理由付記の不備をめぐる事例研究 【第14回】 「交際費と福利厚生費」 ~福利厚生費ではなく交際費等に該当すると判断した理由は?~ 中央大学大学院商学研究科 博士後期課程 (酒井克彦研究室所属) 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して、一部の役員及び従業員が酒食するために支出した費用を、福利厚生費ではなく交際費等に該当するものとした法人税更正処分(再更正処分)の理由付記の十分性が争われた、東京地裁昭和56年4月15日判決(税資117号4頁。以下「本判決」という)を取り上げる。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、次のとおり、理由付記に不備はないと判断した(控訴審である東京高裁昭和57年7月28日判決・訟月29巻2号300頁もこの判断を維持している)。 (1) 求められる理由付記の程度 (2) 理由付記の十分性 4 私見 (1) 関係法令等の確認 ア 交際費等の3要件 一般に、次の3つの要件すべてを満たす支出は交際費等に該当すると解されている(東京高裁平成15年9月9日判決・判時1834号28頁等参照)。 イ 交際費等から除かれる費用 ただし、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」など一部の費用については交際費等から除かれている(措法61条の4④一~三、措令37の5)。 (2) 本件理由付記において前提とされている交際費等の要件 本件理由付記には、課税庁が交際費等の要件をどのように捉えているのかについて明記されていないが、課税庁は、素材とした本判決に係る訴訟において、措置法の規定によれば、法人の支出が交際費等に該当する要件は、次の2点であると主張している。 かかる主張によれば、本件更正処分は、交際費等の要件について、上記(1)の3要件ではなく、この2要件であることを前提として行われたものであると推測される。 そして、課税庁は、本件支出額が交際費等から除かれる「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」に該当するか否かという点に関連して、このような交際費等から除かれる福利厚生費の意義について、次のとおり主張している。 課税庁は、交際費等から除かれる福利厚生費と交際費等の区分に係る判断基準として、従業員の全体が参加することが予定されたものであること、かつ、社会常識上一般に福利厚生の範囲と認められる内容及び程度の給付のために必要な限度のものであること、を要するという解釈を明らかにしているのである。 この点、本件理由付記には、課税庁がこのような解釈を採用したものであることは明記されていないが、少なくとも本件との関係では、このような法解釈まで理由付記に記載を要するものではないと解しておく。 (3) 求められる理由付記の程度 本件再更正処分は、X社が福利厚生費として経理処理した支出の中から、交際費等に該当すると認められるものを支払年月日、支払先及び支払金額によって具体的に特定し、それが一部の役員及び従業員の社外のバー及び小料理店における飲食代であることから福利厚生費ではなく交際費等に該当すると判断したものであると解することができる。 このように、本件再更正処分は、X社の帳簿書類記載の事実そのものを否定したものではなく、帳簿書類に記載の支出があったこと自体を認めた上で、当該支出についての法的評価を異にし、当該支出が福利厚生費ではなく交際費等に該当するとしたものであるから、帳簿書類の記載自体を否認することなしに更正をする場合に該当する。 したがって、理由付記の程度としては、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿記載以上に信憑力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由付記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の付記として欠けるところはないことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (4) 求められる理由付記の程度 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件理由付記は、本件更正処分の理由として、X社が福利厚生費として損金経理した△△△円のうち、①一部の役員及び従業員(前記(2)の「課税庁主張の交際費等の要件」の〔1〕に対応)が、②社外のバー及び小料理店で飲酒した行為(前記(2)の「課税庁主張の交際費等の要件」の〔2〕に対応)につき支出したものは、③租税特別措置法61条の4第4項の括弧書で示される通常要する費用に該当しないので(前記(1)イの「交際費等から除かれる費用」に対応)、福利厚生費でなく交際費等になることを明らかにしている。 このように、本件理由付記は、その記載内容から法令上の根拠が明らかになるものであり、かつ、法令上の要件に対応する具体的な事実を記載するものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものであるから、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであると考える。 * * * 次回は、前代表取締役に対する役員退職給与の額が過大であるとして、その一部の損金算入を否認した法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
裁判例・裁決例からみた 非上場株式の評価 【第10回】 「募集株式の発行等⑨」 公認会計士 佐藤 信祐 【第2回】から【第9回】までは、募集株式の発行等が有利発行に該当するか否かについて争われた事件をいくつか紹介した。 これに対し、本稿で紹介するアートネイチャー事件は、今までとは異なる判断がなされているだけでなく、最高裁まで争われた事件であるため、実務における重要性の高い事件である。 15 最高裁平成27年2月19日判決・金判1465号16頁 (1) 事実の概要 本事件は、株式会社アートネイチャーが、平成15年11月に自己株式の処分を、平成16年3月新株発行を、それぞれ1株当たり1,500円で行ったことに対し、有利発行に該当するものとして争われた事件である。 第1審、控訴審ともに、自己株式の処分は有利発行に該当しないものの、新株発行は有利発行に該当するものと判断したのに対し、上告審では、いずれも有利発行に該当しないと判断した。 なお、平成18年3月に行われた募集株式の発行についても、別訴(東京高裁平成26年11月26日判決・公刊物未登載(商事法務2053号68頁で紹介)、東京地裁平成26年6月26日判決・金判1450号27頁)にて争われていたが、本最高裁判決と同じロジックであるため、本稿では解説を省略するものとする。 (2) 第1審の判断(金判1414号15頁) (3) 控訴審の判断(金判1414号8頁) 第一審と同様の判断がなされているため、本稿では解説を省略する。 (4) 上告審の判断 (5) 評釈 このように、第1審、控訴審では、自己株式の処分は有利発行に該当しないものの、新株発行は有利発行に該当するものと判断したのに対し、上告審では、いずれも有利発行に該当しないと判断した。 第1審、控訴審で、自己株式の処分と新株発行で判断が分かれた理由は不明であるが、会社法下では、募集株式の発行等として1つの手続きにまとめられていることから、同様の結論になるかどうかは明らかではない(※)。また、新株発行に対して、DCF法に一部修正を施したうえで株価の算定をしているが、7,897円から7,000円への修正内容はほとんど理解不能である。これは、損害額の算定であることから、裁判所がやや保守的に判断したということであろうか。 (※) 徳本穣「判批」私法判例リマークス47号93頁(平成25年)、杉田貴洋「判批」法学研究87巻11号51-52頁(平成26年) さらに、上告審では、「客観的資料に基づく一応合理的な算定方法によって発行価額を決定していた」という理由により有利発行に該当しないと判断した。この点については、従業員持株会の間で財産評価基本通達に定める配当還元法により売買がなされていた場合には贈与税の問題はないにしても、募集株式の発行等でこれを用いた場合には有利発行に該当すると考えている実務家も多いことから、かなり違和感がある。また、アートネイチャーが平成19年2月14日に上場をしてしまっていることから、その3年前に配当還元方式で第三者割当を行っていることはIPO実務としての違和感がある。 そのため、このような裁判所の判断に対しては容易に批判が考えられるが、専門家の鑑定意見書を入手しておくことが取締役の損害賠償責任を回避するために重要な手続きになると考える実務家も少なくないであろう。 【第2回】から【第10回】まで、募集株式の発行等について争われた事件をそれぞれ解説した。次回以降は、譲渡制限株式の譲渡について争われた事件について解説をしていく予定である。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【85】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その13:「一時所得の計算における所得税法34条2項の 「その収入を得るために支出した金額」の範囲③」(最判平24.1.13)) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 7 考察 第一審及び控訴審と最高裁で判断が最も大きく異なったのは、所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」の「支出」の主体が、明記されていなくとも当然の前提として、所得者本人とされているか否かという点である。 第一審及び控訴審は、法律上明らかではないとして、施行令から判断しており、施行令183条2項2号に「当該生命保険契約等に係る保険料又は掛金の総額は、その年分の一時所得の金額の計算上、支出した金額に算入する。」とあること及びその解釈通達である所得税基本通達34-4の柱書きに「令第183条第2項第2号・・・に規定する保険料・・・の総額には、その一時金又は満期返戻金等の支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(略)も含まれる。」とあることから、法人の負担した保険料が所得税法34条2項にいう「その収入を得るために支出した金額」に含まれると判断している。 一方最高裁は、下位規範である施行令によることなく、所得区分の意義等から、法律自体で解釈が可能なものとして、当然の前提から、所得者本人が支出したものだけが上記34条2項の「支出した金額」に含まれるとしている。 筆者も、最高裁同様、所得税における本件必要経費をはじめ必要経費に算入しうる支出の主体は、当然の前提として、所得者本人とされていると考える。 法34条には「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る)」とあり、このカッコ書きにより、「その収入を生じた行為をするため(直接)要した金額」「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」に限定しているが、もし所得者以外が支払った金額を認めるとすれば、この限定が無意味なものになるからである。 なお「その収入を生じた行為をするため(直接)要した金額」としているのは、カッコ書き前半の「その収入を生じた行為をするため、」が「直接要した金額」と「要した金額」のいずれにかかるのかは明確ではないためである。これを例えば競馬の払戻金の課税事件である東京地裁平成27年5月14日判決では、何のためらいもなく「その収入を生じた行為をするため直接要した金額」としている。しかし私見であるが、いずれでも読める以上それを「要した金額」にかかるとして「その収入を生じた行為をするため要した金額」という読み方もありえることを記しておく(詳細は最後に改めて記す)。 なおこの所得税法施行令第183条は、法律の委任のない施行令規定であり(所得税法34条には、政令に委任する文言が全くない。そして所得税法施行令第183条の側にも、他の条文に見られるような「法~条に規定する」といった文言が存在しない)、例外を定めることができないものである。所得税法第68条には「この節に定めるもののほか、各種所得の範囲及び各種所得の金額の計算に関し必要な事項は、政令で定める。」とあるが、このような包括委任規定では委任とはいえず、そうである以上、委任命令ではなく執行命令であるから、課税要件を左右するようなことは規定しえないものだからである。 よって同施行令183条に「総額は・・・支出した金額に算入する」との規定が、法律解釈から導き出される結論と異なるとしても、委任がない下位法令と法律の規定が異なる場合には、上位法令優先の原理(【第6回】参照。なお法律の委任に基づく場合には、法律の規定と同視し得る(【第7回】参照))から法律の規定が優先されるのであるから、最高裁が下した、所得者本人が支出したものだけが上記34条2項の「支出した金額」に含まれるという判断は、法律解釈の上では誤りのないものである。 しかし、施行令183条2項2号に「総額は・・・支出した金額に算入する」と、そして所得税基本通達34-4には「支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(略)も含まれる。」とあるのであるから、34条2項の「支出した金額」に会社負担分も含まれると解するのが通常の読み方である。 また国側は、この34-4の注書きで、少額非課税とされた保険料が控除しうる保険料又は掛金の総額に算入できる旨定めていることから、これが例外を定めたものであって、自己の負担した保険料以外は控除できない前提がある旨主張している。しかし、本文に「支払を受ける者以外の者が負担した保険料又は掛金の額(略)も含まれる。」とある以上、国の主張するように少額非課税分が例外規定であるから、自己の負担した保険料であることが当然の前提であると読むのは困難である。 * * * ではこの施行令と通達について、どのような判断が為されているのか検討する。 まずは施行令183条2項2号の文言であるが、この点、第一審及び控訴審は、この施行令の「総額」という文言を重視して、34条2項の「支出した金額」に会社負担分も含まれると判断したが、最高裁はあくまでも法律の解釈との整合性が優先する旨、判示している。 なお別件事件(類似の事件の裁判がほぼ同時期に、本件事案と同様の福岡地裁・福岡高裁で争われている。本件事案との相違点を挙げれば、保険料の処理に関して、保険料の半額は法人で損金に算入し、残りの半額は給与として課税され源泉徴収されていた点である。しかしいずれにせよ、保険料の半額は所得者本人が負担している。その他の点では大きく異なるところはない。)の控訴審判決(後掲)では「生命保険契約等の契約期間は通常複数年に及ぶところ、保険金という収入を得るために支出した金額は、当該契約の全期間で支払った保険料であることからすれば、令183条2項2号が「総額」という文言を用いているのは、一時所得の金額の計算上控除できる保険料について、当該年度に支払った分だけでなく、過去に支払った分をも含むことを示す趣旨と解することができる」と、この「総額」の解釈について別の解釈を提示している。すなわち、本件納税者は、この「総額」を支払者に関係がなく保険会社に払い込まれた保険料の総額と見ているが、そうではなく所得者が支払ったものが当然の前提で、複数の年度の支払金額を含む意味で「総額」としているというものである。 このように解せば、施行令が法律と異なった規定をしていたわけではないことになる。 * * * では、所得税基本通達34-4はどうであろうか。この点に関しても、第一審及び控訴審はその文言を重視して34条2項の「支出した金額」に会社負担分も含まれると判断したが、最高裁は、「所得税法基本通達34-4も、以上の解釈を妨げるものではない」とするのみである。 上記別件控訴審では、上記したような注記からの国の主張を認め、「形式的文言はともかく、一時所得の金額の計算上控除することができる金額は、給与課税等をされることにより所得者本人が負担した金額とする趣旨のものと解するのが相当である」としている。さらに、「通達によって、国民に対し、法令が要求している以上の義務を課すことも、また、納税義務を免除したり軽減したりすることも許されないものと解される」として、この通達がどのように規定しているとしても、租税法律主義の点から、通達が法律による解釈を変えることはできない旨、判示している。 このように施行令183条2項2号及び所得税基本通達34-4について検討がなされ、その一義的に理解し得る文言と異なる結論が導き出されている。 筆者は、上記のごとく、所得税における本件必要経費をはじめ必要経費に算入しうる支出の主体は、当然の前提として、所得者本人とされていると考えており、また法律の委任のない施行令や通達は、法律の解釈を制限し得ないのであるから、この最高裁の判断は正当と考える。 ただし、施行令及び通達の一義的に理解し得る文言を信頼した納税者の保護という点で問題はないわけではないと考える。しかしこの点は、本稿の論点ではないので割愛するが、本事件は、加算税についての「正当な理由」に該当するかについて審理を尽くさせるため、この点につき原審に差し戻しており、この中で論じられている。参照されたい。 * * * さきに法34条のカッコ書きについて、「その収入を生じた行為をするため要した金額」という読み方もある旨記した。この点もう少し詳しく書こう。 もし「直接」が両方に掛かることを明確に意識して立法したなら、これを「その収入を生じた行為をするため又はその収入を生じた原因に伴い、直接要した金額」あるいは「その収入を生じた行為をするため又はその収入を生じた原因に伴って、直接要した金額」と規定することもできたはずである。 もっとも、「直接」が「要する」に掛かるものである以上、これを分離するのは理に合わないという反論もあろう。 また通説的には「一時所得の金額の計算上一時所得に係る収入,支出について総体対応計算によることなく,収入を生じた各行為又は各原因ごとに個別対応的に計算し,その反面収入を生じない行為又は原因に係る支出は控除項目から除かれることを定めたものと解される。(DHCコンメンタール所得税法2653頁)」とされている。 しかし立法者は必ずしも「直接性」にこだわっていないように思える。というのは、この法34条の解釈を示した所得税法施行令183条が、上記のように、個別的対応関係ではなく総体的対応関係によることを明らかにしているからである。 保険契約は一種の射幸契約であるから、競馬の払戻金の課税事件において外れ馬券を除外するという論理による「直接要した金額」の解釈からは、死亡保険金ならばその死亡保険金をえた保険部分の保険料のみが「その収入を生じた行為をするため直接要した金額」になるべきところ、総体的対応関係により他の保険部分の保険料の控除を認めている。これが「その収入を生じた行為をするため直接要した金額」を総体的対応関係で計算し得るからか、直接性が「その収入を生じた行為をするため要した金額」に掛からないことからなのかは議論の余地があるが、総体的対応関係として保険料の総額を控除しうる解釈が施行令で示されている以上(上記したように委任政令ではない以上、この政令は法の範囲を超えることはできず、規定されているものはいわば解釈でしかない。)、「直接」は「その収入を生じた行為をするため」のものとしては強く意識されていないものといえよう。 8 他の関係判決 本件差戻審 上記別件事件の判決 第一審(福岡地裁平成22年3月15日判決) 控訴審(福岡高裁平成22年12月21日判決) 上告審(最高裁第一小法廷平成24年1月16日判決) 差戻審(福岡高裁平成25年5月30日判決) * * * 次回は、退職所得の意義を明らかにした昭和58年9月9日最高裁判所第二小法廷判決を取り上げる。 (続く)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第5話】 「概念フレームワークの改訂と公正価値」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 株主総会も終わり、仕事がひと段落した6月下旬。桜井はいつも通り7時半にオフィスに着いた。 今月は毎週木曜日の始業前に、同じ経理部の先輩である藤原からIFRSの前提となる基礎を教えてもらうことになっている。今日がその最終日だ。 桜井の勤める会社は機械部品を製造する上場会社である。 と言っても、規模はそれほど大きくはなく、「中堅」という言葉がピッタリだ。社長の意向によりIFRSの導入を検討することになったため、数年後の導入時を見据えて入社3年目の桜井も今のうちからIFRSを勉強することになったのだ。 桜井がオフィスに入ると、すでに藤原が待っていた。 「珍しいですね。いつも僕より遅いのに。」 始業時刻は9時のため、オフィスにはほとんど人がいない。 「蒸し暑い上に、今日も雨だ。少しでも空いた電車に乗りたいだろ?・・・でも、6時台でも意外と人が乗ってるんだな。座って寝れるかと期待したんだが。」 「それはご愁傷様でしたね。」 ブツブツ言う藤原の脇を通りすぎ、桜井は吹き出る汗をハンカチで拭いながら、自分の席へと移動した。確かに今日は一段と蒸し暑い。このところの梅雨独特の蒸し暑さに桜井もうんざりしていた。 「それよりも、これを見てください。」 席に着いた桜井はカバンの中からノートを取り出すと、中身を藤原に見せた。そこには1つの図が描かれている。 概念フレームワークのまとめ 「『概念フレームワークのまとめ』?お前が作ったのか?」 「そうです。仕事の方も落ち着いたので、復習がてら概念フレームワークの内容をまとめてみたんです。簡潔にまとまっているでしょう?」 自慢げな桜井を少し苛めてやりたくなった藤原は、無表情を崩さずじっとノートを見つめた。藤原のその様子から、何か漏れがあったのでは、と桜井はだんだん不安になってくる。 「おい。」と、藤原が低い声を出す。桜井はびくりとして、藤原の顔を覗き込んだ。 「おかしな所がありましたか・・・?」 「なんで英語表記がないんだ?」 「えー、だって、英語ですよぉ!?」 「なんだ、その理由は。英語は重要だって、前に教えただろう。」 「それは分かってますけど・・・」 そんなこと言われても、表をまとめるときに英語のことなんてすっかり忘れ去っていたのだから仕方ない、と正直に言うこともできず、桜井はまごついた。 すぐ感情が顔に出る桜井の様子が可笑しくて、藤原は思わず笑ってしまった。今度は優しい口調で、「次からは、英語も一緒に押さえておけよ。」とアドバイスする。 「でも、よくまとまってるよ。頑張ったな。」 桜井はその言葉に安堵して、顔を上げた。 「ありがとうございます!内容はやっぱり難しいですけど、最初に本を読んで全く理解できなかった時に比べると、分かってきたような気がします。」 「ところでな」と藤原はつけ加える。 「2016年に概念フレームワークの改訂が完了する予定なんだが・・・」 「え?改訂?2016年って・・・今年ですよね!?」 桜井は耳を疑って、藤原に確認する。 「ああ。今まで勉強したのは2010年に公表された概念フレームワークだ。」 「ちょ、ちょっと待ってください。改訂ってことは変更があるってことですよね?今勉強したことがムダになるってことですか?」 「まぁまぁ、落ち着けよ。」藤原は詰め寄る桜井をなだめる。 「もちろん変更はあるさ。でも、現行の概念フレームワークを基礎として更新と改善をするって言っているから、いきなり全部が変更されるわけじゃない。今勉強したことだって、全く無駄なわけじゃないぞ。」 「そうですか。なら、いいんですけど・・・」 桜井は大人しく引き下がった。それでも、変更点をまた勉強しなくてはならないことに変わりはない。社長がIFRS導入を言いだすのが来年だったらよかったのに、とつい考えてしまうのだった。 概念フレームワークの改訂理由 「でも、なんで概念フレームワークが改訂されることになったんですか?」 「まぁ、改訂の経緯はいろいろあるんだが、現行の概念フレームワークでは、扱っていない重要な領域があることや、一部の領域でガイダンスが不明確であったり、時代遅れになってるものがあるという問題が指摘されていたんだ。」 「それを改善するための改訂なんですね。」 「公開草案を見た限りではいくつか追加事項や変更事項があるんだが、今それを説明するよりも、実際改訂されたときに改めて説明したほうが、お前にも理解しやすいと思う。 ただ、公正価値については、簡単に今日教えておこうと思ってるんだ。」 「公正価値って、たしか、IFRSの基準にありましたよね?」 桜井は手許のIFRS入門書の本を開いて、基準一覧の表を探した。 「ありました。IFRS第13号「公正価値測定」ですね。でも、なぜ公正価値について勉強する必要があるんですか?」 「その基準にも『測定』とある通り、公正価値も測定方法の1つだ。でも、さっきの概念フレームワークの財務諸表の構成要素の測定基礎には、公正価値が含まれていなかっただろう?」 「そう言われると、入っていませんでしたね。」 桜井は、先ほど見た概念フレームワークのまとめの図を確認した。 「今度改訂される概念フレームワークでは、測定基礎に公正価値が含まれることになるんだ。」 「なるほど。それじゃ、今一緒に覚えてしまった方がいいですね。」 気楽な調子で答える桜井に、藤原は苦笑した。 「ただ、IFRS第13号もそれなりにボリュームがあるから、今回は本当に基礎的なところだけを説明することにする。概念ばかり勉強してても、お前も退屈だろ。いずれきちんと説明する機会を作るけどな。」 「それは助かります!ありがとうございます!」 IFRS第13号「公正価値測定」の目的 「そもそも、この『公正価値測定』という基準ができたのは、公正価値についての共通ガイダンスを示すためなんだ。」 「では、IFRSのそれぞれの基準に『公正価値』と出てきた場合、この第13号を参照することになるんですね。」 「そういうことだ。この基準は、3つの目的に基づいて策定されている。下の図を見てくれ。」 「はい。わかりました。」 桜井は図にあるそれぞれの目的の項目に目を通した。 「この『公正価値測定』の基準は、公正価値の定義を示し、公正価値の測定に関するフレームワークを提供し、公正価値測定に関する開示事項を定めている基準ということですよね。」 「そうだ。では、基準の中身について説明していくことにしよう。」 ◆公正価値の定義と特徴 「まずは、1つ目の目的だ。IFRS第13号の目的の1つ目にもあるように、この基準では公正価値がどういうものであるのか、という定義が規定されている。」 「はい。」 「基準から抜粋すると、公正価値(fair value)とは、測定日時点で(a)市場参加者(market participant)間の(b)秩序ある取引(orderly transaction)において、(c)資産を売却するために受け取るであろう価格または負債を移転するであろう価格のことをいう。」 「あの、先輩。文章のほとんどに下線が引いてありますけど・・・」 「しょうがないだろ。どれも大事な特徴なんだから。」 (a) 市場参加者 「わかりました。えーと、まず(a)の市場参加者という所が大事なんですよね?」 「そうだ。これは、公正価値が市場取引を想定した測定値であることを示しているんだ。企業固有の測定ではない、ということだな。」 「なるほど。そういう意味が含まれているんですね。」 (b) 秩序ある取引 「次の(b)の秩序ある取引とは、何を意味しているのか分かるか?」 「えっ、秩序のない取引じゃないってことですか?」 「何だ、その答えは。否定の否定をしただけじゃないか。 これは、通常の慣習的なマーケティング活動ができるように、測定日以前の一定期間にわたり市場のリスクにさらされた取引のことを指している。」 「秩序という単語をここまで解読するのは無理ですよ。」 むくれている桜井をなだめながら、藤原は少しやりすぎたかな、と反省した。 「まぁまぁ。悪かったよ。つまり、強制清算や投売りなどの強制された取引は含まれないってことだ。」 桜井の機嫌が直ったことを確認すると、藤原は説明を続けた。 「また、取引とは、測定する資産または負債に関する主要な市場(principal market)で発生したものを言う。主要な市場がない場合には、最も有利となる市場における取引を指しているんだ。」 「先輩、『主要な市場』っていうのも、専門用語みたいに聞こえるんですけど・・・」 「ああ、そうだな。ここも説明しておこう。 『主要な市場』とは、資産または負債についての活動の量と水準が最大である市場、と定義付けられている。つまり、資産または負債の取引量と取引水準が最大となる市場のことを言うんだ。」 「ということは、『秩序ある取引』とは、取引量と取引水準が最大となる市場で一定期間リスクにさらされた取引という意味なんですね。」 「そういうことだ。」 (c) 資産を売却するために受け取るであろう価格または負債を移転するであろう価格 「では、最後の(c)の部分ですが、この言葉は何が重要なんですか?単純に価格ってことじゃないんですか?」 「価格と一言で言っても、これは出口価格(exit price)を意味しているんだ。つまり、その資産または負債を手放した時に得られる対価だ。反対の概念は入口価格だな。資産または負債を取得する時に必要となる対価のことを言う。」 「なるほど。よく分かりました。」 「今の説明をまとめたものが、下の表だ。公正価値の特徴と言えるな。」 公正価値の特徴 ◆3つの評価技法 「続いて、目的の2つ目に挙げられている公正価値の測定に関するフレームワークについて説明していく。」 「公正価値の測定に関するフレームワーク、ですか。なんだか難しそうですね。」 「そんなことはない。ここでは、公正価値をどう測定するのかという評価技法について規定されているんだ。基準では以下の3つの評価技法が示されている。企業は公正価値を測定するにあたり、これら3つのうち1つ以上と整合する評価技法を使用しなければならないんだ。」 3つの評価技法 マーケット・アプローチ 「マーケットとあるので、この評価技法は市場と関係があるんですか?」 「そうだ。評価する資産または負債に関わる同一または比較可能な市場取引により生み出される価格及びその他の関連性のある情報を用いる評価技法だ。」 コスト・アプローチ 「コスト・アプローチは資産の用役能力を再調達するために現在必要となる金額で測定するというものだ。いわゆる現在再調達原価というものだ。」 「つまり、全く同等の資産を取得しようとしたときに支払う金額、となるわけですね。これも公正価値になるんですね。市場価格や割引現在価値は公正価値のイメージに合うんですけど、これはちょっと意外でした。」 インカム・アプローチ 「今お前が言った割引現在価値がこのインカム・アプローチに該当する。 インカム・アプローチは将来の金額を単一の現在の金額に変換するというものだ。将来のキャッシュフローや収益及び費用を割引いた金額という。」 「なるほど。このアプローチは見慣れているので、バッチリです。」 ◆公正価値ヒエラルキーと開示 「続いて、3番目の目的である公正価値測定に関する開示に関する規定についてだな。」 「はい。」 評価技法へのインプット 「まず、要求される開示のことを説明する前に押さえる必要のある概念があるんだ。」 「何ですか?」 「インプット(input)という概念だ。さっき説明した評価技法があっただろう?その評価技法を用いて公正価値を測定する際に使用する『仮定』のことを指すんだ。」 「えーと、つまり、評価技法という道具にインプットという材料を投入して、公正価値ができるというイメージですか?」 「その通りだ。」 公正価値測定のイメージ 「インプットには観察可能なものと観察可能でないものがある。公正価値を測定する評価技法に投入するインプットは観察可能なインプットの使用を最大限にし、観察可能でないインプットの使用を最小限にしなければならないんだ。」 「へぇ。ところで、先輩。観察可能というと、市場で観察できるという意味ですか?」 「よく分かったな。入手可能な市場データを基礎として設定されたインプットを観察可能なインプットと言うんだ。一方、観察可能でないインプットは、市場データが入手可能でない場合に、その状況において入手可能な最良の情報を用いて設定するんだ。この情報には企業自身のデータも含まれている。」 「では、評価する資産または負債に活発な市場がない場合は、観察可能でないインプットを用いて公正価値を算定することになるんですね。」 「ああ。その通りだ。」藤原は頷いた。 公正価値ヒエラルキーと開示の関係 「インプットといっても、いろいろなタイプのものがある。そこでIFRSではインプットをレベル1から3までの3つのレベルに区分しているんだ。それが公正価値ヒエラルキーだ。最も高い優先順位を与えているのはレベル1、最も優先順位が低いのがレベル3のインプットになる。下が公正価値ヒエラルキーの図だな。」 公正価値ヒエラルキーと開示の関係 「先輩、このレベル1から3のインプットには何が該当するんですか。」 「レベル1には、活発な市場における、無調整の相場価格が当てはまる。また、レベル2のインプットには、レベル1で該当したもの以外の観察可能なインプットが該当する。最後のレベル3には、観察可能でないインプットが入るんだ。」 「では、観察可能か可能でないかで、インプットの種類が分かれているんですね。」 「その通り。そしてインプットのレベルに応じて開示する内容が決められているんだ。」 「レベル1のインプットを用いて測定した公正価値に関する開示ほど開示内容が少なくなり、レベル3のインプットを用いたものほど多くなるという関係になるんですね。」 「感覚的にその関係は理解できるだろう?」 「はい。」と桜井は頷いた。 * * * 「よし。公正価値測定に関する説明はここまでにしておこう。」 「あれ、もういいんですか?」 「ああ。本当はもっと細かい事項も学ぶ必要があるが、お前も概念だらけで、疲れてきただろう?」 「実を言うと、その通りです。」 藤原は桜井の正直な返事に笑いを誘われたが、再び顔を引き締めて言った。 「今月は集中的にIFRS全体に関わる根底部分を勉強したが、これで一旦早朝勉強は終わりだ。」 桜井はあからさまにほっとした表情を浮かべた。藤原はそれを見逃さず、 「もちろん、IFRSの勉強はまだまだ続くぞ。むしろ、今からがスタートだ。ビシバシ教えてやるからな」 と、釘を刺すことを忘れない。 「はい。よろしくお願いします。」 こうして、桜井の1ヶ月集中講義が修了した。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第27回】 「デリバティブ」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、デリバティブの会計処理について解説する。デリバティブとは、以下のような特徴を有する金融商品をいう(会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針(以下、「実務指針」という)」6)。 なお、本解説では、金利スワップの特例処理、振当処理等については、解説しない。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 デリバティブ取引は、一般事業会社の場合、相場変動を相殺する又はキャッシュ・フローを固定化するといったリスクをヘッジする目的で取引(ヘッジ取引)を行う場合が多いと考えられる。 ヘッジ取引で行うデリバティブ取引とそうでない場合のデリバティブ取引で異なる会計処理を適用できるため、まず、デリバティブ取引が相場変動を相殺するものか、又はキャッシュ・フローを固定化するものであるかを判断する。 相場変動を相殺する又はキャッシュ・フローを固定化するデリバティブ取引(ヘッジ取引)の場合は、【STEP3】を検討する。これらのデリバティブ取引でない(ヘッジ取引でない)場合、【STEP2】を検討する。 デリバティブ取引により生じる正味の債権及び債務は、原則として時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は、ヘッジに係るものを除き、当期の純損益として処理する(実務指針101)。 具体的な会計処理は、以下のとおりである。 通常、一般事業会社がデリバティブ取引を行う場合、金融機関から提示された時価を利用することが多いと考えられる。 時価評価を行った場合、以下の【STEP3】から【STEP6】の検討は不要である。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ヘッジ取引の場合も、【STEP2】と同様に時価評価を行うのが原則であるが、ヘッジ取引(ヘッジ手段となるデリバティブ)について時価評価を行った場合、以下のような問題が生じるため、ヘッジ会計が認められている。 【STEP3】では、ヘッジ会計の要件について検討する。 ヘッジ会計は、無条件に採用することはできない。「ヘッジ取引時」及び「ヘッジ取引時以降」の要件を充たす必要がある。 それぞれの要件を充たす場合、【STEP4】を検討する。要件を充たさない場合、【STEP2】を検討する。 (1) ヘッジ取引時(事前テスト) ヘッジ取引時の要件として、以下の①から④の要件を充たす必要がある。 ① リスク管理方針の文書化(実務指針147) リスク管理方針として、少なくとも、管理の対象とするリスクの種類と内容、ヘッジ方針、ヘッジ手段の有効性の検証方法等のリスク管理の基本的な枠組みを文書化し、企業の環境変化等に対応して見直しを行う必要がある。 ヘッジ方針及びヘッジ手段の有効性の検証方法については、以下の事項を記載する必要がある。 なお、リスク管理方針は、経営者が企業活動においてさらされているリスクの種類と内容を識別し、これらを許容し得るレベルに管理するために策定したものであるため、取締役会等の意思決定機関において、原則として毎期、承認を受け文書化しなければならない(実務指針315)。 ② ヘッジ関係の文書化(実務指針143) ヘッジ対象のリスクを明確にし、これらのリスクに対していかなるヘッジ手段を用いるかを明確にする必要がある。 ヘッジ対象とヘッジ手段の対応関係として、具体的には、例えば、外貨建取引(金銭債権債務、有価証券、予定取引等)の為替変動リスクに対して為替予約取引、通貨オプション取引、通貨スワップ取引等を、株式の株価変動リスクに対して株式オプション等を、固定金利又は変動金利の借入金・貸付金、利付債券等の金利変動リスク(相場変動リスク又はキャッシュ・フロー変動リスク)に対して金利スワップ、金利オプション(キャップ及びフロアーを含む)等をヘッジ手段として用いることが考えられるので、これらの関係を正式な文書によって明確にしなければならない。 なお、他に適当なヘッジ手段がない場合には、ヘッジ対象と異なる類型のデリバティブ取引をヘッジ手段として用いることもできる。また、ヘッジ手段に関しては、その有効性について事前に予測しておく必要がある。 ③ ヘッジ有効性の評価方法の明確化(実務指針143) ヘッジ有効性の評価方法が適切であるかどうかは、リスクの内容、ヘッジ対象及びヘッジ手段の性質に依存する。企業は、ヘッジ開始時点で相場変動又はキャッシュ・フロー変動の相殺の有効性を評価する方法を明確にしなければならない。企業は、ヘッジ期間を通して一貫して当初決めた有効性の評価方法を用いてそのヘッジ関係が高い有効性をもって相殺が行われていることを確認しなければならない。 具体的には、下記(2)の「有効性の判定基準」参照。 個別ヘッジの場合はヘッジ対象とヘッジ手段が単純に一対一の関係にあるので、ヘッジ対象とヘッジ手段の相場変動又はキャッシュ・フロー変動を直接結び付けてヘッジ有効性を判定する。これに対し、ヘッジ対象が複数であり、相場変動又はキャッシュ・フロー変動をヘッジ手段と個別に関連付けることが困難な場合、実務指針152項の要件(当該、要件については詳細に解説していない)を満たすものに限り、ヘッジ手段をヘッジ対象と包括的に対応させる方法(包括ヘッジ)も採用できる。企業は個別ヘッジによるか包括ヘッジによるかを事前に明示しなければならない。 また、通常、同種のヘッジ関係には同様の有効性の評価方法を適用すべきであり、同種のヘッジ関係に異なる有効性の評価方法を用いるべきではない。 ④ リスク管理方針への準拠性(企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準(以下、「基準」という)」31) ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、以下のいずれかによって客観的に認められる。 (2) ヘッジ取引時以降(事後テスト) 企業は、指定したヘッジ関係について、ヘッジ取引時以降も継続してヘッジ指定期間中、高い有効性が保たれていることを確かめなければならない(実務指針146)。 ヘッジ会計とは、原則として、時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで純資産の部において繰り延べる方法である(基準32)。この方法を「繰延ヘッジ」という。 具体的な会計処理は、以下のとおりである。 ヘッジ取引とヘッジ会計をまとめると、以下のとおりである。 ヘッジ会計適用後、以下のような事態が発生した場合、ヘッジ会計の適用を中止しなければならない(実務指針180)。 上記(1)又は(2)の事態が発生した場合には、ヘッジ会計の中止時点までのヘッジ手段に係る損益又は評価差額はヘッジ対象に係る損益が純損益として認識されるまで繰り延べる(実務指針180)。 また、上記(1)の場合、ヘッジ会計の中止以降のヘッジ手段に係る損益又は評価差額は発生した会計期間の純損益に計上しなければならない(実務指針180)。 なお、ヘッジ会計の要件を満たさなくなったことによりヘッジ会計の適用を中止した場合、ヘッジ対象に係る含み益が減少することによりヘッジ会計の終了時点で重要な損失が生じるおそれがあるときは、当該損失部分を見積もり、当期の損失として処理しなければならない(実務指針182)。 ヘッジ対象が消滅したとき又はヘッジ対象である予定取引が実行されないことが明らかになったときは、繰り延べられていたヘッジ手段に係る損益又は評価差額を当期の純損益として処理しなければならない(実務指針181)。 * * * 以上、6つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (了)
「従業員の解雇」をめぐる 企業実務とリスク対応 【第4回】 「普通解雇をする際のチェックポイント」 ~解雇の可否と解雇手続~ 弁護士 鈴木 郁子 1 はじめに 今回は、普通解雇のうち、従業員側に原因のある通常の普通解雇(会社の経営状態に理由のある整理解雇については別稿を予定)を行う際に、会社側がどのような点をチェックしなければならないか、網羅的に論じる。 基本的に、会社が従業員を解雇する際には、①その解雇が法的に可能な事案か否かを検討し、解雇できる事案であれば、②法に従った解雇手続を行うことになる。 2 解雇できるか否かの検討 (1) 解雇事由の確認 解雇を行う際には、まず、雇用契約と就業規則を確認する(なお、懲戒解雇とは異なり、就業規則の規定がないからといって普通解雇できないわけではない)。 雇用契約に契約の終了原因に関する記載がないか、記載がないとしても、どのような内容が雇用契約の内容となっており、いかなる場合に債務不履行があり雇用契約が終了するといえそうなのか、就業規則が定める解雇事由が何なのか等を確認するのである。 なお、就業規則に普通解雇事由の定めを置いている場合において、解雇事由がこの事由に該当する場合に限定されるのか否かは争いがある。 (2) 解雇権濫用法理 労働契約法16条は、 としており(「解雇権濫用法理」という)、単に就業規則等に定める解雇事由に形式的に該当するからといって、解雇が有効となるものではない。 解雇に「合理的な理由」があり「社会通念上相当」であるといえるためには、例えば以下のような事情を個々の事案毎に総合考慮する必要がある(解雇理由毎の考察は別稿を予定)。 また、「合理的な理由」「社会通念上相当」の立証責任は会社側にあるため、これを裏付ける証拠が十分にあるのかも検討しなければならない。 (3) 解雇制限に違反しないか否かの検討 また、以下の場合は、そもそも解雇ができない。 なお、雇用促進税制の適用やその他雇用に関する助成金を受けている会社の場合、解雇を行うことで、これらの適用や受給を受けられなくなる可能性があるので注意されたい。 3 解雇手続 上記の検討を踏まえ、解雇できるとなった場合においても、正しい解雇手続を行う必要がある。 (1) 解雇予告手続と除外認定 使用者が労働者を解雇する場合においては、少なくとも30日前にその予告をする必要があり、予告をしない使用者は30日分以上の平均賃金を解雇の効力が発生する日に支払わなければならない。 なお、天変事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合、労働者の責に基づく場合には、労働基準監督署の除外認定を受けて即時解雇できるとされている。 ただし、この「労働者の責に基づく場合」とは、予告制度による保護を否定されてもやむを得ないと認められるほど重大・悪質な場合をいい、厳格に認定される。また、資料の提出、労基署の聴取者の本人への聴取など、除外認定の手続に伴う負担も大きい。 したがって、実務的には、リスク回避のために、即時解雇ではなく、解雇予告か予告手当の支払いによる解雇を行うことをお勧めする。 なお、除外認定も受けず、解雇予告もせず、解雇予告手当も支払わないで解雇した場合には、即時解雇の効力は生じないが、解雇通知後30日の期間が経過するか、予告手当の支払いをしたときは、そのいずれかの時から解雇の効力が生じる。 (2) 解雇予告通知・解雇通知の送付 解雇予告の効力及び解雇の効力は、従業員に会社の意思表示が到達した時に発生する。 したがって、解雇予告・解雇通告は必ずしも書面である必要はないが、予告・通告の事実の有無を争われないように、書面で行う方が望ましいといえる。また、書面の受取りの有無を争われないように、郵送で行う場合には内容証明付郵便で、本人に手渡しで交付するときは通知書の写しのコピーに本人に受取りサインをさせ預かるなどの対応をとることが通常である。本人がメールを見られる環境にあるのであれば、メールで送ることも可能である(ただし、あわせて郵送も行った方がよい)。 なお、口答で行った場合には、その直後に、「**日に**で口答で伝えたように貴殿を解雇します」等と口答で告げた状況を記載した書面を出し、解雇通告を行った事実を証拠化するとよい。 また、解雇予告通知・解雇通知書には、「〇日付で解雇する」「本通知書送達時点を解雇の効力発生日とする」等と解雇の効力がいつ発生するのかも記載する。 (3) 解雇理由書の交付 従業員から要求された場合には、会社は、解雇理由を記載した解雇理由書を交付しなければならない(解雇予告通知・解雇通知と兼ねることもできる(下記〈書式〉を参照))。 解雇理由書には、通常、解雇理由を就業規則の適用条文と共に記載する。懲戒解雇の場合と異なり、解雇後に解雇理由を追加することは不可能ではないが、裁判所等から安易に解雇を行ったとみられてしまうため、解雇理由については判明した解雇理由だけでよいのか十分に調査した上で、網羅的に記載する必要がある。 また、この解雇理由自体が今後の解雇訴訟等における基本となるので、記載にあたっては、合理的な理由といえるか、十分な裏付けがあるか等を精査する必要がある。 解雇理由については、会社側が解雇理由として何を指摘しているのかを従業員が読んですぐ分かるように特定して記載する必要があるが、一方で、曖昧な点を含んで細かく記載しすぎると、後で争われた場合、会社側の解雇理由に関する主張全体の信用性が失われてしまう。 したがって、解雇理由は裏付けのある確実な事実だけを、端的に分かりやすく記載するよう心がけてほしい。 〈書式〉 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (4) 解雇についての協議規定がある場合の労働組合との協議 また、労働協約において、「組合員を解雇する場合には労働組合と協議する」等の協議規定がある場合には、解雇にあたって組合と協議する必要がある。これを行わない解雇は無効である。 問題は、「組合の同意を得る」という条項となっていた場合である。解雇事由に問題がなく誠意を尽くして協議をしているのであれば、同意を得られずに解雇をしたとしても同意権の濫用として解雇が有効となる場合もないわけではない(このような問題を生じるので、本来、組合との協議規定に同意条項を設けるべきではない)。 (5) 離職票の送付 解雇の効力発生後には、通常の退職手続と同様に、健康保険の資格喪失、失業保険受給のための離職票を交付する等の手続をとらなければならない。離職票には離職理由を記載する欄があるが、解雇理由と齟齬がないように注意が必要である。 (了)
マイナンバーの会社実務 Q&A 【第13回】 「就業規則の改定⑥(「守秘義務」の条文の改定)」 税理士・社会保険労務士 上前 剛 〈Q〉 当社の「守秘義務」の条文の改定について教えてください。現在の条文は、以下の通りです。 〈A〉 マイナンバーに関する事項については、当然に盛り込む。また、マイナンバーを業務上取り扱う社員は「特定個人情報取扱規程」を厳守しなければならないことを盛り込んでおく。 「特定個人情報取扱規程」は、中小規模事業者には作成が義務付けられていない。中小規模事業者においては、マイナンバーの取扱方法や責任者・事務取扱担当者が明確になってさえいればよい(個人情報保護委員会ガイドラインQ&A Q13-2)。 ここでいう中小規模事業者とは、事業年度末の従業員数が100人以下の事業者であって、次に掲げる事業者を除く事業者をいう。 なお、「特定個人情報取扱規程」は、就業のルールではなくマイナンバーの業務マニュアルなので、就業規則には含まれない。 以上を前提に改定を行う。 〈パターン1(「特定個人情報取扱規程」を作成していない会社)〉 カッコ書きに“マイナンバーを含む”を追加した。 〈パターン2(「特定個人情報取扱規程」を作成している会社)〉 第1項のカッコ書きに“マイナンバーを含む”を追加した。また、第2項に“マイナンバーを業務上取り扱う社員は、「特定個人情報取扱規程」を厳守しなければならない。”を追加した。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第6回】 「コーポレートガバナンスと反社会的勢力の排除 -中華料理チェーン店における第三者委員会調査報告書の分析」 弁護士 原 正雄 1 コーポレートガバナンスと反社会的勢力排除 2007年6月19日、犯罪対策閣僚会議が「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」を公表した。同指針は、反社会的勢力排除について、企業の社会的責任であり、企業防衛のためにも必要不可欠と明言している。 その後、2009年8月には、東京証券取引所が有価証券上場規程等を改定し、上場廃止事由の1つとして、反社会的勢力との関与を追加した。2010年から2011年にかけては、全国の都道府県で暴力団排除条例が制定施行された。 2015年に制定された東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードでは、基本原則2において「ステークホルダーとの適切な協働」を宣言している。ここで「適切な」とは、反社会的勢力排除の趣旨を含む。 社会は、企業が反社会的勢力と関係を持つことを許さなくなっている。現に、2013年には、金融機関が、反社会的勢力への融資を放置していたとして、金融庁から業務改善命令を受けた。 O社が今回の第三者委員会による調査報告書を公表したのは、このような社会の変化を受けてのことであった。 2 第三者委員会の調査報告書 (1) O社の歴史 調査報告書は、2013年に発生した上記事件から50年以上前、1967年の創業時にさかのぼって、O社の歴史を紐解いている。 創業者は、1977年頃にA氏と知り合い、1985年頃から助力を得るようになった。1994年頃から、A氏との間で、経済合理性が明らかではない多額の貸付や、不動産売買等の不適切な取引を繰り返すようになった、とのことである。 調査報告書は、そうしたことを踏まえて、O社の過去のコーポレートガバナンスの状況を分析している。 ① 「創業家支配期」 1994年から2000年までの間、O社は、会社の代表権を創業者の長男と次男に集中させ、しかも次男が専務と経理部長を兼任していた。A氏への貸付や不動産売買等も、この間に始まった。 調査報告書は、取締役会や監査役が機能しておらず、コーポレートガバナンスは不在であった、と結論付けている。 ② 「経営危機脱却期」 2000年から2006年までの間は、創業者の長男と次男が経営責任から取締役を辞任し、T氏が代表取締役に就任していた。 この間、O社は、A氏との不適切な取引によって、一時は企業の存続自体が危ぶまれる状態となった。T氏は、他社からの支援を取り付けるなどして、危機を脱却した。A氏との関係を切ることが得策と判断し、自らが中心となって交渉を進め、貸付や不動産取引について清算した、とのことであった。 調査報告書は、この間のO社のコーポレートガバナンスについて、T氏を中心に少人数で意思決定をしており、取締役会による牽制が働いていなかったとしている。他方、T氏が創業家一族の支配体制からの脱却に努めたこと、A氏との取引を清算したこと、O社を経営危機から脱却させたことについて、一定の評価を与えている。 ③ 「東証上場準備期」 2006年から2013年までの間、T氏は、O社代表取締役社長として、東京証券取引所への上場を目指した。 O社は、東証には「A氏との関係を断ちました」と報告した。東証は、創業家の長男次男との関連当事者取引が問題である、と指摘した。T氏は、長男次男との取引を解消できなかったことから、A氏に助けを求めてしまった。しかし、上場予定日の直前、O社とA氏との関わりが続いていることが東証の知るところとなってしまった。結局、O社は、上場を断念したとのことである。 この間の経緯を見ると、A氏との関係を清算しようとしたT氏でさえも、創業家との関係の整理をA氏に依頼してしまったことが分かる。一度不適切な取引が構築されてしまうと、その関係を清算することがいかに難しいかということを示している。 調査報告書は、この間のO社のコーポレートガバナンスについて、やはりT氏を中心に少人数で意思決定していることを問題とした。また、創業家一族の圧力に屈したことや、A氏との関係を継続していたこと、にもかかわらず東証にはA氏との関係を断ったと報告していたことなどについて「失敗」と断じている。 (2) 現在のコーポレートガバナンスの状況 ① コーポレートガバナンスの構築 2013年12月、T氏が射殺された。後任の代表取締役社長に就任したW氏は、O社のガバナンス改革を推進した。これは、それまでのO社のコーポレートガバナンスの状況についての反省を踏まえてのことであった。O社が構築したコーポレートガバナンス体制は、以下のとおりであった。 他方、調査報告書は、O社が構築したコーポレートガバナンス体制について、以下の懸念を示している。 ② 射殺事件への対応 O社は、T氏の射殺事件について「ネガティブな風評」があったにもかかわらず、ノーコメントを貫いた。また、役職員に対して然るべきメッセージを発してこなかった。 この点について、調査報告書は、ノーコメントを貫くこと自体が憶測を招き、役職員を動揺させてしまった、O社取締役会が何らのアクションを取るべきか否か、その利害得失を分析検討しておくべきであった、としている。 ③ 「過去の2度の失敗」 調査報告書は、創業家との関係の整理や、A氏との取引が一部残ってしまっていることに苦言を呈している。この状況は、現在も、以下のリスクをはらんでいる。 O社は、創業家とA氏との関わりの結果、200億円の資金が流出し、170億円を回収できず、2002年には経営危機に瀕した。また、2012年には創業家との関係整理のためA氏の協力を求めてしまい、上場を断念せざるを得なくなった。これらは、2つの「失敗」であり、上記①~③のリスク要因が組み合わさって生じたものである。 調査報告書が指摘するとおり、これら2つの「失敗」は、O社のコーポレートガバナンス上の問題を端的に示している。O社がコーポレートガバナンスを構築するためには、これらが「最良の教材」である。その反省に立ってこそ、コーポレートガバナンスの構築を実現できる。 ところが、第三者委員会のヒアリングでは、O社の経営陣の多くは、これら2つの「失敗」について、現在のガバナンスとは無関係な「過去の出来事」と位置付け、十分に精査把握したことがなかったとのことである。 調査報告書は、O社経営陣が2つの失敗を「最良の教材」として受け入れ、上記リスクを早期に解消するよう求めている。 (3) 反社会的勢力の排除の状況 ① 反社との関係 第三者委員会は、O社の役職員や取引先をリストアップし、反社に該当するものがないかを調査したとのことである。また、メールデータの分析や、会計データの調査、全役職員へのアンケート調査、ホットライン調査などを行っている。 その結果、O社と反社との関係の存在は確認されなかった、と結論付けている。 ② 反社の排除体制 反社の排除体制については、O社は、以下の体制を整えている。 ただ、調査報告書は、こうした体制について、以下の問題点を指摘している。 ③ 反社チェックに関する問題点 (ⅰ) 対象 O社は、2011年4月1日、取引先が反社に該当しないかのチェックを開始した。 しかし、2015年12月31日までの新規取引先498社の内、293社については、法務課宛に取引先調査の申請が行われていなかったとのことである。 O社では、取引が一定額未満の新規取引先の場合などを「調査対象除外」とし、法務課宛の取引先調査の申請を不要としていた。もっとも、新規取引先が「調査対象除外」に該当するかの判断は、現場の部門長に委ねられていた。 また、O社では、取引先について、反社チェックが実施されたかを確認する仕組みがなかった。例えば、経理部門では、取引先のマスター登録(取引口座の開設)の際、反社チェック済かどうかを確認していなかった。 既存取引先については、定期的に、反社チェックをすることとしていた。しかし、調査対象についての基準に不備があったためか、チェックすべき取引先が抽出できず、既存取引先の反社チェックに漏れが生じてしまった、とのことである。 (ⅱ) 手法 O社では、取引が一定額未満の新規取引先の場合などを「調査対象除外」としている。しかし、なぜそのような条件設定をしたかについて、第三者委員会が理由を確認できなかったとのことである。 また、反社チェックを行う総務部法務課において、以下の不備が認められている。 (ⅲ) グレー取引先 グレー取引先については、上記の反社チェックでは足りず、現場担当者のヒアリングなどが必要である。また、取引開始後も、継続的な監視をすべきである。 しかし、O社では、グレー取引先を補足できず、継続的な監視もしていなかったとのことである。 (ⅳ) 現場への周知 O社の現場の従業員は、反社チェック申請義務を負っている。そのため、反社チェック申請の要否について、第一次的判断をしなくてはならない。必要な情報収集や、取引開始後の継続的監視も必要である。 しかし、O社の現場の従業員たちは、こうしたことを十分に理解していなかった。 ④ 反社会的勢力の排除に向けた改善 O社は、第三者委員会の指摘を受けて、調査期間中に以下の改善を行った。 ⑤ 残された問題点 調査報告書は、O社による上記改善も踏まえたうえで、以下の問題点を指摘している。 (4) 第三者委員会による改善提言 ① コーポレートガバナンスについて 第三者委員会は、コーポレートガバナンスについて、以下の提言をしている。 ② 反社会的勢力排除について 第三者委員会は、反社の排除について、以下の提言をしている。 3 O社の決意表明 今回、O社では、具体的な不祥事が起きたわけではない。事件の捜査に関する報道をきっかけとして、第三者委員会による調査を行ったものである。 なぜ、O社は、不祥事が起きたわけでもないのに、第三者委員会に調査を依頼し、その結果をわざわざ公表したのか。公表直後には、株価が2割近くも下落したではないか。そんなことをすればレピュテーションが低下することは、事前に容易に想像できたのではないか。そのような疑問も生じることであろう。 しかし、コーポレートガバナンスの構築はもとより、反社会的勢力の排除は、容易ではない。社内において、役員や従業員の一人一人が、反社会的勢力の排除について高い意識を持たなければならない。また、社外にも「O社の反社会的勢力排除は、本気だ」と思ってもらわなければならない。そうした社内の意識と社外の見方が一致して、初めて反社会的勢力を排除できる。 本報告書は、O社が、役員や従業員の意識を改善し、社外にも本気であることを知ってもらうために公表した、まさに決意表明である、と解する。だからこそ、O社は、レピュテーションリスクがあると知りつつ、本報告書を公表したのである。 O社は、本報告書を公表した翌日である2016年3月30日、A氏との間で残っていた電話設備保守委託契約を解除し、A氏と一切取引しないことを宣言した。同年4月8日には第三者委員会の調査報告書による提言を実施する旨を宣言した。 その後、O社は、提言実施宣言について、定期的に経過報告を公表している。2016年4月25日、創業家へ法的請求をしたことを公表した。同年5月6日には、反社研修を行ったことや、反社マニュアルを策定した旨を公表した。同年5月30日には、コンプライアンス反社小冊子を作成して配布した旨を公表した。 O社には、今回の決意表明に基づく行動を実践し続け、社会からの信頼を回復し、今まで以上の信用を勝ち取ることを期待したい。 (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔経営面のアドバイス〕 【第3回】 「資金繰りの検討(その2)」 ~公的支援としての失業給付・雇用調整助成金~ 公認会計士・税理士 中谷 敏久 復旧予定時期が長期間に及び、従業員給料等の固定費を負担すると資金繰りが破綻すると予想される場合、経営者にとっては誠に辛いことであるが、従業員を休業あるいは一旦解雇し、公的支援によって従業員の最低限の生活を保障してもらいながら会社の再建に尽力する。 そして再建後に従業員を再雇用することのほうが、会社と従業員の双方にとってより望ましい結果となる場合がある。 公的支援としての失業給付と雇用調整助成金のポイントは以下のとおり。 (了)
実務家による実務家のための ブックガイド -No.2- 太田哲三 著 『固定資産会計』 〈評者〉 公認会計士 阿部 光成 日々研鑽を積まれている会計士諸氏は、太田哲三の『固定資産会計』(昭和26年、国元書房。同書は中央経済社からも発刊されている)を読んでみてはいかがか。発刊からだいぶ経つので、古書店で入手するか、図書館などで借りることになると思われるが。 さて、平成28年6月17日、企業会計基準委員会は「平成28年度税制改正に係る減価償却方法の変更に関する実務上の取扱い」(実務対応報告第32号)を公表したが、そこには次の記載がある(15項)。 Ⅰ 「連続意見書第三」の基盤の1つとなった1冊 減価償却については、「企業会計原則」に規定があり、また、「企業会計原則と関係諸法令との調整に関する連続意見書」第三「有形固定資産の減価償却について」(昭和35年6月22日、企業会計審議会。以下「連続意見書第三」という)において詳細に説明がなされている。つまり、最近、設定された会計基準というわけではない。 連続意見書第三の起草は、諸井勝之助先生が担当されたとのことであり、太田哲三の『固定資産会計』をはじめ多くの文献に目を通し、それらを参考にして草案を書き上げたとのことであるから、本書もその基盤の1つになったと考えられる(諸井勝之助『私の学問遍歴』(2002年9月、森山書店)104ページ、109ページ)。 Ⅱ 減価償却研究の困難さを今に伝える 『固定資産会計』を読むと、連続意見書第三に記載されていることだけでなく、配分理論の発展、「償却」の字義、減価償却の理念、「正規の減価償却」と表現した理由、利子の原価性、のれんの資産性など多岐にわたる論点が研究されている。 そのうえで、太田は、減価償却は単なる理論としては成立するが、事実においては成立しないものであると断定しなければならないと述べ、減価償却の会計理論としての価値はいずれの点にあるのだろうかと設問したあと、 と述べている(230ページ。アンダーラインは筆者が記入)。 連続意見書第三の起草に際して参考とされた『固定資産会計』において、減価償却の否定論が述べられていることは、実に興味深いことではないだろうか。それはある意味、減価償却の本質に関する研究の難しさについて示唆しているとも解釈できよう。 減価償却の本質を探った『固定資産会計』は、改めて読むべき価値があると言えよう。 (了) 〔書籍情報〕 固定資産会計 太田 哲三 国元書房・中央経済社、1951年11月