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〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第44回】「保険業に係る非関連者基準適用の可否」~日産自動車事件(最高裁令和6年7月18日判決)~

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第44回】 「保険業に係る非関連者基準適用の可否」 ~日産自動車事件(最高裁令和6年7月18日判決)~   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 本連載【第32回】で取り上げた「日産自動車事件」の最高裁判決が出たとのことですが、その概要を教えてください。 〔A〕 令和6年7月18日の最高裁第1小法廷判決では、再保険契約に係る保険は、関連者が有する資産である債権に係る経済的不利益を担保するものであるということができ、上記保険は、「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険」には当たらないから、非関連者基準を満たさず、租税特別措置法68条の90第1項の適用が除外されることとはならないという判断が示され、控訴審判決は棄却されました。 ●●●〔解説〕●●● 1 日産自動車事件 (1) 事案の概要 連結法人である原告Xは、平成28年4月1日から平成29年3月31日までの連結事業年度及び課税事業年度(本件事業年度)に係る法人税等の確定申告をしたところ、処分行政庁から、Xがその株式の全てを間接保有する外国法人であるA社の個別課税対象金額に相当する金額が、当時の租税特別措置法施行令39条の117第8項5号括弧書き(本件括弧書き)にいう「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」に該当せず、外国子会社合算税制の適用除外要件のうちいわゆる非関連者基準を満たさないことから、Xの本件事業年度の連結所得の金額の計算上、益金の額に算入されるなどとして、上記法人税等の各増額再更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分を受けた。本件は、Xが、国を相手に、上記各処分の取消しを求める事案である。 A社は、英領バミューダ諸島で設立された保険業を主たる事業とする外国法人であり、本件事業年度におけるXに係る特定外国子会社等に当たる。一方、メキシコで金融業を営むXの関連者であるB社(※1)は、Xのグループ企業が製造する自動車を割賦で購入する顧客(本件各顧客)とクレジット契約(本件クレジット契約)を締結し、同契約には、B社を最優先の受益者(※2)とする保険契約を締結しなければならないとされており、B社は、メキシコの保険会社C社(非関連者)との間で「債務者の死亡と失業に関する保険契約(本件元受保険契約)」を締結し、本件各顧客が他の保険に加入しない場合は本件元受保険契約に加入させ、本件各顧客からは本件元受保険契約に係る保険料に相当する金額を徴収し、その保険料をC社に支払っていた。一方、C社は、A社との間で、本件元受保険契約で引き受ける全保険リスクの70%をB社が引き受ける内容の保険(本件再保険契約)を締結していた。 (※1) Xは、B社の発行済株式総数を間接保有していた。 (※2) 未回収のクレジット債権に係る損失を優先的に補填することを意味していると思われる。 2016年3月期のA社の収入保険料の総額は5億2,521万米ドル余であったところ、C社から受領した再保険契約に基づく収入保険料の総額(1,149万米ドル余)を、仮に関連者からのものとした場合には、A社の収入保険料(※3)のうちに占める非関連者からの収入保険料の割合は50%を下回り、非関連者基準を満たさないという状況であった。 (※3) A社のバミューダにおける所得に対する租税の負担割合は0%であった。 (2) 第一審及び控訴審の判決の要旨 ① 第一審 本件第一審である東京地裁(※4)は、主に以下のように判示して、本件再保険契約に係る収入保険料は「関連者以外の者が有する資産又は関連者以外の者が負う損害賠償責任を保険の目的とする保険に係る収入保険料」には該当しないとして、課税庁の処分を適法と判断した。 (※4) 東京地裁令和4年1月20日判決(令和2年(行ウ)第86号)、TAINSコード:Z272-13661 ② 控訴審の判断 上記の地裁判決を受け、これを不服としてXが控訴したところ、主に以下のとおり、東京高裁(※5)は一転、本件各処分は違法であるとしてXの請求を認容した。 (※5) 東京高裁令和4年9月14日判決(令和4年(行コ)第36号)、TAINSコード:Z272-13755   2 最高裁判決 《最高裁一小令和6年7月18日判決(令和4年(行ヒ)第373号)》(※6) (※6)  TAINSコード:Z888-2623 (1) 法令解釈 (2) 当てはめ (3) 結論   3 検討 筆者は、本連載【第32回】の解説において、控訴審が保険料の実質的負担者は本件各顧客であると認定し、本件元受保険契約は、本件各顧客の生命、身体等に対する保険危険を担保する保険であると判断したことにつき、「そもそもB社がC社と本件元受保険契約を締結した目的は、B社の債権回収リスクをカバーするためであって、本件各顧客の生命、身体等に対する保険危険というのは、本件元受保険契約に基づき、その給付が実行されるきっかけに過ぎないというべきである。したがって、控訴審の判旨はやや無理筋かと思われる。」と批判したが、最高裁も同様の判断をしたものと思われる。 控訴審のいう、「本件元受保険契約は、本件各顧客の生命、身体等に対する保険危険を担保する保険である」が事実ならば、保険金の給付は、本件各顧客及びその親族に対しなされることとなるが、本件はそのような契約とはならないのは明白であり、控訴審の事実誤認という他はない。 (了)

#No. 584(掲載号)
#霞 晴久
2024/09/05

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第159回】学校法人東京女子医科大学「第三者委員会調査報告書(公表版)(2024年8月2日付)」(前編)

〔会計不正調査報告書を読む〕 【第159回】 学校法人東京女子医科大学 「第三者委員会調査報告書(公表版)(2024年8月2日付)」 (前編)   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【学校法人東京女子医科大学第三者委員会の概要】   【学校法人東京女子医科大学の概要】 学校法人東京女子医科大学(以下、「女子医大」と略称する)は、1900年、創立者である吉岡彌生によって、東京女醫學校として創立され、1951年に学校法人東京女子医科大学として認可された。教育機関として、大学及び大学院のほか、看護専門学校を持つとともに、東京女子医科大学病院のほか4箇所の医療センター等を傘下に有している。日本で唯一の女子医科大学である。調査報告書公表時点の理事長は岩本絹子氏(以下「岩本理事長」と略称する)。公表されている「令和5年度事業報告書」によれば、教育活動収入82,459百万円に対して教育活動支出は88,571百万円で、収支差額は△6,112百万円。2023年度収支差額についても△9,301百万円と、一般事業会社でいうところの「赤字経営」となっている。2023年5月1日現在の学生数は1,363人に対し、教員数は1,877人、職員数は3,327人(うち医療系職員が2,752人)となっている。 一般社団法人至誠会(以下「至誠会」と略称する)は、女子医大の同窓会組織であり、前身である社団法人至誠会は、東京女醫學校創立者吉岡彌生により寄贈された資産を基に、「社会事業・公衆衛生に関する諸般の施設及び運営をなし、国民福祉の増進を図ること」を目的とし、東京女醫學校、東京女子医学専門学校、女子医大の卒業生を会員とした同窓会組織として、1926年に公益法人として登録され、2011年、一般社団法人に移行したものである。2024年3月末現在、女子医大同窓会として47都道府県に支部を有し、正会員約4,600名、準会員668名を有している。   【第三者委員会による調査報告書の概要】 1 第三者委員会設置の経緯 2024年3月29日、女子医大は、「本学関係者の皆様へ」というお知らせをリリースして、警視庁による捜索が行われたことを公表した。報道によれば、女子医大の同窓会組織である至誠会から、勤務実態が認められない職員に対し給与が支払われていた、又は、職員が別の会社で働き始めた後も二重に給与が支払われていたなどという容疑で、警視庁が、女子医大などの関係各所に一斉捜索(強制捜査)を行ったとのことであった。 また、同月31日には、読売新聞が、女子医大が発注した工事の代金の一部が元請業者を介し、岩本理事長が経営している産婦人科の関係者に不正に流されていると報じた。 文部科学省は、これらの報道を受け、4月2日までに、女子医大に対し、上記の給与の不正支給を含め、報道されている一連の不正行為の有無、内部締制ないしガバナンスの状況について徹底した調査を実施するよう指導した。 こうした動きを受け、女子医大は、同月10日開催の理事会において、大学法人ガバナンス及び不正調査について高い知見を有する女子医大から独立した立場の複数の第三者による第三者委員会を設置することとしたうえで、山上秀明弁護士を委員長として選任し、委員長以外の委員の人選については、同委員長に一任することを決議した。 山上委員長は、同月19日までに、竹内朗弁護士を副委員長とし、三木義一弁護士及び清水真一郎弁護士を委員とする第三者委員会を構成して女子医大に通知し、女子医大は、同日付で「第三者委員会の設置について」をリリースして、第三者委員会の調査に全面的かつ真摯に協力する旨を公表した。 2 第三者委員会による調査対象事案の概要 第三者委員会は、「第4章 岩本氏及び経営統括部による資金の不正支出・利益相反行為の疑義(調査報告書42ページ以下)」の中で、調査の対象である資金の不正支出・利益相反行為を類型化するとともに、問題意識をまとめているので、以下で確認しておきたい。 (1) 資金の不正支出・利益相反行為の類型化 第三者委員会は、岩本理事長及び経営統括部による資金の不正支出・利益相反行為を以下の5つに類型化した。 なお、第三者委員会は、下記の①から⑤の個別問題は、岩本理事長が2015年に女子医大副理事長に就任した時期に設置された経営統括部(岩本理事長は同時に経営統括理事にも就任)を舞台とし、特に岩本理事長に近しい間柄であったE氏とF氏を中心とする同部員の一部が主体的に実行し、岩本理事長自身も一部関与したことが疑われるものであり、女子医大等から至誠会又は外部業者に資金が不正に支出され、その資金の一部が岩本理事長に近しい関係者らに還流し、不正に利益を得ていたという利益相反行為が疑われるものであると説明している。 (2) 資金の不正支出・利益相反行為に対する第三者委員会の問題意識 第三者委員会は、調査対象とした上記(1)の事案について、女子医大等から支出された資金の一部が不適切な方法で岩本理事長に近しい関係者らに還流されていたとすれば、女子医大の資金支出元の担当部署(担当者)が女子医大の行う取引の機会を利用して個人的に利益を得ていたというものであり、女子医大の利益を犠牲にして自身又は関係者の利益を図ろうとする「利益相反行為」と評価できるし、岩本理事長のほか経営統括部員が、利益相反行為を行うという情を秘し、女子医大等の内部手続において、あたかも適正な取引であるように装って取引を実行していたのであれば、利益相反行為に対する女子医大等による内部統制・ガバナンスを無効化させた不正行為と評価しなければならないという問題意識を示した。 そのうえで、第三者委員会は、岩本理事長が経営していた産婦人科で事務員として勤務していたE氏や、岩本理事長が個人的に声を掛けて至誠会から出向させたF氏らは、岩本理事長の意向で経営統括部員として重要な役職に就いた一方、経営統括部が所掌する取引を担当する経営統括理事には岩本理事長自らが就任していたことから、岩本理事長以外の者が同部へ監督の目を十分に効かせることが難しいという仕組みができあがっていたと指摘し、調査の結果、岩本理事長及びE氏、F氏ら経営統括部員が、不適切な方法で、岩本理事長に近しい関係者の利益を図る利益相反行為を行っていたという疑義が認められたうえ、女子医大等から資金を支出する手続は、適切・公正とは言えないものであったとまとめている。 (3) その他の問題 第三者委員会は、「その他の問題」として、各種メディア報道で、東京女子医科大学病院のICUにおいて、法令で定められた条件を満たすべき、医師の勤務体制が整っていなかったにもかかわらず、診療報酬の支給を受けていたのではないかという疑義が呈されたことを受けて、当時の診療報酬請求手続の公正・公平性についても調査を行った(診療報酬不正請求問題)。 また、第三者委員会は、調査を進める過程において、岩本理事長らが、至誠会内で適切な手続を経ずに、至誠会から特別な報酬を得ていたという事象が明らかとなったことから、女子医大における不適切行為ではないものの、この事象が岩本理事長の金銭感覚、利益相反行為に対するガバナンスに関する考え方や姿勢を示す事象の1つであると捉えて、調査報告書にまとめている(岩本理事長らの至誠会からの特別報酬問題)。 3 第三者委員会による調査結果(調査報告書45ページ以下) 第三者委員会は、上記2で取り上げた7項目の問題について、詳細な事実認定に基づき、判断を示している。 (1) 岩本副理事長による不正支出疑義問題 第三者委員会は、調査の結果、岩本理事長が女子医大の副理事長に就任して間もない2015年2月、女子医大は、会社アと業務改善を目的とするコンサルティング業務委託契約を締結し、契約期間を2015年2月1日から2016年3月31日までとし、月額報酬300万円(消費税抜き)及び経費削滅の実績に応じた成功報酬を支払うこととしていたところ、2015年4月、わずか2ヶ月半で会社アからの業務により十分な経費削減効果が得られたとして、会社アとの業務委託契約の解約を稟議により決定し、同契約に基づき、女子医大から会社アに対して、2015年4月6日及び5月29日、それぞれ300万円(消費税込324万円)を支払ったことを認定した。 さらに、第三者委員会は、会社アは、岩本理事長が経営していた産婦人科の当時の副院長であり、現院長であるK氏の弟で建築士のL氏が代表取締役に就任していた会社であるが、2015年当時、会社アには何ら稼働実態がなく、岩本理事長が、L氏に対し、会社アを貸してほしいと依頼し、L氏はこれに同意して、代表印、同社名義の銀行預金通帳等を貸し渡し、会社アを岩本理事長側で使用させており、2015年2月に女子医大と会社アが前記契約を締結した当時、会社アは、岩本理事長及びその関係者が自由に利用することができる会社であったと認定した。 こうした事実認定から、第三者委員会は、岩本理事長及び女子医大側に関係資料の提出を求めても明確な回答を得られていないうえ、当初1年2ヶ月間の継続的取引であったにもかかわらずわずか2ヶ月間で解約となった経緯や理由も不明であるものの、岩本理事長の関与のもと、女子医大から会社アに支払われた業務委託費名目の資金が、E氏をはじめとする岩本理事長に近しい人物の管理下に還流した可能性が高いと認定した。 (2) 出向者人件費等問題 第三者委員会は、本件の問題点として、2013年6月に至誠会の代表理事となった岩本理事長は、2014年12月に女子医大の副理事長に就任し、2015年2月以降、女子医大は、岩本理事長が同月に設置した経営統括部の業務支援のため、①至誠会から出向契約に基づく人材の受入れ、②会社エに対する業務委託、③至誠会への業務委託、④特定の個人への業務委託、⑤至誠会からの出向者であったF氏の雇入れ等の形態で、同業務に従事する人材の確保を行っており、一連の事案によって明らかとなったのは、女子医大の副理事長ないし理事長と至誠会の代表理事の双方を兼務していた岩本理事長らによって、取引の時期と形態によっては、女子医大が支出した資金の一部が取引先を経由して岩本理事長に近しい関係者に人件費として過大に還流した疑義があったことであるとの整理を行った。 第三者委員会は、調査の結果、この問題について、一連の経緯において、岩本理事長が、自らが女子医大と至誠会双方の代表であることを利用して、自らに近しいE氏及びF氏らに過大な報酬を与えた疑義があることを認定し、さらに、岩本理事長は、至誠会及び会社エといった自らの自由になる道具を使って、他の理事にこうした疑義が発覚しづらい状況を作出し、また、決済手続においても実態について十分な説明をせず、あるいは、理事会の決議を経ずに行っていたこともあり、こうした岩本理事長の行為は、理事会によるガバナンス機能が無効化されたことを示すものであると指摘した。 (3) 工事費等還流疑義問題 2024年3月31日、読売新聞(※1)は、次のとおり報じた。 (※1) 読売新聞「東京女子医大理事長の元側近関係3社に1.4億円・・・病棟工事、5業者から」 第三者委員会は、調査の結果、女子医大は、2015年から2023年にかけて、工事の元請業者4社に対して合計140件・総額約33億円の設計・監理・工事等を発注しており、元請4社から、E氏が関与した3社に対して1億数千万円の資金が還流していた疑いが生じているものであると問題点を指摘した。 さらに、第三者委員会は、E氏が、自身の関与する3社を利用して、元請4社のうち少なくとも3社から工事費等の還流を受けていた(その可能性がある)という調査結果から、E氏が元請4社に対し、還流させる資金の原資を確保させるため、女子医大に対して工事費等の水増し請求をさせていたことも疑われるとの問題点も指摘した。 第三者委員会は、調査の結果、E氏が元請4社に水増し請求させたと疑わせるような事情までは認定するに至らなかったが、E氏が、2016年頃から2023年頃にかけて、自身の関与する3社を利用して、元請4社のうち少なくとも3社から工事費等の還流を受け、合計1億数千万円もの多額の金銭を受け取っていた可能性があると認定したうえで、これら一連の行為は、女子医大から支出された資金が経営統括部の幹部であった者に還流する利益相反行為があったことを示すものであると結論づけた。 さらに、こうしたE氏による工事費等の還流について、第三者委員会によるヒアリングに対して、岩本理事長は「知らなかった」と回答しているものの、第三者委員会は、E氏が岩本理事長に重用されていた経営統括部幹部であり、また、還流に利用した3社の代表取締役が岩本理事長の経営する産婦人科の事務員であったことなどから、一連の還流に岩本理事長が全く関与していなかったとは認めがたく、仮に岩本理事長が知らなかったとしても、経営統括理事として重大な管理責任が認められると判断した。 (4) 建築士報酬問題 第三者委員会は、女子医大が、2016年4月に一級建築士の資格を有するH氏を非常勤嘱託職員として雇用し、同年5月から2019年11月までの間、給与を支払う一方で、2018年7月から2022年2月までの間、給与とは別に合計3億円余りの建築アドバイザー業務報酬を同氏に対して支払っていたことについて、過大(二重)報酬の疑義があるとの報道がされていたことから、前記各支払に係る違法・不当の有無について調査を行った。 調査の結果、第三者委員会は、女子医大からH氏に対して支払われた給与及び建築アドバイザー報酬については、いずれも金額が不当に高額であるとまでは認められず、また、H氏に支払われた報酬等の一部が、岩本理事長、E氏らに還流した事実も認められなかったと判断した。 一方、第三者委員会は、建築アドバイザー報酬に関してはいずれも形式的に決裁規程に従って理事会等の承認を経ていただけで、その実質を見ると、金額の根拠や業務内容等の重要事項について経営統括部からの具体的な説明や議論がなされないまま報酬支払が決定されていたものであり、経営統括部のブラックボックス化、ひいてはガバナンスの無効化を示すものであったと指摘するとともに、経営統括部の業務の妥当性を後からモニタリングする基礎となる資料すら存在しなかったことは、女子医大の内部統制の基盤が整っていなかったことを示すものであったと述べている。 (5) 不動産売買仲介手数料額の妥当性及びその還流疑義問題 女子医大は、2019年4月、経営統括部が携わっていた職員寮「博友寮」跡地の売却にあたり、不動産仲介業者である会社セに対して仲介手数料として約1,600万円を支払っているが、第三者委員会は、報道により、この仲介手数料が業務内容等に照らして過大である疑いがあり、また、不動産仲介業者から女子医大関係者へ資金が還流されている疑いがあるとされていたことから、仲介手数料額の妥当性及びその一部が女子医大関係者に還流された可能性について調査を行った。 調査の結果、第三者委員会は、不動産仲介業者について、業務実態がないにもかかわらず、女子医大が報酬を支払ったとは認められないとしたものの、同社が、博友寮跡地売却の成約に向けた、不動産仲介業者としての中核的な業務を行っていなかったと評価できるとして、法令上受け取ることができる仲介手数料報酬上限とほぼ同じ金額が支払われていることが、仲介手数料報酬としてふさわしかったかどうかについては疑問があるという評価を行った。 さらに、不動産仲介業者から、E氏が関与した3社(上記(3)に記載した工事費等還流の受け皿となった会社と同一)のうちいずれかの会社に資金が還流した可能性について、第三者委員会は、E氏が関与した3社の代表取締役であったO氏が「不動産仲介業者から3社のうちいずれかの会社に振込入金があった」と供述していること、不動産仲介業者と女子医大との取引は、E氏の紹介によって開始したこと、不動産仲介業者が預金取引明細等の提出について頑なに拒否し続けたこと等の事実を踏まえて、不動産仲介業者からE氏が関与した3社のいずれかに資金を還流させた可能性があると認定した。 (6) 診療報酬不正請求問題 東京女子医科大学病院は、2023年1月30日、関東信越厚生局から、健康保険法に基づく個別指導及び適時検査を受け、同年3月29日付けでその結果の通知を受けた。同通知には「診療内容及び診療報酬の請求に関して適性を欠く部分が認められました」、「特定集中治療室管理科3 専任の医師が常時、特定集中治療室内に勤務していない期間が認められた」との指摘がされていた。 また、株式会社文藝春秋が運営するウェブサイト「文春オンライン」の2023年3月10日付けの記事(※2)では、特定集中治療室に医師が常駐していない疑いがあると報じられており、第三者委員会は、特定集中治療室内に専任の医師が勤務していない状態が発生していたか否か、また診療報酬の請求手続は妥当であったか等について調査した。 (※2) 文春オンライン「《深層スクープ》東京女子医大に“診療報酬の不正請求”疑惑!「ICU死亡事故で厚労省が“緊急調査”」」 調査の結果、第三者委員会は、集中治療科への医師の常駐の有無については、常駐していたか、非常駐であったかについて認定するに至らなかったとしたうえで、常駐していたことを裏付ける客観的な資料が残されておらず、診療報酬請求をした東京女子医科大学病院の手続の正当性を裏付ける資料が作成、保存されていなかったことを確認したとしている。 (7) 岩本理事長らの至誠会からの特別報酬問題 第三者委員会は、岩本理事長が、2013年6月に至誠会の代表理事就任後から、社員総会で定められた役員報酬月額15万円を職務の対価として受領しているが、それ以外にも、至誠会から顧問料名目で2011年4月から2019年9月までの間、月額で手取り25万円を受領し、また、現金賞与として、2013年から2019年上期までの間、最大で年額300万円の賞与を受給していたことを認定した。 顧問料について、第三者委員会は、至誠会の代表理事である岩本理事長が、至誠会から顧問料を受領する取引を行う場合には、一般社団法人法84条及び92条に基づき、利益相反取引に関する理事会の承認を得る必要があるにもかかわらず、岩本理事長は当該顧問料の受領に係る取引について至誠会の理事会による承認を得ていなかったことを認定した。 また、現金賞与とは、至誠会において、理事会の決議を経ることなく、功績のある職員に賞与の時期に特別に現金で支払われていた賞与(岩本理事長が代表理事を解任された2023年以降は廃止) であるが、第三者委員会の調査の結果、その基準や決定権者を示す規則は至誠会においては見当たらなかったうえ、岩本理事長に対する賞与は、一般の職員(使用人)に対する賞与と異なり、一般社団法人法89条に基づき社員総会で決定する必要があるにもかかわらず、岩本理事長が代表理事となった2013年以降、社員総会で認められた理事の報酬は上記の月額15万円のみであり、それ以上の理事に対する賞与の決議は存在しなかったことが確認されている。 さらに、岩本理事長は、中元及び歳暮として、至誠会から商品券を受領していたが、第三者委員会は、そもそも自らが代表を務める組織から自らに中元、歳暮を贈るということは必要性において疑問があるとしたうえで、仮に中元・歳暮を贈るのであれば、利益相反取引又は理事が職務執行の対価として一般社団法人から受ける財産上の利益に該当し得るので、社員総会決議又は理事会決議を経るべきであったと指摘している。 (8) 総括 第三者委員会は、調査結果のうち、(1)、(2)、(3)及び(7)は、いずれも岩本理事長、E氏及びF氏ら経営統括部の者が自身の意のままに自由に使える存在(至誠会や関与している会社など)や「経営統括理事」「経営統括部次長」という地位を利用して、岩本理事長及びその関係者が女子医大等の資金を還流させていたという事案であるとしたうえで、(5)では不動産仲介業者を利用することによって、実際に女子医大の資金を還流させていたことまでは確認できなかったものの、その可能性は払拭できなかったと総括を行った。そのうえで、岩本理事長が至誠会から顧問料や現金賞与等の名目で利益を享受していたことに鑑みると、岩本理事長の金銭に対する強い執着心の一端をうかがうことができるとして、一連の疑義に関する調査結果を締め括っている。 以下、次回(後編)に続く。 (後編に続く)

#No. 584(掲載号)
#米澤 勝
2024/09/05

決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第6回】「配当金総額の集計方法」

◆◇◆◇◆ 決算短信の訂正事例から学ぶ実務の知識 【第6回】 「配当金総額の集計方法」   公認会計士 石王丸 周夫   今回は、「配当の状況」の誤記載を取り上げます。 「配当の状況」は投資家にとって特に関心の高い項目です。企業としても、できれば誤記載を避けたい箇所でしょう。しかし、ここは、なぜか誤りが発生しやすいのです。 この項目は、決算短信の1ページ目に当たるサマリー情報に記載されます。「決算短信〔日本基準〕(連結)」の場合は、次のような表形式で示されます。 (出所) 日本取引所グループホームページ「決算短信作成要領・四半期決算短信作成要領」「決算短信(サマリー情報)の参考様式/通期第1号参考様式【日本基準】(連結)」 以下では、「配当の状況」のうち配当金総額の欄の金額の誤記載を取り上げます。それはちょっとした勘違いによるミスの可能性もありますが、そもそもどのように集計すべきなのかという、基本的な確認が必要な部分であるともいえます。   訂正事例の概要 以下に示すのは、「配当の状況」のうち配当金総額の金額が間違っていた事例をもとにしたイメージ図です。 訂正前の配当金総額は45,982と記載されていましたが、訂正後は44,945に修正されました。数字の並び順を間違えた等、単純な数字の入力ミスではなさそうですね。では、訂正前の45,982とは、一体何の数値なのでしょうか。 〈訂正事例をもとにした誤記載のイメージ〉 (※) 決算期は架空の年度とし、配当金総額以外の列は記載を省略しています。   配当金総額とはどのような数値か 「配当の状況」の配当金総額にどのような数値を記載すべきなのかを確認しておきます。 株式会社東京証券取引所「決算短信・四半期決算短信作成要領等」(2024年4月)の16頁によると、「配当の状況」の記載について、次のような注意喚起があります。 「配当の状況」は基準日による区分に従うと書いてありますが、少しわかりにくいので解説します。 まず、基準日というのは、株主の権利を確定するために企業が設定する一定の日のことです。配当に関しては、基準日時点の株主が配当の権利を得ることになります。3月決算企業であれば、中間配当の基準日は9月30日、期末配当の基準日は3月31日とすることが通常です。 次に、「基準日による区分に従う」の意味ですが、これは、X2年3月期については、X1年4月1日からX2年3月31日の期間に基準日が属する配当について記載するという意味です。 中間、期末の年2回の配当を実施している企業であれば、X2年3月期の配当金総額の欄には、X1年9月30日を基準日とする中間配当とX2年3月31日を基準日とする期末配当の合計を記載することになります。どちらも基準日がX2年3月期に属しています。   配当原資に着目した集計 ある会計年度の配当金総額は、その会計年度に基準日が属する配当を集計することで算定されるとわかりました。しかし、そのような集計の仕方について、なぜ「ご注意ください」とまで言わなければならないのか、よくわからなかったのではないでしょうか。 その趣旨を明らかにするため、見方を変えてみましょう。配当原資に注目します。 たとえば、X2年3月期の配当金総額といった場合、年2回配当であれば、X1年9月30日を基準日とする中間配当(①とする)とX2年3月31日を基準日とする期末配当(②とする)の合計になりますが、実は、①と②の配当原資は異なっています。 ①の配当原資は、前期末であるX1年3月期末のその他利益剰余金等をベースにしていますが、②の配当原資は、当期末であるX2年3月期末のその他利益剰余金等をベースにしているのです。つまり、配当金総額という数値は、配当原資の異なる配当を合算してできあがっているのです。 では、配当原資が同じものを集計した場合は、どのような額になるでしょうか。 上の例であれば、X2年3月期の前期であるX1年3月31日を基準日とする前期の期末配当(⓪とする)と上記①の中間配当については、いずれもX1年3月期末のその他利益剰余金等をベースにした配当原資です。これらを合計すると、配当原資が同じ配当を集計したことになります。 この⓪+①という集計額は、X2年3月期の期間に配当支払日(効力発生日)が属する配当の合計でもあります。つまり、その年度の配当金支払額です。配当金総額といった場合に、①+②なのか⓪+①なのかは用語そのものからは判断できません。人によっては、配当金支払額の方を思い浮かべてしまう可能性があるので、「ご注意ください」と言っているのでしょう。   開示前のチェックポイント さて、ここで訂正事例に戻ります。 実は訂正前の配当金総額の数値は、⓪+①の額(配当金支払額)でした。そのため訂正が必要になってしまい、①+②の額に修正したのです。 決算短信では連結株主資本等変動計算書(連結財務諸表作成会社の場合)が開示されますが、そこには利益剰余金の減少項目として配当金支払額が表示されます。基本的に、その額は⓪+①の額と同額になるので、「配当の状況」の配当金総額がそれと一致していないことを確かめるというのが、チェックポイントということになります。 (了)

#No. 584(掲載号)
#石王丸 周夫
2024/09/05

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第52回】「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(前編)」~妥当な価額を求める手法~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第52回】 「売り手企業の価額はどうやって決まるか・決めるか(前編)」 ~妥当な価額を求める手法~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの価額を前提に売り手を見る際の手がかりを得る。 売り手企業 ⇒M&Aの価額を前提にM&Aに備えた企業活動をする際のヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの価額の視点を頼りに買い手・売り手に対する助言に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの価額の視点から買い手・売り手の見方を知る。   今回から2回にわたって、中小企業庁が2023年9月に改訂版を公表した「中小M&Aガイドライン(第2版)」(以下、「ガイドライン」といいます)の内容を参考にしながら、中小M&Aの「価額」視点で、相手の見方・見られ方を考えます。   1 中小M&Aの典型的な手法 中小M&Aにおいて、価額の論点は、主に、M&A仲介会社、金融機関、士業などの専門家といった第三者機関が、企業の価値や事業の価値を評価する段階で登場します。 中小M&Aには様々な手法がありますが、最も典型的なのは株式譲渡です。株式譲渡では、通常、創業家が保有する売り手企業の株式を買い手企業が取得して、買い手の子会社にします(〈株式譲渡のイメージ〉参照)。この過程で売買される株式の値段を決めるために、第三者機関は様々な手法を駆使して、売買に妥当な価額を算定します。 〈株式譲渡のイメージ〉 これ以降、特段の断りがない限り、株式譲渡によるM&Aを前提に解説します。   2 妥当な価額を求める手法 では、妥当な価額が「いくら」かは、どうやって決めているのでしょうか。ガイドラインでは、「簿価純資産法」、「時価純資産法」、「マルチプル法(類似会社比較法)」が紹介されていますので、これらの手法を簡単に説明します。 (1) 簿価純資産法 簿価純資産法は、売り手企業のバランスシート(貸借対照表)の純資産の帳簿価額をそのまま譲渡価額にする手法です。中小M&Aでは、第三者機関は、通常、複数期間の決算書を予め入手して、過去の決算の推移や、異常な状況の有無を確認しつつ、主に、最近の決算期の決算書の数字を使って妥当な価額を求めます。 決算書を入手すれば、純資産は容易に把握できます。なので、売り手企業の経営者にしても、おおよそこれくらいの価額になると納得感が得やすい価額といわれています。 〈簿価純資産法のイメージ〉 (出典) 「中小M&Aガイドライン(第2版)参考資料」 上図の場合は、バランスシート上の純資産が400なので、株式価値(≒譲渡価額≒売値)も400となります。非常にシンプルな手法です。 (2) 時価純資産法 時価純資産法は、バランスシート上の純資産も使いますが、帳簿価額の純資産を時価に換算替えした価額になるように計算し直して、時価にもとづく譲渡価額を出す計算手法です。この中には、すでにバランスシートに計上された資産や負債の価額を時価に置き換える工程が含まれます。帳簿価額を時価に置き換える際には、有価証券、保険、不動産など、価額が変動しやすい資産がよく対象とされます。 また、バランスシートに計上していないが(これを「簿外ぼがい」といいます)、反映させるべき内容も、バランスシートに計上したとみなして計算する場合があります。 〈時価純資産を求める過程のイメージ〉 上図のように、帳簿価額の純資産を起点にして、バランスシートの時価のマイナスとプラス分を加味して時価に置き換えてから、簿外の内容を計上して、時価の純資産を求めます。簿外はバランスシートに元々計上されていなかった金額ですが、多くは時価のマイナスを伴いますので、簿外の項目があるほど、帳簿価額よりも時価の方が低くなるケースが実務上は多いです。 ただし、実際には、「時価を求めてから、簿外に進む」というように手順が分かれているわけではなく、時価の計上分の価額も、簿外の価額も同時に求めています。 上図の場合は、帳簿価額の純資産よりも最終的な時価の純資産の方が低くなっています。 〈時価純資産法のイメージ〉 (出典) 「中小M&Aガイドライン(第2版)参考資料」 上図では、元々の簿価純資産は400でしたが、土地には含み損があるのでマイナス、保険には解約返戻金があったのでプラス(時価評価とも捉えられますし、簿外の評価額があったとも捉えられます)、役員退職金を払う可能性がある点で簿外の純資産マイナス要因(詳細は割愛しますが、役員退職金の計上によって利益のマイナス≒純資産のマイナス要因になります)、繰延税金資産(税務上と会計上のバランスシートの違いを調整する、というイメージです)はプラスという内容を計上した結果、時価純資産が314になりました。元々の簿価純資産400から86の純資産が計算上、目減りしています。結果的に、314が、見直し後、修正後の純資産(≒譲渡価額≒売値)となりました。 (3) マルチプル法 マルチプル法は、別名、類似会社比較法ともいわれます。ガイドラインによると、株式価値の算定手法は以下のとおりです。 まず、売り手企業に類似している上場会社、つまり、同業他社や類似企業の企業価値(EV:エンタープライズバリューの略)と、決算書などから求めたEBITDAなどの財務指標を使って、EV/EBITDA倍率といわれる評価倍率(EV÷EBITDA)を求めます。そして、売り手企業のEBITDAに、先に求めたEV/EBITDA倍率をかければ、売り手企業のEVが求められます。最後に、売り手企業の株式価値を求めるために、現預金と有利子負債の調整による純有利子負債を差し引きます。 EBITDAには様々な求め方がありますが、ガイドラインでは、営業利益に減価償却費を加えた額をEBITDAとして紹介しています。 ここで、「EV÷EBITDA」が何を表しているかというと、企業価値(=EV)を何年間のEBITDAで回収できるかの程度、スピード感を表しています。 そして、EBITDAを用いたマルチプル法による株式価値の計算式は次のとおりです。 (出典) 「中小M&Aガイドライン(第2版)参考資料」をもとに筆者加工 〈EV/EBITDA 倍率法のイメージ〉 (出典) 「中小M&Aガイドライン(第2版)参考資料」 上図のように、①まず、売り手企業の類似上場会社を探します。ただし、実務上は、売り手企業にぴったりの類似上場会社を探すのは思うほどには簡単ではありません。②次いで、類似上場会社の企業価値を求めます。株式価値は上場会社の株価からわかりますし、有利子負債と現預金は決算書から数字を拾えますので、算数の問題を解く要領で求めることが可能です。③その次に、EBITDAであれば、たとえば、類似上場会社の「営業利益+減価償却費」でEBITDAを求めたら、④「EV÷EBITDA」でEV/EBITDA倍率を求めることができます。 これら①から④が類似上場会社側の計算です。 続いて、売り手企業の株式価値を求めますが、これは、先に示した計算式のとおりですので、「株式価値 = 売り手企業のEBITDA × EV/EBITDA倍率 - 純有利子負債(有利子負債 - 現預金)」で求めれば、売り手企業の株式価値(≒譲渡価額≒売値)がわかるわけです。「-純有利子負債」は、結局のところ、「+現預金-有利子負債」という意味になります。 (了)

#No. 584(掲載号)
#荻窪 輝明
2024/09/05

電子書類の法律実務Q&A 【第22回】「従業員の承諾なしに給与明細を電子化できるのか」

電子書類の法律実務Q&A 【第22回】 「従業員の承諾なしに給与明細を電子化できるのか」   弁護士法人 咲くやこの花法律事務所 弁護士 池内 康裕   〔Q〕 業務効率化のため、これまで紙で手渡ししていた給与明細を電子化しようと思います。その際に、従業員の承諾は必要でしょうか。 〔A〕 所得税法により、給与明細を電子化する場合、従業員の承諾が必要とされています。 ただし、令和5年度税制改正により、従業員に対して「支払者が定める期限までに承諾に係る回答がないときは承諾があったものとみなす」旨の通知をし、期限までに従業員から回答がない場合、従業員の承諾があったとみなされることになりました。給与明細については、電子化を進める環境が整ったといえるでしょう。 ● ● ● ● 解 説 ● ● ● ● 1 そもそも法律上、給与明細の交付義務があるのか 給与明細については、所得税法により、交付義務がある(所得税法231条1項、所得税法施行規則100条1項)。 所得税法により、給与明細に記載しなければならないのは、以下の3つの事項だ。 所得税法242条7号により、給与明細を交付しなかった場合や虚偽の記載をした給与明細を交付した場合は、罰則もある(1年以下の懲役又は50万円以下の罰金)。ただし、給与明細を交付しなかったことを理由とする賠償請求については、否定した裁判例がある(大阪地判令和3年6月28日)。   2 給与明細は電子化できるか 給与明細については、所得税法により、原則書面で交付しなければならないとされており、電子化する場合、従業員の承諾が必要だ(所得税法231条2項)。所得税法との関係で、承諾が必要とされているので、給与明細の電子化を就業規則に定めても、承諾なしに電子化することはできない。ただし、1度承諾を得た場合、その都度承諾を得る必要はない。 承諾以外にも条件がある。電子化する場合、以下の4つの条件を全て充たす必要がある。条件②との関係で「書面への出力」が条件とされているので、PDFファイルにするのがよい。   3 令和5年度税制改正によりみなし承諾も可能に 令和5年度税制改正により、「給与所得の源泉徴収票」及び「給与等の支払明細書」については、支払者が受給者から電子交付の承諾を得ようとする際に、「支払者が定める期限までに承諾に係る回答がないときは承諾があったものとみなす」旨の通知をあらかじめ従業員に行い、上記期限までに受給者からの回答がなかった場合には、電子交付の承諾があったものとみなされることになった(所得税法施行規則95条の2第2項)。 つまり、従業員から個別に承諾書を取得しなくてもよくなったということだ。 回答期限を切って、承諾に係る回答がないときは承諾があったものとみなす旨を電子メールで通知して、承諾を求めるのがよい。   (了)

#No. 584(掲載号)
#池内 康裕
2024/09/05

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第84話】「隠蔽・仮装と更正の請求書の提出」

〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第84話】 「隠蔽・仮装と更正の請求書の提出」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「・・・分からないなあ・・・」 浅田調査官は、呟きながら、令和6年度の税制改正の本を読んでいる。 机上には、財務省の「令和6年度税制改正の解説」がある。 「・・・隠蔽・仮装の更正の請求書を提出したら・・・重加算税が課されるというけれど・・・具体的にどのようにするのだろう・・・」 解説書では、「申告後に仮装・隠蔽が行われた事例」として、次のケースが紹介されている。 浅田調査官は、解説書に描かれている図を参考に、自分で具体的な数字を入れて、もう1度、整理してみる。 「何を熱心に描いているの?」 中尾統括官が、浅田調査官の描いている図を覗く。 浅田調査官は、上記の図を描きながら、「更正の請求書に係る隠蔽・仮装行為に対する加算税の図なのですが・・・」と言う。 浅田調査官は、顔を上げる。 「・・・当初、調査対象法人が税金100で申告していたところ、その後、税金50が正しいので、更正の請求で50の還付を申請したとします・・・そして、税務署は、書面調査で50の減額更正を職権で行いましたが、その後の税務調査で隠蔽・仮装が発見されたという事例です・・・このケースでは、改正前であれば過少申告加算税が課され、改正後であれば重加算税が課されるという説明がなされています・・・」 浅田調査官が、図の説明をする。 中尾統括官は、頷きながら、浅田調査官の説明を聞いている。 「この事例では、一旦、税務署が減額更正を行い、納税者に還付しています・・・そして、その後の税務調査において、隠蔽・仮装が発見され、加算税が賦課決定されるという流れです・・・」 浅田調査官の言葉は続く。 「もし、この事例の③の書面調査において、隠蔽・仮装が仮に発見されたら、当然、更正の請求は認められず、納税者には、『更正をすべき理由がない旨』を通知し、そうすると、重加算税は課されないのではないでしょうか?」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「もちろん、このケースでは、過少申告加算税も課されないから・・・」 中尾統括官は、付け足す。 「しかし、この解説では、隠蔽・仮装に基づく更正の請求書を提出したら、重加算税が課されるような書き方をしています・・・もっとも、『対象』という表現になっていますが・・・納税者に対して誤解を招くような書き方だ」 浅田調査官は、下記の図を見ながら、不満そうに言う。 中尾統括官は、解説書(833頁)を見ながら、改正の背景を読み上げる。 「・・・改正の趣旨は、理解できるのですが・・・更正の請求そのものの意味なんですが・・・これは、確定申告や修正申告と異なって、税額自体、自動的に確定するものではない・・・有利な税額変更のお願いに過ぎない・・・そして、最終的には、税務署長が減額更正処分を行うことによって、税額が減額される・・・そうすると、法的効果のない更正の請求書を提出することに対して、重加算税を課すことはおかしいと思うのです・・・」 中尾統括官は、再び、解説書(834頁)を読む。 「・・・しかし、更正の請求は、納税者の税務署に対する減額のお願いであって、国と納税者の間の租税債権に、何の変動も生じない・・・更正の請求に基づいて、税務署が減額更正をすることによって、はじめて、租税債権が変更される・・・それは、あくまでも税務署の権限で行われるもので、更正の請求の背景に隠蔽・仮装があるから『重加算税を課すことは理論的に問題はない』というのはおかしいと思います・・・」 「それに、改正国税通則法68条で『隠蔽し、又は仮装したところに基づき更正請求書を提出していたとき』の文言が追加されたが、重加算税が課される具体的なケースがもう1つハッキリしない」 浅田調査官は、不満そうに言う。 (つづく)

#No. 584(掲載号)
#八ッ尾 順一
2024/09/05

《速報解説》 R6改正に係る改正産強法、令和6年9月2日付けで施行~戦略分野国内生産促進税制や中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充措置が適用開始~

 《速報解説》 R6改正に係る改正産強法、令和6年9月2日付けで施行 ~戦略分野国内生産促進税制や中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充措置が適用開始~   Profession Journal 編集部   令和6年度税制改正のうち、主に法人税関係の特例措置に関係する「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律(令和6年法律第45号)」(以下「改正産強法」という)が本日付けで施行された。 改正産強法の公布自体は6月7日付けの官報号外第138号にてされていたが、税制に係る特例措置(改正産強法附則第1条本文に定める施行期日)については、公布日から起算して3月を超えない範囲内において政令で定める日とされていたところ、8月27日に施行日を「令和6年9月2日」とする政令(新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和6年政令第267号))が閣議決定され、同月30日付けの官報号外第202号において公布されていた。 なお官報同号では、「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備に関する政令」のほか、同日付けの官報第1296号では、改正産強法等に関連する省令として「租税特別措置法施行規則等の一部を改正する省令(財務省令第52号)」も公布されている。 また今回の施行に伴い、令和6年度税制改正で創設された「戦略分野国内生産促進税制」の適用が開始される。同税制は、民間として事業採算性に乗りにくいものの、国として特段に戦略的な長期投資が不可欠となるGX・DX・経済安全保障の戦略分野における国内投資を促進するため、生産・販売量に応じて減税を行う制度(措法42の12の7⑦~⑫)。適用対象となる法人は、青色申告書を提出する法人で改正産強法の施行日から令和9年3月31日までの間にされた産競法の事業適応計画の認定に係る産競法の認定事業適応事業者とされている(措法42の12の7⑦⑩)。 そのほか関係する税制として、令和3年度税制改正で創設された中小企業事業再編投資損失準備金制度(措法56)がある。同税制は、一定の認定等を受けた中小企業者が株式譲渡によってM&Aを実施する場合に、株式等の取得価額として計上する金額の一定割合の金額を準備金として積み立てたときは、その事業年度に損金算入できる制度。令和6年度税制改正では、新たに中堅・中小企業が複数回のM&Aを実施する場合の拡充措置(措法56①の表の第2号)が創設され(詳細は下記参照)、今回の施行に伴い適用が開始されている。 *  *  * (了)

#Profession Journal 編集部
2024/09/02

《速報解説》 国税庁、令和7年4月施行に向け「プラットフォーム課税」の特設ページを開設~国外事業者及びプラットフォーム事業者向けのQ&A等を掲載~

 《速報解説》 国税庁、令和7年4月施行に向け 「プラットフォーム課税」の特設ページを開設 ~国外事業者及びプラットフォーム事業者向けのQ&A等を掲載~   Profession Journal 編集部   令和6年度税制改正では、国外事業者がプラットフォームを介して行う消費者向け電気通信利用役務の提供のうち、一定の規模を有するプラットフォーム事業者を介して対価を収受するものについては、そのプラットフォーム事業者が行ったものとみなして、国外事業者に代わり納税義務が課される制度(プラットフォーム課税)が導入された(令和7年4月1日以後に行われる電気通信利用役務の提供について適用)。 このほど国税庁ホームページ内に消費税のプラットフォーム課税に係る特設ページが設けられ、令和6年度税制改正で手当てされたプラットフォーム課税の導入等に対応した「消費税のプラットフォーム課税に関するQ&A」(「国外事業者用」及び「プラットフォーム事業者用」)等が掲載されている。 特設ページでは「消費税のプラットフォーム課税に関するQ&A」のほかプラットフォーム課税に係るリーフレットや、国外事業者等に向けた英語等による情報も掲載されている。今後、プラットフォーム課税に係る情報については本ページに集約されることが想定されるため、情報更新に注視しておきたい。 また、プラットフォーム課税の導入及び昨年10月から開始されたインボイス制度の開始を受け、上記「消費税のプラットフォーム課税に関するQ&A」の公表と同じくして、「国境を越えた役務の提供に係る消費税の課税に関するQ&A」の他、リーフレットの改訂が行われている。 なお、既報のとおりプラットフォーム課税導入の取扱いや届出書の様式等を示した消費税法基本通達等の改正については、今年4月に公表されている。 (了)

#Profession Journal 編集部
2024/08/29

プロフェッションジャーナル No.583が公開されました!~今週のお薦め記事~

2024年8月29日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.583を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2024/08/29

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第41回】「源泉徴収の法律関係に関する判例法理」-最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁による「源泉徴収法」の創造-

谷口教授と学ぶ 税法基本判例 【第41回】 「源泉徴収の法律関係に関する判例法理」 -最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁による「源泉徴収法」の創造-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   Ⅰ はじめに 所得税の源泉徴収は所得税法と国税通則法で規定されている。すなわち、所得税法は第4編(源泉徴収)において、居住者に対する利子所得に係る利子等及び配当所得に係る配当等(第1章)、給与所得に係る給与等(第2章)、退職所得に係る退職手当等(第3章)、公的年金等(第3章の2)及び報酬、料金等(第4章)の支払、並びに非居住者又は外国法人に対する一定の国内源泉所得及び内国法人に対する一定の所得の支払(第5章)について源泉徴収義務を中心に規定を設けるほか、所得税の納期の特例(第6章)並びに所得税の納付及び徴収(第7章)を定め、また、国税通則法は源泉徴収義務を「納税義務」としてその成立及び確定に関する規定の中に取り込み(15条1項・2項2号・3項2号)、その上で所得税の源泉徴収を、納税の告知(36条1項2号)を起点として国税の徴収(第3章第2節)等の手続に組み込んでいる。 このように所得税の源泉徴収については所得税法及び国税通則法で規定が整備されているが、ただ、それらの規定は源泉徴収制度を自己完結的な制度(いわば「閉じた制度」)として定めるものではない。わが国の所得税は総合課税を原則とし、その納税義務の確定及び履行について納税者の自主性・自発性に依拠・依存する申告納税制度を基本としているため、これのみでは税務行政の負担軽減及び租税の効率的な賦課徴収という同制度の趣旨の実現は期待できないことから、源泉徴収制度は、申告納税制度の上記の趣旨を実現しこれを補完する制度(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【121】【151】参照)という意味で、原則として(租税特別措置法が定める源泉分離課税を除き)、申告納税制度に対していわば「開かれた制度」となっている。つまり、源泉徴収をめぐる紛争の解決は申告納税制度の枠内で図られることを建前とする制度となっているのである(ただし、その建前を貫徹するための規定が税法上整備されているわけでない)。 その結果、源泉徴収制度は、その側面において、源泉徴収の当事者(国・支払者・受給者)の間で意見の対立ないし紛争が生じた場合これを自己完結的に解決するための規定を備えていない制度となっており、その意味で「法の欠缺」を内包した制度となっているのである。そのような「法の欠缺」を「判例による法の創造」(中野次雄編『判例とその読み方〔三訂版〕』(有斐閣・2009年)219頁)によって補充したのが、最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁(以下「本判決」という)である。 本判決は、「裁判例・学説とも比較的乏しく、判例としてなお未開拓の分野に属する・・・・・・源泉徴収に関する法律関係についての、やや異例ともいうべき長文の見解」(可部恒雄「判解」最判解民事篇(昭和45年度(下))1093頁、1097頁。下線筆者)をもって、源泉徴収の当事者間での意見対立・紛争の解決のための規定を備えたいわば「源泉徴収法」ともいうべき法を創造したといえる。つまり、法の支配の要請において裁判所による紛争解決ルールの確立は法が備えるべき不可欠の要素の1つであると考えられるが(長谷部恭男『憲法〔第7版〕』(新世社・2018年)19頁参照)、本判決はその要素を源泉徴収制度に組み込み「源泉徴収法」を創造したといえるのである。 今回は、本判決が創造した「源泉徴収法」の内容を整理し検討することにするが(Ⅲ)、その前に、「源泉徴収法」の創造に関する判断の過程に即して、本判決の内容を整理しておくことにする(Ⅱ)。本判決は、前述のとおり、「源泉徴収に関する法律関係についての、やや異例ともいうべき長文の見解」を示したものであるが、「源泉徴収法」の創造に関する判断の過程及び内容を明らかにするために、やや長くなるとはいえ、本判決の判示をできるだけそのまま引用しておくことにしよう。   Ⅱ 本判決の内容 1 支払者・受給者間の紛争 本判決の事案(金員支払請求事件)は次のとおりである。すなわち、法人X(原告・被控訴人・被上告人)の役員Y1及びY2(被告・控訴人・上告人)がXから簿外定期預金の払出しを受け(Y1)、また、X所有不動産の譲渡を受けた(Y2)ことにつき、所轄税務署長NがY1及びY2の退任後、Xの過年度分の所得調査に当たり、昭和39年3月10日、払い出された本件簿外定期預金相当額をY1の所得として、本件不動産の譲渡を低廉譲渡とみてこれによる売却損に相当する経済的利益をY2の所得としてそれぞれY1及びY2に対する役員賞与を認定した上で、当該認定賞与に係る所得税の源泉徴収・納付がされていなかったとして、源泉徴収義務者たるXに対し、旧所得税法(昭和22年法律第27号)43条1項(現行所得税法221条1項)に基づき源泉徴収による所得税の本税並びに不納付加算税及び旧利子税の支払を請求し、その旨の納税の告知をしたところ、Xは上記各税の全額を期限内に納付した上で、Nによる役員賞与の認定に対して不服申立てをしたものの不首尾に終わったので、それまで以上の事実をY1及びY2に知らせることがなかったものの、昭和40年3月8日頃、内容証明郵便をもって上記不服申立ての結果を通知するとともに、旧所得税法43条2項(現行所得税法222条)に基づき上記納付税額の支払をY1及びY2に請求し、その後その請求に係る本訴を提起した。 本訴におけるY1及びY2の抗弁について、本判決は次のとおり要約している。 上記の抗弁のうち抗弁(一)は、本件簿外定期預金の払出し及び本件所有不動産の譲渡に係るY1及びY2の納税義務の不存在を前提としたものであるが、その納税義務の不存在は、本件簿外定期預金の払出し及び本件所有不動産の譲渡に係るY1に対する所轄税務署長Hの一時所得認定処分が、Y1による異議申立てを受けて昭和39年4月1日、Hにより全部取り消されたことによって、確定されていたことを理由とするものである(上告理由民集24巻13号2257頁、原々審・名古屋地判昭和41年12月22日民集24巻13号2260頁におけるY1及びY2の主張参照)。また、抗弁(二)(三)は、本件納税の告知を受け期限内に全額を納付したXによるY1及びY2に対する求償権行使の適否とY1及びY2による支払拒絶の適否をめぐるものである。 前記の抗弁(一)(二)(三)はいずれも上記名古屋地判及び原審・名古屋高判昭和42年12月18日民集24巻13号2269頁によって排斥されたが、本判決は「論旨は、前記抗弁(二)(三)を排斥した原判決の判断を非難するものである」として、前記抗弁(二)(三)の当否について次の2でみる順に判断した。 2 源泉徴収の法律関係とこれをめぐる意見対立・紛争の解決 本判決は、「本件においては、論旨の検討に先だつて、源泉徴収の法律関係を考察する必要がある。」と述べ、まず、所得税法に基づく源泉徴収義務を前提として、その成立及び確定に関する国税通則法の規定内容について次のとおり判示し(下線筆者。以下「判旨A」という)、源泉徴収の基本的法律関係に関する理解を明らかにした。 本判決は上記の理解を前提にして、「この場合、納税義務の存否またはその範囲いかんにつき、支払者と税務署長との間に意見の対立があるときは、支払者はいかなる手続によりこれを争うべきかの問題を生ずる。」(下線筆者)と述べ、この問題に関する判断の決め手として「納税の告知」の法律的な性質について次のとおり判示した(下線筆者。以下「判旨B」という)。 本判決は、判旨Bを受けて、支払者の納税義務(源泉徴収義務)と受給者の源泉納税義務との関係を、「5、以上のとおり、源泉徴収による所得税についての納税の告知は、課税処分ではなく徴収処分であつて、支払者の納税義務の存否・範囲は右処分の前提問題たるにすぎないから、支払者においてこれに対する不服申立てをせず、または不服申立てをしてそれが排斥されたとしても、受給者の源泉納税義務の存否・範囲にはいかなる影響も及ぼしうるものではない。」(下線筆者)と整理した上で、これに「したがつて」で接続して、受給者と支払者との対立調整について争訟方法を含め次のとおり判示した(以下「判旨C」という)。 以上の判示に基づき、本判決は、次のとおり判示して抗弁(二)(三)を「失当」と判断した(下線筆者。以下「判旨D」という)。 なお、本判決は判旨Dの判示に先立ち、判旨Bに照らして次のとおり本件における納税の告知の法律的性質に関する原判決の「誤解」を指摘している。   Ⅲ 「源泉徴収法」の内容 1 法律関係二分法 源泉徴収の法律関係を理解するには、まず、源泉徴収制度が補完する申告納税制度に立ち返って、受給者(ここでは居住者を想定して検討を進める)の納税義務の意味を明らかにする必要がある。受給者は、給与所得(所税28条1項)に係る課税要件の充足をもって給与所得に係る所得税の納税義務を負うとともに、給与所得に該当する給与等の支払を受ける場合(同183条1項)に源泉徴収との関係で当該給与等に係る所得税の納税義務を負う。後者の納税義務を本判決は「源泉納税義務」と呼び、前者の納税義務(以下では最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁の用語法に従い「申告所得税の納税義務」という)と区別して、源泉徴収制度において給与等の支払者が負担する「徴収義務」と「表裏をなす関係」にある納税義務と観念している(判旨B参照)。この両者(源泉納税義務と申告所得税の納税義務)の区別については、「ここ[=本判決]にいわゆる『源泉納税義務』とは、もとより、都度計算主義による当該源泉徴収かぎりでの、租税負担義務にほかならず、期間計算主義による所得税一般の『納税義務』[=申告所得税の納税義務]を意味するものでないことは、改めていうまでもないところである。」(可部・前掲「判解」1101頁。下線筆者)という説明もみられる。 このように、受給者の納税義務について、所得税法においては2種類のものが定められていることになるが、明文の規定で定められているのは申告所得税の納税義務だけであり、源泉納税義務は、支払者の徴収義務(源泉徴収義務)と「表裏をなす関係」において源泉徴収制度の枠内でのみ通用する「不文の納税義務」ともいうべきものである。なお、受給者の源泉納税義務は従来「単に源泉徴収されることを受忍する受忍義務」と観念されていたところ、「源泉徴収義務者である支払者において徴収義務を負担するのは、受給者においてまず源泉納税義務を負うことが前提となっており、両者は表裏の関係にあることを明らかにし」、「源泉徴収制度の法構造を明確ならしめた」という点は、本判決の「重要な意義」の1つである(以上の引用は村上義弘「判批」別冊ジュリスト120号(租税判例百選〔第3版〕・1992年)170頁、171頁。可部・前掲「判解」1114頁(注8)も参照)。 本判決は、源泉徴収制度の枠内で、以上で述べたようなその「表」にある支払者の源泉徴収義務とその「裏」にある受給者の源泉納税義務を前提にして、国税通則法に則して、その「表」の義務(支払者の源泉徴収義務)の方を、国(課税権者)に対する義務という意味で「納税義務」と称した上で、その成立及び確定をいわゆる自動確定方式(前掲拙著【119】参照)により観念することとし(15条)その履行の実現を税務署長による納税の告知(36条)という「徴収処分」によって図ることとする公法上の義務として、構成したものと解される(判旨A・B参照)。 他方、本判決は、納税の告知が徴収処分であり、支払者の納税義務の存否・範囲はこれにより公定力をもって確定されるものではなく徴収処分の前提問題にすぎないと判示するが(判旨B・C参照)、そうである以上、「支払者の『徴収すべき税額』と受給者の『徴収されるべき税額』との一致は、法が自明の前提として予定するところ」(可部・前掲「判解」1102頁)という場合の「自明の前提」は、支払者の源泉徴収義務と受給者の源泉納税義務との「表裏をなす関係」が私法上の求償関係を成立させるための「自明の前提」であることを意味するものと解される。なお、支払者による求償権の行使について所得税法が規定(222条)を置いているのは、賃金全額払の原則(労基24条1項本文)との関係で求償権行使に強制力を付与するためであって、私法上の求償関係の性格を変更するものではない(前掲拙著【152】参照)。 本判決は、以上のような法律関係二分法(公法上の法律関係と私法上の法律関係)によって「源泉徴収に関する法律関係の基本構造」(可部・前掲「判解」1098頁)を明らかにしたものと解される(前掲拙著【152】、金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1022頁等参照)。 2 源泉徴収に関する紛争解決方法 本判決は、源泉徴収に関する紛争解決方法を、前記の法律関係二分法に基づく①支払者と国との法律関係と②支払者と受給者との法律関係との区分に応じて、提示している。 まず、①支払者と国との法律関係においては、源泉徴収義務を全部又は一部しか履行しなかったとして支払者に対して納税の告知がされる場合が問題となるが、その場合、支払者は納税の告知に対して不服申立て及び抗告訴訟を提起することができるものとされている(判旨B)。 納税の告知は「課税処分」ではなく「徴収処分」であるが、「前記により[いわば自動(働)的に]確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるものであるから、支払者がこれと意見を異にするときは、当該税額による所得税の徴収を防止するため」、不服申立て及び抗告訴訟の対象とされたのである。その意味で、納税の告知は形式的行政処分に属する行為であると考えてよかろう(芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)52頁参照)。 次に、②支払者と受給者との法律関係において、㋐未徴収又は過少徴収の場合は、支払者からの求償を受給者が拒絶することができるかが問題になるが、この問題については、それが私法上の求償関係の問題であることを前提にして、受給者は源泉納税義務の存否又は範囲を争って、支払者の請求を全部又は一部拒絶することができるものとされ、他方、㋑過大徴収の場合は、受給者は過大徴収税額相当額の控除後の残額の支払につき債務の一部不履行として当該控除額に相当する債務の履行を請求することができるかが問題になるが、この問題についても、同様に私法上の求償関係において、その請求をすることができるものとされている(判旨C前段落)。 以上に関連して、前記の①及び②のいずれにおいても当事者となる支払者がいずれの訴訟においても敗訴した場合を想定して、本判決は、「支払者は、かかる不利益を避けるため、右の抗告訴訟にあわせて、またはこれと別個に、納税の告知を受けた納税義務の全部または一部の不存在の確認の訴えを提起し、受給者に訴訟告知をして、自己の納税義務(受給者の源泉納税義務)の存否・範囲の確認について、受給者とその責任を分かつことができる。」(判旨C後段落)と判示している。受給者に対する訴訟告知に関するこの判示は、支払者の源泉徴収義務と受給者の源泉納税義務とが「表裏をなす関係」にあることを前提にして、前者に係る不存在確認の訴えにおいて「紛争の一回的解決」を図ることを考慮した判示であると解される。   Ⅳ おわりに 今回は、本判決による「源泉徴収法」の創造について、その判断の過程及び内容を整理し検討した。 「源泉徴収法」の創造に関する本判決の立場は、「(a)制度に従った処理を原則として認めつつ、しかし(b)その制度が権利救済に欠けるものであれば、制度に従った処理からの逸脱を辞さないという最高裁の立場」(高橋祐介「源泉徴収過程における過誤の是正に関する一考察」税法学571号(2014年)183頁、190頁)の現れといえるかもしれないが、少なくとも司法的救済保障原則(前掲拙著【27】参照)の観点からは肯定的に評価すべきであろう。ただ、それは「まがりなりにも、権利救済の途が存すること」(村上・前掲「判批」171頁)を示したにすぎないとの評価を受けても致し方ない面があることも認めざるを得ない。 本判決の問題点は、このように、源泉徴収をめぐる紛争の解決方法にもあるが(この点については差し当たり原田大樹「判批」別冊ジュリスト253号(租税判例百選〔第7版〕・2021年)220頁、221頁等参照)、そもそも、本判決が源泉徴収制度を申告納税制度と切り離して自己完結的な制度(いわば「閉じた制度」)として措定し「源泉徴収法」を創造したことそれ自体にあるように思われる。この問題点は、本判決に関する次の解説(可部・前掲「判解」1098-1099頁。下線筆者)からも窺われる。 上記の「その一」の場合には、本判決の創造した「源泉徴収法」によれば、当該支払者が過大徴収していた場合における受給者の権利救済もされないことになる。また、上記の「その二」の場合に関する「源泉徴収法」は、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁で明示的に確認された。 更に根本的には、源泉徴収制度それ自体が紛争を惹起しやすい構造をもつ制度であることも、本判決の問題点を検討する上では忘れてはならない。本判決の事案で問題になった認定賞与とりわけ低廉譲渡に係る認定賞与について次のように述べられているところである(可部・前掲「判解」1112頁(注5)。下線筆者)。 以上のように考えてくると、本判決が判例法理として創造した「源泉徴収法」は、申告納税制度との関係も含め所得税法及び国税通則法の全体構造の中で整合的な紛争解決・権利救済ルールとして、立法によって明文の規定をもって整序・修正すべきであろう。その際、源泉徴収義務者の納税義務について、いわば「納税義務の成立を二重写しにするだけ」(忠佐市『租税法の基本原理 租税法律主義論・租税法律関係論』(大蔵財務協会・1979年)209-210頁)の自動確定の観念を用いることが妥当か否か、どの範囲で用いるのが妥当かという問題も併せて検討すべきであろう。本判決が「源泉徴収法」を創造するに当たって納税義務の自動確定を所与の前提としていることも問題であると考えるところである。 (了)

#No. 583(掲載号)
#谷口 勢津夫
2024/08/29
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