Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第31回】 「〔第4表〕非経常的な利益金額の判定」 税理士 柴田 健次 Q A社の類似業種比準価額の計算をする場合において、1株当たりの年利益金額の計算上、「非経常的な利益金額」は除外されていますが、次の❶から❸までの各項目は、「非経常的な利益金額」に該当することになりますか。 なお、A社は7月決算であり、課税時期は令和5年9月1日となります。 A ❶機械装置の売却益及び❷保険差益は、「非経常的な利益金額」に該当しませんが、❸雇用調整助成金は、「非経常的な利益金額」に該当することになります。 ◆ ◆ ◆ ① 「非経常的な利益金額」の取扱い 1株当たりの年利益金額を算定する場合には、法人税の課税所得金額から固定資産売却益、保険差益等の「非経常的な利益金額」を除くこととされています(評価通達183(2))。これは、類似業種比準価額を算出するときの比準要素である利益金額として、臨時偶発的に生じた収益力を排除し、評価会社の営む事業に基づく経常的な収益力を株式の価額に反映させるためのものと解されています。 あくまでも「非経常的な利益金額」を除外しているのみとなりますので、非経常的な損失の額は、反対に加算する必要はありません。例えば、死亡退職金9,000万円の損失と固定資産税売却益7,000万円がある場合には、これらを相殺し損失の額は2,000万円(9,000万円 - 7,000万円)となりますので、「非経常的な利益金額」は0となります。反対に死亡退職金7,000万円の損失と固定資産売却益9,000万円がある場合には、これらを相殺し利益の額は2,000万円(9,000万円 - 7,000万円)となりますので、「非経常的な利益金額」は2,000万円となります。 実務的には、損益計算書に記載されている営業外収益、特別利益、営業外費用及び特別損失に対応する勘定科目内訳明細の確認が必要となり、内容に不明点や確認事項があれば、会社の経理担当者等に確認する必要があります。 ② 「非経常的な利益金額」の判断 「非経常的な利益金額」に該当するかどうかについて争われた事例として、東京地裁令和元年5月14日判決(TAINSコード:Z269-13269)があります。納税者は、クレーン車売却益が「非経常的な利益金額」に該当すると主張したのに対し、東京地裁は、本件会社が行うクレーン事業に係る損益には、クレーン車のオペレーティングリース事業のほか、クレーン車売却による損益も経常的に含まれ、クレーン車の売却が一定の期間において反復継続的に行われていること、建設業法に規定する損益計算書や金融機関に提出する損益計算書においても「特別損益」ではなく「完成工事高」や「クレーン収入」として記載されていることなどを考慮して、実体的にも経常損益に該当すると判断し、クレーン車売却益は「非経常的な利益」に該当しないとして、納税者の主張を退けました。 東京地裁は、「非経常的な利益金額」の判断をどのように行うかについて、下記の通り判示しています。 (下線部は筆者による) したがって、①その利益が評価会社の事業の内容とどのように関係していたのか、②その利益が発生した原因は何か、③その利益は、反復継続的又は臨時偶発的であるのかを確認する必要があります。そしてこれらを総合勘案し、評価会社の経常的収益力を適切に株価に反映させるためにその利益を除外するべきかどうかを判断する必要があります。 ③ 本問の場合の当てはめ ❶ 機械装置の売却益 機械装置の売却益は金属製品製造業を営む上で発生し、特別償却をしたことに伴い発生しているため過去の減価償却との関係性があり、反復継続的に発生していることから、経常的な利益であると考えられ、「非経常的な利益金額」には該当しないと判断できます。 ❷ 保険差益 保険差益は、A社の事業とは直接関係はありませんが、A社の事業で生じた利益を圧縮する目的及び資産運用の目的で保険加入を行い、支払時に一部を損金として計上した結果、利益が発生しており、反復継続的に発生していることから、経常的な利益であると考えられ、「非経常的な利益金額」には該当しないと判断できます。 ❸ 雇用調整助成金 雇用調整助成金は、経済上の理由により、事業活動の縮小を余儀なくされた事業主が、雇用の維持を図るための休業等に要した費用を助成する制度となりますので、雇用を維持する上で、A社の事業と大きく関係があります。また、3年間継続して受け取っていた点を考慮すると反復継続的であると判断でき、経常的な利益であるとの考え方もあるかと思います。 ただし、雇用調整助成金の特例措置(コロナ特例)の経過措置は、令和5年3月31日をもって終了しており、また、新型コロナウイルス感染症の位置づけは、令和5年5月8日から「5類感染症」になりましたので、あくまでも臨時偶発的な利益であり、A社の事業に基づく経常的な収益力ではないと判断することが相当と考えられますので、「非経常的な利益金額」に該当すると判断できます。 ☆実務上のポイント☆ 勘定科目だけで「特別な利益金額」に該当するかどうかは判断できませんので、評価会社の事業の内容、その利益の発生原因、その利益が反復継続的又は臨時偶発的であるか否か等を総合勘案して判断する必要があります。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例126(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆被相続人の居住用財産(空き家)を譲渡した場合の3,000万円の特別控除(措法35③) 相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人が、その取得をした被相続人居住用家屋又はその敷地を、平成28年4月1日から令和9年12月31日までの間に譲渡し、次の要件に当てはまるときは、居住用財産を譲渡したものとみなして、3,000万円の特別控除の適用を受けることができる。なお、要介護認定等を受けて老人ホーム等に入所するなど、特定の事由により相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていなかった場合で、一定の要件を満たすときは、被相続人の居住用家屋に該当するものとして特例の適用を受けることができる。 〈適用要件〉 なお、次のいずれかに該当する場合には「空き家に係る3,000万円の特別控除」の適用は受けられない。 〈適用除外・・要件〉 ◆「被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした個人」の範囲(措通35-9) 「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋及び被相続人居住用家屋の敷地等の取得をした相続人」とは、相続又は遺贈により、被相続人居住用家屋と被相続人居住用家屋の敷地等の両方を取得した相続人に限られるから、相続又は遺贈により被相続人居住用家屋のみ又は被相続人居住用家屋の敷地等のみを取得した相続人は含まれない。 ◆税賠保険の免責事由 免責条項のうち主なものは以下になる。以下の事由によって生じた損害については、保険金支払いの対象にはならない。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第26回】 「上村工業第一事件 -残余利益分割法が適用された事例- (地判平29.11.24、高判令1.7.9、最判令2.3.20)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第2項ほか~ 税理士・特定社会保険労務士 森田 國弘 《論点2:「同種」の問題》 次にK社取引及びP社取引が比較対象となるかの条件として、T社取引及びU社取引と、K社取引及びP社取引が「同種」及び「同様の状況」にあるかが問題となり、争われた。まず、「同種」についての両者の主張は主に次のとおりである。 ① 当事者の主張 Xは、「同種」か否かの判断対象は使用許諾されたノウハウであって、T社及びU社へ提供されたノウハウもK社及びP社へ提供されたノウハウも製品種類が同じであれば、使用許諾の対象である製造ノウハウは「同種」であるといえるし、製品種類が異なっても、ロイヤリティ料率に影響を及ぼす程度の差異が認められなければ「同種」であるといえるのであって、T社ライセンス取引の対象とされているノウハウは、K社及びP社ライセンス取引の対象とされているノウハウと同様に、めっき薬品の製造に係るノウハウであり、種類を同じくする製品を対象とするものであり、その対価に影響を与えるような差異もないから、「同種」の無形資産の取引といえると一審で主張した。 また、Xは二審において、めっき薬品については、その製造ノウハウは複数の原料を一定の比率で投入し攪拌することにあり、また、同一の設備で製造が可能であり、別のめっき薬品の製造に際して大きな追加投資やリスク負担は生じない。したがって、それぞれの取引は「同種」の要件を満たす、と主張した。 Yは、棚卸資産について「同種」と認められるためには、性状、構造、機能等の面で相当程度の類似性が必要であり、無形資産についても同様であり、取引の形態、無形資産の種類、保護の期間と程度、その無形資産によって期待される利益の程度を考慮して判断すべきであると主張した。 まず、無形資産の使用許諾の対象製品の種類別で比較すると、T社取引、U社取引とK社取引、P社取引とでは、そもそも使用許諾の対象となっている薬品の種類に明確な差異が認められるから、使用を許諾した無形資産が「同種」といえないことは明らかであり、使用を許諾した無形資産が「同種」であるとはいえない。 次に、用途別に見ると、T社では、PWB(プリント配線板)関連が圧倒的に多く、汎用がわずかであるのに対し、K社では、汎用がPWB関連を大幅に上回っている。同種のめっき薬品であっても、用途が異なれば、それに伴う製造プロセスや品質管理、必要な技術フォロー体制の場面でも差異が生じ、各契約における価格決定等にも当然違いをもたらすから、この観点からも使用を許諾した無形資産が「同種」であるとはいえない。 また、役務提供の内容について見ても、T社取引においては、無電解金めっき液を使用しためっき工程についての技術助言、ユーザー対応等のために、緊急の要請に応えた臨時の出張も行うなど頻繁に出張がされているのに対して、K社及びP社に対する役務提供はそのような内容ではなく、「同種」であるとはいえないと一審で主張した。 ② 判決 一審判決では、地裁はYの主張をほぼ認め、使用許諾の対象製品の種類に明確な差異が存在すること、用途についても差異が存在していること、役務提供についても頻度及び程度に相当程度の差異が認められるところから「同種」とはいえないと判示した。 二審の高裁では、本件において独立企業間価格の算定及び比較可能性の判断の単位となる取引は、一の単位としてのT社取引及びU社取引であるから、これらの各取引に含まれる個別のめっき薬品の製造ノウハウ等の使用許諾取引との比較可能性を問題にするXの主張は、前提を欠き、採用することができないと全面否定した。 ③ 評釈等 Xは、「同種」か否かの判断対象はノウハウであって生み出される製品ではないと主張するのに対して、Yも裁判所も生み出される製品の種類、用途について大きな差異が存在することを主張した。 すなわち、Xは製造技術そのものは同じ種類の製品であれば何ら変わりはなく、単純に配合比に基づいて原料を投入し、攪拌するだけの技術であり、ノウハウそのものについては同じであると述べた。 これに対してY及び裁判所はノウハウ提供の対象製品の種類、用途の違いを主張して同種ではないと決めつけるが、この判断は本事件の大きなポイントである。 《論点3:「同様の状況」の問題》 続いて、「同様の状況」についてみてみる。 ここでは、製造地域、販売地域、市場等地域の差異、契約形態、条件等の差異、技術指導等、役務提供の差異などが論点となる。 ① 当事者の主張 Xは、本件取引において、市場となる国、地域や、権利の独占性の有無、対象製品の市場におけるシェアなどにおいて、差異はあるがいずれも価格に重大な影響を及ぼすことが客観的に明らかであるといえる証拠は何も存在しないので「同様の状況の下での取引」ではないと判断することはできず、「同様の状況」の要件を満たすと主張した。 これに対してYは、独立価格比準法又はこれと同等の方法における比較対象取引は「同様の状況」の下でされた取引であることを要し、「同様の状況」の下でされた取引といえるかは、取引段階、取引数量、取引時期、引渡条件、取引市場等が考慮されるべき重要な要素となり、以下の点に照らし「同様の状況」の取引とはいえないと主張した。 まず、製造・販売地域が明らかに異なる。一方は台湾、マレーシアであるのに対し、他方は韓国、タイである。 続いて、契約形態・条件が異なる。本件国外関連取引では、独占的権利が付与されているが、K社取引では非独占的契約となっており、その差異を調整することはできない。次いで上記「論点2:「同種」の問題」でも説明したが、役務提供の頻度及び程度が異なる。 そして、市場の状況が異なる。T社ライセンス製品は、台湾のPWB用途のめっき薬品の市場で約80%のシェアを占めているが、K社の韓国におけるPWB関連向けのシェアは約14.6%にすぎず、その違いは価格競争力等に影響する。また、生産実績から見てもT社とK社とでは大きな差があるなど、その差異を調整することはできないと一審で主張した。 ② 判決 地裁は、ほぼYの主張を支持し、次のように判示した。 そもそも、T社取引は、台湾の法人を相手方とする無形資産等の取引であるのに対し、K社取引は韓国の法人を相手方とするものである。 無形資産の使用許諾及び役務提供の対象たる製品の市場となる国・地域が異なれば、景気の状況は当然異なるし、同一製品でも販売価格に差異が生じ得る。製造・販売地域の違いは、当該製品に係る無形資産等の対価の額に影響を及ぼす事情といえる。 T社取引においては、T社に対して対象地域における独占的権利が付与されているがK社取引においてK社に付与されているのは非独占的権利である。このように無形資産の使用許諾が独占的なものであるか否かの違いは、その対価の額に影響を及ぼす事情というべきである。 台湾のPWB用途のめっき薬品の市場において、T社ライセンス製品は約80%のシェアを占めているのに対し、韓国の同市場においては、K社の製品は約14.6%のシェアを有するにすぎない。このような市場におけるシェアの違いは、当該製品の価格競争力や収益力に影響を及ぼし、引いては当該製品に係る無形資産等の対価の額にも影響を及ぼす事情といえる。 このようなことから、T社取引とK社取引及びP社取引は「同様の状況」ということはできないと判示した。二審判決もこれを支持した。 ここにおいて、基本三法と同等の方法を用いることはできないと認められ、基本三法に準ずる方法その他政令で定める方法と同等の方法(租税特別措置法66条の4第2項2号ロ)を用いるべきと判示され、次に「残余利益分割法と同等の方法」の適用の可否について争われた。 ③ 評釈等 比較可能性について、OECDの移転価格ガイドライン(1995年)はパラ1.17において、重要な属性として移転された資産又は役務の特性、(使用した資産や引き受けたリスクを考慮して)当事者が果たす機能、契約条件、当事者の経済環境、及び当事者が遂行している事業戦略などがあげられるとしている。 今村隆氏は、「5つの要素のうちの、資産、役務の特性と契約条件が本質的に異なっているということで、内部コンパラになり得ない、比較可能性がないということで、この判決に賛成です。」(※2)と述べ、対象製品の種類や用途の違い、技術支援のサポート体制の違い、独占、非独占の契約条件の違いを指摘する。 (※2) 今村隆「移転価格税制についての最近の裁判例と諸問題-デジタル課税における同税制の今後の役割」租税研究838号(2019年)、228頁 (3) 「残余利益分割法と同等の方法」が相当であることの可否 Yによれば、本件国外関連取引に基づいて製造販売されたXライセンス製品は、T社の所在する台湾や、T社及びU社の製品を販売しているS社の所在するシンガポールを含むASEAN諸国において、Xの製造技術・ノウハウが提供されることにより、他社よりも優位な競争上の地位を築いたと主張した。これはXが、研究開発、海外支援体制の確立等の企業活動により、〔1〕めっき薬品等の製造及び販売に関する技術情報やノウハウを提供し、〔2〕国外関連者やその顧客に対し技術支援を行うことによってXライセンス製品に対する信用を形成、保持及び発展させたことによるものであり、この〔1〕及び〔2〕はXの無形資産である。 また、T社及びS社についてはXの支援を受けながら、〔3〕顧客に対する営業・技術サポートを行うことでXライセンス製品のイメージを浸透及び普及させて付加価値を創出し、Xライセンス製品を台湾等において製造及び販売してきたのであり、この〔3〕はT社とS社の無形資産である。 これらの無形資産を総合的に活用することによって、本件国外関連取引は事業成果を上げているといえるのであるから、上記〔1〕ないし〔3〕の無形資産は、超過利益の源泉である重要な無形資産である。 したがって、本件国外関連取引の独立企業間価格については、その他の方法である利益分割法(租税特別措置法施行令39条の12第8項)と同等の方法の中でも、X、T社及びS社の有する重要な無形資産が利益獲得に寄与する点に着目し、通常得られる利益をそれぞれに配分した残余の利益をその重要な無形資産の価値に応じて合理的に配分して独立企業間価格を算定する「残余利益分割法(租税特別措置法通達66の4(4)-5)と同等の方法」を適用して算定するのが相当であると主張した。 地裁も高裁もこれを全面的に支持し、「残余利益分割法と同等の方法」を用いるのが合理的であるということができると判示した。 独立企業間価格の算定について、X及びT社、S社それぞれが重要な無形資産を有するとして「残余利益分割法と同等の方法」を用いることができるとした判決について、今村隆氏は、「本判決が指摘するような本件国外関連取引の特徴からして、残余利益分割法と同等の方法により独立企業間価格を算定するのが合理的である」(※3)と判決を支持している。 (※3) 前掲(※1)書134頁 ただ、平成18年の更正処分時点においては、残余利益分割法については、租税特別措置法関係関係通達66の4(4)-5に規定があるだけで、法的には租税特別措置法施行令39条の12第8項に利益分割らしき記述のみで、残余利益分割法が明確に規定されたのは、平成23年政令第199号による改正で、租税特別措置法施行令39条の12第8項1号ハにおいて、利益分割法の下位分類として規定されており、事件当時は基本三法優位の時代であることに留意すべきである。 Xが、「残余利益分割法と同等の方法」より「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」を主張する背景には上記の事情がある。 (4) 「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」の適用は可能ではないか ① 当事者の主張 Xは、仮にT社取引及びU社取引とK社取引及びP社取引が「同種」又は「同様の状況」が認められず、「独立価格比準法と同等の方法」が認められなかったとしても、「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」に該当し、「残余利益分割法」よりも独立企業間価格に近似する価格を算定し得る場合には、「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」となると解して、他の方法との比較において最も近似する価格(理想的な価格)を独立企業間価格とすべきであると主張し、Xが設定しているロイヤリティ料率は業界の一般的な水準をもって設定されているので、「理想的な価格」からの乖離も大きくなく、信頼性に疑問を感じさせる残余利益分割法よりも適切であると主張した。 これに対してYは、Xの主張する独立企業間価格(理想的な価格)がいくらであるか客観的に明らかでなければ、「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」と他の方法とのどちらが独立企業間価格の近似値を算定し得るのかは判断できないはずである。また複数の算定結果から「理想的な価格」の「近似値」を選択するための方法についての説明もないため、結局のところ、「本件独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」が「理想的な価格」の「近似値」を算定できるはずだという結論ありきの失当なものであると主張した。 ② 判決 地裁は、本件T社取引及びU社取引とK社取引及びP社取引とは、相当程度の差異が存在することからすれば、K社取引及びP社取引を比較対象として、独立企業間価格を的確に算定する具体的な方法を見出すことはできないから、本件国外関連取引について「独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」を適用することが合理的ということはできないと、Xの主張を退けた。 高裁は、「本件独立価格比準法に準ずる方法と同等の方法」と「残余利益分割法」のいずれが当該「理想的な価格」と近似する価格を算出する方法であるのか特定できることが前提となるが、およそ現実的とはいえないとし、したがって、Xの主張は独自の見解であるといわざるを得ず、これを採用することはできないとした。 上記のとおり地裁、高裁ともにXの主張を退けた。 ③ 評釈等 基本三法に準ずる方法については、「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」(国税庁)に「基本三法に準ずる方法は、基本三法の考え方から乖離しない限りにおいて、取引内容に適合した合理的な方法を採用する途を残したものと解されている」とあり、合理的な例としては、商品取引所相場など市場価格等の客観的かつ現実的な指標に基づき算定する方法等をあげており、ただ、基本三法に準ずる方法は、基本三法において比較対象取引として求められる比較可能性の要件(租税特別措置法関係通達66の4(2)-3(※4)に規定する諸要素の類似性)まで緩めることを認めるものでなく、当該要件を満たしていない取引については、基本三法に準ずる方法においても比較対象取引として用いることができないことに留意する必要があるとある。 (※4) 租税特別措置法関係通達66の4(2)-3 (比較対象取引の選定に当たって検討すべき諸要素) (1)棚卸資産の種類、役務の内容等(2)取引段階(小売り又は卸売、一次問屋又は二次問屋等の別をいう)(3)取引数量(4)契約条件(5)取引時期(6)売手又は買手の果たす機能(7)売手又は買手の負担するリスク(8)売手又は買手の使用する無形資産(9)売手又は買手の事業戦略(10)売手又は買手の市場参入時期(11)政府の規制(12)市場の状況 金子宏氏は、「基本三法に準ずる方法とは、取引内容に適合し、かつ基本三法の考え方から乖離しない合理的な方法を意味すると解すべき。」(※5)と述べる。 (※5) 金子宏『租税法〈14版〉』弘文堂(2009年)、430頁 これらを総合勘案すると、客観的かつ現実的な指標というものが求められることが分かる。 Xの主張は、Xが設定しているロイヤリティ料率が一般的な水準として設定されているので、理想的な価格として適切であると主張するが、客観的かつ現実的な指標としては認めにくい。そのため地裁、高裁の判決は妥当なところである。 なお、この事件では(争点2)として、本件国外関連取引に係る独立企業間価格の算定として残余利益分割法を採用して算定する上で、分割対象利益の算出(営業利益の算定方法)、基本的利益及び残余利益の算定、及び無形資産の価値の算定について、その方法に問題があるとして争われた。本稿においては省略するが、これについてもYの主張が認められた。 (5) 総括 この事件は、調査開始から最終決着まで22年、また更正処分からでも16年という長い年月を経ている。 また、二国間の相互協議、異議申立て、不服審判所、地裁、高裁、最高裁(不受理)の全てを経過しており、移転価格を学ぶ上で、特に残余利益分割法を研究する上で大変参考になる事件である。 このあと、上村工業第二事件へと続くのであるが、第二事件は地裁のみで控訴しなかったので、ここで全てが完結した。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第30回】 「民事再生により経営権を取得した法人は、ゴルフ場利用税の特別徴収義務者である共同事業者と認めることができないとされた事例」 税理士 菅野 真美 ▷ゴルフ場利用税とは ゴルフ場利用税は、ゴルフ場の利用に対し、利用の日ごとに定額によって、当該ゴルフ場所在の道府県において、その利用者に課する(地法75)地方税の1つである。 ゴルフをプレーした利用者が納税義務者であり、ゴルフ場利用税の標準税率は、1人1日につき800円である(地法76①)。利用者が申告納税するのではなく、特別徴収義務者が利用者からゴルフ場利用税を徴収して納付することになる。特別徴収義務者は、ゴルフ場の経営者その他徴収の便宜を有する者で、その道府県の条例によって指定されたものである(地法83①)。共同事業に係る地方団体の徴収金は、特別徴収義務者である共同事業者が連帯して納入する義務を負う(地法10の2②)ことになるが、共同事業者は、どのような者が該当するのか法律では具体的に定められていない。 今回は、民事再生手続きの過程で、経営権を取得した法人を共同事業者であると認定し、連帯納付義務があるにもかかわらず申告納税を行っていないことから、ゴルフ場利用税の決定処分を行ったことについて、その決定処分の取消しを求める審査請求を行った事案について検討する。 ▷共同事業者に関する当事者の主張 本件は、民事再生手続きによりゴルフ会社(乙社)の経営権を取得した甲社がゴルフ場利用税の共同事業者になるか否かが争点となっている。甲社の主張と鳥取県の主張をそれぞれ整理すると、主に次のようになる。 ▷審査庁鳥取県の判断 裁決では、甲社はゴルフ場の共同事業者であるとする処分庁の主張は採用することができないから、甲社に納税義務があることを認めることはできないとした。その理由は主に以下のとおりである。 * * * このように、ゴルフ場利用税において、共同事業者というのは、経営支配権を誰が持っているのか、支払いを誰が行っているのかではなく、企業の取引で生じた債権・債務が誰に帰属しているかで判断されている。共同事業者とならない場合は、連帯納付義務は発生しない。共同事業者について具体的に法令で定められていないため、このように判断せざるを得ないのだろう。 (了)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第6回】 「借手のリースの会計処理②」 -借手のリース期間- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 前回(第5回)に続き、借手のリースの会計処理について解説する。今回は、借手のリース期間について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 借手のリース期間 1 リース期間 借手は、借手のリース期間について、借手が原資産を使用する権利を有する「解約不能期間」に、次の①及び②の両方の期間を加えて決定する(リース会計基準(案)29項)。 イメージで示すと次のようになる。 借手のみがリースを解約する権利を有している場合、当該権利は借手が利用可能なオプションとして、借手は借手のリース期間を決定するにあたってこれを考慮する(リース会計基準(案)29項)。 貸手のみがリースを解約する権利を有している場合、当該期間は、借手の解約不能期間に含まれる(リース会計基準(案)29項)。 2 「合理的に確実」の用語 前述のように、借手のリース期間に関して、リース会計基準(案)は、「合理的に確実」の用語を用いている。 これは、IFRS第16号の“reasonably certain”の用語であるが、同第16号では「合理的に確実」に関する具体的な閾値の記載はない(リース適用指針(案)BC22項)。 米国会計基準では、「合理的に確実」が高い閾値であることを記載した上で、米国会計基準の文脈として発生する可能性の方が発生しない可能性より高いこと(more likely than not)よりは高いが、ほぼ確実(virtually certain)よりは低いであろうことが記載されているとのことである(リース適用指針(案)BC22項)。 3 「合理的に確実」であるかどうかを判定するにあたっての経済的インセンティブ 借手は、借手が延長オプションを行使すること又は解約オプションを行使しないことが「合理的に確実」であるかどうかを判定するにあたって、経済的インセンティブを生じさせる要因を考慮する(リース適用指針(案)15項)。 これには、例えば、次の要因が含まれる(リース適用指針(案)15項)。 このため、借手のリース期間の決定に際しては、経営者の意図や見込みのみに基づく年数ではなく、借手が行使する経済的インセンティブを有するオプションのみを反映させるとされている(リース適用指針(案)BC23項)。 例えば、借手が原資産を使用する期間が超長期となる可能性があると見込まれる場合であっても、借手のリース期間は必ずしもその超長期の期間となるわけではない(リース適用指針(案)BC23項)。 借手のリース期間は、借手が延長オプションを行使する経済的インセンティブを有し、当該延長オプションを行使することが合理的に確実か否かの判断の結果によることになる(リース適用指針(案)BC23項)。 また、借手が特定の種類の資産を通常使用してきた過去の慣行及び経済的理由が、借手のオプションの行使可能性を評価する上で有用な情報を提供する可能性がある(リース適用指針(案)BC26項)。 ただし、一概に過去の慣行に重きを置いてオプションの行使可能性を判断することを要求するものではなく、将来の見積りに焦点を当てる必要がある。合理的に確実か否かの判断は、諸要因を総合的に勘案して行うことに留意する必要があるとのことである(リース適用指針(案)BC26項)。 前述のとおり、「合理的に確実」の用語の説明はあるものの、それに関する具体的な閾値の記載はないこともあり、リース会計基準(案)等の開発に際して、「合理的に確実」の判断にばらつきが生じる懸念及び過去実績に偏る懸念が示されている(リース適用指針(案)BC21項)。 実務上、借手のリース期間の決定に際しては、具体的な数値基準(例えば、可能性が○%である)を示すことは困難な場合が多いのではないかと思われ、リース適用指針(案)15項の例示などに基づき、具体的な判断の過程を文書化するなどにより対応することが考えられる。 4 リース物件における附属設備の耐用年数と借手のリース期間(不動産リース) 普通借地契約及び普通借家契約に係る借手のリース期間を判断することの困難さについては、実務上の判断に資するため、設例が設けられている(リース適用指針(案)BC27項、[設例8-1]から[設例8-5])。 借手のリース期間を判断する際の思考プロセスが具体的に記載されており、リース会計基準(案)を実務で適用するにあたって、非常に参考になるものと考えられる。 また、リース適用指針(案)では、不動産リースに関する具体的な懸念として、リース物件における①附属設備の耐用年数や②資産計上された資産除去債務に対応する除去費用の償却期間と③借手のリース期間との整合性を考慮する場合、実務上の負荷が生じる可能性があると記載されている(リース適用指針(案)BC21項(2)②)。 実務上、リース会計基準(案)の適用に際しては、これら3つの要素の整合性に注意する必要があると考えられる。 リース適用指針(案)では、リース物件における「附属設備の耐用年数」と「借手のリース期間」の関係について、次のように記載されている(リース適用指針(案)BC27項)。 特に、下記の②の記載は、リース会計基準(案)を実務で適用するにあたって、参考になるものと考えられる。 (了)
開示担当者のための ベーシック注記事項Q&A 【第15回】 「損益計算書に関する注記」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 Question 当社は連結計算書類の作成義務のある会社です。連結注記表及び個別注記表における損益計算書に関する注記について、どのような内容を記載する必要があるか教えてください。 Answer 会社計算規則上、連結注記表においては損益計算書に関する注記は求められていません。一方、個別注記表では、関係会社との営業取引による取引高の総額及び営業取引以外の取引による取引高の総額を記載する必要があります。 ● ● ● 解説 ● ● ● 1 経団連のひな型による解説 経団連が公表している「会社法施行規則及び会社計算規則による株式会社の各種書類のひな型(改訂版)」(2022年11月1日)によれば、連結注記表においては連結損益計算書に関する注記の記載例はなく、個別注記表のみ次のような注記例が記載されています。 【個別注記表】 2 注記事項の解説 (1) 損益計算書に関する注記の全体像 連結計算書類の作成義務のある会社を前提とした場合、連結注記表・個別注記表で記載すべき損益計算書に関する注記事項は次のとおりです(会社計算規則第104条)。 (※1) 会社計算規則第98条第2項第4号において、連結注記表では、損益計算書に関する注記を表示することを要しないと規定されています。 (2) 注記事項の解説 会社計算規則では、連結注記表において損益計算書に関する注記が求められていないことから、連結損益計算書に関する注記は記載されないことが多いです。 しかし、上場会社の場合、追加情報として連結損益計算書に関する注記を記載することもあります。 それでは、実際の注記を見ていきましょう。 [株式会社ドウシシャ 2023年3月期 個別注記表] ※株式会社ドウシシャ「第47回定時株主総会の招集に際しての電子提供措置事項」23頁より抜粋。 [株式会社伊藤園 2023年4月期 連結注記表] ※株式会社伊藤園「第58回定時株主総会の招集に際しての電子提供措置事項」21頁より抜粋。 [古河電気工業株式会社 2023年3月期 連結注記表] ※古河電気工業株式会社「第201回定時株主総会 その他の電子提供措置事項(交付書面省略事項)」7頁より抜粋。 * * * 次回の第16回は、「株主資本等変動計算書に関する注記」をテーマに解説します。 (了)
〈一問一答〉 副業・兼業に関する担当者のギモン 【第4回】 「ルール違反の副業・兼業への対処」 弁護士法人東町法律事務所 弁護士 木下 雅之 ● ● ● 解 説 ● ● ● 1 就業規則におけるルールの整備 労働者の副業・兼業を認める場合、副業・兼業の内容や稼働状況によっては、労務提供上の支障、企業秘密の漏洩、長時間労働の発生等のリスクも認められることから、会社としては、就業規則等の社内規則において、副業・兼業に関する一定のルールを定めておく必要がある。 具体的なルールの内容としては、許可制・届出制の別、申請先・申請期限、申請書の記載内容・添付書類、副業・兼業開始後の継続的な報告・確認フローなどの手続的なルールと、副業・兼業の制限事由(不許可事由)・許可基準(【第2回】、【第3回】参照)、ルールに違反した場合の措置や処分などの実体的なルールのそれぞれについて規定しておくことが考えられる。 労働者が就業規則に定めたルールに違反して副業・兼業に従事していることが判明した場合、会社の主な対応としては、懲戒処分、副業・兼業許可の取消し、注意・指導などの措置が考えられるが、いずれの措置が適切かは、個別具体的な事案ごとに、違反の程度や会社の業務に与えている影響の大きさなどを考慮して判断することとなる。 2 懲戒処分 無許可のまま競合他社において兼業に従事していたような場合など、労働者が就業規則上のルールに違反して副業・兼業を行っていることが判明したときは、会社は、当該労働者に対して、懲戒処分を行うことが考えられる。 会社が労働者を懲戒処分するためには労働契約上の根拠が必要となるところ、就業規則の懲戒処分に関する規定において、懲戒事由として、「就業規則に違反する行為があったとき」などの規定がなされているのであれば、副業・兼業に関する就業規則上の定めに違反したことをもって、懲戒処分の根拠とすることが可能である。 他方、就業規則の規定上、ルールに違反する副業・兼業が懲戒処分の対象となり得ることが明確でない場合には、就業規則上の懲戒事由として、「この規則に違反して副業・兼業に従事していたとき」などの規定を設け、制限事由に該当するような副業・兼業に従事した場合、あるいは、許可申請の手続を経ずに副業・兼業に従事した場合などの懲戒処分の根拠を明確にしておく必要がある。 また、懲戒処分は、処分の内容が社会通念上相当であると認められない場合(行為と処分のバランスが相当でない場合)は、権利の濫用として無効と評価されてしまう(労働契約法第15条)。 この点、労働時間以外の時間をどのように利用するかは本来労働者の自由であることから、会社の企業秘密を漏洩したり、会社の信用を毀損したりするなどして、会社に大きな損害が発生しているような場合を除き、副業・兼業に関する就業規則上のルールに違反したことをもって、懲戒解雇等の重い処分が有効と判断されるケースは必ずしも多くない。 同様に、就業規則上のルールに違反して、事前の許可申請をせずに副業・兼業に従事していたものの、当該副業・兼業が就業規則の定める制限事由(不許可事由)に該当しない内容であった場合には、会社の業務に与える影響も少なく、事前の許可を得なかったという手続違反に留まる場合も多いことから、このようなケースでは、仮に懲戒処分を行う場合であっても、処分の相当性の観点から、軽度の処分に限定する必要がある。 3 許可の取消し 労働者からの許可申請に対し、いったんは副業・兼業を許可したものの、その後、就業規則上のルールとして定められた許可条件を満たさないことが判明した場合や事後的な事情の変更により許可条件を満たさない状況となった場合には、副業・兼業の許可を取り消すことが考えられる。 副業・兼業が原則として労働者の自由であることに鑑みると、いったんなした副業・兼業の許可の取消しについても明確な根拠規定を定めておくことが相当であり、就業規則において、「会社は、許可を行った場合であっても、その後、許可条件を満たしていないことが判明した場合、または、不許可事由に該当する事情が生じた場合には、許可を取り消すことができる」などの規定を定めておくことが考えられる。 4 注意・指導 会社は、労働者との間の労働契約の範囲内で労働義務の内容を具体的に決定・変更する権利として労務指揮権(指揮命令権)を有しており、かかる労務指揮権に基づく業務命令として、業務の遂行上、相当の必要性が認められる場合には、労働者に対し、服務上の措置を命じることができる。 したがって、副業・兼業について、懲戒処分の対象となるような重大な違反がなかったとしても、会社が定めたルールの違反が認められる場合には、労働者に対する業務命令の一環として、違反する副業・兼業への従事をやめ、違反状態を是正するよう注意・指導することが可能である。 会社がかかる注意・指導を行ったにもかかわらず、労働者がこれに従わなかったような場合には、副業・兼業に関するルール違反の程度が重くなることに加え、業務命令違反の懲戒事由にも該当することとなるため、別途、懲戒処分を行うことが可能となる。 (了)
事例で検証する 最新コンプライアンス問題 【第26回】 「出版事業会社の贈賄事件 -『攻めの法務』とコンプライアンス」 弁護士 原 正雄 東京五輪2021が開催された翌年2022年9月、K社のK会長、B顧問(元専務)、社員C氏(元担当室長)の3名が贈賄罪の疑いで逮捕、起訴された。X社に7,000万円を支払ったことが東京五輪のスポンサーに選定してもらうための賄賂であった、とするものである。 K社はガバナンス検証委員会を設置し、2023年1月23日に調査報告書を公表した。同報告書によると、K社では知財法務部のメンバーが「贈賄に当たるのでは」と疑義を抱いていたとのことである。それにもかかわらず本件を止めることができなかった。その原因は何だったのか、本稿では調査報告書に基づいて分析する。 1 贈賄の提案 本件の始まりは、逮捕、起訴から約6年前頃であった。当時、K社は五輪のスポンサーを目指していたところ、2016年10月5日、組織委員会のT理事から以下の提案(本提案)を受けた。 X社は、T理事と深い関係を有する会社であった。X社への支払いは、T理事に権限を行使してもらうことへの対価、すなわち賄賂と解し得るものであった。 2 知財法務部における葛藤 (1) 知財法務部メンバーが抱いた疑義 2016年12月7日、知財法務部のI氏は、本提案を聞いて「贈賄に当たるのでは」と疑義を抱き、G部長に「X社を調査すべき」と提案した。 しかし、K社では当時、実質上のトップであるK会長が本提案を聞いて喜び、社長でさえも止められずにいた(詳細は前回参照)。また、知財法務部を管掌するB専務がオリンピックプロジェクトも管掌しており、オリンピックプロジェクトに否定的な意見を述べるとB専務の不利益となるという事情もあった。 そのためG部長はI氏に対して、メールで以下のとおり、調査に消極的な姿勢を示す回答を行った。 (2) 知財法務部メンバーによる厳しい指摘と妥協の「アイデア」の提示 知財法務部のI氏は、オリンピックプロジェクトを担当するC室長に対して、G部長を介することなく直接に、本提案への懸念を伝えることにした。 2017年1月19日、I氏は、知財法務部のメンバーであるJ氏や社内弁護士とともに、C室長に対して「客観的に見ると限りなく黒に近いグレー」「非常に危険」「相当懸念している」と指摘した。本提案の問題の重要性に応じた厳しい指摘であった。 ただ、I氏らは同時に、仮に本件を進めるならば適正な取引と説明できる形をとる必要があるとしたうえで、X社はスポーツ関係のマネジメント業務や広告代理店業務をしているので、そうした業務を依頼する形を取るのもあり得るかもしれないとも伝えてしまった。 C室長は、これを「X社にお金を渡すためには、新たな別契約を入れて渡すほかないというアイデアを提示された」と受け止めたとのことである。知財法務部のメンバーによる厳しい指摘は、妥協の「アイデア」の提示によって上塗りされてしまった。 (3) リサーチペーパーの作成 2017年2月21日、知財法務部のJ氏は、本件が贈賄罪に該当するとの内容であるリサーチペーパーを作成し、G部長に示した。 しかし、G部長は「実直に法務の立場で真っ向勝負していく場面も必要だけれど、これについてはちょっとやり方を考えなきゃいけないんじゃないかな」と述べただけであった。 (4) 顧問弁護士の見解 2017年2月23日、G部長は、顧問弁護士から「やめた方がよい」「T理事はみなし公務員であり、職務関連性がある内容のお願いをT理事にして利益を供与すれば贈賄になる」との見解を伝えられた。 これを受けて、同年3月1日頃、G部長はC室長に「もっとも慎重に進めるべき」「しばらく時間がほしい、方策を考える」と伝えた。 しかしその後、G部長が「方策」を提案することはなかった。 3 報告の不存在 知財法務部は、本来であれば、コンプライアンス委員会や監査等委員会、社長に対して、贈賄リスクや顧問弁護士の見解を報告すべきであった。K社は、コンプライアンス規程、職務権限規程、リスク管理規程などで報告義務を定めていたからである。 しかし、知財法務部はそうした行動をとらなかった。 4 合同スポンサーを検討していたL社の撤退 2018年5月、L社から「スポンサーへの応募から撤退する」との連絡があった。L社とは、本提案においてK社と共に合同スポンサーとなるとされていた会社である。 L社のスポンサー応募からの撤退は、C室長が確認したところによれば、「本件を担当する役員が社長に、今回のオリンピックのことについては、どうしても気持ちが悪い(中略)と言って、・・・最終的に会社として降りることになった」とのことであった。 K社は、上記についてX社に問い合わせをした。これに対してX社は、X社の顧問弁護士が「法律的には何の問題も無い」と述べていると回答した。合わせて、同弁護士が「コンサルの内容としては『地位向上』『業績拡大』などを目的とするのが良い」「何らかの成果物(書類・レポートなど)が存在すれば、なお良い」と述べていることも伝えた。これは知財法務部からの上記「アイデア」に沿う内容であった。 5 贈賄に向けた動き (1) 契約書ドラフト 2018年8月31日、オリンピックプロジェクトを担当するC室長は、知財法務部のI氏とJ氏に対して、X社とのコンサルティング業務委託契約書のドラフトを作成してほしいと依頼した。知財法務部からの上記「アイデア」に応じたものであった。 知財法務部のメンバーは、X社への支払いにストップをかけることをもはや断念していた。後にI氏とJ氏は「会社としてやると決めている以上、法務としては進めるしか仕方がないと思った」と述べている。 同年9月4日、知財法務部のI氏はC室長に対して「対価は組織委員会契約締結に対して払うものでなく、締結以降のコンサル業務(中略)に対して、ということでもかまいませんでしょうか」とのメールを送信した。上記「アイデア」を具体化するもので、X社との契約書を作成することを前提にしていた。「スポンサーになるためのコンサルティングではなく、スポンサーになった後にオリンピックが始まるまでの間、出版社としてどう動くか、どうやっていくかのコンサルティングをX社にしてもらう、それに対してX社にお金を払うのであれば、スポンサーに関して支払いをしたわけではないという説明がしやすくなる」との考えに基づくものであった。 (2) 顧問弁護士からのメモと契約書ドラフト 2018年9月18日、知財法務部は、顧問弁護士に対して契約書ドラフトの作成を依頼した。合わせて、贈賄罪の成立についてグレーになる場合とアウトとなる場合を整理したQ&Aメモの作成も依頼した。 これに対して顧問弁護士は、依頼のあったQ&Aメモを提出しなかった。代わりに同月24日に「K社/スポンサー契約の件/贈収賄罪18.09.24」と題するメモを提出した。このメモは贈収賄の成立要件などを解説するもので、「業務委託契約について、第三者による業務遂行と報酬との間に対価的な均衡があったとしても、そのことだけで直ちに『賄賂性』を否定することにならない」と記載されていた。コンサルティング業務という形式にしたとしても、X社への支払いの違法性は治癒されない、と指摘するものであった。 しかし、もはや知財法務部においてさえ、こうしたメモが顧みられることはなかった。 同年10月2日、顧問弁護士は、知財法務部に対して、依頼に従って契約書ドラフトをメールで送付した。 6 贈賄の実現 2019年6月17日、K社はX社との間でコンサルティング業務委託契約を締結し、X社に対してコンサルティングフィーの名目で7,000万円を支払った。T理事の本提案のとおりの支払いであった。 後に東京地検特捜部は、上記7,000万円が五輪スポンサー選定に向けた賄賂であったと認定した。7,000万円の支払いに先立つ同年4月10日、K社は組織委員会とスポンサー契約を締結し、東京五輪のスポンサーになっていたからである。知財法務部メンバーが疑義を抱き、顧問弁護士が見解を伝えていたとおりの結果であった。 7 原因-「攻めの法務」 上述のとおり、知財法務部のメンバーは「贈賄に当たるのでは」と疑義を抱いていた。顧問弁護士からも贈賄に当たるとの見解を得ていた。それにもかかわらず、本件を止めることはできなかった。その原因は、知財法務部のG部長がオリンピックプロジェクトを推進する方向に動いてしまったからであると思われる。 K社は出版社であるが、映像やゲームなど幅広い事業を展開する総合エンターテインメント企業である。そのため、オリンピックプロジェクトを担当するC室長は「自分たちはクリエイティブな仕事をしているという驕りの中で社会的な規範から少しくらい逸脱してもよいというような考えを持つ人がK社の中にはいるかもしれない。自分もそうだったかもしれない」と述べている。K社では法令というものが軽視されていた様子がうかがえる。 そうしたこともあってか、K社内で知財法務部は「あまり重きが置かれていない」扱いであった。役員が知財法務部に意見を求めることもほとんどなかったようである。むしろ知財法務部は、他部署からは「相談しても回答を待たされるし、事業を止められる」「ストッパーというイメージである」とさえ言われていた。また、「新しいことをやる際に、前例がないとか言うのではなく何とかするのが知財法務部ではないのかと思っていた」とも言われている。 G部長は、こうした見られ方を変えたいと思っていたようである。そのため、知財法務部が新規事業等にストップをかける事態を嫌っていた。G部長は、従前から部下に対して「知財法務の仕事は、止めることではない。やろうとしていることをどうしたらできるのか考えるのだ」と伝えていた。人事考課でも、リスクを適正に評価できているかどうかより、対応の柔軟性や対応スピード等を重視していた。 G部長は、こうした積極的な姿勢を「攻めの法務」と称していた。知財法務部のメンバーによる「贈賄に当たるのでは」との疑義は、こうした「攻めの法務」の姿勢によって潰されてしまったといえるだろう。 8 結論 以上のとおり、G部長は「攻めの法務」という考えに基づいて本件を進めるべきと判断してしまった。その結果、とってはならないリスクをとってしまった。 K社内での知財法務部の見られ方を変えたい、法務が事業に貢献していることを分かってもらいたいというG部長の考えはよく分かる。また、「攻めの法務」という考え方も、本質的に間違っているわけではない。少しでもリスクがあればストップをかけるなどということは法務の在り方として間違っている。 しかし、他方で、法務は企業がコンプライアンスに反しないための砦である。犯罪になり得る可能性が高ければ、もはやリスクをとることは許されない。いかに「攻めの法務」を標榜していたとしても、そのようなリスクがあればストップをかけなければならない。場合によっては進退に関わることもあるかもしれないが、この結論は変わらない。法務は究極的には「守り」なのである。 本件は法務の職責の重さと重要性、そして立場の難しさを改めて明らかにした事案である。確かに辛い部分ではあるが、そうした難しさこそが法務のやり甲斐ともいえる。私たち法務に関わる者は、コンプライアンスのさらなる実現のため、ときには歯を食いしばりつつも常に誇りをもって職務に取り組んでいきたい。 (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例87】 株式会社セブン&アイ・ホールディングス 「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動に関するお知らせ」 (2023.8.31) 公認会計士/事業創造大学院大学教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる開示は、株式会社セブン&アイ・ホールディングス(以下「セブン&アイ」という)が2023年8月31日に開示した「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動に関するお知らせ」である。 同社の子会社である株式会社そごう・西武(以下「そごう・西武」という)の全株式をFortress Investment Group LLC(以下「フォートレス」という)に対して翌9月1日に売却することを決定したという内容である(厳密にはフォートレスの関連事業体たる特別目的会社である杉合同会社に対して売却)。 大きく報道されたが、同日、そごう・西武の西武池袋本店において、その株式売却見送りを求めて同社労働組合によるストライキが実施され、全館臨時休業となった。セブン&アイも、ホームページ上で「当社子会社である株式会社そごう・西武の西武池袋本店におけるストライキ実施を受けて」を開示している。 2 労働組合が求めたもの そごう・西武の労働組合が求めていたのは、同社従業員の雇用維持である。セブン&アイは2022年初めからそごう・西武株式の売却を検討していたようであり、それに関する報道を受けて、2022年2月1日には「一部報道について」を開示している。当然、そうした情報はそごう・西武の労働組合の知るところとなり、セブン&アイとの間で何らかのやり取りがなされたはずである。 セブン&アイがフォートレスに対してそごう・西武の全株式を売却すると最初に開示したのは、2022年11月11日の「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動のお知らせ」であった。その「本件譲渡の目的」では、売却先としてフォートレスを選んだ理由が次のように記載されている(下線は筆者による)。そごう・西武の労働組合の要求に配慮したのではないだろうか。 3 こじれる交渉 セブン&アイは、2022年11月11日に「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動のお知らせ」を開示した時点では、「そごう・西武の労働組合の要求にも配慮したし、大丈夫だろう」と思っていたのかもしれない。しかし、そうはいかなかった。 株式売却日は2023年2月1日とされていたのだが、2023年1月24日に「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動の実行時期に関するお知らせ」を開示し、「必要な所定の条件の充足に向けて交渉を継続しており、本件譲渡の実行が遅れる可能性」が高まったという理由により2023年3月中に変更した。 そして、さらに2023年3月30日に「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動の実行時期に関するお知らせ」を開示し、「必要な所定の条件の充足に向けて交渉を継続しており、3月中での実行が難しく」なったという理由により「完了次第お知らせいたします」に変更したのである。 確かにこじれそうな交渉である。そもそもそごう・西武の労働組合の交渉相手となるのは、本来同社の経営者のはずであり、セブン&アイではない。そのため、2023年9月1日付日本経済新聞によると、当初、セブン&アイは「我々が労組の相手をするのは筋が違う」と言って、根回しを怠ったとのことである。そして、こじれにこじれてしまった。 4 賃上げ交渉とは異なる性質 そもそもそごう・西武の労働組合が、同社株式売却後の雇用維持について、セブン&アイから納得のいく回答を得るのは難しいはずである。例えば賃上げ交渉ならば、経営者が賃金を上げると回答し、実際に上げれば決着する。しかし、売却後の雇用維持は性質が異なる。セブン&アイがフォートレスにそごう・西武の株式を売却した後、そごう・西武の従業員の雇用をどうするかについての決定権はフォートレス(同社が選んだ経営者)に移るのである。セブン&アイがいくら「売却後の雇用維持は大丈夫」と言っても説得力がないだろう。 ドライな会社ならば、労働組合の抵抗があったとしても、強引に売却を進めてしまうだろう。売却した後の会社はもう自社とは関係なくなるのである。売却後のことに配慮する必要などないだろう。それよりも自社の株主に配慮した方がいい。しかし、セブン&アイは、少なくともその開示を見る限りは、そのように考えなかったようである。 5 抵抗は無駄ではなかった セブン&アイが2023年8月31日に開示した「当社子会社の株式譲渡及びそれに伴う子会社異動に関するお知らせ」の「本件譲渡実施の目的・概要」には、次のような記載がある(下線は筆者による)。 また、2023年8月28日にホームページ上で開示した「そごう・西武労働組合によるスト予告通知を受けて」の「当社による本件譲渡後における雇用維持への協力」には、次のような記載がある(下線は筆者による)。 売却に至るまでの経緯については様々な意見があると思われるが、最終的にセブン&アイが示したこうした姿勢については評価したい。株式の売却額を引き下げたり、売却後も協力を続けたりするといったことは、自社の株主からはマイナスに捉えられる可能性があるにもかかわらず、である。 また、そごう・西武の労働組合も評価したい。ストライキによる売却見送りは実現できなかったとしても、セブン&アイからこうした姿勢を引き出すことができたのである。労働組合が機能し、従業員の声が経営に反映された事例だと思われる。抵抗は決して無駄ではない。 (了)
プラス思考の経済効果 【第19回】 「2023年の花火大会の経済効果」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 2023年は日本中で花火大会が再開されました。新型コロナによる行動制限も訪日外国人の入国制限もなくなり、さらに新型コロナがインフルエンザと同様の5類感染症へ移行したことなどが後押しをして、各地の花火大会が新型コロナ前と同様、またはそれ以上の観客を集めています。 2 日本の花火大会 花火に関する伝統・文化・技術などを支援している公益社団法人日本煙火協会によりますと、日本の年間の花火大会数は500~1,000程度とのことですが、小さい大会などの詳細は十分には把握できていないとのことです。 「日本三大花火大会」と言われているのは、秋田県大仙市大曲地区の「全国花火競技大会(通称「大曲の花火」)」、茨城県土浦市の「土浦全国花火競技大会」、そして新潟県長岡市の「長岡まつり大花火大会」です。また、大阪府の「天神祭奉納花火」、東京都墨田区・台東区の「隅田川花火大会」、福岡県と山口県の「関門海峡花火大会」、東京都と千葉県の「江戸川区花火大会」は、新型コロナなどの影響がなければ毎回約100万人前後の観客を集める人気の花火大会です。 3 隅田川花火大会 (1) 観客数 隅田川の花火大会は、江戸時代に隅田川で花火師の玉屋が花火を打ち上げたことに由来するもので、「江戸川区花火大会」と並んで「東京二大花火大会」の1つです。今年は4年ぶりに、2023年7月29日に開催され約103万5,000人の観客を集めました。 花火大会では多くの観客は日帰りですが、前日から付近の観光を兼ねて遠方からホテル、親類、知人宅に宿泊して花火を鑑賞する観客もいます。過去の多くのデータから、スポーツ、祭り、花火大会などの1日のイベントの場合、観客の日帰り客の割合の平均値は約95%、宿泊客は約5%と仮定します。その結果、隅田川の花火大会の日帰り客は約98万3,250人、宿泊客は約5万1,750人となります。 (2) 観客の消費額 国土交通省観光庁「旅行・観光消費動向調査」の2021年1~12月期の資料、「【参考】 都道府県別集計表」表2-2「都道府県(47区分)別、費目(7区分)別消費単価【観光・レクリエーション目的】」によると、東京都の観光客1人当たりの消費項目別消費単価は、宿泊費4,000円、飲食費4,000円、交通費3,000円、娯楽・サービス費(雑費も含む)4,000円です。その結果、1人当たり平均消費額は、日帰り客1万1,000円、宿泊客1万5,000円となります。そうすると、日帰り客の総消費額は約108億1,575万円、宿泊客の総消費額は約7億7,625万円、総額約115億9,200万円となります。 (3) 経済効果 東京都発表の「2015年東京都産業連関表」を用いると、今年の隅田川花火大会の経済効果は、以下に示すとおり約210億9,744万円となります。 〈隅田川花火大会の経済効果〉 4 天神祭奉納花火 (1) 観客数 天神祭は日本各地の天満宮で催される祭りです。有名な大阪天満宮の天神祭は「京都の祇園祭」、「東京の神田祭」と並ぶ「日本三大祭り」の1つで、奉納花火は毎年7月25日に開催されます。新型コロナによる中断のため、今年は隅田川花火大会と同じように4年ぶりの開催でしたので大いに盛り上がり、約110万9,000人の観客を集めました。隅田川花火大会と同様の割合で宿泊客と日帰り客を分けますと、日帰り客は約105万3,550人、宿泊客は約5万5,450人となります。 (2) 観客の消費額 前述の国土交通省観光庁の資料によると、大阪府の観光客1人当たりの消費項目別消費単価は、宿泊費4,000円、飲食費5,000円、交通費5,000円、娯楽・サービス費(雑費も含む)5,000円です。その結果、1人当たり平均消費額は、日帰り客1万5,000円、宿泊客1万9,000円となります。そうすると、日帰り客の総消費額は約158億325万円、宿泊客の総消費額は約10億5,355万円、総額約168億5,680万円となります。 (3) 経済効果 大阪府発表の「2015年大阪府産業連関表」を用いると、今年の天神祭奉納花火の経済効果は、以下に示すとおり約193億3,475万円となります。 〈天神祭奉納花火の経済効果〉 5 日本全体の花火大会 2で述べたように、公益社団法人日本煙火協会によると、日本の年間の花火大会数は500~1,000程度であると考えられます。本稿では観客数によって、80万人以上の大花火大会、40万人以上80万人未満の大会、10万人以上40万人未満の大会、1万人以上10万人未満の大会の4種類に分けて経済効果を推計します。 100万人の観客を集める花火大会は、天神祭奉納花火、隅田川花火大会など有名な大会があるものの全国では数大会です。公益社団法人日本煙火協会等の資料によると、新型コロナや天候の関係で毎年の観客数には若干の変動があるものの、観客数80万人以上の花火大会は全国では約10大会であると推定します。 40万人以上80万人未満の観客を集める花火大会は、その地域の華であり非常に有名な花火大会が多く、約100大会が開催されると仮定します。 10万人以上40万人未満の観客を集める花火大会は、その地域で人気の花火大会であり非常に数が多く、全国で約300大会が開催されると仮定します。 1万人以上10万人未満の観客を集める花火大会は、その地区の花火大会であり、約300大会が開催されると仮定します。 そして、それぞれの種類の分析については平均の観客数を求め、さらに日帰り観客と宿泊観客の比率は95:5とします。さらに1人当たり消費金額を前述の国土交通省観光庁の資料を用いて前述と同様の分析を行うと、以下の表のように日本全国の花火大会の経済効果は約2兆2,590億円となりました。 〈日本全国の花火大会の経済効果(2023年)〉 6 今後の花火大会の課題 花火大会は日本が誇る夏の風物詩ですが、いろいろな課題が発生してきています。次にそれらの課題を述べてみましょう。 7 まとめ 花火大会は日本の歴史と伝統のある年中行事です。これまで大勢の日本人に親しまれ、喜ばれてきた風物詩です。今年の日本全体の花火大会の経済効果約2兆2,590億円は、2020年に新型コロナでほとんどの花火大会が中止や延期になって失われた経済効果約1兆5,840億円と比べると、非常に大きな経済効果であると言えます。これからは地元の住民の方々の理解を得て、歴史と伝統のある花火大会が大勢の人々に夢と楽しみを与える日本の行事として発展することを願っています。 (了)