わたしは税金 「ママのヘソクリが貯まったら」 -税務署はヘソクリをどう扱う?- 公認会計士・税理士 鈴木 基史 ◆ママのヘソクリが貯まったら 田中さんちのママは、スーパーのレジ係のパートをしています。お給料はツヨシくんの塾・お稽古ごと代や家計費に回しているので、自分がやりくりできるお金はそんなにありません。そうかといって、お仕事の合間に行う、近所の奥さん方との喫茶店でのおしゃべりや、友達との外食の費用などを家計簿につけるのは気がひけます。 そこでパパにはないしょで、ときどき、パパのお給料の振込み口座から引き出した、毎月の生活費のうち余った分を自分の財布へ・・・。そんなお金が少し貯まってきました。どうしようかしら。このヘソクリが、ツヨシくんの大学受験とともに、目下、ママの心配の種です。 ◆ヘソクリは贈与ではない “ヘソクリ”を法律的にどうとらえるか、これは結構難しいテーマだと思います。まず、贈与なのかといえば、そうではなさそうです。 贈与は法律上の契約・・ですから、「あげます」「もらいます」と両者の息があって初めて成立します。あげたくても相手が受け取ってくれなければ贈与にならないし、また、ヘソクリのように、あげてもいないものを勝手にもらってしまっても、それは贈与ではありません。 ご主人があげるといったら、それはヘソクリではないんだし・・・まあ、ヘソクリに贈与税の出番はない、と考えていいでしょう。 ◆窃盗でもない? それじゃヘソクリは窃盗なのか――ドキッとさせるようなことをいってしまいましたが、これもなんだか変ですね。ご主人が奥さんを窃盗罪で告訴しただなんて、そんな話は聞いたこともありません。 それもそのはず、法律というのは常識的な感覚で書かれています。「刑法」をひもとけば、親子や夫婦の間で窃盗があっても、それは刑罰の対象としないことになっています。 ついでに申せば、兄弟の場合は、お互いに独立して生計を営んでいる間柄だと罰せられることもある、ということらしいですから油断は禁物・・・。 ◆ヘソクリは共有財産 話があらぬ方向に飛びましたが、税金上の取扱いとしては結局、ヘソクリのようないずれの持ち物かはっきりしないものは、夫婦共有と考えることになります。 奥さん名義で不動産を買ったとか、明らかな贈与があれば、そこで贈与税が問題となるでしょう。でも、ヘソクリのお金を税務署が探し出して税金をとるだなんて、まず考えられません。そんなことをすれば家庭争議のもと・・・われわれ“税金”は、そこまで野暮ではありません。 ◆相続時に共有財産を整理 結局、ご夫婦間の問題ですから、お二人がご存命の間はあまりとやかくいいません。だけど相続の折には、そこのところをきちんと整理してもらう。つまり、夫婦共有で残ったものは相続税の洗礼を受ける、というのがわれわれの基本的な考え方です。 でも、まあ田中さん、ご安心ください。相続税には結構大きな基礎控除がもうけられています。田中さんのお宅なら、相続人は奥さんとツヨシくんの2人ですから基礎控除が4,200万円。つまり、ヘソクリも加えて相続財産が4,200万円以下なら、相続税の心配はいりません。 「だけどうちは、4,500万円の自宅を買いましたけど・・・」 いえ奥さん、ご安心ください。相続税を計算する際の不動産の評価は、土地が路線価、建物は固定資産税評価額と、実勢時価よりかなり低い評価です。さらに自宅の敷地は、奥さんが相続する際には80%評価減という、魔法のような特例を用意しています。だからマンション敷地に対する田中さんの持ち分が、路線価評価で2,000万円だとしても、20%の400万円で評価できます。 年間110万円の贈与税非課税枠も設けています。ささやかな蓄えに対してまで、根こそぎ課税するだなんて、われわれは考えていません。税務署も、ありったけ出せ式の悪代官のような所業には及びますまい・・・そのように信じたい気持ちです。 ◆相続税の申告の際どう説明するか ただし、年間110万円の基礎控除を上回る場合で、奥さん名義の預金が数百万円と、まとまった金額で出てきたときは要注意。これは私がヘソクリで貯めたお金だから申告しない、という言い分はちょっと通らないでしょうね。 たとえ、ご主人からもらった(贈与された)と言い張っても、それでは、いつ、どのようにしてもらったものか説明せよといわれ、そこで返答に窮したらちょっと勝ち目はないとお考えください。 ◆やり玉にあがるのは名義預金 相続税の調査で一番問題になるのは、奥さん名義をはじめ、子ども・孫など家族の“名義預金”です。 相続税の申告があれば、税務署は銀行や証券会社へ、本人とその家族名義の預金等の残高照会をかけます。申告書に登場する先はもとより、自宅近く、あるいは通勤経路上の、これはと思う金融機関に軒並み照会状を送りつけ、そこで浮かびあがった名義預金をとことん調べます。 以前に贈与を受けた、などと主張してもなかなか聞く耳もたず。年間110万円の非課税枠以内で贈与したものと、はっきり判別可能なものはともかく、贈与税の申告なしで数百万円の預金名義が切り替えられていたとなると、税務署としてはそのまま見過ごすわけにはいきません。 ◆名義預金は相続財産に追加 いずれにせよ、相続税の申告の折には、奥さんの手持ち財産も税務署の目にさらされることになります。そのとき、ご自身にかつて収入があった、あるいは親から相続を受けたといった、しかるべき事情があれば問題ありません。 ところが世の中、専業主婦でこれまでまとまったお金の入る機会がなかった、にもかかわらず大きな預金がある、というケースがときどきあります。 そうした場合、税務署がその名義預金を見つけ出し、それに対して遺族は、ああだこうだと抗弁するものの聞き入れられず、結局は相続財産に追加されて修正申告、という結末を迎えるケースがほとんどのようです。 ◆被相続人が管理していたお金は親族名義でも相続財産 ここで「名義預金」のことを、少し詳しくレクチャーしておきましょう。 名義預金はヘソクリに限らず、亡くなった被相続人の名義ではないのに、被相続人の財産とみなされる預金のことです。税務調査では、口座に預けられたお金の出どころや、名義人がその口座の存在を知っていたかなどの実態をもとに、預金が誰の財産であるかを判定します。 次のいずれかに該当すれば、おそらく名義預金とみなされます。 ◆明確に立証できないものは当初申告で加えるのが賢明 税務署には、預金口座のお金の流れを調べるための強い権限があります。相続税の調査では、亡くなった被相続人だけでなく、相続人の預金口座の過去の入出金も、相当な期間遡って調べられます。特に預金通帳で100万円以上の金額の入出金があれば目を付けられやすく、その先で名義預金が見つかる可能性が高いと考えた方がいいでしょうね。 税務調査で家族名義の預金が名義預金と判定されると、その預金は相続税の申告からもれていたことになります。その際、相続税が追徴課税されるだけでなく、過少申告加算税、延滞税などのペナルティーが、結構な金額で課されます。悪質な脱税と認定されて重加算税がかかるとなると、とんでもない事態になります。 上記①~⑤に該当するときは、名義預金ではない(自分が稼いだ、あるいは親から相続を受けた)と、十分な証拠と共に主張できる場合はともかく、そうでないときは最初から相続税の申告に含めておくのが賢明かと、わたしは思います。 (了) 人生にまつわる税金ものがたり、 もっとたくさんのお話を読みたい方へ送る一冊。
《速報解説》 「居住用の区分所有財産の評価に関するQ&A」が国税庁HPで公表される ~低層・二世帯の判定や一棟所有、貸付物件の評価方法を紹介~ Profession Journal編集部 国税庁は5月20日、本年から適用開始された「居住用の区分所有財産の評価について」、いわゆるマンション評価通達に関するQ&A(全12問)を公表した。 本Q&Aの内容(タイトル)は以下のとおり。 本評価通達については既に昨年「趣旨説明(情報)」も公表されており、低層の集合住宅や二世帯住宅は適用対象外となることが示されているが、今回公表されたQ&Aではこの部分に関し、本評価通達内の「地階を除く階数が2以下のもの」及び「居住の用に供する専有部分一室の数が3以下であってその全てを区分所有者等の居住の用に供するもの」の判定に係るより詳細な例が示されている(問4)。 また、一棟の区分所有建物に存する各戸(室)の全てを所有している場合、すなわち、区分所有者が「一棟の区分所有建物に存する全ての専有部分」及び「一棟の区分所有建物の敷地」(全ての専有部分に係る敷地利用権)のいずれも単独で所有している場合の評価方法(問6)や、居住用の区分所有財産を貸し付けている場合における「貸家建付地」及び「貸家」の評価方法として、本評価通達により計算した価額に財産評価基本通達26《貸家建付地の評価》、93《貸家の評価》をそれぞれ適用する見解が示されている(問7)。 その他、問10から問12にかけては、具体例をもとにした評価方法が、本評価通達適用時に相続税又は贈与税申告書への添付が必要な計算明細書等の記載例とともに解説されている。 なお、評価方法の概要を説明する問1には、下記の評価方法のフローチャートも搭載されている。 〈居住用の区分所有財産の評価方法のフローチャート(概要)〉 (※) 国税庁ホームページより (了)
2024年5月16日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.569を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
日本の企業税制 【第127回】 「利益Bに関するOECD最終ガイダンス」 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 OECD/G20のBEPS包摂的枠組み(IF)は、本年2月に移転価格税制の簡素化のための「利益Bガイダンス」を公表した。 今回のガイダンスの内容は、OECD移転価格ガイドライン(TPG)2022年版の第4章の附属書として追加される。各国は2025年1月1日以後に開始する事業年度から、この制度の導入を選択することができることとされている。 導入に際しては、①セーフハーバー方式(適用要件を満たす場合に企業側がこの仕組みの適用を選択する)、②強制適用方式(適用要件を満たす場合にはこの仕組みの適用を義務付ける)、という2つの方法が選択可能とされている。 OECDは、経済のデジタル化から生じる課税上の課題に対処するための2本の柱による解決策の進捗状況に関して2023 年7月に成果文書(Outcome Statement)を公表していた。 今回のガイダンスは、そこで示された第1の柱「市場国への新たな課税権の配分」の利益Bに関する残された論点を踏まえたものである。 利益Bは、特にキャパシティの低い国のニーズに焦点を当てて、基礎的マーケティング及び販売活動(単純な機能を果たす販社等の取引)に対する独立企業原則(ALP)の適用の簡素化・合理化アプローチを提供するものである。これによって、移転価格の紛争やコンプライアンスコストを減らし、税務当局と納税者双方の税の安定性を高めることが期待されている。 成果文書で指摘された論点のすべてについて今回のガイダンスで結論が示されたわけではなく、第1の柱の下での利益Bと利益Aとの間の相互依存関係(interdependence)に関する検討、キャパシティの低い国のリストの検討等は残されている。 なお、第2の柱「グローバル・ミニマム課税」のうち所得合算ルール(IIR: Income Inclusion Rule)については、わが国においては、「各対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税」として令和5年度税制改正において創設され、内国法人の本年4月1日以後に開始する対象会計年度の国際最低課税額に対する法人税について適用される。 こちらの制度の適用対象は、多国籍企業グループ等のうち、各対象会計年度直前の4対象会計年度のうち2以上の対象会計年度において、その総収入金額が7億5,000万ユーロを本邦通貨表示の金額に換算した金額以上であるもの及びその他これに準ずる一定の多国籍企業グループ等に限定されている。 一方、今回の利益Bについては、第2の柱のような限定はなく、海外(特にキャパシティの低い国)に拠点のある企業すべてに関係する可能性があることに注意が必要である。 〇適用範囲 今回の簡素化・合理化アプローチが、その導入を選択した国において適用されるには、グループ会社間の国外関連取引が、適格取引(qualifying transaction)に該当し、かつ、スコーピング基準(scoping criteria)を充足する必要がある。 なお、これらの要件を満たす場合においても、次の取引は適用除外とされている。 〇価格算定方法 上記の要件を満たす場合、あらかじめ定められたPricing Matrixに基づいて該当する対売上高営業利益率(return on sales(ROS))±0.5のレンジに、検証対象企業の実際の対売上高営業利益率が収まっていれば、その実績値で問題なしということとなる。 Pricing Matrixは、横軸は産業分類(分類1:生鮮食料品・食料雑貨品・家庭用消耗品・建設資材・配管用資材・金属、分類3:医療機器・産業機械・産業用工具・部品、分類2:分類1・3に含まれないもの)、縦軸は①対売上高純営業資産率(OAS)と②対売上高営業費用率(OES)の組み合わせで構成されている。 なお、Pricing Matrixを機械的に当てはめると営業利益額が、その検証対象企業の機能的貢献に比して過大あるいは過少となることを防ぐ観点から、対営業費用営業利益率による補完的な検証を行い、検証対象企業の対営業費用営業利益率が一定のレンジに収まるよう当該企業の営業利益額を調整するメカニズムが用意されている(operating expense cross-check(OECC))。 また、Pricing Matrixの基礎となったデータベースにデータが含まれていない、あるいは数が不十分で、長期ソブリン債の格付けが一定以下の国に所在する検証対象企業の利益率の算定にあたっては、当該国の長期ソブリン債の格付けに応じた調整メカニズム(data availability mechanism(DAM))も講じられている。 〇文書化・二重課税の排除 今回の簡素化・合理化アプローチを適用するにあたり、検証対象企業はそのローカルファイルに、①適格取引に関する納税者と国外関連者の機能分析、その取引概要の説明資料、②適格取引であることを証する書面契約及び補完説明資料、③適格取引に関連する売上高、費用、資産の配分・帰属の決定に関する計算資料、④財務諸表と③の情報とを紐づける資料、が含まれていることが前提となる。 また、適用初年度において、検証対象企業はこのアプローチを最低3年間適用することに同意する旨をローカルファイル等の文書に記載する必要がある。 ある国で、このアプローチが適用され課税が行われた結果、二重課税が生じた場合には、租税条約に基づく相互協議を通じた対応的調整を行う必要がある。また、このアプローチの導入前に締結された二国間APA及びMAPについては、当該合意の枠組みは対象となる適格取引に関して引き続き有効とされている。 (了)
相続税の実務問答 【第95回】 「相続時精算課税を選択した場合の基礎控除の適用」 税理士 梶野 研二 [答] 相続時精算課税の選択が令和5年分以前の贈与税の申告であったとしても、令和6年分以降の贈与税については、相続時精算課税に係る基礎控除を適用することができます。 相続時精算課税の課税価格からは、まず基礎控除額を控除し、控除しきれない金額については特別控除額の控除をすることとなります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 相続時精算課税に係る贈与税の基礎控除の創設 いわゆる暦年課税制度においては、少額不追及の観点から基礎控除が設けられていましたが、相続時精算課税制度においては、贈与者から生前に贈与を受けた財産の価額を、贈与者に相続が開始した際の相続税の課税価格に含めることで、贈与と相続を通じた一体的な課税を行うことが制度の趣旨とされていることから、これまで基礎控除は設けられていませんでした。 一方で、相続時精算課税制度では、その選択をした後の贈与については、金額にかかわらず贈与税の申告をしなければならず、その手続が煩雑であるため制度の利用が進んでいないのではないかといった指摘がありました。 そこで、相続時精算課税制度の利用を促進する観点から、令和5年度の税制改正において相続時精算課税を選択した後の贈与についても、毎年110万円の基礎控除を適用できることとされ(相法21の11の2、措法70の3の2)、この基礎控除は、令和6年1月1日以降に行われた贈与から適用されることとされました(所得税法等の一部を改正する法律(令和5年法律第3号)附則19④)。 したがって、令和6年分以降の贈与税について相続時精算課税を選択した者については、その年に贈与を受けた相続時精算課税に係る贈与価額の合計額(課税価格)から110万円の基礎控除を適用することができますが、令和5年分以前の贈与税について相続時精算課税の適用を選択した者についても、令和6年1月1日以後にその選択に係る贈与者から贈与を受けた価額の合計額(課税価格)から基礎控除を適用することができることとなりました。 なお、相続時精算課税に係る贈与税の基礎控除額は、相続税法第21条の11の2では「60万円」と定められていますが、租税特別措置法第70条の3の2第1項により、相続税法第21条の11の2に規定する「60万円」は「110万円」に読み替えられていますので、ご注意ください。 2 相続時精算課税の基礎控除と特別控除額の関係 令和5年度改正後の相続税法第21条の12第1項は、次のように定めています。 つまり、相続時精算課税に係る贈与者から受けた贈与価額の合計額(課税価格)からは、まず、相続時精算課税に係る基礎控除額を控除し、なお控除しきれない金額について、2,500万円の特別控除額(前年以前に適用を受けて控除した金額がある場合には、その金額の合計額を控除した残額)を上限として控除し、なお残額があるときに、その金額に相続時精算課税の贈与税率20%を乗じて贈与税額を算出することとなります。 なお、相続時精算課税に係る基礎控除額は申告の有無にかかわらず適用されますが、特別控除を適用するためには、原則として贈与税の申告が必要になります(相法21の12②③)。 3 質問の場合 あなたが、お父様からの贈与に係る贈与税について相続時精算課税の選択をしたのは、平成30年分の申告ですが、相続時精算課税に係る基礎控除は、相続時精算課税の適用を選択した年分がいずれの年分であるかにかかわらず、令和6年分以降の相続時精算課税に係る贈与税について適用することとなりますので、あなたの令和6年分の贈与税についても相続時精算課税に係る基礎控除額の適用が認められます。 また、あなたは平成30年分の贈与税について、相続時精算課税の特別控除2,500万円のうち2,400万円を使用しましたが、2,500万円から2,400万円を控除した残額の100万円については、お父様からの贈与に係る贈与税の計算において適用することができます。 令和6年中に他の人からの相続時精算課税に係る贈与を受けなければ、あなたの令和6年分の贈与税の申告は次のようになり、贈与税額は算出されません。 (了)
〈ポイント解説〉 役員報酬の税務 【第61回】 「死亡退任した役員に対する未払退職慰労金とみなし相続財産」 税理士 中尾 隼大 ○●○● 解 説 ●○●○ (1) 相続税法のみなし相続財産と国税通則法の更正の請求 役員の死亡退任に伴う役員退職慰労金は、それが被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものの支給を受けた場合には、いわゆるみなし相続財産として相続税の課税対象となることに疑義は無い(相法3①二、相基通3-30)(※1)。このみなし相続財産の趣旨は、相続又は遺贈によって取得した財産ではないが、相続財産と実質を同じくすることが少なくないため、公平負担の見地から相続税の対象としている旨が説かれている(※2)。 (※1) 相続税法3条1項2号における「支給」の意義については、酒井克彦「相続税法3条1項2号にいう『支給』要件についての若干の検討(上)」税務事例52巻3号(2020)1頁。同じく「相続税法3条1項2号にいう『支給』要件についての若干の検討(下)」税務事例52巻5号(2020)1頁。 (※2) 金子宏『租税法 第24版』(弘文堂、2021)700頁。 ここで、質問の例のように、役員退職慰労金を分割支給するとしており、かつその中途で未払金相当額を支給しないとする合意解除をした場合には、当該みなし相続財産としての取扱いについて疑義が生じる。つまり、みなし相続財産とされた役員退職慰労金のうち、実際に支給がされない部分については、みなし相続財産ではなくなったとして更正の請求が可能かどうかという点について検討することとなる。 更正の請求については、国税通則法にて、納税申告書を提出した者が法律の規定に従っていなかった等の一定の場合に該当する場合には、その申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り更正の請求ができる旨が定められており(通法23①)、これが通常の場合の規定である。また、後発的事由に基づく場合の規定として、判決の確定や他の者に対する国税の更正や決定により計算の基礎や課税物件の帰属が異なることが確定した場合に加え(通法23②一~二)、これらに類する「やむを得ない理由」がある場合には、その理由が生じた日の翌日から2月以内に更正の請求ができる旨が示されている(通法23②三)。 ここで、この「やむを得ない理由」が合意解除に該当するかどうかについて、国税通則法施行令6条1項2号において、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に係る契約が、解除権の行使によって解除され、若しくは当該契約の成立後生じたやむを得ない事情によって解除され、又は取り消されたこと」と示されている。これによれば、法定解除と約定解除のいずれかに該当するかどうかを検討することとなる。 なお、納税申告書を提出した者は、国税通則法23条1項の期間の満了する日以後でなければ、後発的事由による更正の請求を行うことはできない(通法23条2項柱書)。 (2) 役員退職慰労金のうち未払となる金額につき合意解除を行った事例 ここで、実際に死亡退任した役員に対する役員退職慰労金を分割支給とした後に、当該役員退職慰労金の支給を合意解除したことを受け、相続人が更正の請求をした事例として、国税不服審判所平成31年1月24日裁決があるため(※3)、以下にその概要を紹介する。 (※3) 裁決事例集等未搭載、TAINS:F0-3-677。 本件裁決例は、国税通則法23条1項の更正の請求のできる期間内に、同条2項に規定する事由が生じた場合において、本件合意解除が国税通則法施行令6条1項2号の「やむを得ない事情」に当たるか否かについて争われた事例である。 国税不服審判所は、国税通則法23条1項と同条2項の関係について、「その趣旨は、同条第1項に規定する期間内であれば同項(筆者注:国税通則法23条2項)に基づく更正の請求が認められ、同条第2項に基づく更正の請求を認める必要がないことによるものと解され」るとし、同条1項は2項を含有するという判断を示した。 その上で、「やむを得ない理由」につき、国税通則法施行令6条1項2号に定める「契約が法定申告期限後に合意解除された場合には、当該合意解除が、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約の効力を維持するのが不当な場合、その他これに類する客観的理由に基づいてされた場合にのみ、これを理由とする更正の請求が認められるものと解するのが相当である」とした。 本件合意解除を上記に照らすと、本件の役員退職慰労金の全てはみなし相続財産となるという判断を示した後に、本件合意解除は、双方の合意であるために法定解除権が行使されたものではなく、「本件会社が連続して経常損失を計上するような状況において、本件会社と全取引金融機関が、本件会社の抜本的再建計画を策定するまでの期間・・・、借入金の返済を猶予することを合意した事実が認められ、本件合意解除が当該抜本的再建計画の一環として行われたとみることもできるが、本件会社の債務の切捨てが全取引金融機関からの借入金についても行われたわけではなく、本件会社の債務を消滅させる取引が本件合意解除に限られていることからすれば、飽くまでも本件合意解除は、任意に行われたものと認めるのが相当であり、本件合意解除に客観的な事情があるとまではいえない」として、約定解除、その他これに類する客観的理由に基づいてされた場合のいずれにも該当しないとしている。 (3) 本件裁決例の意義 このように、国税不服審判所は、役員退職慰労金の全てがみなし相続財産に該当するということを形式的に確認した上で、分割支給で未払となっていた部分に関して本件合意解除に基づく更正の請求は認められず、実際に相続人に役員退職慰労金の一部が支給されずとも、みなし相続財産を構成することに変わりないという結論を示した。 この点、「やむを得ない理由」について、国税不服審判所は、納税者にとって酷な判断を示したと考えられる。というのも、実務上、バンクミーティング等によって金融機関の支援を引き出そうとする場合、経営者個人が有する債権の放棄を求められることが通常であるところ、本件会社が連続して経常損失を計上し、金融機関が債権放棄をせずに返済猶予に応じたに過ぎず、本件会社の債務の消滅は相続人との合意解除のみであるという場合には、この「やむを得ない理由」に当たるとは言えない旨が示されたためである。 しかし、国税不服審判所によって本件裁決例のような事例が現れたことにより、実務上においては参考事例の1つとされることとなる。したがって、本件会社のような資金繰り面に鑑みて役員退職慰労金の分割支給を行うという判断をする前に、会社の財務内容に鑑みて無理ない範囲での役員退職慰労金の支給を検討するべきであるといえよう。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第7回】 「自宅以外で亡くなった場合の小規模宅地等の特例の適用」 ~老人ホームの場合①~ 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 問 題 父は政令に定められる老人ホームに入居し、要介護認定を受け、そのままその老人ホームで亡くなりました。母は父と同居(生計一)していましたが、父の老人ホーム入居時には死亡していました。父が老人ホーム入居直前まで居住していた建物はしばらく空き家でしたが、父の相続開始前に、従前より賃貸住宅に住んでいた生計別の長男が引っ越してきて居住しました。 上記において、その亡くなった父所有の建物と敷地を長男が相続し、それ以降も引き続き住んでいます。この場合、敷地は相続開始直前において父の居住の用に供されていた宅地等に当たり、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例は受けられますか。 回 答 特定居住用宅地等ではないので、小規模宅地等の特例は受けられません。 居住の用に供されていた宅地等に該当するかどうかは、その宅地上の建物に生活の拠点があったか否かにより判定します。老人ホームに入居していた場合、生活の拠点は老人ホームに移ったものと考えられるので、老人ホーム入居の直前に居住していた宅地等は、相続開始直前には居住の用に供していないことになります。 しかし、相続開始直前において被相続人の居住用宅地等でない場合でも、被相続人が介護保険法等に規定される要介護認定等を受けており、老人福祉法等に規定される老人ホーム等に入居中に亡くなった場合、老人ホーム等に入居する直前まで居住の用に供していた宅地等については、被相続人の居住の用に供されていた宅地等に含むこととされています。 ただし、この規定の場合、老人ホーム等に入居し居住の用に供されなくなった後、事業の用(貸付含む)や、被相続人等又は被相続人と入居の直前に生計を一にし、引き続き居住している被相続人の親族以外の者の居住の用に供された場合は、被相続人の居住の用に供されていた宅地等から除かれます。 なお、被相続人等とは、「当該相続の開始の直前において当該相続又は遺贈に係る被相続人又は被相続人と生計を一にしていたその被相続人の親族」をいいます(措法69の4①)。 よって、上記の問題の場合、従前居住していた宅地等は相続開始直前において居住の用に供されていないものの、被相続人が要介護認定を受けたうえで老人ホームで亡くなっているので、居住用宅地等に含まれる余地はあります。しかし、亡くなる前に生計別の長男が入居しているため、特定居住用宅地等に該当しないこととなります。 なお、要介護認定等は相続開始直前において受けていればよいので、その認定時期が老人ホーム等に入居する前後は問いません。また要介護認定等の申請中に亡くなった場合でも、後日要介護認定等が受けられれば相続開始直前において受けていると認められます。 考 察 老人ホームで亡くなった場合の居住の用に供されていた宅地等とは、次の法令にて確認することができます。 上記の「政令で定める事由」とは、租税特別措置法施行令第40条の2第2項に見ることができ、要約すると、「介護保険法に規定される要介護認定又は要支援認定を受けていた被相続人等が、老人福祉法等に規定される老人ホーム他に入居又は入居をしていたこと」とされています。 また、「政令で定める用途」は、次のように規定されています。 なお、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等の範囲については、租税特別措置法関係通達69の4-7にも記載されていますが、上記法令における老人ホーム等への入居に関して簡単なフローにまとめると、次のようになります。 (※) 被相続人等には、被相続人と老人ホーム等の入居直前に生計を一にし、かつ、建物に引き続き居住している当該被相続人の親族を含みます。 なお、上記問題とは少し状況が異なる以下の場合についても確認します。 (了)
基礎から身につく組織再編税制 【第64回】 「適格株式移転(完全支配関係)」 太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太 前回は組織再編税制における「株式移転」に関する基本的な考え方を解説しました。 今回からは数回にわたり完全支配関係がある場合、支配関係がある場合、共同事業を行う場合のそれぞれにおける適格株式移転の要件について整理していきます。今回は「完全支配関係がある場合」の適格株式移転の要件について確認します。 なお、完全支配関係の定義については、本連載の【第2回】を参照してください。 1 完全支配関係がある場合の適格株式移転の要件 完全支配関係がある場合の適格株式移転の要件は次の2つです。 2 金銭等不交付要件 金銭等不交付要件とは、株式移転完全子法人の株主に株式移転完全親法人株式以外の資産が交付されないことをいいます(法法2十二の十八)。 ただし、次の①又は②を交付しても金銭等不交付要件に抵触しません。 ① 反対株主の買取請求に基づく対価としての金銭 買取請求に基づく対価として金銭その他の資産を株式移転に反対する株主に交付しても金銭等不交付要件に抵触しないとされています。 ② 1株未満の端株相当の金銭 株式移転で交付する株式移転完全親法人株式に1株未満の端数が生じたために、その1株未満の株式の合計数に相当する数の株式を他に譲渡し、又は買い取った代金として交付されたときは、1株未満の株式に相当する株式を株主に交付したこととなりますが、金銭等不交付要件に抵触しないとされています。 ただし、交付された金銭が、交付の状況その他の事由を総合的に勘案して実質的にその株主に対して支払う株式移転の対価であると認められるときは、株式移転の対価として金銭が交付されたものとして取り扱います(法基通1-4-2)。 3 完全支配関係継続要件 完全支配関係継続要件とは、完全支配関係がある法人同士の株式移転の場合に、再編後においても完全支配関係が継続する見込みがあることをいいます(法法2十二の十八イ、法令4の3㉑㉒)。 (1) 同一の者による完全支配関係 株式移転前に株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人との間に同一の者による完全支配関係がある場合には、株式移転後に株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人と株式移転完全親法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の株式移転後は、B社(株式移転完全子法人)とC社(他の株式移転完全子法人)とD社(株式移転完全親法人)の間にA社(同一の者)による完全支配関係が継続することが求められます。 (2) 単独株式移転 一の法人のみが株式移転完全子法人となる場合には、株式移転後に株式移転完全子法人と株式移転完全親法人との間に株式移転完全親法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 上図の株式移転後は、B社(株式移転完全子法人)とA社(株式移転完全親法人)の間にA社(株式移転完全親法人)による完全支配関係が継続することが求められます。 (3) 株式移転後に適格合併が予定されている場合の要件 ① 同一の者による完全支配関係 (ア) 適格合併で株式移転完全親法人が被合併法人となる場合 株式移転後に株式移転完全親法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人を株式移転完全親法人とみなして合併法人と株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人との間に合併法人による完全支配関係が継続する見込みがあることを求められています。 (※) 同一の者との完全支配関係は、適格合併の直前まで継続する見込みがあることが求められています。ただし、同一の者と合併法人との間に同一の者による完全支配関係がある場合には、適格合併後も株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人と合併法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められます。 (イ) 適格合併で株式移転完全子法人が被合併法人となる場合 株式移転後に株式移転完全子法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、株式移転の時からその適格合併の直前の時まで株式移転完全子法人と他の株式移転完全子法人と株式移転完全親法人との間に同一の者による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 (ウ) 適格合併で同一の者が被合併法人となる場合 株式移転後に同一の者を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人を同一の者とみなして完全支配関係を継続する見込みがあることが求められています。 ② 単独株式移転 (ア) 適格合併で株式移転完全親法人が被合併法人となる場合 株式移転後に株式移転完全親法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、その適格合併に係る合併法人を株式移転完全親法人とみなして合併法人と株式移転完全子法人との間に合併法人による完全支配関係が継続する見込みがあることを求められています。 (イ) 適格合併で株式移転完全子法人が被合併法人となる場合 株式移転後に株式移転完全子法人を被合併法人とする適格合併を行うことが見込まれている場合には、株式移転の時からその適格合併の直前の時まで株式移転完全子法人と株式移転完全親法人との間に株式移転完全親法人による完全支配関係が継続する見込みがあることが求められています。 ◆完全支配関係がある場合の適格株式移転の要件のポイント◆ 原則として株式以外の対価を交付しないことが求められています(金銭等不交付要件)。 完全支配関係継続要件については、合併と異なり株式移転完全子法人は消滅しないため、当事者間の完全支配関係がある場合でも求められます。 株式移転後に合併が見込まれている場合には留意が必要です。 (了)
給与計算の質問箱 【第53回】 「住民税の定額減税」 ~所得税の定額減税との違い~ 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 住民税の定額減税について、所得税の定額減税との違いをふまえてご教示ください。 A 住民税の定額減税の対象者、定額減税額、同一生計配偶者及び扶養親族の判定時期、徴収方法は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 定額減税の対象者 住民税は令和5年の合計所得金額が1,805万円以下の人が対象である。所得税は令和6年の合計所得金額が1,805万円以下である人が対象である。 2 定額減税額 住民税は1人につき10,000円である。所得税は1人につき30,000円である。 3 同一生計配偶者及び扶養親族の判定時期 住民税の判定時期は令和5年12月31日の現況による。所得税の判定時期は令和6年12月31日の現況による。 4 徴収方法 住民税の特別徴収については、通常と異なり令和6年6月分の住民税は徴収しない。住民税の定額減税後の年税額を令和6年7月分~令和7年5月分の11ヶ月で均して徴収する。令和6年7月分の住民税は、令和6年7月に支給する給料から天引きする。 ※ 100円未満の端数については7月にまとめて徴収する。 (出典:総務省「個人住民税の定額減税に係るQ&A集(令和6年4月1日改訂(第2版))」Q3-2-1) 所得税は令和6年6月1日以後最初に支給する給料又は賞与に係る源泉所得税から月次減税額を控除する。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第45回】 「双輝汽船(株)タックスヘイブン便宜置籍船事件 -特定外国子会社に生じた欠損金の損金算入の可否- (審裁平13.12.21、地判平16.2.10、高判平16.12.7、最判平19.9.28)(その1)」 ~租税特別措置法66条の6第1から3項、法人税法11条ほか~ 税理士 畠山 和夫 1 はじめに (1) CFC税制とは 租税特別措置法66条の6(以下「本条」という)は、CFC税制(Controlled Foreign Companyの略、タックスヘイブン対策税制又は外国子会社合算税制ともいう)として一定の要件の下で、外国子会社の留保所得を日本の親会社の所得とみなして合算し日本で課税する制度(以下「本税制」という)である。 (2) 双輝汽船事件(以下「本事件」という) 本税制は外国子会社を利用した租税回避を防止するものとして昭和53年に導入されたもので、以来さしたる疑問を抱くことなく合算すべきは外国子会社の所得の金額であるとされてきたが、本事件では所得だけではなく欠損の金額も親会社の損金の金額として合算することの可否が争いになった。 (3) 便宜置籍船(flag of convenience ship(FOC))の概要 その船の事実上の船主の所在国とは異なる国家に船籍(船が登録された特定の港)を置く船。実質的な所有者の国籍国の船旗ではなく、便宜的に船籍を置いた他国の旗を付けて運航(フラッギングアウト)する。 船主の国籍が所在する国家に船籍登録するのが本来であるが、外国国籍の船主による船籍登録を認めている国家(オープン・レジストリー)があり、そのような国家に便宜的に船籍登録するものが便宜置籍船である。外国の船主が船籍国へ直接に船籍を登録する単純な方式のほか、実質的な船主が出資して、船を所有するだけの実体を持たないペーパーカンパニーを置籍国に設立して名目上の船主とする方式が広く用いられる。その目的としては、登録の容易さ、税金・登録料が低い、安価な外国乗組員雇用の許容等の諸経費の削減があげられる。 2 本事件の概要 (1) 原告の法人税及び消費税等の確定申告 双輝汽船株式会社(原告・被控訴人・上告人、以下「X」という)は、船舶貸付業を営むため昭和58年6月に100%出資によりパナマ共和国にツインブライト社(TWIN BRIGHT SHIPPING CO.,S.A.以下「T社」という)を設立した。 パナマに子会社を設立したのは、便宜置籍船として、運航コストの低減を図るためであり、租税回避を目的としたものではなかったので、T社の設立以来、平成10年に本件更正処分を受けるまで満15年間、一貫継続して誠実正直にT社名義の資産、負債及び損益のすべてをXに帰属するものとして、自己の決算書類に含めて記載して法人税及び消費税等の確定申告をしている。その間、税務当局からその申告内容について一度として問題の指摘を受けたことはない。Xは、同社名義の船舶の運航、管理等のすべてを行っている。T社は、パナマ国の法律に基づき合法的に設立されている。 (2) 税務署による更正処分等 ① 更正処分に至る事実の概要 平成10年9月29日、今治税務署長(被告、控訴人、被上告人、以下「Y」という)は、Xの平成6年8月1日から平成9年7月31日までの三事業年度の法人税、消費税及び地方消費税(以下「消費税等」という)の納税申告において、Xがパナマ子会社名義で有しているが実質的にXに帰属するものとして申告したパナマ子会社名義の資産、負債及び損益を合算してなした行為計算を否認した。 ② 賦課処分(以下「本件更正処分等」という)の内容 (3) Xの異議申立て Xは、本件更正処分等には本条の解釈適用を誤った違法があるとして、その全部の取消しを求めた。 (4) 本事件の概要図 3 論点整理 (1) 区分 本事件の争いの結論を導く論点(裁判上争われた争点及びその他の論点)については、【本税制の射程】と【本条と法11条の関係】の大きく2つに区分して検討する。なお、消費税等の各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分については検討を省略する。 (2) 論点 (3) 重要な争点 ◆「❸ 1項課税要件」について 要件として、上記(ア)(イ)(ウ)の3点とも必要なのか、(ア)(イ)の2点のみ必要なのか、それとも(ア)の1点だけでよいのか。 ◆「❻ 2項2号の適用可否」について 上記❸の要件の(ア)しか該当しない場合、特定外国子会社の欠損は内国法人親会社の損金算入はできず、繰り越すことを強制しているのか、それとも親会社損金算入を許容しているのか。 ◆「❽ 法11条と本条の競合」について 上記❸の要件の(ア)しか該当しない場合、本条3項の適用除外に該当しない限り、特定外国子会社の適用対象留保金額の有無にかかわらず法11条を適用する余地はないのか、それとも適用対象留保金額がない場合は法11条を適用することができるのか。 ((その2)へ続く)