プラス思考の経済効果 【第29回】 「2024年の大谷選手の社会的現象としての経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに ドジャースに移籍した大谷翔平選手は、2024年のシーズン開幕時から大変な事件に巻き込まれて、大きな精神的プレッシャーを受けたと想像されます。しかし、そのプレッシャーを短期間ではねのけて笑顔を絶やさず球史に残る活躍を続けています。 2024年の大谷選手は、投手としての登板はなく、打者としてのみ出場しましたが、数々の記録を塗り替えていきました。そして、史上初のホームラン50本、盗塁50の「50-50」を超えるホームラン54本、盗塁59、打率3割1分、打点130という空前絶後の成績を残しました。 本稿ではドジャース移籍初年度の1年間の打者としての大谷選手の経済効果を推定しました。 分析の結果は以下の通りです。 2 2024年の経済効果 大谷選手の経済効果の計算の基になる直接効果として、以下の12項目を考察します。 (1) アメリカ国内の直接効果 ① ドジャー・スタジアムとビジターでの他球団の球場における観客増加による消費増加額 (ア) 本拠地のドジャー・スタジアムにおける観客増加数 今年は大谷選手の活躍で394万1,251人の観客を集めました。対前年比で10万4,172人の観客が増加しています。 (イ) ビジターでの観客増加数 さらに、ビジターでも大谷選手が出場する対ドジャース戦の試合では、ドジャース以外とのチームの試合と比べて1試合平均で約3,500人の観客増加をもたらしていると言われていますので、約28万3,500人の観客増加となりました。 (ウ) ドジャー・スタジアムのホームゲームでの観客増加による消費増加額 ドジャー・スタジアムでの入場料、飲食費、駐車場代、グッズ代は、アメリカチーム・マーケティング・レポートが2023年に発表した「Fan Cost Index of MLB teams in 2023」のデータに物価上昇分を加えると、4人家族(大人2人、子供2人)で約5万1,178円となります。この金額を用いると、ドジャースのホームゲームでの観客増加による消費増加額は、約13億3,283万円となります。 (エ) ビジターゲームでの観客増加による消費増加額 ビジターゲームでの入場料、飲食費、駐車場代、グッズ代は、前述の「Fan Cost Index of MLB teams in 2023」のデータに物価上昇分を加えると、4人家族(大人2人、子供2人)で約3万9,499円となります。この金額を用いると、ビジターゲームでの観客増加による消費増加額は、約27億9,949万円となります。 以上の分析の結果、ホームゲームとビジターゲームの観客増加による消費増加額は合計で、約41億3,232万円となります。 ② プレーオフ、ワールドシリーズでの観客の消費増加額 ドジャースがプレーオフ(5試合のディビジョンシリーズ、7試合のリーグチャンピオンシップシリーズ)、ワールドシリーズ(7試合)に出ると仮定すると、同様の計算で約97億1,194万円の観客の消費があり、そのうち約3割が大谷選手の効果であると想定すると、約29億1,358万円となります。 ③ 大谷選手の年俸 大谷選手のドジャースとの契約は、10年契約で約7億ドル(契約時のレートで約1,015億円)であると言われています。しかし、大部分は後払いされ、最初の年である2024年は約3億円が支払われるだけです。 ④ 大谷選手のスポンサー契約料(エンドースメントによる収入) 大谷選手とドジャースのスポンサー契約はうなぎのぼりです。2024年のはじめにスポンサー契約を結んでいるのは約20社であり、合計約111億2,180万円のスポンサー契約料がドジャースと大谷選手に入ってきていると考えられています。 ⑤ 大谷選手による放映権収入 今年のNHKとMLBの契約を約124億5,760万円とし、このうち大谷選手の放映分を約9割とすると、MLBが大谷選手の活躍により日本から得ている放映権収入は、約112億1,184万円であると推定されます。 ⑥ 大谷選手のグッズの売上高 大谷選手のグッズの売上はMLBでトップクラスであり、今後MVPの獲得やプレーオフやワールドシリーズでの活躍が上乗せされれば、少なくとも約20億円の売上が期待されています。 ⑦ 球場などへの日米企業の広告料 大谷選手がドジャースに移籍した影響で、ドジャースはドジャー・スタジアムにより多額の広告費用を得ることになります。今年は約100億円と想定されています。 ⑧ コマーシャル契約をしている海外企業の売上増加額 大谷選手は日米の企業とコマーシャルなどの契約をしています。これらの海外企業の売上増加額を約20億円と仮定します。 ⑨ 大谷選手関係のボールなどのグッズのネット販売金額 大谷選手の50-50のホームランボールが競売にかけられて、億単位の金額が付いています。その他、大谷選手の記念の品物のネット販売額は約10億円と仮定します。 (2) 日本国内の直接効果 ① 大谷選手応援観戦ツアーの売上高 大谷選手の大活躍を応援観戦に行くツアーの参加者は、2024年において約1万人と言われています。JALなどの旅行・観光会社が主催する観光付きの観戦旅行は1人当たり60~100万円ですので、1人当たりの旅行金額を約70万円とすると、総額約70億円となります。 ② 大谷選手のグッズの売上高 日本における大谷グッズの売上は、ファンの多いドジャースで大活躍したことにより、過去最高の約4億円になると想定します。 ③ コマーシャル契約をしている日本企業の売上増加額 日本において、大谷選手がコマーシャルに出演している企業の数は非常に多いです。その企業は、ネームバリューが上がり、信用度が高まって、商品やサービスの売上が伸びています。2024年の大谷選手がコマーシャルに出演している日本企業の売上増加額を20億円と仮定します。 (3) アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額一覧 アメリカと日本における大谷選手の直接効果の総額は、下記の通り約540億7,954万円となります。 〈2024年の大谷選手の項目別直接効果〉 3 2024年の大谷選手の経済効果 大谷選手のドジャースへの移籍初年度(2024年)の直接効果は約540億7,954万円となります。これを基にして、2024年のドジャースにおける大谷選手の経済効果を産業連関分析で算出すると、以下のように約1,168億1,181万円となります。 〈2024年のドジャースにおける大谷選手の経済効果〉 4 まとめ 2024年に名門ドジャースで大活躍してワールドシリーズに出場したときの大谷選手の経済効果は、約1,168億1,181万円になります。このような社会的現象を産み出すアスリートは世界に類を見ないでしょう。 (了)
《速報解説》 金融庁、「企業内容等開示ガイドライン」を改正 ~有報提出期限の延長承認理由にサイバー攻撃等を追記~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024(令和6)年10月25日、金融庁は、「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」の改正を公表した。 これにより、2024年7月3日から意見募集されていた改正案が確定することになる。改正案に対して、特段の意見はなかったとのことである。 これは、「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」について改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い」(企業内容等開示ガイドライン24-13)において、次のことを明確化する。 やむを得ない理由に、サイバー攻撃等により財務諸表もしくは連結財務諸表を作成するために必要なデータを取得できないことや、延長承認を必要とする理由を証する書面等において、発行者が申請する新たな提出期限の妥当性に係る監査法人等の見解を記載した書面について規定している。 Ⅲ 適用時期等 2024年10月25日付けで適用する。 (了)
2024年10月24日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.591を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〔令和6年度税制改正における〕 賃上げ促進税制の拡充及び延長等 【第1回】 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに わが国の経済政策において「賃上げ」が主要な項目に掲げられ、それを促進するための租税特別措置としていわゆる「所得拡大促進税制」が導入されてから既に10年を超えた。この税制は、過去を振り返って十分な賃上げ効果を促進してきたのであろうか。 一言、それは「否」と言うことであろう。現時点においてなお「賃上げ促進税制」が存在し、さらに直近、令和6年度の税制改正においてさらなる拡充・延長措置が盛り込まれたことは、引き続き賃上げを促進するための租税特別措置が必要とされていることの証左である。賃上げこそがわが国経済の好循環をもたらす起点であり、これを何としても促進したい。今般の税制改正からはそのような強い姿勢を感じるのである。 そのようなことで、平成25年度の税制改正によって創設された「所得拡大促進税制」は、数次の改正を経て「賃上げ促進税制」(令和6年度税制改正後)として現在まで存続しているところである。現行税制は、制定当初の制度設計とはおよそ異なるものであり、改正経緯を追跡するよりも現行税制の内容をあらためて整理し周知することが重要であると考える。 本稿は、令和6年度税制改正により抜本的に改組された「賃上げ促進税制」の全体像について解説するものである。本稿がきっかけとなって、実際に「賃上げ促進税制」の適用を促進することになることを願うばかりである。 なお本稿は法人税に係る租税特別措置を対象とするものであり、所得税に係る租税特別措置については言及していない。また、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であって、所属するいかなる組織・団体の公式見解を表明したものではない点についてあらかじめ申し添える。 2 制度の概要(令和6年度税制改正対応) 本税制は、国内雇用者に対する給与等支給額を増加させた場合に、その増加額に基づき算定された一定額を法人税額から控除することができる制度であり、租税特別措置法第42条の12の5においては「給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除」との見出しが付されているところ、実際には、適用法人の規模に応じて以下の3種類の制度が用意されている。 ここで留意しなければならないのは、法人の規模によって適用すべき制度が一意に定まらないということである。すなわち、大企業向けの税制(第1項の税制)はすべての企業(青色申告法人)が適用可能であるのに対し、中堅企業については(第1項の税制に加えて)第2項の税制、中小企業者等については(第1項又は第2項の税制に加えて)第3項の税制の選択適用が可能、という制度設計になっているのである。 これら代替的な税制(第2項・第3項の税制)は、第1項の税制と比較して適用要件の緩和や税額控除限度額の拡大等の措置が含まれていることから、合理的な中堅企業及び中小企業者等であれば、特段の事情がない限りは第2項又は第3項の税制を選好して適用することとなり、その反射として、大企業のみが第1項の税制を適用するという状況に落ち着くものと考えられる。 以上の整理を踏まえ、本稿では便宜的に、第1項の制度を「大企業向け」、第2項の制度を「中堅企業向け」、第3項の制度を「中小企業者等向け」と分類して、これ以降の説明を進めていくこととする(下表参照)。 3 会社分類 前項で触れた「大企業」「中堅企業」「中小企業者等」の範囲はどのように定められているのであろうか。まずは本税制が想定する3種類の会社分類について簡単に整理しておくこととしよう。 本税制の適用対象は「資本金の額(又は出資金の額。以下本稿では特に断りのない限り単に「資本金の額」と称す)」又は「常時使用従業者数」の2つの軸を用いて「大企業」「中堅企業」「中小企業者等」の3つに区分される。このとき「大企業」は積極的に定義されるものではなく、「中堅企業又は中小企業者等に該当しない企業」として位置付けられる点に注意したい。 大企業:第1項の税制を適用する企業 「中堅企業」及び「中小企業者等」に該当しない企業が該当する。 うち、以下の条件に該当する企業にあっては、適用要件がさらに追加される(マルチステークホルダー方針公表・届出要件)。 中堅企業:第2項の税制を適用する企業 資本金の額にかかわらず、常時使用従業員数が2,000人以下の企業が該当する。 うち、以下の条件に該当する企業にあっては、適用要件がさらに追加される(マルチステークホルダー方針公表・届出要件)。 ところで「中堅企業」というのは法律上定義された用語ではない。対応する法律用語は「特定法人」である。 特定法人に該当するかどうかは、原則として、適用事業年度末における当該法人の常時使用従業員数が2,000人以下であるかどうかで判定することとなるが、当該法人と支配関係にある法人がある場合には、その支配関係にある他の法人の常時使用従業員数との合計数による追加判定が必要となり、その合計数が10,000人を超えると特定法人に該当しないこととされる(措法42の12の5⑤十)。なお、支配関係のある法人に海外子法人(外国法人)がある場合も、当該海外子法人の常時使用従業員数も含めたうえで常時使用従業員数の合計数を算出することとなる。 支配関係のある他の法人の常時使用従業員数を合計する必要があるのは、当該法人を頂点とした縦の支配関係(いわゆる「親子関係(※1)」)に限られ、いわゆる「兄弟関係(※2)」にある法人は合算対象にならない点に留意が必要である(下図参照)。 (※1) 一の者が法人の発行済株式等の総数等の50%超の株式等を直接又は間接に保有する関係(法法2十二の7の五) (※2) 一の者との間に当事者間の支配の関係がある法人相互の関係(法法2十二の7の五) 〈特定法人判定フローチャート〉 ここで、特定法人の具体的な判定プロセスについて、下図のような法人グループを前提に整理してみよう。 出典:経済産業省『「賃上げ促進税制」御利用ガイドブック(令和6年8月5日公表版)』p.4より抜粋 最初に、それぞれの法人の常時使用従業者数が2,000人以下であるかどうかを判定する(一次判定)。この結果、法人E(常時使用従業員数5,000人)及び法人F(常時使用従業員数9,000人)はこの時点で特定法人に該当しないこととなり、その他の法人(A、B、C、D)は、それぞれの常時使用従業員数は2,000人以下であるから、いったんは特定法人の定義を満たしうる状況である。 次に、支配関係のある他の法人の常時使用従業員数を合算した数が10,000人以下であるかどうかの判定を行う(最終判定)。上図の法人グループでは、以下の2つの「縦の支配関係」を観念することができる。 これより、法人A及び法人Cにあっては、支配関係にある他の法人の常時使用従業者数を合算したところで特定法人に該当するかどうかを判定することとなり、その他の法人(B及びD)については、単独の常時使用従業者数で判定することとなる。 以上2段階の判定を踏まえ、特定法人となるのは法人B及び法人Dの2社である(下表参照)。 (※3) 法人A 1, 000人 + 法人B 1,900人 + 法人C 1,900人 + 法人D 1,900人 + 法人E 5,000人 + 法人F 9,000人 中小企業者等:第3項の税制を適用する企業 資本金の額が1億円以下の企業が該当する(みなし大企業、適用除外事業者を除く)。 以上を踏まえ、3種類の税制の適用関係を整理すると下図のようになる。下図において「全企業向け」と表現されているのは第1項の税制のことであるので留意されたい。 出典:経済産業省「賃上げ促進税制」特設ページ (【第2回】に続く)
〔令和6年度税制改正〕 中小企業事業再編投資損失準備金制度の拡充・延長 【第3回】 (最終回) 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 前回までの解説では、主に本制度の税制面に着目したが、今回は、産競法の一部改正に伴う、本制度活用の前提となる手続面に着目して解説する。なお、同法の一部改正による影響は制度拡充が主であり、【第1回】及び【第2回】では現行制度と対比する形で拡充枠として扱ったが、【第3回】では比較対象の現行制度に言及しないことから本制度を拡充枠と同義と扱って解説を進めたい。 6 産競法の改正 2024年9月2日に「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(以下、「産競法等改正法」という)の一部が施行され、各種支援措置の申請の受付開始に伴い、産競法等改正法関連の手続が明らかになった。 産競法等改正法で掲げられる施策は《図表11》のように様々だが、【第3回】では、このうち、本制度に関係する内容のみを取り上げて解説する。 《図表11》「産業競争力強化」に向けて果敢な未来投資を後押し(ポスター) (出典) 経済産業省「産業競争力強化法」 産競法に係る令和6年度税制改正のうち、本制度に関する内容については、常用従業員数2,000人以下の中小企業者を除く中堅企業者のうち、高い賃金水準であり積極的に国内投資を行う者を「特定中堅企業者」と定義付け、特定中堅企業者等の行う「特別事業再編計画」を主務大臣が認定することで、本制度、すなわち、特定中堅企業者又は中小企業者が複数回のM&Aを行う場合における税制優遇(いわゆる中堅・中小グループ化税制)の措置によって、株式取得価額の最大100%を10年間にわたって損失準備金として積立可能としている。 前述のとおり、すでに本制度の税制措置の内容については、【第1回】及び【第2回】で触れている。したがって、【第3回】では本制度活用の前提となる手続面に着目して解説する。 7 特別事業再編計画に基づく本制度の適用 特別事業再編計画に基づく本制度の適用にあたっては、経済産業省より「産業競争力強化法における特別事業再編計画について」、「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」(いずれも2024年9月公表)が用意されているため、特別事業再編計画の申請を予定する場合は、これらの資料を参考にするとよい。 両者には資料の重複もみられるため、重複の影響を考慮した上で、本稿ではこれらの資料や経済産業省ウェブサイトの情報に基づき、以下において主に本制度の手続面に着目して解説する。 《図表12》特別事業再編計画に関連する税制措置の適用を受ける際の手続フローイメージ (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」23頁 《図表12》によれば、本制度の適用にあたって❶から❺の手続ないしは実行が求められる。 ❶ 特別事業再編計画の申請・認定 《図表13》税制適用を受けるまでに主務大臣への提出が必要な書類 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」24頁 《図表13》に示される必要書類のうち、特別事業再編計画の申請に必要な「特別事業再編計画の認定申請書」(様式28) (以下、「認定申請書」という)は、経済産業省のウェブサイトから入手できる。 認定申請書はWordの様式となっており、以下の項目から構成される。 各項目の申請にあたって別表1から11の記載様式が認定申請書に用意されている。申請にあたっては、認定申請書の記載要領に従って準備することになる。 各別表は以下のとおりである。 また、《図表13》の必要添付書類のうち、複数の添付書面については、Excelの様式が用意されているのでダウンロードして作成が可能である。 Excelの様式には、事業単位及び企業単位の損益計算書・貸借対照表のほか、信用度の高い有価証券等入力シート(企業単位)、引当金入力シート(企業単位)の任意作成書類の様式も用意されている。 認定申請書の作成にあたっては、「特別事業再編計画申請書テンプレート」(PDF)があるため記載の参考にするとよい。 ❷ 「課税の特例」基準への適合確認 「課税の特例の確認申請書(産業競争力強化法第46条の2の規定に係る確認申請書)」(様式40の2)(以下、「確認申請書」という)が経済産業省のウェブサイトに用意されている。《図表14》は確認申請書の申請様式と記載要領を示したものであるので、参考にするとよい。 《図表14》確認申請書の申請様式と記載要領 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」25頁 確認申請書に関連して、本制度の適用にあたって、「産業競争力強化法第四十六条の二の規定に基づく生産性の向上及び需要の開拓に特に資するものとして主務大臣が定める基準」(46条の2の規定に基づく告示)があり、《図表15》に示すように本制度の対象となる事業者の要件が明らかにされている。 《図表15》本制度の対象となる事業者の要件 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」9頁 各々の要件の詳細は、以下に示すとおりである。 《図表16》連結従業員数の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」10頁 《図表16》のとおり、本制度の対象となる中堅・中小企業者を含む連結従業員数の合計は10,000人以下でなければならない。 《図表17》みなし大企業の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」11~12頁 《図表17》のとおり、みなし大企業であってはならない。 《図表18》特定中堅企業者要件 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」13頁 中堅企業者(中小企業者を除く)は特定中堅企業者の定量要件を満たし、評価委員会において十分な経営能力を有することの確認を受ける必要がある。これは中堅企業者(中小企業者を除く)のみの要件である。 特定中堅企業者の要件の確認については、経済産業省「特定中堅企業者」に「特定中堅企業者の要件(概要資料)」(PDF)、申請様式(PowerPoint様式)、定量要件確認表(Excel様式)が用意されている。 《図表19》特定中堅企業者の要件確認 (出典) 経済産業省「特定中堅企業者の要件」22頁 《図表18》の「【指標1】良質な雇⽤の創出」、「【指標2】将来の成⻑性」については、《図表19》の「特定中堅企業 定量要件確認表」が対応している。《図表18》の「十分な経営能力」については、申請様式(PowerPoint資料)が対応しており、各様式は表紙、長期成長ビジョン、外部環境の状況、内部環境の状況、事業戦略、実行体制が用意されているので作成にあたって参考にされたい(事業再編の実施に関する指針五イ(3)(ⅰ)(ⅱ)(ⅲ)参照)。 《図表20》十分な経営能力の確認方法 (出典) 経済産業省「特定中堅企業者の要件」25頁 十分な経営能力の確認にあたっては、特定中堅企業者として受ける支援措置の活用に必要な特別事業再編計画等を所管省庁に申請する際に、併せて評価委員会に対する申請書を提出する。経営戦略の策定支援等を行う外部有識者によって構成される評価委員会が基準に基づき確認を行い、基準に適合する場合には、評価委員会が発行した確認書が計画認定時に併せて通知される。 《図表21》パートナーシップ宣言の公表 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」14頁 《図表18》の要件を満たす特定中堅企業者が《図表21》に示すパートナーシップ宣言を公表する場合に、本制度の適用対象となる。これは中堅企業者(中小企業者を除く)のみの要件である。 なお、《図表16》から《図表19》はM&A時の買い手側の要件である。 《図表22》M&A時の売り手の制限 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」15頁 売り手が中小企業者(外国法人を除く)であることが本制度の適用要件である。 ❸ 特別事業再編計画の実施(M&A) M&Aの実施後に、M&Aを実施したことの報告書を提出する。そのための「M&A実施報告書」(様式第36の2)が経済産業省のウェブサイトに用意されている。《図表23》はM&A実施報告書の申請様式と記載要領を示したものなので、参考にするとよい。 《図表23》M&A実施報告書の申請様式と記載要領 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」26頁 ❹ 税務申告 税務申告については【第2回】で述べたとおりであるため、【第3回】では説明を割愛する。なお、税務申告に関連して「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」には本制度の会計処理が例示されているため参考になる。 《図表24》本制度の会計処理 (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」21頁 ❺ 計画の「実施状況報告書」提出・公表 計画期間中の毎事業年度、計画の実施状況について、所定の様式に従って報告することとされている。 8 本制度とM&Aとの関係性 《図表25》本制度の認定要件とフロー (出典) 経済産業省「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」17~18頁 主に本制度の手続面に着目した上記「7 特別事業再編計画に基づく本制度の適用」と重なる点があるが、「特別事業再編計画に係る税制利用者向けガイドライン」が本制度の適用とM&Aとの関係性を時系列で示しているため、本制度の適用にあたって7に記載の事項と併せて参考にするとよい。 実際の適用にあたっては、M&Aの時系列の中でいつまでに申請や報告が必要か、事前相談の必要性といった手続面の課題や疑問をクリアしておきたい。 9 Q&A 特別事業再編計画に関するQ&Aが公表されている。説明は割愛するが、該当する場合は事前に確認するとよい。 (連載了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例139(消費税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆原則課税における仕入税額控除(消法30②) 消費税の原則課税における仕入税額控除の計算は、課税売上高5億円超又は課税売上割合が95%未満の場合には、全額控除は認められず、(1)個別対応方式か(2)一括比例配分方式のいずれかを選択しなければならない。 (1) 個別対応方式(消法30②一) 個別対応方式は、その課税期間中の課税仕入れ等に係る消費税額の全てを、①課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの(以下「課税対応」という)、②非課税売上げにのみ要する課税仕入れ等に係るもの(以下「非課税対応」という)、③課税売上げと非課税売上げに共通して要する課税仕入れ等に係るもの(以下「共通対応」という)に区分が明らかにされている場合には、次の計算式により仕入控除税額を計算することができる。 上記における「共通対応」とは、課税売上げのみに要する課税仕入れ及び非課税売上げのみに要する課税仕入れのいずれにも該当しない課税仕入れをいうものとされている。 「その区分が明らかにされている」という規定に関しては、現行法上明記されていないため、事業者が、合理的な根拠に基づいてこの3つに区分をしている限りにおいては、認められなければならず、また、その区分を明らかにする方法についても、現行法上明記されていないため、何らかの方法で事業者がその区分を明らかにしていれば、法定要件を満たしていることになる。 (2) 一括比例配分方式(消法30②二、④) 一括比例配分方式は仕入控除税額の計算において、個別対応方式を適用できない場合又は個別対応方式を適用できる場合であっても一括比例配分方式を選択したときに適用される。一括比例配分方式は次の計算式により計算する。 一括比例配分方式は、課税仕入れ等に係る消費税額の合計額に課税売上割合を乗じて計算するため、個別対応方式に比べ手間がかからない。なお、一括比例配分方式を選択した場合には、2年間の継続適用要件がある。 【参考】国税不服審判所公表裁決事例要旨(平成18年2月28日裁決) (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第42回】 「父が駐車場用地のアスファルト舗装部分を長男に贈与して、駐車場賃料を長男に収受させたが、この所得は長男ではなく父に帰属するものであり、賃料収受権を父から贈与により取得したものとみなされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷使用貸借と課税関係 使用貸借とは、動産や不動産を無償で貸し付ける契約である。たとえば、建物の所有者と土地の所有者が別人で、使用貸借契約を締結した場合、建物所有者には借地借家法が適用されず、貸主は、原則的にはいつでも借主に対して返還を求めることができる。 このような制度であることから、たとえば、親が所有する土地の上の居宅を子供に贈与したとしても、借地権課税が生ずることはないが、その後相続が発生した場合は、自用地評価となる(※1)。 (※1) 国税庁「使用貸借に係る土地についての相続税及び贈与税の取扱いについて」 また、親が土地と、その上の貸家を有し、貸家部分の建物を子供に贈与した後に相続が発生した場合、貸家の賃貸借契約が、贈与・使用貸借以後に締結されたか否かで評価が異なる。すなわち、贈与・使用貸借以後の場合は、自用地評価となり、贈与・使用貸借前から継続した契約ならば貸家建付地評価になると考えられる(※2)。 (※2) 甲斐裕也編『相続税法基本通達逐条解説(令和6年版)』(大蔵財務協会、2024年)878~879頁参照 使用貸借になってから後の貸家の不動産所得は誰に帰属するのか。贈与を受けた子供の所得とする実務もある(※3)。それでは、貸家の贈与ではなく、駐車場用地のアスファルト舗装部分を親が子供に贈与し、賃貸収入を子供が受けた場合の課税関係も貸家と同様になるのだろうか。この件について争われた事例を今回は検討する。 (※3) 尾崎洋介「不動産所得にかかる実質所得者課税の原則について」(税務大学校論叢102号 令和3年6月)において、使用貸借の所得課税の合理性が検討されている。 ▷どのような事例か この事例の概要は次のようなものである。 A(請求人の父)は、平成16年以降、所有する土地にアスファルト舗装をして駐車場を営み、業者と駐車場管理委託契約を締結した。 平成26年1月25日、駐車場のアスファルト舗装、車止め及びフェンス部分について、長男(請求人)に贈与する契約を締結し、駐車場賃貸契約については、受贈者(長男)がその地位を引き継ぐこととした。長男は平成27年2月13日にこの贈与に係る贈与税の申告書を提出した。 処分庁は、平成29年3月23日付で贈与税の減額更正処分をした。また、同日日付で処分庁は平成26年分以降の駐車場収益は、長男ではなくAに帰属するものとして更正処分等を行った。 この処分に不服なAは再調査を請求したが棄却された。その後、Aは審査請求をしたが棄却されたため、更正処分の取消しを求めて訴えたところ、通知部分の取消しを求める部分については却下されたが、Aの更正処分等については取り消す判決が行われた。この判決を不服とした長男(Aの死亡により訴訟を承継)が訴えたが棄却され、令和3年5月6日、判決が確定した。 さらに処分庁は、長男に対して贈与税に係る調査を行い、駐車場の収益はAに帰属しているものと認められるが、賃貸料収入が長男の口座に振り込まれ、長男の財産が増加しているということは、対価を支払わないで利益を受けた場合に該当するものとして、令和3年3月12日付で贈与税の更正処分等が行われた。これを不服とした長男が審査請求をしたのが本事例である。 ▷争点は 争点は、駐車場に係る賃貸料収入を受領したことによる長男の財産の増加は、相続税法9条に規定する「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた」場合に該当するか否か(本件各駐車場収益は、長男に帰属するか否か)である。 ▷審判所の判断は 審判所は主に次のように述べて、長男の請求を棄却した。 * * * このように、駐車場の構築物であるアスファルト舗装部分等のみを長男に贈与し、駐車場収入を長男が受け取ることによる相続税対策のスキームは否定され、長男が受け取った駐車場収益部分について贈与税課税がなされると判断された。 家屋は土地から独立しているが、アスファルト舗装部分は土地の構成部分であることが課税関係に影響を与えたと考えられるが、おそらく税理士法人主導の相続税節税スキームが、当局の逆鱗にふれたのではないだろうか。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第57回】 「中央出版事件 -旧信託法下における外国籍の孫への海外信託贈与- (地判平23.3.24、高判平25.4.3、最判平26.7.15)(その2)」 ~(平成19年改正前)相続税法4条1項、2項4号、5~9条、 (平成18年改正前)信託法1条、(平成18年改正後)信託法2条~ 税理士 中野 洋 4 控訴審 (1) 争点2 ◎ 控訴審の判示 まず、原審の判示について「4条1項は(略)相続税及び贈与税の回避が行われる事態を防止すべく、受贈者課税制度の下でもあえて信託行為時課税の立場を採用して設けられたものであり、同法5条ないし9条とは制定経緯及びその趣旨を異にしているから、これらの規定と同列に解釈することはできないというべきである」として、これを否定した。 そして、4条1項にいう「受益者」については、新信託法2条6号において「この法律において『受益者』とは、受益権を有する者をいう」と規定されたことから、この点について旧信託法と「別異に解すべき根拠はないから、4条1項の『受益者』とは、『受益権を有する者をいう』と解するのが相当である」とした。 さらに、この場合の「受益権」についても、相続税法にも、旧信託法にも定義規定が置かれておらず、控訴審は「受益権の本質は、信託財産からの給付を受領する権利(信託受給権)にあるというべきであるが、受益者は、信託財産ないし受益者自身の利益を守るために監督的権能を与えられているのであって、信託受給権に加えてかかる信託監督的権能も受益権の内容を構成するものと解される」として受益権の範囲を広く解した。そして、現実に信託の利益を享受していない場合であっても、信託監督的権能を有することから受益者であるとした。 曰く「4条1項は、いわゆる他益信託の場合において、受益権(信託受給権及び信託監督的権能)を有する者に対し、信託行為があった時において、当該受益者が、その受益権を当該委託者から贈与により取得したものとみなして、課税する旨の規定であると解される」とした上で、本件へのあてはめについては、本件信託契約4条1項により信託受給権を有するとし、信託監督的権能については「本件信託契約5条8項によれば、受託者は、受益者の合理的な要請に対して、本件信託の財産、負債、収入及び支出に関する情報等の受益者の利益に関連する本件信託の管理に関する詳細事項を受益者に提供するものとされている」などとして、Xは「本件信託の設定時において、信託受給権及び信託監督的権能を有していたと認められる」とした。 (2) 争点3 ① Xの主張 本件の生命保険信託は、いわゆる例外的方法に当たるが、この点を規定した相続税法基本通達4-2の解説(※1)に沿って、次のように主張する。 (※1) 香取稔編『相続税法基本通達逐条解説(平成15年版)』大蔵財務協会(2003年)139~140頁 ② Yの主張 いわゆる生命保険信託には、原則的方法と、例外的方法があるところ、原則的な生命保険信託に該当しない本件については、「信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく、生命保険契約の締結が義務付けられているか、若しくは委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結するか、少なくとも受託者において投資すべき生命保険の内容がある程度具体的に定まっている場合に限られる」などと主張した。 ③ 控訴審の判示 本件信託が生命保険信託に当たる場合には、4条1項の適用はない。判示は「委託者が生命保険契約を締結したのと実質的に同視できることを要するというべきであるから、信託契約において受託者に信託財産の運用方法についての裁量がなく、生命保険契約の締結が義務付けられているか、又は委託者の指図に基づいて生命保険契約を締結する場合に限られると解すべきである」ところ、「本件生命保険契約は、受託者が委託者であるFの意思に沿って締結したものではあるが、委託者の指示に基づいて締結したものではないから、信託財産の運用方法の一つとして締結したもの」とし、「さらに満期又は保険事故の発生まで本件生命保険契約を維持する必要があるところ、委託者によって本件生命保険契約の解約が禁止されていることを認めるに足りる証拠はない」として、生命保険信託該当性を否定した。 (3) 争点4 ① Xの主張 「本件信託行為当時、Xは、日本国籍を有しておらず、また日本に住所を有していなかった(略)相続税法1条の4の「住所」とは、生活の本拠をいうところ、(略)Xは、出生から本件信託行為時までの期間(合計255日)のうち、米国カリフォルニア州に滞在していたのは183日であるのに対し、日本に滞在していたのは72日にすぎない」などと主張した。 ② Yの主張 「Xは、本件信託行為当時、生後8か月の乳児であって自ら独立して生活することは不可能であったこと」などから、Xの生活の本拠は、養育者である母Bの生活の本拠と同一であるとし、さらに、母B及びXを扶養している父Aの職業の状況、父Aらの資産の保有状況等から総合的に判定するのが相当などとした。その上で、米国での信託契約前後におけるX及び母Bの米国での滞在を「租税回避の目的で行われたにすぎず、X及び母Bの生活の本拠に関する判断を左右するものではないことに照らせば、Xの生活の本拠は日本であると認められる」と主張した。 ③ 控訴審の判示 生後間もない乳児であるXの非居住者該当性については、「通常であれば、滞在日数は住所を判断するに当たっての重要な要素の一つであるが、上記のとおり、本件においては、Xは出生後間もない乳児であるという特殊な事情があったから、むしろ両親の生活の本拠を重要な要素として考慮すべきである上、滞在日数についても、本件信託行為後は、むしろ日本にいる期間の方が長くなっていることに照らすと、Xの出生から本件信託行為時までの米国における滞在日数が日本における滞在日数より長いことは、上記認定を左右するに足りない」などとして、争点5については「判断するまでもなく」とした上で、Xの非居住者該当性を否定した。 (4) 争点5 ① Xの主張 「信託受益権の本質は生命保険金であり、信託財産を生命保険金と解すれば、その財産の所在については、相続税法10条1項5号により、その保険の契約に係る保険会社の本店又は主たる事務所の所在によって判断され、本件生命保険契約に係る保険会社の本店はいずれも外国であるから、財産は日本に所在していない。(略)仮に、本件信託の設定により取得したものとみなされる財産が本件米国債であるとしても、その所在は、相続税法10条2項により、米国となる」と主張した。 ② Yの主張 「仮に、Xの住所が日本にあると認められないとしても、本件においてXが贈与により取得したものとみなされる財産は本件信託の受益権であり、信託受益権は相続税法10条1項及び2項に規定する財産に該当しないから、同条3項によってその財産の所在が判断され、同条項の『贈与をした者の住所の所在』は委託者であるFの住所であり、同人の本件信託行為時の住所は日本にあるから、本件信託の受益権の所在地は日本と判断される」と主張した。 ③ 控訴審の判示 争点4において、Xの非居住者性を否定し「本件信託財産が我が国に所在するものであるか否かを判断するまでもなく」としたことから、争点5については判示がなされていない。 ((その3)へ続く)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第28回】 「その他の注記⑤」 -その他追加情報の注記- 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表におけるその他追加情報の注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 連結注記表及び個別注記表において、その他追加情報の注記は必ず記載しなければならない項目ではなく、その重要性を勘案して、企業集団の財産又は損益の状態を正確に判断するために必要と判断した場合に注記することになります。 注記する内容は、会計基準で定められている注記事項や有価証券報告書で開示が求められる事項を参考に検討することが一般的です。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表、個別注記表それぞれ次のような記載例が示されています。 【連結注記表】 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) その他の注記(その他追加情報の注記)の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき追加情報に関する注記事項の定めは会社計算規則にはなく、次のようなその他の注記として包括的に定められています(会社計算規則第116条)。 (2) 注記事項の解説 その他追加情報に関する注記は、会社計算規則上、必ずしも記載が求められているものではなく、財産又は損益の状態を正確に判断するために必要と企業が判断した場合に注記することになります。 具体的な注記項目は、日本公認会計士協会から公表されている監査・保証実務委員会実務指針第77号「追加情報の注記について」が参考になりますが、この実務指針では記載されていない項目についても、実務的には開示されています。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [太陽ホールディングス株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※太陽ホールディングス株式会社「第78回定時株主総会招集ご通知(電子提供措置事項のうち交付書面省略事項)」21頁より抜粋。 [デンカ株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※デンカ株式会社「第165回定時株主総会その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」11頁より抜粋。 [第一稀元素化学工業株式会社 2024年3月期 連結注記表] ※第一稀元素化学工業株式会社「第68回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」11頁より抜粋。 これらの他、大きな自然災害で被災した内容をその他の注記として記載する事例も過去には見られ、こういった災害被害もその他の注記として記載することが考えられます。 * * * 次回の第29回は、「継続企業の前提に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈ベテラン社員活躍のための〉 高齢者雇用Q&A 【第1回】 「高齢者雇用の現状と今後の課題」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 ― 解 説 ― 1 高齢者雇用の現状 現在、高年齢者雇用安定法(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)において、65歳までの「雇用確保措置」の実施が求められており、以下のいずれかの措置により、65歳までの雇用を確保しなければならないとされています。 このうち、およそ7割の企業が③の「継続雇用制度の導入」を選択しています(【図表1】参照)。 【図表1】雇用確保措置実施企業における措置内容の内訳 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (出所) 厚生労働省「令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」 なお、2021年4月からは、これまでの65歳までの雇用確保義務に加えて、70歳までの「就業機会の確保措置」の実施が、努力義務として定められました。 以下の5つの措置のいずれかを用いて、70歳までの就業機会の確保を図ることが企業に望まれています。ポイントとしては、「65歳まで」は義務である中で、「70歳まで」は努力義務であること、そして、「雇用確保」ではなく「就業機会の確保」となっており、直接雇用に限られていないことが挙げられます。 努力義務であることから、70歳までの就業機会の確保措置を積極的に導入する企業は、全体では29.7%とまだまだ少数派といえますが、徐々に増えている状況にあります。なお、実施率は中小企業の方が高くなっている点も注目すべきポイントです。 【図表2】70歳までの就業確保措置の実施状況 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (出所) 厚生労働省「令和5年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果を公表します」 2 再雇用後の賃金 継続雇用制度を導入している企業の多くは、定年退職後、本人が再雇用を希望した場合に改めて雇用契約を締結する制度、いわゆる「定年退職後の再雇用制度」を採用しています。再雇用ですので、これまでと同様に「正社員」として雇用を継続するのではなく、定年退職後は、労働条件を見直した上で「有期雇用契約」として再雇用(契約)をしています。 この再雇用後の賃金は、定年退職時より少額となることが多いです。確かに以前は、再雇用時の賃金は、ざっくり定年退職前の6割程度としているケースがよく見られました。これは、賃金が6割の支給であっても、「在職老齢年金」「高年齢雇用継続給付」の公的給付を受けられることに加えて、社会保険料や所得税等も下がることから、手取り額で比較すると定年退職前の8割程度にとどまることが多かったためです。 しかし、現在ではほとんどの方が、「在職老齢年金」は65歳まで支給対象とならず、「高年齢雇用継続給付」も2025年から段階的に支給率が引き下げられ、最終的には廃止も含めて検討されることとなっており、公的給付で賃金の補填は困難な状況となっています。そうなると、支給する賃金を上げることを考えなければならないでしょう。 また、定年前に従事していた業務をそのまま継続して行ってもらう場合に、賃金を定年退職により一律に減額することは、「同一労働同一賃金」の観点からも問題があるといえます。 賃金は、働く上で最も重要視される労働条件です。ベテラン社員の活躍を考えるには、賃金の見直しをまずは検討すべきです。 3 再雇用社員の無期転換化 再雇用時の契約の多くは、1年ごとに更新する「有期雇用契約」であることにも注意が必要です。例えば、再雇用の上限年齢が「65歳」となっており、そのタイミングで雇用契約が満了となれば、「通算5年以内」ですので、無期転換ルール(※)上、特段問題はありません。しかしながら、就業規則に「65歳以降も本人が希望し、会社が認めた場合には雇用を延長することがある」と規定されていることも多く、また、実際その対象となる方も少なからずいるのが現状です。 (※) 「無期転換ルール」とは、同一の企業との間で、有期雇用契約が5年を超えて更新された場合、有期雇用労働者の申し出により、期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)に転換されるルールのことです。 この場合、65歳以降の雇用が続くと、無期転換ルールの適用を受けることになります。定年退職後引き続き雇用される方であっても、原則としてこのルールの適用対象となります。 なお、定年退職後引き続き雇用される方については、適切な雇用管理に関する計画を作成し都道府県労働局長の認定を受けた場合は、特例として、その事業主に定年後引き続き雇用される期間において無期転換申込権は発生しません。実際に、65歳以降も雇用を継続するケースが発生している場合には、この特例措置の申し出を行うことを検討する必要があります。 4 定年年齢の引上げ 定年年齢の「65歳以上への引上げ」については、筆者としては、いずれ多くの企業で取り組まなければならない問題になると考えます。しかしながら、企業にとっては、そのままの労働条件でプラス5年以上雇い続けることに抵抗があるようです。関与先に提案しても、「そうしよう!」と簡単にいくことはありません。 企業としては、賃金の扱いや、定年退職が5年後ろに伸びることによる「退職金」の支払い増加等、人件費への影響が気になるところでしょう。 しかしながら、現状、再雇用後の賃金が低下したとしても、多くの方がその条件を受け入れて働いているのが現実です。賃金の低下は、社員のモチベーションの低下につながることが懸念されます。モチベーションが下がったまま、「5年以上」雇用し続けるのと、定年年齢を引き上げるのとどちらが企業にとって良いことなのでしょうか。 特に中小企業において、思い通りの採用が難しくなっている今、自社のベテラン社員に活躍してもらうことに目を向ける必要があるのではないでしょうか。実際に、自社の年齢構成を見てみると、毎年定年退職者が発生しており、それがこれからも続く、そして、その補充が簡単ではないといった企業も多いことでしょう。 どうせやるなら、早いほうが良い。多くの企業が取り組む前に制度を整えることで、在籍者だけでなく、採用にも好影響が出ることも期待できます。また、国の助成制度も活用できます。 もちろん、課題もありますが、高齢者雇用は企業がいずれ取り組まなければならない問題です。65歳以降のベテラン社員にやりがいを持って働き続けてもらえるよう、今から検討を始めてみませんか。 * * * 次回以降、本稿で紹介した論点を掘り下げます。 (了)