M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -法務編- 【第6回】 「労務分野の調査(後編)」 弁護士法人ほくと総合法律事務所 弁護士 横瀬 大輝 弁護士 又吉 重樹 ←(前回) | (次回)→ はじめに 前回述べたとおり、労務分野の法務デューデリジェンス(以下「法務DD」という)では、簿外債務の存在や金額の調査・検討を行うことを主たる目的の1つとして行われる。前回においては、簿外債務となる代表的な問題である未払残業代、名ばかり管理職及び定額残業代制度の問題を取り上げ、さらに簿外債務を発見した場合の対応策について取り上げた。 後編となる本稿では、「1」において、引き続き、簿外債務の存在や金額に係る重要な調査・検討事項の1つとして、「正規雇用労働者・非正規雇用労働者間の待遇格差」の問題を解説する。この問題については、平成30年6月1日に重要な最高裁判決が2つ(ハマキョウ事件・長澤運輸事件)出されたこと等から、実務上も注目が集まっており、その観点からも特に留意が必要である。 また、「2」では、労務分野の法務DDにおいて頻出するその他の問題点を紹介する。 1 簿外債務の調査 -正規・非正規の待遇格差- (1) 同一労働同一賃金と労契法20条 厚生労働省は、「同一労働同一賃金」の導入、すなわち、同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消を1つの重要なテーマとしている。 また、労契法20条は、 と定め、正規雇用労働者と、非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差を禁止している。 (2) ハマキョウ事件最判と長澤運輸事件最判 平成30年6月1日、この同一労働同一賃金と労契法20条に関して重要な判決が2つ出た。 1つは、正社員と有期労働者である契約社員(それぞれトラック運転手)との間で、職務の内容には差異がないにもかかわらず、労働条件(諸手当)に区別が設けられていることが不合理な差別であると判断したハマキョウ事件最判である。また、もう1つは、正社員と有期労働者である嘱託乗務員(定年後の再雇用の従業員。それぞれセメントタンク運転手)との間で、職務の内容には差異がないにもかかわらず、労働条件(諸手当)に区別が設けられていることが不合理な差別であると判断した長澤運輸事件最判である。 ハマキョウ事件と長澤運輸事件における正社員と有期労働者(契約社員・嘱託乗務員)との間の労働条件の相違は、下表のとおりとされていた。 ◆ハマキョウ事件(トラック運転手) 〇:不合理であるとは認められない ✕:不合理である ◆長澤運輸事件(セメントタンク運転手) 〇:不合理であるとは認められない ✕:不合理である 上表の右端のとおり、それぞれの諸手当について、最高裁は、正社員と有期労働者の労働条件で相違があるものの一部について、期間の定めがあることによる不合理な相違であると判断して、正社員と有期労働者の手当の差額について損害賠償請求を認めた。すなわち、正社員に対してのみ支払われていた手当については、同額が契約社員や嘱託乗務員にも支払われるべきであるとし、また、正社員よりも少ない金額が支払われていた手当については、差額が契約社員や嘱託乗務員にも支払われるべきであるとされた。 なお、長澤運輸事件において、最高裁は、大要、住宅手当及び家族手当については、いずれも労働者の提供する労務を金銭的に評価して支給されるものではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるところ、当該会社における嘱託乗務員は、正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることが予定されていることや、正社員は嘱託乗務員よりも幅広い世代の労働者が存在し得ること等を理由に、不合理であるとは認められないと判示している。 あくまで当該事例における個別具体的な判断に過ぎないものの、対象会社における正規・非正規間の異なる取扱いが許容されるかを検討するにあたり、当該手当を支給する趣旨等から個別具体的な検討をするにあたり示唆に富む判示といえよう。 (3) 簿外債務の可能性 正社員と有期労働者との間で、職務内容(より正確にいえば「業務の内容」と「業務に伴う責任の程度」である。以下同じ)に違いがないのに、労働条件(諸手当等)に差異を設けている会社は、少なくない。法務DDでは、それぞれの賃金の種類ごとに趣旨・性質、各労働者の職務内容の違い、職務内容・配置変更の範囲の違い、その他の事情を調査し、これらを踏まえて、両者の相違が不合理であるかを検討することになる。 職務内容に特に差異がないのであれば、皆勤手当や精勤手当、無事故手当、通勤手当などの手当に差異を設けることは不合理と判断される可能性が高いといえる。その差異が不合理である場合、正社員と有期労働者の諸手当の差額について、会社に損害賠償義務があることとなり、かかる損害賠償債務を簿外債務として認識すべきではないか、検討を要することとなる。 なお、前回述べた未払時間外労働手当は、労働契約上の請求権であるため、時効は2年となる。これに対し、正社員と有期労働者の諸手当の差額の損害賠償義務については、労働契約上の請求権ではなく、不法行為に基づく民法上の請求権であるとされたため、時効が3年となる可能性がある(この点について前掲最判2件では明確には述べていないが、論理的には3年となる)。そのため、前回で述べた未払時間外労働手当に比べて、簿外債務となる対象期間が拡がる点にも注意が必要である。 やや極端な例であるが、以下設例により試算してみる。正社員には毎月休みなく出勤した場合に皆勤手当1万円が支給され、また、毎日給食手当500円が支給されていたと仮定し、他方で、職務内容や職務内容・配置変更の範囲が正社員と変わらない有期労働者(50名と仮定する)にはこれらが支払われていないとした場合において、これらの待遇格差が不合理であると判断されると、以下の計算式のとおり、過去3年の合計で実に2,700万円の損害賠償請求権が発生していると考えられることになる(皆勤手当分合計900万円、給食手当分合計1,800万円)。 筆者らが実際に経験した法務DDでも、上記設例と同様、消滅時効期間を3年として簿外債務の金額を試算したケースがある。当該ケースでは、実際に、当該試算金額を前提にして、買収者と対象会社の契約条件交渉が行われたようである。 (4) M&A後の対応 仮に正社員と有期労働者の間の労働条件の相違が不合理であると判断される場合には、M&A取引の後に、職務内容の違い、職務内容及び配置の変更範囲の違いを明確に整理して、労働条件の相違が不合理とはいえない環境を整備する必要がある。 なお、その過程で、もし現在の職務内容や配置範囲等を変更しようとする場合には、労働条件の不利益変更として無効とされる可能性(労契法9条)もあるため、労働者に対し、変更の理由や必要性等をしっかりと説明し、明確な合意を得ておく必要がある。 2 労務に関するその他の問題点 労務に関する法務DDにおいては、未払時間外労働手当、名ばかり管理職、定額残業代制度の問題以外にも、以下のような点が調査・検討対象となろう。 労務分野の検討対象は相当広範にわたり、上記は一例にとどまる。どこまでの範囲を検討対象とするかどうかについては、労基法などの規制の違反の有無や程度、過去の労基署の指導状況、対象会社への負担の程度、調査に要する期間及び法務DD期間の長短、法務DDにかけることのできるコストの程度などを総合的に考慮して買収者と協議して、買収者が判断することになる。 なお、買収後に労働条件を不利益に変更することを検討している場合や、一定の整理解雇を行うことを検討している場合には、過去の労働条件の変更の有無及び内容、過去の人員削減の有無及び内容などについても調査検討することが考えられる。 (了)
役員インセンティブ報酬の分析 【第12回】 (最終回) 「ストック・オプションをめぐる平成30年度の状況」 弁護士・公認会計士 中野 竹司 1 役員報酬のためのストック・オプションの概要 この連載ですでに【第3回】及び【第8回】において、平成29年度税制改正までのストック・オプションについて検討を行っている。税制改正による影響以外は、本稿執筆時点でも変更はないが、簡単に復習しよう。なお、権利確定条件付き有償ストック・オプションの会計処理について新たな基準が作られるという動きがあったが、これについては3で検討する。 ストック・オプションは、自社株式オプション、すなわち新株予約権といった自社の株式を原資産とするコールオプションを利用したもので、企業がその従業員等に、報酬として自社株式オプションを付与する報酬制度である。 ストック・オプションは、会社法制定時にその246条2項で、役務提供の対価と相殺等することにより新株予約権を付与できることが明らかにされ、またこれに伴い、税務上の取扱いが平成18年度税制改正等によりある程度明らかにされたことから、他のインセンティブ報酬制度よりも早い時期から普及が進んだ。 ストック・オプション制度の具体的な形態としては、株式報酬型ストック・オプション(いわゆる「1円ストック・オプション」)、業績等条件付ストック・オプションや有償ストック・オプションなどがあり、業績連動の中長期インセンティブとして、株式報酬型ストック・オプションが、退職慰労金の廃止に伴う代替策として付与する目的で普及してきた。 2 税法上の視点 -平成29年度税制改正の影響- 従来、ストック・オプションについては、法人税法34条1項で、役員給与の損金不算入制度の中にストック・オプションは入らず、それとは別に損金算入の可否を判断するという枠組みになっており、税制非適格のストック・オプションは原則損金算入可能となっていた。 平成29年度税制改正では、定期同額給与、事前確定届出給与又は業績連動給与という損金算入可能な役員報酬の3類型は維持しつつ、退職給与や新株予約権も役員報酬の中に含めて損金算入の可否を考えることとなった。このため、ストック・オプションが損金算入の要件を満たすためのハードルは、従来よりも上がったと考えられるケースが多くなるであろう。 そのため、29年度改正後は、業績や株価に連動した条件が付いていないストック・オプションについては、事前確定届出給与の要件を満たすことが損金算入のために必要となり、業績や株価に連動した条件が付いていないストック・オプションについては、業績連動給与の要件を満たすことが損金算入のために必要となると考えられる。仮に、事前確定届出給与又は業績連動給与に該当しなければ、損金不算入となる。 3 権利確定条件付き有償ストック・オプションの会計処理 (1) 基準の策定 近時、役員や従業員に対するインセンティブ報酬として有償ストック・オプションを利用する企業が増えつつある。 そこで、企業会計基準委員会(ASBJ)は、実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」及び改正企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」を公表し(以下合わせて「本基準」という)、権利確定条件付き有償ストック・オプションに対する会計処理を明らかにした。 なお、これらの基準は、平成30年4月1日以後適用されているが、適用日より前に従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与した取引については、一定の注記を行うことにより、従来採用していた会計処理を継続することができるとしている。 (2) 本基準の概要 ① 本基準の対象 本基準が対象としている有償ストック・オプションとは、企業がその従業員等に対して権利確定条件が付されている新株予約権を付与する場合に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込む取引のことである。 ここで、「従業員等」とは、企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、監査役及び執行役並びにこれに準ずる者をいい、子会社等の使用人や役員等は含まないと考えられる。 また、本基準が対象としている有償ストック・オプションは、権利確定条件として「業績条件のみ」又は「業績条件+勤務条件」のいずれかの条件が付されている場合である。したがって、「勤務条件のみ」の有償ストック・オプションについての取扱いは明確ではない。 この結果、ストック・オプション、新株予約権についての会計基準は、以下のようになっている。 ② 会計処理の概要 ここで、本基準の概要を見ていこう。ただし、イメージをつかむための概要説明なので、適用範囲や実際の処理方法は本基準の原文で確認してほしい。 ③ 権利確定日前の処理(その1) 一般的に、ストック・オプションの価値は、払込価格と株式報酬費用からなるとされる。有償ストック・オプションでは、有利発行となることを避けるため、ストック・オプションの評価額(「付与日の有償ストック・オプションの権利確定条件がないとした公正価値」×「業績条件から権利確定が見込まれる割合」)と払込額を一致させるように評価額が決められることが多い。 ④ 権利確定日前の処理(その2) 業績目標が達成され、有償ストック・オプションが合計500千個付与される見込みであることが判明した。この場合、権利不確定による失効の見積額に重要な変動が生じたため、有償ストック・オプションの数量を見直し損益化する。なお、変動後の見積もり数が減少した場合には、利益が生じることもある。 ⑤ 権利行使時の仕訳 全員がストック・オプションを行使したとする。 ⑥ 失効時の処理(権利確定条件が達成されなかった場合) この場合、払込金額に対応する部分は利益に振り替え、株式報酬に対応する部分は費用を取り消す。 ⑦ 失効時の処理(権利不行使による失効の場合) この場合、払込金額に対応する部分も株式報酬に対応する部分も利益計上する。 (3) 本基準による影響 本基準適用前は、有償ストック・オプションの会計処理は明確ではなく、払込金額を純資産の新株予約権に計上するだけで、株式報酬費用を認識していない会社が多かった。本基準設定により、有償ストック・オプションを用いることで技術的に株式報酬費用を不計上にするという会計処理が認められなくなった。 このため、有償ストック・オプションによるインセンティブ報酬を用いている企業にとっては、会計上の費用増の効果が発生するといえるだろう。したがって、企業のインセンティブ報酬制度選択行動に一定の影響を与えると思われる。 4 ストック・オプション導入企業の動向 本稿執筆時点において、ストック・オプション導入企業数について顕著な変動はない状況にあると思われる。しかし、株式報酬制度が整備されたことに伴い、ストック・オプションではなく株式報酬制度の導入に役員インセンティブ報酬制度の変更を行う例も出てきた。 例えば、森永乳業株式会社やジャックスは、インセンティブ付け強化のため、ストック・オプション制度を廃止して、譲渡制限付株式制度を導入するなどしている。例えば、パフォーマンス・シェアと譲渡制限付株式を導入した株式会社ジャックスでは、以下のような開示を行っている。 5 まとめ 今後、株式報酬制度が整備され使いやすくなったことから、ストック・オプション制度から株式報酬制度にインセンティブ報酬制度を変更する企業が多数出てくるか、注目される点である。 ただし、現時点では、インセンティブ報酬としてストック・オプション制度を利用している企業が圧倒的に多い状況を考えると、ストック・オプションのインセンティブ報酬における重要性は、まだまだ高いものといえよう。 (連載了)
中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第6回】 「生命保険を使った基本的な資産対策」 税理士法人トゥモローズ 前回までは、本連載テーマの導入部分として、中小企業経営者(創業者・後継者)のライフプランとはどのようなものか、さらに、収入・支出の要因としてどのようなものがあるか等を確認してきたが、これらを前提に今回からは、事業承継を行う前にできる老後資金の準備策として、相続や事業承継とも密接な手法や制度について、具体的に解説していきたい。 今回はその第一弾として、生命保険を使った基本的な資産対策について紹介し、次回はより応用的な手法を解説していく。 1 個人保険?法人保険? 中小企業経営者の場合には、個人で保険に加入(以下「個人保険」)するか、法人で保険に加入(以下「法人保険」)するかを選択することができる。 まず、税務上の観点から、個人保険の場合には、支払保険料の一部を所得控除(生命保険料控除)できるが、その税メリットは限定的である。 (出典) 国税庁ホームページ これに対し、法人保険の場合には、支払った保険料の全部又は一部を損金に算入することが可能なため、控除額に上限が定められている個人保険に比べて、税メリットを格段に享受することができる。 では、経営者の場合には法人保険のみに加入しておけばよいかというと、そういうわけでもない。次項から述べるとおり、それぞれの目的に応じて法人保険、個人保険を賢く活用する方法が望ましいといえる。 ここで法人保険、個人保険それぞれの活用例をまとめると、次のようになる。 【生命保険の法人・個人別活用例】 《法人保険》 事業保障 経営成績悪化等のいざというときの保障のため 節税対策 毎期の法人税等節税対策として 事業承継対策 自社株引下げや納税資金対策のため 役員退職金原資 役員退職時の支出に備えるため 《個人保険》 老後の生活資金 老後の個人年金や介護費用補填のため 遺族の生活保障 死亡保険金を遺族の生活保障に充てる 相続対策 相続税の非課税枠の活用、納税資金、代償分割資金として 事業保障 経営成績悪化等のいざというときの保障のため 2 法人保険を用いた基本的な対策 法人保険には、いくつもの商品や契約形態が存在する。以下は法人保険のうち、相続や事業承継の場面で有効活用できる2つの保険を紹介したい。 ① 逓増定期保険 逓増定期保険は、保険期間が満了するまでの間、保険金額が最大5倍まで増加する定期保険の一種である。通常の定期保険に比べて保険料を多く設定できるため、法人税の節税対策として活用されるケースも多い。 逓増定期保険の法人税上の取扱いは下記の通りである。 (出典) 国税庁ホームページ 逓増定期保険は、商品によって解約返戻金のピークが加入から5年程度のものもあり、事業承継計画がある程度定まっている会社であれば退職金原資に充てることができたりと、事業承継の場面でも使い勝手が良い。また、加入当初の返戻率が低い時に自社株を後継者に贈与等により移転することにより、圧縮された低い株価で移転ができ、税負担の軽減にもつながる。 ② 長期平準定期保険 長期平準定期保険は上記逓増定期保険と同様、定期保険の一種であるが、その保険期間が100歳満期など、ほぼ終身といえるまでの期間に及ぶ保険である。 長期平準定期保険の法人税上の取扱いは下記の通りである。 (出典) 国税庁ホームページ 長期平準定期保険は、長期間にわたり経営者の死亡保障をしてもらえる点で重宝され、死亡退職金の原資としても有効である。また、逓増定期保険と同様に低解約期間に株価を圧縮して低い税負担で自社株を後継者に移転することも可能である。 さらに、終身保険等のように保険料の全額を資産計上しなければならない保険に比べ、上記の通り保険料支出時に一定の損金算入ができる点も活用しやすい所以であろう。 なお、平成29年4月の予定利率改定に伴い解約返戻率が大幅に下がってしまったため、活用する場面が減少傾向にはある。 3 個人保険を用いた基本的な対策 経営者個人で加入する保険についても、相続や事業承継の場面で有効に働くものが複数存在する。ここでは場面ごとの活用例を確認したい。 ① 遺留分対策 経営者の相続人に後継者以外の相続人がいる場合において、経営者の財産における自社株の占める割合が大きいときは、経営者の死後、後継者以外の相続人から後継者が遺留分侵害額を請求される可能性がある。このような場合に、個人保険が有効となるる。 まず、①遺言書で自社株の取得者を後継者と定める。それと同時に、②後継者である相続人を受取人とした生命保険に加入する。その後、③経営者死亡時にその死亡保険金が後継者に入金され、④それを原資に後継者以外の相続人に対し、自社株を相続する代償として代償金を支払う。もちろん当該死亡保険金は受取人の固有財産であるため、原則として遺留分侵害額の請求対象とはならない。 ② 相続税対策 個人保険は相続税対策としても有効となる。預金で相続した場合には、その全額が相続税の対象となるが、生前にその預金を原資として、一時払い終身保険等に組み替える。これにより、死亡時にはその保険金の一部(法定相続人の数×500万円)が相続税の対象から外れることとなる。 また、この手法以外にも、生前贈与と生命保険を組み合わせる方法や低解約返戻の保険を活用する方法など、個人保険には相続税圧縮効果のある手法がいくつか存在する。 * * * なお、今回紹介したような生命保険を使った対策については、行き過ぎた手法として法改正により制限が行われ、その有効性が失われるリスクがある点には十分留意されたい。 (了)
《編集部レポート》 第45回日税連公開研究討論会が金沢で開催 Profession Journal 編集部 日本税理士会連合会(神津信一会長)は、第45回日税連公開研究討論会を15年ぶりに金沢で開催した。 公開研究討論会は、税理士による研究成果の発表、討論の過程を通じて、税制・税務行政及び税理士業務の改善・進歩並びに税理士の資質の向上を図るとともに、本会が行う研修事業に資することを目的として実施する、との理念の下、毎年開催されているもの。 今回の担当は、5グループ=北陸税理士会、近畿税理士会の2税理士会が担当し、それぞれ次のテーマで発表を行った。 当日は1,160名の税理士が全国から集い、研究発表に耳を傾けた。 また、来賓として福地啓子金沢国税局長と山野之義金沢市長が来場し、冒頭に祝辞を述べられた。 (北陸会の発表の様子) (近畿会の発表の様子) 次回第46回は、第1グループが担当し札幌で開催される。 当日の研究発表の模様は、日税連HPの「研修ホームページ」(会員専用)で配信が予定されている。 (了)
《速報解説》 国税庁、財産評価基本通達の一部改正(案)を公表 ~土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価方法を新設~ Profession Journal編集部 国税庁は10月17日付け、土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価方法を定めた「財産評価基本通達」の一部改正(案)を公表し意見募集を行っている。意見募集は2018年11月15日まで。 「土砂災害特別警戒区域」とは、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に、建築物に損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められるとして、国土交通省の指針に基づき各都道府県が指定する区域をいう。 土砂災害特別警戒区域に指定されると特定の開発行為(住宅宅地分譲等)に対する許可制、建築物の構造規制、建築物の移転等の勧告等が行われるため、通常の宅地より利用価値が低いものとされるが、これまでその評価方法を統一的に定めた基準はなかった。 今回の改正案では下記のとおり20-6《土砂災害特別警戒区域内にある宅地の評価》及び関連する付表9《特別警戒区域補正率表》を新設し、宅地の総地積に対する土砂災害特別警戒区域部分の地積の割合に応じて一定の補正率によりその価額を計算(減額)する方法を定めている。 改正案では他に、上記20-6の新設により現行の20-6《容積率の異なる2以上の地域にわたる宅地の評価》が20-7へ変更されるほか、引用法令の改正に伴う所要の見直しが行われている。 なお、改正案の適用時期は平成31年1月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した財産の評価に適用される予定。 (了)
《速報解説》 「収益認識に関する注記」を追加した改正会社計算規則が公布される ~今後も注記事項の定めを踏まえ必要な見直しを行う方針~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成30年10月15日、「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第27号)が公布された。これにより、法務省が平成30年7月27日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 これは、企業会計基準委員会の「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号。平成30年3月30日公表)等及び金融庁の「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第29号。平成30年6月8日公布)等を受けて、会社計算規則の一部を改正するものである。 意見募集の結果によると、公開草案に対して4通の意見が寄せられたとのことであり、意見に対する法務省の考え方も公表されている。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 収益認識に関する注記 注記表の項目として、「収益認識に関する注記」を規定し、次の注記を行う(会社計算規則98条1項18号の2、115条の2)。 公開草案に対して、「収益認識に関する会計基準」を適用しない企業もあり、会社計算規則において、収益認識に関する注記を一律に要求すべきではないなどの種々の理由により、会社計算規則に収益認識に関する注記についての規定を設けるべきではない旨の意見が寄せられている。 これに対する法務省の考え方は次のとおりであり、原案は相当であると考えるとのことである。 また、原案において「当該会社の主要な事業における顧客との契約に基づく主な義務の内容」という文言が用いられているが、「収益認識に関する会計基準」80項では「企業の主要な事業における主な履行義務の内容」という文言が用いられていることや、原案において「義務の履行」や「義務」という用語が用いられていることについても意見が寄せられている。 これに対する法務省の考え方は次のとおりであり、原案は相当であると考えるとのことである。 2 その他 「収益認識に関する会計基準」において、返品調整引当金等の計上が認められないことから、それに伴う所要の改正を行う(会社計算規則6条2項)。 繰延税金資産等の表示について、投資その他の資産に表示することを明確化する(会社計算規則83条1項)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日(平成30年10月15日)から施行する。 ただし、次の経過措置が設けられている。 (了)
2018年10月11日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.289を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第69回】 「統計数値が租税法解釈に与える影響(その3)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 3 サラリーマンマイカー訴訟 統計的視角が租税法の解釈適用に影響を及ぼした例として、いわゆるサラリーマンマイカー訴訟も確認しておきたい。 会計事務所に勤務する給与所得者であるX(原告・控訴人・上告人)は、自家用車(以下「本件自動車」という。)を自損事故により破損させ、修理をすることなくスクラップ業者に3,000円で売却した。Xはかかる売却により、自動車の帳簿価額30万円から売却価額を控除した29万7,000円の譲渡損失が生じたとして、給与所得と損益通算をして確定申告をした。これに対して、税務署長Y(被告・被控訴人・被上告人)は、かかる譲渡損失の金額は給与所得と損益通算をすることはできないとして更正処分を行った。本件は、かかる処分を不服として、Xが提訴したものである。 この事件では、給与所得者であるXにおいて、自家用自動車(以下「マイカー」ともいう。)の譲渡損失について所得税法69条《損益通算》1項に基づく損益通算をし得るか否かが争点とされた。 具体的には次のような争点となる(以下では、主に争点(2)に関する部分を確認する。)。 ここでは、当時の我が国における車の保有割合などにも触れられているので、その辺りに関するXの主張を見ておこう。 すなわち、Xは、「自動車化社会の進行実態と自家用乗用車の果す機能」として、「昭和35年以降、とりわけ現行所得税法が制定された昭和40年以降今日まで、・・・交通手段としての自動車の機能は飛躍的発達をとげ、いわゆる自動車化社会(モータリゼーション)がもたらされた。この事実は以下指摘する統計的数値によっても具体的に明白である。」として、各種数値を挙げつつ次のように論じている。 Xは、上記のような統計数値を用いることで、まず、全国的にマイカーの普及率が高いことを主張する。 そして、「兵庫県統計書(兵庫県編)」を参考に、「登録自動車台数の種類別比較」として、自らの居住する同県におけるマイカーの所有状況を明らかにしている。 また、「交通手段別に見た利用率の推移」として、普及率等のみならず、各交通手段別のうち、自動車の利用率の変化にも着目する。 加えて、「目的別、手段別に見た移動の割合について」として、いかなる目的の為にいかなる交通手段を利用したかという点を統計数値を用いて主張する。ここでは、「金沢都市圏パーソントリップ調査報告書」による数値を参考にしているようである。 要するに、ごく簡潔にXの主張をまとめれば、通勤目的としてマイカーが利用される度合いの高さは各種統計数値より明らかであるということである。一般的に、給与所得者の通勤にとって、マイカーは、鉄道と同等あるいはそれ以上の必要性があるという。 そして、Xにおける本件自動車使用状況は、とりわけ本件自動車を業務及び通勤に使用した割合を走行距離でみるならば、約65パーセントと50パーセントを超えているなどとして、「通勤にXが本件自動車を使用したことは、社会通念から見ても十分に是認せられるべきものである。」とする。 そして、結論として、本件自動車は「収入を得るために用いられる資産」に該当し、損益通算の対象となるとするのである。 もっとも、本件神戸地裁において、本件自家用車は「生活に通常必要な動産に該当する」と判断されたところであり、上記の主張にあるような「収入を得るために用いられる資産」という概念に該当するとは判示されていない。 Xは、給与所得者の保有する有形固定資産について、「生活の用に供する資産」と「収入を得るために用いられる資産」とに分けられると主張した上で、本件自動車は後者に該当するという(予備的主張)。 【図表4:給与所得者の保有する有形固定資産(Xの主張)】 しかしながら、このような解釈を条文から導きだすには、やはり文理上のハードルが高いといわざるを得ず、かような解釈論は結局のところ否定されたのである。 他方で、上記のような主張に意味がなかったかというと必ずしもそのように解する必要はないのではなかろうか。 ここで、神戸地裁が次のように述べているところを確認しておきたい。 このように、判決においても現在における自家用自動車の普及状況が考慮の対象とされていることを踏まえれば、Xの参考とした数値が誤りであったことから解釈が否定されたというわけではないともいえよう。 判決は、現在における自家用自動車の普及状況がどのような状況であったかという点について触れておらず、この点については必ずしも明らかではないものの、普及状況が低いと判断していないであろうことは、当該自家用車が「生活に通常必要な動産」と認定されたことからも明らかである。 すなわち、ここでは、統計数値を租税法解釈にいかに用いるかが判断の分水嶺となったといえるのではなかろうか。 この点は、上記2 総評サラリーマン税金訴訟最高裁判決(前回参照)において、「上告人〔筆者注:納税者〕らは、もっぱら、そのいうところの昭和46年の課税最低限がいわゆる総評理論生計費を下まわることを主張するにすぎないが、右総評理論生計費は日本労働組合総評議会(総評)にとっての望ましい生活水準ないしは将来の達成目標にほかならず、これをもって『健康で文化的な最低限度の生活』を維持するための生計費の基準とすることができない」と示されているところと異なるといえよう。 総評サラリーマン税金訴訟最高裁判決においては、納税者らが主張の基礎とした統計数値は基準たり得ないとして否定されているわけであるが、本件においては、統計数値を用いていかに租税法解釈を行うべきか否かが争われたものとも整理できるように思われる。 (もっとも、本件事案は控訴され、大阪高裁昭和63年9月27日判決(高民集41巻3号117頁)においては、当該自家用車が「生活に通常必要でない資産」に該当することから損益通算が制限されると判断され、上告審最高裁平成2年3月23日第二小法廷判決(集民159号339頁)は、控訴審判断を維持している。 ) 結びに代えて 本稿では、統計数値が租税法解釈に与える影響を考察するに当たり、大島訴訟、総評サラリーマン税金訴訟、サラリーマンマイカー訴訟を取り上げたが、ここで取り上げきることのできなかった事案も数多い。 例えば、いわゆる藤沢メガネ訴訟などもその一例である。 同事件は、近視及び乱視矯正用の眼鏡及びコンタクトレンズの購入費用並びに右購入に当たり医師がした検眼費用は、所得税法73条《医療費控除》の対象とならないとされた事例であるが、第一審横浜地裁平成元年6月28日判決(行集40巻7号814頁)は、「眼鏡等を装用している者が4,000万人にも昇る」ことや「わが国で多くの者が眼鏡店における検眼により眼鏡等を装用し、しかもこれが医療行為として規制されずに容認されていたという事情」などを認定し、眼鏡の購入費用等の医療費控除該当性を否定している。 ここでは、メガネの装着が社会的に一般的であるという統計的視角を裁判所が採用したといってもよいであろう。 また、実務的にも争いの生じやすい不相当に高額な役員報酬該当性の判断においても、統計数値は極めて重要な判断基準となる。 すなわち、「不相当に高額」であるか否かについては、当該役員の職務の内容や法人の利益等を勘案するのみならず、同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する支給の状況等が加味されるわけであるが、実務上、かかる類似法人での役員報酬の支給状況については様々な統計数値が存在しているところである。 なお、この点に関し、東京地裁平成28年4月22日判決(税資266号順号12849)は、「一般に公表された統計等により、法人の規模や業務に応じた役員報酬ないし役員給与の傾向ないし概要を把握することは可能であることが認められるところ、このことからすれば、同事項についても入手可能な資料等から一定程度の予測は可能であるというべき」であるとして、法人税法34条《役員給与の損金不算入》2項の委任をうけた同法施行令70条《過大な役員給与の額》の規定は、「法律により委任された課税要件を規定したものとして一般的に是認し得る程度に具体的で客観的なものであるというべきである。」などと判示している。 租税法は、課税の公平を実現するために、あえて「不確定概念」と呼ばれる概念を用いていることがあるが、「一般」や「通常」、「相当」というような不確定概念の解釈においては、その客観的裏付けとして統計数値を用いることがある。 こうした局面において、総評サラリーマン税金訴訟のように、いわば自己の解釈に都合のいい統計数値を用いることが認められないことはいうまでもないが、サラリーマンマイカー訴訟のように、統計数値の内容こそ正しくとも、その数値を用いていかに合理的な租税法解釈を行うべきかについては慎重な判断が求められることを指摘することができよう。 このように統計数値により検討される概念についての解釈適用論は、併せて「社会通念」の所在を探る旅であることもある。すなわち、不確定概念を社会通念で理解する際に、統計数値が用いられることもあり得よう。 次回からは、「社会通念」が租税法解釈に及ぼす影響について検討してみたい。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第58回】 公認会計士 佐藤 信祐 《第9章》 平成22年度税制改正 1 概要 平成21年7月に「資本に関係する取引等に係る税制についての勉強会 論点とりまとめ(資本に関係する取引等に係る税制についての勉強会)」が公表された。本報告書は、グループ法人の一体的運営が進展している状況を踏まえ、実態に即した課税を実現できるよう、税制のあり方について検討するために作成されたものである。 これに伴い、平成22年度税制改正では、グループ法人税制が導入された。グループ法人税制と言いながらも、組織再編税制や連結納税制度の見直しも含まれているため、グループ法人税制を定義づけることは難しい。一般的に言われているグループ法人税制は、平成22年度税制改正で見直された「資本に関係する取引等に係る税制」を包括して表現されることが多い。 平成22年度税制改正では、①100%グループ内の法人間の取引等、②中小企業向け特例措置の大法人の100%子法人に対する適用、③連結納税制度、④清算所得課税の廃止、⑤残余財産確定の場合の欠損金の引継ぎ、⑥組織再編税制の見直し、⑦みなし配当の生ずる取引に課する課税の適正化が、主要な改正事項として挙げられる。このうち、本稿では、①、④~⑦についてのみ解説を行うこととする。 後述するように、平成22年度税制改正は、組織再編税制を大きく変えた改正であったということが言える。その後、組織再編税制を大きく変えた改正は、平成29年度税制改正である。そのため、本連載では、平成22年度から平成28年度までの税制改正とその間に公表された財務省、国税庁、その他税務専門家の意見について解説したうえで、平成29年度以降の税制改正について触れていくこととする。 2 100%グループ内の法人間の取引等 (1) 総論 平成22年度税制改正では、①100%グループ内における譲渡損益の繰延べについての規定が導入されるとともに、②100%グループ内における非適格株式交換・移転につき、時価評価の対象から除外、③100%グループ内の寄附金に対する受贈益の益金不算入の導入、④適格現物分配の導入、⑤負債利子を控除せずに、受取配当等の全額を益金不算入、⑥株式の発行法人に対する譲渡について、譲渡損益の対象から除外することが、それぞれ導入された。さらに、上記①に伴い、適格事後設立の制度が廃止されている。 これらの制度が導入された趣旨として、『平成22年版改正税法のすべて』189頁では、 と解説されている。 このように、グループ法人税制も、組織再編税制と同様に、資産に対する支配が継続しているという点を重視した制度であるということが分かる。 グループ法人税制が100%グループのみを対象としていることから、1%だけ外したらどうなるのかという議論がある。実際に、グループ法人税制外しについては、否認事例が公表されている(※)。そのため、立法論としては、90%、80%にまで広げていくことにより、公平な課税が行えるようにすべきであろう。 (※) 「“グループ法人税制外し”に132条が適用」T&Amaster663号7頁(平成28年)、「『取得条項付き』の自社株を総務経理部長に第三者割当増資」T&Amaster668号4-7頁(平成28年)参照。 しかしながら、90%、80%にまでその対象を広げていくと、組織再編税制、連結納税制度も含めて、かなり煩雑な制度になってしまう。そのため、「資本に関係する取引等に係る税制」では、中長期的課題と位置付けている。そうは言っても、平成29年度税制改正において、その対象に含めなかったことを考えると、90%、80%にまでその対象を広げていくのは、かなり先の話になると思われる。 なお、次回解説する予定であるが、平成22年度税制改正で清算所得課税が廃止され、残余財産確定の場合の欠損金の引継ぎが導入された。これに伴い、繰延譲渡損益がある場合において、100%子会社を清算したときに、譲渡損益を実現させるべきかどうかが問題となる。 この点につき、『平成22年版改正税法のすべて』199頁では、 と解説されており、同書200頁では、 と解説されている。 このように、立法論としては、繰延譲渡損益がある場合には、100%子会社を清算したとしても、譲渡損益を実現させない制度の方が望ましいにもかかわらず、譲渡損益を実現させる制度になっていることから、100%子会社を吸収合併した場合と100%子会社を清算した場合とで、必ずしも均衡の取れた制度になっていないという問題がある。そのため、今後の税制改正により、上記の点について見直すべきであると考えられる。 (2) 適格現物分配 『平成22年版改正税法のすべて』211頁では、①適格現物分配における完全支配関係の判定が、譲渡法人側に課税の繰延べポジションが残らないことから、現物分配の直前のみの完全支配関係のみを要求していること、②実例やニーズがないことから、事業の移転を前提としておらず、単なる資産の分配を前提としていること、③金銭とそれ以外の資産が分配された場合には、金銭の分配と現物分配という別々の取引が行われたとみなすこと、がそれぞれ明らかにされている。 このうち、①の内容については、平成29年度税制改正にも影響を与え、100%親会社に対する分割型分割を行った場合には、分割の直前において完全支配関係が成立していれば100%グループ内の分割に該当し、分割後の完全支配関係の継続は要求されないことになった。 * * * 次回では、平成22年度税制改正のうち、清算所得課税の廃止、残余財産確定の場合の欠損金の引継ぎについて触れていく予定である。 (了)
外資系企業の税務Q&A 【第2回】 「米国親会社が日本子会社の株式を譲渡した場合における課税関係(不動産保有あり)」 公認会計士・税理士・米国公認会計士 中島 崇賢 Q 当社は米国法人です。世界各国に子会社があり、日本にも100%子会社を有しています。今般、事業上の理由から、日本子会社の株式の1%を同一グループ内の英国法人に売却することになりました。 今回の売却に関して、当社(米国法人)の日本における税務上の留意点について教えてください。 なお、当社と日本子会社の状況は下記のとおりです。 A 貴社(米国法人)による日本子会社株式の譲渡は、日本の法人税法上、不動産関連法人株式の譲渡に該当し、譲渡益が発生する場合は、法人税が課されます。日米租税条約上も、不動産関連法人株式の譲渡益については、源泉地国(本件においては日本)における課税が規定されているため、日本における課税は免除されません。 解 説 1 はじめに グローバル企業グループにおいて、戦略上の理由から、日本子会社株式の一部についてグループ内で譲渡されることがある。 日本子会社が工場を建設または購入した場合等には、日本子会社の株式が気づかないうちに不動産関連法人株式に該当している可能性がある。 グループ内で譲渡する場合、第三者への売却ではないことから、外国親会社と日本子会社の双方において、日本における課税関係の検討等が十分に行われないまま実行されているケースが見受けられるので留意が必要である。 2 法人税法上の取扱い 2-1 概要 日本の法人税法上、日本にPEを有しない外国法人は、一定の国内源泉所得のみが課税対象となる。 日本にPEを有しない外国法人が内国法人の株式を譲渡したことにより生ずる所得については、事業譲渡類似株式の譲渡による所得、不動産関連法人株式の譲渡による所得、買集めにより取得した株式の譲渡による所得といった一定のものに限って課税対象とされる。 今回は、買集めにより取得した株式の譲渡には明らかに該当しないため、以下では、事業譲渡類似株式の譲渡または不動産関連法人株式の譲渡に該当するかについて検討する。 2-2 事業譲渡類似株式の譲渡に該当するか 事業譲渡類似株式の譲渡とは、次の(1)(2)の要件に該当する株式の譲渡をいう(法法138①三、法令178①四ロ・⑥)。 (注1) 特殊関係株主等とは、内国法人の株主等およびその株主等の同族関係者その他これに準ずる関係のある者をいう(法令178④)。 (注2) 「5%以上譲渡したかどうか」の判定においては、譲渡事業年度の中途においてその内国法人が増資等を行い発行済株式数の変動があった場合でも、その譲渡事業年度において最初にその株式を譲渡した直前のその発行済株式の総数に基づいて計算することになる(法基通20-2-9)ので、留意が必要である。 すなわち、内国法人の特殊関係株主等のグループが、過去3年以内のいずれかの時において持株割合が25%以上となっていた内国法人の株式を1事業年度中に5%以上譲渡した場合に、その特殊関係株主等のグループに含まれている外国法人の譲渡した株式等について、国内源泉所得として課税対象とされることになる。 今回のケースでは1%しか譲渡していないため、上記2つの要件のうち、譲渡株数要件を満たさない。よって、事業譲渡類似株式の譲渡には該当しない。 2-3 不動産関連法人株式の譲渡に該当するか ▷不動産関連法人とは 不動産関連法人とは、その株式の譲渡の日から起算して365日前の日からその譲渡の直前の時までの間のいずれかの時において、その有する資産の価額の総額のうちに次に掲げる資産の価額の合計額の占める割合が50%以上である法人をいう(法令178⑧)。 平成30年度税制改正において、BEPSプロジェクトの最終報告書やBEPS防止措置実施条約等の対応を踏まえて、不動産関連法人の判定時期について、同趣旨の見直しが行われている。具体的には、不動産関連法人に該当するかどうかの判定が、「譲渡時点」から「株式の譲渡の日から起算して365日前の日からその譲渡の直前の時までの間のいずれかの時」に変更されている。 今回のケースでは、日本子会社の総資産の価額に占める土地・建物の価額の割合は50%以上であるため、当該日本子会社は不動産関連法人に該当する。 ▷課税対象となる譲渡の範囲 不動産関連法人株式の譲渡の所得のすべてが課税対象となるわけではない。外国法人の有する不動産関連法人株式の譲渡の所得のうち、次に掲げる譲渡による所得に限り課税対象となる(法令178⑨)。 (注1) 「特殊関係株主等」とは、次の者をいう(法令178⑩)。 ① 不動産関連法人の一の株主等 ② ①の一の株主等の同族関係者その他これに準ずる関係にある者 ③ ①の一の株主等が締結している組合契約に係る組合財産である不動産関連株式につき、その株主等に該当することとなる者 (注2) 所有割合の判定は、その譲渡の日の属する事業年度開始の日の前日に行うこととされている(法令178⑨)。 今回のケースでは、日本子会社株式の譲渡は、上記「② 上場株式等以外の場合」に該当するため、日本において課税対象となる不動産関連法人株式の譲渡に該当する。したがって、譲渡益が発生する場合は、日本において法人税が課されることとなる。 PEを有しない外国法人が、不動産関連法人株式の譲渡等に係る国内源泉所得(法法141二)を有する場合には、事業年度終了の日の翌日から2月以内に法人税申告書を提出しなければならない(法法144の6②)。ただし、当該国内源泉所得が、租税条約の規定により法人税を課さないこととされる場合は、法人税申告書の提出は必要ない(法法144の6②ただし書)。 納税地については、PEを有しない外国法人で、日本国内にある不動産等の貸付けによる対価を受けないものは、下記のとおりとなる(法法17、法令16)。 また、国内に事務所等を有しない外国法人が、納税申告書を提出する必要があるときは、納税手続きを代行させるため、納税管理人を選任し、所轄する税務署長に届け出る必要がある(通則法117)。 納税地の選択は、基本的に、外国法人にとって利便性のよい場所を選べばよい。したがって、貴社の場合は、納税管理人の住所等を納税地とすることで問題ないと考えられる。 3 日米租税条約上の取扱い 租税条約が国内法と異なる定めをしている場合は、租税条約の定めが優先して適用される。 日米租税条約においては、株式の譲渡益のうち次の(1)(2)に該当するものを除き、譲渡者(本件では貴社)が居住者とされる締約国(本件では米国)のみで租税を課すことができるとされている(日米租税条約13②③⑦)。 今回のケースでは、日本子会社株式の譲渡は上記の(1)に該当する。したがって、当該株式譲渡に係る譲渡益は、日本で課税される。 貴社は、事業年度終了の日の翌日から2月以内に法人税申告書を提出する必要がある。 4 まとめ 今回のケースでは、米国親会社による日本子会社株式の譲渡について、日本の法人税法上、不動産関連株式の譲渡に該当し課税対象となり、日米租税条約上も源泉地国における課税が規定されているため、日本において課税される。 ただし、前提が変われば、課税関係も変わるため、外国親会社が日本子会社の株式を譲渡する際には、日本における課税関係について事前に十分に検討することが望まれる。 (了)