鵜野和夫の不動産税務講座 【連載9】 広大地の評価(1) 税理士・不動産鑑定士 鵜野 和夫 (一) 広大地の評価は、大幅に減額される 図表1 対象地と近隣地域等の概況図 (二)広大地の評価の適否の判定 図表2 開発想定図 図表3(ア) 地形図 図表3(イ) 開発想定図《開発道路の敷設による区画割り分譲》 図表3(ウ) 開発想定図《敷地延長による区画割り分譲》 * * * なお、地積が広大であっても、中高層の集合住宅(マンション等)の敷地用地に適するもの、また、大工場用地に該当するものも適用になりません。 これらについては、次回で解説します。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【25】 〔第5章〕法令用語 (その11) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 8 法律上の権利ないし能力を示す語 ① しなければならない・してはならない・することができない 「しなければならない」というのは、一定の行為を義務付ける場合、すなわち法律上の作為義務を定めようとする場合に用いられる。 一方、「してはならない」というのは、一定の行為を禁止したり、法律上の不作為義務を定めようとする場合に用いられる(概略は【第17回】で述べている)。 以下にその使用例を挙げる。 この「してはならない」と語感が近いものとして、「することができない」がある。 「してはならない」と「することができない」は、一般的には語感が近いものとして使われる。 しかし法律上は、この「することができない」は、通常、法律上の権利ないし能力がないことを表現する場合に使用される(ただし権利ないし能力がないのであるから、事実上の不作為義務となるため、一定の不作為義務を課す場合に「・・・することができない」と表現する場合もある(第17回参照))。 それに対し「してはならない」という語は、人の事実上の自由に対する制限であって、法律上の権利又は能力に関する規定ではない。 したがって、「してはならない」とされている不作為義務に違反した行政処分があったときも、それは処罰の原因になることはあっても、その処分の効力には影響がなく、法律行為としては行政行為には公定力があるため(私法においては、民法第90条により違法な契約は無効とされるのが原則である)、有効であると解されている。 例えば、行政手続法には以下の規定がある。 この不作為義務に違反した税務職員は、国家公務員法上の懲戒処分の対象にはなるであろうが、その違反に係る行政処分そのものは、行政行為の公定力から有効であると解されている。ただし違法な行為による行政処分であるとして、取消訴訟又は行政上の不服申立てにより、無効と主張する道は残されている。 一方「することができない」は、通常、法律上の権利ないし能力がないことを表現する場合に使用される。したがって、この規定に違反して行われた行政処分は、法律上の権能がないにもかかわらず行われたものであるから、当然に無効である。 例えば、国税通則法には以下の規定がある。 この規定に違反して、税務署長が5年を経過した日以後に行った更正処分は、取消訴訟又は行政上の不服申立てを経ることなく、当然無効であるとして、その後の処理をすることができるのである。 ここで、「することができない」の対語となる「することができる」についても説明しておこう。 「することができる」には、大きく分けて、「①裁量権の付与」と「②法律上の権利・能力・権限等があることを意味するもの」という2つの用法がある。 そして、この条文の行為の主語が行政機関か納税者かにより、内容が異なる。 ① 裁量権の付与 一般的に「・・・できる」という言葉は、語句通り「可能」を表し、行為に対する裁量権を示している。しかし、この意味での用法は、その条文の行為の主語が納税者の場合に限られており、行政庁に対してこの意味で用いることはない。 例えば所得税法第16条第1項には、以下のようにある。 前条である所得税法第15条の第1号において、所得税の納税地は、国内に住所を有する場合はその住所地とされている。しかしこの第16条第1項により、 国内に住所のほか居所を有する場合にはその居所地を納税地とすることができるとされているから、この条文は、住所地の他に居所地を有する場合に、居所地を納税地とすることの裁量権を納税者に与えたものである。 ② 法律上の権利・能力・権限等があることを意味するもの 行政機関がその条文の行為の主語である場合には、「することができる」は、法律上、行政機関にその権能(権限と能力)を与えることを意味し、「裁量権の付与」の意味ではない。その権能があればそれを行使すべき義務もあると読むのが通例である。 特に租税法の場合には、合法性の原則(租税要件が充たされている限り、課税庁には租税を減免する自由はなく、また租税を徴収しない自由もなく、法律で定められたとおりの税額を徴収しなければならないという原則である)の点からも、行政機関には、原則、裁量権はないものとされる。 例えば国税通則法第91条第1項には、以下のようにある。 この場合に、国税不服審判所長は軽微な不備を職権で補正できる権能があり、一方で、その権能を行使することができる客観的状況にあれば、その権能を有する国税不服審判所長がそれを行使しないということは許されないと解されている。このため「軽微な不備」でありながら、その不備を職権で補正しないまま却下すれば、その処分は、違法な処分となる。 したがって、「することができる」とあるが、これにはその行為につき裁量権はない。 しかし前段の「その補正を求めなければならない」とあるところ、審判所において請求人にその補正を求めずに補正が可能という意味から、「することができる」と規定されているのである。 (了)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載48〕 一棟の建物についての小規模宅地等減額特例の改正と 区分所有建物についての適用上の疑問点 ~平成25年措置法通達改正対応~ 税理士 小林 磨寿美 小規模宅地等の減額特例(措法69の4)が適用できる宅地等の1つに、特定居住用宅地等がある。 その被相続人の保有する居住用宅地等が一棟の建物の敷地については拡大された。 具体的には一棟の建物(区分所有建物を除く)については、被相続人等(措通69の4-7)が保有し、被相続人等が居住する場合、その建物に同居する被相続人の親族の居住部分に対応する土地等も対象宅地に含まれることとなった(措法69の4①本文、措令40の2④、措通69の4-7(注))。 取得者が配偶者である場合、同居親族である場合には、面積制限の拡充(平成27年施行)と併せて、適用対象面積が拡大した(措法69の4③二本文及びイ、措令40の2⑩)。 つまり、同居親族取得要件(措法69の4③二イ)は、同じく一棟の建物については、同居親族居住部分が対象宅地として拡大され、ここが、政策目的として拡充された。 1 租税特別措置法69条の4において、被相続人の居住用宅地の拡大 租税特別措置法69条の4では、その柱書において、個人が相続又は遺贈により取得した財産のうちに、一定の要件を満たす宅地等がある場合には、その個人がこの規定の適用を受けるものとして選択したものについて、限度面積要件を満たす場合に限り、相続税の課税価格の計算特例を受けるとしている。 そして、この「一定の要件を満たす宅地等」とは、相続開始の直前において、相続若しくは遺贈に係る被相続人又は被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族(「被相続人等」という) の事業の用又は居住の用に供されていた宅地等で財務省令で定める建物又は構築物の敷地の用に供されているもののうち政令(措令40の2④)で定めるもので、特定事業用宅地等、特定居住用宅地等、特定同族会社事業用宅地等及び貸付事業用宅地等に該当するものである(同柱書)。 2 拡大された被相続人等の居住用宅地等についての取得者要件 「特定居住用宅地等」(措法69の4③二)は、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等(2以上ある場合には一定のものに限る)で、次に掲げる者が相続又は遺贈により取得した一定のものとなる。 3 「一棟の建物」基準 改正により、「一棟の建物」基準が上記2の図表中(1)(2)(4)の取得者について導入された。 これは、一棟の建物に複数世帯が居住している場合の、小規模宅地等の減額特例の適用関係を明確にすることを企図したものであり、被相続人等の居住の用に供されていた一棟の建物の敷地の用に供されている宅地等で、特定居住用宅地等に該当するものは次のものとなる(措法69の4柱書・同③二イ、措令40の2④⑩)。 4 建物の区分所有等に関する法律第1条の規定に該当する建物である場合の疑問点 『平成25年度 税制改正の解説』(財務省、以下『財務省解説』とする)には「建物の区分所有等に関する法律第1条の規定に該当する建物」について、「通常は区分所有建物である旨の登記がされている建物となります。」とある(P589)。 つまりは、「建物の区分所有等に関する法律第1条の規定に該当する建物」であるかどうかで場合分けしたのは、それが構造上区分所有しうる建物であり、かつ、建物の独立した部分ごとに所有権の目的とする意思表示がされたものであるからという趣旨のようである。 建物の区分所有等に関する法律第1条の規定の読み方については、別稿にて既に疑問を指摘させていただいたとおりであるが、本稿では、「区分所有建物である旨の登記がされている建物」という財務省解説に従った場合における問題点をいくつか挙げてみることとする。 (1) 建物を区分所有登記した理由は、建物の独立した部分ごとに所有権の目的とするためであるとは限らないのではないか 二世帯住宅について区分所有登記をする理由には、例えば住宅ローンの借入れの都合や住宅借入金等特別控除、住宅取得等資金の非課税特例の床面積要件を満たすためというものもある。また、遺産分割を考慮して、被相続人自身が予め区分所有登記を完了させ、その全部を所有している場合もある。さらに、娘婿が義父の土地の上に義父と一緒に二世帯住宅を建設する場合に、心情的要因から区分所有登記をすることもあるようである。 しかし、『財務省解説』では次のように記載されている。 財務省解説及び「「租税特別措置法(相続税法の特例関係)の取扱いについて」の一部改正について(法令解釈通達)」(平成25年11月29日)で新設された措通69の4-7の3から、次のような2種類の「一棟の建物」を作図することができる。 この2種類の「一棟の建物」は外見上明らかに異質なように思われ、同視できないと考えられる。しかし、財務省解説がその同視できない理由を、それぞれの専有部分が別々に取引される権利であることに求めるのであれば、右図のような一般的な二世帯住宅について、独立部分の売却や賃借を目的としない理由により区分所有登記をしたような場合であっても、区分所有建物とみなされることになる。 分譲マンションの場合、相続人は、別生計の場合、101、707ともに、適用がない。同一生計の場合、707についてのみ適用がある。 右の2世帯住宅(一棟の建物に、複数の親族が居住している場合も同じ)の場合、区分所有登記がない場合は、全部適用、区分所有登記がある場合は、左の分譲マンションと同じ扱いとなる (2) 建物の区分所有登記だけで専有部分を容易に別々に取引できるといえるのであろうか 分譲マンションの場合、建物の区分所有登記は敷地権と共に行うこととなり、それぞれの専有部分を容易に別々に取引することできる。一方、小規模宅地等の減額特例を受けることを想定するような一般的な二世帯住宅の場合、その敷地は、通常被相続人より使用貸借することになるため、建物を区分所有登記しても、敷地権に係る不動産登記を行うことはしない。 つまり専有部分を第三者に売却することは、現実として考えられず、容易に別々に取引できるとは言い難いのではないだろうか。 (3) 「建物の独立した部分ごとに所有権の目的とする意思表示がされたもの」である場合 「建物の独立した部分ごとに所有権の目的とする意思表示がされたもの」である場合、つまり、土地は使用貸借で、建物について、住宅ロ-ン等の事情により区分所有登記をした場合は、次のようになる。 以上のように区分所有登記の有無で小規模宅地等の減額特例の適用関係を決めるとしたならば、土地が使用貸借であって、住宅ロ-ン等の事情により区分所有登記をした場合、上記のように、様々な疑問や弊害が顕在化してくることとなろうと思われる。 区分所有権基準の導入が分譲マンションへの適用を排除しようとする趣旨であるならば、例えば、敷地権(登記)の有無によって、その適用関係を整理することも視野に入れた、いっそうの議論が必要であろう。 (了)
減損会計を学ぶ 【第5回】 「減損の兆候」 公認会計士 阿部 光成 本連載の第1回「減損会計の全体像」で述べたように、減損会計の一連のプロセスには「減損の兆候」がある。 減損会計が理解されにくかった要因の一つとして、当時の固定資産会計には馴染みのない「減損の兆候」というステップが規定されたことにあると思われる。 以下では減損の兆候に関して解説を行う。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 減損の兆候 1 定義 減損の兆候の定義を確認すると、「固定資産の減損に係る会計基準」(以下「減損会計基準」という)では、次のように定義している(減損会計基準二、1)。 減損会計基準は、減損の兆候がある場合には、当該資産又は資産グループについて、減損損失を認識するかどうかの判定を行うとしている(減損会計基準二、1)。 減損の兆候は、減損が生じている「可能性」を示す事象であり、このステップでは、まだ、「可能性」を識別しているにすぎない。 そして、減損会計は、固定資産のすべてについて、一律に、正味売却価額又は使用価値に基づいて評価するという会計基準ではない。減損会計は固定資産の時価評価を行うものではないのである(減損会計意見書三、1)。 2 減損の兆候を設定した理由 減損の兆候の識別のステップを設けた理由は、固定資産のすべてについて減損損失の認識の判定を行うとすると、実務上、過大な負担となるおそれがあることを考慮したためである(減損会計意見書四、2(1))。 資産又は資産グループに減損の兆候がない場合には、当該資産又は資産グループについて、減損損失を認識するかどうかの判定は不要である。 例えば、固定資産の市場価格がその帳簿価額を下回っているとしても、それが減損の兆候に該当する事象でない場合(他の減損の兆候も識別されない)、減損損失の認識の判定及び測定は行われないことになる。 Ⅱ 減損の兆候の例示 1 減損の兆候に関する実務対応 減損会計基準及び「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号。以下「減損適用指針」という)で示されている減損の兆候は、例示である。 減損の兆候が識別されたとしても、直ちに減損損失が計上されるものではなく、次のステップである「減損損失の認識の判定」を行うことになる。 「減損損失の認識の判定」のステップでは、当該資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額を見積もり、これと固定資産の帳簿価額を比較する。そして、割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合に、減損損失を認識すると判定する。 一方、割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を上回る場合下回らない場合※には、減損損失を認識しないと判定することになり、減損損失は計上されないことになる。 ※2014/4/9修正 減損の兆候の識別は減損会計の入り口であり、減損の兆候の識別が適切になされないと、その後のステップである減損損失の認識の判定に進まないので、認識すべき損失が認識されないことがありえる。 このため、減損の兆候の識別は、実務上、幅広く行うようにし、減損会計基準及び減損適用指針の例示に限らず、その趣旨を踏まえて判定することになると解される。 2 例示 減損会計基準及び減損適用指針では、次の事象を「減損の兆候」として例示している。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第12回】 イオンフィナンシャルサービス株式会社・ 「台湾子会社における不祥事等に関する調査報告書」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】 【イオンフィナンシャルサービス株式会社の概要】 イオンフィナンシャルサービス株式会社(以下「AFS」と略称する)は1981年設立。旧社名イオンクレジットサービス株式会社。2013年4月、株式会社イオン銀行と経営統合のうえ、銀行持株会社へ移行し、現在の社名となる。営業収益205,972百万円、経常利益33,367百万円。従業員数9,230名(いずれも2013年3月期)。国内7社、海外23社の子会社を有する。東証1部上場。 【資本関係】 今般、不正が明らかになったイオンクレジットカード台湾及びイオンクレジットサービス台湾(両社を合わせて「台湾子会社」と略称する)は、AFSの100%子会社であるAFS香港の100%子会社である。 【報告書のポイント】 1 調査結果により判明した事実 (1) 不適正な取引発覚の経緯 当初、AFSは、「社内調査により」不適切な会計処理が判明したとリリースしていたが、調査報告書によれば、不正会計に関与してきた台湾子会社の総経理が、「自分が行っている不適正な会計処理とイオンDNA大学(注1)で学ぶことのギャップに苦しみ」、「海外責任者会議の後自らの不正行為を吐露することとなった」ということである。 この時点で、不適正な会計処理は、前任の総経理時代から7年以上にわたって続けられていた。 (注1) 正式名称は「イオンDNA伝承大学」。開校の際のリリースによれば、「創業より培われ現在まで受け継がれてきた不変の理念や価値観を次世代に伝承していくこと」を目的に、約40名を国内外のイオングループから公募して受講させることとなっている。 「次世代経営人材育成機関「イオンDNA伝承大学」が9月1日(土)開校」 ※PDFファイル (2) 不適正な会計処理の概要 ① 割賦売掛金の過大計上 台湾子会社では、利息収入等の架空計上及び営業費用の過少計上に伴い、割賦売掛金を過大に計上しており、判明分だけで594,649千台湾ドル(注2)と不適正な会計処理金額全体の約70%がこの手口によるものであった。 (注2) 1台湾ドルは約3.35円。 ② 未収入金等の過大計上 台湾子会社では、償却済債権のうち、裁判所の差押判決を得た債権の全額を未収入金に計上しているが、実際の回収率は0.8%程度にとどまっており、本来ならば、回収時に償却債権取立益として計上すべきものであった。 ③ 貸倒引当金の過少計上 台湾子会社では、貸倒引当金を設定すべき延滞債権を正常債権として虚偽表示した債権残高管理表を作成して、貸倒引当金の過少計上を行っていた。 ④ 繰延税金資産の過大計上 各年度の貸借対照表に計上されている繰延税金資産は、上記の不適正な会計処理によって過大に計上された利益・純資産をもとにその回収可能性が判断されたものであり、不適正に過大計上されたものである。 (3) 元董事による不法領得行為 台湾子会社の財務・経理部門のトップの地位にあった元董事は、会社の小口現金から自己の預金口座へ預け入れ、又は会社の口座から送金する形で、少なくとも2億台湾ドル(約6億7,000万円)以上の金銭を領得していた。 また、返済の実態がないにもかかわらず、自己名義のクレジットカード残高について返済があったかのように処理する形で、約1,000万台湾ドルの債務を免れていた。 なお、元董事は約1億4,763万台湾ドルを会社預金口座へ返済しており、損害額は約7,425万台湾ドル(約2億5,000万円)となっている。 (4) 業績に与えた影響 2 不適正な会計処理・不正が長期間発覚しなかった理由 (1) 不適正な会計処理 他の海外子会社同様、台湾子会社2社も30代半ばの日本人駐在員が若くして経営者となっており、先行成功事例に倣い、早期の黒字化、株式上場を目標にしていたが、損失計上が続き、台湾銀行管理局の規定に抵触するのみならず、親会社AFSの所有株式について減損が検討される事態となっていた。 こうした中で始められた不適正な会計処理は、トップ自らの不正であることに加えて、董事会の形骸化、監察人・内部監察部門の機能不全、内部通報制度の機能不全もあいまって、長期間、発覚することなく継続されるに至った。 (2) 存在した不正の端緒 2008年2月、当時の総経理が損害賠償請求訴訟で勝訴したことを受けて、その全額を未収収益に計上しようとして、現地の会計監査人から指摘を受けて、修正していたことが発覚した。 これを受けて、AFS懲戒委員会は、当時の総経理を減俸10%、配置転換して社長付特命部長としたが、台湾子会社において他に不正会計がないかといった調査は行われておらず、本件の発覚を遅らせる結果となった。 また、加盟店であるピアノ販売会社が、ピアノ代金に加えてレッスン代金を分割払い債権としていたため、同加盟店が2009年に倒産後、レッスン代金は払えないというクレームがあり、延滞債権が発生していた。しかし、台湾子会社では、未回収の債権について貸倒引当金を設定しておらず、こうした事実が表面化したのは2012年5月頃であった。 その後、8月には、監査部と香港統括会社により台湾子会社の監査が行われたが、通常の監査として行われたため、貸倒引当金計上が適切だったのかどうかなどの問題については、調査された形跡がない。2008年に続き、不適正な会計処理が再度発覚したにもかかわらず、会計処理の適正性は十分に調査されず、不正会計を見つけ出すことができなかった。 (3) 元董事による不法領得行為 台湾子会社においては、会社財産の不法領得を予防し、発見する内部統制が整備・運用されていなかった。 また、元董事によるクレジットカード残高の不正入金処理に関しては、現地社員から総経理のもとに不正に関する通報があったにもかかわらず、通報を受けた総経理は、自己の不正会計の発覚を恐れ、何らの踏み込んだ調査も行わなかったため、発覚がさらに遅れる結果となった。 3 調査報告書の特徴 (1) 海外子会社に対する内部統制の難しさ 本連載でも、【第1回】から【第3回】まで続けて、海外子会社の不正調査報告書を取り上げたが、海外子会社の不正をどう防止し、早期に発見するかについての関心は、新たな不正の発覚が報じられるたびに、高まっている。 本報告書は、海外子会社の経営を任された若い日本人駐在員が、赤字体質を隠蔽するため粉飾決算を繰り返す中、現地雇用の董事が不適正な会計処理に便乗する形で会社の金銭を不法に領得した事案が、どのようにして発生し、かつ、長期間発覚しなかったのかについて、綿密に調査した報告書である。 (2) 台湾で苦戦していたイオングループ 本件で問題となった台湾子会社は1999年に設立され、その後、2003年に、イオングループの総合スーパーマーケットである「ジャスコ」が台湾に進出したことを受けて、その顧客に対する分割払いサービスやクレジットカード発行を行ってきた。しかし、肝心の店舗と店舗運営会社は、2007年12月に撤退することが決まる。 そうした状況で迎えた2007年12月期決算において、台湾子会社のうちクレジットサービス(台湾)は、決算期変更の影響で10ヶ月決算になったにもかかわらず、前年比122%の営業収益を達成して、初の黒字決算を報告した。 実際には、この期に最初の粉飾決算が行われていたわけである。 店舗の撤退が台湾子会社の業績にどのような影響があったのかは不明であるが、この報告を受けたAFS経営陣は、何も疑うことなく黒字決算を喜んだのだろうか。 (3) 銀行持株会社としてのAFSの管理体制 本報告書では、銀行持株会社としてスタートしたばかりのAFSについて、法令等遵守・子会社管理体制に関する提言に紙幅が割かれているのも特徴的である。再発防止策として掲げられた下記項目についても、(ア)から(オ)については、もっぱら、銀行持株会社として組織を再編したAFSについて、あるべき姿を提言したものといえよう。 (4) 関係者の処分 9月25日付のリリースでは、台湾子会社は、台湾子会社の2人の元総経理及び元董事については、台湾商業会計法違反の疑いにより、元董事についてはこれに加えて台湾刑法における業務上横領罪等の疑いにより、台湾の法務部調査局に刑事告訴したことが公表された。この3人については、刑事告訴の前日において、すでに懲戒解雇処分が行われている。 他社の不正事例では、調査報告書を公表した際に「刑事告訴を検討している」と記載されていることが多いが、本件は、日本と台湾の刑事告訴手続の相違もあるだろうが、非常に早い時点での刑事告訴である。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第28回】 連結会計③ 「少数株主持分」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 ●A社はB社の株式80%を400で取得しました。 ●X1年4月1日のA社・B社の貸借対照表は以下のとおりです。 ●X2年3月31日のA社・B社の貸借対照表及び損益計算書は以下のとおりです。 〈会計処理〉 ① 投資と資本の相殺消去 (*1) 資本金、準備金、剰余金などが含まれます。 (*2) 取得時のB社純資産500×(100%-80%)=100 ② 当期純利益の按分 (*3) B社当期純利益1,000×(100%-80%)=200 〈X2年3月期の連結財務諸表〉 〈会計処理の解説〉 親会社が子会社株式の100%を保有している場合、当該子会社の純資産はすべて親会社に帰属するものと考えられます。 しかし、親会社が子会社株式の100%を保有していない場合、当該子会社の純資産は、親会社に帰属する部分と、親会社以外の株主(=少数株主)に帰属する部分に分けられます。 前々回に解説したとおり、子会社を取得したときは、自己に対する投資である子会社株式と、自己からの出資である子会社純資産は、連結上、消去する必要があります。 しかし、少数株主が存在する場合には、子会社純資産のうち、少数株主に帰属する部分を「少数株主持分」に振り替える必要があります。 B社が計上した当期純利益についても同様に、親会社に帰属する部分と、少数株主に帰属する部分に分ける必要があります。 本事例では、B社は当期純利益を1,000計上しています。 A社の持分割合は80%ですので、残りの20%は「少数株主利益」とし、連結損益計算書上、利益のマイナスとして計上します。 一方、「少数株主利益」は、少数株主に帰属する純資産ですので、「少数株主持分」を増加させます。 結果、B社の当期純利益1,000のうち、800(=1,000×80%)が利益剰余金となり、200(=1,000×20%)が「少数株主持分」となります。 投資と資本の相殺消去、当期純利益の按分により、X2年3月期の連結貸借対照表には、「少数株主持分」が300計上されました。 他方、X2年3月期のB社純資産のうち、少数株主に帰属する部分は1,500×20%=300です。 両者が一致していることから、連結修正によって、B社純資産のうち、親会社に帰属しない部分が「少数株主持分」として計上されたことが分かります。 なお、平成25年9月13日に「企業結合に関する会計基準」等が改正されたことに伴い、平成27年4月1日以後開始する連結会計年度から、「少数株主持分」、「少数株主利益」の名称が、それぞれ「非支配株主持分」、「非支配持分に係る当期純利益」に変更されることとなりました。 (了) ※1月は企業結合会計を取り上げます。
退職金制度の作り方 【第3回】 「退職金の積み立て方法」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 退職金は一度に多額の資金を必要とするため、企業は支払いに備え積立てを行うのが通常である。 退職金制度について相談を受けると、制度の種類と退職金の積立方法が混在しているケースがよくある。 そこで今回は、退職金を支給するための原資を積み立てる方法についてお伝えしたい。 * * * 積立方法を考える際に、退職金額を確定給付とするのか確定拠出とするのかがポイントとなる。 確定給付は、退職金をいくら支払うか金額を確定しておくものであり、確定拠出は、拠出する金額は確定しているものの、退職金額は各自の運用実績により異なるものである。例えば、毎月1万円会社が拠出をし、社員自身が拠出金の運用方法を決定する、その結果、将来もらえる 退職金の額は、運用実績によって異なってくることとなる。 社内準備 現金を社内で積み立てておく方法である。 以前は、退職給与引当金が計上できたため、ある程度の節税にもなったが、退職給与引当金が廃止されたことで、税金対策としてのメリットはない方法になっている。 確定給付年金 将来支給される退職金額が確定されている方法であり、基金型と規約型がある。 基金型は、厚生年金基金と同様に「企業年金基金」という基金を母体企業とは別に設立し、年金資産を管理・運用し給付を行う企業年金である。基金自らが年金資産を運用(自家運用)することも可能である。 規約型は、企業と従業員との間で合意した年金規約に基づき、企業が主体となり実施する企業年金制度である。企業は必ず、信託会社や生命保険会社等と資産管理運用契約を締結し、母体企業の外で年金資産を管理・運用し年金給付を行う。 確定拠出年金(401k) 会社が掛金を拠出し、社員の自己責任により運用するという方法である。 社員に対する投資教育や運用費用が発生するものの、個人勘定により社員の持分が明確になり、運用責任は企業側にはなく、退職給付債務も発生しないというメリットがある。 一方、労働者側からみれば、年金型であるため60歳までは引出しできないが、企業間で拠出額を移動させながら積み立てを続けられるポータビリティもある。 最近は、労働者の給与から一定額を拠出し積み立てる「選択制401k」制度も導入されつつある。 中小企業退職金共済制度 中小企業退職金共済法に基づき、企業が加入対象労働者の掛金を積み立て、退職時に共済機構から退職金が支払われる。中小企業にとっては、退職給付債務が発生せず、運用が便利で簡単というメリットがある。 従業員は、退職理由にかかわらず、積立額に応じた退職金がもらえる。一方、企業側からすれば、退職理由により不支給とすることができないデメリットもある。 キャッシュバランスプラン 給与の一定割合を社員ごとに拠出し、企業が運用する方法である。 個人勘定により社員の持分が明確になり、貢献度を制度的に反映できるものの、運用責任は会社が持つことになる。日本での導入事例はまだ少ない。 * * * 次回は、退職金制度の課題をお伝えしたい。 (了)
活力ある会社を作る 「社内ルール」の作り方 【第9回】 (最終回) 「良心が発揮されるルールへの進化」 特定社会保険労務士 下田 直人 このシリーズもついに最終回となった。 前回は、企業文化を体現した就業規則の作成について、プロジェクト方式で従業員を巻き込む方法を紹介した。 今回は、さらに踏み込んで、就業規則の作成を通して、労使が一枚岩となり、お互いの良心を発揮できるようにする取組みを紹介したい。 なお、この方法は私のオリジナルではなく、仲間の社労士が取り組んでいるものであることを最初にお断りしておく。 しかし、大変意義のある取組みと思うので、シェアしておきたい。 〈「やさしい」組織〉 企業の価値観を大切にし、それをベースとした就業規則を作成するにあたっては、従業員が落ち着いて仕事に集中し、各人のパフォーマンスをフルに発揮できるような「安心感」を与えるものであることが、より重要になってくる。 働くことにビクビクしていたら100%の力を発揮することは難しいし、心から企業の価値観に共感などできないからだ。 「安心感」というと、健康に関連した福利厚生策などを思い浮かべるかもしれない。 もちろん、それも大事ではあるが、ここで言っているのはもっともっと抽象的なことであり、ただし、とても重要なことである。 それは、「やさしさ」である。 つまり「やさしい」組織であるかどうかである。 「やさしい」というのは、仕事がゆるいということではない。 「愛情がある」とも言える。 このような力は、人間がそもそも心に持っているもので、能力開発や勉強で学ぶものではない。 「良心」というようなものであると思う。 では、この「良心」が発揮されやすい職場という観点から就業規則を作成したら、どんな就業規則ができるのであろうか。 私の仲間がそういった観点から、従業員にルールを考えてもらい就業規則に落とし込んでいる。 〈「みんなの就業規則」へ〉 例えば、こんな例がある。 身元保証書を従業員の家族や親戚などから取る会社がある。 通常の就業規則では、 などの選任基準や期間を定めたものがほとんどである。 これを法定な側面からではなく、「良心」が発揮されやすい組織づくりという観点から考えると、力点が置かれる場所が異なってくる。 ある会社では、 というルールになっている。 つまり、「実際に会う」というプロセスがクローズアップされるのだ。 こうすることで、社長や管理職が実際にその従業員の家族と顔を合わせることになる。家に行き、その従業員の親や配偶者、子供に会うと、そこに感情(情)が芽生える。 すると、実際にその従業員が働き始めた後、問題行動を起こした場合の会社(社長)による対応が、全く異なってくるのだ。 例えば、その従業員に遅刻が多く、イマイチ仕事に身が入っていなかったとしよう。 たいていの場合、社長や管理職は「あのやろうふざけやがって!」という感情でその人間を指導する。 これは、指導のようで自分の感情をぶつけているだけだ。それでは、全く本人にも響かないし、ギクシャクした組織か、ピリピリした組織が出来上がるだけだ。 その時に、社長がその従業員の家族と会話をしていたらどうだろう。 その従業員を見たときに、きっとその家族のことも思い出す。 そうすると、単なる怒りではなく、 「おまえなぁ、奥さんや子供を悲しませるようなことをするなよ。」 という感情(情)での指導に変わっていく。 同じ指導をするのでも、この差は大きい。後者は愛情にあふれた指導だからだ。 また、本人の家族を知れば、単なる仕事としての業務命令から 「あいつの家族を幸せにするためには、きついかもしれないがこの仕事をやり遂げて、あいつに一皮むけてもらわなければならない。」 という利他の心が入った指導に変わっていく。 これを頭でわかってやるのではなく、本当に腹落ちしてやるのには、こういったプロセスが必要なのだ。そういう機会を提供するために、身元保証書をもらうという場面が活用されるのである。 以上を見てみると、表面上は近親者から身元保証書をもらうということに変わりはないが、そのルールの成立過程が全く変わってくるのである。 従業員とここまで考えて就業規則をつくることできたら、「みんなの就業規則」になっていくのだ。 〈まとめ~企業文化で統治する時代~〉 最後にまとめよう。 今回紹介した例は、今までと少し毛色が違うように感じるかもしれないが、深い部分では同じことを言っている。 つまり、良心の発揮は、良心が発揮された状態が企業文化の根底をなしている。 そして、ここまで既に何回も述べているよう、規定により企業を統治することは限界に近づきつつある。 そうではなく、自社の価値観、文化というものの戦略的に作り上げ、それを基に企業統治を行い、就業規則は、就業規則として独立してあるものではなく、価値観・文化との連動性の中で考えていく時代が来ているのだ。 (連載了)
常識としてのビジネス法律 【第6回】 「契約に関する法律知識(その2)」 弁護士 矢野 千秋 1 契約書の形式 私的自治の原則と、それから派生する契約自由の原則中の方式の自由から、契約書の方式には原則として、何の決まりもない(例外として有価証券、遺言、定款、寄付行為、建築請負契約、小作契約、労働協約、保証契約等がある。これらは種々の理由から法が方式を決めていたり、書面を要求しているものである)。 したがって、文書の内容から何らかの合意が読み取れるものなら、すべて「契約書」と言える。このため、注文書と注文請書を併せて合意が読み取れる場合でも、併せて契約書と呼べるし、注文請書をとれないような場合には、注文書コピーの余白に相手方の確認の記載(最低限署名のみでも)をとっておけば、それをもって契約書、すなわち後日契約成立の強力な証拠となる。 2 契約書の表題・内容 (1) 表題 「契約書」「念書」「覚書」「協定書」「確認書」等、どのような表題でも、内容から合意が読みとれれば契約書である。 ただし一般的には、「念書」は一方的な義務負担を規定し、「覚書」は基本契約書に付随する細目的事項を規定し、「協定書」はなんらか当事者間の決定事項を書面化し、「確認書」は事実関係や法律関係を確認する際に用いられる。 また、より具体的な表題の付け方としては、契約の効力には一応無関係であるが、「売買契約書」「賃貸借契約書」等、一見して契約の種類が解るような表題を付けることが望ましい。 ここで「一応」無関係と言ったのは、契約内容が不明瞭な場合には、表題が「売買契約書」とされていれば、売買契約寄りで内容が解釈判断されることになる可能性が高く、このように表題が補充的効力を持つことがあるからである。 ただし、契約内容を変更する(契約内容が明瞭なのにそれに反した解釈を表題等から導く)効力はない。 (2) 前文 前文には、契約締結に至る事情や背景、契約当事者が誰であるかなどを記載する。 しかし近時、日本の契約書においては、双方当事者、契約の簡単な内容の記載程度に止める例が多い。これらは文書における4Wのうち3Wに当たっており、契約書のカバーページを見ただけで、ほぼその契約書を特定できるからである。 なお、残る1Wの契約日は、通常契約書末尾に調印の日付を入れる欄があり、この日と食い違っては困るので前文には入れない例が多い。 (3) 本文 本文は、契約の要素を落とさず、簡潔明解に記載するべきである。 例えば売買契約なら、物と金銭が交換的に給付されるから、 の記載が当事者間に暗黙の了解でもない限り、最低限必要である。 その他にも、交付前に物が滅失した場合の処理(危険負担)、違約金、物が約束と違った場合の処理、遅延利息、管轄裁判所等も記載することが望ましい。 これらはいわばアクシデントが発生した場合の対策である。 継続契約なら、即時解除条項、期限の利益の喪失約款の記載も望ましい。これらは継続契約では契約期間内に相手方に資力信用の悪化が発生することが単発的な契約より多く、それに対処するための規定である。 【例】 一般の契約書においては、契約全体を無効にするような有害的記載事項は少ない(例外、手形)。不適当な記載でもその部分が無効になるだけである。それは、契約自由の原則(内容決定の自由)が基本的に働くからである。 ただし、公序良俗、強行法規に反するような内容は制約され、場合によっては契約全体を無効とすることがある。この判断は「契約内容に社会的合理性と経済的合理性があるかどうか、社会的経済的に優位な立場に乗じて不当ないし差別的な条件を他方当事者に押しつけていないか」ということである。 上記を整理すると、 などである。 (4) 末文 末文には、作成した契約書の通数やその所持者などを記載する。 契約書の最後の条文の真下に記載するので、後で条文を無断で付け加えたりされるのを防げる意味がある。 (5) 作成年月日 作成年月日の記載により、契約日を特定する。 法や商慣習の適用や解釈、締結権限や能力の有無等も、この日が一応の基準となる。 (6) 当事者の住所、氏名、押印 当事者が個人の場合は「住所・氏名・押印」、会社の場合は「会社住所・会社名・代表者の肩書・代表者名・代表者印(担当者の場合は下記)」の押捺をする。 印章は、個人なら市区町村役場に届け出た「実印」、会社なら法務局に届け出た「代表者印」が望ましい。重要な契約であれば、印鑑登録証明書(3ヶ月以内に発行されたもの)ももらっておくべきである。 認印(実印以外の印章)でも契約は成立するが、後日相手方本人が押印したことを否定して契約の成立を争ってきた場合に、「本人が間違いなく契約をした」という事実の立証が難しい。 以下、当事者に関する具体的問題を考える。 (了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第10回】 「連結決算と情報システム」 公認会計士 坂尾 栄治 連結決算とは 「連結する」というと、何を想像するだろう。 会計と無縁の人は、列車の「連結」を思い浮かべるのではないだろうか。 会計に携わる人は、連結といえば連結決算を思い浮かべる人が多いと思うが、実際にはどのくらい連結決算を正しく理解しているのだろうか。 ざっくりと説明するのであれば、連結決算は「足して引く」ということなのだが、足し方にも引き方にもそれなりのルールがある。それを正しく理解できている人は思いのほか少ないのが現実である。 以前は単体決算主体の開示が求められていたが、2000年3月期以降は連結決算主体での開示が求められるようになった。 それまでは単体決算の“補助的資料”であった連結財務諸表が注目を浴びるようになってから14年が経つ。 「もう14年」ともいえるが、単体会計の歴史から考えれば「まだ14年」である。 連結決算についての知識を持っている人が少ないのも頷ける。 加えて連結決算を行う必要があるのは、子会社を有する企業に限定されるため、連結決算とは無縁の会社が、中小企業を中心として数多く存在する。 ここで連結決算について定義してみよう。 連結決算とは、親会社が、子会社等(親会社を含む)の支配従属関係にある企業集団を単一の組織体とみなして、その経営成績や財政状態を連結財務諸表(「連結貸借対照表」、「連結損益計算書」、「連結剰余金計算書」及び「連結キャッシュフロー計算書」)を作成し総合的に報告することである。 連結決算をプロセスで記すのであれば、複数の会社の財務諸表をつなぎ合わせ、さらにそれらの会社がもしひとつの会社であったらと仮定して修正を加えていくことである。 これらの修正は通常は仕訳で行われ、この仕訳を「連結修正仕訳」という。 連結決算のシステム化の流れ 連結決算を行っている企業は、開示情報で連結財務諸表が主体となった2000年3月期ごろから、連結決算のシステム化を加速させることとなった。 当時は、連結システムといっても連結処理の自動化レベルは低く、手作業による部分が数多く存在していた。 連結決算では、各子会社の財務情報を収集する必要があるが、2000年当時は、Web画面から直接子会社が財務データを入力するなどということは当然できなかった。そのため、子会社の財務情報をExcelに入力してもらい、それを集めて親会社で連結システムに読み込んでいた。 その際少しでも効率化を図ろうと、Excelから連結システムへデータを読み込めるツールが開発され、当該ツールと一体で連結システムを導入することで効率化を実現していた。 とはいえ、当時は、メールを使えない人も数多く存在したため、子会社の財務情報を入力したExcelをフロッピーディスクに入れてもらい、郵送してもらうのが通常であった。 それから、メールが一般化するようになり、子会社のやり取りがメールで行えるようになったが、子会社からの財務情報の収集は相変わらずExcelのままであった。 その後、キャッシュフロー計算書の作成機能や、投資と資本の消去処理の高度化、外貨ベースでのグループ間の消去処理といった機能強化が行われていったが、大きな転機はWebシステムの一般化によりもたらされた。 連結システムは多くの子会社からデータを収集する必要があるため、各子会社が連結システムにアクセスしデータを直接登録できると大幅に効率化する。 そのため、Webシステムの一般化により、子会社が直接連結システムに財務情報を登録できる仕組みが開発された。 ここで特徴的なのは、子会社が連結システムに直にデータを打ち込むのではなく、子会社は今まで通りExcelに財務情報を登録し、当該Excelを連結システム登録するという方法をとったことである。Excelを連結システムに登録することで、子会社のデータは連結システムに取り込まれるのである。 こうして、連結システムの多くは、Excelに極めて近い入力画面を有するシステムとして進化していった。 この方法であれば、子会社は今までのExcelへの入力作業をほとんど変えずに連結決算業務を大幅に効率化することができる。 本来であれば、子会社の業務も効率化できるような進化を進めるべきなのだが、親会社のシステムが更新されるたびに手順や操作が変更されると、必ずと言っていいほど子会社の一部はそれについていくことができない。そこで、連結システムでは子会社の業務を極力変えずに、効率化していけるような機能強化が行われてきた。 そのため、子会社によるExcelへの入力業務はそのままに、Excelから連結システムへのデータ取込みや子会社の作業状況の管理、子会社のデータ収集以降の業務の効率化が進められていった。 連結会計システムの必要性 連結会計システムは、単体決算主体から連結決算主体への流れの中で、連結決算の重要性が増したことからその必要性が増したのだが、連結システムの導入をより加速化させたのは、以下の理由によるものと考えられる。 一つは子会社数の増加である。 子会社数が20社に満たない場合には、Excelで集計しながら連結決算を行うことも可能だが、20社を超え始めるとExcelでは処理が難しくなるのが一般的である。 そのため、子会社数が増えて担当者の手に負えなくなり連結システムを導入した会社が数多く存在する。 また、もう一つはIRに対する意識が徐々に変わっていき、早期に決算発表を行うことが重要だと考えられるようになったことである。 加えて、東京証券取引所が決算短信の期末日後45日以内での開示を求める、いわゆる「45日ルール」の適用により、多くの企業が決算の早期化を行う必要に迫られ、早期化のツールとして連結会計システムが求められるようになった。 連結会計システムの範囲 「連結会計システム」といえば、連結決算を行うシステムということになるが、その対象となる範囲は変化してきている。 当初、親会社だけが使うシステムであった連結会計システムは、Web化により、利用者の範囲を子会社にまで広げることとなった。 まずは利用者という視点で、連結システムはその範囲を大きく広げたのである。 ついで、業務の範囲としてはどうなのかというと、こちらについても大きくその範囲を広げている。 当初は、半期、年次の開示用連結財務諸表の作成システムであったが、四半期開示の要請に合わせて四半期での連結財務諸表作成がその範囲に含まれていった。さらに、制度連結に加えて連結予算の作成を行えるようになった。 連結予算を作成できるようになると、今度は毎月予算と実績を比較したくなる。 そのため、月次での連結決算が行えるようになっていった。 さらに、製品別や詳細な地域別での売上情報やその他の詳細な情報の集計も連結会計システムの範囲になっていった。 まとめ 当初、連結決算業務の効率化のために、親会社の経理部だけ使っていた連結システムは、企業集団での共通システムとしてグループ経営にまつわる情報を広範囲に取り扱うシステムへと進化していった。 今後はさらに子会社の会計システムとより密接に結合し、子会社の仕訳1本1本までをも連結システムから参照できるようになっていくのではないだろうか。 (了)