2020年3月期決算における会計処理の留意事項 【第3回】 RSM清和監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅵ 企業結合会計基準等の改正 2019年1月16日にASBJより、改正企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」等が公表された。 主な改正点等は、以下のとおりである。 1 条件付取得対価の定義の変更 条件付取得対価の定義が変更されている(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準(以下、「結合基準」という)」(注2))。企業結合において、条件付取得対価がある場合に、企業結合日後に返還される場合もあるため、これについて定義に含めている。 2 対価が返還される条件付取得対価の会計処理 企業結合日後に返還される条件付取得対価について、会計処理が定められている。 3 「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針」の記載内容の改正 ① 記載内容の整合 結合当事企業の株主に係る会計処理に関する企業会計基準適用指針第 10 号「企業結合会計基準及び事業分離等会計基準に関する適用指針(以下、「結合指針」という)」の第279項から第289項について、企業会計基準第7号「事業分離等に関する会計基準」と記載内容の整合性を図るための改正が行われている。 ② 分割型会社分割のみなし事業年度に関連する規定の削除 平成22年度税制改正において分割型会社分割のみなし事業年度が廃止されていることから、分割型会社分割が非適格組織再編となり、分割期日が分離元企業の期首である場合の分離元企業における税効果会計の取扱いを定めた適用指針第109項及び第403項を削除している。 上記改正は、会計処理の改正ではなく、記載内容の整合性を図ったのみであるため、本解説では、詳細な解説は行わない。 4 適用時期 2019年4月1日以後開始する事業年度の期首以後実施される組織再編から適用する。 なお、上記改正の適用前に行われた企業結合及び事業分離等の会計処理の従前の取扱いについては、改正後も継続する。そのため、改正結合基準及び改正結合指針の適用日における会計処理の見直し及び遡及的な処理は行わない。 Ⅶ 在外子会社等の会計処理の改正 2018年9月14日と2019年6月28日にASBJより、実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」等の改正が公表された。 1 2018年改正 2018年9月14日にASBJよりIFRS第9号「金融商品」の適用に伴い、実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「2018改正在外子会社取扱い」という)」及び実務対応報告第24号「持分法適用関連会社の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「2018改正持分法取扱い」という)」の改正が公表された。 (1) 改正の内容 在外子会社等においてIFRS第9号「金融商品」を適用し、資本性金融商品の公正価値の事後的な変動をその他の包括利益に表示する選択をしている場合(OCIオプション(※))、連結決算手続上、当該資本性金融商品の売却損益相当額及び減損損失相当額を当期の損益として修正する(2018改正在外子会社取扱い 当面の取扱い(5))。 (※) OCIオプションとは、取得原価と時価の差額(評価差額)をその他の包括利益(OCI)として認識し、その後、リサイクリングを行わない(売却時の売却損益や減損損失を計上せず、利益剰余金に振り替える)ことをいう。 また、持分法適用関連会社において在外子会社取扱いに準じて処理を行う場合には、上記と同様に修正を行う(2018改正持分法取扱い 当面の取扱い)。 (2) 適用時期 (3) 適用初年度の取扱い 改正在外子会社取扱いの適用初年度においては、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う。 ただし、2018改正在外子会社取扱いの適用初年度においては、会計方針の変更による累積的影響額を当該適用初年度の期首時点の利益剰余金に計上することができる。 この場合、在外子会社等において IFRS 第9号「金融商品」を早期適用している場合は、遡及適用した場合の累積的影響額を算定する上で、在外子会社等においてIFRS第9号「金融商品」を早期適用した連結会計年度から在外子会社取扱いの適用初年度の前連結会計年度までの期間において資本性金融商品の減損会計の適用を行わず、在外子会社取扱いの適用初年度の期首時点で減損の判定を行うことができる(2018改正在外子会社取扱い 適用時期(3)④)。 2 2019年改正 2019年6月28日にASBJより実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い(以下、「2019改正在外子会社取扱い」という)」の改正が公表された。 当該改正では、IFRS第16号「リース」(以下、「IFRS第16号」という)及び米国会計基準会計基準更新書第2016-02号「リース(Topic 842)」(以下、「リース(Topic 842)」という)の適用に伴い、「考え方」が整理されている。 (1) 考え方の整理 IFRS第16 号及びリース(Topic 842)を対象に、修正項目として追加する項目の有無について検討が行われ、日本の連結財務諸表を作成するにあたり、修正項目の追加は行わないこととなった(2019改正在外子会社取扱い 本実務対応報告の公表及び改正の経緯 2019 年改正)。 つまり、在外子会社等がIFRS第16号やリース(Topic 842)を適用している場合、これらの適用に伴う会計処理について、修正することなく、日本の連結財務諸表に取り込む。 なお、在外関連会社の財務諸表がIFRS又は米国会計基準に準拠して作成されている場合、及び国内関連会社が指定国際会計基準又は修正国際基準に準拠した連結財務諸表を作成して金融商品取引法に基づく有価証券報告書により開示している場合については、当面の間、実務対応報告第18 号に準じて行うことができる。 (2) 適用時期 2019年6月28日以後適用する。 Ⅷ 時価の算定に関する会計基準等の公表 日本では、企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」等において、時価(公正な評価額)の算定が求められているが、算定方法に関する詳細なガイダンスは公表されていなかった。一方、IFRSではIFRS第13号「公正価値測定」が公表されている。 そこで、2019年7月4日に、ASBJより企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準(以下、「時価基準」という)」及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針(以下、「時価指針」という)」が公表された。 また、関連して以下の基準等の改正も公表された。 さらに、日本公認会計士協会から以下の指針について改正が公表されている。 1 適用範囲 時価基準は、以下の項目の時価の算定に適用する(時価基準3、26~28)。 2 時価の定義 「時価」とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格をいう(時価基準5)。 時価は、直接観察可能であるかどうかにかかわらず、算定日における市場参加者間の秩序ある取引が行われると想定した場合の出口価格(資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格)であり、入口価格(交換取引において資産を取得するために支払った価格又は負債を引き受けるために受け取った価格)ではない(時価基準31(2))。 3 時価の算定方法 時価の算定にあたっては、状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法(そのアプローチとして、例えば、マーケット・アプローチやインカム・アプローチがある)を用いる。評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にする(時価基準8)。 時価の算定に用いるインプットは、レベル1、2、3があり、レベル1からレベル3の順に優先的に使用する(時期基準11)。 4 市場価格のない株式等 時価基準では、時価のレベルに関する概念を取り入れ、たとえ観察可能なインプットを入手できない場合であっても、入手できる最良の情報に基づく観察できないインプットを用いて時価を算定する。このような時価の考え方の下では、時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券は想定されない。 しかし、市場価格のない株式等に関しては、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能であったとしても、それを時価とはせず、従来どおり取得原価をもって貸借対照表価額とする(金融商品基準81-2)。 5 注記 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項として以下の(1)から(3)を注記する。ただし、重要性が乏しいものは注記を省略することができる。なお、連結財務諸表において注記している場合には、個別財務諸表の注記は不要である(金融商品開示指針5-2、39-9、39-11、39-12、金融商品基準40-2)。 また、時価基準及び時価指針の適用初年度においては、下記(1)から(3)の比較情報の注記は不要である(金融商品開示指針43)。 (※1) 時価の算定に用いる評価技法又はその適用を変更する場合は、会計上の見積りの変更として処理する。ただし、この場合であっても、会計上の見積りの注記(企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準(以下、「遡及基準」という)」18)は不要である。 (※2) 企業自身が観察できないインプットを推計していない場合(例えば、過去の取引価格又は第三者から入手した価格を調整せずに使用している場合)には、記載は不要である。 (※3) 調整表を作成するにあたっては、以下を区別して注記する。なお、時価基準及び時価指針を「年度末」の財務諸表から適用する場合(下記6参照)は、調整表の注記は省略することができる。 ① 当期の損益に計上した額及びその損益計算書における科目 ② 当期のその他の包括利益に計上した額及びその包括利益計算書における科目 ③ 購入、売却、発行及び決済のそれぞれの額(これらの額の純額でも可) ④ レベル1の時価又はレベル2の時価からレベル3の時価への振替額及び当該振替の理由 ⑤ レベル3の時価からレベル1の時価又はレベル2の時価への振替額及び当該振替の理由 ⑥ 上記①に定める当期の損益に計上した額のうち貸借対照表日において保有する金融商品の評価損益及びその損益計算書における科目 ⑦ 上記④及び⑤の振替時点に関する方針 例えば、以下のような方針が挙げられる。 ➤振替を生じさせた事象が生じた又は状況が変化した日 ➤会計期間の期首 ➤会計期間の末日 調整表は、基本的に表形式により注記することが想定されるものの、時価がレベル3の時価に分類される金融商品の期首残高から期末残高までの変動の大部分が単一の変動理由によって説明できる場合には、一般的な重要性の判断に基づき、表形式によらない注記も可能である。 (※4) 例えば、企業における評価の方針及び手続の決定方法や各期の時価の変動の分析方法等 (※5) 観察できないインプットと他の観察できないインプットとの間に相関関係がある場合には、当該相関関係の内容及び当該相関関係を前提とすると時価に対する影響が異なる可能性があるかどうかに関する説明を注記する。 6 適用時期 (1) 適用にあたっての経過措置 時価基準及び時価指針の適用初年度においては、時価基準及び時価指針が定める新たな会計方針を、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(時価基準19)。 ただし、上記に関わらず、時価基準及び時価指針の適用により、時価の算定方法を変更した場合で、当該変更による影響額を分離することができる場合は、会計方針の変更に該当するものとする。この場合、以下のいずれかの方法により時価基準及び時価指針を適用することができる。なお、いずれの場合も遡及基準第10項に定める事項(会計基準等の改正に伴う会計方針の変更の注記)の注記は必要である(時価基準20)。 (2) 投資信託の経過措置 投資信託の時価の算定は、時価基準公表後概ね1年をかけて検討を行うこととされた。改正までの間は、投資信託の時価は、取引所の終値若しくは気配値又は業界団体が公表する基準価格が存在する場合には当該価格とし、当該価格が存在しない場合には投資信託委託会社が公表する基準価格、ブローカーから入手する評価価格又は情報ベンダーから入手する評価価格とすることができる。 また、当該経過措置を適用した投資信託について、上記5の注記は不要である。当該注記を行わない場合、当該投資信託について、その旨及び貸借対照表計上額を上記5(1)の注記に併せて注記する(時価指針26)。 (3) 組合等への出資の経過措置 貸借対照表に持分相当額を純額で計上する組合等への出資(金融商品指針132、308)の時価の注記は、投資信託に関する取扱いを改正する際(上記(2)参照)に取扱いを明らかにする。改正までの間は金融商品開示指針第4項(1)(金融商品の時価等に関する事項)の注記は必要ない。 なお、当該注記を行わない場合、その旨及び貸借対照表計上額を金融商品開示指針第4項(1)の注記に併せて注記する(時価指針27)。 (4) トレーディング目的で保有する棚卸資産の経過措置 トレーディング目的で保有する棚卸資産の時価の定義の見直しにより生じる会計方針の変更は、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(棚卸資産基準21-7)。 (5) その他有価証券の経過措置 その他有価証券の期末の貸借対照表価額に期末前1ヶ月の市場価格の平均価額を用いることができる定めの削除や、市場価格のない株式等以外の時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券の定めの削除などにより生じる会計方針の変更は、将来にわたって適用する。この場合、その変更の内容について注記する(金融商品基準44-2)。 Ⅸ 収益認識会計基準等の早期適用 企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準(以下、「収益認識会計基準」という)」及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針(以下、「収益認識指針」という)」の適用時期及び会計方針の取扱いは、以下のとおりである。 1 適用時期 2 会計方針の取扱い (1) 原則的な取扱いに従って遡及適用する場合の実務上の負担を軽減する取扱い 原則的な取扱いに従って遡及適用する場合、以下の(ⅰ)から(ⅳ)の方法の1つ又は複数を適用することができる(収益認識会計基準85)。 (2) 容認処理に従って遡及適用する場合の実務上の負担を軽減する取扱い 容認処理を採用する場合、以下の方法のいずれかを適用することができる(収益認識会計基準86)。 3 注記例 2020年2月期及び3月期決算の会社において、以下の(1)から(8)のとおり早期適用を行っている会社が8社ある。今後、収益認識会計基準及び収益認識指針を適用するにあたって、参考にされたい。 第3四半期報告書の会計方針の変更の注記例から読み取れることは、以下のとおりである。 なお、下記注記の下線は、筆者が追加したものである。 (1) (株)安川電機 2020年2月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準第86項の記載あり ➤収益認識会計基準の適用による影響は軽微 (2) 三井化学(株) 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準の適用による影響は軽微 (3) (株)ラック 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤他社が提供する保守サービスやソリューションの販売を一定期間での売上計上から提供開始時点で売上計上に変更 ➤準委任契約により提供するサービスについては、サービス提供の完了時点で売上を計上する方法から契約における取引開始日から完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い場合を除き、一定の期間にわたり売上計上する方法に変更 ➤収益認識会計基準の適用による影響あり (4) パルステック工業(株) 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準第86項の記載あり ➤輸出販売の一部に関して、船積基準から財又はサービスを顧客に移転し当該履行義務が充足された一時点で収益を認識する方法に変更 ➤収益認識会計基準の適用による影響なし (5) あすか製薬(株) 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準第86項の記載あり ➤一部の販売先における製商品が引き渡された時点で収益を認識していた取引について、販売先から特約店に製商品が引き渡された時点で収益を認識 収益の計上金額についても製商品が引き渡された時点の販売価格を基礎とした金額で収益で認識する方法に変更 ➤販売奨励金等の特約店に支払われる対価について、販売費及び一般管理費として処理する方法から取引価格から減額する方法に変更 ➤返品権つき販売については、従来、売上総利益相当額に基づき返品調整引当金を計上していた方法から、予想される返品部分に関しては、変動対価に関する定めに従って、販売時に収益を認識しない方法に変更 ➤収益認識会計基準の適用による影響あり (6) (株)ディスコ 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準第86項の記載あり ➤精密加工装置等の販売において、出荷基準から検収基準に変更 ➤収益認識会計基準の適用による影響あり (7) (株)ビジネスブレイン太田昭和 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準の適用による影響あり (8) 住友林業(株) 2020年3月期 第3四半期 会計方針の変更注記 《POINT》 ➤収益認識会計基準第84項ただし書きを適用 ➤収益認識会計基準第86項の記載あり ➤木材建材事業における国内流通事業に係る収益について、総額で収益を認識する方法から、当社の役割が代理人に該当する取引については、顧客から純額で収益を認識する方法に変更 ➤住宅・建築事業及び海外住宅・不動産事業における工事契約について、進捗部分について成果の確実性が認められる工事は工事進行基準を、工期がごく短い工事については工事完成基準を適用する方法から、すべての工事について一定の期間にわたり収益を認識する方法に変更(期間がごく短い工事契約については代替的な取扱いを適用) ➤戸建住宅等の引渡後の無償点検サービス部分について、従来は収益を認識していなかったが、戸建住宅等の引渡しに係る履行義務と当該サービスに係る履行義務をそれぞれ識別し、履行義務ごとに収益を認識する方法に変更 ➤収益認識会計基準の適用による影響あり (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第33回】 「配当原資の記載ミス」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例33-1】 剰余金の配当の注記で、決算書に照らすと問題が判明する記載がある。 【事例33-1】は、剰余金の配当に関する注記事項です。この中にミスが1ヶ所あります。しかも、結構、重大なミスです。 ミスの場所は、3.(2)の記載事項の中ですが、この注記だけを眺めていても、見つけることはできません。株主資本等の数値を合わせて見ていかなければ、わからないでしょう。 この会社の連結株主資本等変動計算書と株主資本等変動計算書は以下のとおりです(いずれも株主資本部分のみ抜粋)。どこが問題なのかわかりますか? ヒントは今回のタイトルにあるとおり、「配当原資」に関することです。 2 配当原資が利益剰余金でないこともある では、正解を見てみましょう。以下のとおりです。 上記正解事例の赤丸で囲んだとおり、配当原資はではなく、とすべきでした。 会社の配当原資には、との2つがあります(厳密には、「」と「」)。 このうちとは、会社がこれまでに獲得してきた利益の累積のことで、そこから株主に配当を支払うというのは、イメージとして理解できると思います。 ところが、会社が予想外の赤字決算となってしまった場合等で、がマイナス値になってしまうことがあります。その場合、直感的には配当できないかのように思えますが、実はそうではありません。があれば、そこから配当できるのです。 とは、株主の会社への払込資本に関わる取引から生じる剰余金です。そのうち資本準備金以外のものが配当原資となります。それが「」です。たとえば、資本金及び資本準備金の取崩しによって生じた剰余金や、自己株式を取得価額超の価額で売却等した場合の差額です。 少し難しい話が続きましたが、以上を踏まえて今回のケースの具体的数値を見ていきましょう。 3 個別の数値で配当原資をチェック この会社は連結と個別の両方の計算書類を作成していますが、配当原資について確認する場合は、個別の数字を見ます。配当は、個々の法人単位で実施するものだからです。 実際のところ、剰余金の内訳は連結株主資本等変動計算書からは知りえず、株主資本等変動計算書により、内訳を確認していくことになります。 【事例33-1】では、配当原資はであると記載されていましたが、この会社の株主資本等変動計算書で、の残高がどうなっているかを見てください。のうち「」の残高のところです。そこが配当原資になります。 すると、これがマイナス値になっています。つまり、ここからは配当できないということになるのです。 その場合、前述のとおり、「」から配当できないかを見てみます。その残高は1,500百万円。会社法の規制による分配の上限額(分配可能額)は、この資料から判断する限り1,423百万円(1,500+△27-自己株式50=1,423)。注記に記載されている配当金総額は1,234百万円です。配当金総額は及び分配可能額のいずれの枠内にも収まっており、から配当可能です。 以上から、この配当の原資は「」でなければならないということになります。 4 なぜ、ミスが見逃されたのか では、なぜこうしたミスが見逃されてしまったのかについても触れておきましょう。 今回の場合は特徴的なことが1つあります。それは、連結と個別で業績が正反対だったということです。連結株主資本等変動計算書を見ると、当期の業績は黒字(親会社株主に帰属する当期純利益)ですが、株主資本等変動計算書を見ると、赤字(当期純損失)です。連結決算を行っている会社では、連結ベースの数値を使って経営判断するのが通常ですから、この会社では業績良好であるという認識が支配的だった可能性があります。 その認識の下、連結株主資本等変動計算書のの当期末残高が1,918百万円と、配当金総額の1,234百万円を上回っていたことが誤認の原因になったのかもしれません。配当は個別計算書類をベースに判断しなければならないにもかかわらず、連結ベースの数値を見て、から配当しても問題ないと勘違いしてしまったのではないでしょうか。 それでもこの会社の場合は、から配当可能だったので、まだよかったです。も十分になければ、配当不能となり、これはもううっかりミスでは済まされないからです。 うっかりミスというのは、「間違えたら直せばよい」というものではありません。特に配当関連の注記事項では、致命的なミスにつながることさえあります。そうならないよう、十分に気をつけていきたいですね。 〈今回のまとめ〉 配当関連の記載事項では、うっかりミスが致命的なミスにつながることが多いので、十分に気をつけましょう。 (連載了)
給与計算の質問箱 【第3回】 「高年齢労働者の雇用保険料の徴収」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 令和2年4月1日からは、すべての雇用保険被保険者の雇用保険料を徴収しなければならなくなるそうですが、詳しく教えてください。 A 令和2年3月31日までは、「高年齢労働者」の雇用保険料は免除されていたが、令和2年4月1日からは雇用保険料を徴収しければならない。 * * 解 説 * * 1 高年齢労働者とは 雇用保険料が免除される「高年齢労働者」とは、保険年度(4月1日~翌年3月31日)の初日(4月1日)において、64歳以上の雇用保険の一般被保険者をいう。 なお、「高年齢労働者」と「高年齢被保険者」は同義である。 2 これまでの取扱いの変遷 (1) 平成28年12月31日まで 65歳以上の者は、雇用保険の適用除外だった。このため、65歳を過ぎてから会社に入社した場合、雇用保険に加入できなかった。 一方、65歳になる前に会社に入社し雇用保険の一般被保険者だった者が、65歳になった後もその会社に勤務し続ける場合、「高年齢継続被保険者」として雇用保険に加入し続けることができた。 高年齢継続被保険者の雇用保険料は、本人負担・会社負担ともに免除された。 (2) 平成29年1月1日から令和2年3月31日まで 平成29年1月1日からは、以下の〈ケース1〉~〈ケース3〉のとおり、65歳以上の者も「高年齢被保険者」として、入社時の年齢にかかわらず、雇用保険の適用対象とされた。 高年齢被保険者の雇用保険料は、令和2年3月31日までは、本人負担・会社負担ともに免除される。 〈ケース1〉平成29年1月1日以後の入社で、入社時に65歳以上のケース ⇒入社時から高年齢被保険者として雇用保険の適用対象となる(雇用保険料は免除)。 〈ケース2〉平成28年12月31日以前の入社で、入社時に65歳以上のケース ⇒入社時は雇用保険の適用除外だったが、平成29年1月1日からは高年齢被保険者として雇用保険の適用対象となる(雇用保険料は免除)。 〈ケース3〉平成28年12月31日以前の入社で、入社時に65歳未満であった者が、65歳になった後もその会社に勤務し続けるケース ⇒入社時は雇用保険の一般被保険者で、65歳になった後は高年齢継続被保険者として雇用保険の適用対象となり(雇用保険料は免除)、平成29年1月1日からは高年齢被保険者として雇用保険の適用対象となる(雇用保険料は免除)。 (3) 令和2年4月1日から 令和2年4月1日からは、年齢に関係なく、すべての雇用保険被保険者から雇用保険料を徴収しなければならない。 3 雇用保険料率 令和2年度(令和2年4月1日~令和3年3月31日)の雇用保険料率は、本稿執筆時点では未定であるが、平成31年度と同じになる見込みである。平成31年度の雇用保険料率は下表のとおりである。 〔平成31年度の雇用保険料率〕 (※) 厚生労働省「平成31年度の雇用保険料率について」より 4 雇用保険料を免除されている高年齢被保険者の給与から雇用保険料の徴収を開始する時期 上記の通り、令和2年4月1日からは、年齢に関係なく、すべての雇用保険被保険者から雇用保険料を徴収しなければならない。このため、これまで雇用保険料を免除されていた高年齢被保険者の給与から雇用保険料を徴収する必要がある。 徴収を開始する時期については、例えば、高年齢被保険者で末日締め、翌月25日払いの場合、令和2年3月分給与(令和2年4月25日支給)からは雇用保険料を天引きせず、令和2年4月分給与(令和2年5月25日支給)から雇用保険料を天引きすることになる。 (了)
組織再編時に必要な労務基礎知識 Q&A (最終回) 【Q27】 会社分割した場合、雇用保険に関してどのような手続きが必要か 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 【A】 雇用保険に関しては、承継会社の適用事業所を管轄するハローワークにおいて分割会社と承継会社が同一の事業主であることの認定を受けた上で、被保険者資格を移す手続きなどを行う。 (※) 本稿では、会社分割により事業を分割する会社を「分割会社」、それを承継する会社(新設分割の場合の新設会社も含む)を「承継会社」という。 ここでは、A社を分割会社、B社を承継会社とする吸収分割で、分割前後の事業所の設置状況が下記であることを前提として、必要な雇用保険の手続きを確認する。 なお、A社・B社ともに本社以外は事業所の規模が小さいこと等から、雇用保険の手続き事務は本社で一括して実施する場合とする。 《分割前》 ◇A社(分割会社) ◇B社(承継会社) 《分割後》 ◇A社(分割会社) ◇B社(承継会社) 同一事業主の認定手続き B社の本社を管轄するハローワークにおいて、A社とB社が同一の事業主であることの認定を受ける手続きを行う。 この同一事業主の認定手続きは、同一事業主であることを確認する一定の資料を提出するものとなるが、ハローワークにより「新旧事業実態証明書」等の任意様式の提出が必要になるため、管轄のハローワークに事前に提出書類の確認が必要となる。なお、任意様式以外では概ね次のような書類の提出が求められる。 その他の手続き 同一事業主の認定手続きと合わせて、B社の適用事業所を管轄するハローワークへ次の①の書類を提出する。なお、この手続きは分割後10日以内に実施する必要がある。 また、b5事業所(福岡)を管轄するハローワークへ次の②の書類を提出する。 ①は、A社からB社へ被保険者を移す手続きとなり、分割によりA社からB社に承継されるすべての雇用保険の被保険者について必要となる。 ②は、分割後新設されたb5事業所(福岡)に関する手続きで、規模が小さい等のため雇用保険の手続きを本社で一括して実施するために必要な手続きとなる。 (連載了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第3回】 「借地権価格の評価は「更地価格×借地権割合」だけに限られない」 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 借地権の価格とは何か 借地権の価格とは何か。この問題に答えることは、思ったほど容易ではありません。それほど奥の深い問題が潜んでいるのですが、ここでは少し割り切って、 というくらいに考えておきましょう。 借地権が取引の対象となる場合、そこに金銭的な対価の授受を伴うことが多いのはまさにこのような理由によるものであり、他人の土地を利用することによって借地人に大きな利益が生じなければ、わざわざ対価が授受されることもないでしょう。 (ただし、これは都市部のように借地権を有償で取引することが慣行化している地域ならではの話であり、地方都市の一部にみられるように、借地権そのものの取引慣行がない(あるいはきわめて少ない)地域には当てはまりません。このような地域では、借地権という権利を設定する際に、権利金のような一時金を授受しないケースがむしろ一般的です。) 2 借地権の価格はなぜ生ずるか? 借地権の価格はなぜ生ずるか。これも奥の深い問題ですが、次のように理解しておけばよいでしょう。 借地借家法が適用される借地契約(すなわち建物所有を目的とする土地賃貸借契約)では、借地人は用法違反や地代不払い等の債務不履行をしない限り、契約期間が満了したからといって契約を解除される可能性はきわめて低いのが実情です。 ちなみに、契約期間満了時に地主から契約解除の申し入れがあった場合でも、地主にとって自らその土地を使用しなければならない正当な事由がなければ、契約は更新される途が残されています。これが「法定更新」と呼ばれる制度であり、借地借家法が借地人を保護している代表例です。 借地権はこのように強固な権利ですから、土地が一度賃貸借に供された後は、地主が思う通り地代を改定できない場合でも、それだけで即契約解除というわけにはいきません。 ところで、借地権に価格が発生する形態には2通りがあります。 1つ目は、契約時に権利金等の一時金が授受された場合です。 このようなケースでは、明確な形で契約当初から借地権の価格が生じていたと考えることができます(すなわち、権利金は借地権の設定を受けるための対価として借地人から地主に支払う金銭という意味合いを持つからです)。 2つ目は、契約時に権利金等の授受はなく(このようなケースも珍しいことではありません)、しかも契約期間中にわたり地代も低水準のまま据え置かれてきた場合です。 地主にとっては、本来は地価の上昇に見合うだけの地代を徴収すべきところ、借地人との交渉も思う通りできず、改定が不十分であったというものです。その結果、借地人にとっては「借り得」という経済的な利益が生じ、しかも借地借家法の手厚い保護に支えられて、それが大きな財産権(財産価値)を形成するに至っているといってよいでしょう。 3 不動産鑑定士は借地権価格の性格をどのように捉えて評価しているか それでは、不動産鑑定士は実際に借地権価格の性格をどのように捉えて評価しているのでしょうか。 (1) 「借り得」部分に着目した借地権価格の試算 既に述べてきた借地契約の実情を鑑みれば、借り得部分が借地権価格を形成する大きな要因であることには異論がなく、このことは不動産鑑定評価基準の次の記載からも読み取ることができます。 そして、不動産鑑定評価基準では「借地人に帰属する経済的利益」を次のように捉えています(「借り得」部分とは下記イのことを指します)。 上記の考え方に基づき、不動産鑑定士が借地権の鑑定評価を行う際には、その土地の価格に見合う賃料と実際に授受している賃料との間にどれだけの乖離があるかを分析した上で、差額賃料に基づく借地権価格を試算するわけです(これを「賃料差額還元法」と呼んでいます)。 ただし、この手法で求められた価格がかなり多額となる場合であっても、そのすべてが取引の対価となるとは限りません。その理由は、借地の対象となっている地域で取引慣行が形成されている場合、借地権の取引価格は土地価格(更地価格)に対する一定割合に収斂する傾向を有するからです。そのため、差額賃料から理論上求めた借地権価格が、市場においてどれだけの説得力を有するかを検証することが欠かせません。 慣行的な割合から求めた価格と理論上求めた価格とが大幅に乖離していれば、差額賃料の大きさだけでは借地権価格の現実的な妥当性を説明しきれないということになります。不動産鑑定評価基準に、借地人に帰属する経済的利益とは「その乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値のうち、慣行的に取引の対象となっている部分」と規定されているのはこのためです。 (2) 借地権取引が慣行として成熟している場合における当該地域の借地権割合により求める場合 これが税理士の皆様に馴染みの深い割合方式ですが、不動産鑑定評価基準においても借地権価格の1つの評価手法として位置付けられています(不動産鑑定評価基準各論第1章第1節Ⅰ.3(1)②)。この手法によれば、冒頭に記載したように借地権価格は更地価格に借地権割合を乗じて求められます。そのため、更地価格が適正に把握でき、かつ、相続税の路線価図に記載されているその地域の借地権割合(路線価の後にA、B、C等の区分が記載されていますが、その区分ごとに割合が定められています)を当てはめれば、おおよその見当がつけられます。 ただし、ここで留意しなければならないことがあります。 それは、路線価図に記載されている割合が、借地上の建物が堅固なもの(鉄筋コンクリート造等)であるか、非堅固なもの(木造等)であるかにかかわらず、同じ割合となっているという点です。 また、個々の借地契約の期間や、支払い地代の額による借地権価格への影響は反映されていません。借地契約は個別性が強く、同じ地域内に借地契約の事例がいくつもある場合でも、それぞれの経緯や性格が異なり、他の事例がそのまま別の事例に当てはまるとはいえないのが実情です。 このような意味で、不動産鑑定士が借地権価格を試算する際には、はじめから借地権割合による方法だけで結論を導いているわけではなく、借地権割合はその地域の借地権取引の一般的傾向を平均的に捉えた場合の数値という位置付けで、他の手法による試算結果と比較検討する際の材料として活用しているといえます(不動産鑑定評価基準の上では他の手法による試算結果と関連づけて借地権価格を決定する考え方となっています)。 そのため、借地契約の内容によっては路線価図に記載されている借地権割合よりもやや高く査定することが合理的と考えられるケースがある反面、やや低く査定せざるを得ないケースもあります。 例えば、前者に該当するケースとしては、借地契約が堅固建物所有目的で権利金を多額に授受している場合が挙げられ、後者に該当するケースとしては、借地契約の満了時期が近づいており更新料の支払いが見込まれる場合等が挙げられます(その際の増減の幅ですが、一般的には路線価図に記載された割合に対して上下5%~10%位が多いと思われます)。 (3) その他の鑑定評価手法 この他の鑑定評価の手法としては、取引事例比較法があります。ただし、既に述べたように借地契約は個別的な色彩が強いものですから、更地価格を求める場合の取引事例のように、他の土地に対して応用が利く事例がきわめて少ないのが実情です。 また、借地権付建物を賃貸することによって得られる純収益から借地権に帰属する部分を査定し、これを利回り(還元利回り)で還元することにより借地権価格を求めるという手法もしばしば併用されます。 (了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第23回】 「老後資産の保有、売却、組替え」 税理士法人トゥモローズ 事業承継によって会社を後継者へ引き継ぎ、会社の株式の相続対策が完了した後は、次に経営者個人の老後資産についての対策が必要となる。 次の表及びグラフは、国税庁が発表している相続税申告をされた方の財産の金額及び割合を示したものである。 〔相続財産の金額の推移〕 〔相続財産の金額の構成比の推移〕 (※) 国税庁「平成30年分 相続税の申告事績の概要」P3 今回はこのグラフを基に、引退した後継者が行うべき対策を検討したい。 1 保有資産ごとの検討 (1) 現預金 過去10年間の推移を見ると、相続財産のうち現預金の占める割合が22.3%(平成21年)⇒32.3%(平成30年)と10%も増加している。さらに金額で見ると、相続税の基礎控除額の引下げ(平成27年~)により申告税額が増えた面もあるが、平成21年の24,682億円に比べ平成30年は55,890億円と2倍以上もの金額となっている。これは、老後資金や納税資金の確保、遺産分割の容易さなどを考慮した結果とも考えられる。 しかし、利息が付かない現金として手許に置いておくことや、低金利時代に預金へ預けることは、政府の掲げる物価目標の2%を下回る運用であり、物価上昇を考慮すると目減りしている状況にある。 ある程度の現預金は、生活のためにも、納税資金のためにも、また自身の安心感のためにも必要ではあるが、余剰な現預金は相続対策などを考慮して、土地や有価証券などの運用にまわすことも検討すべきではないだろうか。 (2) 有価証券 過去10年間の推移を見ると、有価証券の占める割合が12.0%(平成21年)⇒16.0%(平成30年)と4%ほど増えている。しかし、有価証券の価値は株価により変動するものであり、日経平均の年末の終値は平成21年が10,546円、平成30年が20,014円であることを考慮すると、有価証券の保有量自体が増えているわけではないことがわかる。 しかし、余剰な資金があるのであれば、経済状況を見つつ、株式や投資信託などの有価証券で運用することで運用益を得ることを検討すべきではないだろうか。また、会社経営から退くことで社会的関心が薄れ、老化を早めたり認知症のリスクを高めるケースもあることから、有価証券を保有し社会経済に少しでも関心を向けることは、自身の健康維持・改善にも一役買うのではないかと思われる。 (3) 土地 平成21年は相続財産の約半分(49.7%)を占めていた土地は、平成30年には35.1%にまで減少している。これも現預金と同様、平成26年から平成27年にかけては相続税の基礎控除額の引下げによる影響が若干あるものの、年々減っている状況が見てとれる。 これは、小規模宅地等の特例の適用を受けられない土地を保有していた場合、相続税の評価額が高くなり納税額が高くなること、土地は換金性が低いため納税資金として使用しにくいこと、遺産分割で争族の原因となることなどを回避する傾向が要因の1つとしてあるのではないかと考えられる。 2 売却、組替え 上記の傾向を踏まえた上で、中小企業の経営者が事業承継後に、どのような対策を行えば良いかということになるが、資金の状況によりその対策は異なってくる。 まず、事業承継後に豊富な資金がある場合には、その資金の運用を考えるべきである。事業承継により自社株の換金を行った結果、余剰な現預金が生じた場合には、有価証券で運用し老後資金を増やすこと、相続税の対策や納税資金確保のため生命保険の非課税枠を活用した生命保険の契約を行うことなどを検討する必要がある。その他、小規模宅地等の特例の限度面積を考慮しつつ、貸付事業用宅地等の特例を利用して賃貸アパート等の建築をすることで、相続税額を減額しつつ、老後資金を増やすことも検討の余地がある。 一方、事業承継後に老後資金である現預金が切迫している場合には、まずは自宅以外の流動性の低い資産を売却することで現預金を確保し、今後の生活に対する安心感を持つことが重要となる。また、流動性の低い資産がなく、大きな資産が自宅しかない場合には、自宅を売却し新たな場所に住むことや、リバースモーゲージの利用などの選択も考慮に入れるべきである。 また、相続税への準備を考慮した組替えも検討する必要がある。まず、相続税の納税により土地や建物を売却することを避けるため、流動性の高い資産(現預金や有価証券等)への組替えや生命保険契約を行っておく必要がある。そして、相続税額を引き下げる効果の高い小規模宅地等の特例を考慮した土地や建物の購入・活用を行うことも検討するべきである。 3 組替えの運用先 運用先は、個々の資産状況や置かれている生活状況等により異なるが、運用先を考える上で重要なことは、その運用資産の換金容易性である。 まず、換金性が高い預金については、当面の生活費、医療費、介護費と、今後の生活に対する安心感を得られる一定程度の金額を確保すべきである。次に換金性が高いものは有価証券であるが、有価証券の運用には投資判断が必要になる。そのため有価証券は、認知症等により投資判断が鈍ったり、意思能力の低下により後見人制度を利用するような状況となる前に、信託や生命保険契約等への組替えを検討することも必要になる。 最後に土地・建物については、上述した通り、これらは現預金や有価証券に比べ相続財産の評価額を引き下げる効果や小規模宅地等の特例の活用による節税対策としては有効だが、換金容易性の低さは納税や財産の分割に大きな影響を及ぼすため、より慎重に判断を行うことが必要である。 ここまでいろいろと検討してきたが、全体として重要なことは、老後資産を何かの資産に偏らせるのではなく、今後の老後、相続等のリスクを考慮した上での分散投資が必要であること。そして、その結果が昨今の相続財産の資産割合に現れているのではないかと考察される。 * * * 本連載では【第20回】から今回にかけて、事業承継後に検討すべき老後資金確保の方法について解説してきたが、次回からは本連載の総括として、これまでの解説を踏まえた相続対策と老後資金との関係について解説を行っていく。 (了)
令和時代の幕開けに思い馳せる 会計事務所経営 【第12回】 (最終回) 「営業マンは点火人たれ」 ~勇気と元気を送り、「その気」にさせるのがセールスマンシップ~ (セールスマンシップ論③:知識≦スキル≦品格) 株式会社アーヌエヌエ 代表取締役 杉山 豊 いよいよ最終回となりました。 今まで本連載をお読みいただき、感謝申し上げます。 そしてこのような機会を提供いただいた、株式会社プロフェッションネットワークの関係各位に深く御礼申し上げます。 まだまだ皆さんにお伝えしたいことは尽きませんが、一旦これにて最終回とさせていただきます。 この最終回で最後にお伝えしたいこと、それは営業マンに必須の条件のみならず、1人の人間として人生を謳歌するために大切にしたい「情熱」についてです。 ➤人の心に「情熱」という火を灯す 「情熱がなければ、偉大なことは何1つ達成できない」 この言葉はアメリカの哲学者であるラルフ・ウォルドー・エマーソンが遺した言葉です。 そして、その言葉を大切に育んでこられた経営コンサルタントの新将命先生が、ビジネスパーソンに大切な素養として「点火人たれ」というお話をされています。 「点火人」とはズバリ、「人の心に情熱という火を着ける人」のことです。 情熱の型は人それぞれであり、自ら着火できる「自然型」の人は決して多くなく、大半の人は他人に火を着けられると燃える「可燃型」であり、中には自らも他人からも着火されず、決して燃えることのない「不燃型」、そしてごくわずかながら人の情熱の火を消して回る「消化型」の人もいるそうです。 先生方は「情熱」をもってクライアントの皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって職員の皆様に接していらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって事務所を経営されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって会計業界を変えようと行動されていらっしゃいますか? 先生方は「情熱」をもって日本を、日本の中小企業を応援されていらっしゃいますか? ➤変化に必要な「勇気」を送る 私は今、営業マンのコーチをしています。 順調な営業マンもいればそうでない営業マンもいます。 素直に現状を話す営業マンもいれば、プライドが邪魔をして言葉にできない人もいます。 また、全く想いと裏腹な表現をする人もいます。 先生方のクライアントの皆さんも、そして職員の皆さんも同じではないでしょうか。 だからこそ人間は興味深く、そして愛情が芽生えるのだと思いませんか? そんな私に、そしてコーチをする人間に一番大切な素養、それは相手に「勇気と元気を送り、『その気』にさせること」だと考えています。 時には何も話さずただひたすら聞く、相手が根負けするまで聞き続ける。 時には言い辛いことをズバッと指摘して相手の度肝を抜く。 時には思い切り泣かせる、笑わせる、思う存分に今の自分を表現させる。 これを一言で表現するならば「『勇気』を送る」ということでしょうか。 コーチングを申し込む人は、そもそもどんな期待をコーチに抱いているのでしょうか? それは自分自身を「変わらせて欲しい」と願っているのです。 変わるためには、現状を打破する「勇気」が絶対に必要です。 変わらせて欲しいのならば、本人が「勇気」を持って思考と行動を変えていかなければなりません。 そのための「勇気」を送るのが、まさにコーチの役割だと考えています。 これはまさに先生方の役割そのものではないでしょうか? 多くの人が変化することを恐れます。 現状維持で波風立てずに、安定的にそして安心して生活したいと望みます。 環境変化に怯え、ついていけず、ただただ尻込みして動かないなんてこともあります。 特に日本ではそんな風潮がとても強いことを、先生方もよくご存じではないでしょうか? でも、考えてみてください。 「環境変化についていかないことこそが、実は不安定になる」そうは思わないでしょうか? 日本経済、そして中小企業を襲う「既往のしわ寄せ(※)」は、まさにここにあると考えます。 (※) 経営状態の悪化にもかかわらず、対策を取らず、現状の資産を食い潰して倒産すること。 だからこそ環境変化に対応する「勇気」が必要であり、勇気が出ない人に勇気を送る「点火人」の存在が貴重なのです。 ➤「元気」がもたらすもの そして、勇気とともに送るのが「元気」です。 「元気があれば何でもできる」そんな言葉もありますね。 でも、私は全くその通りだと思います。 私は30年間営業の世界にいて、多くの方に「お前はいつも元気だな!」「お前といるといつも元気をもらうよ!!」という言葉をもらいます。 私の営業マンとしての存在意義は、これでOKなのです。 私が元気を送ることで多くの皆さんが幸せを掴んでいるのならば、最高の幸せです。 そもそも景気ってどう作られるのでしょうか? 景気は人が作るもの? 景気は国が作るもの? いや、景気は「自分」で作るものです。 成功している人と成功していない人は、どこが違うのでしょうか? 成功している人は運がいいからなのか、たまたまの縁なのか、タイミングが絶妙なのか・・・。 それは、偶然ではなく必然であり、努力のなせる業こそが成功を引き寄せているのだと思います。 その引寄せに美学があるとするならば、私はその人の発する「元気」がもたらしているのだと信じています。 先生方も近くに元気な人がいれば、自然と自分自身も笑顔になり、やる気がふつふつと湧いてくることはありませんか? 「元気」は活力を生み出し、その人の思考と行動を活性化させるのです。 物事を楽観的に考える習慣、環境をポジティブに捉える習慣、いつも笑顔で人と接する習慣、不平や不満、愚痴を発しない習慣、妬みや僻み、やっかみを抱かない習慣など、ちょっとした悪い習慣を良い習慣に変えることで不思議と物事は好転し、会社の業績すら変えることがあると言われています。 昔から「病は気から」とも言われます。 どうぞ先生方、自らで己の刃を研いで、心身ともに健やかに「元気」をクライアントの皆さんに送ってあげてください。 ➤「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせる さて、「勇気」と「元気」を送ることで、目の前の人はどう変わるのでしょうか? 送られた「勇気」と「元気」が、その人の励みとなって「なんかやれそうな気がする」「自分も勇気と元気が湧いてきた」となるのではないでしょうか。 私は全12回にわたり、一貫して先生方に「勇気」と「元気」を送ってきたつもりです。 その「勇気」と「元気」を受け取った先生方を信じて託しますので、どうぞクライアントの皆さんに「勇気」と「元気」を送り、「その気」にさせてください。 時には先回りして、時には背中を支えて、クライアントの皆さんを笑顔に変えてください。 その笑顔を見れば、先生方も笑顔に変わるはずです。 読者の皆さんに、この2つの言葉を最後に贈り、私の連載である「令和時代の幕開けに思い馳せる会計事務所経営」の筆を置きたいと思います。 ~感謝~ 長い間ご愛読ありがとうございました。 (連載了)
2020年3月12日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.360を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第86回】 「政策目的からみる租税法(その2)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅱ 自動車重量税の性格 1 自動車重量税法 まずは、自動車重量税がどのような政策目的の下で創設されたものであるのか、その趣旨目的を明らかにするために、同税制を簡単に確認することとしたい。 自動車重量税法1条《趣旨》は次のように同法の趣旨を述べる。 自動車重量税の課税物件は、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である(自重税3)。 ここで、「検査自動車」とは、道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付(以下「自動車検査証の交付等」という。)を受ける自動車をいう(自重税2①二)。 また、「届出軽自動車」とは、道路運送車両法にいう軽自動車の使用の届出(道運法97の3①)の規定による車両番号の指定(以下「車両番号の指定」という。)を受ける軽自動車をいう。 なお、自動車重量税の納税義務者は、自動車検査証の交付等を受ける者及び車両番号の指定を受ける者である(自重税4)。 民主党が政権を握っていた時期に、地球温暖化対策や「緑の分権改革」に資する観点からCO2の排出抑制に寄与する車体課税のあり方を検討するとともに、複雑な自動車関係諸税の簡素化等について検討することを目的として、「自動車関係税制に関する研究会」〔座長:神野直彦教授〕が創設された。 かかる研究会が平成22年9月に発表した「自動車関係税制に関する研究会報告書」(以下「本報告書」という。)がある。 本報告書は、自動車税がこれまで個別財産税としての性格を持ち、地方の基幹税目として重要な役割を果たしてきたとする(同書8頁)。 以下、本報告書が自動車重量税に言及している箇所を引用しておきたい(同書5頁)。 自動車重量税は、昭和46年に、自動車の走行が多くの社会的費用をもたらしていること、道路その他の社会資本の充実の要請が強いことを考慮して、広く自動車の使用者に対して自動車の重量に応じ負担を求めることを目的として創設されたものである。 その後、運用上、税収の約8割相当額が道路の整備等に充てられていたところ、平成21年度に道路特定財源等の一般財源化に伴い、完全に一般財源化されたという経緯がある。 このように、本報告書は、自動車重量税には「権利創設的性質」があるとしているが、これは、自動車が、道路運送車両法による検査を受けることで、走行可能となるという法的地位あるいは利益を受ける権利を取得することに着目するものといえよう。 すなわち、かかる権利を取得したことに着目して課税するのが、自動車重量税の法的性質ということである。 したがって、自動車重量税とは、自動車の所有者又は使用者が、有効期間において道路を走行することができる「権利」として、法的に裏付けされた法的地位を得た事実に注目して、これに課税をしようとする趣旨に出たものであるといえよう。 なるほど、そうであるとすれば、仮に、有効期間が満了する以前にその責によらない自然災害等により用途を廃止したとしても、一旦創設された「権利」がなくなることはないから、本件自動車について納付した自動車重量税の還付を求めることはできないというのが、本件におけるYの主張の筋であった。 2 「権利」に課される自動車重量税 もっとも、そのような権利創設的性質があるとはいっても、実際の課税物件は、前述のとおり、「検査自動車」及び「届出軽自動車」である。 すなわち、これらの車両には、有効期間において道路を走行することができる法的地位が付与されているわけであるが、他方で、なぜ、検査自動車や届出軽自動車のみが課税対象とされているのであろうか。 道路運送車両法1条《この法律の目的》を確認してみたい。 道路運送車両法は、自動車の検査や自動車検査証について定める法律であるが、自動車重量税が課税の対象としている「検査自動車」や「届出軽自動車」は、かかる道路運送車両法の規定による自動車検査証の交付又は返付を受ける自動車を指す。 すなわち、自動車重量税法が課税の対象としているのは、所有権についての公証等がなされた自動車のみである点に注意しなければならない。 平たく言えば、無届自動車については、自動車重量税が課されないことになる。 これは、例えば、所得税法や法人税法において、違法行為や無効行為に基づく法律的な根拠ないし原因のない「所得」をも課税の対象とする考え方とは異なるものといえよう。 所有権の公証等がなされた自動車についてのみ課税をするのが自動車重量税であるということである。 いわば、所得課税法が実質的な担税力に対する課税ルールを構築しているのに対して、自動車重量税法は、形式的な「権利」の所在に担税力を見出して課税を行う態度に出ているとみることもできそうである。 その上で、本稿において素材とする事案におけるYの主張をもう一度確認しておこう。 これは極めて、形式的な「権利」の把握であると見受けられるが、このように、権利が消滅していない限りその権利が付着する原物自体の棄損はまったく問題視されないことになるのであろうか。 この点、名古屋地裁の判示も再掲しておきたい。 これは、本報告書が示した自動車重量税の性質に関する意見と同じものであるといえよう。 その上で、同裁判所は、次のようにYの主張を全面的に採用しているのである。 3 環境汚染と自動車重量税 さて、他方で、自動車重量税には、環境汚染に対する費用を自動車保有者が負担をするという趣旨を看取することもできる。 例えば、自動車重量税法においては、一定の排出ガス性能及び燃費性能を備えた自動車については、その性能に応じて、新規車検時等の自動車重量税が減免される特例措置(エコカー減税)が講じられている。 税収の半分以上は国の一般財源となるが、その余は市町村の一般財源として譲与されるところ(この譲与分を「自動車重量譲与税」と呼ぶ。)、国の一般財源の一部は「公害健康被害の補償等に関する法律」(昭和48年法律第111号)附則第9条の規定により、公害健康被害補償制度の財源の一部となっている(佐藤良「車体課税をめぐる経緯及び論点」調査と情報935号7頁(2017)参照)。 エコカー減税が用意されていたり、公害健康被害補償制度の財源となっている点からみると、自動車重量税制度には、環境汚染に対する費用負担という意味を見出すことができるのである。 このように考えると、自動車重量税制とは、環境に対してどの程度の負荷をかけたか、言い換えれば、環境破壊にどの程度影響したかという点から創設された租税であり、環境保護という政策目的も含んで理解されるべき税制であるということもできるはずである。 そうであるがゆえに、自動車重量税法は課税標準を次のように定めているのである。 上記課税標準と税率について、乗用自動車の部分だけをまとめると以下のとおりとなる。 (一般財団法人 関東陸運振興センター〈ナンバーセンター〉HPより引用) この課税標準及び税率表のつくりをみると、対象となる自動車が環境に対してどの程度の負荷をかけたかという基準をベースにした租税負担であるとみることができよう。 けだし、一般車に比して軽自動車は租税負担を軽くしており、車両総重量が重いほど租税負担は重くなるのである。 そもそも、人の運送の用に供することができないようなダメージを受けた自動車は、環境に負荷を与える余地さえないのではなかろうか。そうであるとすれば、そのような自動車に対して自動車重量税を課すことには疑問も浮かぶ。 かような自動車は課税対象から外れると解する方が、自動車重量税法が目的としている環境汚染を防止するという趣旨からみても、妥当するように思えるのである。 (続く)
〈検証〉 TPR事件 東京高裁判決 【第1回】 公認会計士・税理士 佐藤 信祐 1 はじめに 拙稿「〈検証〉TPR事件 東京地裁判決」(2019年10月に本誌掲載)で解説したように、TPR事件とは、平成22年3月1日に行われた適格合併による繰越欠損金の引継ぎに対して、包括的租税回避防止規定が適用された事件である。 すでに解説したように、TPR事件の特徴として、適格合併を行う前に、被合併法人で行っていた事業を新会社に移転したという点が挙げられる。そのため、東京地裁でも、被合併法人が営んでいた事業、従業員が新会社に移転し、合併法人には移転していないことから、本件合併が繰越欠損金を引き継ぐための行為であり、事業目的が十分に認められないと判断している。この点については、裁判官の心証によるものも大きく、判決文だけでは判断できないものも多いため、敢えて分析を行う必要もないと思われる。 これに対し、包括的租税回避防止規定(法法132の2)の適用は、制度趣旨に反することが明らかであることが前提となっているものの、そもそも東京地裁、東京高裁が示した制度趣旨に問題があるという点については、再度、分析を行う必要があると考えている。 2 TPR事件東京高裁判決(令和元年12月11日Westlaw. japan文献番号2019WLJPCA12116002) 東京高裁では、争点(1)(特定資本関係が合併法人の当該合併に係る事業年度開始の日の5年前の日より前に生じている場合に法人税法132条の2を適用することができるか否か)について、争点(2)(本件合併が法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるもの」に当たるか否か)について争われているが、争点(1)において納税者(控訴人)の主張が認められないのは当然のことなので、争点(2)のみについて分析を行うこととする。 まず、争点(2)に対する納税者の主張は以下の通りである。 これに対し、裁判所は、以下のように判示している。 このように、東京高裁の判断は、東京地裁の判断とほとんど変わらないということが言える。納税者としては、「完全支配関係での合併では、金銭等不交付要件が唯一の税制適格要件とされているのであるから、完全支配関係での合併では、「移転資産に対する支配の継続」及び「事業の継続」は求められていないと解するほかない。」とまで主張したが、その前段階として、「立法過程において、完全支配関係がある場合には、「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」との要件を緩和することも考えられるとされ、そのように適格合併の要件が立法化されたことによる。」と主張したことは失敗だったように思われる。 納税者が勝訴するためには、要件を緩和したというだけに留まらず、そもそも「資産の移転が独立した事業単位で行われること」及び「組織再編成後も移転した事業が継続すること」という要件は不要であったと主張しなければならないため、以下のように主張すべきであったと考えられる。 このような主張の根拠として、以下の『平成13年版改正税法のすべて』136頁の記述を挙げることができよう。 * * * 次回では、TPR事件東京高裁判決の問題点について、さらに分析を行うこととする。 (了)