酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第77回】 「日本標準産業分類から読み解く租税法解釈(その2)」 中央大学商学部教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 統計学上の産業分類と租税法の解釈 租税法の解釈論において、日本標準産業分類に従った解釈を展開すべきか否かについて争われた事例は少なくない。この点が極めて重要な論点とされた事例については後述するとし、以下では、まず簡単にいくつかの事例を概観することとしたい。 1 所得税法 所得税法27条《事業所得》1項は、「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得・・・をいう。」とし、これを受けて所得税法施行令63条では、各種事業が掲げられている。 ここに示されている「事業」該当性を巡って、日本標準産業分類が持ち出されることがある。 例えば、日本標準産業分類がかかる施行令の解釈に登場した例として、神戸地裁平成4年10月28日判決(判タ814号146頁)の説示を確認しておきたい。 このように、同地裁は、日本標準産業分類における分類が、所得税法施行令63条にいう事業該当性の判断に直接影響を与えるわけではないとする。しかしながら、その上で、同地裁は次のように続ける。 すなわち、神戸地裁は、日本標準産業分類は所得税法上の事業該当性を判断する直接の基準にこそならないものの、日本標準産業分類の区分と所得税法施行令63条の事業区分に類似性が認められることから、一応の判断の参考には資すると理解しているようである。 (注) 神戸地裁第二民事部における上記判断は、平成元年(行ウ)34号であるが、上記判決と同日に、平成4年(行ウ)34号事件も判示されている。かかる訴訟においても上記引用部分は同様の説示がされている。 2 相続税法 納税者(原告)が、国(被告)に対し、日本標準産業分類において平成14年に大分類として新設されていた「情報通信業」を、いわゆる株価通達(類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等についての法令解釈通達)において平成21年まで独立の分類にせずに放置していたことに不作為の違法があると主張した事例として、東京地裁平成28年9月16日判決(税資266号順号12902)がある。 同地裁は、まず、株価通達の作成が日本標準分類に基づいていることを確認する。 その上で、不作為の違法を訴える原告の主張を次のように排斥している。 株価通達が日本標準産業分類を参考にしているとはいえ、あくまでも株価通達は上意下達の命令手段であり、法令によって日本標準産業分類によらなくてはならない旨の規定がない以上、必ずしも日本標準産業分類に従わなければならないと解すべき根拠はないということである。 3 消費税法 自ら製造行為を行わない製造問屋を製造業として第三種事業に区分することは、他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に販売する事業を卸売業等と定める消費税法施行令57条《中小事業者の仕入れに係る消費税額の控除の特例》5項又は6項と矛盾するとして、同法基本通達13-2-5《製造業等に含まれる範囲》の取扱いは不合理であるとした納税者の主張が排斥された事例として、名古屋地裁平成17年12月22日判決(税資255号順号10253)がある。 同地裁は、その論拠として、次のように説示する。 そして、日本産業標準分類に基づく判断基準を示した通達と異なった課税処分がなされたという点については、以下のとおり判示する。 かかる判断は、控訴審名古屋高裁平成18年5月18日判決(税資256号順号10399)においても維持されている。 上記3つの判決では、日本標準産業分類の取扱いが、必ずしも個別の租税法規定の解釈ないし通達の考え方において規範性を有するものではないと考えられているようである。 しかしながら、Ⅱで確認したとおり、租税法の各条項においてもしばしば日本標準産業分類が用いられているのであって、このこととの折り合いは如何につけるべきなのであろうか。 Ⅳ 統計と租税法 1 立法事実としての日本標準産業分類 そもそも、租税法を規定する際にも、日本標準産業分類が参考にされることはあるようである。 例えば、次の国会答弁などをみると、日本標準産業分類が租税法の立案において参考とされていることを窺わせる。 すなわち、消費税法創設当時の昭和63年12月19日の第113回国会参議院税制問題等に関する調査特別委員会において、「日本標準産業分類において製造業に分類されている中には、卸売業と同様に10パーセント程度の付加価値しか得ることができない事業があり、このような事業について、・・・事業区分を政令でどのように定めるのか」という旨の質疑がなされている。 これに対し、大蔵省主税局長(当時)は、「現在の法人税におきましても、貸倒引当金の運用でございますとか、もろもろの特別措置の場合は、卸とその他に分けている場合がございます。そうしたものをも先例としつつ分類をすることになろうと思います。」と答弁している。 仮に、日本標準産業分類が立法事実を構成しているとすれば、かかる分類は法解釈を展開する上で重要な資料となり得ることを示唆しているとみることもできよう。 ところで、当時の法人税基本通達11-2-10においては、法人税法における貸倒引当金について「おおむね日本標準産業分類(略)の分類を基準として判定する。」とする先例があり、消費税法における事業の判定についても、日本標準産業分類に基づくことが前提とされていたのである。 その後、業種によっては実際の仕入率とみなし仕入率との間にかい離があり、速やかにこれを是正し、制度の公平性を高めるべきである旨の税制調査会実施状況小委員会報告(平成2年10月30日に税制調査会総会へ提出)等を受けて、平成3年法律第73号による消費税法の改正がなされた。 かかる改正により、事業区分が2区分から4区分に細分化されたが、この改正について解説した国税庁発行の文献にも、おおむね日本標準産業分類によることを示す記載があり、消費税法上の課税実務は、原則として日本標準産業分類に従って事業の範囲を確定してきたという事実もある。 2 事業承継税制と日本標準産業分類 ところで、日本標準産業分類とは、統計法2条《定義》9項を受けたものである。同条項は、「この法律において『統計基準』とは、公的統計の作成に際し、その統一性又は総合性を確保するための技術的な基準をいう。」と定義している。 この統計法の目的は、「この法律は、公的統計が国民にとって合理的な意思決定を行うための基盤となる重要な情報であることにかんがみ、公的統計の作成及び提供に関し基本となる事項を定めることにより、公的統計の体系的かつ効率的な整備及びその有用性の確保を図り、もって国民経済の健全な発展及び国民生活の向上に寄与すること」にある(統計1)。 かような目的を有する統計法の考え方は、租税法にいかなる関連を有するであろうか。 ここで、今日関心が寄せられている事業承継税制について考えてみたい。同税制は、中小企業基本法上の「中小企業」を対象とするものである。 すなわち、中小企業基本法2条は、中小企業者の範囲を次のように規定している。 したがって、これをまとめれば、以下のようになる(中小企業庁HP参照)。 事業承継税制が対象とする中小企業者の範囲について、中小企業基本法に従うということであるから、同法2条各号の解釈適用に関心を寄せる必要があろう。そこで、同条にいう「製造業、建設業、運輸業」などはどのように定義されているのかが問題となる。 この点につき、中小企業庁は、FAQ「中小企業の定義について」の中で、次のような問と回答を用意している。 ここでは、日本標準産業分類に従った解釈が展開されているのである。 上記の中小企業基本法上の「中小企業」は、明らかに法人税法における中小企業軽減税率の適用範囲となる企業(資本1億円以下の企業)とは異なるものである。 なるほど、これはあくまでも「中小企業者の範囲」であって、「中小企業」の範囲ではないから、定義されている概念自体が異なるものである。 そうであるからといって、「中小企業」を資本金1億円以下と捉える法人税法と、「中小企業者の範囲」を上記のようなものに限定する事業承継税制の考え方の二本立ての構造は、それぞれの法条の目的を異にするという理由以上の混乱を招来することになりはしないであろうか。 中小企業基本法の目的は、「この法律は、中小企業に関する施策について、その基本理念、基本方針その他の基本となる事項を定めるとともに、国及び地方公共団体の責務等を明らかにすることにより、中小企業に関する施策を総合的に推進し、もって国民経済の健全な発展及び国民生活の向上を図ることを目的とする。」というものである(中小基本1)。 事業承継税制は、かかる政策目的の一環として、租税特別措置法内に位置付けられている。 租税特別措置法が事業承継税制の規定中に用いている、中小企業基本法の定める「中小企業者の範囲」と、法人税法にいう「中小企業」の範囲が異なるということは、事業承継税制が、相続税法のみならず法人税法をも検討対象としつつ行うべき政策であることからすれば、極めて不安定な運営がなされるおそれをも意味するように思われるのである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第13回】 「租税法律主義と実質主義との相克」 -税法の目的論的解釈の過形成④- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに これまで税法の目的論的解釈の過形成として検討してきたのは、租税法規の趣旨・目的の法規範化論(第7回)や租税法規の趣旨・目的の措定論(前回)であったが、今回は、馬券払戻金(いわゆる競馬所得)の所得区分が争われた競馬事件を素材にして、文理解釈の「潜脱」による目的論的解釈の過形成を検討することにする。 競馬事件のうち大阪事件(最判平成27年3月10日刑集69巻2号434頁)と札幌事件(最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁)では最高裁の判断が示されたが、両判断の間に示された札幌事件の第一審・東京地判平成27年5月14日訟月62巻4号628頁は、大阪事件最判が示した文理解釈重視の判断を「潜脱」し、同最判が否定した検察官の主張にみられる一種の目的論的解釈によって、同最判とは「真逆」の結論を導き出した。 札幌事件東京地判について、筆者はこれを大阪事件最判に対する「面従腹背判決」とみて批判するものであるが、その意味するところを、以下では、大阪事件最判の判断枠組みと比較しながら、述べることにしたい。 Ⅱ 大阪事件最判の判断枠組み まず、大阪事件最判が馬券払戻金の所得区分について示した下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)からみておこう。 この判決は、一時所得に関する「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」という要件のうち「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という部分について、これに該当する所得は一時所得ではなく雑所得に区分されることを前提にして、その部分に係る要件を「文理に照らし」解釈すること、すなわち、当該要件の文理解釈を「起点」として、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みを示した上で、その判断枠組みの「終点」においては、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」、②「利益発生の規模、期間その他の状況」③「等の事情」を「総合考慮」して当該要件該当性の判断をすることが相当である旨を判示している。 では、その判断枠組みの「起点」と「終点」とを連結するために行われた論理操作はどのようなものであろうか。最高裁は、以下のような論理操作を行ったものと考えられる。 最高裁は、「起点」においては、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」(下線筆者)という要件の「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)によって、所得を生み出す行為が㋐「継続的行為」であること及び㋑「営利を目的とする行為」(ここでいう「目的」は主観的目的ではなく客観的事実によって認定されるべきものと解されるので「客観的にみて営利を目的とする行為」)であること、という2つの規範を定立しそれらを要件事実(主要事実)として導き出したものと解される。 このような理解は、札幌事件最判の調査官解説において明確に示されているように思われる。すなわち、三宅知三郎「判解」法曹時報71巻5号(2019年)1126頁、1132頁-1133頁は、札幌事件最判が「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」該当性を検討するに当たって、「継続的行為該当性」と「営利目的該当性」を分けて検討していると述べた上で、「本判決[=札幌事件最判]が平成27年最判[=大阪事件最判]と異なる判断枠組みを用いたものとは解されない。」と述べ、しかも「営利目的該当性」について札幌事件最判も「営利目的について客観性を求めたものと思われる。」と述べているのである。 他方、「終点」においては、「起点」に呼応して、㋐「継続的行為」であることという要件事実について、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」(以下「行為の数量的態様」という)を、㋑「客観的にみて営利を目的とする行為」であることという要件事実について、②「利益発生の規模、期間その他の状況」(以下「行為の客観的利益状況」という)を、それぞれの要件事実を推認させる間接事実(判決文では「事情」)として、示したものと解される(「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件に係る要件事実(主要事実)及び間接事実に関する以上の理解については、Ⅳの末尾に掲げる札幌事件最判の判示を参照)。 判決文では、①行為の数量的態様及び②行為の客観的利益状況に関する説示の直後に③「等の事情」という文言が付加されていることからすると、前記㋐㋑の要件事実を推認させる間接事実には①②以外のものもあり得ることが想定されているとは解されるが、これらの2つの間接事実は、多くの場合に要件事実を強く推認させるという意味で「重要な間接事実」であるからこそ、特記されたものと解される。 なお、以上の判断枠組みは、基本的には、第10回で検討したヤフー事件最判の下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)と同じである。 もっとも、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件は、ヤフー事件における不当性要件とは異なり、規範的要件でないことから、ヤフー事件最判における❶の下線部の判示に相当する判断は、大阪事件最判では必要なかったものと考えられる。また、大阪事件最判は文理解釈に基づく判断であり、その判断においては、前述のとおり、要件の文言から特段の解釈的操作なしに規範の定立及び要件事実の導出が可能であることから、ヤフー事件最判における目的論的解釈に基づく規範の定立及び要件事実の導出に関する❸の下線部の判示に相当する判断も、大阪事件最判では必要なかったものと考えられる。 Ⅲ 札幌事件東京地判の判断枠組み 1 重要な間接事実の「すり替え」 これに対して、札幌事件東京地判は馬券払戻金の所得区分について下記の判断枠組み(下線・太字・[]書筆者)を示した。 この判示の末尾の括弧書で参照されている「別件最高裁判決」は大阪事件最判であり、しかもその下線部分の判示は「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」の部分以外は全く同じ表現になっていることからすると、札幌事件東京地判は、一見したところ、大阪事件最判に「従って」馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みを示しているかのようにも思われる。 しかし、もしそうであるとすれば、札幌事件東京地判はなぜ大阪事件最判における「文理に照らし」の部分を「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」に置き換えたのであろうか。その理由を解明するために、以下では、大阪事件最判が前提にした事実認定と札幌事件東京地判が行った事実認定とを比較してみよう。 まず、①行為の数量的態様について、大阪事件最判は、「被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして[いた]」と説示した。 これに対して、札幌事件東京地判は、「原告が、数年間にわたって各節に継続して、相当多額の中央競馬の馬券を購入していたことは確かである」と認めながらも、次のように説示した(下線筆者)。 この説示は、馬券購入の態様について自動的・機械的購入か又は「一般的な競馬愛好家」的購入かを問題にしていることからすると、①行為の数量的態様をいわば「行為の性質的態様」ともいうべき間接事実に置き換えてその事実認定を行ったものと解される。 次に、②行為の客観的利益状況について、大阪事件最判は、「当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ[ていた]」と説示した。 これに対して、札幌事件東京地判は、「原告が数年間にわたって各節に継続して相当多額の馬券を購入し、結果的に多額の利益を得ていたことは確かである」と認めながらも、次のように説示した(下線筆者)。 この説示は、馬券購入の一般的な非営利性及び本件における性質(「一般的な競馬愛好家」的購入)を問題にしていることからすると、②行為の客観的利益状況をいわば「行為の性質的利益状況」ともいうべき間接事実に置き換えてその事実認定を行ったものと解される。 以上を要するに、札幌事件東京地判は、①行為の数量的態様及び②行為の客観的利益状況という重要な間接事実について、これらをそれぞれ行為の性質的態様、行為の性質的利益状況に置き換えて、大阪事件最判とは異なる事実認定を行ったものと解される。 重要な間接事実のこのような置換えは、「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)の、「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈への置換えに対応して、行われたものと解される。後者の解釈によれば、馬券払戻金の所得区分に関する判断において「当該行為ないし所得の性質」が踏まえられるが故に、前記①②の重要な間接事実について行為の性質(行為の性質的態様及び行為の性質的利益状況)が重視され、また、「本件競馬所得」が「個別の馬券が的中したことによる偶発的な利益が集積したにすぎないもの」と性質決定されることになると考えられるのである。 「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈は、次の2で述べるとおり、文理解釈ではなく目的論的解釈の一種であると考えられる。そうすると、いずれの解釈方法によるかで、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みの「起点」となる規範及び要件事実が異なってくる以上、その「終点」にある重要な間接事実の前述のような置換えは、重要な間接事実について単に表現の点で変更を加えるにとどまらず、内容の点でも変更を加えるものであるといえ、したがって、重要な間接事実の「すり替え」ともいうべきものである。 2 「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈の意義 以上の理解によれば、札幌事件東京地判が判断枠組みの「起点」に置く「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈は、馬券払戻金の所得区分について馬券購入行為の本来的な性質を踏まえて検討することを要求するものとして、結局のところ、「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」と同じ意味をもつことになると考えられる。 「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」は、大阪事件最判の下記の判示(下線筆者)で否定された検察官の主張にみられるものである(札幌事件東京地判によれば、被告も基本的に同様の主張を行っている。なお、札幌事件東京地判は、大阪事件最判に従い被告のそのような主張を否定しているが、それにもかかわらず、上記解釈と同じ意味をもつ「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈を採用した点で、「自家撞着」に陥っているといえよう)。 検察官のこの主張では、所得区分に関する判断が、大阪事件最判とは異なり「文理に照らし」ではなく、「所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨、目的に照らし」(3つ目の下線部)行われるべきである旨が判示されていることに注意すべきである。 大阪事件では検察官は上告受理申立て理由の中で次のとおり主張していた(下線筆者)。 検察官のこの主張をも考え合わせると、「所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈」は、法解釈方法論の観点からみれば、目的論的解釈に属する解釈方法ということができよう。しかも税法学の観点からみれば、所得や行為の(形式ではなく)「本来の性質」(実質)を「本質的な考慮要素」とする点で、実質主義ないし実質課税の原則の系譜に連なる目的論的解釈(第7回Ⅳ参照)ということができよう。そうすると、札幌事件東京地判は、文理解釈を採用した大阪事件・最判とは、馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みの「起点」を異にすることになる。 「租税法規はみだりに規定の文言を離れて解釈すべきものではな[い]」(最判平成22年3月2日民集64巻2号420頁)という厳格な解釈の要請(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)【44】)の下では、「文理に照らし」行う解釈(文理解釈)の、「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」行う解釈(税法学的観点からみれば、実質主義ないし実質課税の原則の系譜に連なる目的論的解釈)への置換えは、文理解釈の「潜脱」ともいうべきものである。目的論的解釈は文理解釈の補完としては許容される(前掲拙著【45】)とはいえ、判例が採用した文理解釈を、同じ判断枠組みの中で目的論的解釈に置き換えることは、文理解釈の「潜脱」というべきであろう。 大阪事件最判と札幌事件東京地判とでは、このように、判断枠組みの「起点」における法解釈の方法を異にすることから、論理的には、法解釈によって定立される規範やそこから導き出される要件事実を異にすることになり、結局のところ、「終点」における重要な間接事実をも異にすることになる、ということができよう。 要するに、札幌事件東京地判は、大阪事件最判が示した馬券払戻金の所得区分に関する判断枠組みについて「起点」を「潜脱」し、「終点」を「すり替え」たものということができよう。 Ⅳ おわりに 以上の検討を基にして両判決の判断枠組みを整理し表にまとめると、次のようになろう。 札幌事件東京地判は、大阪事件最判が馬券払戻金の所得区分に関して示した判断枠組みについて、表現上は、「起点」を「文理に照らし」から「当該行為ないし所得の性質を踏まえた上で」に置き換えるだけで、他の部分はそのまま踏襲しているが、実際には「終点」をも置き換えて事実認定を行っていることからすると、前述のとおり、同判決における「起点」の置換えは「潜脱」、「終点」の置換えは「すり替え」というべきであり、したがって、判断プロセス全体をみれば、同判決は大阪事件最判との関係では「面従腹背判決」(面=「終点」、腹=「起点」)というべきである。 札幌事件東京地判は大阪事件最判の判断枠組みに「面従」しているにすぎず真に従っているわけではなく、現に、大阪事件最判が判断枠組みの「終点」で示した重要な間接事実を「すり替え」ているのであるから、札幌事件東京地判は大阪事件最判の判断枠組みを実質的には全面的に否定したといっても過言ではなかろう。この点に、札幌事件東京地判における目的論的解釈の過形成が認められるのである。これは、文理解釈の「潜脱」による目的論的解釈の過形成というべきものである。 札幌事件東京地判における目的論的解釈の過形成は、同事件の控訴審・東京高判平成28年4月21日判時2319号10頁及び上告審・最判平成29年12月15日民集71巻10号2235頁により否定・是正され、大阪事件最判の判断枠組みが「修復」され判例として確立されたといえよう。 なお、札幌事件最判は、前記の判断枠組みを判示した後、続けてこれに本件を当てはめて次のとおり判示した(下線筆者)。 この当てはめに関する判断からすれば、前記Ⅱで述べたように、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」という要件については、所得を生み出す行為が㋐「継続的行為」であることと㋑「客観的にみて営利を目的とする行為」であることが要件事実(主要事実)であり、他方、①「行為の期間、回数、頻度その他の態様」(行為の数量的態様)が㋐を推認させる間接事実であり、②「利益発生の規模、期間その他の状況」(行為の客観的利益状況)が㋑を推認させる間接事実である、と解されるところである。 (了)
「教育資金」及び「結婚・子育て資金」の一括贈与非課税措置に係る 平成31年度税制改正のポイント 【前編】 太陽グラントソントン税理士法人 パートナー 税理士 日野 有裕 Ⅰ 教育資金の一括贈与の非課税措置 1 はじめに 直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税措置(以下、教育資金の一括贈与の非課税措置)は平成25年度税制改正において、平成31年3月31日までの時限措置として創設された。同制度は、平成31年度税制改正において一部見直しのうえ、適用期限が2年延長された。 2 創設の背景 家計資産の大部分(平成25年において約60%)を60代以上の世代が保有している状況においては、この家計資産を若年世代へ移転させることが経済を活性化させるうえで重要である。 平成25年度税制改正において、直系尊属からの贈与における税率引下げや相続時精算課税の要件が緩和され、世代間で贈与を促す仕組みが講じられた。しかし、単に贈与を促すだけでは、預金口座の名義が変わるだけで、使用されなければ経済は活性化しない。 そこで、贈与された資金が有効に使われることまでを視野に入れた税制措置を設けることが有効と考えられたことから、教育資金の一括贈与の非課税措置が創設された。 (※) 以上、財務省「平成25年税制改正の解説」P642より。 3 平成31年度税制改正の背景 近年、制度創設当初に比べ新規の適用件数が減少しており、また相続税回避のために相続発生直前に非課税措置を使った教育資金の一括贈与を実行する事例があるなど、見直しが必要との声があった。そこで、格差の固定化につながらないよう必要な措置を講じた上で延長されることになった。 4 制度の概要 (1) 適用要件 平成25年4月1日から令和3年3月31日までの間に、30歳未満の個人(所得1,000万円以下の者に限る)がその直系尊属(祖父母や父母)から次の贈与を受けた場合、1,500万円の金額までは非課税となる(措法70の2の2①)。 この非課税措置は、この規定の適用を受けようとする受贈者が、「教育資金非課税申告書」を取扱金融機関の営業所を通じて、信託される日、預金等を預け入れる日又は有価証券を購入する日までに、当該受贈者の納税地の所轄税務署長に提出した場合に限り適用される。 (2) 教育資金の範囲 (※) 費用の内容や取扱いなどの詳細は、下記文部科学省のホームページで確認することができる。 文部科学省ホームページ「教育資金の一括贈与に係る贈与税非課税措置」 (3) 贈与者の死亡・教育資金管理契約の終了 ① 贈与者死亡の場合 教育資金の一括贈与の非課税措置を受けてから3年以内に贈与者が死亡した場合は、その時点で残っている教育資金残額に対して、受贈者が相続により取得したとみなされることになる(措法70の2の2⑩⑪)。その結果、相続税の申告が必要になる可能性がある。 ② 教育資金管理契約の終了 教育資金管理契約は、次の3つの事由うち、いずれか早い日に終了する(措法70の2の2⑩)。残額がある場合は贈与税が課税されることになる。 5 改正点の内容 (1) 旧制度からの主な改正点 (2) 受贈者の所得制限 格差拡大の防止の観点から、旧制度にはなかった所得制限が設けられ、教育資金の一括贈与を受ける前年の受贈者の合計所得金額(所法2①三十)が1,000万円を超える場合は、非課税措置が適用できないことになった(措法70の2の2①)。 (3) 教育資金の範囲 改正後の新制度では、教育資金の範囲から学校等以外の者に支払われる金銭で受贈者が23歳に達した日の翌日以降に支払われるもののうち、以下のものを除外することになった(ただし、教育訓練給付金の支給対象となる費用は除外しない。措令43の4の3⑦⑧)。 (※1) 令和元年7月1日以降の支払いから適用される。 (※2) なお、教育資金の細かな範囲については文部科学省の告示で示されるが、本稿執筆現在においては、本改正を受けた改正告示は公布されていない(改正前の告示(第68号)は[こちら])。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第6回】 「資産と債務をセットにした信託契約」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 公認会計士・税理士 岩丸 涼一 相談内容 私Aは、個人事業主として「建物及び土地(以下「賃貸不動産」とする)」の賃貸事業をしていますが、80歳を迎え、最近は物忘れがひどくなってきており、賃貸不動産の管理や銀行との融資条件の交渉等が難しくなっていると感じています。なお、賃貸不動産は銀行借入で取得したものです。 私としては、できれば長男Bに賃貸事業を承継してほしいと考えています。ただし、贈与による事業承継をする場合、多額の贈与税が生じ、現実的ではありません。 この場合、どのようにするのが良いか悩んでいます。 〈具体的な信託契約の内容〉 〈信託のイメージ図〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 信託による効果 Aに意思能力がなくなった場合、Aが行う法律行為である賃貸契約及び不動産売買契約等についての契約が無効になるリスクがあります。 Aに意思能力がなくなる前に上記内容の「信託契約」を締結することで、財産の形式上の所有権はAから受託者Bに移り、不動産の所有権移転登記を行うため、賃貸契約及び不動産売買契約等は受託者Bが単独で行うことができるようになります。 [2] 信託財産の課税上の取扱い 信託財産の課税上の取扱いでは、受益者課税の原則が取られており、信託の受益者が、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなされ、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして所得税及び法人税を課税することになります(所法13、法法12)(※3)。したがって、信託設定時にAを受益者と設定すれば実質的な経済価値は移転しないため、Bに贈与課税がされることはありません。また、上述の通り所得税はAに課税され、Bに課税されることはありません。 (※3) 所得税法上、信託から生じる所得が損失である場合には、なかったものとされる点に留意が必要です。 これは、信託財産に属する資産及び負債並びに信託財産に帰せられる収益及び費用は、形式的には受託者に帰属するものの、信託は基本的には受託者が受益者のために資産の管理及び処分その他の行為を行う仕組み、換言すれば財産の所有及び管理とその収益とを分離するためのものであり、実質的な利益及び不利益を受益者に享受せしめようとする趣旨であるといわれています(武田昌輔 編著『DHC コンメンタール 法人税法』(第一法規、2019年)953の2ページ)。 [3] 銀行借入(消極財産)の信託 信託法においては、信託の対象となる財産は積極財産に限られ、消極財産は信託財産に含まれないとの立場が取られています(道垣内弘人 編著『条解 信託法』(弘文堂、2017年)100ページ)。 しかし、信託法第21条1項3号では、信託設定時において、信託行為の定めにより、委託者の負担する債務を信託財産責任負担債務とできる旨が明らかにされています。これにより、委託者の属する積極財産と消極財産の集合体である事業について、信託行為の定めによって、積極財産の信託と合わせて債務引受をすることによって、実質的に当該事業を信託したのと同様の状態を作り出すことが可能となったとされています(前掲書101ページ)。 [4] 免責的債務引受による効果 AからBへ免責的債務引受が可能であれば(※4)、Aが意思能力を喪失したときにも、Bは金銭消費貸借契約に定めた融資条件(融資期間の変更や金利の改定等)変更の契約を銀行と締結することが可能です。 (※4) 債権者である銀行の同意が必要です。 信託法上は、債務者名義に関係なく、「信託契約」に定めることにより信託財産責任負担債務となりますが(信託法21①三)、受託者が単独で銀行と融資条件変更の契約を締結するためには免責的債務引受が必要です。 [5] 免責的債務引受を行った信託財産責任負担債務の課税上の取扱い 「信託契約」で定めた信託財産責任負担債務の債務者を免責的債務引受によりBへ変更しても、前債務者Aは受託者から債務免除を受けたわけではありません(相法8)。信託財産責任負担債務が信託財産をもって履行する債務である限りにおいては、税務上は実質的に受益者に帰属するものと解されます。したがって、A・B間での贈与課税は生じません。 また、委託者Aの相続発生による信託終了の場合、帰属権利者であるBは当該信託の残余財産を受益者Aから遺贈により取得したとみなすことになります(相法9の2④)。相続財産から債務控除できる被相続人の債務は、相続又は遺贈により財産を取得した相続人(又は包括受遺者)が負担するもので、確実と認められるものに限られます(相法13、14)。 したがって、帰属権利者である相続人Bが当該信託に属した信託財産責任負担債務である本件銀行借入を確実に負担する限りにおいては、当該債務相続について債務控除が適用されると考えます。 [6] 結論 本件の場合、A・B間で上記の「信託契約」を締結することにより、Bに不動産賃貸事業を任せることができます。これによりAの意思能力に問題が生じたとしてもBが事業の法律行為を行うことになり、また「信託契約」締結を基因とする追加的な課税負担もなく、円滑な事業承継が可能となります。 なお、認知症対策として「信託契約」を締結し事業継続はできたとしても、相続財産の承継は親族間の問題として引き続き残りますので、遺言を「信託契約」と同時に締結することをお勧めします。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q46】 「非居住者による上場内国法人株式の譲渡の課税関係」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 非居住者に対する課税 所得税法上、「非居住者」とは、居住者以外の個人をいいます。「居住者」とは、国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人、とされており、その要件に該当しない場合、所得税法の非居住者とされます。 所得税法上、居住者については、原則として、日本国内だけでなく国外において稼得した所得も課税対象とされますが、非居住者については、以下に記す国内源泉所得のみが、日本における課税対象となります。この取扱いは、非居住者が日本人かどうかにかかわらず、同様です。 〈国内源泉所得の範囲〉 2 株式の譲渡 非居住者による資産の譲渡が上記1の「③ 国内にある資産の一定の譲渡により生ずる所得」に該当する場合、国内源泉所得として、非居住者について日本において課税がなされます。 ここで、非居住者による株式の譲渡については、所得税法施行令において、以下のものが国内源泉所得として取り扱われる、とされています。なお、租税条約の規定により、一部については日本の課税対象から除外される可能性がありますので、個別の検討が必要となります。 非居住者による株式の譲渡が上記のいずれかに該当する場合、非居住者は譲渡益について、日本で所得税の確定申告を行う必要があります。 上記の①から⑤に該当する場合の株式の譲渡益にかかる税率は、上場・非上場の区分に応じ、「上場株式等の譲渡」又は「一般株式等の譲渡」として15.315%(所得税及び復興特別所得税)が適用されます(⑥については一般の譲渡所得として累進課税が適用)。なお、非居住者は日本国内に住所を有しませんので、住民税は課されません。 (※) 「上場株式等」及び「一般株式等」については【Q45】を参照。 3 本件へのあてはめ 本件については、非居住者が行う株式の譲渡が上記2の①から⑥のいずれかに該当するかの検討が必要となります。 一般的に、上場されている内国法人株式で少数(5%未満)の持分割合しか保有していない場合は、②や④に該当しませんので、⑤の要件(日本に滞在する間に行う内国法人の株式等の譲渡)に該当しない限り、日本において申告・納税の義務はないものと考えられます。 なお、国内法だけでなく、非居住者の居住地国と日本との間に租税条約が締結されている場合は、租税条約についての検討も必要となります。 (了)
収益認識会計基準と 法人税法22条の2及び関係法令通達の論点研究 【第5回】 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 (4) 法人税法22条4項 ア 法人税法22条4項の規定内容と会計の三重構造 法人税法22条4項は次のとおり規定する。 法人税の課税標準たる所得の金額の計算構造の大枠は、企業会計における法人の利益を前提としたものとなっている。法人税法22条4項によれば、所得の金額の実際の計算方法についても同様のことがいえる。 なお、法人税法22条4項中、「、別段の定めがあるものを除き」という部分は平成30年度税制改正において付け加えられた。この点については後に改めて考察を行う。 《会計の三重構造》 企業会計と租税会計(租税法会計)との関係について、両者を別個独立のものとすることも制度上は可能であるが、法人の利益と法人の所得が共通の観念であるため、法人税法は、二重の手間を避ける意味で、次に述べる企業会計準拠主義を採用しているというのが学説の理解である(金子宏『租税法〔第23版〕』37頁、348~349頁(弘文堂2019)参照)。 法人税法22条4項は、当該事業年度の収益の額及び原価・費用・損失の額は、公正処理基準に従って計算されるものとすることを規定している。この規定は、1967年(昭和42年)に、法人税法の簡素化の一環として設けられたものであって、法人の各事業年度の所得の計算が「原則として」企業利益の算定の技術である企業会計に準拠して行われるべきこと、すなわち企業会計準拠主義を定めた基本規定であると解されている。 課税所得の算定については、種々の政策的・行政的考慮から、企業会計の原則とは異なる取扱いが定められていることが多いが、主として法人税法23条以下に置かれている「別段の定め」がない限りは、課税所得の算定は企業会計に準拠して行われる。それを明らかにしているのが、法人税法22条4項の規定である。 この法人税法22条4項と、①「株式会社の計算は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」ことを定める会社法431条の規定及び「持分会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」ことを定める同法614条の規定、②確定申告は「確定した決算」に基づき行うべきであるといういわゆる確定決算主義を定める法人税法74条1項の規定を総合して見ると、わが国の法人税法は、企業所得の計算についてはまず基底に企業会計があり、その上にそれを基礎として会社法の会計規定があり、さらにその上に租税会計がある、という意味での「会計の三重構造」を前提としている。 《企業会計準拠主義と租税法律主義》 会計の三重構造によれば、会社法431条にいう「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」の意義が、租税法上も重要となる。同条は、「商業帳簿の作成に関する規定の解釈については公正なる会計慣行を斟酌すべし」という旧商法32条2項の規定を継承したものであり、会社法及び同法の委任に基づく法務省令に規定されていない株式会社の会計に関する事項について、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うべきことを定めたものである(会社計算規則3条も参照)。 会社法には、会社が商品を販売した場合に契約締結、出荷、引渡し、検収、代金回収等のどの時点で売上を計上すべきかといった会計の処理に関する具体的規定が乏しく、法務省令で、資産・負債の評価を中心とする若干の規定が置かれているにすぎない(会規5~12)。このため、株式会社の会計の処理に関する大部分の事項は、会社法431条のいわゆる包括規定によって処理されることになる(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』636~637頁(有斐閣2017)参照)。 会社法431条が包括規定とされた理由は、旧商法32条2項と同様に、株式会社の会計に関し、詳細で網羅的な規定を設けるのは適当でなく、会社法としては基本的な重要規定だけを設けておき、後は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うこととするのが適当である、あるいはすべての会計事項を法令で定めることは立法技術上困難であると考えられたことによるものと解される(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』638頁(有斐閣2017)の脚注(3)参照)。 租税法の世界には、租税の賦課・徴収は必ず法律の根拠に基づいて行われなければならないという租税法律主義の原則が存在する(憲法30、84)。三重構造が支持される理由の1つは、民間団体が作成するにすぎない会計のルールに法人税法が依拠する際に、この租税法律主義との正面衝突を回避することができることにある。 他方、建前上は三重構造が妥当するとしても、法人税法が企業会計のルールを会社法のフィルターを通さずに取り込むことが直ちに租税法律主義に反するかという疑問も提起しうる。形式上、会社法のフィルターを通したとしても、フィルターの中身が適正公平な課税を実現するに足りるものか、そもそも可視的か、確固たるものか、といった不安もある。 例えば、法人税法22条4項は企業会計のルールに対して法人税法における規範性を無限定に付与するものではなく、法人税法固有ないし独自の見地からフィルターをかけた上で規範性を付与するものであるとすれば、租税法律主義との正面衝突は起きないという説明が成り立つ余地はあろう。最終的な手綱は法人税法が握っているという理解である。 場合によっては、法人税法が企業会計のルールを会社法のフィルターを通さずに取り込んでいると捉えた方が妥当する場面もあるかもしれない。租税法会計は法人税法22条4項を通じて、実体的には企業会計(及び会社法会計)と結び付いているため、三重構造というよりは、トライアングル体制と表現した方が適切ではないかという指摘もある(渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』38頁(弘文堂2019)参照)。三重構造は規範的、トライアングル体制は現象的な捉え方というように、同一の分析対象を異なる視覚から表現したものという説明も成り立つかもしれない。 イ 3つの会計の目的の相違 会計の三重構造又はトライアングル体制として、企業会計・会社法会計・租税法会計という3つの会計を結び付けて観察するとしても、次のとおり、それぞれ目的とするところが異なることに注意を要する。 それぞれ目的が異なるため、互いに齟齬又は衝突が生じる場合がありうる。法人税法における別段の定めは、かような齟齬又は衝突を課税計算において解消するために存在するともいえる。ただし、別段の定めが存しない場合、特に法人所得の計算に関する実体的側面においては、法人税法22条4項にいう公正処理基準の解釈が重要となる(渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』38頁(弘文堂2019)参照)。 ウ 逆基準性 会計の三重構造という捉え方について述べたが、実際には、次の2つの理由から、逆基準現象とも呼ぶべき現象が生ずることが少なくないといわれている(金子宏『租税法〔第23版〕』349頁(弘文堂2019))。 例えば、法人税法上、減価償却費の損金算入に当たり、法人がその確定した決算において費用又は損失として経理するという損金経理の要件が付加されている(法法31①、2二十五)。このため、法人税法上の償却限度額の範囲内で減価償却費の額を決定し、会計上の減価償却費の計上額をこれに合わせるというような選択がなされる。 この場合、(結果的には齟齬が生じないことはあるかもしれないが)適正な費用配分又は期間損益計算という会計的見地からの償却額の決定はなされないため、企業会計から見て減価償却費が過大又は過少になりうる。もっとも、企業会計が償却計算に関する精緻なルールを欠いていることが問題視されるとすれば、かような逆基準性の問題は会計の側にもその責任があるといえよう。 逆基準性について、租税法会計と企業会計、会社法会計は互いに緊張関係があるという指摘を確認しておく。 (渡辺徹也『スタンダード法人税法〔第2版〕』39頁(弘文堂2019)参照) 以上のことは、中小企業を例に考えると容易に理解できるであろう。 なお、損金経理要件は、法人の内部取引について、どのレベルでの意思決定を要求するかという点についての政策判断を示しているが、同時に、内部取引等については、その費用又は損失として経理すべき額を第三者たる課税庁が認定することはせず、(法の定める範囲内において)企業の行った会計処理を最終のものとして認めることを意味している点にも注意を要する(中里実ほか編『租税法概説〔第3版〕』154頁〔吉村政穂〕(有斐閣2018)参照)。 エ 公正処理基準の意義 《通説の理解》 公正処理基準の意義について確認しておく(金子宏『租税法〔第23版〕』348頁以下(弘文堂2019)参照)。 法人税法22条4項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、抽象的には、一般社会通念に照らして公正妥当であると評価され得る会計処理の基準であるとか、客観的な規範性を持つ公正妥当な会計処理の基準であるといわれる。 公正妥当な会計処理の基準の具体的な中身であるが、学説は、その中心をなすのは、企業会計原則・同注解、企業会計基準委員会の会計基準・適用基準等、中小企業の会計に関する指針(日本税理士会連合会・日本公認会計士協会・日本商工会議所・企業会計基準委員会の4団体で作成した指針)、中小企業の会計に関する基本要領や、会社法、金融商品取引法、これらの法律の特別法等の計算規定・会計処理基準等であるが、それにとどまらず、確立した会計慣行を広く含むと解している。 ただし、公正処理基準の意義を上記のように解するとしても、次の点に注意する必要があることも指摘している。 《裁判所の理解》 裁判例については本連載において別途検討を加えることを予定している。ここでは、公正妥当な会計処理の基準の具体的な中身について、上記学説とおおむね同様の理解を示す裁判例があることを確認しておく。 大竹貿易事件の大阪高裁1991年(平成3年)12月19日判決(民集47巻9号5395頁)は、要旨次のとおり判示し、公正処理基準は明文で定められている会計処理の基準のみならず会計慣行をも含むことを明らかにしている。 法人税法22条4項にいう「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準」とは、「客観的な規範性をもつ公正妥当と認められる会計処理の基準という意味であり、企業会計原則のような明文化された特定の基準を指すものではないと解される。勿論、企業会計原則が、企業会計の実務の中に慣習として発達したものの中から、一般に公正妥当と認められたところを要約したものとされていることから、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準の一つの源泉となるものとは解されるが、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準は、企業会計原則のみを意味するものではなくて他の会計慣行をも含み、他方、企業会計原則であっても解釈上採用し得ない場合もある。」 《会社法431条にいう「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」》 会社法431条についても、主として企業会計審議会が公表する企業会計原則その他の会計基準は、一応それに当たると推定されるが、当該会計基準の内容は基本的事項に限られ、網羅的ではないし、それが唯一の「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行」であると解すべき理由はないことなどから、このような会計基準に限定されるわけではないと解されている(江頭憲治郎『株式会社法〔第7版〕』637頁(有斐閣2017)、神田秀樹『会社法〔第21版〕』282~283頁(弘文堂2019)参照)。 《法人税関係法令の性質》 別段の定めは、形式上、根拠規定として法人税法22条4項を適用することを排除するものであり、この意味で企業会計準拠を否定する規定といえるが、実質的に見ると、企業会計準拠を一律に否定する規定であるとまではいえないものも含まれていることに注意が必要である。このことを確認しておこう。 課税所得を算出するための益金及び損金の計算については、法人税法及び租税特別措置法によって、租税政策上の理由から多数の別段の定めがなされており、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準が大幅に修正を受けている。 法人税法及び租税特別措置法の益金及び損金に関する規定は、この点で、次の3つに分類することが可能である。一般的には、法人税法の規定は①及び②のカテゴリに属し、租税特別措置法の規定は③のカテゴリに属するといわれる(金子宏『租税法〔第23版〕』336頁(弘文堂2019))。 法人税法22条4項は企業会計準拠規定であること及び別段の定めがあるものを除き適用されることからすれば、同項の別段の定め=企業会計準拠を否定する規定(又は企業会計とは異なる規範を定める規定)と単純に説明できそうである。しかしながら、上記①及び②に係る規定のように、別段の定めは、実質的に又は少なくとも部分的に企業会計の規範に準拠又は整合する側面も見せる。すると、別段の定めをもって、企業会計とは異なる規範を定める規定であると一律に表現することは躊躇される。 (5) 法人税法22条5項 法人税法22条2項は、益金の額に算入すべき収益の額について、「資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額」としている。また、法人税法22条3項3号は、損金の額に算入すべき損失の額は「資本等取引以外の取引に係るもの」としている。収益及び損失が資本等取引からも生じることを前提として、資本等取引に係る収益又は損失を益金又は損金の範囲から除外しているのである。 この「資本等取引」について、法人税法22条5項は次のとおり規定する。 条文中の「資本金等の額」については、法人税法2条16号において次のとおり定義されている。 資本等取引の意義について学説が整理するところを確認しておく(金子宏『租税法〔第23版〕』344頁以下(弘文堂2019)参照)。 資本等取引というのは、次の2つを含む観念である(法法22⑤)。 狭義の資本等取引について、企業会計原則は、資本維持の要請から、資本取引と損益取引を厳格に区別し、企業の利益と損失は損益取引のみから生じ、資本取引からは生じないという考え方をとっている。しかも、資本剰余金の増減を生ずる取引をも資本取引の範囲に含めている(企業会計原則第1の3、同注解(注2))。 会社法も、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする」と定めており(会社431。持分会社については614)、また、株主となる者が会社に払込み又は給付した額のうち資本金に計上しないこととした額は資本取引によって生じたものであるという考え方のもとに、これを資本準備金として計上することを要求し(会社法445②③)、さらに準備金の額の減少については、株主総会の決議を要求している(会社法448、449)。法人税法は、この企業会計原則及び会社法の考え方を前提として、資本等取引による収益又は損失を益金又は損金の範囲から除外しているのである。 次に、法人の利益又は剰余金の分配について、法人税法は、法人所得を法人の利益と基本的に同じものとして観念し、出資者に利益を還元する前の段階の所得を課税の対象としている。そのため、利益又は剰余金の分配は、損金の範囲から除外されている(会社の純資産は流出するが損金とならないから利益積立金額が減少する。法法2十八、法令9)。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第48回】 「相栄産業事件」 ~最判平成4年10月29日(集民166号525頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第87回】 株式会社スペースバリューホールディングス 「第三者委員会調査報告書(2019年4月11日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社スペースバリューホールディングスの概要】 株式会社スペースバリューホールディングス(以下「SVH」と略称する)は、2018(平成30)年10月に設立された持株会社。システム建築事業、立体駐車場事業及び総合建設事業等を展開するグループ会社の経営管理及びそれに附帯する業務を主たる事業とし、傘下に国内グループ12社、海外グループ6社を有している。資本金7,000百万円。グループ従業員数1,283名。登記簿上の本店所在地は石川県金沢市だが、東京都港区に東京本社を置く。東京証券取引所1部上場。 主たる事業子会社である日成ビルド工業株式会社(以下「NBK」と略称する)は、1961(昭和36)年7月設立。システム建築事業、立体駐車場事業を主たる事業とする。SVH設立前の平成30年3月期の業績は、連結売上高76,563百万円、連結経常利益4,397百万円。SVHの上場に伴い、2018年10月上場廃止。 【調査報告書の概要】 1 第三者調査委員会設置の経緯 SVHは、調査開始から第三者委員会設置までの間に3度、適時開示を行っている。特徴的なことは、特別調査委員会が調査を開始してから約1ヶ月後に、調査の対象範囲が拡大されて、最後は、第三者委員会にほぼフリーハンドの「件外調査」を行うことを認めた点である。 時系列に沿って、問題となった事案を見ておきたい。 (1) 2019年3月期第3四半期決算発表延期の時点 SVHが、2019年2月12日に公表した「2019年3月期第3四半期決算発表の延期のお知らせ」の中では、会計監査人である有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」という)が「必要な調査を行うよう」指示した事案は、マレーシアで駐車場の運営管理事業を行う子会社に関する以下のような疑義であった。 (2) 特別調査委員会の設置 上記のあずさ監査法人の指摘を受けて設置された特別調査委員会の構成は以下のとおりである。 なお、本リリースでは、調査対象事案として、以下の事実が追加されている。 (3) 特別調査委員会から第三者委員会による調査へと変更した時点 約1ヶ月後の3月11日、SVHは、「(開示事項の経過)特別調査委員会の調査状況及び第三者委員会設置に関するお知らせ」を公表して、「監査法人から調査範囲を拡大して追加調査を行うよう要請」があったことを理由として、特別調査委員会の調査を、日本弁護士連合会「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会に引き継ぐことを公表した。 そのうえで、「EPS社立体駐車場建設コストに関する疑義及びNBK社レンタル工事未払金に関する疑義について、実施すべき調査手続はほぼ完了している状況」である一方、NBKにおける原価付け替えは、「当初の当社の見込みである子会社の特定の支店において実施されていたとの予測とは大きく異なり、当社の子会社において全国的規模で実施され、更にそれは支社長、支店長及び営業所長という権限者の関与のもとで組織的に実施されている実態が明らかになりつつある」ことから、調査範囲を拡大した追加調査が必要であることが書かれている。 (4) 第三者委員会による調査へと変更した理由 上記3月11日付リリースでは、第三者委員会による調査へと変更した理由として、以下の2点が挙げられている。 2 第三者調査委員会による調査の概要 第三者委員会は、調査概要を大きく次のように分類して報告している。 (1) 原価付替えその他会計に係る不適切処理案件 特別調査委員会での調査の端緒となったのは、NBK長崎営業所における受注工事についてNBKの実行予算を超過した外注費を、同所工事担当者が実行予算超過の事実を隠蔽し、協力業者に対して、一部は別の工事に付け替えて支払いを行い、また、一部は支払いを滞らせていた、という事案(長崎事案)であった。 長崎事案は、2018年8月に、協力業者からNBK福岡支店に長崎営業所からの支払いがない旨の連絡があったことから発覚し、内部監査室が、長崎営業所の協力業者に残高確認を行ったことで、4,000万円を超える債務未計上が明らかになった。 第三者委員会は、長崎事案の調査の結果として、実行予算外発注の発生回避、発生を隠蔽するための原価付替えは、長崎営業所や九州ブロックに固有の事象ではなく、NBK全体における事象であることを懸念して、件外調査を行った。その結果、長崎事案及び福岡事案以外にNBKの営業店48拠点のうち、営業店21拠点において、件数では146件、金額は合計で約8,500万円の原価付替えを追加で確認し、原価付替えはNBKの特定の営業店やブロックに限定されることなく、広範に行われていることが判明した。 第三者委員会の調査では、原価付替え以外にも、債務の未計上、売上の先行計上などの会計上の問題が発見されている。 (2) レンタル工事未払金の過大計上 NBK管理本部経営管理部において、2018年3月期の税務申告書の勘定科目内訳明細書を作成する過程で、取引先に紐づかない内訳明細が不明のレンタル工事未払金9億2,290万円が存在している事実(未払金の過大計上)が発覚した。 第三者委員会による調査の結果、NBKが2018年3月期第1四半期において会計処理の変更を行った際に、過去の会計期間において発生した会計上の誤謬が放置されていたことを原因とすることが判明した。 (3) マレーシア案件 EPSが、マレーシア国有地を取得して駐車場を建築、運営するプロジェクトについては、当初の計画と比して、建設工事期間の延期、これに伴う完成及び稼働の遅れが生じ、かかる遅延により当初の建設予算としては5億2,000万円程度を予定していたにもかかわらず、2018年9月末時点で合計約6億円以上を現地パートナーに支払っている。 本立体駐車場については、2018年10月にあずさ監査法人から現地視察を実施したい旨の依頼があり、当該依頼を受けてSVHによる現地調査を実施し、2018年12月から2019年1月にかけて、今後の事業計画の見直しや建設コスト等の精査を行った。その結果、想定していた収益性が見込めない状況が確認され、また、NBKから EPSを経由して現地パートナーに対して支出された資金が、目的以外の使途で使用されているのではないかとの懸念が生じていた。 第三者委員会は、現地でのヒアリングも含めた調査の結果、本件プロジェクトに関して支出した資金(NBKにおける貸付金、2019年3月期第3四半期においてSVHの「建設仮勘定」)について、資産性を認めることはできないと結論づけた。 (4) 件外調査で判明した事実 第三者委員会が「件外調査」として実施した調査の結果、不適切事案として指摘した事案は多岐にわたり、中には反社会的勢力との付き合いなども含まれるが、本稿では、代表取締役会長兼社長CEOの職にあった森岡篤弘氏(以下「森岡代表」という)が、不適切な会計処理に関与したという事実認定がされた「山下町案件」について、概要をまとめておきたい。 特別調査委員会が調査の一環として実施した従業員アンケート及び役職員に対するヒアリングにおいて、横浜市中区山下町に建設が計画された外資系ブランドホテルに関するSVAとC1社との間の設計契約に係る業務委託料等の支払いにつき、2018年3月期第2四半期に行われた会計処理を問題視する回答があった。 その概要は、同ホテルの開発プロジェクト案件にあたり、C1社に対して支払った業務委託料及び合意解約時に支払った解約金に係る会計処理について、会計方針等検討委員会の損失処理とすべきとの検討結果とは異なり、森岡代表の関与の下で建設仮勘定として資産計上を維持したというものであった。 第三者委員会は、森岡代表の関与の下で会計方針等検討委員会の結論とは異なる会計処理がなされたという点を重視し、ガバナンスにも焦点を当てた第三者委員会の立上げに伴い、NBKのガバナンス体制における重大な疑義の端緒であると考えて、件外調査の対象として調査を実施した。 第三者委員会は、事実認定の結果、森岡代表は、C1社が作成した設計図に資産性がないことを認識しているにもかかわらず、これを損失処理としないよう指示をしたと認定でき、事実上の粉飾指示と評価できるとして、その「慎重さを欠く経営姿勢」が「内部統制システムの無効化」につながっていると結論づけた。 (5) ガバナンス調査 2019年3月6日に、特別調査委員会、SVH監査役会及び東京証券取引所あてに、インサイダー疑惑などを告発する匿名の告発状が届き、また、特別調査委員会が実施した従業員アンケートの結果や、第三者委員会が実施したヒアリングの過程で、森岡代表の行状や経営姿勢について問題視する声が多数挙がっており、具体的には、次のような指摘があったことが報告されている。 こうした告発や指摘を受け、第三者委員会は、以下の4点につき調査を行い、その結果を踏まえて、森岡代表の社長としての資質と、それがSVHのガバナンスに与えた影響を検証することとした。 それぞれの調査結果についての詳細は割愛するが、結果として、第三者委員会は森岡代表の「社長としての資質」について、次のように評価している。 (6) 三様監査 第三者委員会は、内部監査について、以下のとおり評価した。 次いで、監査役監査の評価は、概ね以下のとおりである。 さらに、第三者委員会による会計監査人の評価は、概ね次のとおりとなっている。 そのうえで、三様監査の連携状況については、常勤監査役が内部監査に同行していることから、内部監査室と監査役との連携が密に取られており、内部監査の実効性を上げることに寄与していると評価したものの、監査役と会計監査人、内部監査室と会計監査人の連携については、いずれもコミュニケーションが不十分であると評価している。 3 原因分析 第三者委員会は、原因分析の総括として、以下の5点を挙げている。 そのうえで、第三者委員会は、森岡代表の経営権の行使について、上記の5つの根本原因により、一部の役員・執行役員を巻き込んだ支配の構図を形成し、20年という長期にわたる体制維持を可能としたものであると結論づけている。 4 再発防止策 第三者委員会による再発防止策の提言もまた、上記の根本原因を払拭することを目的としている。具体的には以下のとおりである。 さらに、第三者委員会は、提言した再発防止策について、次のように附言している。 【調査報告書の特徴】 189ページにわたる大部の調査報告書は、創業家出身で代表取締役会長兼社長であった森岡代表を辞任に追い込み、2名の社外取締役が定時株主総会で退任し、会計監査人の交代という結果につながった。 本報告書公開時には、森岡代表の交遊関係、特にメールの受発信履歴や女性関係などまで克明に報告する必要があったのかどうかというコメントが出る一方、マスコミ等では、創業家出身社長の行状が面白おかしく伝えられるなど、何かと話題になった報告書ではあった。 1 報告書の「結語」 調査報告書に「結語」「結びに代えて」といった独立した章を設けて、第三者委員会の調査全体を通じた意見や、第三者委員会を設置した組織に対する今後の期待などを表明しているケースは少なくないが、本報告書では、「結語」だけで4ページに及んでいる。その見出しは、「経営トップの聖域化」「経営者責任と経営者倫理」「SVHの社会的意義」「結語に代えて」となっている。 その中では、NBKがホールディングス化したことにより、取締役会におけるけん制機能が発揮された事実やホールディングス化最初の四半期決算においてコンプライアンス意識や適正な会計処理を指向したことが、問題発覚のトリガーとなった事実が認められると、SVHの今後に期待する記述が見られた。 2 代表取締役の異動と取締役の辞任 第三者委員会による調査報告の期限とされた4月11日の前日、SVHは、「代表取締役の異動に関するお知らせ」をリリースして、代表取締役会長兼社長CEOとして社内で絶大な権力をふるってきた森岡篤弘氏が代表取締役を辞して、取締役グループ営業管理本部長の職にあった森岡直樹氏が代表取締役社長CEOに就任したことを公表した。異動の理由としては、「今般の決算延期の状況に鑑み、経営体制の変更を行い、一日も早い信頼回復に向けて取り組んでまいります」ということである。 その後、森岡篤弘氏は、4月18日付で、取締役を辞任している。辞任の理由としては、「第三者委員会の調査結果を踏まえ、経営責任を重く受け止め」たためであると説明されている。 3 SVHによる再発防止策 4月26日、SVHは再発防止策を公表した。以下はその概要である。 4 第三者委員会等の調査費用 SVHが5月17日にリリースした「特別損失の計上及び業績予想の修正に関するお知らせ」によれば、第三者委員会等の調査費用は324百万円であったことが公表されている。この金額に、過年度の有価証券報告書等の訂正に係る監査費用が含まれているかどうかは、明記されていない。 5 会計監査人の異動 SVHは、6月3日、「会計監査人の異動に関するお知らせ」をリリースして、会計監査人であるあずさ監査法人が退任し、新たにPwC京都監査法人を会計監査人として選任する議案を、定時株主総会に付議することを公表した。 通常、会計監査人の異動に関するリリースでは、異動の理由として「任期満了」とのみ記載されることが多いが、本リリースでは、あずさ監査法人の退任の理由として、以下の文章が明記されている。 もっとも、第三者委員会報告書で、「職業的懐疑心の不足」「指導・助言機能の不足」という評価をされたあずさ監査法人からすれば、監査業務を継続する意思はなかったのではないかと思う方が普通だろう。 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 ←(前回) | (次回)→ 第2節 収益性の分析 【第27回】 「収益性の分析(その1)」 〔分析の対象となる主な勘定科目〕 ▷ビジネスモデルの把握 対象会社の収益性及び収益力を理解するためには、損益計算書の分析は欠かせない。売上高に対する変動比率や固定費項目などで収益構造を把握し、併せて売上から売上原価を引いた売上総利益やさらに販売費及び一般管理費を引いた営業利益などの水準を把握し、市場規模や競合他社の数値をベンチマークとして比較分析することになる。 しかし、対象会社のビジネスモデルを理解した上で分析しなければ単なる数字上の分析に過ぎず、M&A後のシナジーも期待できない。また、例えば、経済事象が一緒であっても会計処理が異なる場合がある。そのため損益計算書の分析に並行して、対象会社のビジネス全体のサプライチェーンやバリューチェーンを把握し事業構造(事業の特徴)、損益構造(もうけの仕組み)を明確に理解し、対象会社の事業戦略が「絵に描いた餅」になっていないかを見極める必要がある。 ◆製造業の場合の事業構造把握例 筆者らの経験においても、対象会社にインタビューをしながら鳥瞰図を描き、ビジネスモデルを把握することが多く、これは、対象会社の事業価値の源泉を把握すると同時に、M&A実行後の経営改善の有無やシナジーの創出を検討する重要な議論のベースになる。 ◆ビジネスモデル鳥瞰図(例) ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (松澤綜合会計事務所作成) ▷市場規模や競合他社の把握と比較分析 対象会社が属する業界の市場規模や競合他社を把握し、必要な数値や金額をベンチマークとして、対象会社の売上高や売上高総利益などと比較分析を行うことは、対象会社の属する業界の現状や将来予測、対象会社の事業計画の達成可能性の確度を検討する上で重要である。 なお、市場規模は簡単にWebサイトで検索することができ、見つからない場合は、市場規模の理論値を推定で算出することもできる。 ◆市場規模の理論値算出に役立つ主なサイト・資料等 ▷売上高や各利益の成長率の比較分析 売上高成長率は、対象会社の規模に照らして売上高がどの程度増えたかを測る指標であり、当然のことながら、売上高成長率が高ければ、対象会社に成長力があり、今後売上高を伸ばすことが期待できるであろう。売上高成長率の過去からのトレンドを分析し、市場規模の成長率や競合他社の成長率と比較することが重要である。 売上高成長率は、複数年度で把握する必要があり、年平均成長率であるCAGR(Compound Annual Growth Rate)が使用されることが多い。なお、計算式は下記のとおりである。 例えば、対象会社の売上高のCAGRが2%であっても、対象会社が属する市場規模のCAGRが5%の場合、対象会社の市場シェア(市場占有率)が下落していることを意味することになる。また、競合他社の売上高のCAGRが15%であった場合、当該他社がM&Aにより成長している可能性もある。よって、売上高が成長した要因が、その会社の事業そのものの成長にあるのか、それとも外部環境や外部要因によるものなのかをしっかりと見極める必要がある。 また、どの分析も同様であるが、利益率(EBITDAマージンを含む)も併せて分析をする必要がある。例えば、売上高が成長する一方で利益率が減少するケース、また逆に売上高が減少しても利益率が増加するケースがあるためである。売上高の増加は利益の増加に直結しているわけではなく、M&Aにおける損益計算書の分析の主眼は、あくまでEBITDA又はEBITDAに影響するその他の要素の分析にある。 なお、EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)は損益計算書上の利益と並んで、企業評価の際に重視される指標であり、投資状況の評価や、経済環境の異なる企業間の経営成績を評価するのに用いられ、対象会社の業種により計算方法は若干異なるが、簡易的に下記のように計算する。 簡易EBITDA = 営業利益 + 減価償却費 又は 簡易EBITDA = 税引前利益 + 減価償却費 + 支払利息 EBITDAは経済環境による差異を排除した利益水準の実態を把握するというものであり、広義の「営業キャッシュフロー」を意味している。 ◆M&Aにおける損益計算書の分析のイメージ (松澤綜合会計事務所作成) ▷売上高や各利益の内訳分析 対象会社の内部管理体制に依存するものの、下記のような分析も可能である。なお、上述したとおり、利益率(EBITDAマージンを含む)も併せて分析をする必要がある。 (了)
税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第7回】 「税務訴訟における法令適用(法令解釈)①」 弁護士 下尾 裕 1 税務訴訟における法令適用の特徴 税務訴訟における法令適用(法令解釈。以下単に「法令適用」という)の特徴としては、①租税法規を文理解釈する傾向が強いこと、②他の法規と比較しても通達が重要な位置付けにあること、及び、③【第6回】でも言及したとおり、いわゆる「借用概念」を通じて、私法上の考え方が租税法規の解釈適用に影響を及ぼすことの3点が主に挙げられる。 このうち①については既に【第4回】で詳細に取り上げていることから、今回は②及び③の各特徴について中心的に取り上げたい。 2 租税法規における通達の位置付け 租税実務においては、通達が非常に重要な意味を持っており、「通達行政」などと揶揄されることもある。 では、税務訴訟において、「通達」とはどのような位置づけにあるのであろうか。 結論からすれば、通達は課税庁が自らの考え方を示すものであり、課税庁に対する自己拘束力はあるものの、「法令」ではないことから、裁判所を拘束するものではないという位置づけとなる。よって、理論的には、裁判所は、通達を無視して、租税法規の解釈を示すことは可能である。 では、税務訴訟において「通達」は意味を持たないのかといえば、それも間違いである。【第4回】で述べたとおり、裁判所は租税公平主義に重きを置いており、納税者が一般に「通達」を前提に租税実務を行っている状況においては、自らの判断においても、公平性の観点から、通達による運用を無視することはできない。 この点で参考になるのは、裁判所が「財産評価基本通達」に対する考え方を示した以下の裁判例である。 「財産評価基本通達」は、元来幅のある概念である「時価」を画一的に算定するための通達であり、通達の中でもより公平性が要求される点で特殊性を有するものであるが、この裁判例からも裁判所の通達に対する考え方の一端を垣間見ることが可能である。 ここでの裁判所の考え方は、少し乱暴な言い方をすれば、基本は通達を尊重するが、問題があるときは介入するという思想である。 3 借用概念を通じた私法概念の影響 次に、借用概念を通じた私法概念の影響について詳しく見てみたい。 借用概念とは、【第1回】及び【第6回】で取り上げたレポ取引の裁判例で問題となった「利息」のように、私法において用いられている概念を租税法規の文言としてそのまま取り込んだものである。言い換えれば、他の法令における「汎用的な用語」を特段の定義を置かずに租税法規に持ち込んだものであるといえる。 こうした借用概念については、課税要件明確主義の要請もあり、特段の定義等のない限り、私法上の概念と同じ意味として理解をすべきものと考えられており(統一説)、その結果、租税法の解釈適用の中にそのまま私法上の解釈適用が取り込まれることになる。 〈借用概念のイメージ〉 この点に関連して、近年、日本企業等も外国法に準拠した事業体を取引に使用したり、外国法に準拠した取引等を行う場面が特に増加し、これに伴い、裁判所も「外国法に準拠した法概念に対しどのように租税法規を適用するか」という難しい課題に直面しつつある。 外国私法概念を日本の租税法に適用するのが難しいのは、なぜであろうか。これはひとえに、日本と外国では、法制度の前提が異なるからに他ならない。 例えば、日本法人がイギリスにある完全子会社A社を存続会社として、無対価にて別の完全子会社B社と統合するケースを考えてみたい。 イギリスでは、日本の合併制度に類似した「merger」という法制度があるものの、非公開会社においては実務的にはほとんど利用されておらず、本件のようなグループ内再編では、単純に特定の会社の資産・負債等をすべて存続会社に移管(事業譲渡)して、空になった会社を清算するという手法が用いられるようであるので(租税研究2012年7月号「外国における組織再編成に係る我が国租税法上の取扱い」17/30ないし19/30)、本事例でもかかる手法が用いられると仮定する。 この場合において、B社の株式に関する譲渡損益については、どのように考えるべきであろうか。ここでの問題は、B社株式について法人税法第61条の2第2項が適用されるか、言い換えれば、A社及びB社間のイギリスにおける統合が当該条文における「合併」と言えるかの問題である。 〈関係図〉 上記手法は、消滅会社の権利義務をそのまま引き継いでいるわけではない(包括承継ではなく、個別承継である)という意味で日本の会社法の「合併」とは異なるが、現地の実務上は「合併」に極めて類似した制度といえる。このような場合において、どのような判断枠組みで「合併」該当性を考えるのか、具体的には日本法をベースに考えるのか、全く法制度が異なる国もある中でどのように摺合せを行うのかという点こそが、この問題の本質である。 (※) この点、前掲「外国における組織再編成に係る我が国租税法上の取扱い」は、上記英国の合併類似行為についても一定の場合に「合併」と整理できると結論づけている。 4 裁判所の外国私法概念等に対する考え方 では、裁判所は外国私法概念を租税法規に適用するにあたって、どのような考え方を採用しているのであろうか。この点を考える最近の素材として、LPS訴訟に関する最高裁平成27年7月17日判決民集69巻5号1253頁がある。 この判例は、米国デラウェア州の法律に基づいて設立されたリミテッド・パートナーシップ(以下「デラウェアLPS」という)が行う不動産賃貸事業に係る投資事業に出資した者につき、当該賃貸事業に係る損失の金額を同人の所得の金額から控除することができるかが争われた事例で、その争点はデラウェアLPSが所得税法等における「法人」であるか、言い換えれば、出資者に損益が直接帰属する「パス・スルー」であるかが争われたものである。 この点に関し、最高裁は、「法人」該当性の判断基準について以下のように判示した上、デラウェアLPSが「法人」に該当するものと結論付けている。 最高裁は、上記判例において、「法人」が借用概念であることを前提に、「我が国においては、ある組織体が権利義務の帰属主体とされることが法人の最も本質的な属性であり、そのような属性を有することは我が国の租税法において法人が独立して事業を行い得るものとしてその構成員とは別個に納税義務者とされていることの主たる根拠であると考えられる上、納税義務者とされる者の範囲は客観的に明確な基準により決せられるべきである」と述べており、明言は避けているものの、外国私法概念について日本法の概念との本質的な類似性を基準に検討する方向性を示しているものと理解できる。 ここからは全くの私見であるが、日本の法律は、すべて日本の法制度を前提として制定されるものである。また、日本の裁判官は、日本の法制度については深く理解できるとしても、諸外国の法制度を同程度に理解することは現実的ではない。その意味では、裁判所が、外国私法概念に租税法規を適用するにあたっても、日本の法制度の考え方を中心に考えるのはやむをえない部分があるように思われる。 * * * 次回も引き続き、税務訴訟における法令適用(法令解釈)について、外国私法概念に類似した問題である契約準拠法の問題等を取り上げる。 (了)