税務判例を読むための税法の学び方【79】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その7:「事業に従事したことその他の事由」の解釈③ ~夫弁護士・妻税理士事件(最判平17.7.5)) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 3 「夫弁護士・妻税理士事件」(最高裁平成17年7月5日判決) 前回の「夫弁護士・妻弁護士事件」に続き「夫弁護士・妻税理士事件」を見ていく。 この判決は、弁護士業を営む原告が、税理士業を営む妻に対して、顧問税理士契約に基づいて税理士報酬等を支払った点について、税務署長が「生計を一にする配偶者」に支払ったものに該当するから所得税法56条を適用し、それを必要経費に算入しえないとして更正決定をしたところ、原告がこれを不服として、原告が負担させられた金額について誤納金として返還するよう請求した事案である。 (1) 第一審の判断 これは裁判所ホームページにて判決が公開されているため、これを入手し、読んでいただきたい。 ここでは争点が以下のように、3つ挙げられている。 しかし争点1から結論が出ており、「その余の争点について判断するまでもなく」とされ、争点2以下については判断が示されていない。以下に争点1について見ていこう。 原告は、立法趣旨等の他、次のような主張をする。 これに対し、被告(国)は、次のような主張をする。 確かに国の主張する通り、事業所得も対象から除外されていない以上、国の主張するように従事する者が事業所得者であることを法は除外していないと言える。だがそれをもって「従事」の意味に限定がないという国の主張は誤っている。また「その他の事由」が前にある「~事業に従事したこと」に影響を受けるか否かという点については、判決は示唆に富む。では判決を見ていこう。 裁判所は、次のように判示する。 まず、このように筆者が先に記した「従事」の意味を明らかにしている。次に、要件の後半部分である「その他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」の意義について以下のように判示する。 これに続けて、この解釈例を示して、以下のように結ぶ。 以下で立法趣旨を検討し、それは旧法(旧11条の2)と同一であるとして旧法の立法趣旨を確認すべしとして、その適用を受けるのは「当該納税義務者の経営する事業(中略)から所得を受ける場合」に限られるべきとした上で、以下のように判示した。 また国側の「事業者の配偶者等に対する対価の支払は、事業者が所得の中から支出すべき家族の生計維持費用の分担としての性質を有するのであり、事業者の総収入金額のうち、配偶者等に対する対価の支払に充てられる部分には担税力が認められるから、仮にこれを必要経費に算入して、所得の計算上総収入金額から控除するものとすれば、かえって租税負担の不公平を生じる」という主張に対しては、以下のように判示する。 また国側の従事する者が事業所得者であることを法は除外していないとの主張に対しては、 そして事実認定において、「訴外Dは原告とは別個独立に税理士業を営んでおり、原告は、訴外Dとの間で、・・・顧問契約を締結したことが認められ、訴外Dの税理士報酬等は、上記委嘱に基づく税理士業務に対する報酬として支払われたもの」としてこの56条の適用がないと判決している。 (2) 控訴審の判断 これは裁判所ホームページにて判決が公開されているため、これを入手し、読んでいただきたい。 ここでは以下の、3つの争点について示されている。 ① 争点1:法56条の規定の解釈適用について まず立法趣旨を検討しているが、この立法趣旨について、第一審と異なる判断をしている。 このように、この立法経緯から、「納税義務者と生計を一にする配偶者その他の親族が、当該納税義務者の経営する事業から所得を受ける場合」の規定であり、「従事」に限られないという結論を導いている。 そして続けて「事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」につき、判断を示している。 そして続いて、「その他の事由」における「その他の」の用法についての判断を示している。 そして続いて、「その他の事由」における「その他の」の用法についての判断を示している。 ② 争点2:「生計を一にする配偶者」該当性 被控訴人(第一審の原告)は、妻である税理士が「生計を一にする配偶者」ではないと主張していた。この点は【75】及び【76】で取り上げたテーマであるため、ここでは判決を紹介するに留める。この点の判示は、以下の通りである。 ③ 争点3:法56条の規定の憲法適合性について ここでもまず最初に、大島訴訟における合憲性の推定に基づく「ゆるやかな合理性の基準」によって(またここでこの56条を合憲と判断した2つの最高裁判断を参照している(最高裁三小平成10年6月16日・最高裁一小平成9年4月23日))合憲と判断している。続けて立法目的等の点からも合憲である旨、以下のように判示している。 (3) 最高裁の判断 最高裁判決は、裁判所ホームページでは公開されていないため、理由以下を掲げる。最高裁では、高裁の判断を支持し納税者の敗訴が確定した。 なお上記「(略)」の多くに、先に検討した妻弁護士事件の最高裁判決が参照されている。 4 まとめ 各論点の詳細な説明は、これまで判決等で論じられているために省くが、唯一納税者勝訴となった妻税理士事件の地裁判決(かの藤山裁判長が扱っているという点もさることながら)、結論を左右したのは、「その他の事由」の「その他の」の部分、すなわち「Aその他のB」の読み方である。 この連載でも「Aその他のB」においては、AはBの例示であると解説してきているが、ここで問題となるのは「BはAにどの程度縛られるべきか」という点である。例示なのであるから全く無関係で良いとは思われない(この点、地裁の限定されるべきという判示は、正当である)が、例示が1つしかない場合(この場合はA)、AからBの範囲をどの程度限定し得るのかという問題である。つまり、例示が複数ある場合にはこの範囲の想定も比較的容易でるが、1つしかない場合にAと全く同性質のものとまで限定し得るのか疑問であるからである(その場合は条文に「類する」等の文言が入るであろう)。 よって、原則的には、この解釈については、私見としては、最高裁の判断が妥当なものと考えている。 立法当時の立法趣旨からは、限定されるべきとも思えるが、文理解釈によるべき租税法においては、その文理から読みとれる点を優先すべきである以上、やむをえないであろう。 ただし、時代にそぐわない改正すべき条文と考え、また適用により違憲となる可能性も否定しないが、法令そのものが違憲とまで判断すべきかは疑問である。 すなわち、弁護士や税理士の法人化が困難な一部の者だけが不利益を甘受し得ない状況である点もまた事実であり、これが租税公平主義に照らしてどうかという点は別の問題であり、この場合には適用違憲もあり得るように思われる。その意味では最高裁の判決は、この点の審理が不十分であり残念なものと言えよう。 * * * 次回からは、大島訴訟最高裁判決までは租税法律主義に関する基本的判例とされていた昭和30年3月23日最高裁大法廷判決を取り扱う。 (続く)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第14回】 (最終回) 「標準文例の丸写しに注意」 公認会計士 石王丸 周夫 今年の連載のラストとなるうっかりミスをご紹介しましょう。 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例14-1】 標準文例を丸写ししたと思われる箇所がある。 【事例14-1】には間違いが1ヶ所ありますが、その間違いを見つけるためにはPLも見る必要があります。この会社のPLは以下のとおりでした。 今回の事例はかなり長い文章ですから、間違いを見つけ出すのに少し苦労するかもしれません。 ヒントを出しましょう。この会社が赤字であることに関係しています。 2 赤字の場合はミスが起こりやすい ではさっそく、答えを見てみましょう。 会計方針変更の影響を記載する箇所で、赤字であるにもかかわらず、「1株当たり当期純利益」と書いてしまっていたところが間違いでした。 一番下の行のところですから、余計に見つけにくかったと思います。 間違いが起きた原因は、「標準文例を丸写ししたこと」です。 一般に、標準文例では黒字の会社を前提として文章を作成しているので、「~利益」という表現になっています。赤字の会社はそれを「損失」に書き換えて使用しなければならないのですが、【事例14-1】ではうっかりそのまま使ってしまったのでしょう。 3 元ネタは有価証券報告書用の標準文例 【事例14-1】は、会計基準の改正に伴う会計方針の変更時の注記です。この事例のように、改正された会計基準を過年度に遡及して適用しないことが当該会計基準の中で定められているケースでは、影響額の記載として求められているのは「計算書類又は連結計算書類の主な項目に対する影響額」です。したがって、1株当たり情報に対する影響額まで記載するかどうかは会社の判断に任されています。 一方、有価証券報告書ではその記載がはっきり求められているため、基本的には記載されています。おそらく【事例14-1】は、有価証券報告書用の標準文例を基に作成した有価証券報告書の注記を計算書類に貼り付けたのではないでしょうか。 4 類似事例の紹介 会計方針の変更というのは、そう頻繁に行われることではありません。そのため、いざ変更が行われた際には注記文章でミスが出ることが多いのです。【事例14-1】はその意味で、前回ご紹介した「ファーストタイム・ミス」といえます。 また、会計方針変更に関する注記の文章は、要記載事項を洩れなく含める必要から、言い回しがある程度決まっています。そのため、標準文例を写して作成することが多く、それもミスの原因になるのです。丸写しを原因とするこのミスは「フルコピー・ミス」です。 いずれにしても、【事例14-1】に類似したミスは以下のとおりいろいろ見られます。 【事例14-2】 1株当たり情報の注記に記載されるべきものが記載されていない。 上の事例の場合、1株当たり情報は以下のような記載が正しいです。 さらにこういうミスもあります。 【事例14-3】 開示していない項目への影響まで記載している。 有価証券報告書では、該当する会社については、潜在株式調整後1株当たり当期純利益を開示しているため、上の事例のような注記文章が有価証券報告書に記載されます。それを計算書類にコピペした結果、起きてしまったミスです。 〈今回のまとめ〉 会計方針変更時の注記を標準文例等のコピペで作成する場合は、手直しすべきところが正しく直っているかどうか十分注意しましょう。 (連載了)
〔事例で使える〕中小企業会計指針・会計要領 《有価証券》編 【第3回】 「その他有価証券」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 「中小企業会計指針」では、有価証券は保有目的の観点から、①売買目的有価証券、②満期保有目的の債券、③子会社株式及び関連会社株式、④その他有価証券の4つに分類し、それぞれの分類に応じた貸借対照表価額とします。 今回は、④その他有価証券の貸借対照表価額及び会計処理をご紹介します。 1 ×1年12月期の期末、×2年12月期における仕訳 (ⅰ) 〈×1年12月期の期末〉 [X社株式] [Y社株式] (ⅱ) 〈×2年12月期の期首〉 [X社株式] [Y社株式] (ⅲ) 〈×2年6月のX社株式売却時〉 [X社株式] (ⅳ) 〈×2年12月期の期末〉 [Y社株式] その他有価証券とは、売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式及び関連会社株式以外の有価証券です。例えば、長期的な価格の変動を利用して利益を得る目的の株式、取引先等の業務上の関係から長期保有する有価証券等が該当します。 その他有価証券のうち、市場価額のあるものは、時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額(税効果考慮後の額)は洗替方式に基づき、全部純資産直入法又は部分純資産直入法により処理します。 部分純資産直入法とは、時価が取得価額を上回る銘柄に係る評価差額(税効果考慮後の額)は純資産の部に計上し、時価が取得価額を下回る銘柄に係る評価差額は当期の損失として計上する方法です(中小企業会計指針19)。 全部純資産直入法とは、時価が取得価額を上回る銘柄も下回る銘柄もいずれの評価差額(税効果考慮後の額)とも純資産の部に計上する方法です。実務上はほとんど全部純資産直入法が採用されていますので、この設例では全部純資産直入法によることとします。 2 決算書の金額 ×1年12月期 〈貸借対照表〉 〈損益計算書〉 ×2年12月期 〈貸借対照表〉 〈損益計算書〉 (了)
改正労働者派遣法への実務対応 《派遣元企業編》 ~人材派遣会社は「いつまでに」「何をすべきか」~ 【第4回】 (最終回) 「事業報告等への対応」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 最終回である【第4回】は、事業報告等への対応について検討する。 1 事業報告書の提出 派遣元は、年に1回、労働局へ事業報告書の提出が必要となるが、報告内容や提出期日が変更となっているため、事前にその内容を確認する必要がある。 (1) 報告内容 事業報告書では、派遣元の事業所ごとの毎事業年度における業務の運営状況(年度報告)と、毎年6月1日現在の業務の運営状況の2点について報告が必要となる。 改正後は、雇用安定措置を講じた派遣労働者の人数等や教育訓練の実施状況等が報告すべき事項として追加されているため、事前に報告書の様式を確認の上、報告すべき人数の集計体制を整備する等の準備が必要となる。 (※) 「労働者派遣事業報告書(様式第11号)」参照 (2) 報告期日 事業報告書の提出期限は、毎事業年度における事業年度の終了の日の属する月の翌月以後最初の毎年6月30日に変更となっている。なお、改正法施行日前に終了した事業年度については、従来の様式で報告書を提出することとなるが、年度報告は、旧法で提出済のため提出は不要となっている。 平成28年6月30日に報告すべき事業年度は例示すると以下のとおりとなるが、それぞれの事業年度に合わせて対応できるようスケジュール調整が必要となる。 なお、「労働者派遣事業収支決算書」及び「関係派遣先派遣割合報告書」の提出期限は、事業年度終了後3ヶ月以内と従来通りであり変更はない。 2 待遇に関する説明 派遣元は、派遣先で同種の業務に従事する労働者との均衡を考慮しながら、賃金の決定、教育訓練の実施、福利厚生の実施を行うよう配慮する義務があるが、改正により、派遣労働者から求められた場合は、待遇の確保のために考慮した内容を本人に説明する義務が追加されている。 当該説明は、「例えば、派遣労働者の賃金の決定にあたって派遣先から提供のあった派遣先の同種の労働者に係る賃金水準を参考にした等の説明をいう。」(派遣業務取扱要領)とのことであるが、待遇の確保のために実施した措置等を記録する等して、派遣労働者から求められた場合に説明できるよう準備しておく必要がある。 3 研修の実施等 派遣元において派遣労働者と直接的に接するのは、営業やコーディネーターといわれる社員となり、その社員には当然のことながら労働者派遣法の知識が求められる。派遣元では、法改正のタイミング等に様々な知識研修が行われていると思われるが、改正の内容だけではなく、労働者派遣法全般について再度確認する機会にするとよいだろう。 日常の業務が、どのような法律に基づいて行われているのか、また、その意義など、改めて確認して日常業務に活かしていただくとよい。また、慣行や運用が先行して、本来あるべき姿から変わってしまっていることもあるかもしれない。このような改正の機会を活用し、研修の実施等を通じてぜひ再点検していただきたい。 * * * 以上で改正労働者派遣法の連載は今回ですべて終了となる。 今回の法改正の主な項目である、新しい期間制限の考え方や雇用安定措置については、実際に対応が必要となる時期は少し先になるが、その段階になって実務の現場で混乱することがないよう、早めに検討を重ね対応策を講じていただきたい。 (連載了)
養子縁組を使った相続対策と 法規制・手続のポイント 【第21回】 「離縁と親権」 弁護士・税理士 米倉 裕樹 問 題 甲は前夫と婚姻し、長女乙をもうけたが、数年後、乙の親権者を甲として前夫と離婚、その後、乙が7歳のときに丙と再婚した。丙は乙と普通養子縁組を行い、7年間、生活をともにしたが、甲丙は離婚することとなった。離婚時に乙は14歳であった。 【問題①】 離婚、離縁、いずれの手続を先行させるかによって何らかの違いが生じるのか。 【問題②】 甲が丙と再婚した後、丙が乙と普通養子縁組をしていなかった場合はどうか。 【問題③】 離婚後、甲は乙から、乙が7歳から10歳まで丙から性的虐待を受けていたことを聞かされた。乙の甲に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅していないか。乙が丙から性的虐待以外の態様による虐待を受けていた場合はどうか。 回 答 【問題①】 丙が自発的に離縁手続を先行させた場合には、後の離婚手続においては乙の親権者を協議することなく当然に甲が親権者となるが、離婚手続を先行させた場合、親権を丙の駆け引きの材料として使われる可能性がある。 【問題②】 丙が乙と普通養子縁組をしていなかった場合には、乙の親権者は終始甲のままであり、離婚手続においても乙の親権者を定める必要はない。 【問題③】 乙が13歳となった時から3年を経過していないとして、乙が7歳から10歳までに受けた精神的苦痛に基づく損害賠償請求は可能であると考えられる。乙が丙から性的虐待以外の態様による虐待を受けていた場合には、離縁、離婚時を3年間の消滅時効の起算点として、同様に損害賠償請求は可能であると考えられる。 解 説 [1] 【問題①】について 離婚に伴い、親権者を誰にするか協議が整わない場合には、最終的に、離婚調停(または親権者の指定を求める調停)、審判、または離婚訴訟を提起して解決しなければならず、親権者が決まるまで離婚することはできない(協議離婚でも親権者を記載しなければ離婚届自体、受理されない)。 そのため、離婚当事者の一方が、駄目もとでも、親権を譲らないとごねることで出来る限り離婚条件を有利にしようと画策することがあり、子のためにも一刻も早く離婚したいと望む者は、子の親権者を自己とする代わりに、財産分与、慰謝料、養育費等にて妥協せざるをえない事態も想定される。 かかる事態を可及的に回避するため、丙乙間での離縁手続を先に行っておくことが考えられる。離縁が成立した場合には、実親である甲の単独親権となるため、その後、甲が丙と離婚するに当たり、乙の親権者を協議する必要性がないからである(広島家審判昭和30年9月9日)。 他方、丙乙間での離縁がなされるまでは、養子縁組により未成年者である乙は養親である丙の親権に服し(民818②)、実親である甲との共同親権に服している。 そのため、丙乙間で離縁がなされないまま、先行して離婚手続を行う場合には、甲丙いずれが乙の親権者となるか決めなければならず、上記紛争が生じる危険性を残すこととなる。 [2] 【問題②】について 甲が丙と再婚しても、丙が甲の連れ子である乙と養子縁組をするかどうかは丙乙の自由である。養子縁組しない場合には、乙の親権者は依然として甲のままであり、離婚手続においても乙の親権者を定める必要性はない。 [3] 【問題③】について 不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは時効によって消滅する(民724)。本問で、乙は現在14歳であり、最後に丙から性的虐待を受けた時から4年経過していることから、乙の甲に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅していないか問題となる。 この点、類似の案件にて不法行為による損害賠償請求権の消滅時効が問題となった福岡高裁平成17年2月17日判決では、以下のように判示し、子が13歳になった時点を消滅時効の起算点とし、養父であった控訴人の控訴を棄却している(なお、法定代理人においても3年の消滅時効が完成していないことを前提としている)。 上記判例の考え方からすれば、本問でも、乙が13歳となった時から3年を経過しておらず、甲も近時、性的虐待の事実を知らされたことからすれば、乙の甲に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅しておらず、乙が7歳から10歳までに受けた性的虐待を1個の継続的不法行為として、精神的苦痛に基づく損害賠償請求は可能であると考えられる。 なお、仮に、性的虐待以外の態様による虐待の場合であっても、加害者と生活をともにしている間は、被害者が損害賠償訴訟を提起することは合理的に不可能であり、離縁、離婚がなされてはじめて可能になるとして、離縁、離婚時を3年間の消滅時効の起算点と解釈することもできると考える(上記福岡高裁の原審も同様の理屈を採用している)。 (了)
『デジタルフォレンジックス』を使った 企業不正の発見事例 【第2回】 「情報漏洩調査に使われるデジタルフォレンジックス」 PwCアドバイザリー合同会社 シニアマネージャー 池田 雄一 1 はじめに 第2回では「情報漏洩調査に使われるデジタルフォレンジックス」ということで、情報漏洩調査にデジタルフォレンジックスがどのように使われるのか、事例を交えながら紹介していく。 単に情報漏洩といっても漏洩のタイプは幾つにも分かれている。一般的には、誤操作、管理ミス、紛失や置き忘れによって発生する事故としての情報漏洩がインシデントの大半を占めているといわれている。一方で、企業にとってダメージの大きい第三者による盗難、会社関係者による不正な持ち出し、不正アクセスなどの意図的に引き起こされた情報漏洩については、上記の事故として発生している漏洩事案と比較すると少ないといわれている。 2015年に不正競争防止法が改正され「営業秘密の保護強化」が組み込まれたことで、企業の抱える情報資産の保護を積極的に行うことが可能となった。言い換えれば、営業秘密の意図的な漏洩者に対して企業側が断固とした措置を講じることが可能となった。改正前は、不正競争防止法を適用するための条件が限定的であり、かつそれを立証することも極めて困難だった。しかし改正後は、米国、英国などを含む欧米諸国が既に導入しているように、「内部者による営業秘密の不正な入手行為自体に対しても刑事罰をもって対処」することが可能となった。 本稿では、外部からのサイバー攻撃などの不正アクセスやマルウェアなどによる漏洩ではなく、従業員を含む会社関係者(内部者)による情報の不正な持ち出しに対して実施するデジタルフォレンジック調査に焦点を当てる。 先の連載における【第6回】「デジタルフォレンジックスの現場」~調査編①~ でも紹介したが、情報漏洩調査に用いられるアプローチは「理系的アプローチ」であり、特に「コンピュータフォレンジックス」の手法を用いた調査が行われる。 2 情報漏洩の起こる背景 具体的な調査について解説する前に、情報漏洩調査が起こる背景について触れておきたい。 筆者が現在までにデジタルフォレンジック調査を行った不正な情報の持ち出しによる情報漏洩事案において、情報漏洩の背景と関わった内部者の動機は大きく2つに分かれる。 (1) 勤務先に対する怨恨による情報の意図的漏洩 従業員を含む内部者による意図的な情報漏洩の背景には、勤務先への不満が関係していることが少なからず見られる。人間関係のもつれ、セクハラ、パワハラ、他社との合併などにより閑職に追いやられるなどの理由から勤務先に対する不満を募らせ、金銭目的で情報を漏洩するのではなく、「勤務先に対する仕返し」としてダメージを与える目的で情報の漏洩を行うものである。 この類の情報漏洩においては必ずしも営業秘密が漏洩の対象となるわけではなく、多くの場合、表には出ない社内の内部事情がインターネットの掲示板に書き込まれたり、雑誌などのメディア媒体に持ち込まれる。情報の真偽はともかく、インターネットへの掲載もしくは雑誌の記事にされることで不特定多数の人の目に触れ、企業イメージが傷つくなどの風評被害を受けることになる。 また、営業秘密である大量な技術情報を含むメディア媒体を競合先に送付した極端な漏洩ケースも過去にあったが、あまりにも大胆な行為だったためメディア媒体を受領した競合先からの連絡で発覚し調査へと発展した。 (2) 転職時における営業秘密の不正な持ち出し 内部者による意図的な情報の持ち出しで最も多いのが、転職時における営業秘密の持ち出しと言われている。 会社として不正な情報の持ち出しを検知できるような対策を取っていない限り、どの程度の情報が持ち出されているかを把握できる術もなく、会社側はこれを知らずに見過ごしている危機的な状況にあると考えられる。 最近では、USBメモリなどの外部記録媒体の使用をシステム的に制限していたり、添付ファイルのついた電子メールをチェックする仕組みを設けている会社が増加しているのも事実ではあるが、印刷物の持ち出しについてチェック機能を設けている会社は極めて少ない。統計的にも、足がつきにくい紙媒体による営業秘密の持ち出しが最も多いと言われている。 具体的には、営業担当が転職先に顧客リストを持ち出すことや、エンジニアが自ら開発に関わった設計情報などを含む技術情報を持ち出すことも典型例である。産業スパイ行為に対するデジタルフォレンジック調査については別の回に取り上げるが、外国企業による日本人エンジニアの引き抜きにおいては、営業秘密の不正な持ち出しが行われた例が数多くみられる。 3 情報漏洩に対するデジタルフォレンジック調査 情報漏洩に対するデジタルフォレンジック調査は、「電子ファイルを伴う営業秘密の不正な持ち出し」と、「電子ファイルを伴わない情報の漏洩」の2つの視点から解説する。 (1) 電子ファイルを伴う営業秘密の不正な持ち出し 営業秘密の不正の持ち出しがあったことを企業側で検知できるのは、従業員のコンピュータ上のアクティビティを監視可能なシステムを導入している場合か、退職の意思を示した従業員のコンピュータを積極的に調査した場合に限られる。 競合先が自社の製品に酷似した製品を販売し始めたことが判明した段階では、既に技術情報が漏洩しており、漏洩に使用されたコンピュータも処分済みで、調査自体が不可能な場合がほとんどである。 漏洩者がほぼ特定されていると仮定した場合、コンピュータから営業秘密の不正な持ち出しが行われた際の調査においてまず着目するのは、漏洩経路(下記を参照)を考えることである。会社の導入しているセキュリティ対策によっては漏洩経路がある程度絞られるが、セキュリティ対策が施されていないネットワーク環境やコンピュータを使用している場合、あらゆる可能性を探る必要がある。 筆者が今までに行った営業秘密の不正な持ち出しに関するデジタルフォレンジック調査では、大量なデータが記録できる外部記録装置が使用されていることが多く見られた。外部記録装置を使用した情報の持ち出しの場合、データのコピーが行われた明らかな記録がコンピュータ上に残ると思われがちであるが、そのような情報を残すためのセキュリティシステムを入れていない限り、どのようなデータが、いつ、どの媒体にコピーされたかという情報は残らない。 しかしながら、コンピュータ上に残る外部記録装置が接続された日時、大量のファイルが一度にコピーまたは消去された際に書き換えらえる最終アクセス日時、外部記録装置に保存されているファイルにアクセスした際に生成されるファイルパスなどの断片的な情報を組み合わせることで、データの持ち出しの可能性の確認を行う。 接続された外部記録装置が会社承認のものではなく個人所有のものであれば、情報の不正持ち出しの疑いがかかった対象者に対して外部記録装置の提出を求めるとともに、場合によっては自宅のコンピュータの提出も求めることもある。 本人の同意なしには不可能な調査ではあるが、これによって営業秘密の不正な持ち出しとその利用を防ぎ、持ち出しを行った従業員に対して法的アクションを取ることを可能とする。 (2) 電子ファイルを伴わない情報の漏洩 内部情報のインターネットへの書き込みやメディアへのリークに関してもデジタルフォレンジック調査を行うことは可能であるが、漏洩者の特定ができる可能性は高くはない。 まず、漏洩を行った可能性のある従業員を「プロファイリング」により絞り込む。「プロファイリング」は、漏洩された特定情報にアクセス可能な従業員のリスト、漏洩の動機に繋がるような人事的状況に置かれている従業員、問題行動の多い従業員などの条件に当てはめることで、調査対象者の絞り込みを行う。ある程度、調査対象とする従業員を絞り込んだ段階でデジタルフォレンジック調査実施の判断を行う。 インターネット掲示板に内部情報の書き込みを行うのに使用したコンピュータが会社支給のものであれば、特定のウェブサイトへのアクセス履歴などを調査することで証拠をつかむことは比較的容易である。しかし、個人のスマートフォンが使用されている場合には、デジタルフォレンジック調査を行ったとしても決定的な証拠をつかむことのできる可能性は極めて低い。 また、メディアなどへの漏洩については、特に情報を受領する側のメディアも非常に慎重なことから、足がつかない口頭による情報の伝達である場合が多く、デジタルフォレンジック調査までに至る可能性は上記と同様に低い。 上記のような電子ファイルを伴わない情報漏洩調査において、デジタルフォレンジック調査が効果を発揮するのは、漏洩者が会社支給のコンピュータを使用して漏洩行為を行うなどの「ミス」を特定することである。 4 終わりに 内部情報の漏洩による風評被害であれば時間の経過と共にリカバリーも可能であるが、従業員による営業秘密の不正な持ち出しによって競合先に技術情報が漏洩し、これを使用された場合の金銭的被害は計り知れないものである。 このような状況を防ぐためにも、企業としてセキュリティシステムまたは監視システムなどの導入により従業員のコンピュータ上のアクティビティを監視できる状況にしておくことが望ましいが、高額なシステムを導入しなくとも、営業秘密にアクセスが可能なポジションに就いていた従業員の退職時にデジタルフォレンジック調査を行って、営業秘密の不正な持ち出しの有無を確認するプロセスを導入することにより、漏洩を水際で阻止することも可能となる。 (了)
平成26年度 税制改正に関する 《資料リンク集》
《速報解説》 「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」が確定 ~特別目的の監査の枠組みによる見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年3月25日、日本公認会計士協会は次のものを公表した。 これにより、平成27年12月25日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 また、これらの公表に際して、「「業種別委員会実務指針『年金基金に対する監査に関する実務指針』」(公開草案)及び「業種別委員会研究報告第10 号『年金基金に対する監査に関する研究報告』の改正について」(公開草案)に対するコメントの概要及び対応について」が公表されている。 今回の改正等は、平成26年2月における監査基準の改訂などに対応して、特別目的の監査の枠組みに照らして、見直したものである。 上記①及び②は、「年金基金に対する監査に関する研究報告」(業種別委員会研究報告第10号)のうち、監査上の留意事項に当たるものを基礎として実務指針を策定し、当該実務指針に含まれない年金基金の制度及び業務に関する事項については、監査実施上、年金基金及び基金環境の理解に資するものであるため、その記載内容を見直し研究報告を改正している。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針 1 適用範囲 企業の退職給付制度のうち、企業から独立した法人として年金資産の管理運用を行う「厚生年金基金」及び「企業年金基金」(以下「年金基金」という)の財務諸表に対する監査を対象としている(1項)。 2 適用される財務報告の枠組みの受入可能性 このため、理事者が適用する財務報告の枠組みに基づいて作成された財務諸表に対して監査を実施する場合の詳細な対応が記載されている(23項~25項)。 例えば、監査人は、年金基金の財務諸表の監査業務の契約条件の合意内容として、理事者が適用する財務報告の枠組みについて、代議員会等、財務諸表の特定の利用者の判断を誤らせないようにするため、財務諸表に追加的な開示を行うことについて理事が合意しない場合には、監査契約を締結できないことが述べられている(23項(1))。 3 年金基金の財務諸表に対する監査実施上の留意事項 年金基金の財務諸表に対する監査実施上の留意事項として、次の事項が記載されている。 4 適用時期等 平成28年4月1日以後開始する事業年度に係る監査から適用する。 Ⅲ 年金基金の財務諸表に対する監査に関する研究報告 研究報告は、日本公認会計士協会の会員の実務の参考に資することを目的として、年金基金の制度(決算及び監査の制度を含む)及び業務に関する事項について取りまとめたものである(3項)。 研究報告は、独立した法人格がある「厚生年金基金」と「確定給付企業年金(基金型)」を対象として、解説している(8項)。 付録として次のものが示されている。 (了)
《速報解説》 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」が改正 ~早期適用した企業に関する翌年度の比較情報の取扱いを明記~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年3月28日、企業会計基準委員会は「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)を改正し、公表した。 適用指針第26号は、平成27年12月28日に公表されたばかりであるが、公表後、早期適用した企業に関する翌年度の比較情報の取扱いについて問い合わせがあったとのことである。 そこで、適用指針の公表時に企業会計基準委員会が意図していたことを確認するものであるので、公開草案の手続を経ずに適用指針第26号を改正するとのことである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 【改正前】 49項(2)については、平成28年2月24日に開催された企業会計基準委員会で次の2つの解釈があることについて審議されていた。 そこで、当該比較情報については、会計方針の変更として取り扱われる49項(3)①から③に該当する定めに限って、当該年度の期首に遡って適用することを、適用指針の公表時に当委員会は意図していたとのことから(124-2項)、次のように適用指針が改正された(アンダーライン部分が改正点)。 【改正後】 Ⅲ 適用時期等 平成28年に改正された本適用指針の適用時期は、平成27年12月に公表された適用指針と同様である(49-2項)。 (了) ↓関連記事↓
《速報解説》 平成28年度税制改正法案が3月29日に参議院にて可決、成立 ~税効果会計の適用税率に関する31日公開予定記事を緊急公開~ Profession Journal編集部 平成28年度税制改正法案(所得税法等の一部を改正する法律案及び地方税法等の一部を改正する等の法律案)(以下、改正税法)は衆議院での可決を経て参議院における審議が行われていたが、このたび3月29日付けで参議院本会議にて自民・公明両党などの賛成多数により可決、成立した。改正税法の施行日は原則4月1日とされており(附則第1条)、各政省令と合わせて3月31日に公布される見込み。 消費税率引上げの判断については現在政府の国際金融経済分析会合等で検討が行われているが、改正税法上では複数税率導入を含む平成29年4月1日からの10%引上げが規定されている。 平成28年度税制改正の主要な改正事項については〔こちら〕より、昨年末より公開した各速報解説を参照されたい。 (了)