〈経理部が知っておきたい〉 炭素と会計の基礎知識 【第7回】 「炭素に価格を付けるってどういうこと?」 公認会計士 石王丸 香菜子 〔PNパッケージ社の登場人物〕 * * * カーボンプライシングは、企業などの排出する二酸化炭素に価格を付け、これによって排出者の行動を変化させて、排出量の削減を促す手法です。カーボンプライシングには、政府によるものと民間によるものとがあり、政府によるカーボンプライシングの代表は「炭素税」と「排出量取引」です。 日本では、2023年5月に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」(GX推進法)が成立しました。このGX推進法は、同年2月に閣議決定された「GX実現に向けた基本方針」のうち、成長志向型カーボンプライシング構想などの実現・実行に関する内容を定めたものです(※1)。この成長志向型カーボンプライシング構想でも、炭素税と排出量取引のしくみが掲げられています。 (※1) 経済産業省「「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定されました」 経済産業省「「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案」が閣議決定されました」 なお、GXは、グリーントランスフォーメーション(Green Transformation)を指す。幅広い文脈で用いられるが、経済産業省は、GXを「化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動のこと」としている。 経済産業省 METI Journal ONLINE「知っておきたい経済の基礎知識~GXって何?」 * * * * * * 経済学では、企業などによる経済活動が、市場取引によらずに第三者に不利益や損害を与えることを外部不経済といいます。環境汚染はその典型です。たとえば、企業がある製品を製造することで環境汚染が生じ、社会全体がそのコストを負担することになっても、企業はそれを自社の費用とは考えません。結果的にその製品は過剰に生産され、社会的に最適な資源配分は実現されません。 温室効果ガスも、それを排出する者と、それによって不利益や損害を被る者とが異なり、外部不経済と考えることができます。 * * * * * * こうした問題を解決するための方策として、経済学ではピグー税やボーモル=オーツ税といった環境税の考え方が論じられてきました(※2)。環境税を課すことにより、排出量を削減するインセンティブを企業に持たせることができます。 (※2) ピグー税は、外部不経済を発生させる製品に対して、限界外部費用分の従量税を課す考え方をいう。ボーモル=オーツ税は、政府が限界外部費用の額を把握することは現実には困難であることを考慮し、一定量の排出量削減を社会にとっての最小費用で実現することを目標として、排出量1単位につき一定額を課税する考え方をいう。いずれも提唱者の名前に由来する。 カーボンプライシングの1つである炭素税は、この環境税に通じるものです。排出量取引も、ボーモル=オーツ税と同じように、社会にとって最小費用で二酸化炭素排出量の総量を一定水準にコントロールしようとする考え方に基づきます。 * * * * * * 炭素税は、石油や石炭などの化石燃料に対し、その二酸化炭素の含有量に応じて税金を課すしくみです。国によって税制の細かい部分は異なりますが、1990年にフィンランドが世界で初めて炭素税を導入して以降、さまざまな国・地域で導入されています。 日本では、炭素税に相当する税として「地球温暖化対策のための税(温対税)」が2012年以降導入されていますが(※3)、その水準は諸外国の炭素税に比べて低いものとなっています。 (※3) 温対税は、石油・石炭・天然ガスといった全ての化石燃料の使用に対し、二酸化炭素排出量に応じて課されるもので、石油石炭税に上乗せする形が採られている。 環境省「地球温暖化対策のための税の導入」 そこで、先述の成長志向型カーボンプライシング構想では、2028年度から化石燃料の輸入事業者等に対し、化石燃料に由来する二酸化炭素排出量に応じて「炭素に対する賦課金」を課すこととされています(※4)。 (※4) 経済産業省「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(GX推進戦略) * * * * * * 一方の排出量取引制度(ETS:Emissions Trading System)は、各企業の二酸化炭素排出量の上限を決めておき、それを超過した企業と下回ることのできた企業との間で、排出枠を取引するしくみです。 【排出量取引のイメージ】 * * * * * * 排出量取引制度は、EUで2005年から開始されているEU-ETSが知られるほか、中国や韓国でもすでに導入されています。 日本では、東京都と埼玉県が、大規模な事業所を対象として温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度を導入しているものの(※5)、全国規模での排出量取引制度はこれまでありませんでした。 (※5) 東京都「総量削減義務と排出量取引制度について」 埼玉県「目標設定型排出量取引制度」 いずれの排出量取引も相対取引で、取引価格は当事者間の交渉・合意により決定される。 * * * * * * 日本でも、排出量取引制度の導入に向けた試行的な取組みとして2023年度からGX-ETSが開始されており(※6)、知見やノウハウの蓄積、必要なデータ収集などを行ったうえで、2026年度より排出量取引を本格稼働させる予定とされています。また、2033年度頃からは、発電事業者に対して排出枠の有償オークション(※7)を段階導入することが計画されています(※8)。 (※6) GX-ETSは、GXリーグの参加企業により行われる自主的な排出量取引の枠組みである。GXリーグは、GXに取り組む企業群が官・学と協働する場で、2024年度は747の企業等が参加している。 GXリーグ「GXリーグとは」 経済産業省「GXリーグに2024年度から新たに179者が参画し、合計747者となります」 (※7) 発電事業者に対し、二酸化炭素排出量に応じた排出枠の一部又は全部を、政府からオークションで購入することを義務づけるしくみをいう。 (※8) 経済産業省「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略」(GX推進戦略) * * * * * * カーボンプライシングの施策に積極的に取り組む国や地域に所在する企業は、コストの増加を避けるため、生産拠点を規制の緩い国や地域に移転する懸念があります。その場合、移転先で排出量が増えてしまうこととなります。いわゆる「カーボン・リーケージ(漏洩)」です。 カーボン・リーケージを回避する方法として考えられているのが、「炭素国境調整措置」です。炭素国境調整措置は、国境で、輸入品に対して国内と国外の炭素価格の差額分の支払いを課す措置をいいます。 【炭素国境調整措置のイメージ】 EUは、世界に先駆けて、炭素国境調整措置(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)を2026年に本格導入する予定で、それに向けた移行期間が2023年10月から開始されています(※9)。 (※9) 移行期間は、本格適用に向けた準備や情報収集を目的とするもので、対象品を輸入する輸入者に、輸入品に含まれる炭素排出量などの報告義務が課される。移行期間中は費用の支払い等は求められない。 欧州委員会「Carbon Border Adjustment Mechanism」 * * * * * * Q 炭素に価格を付けるってどういうこと? A 企業などの排出する二酸化炭素に価格を付け、これを通じて排出者の行動を変化させて、排出量の削減を促す手法をカーボンプライシングといいます。カーボンプライシングは、企業などの排出する二酸化炭素に価格を付け、これを通じて排出者の行動を変化させて、排出量の削減を促す手法をいいます。政府によるカーボンプライシングの代表は「炭素税」と「排出量取引」で、日本でもこれらの本格導入が予定されています。 (了)
〔まとめて確認〕 会計情報の四半期速報解説 【2024年10月】 第2四半期決算(2024年9月30日) 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 3月決算会社を想定し、第2四半期(中間期)決算(2024年9月30日)に関連する速報解説のポイントについて、改めて紹介する。基本的に2024年7月1日から9月30日までに公開した速報解説を対象としている。 公開草案及び適用時期が将来のものは、基本的に記載の対象外としている。 具体的な内容は、該当する速報解説をお読みいただきたい。 Ⅱ 会計関係 企業会計基準委員会は次のものを公表している。 〇 移管指針「移管指針の適用」等(内容:日本公認会計士協会の実務指針等について、会計に関する指針のみを企業会計基準委員会に移管するもの) 2024年9月13日、企業会計基準委員会は、企業会計基準第34号「リースに関する会計基準」等を公表している。 当該会計基準等は2027年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首からの適用であり、早期適用として2025年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができるとされていることから、本稿では記載していない。 Ⅲ 金融商品取引法関係 次のものが公布されている。 〇 「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則及び連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則の一部を改正する内閣府令」(内閣府令第70号)(内容:「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)を受けたもの) Ⅳ 監査法人等の監査関係 監査法人及び公認会計士の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「2024年度品質管理レビュー方針」(内容:品質管理レビューの方針を示すもの) ② 「2023年度 品質管理レビュー事例解説集Ⅰ部・Ⅱ部」(内容:のれんを含む固定資産の減損会計に係る改善勧告事項などを解説している) ③ 「倫理規則」の改正(定期総会に付議する予定の改正案の公表)及び「倫理規則実務ガイダンス第1号「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」」の改正(内容:国際会計士倫理基準審議会の倫理規程の改訂等を踏まえた対応。2024年7月18日に開催された第58回定期総会において、「倫理規則の一部変更案」が承認されている) ④ 中小事務所等施策調査会研究報告第9号「第1種中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑤ 中小事務所等施策調査会研究報告第10号「第1四半期又は第3四半期の四半期決算短信に含まれる四半期連結財務諸表等に関する表示のチェックリスト」(内容:表示の確認を実施する際の参考となるチェックリスト) ⑥ 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ⑦ 監査事務所検査結果事例集(令和6事務年度版)(内容:公認会計士・監査審査会による監査事務所の検査で確認された指摘事例等を取りまとめたもの) ⑧ 四半期開示制度の見直しに伴う監査基準報告書等の改正(内容:今般の四半期開示制度の見直しを受けて、関連する監査基準報告書等について所要の見直しを行うもの) ⑨ 監査基準報告書260「監査役等とのコミュニケーション」、監査基準報告書700「財務諸表に対する意見の形成と監査報告」、監査基準報告書700実務指針第1号「監査報告書の文例」及び関連する監査基準報告書等の改正(内容:2023年10月に国際監査・保証基準審議会(The International Auditing and Assurance Standards Board:IAASB)から公表された、IESBA倫理規程の改訂により会計事務所が社会的影響度の高い事業体(PIE)に対する独立性に関する要求事項を適用している場合の開示要求に伴う狭い範囲の改訂を受けたもの) Ⅴ 監査役等の監査関係 監査役等の実施する監査などに関連して、次のものが公表されている。 ① 「監査役等と監査人との連携に関する共同研究報告」の改正(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに対応するもの) ② 改定版「会計監査人との連携に関する実務指針」(内容:倫理規則、四半期開示制度の見直しなどに関連し、監査人との適切な連携について記載) ③ 「主要監査業務のポイントと事例研究-監査の実効性と効率性の向上を目指して-(最終報告)」(内容:監査役スタッフの誰もが関わる重要業務を対象にして、その趣旨・目的、業務上のポイント及び留意点、実務上の課題に対応した工夫事例について研究したもの) Ⅵ 過年度に公表されている会計基準等 過年度に公表されている会計基準等のうち、2024年4月1日以後に適用されるもの(早期適用を含む)として、次の会計基準等がある。 ① 「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」(2022年10月28日、改正企業会計基準第27号)等(内容:税金費用の計上区分(その他の包括利益に対する課税)及びグループ法人税制が適用される場合の子会社株式等(子会社株式又は関連会社株式)の売却に係る税効果についての取扱いを示すもの。2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。ただし、2023年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用することができる) ② 実務対応報告第46号「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」等(内容:グローバル・ミニマム課税について、法人税及び地方法人税の会計処理及び開示の取扱いを示すもの。補足文書がある。2024年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用) ③ 企業会計基準第33号「中間財務諸表に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第32号「中間財務諸表に関する会計基準の適用指針」(内容:改正後の金融商品取引法上、半期報告書において中間連結財務諸表又は中間個別財務諸表が開示されることに対応するもの。「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(令和5年法律第79号)の附則3条に基づき、同法により改正された金融商品取引法24条の5第1項の規定による半期報告書の提出が求められる最初の中間会計期間から適用する) ④ 会計制度委員会報告第7号「連結財務諸表における資本連結手続に関する実務指針」の改正(内容:「中間財務諸表に関する会計基準」等を受けた改正) (了)
給与計算の質問箱 【第58回】 「源泉所得税の扶養親族等の数の変更時期」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 源泉所得税の扶養親族等の数に変更があった場合、いつから給与計算に反映させればよいか、ご教示ください。 なお、当社の給与計算は月末締め翌月25日支払です。 A 扶養親族等の数に変更があった場合の、給与計算における対応は以下のとおりである。 * * 解 説 * * 1 原則的な対応 給与の支払を受ける者は、その年最初に給与の支払を受ける日の前日(中途入社の場合は入社後最初に給与の支払を受ける日の前日)までに扶養控除等(異動)申告書を会社に提出する。 その後、申告書の記載内容に異動があった場合は、異動日後、最初に給与の支払を受ける日の前日までに異動の内容を記載した申告書を会社に提出する。会社は申告書を受領後、給与計算において源泉所得税の扶養親族等の数を変更する。 例えば、その月の社会保険料等控除後の給与等の金額が30万円の従業員が、10月10日に結婚し控除対象配偶者が追加になった場合は、10月24日までに扶養控除等(異動)申告書を会社に提出する。会社は10月25日支払の給与計算より、天引きする源泉所得税を8,420円(扶養親族等の数0人)から6,740円(扶養親族等の数1人)に変更する。 〈図表〉源泉徴収税額表 (出典) 国税庁「給与所得の源泉徴収税額表(令和6年分)」より抜粋 2 例外的な対応 年の中途で控除対象配偶者が死亡し、死亡した時点で控除対象配偶者の条件を満たしている場合(配偶者のその年の1月1日から死亡日までの合計所得金額が48万円以下)は、年末調整で配偶者控除の適用を受けられる。 したがって、扶養親族等の数を変更することなく1人のままで12月25日支払まで給与計算する。年末調整が終わり、翌年1月25日支払から扶養親族等の数を0人に変更して給与計算する。 控除対象扶養親族が死亡した場合についても同様である。 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第58回】 「鑑定評価の過程には不動産鑑定士の判断が累積する」 ~鑑定評価書の利用者からみた留意点~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 1 はじめに 前回は、不動産の鑑定評価という行為が、自然的要素よりも人間的要素の強いものであることを述べました。今回は、鑑定評価書の利用者にこのことをより身近に感じていただくために、不動産鑑定士の判断が累積されて鑑定評価の作業が進められていく複数の過程を例に、そのイメージを掴んでみたいと思います。 それとともに、鑑定評価書の利用者が、そこに記載された様々な判断の結果が妥当なものであるかどうかを見極めるために押さえておきたい留意点についても述べていきます。 2 鑑定評価の条件の記載内容とその妥当性 鑑定評価の条件の意義及びどのような場合に条件を設定することができるかについては【第41回】で述べましたが、鑑定評価書の利用者にとっては、これらの内容を理解するとともにその妥当性を確認しておくことが重要です。その理由は、鑑定評価額は評価の前提条件のいかんで大きく異なることもあり得るからです。 詳細は【第41回】を参照いただくこととし、鑑定評価で設定される条件には、対象確定条件(対象不動産の所在、面積及び評価の対象範囲等)のように最初に必ず確定させておかなければならない条件のほかに、想定上の条件や調査範囲等条件のように必要に応じて設定されるものもあります。 例えば、ある人が所有している土地の隣接地を買い取ることにより、もともと形状の悪かった所有地が著しく形状の良い土地の一部に変化する場合には、一般の人が購入するよりも割高な隣接地の価格が求められても不合理ではありません(その理由は、もともとの所有地の価格も上昇するというメリットが生じるためです)。このような前提条件を置いた鑑定評価を行う場合も対象確定条件に該当します。 次に、想定上の条件は、例えば、対象不動産の属する地域が将来○○○○○のような地域に変化することを想定した場合、その価格はどれくらいとなるかという前提に立つものですが、このような条件は都市計画の策定やこれに関する諸規制の変更、改廃に関する行政庁の確実な計画が存しない限り許容されません。 さらに、土壌汚染の状況調査など、不動産鑑定士の通常の調査では対象不動産の価格に対する影響の程度を判断することが難しい場合には、調査の範囲を制限して鑑定評価を行うことも可能となりますが、このような条件は調査範囲等条件に該当します。 条件を設定して鑑定評価を行うことができるというためには、それぞれの条件について鑑定評価上の取扱いが妥当なものと判断できることが必要であり、鑑定評価書の利用者は、鑑定評価書のなかにその条件設定を不動産鑑定士が妥当と判断した根拠が明確に記載されているかどうかを確認することが重要です。 3 価格時点が将来のものとなっていないか 鑑定評価書に記載されている価格時点が将来のものとなっている場合、鑑定評価書の利用者は、その理由(将来時点の鑑定評価を行う特段の必要性)が明確に記載されているかどうかを確認することが重要です。 価格時点を将来のものとすることは、不安定な価格形成要因を基に鑑定評価を行うこととなるため、このような条件は原則として設定してはならないこととされています。 4 不動産鑑定士が対象不動産の実地調査を行った範囲 不動産鑑定士は、対象不動産の物的確認を行うに当たり、現地確認を実施しなければならないことはもちろんですが、なかには(中高層の)テナントの入居している貸事務所等のように、テナントの業務上の都合によりすべてのフロアーについての内覧が困難な場合もあります。 このような場合、鑑定評価書の利用者は、鑑定評価書の以下の点についても目を配る必要があります。 5 鑑定評価書に記載されている資料 鑑定評価に際し、土地に関して以下について調査範囲等条件が設定されている場合でも、このことを理由に法令上の規制の有無(例えば、土壌汚染調査の場合は、土壌汚染対策法上の要措置区域、形質変更時要届出区域の指定の有無)及びその状況が確認できる公的な資料についての記載がなければ鑑定評価書として不備なものとなります。この点も1つのチェックポイントです。 6 区分所有建物及びその敷地の鑑定評価書 区分所有建物及びその敷地の鑑定評価においては、特定の部屋の専有部分及び敷地の持分がその対象となります。しかし、専有部分の属する1棟の建物及びその敷地についても、その状況を鑑定評価書に記載しなければならないこととされています。それは、区分所有建物及びその敷地は、1棟の建物及びその敷地の存在を前提として成り立つものであり、そこで求められる価格も1棟の建物及びその敷地の状況(建築年次、環境条件等)により大きな影響を受けるからです。 鑑定評価書の利用者からすれば、このような事項はあまり意識の対象とはならないと思われますが、チェックポイントとして押さえておくべきです。 7 最有効使用の判定 対象不動産についての最有効使用の方法は1つに絞られます(その意味で、「最」ということばが付されています)。そのため、鑑定評価書にこれが複数記載されている場合(例えば、「中高層マンションの敷地」のほかに「店舗付中高層事務所の敷地」というように)は、どのような鑑定評価の手法が対象不動産にとって最も適切であるかが不明確なものとなります(鑑定評価書で採用されている鑑定評価の手法が、上記の例でいえば「中高層マンションの敷地」としての使用が最有効であると想定していれば、鑑定評価書に「店舗付中高層事務所の敷地」も最有効使用として記載しては整合性がとれないこととなります)。併せて、最有効使用の判定の理由が明確に記載されているかどうかも、重要なチェックポイントとなります。 また、対象不動産の現状とは異なる用途を近隣地域の標準的使用と判定する一方で、対象不動産の最有効使用は現状の用途の継続であると判定されることも実際にはあります。 その例として、近隣地域の標準的使用が戸建住宅の敷地で、対象不動産の現状が共同住宅(建築後かなりの年数が経過しているが、賃貸に供されており、建物が古い割には安定した一定の収益が得られている)というケースがこれに該当します。 このようなケースでは、現存する建物(共同住宅)を撤去し、(近隣地域の標準的使用である)戸建住宅の敷地の用に供しようとしても多額の撤去費を要し、最有効使用を実現するには経済合理性に見合わない出費を伴うという判断が働くことがあります。すなわち、現状と同じ用途のまま賃貸を継続していく方が費用対効果から判断して合理的であるという考え方です。 鑑定評価書のなかに、対象不動産の現況は近隣地域の標準的使用とは異なるが、現況の使用方法をもって最有効使用と判定した旨の記載がある場合、鑑定評価書の利用者はその理由が明確に鑑定評価書のなかに記載されているかを確認しておく必要があります(上記のケースは、標準的使用と最有効使用の異なる理由を説明する1つの例といえます)。 8 まとめ 今回取り上げた内容は、不動産鑑定士の判断が累積されて鑑定評価という行為が進めらていく過程の一例です。 鑑定評価書の利用者は、結果としての鑑定評価額だけでなく、不動産鑑定士の判断結果が鑑定評価書のどこにどのように記載されているのかという視点をもつことにより、一層有意義な活用方法が見出せるものと思われます。 (了)
《税理士のための》 登記情報分析術 【第17回】 「代表取締役等の住所非表示措置」 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 令和6年10月1日から、代表取締役等の住所非表示措置が施行された。会社の登記記録には、これまで代表取締役等の住所が記載されてきたが、希望者が申出を行えば一定の要件のもとに、住所の記載を最小行政区画までに留めるという制度である(以下、「本制度」という)。税理士にも本制度の利用を希望する顧問先から相談が寄せられる可能性があるため、本連載でその概要を紹介するものとする。 1 制度創設の背景 本制度の創設の背景には、プライバシー保護の要請の高まりがある。 会社の登記記録に代表取締役等の住所が記載されてきた趣旨としては、会社に対する訴訟や連絡を容易にするためといったものがある。会社に対する訴訟を起こしたい場合に、事務所の閉鎖等により会社の本店に訴状が送達できないときには、代表取締役等の個人の住所に訴状を送達するといったことが行われている。 一方で、インターネットの発達により、情報を入手・拡散することが簡単になり、登記された代表取締役等の個人の住所情報が様々な犯罪や迷惑行為に悪用されるおそれも指摘されていた。本制度はそうした懸念について対応するものである。 2 本制度の対象 本制度の対象となるのは、株式会社の代表取締役等(代表執行役、代表清算人を含む)の住所である。一般社団法人や医療法人の代表者についても住所が登記されるが、本制度の対象とはなっていない。 【住所非表示措置が施される前の登記記録例】 【住所非表示措置が施された後の登記記録例】 3 本制度の利用方法 本制度を利用するには、利用を希望する者が、登記官(法務局)に対してその旨の申出を行う必要がある。注意が必要なのは、申出だけを単独で行うことはできないということである。 以下のような、代表取締役等の住所を登記することとなる登記申請と同時にする場合に限り、申出を行うことができる。 【本制度の申出を行うことができる登記申請】 4 本件制度利用の必要書類 申出の際には、登記の申請書に本制度の利用を希望する旨等を記載するほか、以下のような添付書面が必要となる。協力関係にある司法書士に依頼すれば、準備をすることが可能であろう。 【申出の添付書面】 5 本制度利用にあたって検討すべきこと 本制度は、代表取締役等のプライバシー保護の観点からは優れた制度ではあるが、実際に利用するかどうかは、以下の点について理解したうえで判断をするとよいだろう。 (1) 本人確認が煩雑になる可能性がある 銀行との取引や登記手続にあたって、代表取締役等の本人確認が求められるが、本制度を利用すると登記記録からは代表取締役等の住所を確認することができないため、別途代表取締役等の住民票の写しや印鑑証明書の提示を求められる可能性がある。不動産業のように頻繁に銀行取引や不動産取引を行う事業者の場合は、手間が増える可能性もある。 (2) 代表取締役等の住所が登記事項であることは変わりがない 本制度を利用した場合でも、代表取締役等の住所が登記事項であることは変わりがない。よって、代表取締役等の住所が変更された場合には、忘れずに登記申請を行う必要がある。本制度を利用すると、代表取締役等の住所自体が登記不要になったと誤解してしまうおそれがあるが、正確な認識が必要となる。 なお、本制度の利用を終了したい場合には、その旨の申出をすることで終了させることができる。この申出は登記申請と同時である必要はなく、単独で行うことができる。 (了)
《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第17回】 「採用・定着のために整備したい! 今時の福利厚生制度3選」 株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝 〇ファイナンシャルウェルビーイングと採用・定着 前回お知らせしたとおり、今回は、ファイナンシャルウェルビーイングの観点から、企業が採用・定着のために取り組むべきことを解説します。 筆者は、今年7月に開催された大手新聞会社主催のイベントで、企業がコミットするべきファイナンシャルウェルビーイングについてお話ししました。このイベントでは、従業員の採用・定着のために、企業が積極的に「従業員の将来を応援する取組み」をアピールする必要があるということが論じられました。今は圧倒的に人手不足の時代です。だからこそ、優秀な人材に「選ばれる企業」になることが重要だという趣旨です。 もちろん、「選ばれる企業」になるために取り組むべきことは様々あると思いますが、筆者は従業員のファイナンシャルウェルビーイングへの取組みとして、企業型DC、iDeCo+、職場つみたてNISAの3つの制度が活用できると考えます。 〇企業型DCの活用 企業型DC(企業型確定拠出年金)は、退職金あるいは企業年金の一種です。ただ、従来の退職金制度のようにまとまった金額を「将来」支払うのではなく、分割かつ前払いで「今」従業員に支払うのが特徴です。従業員は、前払いで受けた退職金の掛金を、自らの将来における退職金として資産運用します。 資産運用については従業員の自己責任のもと行われるので、企業の責任は毎月の掛金の支払いのみとなります。これにより、企業は従来のような「将来債務」を負わずに退職金を準備することができます。 企業側の掛金は、従業員1人に対し月55,000円まで拠出可能です。この掛金は、勤続年数や役職による、あるいは基本給の何%などと、段階的に設定されることも多いです。なお、企業が負担する掛金は全額損金計上がされますが、法定福利費の算定対象にはなりません。 同時に、企業は従業員が満足な退職金を得られるように、環境を整える責任が課せられます。それが従業員に対する金融教育です。制度導入時はもちろんのこと、定期的かつ継続的に従業員に対して十分な教育を施す必要があります。 また、企業年金ですので、体制整備にも費用がかかります。企業の規模によっても変わりますが、通常導入時と毎月の制度維持に費用が発生します。 〇iDeCo+の活用 企業型DCまではなかなか準備ができないという企業の場合は、中小事業主掛金納付制度というものもあります。これは「iDeCo+」と呼ばれ、従業員数300人以下の厚生年金適用事業所であり、企業年金はない企業が対象です。 企業型DCは、基本的には全社員を対象とした制度(非加入者には代替措置が必要)でしたが、こちらは希望者だけに掛金を拠出する制度です。財形貯蓄によくある企業からの奨励金のようなイメージです。 具体的には、iDeCo(個人型確定拠出年金)に加入している従業員で、希望する者にだけ企業は掛金を拠出します。例えば、従業員が2万円iDeCoに掛金を拠出していれば、そこに企業が毎月1,000円掛金を上乗せして拠出することができるといった流れです。企業が負担する掛金は月1,000円以上22,000円以下です。 企業が拠出する掛金は全額損金計上、法定福利費の算定対象外と、企業型DCと同様の扱いになりますが、掛けられる金額の上限が22,000円と少ない点が特徴です。また、企業型DCの場合、制度導入や制度維持に関し費用負担がありましたが、iDeCo+で企業が負担すべきものは掛金くらいですので、事業規模の小さい企業で代替として検討されることが多いです。なお、従業員への金融教育については任意です。 〇職場つみたてNISAの活用 最後は職場つみたてNISAです。こちらはNISAですから、確定拠出年金のように拠出時・運用時・受取り時の税制優遇はなく、運用期間中に得た利益にのみ税金がかからないという仕組みです。税金面でのメリットは確定拠出年金より劣りますが、いつでも解約が可能と、流動性の面では使いやすくなっています。 そもそもNISAは個人の資産形成の仕組みですが、これを企業が支援することで、職場つみたてNISAとなります。企業が従業員を支援する方法は2つあります。 1つ目は、「場の提供」です。NISAを始めようとすると、通常は個人で金融機関を選び口座開設をする必要がありますが、職場つみたてNISAでは、この工程を企業側が段取りします。予め企業がNISA提供事業者と契約を結び、そこに個人の口座を紐付けていきます。 2つ目は、iDeCo+のように、従業員のNISAに企業が掛金をプラスすることです。従業員からすると、企業からもらえるお金は金額の多寡にかかわらず嬉しいものでしょうし、企業からすると、この掛金は賃上げ促進税制の対象となるので、税の控除が受けられるというメリットがあります。 〇3つの制度の選択 これら3つの制度は、すべて企業が従業員の将来に向けた資産形成を応援するものです。企業の状況や目的によって、選ぶべき制度は異なります。 企業型DCとiDeCo+は併用できないので、どちらか1つを選択することになります。一方、企業型DCと職場つみたてNISA、あるいはiDeCo+と職場つみたてNISAは併用可能です。 制度を導入することによる企業側のメリットはそれぞれですので、企業としてどのようなファイナンシャルウェルビーイングを従業員に提供したいのか、目的に合わせて検討されるとよいでしょう。 なかなか3つの福利厚生制度について、並行して、検討のための十分な情報提供を受けることは難しいと思いますが、ぜひ専門家の力を借りながら自社にとって最も良い内容の制度導入をご検討ください。 (了)
《速報解説》 会計士協会、中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する 表示のチェックリストの改正・策定を公表 ~監査事務所が表示の確認を実施する際に有用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年10月10日付で(ホームページ掲載日は2024年10月11日)、日本公認会計士協会は、次のものを公表した。 これは、監査事務所が表示の確認を実施する際の参考となるチェックリストである。 いずれの研究報告も監査事務所における利用を想定しているが、財務諸表の作成者も利用可能である。また、「本研究報告利用上の留意点」が記載されているので、実際の利用に際しては注意が必要である。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 第1種中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する表示のチェックリストの改正 2024年4月1日以後開始する事業年度に係る中間会計期間から適用となる事項については、チェックリスト上、黄色の網掛けを付している。 「グローバル・ミニマム課税制度に係る法人税等の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第46号)について記載されている。 Ⅲ 第2種中間連結財務諸表等を含む半期報告書に関する表示のチェックリストの公表 次の構成となっている。 (了)
2024年10月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.589を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第136回】 「消費税の性質論(その4)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 4 検討(承前) (6) 消費税の納税義務者 本件判決は、「消費者は、消費税の実質的負担者ではあるが、消費税の納税義務者であるとは到底いえない。」と断じており、納税者の主張を排斥している。 これは、本件判決が論じるとおり、消費税法にも税制改革法にも消費者が消費税の納税義務者とは規定されていないことからすれば当然の結論のように思われるが、果たして、そもそも、「消費税の実質的負担者ではあるが」とする説示の部分は正解しているといえるのであろうか。 本件判決が、転嫁されるかどうかは取引当事者の自由に決し得るところである旨の説示を展開していることについてはこれまで確認してきたとおりである。そうであるのにもかかわらず、消費者を消費税の「実質的負担者」といい切ることができるのであろうか。むしろ、消費税制度における消費税額相当額の転嫁が単に「予定されている」というだけに留まるのと同様、消費者が消費税の「実質的負担者であることが予定されている」という程度にとどまるのではなかろうか。 すなわち、消費税額相当額の「転嫁」が、予定されているとおりに現実になされていることを前提として初めて、消費者が消費税の「実質的負担者」といい得るのであって、かかる消費税額相当額の「転嫁」が予定されているにすぎないのであれば、消費者は消費税の「実質的負担者」として予定されているというにすぎないのではなかろうか。 いずれにしても、本稿において検討したとおり、消費税制度の議論をしているのかあるいは消費税法の議論をしているのかによって、すなわち論脈に注意関心を寄せるべきであることが判然とした。消費税法の議論をするときに、消費税のあるべき姿や想定されている姿を前提とした規範定立を行うとすれば、それは議論のすり替えともいい得ることにもなりかねない。 消費税の性質論としては、そもそも消費税額相当額の取引価格への「転嫁」が予定されており、そのことから消費者が消費税の「最終負担者」となることが論じられることになろうが、消費税法の議論においては、消費税の「転嫁」については事実問題として整理されるべき論点であり、その実際の「転嫁」の有無については保証の限りではないということになろう。 かような意味において、消費税ないし消費税法の性質論の検討については慎重なる態度が要請されているように思われるのである。 前述の名古屋地裁判決は、消費税が取引段階において次々と価格に転嫁され、最終的には消費者に負担を求めるものとされていることなどを理由として、同法上の対価の意義を目的的関係説によって判断しているが、「転嫁」が本件判決が指摘するとおり事実行為であることに思いを致すと、説得力に欠けるものであったというべきではなかろうか。 (7) インボイスについて さて、最後にインボイス制度についても言及しておきたい。 インボイス制度について、本件判決は次のように述べる。 インボイス制度が導入されるに当たって、多くの議論があったところではあるが、果たして今日的には説得力のある説示であるといえるのであろうか。本件判決が指摘するとおり、「事業者が仕入れ取引を行うに当たり、逐一その相手方が免税業者であるか否かを確認しなければならないとすれば、その事務が極めて複雑になる〔下線筆者〕」から帳簿方式(いわゆる日本版インボイス方式)が採用されてきたところであるが、果たして、そこでいうような「その事務が極めて複雑になる」という事態は解消されたのであろうか。 このような観点から議論を展開すると、本件判決が提示された当時と現在とで、「その事務が極めて複雑」であるか否かについて大幅に事実認識を異にするような状況変化があったというべきなのであろうか。例えば、電子インボイス普及の環境が整ったなどという明確な環境変更があるのであれば格別、そのような環境変化というべき状況変更はない中にあって、本件判決の説示を前提とした場合に、令和5年10月のインボイス制度の施行は適確なタイミングであったのであろうか。 あるいは、この点についての本件判決の説示は妥当性を欠くものであったのであろうか。議論のあるところであろう。 結びに代えて 本稿においては、消費税法の本質論を議論する素材として本件判決を取り上げた。消費税法もこの本件判決が示された当時に比していくつかの部分改正はあるものの、消費税法の本質自体に変容があったものと認めるに足る積極的な素材はなさそうである。 そのような中であればなおさら、本件判決の論じている内容について今一度振り返りを行い、消費税ないし消費税法の本質論の不安定性について再確認をすべきなのではなかろうか。 (了)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第31回】 「国税通則法75条(~77条の2・80条)」 -租税不服申立要件- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法75条(国税に関する処分についての不服申立て) 1 はじめに 国税通則法第8章は「不服審査及び訴訟」に関する規定を定めている。同章の規定はいわゆる租税争訟ないし税務争訟に関する規定であり、税法の体系上は、納税義務の成立・承継及び消滅に関する法(租税実体法)に対して目的従属的な関係に立つ租税手続法のうち、成立した納税義務の確定及び履行の過程に関する法(税通第2章~第7章の3及び税徴。租税行政法)と並ぶ納税者の権利救済に関する法(租税争訟法ないし租税救済法)に属する(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【86】参照)。 税法における租税争訟ないし税務争訟の意義について、次の見解(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1093頁。下線筆者)は正鵠を射たものである(なお、税務争訟の目的については、後記2の最後に引用する税制調査会『国税通則法の制定に関する答申の説明(答申別冊)』(昭和36年7月)115頁参照)。 租税争訟の意義をこのように租税法律主義との関係で捉える考え方は「画餅論」と呼ぶことができようが、画餅論こそ租税争訟法の解釈適用論及び立法論の出発点において常に重視し考慮すべき考え方である。手続的保障原則(前掲拙著【27】)は、租税の賦課徴収に関する適正な手続のうち事後手続について、画餅論に基づいて「租税争訟制度の確立」を租税法律主義からその「不可欠の要素」として導き出す基本原則であるといってもよかろう。 今回から、国税通則法の定める租税争訟法・租税救済法について検討していくことにするが、まず今回は、租税不服申立ての提起に関する国税通則法の定めをみておこう。租税不服申立てを提起することができるのは、「国税に関する法律に基づく処分・・・・・・に不服がある者」(税通75条1項柱書)であるから、以下では、これを租税不服申立ての対象と租税不服申立資格に分けて検討することにする。これらは租税訴訟に係る広義の訴えの利益のうち訴えの対象と原告適格という訴訟要件に対応する租税不服申立要件である(広義の訴えの利益については泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)43頁以下参照)。 なお、その他の不服申立要件として、国税通則法は、不服申立ての種類すなわち再調査の請求及び審査請求に応じて不服申立先(税務署長、国税局長、税関長、国税不服審判所長、国税庁長官)を定め(75条)、また、不服申立期間を定めている(77条)。 また、国税通則法80条は「行政不服審査法との関係」について定めているが、同法が「不服審査」について定める規定(第8章第1節)は「ほぼ自己完結的」(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)1057頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)4001頁)であり、一般法である行政不服審査法が適用される余地は少ない。この点において、同法114条が「訴訟」(第8章第2節)について定める「行政事件訴訟法との関係」と大きく異なる。 2 租税不服申立ての対象 租税不服申立ての対象は「国税に関する法律に基づく処分」である。ここで「国税に関する法律」とは、「国税について、課税標準、税率、納付すべき税額の確定、納付、徴収、還付等国と納税者との間の権利義務に関する事項を規定している法律」をいい、「国税通則法、国税徴収法、所得税法、法人税法、地方法人税法、相続税法、地価税法、消費税法、酒税法、国際観光旅客税法、租税特別措置法等」がこれに当たり、「関税法、地方税法、財政法、会計法、国税収納金整理資金に関する法律、税理士法、酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」はこれに含まれない(武田監修・前掲書4030頁。志場ほか共編・前掲書1088頁も同旨)。 また、そこでいう「処分」とは、「行政庁が行政法規の具体的な適用ないし執行として、公権力の行使として国民に対し優越的な立場で行う、権利義務その他法律上の地位の形成若しくは変動又はその存否範囲の具体的確定等の法律上の効果を発生させる行為」(武田監修・前掲書4030頁。志場ほか共編・前掲書1088頁も同旨)をいうものと解されている。これは、国税通則法が不服申立事項につき採用する一般概括主義(武田監修・前掲書4091頁、志場ほか共編・前掲書1100頁)に基づく解釈である。 一般概括主義は手続的保障原則からみて不服申立事項の定め方として肯定的に評価すべきものであり、上記の解釈によれば、除外事項として規定されている処分(税通76条1項)及び不服申立てについてする処分に係る不作為(同条2項)以外の処分に対しては広く不服申立てをすることができることになることも合理的かつ妥当である。 とはいえ、「処分」に関する前記の定義は、「権利義務その他法律上の地位の形成若しくは変動又はその存否範囲の具体的確定等の法律上の効果を発生させる行為」とする点において、内容的には、講学上の行政行為概念を基礎とする実体的行政処分を想定して示されたものと解され、したがって、「国民の権利義務に影響を及ぼさない行為」(武田監修・前掲書4031頁)はこれに当たらないと解されている(同書4031-4035頁、志場ほか共編・前掲書1088-1091頁参照。なお、行政行為と行政処分との関係については宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論〔第8版〕』(有斐閣・2023年)365頁参照)。 もっとも、そのような解釈の下でも、源泉徴収等による国税に係る納税の告知(税通36条1項2号)については、「給与等の受給者の源泉納税義務の存否、範囲に影響を及ぼすものではなく、給与等の支払者が納税の告知を受けながら、その旨を受給者に知らせることなく、納税の告知が行政処分として確定しても、受給者の権利・利益を侵害したことにはならない(最高判昭和45・12・24民集24巻13号2243頁)(受給者は、支払者から、その税額に相当する金額の支払を請求されたときは、自己において源泉納税義務を負わないこと又はその義務の範囲を争って、支払者の請求の全部又は一部を拒むことができる(同上判例)。)。」(同1090頁。武田監修・前掲書4033頁も同旨)と述べられていることからすると、租税不服申立ての対象としての「処分」は、実体的行政処分に限定されず、「本来は非権力行政作用としても把握できるものであるが、争訟法上の見地から、形式的・技術的に行政処分として」(芝池義一『行政法総論講義〔第4版補訂版〕』(有斐閣・2006年)135頁)構成される形式的行政処分もその「処分」に当たると解される(同『行政救済法』(有斐閣・2022年)52-53頁のほか、谷口教授と学ぶ「税法基本判例」【第41回】Ⅲ2も参照)。 租税不服申立ての対象に関する以上の解釈は、手続的保障原則適合的解釈といってよかろう。手続的保障原則適合的解釈は、税制調査会・前掲答申別冊115頁が「税務争訟の考え方」について次のとおり説く「目的論的見地」のうち「人民の権利利益の救済」の「目的」に重きを置く考察を、租税不服申立の対象に関する解釈に反映させるものといってもよかろう。 3 租税不服申立資格 国税通則法は、国税に関する法律に基づく処分に「不服がある者」(75条1項柱書、2項柱書)に不服申立資格を認めている。「不服がある者」の意義については、「当該処分に対し不服申立てをする法律上の利益を有する者、すなわち、当該処分によつて直接自己の権利又は法的利益が侵害されている者」(東京地判昭和53年12月21日訟月25巻4号1192頁)と解されている(なお、不当景品及び不当表示防止法上の不服申立資格について最判昭和53年3月14日民集32巻2号211頁も参照)。 ただ、そこでいう「法律上の利益」とりわけ「法的利益」の意義は、前記の「処分」要件の解釈に対応して「争訟法上の見地から」目的論的に(緩やかに)解釈するのが相当であると考えられる。そのような解釈こそ、租税不服申立資格に関する手続的保障原則適合解釈といえよう。 また、「法律上の利益」には、租税実体法上の利益のみならず租税手続法上の利益も含まれることを忘れてはならない。その代表的な利益としては、青色更正の理由附記による利益が挙げられ、確立した判例では、「一般に、法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨に出たものである」(最判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁)とされているが、平成23年度[11月]税制改正では、そのような理由附記(提示)による利益が「国税に関する法律に基づく処分」のうち不利益処分について一般的に拡大された(税通74条の14第1項、行手14条参照)。 ほかにも、租税手続法上の利益に関して、最判令和6年5月7日判タ1523号66頁の宇賀克也裁判官反対意見が青色申告承認取消処分について事前意見陳述の機会の保障を憲法上の適正手続の保障からの要請として説示したことが注目される。 (了)