税務判例を読むための税法の学び方【23】 〔第5章〕法令用語 (その9) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 7 法の「適用」に関する法令用語 (① 適用する・施行する)【前回参照】 ② 適用する・準用する では次いで、「準用する」との差異について見ていく。 前回記したように「準用する」は、ある事項に関する規定をそれとは異なるが本質的には類似する他の事項について当てはめることをいい、これに対して、「適用する」は、ある事項に関する規定を本来その規定が対象としている事項について、そのまま当てはめることをいう。 通常「準用する」場合は、その準用ないし適用される法令の規定中の用語等(例えば、目的語、引用条文等)とその準用ないし適用する場合に関する法令の規定中のこれらの用語等とが異なるところから、 元の「適用する」とされている条文に若干の変更を加えることを要する。 そのため通常、「○○を△△と読み替える」などのいわゆる読替規定により、その用語を置き換える規定が設けられている。 この読替規定は、通常、準用規定の後段として規定され、例えば、 などと規定される。 国税通則法38条(繰上請求)第4項には、以下のようにある。 国税徴収法の159条は、保全差押について規定している条文であるが、同条第2項では国税局長の承認、同条第3項では書面通知といったように、第2項 から第11項 までに手続き等について規定している。国税通則法38条による繰上保全差押の場合にも、保全差押の場合と同様の手続き等を課すことを規定するにあたり、保全差押の条文を準用しているのである。なお第5項においては、保全差押においては書面通知した日から6ヶ月を経過した日までに税額の確定がない場合には差押を解除すべき旨等が規定されている。 上記読替規定は、保全差押のこの「6ヶ月」の期間が、繰上保全差押の場合には「10ヶ月」となることを規定している。 なお、保全差押と繰上保全差押は、異なるものではあるが本質的には類似するために「準用する」としている。 これに対し次の国税通則法第61条第1項では、「の規定を適用する」としている。 この前条である第60条は延滞税の規定であり、第2項には延滞税の利率が定められている。そしてこの61条の第1項も第2項とも、当初からこの60条の規定が適用されるものとして規定されており、「同項の規定を適用する。」と規定されている。 もう1つ別の例を示そう。 これは国税通則法第3条(人格のない社団等に対するこの法律の適用)である。 これはいわゆる「みなし法人」の規定である。法人格を持たない社団や財団であっても代表者又は管理人の定めがあるものは、税法上の法人として扱うことを規定している。 法人の規定をみなし法人に「準用する」のではなく、法人格を持たない社団や財団であっても代表者又は管理人の定めがあるものは、税法上は法人と本質的に同じであるとして、法人の一種として扱うため「適用する」としている。 ③ 例による これは、ある事項に関する法令上の制度を他の事項について包括的に借りてきて、これについても同様の取扱いをしようとする場合に用いられる。 「準用する」が個々の規定を他の事項について借用しようとするものであるのに対して、「例による」は一つの制度を全体として借用しようとする場合に用いる。 税法においては「従前の例による。」という中で使われることが圧倒的に多いのであるが、これ以外の使い方の例を一つ挙げる。 この第3号では利子所得及び配当所得に係る源泉徴収義務が挙げられており、第240条においては源泉徴収に係る所得税を納付しなかった場合の罪について規定している。 このように、他の規定を包括的に借りてきてそれと同様の取扱いをしようとする場合に「例による」が用いられるのである。 (次回に続く)
「企業結合に関する会計基準」等の 改正点と実務対応 【第3回】 「共通支配下の取引の会計処理①」 ~子会社株式の追加取得に関する連結財務諸表上の会計処理~ 有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 布施 伸章 (注)本連載記事において、文中、意見に関する部分は筆者の私見である。 1 はじめに 今回は、平成25年改正会計基準のうち、子会社株式の追加取得に関する連結財務諸表上の会計処理について解説する。 解説に当たっては、以下の設例をもとに、会計基準の改正前と改正後の会計処理及び連結財務諸表への影響を比較しながら行う。 なお、以下の文中、「改正前(後)仕訳○」は、設例中の「改正前(後)会計基準」欄の仕訳No.を示している。 2 子会社株式の追加取得の会計処理 子会社株式を追加取得した場合、改正前会計基準では、以下の改正前仕訳⑥のように、追加取得した株式に対応する持分60を非支配株主持分から減額(※)し、追加取得により増加した親会社の持分(追加取得持分(※))60を追加投資額100と相殺消去したうえで、追加取得持分と追加投資額との間に生じた差額40をのれんに計上し、20年以内の効果の及ぶ期間にわたり償却することとされていた(負ののれんが計上された場合には一時の利益に計上する)。 改正後会計基準では、改正後仕訳⑥のように、追加取得持分(※)60と追加投資額100との間に生じた差額40を、資本剰余金とすることとされた(改正連結会計基準28項)。 (※) 追加取得持分及び減額する非支配株主持分は、追加取得日における非支配株主持分の額により計算する(連結会計基準(注8))。 【図表】 設例の仕訳No.6を抜粋 なお、本設例のように、上記の差額を資本剰余金から控除した結果、資本剰余金が△40と負の値となる場合(X3/3期の連結B/S参照)には、連結会計年度末において、資本剰余金をゼロとし、当該負の値を利益剰余金から減額することになる(改正連結会計基準30-2項)。 3 改正による連結財務諸表への影響 設例では、X2/3期とX3/3期のいずれの期も、親会社の損益はゼロ、子会社の当期純利益は50としている。 (1) X2/3期(持分比率60%) X1/3期末に子会社株式の60%を取得しているため、X2/3期に子会社で計上された利益50のうち、親会社帰属額(60%)は30、非支配株主持分帰属額(40%)は20となる。 また、支配獲得時に計上した親会社持分(60%)に係るのれん償却額4が控除されるため、当期純利益のうち、親会社帰属額は26(=30-4)となる。 (2) X3/3期(持分比率100%) ① 連結P/L 期首に子会社株式のすべてを追加取得しているので、その年度に子会社が計上した利益はすべて親会社に帰属することになる。 改正前会計基準では、追加取得時の差額40はのれんに計上され(改正前仕訳⑥)、それに対応するのれんの償却額8が新たに生じることになるため(改正前仕訳⑧)、当期純利益のうち親会社帰属額は38(=50×100%-(4+8))となる。 改正後会計基準では、改正後仕訳⑥のように、追加取得時にはのれんは追加計上されないため、のれんの償却額は当初取得時持分(60%)に対応する額4のみが計上される。このため、当期純利益のうち親会社帰属額は46(=50×100%-4)となる。 このように、子会社株式を追加取得した場合には、子会社が計上した利益の親会社帰属割合(100%)とのれん償却額の親会社帰属割合(60%)とは異なることになる(子会社株式を追加取得したときは、改正後会計基準による方が当期純利益及び親会社帰属利益が大きくなる)。 ② 連結B/S 改正前会計基準では、追加取得時ののれんは資産に計上したうえで償却するため、のれんの減損がない限り、純資産が一時に大きく減少することはなかった(X3/3期の連結B/Sの純資産は564)。 改正後会計基準では、追加取得時の差額40すべてが資本剰余金から控除されるため、純資産が一時に大きく減少することがあるので、留意する必要がある(X3/3期の連結B/Sの純資産は532)。 4 設例 【買収年度(X1/3/31)】 ●P社はX1/3/31にS社株式の60%を80で取得した。 ●支配獲得時のS社の諸資産の時価と簿価は同じである。 ●P社及びS社のX1/3/31のB/Sは以下のとおりである。 【翌年度(X2/3/31)】 ●P社の当期純利益は0、S社の当期純利益は50である。 ●のれんの償却期間は5年(年間償却額4)である。 ●P社及びS社のX2/3/31のB/Sは以下のとおりである。 【追加取得年度(X3/3/31)】 ●P社は期首(X2/4/1)にS社株式の40%を100で追加取得した。 ●P社の当期純利益は0、S社の当期純利益は50である。 ●のれん償却期間は5年(年間償却額4)(改正前の追加取得に係るのれん償却期間は5年(年間償却額8)) ●P社及びS社のX3/3/31のB/Sは以下のとおりである。 【参考】 会計基準の改正前と改正後の連結上の評価額の推移 【参考】 会計基準の改正前と改正後の子会社の当期純利益の帰属額の比較 (了)
減損会計を学ぶ 【第3回】 「減損会計の対象」 公認会計士 阿部 光成 「固定資産の減損に係る会計基準」(以下「減損会計基準」という)の表題を見てもわかるように、同会計基準は固定資産を対象としている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 対象資産 1 固定資産 減損会計基準は、固定資産を対象に適用すると規定している(減損会計基準一)。 固定資産には、有形固定資産、無形固定資産及び投資その他の資産が含まれる(「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第6号。以下「減損適用指針」という)5項)。 2 減損会計基準の対象とならない資産 減損会計基準では、他の基準に減損処理に関する定めがある資産については対象とされていない(減損会計基準一)。 また、減損適用指針でも減損会計基準の対象とならない資産が示されている(減損適用指針6項、68項、69項)。 これらの規定をまとめると、次の資産が減損会計基準の対象外となる。 Ⅱ 対象となる固定資産の留意点 前述のように、減損会計基準の対象は固定資産である。 例えば、次のような資産についても対象となるので注意が必要である(減損適用指針6項、68項、69項)。 「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)では、ファイナンス・リース取引は、リース契約上の諸条件に照らしてリース物件の所有権が借手に移転すると認められるもの(所有権移転ファイナンス・リース取引)と、それ以外の取引(所有権移転外ファイナンス・リース取引)に分類されている(リース会計基準8項)。 ファイナンス・リース取引の会計処理は、通常の売買取引に係る方法に準じて会計処理を行うとされており、所有権移転外ファイナンス・リース取引についても通常の売買取引に係る方法に準じて会計処理されることから、いずれのファイナンス・リース取引についても貸借対照表に計上されることになる(リース会計基準9項)。 ただし、「リース取引に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第16号)79項では、リース取引開始日がリース会計基準適用初年度開始前のリース取引で、リース会計基準に基づき所有権移転外ファイナンス・リース取引と判定されたものについては、「リース取引に関する会計基準の適用指針」第77項又は78項の定めによらず、引き続き通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を適用することができるとされている。 このため、上記⑥の所有権移転外ファイナンス・リース取引のうち、借手側が通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行っている資産が存在することになり、減損会計基準の対象となるものが存在することになる。 そのほか、貸借対照表上、「固定資産」という科目を用いていない業種においても、その内容から、一般の企業における有形固定資産、無形固定資産及び投資その他の資産に該当するものは、減損適用指針の対象となる固定資産に含まれることに留意する。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第25回】 純資産会計③ 「自己株式の処分と新株発行を同時に行った場合の会計処理」 仰星監査法人 公認会計士 石川 理一 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 (単位:百万円) ○ケース1 (*1) 払込金額1,000×自己株式処分割合(10,000/50,000)-150=50 ○ケース2 ○ケース3 〈会計処理の解説〉 会社計算規則第14条では、第1項で資本金等増加限度額を規定し、第2項第1号で上の行為を実施した後のその他資本剰余金の額を規定しています。 その他の条件①より、資本金等増加限度額のうち、その他資本剰余金とならなかった金額は全額資本金として処理します。 会社計算規則第14条第2項第1号に基づいて計算されるその他資本剰余金の増減額及び増加する資本金の金額は、 の三者の関係で以下のとおり算定されます。 ケース1の場合、自己株式対価額が自己株式の帳簿価額を上回る金額だけその他資本剰余金が増加し、払込金額から自己株式対価額を控除した金額だけ資本金が増加することになります。 ケース2の場合、その他資本剰余金は変動しません。そして、払込金額から自己株式の帳簿価額を控除した金額が資本金の増加額となります。これは払込金額に株式発行割合を乗じた金額から、自己株式の帳簿価額が自己株式対価額を超過する金額を控除した金額と同額です。 ケース3の場合、処分する自己株式の帳簿価額が払込金額を上回っているため、資本金は増加しません。当該超過額だけその他資本剰余金を減少させることになります。 (了) ※12月は連結会計を取り上げます。
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載45〕 会社分割の会計処理 ~株主資本の内訳を中心として 公認会計士・税理士 安原 徹 Ⅰ 会社計算規則の条文 本稿では、まず吸収分割が行われたときに承継会社において変動する株主資本等について、会社計算規則の条項に従い、原則的な処理方法を定める37条とその例外処理である38条を検討する。 引き続いて、新設分割についても、新設分割設立会社の株主資本等の額に係る原則的な処理方法の49条とその例外処理である50条を取り上げることとする。 Ⅱ 吸収分割の条文 1 原則規定としての37条 会社計算規則37条は「吸収型再編対価の全部又は一部が吸収分割承継会社の株式又は持分である場合」の株主資本等の変動額について規定する。 「対価の全部又は一部が吸収分割承継会社の株式又は持分である場合」という要件を設けた理由は、もし対価の全部が承継会社の株式以外のもの(例えば対価が現金のみ)である場合には、承継会社において株式が発行されないのであるから、吸収分割によって株主資本等の額が変動しないことになるためである。 本条第1項は、承継会社において変動する株主資本等の総額の算定方法を定めている。 1号は承継会社から見て支配取得に当たるため時価受入れとする場合(逆取得を除く)。 2号は共通支配下関係だが企業結合会計基準にいう事業に該当しないものが吸収分割の対象となる場合に時価受入れとするもの。 3号は共通支配下関係にあるため簿価受入れとする場合。 4号は共同支配企業の形成や逆取得の場合に簿価受入れとするものである。 また第2項は、承継会社の資本金、資本剰余金(資本準備金、その他資本剰余金)の増加額は、株主資本等変動額の範囲内で吸収分割契約の定めに従いそれぞれ定めた額とし、一方、株主資本等変動額がマイナスの場合を除いて利益剰余金(利益準備金、その他利益剰余金)は変動しないと規定する。これは37条の吸収分割が、現物出資の発想に基づくため、原則として利益の性質を持つ項目を変動させることはできないという考え方によるものである。 2 例外規定としての38条 会社計算規則38条は、吸収分割における承継会社の株主資本等変動額を定める37条の特則として、株主資本等の内訳科目を引き継ぐことを認める規定である。吸収型再編対価の全部が承継会社の株式である分割型吸収分割の場合(第1項)と吸収型再編対価が存しない場合(第2項)について規定する。 本条第1項の「吸収型再編対価の全部が吸収分割承継会社の株式又は持分である場合」とは、交付される対価のなかに現金等が含まれず、承継会社株式のみを交付する場合である。 これは、もし吸収型再編対価のなかに吸収分割承継会社の株式以外のものが混じると、分割会社と承継会社において株主資本等の額が一致しなくなり、株主資本等を引き継ぐことができないからである。 また、同項には、「吸収分割会社における吸収分割の直前の株主資本の全部又は一部を引き継ぐものとして計算することが適切であるとき」という要件が定められている。 これは、組織再編を、現物出資と同じ発想のものと捉えるのではなく、会社と会社が合同する行為と捉え貸借対照表をそのまま合算させるという考え方によるものである。上記の要件は、このような会計処理によることを前提とする旨を表現したものである。 なお、「株主資本等を引き継ぐ」とは株主資本の内訳の資本金、資本準備金等の科目をそのまま引き継ぐという趣旨である。 ところで、第1項の適用場面は、例えば2つの事業を営む甲社が、そのうち1つを乙社に対して分割型の吸収分割する際、甲社の貸借対照表を事業別に2つに分けて、その1つの事業別貸借対照表を乙社の貸借対照表に合算させるといった場合である。このような場面では、旧商法の下での人的分割(分割型の分割)のように、吸収分割会社自体が2つに分割したものとして株主資本の内訳を配分することを認める実務上の必要があることから、会社法上でもこれを認めたものと説明される。 もっとも、旧商法時代の分割型吸収分割では、分割事業の受皿会社である乙社が、対価として乙社株式を分割会社甲社の株主に直接交付したが、会社法では、一旦乙社株式を甲社に割り当て、甲社が、割り当てを受けた乙株を、剰余金の配当もしくは分割会社甲発行の全部取得条項付種類株式の対価として甲社株主に交付することになった(後者は非按分型の分割で利用される)。 それでは、次に38条第1項の株主資本等変動額の内訳をどう決めるか。会社事業を2つに分けるのなら、株主資本の各項目もタテ割りにプロラタ配分しなくてはならないのかという疑問が生じる。ところが、38条第1項本文では、「変動する吸収分割会社の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の額をそれぞれ当該吸収分割承継会社の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の変動額とすることができる」とだけ規定して、これらの計数の決め方については何も定めがない。 一方、会計基準においては、承継会社の増加資本金の処理について、「親会社で計上されていた株主資本の内訳を適切に配分した額をもって計上することができる。この場合、株主資本の内訳の配分額は、親会社が減少させた株主資本の内訳の額と一致させる。」と定められている(「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」234(2)、409(3)、446(以下「指針」という))。 したがって、38条第1項によって資産負債を切り出す際、承継会社で増加する株主資本の内訳については、分割会社の株主資本の各項目の金額の範囲内で、自由に決めることができると解される。 その結果、例えば分割会社が減資、準備金の減少を行わない場合、「その他利益剰余金」のみを変動させる処理も可能となる。 一方、第2項は、吸収分割会社と吸収分割承継会社が共通支配下関係にある場合で、無対価の吸収分割を対象とする。実務上完全親子会社関係にある組織再編で、対価の受渡しが行われない場合が数多く見受けられるので、そのような場合に対応するために設けられた規定である。 もっとも、会社計算規則は指針203-2のように「完全親子会社関係の存在」という要件を課していないが、手続の煩雑さ等もあって、実務において無対価吸収分割が利用されるのは、適用指針に掲げられた完全親会社→完全子会社、完全子会社→完全子会社、完全子会社→完全親会社のケースに限られるようである。 ただし、このうち38条2項が対象とするのは前二者の場合だけと考えられる。なぜなら、完全子会社→完全親会社の場合は親会社において抱合せ株式の価値の増減の問題として処理されるので、株主資本の変動を前提とする本条と関係ないことになるからである(平成21年改正前会社計算規則では18条第5項に規定があり子会社株式の目減り分を特別損益に計上する旨定められていた。21年改正では条文の簡素化が図られこの規定は削除されたが、法の趣旨は変わっておらず、また、改正後の規則では取扱いを会計慣行に委ねたと考えられることから、会計基準に従った処理をすることになる)。 また、無対価吸収分割の場合も分割会社では株主資本の各項目を適宜減少させることができるが、承継会社における株主資本の変動額には制限がある。すなわち、第2項本文が「吸収分割の直前の資本金及び資本剰余金の合計額を承継会社のその他資本剰余金の変動額と・・・」と定めた理由は、対価が存在しない場合には承継会社で株式が発行されず、払込資本や資本準備金の額を増加させることが適当でないことから、その他資本剰余金が変動するとしたものである。 さらに、同項では「吸収分割により変動する吸収分割会社の利益剰余金の額を当該吸収分割承継会社のその他利益剰余金の変動額とする」と定めており、分割会社で利益準備金やその他利益剰余金が変動するときには、承継会社ではその他利益剰余金だけが変動するとしている。これは、資本金や資本準備金の額を変動させないのに利益準備金の額を変動させるのは不自然なので、利益準備金を動かす代わりにその他利益剰余金を変動させるものである。 設例で示すと次のようになる。 分離する事業の株主資本が資本金のうち1,000、利益準備金の1,000、その他利益剰余金のうち21,000だったとする。この分割が無対価で行われると承継会社において資本金や利益準備金が増加せず、その他資本剰余金とその他利益剰余金が変動することになる。 なお、吸収分割を行う場合には、債務が吸収分割会社から吸収分割承継会社に移転することになり、また、会社分割により分割当事会社の資産状況に大きな影響を与えるため、吸収分割会社・吸収分割承継会社では原則として債権者保護手続が必要とされる(会社法789条①、②、799条①、②)。 この手続に加え、38条に従った吸収分割では、分割会社の資本金額や準備金額が変動することが多く、その際には、同条第3項による債権者保護手続が別途必要となる。このため、37条の吸収分割に比べ、手続がやや面倒なものとなっている(38条第3項では、会社「法第2編第5章第3節第2款の規定その他の法の規定に従うものとする」と規定されている)。 3 吸収分割のまとめ 会計計算規則37条と38条の概要をまとめると、次のとおりである。 Ⅲ 新設分割の条文 1 原則規定としての49条 会社計算規則49条は、単独新設分割の場合における新設分割設立会社の株主資本等について定める。 単独新設分割において、新設分割設立会社は新設分割会社の完全子会社となり、共通支配下関係の取引となるので、株主資本等変動額は、原則として分割対象財産の帳簿価格を基礎として算定される。また、新設分割は現物出資の発想に基づくため(ただし、共通支配下なので簿価ベース。なお、例外的な処理として、企業結合会計基準等における「事業」に該当しない財産が新設分割の対象となる場合等に時価処理によるべきことがありうることを想定した規定が設けられている)、株主資本等の内訳については資本性の科目のみとなり、損益取引から生ずべき利益剰余金はゼロとなる。 つまり、株主資本変動額をどのように資本金、資本準備金、その他資本剰余金の額に割り振るかについては、資本金額及び資本準備金額がいずれもゼロ以上の額である限り、新設分割会社が新設分割契約の定めに従って自由に定めた額とすることができる。 2 例外規定としての50条 会社計算規則50条は、49条の例外として株主資本等を引き継ぐ場合における新設分割設立会社の株主資本等についての規定である。 これは、新設型再編対価の全部が新設分割設立会社の株式である場合に、分割型新設分割により変動する新設分割会社の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の額を、それぞれ新設分割設立会社の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の額とすることができるとするもので、吸収分割における38条とパラレルな規定振りとなっている。 すなわち、分割型新設分割の対価の全部が設立会社の株式である場合においては、旧商法の下での人的分割(分割型の分割)のように分割会社自体が分割したものと捉え、株主資本の内訳を配分することを認める実務上の必要があることから、設けられた規定である。 「新設型再編対価の全部が新設分割設立会社の株式である場合」に限って本条の適用が認められる理由は、もし新設型再編対価の一部のみが新設分割承継会社の株式であったとすると、新設分割により分割会社において減少する株主資本等の各項目の金額と設立会社の株主資本等の各項目の額が一致しなくなるからである。また、例外的に「新設型再編対象財産に時価を付すべき」(49条①括弧書)の場合には、分割会社で減少する株主資本の額と設立会社の株主資本の額を一致させることができないため、本条を使うことはできない。 また、分割型新設分割の場合も、分割型吸収分割と同様、旧商法時代には新設会社の株式が分割会社の株主に直接交付されていたが、会社法では一旦分割会社に割り当てられたうえで、同社経由で分割会社株主に交付されることになっている。 次に、分割設立会社の株主資本の内訳が問題となる。50条1項本文では、「変動する新設分割会社の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の額をそれぞれ新設分割設立会社の設立時の資本金、資本剰余金及び利益剰余金の額とすることができる」と規定するのみで、これらの計数をどのように決めるのかについて何も定めがない。一方、会計基準においては、「親会社が子会社に事業を移転する場合の子会社(吸収分割承継会社)の会計処理に準じて処理する。」と定められている(指針261)。 そこで、吸収分割の場合と同様に、資産負債を切り出す際、新設分割設立会社の株主資本の内訳については、分割会社の株主資本の各項目の金額の範囲内で、自由に決めることができると解される。その結果、例えば分割会社が減資、準備金の減少を行わない場合、「その他利益剰余金」のみを変動させる処理も可能となる。 なお、50条の新設分割では、38条の吸収分割と同様に、分割会社の資本金額や準備金額が変動する際には、債権者保護手続が必要となる(50条②)。 3 新設分割のまとめ 会計計算規則49条と50条の概要をまとめると、次のとおりである。 (了)
活力ある会社を作る 「社内ルール」の作り方 【第7回】 「企業文化を就業規則に落とし込んだ会社の実例②」 特定社会保険労務士 下田 直人 今回も前回に引き続き、企業文化を就業規則に落とし込んだ会社の事例を見ていきたい。 〈有給休暇が無制限の会社〉 今回もアメリカの企業の事例から入っていこう。 この事例は、会社が大切にしている文化や価値観を直接ルールに落とし込んだものではないが、文化や価値観への“こだわり”が徹底しているからこそ導入できたルールの一例として見てほしい。 シカゴにある社員100名程度のイベント会社では、有給休暇の取得日数に制限がない。 また、管理もされていない。 つまりこの会社では、有給休暇を何日とっても構わないし、公式に誰が何日とったか記録しているものも存在しないのだ。 一見、このように見ると自由でのびのびした会社であり、従業員が休みを気ままに好き放題とっているようなイメージを持つかもしれない。 しかし、実際は異なる。 この会社では、コア・バリュー経営を大事にし、それに沿った採用を徹底している。 コア・バリューに沿った採用を実践すると、そもそも会社や仕事そのものが好きな人ばかりの組織になる。つまり、会社を休んで家でのんびりする人はいない。 仕事をさぼるよりも、会社に来て仕事をした方が楽しいと考える人ばかりの集団になるのだ。 このため有給休暇を無制限としても、結局のところ、皆が際限なく有給休暇をとるようなことにはならない。 彼らが有給休暇をとるのは、せいぜいプロジェクトが終わった後など、計画的にかつ、周囲に気を配りながら数日間とる程度だ。 だから、管理などしなくても問題ないのである。 ただし、これはどの会社でも応用できるわけではない。 もし、コア・バリューに沿った採用が行われていない会社で、同様に有給休暇の日数の制限を設けなかった場合、おそらく、各自が勝手気ままにたくさん有給休暇を取得し、組織が機能しなくなってしまうだろう。 コア・バリューが明確だからこそ、このような制度が機能し、また、このような制度を構築することが、従業員を信頼している証となり、労使間の絆をより強固にし、プラスのスパイラルを構築するのである。 〈ライフプラン支援一時金がある会社〉 次に日本の企業の事例を見てみよう。 従業員数20名強のこの会社では、従業員に子供が生まれた時や、子供が学校に入学した時などに、一時金を出す。 出産時に数万円程度の祝い金を出している会社は多いと思うが、この会社では、出産時に30万円、小学校入学時に30万円など、高額な一時金を支給している。 その意図は、企業文化との関連性が強い。 この会社は、従業員のみならず、その家族までも「ひとつの家族」として大切に見るという文化を持っている。 出産や進学はめでたいことであるし、また、そのような時期は何かと費用が生じるわけだが、従業員の慶事を祝い、費用の一部を援助することで、その文化を体現しているのだ。 この会社においては、当初、毎月の給与において家族手当を支払うことを計画していたのだが、上記の会社文化とのリンクを考えたとき、一時金の方がより明確に企業文化を体現できるとのことで、このような制度になった。 〈夜食が出る会社〉 とある従業員数50名程度の企業では、毎週水曜日に残業で会社に残る従業員がいる場合は、会社から夜食が支給され、従業員は無料でそれを食べることができる。 ただし、この会社の夜食制度には「一定のルール」がある。 それは、「夜食は決まった時間に、会議室で一斉に食べる」というルールだ。 つまり、支給された夜食は、好きな時間に食べたり、自分の机の上で食べることはできない。 なぜなら、夜食のねらいはチームワークの醸成、従業員間のコミュニケーションの充実にあるからだ。 したがって、同じ場所で一緒に食べることが重要なのである。 そのため、食事の内容にも気が使われている。 基本的には軽食なのだが、おにぎりやピザのように、気楽に手に取って自分の机に持って帰ることができるようなメニューは、基本的には選ばれない。 読者の中には、「なぜ夜食なのか?」「昼食でもいいのでは?」と思われる方もおられるだろう。 これには、理由がある。 人は、同じような目的や境遇にいる人とは仲間意識を持ちやすい。 「残業して仕事を仕上げる」という共通の目標に向かう人たちは、一体感を作りやすい。 つまり、残業中に一息ついて食事を取ることにより、一体感を強めることを目的としているのだ。そして一部の従業員の中で一体感が高まることにより、それが徐々に会社全体へ広まっていくことを考えている。 * * * 以上2回にわたって、様々な会社の事例を見てきた。 どの会社も、単なる思いつきでその制度を始めたのではなく、会社の価値観や文化をより強固なものにするために必要な制度として考え出された制度である。 つまり、どれも価値観や文化が植えつくよう戦略的に検討され、作り出されたものなのである。 前回も申し上げたが、このような制度の表面だけを見て、「こんな制度、ウチでは無理」という発想にはならないでほしい。 まずは、価値観、文化がありきであって、その後に、その文化をより強固なものにするルールとしてどのような内容が必要なのかを考えていただきたい。 また、奇をてらったルールを作る必要もないのである。 (了)
年俸制と裁量労働制 【第3回】 「2種類の裁量労働制の特徴」 なりさわ社会保険労務士事務所 代表 特定社会保険労務士 成澤 紀美 裁量労働制とは、業務の遂行手段や時間配分について、使用者が細かく指示するのではなく、労働者本人の裁量に任せ、実際の労働時間数とは関係なく、労使の合意で定めた労働時間数を働いたものとみなす制度である。 裁量労働制には、「専門業務型」と「企画業務型」という2つの種類がある。 専門業務型裁量労働制 専門業務型裁量労働制は、業務の性質上その遂行方法を労働者の大幅な裁量に委ねる必要性があるため、業務遂行の手段及び時間配分につき具体的指示をすることが困難な一定の専門的業務に適用されるもので、現在19種類の業務に適用されている。 この制度により労働時間のみなし計算がされる場合の割増賃金の額は、あくまでもみなし時間を基準に判断されるが、みなし時間制は、労働基準法第4章の労働時間の計算に関してのみ用いられるものであり、みなしにより計算された時間が法定労働時間を超えたり、深夜業に該当する場合には、割増賃金が必要となる。 また、休憩や休日に関する規定も適用されるため、少なくとも深夜労働や休日労働に対して、使用者は割増賃金を支払う必要がある(S63.1.1基発1号)。 企画業務型裁量労働制 企画業務型裁量労働制は、企業の中枢部門で企画立案などの業務を自律的に行っているホワイトカラー労働者について、みなし制による労働時間の計算を認めるものである。 専門業務型裁量労働制の対象者と同様に、仕事の質や成果により処遇することが妥当であることを根拠としたものであるが、労使委員会における5分の4以上の多数決による決議を要するなど、専門業務型に比べて要件は厳格になっている。 企画業務型裁量労働制の対象業務に該当するどうかは個々の労働者ごとに判断され、一部門の全業務が対象業務となるものではない。 対象業務は、事業の運営に関し、企画・立案・調査・分析の各業務が相互に関連し合う作業を行う業務であることとされ、対象となる労働者としては、少なくとも3年ないし5年程度の職務経験を持ち、対象業務を適切に遂行しうる知識・経験を持つ者が想定されている。 導入の条件 導入の条件は、専門業務型の場合には労使協定の締結、企画業務の場合には労使同数で構成された労使委員会における5分の4以上の賛成による決議が必要とされる。 労使協定の当事者となったり労働者代表委員を指名できるのは、労働者の過半数を組織する労働組合か、労働者の過半数により選出された労働者代表だけである。さらに、企画業務型の場合には労働者本人の同意が求められる。 * * * 次回は、年俸制と裁量労働制での運用上のポイントについてお伝えしたい。 (了)
常識としてのビジネス法律 【第4回】 「印章に関する法律知識」 弁護士 矢野 千秋 1 署名と記名はどう違うか 「署名」とは、狭義では自署、すなわち自己の名称を手書きすることを言う。広義では記名捺印も含むが、特に断らない限り一般的には狭義で使われる。 「筆跡」という本人特有の痕跡により、本人確認(文書署名者と、ある人物が同一の人間であることを認定すること。以下、略して「同定」という)を可能とする手段である。 また「記名」とは、署名以外の方法、ゴム印やスタンプ、PCのプリントアウト、印刷等何らかの方法で名称を表すことを指す。 2 なぜ記名には捺印が必要か 上記のごとく記名はゴム印等でもよいとされているため、記名のみでは本人特有の痕跡が残らず、またその文書を本当に本人が作成したかどうかが明らかでない。 したがって、「捺印」を併せて用いることにより、「印影」という本人特有の痕跡により同定する必要がある。 そこで、手形のように署名(広義)を要件とする文書などでは、記名捺印も法定の要件としている(手形法1条、75条、82条)。通常、銀行が銀行届出印と照合して手形を決済するためである。 すなわち、当座預金者であるAと、例えば約束手形上の振出人Aとを印影により同定して、決済するか否かを決定しているわけである。 3 実印と認印はどう違うか 「実印」とは後述するように、公的に届け出た印章を指し、「認印」とはそれ以外の印章を指す。 実印を要すると法定されている場合を除き、法的効力には差がない。つまり、認印でも本人が押したものであることを証明できれば、本人に効力が及ぶ。 しかし、その印章が本人のものであるかどうか、本人が押したものであるかどうか等が争われたときに、認印では証明力が弱い。 実印なら、公的な届出が必要になるなど、本人固有のものであるから同定してよいし、いざという場合に同定されるなら厳重に保管するであろうから、実印が押してあれば本人が押したものと推定される。 結局、実印は本人特有の痕跡が濃厚であり、認印は希薄だからである。 4 個人の実印と会社の実印 ① 個人 個人が印章を印鑑登録するには、住民登録してある市区町村役場か出張所に登録しようとする印章を持参して、「印鑑登録申請書」に必要事項を記入して申請する。 申請の際、本人確認ができるものを持参すれば、印鑑登録証明書を交付してもらえる。 氏名を表していないものや氏名以外の事項が入っているもの、判読困難なものや外枠や文字が切れているものは登録できない。 ② 会社 会社の場合は、会社の本店所在地を管轄する法務局に設立登記をする際に印鑑も届け出ることになっており、この印章が代表者印となる。 代表者印は「会社の実印」とも言えるものであり、極めて重要な印章である。 代表者印の印鑑登録証明書は管轄法務局から取ることができる。 通常は二重の円内に「〇〇株式会社(外円内)代表取締役印(内円内)」と刻印している例が多いが、会社名や代表取締役等の記載を入れる必要はない。 なお、あまりに複雑な文字や簡単過ぎるものは登録できない。 5 実印を押すときの注意 実印が必要な書類にのみ押捺すること。つまり、不用意に捨て印は押さない。後日、文書内容が訂正されてしまう危険性があるからである。 また、カスレや欠けがないように、明瞭に押すこと。かすれたときなどは、その陰影を二重線やバツ印で消し、新たに押し直す。 取扱いに注意し、使用後は直ちに保管場所に戻す。悪用されたような場合にも本人が押したものと推定されてしまうからである。 6 印鑑証明書の提出期限と保存方法 例えば法務局や公証役場などにおけるように、法律上印鑑証明書を必要とされる場合は、3ヶ月以内のものを要求されることが多い。 したがって、そのような短期間に同一当事者間で再度印鑑証明書が必要なような場合が生ずる可能性は低いので、余分に渡しても意味がないことが多く、かつ、乱用される危険性もある。 この「3ヶ月」といった期間は、あくまで当該機関に対する印鑑証明書の提出使用期限であり、印鑑証明書自体の有効期間ではない。 また、実印と印鑑登録証明書・印鑑登録証(カード)は別々に保管する。全部が盗難などに遭うと極めて危険だからである。 実印は印の部分が欠けると使用不可能(登記所などは受け付けてくれなくなる)となるので、注意深く取り扱い、机の上に放置したりせず、できればケースに入れて保管すべきである。 以上により、不用意に実印を他人に預けたり、印鑑登録証や印鑑登録証明書を渡したりせず、印鑑証明書を要求されたときは必ずその必要な理由を聞き、必要通数だけを渡すようにする。 7 印影の種類 ① 契印とは 「契印」とは、1通の文書が2枚以上にわたるとき、その文書が一体のものであり、かつ、その順序に綴られていることを明らかにするために、文書の綴り目に両ページにまたがって押捺する印影である。 これにより、文書一部の抜き取り、差し替え等を防止できる。 数ページの文書を帯で糊付けする袋綴じの場合は、裏表紙と帯にまたがって1箇所契印すれば足りる。大きい文房具屋などでは、袋に当たるものを製本テープとして販売している。 契印に使用する印章は、その文書の署名部分に押捺する印章を使う。これは意思表示、すなわち文書の意味内容に関わるからである。 ② 訂正印とは 「訂正印」とは、文書の字句を訂正する際に押捺する印影である。 文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使い、署名者が数名いるときは全員の押捺が必要である。これも文書の意味内容に関わるからである。 訂正部分を2本線で消し、横書きならその上、縦書きなら右横に訂正後の字句を記入し、訂正印は訂正箇所に押捺するか、欄外に「〇字削除」「〇字加入」等と記載してそこに押捺する。 ③ 捨て印とは 「捨て印」とは、後日の文書内容の訂正に備え、あらかじめ欄外に文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使って押捺しておく印影である。 上記の訂正印の“事前版”である。 ある程度の範囲の訂正が自由にできることから、便利ではあるが危険でもあるので、乱用は謹むべきである。 ④ 止め印とは 「止め印」とは、文書の終了を示すために、文書末尾に押捺する印影である。 後日の不正な書き込みを防止するもので、印章でなく「以下余白」等と記入してもよい。ただし、あまり使われていない。 ⑤ 消印とは 「消印」とは、収入印紙の再使用を防ぐために、印紙と台紙にまたがって押捺する印影である。 使用する印章は通常文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使い、また印章でなく署名でもよい。 消印を忘れると、印紙税に加えて印紙税額と同額の過怠税が課せられる。 ⑥ 割印とは 「割印」とは、2通以上の独立した文書がある際に、その文書が同一であるとか、関連があることを示すために、それらの文書にまたがって押捺する印影である。 割印は、必ずしも文書の署名部分に押捺した印章と同じ印章を使わなくともよい。 単に文書間の関連性を示すもので、文書の意味内容に関わらないからである。 8 印を間違って押した場合の訂正方法 ボールペンなどで間違った印影に2本線を引いたり、バツ印をしたりし、再度正しく押し直す。 方式は自由なので、要は「その印影を使用しない」という当事者の意思が表れていればよい。 9 拇印や書き判の効力 結局、印章は本人特有の痕跡を残すために使用されているものである。 であれば指紋や筆跡等も本人特有の痕跡なのであるから、真実本人が押したり、書いたりしたことが証明可能であり、その結果本人に効力が及ぶことになる。その意味では拇印や書き判も、記名捺印の捺印に当たるとも言える。 しかし、方式が厳重である手形などでは、これらは捺印とは認められない。つまり、銀行が決済しないという意味である。古い判例ではあるが、法的には拇印でも有効であるとした判例がある。 10 会社印の種類とその効力 ① 社長印(代表者印) 俗に「丸印」とも呼ばれ、最も重要な会社の印章であり、登記申請、株券発行、重要な契約の締結等に必要である。 その意味では会社の実印に当たる。 通常二重の同心円になっており、小円の中に「代表取締役之印」と彫られ、大円と小円間の環状の部分に「〇〇株式会社」などと彫られている。 紛失・破損の恐れもあるので、不用意な使用や不注意な保管は厳に謹むべきである。 ② 社印 俗に「角印」とも呼ばれ、通常「〇〇株式会社之印」等と社名のみが刻印されている。 請求書や領収書等、会社外部に対して発行する文書に、社名に重ねて押印して用いられる。 一見大きくて重要な印章に思えるが、単なる認印の一種にすぎず、この印章を押捺していなくても文書の効力に変わりはない。 したがって代表者印を法的に要求されているときに、社印を押捺しても無効である。 ただし、社印はその会社固有のものであるので、その会社の内部者が押したという推定はかなり強力に働くであろう。 ③ 担当者印 担当者が職務上使用する印章である。したがって、真実担当権限のある者が押捺したものであれば、法的に会社への法効果は及ぶ(担当権限の問題)。 しかし、あくまで認印の一種であるから、担当権限のある者の印章であるか否かが争われれば、証明に困難がある場合もある(同定の問題)。 ④ 銀行印 取引銀行に届け出た印章のことであり、銀行と取引をする際に必要となる。預金の払戻し、手形小切手の振出しは、この印章で行わないと支払ってもらえない。 要は、銀行がこの印章の印影で本人の同定をしているからである。 上記より、銀行印は代表者印とほぼ同等の重要性を有しており、保管等についても代表者印と同等の注意を払うべきである。 その重要性から悪用されては危険であるので、特段の必要性もないのであれば危険を2倍にすることもなく、代表者印を銀行印として届け出て兼用している会社も多い。 (了)
〔税理士・会計士が知っておくべき〕 情報システムと情報セキュリティ 【第9回】 「ERP(統合型システム)入門」 公認会計士・税理士 小田 恭彦 はじめに 会計システムを含む業務システムのスタイルの一つとして、『ERP』がある。 ERPという言葉自体はかなり定着してきたが、具体的な内容については統一的な定義がされていないのが現状である。 そこで今回は、ERP(統合型システム)について考えたい。 ERPとは ERPとは、“Enterprise Resource Planning”の略であり、直訳すれば、「企業資源計画」である。 そもそもERPとは何なのか? あるWebサイトでは、以下のように定義されている。 (IT用語辞典 e-Words より引用) 筆者も上記定義と同じ理解をしている。つまり、ERPという言葉自体は手法や概念であるが、一般的には「ERP=統合型業務パッケージシステム」という理解である。 ERPの歴史 日本にERP(=統合型業務パッケージ。以下同じ)が導入され始めたのは、1990年代である。 ちょうどオフコンの時代からパソコンを使ったクライアントサーバ型の時代へ移行していく時期と重なり、日本の大企業による欧米製ERPの導入が始まった。それを追うように、国内の各メーカーから日本製のERP製品も発売されるようになった。 2000年代に入ると欧米製品を中心に製品の統合や淘汰が行われるようになり、現在のERPは成熟と定着の時期を迎えていると思われる。 ERPの特徴(要素) 上述のように、ERPとは統合型業務パッケージであり、その要素としては、以下の3つに分解できると考えられる。 以下、それぞれについて考えてみたい。 (1) 業務システムである 「業務システム」とは、一般的な企業の日々の業務活動、具体的には、販売業務、調達業務、生産業務、設備保全業務、会計業務、財務管理業務、人事管理業務、給与計算業務、資産・リース業務などの活動を支援するシステムであり、「業務系システム」と呼ぶこともある。 ERPの場合、これら業務の単品のシステムではなく、複数の業務が1つのシステムの中に組み込まれているシステムである。 組み込む業務領域に関する定義や範囲は明確ではなく、上述のすべてを1つのシステムの中に組み込んでいる製品もあれば、会計業務、財務(債権債務)管理業務、資産・リース業務の3つを1つのシステムに組み込んだものをERPとして販売している場合もある。 単体システムでない限りは、ERPという表現を使っている製品が多く見受けられる。 なお、これら1つ1つの業務に対応するシステムを「モジュール」と呼ぶことが多い。 (2) 統合型システムである 統合型システムの「統合」とは、以下の3点と考えられる。 「① データの統合」とは、各業務(モジュール)でのデータの連携・整合性が担保されていることをいう。 例えば、販売モジュールの売上データと会計システムの売上仕訳データの連携や整合性、固定資産モジュールの固定資産取得データと財務(債務)管理モジュールの債務データの連携・整合性などである。 「② マスタの統合」とは、ERPの各モジュールが使用するマスタ(顧客、仕入先、製品、部門、勘定、担当者など)について、すべてのモジュールがこれを共通する仕組みになっていることをいう。 例えば、販売モジュールの顧客コードと財務(債権)管理モジュールの売掛先コード、販売モジュールの自社担当者コードと人事モジュールの社員マスタなどである。 よってERPの中では、「マスタ二重管理」「マスタ同期管理」は考えなくてよい。 「③ システム管理の統合」とは、ERPを利用するユーザのID情報、権限範囲、履歴管理などがモジュール横断的に統合管理されていることをいう。 (3) パッケージシステムである 「パッケージシステム」とは、既製品であり、基本的には顧客固有ニーズに対するカスタマイズはしない(できない)システムである。 対義語としては、「フルスクラッチシステム」「個別開発システム」などといった表現があり、いわゆる顧客ニーズに合わせて個別専用開発したシステムのことをいう。 実際にはパッケージシステムであっても、部分的に顧客固有ニーズに合わせてカスタマイズを行うこともあり、スクラッチシステムと言いながら、過去に開発したモジュールの部分回収及び複数モジュールの統合によりシステムを組み上げる場合もある。 〈ERP(統合型システム)のイメージ〉 ERPのメリット ERP導入のメリットは多くあるが、そのうち主なものは以下の2点である。 (1) 企業データの蓄積 販売、購買、生産、財務など、企業のさまざまな業務活動に関する情報がERPという1つシステムに蓄積されるため、情報の集計や分析作業を柔軟かつ効率的に行うことができる。ERPにはこうした集計や分析を行うモジュールが組み込まれている場合も多い。冒頭に述べたERPの本来の意味である「企業資源計画」という概念が、このように統合型システムで実現されることになる。 (2) メンテナンスの効率化 ERPでは1つのシステムの中でデータの整合性(整合性チェック不要)、マスタ整合性(二重入力不要)、ユーザ一元管理(IDやパスワードの管理も1つでよい)など、システム管理に関する業務を効率的に行うことができる。 (了)
〔知っておきたいプロの視点〕 病院・医院の経営改善 ─ポイントはここだ!─ 【第21回】 「未来の成長のために 今なすべきこと」 東京医科歯科大学医学部附属病院 特任講師 井上 貴裕 1 ダイエットでは輝けない 2010年度診療報酬改定以降、大規模病院を中心とした経営状況は大幅に改善されている。 しかし、主に中小規模の病院については、経営が相変わらず厳しいところも少なくないのが現実である。 厳しい経営状況を乗り切るために、多くの病院では経営の改善に、懸命に取り組んでいる。 改善こそが経営であると捉える経営者も少なくない。 改善にも大きく分けて2パターンある。 1つは医療と直接関わらない改善であり、例えば清掃委託費等の低減など、事務の力によって実現するものである。 これらは質を落とさない範囲でスリム化することが必要である。 もう1つは医療と直接関わる改善であり、例えば人件費や医薬品費の低減等など、効果は比較的見込めるが実現が難しいものである。 病院では、人件費及び医薬品材料費のウェイトが高い。そこで、ここにメスを入れようとする経営者は少なくなく、短期的な経済性の改善だけを考えれば最も効果的であるとも考えられる。 しかし、人件費を削減することは人を減らすことにつながり、「人材が支える」医療機関の存在価値が低くなる可能性も高い。設備などの構造だけがあっても、医療提供を行うことはできない。 また、医薬品材料費に関しても、医薬品の適正使用の推進は大切なことである。 しかし、経営層からの医薬品の使用に関する過度な介入は、現場の医師のモチベーションを下げることも少なくない。 つまり、ダイエットをしても医療機関が良くなることは難しく、その場凌ぎの対処療法にしかならない。 過度なダイエットは、リバウンドにつながることも多いのである。 2 何をすれば輝けるか 医療機関がその存在を輝かせるためには、地域の中で特色のある差別的な立ち位置を築く必要がある。つまり、自院のポジショニングを明確化することである。 地域の中で存在感のある医療機関は必ず存続し、成長できる潜在能力を有している。 地域の競争状況等の医療提供体制によっても異なるが、差別的なポジショニングを構築するためには、「何をしないか」を明確化することである。つまり、限られた医療資源を分散させるのではなく、集約化し、突出した領域を創ることが求められている。 ポジショニングは、地域内における立ち位置であり、これが大切であることは誰でも容易に理解できるはずである。 しかし、差別的なポジショニングは、“掛け声”だけで築くことはできない。 医療は患者の命を預かるものであり、質が高くなければ自院が行きたい方向にたどり着くことはできない。 今日、DPCデータなどで地域の医療提供状況を可視化することは容易にできる。 病院全体だけでなく、診療領域別に戦略を策定することが期待される(下図参照)。 外傷のポジショニング 西部医療圏 3 「医療機関を経営する」ということ 医療機関の経営というと、お金儲けを意味し、収支の改善をすることであると捉えられることもある。 もちろん無駄は省くべきであるし、経済性の改善が重要であることを否定することはできない。 経済性の改善は医療機関の目的ではないが、存在するための最低条件といえる。 しかし、医療機関の経営者に求められることは、医療の質を高めるための積極的な取組みをすることであると、筆者は考えている。 その質を高めるためには、優秀な医師等のスタッフを採用してくればいいと多くの方は考えるであろう。 もちろん、優秀なスタッフは必要不可欠であるし、採用できるならばそれに越したことはない。 しかし、限られた医療資源の中で、いかに結果を出すかを最優先にして考える方が現実的であろう。 そのためには、診療プロセスへ介入しなければならない。 「診療プロセスへの介入」とは、医師の行動を制約するものではなく、医師やその他のスタッフと共に、客観的なデータをもとに、質の向上へ向けて議論をすることを意味する。 例えば、脳梗塞で緊急入院した患者の予後を良くするためには、早期のリハビリテーションが有効である。自院のリハビリテーションの実施状況を可視化し、その改善に向けてスタッフ一丸となって取り組むのである。さらに、質を高めるためには、スタッフが働く仕組みを再構築することが求められる。 やるべきことはわかっているのに、自院の様々な制約により理想の医療が提供できないことが多い。その制約条件を取り除き、皆が患者と向き合える仕組みを創ることが大切である。 とは言っても、今までと同じ給料しかもらえないのに、唐突に行動変容を求められても困惑するスタッフも多いことだろう。 このため、モチベーションを高めるためのあらゆる取組みを行い、職員の成長を促すことも必要である。 医療職は患者と向き合うために生きている。命の尊さを経営陣が強調し、その命を預かるにふさわしい人材となれるよう教育研修体制を充実させることが求められる。 4 未来の成長のために 医療機関の経営は、誰が中心となって担うべきであろうか。 医療機関は地域社会を支える基盤であり、決して誰かのものではない。医療機関の付加価値を最大化でき、医療の質を高められる者こそが経営を預かるべきであろう。それは医師であるかもしれないし、その他の職種かもしれない。法律上の制約は別問題とすれば、経営者にはあらゆる職種がなれる可能性がある。 しかし、医療機関の経営者になるためには、医療について一定の知識がなければならないし、経営戦略や財務に関する知見も兼ね備えていることが求められる。医療のことがわからなければ、医療職と共通言語での円滑なコミュニケーションが図れない。それでは質の向上に共に取り組むことはできない。また、経営に関する知見がなければ、部分最適を志向してしまい、全体最適のマネジメントが実現困難になる可能性が高い。 そうは言っても、この両方を兼ね備えた人材を見つけることは難しい。 ただし、難しいからといって育てようとしなければ、未来を担う人材は存在しえない。まずは中核人材を本気になって育てることである。 未来の大いなる成長の芽を枯らしてしまわないために。 (了)