合に、監査人の職業的専門家としての判断の根幹部分である当該意見に至った根拠を説明する上で必要な事項を述べることは、「正当な理由」に該当する。 5 監査人の交代 監査人の交代に関して、次のことなどが記載されている。 (了)
2019年1月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.303を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第63回】 「役員給与をめぐる規律の見直し」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 昨年12月に公表された平成31年度税制改正大綱では、役員の業績連動給与の損金算入要件の1つである手続要件の見直しが行われることが盛り込まれている。 具体的には、現行制度では、報酬(諮問)委員会による決定を経る場合には、同委員会の構成員に1人でも業務執行役員が含まれていると損金不算入となることとされているが、構成員の過半数が「独立社外役員」であり、その「独立社外役員」全員が賛成することを要件に損金算入を認めることとする。 一方、監査役(会)設置会社や監査等委員会設置会社において認められている監査役の過半数の適正書面(監査等委員会設置会社にあっては、監査等委員の過半数の賛成)に基づく損金算入は、今後認められないこととなる。 〇コーポレートガバナンス・コードの改訂 今回の改正のきっかけの1つとなったのは、昨年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂である。 まず、補充原則4-2①が次のように改訂された(下線筆者)。 中期的な業績と連動する報酬の割合を適切に設定すべきことは改訂前から提示されていたところであるが、改訂後は「客観的・透明性ある手続に従い」制度設計をすべきことが追加された。この手続に関しては、補充原則4-10①が次のように改訂され、「独立した諮問委員会」の例示として、独立社外取締役を主要な構成員とする報酬委員会が挙げられた(下線筆者)。 なお、昨年7月の東京証券取引所の調査によれば、東証一部上場会社の91.3%(1,916社)において2名以上の独立社外取締役がおり、3分の1以上に絞っても33.6%(706社)に及んでいる。また、法定・任意の報酬委員会を設置している会社も792社(37.7%)となっている。 〇有価証券報告書の記載事項の拡充 昨年11月に公表されパブリックコメントが行われていた「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正案では、建設的な対話の促進に向けた情報の提供の観点から、役員の報酬について、報酬プログラムの説明(業績連動報酬に関する情報や役職ごとの方針等)、プログラムに基づく報酬実績等の記載を求めることとしている。なお、改正後の規定は、本年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用予定である。 具体的には、第一に、役員の報酬等の額又はその算定方法の決定に関する方針について、①役職ごとの方針を定めている場合はその内容、②方針の決定権限を有する者の氏名又は名称、その権限の内容、裁量の範囲、③方針の決定に関与する委員会(以下、委員会等)が存在する場合は、その手続の概要、の開示が追加される。 第二に、提出会社の役員の報酬等に業績連動報酬が含まれる場合は、①業績連動報酬とそれ以外の報酬等の支払割合の決定方針を定めているときは、その方針の内容、②当該業績連動報酬に係る指標、③当該指標を選択した理由、④当該業績連動報酬の額の決定方法、⑤最近事業年度における当該業績連動報酬に係る指標の目標、実績、の開示が求められる。 第三に、①提出会社の役員の報酬等に関する株主総会の決議が、(a)ある場合は、当該決議年月日、(b)ない場合は、提出会社の役員の報酬等について定款に定めている事項の内容、②最近事業年度の提出会社の役員の報酬等の額の決定過程における提出会社の取締役会、委員会等の活動内容、の開示も追加される。 〇会社法の改正 会社法改正に向け、1月16日に法制審議会会社法制(企業統治関係)部会は「会社法制(企業統治関係)の見直しに関する要綱案」を決定したが、役員報酬について次のような見直しが盛り込まれている。 まず、監査役会設置会社(公開会社で大会社の有報提出会社)及び監査等員会設置会社においては、取締役(監査等委員である取締役を除く)の報酬等の内容として定款又は株主総会の決議による定めがある場合には、その定めに基づく取締役の個人別の報酬等の内容についての決定に関する方針(報酬等の決定方針)を取締役会で決定することが義務付けられる。また、報酬議案を株主総会に提出した場合には、取締役は、その株主総会において、その報酬(定額金銭報酬を含む)を相当とする理由を説明する。 また、報酬に関する事業報告において、①報酬等の決定方針に関する事項、②報酬等についての株主総会の決議に関する事項、③取締役会の決議による報酬等の決定の委任に関する事項、④業績連動報酬等に関する事項、⑤職務執行の対価として株式会社が交付した株式又は新株予約権等に関する事項、⑥報酬等の種類ごとの総額、に関する開示事項が追加される。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第6回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法の解釈適用論上の原理的課題- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 租税法律主義を税法の解釈適用の場面で論じるとき、原理的には、実質主義ないし実質課税の原則との相克をいかにして克服すべきかが課題とされてきた。その議論の一端は既に第2回のⅢで取り上げたが、今回は、その原理的課題の意義それ自体を検討することにしたい。 税法上の実質主義について、かつて、清永敬次教授は次のように述べておられた(同『租税回避の研究』(ミネルヴァ書房・1995年/復刻版2015年)362頁[初出・1967年])。 以上の引用文のうち特に最後の一文には、今回のテーマである、租税法律主義と実質主義との相克をめぐる問題状況が、的確かつ簡潔に描き出されているように思われる。以下では、まず、その問題状況を、租税国家における「税法の世界」の比喩的素描(【2】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)に依拠しながら、敷衍しておこう。 なお、実質主義の意味内容は(今日においてもなお)清永教授の言われるように「曖昧で非常にとらえどころのないもの」であるとはいえ、ここでは、筆者のみるところ適切と思われる定義に従い、「税法の解釈及び課税要件事実の判断については、各税法の目的に従い、租税負担の公平を図るよう、それらの経済的意義及び実質に即して行うものとするという趣旨の原則」(税制調査会「国税通則法の制定に関する答申(税制調査会第二次答申)」(昭和36年7月)4頁。公益社団法人日本租税研究協会ウェブサイト「税制調査会答申集」参照)として、理解しておくことにする。 Ⅱ 租税国家における「税法の世界」と実質主義 1 税(法)は私的経済活動の上に建てられた「家」のようなものである この見出しの一文は、筆者が租税国家における「税法の世界」の比喩的素描図(【2】)のタイトルとして用いたものであるが、その含意は以下のようなものである(【42】)。 税(法)は私的経済活動の上に建てられた「家」のようなものであるが、その「土台」である私的経済活動は私法によって規律されることから、その「家」の「構造」を規律する税法は、その「建材」として、私法上の概念や法律関係を用いることが多い。そのため、その「家」の「土台」としての私的経済活動に関する経済的思考と、その「家」の「構造」を規律する税法それ自体及びその「建材」としての私法上の概念・法律関係に関する法律的思考とが、その「家」の中で対立し、その結果、あたかも「軟弱地盤の上に建つ家」にみられるが如き「建付けの悪さ」を生じさせる。経済的思考は「柔軟・変化・複雑多様性」によって特徴づけられるのに対して、法律的思考は「硬質・安定・明確性」によって特徴づけられるので、両者は異質な思考として税(法)という「家」の「建付けの悪さ」を生じさせるのである。 ここでいう「建付けの悪さ」は、私法上の法形式は異にするが経済的実質を同じくする私的経済活動それ自体ないしその経済的成果に対して、私法上の法形式を重視して、異なる課税をすることに基因して生ずる課税上の不公平を意味する。 2 実質主義と経済的観察法 税法の解釈適用は、このように、本質的には、経済的思考と法律的思考との相克の中にある。その相克は、税(法)という「家」の「建付けの悪さ」をいかにして解消するかをめぐるものである(【42】)。 実質主義は、かつては、経済的思考(による租税負担公平の実現)を重視し、課税要件事実の経済的意義及び実質に即した解釈適用によって、換言すれば、経済的思考を税法の解釈適用の中に持ち込むことによって、いわば「建材の柔軟化」を通じて、税(法)という「家」の「建付けの悪さ」を解消しようとする考え方であった。これは、ドイツの1919年ライヒ租税基本法(Reichsabgabenordnung)が創設した経済的観察法(wirtschaftliche Betrachtungsweise)に相当するものであった。 これに対して、法律的思考を重視する立場からは、法律的思考によって「建材の硬質性」を堅持し、もって税法の解釈適用に厳格さを貫徹し、その限界を明確にした上で、その限界を超えるところでは、税(法)という「家」の「建替え」(=法改正)によってその「建付けの悪さ」を解消することが要請される。このような要請は、租税法律主義(合法性の原則)の下での厳格な解釈適用の要請(【41】)と重なり合う。 Ⅲ 税法の解釈適用方法論の観点からみた実質主義 1 目的論的解釈及び目的論的事実認定 経済的観察法を法の解釈適用方法論の観点からみると、それは、一種の目的論的解釈及び目的論的事実認定の要請であり、一般論としては、その許容性が直ちに否定されるべきものではない。今日のドイツにおいては、経済的観察法は、これを定める明文の規定は1977年租税基本法によって削除されたものの、そのように理解されている。しかし、かつて経済的観察法に対して厳しい批判が加えられたのは、それがとりわけ第二次世界大戦前のドイツでは、「国庫主義の理論的な武器」として、税法の自由で恣意的な解釈適用を可能にするために、用いられていたからである。 そのような国庫主義的な経済的観察法の典型的な立場によれば、租税法律の第1の目的は、できるだけ多くの税収を確保することであり、さらに、その結果生ずる私的経済に対する攪乱的・敵対的侵害を、租税負担公平の実現を旨とする公平負担の原則(【21】)によって正当化することも、租税法律の任務である、とされていた。これらのことは租税立法一般の動機を述べるものである。 しかし、そのような立法動機を税法の解釈適用の基準として援用することを、税務官庁に認めることによって、租税立法者の裁量に匹敵するほどの「自由」を、さらにナチス政権下ではそれを凌駕するほどの「自由」を、税務官庁に与えようとしたところに、国庫主義的な経済的観察法の狙いがあり、同時に、問題もあったのである。それは、「税法の解釈適用論の衣を着た自由裁量論」ともいうべき考え方であり、法治主義を破壊する危険性を孕むものであった。しかもその危険性はナチス政権下で現実のものとなった。 2 経済的実質主義への「先祖返り」のおそれ わが国の実質主義も、かつては、国庫主義的な経済的観察法と同様の「極印」(「経済的実質主義」)を押されていたと考えられる。しかし、租税法律主義(合法性の原則)の下で税法の解釈適用に厳格さが強く求められるようになった今日では(第3回参照)、経済的実質主義(国庫主義的な実質主義)は「封印」されているとみてよかろう。 もっとも、その「封印」は、目的論的解釈及び目的論的事実認定において、租税法規の趣旨・目的の捉え方あるいは使い方如何によっては、緩んでしまい、それに伴い、税法の自由で恣意的な、したがって行き過ぎた解釈適用(税法の解釈適用の「過形成」)に伴う弊害が顕在化してくるおそれがある。その弊害は、経済的実質主義への「先祖返り」ともいうべき解釈適用によるものである。 Ⅳ まとめ 租税法律主義と実質主義との相克に関する以上の課題認識の下で、次回以降何回かにわたって、経済的実質主義への「先祖返り」ともいうべき、税法の解釈適用の「過形成」について、裁判例を素材にして検討していくことにしたい。 「過形成(hyperplasia)」とは、医学用語で「細胞の増加による組織の過度の発育」(森岡恭彦総監訳『カラー図説 医学大事典』(朝倉書店・1985年)111頁)をいうが、その卑近な例としてはいわゆるペンだこが挙げられる。過形成は、「腫瘍」とは異なり、「新しく形成された部分に正常の構造と機能が維持されている」(同)ので、「その原因たる刺激がなくなればこの過形成は終わる」(和田攻総監修『医学生物学大辞典』(朝倉書店・2001年)1303頁)とされる。 税法の解釈適用の「過形成」に関する検討の狙いは、税法の解釈適用について、医学において「過形成」にも認められるような「正常な構造と機能」を回復しようとするところにある。このような問題意識については、基本的には既に拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、11-12頁で述べたが、この論文で取り上げた裁判例だけでなく他の裁判例も素材にして、税法の解釈適用の「過形成」について検討を加える予定である。 (了)
平成30年分 確定申告実務の留意点 【第3回】 (最終回) 「雑損控除等の実務に関するQ&A」 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 最終回は、前回制度内容とその効果を解説した雑損控除について、適用にあたって判断に迷うケースをピックアップしQ&A方式で解説するとともに、昨年12月に国税庁が注意喚起を行った、住宅取得等資金の贈与特例と住宅借入金等特別控除をいずれも適用する場合の控除額の計算方法を取り上げることとする。 〈雑損控除の対象となる資産〉 【Q1】 豪雨により別荘が全壊する被害を受けた。この損失について、雑損控除の適用を受けることはできるか。 【A1】 別荘について生じた損失の金額は、雑損控除の対象とならない。 -解説- 雑損控除の対象となる資産は、生活に通常必要な資産である(所法72①)。不動産のうち生活に通常必要な資産は、居住の用に供する住宅とその敷地である。別荘のように主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有する不動産は、生活に通常必要な資産には該当しない(所令178①二)。 したがって、別荘について災害により生じた損失の金額は、雑損控除の対象とならない。また、災害減免法による所得税の軽減免除の適用対象となる「住宅」も、「自己又は扶養親族が常時起居する家屋」とされており、別荘は含まれていない(災免法2、災免通2)。 なお、災害により、生活に通常必要でない資産について受けた損失の金額は、その損失を受けた日の属する年分又はその翌年分の総合課税の譲渡所得の金額の計算上控除することができる(所法62、所令178③)。 〈雑損控除の適用対象となる親族の範囲〉 【Q2】 豪雨により自宅が被害を受けたため、確定申告により雑損控除の適用を受ける。以下の場合において、住宅に係る損失の金額の全額を夫の雑損控除の対象にできるか。 家族構成:夫、妻、夫の母(夫の扶養親族) 自宅の持分:夫1/2、妻1/4、夫の母1/4 確定申告する年分の所得 夫:給与所得600万円、妻:給与所得400万円、夫の母:所得なし 【A2】 住宅に係る損失の金額の全額について、夫の雑損控除の対象とすることはできない。損失の金額のうち夫の母の持分に相当する額(1/4)は、夫の雑損控除の対象になるが、妻の持分に相当する額(1/4)は、妻の雑損控除の対象となる。 -解説- 雑損控除の適用を認められる親族の範囲は、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族でその年分の総所得金額等が38万円以下のものである(所法72①、所令205①)。 事例の場合、妻の総所得金額等は38万円を超えていることから、住宅に係る損失の金額のうち妻の持分に相当する額を夫の雑損控除の対象とすることはできない。当該損失の金額については、妻の雑損控除の対象となる。 次に、所得がある者が2人以上いる場合に、生計を一にする総所得金額等38万円以下の親族をいずれの親族として雑損控除を適用するかは、以下により判断する(所令205②)。 夫の母(総所得金額等38万円以下)は夫の扶養親族であることから、夫の親族として雑損控除を適用する。 〈被災者生活再建支援金と雑損控除〉 【Q3】 被災者生活再建支援法に基づく支援金を受け取っている。雑損控除の計算において、受け取った支援金は差し引くのか。 【A3】 被災者生活再建支援法に基づく支援金は、雑損控除の計算において損失の金額から差し引く必要はない。 -解説- 雑損控除の計算において、保険金、損害賠償金等の損失を補填する金額がある場合には、それらを控除した後の金額が損失の金額となる(所法72①)。 被災者生活再建支援法に基づく支援金は、住宅の被害の程度や再建方法により支給額が決まることから、東日本大震災前の雑損控除の計算においては、保険金等と同様に損失を補填するものとして、損失の金額から控除することとされていた。 その後、税務上の取扱いが変更され、東日本大震災以後は、雑損控除の計算において被災者生活再建支援法に基づく支援金は損失の金額から控除しないものとされた。 〈雑損失の繰越控除の計算方法〉 【Q4】 次の《ケース①》及び《ケース②》において、本年分の雑損失のうち翌年以後に繰り越される金額はそれぞれいくらになるか。 《ケース①》(総所得金額等 < 雑損失の額) 総所得金額等:500万円 雑損失の金額:800万円 雑損控除以外の所得控除の額:200万円 《ケース②》(総所得金額等 > 雑損失の額) 総所得金額等:500万円 雑損失の金額:400万円 雑損控除以外の所得控除の額:200万円 【A4】 翌年以後に繰り越される雑損失の金額は、《ケース①》:300万円、《ケース②》:0円となる。 -解説- 雑損失のうち損失が生じた年に控除しきれなかった金額は、翌年以後3年間にわたって繰越控除することができる(所法71①)。また、所得金額から差し引く所得控除の順序は決められており、まず雑損控除を行うこととされている(所法87①)。 したがって、《ケース①》では、雑損失のうち総所得金額等を超える部分の金額が翌年以後に繰り越す雑損失の金額となる。 《ケース②》では、所得控除の合計額(400万円+200万円=600万円)は総所得金額等を超えている(引ききれない)が、所得控除の中では雑損控除を優先して控除するので、翌年以後に繰り越す雑損失の金額はない。 〈住宅取得等資金の贈与と住宅借入金等特別控除〉 【Q5】 平成30年3月に新築の住宅(土地建物合計4,000万円、特定取得に該当、共有者はいない)を購入し、翌月より居住の用に供している。4,000万円のうち500万円は実父から贈与された資金で支払い、残額は金融機関から借り入れた(諸費用分を含め3,700万円)。実父からの贈与については、住宅取得等資金の贈与の特例の適用を受ける。 このとき、住宅借入金等特別控除の控除額(一般の住宅)はどのように計算するのか。平成30年12月末の借入金残高は3,600万円であり、住宅借入金等特別控除の適用要件はすべて満たしている。 【A5】 年末の借入金残高3,600万円と、取得対価の額等から贈与額を差し引いた3,500万円(4,000万円-500万円)を比較し、少ない方の金額3,500万円に1%を乗じた35万円(3,500万円×1%)が控除額となる。 -解説- 直系尊属から取得資金の贈与を受けた場合には、一定の金額まで贈与税が非課税となる(住宅取得等資金の贈与の特例)(措法70の2)。また、当該取得等した家屋及び土地等について住宅借入金を有する場合には、住宅借入金等特別控除の適用も合わせて受けることができる(措法41)。 両方の制度の適用を受けるときには、住宅借入金等特別控除の控除額の計算において、家屋及び土地等の取得対価の額等から贈与の特例の適用を受けた金額を差し引く必要がある(措令26⑤)。 なお、この場合には、「(付表1)補助金等の交付を受ける場合又は住宅取得等資金の贈与の特例を受けた場合の取得対価の額等の計算明細書」を作成する。 (注) 令和元年分以降、「(付表1)補助金等の交付を受ける場合又は住宅取得等資金の贈与の特例を受けた場合の取得対価の額等の計算明細書」が廃止され、「(特定増改築等)住宅借入金等特別控除額の計算明細書」の様式の一部が変更されている。新たな様式及び記載方法については、令和元年分確定申告実務の留意点【第3回】【Q5】をご参照いただきたい。 (連載了)
相続税の実務問答 【第31回】 「配偶者居住権に係る相続税課税」 税理士 梶野 研二 [答] 配偶者居住権や配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利は、相続税の課税対象となります。 なお、配偶者居住権の価額及び配偶者居住権が設定されている家屋の価額並びに配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利の価額及び配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権等の価額については、平成31年度税制改正により評価方法が定められました。 平成31年度税制改正を踏まえた配偶者居住権等の評価事例を掲載しましたので、参考にしてください。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 配偶者居住権の創設 「民法及び家事審判法の一部を改正する法律」が平成30年7月6日に成立し、同月13日に公布されました。この改正民法により、被相続人の死亡後も配偶者が被相続人の生前と同様の生活環境の下で安心して生活することができるようにとの趣旨で、配偶者居住権の規定が設けられました。この規定は、令和2年(2020年)4月1日以後の相続・遺贈に適用されます。 〇 改正民法(抜粋) 2 配偶者居住権に対する相続税の課税 金銭に見積もることができる経済的価値のあるすべてのものが相続税の課税対象となります(相法11の2、相基通11の2-1)。配偶者居住権は、配偶者が、当該配偶者の終身又は遺産分割若しくは遺言等により定められた存続期間において、遺産である建物に被相続人の相続開始後も引き続き無償で使用及び収益をすることができる権利であり、その権利には経済的価値があると考えられますので、相続税の課税対象となります。また、配偶者が配偶者居住権を取得したことに伴い、配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利が生じますが、これについても同様に相続税の課税対象となります。 3 配偶者居住権が設定された場合の建物及びその敷地等の評価 配偶者居住権は、平成30年の改正民法により新たに創設された権利です。そのため財産評価基本通達等の既存の定めによって配偶者居住権の価額及び配偶者居住権が設定されている家屋の価額並びに配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利の価額及び配偶者居住権が設定された建物の敷地の所有権等の価額を評価することはできません。 そこで、平成31年度税制改正により、相続税法に配偶者居住権等の評価方法に関する規定が設けられました(相法23の2)。 4 評価事例 平成31年度税制改正により定められた評価方法に基づく評価事例を紹介します。 【事例1】 残存耐用年数が存続年数を上回るケース ▷ 相続開始日:平成32年(2020年)6月1日 ▷ 相続開始日における配偶者(妻)の年齢:70歳 ▷ 相続開始日における配偶者の平均余命:20年 (第22回生命表(完全生命表)による。) ▷ 建物の構造:鉄筋コンクリート造 ▷ 法定耐用年数:47年 ▷ 法定耐用年数に1.5を乗じて計算した年数:71年 ▷ 築後経過年数:10年 ▷ 残存耐用年数:71年-10年=61年 ▷ 存続年数:20年 ▷ 期間20年、年利率3%の複利現価率:0.554 (小数3位未満を四捨五入した) (注) 民法第404条に定める法定利率は、現在年5%ですが、平成32年(2020年)4月1日以降は年3%となります(平成29年民法(債権法)改正)。 ▷ 建物の時価(相続税評価額):5,000,000円 ▷ 土地等の時価(相続税評価額):30,000,000円 イ 「配偶者居住権」及び「配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利」の価額は次のように評価します。 (イ) 配偶者居住権の評価額 (ロ) 配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利の評価 30,000,000円-30,000,000円×0.554=13,380,000円 ロ 「配偶者居住権が設定された建物(居住建物)の所有権」及び「居住建物の敷地の所有権」は次のように評価します。 (イ) 配偶者居住権が設定された建物(居住建物)の所有権の評価 5,000,000円-3,153,333円=1,846,667円 (ロ) 居住建物の敷地の所有権の評価 30,000,000円-13,380,000円=16,620,000円 【事例2】 残存耐用年数が存続年数を下回るケース ▷ 相続開始日:平成32年(2020年)6月1日 ▷ 相続開始日における配偶者(妻)の年齢:65歳 ▷ 相続開始日における配偶者の平均余命:24年 (第22回生命表(完全生命表)による。) ▷ 建物の構造:木造 ▷ 法定耐用年数:22年 ▷ 法定耐用年数に1.5を乗じて計算した年数:33年 ▷ 築後経過年数:20年 ▷ 残存耐用年数:33年-20年=13年 ▷ 存続年数:24年 ▷ 期間24年、年利率3%の複利現価率:0.492 ▷ 建物の時価(相続税評価額):2,000,000円 ▷ 土地等の時価(相続税評価額):20,000,000円 イ 「配偶者居住権」及び「配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利」の価額は次のように評価します。 (イ) 配偶者居住権の評価額 2,000,000円-2,000,000円×0×0.492=2,000,000円 (注) 残存耐用年数(13年)から存続年数(24年)を控除した年数が零以下となることから、算式の「(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数」は、零となります。したがって、この場合には、配偶者居住権の価額は、建物の価額と等しくなります。 (ロ) 配偶者居住権に基づく居住建物の敷地の利用に関する権利の評価額 20,000,000円-20,000,000円×0.492=10,160,000円 ロ 「配偶者居住権が設定された建物(居住建物)の所有権」及び「居住建物の敷地の所有権」は次のように評価します。 (イ) 配偶者居住権が設定された建物(居住建物)の所有権の評価額 2,000,000円-2,000,000円=0円 (ロ) 居住建物の敷地の所有権の評価額 20,000,000円-10,160,000円=9,840,000円 (了)