香港と日系企業をめぐる最新事情① “Exciting Hong Kong” アースタックス税理士法人 アースタックス・ビジネスコンサルティング(香港)有限公司 税理士 白水 幹範 〈はじめに〉 とある休日。朝食はいつもの納豆にお味噌汁、家族で街へ外出して、まずはユニクロでフリースを購入、お昼はみんなで回転寿司へ、午後は本屋で週刊誌を、その後ジャスコで晩酌用の焼酎いいちこを購入、夜は友達とワタミで軽く一杯、シメには一風堂のとんこつラーメン。 これ、もちろんすべて香港での話です。 香港の街中には、至るところに日本の物が溢れています。日本食材、日本の衣料品店、日本食レストラン、日本の雑誌、日本のアニメ、日本のリテールショップなど、香港において日本の文化は浸透しています。 香港といえば、観光・グルメ・ショッピングなどをすぐに連想しますが、一方で、金融・貿易・物流・サービスといった様々な産業において、世界中の企業からの資本を集める世界一の競争力をもった都市という一面を持っています。 翻って、今後は人口減少社会を迎える日本。 企業活動がますますグローバル化していくことは必然であり、海外進出は大企業だけに限った遠い話ではなく、身近な中小企業にとっても当たり前の時代がそこまで来ています。 ここでは、日系企業にとって大きな可能性を秘めている香港について、ご紹介させていただきます。 〈香港の概要〉 香港の正式名称は、中華人民共和国香港特別行政区(Hong Kong Special Administrative Region of the People’s Republic of China)といい、中国の南東部、広東省に位置しています。 香港島、大嶼山、九龍半島、そして中国本土に面している新界(262余りの島々を含む)からなります。面積は1,104平方キロメートル、人口は713.63万人(2012年中期現在、香港政府統計処)で、どちらも東京都の約半分強といったところです。 世界的に見ても香港は最も人口密度が高い地域で、香港全域では1平方キロメートル当たりの人口密度は6,580人、九龍地区では44,760人にも及びます(2012年6月末現在、香港政府統計処)。 この九龍地区にある旺角(モンコック)という町は、人口密度が一番高い町というギネス世界記録まで持っているそうです。平日でもお祭りのような雰囲気で、まさに眠らない街香港を象徴するかのように、深夜12時を過ぎても賑わっています。 とはいえ、香港の造成されている土地は全面積の25%も満たないくらいで、公園や自然保護区が40%ほどあるため、意外に思われるかもしれませんが、香港には自然を感じる場所も多いのです。 〈中国返還〉 長きにわたり英国統治下にあった香港は、1984年の英中共同宣言に基づき、1997年7月1日をもって中国に返還されました。 中国返還、そして香港特別行政区設立15周年を迎えた今年2012年7月1日には、ビクトリアハーバーでの花火などをはじめとするさまざまな祝賀イベントが開催されました。 返還後は、「香港特別行政区基本法」において定められている「一国二制度」(一つの国・中国で二つの制度が併存して実施されること)の原則に基づき、外交・国防を除き、香港は高度な自治権が認められました。返還後50年間は返還前の社会・経済制度などの維持が保証される、いわゆる一国二制度が適用されるとの約束が英中間で交わされたため、この制度は今でも順調に機能しています。 すなわち、自由な経済体制が引き続き保障され、規制等による政府のマーケットへの介入を極力排除した自由放任経済により、企業にビジネスの自由を保障しているのです。 また、英国統治下において制定された法制度が適用されており、公正なルールが運用されています。 中国や一部のアジア諸国では、法制度に基づく統治(法治主義)ではなく、権力者の裁量による統治(人治主義)が未だ残っており、外国企業がビジネスを行う場合のハードルを高くしていますが、香港においては、ビジネスにおける契約が当然に守られますし、法に基づかない政府の介入などがなく、極めて透明性の高いビジネス環境が整っています。 また、記憶に新しい2012年9月の尖閣諸島問題を原因とした反日デモ。香港のお隣の深センや広州でも、残念なことにデモが一部暴徒化し領事館や日本料理店への投石行為などがあり、改めて中国ビジネスの難しさを実感させられました。 一方、香港でも反日デモは行われましたが、中国本土のように過激な行動はみられず、秩序が保たれていました。同じ中国とはいえ、中国本土と香港とでは、その安全性も全く異なると感じさせられた一幕でした。 〈公用語〉 香港の公用語は、中国語と英語です。街中で最も広く用いられている言葉は中国語の方言の一つである広東語ですが、中国返還以降も英語教育は重視されており、ビジネスは英語で行うことができることも、香港において外国企業の参入を容易にしている要因の一つです。ストリート名・駅名・建物名などにも英国植民地であったことを感じさせる英語名がついていることがほとんどです。 たとえば、香港島のセントラル地区のWellington Streetは、広東語で威靈頓街(ウァイリントンガーイと発音、ガーイはストリートという意味)といいますが、その英語の発音に近い広東語を語呂合わせでつけられたストリートも多々あります。 最近では、中国経済との緊密化に伴い、中国語の標準語である普通語も普及してきており、若い世代では、英語、広東語、普通語の3言語を自由に操る人材も多くなっています。 〈潜在競争力ランキング〉 公益社団法人日本経済研究センター(JCER)では、潜在競争力を調査し、ランキングを作成しています。これは、世界50ヶ国と地域を対象として、今後10年間にどれだけ一人当たりGDP(国内総生産)を増加させるかを要因に、「国際化」「企業」「教育」「金融」「政府」「科学」「インフラストラクチャー(=社会資本)」「IT(情報技術)」の8つの項目をそれぞれに分析し、ランキング化したものです。 そのランキングによると香港は、2006年調査以来6年、連続総合首位を取っています。 ちなみに2011年調査の上位は、1位 香港、2位 シンガポール、3位 米国、そして日本は14位でした(東日本大震災前のデータを採用)。項目別にみると、香港は同年「国際化」と「金融」で1位、「企業」と「インフラ」で2位になっています。 〈香港の競争力の源泉〉 では、香港の競争力の源泉となっているものは、一体何なのでしょうか? ① 自由主義経済 政府の民間の経済活動に対する介入はできるだけ避けて、民間の自由に任せるという基本方針が貫かれています。 ② 低税率と簡素な税制 事業所得税16.5%、給与所得税は最高17%(2012/13課税年度)、配当金・キャピタルゲインは非課税、相続税・贈与税・消費税はなし、などのように低税率で、かつ、税金の種類も少なく非常にシンプルな税法体系となっています。 ③ 外資企業の進出の容易性 内資・外資企業を差別・制限するような規制がほとんどなく、また、企業設立の手続は極めて簡単に短期間で行えます。 ④ 貿易の自由度 関税がなく(タバコなど一部の品目には物品税あり)、通関の手続も迅速で効率的です。 また、外貨規制がなく、海外送金も自由に行うことができます。香港ドルは米ドルにペッグしており、為替相場も安定しています。 ⑤ 中国のゲートウェイ 今や世界第2位のGDPを誇る中国へのゲートウェイとしての機能を有します。 中国との経済緊密化協定(CEPA)の締結により、ますます活発化する中国との経済活動において、香港は中国市場進出を見据えたショーケース・テストマーケティングとしての役割を担っています。 ⑥ 地理的優位性 アジアの主要都市へ4時間以内のフライトでアクセス可能、さらに5時間のフライト圏内に世界の人口の半数が居住しています。また、日本との時差はわずか1時間です。 ⑦ 国際金融センター 全世界の主要な金融機関が集積しており、多くの金融機関のアジアの地域統括本部が置かれ、世界最高水準の金融サービスを享受できます。 ⑧ 人材インフラの充実 弁護士、会計士などの優秀な人材が豊富で、かつ、英語、中国語(広東語、普通語)を自由に操る人材を容易に雇用することができます。 次回は、香港へ進出を果たした日系企業の最新情報についてご紹介します。 (了)
《速報解説》 平成23事務年度における 相続税の調査の状況について 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 11月13日に国税庁から「平成23事務年度における相続税の調査の状況について」が公表された。また、東京国税局、名古屋国税局、大阪国税局からも同様の資料が公表された(他の国税局については、平成24年11月17日執筆時点では公表されていない)。 本稿では、この資料から読み取れる相続税の調査の動向について分析を行う。 本公表資料は、平成23事務年度(平成23年7月から平成24年6月)に実施された相続税の調査の状況をまとめたものであり、平成21年中及び平成22年中に発生した相続が主に対象であるとされている。 この期間における相続税の税制改正点として大きなものは、小規模宅地特例の改正(平成22年4月1日以降に生じた相続から適用)がある。また、相続税の基礎控除の引下げが、改正案として税制改正大綱に記載されたのが平成22年12月である。 平成23事務年度における相続税の調査の状況のポイントをまとめると、以下のとおりである。 実施調査件数 13,787件 申告漏れ等の非違件数 11,159件 非違割合 80.9 % 重加算税賦課件数 1,569件 重加算税賦課割合 14.1 % 申告漏れ課税価格 3,993億円 実地調査1件当たり申告漏れ課税価格 2,896万円 実地調査1件当たり追徴税額 549万円 平成22年分の相続税申告(相続税額があるもの)件数は49,733件であるため、概算としては約3割(*)の相続税申告が実地調査の対象となり、実地調査対象となったものは約8割の可能性で申告漏れが発見されていることになる。平成22事務年度の相続税の調査の状況と大きな傾向は変わっていないが、この公表資料から次の2点を読み取ることができる。 (*) 分子である実地調査件数13,787件は、平成21、22年中に発生した相続が主に対象となっている一方、分母である相続税申告件数(相続税額があるもの)49,733件は、平成22年中に発生した相続が対象となっているため、分母と分子の期間が一致していない。ただし、分母・分子の期間が一致した数値は公表資料からは把握できないため、概算として本件のように計算を行っている。 1 海外資産案件事案に係る調査実績 海外資産案件事案に係る実施調査件数は、平成22事務年度695件、平成23事務年度741件となっている。過去の公表資料を調べると、平成19事務年度407件、平成20事務年度475件、平成21事務年度531件と、この分野の実地調査に課税当局を重視している傾向が読み取れる。 非違1件当たりの申告漏れ課税価格は平成22事務年度5,047万円、平成23事務年度6,478万円となっており、数千万円レベルの高額な海外資産を対象として実地調査が行われていると推測される。 2 無申告案件に係る調査実績 無申告案件に係る調査件数は、平成22事務年度1,050件、平成23事務年度1,409件となっている。過去の公表資料を調べると、平成19事務年度504件、平成20事務年度555件、平成21事務年度626件となっている。 特に平成22事務年度、平成23事務年度は無申告事案に係る実地調査件数が大きく増加しており、将来の税制改正において相続税の基礎控除引下げが行われることが予想されることと併せて考えると、無申告事案に係る実地調査につき、課税当局は重視していくと推測される。 なお、無申告案件に係る、実施調査1件当たりの申告漏れ課税価格は、平成22事務年度10,052万円、平成23事務年度8,609万円となっており、課税価格1億円程度の、相続税申告案件としては相対的に小規模な案件が対象となっていると推測される。 (了) 【参考】拙著『知っておきたい やっておきたい 相続のキホンと対策』清文社(2012年)
《速報解説》 「平成23事務年度 法人税等の調査事績の概要」について 公認会計士・税理士 新名 貴則 国税庁は平成24年11月8日、「平成23事務年度 法人税等の調査事績の概要」をホームページ上で公開した。 これは、国税庁が平成23事務年度(平成23年7月~平成24年6月)に実施した法人税等の税務調査の結果の概要をまとめたものである。またこの中で、税務調査において特に重点を置いた項目とその結果についてまとめてあるので、これを読むことで国税庁の調査方針とその成果が見えてくる。 1 重点調査ポイント 2 実務において注意を要するポイント 無申告法人や無所得申告法人に対する調査件数は前年比で増加しているが、企業業績の低迷のためか追徴税額自体は前年比で減少している。 これに対し、海外取引法人に対する調査における申告漏れ所得の発見金額は大幅に増加している。中でもタックスヘイブン対策税制や移転価格税制に係る調査において発見された申告漏れ所得は、前年比で大幅に増加している。 このため、成果が挙げられる調査項目として、今後も国税庁が重点を置くであろうと推測できることから、実務においてはより慎重な対応が求められるところである。 また、この他にも注目すべき点としては、非居住者等に対する源泉所得税の追徴税額が増加している点が挙げられる。海外業務に携わる社員がいる場合には、その源泉所得税の処理を適切に行う必要がある。 (了) 【参考】国税庁ホームページ 「平成23事務年度 法人税等の調査事績の概要」
3月決算法人の 法人税中間申告のチェックポイント ―税制改正事項を中心として― 税理士 齋藤 忠志 3月決算法人では仮決算による中間申告を行う場合も多いと思われる。特に、税制改正事項のうち、平成24年4月1日以降の開始事業年度から適用される場合には、従前通りの税務処理をするというような誤りがないようにしたいものである。 そこで、本稿では、平成24年4月1日以降の開始事業年度から適用される主な税制改正事項のポイントを記載することにより、実務の参考とするものである。 なお、仮決算による中間申告書の提出は、市場利率よりも有利な利率による還付加算金を得るという利殖行為等を防止するため、以下の場合には行うことができない。 中間申告における法人税額が、前年度の確定法人税額の6/12(前期基準額)を超える場合 前期基準額が10万円以下の場合 しかし、中間申告書を所轄税務署宛に提出する必要がなくても、 ・半期ベースの法人税額の試算や税効果会計等の会計処理をするため ・確定申告にあたっての実務上の問題点を把握するため など、仮決算による中間申告を内部的に行うことも有用である。 〔チェック項目〕 1 法人税の税率を正しく適用しているか? 〈留意事項〉 中小法人とは、普通法人のうち、各事業年度終了時の資本金の額などが1億円以下である法人をいうが、大法人(資本金の額又は出資金の額が5億円以上の法人)の100%子会社や保険業法上の相互会社等は除かれる。 なお、法人税の額に10%の税率を乗じた復興特別法人税については、事業年度単位に課税されることから、中間申告の制度はない。 2 寄附金の損金算入限度額の計算を正しく行っているか? 〈留意事項〉 【改正前の限度額計算式】 (1)特定公益増進法人等に対する寄附金の損金算入限度額 ={(資本金等の額×6/12×0.25%)+(所得金額×5%)}×1/2 (2)一般の寄附金の損金算入限度額 ={(資本金等の額×6/12×0.25%)+(所得金額×2.5%)}×1/2 3 貸倒引当金を経過措置に則って正しく算定しているか? 〈留意事項〉 (1)中小法人の範囲は1に同じ。 (2)中小法人以外の法人で金融業以外の一般の事業法人については、リ-ス資産の譲渡対価に係る債権がなければ、原則として経過措置の適用が有利となる。 4 定率法の償却率を正しく適用しているか? 〈留意事項〉 原則として、平成19年4月1日から平成24年3月31日までの間に取得をされた減価償却資産(旧減価償却資産)は250%定率法により償却を行い、この旧減価償却資産に対して平成24年4月1日以後に行った資本的支出(追加償却資産)については200%定率法により償却を行う。 5 廃止された規定を従前通り申告していないか? 〈留意事項〉 【期限が延長された主な項目】 (1) 交際費等の損金不算入 (2) 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例 (3) 使途秘匿金の支出がある場合の課税の特例 (4) 中小企業者以外の法人の欠損金の繰戻還付の不適用 6 外国税額控除の限度額計算を正しく行っているか? 〈留意事項〉 国外所得金額の算定では、非課税国外所得金額の全額を控除することとなったが、経過措置として、平成24年4月1日から平成26年3月31日までの間に開始する各事業年度においては非課税国外所得金額の6分の5を控除する。 外国税額控除の限度額=法人税額×国外所得金額/全世界所得金額 7 青色欠損金の控除を正しく行っているか? 〈留意事項〉 控除前所得の金額とは、青色申告書を提出した事業年度の欠損金の損金算入の規定などを適用せずに算定した金額とする。 (了)
平成25年から始まる 源泉実務のポイント ~復興特別所得税の計算・手続~ 税理士 柴田 知央 1 復興特別所得税の創設 東日本大震災からの復興を図ることを目的として、復興施策に必要な財源を確保するために、「東日本大震災からの復興のための施策を実施するために必要な財源の確保に関する特別措置法」(以下、「復興財源確保法」)が、平成23年12月2日に公布された。 復興財源確保法では、新たに復興特別所得税及び復興特別法人税が創設され、復興特別所得税に関する規定は、平成25年1月1日より施行される。 これにより、個人の場合、平成25年から平成49年までの各年分の所得税額について、2.1%の税率により復興特別所得税が上乗せされることとなる。 2 復興特別所得税の源泉徴収 所得税の源泉徴収義務者は、源泉所得税を徴収する際、復興特別所得税を併せて源泉徴収し、源泉所得税の納期限までに、国に納税しなければならない。 3 いつから復興特別所得税を源泉徴収するのか 平成25年1月1日から平成49年12月31日までの間に生じる所得についての支払対価が、源泉徴収の対象となる。 例えば、平成24年12月分の給与について、契約又は慣習などにより、支給日が翌月10日と定められている場合には、支給日である平成25年1月10日が給与所得の収入すべき時期となる。 したがって、平成25年1月10日支給の給与については、源泉所得税と復興特別所得税を併せて徴収することとなる。 一方、平成24年12月分の給与について、支給日が平成24年12月25日と定まっている場合において、会社の資金繰りなどの事情により、平成25年1月に支払うときは、その支払った給与は、平成24年分の所得であるため、復興特別所得税を徴収する必要はない。 4 復興特別所得税の源泉徴収の対象となる支払い 復興特別所得税の源泉徴収の対象は、所得税法及び租税特別措置法により、所得税を源泉徴収することとされている支払いである。 具体的には、次に掲げる規定である。 なお、租税条約により、所得税法及び租税特別措置法に規定する税率以下の限度税率が適用される場合には、復興特別所得税は課税されない。 5 源泉徴収税額の計算 復興特別所得税の源泉徴収は、必ず源泉所得税とセットで行うため、復興特別所得税を単独で計算することはない。 したがって、源泉徴収の対象となる対価に対して、源泉所得税率×102.1%で計算した合計税率を乗じた源泉所得税と復興特別所得税を源泉徴収することとなる。 例えば、個人居住者に講演料20万円(源泉所得税率10%)を支払う場合には、源泉徴収税額(源泉所得税+復興特別所得税)は、 200,000円×10.21%(合計税率)=20,420円 となる。 また、源泉所得税率が2段階となる対価を支払う場合、例えば、個人居住者に原稿料180万円を支払う場合には、それぞれの合計税率を用いて、源泉徴収税額を計算する。 ① 1,000,000円×10.21%=102,100円 ② (1,800,000円-1,000,000円)×20.42%=163,360円 ③ 源泉徴収税額(①+②)=265,460円 なお、合計税率を乗じて算出した金額に1円未満の端数が生じたときは、1円未満の端数を切り捨てた金額が源泉徴収税額となる。 6 月額給与と賞与に係る源泉徴収税額の計算 月額給与に係る源泉徴収税額は、「源泉徴収税額表」に当てはめて算出する。 平成25年1月1日以降の支給日から使用する源泉徴収税額表では、復興特別所得税を含んだ税額表に変更されているので、注意が必要である。ちなみに、日額表も同様である。 給与所得の源泉徴収税額表(平成25年分) 月額表(平成24年3月31日財務省告示第115号別表第一)より抜粋 賞与に対する源泉徴収税額を計算する際に用いる算出率も、復興特別所得税を含んだ合計税率となっている。 賞与に対する源泉徴収税額の算出率の表(平成25年分) (平成24年3月31日財務省告示第115号別表第三)より抜粋 7 退職手当等に係る源泉徴収税額の計算 「退職所得の受給に関する申告書」が提出されている場合、次の速算表により、源泉徴収税額を算出する。 退職所得の源泉徴収税額の速算表(平成25年分) 例えば、課税退職所得金額が600万円の場合、源泉徴収税額は、 (6,000,000円×20%-427,500円)×102.1% =788,722.5円 →788,722円(1円未満切捨て) となる。 特別徴収をする住民税は、復興特別所得税を加味する必要はないため、 ・市町村民税:6,000,000円×6%=360,000円 ・道府県民税:6,000,000円×4%=240,000円 となる。 なお、退職所得に係る住民税の10%控除は、平成25年1月1日以後支払われるべき退職手当等から、廃止される。 一方、「退職所得の受給に関する申告書」が提出されていない場合、退職手当等の収入金額に20.42%を乗じた税額が源泉徴収税額となる。 8 源泉徴収した復興特別所得税の納税手続 源泉徴収義務者は、源泉所得税と復興特別所得税を合計した源泉徴収税額を納付書に記載し、納期限までに納めなければならない。 このとき納付書において、それぞれの税目に区分して記載する必要はない。 源泉徴収した復興特別所得税の納期限は、源泉所得税の法定納期限と同じである。 法定納期限は、原則、徴収した日の属する月の翌月10日である。 源泉所得税の納期の特例の適用を受けている場合には、復興特別所得税の納期限も特例の納期限となる。 9 施行直後は要注意 給与や退職手当等に係る源泉徴収税額では、税額表や速算表において、復興特別所得税が含まれているため、用いる表さえ間違えなければ、実務上、問題が起こることは少ないと思われる。 これに対し、給与や退職手当等以外の対価を支払う場合には、問題が生じやすい。 なぜなら、受取側が請求書を発行する際、復興特別所得税を考慮することを失念してしまう可能性があるからである。 源泉徴収義務は支払側にあるため、復興特別所得税の徴収が漏れてしまうと、加算金や延滞税は、支払側の負担となってしまう。 そのため、支払側においても、対価の支払い前に、復興特別所得税が加味されているかチェックすることが肝要である。 (了) 人気連載記事はこちら↓↓
平成24年分 おさえておきたい 年末調整のポイント ② 質問の多い事項を解説 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 年末調整について、毎年様々な質問を受ける。今回はその中でも、質問されることが多い事項に絞って、実務的な観点から解説を行うこととする。 【質問1】 〈解説〉 年末調整の対象となる給与の範囲は、本年中に支払うべきことが確定した給与である(所得税法(以下、所法)190)。具体的には、給与所得の収入金額に計上すべき時期(所得税基本通達(以下、所基通)36-9)に従い、支給日到来基準で判定する。 したがって、平成24年分の年末調整の対象となる給与は、平成24年1月1日から同年12月31日までの間に支給日が到来するものとなる。いつの勤務を支給対象としているかは関係がない。 例えば、月末締め・翌月10日払いの給与の場合、本年12月の勤務を支給対象とする給与は、来年1月10日に支払われる。この給与は本年の勤務を支給の対象としているが、支給日が到来するのは翌年となるため、本年分の年末調整の対象とはならない。 なお、役員に対する賞与のうち、株主総会の決議等により算定の基礎となる利益に関する指標の数値が確定し、支給金額が定められるもの、その他利益を基礎として支給金額が定められるものについては、その決議等があった日(決議等が支給金額の総額を定めるにとどまり、各人ごとの支給額を定めていない場合には、各人ごとの支給額が具体的に定められた日)の属する年分の年末調整の対象となる。 〔月末締め、翌月10日払いの場合〕 また、支給日が到来していても資金繰りの都合で実際の支給が翌年となった給与は、支払いがなくても支給日の属する年分の年末調整の対象となる。 【質問2】 〈解説〉 年の途中で海外転勤した者については、非居住者になった時に年末調整することになっている(所基通190-1)。このとき、出国してから(=非居住者になってから)それまでの国内勤務にかかる給与の支給日が到来することがある。 例えば、給与の支払条件が20日締め・当月25日払いの企業で、3年間海外に勤務する予定の従業員が6月10日に出国したとする。 この従業員の5月21日から6月10日までの国内勤務に対する給与が6月25日に支払われた場合、この給与は年末調整の対象とはならない。 年末調整の対象となる給与は「居住者が支払いを受けるもの」に限られており(所法190)、非居住者に支給される給与は年末調整の対象には含まれないからである。 なお、6月25日に支払われる給与の計算期間が1ヶ月以下であれば、その全額が国内勤務に対応する給与である場合を除き、総額が国内源泉所得でないものとして扱ってもよいこととされている(源泉徴収不要)(所基通212-3)。一方、その全額が国内勤務にかかるものである場合には、20%の率で所得税の源泉徴収が行われる。 〔出国後に国内勤務分の給与が支払われたケース〕 【質問3】 〈解説〉 前職のある中途採用者を採用したときには、前職の給与や社会保険料、源泉徴収税額を含めたところで年末調整を行うことになっている(所法190一)。 年末調整は、各個人について1年分の正しい所得税額を計算し、それまでに源泉徴収した所得税額との差額を精算するための手続である。よって、その年の一部の給与収入や負担した一部の社会保険料、徴収された一部の所得税額を対象に年末調整計算をすることは理論的ではない。 したがって、前職にかかる源泉徴収票が提出されない場合には、本年最後の給与からも前月と同様の方法で源泉徴収を行い、所得税額の精算は各個人が確定申告により行うことになる。 なお、前職の源泉徴収票が入手できないときに、前職の給与明細の提示を受けることがある。給与明細からでは支払われた給与の網羅性が確保できないため、前職の給与等の情報がすべて集計されている源泉徴収票の提出を求めることが必要と考えられる。 【質問4】 〈解説〉 給与をどの年分の年末調整の対象とするかは、【質問1】で解説したとおり、その給与の支給日がどの年に属するかによって判定する。 通常、残業代についても給与規程等で対象期間と支給日が定められているので、それに従い本来支給されるべきであった日の属する年分の年末調整の対象に含められる。 この場合、過年度の年末調整はすでに終わっているので、さかのぼって支払った残業代を含めたところで過年度の年末調整をやり直し、不足税額分を源泉徴収する方法で対応することが認められている(所基通183~193共-8)。 なお、年末調整のやり直しにより、過年度の住民税額も変更(増額)となるため、関係市町村へ給与支払報告書を再提出することも必要となる。 【質問5】 〈解説〉 生命保険契約においては、通常、契約者が保険料を負担する。しかし、契約者に所得がない等の理由により、契約者以外の者が保険料を負担することがある。 生命保険料控除は、居住者が一定の生命保険契約にかかる保険料を支払った場合に適用できる所得控除で、保険金の受取人の範囲についての定めはあるが、契約者が保険料を負担しなければならないとは規定されていない(所法76)。 したがって、契約者ではない者がその保険契約にかかる保険料を負担したことが明らかにされれば、その保険料は負担した者の生命保険料控除の対象となる。 なお、詳細は省略するが、保険料を負担する者と保険金を受け取る者との関係によっては、受け取る保険金について一定の課税関係が生じる(贈与税や一時所得としての課税)場合もあることに注意が必要である。 (連載了)
〔平成9年4月改正の事例を踏まえた〕 消費税率の引上げに伴う 実務上の注意点 【第2回】 税率変更の問題点(1) 「商品等の価格変更に伴う表示方法」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 1 価格変更の対象物 税率変更があった場合には、物品販売業であれば商品、サービス業であればそのサービスについて、価格の表示を変更しなければならない。 この変更については、商品だけでなく、商品カタログの価格表示やホームページに商品が記載されていればその価格表示なども変更しなければならず、具体的には以下のようなものがある。 税率変更に伴う表示変更の対象物が多岐にわたることから、この変更を実施するためには相当な時間を要する可能性もあり、さらにその変更をするために多額のコストが発生することから設備投資資金の手当てについても検討しなければならず、早急な対応が必要となる。 2 価格の表示方法 平成9年4月の税率変更の際は総額表示義務規定の創設前であったことから、商品等につき税抜表示を採用している事業者は本体価格のみを記載していたため、さほど大きな影響はなかった。 しかしながら、今回の税率変更では総額表示義務規定の適用後となることから、すべての商品等について表示価格の変更をしなければならず、事業者の負担は大きくなる。さらに、“1年6ヶ月”という短い期間で2回の税率変更となることから、回転率の悪い商品等では8%と10%の価格表示をどのように行うのかといった問題も生ずることとなる。 現在の総額表示の方法については、国税庁が平成16年2月19日に発表している『事業者が消費者に対して価格を表示する場合の取扱い及び課税標準額に対する消費税額の計算に関する経過措置の取扱いについて(法令解釈通達)』において以下のようなパターンを認めている。 したがって、いずれのパターンについても表示の変更は発生し、さらに8%と10%の両方に対応できるようにするためには表記箇所の部分が煩雑となり、消費者側が対応できなくなる可能性もあることから注意しなければならない。 この表示方法の変更については、平成24年5月31日に政府から発表された『転嫁対策・価格表示に関する対応の方向性についての検討状況(中間整理)』において、総額表示義務の弾力的運用について以下のように記載している。 続いて平成24年10月26日に発表された『消費税の円滑かつ適正な転嫁・価格表示に関する対策の基本的な方針(中間整理の具体化)』においても「各業界の所管省庁を通じ、各業界からの総額表示の弾力的運用に関する要望を把握し、その要望に応じ必要な弾力的運用のあり方について検討を行い、事業者の準備に係る期間も考慮し、適切な段階で事例集等を公表する。」としている。 また、上記の基本方針において、価格表示に関して業界団体が業界内の統一基準を策定し、その構成員たる事業者に対してその遵守を求めることは、独占禁止法に違反しないことをガイドラインにて明確化することも記載されている。 上記のように、価格の表示方法については、現時点においても未確定の要素が多く、この対策の実行時期をいつにするかといった点は、政府や各同業者団体の動向を見て行う必要があるので注意しなければならない。 3 価格の設定 この税率改正により表示価格を変更する場合、1円未満の端数をどのように取り扱うのかといった問題が生ずる。 前述した国税庁の取扱いによれば、「総額表示の義務付けに伴い税込価格の設定を行う場合において、 1円未満の端数が生じるときは、当該端数を四捨五入、切捨て又は切上げのいずれの方法により処理しても差し支えなく、また、当該端数処理を行わず、円未満の端数を表示する場合であっても、税込価格が表示されていれば、総額表示の義務付けに反するものではないことに留意する。」とあることから、例えば、本体価格198円の商品であれば、税込価格は以下のようになる。 なお、これらの価格は1円未満の端数処理を計算した場合の金額であり、10円未満の端数を切り上げて処理をしてしまうと「便乗値上げ」となる可能性があるため、注意しなければならない。 したがって、事業の性質により10円単位や100円単位で販売する場合には、この価格の設定については十分な検討が必要となる。 具体的な事業としては、自動販売機における商品の販売、電車やタクシーなどの旅客運賃、タバコの販売、コインパーキング業、ファストフードや食券販売などの飲食店業などがあり、その事業は意外に少なくない。 旅客運賃やたばこについては、価格の設定が他の法律により定められることから事業者側の検討事項ではないが、他の事業については、10円単位や100円単位の切上げができず、切り下げることとした場合には収益の減少となり、深刻な問題である。 なお、「便乗値上げ」に関しては、上述した基本方針において、「公正取引委員会は、競争制限的行為による便乗値上げを防止するため、独占禁止法を厳正に運用する。」としている。また、公正取引委員会が平成8年12月25日に発表した『消費税率の引上げ及び地方消費税の導入に伴う転嫁・表示に関する独占禁止法及び関係法令の考え方』においては、「事業者が共同して又は事業者団体が、各構成事業者の販売している価格に消費税率の引上げ分を上乗せする旨を決定すること」を禁止しており、さらに消費税率の引上げに伴う数量調整の決定について「事業者が共同して又は事業者団体が、商品又は役務の内容(容量、数量等)を消費税率の引上げ分変更させて、各構成事業者の価格を据え置く旨を決定すること」を禁止している。 これらの規定は、事業者が共同して行う場合に禁止しているものではあるが、便乗値上げについて厳しい対応が示されていることから、10円単位や100円単位の切上げについて慎重に対応しなければならない。 この消費税の転嫁に関する問題については、次回以降の「税込処理における消費税の転嫁に関する問題」において、さらに詳しく解説していく。 (了) 【参考】首相官邸ホームページ 「消費税の円滑かつ適正な転嫁等に関する対策推進本部」
租税争訟レポート【第2回】 架空役員給与認定による 青色申告承認取消及び 更正処分等に対する不服申立事件 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【事案の概要】 原処分庁の調査担当職員は、生コンクリートの製造販売業を営む同族会社である請求人に対する税務調査の結果、請求人の代表取締役であるMが、代表取締役J(Mの実弟)、取締役N(Mの実子)、監査役P(Mの妻)に支給されるべき役員給与をすべて受領し、他の役員に対して実際には支給されていないことから、架空給与であると認定し、これを帳簿に記載したことが法人税法127条1項3号に規定する青色申告承認取消事由に該当することから、青色申告承認取消処分を行い、架空役員給与の損金算入を事実の隠ぺい又は仮装として、重加算税の賦課決定処分を行ったものである。 これに対し、請求人(納税者)は、原処分庁へ異議申立てを行ったが棄却されたため、役員給与は架空のものではないこと、青色申告承認取消処分等の通知書に記載された理由附記に不備があることなどを理由に、国税不服審判所に審査請求を行ったものである。 【図】請求人の役員給与支給形態 【不服審判所の判断】 M、J、N及びPは、請求人の役員として就任し、勤務実態もあるうえ、役員給与の金額は取締役会で定められて毎月10日払いとされていることから、支払債務は毎月10日の時点で確定していた。 原処分庁は、当該役員給与がMからJ、N及びPに渡らなかったことから架空給与であったと主張するが、請求人としては、毎月10日に確定した支払債務の支給事務を行っており、Mに役員給与をまとめて支給することで、債務は履行されていた。一部の役員がMから役員給与を受け取っていないとしても、それは請求人が支払債務を履行しなかったのではなく、役員給与を受領したうえで、その金員の貸付け又は贈与を行ったとみるべきである。 したがって、架空役員給与を理由とする青色申告承認取消処分は、理由がないから取り消されるべきであり、青色申告承認が取り消されたため理由が附記されなかった更正処分は法人税法130条2項に違反するため取り消されるべきであり、かつ、隠ぺい又は仮装があるともいえないことから、重加算税等の賦課決定処分についても全部が取り消されるべきである。 【解説】 法人が、定期同額給与(法人税法34条1項1号)の要件を満たして支給すべき役員給与を、代表取締役が、役員である弟、子及び妻の分までまとめて一括して現金で受け取ったうえで、適宜、他の役員に支給し、あるいは他の役員のための支払いに充て、また一部は法人の営業費用にも充当していたという事実のもと、原処分庁は、他の役員の「役員給与を受け取っていない」という申述に依拠して、彼らに対する役員給与を架空給与として損金算入を否認するとともに、取引の仮装を理由として青色申告承認を取り消し、取消後の更正処分には理由を付記せず、しかも重加算税を賦課決定するという厳しい処分をした。 これに対し、国税不服審判所は、請求人(法人)は、各役員には勤務実態があり、その報酬についても株主総会又は取締役会の承認を得ていること、役員給与の支払債務を履行していることなどを理由に、役員給与は架空のものではないと判断した。また、一部の役員が代表取締役から受領しなかった部分については、金銭の寄付又は贈与として取り扱うべきであると判断して、請求人の主張を全面的に認め、課税庁の処分をすべて取り消した。 本件は、原処分庁が、調査段階における一部の役員らの申述に依拠して課税処分を行ったところ、不服審判所の調査で、役員らの答述内容が変わったものであるが、不服審判所が原処分庁の主張をほとんど認めなかったことを考慮すれば、原処分庁担当職員の調査が不十分であった可能性もある。 (了)
不正会計発見の 「端緒となる兆候」を見逃すな 公認会計士・公認不正検査士 宇澤 亜弓 あれほど騒がれていたオリンパス事件もほとぼりが冷め、世間の関心がすでに不正会計から薄れてしまった感がある。これが、不正会計が後を絶たない理由の一つであろう。不正会計は、ヒトが行うものであり、内部統制の固有の限界に起因して発生するものであることから、企業には、不正会計が発生するリスクは常に存在する。社会全体として、過去の過ちを繰り返さないためにも、常に不正会計の未然防止及び早期発見に取り組まなければならない。そして、市場関係者がその努力をし続けなければ、不正会計は再び起こるのである。オリンパス事件さえも過去の事件となってしまった今、不正会計を意識している人がどの程度いるのであろうか。 不正会計は、事件が発覚する度になぜそれが防げなかったのか、なぜ「端緒となる兆候」があったにもかかわらず発見できなかったのかと批判の声があがる。確かに、事後的にみると不正会計の兆候はある。ゆえに、不正会計は完全犯罪ではないのである。その痕跡は必ず残り、それが端緒となる。そして、結果として事件として発覚したということは、当事者はその兆候を早期に把握することができなかった、あるいは発見したとしても結果として適切な対応ができなったことを意味する。もちろん、現実の問題は単純な話ではなく、様々な状況において様々な判断がなされていたと考えられる。当然に有事の発想で取り組んでいた関係者も少なからずいたのであろう。 しかしながら、実際に事件は起きてしまったのである。 この事件に係る当事者の民事・刑事の責任は、司法にその判断に委ねるとして、我々がすべきことは、この不幸な事件を教訓にして今後に活かすことである。端緒となる可能性があった事実には何があったのか。当該事実を把握した場合には何を考えるべきであったのか。そして、どのような対応を、どのような判断をすべきであったのか。 ここでは、オリンパス事件を例に考えたい。なお、これは、当該事件の関係者の判断の是非について問うものではない。それぞれの判断の是非については、事実に基づき個別具体的に判断しなければ正しい結論は得られない。 ここで考えたいのは、不正会計の端緒と思われる一つ事実と、それを把握した場合の当該事実の「見方」についてである。 以下は、オリンパスの平成20年3月期の有価証券報告書の連結キャッシュ・フロー計算書関係の注記に記載されていたGyrus Group PLC他29社(以下、「Gyrus他29社」という)の株式取得の状況である。 この注記をみると、Gyrus他29社の総資産額は、売上債権7,611百万円等の合計約127,205百万円であり、負債総額は、仕入債務1,635百万円等の合計約75,920百万円であり、総資産額と負債総額の差額51,285百万円がGyrus他29社の実質価額であったところ、Gyrus他29社株式の取得価額は259,735百万円であったことから、その差額208,450百万円が「のれん」として計上されることとなった。 この注記から分かることは、実質価額が約500億円の会社を約2,600億円弱で取得した結果、約2,100億円近い「のれん」が計上されることとなったのである。これが相当に高い買い物であることには、容易に想像がつくであろう。 問題は、ここからである。 このGyrus他29社の買収という事実に直面した時にどのように感じるかということが大事となる。 この多額の「のれん」の計上に関して、株式の評価は一物百価だから、そんなこともあるだろうなと何も考えずにやり過ごしてしまうか。 この「のれん」の発生原因は何だろうと思うか。 この違いである。 何ら問題意識も持たず、ゆえに懐疑心を抱かない者には、この多額の「のれん」の計上は、不正会計の端緒になり得ないのである。淡々と流れていく日々の業務の一つにしか過ぎなくなる。 これに対して、このGyrus他29社の多額の「のれん」の計上について、なぜ、こんなに多額ののれんが計上されるのだろうかと違和感を覚えることが、健全な懐疑心なのである。しかし、なぜと思うだけでそのままにしてしまっては、違和感を覚えないのと同じである。さらに、こののれんの計上理由を具体的に把握していくことが事実解明へとつながるのである。Gyrus他29社の株式評価方法を把握し、当該株式の評価方法の妥当性を検討する。DCF法であれば、その前提となる事業計画の妥当性まで検討するのである。 結果から言えば、今回のGyrus他29社の株式評価は、仮装取引の原資の捻出等のため、異常に高くなっていたと思われる。したがって、当該評価に係る合理的な理由にはなかなかたどり着かないであろう。ゆえに、当初に感じた違和感が解消されるまで、すなわち、「結論としての納得感」を得られるまで検討することになる。 この過程で考えるべきは、なぜ、これほどまでに「のれん」の計上額が高くなったかということである。そして、その原因の一つとして、当該「のれん」の発生原因が、不正会計のための仮装取引の原資であった可能性や役員等の特別背任的な支出であった可能性を想定することである。これによって、平時の発想を有事に切り替え、会計不正の存在の可能性を前提に調べていくのである。 この違和感が解消されるまで、結論としての納得感が得られるまで調べていく過程で、関係者からの真実の告白を得ることになるのである。もちろん、それは簡単なことではない。しかし、関係者は、痛い腹を探られることにより苦しい状況におかれていることは間違いないのである。妥協を許さず、自らの違和感を信じて調べていくことにより、真実に辿りつくのである。すなわち、不正会計の発見に至るのである。 当然のことながら、この過程で関係者から真実の告白が得られない場合もある。その場合には、違和感が残ったままとなるが、当該端緒に気がついた立場によって、それぞれの対応が考えられる。取締役、社外取締役、監査役、内部関係者、監査人等のそれぞれの立場によってできることがあると考えられる。この点についてはここでは省略せざるを得ないが、不正会計は完全犯罪ではなく、不正会計の影響が大きければ大きいほど、その端緒は必ず関係者の目に触れるのである。その時にどのように考えていくのか。これが不正会計を発見できるか否かの分水嶺となるのである。 不正会計の早期発見は、問題意識を有する人のみが行えるものである。問題意識は、健全な懐疑心となり、不正会計の端緒が目の前に現れた時に違和感を覚える。 なぜ、このようになるのだろうか。 なぜ、このような取引が行われるのだろうかと。 なぜ、という疑問が生じた時に、その疑問を曖昧なままにせず、その合理的な根拠を確かめる。この繰り返しが、不正会計の早期発見につながるのである。もちろん、「言うは易し、行うは難し」である。しかし、「言う」余地があるのであれば、変えられた可能性もあるのである。 オリンパス事件では、マイケル・ウッドフォード氏がオリンパスを変えた。では、彼の立場に立てば、誰でもオリンパスを変えられたであろうか。 答えは「否」であろう。 しかし、我々は、一人一人が変えられる者にならなければならないのである。証券市場における不正会計は、自社のみならず、市場に与える影響は大きい。ゆえに市場関係者の継続的な努力によって、不正会計の未然防止・早期発見がなされなければならない。 最後に。この注記の金額の記載がでこぼこになっているのにお気づきであろうか。穿った見方をすれば、のれんの金額208,450百万円が目立たないように記載しているかのようにも見える。当事者たちは、有価証券報告書の利用者の目をそこまで気を使っていたのかもしれないのである。 (了) 【参考】 拙著 『不正会計─早期発見の視点と実務対応』清文社(2012年)
改正「退職給付会計」の要点と 実務上のポイント 【第3回】 「適用時の実務・検討ポイント」 有限責任監査法人トーマツ 堀田 晃裕 2012年5月17日に企業会計基準委員会より、企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」が公表された。改正後基準(前述の会計基準及び適用指針を総称してこう呼ぶことにする)の改正前基準からの主な変更点は5点あり、以下のとおりである。 今回は第1回で取り上げた上記(1)の「会計処理」、第2回で取り上げた上記(3)の「年金数理計算」に関し、それぞれの改正適用時の実務について述べる。 なお、本記事は執筆者の私見であり、有限責任監査法人トーマツの公式見解ではないことをあらかじめお断りしておく。 「会計処理」(未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法)の改正適用時の実務 会計処理に関する部分の改正は、「平成25年4月1日以降開始する事業年度の年度末」に係る財務諸表から適用することとされている。したがって3月決算の企業は「平成26年3月31日」の貸借対照表で初めてこれを反映させることになる。 適用方法については、「過去の期間の財務諸表に対しては遡及処理しない」こととされ、「適用に伴って生じる会計方針の変更の影響額については、純資産の部における退職給付に係る調整累計額(その他の包括利益累計額)に加減する」となっている。3月決算の企業では、平成26年3月31日現在の未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用(会計基準変更時差異の未処理額の残高がある場合はその金額も含める)を、税効果を調整の上で、純資産の部における「退職給付に係る調整累計額」に計上することとなる。この際、損益計算書及び包括利益計算書を経由せず、貸借対照表の純資産の部に直接計上することとなる。 なお、個別財務諸表においては本改正は適用されず、連結財務諸表にのみ適用されることに留意する必要がある。 「年金数理計算」(退職給付債務及び勤務費用の計算方法)の改正適用時の実務 年金数理計算に関する部分の改正は、「平成26年4月1日以降開始する事業年度の期首」から適用することとされている。したがって、3月決算の企業は「平成26年4月1日」の貸借対照表に退職給付債務の計算方法の改正に伴う影響額を反映させることになる。 適用方法については、「過去の期間の財務諸表に対しては遡及処理しない」こととされ、「適用に伴って生じる会計方針の変更の影響額については、期首の利益剰余金に加減する」となっている。3月決算の企業では、改正前基準に基づく平成26年3月31日時点の退職給付債務と、改正後基準に基づく平成26年4月1日時点の退職給付債務の差額を、利益剰余金に加減することとなる。この際、損益計算書及び包括利益計算書を経由せず、貸借対照表の純資産の部を調整することとなる。 「年金数理計算」に関する検討ポイント 前述のとおり、「会計処理」の改正適用については、未認識項目を税効果を調整の上で純資産の部に計上するだけなので、その影響額を把握することは難しくない。その一方、「年金数理計算」の改正適用については、企業が(年金数理人の助言を受けて)検討すべきポイントがいくつかあり、かつ影響額を把握するためには年金数理人の助けを借りる必要がある。 「年金数理計算」に関して企業が検討すべきポイントのうち、特に重要なのは以下の2点である。 「期間帰属方法」に関する検討 第2回でも述べたが、改正後基準では、退職給付見込額の期間帰属方法として、期間定額基準、給付算定式基準のいずれかの方法を選択適用する必要がある。給付算定式基準とは「退職給付制度の給付算定式に従って各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積もった額を、退職給付見込額の各期の発生額とする方法」であり、国際的な会計基準と同様な方法であるとされている。 今回の改正が国際的な会計基準とのコンバージェンスを意図していることや、期間定額基準、給付算定式基準のいずれかを採用した後は原則として継続して適用しなければならないことを踏まえれば、改正前基準と同じ期間定額基準を使い続ける理由はあまり見当たらず、多くの企業は給付算定式基準を選択するものと思われる。 ただし、給付算定式基準といっても、制度内容によってはその適用方法が必ずしも明らかではない場合もあるし、「勤務期間の後期における給付算定式に従った給付が、初期よりも著しく高い水準となるときには、当該期間の給付が均等に生じるとみなして補正した給付算定式に従わなければならない」といういわゆる“均等補正”を行うべきかどうかについても検討しなくてはならない。そういった観点で、やはり年金数理人の助言が必要になる。 「割引率」に関する検討 割引率に関しては、改正後基準では退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した「単一の加重平均割引率」を使用する方法や、退職給付の支払見込期間ごとに設定された「複数の割引率」を使用する方法が含まれるとされている。 「複数の割引率」を使用する方法では、支払見込期間ごとの金額を、それぞれ対応する期間のスポットレート(割引債の利回り)で割り引くこととなる。期間の異なるスポットレートの集合を「イールドカーブ」と呼ぶ。このようなイールドカーブは市場データのユニバースから金利期間構造モデルを用いて推定されるため、専門家である年金数理人(計算受託機関)から提供されるものを使用するべきである。 「単一の加重平均割引率」を使用する方法では、「退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した」期間を求め、その期間に対応するイールドカーブ上のスポットレートを使用することが考えられる。 「期間」について、改正前基準では「従業員の平均残存勤務期間」を使用することを認めていたが、改正後基準ではこの内容が削除されているので、「退職給付債務のデュレーション」や「退職給付の金額で加重した平均期間」などを用いることが考えられる。 「利回り」について、従来の実務では財務省が公表している国債の利回りや、日本証券業協会のホームページに記載されている格付マトリクス表を参照することが広く行われてきたが、「複数の割引率」の場合と同様に、年金数理人から提供されるイールドカーブを参照すべきである。 このように、割引率に関しては従来とかなり異なる実務となることが予想される。また「単一の加重平均割引率」か「複数の割引率」かは、計算の精度、スケジュール、計算コストなどの点で一長一短あり、こちらも年金数理人の助言を受けて採用する方法を決定すべきである。 期間帰属方法や割引率に関しては、日本年金数理人会・日本アクチュアリー会が2012年9月25日に公表した「退職給付会計に関する数理実務基準」の案及び「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」の案も参考になる。現在、両会のホームページで公開草案が公表されており、2012年11月30日までコメントを受け付けている。 (了) 【参考】社団法人 日本年金数理人会(JSCPA) 「「退職給付会計に関する数理実務基準」の案、及び、「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」の案の公表」