特別事業再編(自社株対価M&A)に係る 課税繰延措置等特例制度の解説 【第2回】 「特別事業再編計画の認定要件」 太陽グラントソントン税理士法人 マネジャー 税理士 川瀬 裕太 特別事業再編計画の認定を受けたものが支援制度の対象となり、認定を受けた事業者による自社株式を対価とした株式取得に応じた株主について、株式の譲渡損益への課税繰延措置が適用されることとなる。 改正産業競争力強化法に定められた「特別事業再編計画の認定要件」は次のとおり。 計画期間 3年以内(大規模な設備投資を行うものに限り5年) 生産性の向上(事業部門単位) 計画の終了年度において、次のいずれかの指標の達成が見込まれること ① 修正ROA:3%ポイント向上 ② 有形固定資産回転率:10%向上 ③ 従業員1人当たり付加価値額:12%向上 (※1) 修正ROA=(営業利益+減価償却費+研究開発費)/総資産の帳簿価額×100 (※2) 有形固定資産回転率=売上高/有形固定資産の帳簿価額 (※3) 従業員1人当たり付加価値額=(営業利益+人件費+減価償却費)/従業員数 財務の健全性(企業単位) 計画の終了年度において、次の両方の達成が見込まれること ① 有利子負債/キャッシュフロー ≦ 10倍 ② 経常収入 > 経常支出 雇用への配慮 計画に係る事業所における労働組合等と協議により、十分な話し合いを行うこと、かつ実施に際して雇用の安定等に十分な配慮を行うこと 事業構造の変更 他の会社の株式・持分の取得を行うこと(以下の①~③すべてを満たすことが必要) ① 他の会社を関係事業者とすること ② 対価として自社の株式のみを交付すること ③ 対価として交付する株式の価額(対価の額)が余剰資金の額を上回ること (※4) 関係事業者とは、産業競争力強化法2条8項、同施行規則3条の関係を有する事業者をいう。 (※5) 余剰資金の額=現預金-運転資金-上記以外の買収に要する資金の額 前向きな取組 計画の終了年度において、次のいずれかの達成が見込まれること ① 新商品、新サービスの開発・生産・提供 ⇒ 新商品等の売上高比率を全社売上高の1%以上 ② 商品の新生産方式の導入、設備の能率の向上 ⇒ 商品等1単位当たりの製造原価を5%以上削減 ③ 商品の新販売方式の導入、サービスの新提供方式の導入 ⇒ 商品等1単位当たりの販売費を5%以上削減 ④ 新原材料・部品・半製品の使用、原材料・部品・半製品の新購入方式の導入 ⇒ 商品1単位当たりの製造原価を5%以上削減 新事業活動 次のいずれかにあたる新事業活動を行うこと(後述) ① 著しい成長発展が見込まれる事業分野における事業活動 ② プラットフォームを提供する事業活動 ③ 中核的事業へ経営資源を集中する事業活動 新需要の開拓 計画の終了年度において、新たな需要を相当程度開拓することが見込まれること ⇒ 売上高伸び率 ≧ 過去3事業年度の業種売上高伸び率+5%ポイント等 経営資源の一体的活用 申請事業者と関係事業者となる他の会社がそれぞれの有する知識、技術、技能等を活用することにより、商品又は役務の開発、資材調達、生産、販売、提供等において協力すること 上表のうち「新事業活動」とは、以下の①から③のいずれかにより、新需要を相当程度開拓するとともに、著しい生産性向上を達成する取組みとされている。 ① 著しい成長発展が見込まれる事業分野における事業活動 ② プラットフォームを提供する事業活動 ③ 中核的事業へ経営資源を集中する事業活動 * * * 次回は本特例制度における課税関係について解説する。 (了)
〈平成30年度改正対応〉 賃上げ・投資促進税制(旧・所得拡大促進税制)の 適用上の留意点Q&A 【Q9】 「組織再編が行われた場合の取扱い(総論)」 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 [Q9] 平成30年度の税制改正によって所得拡大促進税制が抜本的に改正されていますが、組織再編を行った場合の取扱いについてはどのように変更されたのでしょうか。 [A9] ◆改正前の制度では「基準雇用者給与等支給額」及び「比較雇用者給与等支給額」について、組織再編が行われた場合の調整計算の定めがありましたが、改正後の制度では「比較雇用者給与等支給額」に係る調整計算のみが定められています。 ◆平成30年度の税制改正で新たに定められた比較教育訓練費の額及び中小企業比較教育訓練費の額について、組織再編が行われた場合の調整計算の定めが追加されました。 【解説】 (1) 組織再編が行われた場合の取扱いに関する基本的な考え方 本税制を適用しようとする法人において合併、分割等(分割、現物出資、現物分配)が行われた場合には、企業規模が著しく変動することとなるため、適用要件のうち前事業年度等の給与等支給額や教育訓練費との比較を行う局面で組織再編前の金額をそのまま用いると適切な結論に至らないおそれがあることから、比較すべき金額については組織再編による影響を加味して調整することとしている。 (2) 平成30年度の税制改正による変更点 平成30年度の税制改正によって基準事業年度の概念が廃止されたことに伴い、改正前の「基準雇用者給与等支給額」に係る調整計算が削除され、「比較雇用者給与等支給額」に係る調整計算についても規定の見直しが行われている(措令27の12の5⑦~⑫)。 あわせて、新たに導入された「比較教育訓練費」及び「中小企業比較教育訓練費」についても、調整計算の規定が新設された(同⑳㉑)。 (3) 全体像 比較雇用者給与等支給額について組織再編が行われた場合の調整計算は、その組織再編がいつ行われたかにより、①適用年度中に組織再編が行われた場合の調整計算と、②「基準日」(後述)から適用年度開始日の前日までに組織再編が行われた場合の調整計算の2つに分けて規定されている。 比較教育訓練費及び中小企業比較教育訓練費に係る調整計算についても、組織再編手法ごとに若干の対象期間の区切り方や用語の違いはあるものの、それらの用語については比較雇用者給与等支給額に関する規定を読み替えて適用することとされており、具体的な調整計算の方法自体は同じであるといえる。 調整計算の対象となる組織再編は合併、分割等(分割、現物出資、現物分配)であり、分割等については分割法人等と分割承継法人等のそれぞれについて規定されている。 なお、改正前の制度で規定されていた新設合併、新設分割及び現物出資設立に係る調整計算の規定は削除されている。改正後の制度は設立事業年度に適用されないためである。 以上を踏まえ、調整計算に関する条文をマッピングすると下表のようになる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第53回】 公認会計士 佐藤 信祐 (《第8章》 平成18年から平成21年までの議論) ④ 時価が帳簿価額以上である資産と特定資産譲渡等損失相当額の計算 (ⅰ) 平成21年当時の見解 拙著『組織再編における繰越欠損金の税務詳解(第2版)』(中央経済社)213-214頁では、以下のように解説していた。すなわち、繰越欠損金の引継制限、使用制限の特定資産譲渡等損失相当額の計算における特定引継資産の意義は、 を と読み替えることされていた。 そして、「政令で定めるもの」とは、棚卸資産、短期売買商品、売買目的有価証券、帳簿価額又は取得価額が1,000万円に満たない資産、時価が税務上の帳簿価額以上の資産をいうのに対し、上記の条文構成では、その部分も含めて「被合併法人が特定資本関係が生じた日において有する資産」と読み替えられていることになる。 その結果、特定資本関係発生日における時価が税務上の帳簿価額以上である資産であっても、特定資産譲渡等損失相当額の計算上、特定資産から除外できないということになる。 (ⅱ) 現在の私見 しかしながら、税理士法人トーマツ(現 デロイトトーマツ税理士法人)の稲見誠一税理士との共著である『実務詳解 組織再編・資本等取引の税務Q&A』534-535頁(中央経済社、平成24年)では、 と規定されていることを理由として、棚卸資産などの除外規定を含めたうえで、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の規定を適用したと仮定して、特定資産譲渡等損失相当額の計算を行うべきであるとした。特定資産譲渡等損失額についての実務上の解釈が定着したことに伴う修正である。 さらに、法人税確定申告書別表7付表(1)の記載要領でも、「特定引継資産又は特定保有資産の譲渡等特定事由による損失の額の合計額」及び「特定引継資産又は特定保有資産の譲渡又は評価換えによる利益の額の合計額」の各欄に記載した金額の計算に関する明細を別紙に記載して添付することが記載されている。すなわち、支配関係発生日における時価が税務上の帳簿価額以上である資産についても、別紙で記載することにより特定資産から除外することができることになる。 ⑤ 特定資産を適格分社型分割により移転する場合 前掲の拙著220-223頁では、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の適用対象になる法人であっても、対象となる特定資産を適格分社型分割により支配関係が生じてから5年を経過している他の法人に移転した場合には、①当該他の法人は特定資産譲渡等損失の損金不算入の対象法人にならないことから、分社型分割により移転した特定資産に対しては、損金不算入の対象にならないこと、②適格分社型分割により取得した株式については、特定資産譲渡等損失の損金不算入の対象となる適格組織再編成を行った後に取得した資産であることから、損金不算入にならないこととした。 その後、平成25年度税制改正により、支配関係発生日後に適格組織再編成により取得した資産に対して、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象とされ、平成29年度税制改正により、支配関係事業年度開始の日から支配関係発生日の前日までに処分した資産に対して、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象とされたのに対し、上記の取扱いについては何ら改正が行われていない。 そのため、上記の解釈は現行法上も有効であると解される。 ⑥ 貸倒引当金と特定資産譲渡等損失額 (ⅰ) 平成21年当時の見解 前掲の拙著226-228頁では、個別貸倒引当金の戻入益を控除したうえで特定資産譲渡等損失相当額の計算をすることとされていることから、個別貸倒引当金の繰入額は特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象になると解していた。 (ⅱ) 現在の私見 しかしながら、税理士法人トーマツ(現 デロイトトーマツ税理士法人)の稲見誠一税理士との共著である『実務詳解 組織再編・資本等取引の税務Q&A』548-549頁(中央経済社、平成24年)では、個別貸倒引当金の繰入額は、翌事業年度において益金の額に算入され(法法53⑩)、損失の額として確定していないことから、「これらに類する事由による損失」に該当しないと考えられ、特定資産譲渡等損失額の損金不算入の対象に含まれないものとした。特定資産譲渡等損失額の損金不算入についての実務上の解釈が定着したことに伴う修正である。 ⑦ 営業権と時価純資産超過額の計算 (ⅰ) 平成21年当時の見解 前掲の拙著237-238頁では、時価純資産超過額の計算が個々の資産及び負債の積上計算により行うように規定されていることから、差額概念としてののれんを時価純資産超過額の計算に織り込むことは馴染まないものとしていた。 (ⅱ) 現在の私見 しかしながら、西村美智子・中島礼子「欠損金引継制限の特例における時価純資産価額計算にのれん(営業権)は加味できるか?」国税速報6069号37-39頁(平成21年)では、被買収会社側における時価純資産超過額の計算上、買収価額を時価総額とみなすことができるという見解が述べられ、稲見誠一・三富樹子「適格合併における特定資産譲渡等損失の損金算入制限(時価純資産超過額がある場合)」国税速報6075号34-35頁(平成21年)では、買収会社が市場で評価されている株価総額(時価総額)を時価総額とみなすことができるという見解が述べられるようになった。 これに対応し、税理士法人トーマツ(現 デロイトトーマツ税理士法人)の稲見誠一税理士との共著である『実務詳解 組織再編・資本等取引の税務Q&A』552-555頁(中央経済社、平成24年)でも、これらの論文の見解に従う形で解釈の変更を行っている。 * * * 次回では、のれんの計算についての解説を行う予定である。 (了)
海外移住者のための 資産管理・処分の税務Q&A 【第6回】 「金融資産③(移住後に非上場会社である内国法人から配当を受け取る場合)」 税理士・行政書士 島田 弘大 Question 私は来年、海外へ移住することを検討しています。現在、日本の非上場株式の株主となっており、移住後もその内国法人から配当を受け取る可能性があります。 このような場合、移住後は課税関係は変わるのでしょうか。 移住後の課税関係を教えて下さい。 Answer 1 はじめに 海外への移住を検討している日本の居住者(個人)が日本の非上場株式を保有しているケースはよくある。非上場株式を保有している方が移住する場合には、まず国外転出時課税制度の検討が必要になる。国外転出時課税制度の検討については、前回の【第5回】をご参照いただきたい。 今回は移住後にその非上場会社である内国法人から配当を受け取った場合の課税関係についてご紹介したい。 2 非居住者が内国法人から配当を受け取った場合の課税関係 非居住者が内国法人から配当を受け取った場合の課税関係については、①まずは日本の所得税法(国内法)を確認し、②さらに居住地国の所得税法を確認、③最後に日本と居住地国との間の租税条約を確認して、各国での課税関係の結論を導き出す流れになる。 以下では移住先として、筆者が携わることの多いシンガポールを例にとって説明したい。 なお、日本の所得税法の取扱いはどの国に移住したとしても当然同じである。したがって、居住地国がシンガポール以外の国である場合には、その国の所得税法及び、日本とその国との租税条約を確認すればよいため、応用していただきたい。 (1) 日本の所得税法 ① 非居住者の課税所得の範囲 日本の所得税法上、居住者は原則として、日本国内だけでなく国外も含めた全世界所得が課税対象とされるが、非居住者は日本国内で稼得した「国内源泉所得」のみが課税対象とされる(所法161)。 ② 国内源泉所得の範囲 上記①のとおり、非居住者は「国内源泉所得」のみが課税対象になるが、平成29年分以降の「国内源泉所得」の範囲は下記のとおりである(所法161①~⑰)。 配当はこのうち、⑨の内国法人から受ける剰余金の配当に該当するため、「国内源泉所得」に該当する。つまり、日本の所得税法上、非居住者も内国法人から受領する配当は日本で課税対象になる。 ③ 課税方法と税率 国内に恒久的施設を有しないことを前提とすると、非居住者(個人)が非上場会社である内国法人から配当を受領した場合、20.42%の源泉徴収のみで課税関係が完結する「源泉分離課税」の適用を受けることになる。なお、私募公社債等運用投資信託等の収益の分配の場合は、例外的に15.315%の源泉分離課税となる(措法8の2③)。 (※) 今回の設例は非居住者(個人)が非上場会社である内国法人から配当を受領するケースであり、基本的にその個人は国内に恒久的施設を有しないことが想定される。したがって、国内に恒久的施設を有しないことを前提としているが、国内に恒久的施設を有するかどうかで日本国内での課税方法は異なってくるため、その点は注意が必要である。 (2) 居住地国(シンガポール)の所得税法 次に、居住地であるシンガポールの所得税法を確認する。シンガポールの居住者が日本の非上場会社である内国法人から受領する配当について、シンガポールでは課税対象には含まれていない。つまり、シンガポール側では受領した配当について課税は生じないこととなる。 (3) 日本・シンガポール租税条約 ① 租税条約による減免 最後に、日本・シンガポール租税条約の規定を確認する。配当については下記のとおり規定されている。 上記のとおり、日本・シンガポール租税条約により、5%又は15%に課税が減免されている。例えば、過去から長期的に25%以上を保有している非上場株式からの配当であれば、日本・シンガポール租税条約により5%を超えて課税することはできないとしている。 ② 租税条約に関する届出 租税条約の規定に基づき源泉徴収税額の減免を受ける場合には「租税条約に関する届出」を配当の支払者を通して、支払者の所轄税務署長に提出することとされている。なお、この届出の提出期限は最初に配当の支払いを受ける日の前日である。 (4) 結論 ① 日本側の課税関係 非居住者である個人(日本国内に恒久的施設を有しない)が非上場会社である内国法人から配当を受領した場合、日本の所得税法上は20.42%の源泉分離課税が必要とされている。しかし、日本・シンガポール租税条約の規定により、5%又は15%に課税が減免されており、日本側では5%又は15%を超えて課税できないこととされている。 したがって、配当を支払う際の源泉徴収税率は日本・シンガポール租税条約の適用を受けることにより、5%又は15%の源泉徴収のみで課税が完結することになる。 ② シンガポール側の課税関係 シンガポールの居住者が日本の非上場会社である内国法人から受領する配当について、シンガポールの所得税法ではそもそも課税されないことになっている。したがって、特にシンガポール側で課税が生じることはない。 なお、仮に、移住先の居住地国の所得税法で配当について課税されることになっている場合、租税条約の規定では通常居住地国でも課税できることとされている。したがって、居住地国の所得税法に基づいて居住地国でも課税できる。 日本でも源泉徴収され、居住地国でも課税されるため、二重課税となってしまう可能性があるが、その場合は居住地国側で外国税額控除の適用を受けられるか検討する流れとなる。 今回の設例では、シンガポールではそもそも課税されず二国間での二重課税は生じないため、その検討は不要である。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第62回】 「極度貸付契約書の記載金額」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 金融機関から手形貸付の方法により、一定の金額の範囲内で反復し金銭を借用する際に下記の極度貸付借用証書を作成しますが、印紙税の取扱いはどうなりますか。 【事例】 記載金額のない第1号の3文書(消費貸借に関する契約書)に該当する。 [検討] 極度又は限度貸付契約書の記載金額 限度(極度)貸付契約には、以下の2通りがある。 ▷まとめ 事例の契約については、金銭の消費貸借に関する契約であり、第1号の3文書に該当することについては明らかであるが、貸付けのための限度額又は極度額が印紙税の記載金額に該当するかどうかについては、貸付累計額が一定の金額に達するまで貸し付けるものであれば貸付累計額(最高額)が記載金額となり、一定の金額の範囲内で貸付けを反復して行うことを約する契約である場合には、貸付金額を予約したものではないため、記載金額には当たらない。 したがって、事例第2条に記載されている金額は、貸付限度額を予約したものではないため、記載金額には該当しない。 なお、連帯保証人については、主たる債務の契約書に併記された保証契約のため、第13号文書(債務の保証に関する契約書)に該当しない。 (了)
~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第21回】 「費用の帰属は法人(司法書士法人)か個人(司法書士)かが争われた事例」 税理士 佐藤 善恵 (※) ( )内の青色文字は、略称設定であり、以下その略称を使用する。 〔概要等〕 個人で司法書士業務を営んでいた原告は、平成22年12月末に電車内広告契約に係る費用(本件広告宣伝費)を支払い、平成22年分の所得税の確定申告において、本件広告宣伝費を事業所得の必要経費として所得税の確定申告を行った。 これに対して原処分庁は、本件広告宣伝費は法人成りにより設立された司法書士法人の業務を広告することを内容としている等として、原告の必要経費算入を否認した。 争点は、①本件広告宣伝費を平成22年分の事業所得の計算上必要経費に算入することができるか否か、②本件広告宣伝費に係る消費税額を平成22年課税期間の消費税等の控除対象仕入税額とすることができるか否かである。ここでは、主に①の争点について取り上げる。 (※) 本件広告宣伝費に係る広告契約は、時期の異なる3つのポスターの電車内への掲出が具体的な内容となっているが、詳細は省略する。 〔納税者の主張〕 本件広告宣伝費に係る契約は途中解約できないため、その債務確定時期は、契約成立時である。よって、平成22年分の必要経費である。 本件司法書士法人が司法書士会から法人会員証の交付を受けたのは平成23年1月25日であるから、それまでは原告が個人として司法書士業務を行っていた。 本件各ポスターの宣伝効果について法人に帰属する期間があることは争わないが、そのような場合は、法人個人間で契約の譲渡に関する協議を行い、広告宣伝費の清算を行うことになるのであり、当初、個人としての支出が遡って法人の業務として支出したことにはならない。 〔課税庁の主張〕 本件広告宣伝費は、原告(個人)の業務に係る広告宣伝の対価ではないため、平成22年分の必要経費に算入することはできない。 〔裁判所の判断〕 原告が行政庁に提出した法人設立届出書には、事業年度開始年月日が平成22年12月〇日と記載され、原告の個人事業を同日に休止した旨が記載されていた。また、本件法人は、平成23年1月5日に法人名義で普通預金口座の開設を申し込んだ上、同月7日、裁判外の和解に関する代理業務を行っている。 その他の本件の状況とも合わせ考えると、原告が平成23年1月25日まで個人として司法書士業務を行っていたと認めることはできない。 司法書士法によれば、司法書士法人は、設立の登記をすることにより成立し(司法書士法33)、その成立時に司法書士会の会員となる(同法33)旨等が規定されており、本件法人が法人会員証の交付を受けるまでは、原告が個人として司法書士業務を行っていたと認めることはできない。 本件各ポスターが本件法人の業務に関する広告である以上、本件広告宣伝費は、本件法人の業務について生じた費用であると言わざるを得ないから、原告の必要経費に算入することはできない。 〔判断の分水嶺〕 本件ポスターに係る宣伝効果が生じる期間中における司法書士業務の主体が、原告(個人)であったのか、司法書士法人であったのかが判断の分水嶺である。 裁判所は、上記のとおり、詳細に事実関係を認定して、それが法人であることを認定した。 〔本判決が示唆するもの〕 本件では、ポスターに個人事務所名が記載されている等の状況であっても、その実態(広告効果の帰属)に沿う結論が下されている。同種のケースでは留意したい。 なお、原告は短期前払費用に当たる旨の主張もしていたが、その主張も排斥されている。 (了)
[IFRS適用企業の決算書から読み解く] 収益認識会計基準導入で 売上高はどうなる? 【第4回】 (最終回) 「テナント売上は二重式火山のイメージ」 公認会計士 石王丸 周夫 ◆二重式火山はビジネスの世界でも見られる 次の写真は二重式火山です。火山の火口の中に、もう1つ小さな火山が噴出して、そこが盛り上がっている火山です。 (出典) 気象庁ホームページ「伊豆鳥島」 このような、「何かの中にもう1つ何かがある」という構造は、ビジネスの世界でも見ることができます。今回のテーマであるテナント売上も、そのたとえに当てはまると言ってよいでしょう。 ◆ハンパではない、この減り方 まず、以下のグラフを見てください。 ※動かない図はこちら このグラフは、(株)パルコの2014年2月期から2018年2月期の5年度分について、売上数値(連結ベース)を並べたものです。 パルコは、2017年度(2018年2月期)から、準拠する会計基準をIFRSにしており、IFRSベースの数字については、2017年2月期から開示しています。上のグラフでは、2017年2月期以降をIFRSの数値で示しています。 その2017年2月期を見てください。これはかなり驚きます。売上が激減しているからです。パッと見で、3分の1ぐらいに減っています。 IFRSに移行すると、売上が減るという現象は、すでにいくつか見てきましたが、今回のケースは、減り方が半端ではありません。一体、何が起きたのでしょうか。 ◆テナント売上はパルコの売上ではない パルコの中には多くのオシャレなテナントが入っています。パルコの中にテナントがある、すなわち「何かの中にもう1つ何かがある」ので、二重式火山の構造です。それらのテナントは、家賃を払ってパルコに出店し、商品を販売しています。 実は、先ほどグラフで見たパルコの売上の激減は、テナントの売上(取扱高)をパルコ側でどう会計処理するのかということと関係しているのです。 推測にすぎませんが、おそらく、テナントの売り場では、パルコ側が用意したレジで売上を計上し、売上金は、営業時間終了後(もしくは適時)にパルコのしかるべき場所に集められているのでしょう。 その場合、テナントが客から受領した売上金をパルコが管理しているということで、日本基準では、パルコはその売上金を自らの売上として計上していました。この場合、売上高からテナント家賃を控除した額をパルコ側で原価として計上することにより、パルコ側の利益が家賃収入とイコールになるという仕組みです。 このような会計処理からIFRSの会計処理に移行したことにより、パルコでは以下のような組替えが行われたと見られます(きわめて単純化しています)。 売上高と売上原価をネットし、売上として計上される額が家賃収入の額とイコールになるという処理です。IFRSでは、パルコによる売上金の管理はテナントをサポートするためにやっていることであって、代理人として関与しているにすぎないと判定したわけです。 代理人というのは、この連載の【第2回】で説明したとおり、取引への関与が間接的である当事者のことです。その場合は、いわゆる手数料収入のみを収益計上することになりますが、この例では、家賃収入が手数料収入に相当するものと捉えられます。 ◆IFRS移行で他社との比較が容易に パルコと広い意味での同業と見られる会社の1つに、イオンモール(株)という会社があります。ショッピングセンターの会社です。この会社も、箱を用意してテナントを入れるという商売です。やはり二重式火山ですね。 イオンモールは日本基準により財務諸表を作成していますが、売上は「不動産賃貸収入」とはっきり書いてあります。つまりテナントの取扱高を自社(イオンモール)の売上に取り込んではいないのです。 パルコが日本基準だった時は、パルコはテナント取扱高からなる売上、イオンモールは賃料からなる売上ということで、ベースが違う両社の売上は比較できませんでした。しかし、パルコがIFRSに移行したことにより、両社のベースがそろいました。 ※動かない図はこちら 上のグラフでは、パルコの数字は2017年2月期以降がIFRS(売上は賃料)です。それ以前は日本基準(売上はテナント取扱高)です。したがって、両社の売上規模を比較できるのは2017年2月期以降ということになりますが、当該期間のグラフを見ると、イオンモールの方が大きいとわかります。 一方、2016年2月期以前はというと、両社の関係が逆転していますが、これは数字のベースが違うためで、実態を全く示していなかったわけです。 ◆利益率も比較可能に 財務指標への影響も見ておきましょう。 ※動かない図はこちら 上のグラフは、パルコとイオンモールの売上高利益率の推移です。 パルコの方は、2017年2月期以降がIFRSベースです。その結果、2017年2月期以降は、イオンモールの売上高利益率と算定のベースが同等になりました。 2016年2月期以前は、算定のベースが異なっていたので、利益率を単純に比較することができません。見かけ上は、イオンモールの利益率が圧倒的に高いですが、これは見かけ上だけの話です。それが2017年2月期になると、両社が比較可能になり、実はいい勝負だということが上のグラフからわかります。 これが、日本基準からIFRSへ移行したことによる変化です。日本基準で収益認識会計基準が導入されると、上で述べたことと同様に、他社との比較が可能になるケースも出てくるのではないかと予想されます。 ◆おわりに ところで、パルコは、IFRSに移行した2018年2月期においても、決算短信や有価証券報告書といった開示書類で、「テナント取扱高」の数字を公表しています。テナント取扱高は、日本基準の売上高の数字に相当するものですが、それをいまだに並行開示しているのです。 なぜ、そのようなことをしているかわかりますか? それは、テナント取扱高の数字に関心を持っている人たちが結構多いからなのです。目に見える物品を販売するビジネスでは、物品の販売高がどれだけあるのかという数字のほうが、イメージしやすいのでしょう。IFRSの決算書では、その数字がつかめなくなってしまったので、テナント取扱高を並行開示していると考えられます。 では、なぜIFRSは、そうした関心の高い数字を非開示にするような処理を求めているのでしょうか。おそらくそれは、IFRSが、物品の販売よりもむしろ、目に見えないものを扱うビジネスを念頭に置いているからです。 目に見えないものを扱う業種といえば、サービス業やIT産業はもちろんですが、製造業であっても、技術使用料、商標使用料、ブランドのライセンス・フィーといった知的財産からの収入への関心がますます高まっています。 こうした目に見えない取引というのは、物理的な移動を伴わないため、会社間で取引の付け替えを行うことが容易です。そのため、収支グロスで計上すると、実態とかけ離れた収支両膨れの決算となるおそれがあります。それゆえにIFRSは純額表示を求めていると見られます。 つまり、IFRSの収益認識、そして、それをほぼそのまま取り込んだ日本の収益認識会計基準というのは、製造業中心のモノづくり社会ではなく、そこから脱却した新たな社会の方に軸足を移してきているのです。 その新たな会計基準を現在の日本で適用したときに、もし違和感があるとすれば、それは日本の社会が世界から立ち遅れ、いまだに近代工業社会から抜け出せていないことを示しているといえないでしょうか。 (連載了)
空き家をめぐる法律問題 【事例6】 「相続放棄の熟慮期間に関する問題」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、大学進学のために実家を出て以来、東京で生活をしています。父は、母の死亡後、実家で一人暮らしをしていましたが、2年前に亡くなりました。私は、父の生前、唯一の財産である自宅を、実家の近くで自営業を営んでいる兄に相続させたいと聞いておりましたので、兄が実家を相続することに反対せず、遺産分割協議もしていませんでした。 ところが、最近、地元の金融機関から、兄の事業に関する父の保証債務の履行を求められました。私は、父や兄から保証債務があるなどとは聞いていなかったので、今からでも相続放棄をしたいと思っています。 「相続放棄は3ヶ月以内にしないといけない。」と聞いたことがあるのですが、今からでも相続放棄をすることはできるでしょうか。 1 はじめに-相続放棄の一般的手続- 空き家が発生する原因の1つとして、子どもが就職などを契機に実家を離れ、その後も独立して生計を立てているため、親の死亡後や施設の入居後も実家に戻ることができない事情があげられる。今回は、このような事情が関係する相続放棄が問題になる事例を取り上げることとしたい。 相続人は、被相続人の相続が開始した場合、自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内に、単純承認、限定承認又は相続放棄をしなければならない(民法第915条)。この3ヶ月は、「熟慮期間」と呼ばれており、被相続人の財産が債務超過である場合など、相続人が被相続人の債務の承継をしたくない場合には、熟慮期間内に、家庭裁判所に対して、相続放棄の申述をする必要がある。 なお、同条の「自己のために相続の開始があったことを知った時」というのは、一般的には「被相続人の死亡を知った時」とイコールと考えてよい(もっとも、例外は後述するとおりである)。 相続人が家庭裁判所に対して相続放棄の申述をし、これを家庭裁判所が受理すると、その相続に関して当該相続人は、初めから相続人ではなかったものとみなされる(民法第915条、同第939条、家事事件手続法第39条、同法別表第一の95項)。 もっとも、相続放棄の申述をした場合でも、相続放棄の効力が認められない場合があることには注意を要する。というのも、家庭裁判所による相続放棄の申述の受理には既判力がないため、その後、被相続人の債権者は、相続人に対する訴訟等において、相続放棄の有効性を争うことができるからである。 2 熟慮期間の起算点について (1) 熟慮期間の伸長請求とその限界 相続人は、原則として、3ヶ月の熟慮期間内に相続放棄をするか判断しなければならないが、被相続人の財産の状況等が分からないことも多々あることから、民法は、熟慮期間の伸長を認めている(民法第915条ただし書)。この場合、相続人は、家庭裁判所に対して熟慮期間の伸長を請求しなければならない。 しかし、相続放棄の申述にしても、熟慮期間の伸長請求にしても、相続人が被相続人の財産状況を相当程度把握できているからこそ行えるものである。これに対して、相続が開始したことは認識していたが、被相続人に全く財産がないと思っていた場合や、負債が存在しないと思っていた場合などは、そもそも相続人に相続放棄の申述を行う動機が生じにくい。 そのため、後日、被相続人の債権者から多額の負債の支払を求められた場合に、相続人がその時点で債務の相続を免れようと相続放棄をしようとしても、すでに3ヶ月の熟慮期間が経過しているといった不都合な事態が生ずる結果となる。 そこで裁判所は、民法第915条の解釈として、熟慮期間の起算点となる「自己のために相続の開始があったことを知った時」を「被相続人の死亡を知った時」から後にずらし、相続人による相続放棄を認めることによって、このような不都合な事態を救済しようとしている。 (2) 熟慮期間の起算点に関する最高裁判例 熟慮期間の起算点に関するリーディングケースは、最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁(以下「59年判決」という)である。59年判決が整理した熟慮期間の起算点の枠組みは、次のとおりである。 (3) 下級審裁判例の59年判決の緩和 59年判決において、熟慮期間の起算点の例外が認められたのは、被相続人に積極財産も消極財産も存在しないものと相続人が信じた場合であった。そのため、相続人が、被相続人に積極財産が存在することは認識していたものの、消極財産(負債)は存在しないものと認識していた場合には、例外は認められないことになりそうである。 しかしながら、59年判決に対しては学説上異論のあったところであり、近時の下級審裁判例においても、59年判決の枠組みを維持しつつ、これを緩和するものが少なからず出されている。 例えば、①相続人において被相続人に積極財産があると認識していてもその財産的価値がほとんどなく、一方で消極財産について全く存在しないと信じ、かつそのように信ずるについて相当な理由がある場合に、相続放棄の申述を認めた事例(東京高判平成19年8月19日家裁月報60巻1号102頁)、②被相続人が死亡した当時、被相続人の相続財産に不動産があることは知っていたものの、自らには相続すべき相続財産がないものと信じていたこと、被相続人の相続財産に関する意向、相続人と被相続人の生前の交流状況を考慮して、相続放棄の申述を認めた事例(東京高判平成26年3月27日判時2229号21頁)、③相続人が相続財産の一部の存在を知っていた場合でも、自己が取得すべき相続財産がなく、通常人がその存在を知っていれば当然相続放棄をしたであろう相続債務が存在しないと信じており、かつ、そのように信じたことについて相当な理由があると認められる場合には、59年判決の趣旨が妥当するとして、相続放棄の申述を認めた事例(福岡高判平成27年2月16日判時2259-58)などを挙げることができる。 このように、下級審裁判例が、熟慮期間の起算点の例外を比較的広く認めているのは、①相続放棄の申述に関する家庭裁判所の手続においては、一般的な民事訴訟と異なり主張立証を十分に行うことが予定されていないことや、②相続放棄の申述を受理しないと、相続人が相続債権者から訴訟等を提起された場合に、相続放棄の主張ができなくなる不利益が生じるため、これを避けることにあるものと思われる(この点に言及する裁判例として、東京高判平成22年8月10日家裁月報63巻4号129頁がある)。 3 今回の事例について 相談者は、父親が死亡した時点で、相続が開始したこと及び自身が相続人であることを認識している。また、父親の相続財産として自宅不動産があることも認識していたようである。59年判決の原則からすれば、相続放棄の熟慮期間は過ぎていることになる。 しかしながら、相談者には、①大学進学をして以来実家を離れており、父親と頻繁に交流をしていなかったと思われる事情や、②父親の唯一の相続財産と認識していた自宅不動産を兄が相続し、自身が相続する積極財産も消極財産も存在しないものと認識していたと思われる事情もあったというのであるから、相続放棄の熟慮期間の例外が認められる可能性がある(この他にも、実家の不動産の評価額や保証債務の額の多寡も検討する必要があるだろう)。 熟慮期間の起算点の例外が認められる場合、相談者が消極財産(負債)の存在を認識したとき、例えば、金融機関から保証債務の履行を求める通知書を受領したときなどが熟慮期間の起算点になるものと思われる。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第12話】 「土地・建物の一括譲渡の価額区分」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「中尾統括官、これって・・・どのように区分すれば合理的といえるのでしょうか・・・」 浅田調査官は、中尾統括官に尋ねる。 昼休みで、所得課税第三部門は2人以外、誰もいない。 新聞を読んでいた中尾統括官は、顔を上げる。 浅田調査官はすかさず契約書を差し出して説明する。 「これなんですが・・・売買価額は5億円と記載されているのです・・・」 中尾統括官は不動産の売買契約書を見る。 「この契約書は・・・土地と建物のそれぞれの譲渡対価が記載されていなくて・・・総額で5億円とだけ書かれているね。」 中尾統括官は頸を傾げる。 「調査対象の納税者(売却者)の申告はどのようになっているの?」 中尾統括官は尋ねる。 「建物先取法を採用しているようで・・・建物については事業用に使用していた自社ビルで、申告では、その未償却残高で譲渡したとして、その差額を土地の譲渡価額としています。」 中尾統括官は黙って浅田調査官の話を聞いている。 「・・・すなわち、建物の未償却残高は3,800万円なので、その価額を建物の譲渡価額として、残り4億6,200万円は土地の譲渡価額としています・・・」 中尾統括官は浅田調査官の話に頷く。 「納税者は、もともとこのビルは古くて、雨漏りなどもしていて、実質価値はゼロなのだけれど、未償却残高があるので、それを建物の譲渡価額としたと言っています・・・だから、本当は、5億円で土地を譲渡したと考えているようです。」 浅田調査官は、納税者の困惑した顔を思い浮かべながら答える。 「・・・ところで、逆に買い手側は、どのような処理をしているの?」 中尾統括官が尋ねる。 「そうなんです・・・実は、そこが問題で・・・」 浅田調査官は、メモ用紙を取り出す。 「買い手側の所轄税務署の担当者に聞いたのですが・・・買い手は、固定資産税評価額の価額比で按分している(按分法)というのです。」 浅田調査官は少し感情的になって答える。 「土地が約1億5,000万円、建物も約1億円の固定資産税評価額なので・・・5億円をこの評価額で按分すると、土地が3億円、建物が2億円になります・・・」 「そうすると、買い手にとっては・・・約15百万円弱の課税仕入れが発生する・・・か・・・」 中尾統括官は電卓を叩きながら、消費税の課税仕入れを計算する。 「さらに、買い手が、そのビルを取得してから1年後に、そのビルを取り壊しているのです・・・それで4,000万円の取壊費用が発生しています。」 浅田調査官は、メモ用紙を見る。 「なぜ買い手はビルを取り壊したのかな?」 中尾統括官は浅田調査官の顔を見て尋ねる。 「ええ・・・所轄の税務署の説明によると、買い手の当初の利用目的が変わった、という理由らしいのですが・・・どうも消費税の還付が目的らしくて・・・。もともと、このビルの固定資産税評価額が異常に高かったんですよ。売り手の納税者にビルの状況を聞くと、とてもじゃないけれど、2億円の価値はない・・・そう断言しています。」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「しかし・・・固定資産税評価額が高いといっても、市役所が評価しているのだから・・・その評価額を利用したことについて・・・税務署としては、文句は言えないだろう。」 中尾統括官は思案顔になる。 「そうなんですが・・・このようなケースの場合、持分法の適用は妥当でない・・・とは、言えないのですか?」 浅田調査官は、さらに不満そうに言う。 「それに・・・固定資産税評価額自体もけっこう評価誤りが多いと・・・新聞で報道されていますし・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「売り手は、自社ビルの減価償却を毎年適正に処理した結果、譲渡時の自社ビルの未償却残高が3,800万円になっているのだから、それがビルの譲渡価額とみるのが妥当で、しかも、恣意性が介入しない算定方法だから、問題はないと思うのです・・・その結果、その差額4億6,200万円が土地の譲渡価額になる・・・」 浅田調査官の説明に中尾統括官は頷く。 「・・・また、もともと建物は土地と違って、減価償却資産で、時の経過又は使用により価値の減少するものとされているから・・・元来、キャピタルゲインは期待されていないと考えるのが妥当です・・・」 そう言いながら、浅田調査官は税務六法を開いて所得税法施行令6条を見る。 「ですから・・・按分法によると、建物についてもキャピタルゲインが反映されることになるから、理論上、問題があるのではないでしょうか。」 浅田調査官は、次第に饒舌になる。 「なるほど・・・ところで、君が調査に行っているところは、売り手側だったね。」 中尾統括官が浅田調査官に確認する。 「ええ。」 浅田調査官は頷く。 「そうすると・・・売り手は、買い手と逆で、建物の価額が大きくなれば、課税売上に係る消費税が増加するから、納付消費税が増加する・・・」 中尾統括官は少し笑いながら言う。 「ええ、確かにそうなんですけど・・・」 浅田調査官も苦笑いする。 「・・・しかし、税金が取れるとか取れないとかの問題ではなく、理論的にどちらが正しいかと考えると、私は、建物先取法の方が妥当だと思います・・・」 「・・・そうだな。」 浅田調査官の説明に、中尾統括官は大きく頷いた。 (つづく)
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