包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第19回】 「行為計算否認規定の論点」 公認会計士 佐藤 信祐 前回までは、同族会社等の行為計算の否認に対する裁判例について解説を行った。 本稿では、同族会社等の行為計算の否認、包括的租税回避防止規定に対する論点を整理することとする。 1 同族会社等の行為計算の否認の論点 矢内一好『一般否認規定と租税回避判例の各国比較』124-125頁(財経詳報社、平成27年)を参考にすると、同族会社等の行為計算の否認の論点としては、以下のものが挙げられる。 また、【第7回】から【第11回】で解説したように、従来は、同族会社等の行為計算の否認を確認規定と解する余地があったが、現在の傾向としては、創設規定と解する傾向が強いと思われる。 そうなると、当然のことながら、非同族会社には適用されないという判断となり、私法上の法律構成による否認論や課税減免規定の限定解釈などの広義の租税回避に対する否認手法が生み出されていくことになる。 そして、【第5回】で解説したように、昭和25年度税制改正により、逋脱の目的に対する立証は不要と解されている。 さらに、上記のほか、同族会社等の行為計算の否認について、正常な「行為又は計算」に引き直して課税を行うのではなく、不当な「行為又は計算」によってもたらされた法人税の減免を否認するという考え方が採用し得るのかも論点となろう。 実際に、課税減免規定の限定解釈ではそのような否認手法が採用されており、同族会社等の行為計算の否認において同様の考え方が採用し得るのかという点は、一応は検討しておく必要があると考えられる。 このように、同族会社等の行為計算の否認に対する論点は、不当性の判断だけでなく、様々なものが考えられる。最近の裁判例では、判決文が長文になりがちな傾向にあるのと、納税者側が様々な方面から主張を行うため、上記のような論点は随所に見受けられる。 これらの論点は、いずれも租税回避の射程範囲が明らかになれば、ある程度は明確になると思われるため、まずは租税回避の射程範囲を明らかにしたうえで、他の論点を検討していく予定である。 2 包括的租税回避防止規定の論点 ヤフー事件で議論となった法人税法132条の2に規定する組織再編成に対する包括的租税回避防止規定の論点は以下の通りである。 上記のほか、法人税法132条の3に規定する連結納税制度に対する包括的租税回避防止規定もその射程範囲については議論があり得る。しかし、連結納税制度の採用は、法人税の節税以外に何ら目的がないことから、どのような場合に「不当」であるのかは想定し難いという実態もある。そのため、本稿では、連結納税制度に対する包括的租税回避防止規定は検討の対象外としたい。 3 本連載の方向性 【第3回】で解説したように、佐藤信祐『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』22-27頁(中央経済社、平成21年)では、租税回避に対する否認手法として、以下の分類に基づいて解説を行った。 同族会社等の行為計算の否認、包括的租税回避防止規定の射程範囲を明らかにしていくためには、上記のような他の租税回避の論点についても検討していく必要があると考えられる。 まず、個別否認規定による否認は、個別否認規定に対する解釈と事実認定が重要になってくる(※)。この場合の個別否認規定に対する解釈は、単なる文理解釈ではなく、立法趣旨を踏まえた解釈が必要となってくる。ただし、立法趣旨を踏まえた解釈といっても、条文の文言を超えた解釈をすることはできない。例えば、大和銀行事件(平成17年12月19日判決・民集59巻10号2964頁)では、課税庁側が「納付」の文言に対する縮小解釈を主張していたが、さすがにそのような縮小解釈は認められなかった。 (※) 佐藤信祐『組織再編における包括的租税回避防止規定の実務』22頁(中央経済社、平成21年) さらに、事実認定は、あくまでも真実の事実関係を追及すべきものであって、課税するために都合の良い事実関係を創造するものではない。 誤解が多いようであるが、「事実認定」は租税法の用語ではなく、訴訟法の用語である。すなわち、裁判官を納得させるための証拠の積上げこそが事実認定であり、納税者が合法的に行った節税を無かったことにするための事実関係の創造は事実認定とは言えないということに留意する必要がある。 多くの場合には、個別否認規定のみで対応され、租税回避としての否認までは至らないため、このような立場で税務調査に臨めば、納得のいかない否認がなされる可能性は極めて小さくなると考えられる。 さて、租税回避の否認手法として残ったものは、実質主義、私法上の法律構成による否認、課税減免規定の限定解釈の3つである。次回以降は、これらを分析していくことにより、租税回避の範囲を検討していく予定である。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第1回】 「管理会計は『ワタシ流』でOK!」 公認会計士 石王丸 香菜子 ◆管理会計の目的は何? 「会計」は、大きく「財務会計」と「管理会計」とに分けることができます。 企業には、多くの利害関係者がいます。企業の株主や債権者、税務当局などがこれに当たります。企業の会計情報を、こうした利害関係者に対して提供することを目的とするのが、「財務会計」です。 企業外部の人間に、企業の財政状態や経営成績などの情報を提供することが目的ですから、各企業が自由に処理をして、バラバラに開示するのでは困ります。そのため、一定の基準に従って会計処理を行い、定められたフォームで会計情報を開示することが求められます。金融商品取引法や会社法、税法などに基づき行う会計が、これに当たります。 一方、「管理会計」は、企業内部の経営者や管理者が、企業自身の情報を分析して利用するために行う会計を指します。 企業内部の情報を分析して、自らの意思決定に役立てることが目的ですから、細かい処理方法などが規則で定められているわけではありません。企業内部で役に立つ情報を得るために行う会計ですので、オーバーな言い方をすれば、管理会計は『ワタシ流』でいいわけです。 ◆月末の主婦は無意識に管理会計を実践している? 一家の家計を預かる主婦は、家計簿をつけている方が多いのではないでしょうか。『ドラえもん』でも、のび太のお母さんが家計簿をつけながら、「今月も赤字だわ~」などと言うシーンがありますね。 家計簿をつけるのは、家計の支出を把握し、予定以上に使っていた場合には、原因を分析し、今後の家計管理に役立てるためです。管理会計もこれと同じで、企業内部の情報を分析し、将来の意思決定に役立てるために行います。 家計簿は、外部に開示するためのものではありませんから、定められたやり方をする必要はありません。管理会計も、企業内部の情報を分析するために行うものですから、どんな方法で行っても構わないのです。ですが、いくら管理会計が『ワタシ流』でいいとは言っても、あてずっぽうにデタラメなことをしていては、目的が果たせません。家計簿をまったくつけずに、ドンブリ勘定で浪費していては、家計がまわらなくなるのと同じです。 ですから、管理会計の考え方の基本を理解するのは、とても大切なことなのです。 ◆まずは差異分析をしてみよう 家計簿をつけている人は、月末に何をしているでしょうか。 のび太のお母さんが毎月ぼやいているだけでは、ドラえもんがいても、野比家はいつか夜逃げしなければなりません。家計簿をつけて赤字だとしたら、その原因を分析して、来月以降の生活にこれを反映させているはずです。 例えば、食費が予定よりもオーバーしていた場合、のび太のお母さんは、「休日のび太の友だちが遊びに来てご飯を出したからだわ」とか「自分がこっそりお昼にお寿司を食べたからだわ」とか、分析するでしょう。その分析を踏まえて、来月は、友だちを食事の前に帰すとか、もやしの登場回数を増やすとか、対策をとるはずです。 管理会計では、こうした分析を「差異分析」といいます。 ◆ベーカリーを例に考える イメージしやすいベーカリーを例に、直接材料費の差異分析をしてみましょう。 あるベーカリーでは、1ヶ月に食パンを1000斤製造したとします。食パン1斤(6枚切りなどで売られているひとかたまり)を作るには、約250gの小麦粉が必要です。1000斤の食パンを作るには、計算上は250g×1000=250,000g=250kgの小麦粉が必要になります。小麦粉は1kg当たり200円で仕入れられる予定とします。 この場合、1ヶ月にかかるはずの小麦粉代は、 @200 × 250kg = 50,000円 になります。 一方、今月の実績値としては、仕入れ値が1kg当たり205円で、255kgを使っていたことがわかりました。 したがって、1ヶ月に実際にかかった小麦粉代は、 @205 × 255kg = 52,275円 になります。 両者の差額 50,000 - 52,275 = △2,275円 を管理会計では「差異」と呼びます。 この差異がなぜ発生したかを分析し、将来に役立てることが、管理会計の目的です。 ◆差異分析は図を使って考える 差異分析に当たっては、図を利用するとわかりやすくなります。 外側の四角は、実際発生額52,275円で、内側の四角は、計算上かかるはずだった額50,000円です。両者の差額は、(A)と(B)に分けて考えることができます。 (A)(@200-@205)×255kg=△1,275円は、小麦粉の実際の値段が高かったことによる差異です。これを「価格差異」と呼びます。のび太の家の食費で例えれば、お母さんがこっそり値段の高いお寿司を食べたことによる差異です。 (B)(250kg-255kg)×@200=△1,000円は、小麦粉の実際の消費量が多かったことによる差異です。これを「数量差異」と呼びます。のび太の家の食費で例えれば、のび太の友だちがご飯を食べたことによる差異です。 管理会計では、目標値をオーバーしてしまった差異を「不利差異」と呼び、△で表します。逆のケースの差異を「有利差異」と呼びます。 また、かかるはずの目標値を、「標準」と呼びます(「標準」の概念については【第2回】で解説します)。 ◆どうして差異が生じたのか? 管理会計では、差異がなぜ発生したのかを分析することが重要になります。 価格差異の原因が、小麦粉の価格が急騰したためであれば、ある程度は不可避な差異であると言えます。天候不順で野菜の値段が高い月に、家計の食費が上がってしまうのは仕方ないことなのと同じです。 しかし、例えば発注ミスにより材料が不足し、緊急的に少量で追加仕入を行った結果、割高な単価になった場合などは、発注ミスを防ぐ措置を取ればよいことになります。 数量差異についても同様です。例えば、新前の職人だけで作業した時間があり、ミスが多かったために差異が生じたのであれば、シフトを見直すなどの対策を取ることができます。 ◆労務費も同じように分析できる 同様に、直接労務費についても分析することができます。 直接労務費は、何を製造するためにかかったのかが明らかな賃金で、ベーカリーの例では、パン製造にかかったパン職人の賃金がこれに当たります。 ベーカリーでの1ヶ月の食パン製造にかかる標準作業時間を、延べ180時間とします。そして、これを担当するパン職人の標準賃率を1時間当たり1,000円とします。 一方、今月の実績値としては、賃率が1時間当たり1,050円で、延べ178時間かかったとしましょう。 (図を使う際には、数値の大小にかかわらず、実績値を常に外側に置くとよいです。) 作業時間については、標準よりも短時間で作業を行えたことによる有利差異である一方、賃率については、標準よりも高い賃率がかかったことによる不利差異となっており、両者を相殺した結果が6,900円の不利差異になっていることがわかります。 不利な賃率差異が発生した原因が、例えば、深夜作業が多かったために賃率が上がったことにあるならば、作業体制を見直すことで改善できる可能性があります。 ◆差異は現場で起きている! 差異分析を行う際に忘れてはならないのは、 ということです。 分析を行う経理部や管理部などの部署では、会計データはあるものの、現場における消費量や作業時間などについて詳細なデータを十分には把握していないことがあります。工場や製造現場では、経理部や管理部に吸い上げていないデータ(現場だけの細かい受け払い簿や作業日報など)を持っていることがあります。 こうした現場でのデータを経理部などの側でも利用する可能性を探ると、実効性のある分析を行うことができるのです。 また、上記の例も含め、月間データの事例が説明されることが多いのですが、月次分析にこだわる必要はありません。むしろ、1日や1週間、1ロットごとの標準を設定し、タイムリーに分析することで、有用な情報が得られるケースもあるでしょう。こうした場合には、現場のデータを上手に利用する必要があります。 差異分析の考え方の基礎を踏まえ、管理する側と製造現場の側とが、足並みをそろえて差異を解消していくのが理想です。 ◆管理会計の基礎を身につけましょう! こうした標準による管理は、古典的ではありますが、シンプルな製造業の場合は有効な管理方法です。また、同じ方法がそのまま当てはまらない業種・業態でも、その基本的な発想は役立つ局面があると考えられます。 企業の業種や業態・規模はさまざまですので、それぞれに合った管理会計のあり方を考えるためにも、まずは管理会計の基礎や考え方のベースを身につけることが大切です。 この連載『ファーストステップ管理会計』では、各企業に適した管理手法を検討する際に応用できるような、管理会計の基礎を身につけていただくことを目的としています。 【第6回】までは原価管理について解説し、【第7回】から【第10回】は利益管理を、【第11回】以降は意思決定・業績評価の方法を、取り扱う予定です。 簿記や財務会計の知識は前提とせず、身近な事例を用いてシンプルに解説していきますので、どうぞよろしくお願いします! (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第7回】 「工場における火災発生の場合」 仰星監査法人 公認会計士 渡邉 徹 1 棚卸資産廃棄損・固定資産除却損(火災損失)の計上 《解説》 棚卸資産や固定資産が火災等により滅失した場合には、当該棚卸資産や固定資産を帳簿上から取り除かなければならず、滅失部分の帳簿価額について費用計上する必要がある。この際、処分時の帳簿価格に処分に要する費用(滅失費用)を含めて「火災損失」等の科目に計上する必要がある。 滅失した資産が固定資産の場合、帳簿価格については減価償却費を期首から除却日までの月割等で計算し、期首の帳簿価格から控除することが適当と考えられる(【図1】を参照のこと)。 なお、減価償却費の月割や日割等の計算方法については、原則として毎期継続して適用することが求められる。 また、上記の「火災損失」は臨時異常な要因により生じたものであるため、通常、特別損失として表示されるものと考えられる。 上記の解説は、滅失資産について、棚卸資産に対する火災保険及び固定資産に対する火災保険等の対象でなかったことを前提としているが、それらの火災保険等の対象である場合には(特に火災保険の対象となっている棚卸資産及び固定資産の帳簿価格を上回る火災保険が付されている場合)、工場が火災により滅失した時点では、棚卸資産及び固定資産の帳簿価額(固定資産の場合は取得原価から減価償却累計額を控除した価額)を「火災未決算勘定」等の仮勘定に振り替えて固定資産等が滅失した事実のみを記帳し、火災損失は保険金の受領金額が確定した時点で計上する。「3 保険金の受領に伴う会計処理」及び「4 保険差益に係る圧縮記帳」の項目を参照されたい。 【図1】 2 固定資産の減損の検討 《解説》 本ケースのB工場のb棟のように、資産又は資産グループが遊休状態になり、将来の用途が定まっていない状況においては、固定資産に対する投資額の回収が見込めない可能性があるため、固定資産の減損について検討する必要がある。 固定資産の減損を検討するにあたり、まず資産のグルーピングを行う必要がある。資産のグルーピングは、他の資産又は資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行う(固定資産の減損に係る会計基準 二6(1))。 実務的には、管理会計上の区分や投資の意思決定(資産の処分や事業の廃止に関する意思決定を含む)を行う際の単位等を考慮してグルーピングの方法を定めることになる(意見書四2(6))。 A社において、b棟は投資の意思決定の単位と考えられるため、b棟は固定資産の減損を検討する際の資産のグルーピングの単位に該当すると考えられる。そのため、【図2】のように減損会計のステップに従って、投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があるか否かについて慎重に検討する必要がある。 【図2】 なお、減損の兆候には【図3】のように4つの例示がある。本ケースの場合は資産又は資産グループが遊休状態となり、将来の用途が定まっていないので、使用方法について回収可能性を著しく低下させる変化がある場合(②)に該当すると考えられる(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針11、12)。 【図3】 減損の兆候がある資産又は資産グループについて、これらから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合には、投資額の回収が見込めないほどの収益性の低下があると判断され、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として計上することとなる。 資産又は資産グループに対する投資は、売却と使用のいずれかの方法によって回収されるため、回収可能価額は正味売却価額(資産又は資産グループの時価から処分費用見込額を控除して算出される金額)と使用価値(資産又は資産グループの継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値)のいずれか高い方の金額となる。 3 保険金の受領に伴う会計処理 《解説》 工場が火災により滅失した時点では、棚卸資産に対する火災保険及び固定資産に対する火災保険等の受領金額(以下「受取保険金」とする)が確定しておらず、工場の火災により発生した損失の金額を確定できない段階にある。 したがって、工場が火災により滅失した時点では、棚卸資産及び固定資産の帳簿価額を「火災未決算勘定」等の仮勘定に振り替えて固定資産等が滅失した事実のみを記帳する(なお、固定資産の場合、火災により滅失した工場建物等の減価償却費の計上については、期首から火災により工場が稼働できなくなった日までの月割額を当期の減価償却費として計上する)。 翌期になり、実際に受領する受取保険金が確定した時点で、以下のように会計処理を行う。 A社に過失が認められ、受取保険金の金額が「火災未決算」勘定の金額よりも小さい場合には、差額を「火災損失」等の勘定科目名称で特別損失に計上する。 受取保険金の金額が「火災未決算」勘定の金額よりも大きい場合には、差額を「保険差益」等の勘定科目名称で特別利益に計上する。 詳しくは次の【設例1】を参照のこと。 なお、当該保険差益が固定資産に係るものである場合には、一定の要件を満たせば圧縮記帳の制度を利用し、課税を繰り延べることができる。詳細は「4 保険差益に係る圧縮記帳」の項目を参照されたい。 1 受取保険金の金額が「火災未決算」勘定の金額よりも小さい場合) 受取保険金は3,000,000円であったとする。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (火災発生時) (保険金受取時) 2 受取保険金の金額が「火災未決算」勘定の金額よりも大きい場合) 受取保険金は8,000,000円であったとする。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (火災発生時) (保険金受取時) 4 保険差益に係る圧縮記帳 《解説》 火災保険に係る保険差益は、原則として益金となり課税所得を構成するが、これを原則どおりに課税すると様々な弊害が生じる。 本ケースにおいても、火災により法人の保有する固定資産が滅失又は毀損したため、支払を受けた保険金をもって被害を受けた資産に代わる同一種類の資産を取得する際に、その差益部分(保険差益)に対して課税すると、代替資産の取得ができなくなり、災害からの復旧が困難になるおそれがある。 このような事態を防ぐために、法人税法等では、圧縮記帳という課税を繰り延べる制度が設けられている。 本ケースで取り扱っている保険差益については、火災等による固定資産の滅失又は損壊により固定資産に対する火災保険等の支払を受け、その保険金等をもって被害資産と同一種類の固定資産を取得又は改良した場合に、取得又は改良に充てられた部分について圧縮記帳の適用が認められる。 保険差益の圧縮記帳の方法としては、①圧縮限度額の範囲内で固定資産の取得価額を損金経理により直接減額する方法(以下、「直接減額方式」)と、②圧縮限度額以下の金額を剰余金の処分により積立金として積み立てる方法(以下、「剰余金処分方式」)がある(なお、直接減額方式により取得価額を直接圧縮することは、取得原価主義に基づく費用の適切な期間配分の観点から適切ではないため、会計上は剰余金処分方式が望ましいと考えられる)。 損金算入できる圧縮限度額は、保険金が支払われた事業年度末までに代替資産を取得している場合、以下の算定式により計算される(法人税法第47条第1項、法人税法施行令第85条)。 なお、保険金等の支払を受けた事業年度に代替資産の取得又は改良ができない場合でもその翌期首から原則として2年以内に代替資産の取得又は改良をする見込みであるときは、圧縮限度額の範囲内の額を特別勘定として経理し、損金の額に算入することができる。 具体的な処理方法については、次の【設例2】を参照されたい。 1 直接減額方式 (圧縮損の計上) 2 剰余金処分方式 (圧縮積立金の積立) (※) 保険差益(8,000,000円-4,000,000円-500,000円)×(改定保険料のうち代替資産の取得に充てた金額(6,000,000円)/改定保険金(7,500,000円)) 【検討事項のチェックリスト】 ~工場における火災発生の場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第2回】 「費用・損失の計上①」 公認会計士・税理士 新名 貴則 1 被災時の損失 地震や豪雨などによって法人が被災した場合、その被害の状況に応じて会計上の損失を計上することになる。被災によって直接的・間接的に法人に発生する損失としては、次のようなものが挙げられる。 被災によってこのような損失が発生した場合、会計上も何らかの対応が必要となるが、その内容は被災が決算前であるか、決算後であるかによって変わってくる。 金額が確定している費用・損失はもちろんのこと、確定していないものであっても、原則として見積り計上を行うことになる。データ等が充分に揃わず合理的な見積りができない場合には、注記を行うことになる。 災害による費用・損失の見積り計上を行う場合、次のような理由から合理的な見積りを行う上での制約が発生することが考えられる。 「東北地方太平洋沖地震による災害に関する監査対応について」(日本公認会計士協会 平成23年3月30日)では、上記のような状況に対する監査上の基本的な考え方が、次のように述べられている。 上記はあくまで監査上の考え方であるが、法人が会計処理を行うに当たっても参考になる。つまり、災害の状況にもよるが、平時の決算における合理的な見積りと比較して、災害発生時の決算における合理的な見積りにおいては、ある程度の概算による処理も許容される場合があるということである。もちろん、そうした制約下でも可能な限り合理的と考えられる見積りを行い、かつ、重要な制約事項は開示する必要がある。 2 個別の会計処理 上記の基本的な考え方を踏まえ、法人が被災した際に発生しうる費用・損失に関する個別の考え方は、次のとおりである。 (了)
金融商品会計を学ぶ 【第25回】 「ヘッジ会計⑥」 公認会計士 阿部 光成 引き続き、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)におけるヘッジ会計について述べる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 予定取引の定義 ヘッジ会計が適用されるヘッジ対象には、「予定取引」により発生が見込まれる資産又は負債も含まれる(金融商品会計基準30項)。 予定取引には次の2つの種類がある(伊藤眞、荻原正佳編著『改訂8版 金融商品会計の完全解説』(財経詳報社、平成21年7月)346ページ)。 Ⅱ ヘッジ対象となり得る予定取引の判断基準 金融商品会計基準注解12における「契約は成立していないが、取引予定時期、取引予定物件、取引予定量、取引予定価格等の主要な取引条件が合理的に予測可能であり、かつ、それが実行される可能性が極めて高い取引」に該当するか否かを判断する際には、例えば、以下の項目を総合的に吟味する必要がある(金融商品実務指針162項、327項~332項)。 金融商品会計基準注解12における「未履行の確定契約に係る取引」について、当該契約を解除する場合の対価が全く不要か又は軽微である場合は、上記と同様の検討を行い、ヘッジ対象になり得るか否かを判断する。 (了)
商業登記申請時の株主リスト添付義務化について 【第2回】 「株主名簿整備の方法と会社のリスクマネジメント」 司法書士法人F&Partners 司法書士 本橋 寛樹 前回は株主リストの登記添付書面の義務化の内容と、株主リスト作成にあたり株主名簿整備の必要性について確認した。 今回は、株主名簿整備の方法と、会社のリスクマネジメントについて記述していく。 【株主名簿整備の方法】 株主名簿を整備するにあたり、自社以外で株主の情報が記載される資料を以下列挙した。自社の資料で現状の株主の把握が困難である場合、保存されている可能性のある機関、関係者に問い合わせをして株主を確認する方法が考えられる。 【会社のリスクマネジメント】 株主名簿を整備することにより、以下の事項について検討する機会が生まれる。これらは早いうちに対策を講じれば、コンプライアンス強化、安定した会社の意思決定、円滑な事業承継につながる。 過料制裁のおそれ 株式会社は、株主名簿をその本店(株主名簿管理人がある場合にあっては、その営業所)に備え置かなければならない(会社法125条1項)。また、会社は原則として、営業時間内はいつでも株主又は会社債権者からの株主名簿の閲覧・謄写の請求に応じなければならない(会社法125条2項)。これらの違反に対しては100万円以下の過料の制裁がされる(会社法976条)。 判断能力低下の株主 株主の判断能力低下により、議決権を行使することができない場合、当該株主の所有株式数によっては会社の意思決定に影響が生じる場合がある。 大株主の判断能力が低下してからでは、会社の意思決定が滞ってしまうおそれがある。後見制度利用の場合、後見人が議決権の代理行使をすることになる。しかし、後見人は会社経営に精通しているとは限らず、また成年被後見人の財産を守る公正中立的な立場が求められるため、議決権行使に限界がある。 大株主の健全な判断能力があるうちに、会社の重要な意思決定に直結する定款変更等の決議可決に必要な総株主の議決権の3分の2以上の議決権が有効に行使される体制づくりが望ましい。 株主名簿整備時に、株式を推定相続人への贈与や後継者への譲渡、株主ごとに議決権に関して異なる取扱い(会社法109条2項)等、株式のマネジメントを検討する機会を設けるとよいだろう。 所在不明株主 株式会社が株主に対してする通知又は催告は、株主名簿に記載し、又は記録した当該株主の住所(当該株主が別に通知又は催告を受ける場所又は連絡先を当該株式会社に通知した場合にあっては、その場所又は連絡先)に宛てて発すれば、たとえ到達しなくとも通常到達すべきであった時に到達したものとみなされる(会社法126条)。 当該住所、連絡先に対して発信された通知、催告が5年以上継続して到達しない場合には、会社は以後、当該株主に対し通知、催告することを要しない(会社法196条1項)。 また、当該株主が継続して5年間その住所又は会社に通知した場所において剰余金の配当を受領していないものについては、会社は利害関係人への公告及び一定の方法で売却することができる(会社法197条1項2号)。当該売却により、会社は所在不明株主の管理から手を放すことができる。 そもそも株主名簿が整備されていなければ、株主名簿上に記載の住所地に通知を発することができないため、会社の通知、催告に関する免責がされない点や所在不明株主の株式が宙に浮く点等、会社にとって不安定な状態が続く。株主名簿の整備は法的安定を図る一歩となる。 名義株式 平成2年改正前の旧商法では、会社設立にあたり最低7名の発起人が求められていた。実際は会社代表者が1人で出資していたとしても、身内や会社従業員等の他人名義を借りて発起人の頭数を揃えていた事情があったとされる。発起人は1株以上引き受ける必要があることから、形式上最低でも7名の株主が誕生することになる。 会社設立後に名義を借りる必要がなくなった後も、真の所有者へ名義変更されないまま長年放置されると、名義貸し株主から議決権行使や配当金の要求等の権利主張をされるおそれや、その株主に相続が発生し、株式が分散するリスクが高まる。 そこで、会社の対策として、「株式の実質所有者が創業者である旨の合意書」といった、株主を客観的に確認するための書面を取り付けることが考えられる。親戚や知人等、創業者と関係があった者が会社設立当時名義貸し株主となることを考えると、創業者が健在のうちに名義貸し株主と接触して対応するのが望ましい。 【むすび】 株主リストに係る改正は、従来株主名簿の整備が進めていなかった会社にとって、登記手続での負担が増えたのは想像に難くない。一方で株式のマネジメントをきっかけにして会社の安定した運営につながる機会の1つとして考えることもできる。 会社法に精通した司法書士や事業承継に強い税理士等の法律専門職の立場からすると、役員の任期管理に加えて、株主の変動を把握する仕組みづくりが今後いっそう求められていくだろう。付加サービスを作出する1つの機会になるのではないだろうか。 (連載了)
〔誤解しやすい〕 各種法人の法制度と 税務・会計上の留意点 【第9回】 (最終回) 「マンション管理組合」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 公認会計士・税理士 濱田 康宏 ▷ 法制度について 1 管理組合法人とは 管理組合法人は、「建物の区分所有等に関する法律」(以下、「区分所有法」という)の規定に基づき設立された、区分所有者全員による建物の管理を行うことを目的とした社団法人である。 区分建物(分譲マンション)が完成すると、法律上、当然にその区分建物を管理するための管理組合が成立する。そしてすべての区分所有者は、各自の所有する専有部分の属する1棟の建物を単位とする管理組合の構成員となる(区分所有法3条)。管理組合は、区分所有者の共有の財産である敷地、建物の共用部分等の維持管理を主な目的とする団体である。 管理組合のうち、区分所有者及び議決権の4分の3以上の多数により法人となることを決定し、登記したものを管理組合法人という(区分所有法47条1項)。 管理組合を管理組合法人とするメリットとしては、主として、法人として権利義務の主体となることが明確となり、登記も管理組合法人名義とすることができることが挙げられる。 なお本稿は以下特に断りのない限り、「マンション管理組合」とはこの「管理組合法人」をいうものとする。 2 設立手続 管理組合法人の設立手続の一般的な流れは、以下のとおりである。 管理組合法人は、登記によって成立する(区分所有法47条1項)。 なお、設立にあたって規約を定めることが多いが、管理組合法人の規約は、任意的に作成されるものであり、必須のものではない。しかし、多人数が生活の拠点を設け、細かな利害対立が発生しがちな管理組合法人においては、実情に合わせた詳細な規約を作成することが望ましい。 3 機関 (1) 機関構成 管理組合法人では、①最高意思決定機関であり全区分所有者により構成する集会、②業務執行を行う理事1人、③その監督を行う監事1人が最低限必要な機関である(区分所有法49条1項・50条1項)。管理組合法人にはこれ以外の法定の機関はない。 理事及び監事は集会の決議によって選任され(区分所有法49条8項・50条4項・25条1項)、その任期は、規約に任期の定めがない場合には2年となる。規約に任期を定める場合には、3年以内で自由に任期を設定することができる(区分所有法49条6項・50条4項)。 管理組合法人においては、理事及び監事の改選登記がなされていないことが多い。関与する税理士等としては、注意する必要がある。 (2) 構成員 管理組合法人の構成員は、組合員である。管理組合法人が管理する区分建物の区分所有者であれば自動的に組合員となる(区分所有法3条)。 組合員は原則として総会においてその専有する区分建物の面積割合に応じた議決権を有し(区分所有法38条)、かつ、管理組合法人の債務について専有面積割合に応じた無限責任を負う(区分所有法53条1項)。 (3) 事務執行及び代表 管理組合法人の事務は、規約に別段の定めがある場合を除き、理事の過半数で決定したところにより、各理事が執行する(区分所有法49条2項・3項)。 理事は原則として各自代表権を有するが、規約又は集会の決議でこれを制限することができる(区分所有法49条4項・5項)。 ▷ 会計・税務について 1 マンション管理組合の会計 (1) マンション管理組合の会計の目的 マンション管理組合は、通常の管理と将来の大規模修繕等に備えて、マンション所有者から費用を徴収し、これを各種費用に充てることを目的としている。この通常の管理のための支出を管理費、将来の大規模修繕のためなど建物の修繕のための支出を修繕積立金と称している。 資金の運用と調達を適合させるため、この修繕積立金及び管理費について、区分経理を行い、それぞれの資金について色分けした、いわば基金会計を行うことが、マンション管理組合の会計のあるべき姿であると考えられる。 そして、その資金の適合状態と採算性の状態・収支状況を、マンション管理組合のメンバーであるマンション住民に報告することが、マンション管理組合の会計の目的と考えられる。 ただし、現時点では、マンション管理組合については、会計基準と称されるものが存在していない。そのため、国土交通省の示しているガイドラインとしてのマンション標準管理規約に従った処理が1つのモデルとなる。ここでは、修繕積立金については、管理費とは区分して経理しなければならないとされている(マンション標準管理規約28④)。 (2) マンション管理組合の会計の重要性 近年、マンション管理組合の資金が横領される不正事例報道が増えている。 組合員である各マンション所有者が、あまり興味を持たないため、決算書の開示報告や監査などがおろそかになりやすいことも原因であろう。 なお、余談だが、新潟県南魚沼市のリゾートマンションの事例で横領を行った元理事長は、当時公認会計士であったという。 (3) マンション管理会計のポイント 上記(1)でも説明したように、マンション管理会計のポイントは、管理費会計と修繕積立金会計との峻別である。その際には、いわゆる「お金に色をつける」管理が有効である。 つまり、預金通帳を会計区分別に分けて、管理費会計と修繕積立金会計とは、会計区分を分けるだけでなく、資金的にも区分管理を行うのである。これにより、両会計間での資金移動が可視化されやすくなり、管理規約に違背した流用の有無を検出しやすくなる。 後述するような外部の第三者への駐車場貸付けがある場合などは、税務申告を考慮して、特別会計を設けることも有効であろう。 イメージで言えば、下記のように、資金別会計に近い処理を行うことになる。 [管理費会計] [特別積立金会計] [特別会計] (4) マンション管理会計で作成される財務諸表 前述のように、特にマンション管理会計には、現時点で会計基準が存在しない。慣行としては、一般の人格のない社団等が作成しているのと同様、 の3つが報告書類として作成されることが一般的である。 〈貸借対照表〉 貸借対照表は、純資産の部を正味財産の部と表示するのが一般的である。 〈収支計算書〉 収支計算書は、予算決算差異を表示して、管理会計に役立てられるようにするのが一般的である。また、前述の視点から、他会計への繰入額・受入額を表示する点が重要と考えられる。 収支決算書そのものについては特に書式は表示しないが、会計別の内訳表示を付けることが望ましいであろう。 収支計算書内訳書 財産目録は、資産と負債を列挙して金額を表示するだけなので、書式は省略する。 なお、マンション管理組合そのものではなく、マンション管理業者に対する規制として、「マンションの管理の適正化の推進に関する法律」には、帳簿の作成義務(75条)、財産の分別管理義務(76条)、管理事務の報告義務(77条)が規定されている。 (5) 税務を意識した区分経理 会計そのものではないが、後述の税務における収益事業が生じる場合には、収益事業と非収益事業との区分経理が必要になる。特に、不動産貸付業や物品賃貸業などが生じる場合には、これらの対象資産の区分あるいはその減価償却費の取扱いが重要になるであろう。 2 マンション管理組合の税務 (1) 申告漏れは狙い撃ちされている マンション管理組合で、携帯電話の基地局設置や駐車場の外部への貸し出し等による収入の申告漏れ報道事例が幾つかある。 実際、そもそも申告の必要性を知らないために、申告漏れを指摘されて初めて知るということも少なくない。 (2) 申告漏れの多いパターン 申告漏れで多いのは、次のようなパターンである。 ① 共用部分の屋上に携帯電話のアンテナ基地局を設置することで得られる賃貸収入の計上漏れ(不動産貸付業に該当) マンション管理組合は、人格のない社団等(法人格がない場合)あるいは公益法人等(法人格がある場合)とされ、法人税法では、収益事業課税の対象となる部分だけが課税されることになる。マンション住民から徴収する修繕積立金やマンション住民が使う部分の駐車・駐輪場の料金は、収益事業課税の対象にならないと解されている。 しかし、携帯電話基地局設置による賃貸収入は、不動産賃貸業に該当するものとされている。 ② 太陽光発電による売電収入の計上漏れ(製造業に該当) 屋根に太陽光パネルを設置し、固定買取り制度に基づいて売電を行う場合の売電収入は収益事業である製造業に該当する。この製造業には、電気の供給業を含むものとされている。 ここで、この太陽光パネルの売電設備については、マンション管理組合の所有物となる場合、マンション管理組合会計に資産計上され、減価償却費を製造業の所得計算に算入できることになる。 ③ マンション住民以外への駐車場貸し収入の計上漏れ(駐車場業) マンション付属施設として設置された駐車場のマンション住民以外への貸付が、近年急増している。マンション住民の高齢化によりマンション住民だけでは空きが増えるばかりとの状況が、これを後押ししているのだろう。 本件については、国交省による文書照会が行われ、国税庁により文書回答が出ている(平成24年2月13日付国税庁課税部長文書回答)。 つまり、内部構成員のみの共益的利用で完結している場合には、一種の「管理費の割増金」収入と位置づけられるので、そもそも収益事業課税の対象にならない。共益性に疑念が生じるような場合には、状況によって、外部使用者の収入部分だけ、あるいは、全額が駐車場業として収益事業課税の対象になる。ただし、臨時的利用で一定の場合には、本来業務である区分所有者の共済的事業の付随事業として整理され、収益事業課税されない。 なお、当然ながら、駐車場運営による使用料収入は、マンションの管理費又は修繕積立金に充当し、区分所有者に分配しないことが回答の前提とされている。 ところで、この駐車場業において、駐車場設備の減価償却費を収益事業における所得計算に算入可能かという論点がある。これについて、一般的には、駐車場設備など外部使用に必要な資産は、区分所有者の共有物である。つまり、マンション管理組合の所有物でないため、資産計上されることもなく、当然に、駐車場業における減価償却費は生じないことになる。上記②太陽光パネルの場合との違いに注意が必要であろう。 ④ その他マンション管理組合による収益事業が生じる場合 上記以外に、下記が収益事業課税の対象になり得るとされている。 ただし、上記のうち、上記③同様、マンションの区分所有者の共有物の使用料として徴収されるもので、その区分所有者からの収入のみである場合には、その収入は「管理費の割増金」であると考えられ、収益事業に該当しないことになる。 その場合、自販機設置料収入や宅配便発送手数料収入などは、区分所有者の共有物の使用料として徴収されるわけではないため、当然ながら、この例外に該当し得ない。上記③のように、臨時的かつ短期的な収入として、区分所有者の共済的事業の付随行為と言えることも、通常はまずないであろう。 (3) 法人税法・地方税法等におけるその他の論点 人格のない社団等あるいは公益法人等に該当することで、共に出資持分の定めのない法人と位置づけられる。よって、既にこの連載で扱ってきた通り、資本金や資本金等の額に依拠する規定の適用はなく、また、寄附金課税や交際費課税において特例適用がある点は、言うまでもないだろう。 ところで、これまで取り扱ってきた他の非営利法人類型と異なり、マンション管理組合については、収益事業を一切行っていないことも少なくないと思われる。収益事業があるかどうかで税務上考慮すべきことは、大きく分けて3点である。 ① 青色申告開始時期と事業年度について 法人設立時には、収益事業を開始していないことが通例であるため、青色申告開始届出も当然ながら出ていないのが通例である。そのため、収益事業開始時点で、収益事業開始届出書を出すとともに、青色申告の承認申請書を出すことになる。 事業年度については、人格のない社団等については、定款等の定めがないことから、その人格のない社団等が自分で定めて事業年度設定を行い、税務署に届出することになる。もし、届出を行わない場合には、1月1日から12月31日の暦年が事業年度とされることになる。 なお、必ずしも法人税法の収益事業課税と完全対応しないものの、消費税の課税事業者になる可能性を検討して、こちらの届出を必要に応じて行っておくことも当然ながら、必要である。 ② 均等割申告について 人格のない社団等の場合、収益事業課税がなければそもそも均等割申告は不要だが、公益法人等に該当する場合、収益事業課税がない場合でも、均等割申告だけは必要になる。この申告納付時期は、毎年4月中となっているため、要注意である。 なお、公益法人等で、収益事業課税を行っていない場合に均等割免除に応じてくれる地方公共団体もあるようなので、この点は、個々の確認が必要になる。 ③ 法人事業税が収入割課税になる可能性がないか 太陽光発電による電気供給業を行う法人の法人事業税は、収入金額を課税標準とする収入割申告が原則となる。通常の法人課税は、所得割課税であることから、税理士がこの点に気がつかない可能性もあろう。 なお、太陽光発電事業が主たる事業に比べて社会通念上独立した事業部門とは認められない程度の軽微である場合には、主たる事業に含めて、所得割課税を採用することができるとされている。この軽微の程度の判断は、主たる事業の売上金額の1割程度以下であることなどが条件となる。 他の事業を行っていない場合には、この軽微な場合の例外に該当しないため、マンション管理組合の場合は、ストレートに収入割課税となる可能性もある。現実の事例に当たった場合には、都道府県税事務所に取扱いを確認すべきだろう。 これらの他、マンション管理組合で常駐勤務者に給与を支払う場合には、所得税の源泉徴収が問題になるのは、言うまでもないだろう。 タワーマンションのブームにより、比較的高額の資金がマンション管理組合の管理運用対象となっている物件も少なくないことが予想される今、税務上の問題点については、十分な認識を持っておくべきだろう。 (連載了)
税務ピンポイント解説 【第2回】 「「花押」~遺言書の効力」 Profession Journal 編集部 自筆証書遺言には、全文、氏名・日付の自書に加え、「押印」が必要です(民法968条1項)。この押印の要件につき、最高裁で新たな判断が示されました(最判平28.6.3)。 本件では、父親から遺贈を受けたと主張する次男が、長男・三男に対して土地所有権の返還を求めました。85歳で死亡した父親は、遺言書に押印をせず、手書きで「花押」を記していました。 「花押」とは、古くから戦国武将や政治家などが、印章や拇印の代わりに用いてきた伝統的な“サイン”のことです。 最高裁は、法が押印を要求する趣旨が、①遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保し、②我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあるという先例(最判平元.2.16)を引いた上で、花押にはそのような慣行・法意識がなく印章による押印とは同視できないとして、本件遺言書を無効としました。 ちなみに、「氏名」に代えて花押を書いた場合はどうなるのでしょうか? この点、氏名の自書は、遺言者の特定・同一性の確認のために要求されるものに過ぎず、必ずしも戸籍上の氏名と同一でなくとも、通称、 雅号、ペンネーム、 芸名でもよいとされています。 したがって、花押であっても、その形状や普段からの使用実態、全文との整合性等に鑑みて遺言者を特定し同一性を確認できると認められれば、同要件を充たすと判断される可能性もあります。 しかし、遺言書は記載事項が法定された厳格な法的文書ですから、後の紛争を回避するためにも、疑義を挟む余地のない正しい体裁で作成することが大切といえそうです。 (了)
《速報解説》 中小企業者等の少額減価償却資産特例、 改正措通で従業員数1,000人の判定方法に柔軟な取扱いを明記 ~期末時の現況による判定でも適用可~ 税理士 伊村 政代 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例(措置法67条の5)については、平成28年度税制改正において、下記拙稿の通り、適用対象法人が中小企業者等のうち事務負担に配慮する必要がある法人(常時使用する従業員の数が1,000人以下の法人)に限定された。 そしてこのたび7月11日に国税庁ホームページで公表された改正通達(措置法通達67の5-1)において、下記のように従業員数が1,000人以下であるか否かの判定について、その判定時期に係る取扱いが明らかにされた(下線筆者)。 つまり、原則としては上記拙稿で述べたように、従業員数の制限については『資産の取得時及び事業供用時の現況』により判定するが、期末時の現況において1,000人以下であれば、仮にその事業年度中に従業員数の増減があり1,000人超の時に取得した資産であっても適用できることとなる。 したがって、期中の従業員数が1,000人超でも、期末時点での従業員数によっては当該規定の適用を受けることが可能となる。なお、この通達(措通67の5-1)によれば要件が示されていないことから、事業年度毎に都度、法人にとって有利になるように判定すればよい。 ただし、これはあくまでも中小企業者等における従業員数の判定についての取扱いであり、そもそも中小企業者等でない期間に取得した資産については適用除外されることに注意されたい。 また今回の改正通達では、常時使用する従業員の範囲についても下記の取扱いが新設されている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 「役員給与税制の見直し」に関する改正法人税基本通達が公表 ~「利益の状況を示す指標」について明確化~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成28年6月28日、国税庁より『法人税基本通達等の一部改正について(法令解釈通達)』が公表された(ホームページ公表日は7月11日)。 平成28年度の税制改正では、役員給与税制のうち「事前確定届出給与」及び「利益連動給与」に関する取扱いが改正され、事前確定届出給与の範囲に一定の「特定譲渡制限付株式」(いわゆるリストリクテッド・ストック)が新たに追加されたほか、利益連動給与の算定の基礎となる利益に関する指標の範囲に、利益の額に有価証券報告書に記載されるべき事項による調整を加えた指標等が含まれることとされた。 今回の法人税基本通達の改正は、これら新たな役員給与税制に関する法人税法上の取扱いを明確にするものである。 そこで本稿では、新たに追加された取扱いについて、公表された通達に基づき解説することとする(文中意見にわたる部分は筆者の私見である点、あらかじめ申し添える)。 なお、平成28年度の税制改正における役員給与税制の見直しについては、下記拙稿『平成28年度税制改正における役員給与税制の見直し』を参照されたい。 また、特定譲渡制限付株式に係る所得税法上の取扱いについては「所得税基本通達の一部改正」を取り上げた下記拙稿(速報解説)を参照されたい。 2 新たに公表された通達 今回の改正では、特定譲渡制限付株式に関する取扱いとして、以下の通達が追加された。 3 新設された通達の内容 (1) 過去の役務提供に係るもの(法基通9-2-15の2) 平成28年度の税制改正で新たに「事前確定届出給与」の範囲に含まることとなった「特定譲渡制限付株式」は、以下の①及び②の要件を満たした株式(譲渡制限付株式)のうち、③及び④の要件を満たした株式をいう(法法34①二、54①、法令111の2②)。 ③の要件にあるように、事前確定届出給与の対象となる「特定譲渡制限株式」は、「将来の」役務提供の対価としてその役員等に生ずる金銭報酬債権と引換に交付されるものに限られているのである。 以上を踏まえ、この通達は、「過去の」役務提供に係る債権と引換に交付される譲渡制限付株式に係る給与は「特定譲渡制限株式」に該当せず、したがって事前確定届出給与として損金の額に算入されないことを明らかにしている。 (2) 利益の状況を示す指標の意義(法基通9-2-17の2) 平成28年度の税制改正によって、利益連動給与の算定指標の定義が「利益に関する指標」から「利益の状況を示す指標」に改正され、有価証券報告書等に記載されている純粋な利益指標(営業利益、経常利益、当期純利益等)のほかに、ROE(自己資本利益率)やROA(総資産利益率)等の一定の指標に基づき算定することが可能となった(法法34①三、法令69⑧)。 この通達は、利益連動給与の算定基礎となる「利益の状況を示す指標」は、あくまでも利益に関するものに限ることを明らかにしている。 ここで「利益に関するもの」とは、具体的にどのようなものを想定しているのであろうか。 この点、株価、配当、キャッシュ・フローに関する指標の中には、その算定式に「利益の状況を示す指標」が用いられるものがある。例えば「PER(株価収益率)」(株価÷1株当たり当期純利益)や、「配当性向(%)」(1株当たり配当額÷1株当たり当期純利益×100)の算定には利益の状況を示す指標が用いられているため、これらも広く「利益に関するもの」に含まれるのではないかとの疑問が生じる。 しかし、「利益に関するもの」とは、利益そのものを評価するために用いられる指標であると考える必要がある。すなわち、PERや配当性向は、いずれも利益水準を評価するための指標ではなく、株価や配当水準を評価するための指標であり、その算定式に含まれる「利益の状況を示す指標」そのものは直接的な評価の対象ではない。 法人税法施行令第69条第8項に規定されている「利益の状況を示す指標」は、このような観点から、「利益に関するもの」を列挙したものと考えられる。 (3) 利益の状況を示す指標に含まれるもの(法基通9-2-17の3) 利益連動給与の算定基礎となる「利益の状況を示す指標」は、利益の額に有価証券報告書に記載されるべき事項による調整を加えた指標のほか、これに準ずる指標が含まれることとされている(法令69⑧五)。 この通達は、ここでの「準ずる指標」に、有価証券報告書の任意的記載事項に基づく指標や、利益の額に費用又は収益の額を加減算して得た指標が含まれることを明らかにしている。 例えば、以下のような指標が列挙されている。 (出典:『「攻めの経営」を促す役員報酬~新たな株式報酬(いわゆる「リストリクテッド・ストック」)の導入等の手引き~(平成28年6月3日時点版)』(経済産業省資料)p.32) (了) ↓お勧め記事↓