林總の
管理会計[超]入門講座
公認会計士 林 總
[連載にあたって]
会計は大きく財務会計と管理会計に分類されます。
財務会計は会社の実態を外部に報告するための会計、管理会計は経営(マネジメント)を上手に行って、会社の業績を良くするための会計です。
したがって、会社にとって、管理会計の方が財務会計よりも大切です。
ところが現実は、管理会計がうまく機能している会社は少なく、また、苦手意識を持つ実務家や受験生は意外に多いようです。
このような事態を引き起こしている原因は何かというと、どうやら管理会計教育に課題がありそうです。
実を言えば、私自身、経験が浅い頃は、不安を抱えながら管理会計システム構築の仕事をしたものです。そしていつも、自分で設計した原価計算システムは、会社の役に立っているのか、正しいのか、確信が持てなかった。
その後、経験を重ねるたびに、さまざまな疑問に遭遇し、ひとつひとつ丹念に解決してきました。
本連載は、昔の私(Q)が抱いた疑問を、今の私(林)に質問し答える形になっています。必ずや、学生諸君と実務家の皆さんの力になるものと、確信しています。
では、始めましょう。
【第1回】
「管理会計と原価計算」
Q 原価計算と管理会計は同じですか?
林 君たちが学んでいる原価計算は、1900年代の初頭にアメリカの自動車会社GM(ゼネラルモーターズ)が作ったものなんだ。
当時、自動車を作るのには膨大な設備と多くの作業者が必要だった。ほとんどの会社の原価は工場の中で生じていて、しかも工場の生産性は低かった。そのため、自動車一台の原価はものすごく高く、庶民には高嶺の花だった。
したがって、経営者にとっての最大の関心事は、設備投資を行い、労働生産性を高め、自動車の原価を下げることだった。つまり、原価計算そのものが管理会計だったんだ。
Q 今は違うんですか?
林 もちろん違う。
スーパーマーケットや銀行には工場はないし、あのアップルはメーカーなのに工場は持っていない。トヨタが生み出す価値のすべては工場で作ったものだろうか。 もちろん違うね。
研究開発部、営業部、物流部、経理部、それから総務部の人たちは「自動車」という価値を生み出すために活動している。つまり、会社は全体として成果をもたらすために活動しているわけだから、伝統的な原価計算は管理会計の一部にすぎないんだよ。
Q 「伝統的な原価計算」ってことは、「新しい原価計算」もあるのですか。
林 その通り。会社のビジネスプロセスは材料購入、製造、物流、販売、管理、代金回収までの一連の活動のことで、材料はビジネスプロセスを通過して価値が付与され製品に変わる。ところが伝統的原価計算は、価値を作り出す場所は工場だけと考えているんだ。
つまり、新しい原価計算は、工場だけでなく、ビジネスプロセス全体を対象にしているんだよ。
Q 頭が痛くなりそうですね。
林 君が学ぶべき範囲は広い。でもね、なんといっても伝統的原価計算が管理会計の基本なんだ。
Q 分かりました。レクチャーが始まる前に、質問してもいいですか?
林 もちろんだよ。
Q 僕たちは、なぜ理論を学ぶ必要があるんですか。理論なんか無視して、好きなように原価を計算すればいいんじゃないかって、思うんですけど・・・。
林 極端な意見だけど、いい質問だね。ひとことで言えば、「自己流」は実務では使えないんだ。
Q 「自己流」って、ダメなんですか。
林 「自己流」では全体が見渡せない。原価計算という仕組みは、理論の裏付けがなくてはならないんだ。
Q どうしてでしょうか。
林 君は古代ギリシャ劇場は知っているね。すり鉢を半分にしたような形で、底の部分には舞台、斜面の部分に観客席が階段状に作られている。
これは「セアトロン」と呼ばれて、「シアター(theater)」の語源だ。
理論(theory)の語源は、この「シアター(theater)」なんだよ。
Q 客は観客席から劇を見降ろして鑑賞する・・・。
林 その通り。高い位置から舞台を見降ろすから、劇の全体が見える。誰がどこにいて何をしているかが分かる。見落としがない。
同様に、理論を知っているからこそ、大きくつかむことができる。袋小路に入ってしまっても、理論に立ち返って全体を俯瞰することで、どこに迷い込んでしまったかが分かる。
ところが、自己流の仕組みではそうはいかない。今起きていることがつかめない。これから起きるかもしれないことを予測できない。
Q 理論を学べば、道に迷うことはなくなるんですね。
林 学んだだけではダメだね。理論は、使えなくては本当に理解したとはいえない。
理論を実務に生かせるようになって、はじめて身に付いたといえるんだ。
Q 何となく分かってきました。「自己流」に走るのではなく、まず理論を理解して、その上で理論を仕事に使えるようにするってことですね。
林 その通り。さっそく本題に入ることにしよう。
(了)
「林總の管理会計[超]入門講座」は、隔週の掲載となります。

