〔平成27年分〕 相続税の申告実務の留意点 【第1回】 「基礎控除の引下げ・税率構造の見直し」 税理士事務所ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 (1) 改正内容のポイント 平成25年度税制改正により、相続税の基礎控除の引下げが行われ、かつ、税率構造の見直しが行われた。この改正は、平成27年1月1日以後に相続又は遺贈により取得する財産に係る相続税について適用される(平成25年改正法附則1⑤ロ、10)(※)。 相続税の基礎控除の引下げ、税率構造の見直しの内容は(2)(3)の通りである。 (2) 相続税の基礎控除の引下げ (財務省「平成25年度税制改正の解説」569頁) なお、改正後の基礎控除の金額については、財務省の立法担当者によれば以下のように解説されている(財務省「平成25年度税制改正の解説」567頁)。 【参考図】 相続税の基礎控除額の水準 (注) 地価は「地価公示」(国土交通省)の全国・全用途に係る値により、物価は「消費者物価指数」(総務省)の総合指数による。 (財務省「平成25年度税制改正の解説」569頁) (3) 相続税の税率構造の見直し 税率構造は以下のように見直されている。 (財務省「平成25年度税制改正の解説」570頁) なお、相続税の税率構造の見直しについて、財務省の立法担当者は以下のように述べている(財務省「平成25年度税制改正の解説」570頁)。 (4) 相続税申告書様式 相続税の総額は、相続税申告書様式の第2表で計算される。以下の赤線で囲んだ部分が、この税制改正により修正された部分である。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (5) 実務に与える影響・留意点 相続税の基礎控除の引下げが行われることにより、相続税申告が必要となる対象者が増加する可能性が高く、相続税申告書作成の依頼が増加することが予想される。 したがって、税理士は、相続税申告業務を進めるに当たり、業務契約書、資料依頼一覧、確認事項一覧、業務スケジュール表の雛形を準備するなど、業務を効率的かつ効果的に進捗できるような体制を整えることが必要と考えられる。 また、相続税の税率構造の見直しについては、(基礎控除後の相続財産を法定相続分で按分した)各相続人の取得金額2億円までは改正が行われていないため、相対的に小規模な財産の相続税案件について影響は少ないものと考えられる。 ただし、企業オーナーなど相続財産の大きい案件については、相続税の税率構造の見直しにより、増税となる可能性があるため、従前以上に注意を払って業務を進める必要がある。 (了)
《平成27年度改正対応》 住宅取得等資金の贈与税非課税特例 【第5回】 (最終回) 「贈与者が死亡した場合・やむを得ない事情がある場合」 税理士 齋藤 和助 前回は「取得時期」、「土地等の取得」「住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)との併用」における注意点を確認した。 最終回となる今回は「贈与者が死亡した場合」及び「やむを得ない事情がある場合」の適用関係について確認したい。 【具体例①】 ~贈与者が死亡した場合~ 私は父から住宅取得等資金1,000万円の贈与を受けて、マイホームを取得し、贈与税非課税特例の適用を受けるつもりである。 3年以内に父が亡くなった場合には、生前贈与加算の対象になるか。 また、仮に申告期限までの間に父が亡くなった場合はどうか。 【回答】 贈与税非課税特例の適用額は、生前贈与加算されない。 また、仮に贈与後その年中に父が死亡しても、贈与税の期限内申告書を提出すれば、特例は適用される。 【解説】 1 住宅取得等資金の贈与者が死亡した場合における相続税の課税価格に加算する金額 住宅資金贈与者が死亡した場合に、住宅取得等資金の贈与税非課税特例の適用により贈与税の課税価格に算入されなかった住宅取得等資金の額は、相続税の課税価格の計算の基礎に算入されない(措法70の2③、措令40の4の2⑨)。 したがって、住宅取得資金贈与が適法に行われていた場合には、その贈与財産は相続税の対象にはならない。 2 住宅資金贈与者が贈与した年中に死亡した場合 住宅資金贈与者がその贈与をした年の中途において死亡した場合において、次に掲げる場合には、その住宅取得等資金を取得した特定受贈者は、贈与税の申告書等を期限内に提出することにより、非課税制度の適用を受けることができる(措令40の4の2⑩)。 上記のいずれかに該当している場合には、贈与税の期限内申告書を提出することにより贈与税非課税特例の適用が受けられる。 したがって、住宅資金贈与者がその贈与をした年の中途において死亡した場合において、特定受贈者が贈与税の申告書を期限内に提出しない場合にはこの特例の適用はなく、贈与された住宅取得等資金の額は、暦年課税における生前贈与加算又は相続時精算課税の規定によりその贈与をした者の死亡に係る相続税の課税価格の計算の基礎に算入される(措通70の2-14なお書き)。 3 生前贈与加算における非課税の適用順序 相続又は遺贈により財産を取得した者が、当該相続又は遺贈に係る被相続人から相続開始の日の属する年の3年前の年に2回以上にわたって特例の規定の適用を受けることのできる住宅取得等資金の贈与を受け、当該年分の贈与税につき特例の規定の適用を受けている場合で、当該贈与により取得した住宅取得等資金の価額の合計額が特例の規定の適用を受けることができる金額を超え、かつ、当該贈与に係る住宅取得等資金のうちに相続開始前3年以内の贈与に該当するものと該当しないものとがあるときにおける生前贈与加算の規定の適用に当たっては、特例の適用を受ける住宅取得等資金は、まず、相続税の課税価格の計算上、相続開始前3年以内の贈与に該当する住宅取得等資金から適用されたものとして取り扱う(措通70の2-12)。 4 特定受贈者が、贈与税の申告書等の提出期限前に申告書等を提出しないで死亡した場合 上記2とは逆に、特定受贈者が、贈与税の申告書等の提出期限前に申告書等を提出しないで死亡した場合には、その特定受贈者の相続人及び包括受遺者は、その申告書等を提出することにより、非課税制度の適用を受けることができる。 この場合に提出する贈与税の申告書等は、その特定受贈者の相続人がその相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に提出しなければならない(措令40の4の2⑪)。 【具体例②】 ~やむを得ない事情がある場合~ 私は、父から住宅取得等資金1,000万円の贈与を受けて、マイホームを新築中である。しかし、転勤の辞令を受け、申告期限前に地方支店に赴任することになった。 新居には妻と子が住む予定であるが、特例の適用は受けられるか。 【回答】 転勤等の場合は、「やむを得ない事情」に該当するため、他の要件を満たしていれば特例の適用は可能である。 【解説】 1 やむを得ない事情がある場合 住宅取得資金贈与の特例において、「特定受贈者の居住の用に供したとき、又は同日後遅滞なく特定受贈者の居住の用に供することが確実であると見込まれるとき」とは、住宅取得等資金の贈与を受け、その全額を充てて住宅用家屋等の新築等をした者が、住宅用家屋等を現にその居住の用に供したとき、又はその住宅用家屋等をその居住の用に供することが確実であると見込まれるときをいう。 しかし、その者が、転勤、転地療養その他のやむを得ない事情により、配偶者、扶養親族その他その者と生計を一にする親族と日常の起居を共にしていない場合において、その者と生計を一にする親族が居住の用に供し、又は居住の用に供することが確実であると見込まれるときで、やむを得ない事情が解消した後はその者が共に当該住宅用家屋等に居住することとなると認められるときは、これに該当するものとして取り扱うこととされている(措通70の2-2)。 特例の適用対象となる住宅用家屋とは、その者が生活の拠点として利用している家屋をいうものであり、その者の親族を居住させるための住宅用家屋の新築等は、特例の要件に該当しない。しかし、その者が、転勤等のやむを得ない事由により一時的に家族と別居するような場合にまで適用を認めないとすることは適当ではないため、その者が転勤等のやむを得ない事情により、その住宅用家屋に居住できない場合においても、その者と生計を一にする親族がその住宅用家屋を居住の用に供しており、かつ、やむを得ない事情が解消した場合には、その者が共にその住宅用家屋に居住することとなるときには、その者の居住の用に供したものとして取り扱うこととされる。 2 やむを得ない事情なく居住の用に供しなかった場合 住宅取得等資金を贈与により取得した日の属する年の翌年3月15日後遅滞なく居住の用に供することが確実であると見込まれることにより、特例の適用を受けていた特定受贈者が、贈与を受けた年の翌年12月31日までに、居住の用に供することが確実と見込まれていた家屋を居住の用に供しなかったときは、この特例は適用されない。 この場合、住宅取得等資金を贈与により取得した日の属する年の翌年の12月31日から2ヶ月以内に修正申告書を提出し、その提出により納付すべき税額を納付しなければならない(措法70の2④、措通70の2-13)。 財産を取得した者が相続時精算課税適用者以外の者である場合には暦年課税により贈与税を計算し、相続時精算課税適用者である場合には、相続時精算課税に係る特別控除額を控除しないで贈与税を計算する(措通70の2-13(注))。 なお、修正申告書の提出がないときは、税務署長は更正を行うこととされている(措法70の2⑤)。 (連載了)
〈要点確認〉 非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予制度 ~昨今の事業承継税制等をめぐる改正事項~ 【第2回】 「平成25年度税制改正事項の確認」 エアーズ税理士法人 税理士 瀧尻 将都 平成25年度税制改正において、事業承継税制(非上場株式等についての相続税及び贈与税の納税猶予及び免除の特例)の改正が行われた。 平成21年の制度創設以来4年余りで、適用件数が数百程度に過ぎず、利用が伸び悩んでいたことから、制度利用の促進を図るため、要件の緩和、手続きの簡素化、負担の軽減を中心とした改正が行われた。ただし、その一方では租税回避を防止するため、資産管理会社の要件を厳しくするなどの措置が講じられている。 この改正は平成27年1月1日以降に相続若しくは遺贈又は贈与により取得する非上場株式等に係る相続税又は贈与税について適用されているが、前回冒頭で述べたとおり、2年前の改正事項であることから、内容の漏れがないよう留意しなければならない。 今回はこれらの改正事項について解説していくこととする。 1 名称変更(相続税・贈与税) ▷解説 事業承継の際、一定の要件を満たすと相続税や贈与税が猶予され、猶予されている間に一定の場合に該当すると、納税が「免除」される制度であるため、制度の内容を明確に示す趣旨から名称の改正が行われた。 2 要件の緩和 ① 親族外承継の対象化(相続税・贈与税) ▷解説 中小企業の後継者不足が問題となり、親族外承継が中小企業事業承継の有力な選択肢と期待されている中、従来は、先代経営者の親族に限定して適用される制度であったため、親族外承継を難しくする要因の一つになっているとの指摘があった。 改正により親族外承継も可能となり、親族内に適当な後継者がいない場合や、経営能力のある従業員等を後継者に置く場合などでも、納税猶予制度を選択することが可能となった。 ② 役員退任要件の緩和(贈与税) ▷解説 従来は、会社の代表者のみならず、役員も退任しなければならなかったが、改正により、先代経営者(贈与者)が、贈与時に「代表者」を退任すれば、「役員」であっても贈与税の納税猶予制度を選択することが可能となった。 先代経営者は後継者に代表権を譲れば、有給役員として残留することができ、業務運営上、先代経営者の信用力(金融機関や取引先)を贈与後も引き続き維持することが可能となる。 ③ 雇用8割維持要件の緩和(相続税・贈与税) ▷解説 従来は、雇用の8割以上を5年間「毎年」維持する必要があったが、改正により雇用の8割以上を5年間「平均で」評価することができるようになった。 景気変動など経営者にとって如何ともし難い外的要因により、経営上、雇用調整をせざるを得ない状況になる場合や、一時的に従業員が続けて退職し、「瞬間的」かつ「偶発的」に8割を下回ったというような場合でも、納税猶予が打ち切りとなっていたため、この要件が納税猶予制度を敬遠する大きな要因となっていた。 【図1】 雇用割合の推移(例) 【図1】の場合、改正前では3年目(8割を下回った時点)で要件未達成となり、納税を行わなければいけなくなるが、改正後は5年間平均で87%となり、8割以上の要件が満たされることとなる。 3 手続きの簡素化 ① 事前確認制度の廃止(相続税・贈与税) ▷解説 従来は経済産業大臣の「事前確認」を受けていない場合、納税猶予制度を受けることができなかったが、改正により、経済産業大臣の事前確認を受けなくても申請ができることとなった。 これにより、一定の要件を満たしていれば、事後的な対策として納税猶予制度を利用することが可能となった。この改正は平成25年4月1日から先行して実施されている。 【図2】 手続きの流れ ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ② 担保提供(株券不発行)(相続税・贈与税) ▷解説 従来は非上場株式を納税猶予分の相続税、贈与税の担保に提供する場合、株券を発行して担保として提供する必要があったため、株券不発行会社の株式を納税猶予制度の担保に提供することができなかったが、改正により一定の書類を提出することにより、株券不発行であっても担保提供が可能となった。 会社法では、株券不発行が原則であり、定款の定めがなければ、株券不発行会社となるが、事業承継税制を適用するには現物の株券を発行する必要があり、コストの問題などが指摘されていた。また、株主総会の特別決議で定款変更(株券発行)を行う必要があることなどを考慮すると、現実的な見直しであったといえる。 ③ 提出書類の簡素化 4 負担の軽減 ① 納税猶予打ち切りのリスク軽減(相続税・贈与税) ▷解説 従来は、納税猶予打ち切りの場合、納税猶予額に加え、年2.1%の利子税が課税され、現金一括納付が求められていたが、改正により利子税の率が2.1%から0.9%に引き下げられ、さらに、納税猶予期間5年超で5年間の利子税が免除、雇用確保要件が満たされない場合の打ち切り後、延納又は物納への選択可となった。 不測の事態による納税猶予打ち切りの際、一定の税負担の手当がされたことより、将来の潜在的リスクが軽減されたといえる。 ② 債務控除方式の変更(相続税) ▷解説 従来は、被相続人の債務及び葬式費用は、納税猶予制度の対象となる非上場株式等から先に控除することとされていたため、納税猶予額が少なく計算されることとなっていたが、改正により、特例非上場株式等以外の財産から控除することとなり、債務の相続があっても株式の納税猶予をフル活用でき、納税者が有利となる計算方法をとれることとなった。 ③ 納税猶予額の再計算の特例の創設(相続税・贈与税) ▷解説 5年間の経営承継期間の経過後に、民事再生計画の認可決定等があった場合には、その認可決定日等における株式等の価額に基づき、納税猶予額の再計算を行い、再計算後の納税猶予額で納税猶予を継続することが可能となった。 再計算前における納税猶予税額から再計算後の納税猶予額を控除した差は免除される。 5 適正化措置(厳格化) ① 資産管理会社の要件の見直し(相続税・贈与税) ▷解説 この改正では、資産管理会社(資産保有型会社・資産運用型会社)については、要件が厳格化された。経営承継相続人等に対する貸付等を除くなど通常の事業を行っていることがより厳格に求められることとなった。 ② 一定の上場株式等を保有している場合の猶予税額の見直し(相続税・贈与税) ▷解説 上場株式の発行済株式の3%以上を保有する会社が果たして中小企業に該当するかという議論から、事業承継税制の対象外とする案も検討されていたが、最終的に、上場株式のみ納税猶予額の計算から除くこととなった。これにより猶予税額は少なくなる。 ③ その他:総収入金額零の算定方法の見直し(相続税・贈与税) (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第51回】 「法人税基本通達9-6-3の具体的内容」 公認会計士 佐藤 信祐 第50回では、法的に債権が消滅していないものの、経済的に回収不能であることが見込まれている場合における法人税基本通達9-6-2の取扱いについて解説を行った。 本稿では、やや似た規定ではあるが、法人税基本通達9-6-3に規定する売掛債権につき、一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れについて解説を行う。 6 一定期間取引停止後弁済がない場合等の貸倒れ (1) 基本的な取扱い 法人税基本通達9-6-3では、債務者について次に掲げる事実が発生した場合には、その債務者に対して有する売掛債権(売掛金、未収請負金その他これらに準ずる債権をいい、貸付金その他これに準ずる債権を含まない)について、当該売掛債権の額から備忘価額を控除した残額を、損金経理により貸倒損失として計上することが認められている。 この規定の原型は、第34回で解説した昭和39年度法人税基本通達であり、当時は民法173条の短期消滅時効である2年としていたが、現在では上記のように1年と修正されている。 このように、債務者にわずかながらも弁済能力があったとしても、実際に回収することがほとんど困難であるような場合について貸倒損失として認めることとしている。 なお、上記(1)における「取引の停止」とは、同通達の但書きにおいて、 と規定されている。 しかしながら、近年では通信取引の発達により、継続的な取引を期待したものの1回の取引により回収不能に陥る場合も少なくない。この点につき、国税庁のHPの質疑応答事例では、「通信販売により生じた売掛債権の貸倒れ」として、 と解説がなされており、実務上も参考にすることができる。 また、他の質疑応答事例では、「代理店契約の破棄を理由に支払拒絶を受けている債権」として、 と解説されている。さらに、債権放棄を行った場合に法人税基本通達9-4-1の適用が認められるか否かについてであるが、代理店契約の破棄は経営権の放棄とは全く異なるものであるため、同通達の適用を認めることはできず、法人税基本通達9-6-1又は9-6-2により解決を図っていく必要があると考えられる。 これに対し、上記(2)であるが、「取立てに要する旅費その他の費用」がどの程度のものかについて、渡辺淑夫ほか『法人税基本通達の疑問点』655頁(ぎょうせい、5訂版、平成24年)では、 と解説されており、かなり少額であるという点に留意が必要である。 (2) 災害における取引先に対する売掛金等の免除 東日本大震災の影響を受けて、国税庁のHPでは、「災害に関する法人税、消費税及び源泉所得税の取扱いQ&A」が公表された。 このうち、貸倒損失に関連するものとしては、Q19からQ21までであるが、その根拠となる通達は法人税基本通達9-6-1ではなく、同通達9-4-6の2である。 具体的には、災害を受けた得意先等の取引先に対して、その復旧を支援することを目的として災害発生後相当の期間(災害を受けた取引先が通常の営業活動を再開するための復旧過程にある期間をいう)内に、売掛金、未収請負金、貸付金その他これらに準ずる債権の全部又は一部を免除した場合には、その免除したことによる損失の額を、寄附金の額に該当しないことを認めている。さらに、リース料、貸付利息、割賦販売に係る延払金等の取引条件の変更についても同様のこととしている。 このように、貸倒損失の通達ではなく、寄附金の通達により、寄附金以外の損金とするとしていることに当該通達の特徴があり、あくまでも復旧支援のための売掛金等の免除であることから、いわゆる回収不能部分の切捨てである貸倒損失とは性質を異にするものであると考えられる。 そのため、法人税基本通達9-4-6の2の適用は、同通達9-6-1から9-6-3までの適用と異なり広範に認められるべきものであり、実務上は、かなり柔軟な適用が認められると考えられる。 次回では、法人税基本通達9-4-1の取扱いについて解説を行う予定である。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第11回】 「重要性判断の実践事例②」 ~連結作業時の債権債務消去の簡略化 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、連結財務諸表作成時における連結会社間の債権債務の消去手続について、重要性判断がどのように関わってくるのかを考えてみます。 まず手始めに、以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか。正解できたでしょうか。 債権債務の消去は、連結作業の中で最もボリュームのある手続です。 以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《債権債務の不一致が示していること》 連結作成手続における「債権債務の消去」とは、連結会社間の対応する債権債務を相殺する手続です。たとえば親子会社間取引で、親会社側で子会社に対する売掛金が10百万円、子会社側で親会社に対する買掛金が10百万円発生していれば、これを相殺するというものです。 この債権債務がピタリと一致していれば苦労しないのですが、現実には一致しないことがままあります。 原因としてはいくつかあります。 まず思いつくのは、「親子いずれかの会社の帳簿残高が間違っている」ということです。 片方が間違っていれば、債権債務は合うはずがありません。 しかし、そうでない場合も債権債務が不一致になることはあります(⇒したがって、問題11のウの記述は誤りです)。よくあるのは「未達取引」です。販売側で売上高を認識していても、購買側では品物が届くまで仕入高を認識しません。品物の輸送中に決算日を迎えると、そういう状態になります。 いずれにしても、債権債務の不一致は親会社側で調査して、差異調整をするのが原則ですが、これが非常に面倒なのです。この面倒な手続を多少なりとも減らしてくれるのが、重要性判断です。 《重要性が乏しければ・・・》 企業会計基準第22 号「連結財務諸表に関する会計基準」では、(注1)として、重要性の原則の適用について言及しています。そこでは、「連結財務諸表を作成するにあたっては、企業集団の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に関する利害関係者の判断を誤らせない限り、重要性の原則が適用される」と書かれています。 債権債務の消去についても、この重要性の原則は適用されると考えてよいので、重要性が乏しい場合は上述の差異調整をやらなくてもよいことになります。 たとえば、以下のような例です。 上図の親会社と子会社Aの間の債権債務消去です。 親会社の子会社Aに対する売掛金と子会社Aの親会社に対する買掛金の残高は、99,630円の差異があります。この差異に重要性が乏しいと認められる場合、差異原因の究明と調整を行わずに、債権債務の消去手続を行ってよいことになります。 《不突合の場合の仕訳処理方法》 不突合の場合の仕訳処理としてよく行われているのは、以下の2つの方法です。 第一は、親会社側の残高で消去する方法です。仕訳で示すと以下のとおりです。 この方法は、親会社側の残高が正しいとみなしていることを意味しています。連結を作成する親会社では、親会社側の残高を調査することはできても、子会社側の残高を直接的に調査することは時間的にも物理的にも困難です。 そこで、親会社側の残高に特段の間違いがないことを確認できれば、親会社側が正しい(子会社側が間違っている)とみなして連結仕訳を切るのです(⇒したがって、問題11のイの記述は正しいです)。 強引ではありますが、重要性が乏しいので許されるというわけです。 第二は、親子双方の残高を仕訳に反映させ、差額を「その他資産または負債」に振る方法です。仕訳で示すと以下のとおりです。 この方法は、親子双方の言い分が一致しないので、両社間の差異については、とりあえず棚上げにしておこうという方法です(どこかの国の外交問題の解決策と同じです)。それでも、重要性が乏しいのでこれでよしとするわけです。 《差異調整を見送る金額基準》 以上のように、重要性が乏しければ簡略な処理ができることがわかりましたが、問題はその金額基準です。 考え方としては、連結財務諸表の表示上の影響がないと認められる程度の金額であれば、重要性がないと判定してよいでしょう。 たとえば、公表連結財務諸表を百万円単位で作成している場合、百万円未満の端数は表に出ません。百万円未満の数字について正確性を追求するのは時間のムダになります。上の事例では差異が99,630円ですので、重要性なしと判定して問題なさそうです。 ただし、気をつけなければいけない点があります。 このような差異が1つ2つならいいのですが、20も30もある場合は困ります。「チリも積もれば山となる」で、合計では百万円を超えてしまうからです。 1件当たりの金額が百万円未満だからといって、単純には判断できないということも頭に入れておきましょう(⇒したがって、問題11のアの記述は誤りです)。 もう1つの考え方としては、「明らかに僅少な額」を使う方法です(【第9回】参照)。 こちらは、1件当たりの金額が「明らかに僅少な額」以下であれば、重要性が乏しいと判定するので、使いやすい方法です。特に、「明らかに僅少な額」が百万円より大きい金額で設定されているなら、この方法を採用するのが合理的です。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第94回】 人件費に関する会計処理⑤ 「役員賞与引当金」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 1 決算日の仕訳 【ケース①】 【ケース②】 2 株主総会決議日の仕訳 【ケース①】 【ケース②】 〈会計処理の解説〉 会社法施行前は、役員賞与は利益処分による未処分利益の減少として処理されていましたが、現在は、発生した会計期間の費用として処理することとされています(役員賞与に関する会計基準(以下「会計基準」)3項)。 これは、役員賞与が職務執行の対価として支給されるという点で役員報酬(特に業績連動型報酬)と同様の性格があり、役員報酬と同様に職務執行が行われた期に費用として処理することが適当であるためです。 役員賞与の支給には、会社法上、定款に定めがないときは株主総会決議(委員会設置会社においては執行役等について報酬委員会の決定)が求められます(会社法361条、379条、387条、404条3項、409条)。 そのため、当事業年度の職務に係る役員賞与を期末後に開催される株主総会の決議事項となる場合、支給には株主総会の決議が前提となるため、期末日においては役員賞与は確定債務となっていません。そのため、ケース①のように決算日に役員賞与引当金の計上が必要となります(会計基準13項)。 ただし、引当金に計上するものは当事業年度の職務に対する額だけであることに注意が必要です。そのため、翌事業年度の職務に対する額が含まれる場合、その金額は翌事業年度の費用として処理しなければなりません。 なお、ケース②のように株主総会の決議前ではあるが、決議されることがほぼ確実と見込まれ、実質的に確定債務と認められる場合には「役員賞与引当金」ではなく「未払役員報酬」等の適当な科目をもって計上することができます(会計基準13項なお書)。 (了) ※10月は外貨建取引について取り上げます
社外取締役の教科書 【第7回】 「社外の知見・ノウハウの取り入れ(その1)」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 1 社外の知見・ノウハウの取り入れによる発展 本連載の【第1回】では、社外取締役を導入する目的として、「ガバナンスの強化」と「社外の知見・ノウハウの取入れ」の2つがあることを説明した。 このうち、社外取締役の主たる役割が「ガバナンスの強化」、すなわち経営陣の企業経営を監視・監督することで会社の健全な成長を促し、場合によっては企業価値の向上に寄与しない経営者の“首を斬る”役割までを持つとされることには異論がない。 社外取締役は、その企業のしがらみに囚われず、一歩離れた立場から冷静な目で眺めることができる立場にあるからこそ、経営に対する効果的な監視・監督が期待できるという関係にある。 他方で、上記の観点にとどまらず、より直接的に、将来の経営方針やその企業の取扱分野につき、社外取締役からの助言を期待し、社外の知見を企業経営に取り入れたいという要請も大きなものがあるだろう。 今回は、このような「社外の知見・ノウハウの取入れ」という側面について、マスコミの話題を集めた近時の導入事例につき説明したい。 2 世界的企業の本格的な社外取締役導入の例 -ソフトバンク 社外取締役には、どのような「肩書」ないし「背景」を持つ者が就任するのであろうか。 多く見受けられるのは、著名な経営者、元官僚、大学教授、法曹関係者(元裁判官・検事を含む)、公認会計士等といったところであろう。そのため、「社外取締役の選任義務化によって、新たな天下り先が増えたに過ぎない」と揶揄されることがある。 実際、自ら経営者としての経験がある者は別として、これ以外の者については、企業の経営戦略に対して、すぐにそのまま採用できるような高度かつ実践的な助言を期待するのは難しいところである。むしろ主に期待されている役割は、経営の監視・監督を行い、コンプライアンスをより一層強化するといった側面が中心であろう。 そのなかで、経営の舵取りそのものに対し、名だたる経営者たちの積極的な知見を取り入れようとしている企業もある。その一例がソフトバンクグループである。 ソフトバンクにおいては、古くは、日本マクドナルドの藤田田氏、オリックスの宮内義彦氏らが社外取締役に就任していたが、現在も、日本電産の永守重信氏、ファーストリテイリングの柳井正氏、ゴールドマン・サックス・アジア・パシフィック会長のマーク・シュワルツ氏といった我が国を代表する一流企業の錚々たる経営者が名を連ねている。 同社の取締役会の様子については、永守氏が、担当者から提出された資料の数字の意味や事業の採算につき矢継ぎ早に質問を繰り出すなどし、柳井氏は、自身いわく「大体の案件に僕は反対ですよ」とのことである。 このようにして、実質的で中身の濃い、非常に激しい議論が交わされているという。 このようなあり方は、社外の知見・経営ノウハウを積極的に導入し、多角的な見地から企業の戦略を策定していくという社外取締役制度の目的に合致している。 なお、孫正義社長自身もアメリカでの社外取締役の経験があるという。孫社長によれば、アメリカの取締役会では、社内取締役は2、3人程度で、あとは8、9人の社外取締役が参加し、丸一日かけて喧々諤々の議論をし、議案の3分の2程度しか取締役会の承認を得られないとのことである(日経ビジネスONLINE 2015年8月13日付け記事でのインタビューにて紹介されている)。 3 世間の耳目を集めた人事の実例 著名人が社外取締役に就任する場合には、広く世間の注目を集める場合がある。 たとえば、以下のような例がある(いずれも2015年6月からの就任)。 4 知見・ノウハウの取り入れの難しさ このように、2015年は、社外取締役の導入が急増し、著名人の就任がニュースとして取り上げられることが多い年であった。 ただ、過去の例に照らせば、早くから社外取締役の導入に積極的であったソニーは、結局のところ、制度を有効に活かせず、業績低迷を脱することに必ずしもつながってはこなかった。 このように、社外の知見・ノウハウ企業経営に取入れると簡単には言えても、一足飛びに上手くいくものではないのが難しい点である。 しかしながら、「これをやれば確実に企業が成長し、収益が確保できる」などという方策など、もとより存在しない。 大切なことは、企業価値を高め、社会的な貢献を行っていくために使える様々な選択肢が存在するかということであり、そのための環境整備の一つとして、そのための有力な武器(時には劇薬ともなりうる)となるものが、社外取締役制度というわけである。 (了)
税理士ができる 『中小企業の資金調達』支援実務 【第3回】 「資金調達支援における税理士の役割(その2)」 ~仲介者としての支援内容とは~ 公認会計士・中小企業診断士・税理士 西田 恭隆 前回、「資金調達支援において、税理士は社長と金融機関の間に立つ仲介者である」と述べたが、今回はその仲介者としての支援内容について説明する。 1 融資交渉に必要な資料とは 両者の融資交渉を仲介するには、 ということについて理解する必要がある。この2点を理解することで、両社の情報共有を促すことができ、交渉も円滑に進めることができる。 まず「社長が金融機関に伝えたいこと」は、資金の必要性と使い道、そして返済は可能であるということである。一方「金融機関が知りたいこと」は、返済が確実に行われるかどうかということ、そして返済が滞った場合の回収方法についてである。 そこで、社長が伝えたい情報と、金融機関が知りたい情報を共に含む資料があれば、情報共有及び交渉は円滑に進む。その資料として作成されるのが、 である。税理士はこれらの資料の作成を支援することで、仲介者としての役割を果たすことができる。 では、事業計画書や資金繰り表とはどういう資料なのか。また融資資料としての決算書はどういった意味を持つのだろうか。以下、それぞれの資料について概要を解説する(各資料作成のポイントについては、改めて回を設ける予定である)。 2 事業計画書の作成・提出をする目的 まず事業計画書とは、「会社がどのような事業を行って売上と利益をあげる予定なのか」を説明する書類であり、資金の必要性、資金の使い道、返済原資となる利益がどの程度発生するのかを金融機関に伝えるものである。 事業計画書は大きく2つの部分から構成される。それは、事業内容を「文章で説明する部分」と、それを「計数で説明する部分」である。 まず「文章で説明する部分」では、事業の目的、商品サービスの内容、自社の強み、事業スケジュールなどが記述される。売上や利益の根拠説明となる。 一方、売上や利益をいつ、いくら獲得できるのかを説明するのが「計数で説明する部分」である。この部分は損益計算書と同様の形をとることが多く、損益計算書は実績、事業計画書は予測、という違いがあるだけである。発生主義ベースで作成する点も同様である。 金融機関が最も関心を寄せるのは「会社が毎月の利息及び返済額を上回る利益を確保できるか」という点であるから、それに答える資料として、月次事業計画書が必要となる。以下は月次事業計画書の例である。 〈月次事業計画書(例)〉 ※クリックすると別ウィンドウで大きな画像が開きます 3 資金繰り表を作成・提出する目的 月次事業計画書で、毎月返済原資となる利益を確保できることが確認できたとしても、それと利息の支払い及び返済に必要な現預金を確保できることは別である。掛取引があるからである。 売掛金の回収サイトと、買掛金の支払サイトによっては、売上と利益が増加すればするほど、現預金が減少するという現象もありうる。事業計画書だけでは会社が本当に現預金を確保できるのか分からない。 そこで事業計画書とは別に入出金情報を表す「資金繰り表」が必要とされることになる。 資金繰り表は、入出金情報を表す書類であるため、現金主義ベースで作成する。また事業計画書と同様に、毎月の利息の支払い・返済ができるかどうかの判断材料となるため、資金繰り表も月次のものを作成する必要がある。 月次資金繰り表は、上記の月次事業計画書の数値を元に作成する。その例を示したのが以下である。 〈資金繰り表(例)〉 ※クリックすると別ウィンドウで大きな画像が開きます 4 決算書を提出する目的 上記の事業計画書とそれを元に作成した資金繰り表はあくまで計画、予定にすぎない。その計画が実現するとは限らない以上、それだけでは金融機関は返済可能性に確信が持てない。そこで実現可能性を担保するものが必要となる。それがこれまでの実績、決算書である。 決算書は過去3年分を求められることが多い。金融機関は過去の実績傾向と事業計画書を比較し、その実現可能性を判断する。 実際にどのように判断されるのかというと、例えば以下の①②の事業計画書があったとしよう。 実現可能性が高いのはどちらだろうか。新規事業に進出する場合でも無い限り、②の方が現実的で説得力があるだろう。こういった判断を行う材料として、決算書は金融機関に見られることになる。 また、貸借対照表の資産状況を見ることで、返済が滞った場合の代替的な回収方法を検討することができ、そのための材料としても利用される。 5 税理士は専門知識を活かして資料作成の支援を 事業計画書の計数部分、資金繰り表、決算書の作成には会計の知識が必要である。冒頭で述べた通り、税理士はこれら資料の作成に関わることで、仲介者としての役割を果たすことができる。支援にあたっては、「社長は何を伝えたいのか」「金融機関は何を知りたいのか」という点を常に考えながら対応するのが望ましい。 * * * 次回からは、具体的な資金調達支援の流れのうち、税理士が資金調達の相談を受けた時にまず何をすればよいのか、ということについて解説をしていく予定である。 (了)
〈IT会計士が教える〉 『情報システム』導入のヒント (!) 【第12回】 (最終回) 「導入ベンダーの賢い選び方、使い方」 公認会計士 五島 伸二 はじめに 基幹システムや会計システムはパッケージ製品を導入することが多い。わざわざ、企業独自で新規開発することは少なくなってきた。 そのため、基幹システムや会計システムの導入に際しては、まずは導入するパッケージ製品を選択することになる。 しかし、忘れてならないのは、パッケージを選択すると同時に、そのパッケージの導入を支援する導入ベンダーも選択する必要があるということである。 パッケージ製品によっては、必ず製品ベンダーが販売し導入する形態(直接販売)を採る製品もあるが、多くの製品は、製品ベンダー以外のITベンダーが、製品ベンダーとパートナー契約を結び、その製品の販売と導入を行う形態(間接販売)を採っている。 ▼とても重要な導入ベンダー選び▼ 導入ベンダーは、その製品の導入に際して、ユーザー企業のプロジェクトメンバーに対するトレーニング、テスト環境の構築、製品とユーザー企業業務のフィット&ギャップ、ギャップを解消するソリューションの提案など、ユーザー企業側のプロジェクトを全面的に支援し、そのシステム導入プロジェクトを成功に導くために重要な役割を果たす。 したがって、どんなに良いパッケージ製品を選定できたとしても、導入ベンダーの選択を間違えると、スムーズなシステム導入が実現できないことになる。 場合によっては、導入ベンダーの力不足で導入プロジェクト自体が頓挫することもありえるのである。 それくらい、導入ベンダーの役割は重要といえよう。 基幹システムや会計システムの導入というと、どうしても製品選択に重点がおかれがちであるが、今回は、導入ベンダーの選択に焦点を絞って、いくつかの切り口でそのポイントを解説する。 ▼なにはともあれ製品知識▼ 導入ベンダー選定にあたっては、まずは、どれだけそのパッケージ製品に精通しているかという観点が重要となる。 具体的には、 こういったことを確認することが、パッケージ製品の導入ベンダーを選定する際の最初のポイントとなる。 自信のあるベンダーであれば、それらのことは明確に教えてくれるであろう。逆に、過去の実績等に関してあいまいな回答しかしないベンダーは、慎重に吟味する必要がある。 ▼製品ベンダーに推薦してもらうのも一手▼ ある程度、選択候補となるパッケージ製品が絞られているのであれば、その製品の製品ベンダーに、パートナー契約している導入ベンダーを推薦してもらうのも有効な手段である。 製品ベンダーとしては、ぜひとも自社製品を選択してほしいと思っているし、導入が決まったとしたら、ぜひとも導入を成功させたいと思っている。したがって、良い導入ベンダーを推薦してくる可能性が高い。 では、製品ベンダーの推薦であれば安心かというと、そういうわけでもない。 やはり、合う、合わないということはありうるのである。 ユーザー企業としては、自社の業務分析や要件定義のフェーズからしっかり支援してほしいというケースもあれば、そのあたりは自社で十分できていて、どちらかというと、その要件定義を実現するためのソリューションの提案に的を絞って支援してほしいというケースもある。 したがって、製品ベンダーに、導入ベンダーの推薦を依頼する場合には、何に重点をおいて支援してほしいのかということを明確にして製品ベンダーに伝えるのが肝要である。 ▼「どこに頼むか」より「誰に頼むか」が重要▼ 導入するパッケージ製品が決まり、実際に導入フェーズが始まったら、実際に導入支援作業を行うのはその導入ベンダーに属する導入コンサルタントのチームである。 彼らが、そのシステムの稼働を目指してユーザー企業側のプロジェクトメンバーを支援し、プロジェクト進捗の過程で出てくる様々な課題の解決を図り、より良いシステムにするための提案を行う。 したがって、導入ベンダーを選択するということは、導入コンサルタントを選択することと同義といってもよい。 そして、その際に、特に重視して評価すべきは、そのコンサルタントチームのリーダーである。 コンサルチームのリーダーの資質は、そのシステム導入プロジェクトの成否に大きく影響する。 したがって、導入ベンダーの選択にあたっては、コンサルチームの良否、とりわけ、リーダーの資質をよく見極める必要がある。 リーダーの過去の職務経歴や、そのパッケージ製品の導入経験等を教えてもらうことは当然であるが、実際に、製品や導入に関するプレゼンテーションを行ってもらい、その説明能力や質疑応答を通じたコミュニケーション能力などを確認することが有効である。 また、通常想定されるプロジェクト遂行上のリスクについて質問してみるのも有効である。リスク感知能力もまた、プロジェクトを支援するにあたって極めて有効な要素である。 経験のあるコンサルタントであれば、プロジェクトの概要を理解すれば、想定される一般的なリスクを説明してくれるはずである。選定側はその妥当性をよく評価してベンダー選定の参考とすべきである。 もちろん、リーダー以外のメンバーの確認も重要である。 全くの新人コンサルタントが他のコンサルタントと同じ単価でチャージされていた、というケースはままあることである。このあたりもシビアに評価すべきである。 ▼ベンダーの知名度や規模はどう評価するか?▼ 確かに、誰が当社を担当するかが重要であることは理解できても、やはり基幹システムや会計システムの導入は、それなりの金額の投資になる。そういう意味では、ある程度知名度のあるベンダーや、規模の大きなベンダーに依頼するということも、さまざまなリスクを考えると容認しうる選択方法といえる。 導入ベンダーの選定に関わった人も、万一、導入がうまくいかなくても「〇〇に頼んでダメだったんだし。」といった言い訳も可能となるという側面もあるのが事実である。 ただし、著名ベンダー、大手ベンダーに依頼することのほぼ唯一のデメリットは、そのコストの高さにある。同じような規模の案件でも、小規ベンダーに比べて倍以上のコスト差があるケースもある。 裏返すと、小規模ベンダーに依頼することの大きなメリットは、そのコストの安さである。 実際、筆者が知るユーザー企業の中には、小規模ベンダーをうまく使って、成功している例を多く聞く。 筆者自身も、ユーザー企業の会計システム導入プロジェクトの責任者として導入ベンダー選定に関わった時、信頼できると判断した小規模ベンダーに導入を依頼し、コンペとなった大手ベンダーに比べてはるかに安いコストで導入に成功した経験がある。 しかも、その小規模ベンダーのコンサルタントはほぼ全員が大手有名ベンダーのOBで、そのスキルレベルやコミュニケーション能力は極めて高く、こちらが要望することをきっちり実現してくれ、非常に満足度が高かった。 知名度や規模にこだわらず、自分たちのやりたいことを実現してくれるかどうかを基準にして導入ベンダーを選択するのも意味があるといえよう。 ▼プロを選べるのはプロだけ▼ ここまで、導入ベンダー選定についていくつかの観点で書いたが、いずれにしてもいえることは、選ぶ側のユーザー企業の選定メンバーにもシステム導入やプロジェクト運営の知識、経験が必要であるということである。 そう、プロを選ぶことができるのはプロだけなのである。 ただ、ユーザー企業側にそのようなプロをそろえるのは、なかなか難しいのも現実である。そのような場合は、外部の専門家を活用するのも有効である。 実際、最近は、パッケージ選定、導入ベンダー選定に、特定ベンダーとは関係のない中立的立場のコンサルタントを活用する事例が多くなっている。 ▼賢く選んで賢く使おう▼ 導入ベンダーの導入コンサルタントという人たちは、基本的にユーザー企業の役に立って、最終的には「頼んでよかった」と言われたいと思っている人たちばかりである。 良いベンダーを選んで、導入コンサルタントと良好な関係を築き、賢く使って、十分に成果をあげてもらいたいものである。 (連載了)
女性会計士の奮闘記 【第33話】 「根気強く数値を埋めていきましょう」 公認会計士・税理士 小長谷 敦子 〈ノビ(株)部門別損益表〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (※) 営業部門の③売上総利益率は、②売上総利益の社外売上に対する割合とする。 製造部門の③売上総利益率は、②売上総利益の①売上(社外売上+社内売上)に対する割合とする。 〈ノビ株式会社の業務フロー〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ◆ワンポントアドバイス◆ 部門のリーダーに自部門の数字を意識してもらうことが第一の目的です。 部門別損益表に少々不備があっても、まずは数字を入れて表を完成させましょう。 毎月、実地棚卸をしていない場合にも、簡便的に帳簿棚卸の数字を用いて、在庫増減の欄を計算する等、とりあえず表を完成するような工夫が大切です。 (了)