〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第23回】 「従業員のプライバシー権を侵害しないメール等のモニタリング」 弁護士 影島 広泰 -Question- 従業員が会社からデータを持ち出すことを防止するために、電子メールやWebの閲覧等をモニタリングしたいと考えています。そのようなことは可能でしょうか。 -Answer- 可能ですが、従業員のプライバシー権を不当に侵害しないよう、社内規程を定めて適切に運用することが求められます。 従業員が社内のデータを持ち出すことを防止するためには、次の5つの措置が重要であることは、【第16回】で述べたとおりである。 これら5つの措置のうち、③視認性の確保(漏えいが「見つかりやすい」環境づくりのための対策)として、従業員の電子データの取扱いのモニタリングを行うことが考えられる。 例えば、従業員が、転職時に、顧客名簿や図面などを持ち出すことを防止するためには、外部のメールアドレスへの送信やWebサービスへのアクセスを監視し、不適切な持出しを検知することが重要である。他方で、このようなモニタリングを行うことは、従業員のプライバシー権を侵害する恐れがある。 今回は、従業員のプライバシー権を不当に侵害することなく、モニタリングを行うために必要な対応を解説する。 1 従業員のモニタリングとプライバシー権 従業員の電子メールを上司がモニタリングしていたことが、違法であるか否かが争われた裁判がある。いわゆる「F社Z事業部事件」(東京地判平成13年12月3日)である。 この事件では、上司が、部下である従業員に対して、「一度時間を割いて部署の問題点などを教えてほしい」旨の電子メールを送信したところ、部下が「単なる呑みの誘い」でありセクハラであるなどと考え、その旨を同僚にメールしようとした。ところが、その同僚に送るつもりだったメールが誤って当該上司に送信されてしまったため、上司が、その後、その部下のメールをモニタリングするようになったという事案である。 この事件では、東京地裁は、結論として、職場で部下の私的な電子メールを上司が閲読・監視する行為について、部下の限度を超えた電子メールの私的使用が原因であること等の事情の下では、社会通念上相当な範囲を逸脱したものとはいえず、プライバシー権の侵害には当たらないとした。しかし、重要なのは、その判断の理由である。 判決では、F社では私的メールの禁止が徹底されたことはないことから、会社における職務の進行の妨げとならず会社の経済的負担が極めて軽微なものである場合には、合理的な限度の範囲内において私的メールは社会通念上許容されるとし、従業員の電子メールの私的利用にプライバシー権がないとはいえないと判示した。つまり、会社アカウントの電子メールだからといって、会社が何をしてもよいわけではなく、従業員のプライバシー権の侵害となる可能性があるということである。 もっとも、電子メールは、通信が社内のサーバ等に記録されるから、電話と同程度のプライバシー保護を期待することはできないとした上で、以下のように判示した(下線筆者)。 つまり、会社側が「社会通念上相当な範囲を逸脱した監視」を行った場合には、従業員のプライバシー権を侵害することになる。 2 モニタリングをする際に定めておくべきこと したがって、会社が従業員の電子メール等をモニタリングする際には、「社会通念上相当な範囲を逸脱した監視」を行わないようにする必要がある。そのためにはどうすべきであろうか。 この点について、個人情報保護委員会が、個人情報保護法ガイドラインのQ&Aにおいて、以下の見解を示している(下線筆者)。 つまり、①目的をあらかじめ特定し、社内規程等に定め、従業員に明示し、②責任者と権限を定め、③ルールを策定して徹底し、④適正に運用されているかの確認を行うことが実務的には求められる(また、労働組合等に通知し必要に応じて協議を行い、重要事項等を定めたときは従業者に周知することが望ましい)。 3 社内規程に定めるべきこと このように、モニタリングについての社内規程等を定めることが求められているといえるが、社内規程にはどのような規定を設けるべきであろうか。 この点について、経済産業省の「情報セキュリティ関連法令の要求事項集」には、電子メールのモニタリングに関する規程において規定しておくべき事項として、以下が列挙されている。 この(1)から(4)に、上記の個人情報保護委員会ガイドラインQ&Aの④「モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行う」を加えれば、漏れのない規程となるであろう。 以上のとおり、従業員のメール等のモニタリングを行うことは可能であるが、プライバシー権の侵害とならないよう、社内規程を定めた上で適切に運用する必要がある。 (了)
《速報解説》 令和2年度税制改正法案、グループ通算制度開始前後の 取扱いを規定するため、措置法の改正条文は2分割に Profession Journal編集部 現在、衆議院での審議が行われている令和2年度税制改正法案(「所得税法等の一部を改正する法律案」)だが、既報のとおり連結納税制度の見直し(グループ通算制度の創設)により、連結納税制度に関係する法人税法上の各規定は削除される改正内容となっており(法案第3条)、これら改正の施行日はグループ通算制度がスタートする令和4年4月1日とされている(附則第1条第5号ロ、第14条)。 一方、租税特別措置法のうち法人税法の特例規定については、今年度改正で創設される5G投資促進税制(措法案42の12の5の2)やオープン・イノベーション促進税制(措法案66の13)などは、連結納税制度下で制度が開始され、グループ通算制度がスタートする前、令和4年3月31日までの適用とされていることから、連結納税制度下においてこれら特例措置が規定される必要がある。 この点、改正法案を確認すると、法案第15条(P225~)で「租税特別措置法の一部改正」が規定され、さらに続く第16条(P368~)においても租税特別措置法の一部を改正する規定が見られる。これは、第15条によって連結納税制度下(令和4年3月31日まで)における令和2年度税制改正関連の措置法の改正を規定し、第16条ではグループ通算制度下における令和2年度税制改正関連の措置法の改正を規定していることによる。このため第16条の施行日は令和4年4月1日とされている(附則第1条第5号リ、第14条)。 (※) 法案では、第16条の規定による改正後の租税特別措置法について、「四年新措置法」という言い方をしており(附則第14条)、四年新措置法の施行前後の取扱いについて、多くの経過措置が附則に定められている。 このように今回の法案では、例年でもその多くを占める租税特別措置法の一部改正規定が2つに分かれているため、昨年の法案(全473ページ)に比べ903ページとボリュームのある内容になっている。法案の内容を確認する際も、第15条と第16条の規定を混同しないよう留意する必要がある。なお、研究開発税制のうち税額控除率の上乗せ措置は昨年度改正で延長されているものの、グループ通算制度開始1年前の令和3年3月31日までとされており、また当然ながら今後の税制改正によって新たに手当てされる租税特別措置もあることから、グループ通算制度に影響の大きい措置法の改正については、来年以降も引き続き注視する必要があろう。 (了)
《速報解説》 法務省、時価算定基準等に対応した 「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表 ~「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」を注記に追加~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年2月10日、法務省は、「会社計算規則の一部を改正する省令案」を公表し、意見募集を行っている。 これは、2019年7月4日に企業会計基準委員会が公表した「時価の算定に関する会計基準」(企業会計基準第30号)等及び同年12月12日に金融庁が公表した「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」に対応するものである。 意見募集期間は2020年3月10日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 金融商品に関する注記として表示すべき事項に「金融商品の時価の適切な区分ごとの内訳等に関する事項」を追加する(会社計算規則109条1項3号)。 ただし、会社法444条3項に規定する株式会社以外の株式会社にあっては、会社計算規則109条1項3号に掲げる事項を省略することができる。 Ⅲ 適用時期等 (了)
2020年2月6日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.355を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.85- 「米国で進むギグ・エコノミーへの対応」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 ITの発達に伴い、シェアリング・エコノミー、ギグ・エコノミーが拡大し、新たな成長機会や雇用機会が創出され、世界的に経済の活性化につながっている。わが国でもプラットフォームを通じた人材の有効活用、遊休資産・観光資源の掘り起こしなどに役立つ事例が増えている。 そのような中、プラットフォームを通じて単発の契約に基づき労務を提供する「ギグ・ワーカー」の増加が、既存の法律や制度、とりわけ社会保障制度や税制とミスマッチを起こしている。例えば社会保障制度については、失業保険や最低賃金が適用されないことから来る生活不安や労働環境の悪化が生じている。 * * * 税制の分野ではどうか。これまで税務申告に無縁であった人たちが、匿名性の高いプラットフォームを通じて労務を提供しはじめるので、無申告・過少申告といったタックス・ギャップ(Tax Gap)の拡大をもたらす可能性がある。 また、実額経費で申告する個人事業主と概算控除の適用される給与所得者の税負担の公平性の問題も生じる。給与所得者は多くが会社による年末調整で申告不要となるが、個人事業主は中間申告を含め申告義務が課せられるので、手間・負担の相違が生じる。 ギグ・ワーカーは、伝統的自営業者と異なり、プラットフォームを通じて労務を提供するので、その働き方が給与所得者に近いことから、このアンバランスは問題となる。 * * * さて欧米では、ウーバーの運転手という目に見える形で、ギグ・エコノミーが大きな社会問題となり、様々な議論が行われている。とりわけわが国に参考になる米国の議論として、プラットフォーマーによる源泉徴収制度の導入がある。 米国議会には、民主党議員と共和党議員から、一定規模以上のプラットフォーマーへの源泉徴収制度の導入を義務付ける法案が出されているが、共通する思想は、個人事業主であるギグ・ワーカーに、従業員並みの保障・便益を与えようということである。 例えば、巨大プラットフォーマーに対して、そこを通じて所得を得る(被用者以外の)個人事業主に対する報酬の支払いについて、雇用関連諸税(わが国でいう社会保険料)の源泉徴収の義務付けである。 さらに所得税について源泉徴収をすべきという提案もある。これにより、事業主のタックスコンプライアンスが改善されるとともに、彼らの納税の手間が軽減されるというメリットが生じる。税制当局・ギグ・ワーカー・プラットフォーマーの三者にメリットがあるとして源泉徴収制度が提唱されているのである。 * * * わが国でも、クラウドワーカーだけでなく、アマゾンの配達人、ウーバーイーツの配達人など個人事業主は増加しつつあり、このあたりの検討を始める必要があるのではなかろうか。 (了)
〔令和2年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第1回】 「研究開発税制の見直し」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和元年度税制改正における改正事項を中心として、令和2年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第1回】は、研究開発税制の見直しについて、令和2年3月期決算申告において留意すべき点を解説する。 ◎ 研究開発税制の見直し 研究開発税制とは、青色申告書を提出している法人において試験研究費が発生する場合に、その金額の一定割合について税額控除が認められる制度である。 平成31年3月期までは平成29年度税制改正による制度が適用されており、基本の税額控除である「総額型」と「オープンイノベーション型」、これに加えて上乗せの税額控除である「高水準型」が設けられていた。 【平成31年3月期における研究開発税制のイメージ】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 これが令和元年度税制改正によって見直されており、その主なポイントは次の通りである。 ① 「高水準型」の廃止 上乗せの税額控除として設けられていた「高水準型」は廃止され、「総額型」の増加インセンティブとして統合される。 ② 「総額型」の税額控除率の見直し(令和3年3月31日まで) 研究開発投資の増加インセンティブを強化するため、税額控除率の見直しが行われている。試験研究費の増減割合に応じて税額控除率が変動するが、改正前は、増加率5%を基準点として税額控除率が変動した。改正後は増加率8%が基準点となるため、8%を超えて試験研究費を増加させるほど税額控除率が上昇することになる。 税額控除率の上限・下限そのものには、下表の通り変化はない。 ③ 「総額型」の控除限度額の上乗せ(令和3年3月31日まで) 「総額型」の控除限度額は法人税額の25%となっているが、売上高試験研究費割合(平均売上高に対する試験研究費の割合)が10%を超える場合には、その割合に応じて控除限度額が上乗せ(法人税額の0~10%)されることとなっていた。この上乗せ措置が、改組の上、令和3年3月31日まで2年間延長されている。 また、中小企業者等においては、試験研究費増加率が5%を超える場合は、控除限度額に法人税額の10%を上乗せする措置が設けられていた。これが、試験研究費増加率が8%を超える場合に適用されることと改正され、令和3年3月31日まで2年間延長されている。 (※) 売上高試験研究費割合に応じて変動 ④ 「オープンイノベーション型」の拡充 「オープンイノベーション型」の対象となる研究の追加がされ、控除限度額が引き上げられている。主な改正のポイントは次の通りである。 ⑤ 一定のベンチャー企業の特例 研究開発を行う一定のベンチャー企業については、総額型の控除限度額が、法人税額の25%から40%に引き上げられている。 【令和2年3月期における研究開発税制のイメージ】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※1) 上記の主な改正ポイント③を参照 (※2) 研究開発を行う一定のベンチャー企業については40% (了)
〔免税事業者のための〕 インボイス導入前後の実務対応 【第1回】 「消費税の納税義務の免除制度の概要」 税理士 石川 幸恵 1 免税事業者数の実態 国税庁統計年報によれば、平成29年度の消費税の申告件数は317万件であった。これに対し、同年度の法人数は311万社、事業所得や不動産所得のある個人の合計は532万人。この関係をグラフで表すと、下図のようになる。 この統計より、免税事業者は526万に上るのではないかと推測できる。 〔事業者数グラフ〕 (注) 事業所得者と不動産所得者は重複しないように集計されている。 (※) 第143回国税庁統計年報(平成29年分)より筆者作成。 なお、消費税の申告件数には、課税期間短縮等により1社につき複数の申告がカウントされる可能性が考えられるので、消費税申告件数と納税義務者数がイコールとは言い切れない。 2 適格請求書発行事業者の登録制度が設けられた理由 適格請求書発行事業者の登録を受けることができるのは課税事業者に限られ(消法57の2)、登録後は、事業者免税点制度の適用を受けられない(インボイス通達2-5)。「平成28年度税制改正の解説」(財務省)によれば、その理由は以下のとおりである。 (1) そもそも、なぜ適格請求書等が必要なのか 複数税率制度の下、売手側と仕入側における適用税率の認識を一致させるためである。 (2) なぜ適格請求書等の発行は課税事業者、かつ、適格請求書発行事業者に限られるのか 適格請求書等は、適用税率や消費税額等に関する認識を課税資産の譲渡等を受ける他の事業者に正しく伝達する手段であるため、作成、交付は課税事業者に限定する。 さらに、他の事業者から受けた請求書等が適格請求書等に該当することを客観的に確認するための仕組みが必要となる。このため、適格請求書等を交付しようとする事業者に対して、あらかじめ税務署長に適格請求書発行事業者として登録を受けることを求めている。 (3) なぜ適格請求書発行事業者は事業者免税点制度を受けられないのか 基準期間における課税売上高によって何らの手続きを行うことなく免税事業者となったのでは、当該事業者から適格請求書等を受けた他の事業者における仕入税額控除制度の適用関係が不安定となるためである。 3 消費税の納税義務の免除制度 小規模事業者は、納税事務の負担に配慮して納税義務が免除されているのだが、適格請求書発行事業者の登録を受けることができない(経過措置については【第3回】参照)。ここで、納税義務が免除される「小規模事業者」について整理しておく。 (1) 当課税期間前の課税売上高による判定 ① 基準期間における課税売上高 その課税期間に係る基準期間における課税売上高(原則として、個人事業者の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度)が1,000万円以下の事業者は納税義務が免除される。 ② 特定期間における課税売上高 当課税期間の前年の1月1日(法人の場合は前事業年度開始の日)から6ヶ月の課税売上高が1,000万円を超えた場合、当課税期間においては課税事業者となる。課税売上高に代えて、特定期間の給与等支払額により判定することもできる。 (2) 事業開始時(基準期間がない課税期間)における判定 ① 個人事業者の新規開業 新たに事業を開始した個人事業者の基準期間は前々年、特定期間は前年の1月1日から6ヶ月である。前々年及び前年は給与所得のみを得ていたとすれば、基準期間における課税売上高、特定期間における課税売上高はともに0となり、免税事業者となる。 ② 相続により事業を承継した場合 相続があった年の基準期間における被相続人の課税売上高が1,000万円を超える場合は、相続があった日の翌日からその年の12月31日までの間の納税義務は免除されない。 相続があったことにより納税義務が免除されないこととなった事業者は、消費税課税事業者届出書(基準期間用)と併せて、相続・合併・分割等があったことにより課税事業者となる場合の付表(第4号様式)を提出する。 相続により事業を承継したことにより相続人が課税事業者となっても、適格請求書発行事業者の登録を受けるまでは、相続人は適格請求書等を発行できず、事業の継続に支障を来たす恐れがある。このような事態に対処するため、みなし登録期間が設けられている。みなし登録期間については、次回以降で確認する。 ③ 新設法人 新たに設立された法人については、設立1期目及び2期目の基準期間はない。ただし、基準期間がない事業年度であっても、その事業年度開始の日における資本金の額又は出資の金額が1,000万円以上である場合は、納税義務は免除されない。 上記の詳細は、下記のタックスアンサーを参照されたい。 なお、特定新規設立法人、合併・分割等があった場合、調整対象固定資産等を取得した場合については、今回のテーマとの関連性が薄いので省略する。 (3) 課税事業者の選択 免税事業者は、課税事業者選択届出書を納税地の所轄税務署長に提出することにより、原則として提出日の属する課税期間の翌課税期間から消費税の課税事業者となることができる。 課税事業者選択は、免税事業者にとって適格請求書発行事業者の登録手続きに深く関わる(インボイス通達2-1)。 4 課税仕入れの相手先としての免税事業者 冒頭で述べたとおり、適格請求書等保存方式の下では、免税事業者からの課税仕入れは仕入税額控除できない。一方、現行の区分記載請求書等保存方式までは、免税事業者からの課税仕入れと、課税事業者からの課税仕入れは同じ取扱いがされる(軽減税率Q&A 問15)。 * * * 【第2回】では、適格請求書等保存方式と区分記載請求書等保存方式それぞれの制度下における免税事業者の取扱い、適格請求書等保存方式への移行時の経過措置を確認する。 (了)
街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第1回】 「低い地代の貸宅地の評価」 城東税務勉強会 税理士 大塚 進一 ◆連載開始にあたって◆ 普段の税理士業務の中で、法令や通達に明確な記述がないような問題。質疑応答事例や実務の問答集にはっきりと書かれていない問題。あまり事例がなく見落としそうな問題。または、取引当初の状況がよくわからない、関与先が間違った処理をしていた等、前提条件が整理できておらず、どうすればよいのか悩む問題。さらには、原則と例外など場合によって勘違いしてしまうような問題。本連載では、このような「あれっ?」と思う税務の疑問点について、実務上どう処理するのが妥当かを探ってみるものです。 問 題 相続税評価では「貸宅地」について、古い物件かつ昔からのお付き合いということで借地の地代が非常に低い(固定資産税の1~2倍)ケースがありますが、地主と借地人が共に個人で他人の場合、使用貸借扱いとせず、賃貸借として借地権の控除は可能ですか。 回 答 相続時の地代が固定資産税額程度となっていても、借地開始当初から賃貸借で借地借家法の適用なら相続時、地主は貸宅地の評価(底地評価)、借地人は借地権評価として構わないでしょう。 ただし、当初から非常に安い地代で使用貸借とみなされる場合でも、借地の時期(昭和48年11月1日使用貸借通達の「経過的取扱い」)や所有者異動等により、使用貸借でも借地権があるものとされる可能性があります。 考 察 現在の賃料が固定資産税程度でも、即、使用貸借とは考えず、借地当初の状態では賃貸借として通常の地代を授受していたが、その後の土地の値上がりに伴う固定資産税の上昇にもかかわらず、それに見合うだけの地代の値上げができず、結果的に現在の地代が固定資産税程度以下になった等の場合は、借地権はあるものと考えられます。 当初の契約内容、借地期間の長短、借地期間の土地価格や固定資産税額の変化やそれに伴う地代の対応、当事者間の認識など総合的に考慮した上、借地権が認められるかを判断すべきです。 一般的に借地権の目的となっている宅地は、借地権を控除して評価(底地評価)されます(評基通25)。 通常の場合、 借地権の評価額 = 自用地価額 × 借地権割合 となります。ただし、使用貸借の場合は、借地権はないため、 貸宅地の評価額 = 自用地価額 となります。 しかし、古くからの借地の場合は賃貸借契約書がないケースも多く、当初の地代やその変遷も分からないことがよくあります。現在の地代から見て使用貸借が疑われる場合、当初から使用貸借であったとしても、借地の開始時期が個別通達「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」(直資2-189(例規)他、昭和48年11月1日)の6(経過的取扱い)による前であるときは、地主は底地評価できる場合があります。 (※) 下線部筆者 すなわち、上記の通達下線部を図示すると次の2パターンとなり、底地評価ができます。 ① 土地を相続等より取得する前に、土地上の建物等の所有者が異動していない場合 ② 土地を相続等より取得する前に、土地上の建物等の所有者が異動しており、その時に借地権課税がされている場合 ただし、ここで言う借地権相当額の贈与税が課税されているか否かは、実際に課税が行われていたかどうかによらず、その時期によって課税が行われていたものとして取り扱うこととされています。ただし、昭和46年12月31日以前において各国税局により取扱いに相違があり、例えば、東京国税局(昭和49年1月26日付 直資第219号)では昭和22年5月3日以降行われていたとされていますが、大阪国税局(昭和49年1月10日付 大局資(審)第7号)では昭和40年1月1日以降となっており、注意が必要です。 (了)
法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例14】 「分掌変更により支払う役員退職給与の損金性」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 【Q】 私は関東地方のとある県の県庁所在地で、自動車用のプラスチック製品の製造販売を行っている株式会社Xに、高校卒業後35年間勤務しており、現在経理部長を務めております。わが社は前会長Aが約50年前に創業した会社で、株式会社化した40年前からAが代表取締役を務めていました。 Aも高齢となり事業を後継者に任せるため、平成30年5月末の取締役会で、その娘婿であるBに代表取締役の地位を譲り、相談役に退きました。それに伴い、報酬の額は代表取締役の時の3分の1にまで減額されております。同時に、それまでのわが社に対する多大な貢献に報いるため、規定に基づきAに対し役員退職慰労金1億5,000万円を支給する旨を取締役会で決議し、翌月末に同額をAに対して支給したところです。株式会社Xは、平成31年3月期の法人税に関し、当該役員退職慰労金を全額損金の額に算入し、確定申告書を所轄税務署に提出しております。 ところが、今般受けたわが社に対する税務調査で、Aは代表取締役退任後も引き続き相談役としてX社の経営に関与し、対内的にも対外的にもX社の経営上の重要な地位を占めているものと判断されることから、実質的にX社を退職したと同様の事情にあったとは認められないとして、Aに対する役員退職慰労金の損金算入は認められない旨を調査官から伝えられました。 わが社は今回のAの相談役就任による役員退職慰労金の支給について、代表権の返上や報酬の激減といった事実を踏まえ、法人税基本通達9-2-32を根拠に、具体的には、「その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合」に該当するため、損金算入可能な退職給与として取り扱うべきと考えていることから、調査官の指摘は到底納得いくものではありません。経営陣とも相談の上訴訟も辞さない覚悟ですが、我々の主張が認められる余地はあるのでしょうか、教えてください。 【A】 法人税法上、損金に算入される役員退職慰労金は、退職した役員に支給される臨時的な給与で、業績連動給与に該当しないものをいい、さらに不相当に高額な部分の金額及び事実を隠蔽又は仮装して支給した金額以外を指すとされています。 しかし、その具体的な基準は専ら解釈に委ねられており、その実務指針の1つとして法人税基本通達9-2-32があるわけですが、その際問題となるのが、現実には法人から退職していないが、「実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合」とはどのような場合を指すのかという点です。 その解釈において重要な判断基準は、退職慰労金の支給対象者が分掌変更等により「経営上の主要な地位を占めていないこと」であり、AがX社の相談役の地位にとどまり経営に関与し続けている実態がある場合には、Aに対する役員退職慰労金の損金算入は認められないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 役員退職給与の意義 会社法においては、役員報酬のみならず役員賞与や役員退職慰労金も職務執行の対価として会社から受ける財産上の利益と解されている。そのため、退職慰労金(弔慰金を含む)も在職中の職務執行の対価として定款・株主総会決議により額を定めなければならない(※1)、とされている。 (※1) 江頭憲治郎『株式会社法(第7版)』(有斐閣・2017年)463頁。 租税法においては、退職給与(退職手当)につき、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう、とされている(所基通30-1)。 (2) 法人税法上の役員退職給与の意義 法人税法上、退職した役員に支給する退職給与(役員退職給与)の額(業績連動給与に該当するものは除く、法法34①)のうち、不相当に高額な部分の金額は損金に算入されない(法法34②)。ここでいう「不相当に高額な部分の金額」とは、退職し支給される役員が法人の業務に従事した期間、その退職の事情、同種事業・類似規模の法人の役員退職給与の支給の状況等を総合的に勘案して判断することとなっている(法令70②)。 上記判断項目のうち、「同種事業・類似規模の法人の役員退職給与の支給状況」と自法人の支給状況とを比較する主たる方法として、功績倍率法と1年当たり平均額法の2つがある(※2)。 (※2) 金子宏『租税法(第二十三版)』(弘文堂・2019年)401頁。 ① 功績倍率法 自法人と同種事業で、事業規模及び退職した役員の地位等が類似するものを選定した上で、その功績倍率に当該役員の最終月額報酬及び勤続年数を乗じて算出する方法であり、この中には更に、平均功績倍率法と最高功績倍率法とがある。 算式で示すと以下のとおりである。 ② 1年当たり平均額法 自法人と同種事業で、事業規模及び退職した役員の地位等が類似するものを選定した上で、当該他の法人における退職した役員の勤続年数1年当たりの平均退職給与の額に、当該役員の勤続年数を乗じて算出する方法である。 これを算式で示すと以下のとおりとなる。 (3) 分掌変更により支払う役員退職給与の損金性 それでは、本件のような、高齢の代表取締役が事業を後継者に任せるため、取締役会で後継者にその地位を譲り、相談役に退くときに退職慰労金を支払う場合のように、いわゆる「分掌変更」により支払う役員退職給与(慰労金)は、支払った法人において損金に算入されるのであろうか。 近年、分掌変更による役員退職給与の損金性が争われる事案が少なくないが(※3)、それは専ら法人税基本通達9-2-32の規定内容について、中でも現実には法人から退職していないが、「その役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合」とはどのような場合を指すのか、という点についての判断が問われているものである。 (※3) 2015年までの裁判例や裁決事例のリストについては、拙著『新版 税務調査事例から見る役員給与の実務』(清文社・2016年)248-249頁参照。 そのような事案の1つで、最近判断が下されたものがあるので、以下でその内容を確認していきたい(東京高裁平成29年7月12日判決・税資267号順号13033、TAINSコード:Z267-13033)。 ① 事案の概要 本件は、平成2年4月に設立されたプラスチック製部品の製造販売等を目的とし、東京都大田区に本店を置く株式会社である原告Aが、平成23年4月1日から平成24年3月31日までの事業年度の法人税について、確定申告書及び修正申告書を提出した後、原告の前代表取締役Bに対して支払った退職慰労金5,609万6,610円は損金の額に算入されるべきであったとして更正の請求(通法23①一)をしたのに対し、大森税務署長が、前代表取締役Bは退任後も原告A社の取締役として退任前と同様の業務を行っているため、本件退職慰労金を損金の額に算入することはできないとして、更正をすべき理由がない旨の通知処分をしたことから、本件通知処分の取消しを求める事案である。 一審の東京地裁平成29年1月12日判決・税資267号順号12952(TAINSコード:Z267-12952)では、原告の前代表取締役Bの月額報酬が、退任前の205万円から75万円に減額されているものの、退任後も引き続き原告の経営判断に関与していたこと、退任後もなおBが原告の経営上主要な地位を占めていた等により、裁判所は、報酬の減額の事実は、Bの役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあるとまでは認められないと判断し、原告の請求を棄却した。 それに対し、A社はこれを不服として控訴した。 ② 事案の争点 A社が前代表取締役Bに対して支払った退職慰労金は、法人税法第34条第1項括弧書き所定の「退職給与」に該当するか否か。 ③ 裁判所の判断 なお、納税者側は最高裁に上告しているが、上告棄却・不受理となって確定している(最高裁平成29年12月5日決定・税資267号順号13093、TAINSコード:Z267-13093)。 ④ 本裁判例からいえること 本裁判例の争点である「A社が前代表取締役Bに対して支払った退職慰労金は、法人税法第34条第1項括弧書き所定の「退職給与」に該当するか否か」に関し、裁判所はまず「退職給与」の意義について、「役員が会社その他の法人を退職したことによって支給され、かつ、役員としての在任期間中における継続的な職務執行に対する対価の一部の後払いとしての性質を有する給与であると解すべき」と判示している。 その上で、法人税基本通達9-2-32の規定内容のうち、現実には法人から退職していないが、「その役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合」について、一審(原審)においてなされた以下の事実認定及び認定事実の評価が相当であると判断している。 以上1)2)の事実認定から、営業部長の職にあったCがBに代わり原告の代表取締役に就任するに当たっては、原告の経営に支障が生じないよう、Bが、引き続き当分の間は原告A社の経営に関与してCに対する指導や助言を行うことによって、専ら営業部門で勤務してきたCの経営責任者としての経営全般に関する知識や経験の不足を補うことが予定されていたものと「評価」される。 以上3)4)の事実認定に照らすと、Cは、代表取締役に就任した後、原告A社の経営に関する法令上の代表権を有してはいたものの、Cが原告A社の営業以外の業務や組織管理等の経営全般に関する経営責任者としての知識や経験等を十分に習得して自ら単独で経営判断を行うことができるようになるまでは、Bが、原告A社の経営についてCに対する指導と助言を行い、引き続き相談役として原告の経営判断に関与していたものと「評価」される。 以上5)6)から、Bは、営業会議及び合同会議には出席しなくなったものの、原告の幹部が集まる代表者会議に引き続き出席し、営業会議及び合同会議についても議事録の回付により経営の内容の報告を受けて確認し、助言や指導を行うなど、経営上の重要な情報に接するとともに個別案件の経営判断にも影響を及ぼし得る地位にあった上、10万円を超える支出の決裁にも関与していたものと「評価」される。 以上のような事実認定及び認定事実の評価に照らせば、裁判所の「乙は、原告の代表取締役を退任した後も、その直後の本件金員の支給及び退職金勘定への計上の前後を通じて、引き続き相談役として原告の経営判断に関与し、対内的にも対外的にも原告の経営上主要な地位を占めていたものと認められるから、甲が代表取締役に就任したことにより乙の業務の負担が軽減されたといえるとしても、本件金員の支給及び退職金勘定への計上の当時、役員としての地位又は職務の内容が激変して実質的には退職したと同様の事情にあったとは認められないというべきである。(下線部筆者)」という判断は妥当といわざるを得ないだろう。 (4) 役員退職慰労金の支給とコーポレートガバナンス 本件に関連し、代表取締役等が退任後も後継者が育つまでの間、そのスムーズな引継ぎ等の観点から、取締役等として引き続き経営に関与する場合には、限定的に役員退職給与の損金算入を認めてもよいのではという意見もある(※4)。このような意見の背景には、退職金の算定に上記(2)①の功績倍率法を適用する場合、最終月額報酬が下がると退職金も下がるため、報酬が下がる前の金額を用いて算定をしたいという事情もあるようであるが、筆者はコーポレートガバナンスの観点からこれにはあまり賛成できない。 (※4) 近藤雅人「分掌変更による役員退職給与の損金性」『最新租税基本判例70』(日本税務センター・2019年)137頁。 よく言われることであるが、経営者のなかでも社長(トップ)の最大の仕事は、後継者の育成・選任である。これは、企業・法人は継続する事業体(継続企業の原則)であるという前提に立てば、もっともな考え方であるといえよう。前経営者の後見がなければやっていけない者は、そもそもトップの器ではなく、前経営者が表面的な退任後もダラダラと実質的に経営に関与することは、いわゆる「二重権力(ないし院政)」につながり、コーポレートガバナンスの観点からも回避すべき事態であるといえる。 したがって、それを助長しかねない役員退職慰労金の損金算入の取扱いは、租税法の不当な会社法への介入となり、少なくとも会社法の原則を曲げてまで斟酌すべき事情であるとは思えず、必要な租税政策とも言えないことから、肯定されないものと考えられる。 (5) 本件への当てはめ 法人税法上、損金に算入される役員退職(慰労)金は、退職した役員に支給される臨時的な給与で、業績連動給与に該当しないものをいい、さらに不相当に高額な部分の金額及び事実を隠蔽又は仮装して支給した金額以外を指すとされている。しかし、その具体的な基準は専ら解釈に委ねられており、その実務指針の1つとして法人税基本通達9-2-32があるのであるが、その際問題となるのが、現実には法人から退職していないが、「実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合」とはどのような場合を指すのかという点である。 その解釈において重要な判断基準は、退職慰労金の支給対象者が分掌変更等により「経営上の主要な地位を占めていないこと」であり、裁判例に照らすと、AがX社の相談役の地位にとどまり実質的に経営に関与し続けているという実態がある場合には、仮に報酬が代表権を有するときの3分の1に減額されていたとしても、Aに対する役員退職慰労金の損金算入は認められないものと考えられる。 (了)
租税争訟レポート 【第47回】 「内縁の妻に対して支給した給与の否認と納税告知処分 (第一審:東京地方裁判所2019(令和1)年5月30日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【判決の概要】 〈第一審〉 【事案の概要】 建設用機械及び車両の企画・設計・製造・販売等を目的として設立された法人である原告は、処分行政庁である茂原税務署による税務調査の対象となった平成19年10月1日に開始する事業年度から、平成26年9月30日に終了する事業年度までの各事業年度における法人税の確定申告において、自己の従業員であるとする「A」に給与を支給したとして、その支給額を損金の額に算入して申告を行った。 税務調査の結果、茂原税務署は、その支給額につき、「A」に対する給与であるかのように事実を仮装して経理することにより原告代表者に対して支給された役員給与の額と認め、①法人税法34条3項に基づき、法人税の所得の金額の計算上、その支給額を損金の額に算入することはできないとして、平成27年6月29日付けで、各事業年度に係る法人税の更正処分をするとともに、②原告代表者に対する役員給与に該当するとした金額につき、所得税法183条1項に基づき、平成20年上期から平成26年下期までの各期間について納付すべき源泉所得税が発生しているとして、その納税告知処分をし、さらに、③国税通則法の規定に基づき、各期間に係る不納付加算税及び重加算税の各賦課決定処分をした。 本件は、原告が、被告を相手に、本件各更正処分、各納税告知処分及び各賦課決定処分の取消しを求める事案である。 【判決の概要】 1 「A」に対する支給に関する経理処理等 原告は、各事業年度に属する各月において「A」に対して支払ったとする月額45万円につき「給与手当」として経理処理し、各事業年度における法人税の所得金額の計算上、損金の額に算入した。 原告は、各期間を通じ、各支給額に係る源泉所得税等として月額1万2,760円、社会保険料として月額5万3,737円を、それぞれ「A」に係る預り金として経理処理した。 原告は、各事業年度・各期間において、「A」に対しては、毎月40万円を同人名義の銀行口座に振り込む方法により支払われていた。なお、上記の振込金額は、支給額(45万円)から、預り金の額を差し引いた後の金額に、若干の加算をした金額(原告の主張では、「A」が所有するリース車に係るリース料相当額を上乗せしている)に相当する。 2 争点に対する主張 本項では、争点(1)とした、「A」に対する支給額が、原告による「A」に対する給与の支給ではなく、原告代表者に対する役員給与に該当するか否かについて、原告・被告双方の主張の概要をまとめておきたい。「原告代表者に対する役員給与」であることが認定されれば、争点(2)の事実を仮装したかどうかも、自ずと判断ができると考えられるからである。 (1) 被告の主張 被告が行った事実認定は次のとおりである。 これらの事実認定によって、被告は次のように主張した。 (2) 原告の主張 これに対して、原告は、原告代表者が「A」の居宅を仕事場として使用するようになったことを、次のように説明した。 そのうえで、「A」の業務内容については、次のとおりであると説明した。 また、被告が主張する「出退勤管理」を行っていないことや「給与支払報告書」の未提出については、いずれも、「A」が原告の従業員であることを否定する事情ではないと反論した。 3 裁判所の判断 本件では、東京地方裁判所は「第3 当裁判所の判断」冒頭で、以下のように述べ、原告の請求を「棄却すべきである」ことを明らかにした。 (1) 認定事実 裁判所による認定事実は、概ね、被告の主張と同様であるが、原告代表者と「A」との出会い、原告代表者が配偶者と別居状態の中、平成3年7月頃から「A」と同居を始めたことなどが示されている。 (2) 法人税法34条(役員給与の損金不算入)の規定 裁判所は、まず、役員が個人として負担すべき費用を法人が負担することによってその役員に付与される経済的利益についても法人税法34条4項が定める「その他の経済的な利益」に該当するものと解するのが相当であるとの判断を示した。 そのうえで、原告が「A」に対する給与として支給した額は、「A」が原告の従業員として労務を提供したことに対する対価と認めることはできず、その実質は、原告代表者と共同生活を営む内縁の妻である「A」が、自宅で仕事を行う原告代表者のために多大な労苦を伴う活動を継続してきたことに対し、その内助の功に報いる生活保障の趣旨で支給されたものと認めるのが相当であると判示した。 そして結論としては、原告代表者が個人として負担すべき費用を原告が負担したものにほかならないことから、原告代表者が得た経済的な利益は、法人税法34条4項が定める「その他の経済的な利益」に当たり、同条1項から3項までの適用上、原告がその役員である原告代表者に対して支給する給与に含まれるものというべきであると結論づけた。 そのうえで、原告は、各支給額を、原告代表者に対する役員給与として経理処理すべきであったところ、これを「A」に対する給与の支給であると仮装して経理処理をしており、法人税法34条3項により、各支給額は損金の額に算入することができないものであり、処分行政庁による各更正処分は適法であると判断した。もっとも、原告には繰越欠損金が存在しているため、法人税に関して追徴課税はない。 (3) 納税告知処分について 裁判所は、次いで、処分行政庁が行った納税告知処分に関して、各支給額は原告代表者に対する役員給与と認められるから、原告は、各期間において、各支給額を原告代表者の役員給与に加算して、その加算分に係る所得税等を源泉徴収して納付すべきところ、これを納付していなかったものであるから、各納税告知処分がこれを納付すべきものとしたことは適法であると判示した。 (4) 事実を仮装して経理することにより支給されたものであるか否か(争点2) さらに、裁判所は、原告による「A」に対する支給が、事実を仮装して経理することにより支給されたものであるか否かについて、次のように判断して、処分行政庁による賦課決定処分が、原告の各期間に係る源泉所得税等の額について、不納付加算税及び重加算税を賦課するとしたことは適法であるとした。 すなわち、「A」に対する各支給額は原告代表者に対する役員給与に当たるところ、原告は、これを「A」に対する給与手当として経理処理し、出勤簿を作成して、厚生年金保険及び健康保険の被保険者の資格を取得させ、各支給額に係る源泉徴収税等及び社会保険料を「A」に係る預り金として経理処理するなど、「A」が原告の従業員であるかのように装って各支給をし、各事業年度における法人税の所得金額の計算上、各支給額を損金の額に算入したものであることから、原告による各支給は、原告代表者に対して支給した役員給与を、「A」に対して支給した給与手当であると事実を仮装して経理をすることにより支給したものと認めるのが相当であると結論づけたものである。 【解説】 税務調査でよく問題になる事案に、「特殊関係人」「特殊関係使用人」に対する支出がある。前者はいわゆる「愛人」「内縁関係にある者」を意味し、後者は前者に加えて配偶者や子供、親族など代表者と特別の関係にある者を使用人として雇用し、給与を支給している場合に使用される用語である。こうした者に対して支出した金員が、各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入することが妥当かどうか。本事案はまさにその点が争点となった。 1 税務調査を行うこととなった理由 判決文別紙によれば、原告の繰越欠損金額は、平成20年9月期の更正処分が行われた段階で、約7,000万円である。原告の決算内容が不明であることから、原告がいつ頃から赤字決算を続けているのかは明らかではないが、茂原税務署が、これだけの欠損金額がある法人の税務調査を行うこととした理由もまた明らかではない。 特殊関係人や特殊関係使用人に対する支出に係る税務調査の端緒としては、会社の従業員や元従業員が、就業の事実のない者に対する支出を不審に思い、あるいは、自分の給与と比較して高額であることに不満を持って、税務署に密告するケースもあると仄聞するが、本件も、そうしたケースであったのかもしれない。 2 「内縁」関係の認定 裁判所は、判決文の中で、3ヶ所「内縁の妻」という表現を用いている。 その一方、判決文を読む限り、被告である国は、その主張の中で、原告代表者と「A」の関係について、「内縁」という文言を避けているようである。その理由については推測するしかないのであるが、被告が「内縁関係にあるから原告の給与ではない」という主張を行った場合には、おそらくは税務調査の過程で、「内縁関係」を否定していると考えられる原告及び原告代表者が、法廷でも「内縁関係にはないこと」の主張を繰り返し、本来の争点である、「給与として損金の額に算入することが妥当かどうか」「代表者に対する経済的利益の供与として、役員給与に該当するか否か」といった論点がかすんでしまうことを恐れての訴訟戦略であったのではないかと思料する。 つまり、内縁関係にあろうか否かにかかわらず、「A」が行ってきたとされる業務は、原告の従業員として労務を提供したことに対する対価と認めることはできず、あくまで原告代表者個人の生活上の便宜を図った行為に過ぎないという主張を貫くために、あえて「内縁」という文言を避けていると考えられる。 (了)