ハラスメント発覚から紛争解決までの 企 業 対 応 【第29回】 「ハラスメントを認定できない場合の「被害者」の救済方法」 弁護士 柳田 忍 【Question】 ある部署(XX部)の社員Aから、上司Bからパワハラを受けており、会社が上司をXX部から追い出してくれなければ退職したいとの申し出を受けました。当社は人手不足ですし、社員Aは優秀な社員でXX部に欠かせない人材なので、退職されると困るのですが、社員Aがパワハラであると主張する上司Bの言動は、パワハラと言えるかどうか微妙なものであり、上司Bの言動について、注意や指導、懲戒処分等がなされたことはありません。 また、社員Aは、社員Aが上司Bのパワハラを会社に相談したことが上司Bに知られると上司Bから報復される、と怯えています。どのように対応すべきでしょうか。 【Answer】 上司Bを「追い出す」方法としては解雇や配転が考えられますが、現時点では上司Bの解雇の有効性が認められる可能性は低いため、配転によるべきであると考えます。今後の上司Bの言動について、会社が責任を負わないためには、上司Bの言動について指導等を行うべきであると考えますが、これを配転後に実施することにより、社員Aを報復から守ることができるのではないかと思われます。 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 パワハラに該当するか否かが微妙な言動の問題点 パワハラとは、職場において行われる優越的な関係を背景として、業務上必要かつ相当な範囲を超えてなされる、労働者の就業環境を害する言動をいう(労働施策総合推進法第30条の2第1項)。パワハラ指針(※)において、これに該当する典型的な言動として6つの類型が挙げられており、それぞれの具体例もいくつか挙げられている。しかし、パワハラに該当する言動はこれらの6類型に該当するものに限られず、また、これらの類型に該当するか否かが明確でない言動も多い。 (※) 「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号) このような、パワハラか否かを認定することが困難な言動については、当該言動を根拠に懲戒処分等を実施して、その有効性が訴訟等で争われた場合に、当該言動がパワハラと認定されずに懲戒処分等が無効となる可能性があるという問題があり、かかる問題点を念頭に置いたうえで解決策を考える必要がある。 2 解雇の可能性 上司BをXX部から「追い出す」方法としては、まず解雇が考えられる。解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であって初めて有効になるが(労働契約法16条)、パワハラを含む従業員の言動を理由とする解雇については、①当該従業員の言動の内容や頻度等に加えて、②当該従業員に対して注意、指導、懲戒処分等を科すなどして改善の機会を与えたかといった観点から解雇の有効性が判断されることになる。 本件のように、パワハラに該当するかどうか微妙な言動については、解雇が有効となるほどに①言動の内容や頻度が悪質であるとまでは言えないと判断される可能性があり、また、解雇の有効性が訴訟等で争われた場合に解雇が無効となり行為者が復職する恐れがあるため被害者が証言をしてくれない可能性があるという立証上の問題もある。更に、当該言動がパワハラに該当するか否かが明確でないことから、本件のように行為者に対して指導等がなされていないことも多く、②改善の機会を与えたと言えないと評価されることもありうる。 ②改善の機会の有無については、言動があまりに悪質であるような場合等、改善の機会を与えるまでもなく解雇が有効となる場合もありうる。しかし、本件においては、上司Bにおいても自分の言動が社員Aに不愉快な思いをさせていることに気づいていない可能性が高く、適切な指導等により上司Bの言動が改善する可能性を否定できないため、②改善の機会を与える必要がないとは言えないと思われ、よって、現状、解雇により上司Bを「追い出す」ことは難しいのではないかと思われる。 3 配転の可能性 上司BをXX部から「追い出す」もう1つの方法としては、配転(同一企業内で職務や勤務場所を変更すること)が考えられる。配転には懲戒処分として行われるものと人事上の措置として行われるものとがありうるが、懲戒処分は就業規則等に根拠がなければ実施することができず、懲戒処分として配転を定めている会社は多くはないと思われるため、ここでは人事上の措置としての配転の可能性について論じることにする。 人事上の措置としての配転については会社の広い裁量が認められるものであり、権利濫用にあたらない限りは有効となる。配転命令が権利濫用に該当するかは、①配転に業務上の必要性があるか、②不当な動機・目的をもってなされたものか、③本人に通常甘受すべき程度を越えて不利益を負わせるものであるか、④その他特段の事情(配転の手続等)等により判断される。 まず①の業務上の必要性については、東亜ペイント事件判決(最判昭和61年7月14日)において、「転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示されている。 よって、本判決に照らすと、パワハラの加害者を異動することについては、職場の秩序維持等の観点から業務上の必要性が認められうることになるが、本件においては、上司Bに対する指導等は行われたことがなく、指導等を行うことにより上司Bの言動が改善する余地があることから、上司Bを配転する業務上の必要性が認められない可能性は否定できない。 もっとも、①の業務上の必要性自体が否定された裁判例は少なく、また、本件のように、②不当な動機・目的の存在を推測させるような特段の事情がないケースにおいては、配転が③本人に通常甘受すべき程度を越えて不利益を負わせるか否かが重要なポイントとなると考えられる。よって、ポジションや給与等の待遇面で不利益がないような場合には、配転が有効となる可能性は高まると思われる。 なお、上司Bが配転先においても同様の言動に及ぶ恐れがあるが、その結果、配転先の従業員等において被害が生じた場合、会社が職場環境配慮義務違反や安全配慮義務違反等の責任を問われる可能性があるので、会社は、上司Bが配転先において同様の言動を行わないよう、上司Bに対して指導等を行うべきである。また、上記のとおり、パワハラを理由に上司Bを解雇するためには、上司Bに対して改善の機会を与える必要があると思われるが、上司Bを解雇すべきときに解雇できるようにするためにも、上司Bに対して指導等を行っておく必要があると思料する。 この点、社員Aは、上司Bからのパワハラを会社に申告したことを上司Bに知られることを恐れているとのことであるが、上司Bに対して指導等を行う際には上司Bの社員Aに対する言動を挙げざるを得ず、そのため、(社員Aの氏名等を伏せたうえで言動だけを挙げて指導を行ったとしても)社員Aがパワハラの被害を会社に対して申告したことが上司Bに知れてしまう恐れがある。しかし、上司Bを配転した後であれば上司Bから社員Aに対して報復がなされる恐れは低くなると言えるであろう。 (了)
《速報解説》 監査役協会、2022年版「監査役監査と監査役スタッフの業務」を公表 ~会社法改正及びCGコード適用開始後に定着した事例や実態を新たに反映~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年7月21日付で(ホームページ掲載日は2022年8月3日)、日本監査役協会 本部監査役スタッフ研究会は、「監査役監査と監査役スタッフの業務」(通称「オレンジ本」)を公表した。 これは、会社法改正及びコーポレートガバナンス・コード適用開始後に定着した事例や実態を反映したり、冗長な表現の見直しをしたりするなどの対応を行うものである。 オレンジ本は、「本体部分(業務マニュアル)」、「監査業務支援ツール」及び「アンケート調査」から構成されている。 以下では、「本体部分(業務マニュアル)」について解説する。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 期初業務 〇 監査方針及び監査計画の策定等 監査役会は、監査活動の開始に先立ち、監査方針及び監査計画を作成する。 監査方針及び監査計画は以下の手順で策定する。 事例として、監査方針及び監査計画に対する非常勤監査役の関与を高める一環として、非常勤監査役への事前説明の実施や決議前の監査役会において案を報告事項として付議する会社がある。 Ⅲ 期中業務 1 取締役会への出席・意見陳述 監査役は、会社法383条1項により、取締役会に出席し、必要があると認めるときは、意見陳述する義務がある。 監査役は、例えば、以下の点を確認することなどが記載されている。 2 代表取締役との会合 監査役は、代表取締役と意見交換を行うことにより、監査役の業務監査・会計監査に役立つ情報収集を行う。 また、経営上の懸念事項について監査役から代表取締役に伝達し対処を求める場でもある。 事例として、社外監査役の知見が活かされるようなテーマも含めるようにしている会社がある。 3 関連当事者との一般的でない取引の監査 関連当事者との取引は恣意性が入りやすいことから、注記表でその重要な取引の概要を開示するものとされている(会社計算規則112条1項)。 監査役は、取締役がこの記載義務を適法に履行しているかを監査し、もって会社に損害が生ずることを未然に防止する。 4 剰余金の配当の監査 分配可能額(会社法461条)を超える剰余金の配当は、会社財産維持、会社債権者保護の観点に鑑みて重大な違法行為のため、監査役は、剰余金の配当が法令・定款に従い適切な手続を経て実施されているかどうかを確認する。 違法配当の可能性がある場合、監査役は取締役会等において指摘し、差止権(会社法385条)をもってしても回避すべきであると記載されている。 違法な剰余金の配当があった場合は、任務懈怠があった監査役も会社に対して連帯して過失による損害賠償責任を負う(会社法423条、430条)。 事例として、取締役会開催前に必要な数字を執行側から入手し、監査役(会)においても配当金額が剰余金額の範囲内にあることを確認している会社がある。 5 社外取締役との連携 監査役にとっては社外取締役も監査役監査の対象であり、監査役は社外取締役の監督義務の履行状況の監査を行う必要がある。 そのような観点からも社外取締役との意見交換は重要である。 Ⅳ 期末業務 1 事業報告等の監査 事業報告等監査は、事業報告等が取締役の当該事業年度における職務執行のまとめとして株主に提供される書類であるという性質上、監査役監査の集大成として位置付けられるものである。 事例として、事業報告(案)の記載内容の説明のための監査役会を複数回開催し、執行側と質疑を行い、内容を確認している会社がある。 2 計算関係書類の受領及び監査 監査役設置会社においては、計算関係書類は、監査役の監査を受けなければならない(会社法436条1項・441条2項・444条4項)。 会計監査人設置会社においては、計算関係書類は会計監査人の監査も受けなければならない(会社法436条2項1号・441条2項・444条4項)。 監査役は、計算関係書類を作成した取締役から計算関係書類の提供を受ける(会社計算規則125条)とともに、会計監査人による会計監査報告の内容の通知を受け(会社計算規則130条1項)、監査を行う。 3 有価証券報告書開示(監査役監査の状況)への対応 有価証券報告書では、「監査の状況」の記載が求められている。 「監査の状況」の記載は、「監査役監査の状況」、「内部監査の状況」、「会計監査の状況」から構成されている。 監査役は、「監査役監査の状況」の記載に係る文章作成だけでなく、内部監査及び会計監査との連携状況についても、記載内容の確認が必要である。 事例として、監査役会の開催回数と各監査役の出席回数に加え、1回あたりの平均所要時間も記載している会社があった。 Ⅴ 非日常的活動に関する事項 例えば、次の事項について記載されている。 (了)
2022年8月4日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.480を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.115- 「「国の借金は国民の資産」というのは本当だろうか」 東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹 本年6月、経団連のシンクタンクである21世紀政策研究所は、「中間層復活に向けた経済財政運営の大転換」と題する、主に以下の内容の報告書を公表した。 わが国経済低迷の根本原因が需要不足にある。それが消費や貯蓄の不足を招き、中間層の衰退を引き起こしている。これはわが国の財政政策がプライマリーバランス黒字化目標にとらわれた財政運営をしてきたことにある。そこでこれを改め、わが国のGDPギャップ(38兆円)を埋めるべく、イノベーションの創設やインフラ整備のための長期計画に基づいて2030年に向けて100兆円の財政を活用した投資が必要だ。国が投資を拡大するためには、国の債務を増加しなければならないが、「債務と同額が国民の資産になるので財政は破綻しない。」仮にインフレが生じれば、政府はインフレが行き過ぎないように財政支出を抑制しなければならない。 「国の借金は国民の資産」という考え方は、明らかにMMT(現代通貨理論)に基づいており、それに対する筆者の考え方は本連載のNo,111で示したとおりであるが、ここでは本当に「国の借金は国民の資産」なのだろうかという点に注目して議論してみたい。 * * * 第1に、仮にそうだとしても、国民全員が国債という資産を持つわけではない。国債の大量発行により資産(国債)を持つ者と持たない者との格差が拡大することはどう考えているのだろうか。このような政策は、ますますわが国の所得・資産格差を拡大し、社会を二分化していく。 第2に、膨らんだ国の借金はいずれ(全額でなくとも)増税して返さなければならないと国民が考えれば、国民は、将来の増税に備えて消費を控え貯蓄に回すので、消費拡大にはつながらない。マクロ拡大政策を打ち消す力が働くのである。 第3に、これが筆者の最大の論点だが、国が主体となる投資は、民間に比べて非効率で、国債を発行して投資をしたものの、その後有効活用されず、その資産価値が毀損しているという例が多く見受けられるという点である。 バブル崩壊後1990年代のわが国は、総額60兆円の公共投資を実行してきた。その間行われた地方の高速道路建設や空港整備などの需要創出効果は少なく、維持費だけがかさむ結果となっている。このような有効活用されていない国の資産は、価値が毀損しているわけで、国の借金(国債発行)によって建設された国の資産は、借金に見合うだけの価値をもたらしていないのである。 さらなる問題は、GDPギャップを埋めるためのカンフル剤が常態化し、財政支出依存体質ができあがり、民間のアニマルスピリッツが低下し、潜在成長力の弱体化につながったという事実で、多くの経済学者が指摘している(例えば、河野龍太郎著『成長の臨界』(慶應義塾大学出版会・2022年))。 また、戦時下の隣組読本『戦費と国債』を見ると、「国債は国家の借金、つまり国民全体の借金ですが、同時に国民がその貸し手であります」という記述がある。国民に戦費を賄う国債の購入を奨励したが、戦後ハイパーインフレにより紙切れ同然になったという歴史的事実は重い。 * * * 資源高や円安を通じてわが国にも欧米のインフレが押し寄せている。怖いのは「財政破綻」ではなく「インフレーション」である。そのような中、100兆円規模の投資を奨励することがもたらすインフレ懸念への対応も書かれていないこの提言を、経団連は本気で担ぐつもりであろうか。 (了)
令和4年度税制改正における 『グループ通算制度』改正事項の解説 【第1回】 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 ~はじめに~ 令和4年度税制改正では、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から適用されるグループ通算制度についても改正が行われている。 この改正については、グループ通算制度が施行される前の最後の手直し(一応できあがったあとで、不完全な部分を直すこと)といえる改正であるが、その中でも、特に、M&Aの障害になると懸念されていた投資簿価修正制度の見直しが行われたことはサプライズといえる。 そこで、本稿では、グループ通算制度に関する改正法令を読み解くことで、その内容と想定される実務への影響を解説したい。 また、本稿の意見に関する部分は、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りする。 Ⅰ グループ通算制度改正の概要 令和4年度税制改正では、グループ通算制度の施行に伴い、次の見直しが行われている。 (※) 画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 次回以降、適用期限の延長で初めてグループ通算制度の取扱いが明確となった「交際費等の損金不算入制度」とグループ通算制度の実務に大きな影響を与える「投資簿価修正制度の見直し」について詳細を解説することとする。 (続く)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例43】 「関係会社へ支払った追加傭車費の寄附金該当性」 国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は、都内において運送業を営む株式会社X(3月決算法人)で経理部長を務めております。わが社は高度成長期に会社を設立して以来、自動車部品等の工業製品のほか、法人契約の引越業務等に関し、50年に渡り地道に業務を拡大してきており、現在ではお陰様で営業エリアは関東一円をカバーし、支店網も20店舗以上展開してきているところです。 しかしながら、今年で3年目となるコロナ禍の影響の下で、特に初年度は当社の取引先は軒並み操業停止に追い込まれ、貨物需要が大幅に落ち込みました。このままどうなるのかと大いに心配しておりましたが、お陰様で翌年度はその反動で多くの業種で業績が回復し、貨物需要もコロナ禍前の水準まで持ち直すこととなりました。コロナ初年度はわが社の業績が落ち込み、リストラが不可避となったため、やむを得ず従業員の早期退職を募ることにより危機を乗り切りましたが、翌年度は前年度の反動で、リストラ後の事業体制ではさばききれないほどの業務が舞い込んできたため、わが社の代表取締役が役員(代表権を有する)を務めるY株式会社(3月決算法人)からドライバーを派遣してもらうことで、何とか顧客の要請に応えることができました。コロナ3年目である今年度は、新規のドライバーを雇用して体制の充実に努めていますが、底堅い貨物需要に応じるためにはそれだけでは足りないため、昨年度から引き続きY社からのドライバー派遣に頼っているところです。 ところが、先日来受けている税務調査において、調査官から、わが社からY社に対して支払われている傭車費は、その算定基準が不明確であり、特に決算月である3月に多額の一時金が支払われているが、これはY社がギリギリ黒字にならない程度の水準となるよう調整した金額となっており、対価性が不明で恣意性が強い金銭の支払いであることから、寄附金である旨指摘されました。実際は、上記で説明したとおり、当社において賄えない顧客からの要請に応えるため、Y社からドライバーを派遣してもらった分に対する支払いであるから対価性はあり、年度末に支払いが偏ったのは、Y社からの情報提供が遅延したためであって、何ら他意はないところです。したがって、課税庁の指摘は不当と考えますが、税法に照らせばどのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 本件については、Y社からのドライバーの派遣に係る傭車費の支払いが、Y社からX社に対して実際になされた役務提供の内容に見合ったものであり、対価性があるかどうかが重要であるといえます。したがって、仮にそれに反するような支払い、例えば、X社・Y社共に同一の者が代表取締役を務めることを利用して、専らX社やY社の収支額に照らして期末に調整金額を支払うという方法をとっている場合には、サービスに対する対価としての意味合いが薄いと考えられることから、課税庁が指摘するように、Y社に対する当該支払いは寄附金であるものと解されます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 運送業における傭車費の支払い 傭車とは一般に、繁忙期や人員不足などといった理由で、運送業を営む荷主が、荷物を運搬するトラック等の車両や人員が不足しているときに、他の運搬業者に委託して荷物の配送を行ってもらうことを指し、また、その場合において、人員やトラック等を供給することとなる他の業者への支払いを傭車費という。運送業においては、このような傭車を利用することは珍しくないが、その理由は主として以下の理由が挙げられる。 ① 経費の削減 貨物の種類にもよるが、一般に、貨物の需要には波があり、貨物需要が極大値となるときに備えて人員やトラック等を自社で準備しておくと、需要が落ち込んだ時期には当該人員や車両の相当部分が稼働せず、維持費が無駄にかかってしまうこととなる。このような高コスト体質の企業風土を打開し、固定費を抑えた企業運営を行うことで、コンスタントに利益を稼得でき、運送業界内の競争にも勝ち残ることができる。傭車という一種のアウトソーシングにより、経費(特に固定費)を削減できるということが、運送業において傭車が活用される大きな理由の1つといえる。 ② 緊急時・突発的な業務への対応 上記の通り、貨物の需要には波があるだけでなく、その波がいつ高くなるのか、必ずしも事前に読むことができるとは限らない。しかも、そのような緊急時や突発的な業務の場合、どれだけの人員やトラック等が必要となるのかを把握することは非常に困難である。そこで、当該業務への対応には、傭車を利用するのが非常に合理的な選択であるといえる。 ③ 配送に関し専門性のある荷物の取扱い 普段扱っていない荷物、例えば冷凍食品、美術品、液体物、石油、ガソリン、ガスといった特殊な貨物は、それを運搬するのに専用のトラック(タンクローリーなど)を要したり、専門の資格(危険物取扱者)を有するドライバーが運ぶことが求められたりするケースがある。このような場合、当該業務に関し専門性のある業者に配送を依頼すれば、突発的な業務への対応が可能となるばかりでなく、新規事業への足掛かりとなることも期待できる。 (2) 関係会社に対して支払う金銭の損金性と寄附金課税 法人間に資本関係や同一の役員が存在する場合で、当該法人間で金銭のやり取りがなされるときには、その金銭のやり取りに対価性があるかどうかが問題となる。当該金銭のやり取りに対価性がない場合、それは一般に金銭等の資産の贈与又は経済的利益の無償の供与とされ、寄附金に該当することとなる(法法37⑦)。ここでいう「無償」とは、学説上、対価又はそれに相当する金銭等の流入を伴わないことを意味していると解されている(※)。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂・2021年)418頁。 また、資産の譲渡又は経済的利益の供与がその時価相当額よりも低い対価で行われた場合において、その差額のうち実質的に贈与又は無償の供与をしたと認められる金額は、寄附金の額に含まれる(法法37⑧)。 〇 関係会社間の金銭のやり取り (3) 関係会社への追加傭車費の支払いに係る損金性が争われた事例 本件のように、関係会社への傭車費の支払いに係る損金性や寄附金該当性が争われた事例(札幌地裁令和2年1月14日判決・TAINSコード:Z270-13362)があるので、以下でみていきたい。 ① 事案の概要 本件は、原告が、平成22年3月期から平成26年3月期までの事業年度の法人税等について、B有限会社(B)に対する傭車費を計上してこれを損金額に算入するなどした上で申告をしたところ、処分行政庁からこれを否認され、更正処分及びこれに伴う重加算税賦課決定処分を受けたことから、被告に対し、本件各処分(更正処分については各申告額を超える部分)の取消しを求める事案である。 原告は、組合員の行う貨物運送の共同受注及び共同配車等の事業を行うこと等を目的とする、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合である。 Cグループは、原告、C株式会社(C社)、B、D株式会社、E株式会社、株式会社F、G有限会社など合計12法人で構成される企業集団である。C社は、Bの全株式を保有している。 甲(原告代表者)は、原告の代表理事であるとともに、C社の全株式を保有する代表取締役である。原告代表者は、Bの事実上のオーナーであり、原告、C社及びBの経営上の重要事項を決定している。 原告は、本件各事業年度において、Bに運送業務を委託した。原告とBとの間では、原則として、原告が受注した運送価格からおおむね5%を引いた額をBの運送料金(傭車費)とすることとされ、Bは、月末締めで、営業所ごとに請求金額等を集計した請求明細及び請求書を作成し、原告は、Bに対し傭車費を支払っていた。ところが、原告は、これに加え、Bに対し、追加傭車額として各金員を支払った。 これに対し処分行政庁は、本件各金員は法人税法第37条7項に規定する「寄附金」の額に該当し、かつ、消費税法30条1項に規定する「課税仕入れに係る支払対価」の額に該当しないとして、原告に対し、更正処分及びこれに伴う重加算税賦課決定処分を行った。 ② 事案の争点 本件各金員は、法人税法37条7項に規定する「寄附金」に該当するか。 ③ 裁判所の判断 〈上記②「対価性の欠如」についての検討〉 〈上記③「合理性の欠如」についての検討〉 なお、本件は納税者側が不服であるとして控訴している。 ④ 本裁判事例からいえること サービスの提供に対する対価の支払いは、そのサービス提供の内容に沿ったものであれば、対価性ありとされ、支払った側の損金性が問題となることはない。しかし、予め契約等で定められた基準と異なる支払いがある場合には、税務調査において損金性が問題とされる可能性があり、寄附金該当性が検討されることとなる。 本事例の場合、対価性に重大な疑義を抱かせる以下のような事実が認められる。 すなわち、Bが行う予定の運送業務の内容や費用等に基づいてあらかじめ料金や料率を定め、実際に行った業務に基づき支払いを行えば問題とならないが、利益調整の手段として、いわば「掴み金」を配るようなやり方では、損金性は否認されてもやむを得ないであろう。 (4) 本件へのあてはめ 本件については、Y社からのドライバーの派遣に係る傭車費の支払いが、Y社からX社に対して実際になされた役務提供の内容に見合ったものであり、対価性があるかどうかが重要であるといえる。したがって、仮にそれに反するような支払い、例えば、X社・Y社共に同一の者が代表取締役を務めることを利用して、専らX社やY社の収支額に照らして期末に調整金額を支払うという方法をとっている場合には、いわば「掴み金」としての色彩が強く、サービスに対する対価としての意味合いが薄いと考えられることから、課税庁が指摘するように、Y社に対する当該支払いは寄附金であるものと解される。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第96回】 「電子取引における印紙税の注意点①」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 印紙税の課税文書となる請負契約を結ぶにあたり、打合せ時に書面で仮契約を結んでおいて、後日、電子契約にて本契約を結ぼうと考えています。 電子契約には印紙税がかからないと聞きました。この場合、本契約を電子契約で結ぶため、事前に書面で作成した仮契約書には収入印紙の貼付は必要ないのでしょうか。 電子契約を締結する前に書面にて作成した仮契約書は、たとえ後日、電子契約で正式な契約を結ぶこととされていても、一時的にそれに代わるものであり、内容が印紙税の課税文書となるものである場合は、収入印紙の貼付が必要となる。 [検討] 印紙税とは、日常における経済取引に伴って作成される契約書や領収書等の文書を作成した場合、印紙税法に基づき、その文書に課税される税金で、一般的に「流通税」の一種であるとされている。また、流通取引そのものに対して課税しようとするものではなく、文書に対して課税することから「文書税」とも言われている。 したがって、印紙税は文書を作成しなければ課税されることはなく、逆に1つの取引に際して契約書を数通又は数回作成すれば、何通、何回でも課税されることとなる。 事例の場合は1つの請負取引に際し、事前に仮契約書として書面にて取り交わし、後日、電子契約を結ぶこととされている。上記のとおり、複数作成された場合においては、その都度課税されることとされる。 当初書面で作成した仮契約書は印紙税の要件を満たしているものであり、課税文書として収入印紙の貼付が必要となる。なお、電子契約については課税文書の「作成」には該当せず、印紙税は課税されない。 (了)
〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第21回】 「米国LPSは我が国租税法上の法人に該当するか」 公認会計士・税理士 霞 晴久 〔Q〕 米国LPSのような外国事業体は我が国租税法上どのように取り扱われるのでしょうか。 〔A〕 設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討した上、これができない場合には、当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かについて、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討して判断するとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 問題の所在 パートナーシップとは、英米法において、2名以上の者(パートナー)が金銭や役務等を出資して共同して事業を行う組織体をいう。パートナーシップ黎明期には、無限責任のパートナーから成るジェネラル・パートナーシップのみであったが、その後大陸法の合資会社の影響を受け、19世紀から20世紀初頭にかけて、米国及び英国において、無限責任のパートナーと有限責任のパートナーからなるリミテッド・パートナーシップ(LPS)が導入された。その後20世紀末になると、さらに進んで、全パートナーの責任が限定されたリミテッド・パートナーシップ(LPS)が導入され現在に至っている。 我が国では、明治期の近代法の導入過程において大陸法の影響が強かったため、我が国で成立した私法(民法・商法)においては、英米法の概念を大陸法の類似するものに読み替え、パートナーシップを「組合」と呼び、その構成員であるパートナーを「組合員」と呼んできた。現在では、我が国の組合は、民法上の組合(任意組合)、匿名組合及び特別法で規定される有限責任組合の3つに分類される。これらには法人格がなく、又、人格のない社団等にも該当しないので、それ自体が所得の帰属主体とはならない。 組合事業の結果生じた損益は、一定の割合に従って各組合員に分配(利益の場合)ないし負担させる(損失の場合)ので、組合自体が納税義務者になることはない。いわば、組合自体を導管(Conduit)として、その構成員たる組合員に課税が行われるため、「パススルー課税」と呼ばれる。 以下では、日本の居住者が米国のLPSに出資した場合の所得区分の問題及びLPSの我が国でいう法人該当性が争点とされた事例について検討する。 2 過去の裁判例 《米国デラウェア州LPS事件》(※1) (※1) (第一審) 名古屋地裁平成23年12月14日判決・TAINSコード:Z261-11833 (控訴審) 名古屋高裁平成25年1月24日判決・TAINSコード:Z263-12136 (上告審) 最高裁平成27年7月17日第二小法廷判決・TAINSコード:Z265-12700 (1) 事案の概要 本件は、米国デラウェア州の法律に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ(以下「本件LPS」)が行う米国所在の中古集合住宅の賃貸事業に係る投資事業に出資したXらが、当該賃貸事業により生じた所得がXらの不動産所得(所法26①)に該当するとして、その所得の金額の計算上生じた損失の金額を同人らの他の所得の金額から控除して所得税の申告又は更正の請求をしたところ、所轄税務署長から、当該賃貸事業により生じた所得はXらの不動産所得に該当せず、上記のような損益通算(同法69①)をすることはできないとして、それぞれ所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分又は更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けたことから、Xらが上記各処分の取消しを求めた事案である。 第一審の名古屋地裁、及びその控訴審である名古屋高裁も、本件LPSが我が国の租税法上の法人には該当せず、人格のない社団等にも該当しないとした上で、LPSが行う不動産賃貸事業により生じた所得は出資したXらの不動産所得に該当するものであるから、損益通算をすることはできないとしてされた本件各処分は違法であるとして、Xの請求を認容したため、国が上告受理申立てをした。 (2) 最高裁の判断 最高裁は、以下のとおり、不動産賃貸事業により生じた所得は、本件各LPSに帰属するものと認められ、不動産賃貸事業による所得の金額の計算上生じた損失の金額を各自の所得の金額から控除することはできないと結論付けた(以下、下線筆者)。 ① 外国法人該当性の判断枠組み ◆判示〔1〕 ◆判示〔2〕 ② 本件の当てはめ (3) 検討 本判決の意義は、租税法における外国組織体の取扱いに関し、我が国の租税法上の納税義務者としての適格性を基礎付ける属性を備えているか否かの観点で判断するという枠組みを示したことにある(※2)。 (※2) 田中啓之「〈23〉リミテッド・パートナーシップ(LPS)の租税法上の扱い」(『租税判例百選[第7版]』有斐閣、2021年)49頁参照。 判決では、まず、より客観的かつ一義的な判定が可能か、という観点(上記(2)①判示〔2〕)から、「当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるか否かを検討する」とし、これができない場合に、当該組織体の属性に係る観点(上記(2)①判示〔1〕)から、「当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべきものであり、具体的には、当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が当該組織体に帰属すると認められるか否かという点を検討する」という二段階のアプローチを提示したのである。 具体的な当てはめにおいて、州LPS法や関連法令の他の規定の文言からは我が国内国法人に相当する法的地位が与えられているかについて判断できなかったため、同法の定めから、各LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件各LPSに帰属する点を重視し、本件各LPSを、所得税法2条1項7号等に定める外国法人に該当するという結論を導いたのである(※3)。 (※3) 本件が起きた直後の平成17年度税制改正によって、構成員課税される外国事業体(組合)に投資した場合、当該組合事業から生じた不動産所得の損失については、他の所得との損益通算が認められなくなった(措法41の4の2)。したがって、現在では、外国の組合型の事業体が外国法人であるか否かは重要でなくなった(増井良啓=宮崎裕子『国際祖税法[第4版]』(東京大学出版会、2019年)253頁参照)。 (4) 租税条約上の対応 Xらによる米国LPSへの出資行為は、パススルー課税を利用して、意図的にマイナスの不動産所得を作出し、他の所得と損益通算するという、節税というより一種の租税回避行為ともいうべきものである。そのような行為を阻止する結果を導くものという意味で、本件最高裁判決は説得的といえよう。他方、本判決の結論に従えば、本件LPSの課税上の取扱いは、日本と米国では全く別ということなる(※4)。仮に米国でLPSに所得が発生した場合は、Xらには、米国での納税義務が発生するが、当該所得が分配されない限り日本では課税されないことになる(「ハイブリッド・ミスマッチ」と呼ばれる)。 (※4) 本判決の結果、米国デラウェア州LPSを通じて投資を行っていた日本の年金基金が日米租税条約上の特典を受けられないという事態が生じてしまった。これに対処するため、我が国国税庁は、本件最高裁の判示にかかわらず、米国デラウェア州LPSについてパススルー課税とする取扱いを争わないという内容の見解を英文で公表している。しかしながら、この対応につき、「最高裁判決が示した判断基準はもはや死に体になり、あたかも国税庁英文発表によって立法がなされたかのような印象すら受けます」(増井・宮崎前掲(※3)253-254頁)との批判がなされている。 米国は、ハイブリッド・ミスマッチへの対応を含むBEPS防止措置実施条約(※5)に参加していないが、現行の日米租税条約4条6項(a)は、以下のとおり、BEPS防止措置実施条約3条1項類似の規定を置いており、いずれか一方の締約国において、「課税上存在しないもの」(Transparent Entities)として取り扱われる組織体等によって生じた所得は、源泉地国側が相手国側の取扱いに合わせ、相手国の居住者の所得として課税上取り扱われる限りにおいて、当該居住者の所得として取り扱われることになる(※6)。 (※5) 本連載【第7回】参照。 (※6) 藤枝純=角田伸広『租税条約の実務詳解』(中央経済社・2018年)71頁参照。 ◆日米租税条約4条6項(a) (了)
〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第47回】 「法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲 (特定同族会社事業用宅地等の特例の適否)」 税理士 柴田 健次 [Q] 被相続人である甲の相続発生に伴い、甲の所有していたA土地及びB土地を長男乙が取得した場合には、乙が適用できる小規模宅地等に係る特定同族会社事業用宅地等の特例の適用面積は何㎡でしょうか。 乙は乙社(相続開始の直前において100%の株式を乙が保有しています)の代表取締役として不動産販売・管理・賃貸の事業を行っています。 甲が所有していたA土地及びB土地は、いずれも乙社に賃貸しており、乙社が建物を建築し、事業の用に供しています。乙社は固定資産税及び都市計画税の合計の3倍程度の地代を甲に支払い、所轄税務署に無償返還に関する届出書の提出を行っています。建物の相続発生前の利用状況は、下記のとおりです。 [A] 小規模宅地等に係る特定同族会社事業用宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用面積は、A土地の200㎡のみとなります。B土地は、他の要件を満たせば小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例を受けることができますが、A土地を優先的に特例適用した場合の残りの適用面積は100㎡(200㎡ - 200㎡ × 200㎡/400㎡)となります。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 法人の事業の用に供されていた宅地等の範囲 特定同族会社事業用宅地等の要件については、【第45回】で解説していますが、「法⼈の事業の⽤に供されていた宅地等であること」が要件の1つとなっています。 法人の事業の用に供されていた宅地等とは、次に掲げる宅地等のうち法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていたものをいいます(措通69の4-23)。 法人の事業から、貸付事業が除かれていますが、貸付事業の範囲は、下記のとおりとなります(措令40の2①⑦⑲)。 したがって、法人が貸付事業を営んでいる場合には、特例の適用を受けることができません。なお、法人が貸付事業と貸付事業以外の事業を行っている場合には、それぞれの宅地等の利用状況に基づき判断を行うこととされています。また、本社宅地等のように貸付事業と貸付事業以外の事業の用に供されている宅地等がある場合には、それぞれの建物の利用状況、従業員数、売上高等の合理的な基準で按分して貸付事業と貸付事業以外の用に供されていた宅地等の面積を算出することになります。 2 貸付事業の具体的な範囲 貸付事業は、上記に記載のとおり、不動産貸付業その他駐車場業、自転車駐車場業及び準事業とされていますが、具体的な事業の詳細については、記載されていませんので、1つの基準として日本標準産業分類を基にその範囲を確認しておきましょう。下記の日本標準産業分類(平成25年10月改定・平成26年4月1日施行)の小分類における691、692及び693については、貸付事業に該当するものと考えられます。 (※) 総務省ホームページ「日本標準産業分類(平成25年10月改定)(平成26年4月1日施行)」より一部抜粋、下線は筆者による。 上記の分類によれば、中分類の68(不動産取引業)や小分類の694(不動産管理業)は、貸付事業には該当しないものとなります。 3 社宅の事業の用に供されていた宅地等の適否 法人の社宅等の敷地の用に供されていた宅地等は、次に掲げる場合を除き、その法人の事業の用に供されていた宅地等に該当するものとされています(措通69の4-24)。 4 本問への当てはめ 法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等に該当するか否かについて、土地ごとに検討すると下記のとおりとなります。 〔A土地について〕 上記2に記載のとおり、不動産の販売・管理の事業は貸付事業ではありせんので、法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等に該当することになります。したがって、A土地200㎡については他の要件を満たせば特例の対象になります。 〔B土地について〕 1階部分は、法人の貸付事業の用に供されている宅地等に該当しますので、特例の対象になりません。2階部分についても被相続人等の親族のみが利用している社宅になりますので特例の対象になりません。 なお、他の要件を満たせば、小規模宅地等に係る貸付事業用宅地等の特例の対象になります。限度面積については【第6回】で解説していますが、A土地で200㎡の特例を適用した場合には、残りの貸付事業用宅地等の適用面積は、100㎡(200㎡-200㎡×200㎡/400㎡)となります。 ★実務上のポイント★ 宅地等ごとに法人のどのような事業の用に供されていた宅地等であるかを確認することが重要となります。 (了)