中小企業経営者の [老後資金]を構築するポイント 【第27回】 (最終回) 「老人ホーム等への入居と老後資金の関係、相続税上の論点」 税理士法人トゥモローズ 高齢になり介護等のため老人ホーム等の施設に入居するケースは多く、中小企業の経営者であった人も例外ではない。連載最終回となる本稿では、老人ホーム等へ入居することになった場合の老後資金の関係と老人ホーム等の入居中に相続があった場合の相続税上の論点についてまとめることとする。 1 老人ホーム等への入居と老後資金の関係 ひと言で“老人ホーム”と言っても、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの公的な施設から、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅、認知症対応型グループホームなどの民間施設まで様々な種類が存在し、その種類に応じて費用感もまちまちだ。 例えば、公的な施設である特別養護老人ホームであれば毎月10万円前後で入居が可能である。これに対し、民間の施設である介護付き有料老人ホームであればその倍くらいのコストがかかるであろう。さらに、いわゆる「高級老人ホーム」といわれるようなところでは入居一時金に数千万円が必要で、毎月の費用も100万円単位でかかってくるところもある。 このため、これら施設への入居を検討する前には、本連載で再三説明しているように、老後の資金繰り表を作成し、老人ホーム等入居時にある流動資産、これから収入が見込まれるキャッシュインフローと希望の老人ホームの入居一時金や入居後の月額費用を比較したうえで、資金が枯渇することのないように施設の種類を選定する必要があるだろう。 2 老人ホーム等への入居と相続税上の論点 老人ホーム等に入居していた者に相続が発生した場合の相続税上の主要な論点は、次の3つである。 以下では各論点別に、相続税の課税関係、留意点等を確認していく。 (1) 小規模宅地等の特例の制限 土地に関する課税の特例である小規模宅地等の特例につき、被相続人が老人ホーム等に入居していた場合には、元々住んでいた自宅の敷地について、特例の対象となる特定居住用宅地等に該当するかどうかが問題となる。 被相続人が老人ホームに入居していたとしても、下記の要件を満たせば自宅の敷地は特定居住用宅地等に該当し、小規模宅地等の特例の適用が可能となる。 逆に上記の要件を満たさない場合には小規模宅地等の特例の適用ができないため、生前のうちに上記要件を具備するかどうか、具備しない場合にはこれから対策する余地があるのかどうか等を確認すべきであろう。 (2) 入居一時金返還金の課税関係 老人ホーム等に入居する場合には、入居一時金を支払うケースも多い。その入居一時金の全部又は一部が相続開始時に相続人等に返還された場合には、その返還金が相続税の課税対象となる。この入居一時金返還金の相続税の課税関係について、ある裁決事例をきっかけに相続税実務に混乱を招いた。 その裁決事例とは、国税不服審判所平成25年2月12日裁決である。この裁決において、入居一時金返還金は、被相続人(契約者)から受取人に対する相続開始日におけるみなし贈与と判断されたのである。 すなわち、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」であれば相続開始前3年以内贈与として相続税の課税価格を構成するが、受取人が「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者の場合には、相続税ではなく贈与税の課税対象となる。また、生命保険の死亡保険金のように受取人固有の財産と考えるため、遺産分割の対象とはならない。 この裁決が公表される前は、入居一時金返還金は被相続人の本来の相続財産として相続税や遺産分割の対象とされていた。しかし、この裁決が公表されて以降、「相続又は遺贈により財産を取得した者」以外の者が入居一時金返還金の受取人となっているケースでどのような課税処理をすべきか、筆者も頭を悩ませた記憶がある。 その後、この裁決が訴訟に発展して東京地裁平成27年7月2日判決(TAINSコード:Z265-12688)、東京高裁平成28年1月13日判決(TAINSコード:Z266-12781)を経て、最終的には上記裁決のような「みなし贈与」という結論ではなく「本来の相続財産」として整理されることとなった(最高裁平成28年6月2日決定(TAINSコード:Z266-12863))。 したがって、現在の相続税実務上は、単純に、相続開始後に実際に返還された入居一時金を相続財産として課税価格に算入すればよい。もちろん、本来の相続財産に該当するため遺産分割の対象にもなる。 (3) 老人ホーム等利用料の債務控除 被相続人の相続開始後に支払った老人ホーム等の利用料は、債務控除の対象となる。なお、相続開始前に支払った利用料のうち医療費控除の対象となる費用は、被相続人の準確定申告において医療費控除の適用が可能だ。また、相続開始後に支払った利用料のうち被相続人と生計を一にする相続人等が支払った医療費控除の対象となる費用は、その生計を一にする相続人等の確定申告において医療費控除の適用が可能である。 したがって、遺産分割協議における債務の負担者についても、生計を一にする親族がいる場合にはその者を負担者とした方が良いであろう。 ◆連載終了にあたって◆ 2018年5月から全27回に渡って中小企業経営者の老後資金について解説を行ってきた本連載も、今回で最終回となる。 今日の超高齢化社会において、中小企業経営者の引退が遂にピークを迎える。中小企業の事業承継や相続に関するビジネスは、業種を超えたさらなる競争時代に向かっていくであろう。 また、昨今のコロナ禍や今後の不透明な社会情勢において、いかに老後資金を確保し維持していくことができるか、引退前、事業承継、引退後、そして相続と多方面からの問題解決が求められる。 この様な状況下で、税理士をはじめとするコンサルタントが中小企業経営者から問われる悩みに対する論点は多岐に渡る。中小企業経営者の良きアドバイザーとして、押さえておくべき項目は本連載で触れたものをはじめ数多くあるが、我々専門家が果たすべき役割を鑑み、本連載が少しでもお役に立つことができたのであれば幸いだ。 (連載了)
2020年7月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.377を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第90回】 「附帯決議から読み解く租税法(その3)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅲ 附帯決議とは 1 附帯決議の意義 そもそも「附帯決議」とは何か。 「附帯決議」とは、はじめにも述べたとおり、国会の委員会が法案や予算案の採決に当たり、所管する省庁に対する運用上の努力目標や注意事項などを盛り込む決議をいう。附帯決議は政治的あるいは道義的なものと位置付けられることから、特段の法的な拘束力はないと言われている。 この点について、水島朝穂教授は、「野党側が法案に賛成する際の条件として付けることも多い。審議過程で野党側が求めた修正事項のうち、法案のなかに盛り込まれなかった事項について、政府に善処を求めることもある。」とされるが(水島「この附帯決議は立法史上の汚点」平成25年5月27日付け JICLホームページ〔令和2年6月30日訪問〕)、そもそも、評決に条件を付すこと自体が民主主義制度における多数決制度に反しているという意見もあろう(例えば、標準市議会会議規則は「表決には、条件を附けることができない」(第69条)と定めていることなども参照)。 附帯決議が20項目を超えるものもある(水島・前掲稿を基に筆者整理)。例えば、次のようなものが挙げられよう。 水島教授は、このような附帯決議に関し、「厚生労働関係が多いのは、政策的に与野党が対立しやすい分野だからだろう。」とされる(水島・前掲稿)。 附帯決議を条件と解釈することには慎重さが求められるとは思うものの、いずれにしても、附帯決議は、内閣提出法案(閣法)に対して、制度そのものは認める(立法権の行使)が、その運用(行政権の行使)について国会が注文を付けるというのが通常のパターンであるといえよう(水島・前掲稿)。 2 租税法律主義の2つの視角 租税法律主義(憲84)は、国民(の代表者)の意思が反映された法律をもって課税ルールを決めること、ひいては国民の納税義務の根拠を決めることを意味している。民主主義的ルートによって国民の自己同意が認められる範囲内でのみ国民の租税負担(納税義務)が肯定されるという大原則に立っている。 これこそが、憲法が原則的に保障する財産権(憲29)を一定の条件の下で制約することを意味する「納税義務」が成立する所以である。 租税法律主義は、一般に「財産権の保障」と「議会尊重主義」という2つの視角から論じられる。 第一に、租税が、上記の通りそもそも財産権侵害規範としての性質を有するが故に、国民が自己同意をした部分についてのみ課税権の根拠が認められるとする、「財産権の保障」の視角である。 すなわち、条文に規定されている課税要件の解釈は厳格でなければならないとの考え方にも通じることになろう。 第二に、租税法が議会において民主的に決定されるルールであるという点に着目をすることから導かれる、「議会尊重主義」の視角である。 租税法の解釈適用に当たっては、「なぜ、この条文が必要だったのか」、「議会ではどのような議論が展開されたのか」といった点についても十分な関心が払われるべきであろうという問題関心がこの視角の基礎にある。 いわば、第一の観点を強調すると文理解釈が至当とされ、第二の観点を強調すると目的論的解釈が至当とされよう。 もっとも、法律の解釈は文理解釈と目的論的解釈のどちらかだけを採用すべきというものではないから、いずれのテストをも経て正しい解釈が導出されなければならないであろう。ただし、租税法の財産権の侵害規範としての性質を考慮に入れれば、租税法の解釈においては、第一義的には文理解釈を重視し、そこで得られた解釈の妥当性を法律の趣旨の観点から第二次的に目的論的解釈によってテストするという解釈手法を採用することの方が多いであろう。 3 結びに代えて-法の運用と租税法の解釈姿勢- この2つの視角は、条文の解釈だけではなく、法の運用においても意味を持つ。 すなわち、第一の視角からすれば、法の運用に当たっては、法律以外の事柄をその解釈や運用に持ち込むことには謙抑的であるべきという考え方になり得る。 他方で、第二の視角からすれば、法の運用局面においても議会での議論を尊重すべきであるという考え方に近づくことになろう。 ここで、附帯決議に対する考え方にも分説が起こり得る。 前述の通り、附帯決議はあくまでも、政治的あるいは道義的なものと位置付けられるものであって、特段の法的な拘束力はないことからすれば、法律を厳格に適用すべきとの立場(第一の視角)からは考慮に値しないことにもなろう。 しかしながら、議会で附帯決議が付されたことの意味は決して無視できるものではなく、法の運用に当たって、いかなる議論が展開されたのかを斟酌することは当然であるとの考え方も起こり得るのである。 少なくとも、附帯決議が、国会において国民(の代表者)の意思を示したものであることからすれば、また、その附帯決議自体も国会での適法なルールに基づく承認を得たものであるとすれば、法的な拘束力がないとはいえども、法の運用に当たって全く意味のないものと片付けることは妥当ではあるまい(附帯決議を付することにも国民の自己同意が働くと考えて良いであろうから)。 したがって、政府が附帯決議の内容につき十分な配慮をすべきであることは間違いのないところであろう。 ところで、国会の附帯決議として、昭和49年6月3日の第72回国会衆議院本会議で満場一致で採択された「中小業者に対する税制改正等に関する請願(第1403号)」の第2項に、「税法行政の改善については、税務調査に当たり、事前に納税者に通知するとともに、調査の理由を開示すること」とある。そして、昭和52年11月17日の衆議院決算委員会において国税庁長官は、 と答弁している(酒井克彦『裁判例からみる税務調査』97頁(大蔵財務協会97頁)以下も参照)。 附帯決議には法的拘束力がないといえども、あるいは執行上の注意喚起に過ぎない(前回参照)といっても、やはり国会の採択を経ているという点に鑑みれば、行政庁の事務運営にも同決議の影響が及ぶものと解すべきであろう。 上記の国税庁長官の発言するところは、かような解釈において首肯されるべき姿勢と思われることを最後に確認しておきたい。 (了)
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第39回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(5)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 前々回から、ユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト)における不当性要件に関する同判決の判断枠組みを検討してきたが、前々回のⅢ2では、その判断枠組みにおける経済的合理性基準に係る相応性基準による裁量審査(相応性審査)について、行政法における比例原則が行政庁の裁量を認めつつその裁量を限界づける場合における裁量審査と、思考方法及び審査構造の点で、類似するものとの見方を示しておいたところである。 今回は、行政法における比例原則についてその意義・内容・機能を概説した上で、その機能に関連して裁量審査の考え方の傾向を整理し、相応性審査との本質的差異を意識しつつ、裁量審査の方法として一般化することができる内容を抽出することにしたい。 Ⅱ 比例原則の意義・内容・機能 比例原則については、「よく知られているとおり、ドイツ警察法に由来する」(高橋明男「比例原則審査の可能性」法律時報85巻2号(2013年)17頁)といわれるが、その思想的背景及び成立・発展については次のように述べられている(①は萩野聡「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(法律学の争点シリーズ9)・行政法の争点(第3版・2004年)22頁(下線筆者)、②は須藤陽子『比例原則の現代的意義と機能』(法律文化社・2010年)6頁)。 このような歴史的展開を前提にして、わが国における比例原則の定義をみておくと、次のような整理がされている(村田斉志「行政法における比例原則」藤山雅行=村田斉志編『新・裁判実務大系 第25巻 行政争訟〔改訂版〕』(青林書院・2012年)79頁、79-80頁)。 これらの定義のうち後者の定義(今日における広義の比例原則)による場合、比例原則の内容については次のように説かれる(表現は若干異なるが、ⓐは川上宏二郎「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(法律学の争点シリーズ9)・行政法の争点(新版・1990年)18頁、ⓑは高木光「比例原則の実定化-『警察法』と憲法の関係についての覚書-」樋口陽一=高橋和之編『現代立憲主義の展開 : 芦部信喜先生古稀祝賀 下』(有斐閣・1993年)209頁、223頁)。 また、比例原則についてその内容理解の厳格性の程度の観点からは次のように説かれる(高木光「比例原則」法学教室145号(1992年)33頁)。 さらに、比例原則は、前記のいずれの定義によるとしても、「目的と手段間の・・・・・・関係に積極的に望ましい『適切さ』を求めるものではなく、『不適切さ』を排除しようとするもの」(須藤陽子「行政法における比例原則」ジュリスト増刊(新・法律学の争点シリーズ8)・行政法の争点(2014年)24頁、25頁)という意味において行政裁量の統制原理として機能することに異論はなかろうが、「比例原則の機能については、裁量権を認めつつ限界づける点に着目する立場と、裁量を否定する点に着目するものがある。」(高木・前掲論文ⓑ211頁)とされ、「我が国では、比例原則を裁量を限界付けるものとして理解する立場が多数説であり、判例についても、この立場を前提とした方が理解しやすい裁判例が多いように思われる。」(村田・前掲論文85頁)といわれている。 Ⅲ 比例原則による裁量審査 1 裁量審査の考え方の傾向 比例原則の意義・内容・機能について以上で概説したところを踏まえて裁量審査のあり方を検討した論者によって、比例原則による裁量審査の考え方の傾向について次のような整理が示されている(村田・前掲論文86頁。下線筆者)。 2 相応性審査との本質的差異 このように、比例原則による裁量審査は、行政庁に認められる裁量の範囲との相関関係によって、その厳格さが規定されるが、このことは、基本的な考え方としては、同族会社の行為計算否認規定の不当性要件に関する要件判断の場面における、経済的合理性基準に係る相応性基準による裁量審査(相応性審査)についても、いえることである。ただ、両者が、審査の対象となる裁量が認められる主体の点で、本質的に異なるということは、裁量審査のあり方を考える上で重要な意味をもつ。 比例原則による裁量審査においては、裁量が認められる主体の行為が相手方の権利をどの程度侵害するかを考慮する必要があるのに対して、相応性審査においては、その必要はないと考えられる。すなわち、比例原則による裁量審査においては、同原則が自由主義的法治国家思想をベースとするものである以上、裁量が認められる行政庁の行為が相手方たる私人の権利をどの程度侵害するかを考慮する必要があるのに対して、相応性審査においては、審査の対象となる裁量が認められるのは会社(私人)であり、その会社の行為(租税回避の試み)による侵害が問題になるのは国家の課税権(租税債権)であることから、その侵害を考慮する必要はないと考えられるのである。 この点については、租税回避(の試みの成功)と国家の課税権との関係に関して筆者が従来から説いてきた次のような見解(拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)欄外番号【68】)が、基本的には妥当すると考えるところである。 この見解は、ドイツの租税回避論の基礎を構築したものでわが国の租税回避論の「淵源」(第21回Ⅱ2、第25回Ⅲ1参照)ともいうべきヘンゼルの租税回避論の次の見解(Hensel, Zur Dogmatik des Begriffs "Steuerumgehung", in Bonner Festgabe für Zitelmann, 1923, 217, 230f. 下線部の原文は活字間の間隔が広い強調部分。邦訳については拙稿「租税回避と税法の解釈適用方法論-税法の目的論的解釈の『過形成』を中心に-」岡村忠生編著『租税回避研究の展開と課題』(ミネルヴァ書房・2015年)1頁、37頁)に基づくものである。 つまり、これらの見解からは、国家は課税権(租税立法権)の行使によって租税回避否認立法を行い、もって租税回避による課税権(租税債権)侵害を自力で排除することができるので、相応性審査において国家の課税権侵害を考慮する必要はないという考え方を導き出すことができると考えられるのである。その考え方は、租税法律主義(合法性の原則)ないし法治国家思想という自由主義原理を基礎とするものである。 そのような考え方からすれば、相応性審査においては、比例原則による裁量審査とは異なり、裁量行為による相手方の権利侵害を考慮する必要がないこと、しかも相応性基準が裁量尊重基準であることからして、審査基準を緩やかに理解し、専ら目的・手段の合理的関連性のみを基準にして裁量審査を行うのが相当であると考えるところである。 Ⅳ おわりに 比例原則は、そもそも自由主義的法治国家思想を背景に成立・発展してきたことからすると、経済的合理性基準に係る相応性基準の基礎にある会社における経済的自由の原則(第37回Ⅲ1参照)とは、根底における自由主義的思考の点で、親和性を有すると考えられるが、その内容を緩やかに解する立場からすると、裁量審査の場面では、裁量尊重基準として機能することに帰結する。 比例原則によるこのような裁量審査は、思考方法及び審査構造の点で、相応性基準による裁量審査(相応性審査)と類似するものと考えられ、目的・手段の合理的関連性は相応性審査においても基準として有用であると考えられる。目的・手段の合理的関連性は、分野を問わず裁量審査一般について妥当する基準といってよかろう。 (了)
令和2年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第3回】 「「事業年度」 「申告・納付等」」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [5] 事業年度 (1) 通算事業年度 損益通算や欠損金の通算など通算申告を行う通算事業年度は、通算親法人の事業年度とする(法法14③、64の5①③、64の7①、地法72の13⑦)。 この場合、通算子法人の会計期間が通算親法人の会計期間と異なる場合でも、その通算子法人は、通算親法人の会計期間を税務上の事業年度として通算申告を行うこととなる(法法14⑦)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) (2) 加入時のみなし事業年度 内国法人が通算親法人との間にその通算親法人による完全支配関係を有することとなった場合、その内国法人は完全支配関係を有することとなった日(完全支配関係発生日)を加入日として、加入日の前日を最後の単体納税の事業年度の終了日、加入日から通算親法人の事業年度終了日を最初の通算申告の事業年度として、みなし事業年度を設定することになる(法法14③④一、64の5①③、64の7①、64の9⑪)。 ただし、その内国法人の加入時期の特例の適用がないものとした場合の加入日の前日の属する事業年度に係る確定申告書の提出期限となる日までに、その通算親法人が加入時期の特例の適用を受ける旨の届出書を納税地の所轄税務署長に提出したときは、特例決算期間の末日の翌日を加入日として、みなし事業年度を設定できる(法法14⑧一、64の9⑪)。 ここで、特例決算期間は、当該届出書に記載された次のいずれかの期間となる。 なお、特例決算期間の中途において、通算親法人との間に通算親法人による完全支配関係を有しないこととなった内国法人は、通算子法人とはならず、その内国法人の会計期間による事業年度のままとする(法法14⑧二)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) (3) 離脱時のみなし事業年度 通算子法人が通算親法人との間にその通算親法人による通算完全支配関係を有しなくなった場合、その有しなくなった日を離脱日として、離脱日の前日を離脱直前事業年度の終了日、離脱日を離脱事業年度の開始日としたみなし事業年度を設定することになる(法法14④二)。 この場合、離脱日の前日が通算親法人の事業年度終了日と同日である場合は、離脱直前事業年度は通算申告となる(法法64の5①③、64の7①)。 [出典] 国税庁「グループ通算制度の概要」(令和2年4月) [6] 申告・納付等 (1) 個別申告方式 グループ通算制度においては、その適用を受ける通算グループ内の各通算法人を納税単位として、その各通算法人が個別に法人税額の計算及び申告を行う(法法74)。 ◎グループ通算制度における所得金額等の計算のイメージ [出典] 経済産業省「令和2年度(2020年度)経済産業関係 税制改正について」(令和元年12月) (2) 電子申告 通算法人は、事業年度開始時における資本金の額又は出資金の額が1億円超であるか否かにかかわらず、電子情報処理組織(e-Tax)を使用する方法により納税申告書を提出する必要がある(法法75の4①②)。 これに際し、通算親法人が、通算子法人の法人税の申告に関する事項の処理として、その通算親法人の電子署名をしてe-Taxにより提供した場合には、その通算子法人がe-Taxによる申告の規定により提出したものとみなされる(法法150の3①②)。 (3) 連帯納付の責任 通算法人は、他の通算法人の各事業年度の法人税(通算法人と他の通算法人との間に通算完全支配関係がある期間内に納税義務が成立したものに限る)について、連帯納付の責任を負う(法法152①)。 (4) 経過措置 連結親法人が、連結確定申告書の提出期限の延長特例及び延長期間の指定の規定の適用を受けている場合には、グループ通算制度へ移行するグループ内の全ての通算法人について、延長特例の適用及び延長期間の指定を受けたものとみなされる(令和2年所法等改正法附則34①②)。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第4回】 「〔第1表の1〕同族株主の判定」 税理士 柴田 健次 Q 乙は甲から相続により、非上場会社であるA社の議決権総数の30%にあたる株式を取得しています。筆頭株主は丙であり、丙の同族関係者として乙は含まれていないと考えられますので、乙は同族株主以外の株主として特例的評価方式(配当還元価額等)が適用されるのでしょうか。 A 乙は同族株主に該当し、議決権割合5%以上となる株式を所有していますので、特例的評価方式(配当還元価額等)は適用できず、原則的評価方式により評価することになります。 同族株主がいる場合の株主判定は、下記の通り行うことになります。 【同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◆ ◆ ◆ ① 筆頭株主グループの議決権割合 A社の株主を確認し、筆頭株主グループの議決権割合が「50%超」、「30%以上50%以下」、「30%未満」のどれに該当するかを判定します。 本問の場合には、丁を中心とした同族関係者として、丙及び乙も含まれるため、筆頭株主グループは100%となり、筆頭株主グループの議決権割合は「50%超」の区分に該当することになります。 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。 同族株主の判定は、上記記載の通り株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数で判定を行いますので、正確な判定を行うためには、下記の通り株主ごとに判定を行う必要があります。 上記の通り、全ての株主に対して株主判定を行った結果、乙・丙・丁が同族株主に該当することになります。 ▷同族関係者 法人税法施行令第4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 特殊の関係のある個人は、例えば株主等の親族などをいいます。 親族とは、6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族をいいます(民法725)。 本問の場合には、丙は乙の4親等内の姻族であるため、乙の親族には該当しませんが、丁は乙の5親等内の血族に該当するため、乙の親族に該当することになります。 ② 納税義務者の属する同族関係者グループの議決権割合 乙の属する同族関係者グループの議決権割合が「50%超」か「50%未満」かを確認します。乙の属する同族関係者グループの議決権割合が2以上ある場合には、最も高いグループの議決権割合を使用して判定することになります。乙の属する同族関係者の議決権割合は、上記①の同族株主で算定した通り、40%と100%がありますので、高い割合である100%を使用して判定します。 したがって、「50%超」の区分に該当し、③の手順に進みます。 ③ 納税義務者の議決権割合 乙の議決権割合は30%≧5%となりますので、原則的評価方式が適用されます。 ☆実務上のポイント☆ 同族株主の判定は、株主ごとに行う必要があるため、納税義務者とその同族関係者のみで判定をしないように留意する必要があります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q57】 「投資法人からの利益超過分配に関する課税関係」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 利益超過分配と出資等減少分配 リートでは、会計上の利益を超えて投資主に金銭を分配することがあります。この利益を超えた分配(利益超過分配)は、リートの出資総額等を原資とするものであり、資本の払戻しとして行われます。 利益超過分配が行われる代表的なケースとして、減価償却費の一部を分配することが挙げられます。これは、会計上の費用に該当する減価償却費は、金銭の流出を伴うものではないため、減価償却費相当額の金銭はリート内に留保されることになり、その留保される金銭の一部を投資主に分配する、というものです。 この出資総額等を原資とする利益超過分配金のうちには、一時差異等調整引当額からの分配が含まれることがあります。「一時差異等調整引当額」とは、以下①②に掲げる額の合計額の範囲内において、利益処分に充当するものとされています。そして、出資総額等を原資とする金銭の分配額から、この一時差異等調整引当額の増加額を除いた金額を、「出資等減少分配」といいます。 2 リートからの金銭の分配の区分と税務上の取扱い リートからの金銭の分配は、所得税法上、原則として配当所得として取り扱われますが、出資等減少分配を除くこととされています。つまり、利益剰余金を原資とするものと、出資総額等を原資とするもののうち一時差異等調整引当額の増加額に係る部分を配当所得、出資総額等を原資とするもののうち出資等減少分配は、資本の払戻しとして取り扱われます。 3 本件へのあてはめ (1) 利益剰余金を原資とするもの 配当所得に該当するため、原則として、総合課税(配当控除の適用はありません)の対象となり、確定申告する必要がありますが、本件リートが上場株式等に該当するため、申告分離課税(20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%))、又は、申告不要制度を適用することも可能です。また、他の上場株式等に係る譲渡損失との損益通算も認められます。 (2) 出資総額等を原資とするもの 本件では、全額が出資等減少分配に該当するため、資本の払戻し(みなし配当なし)として取り扱い、みなし譲渡損益の計算をする必要があります。みなし譲渡損益は、「上場株式等に係る譲渡所得等」として取り扱われ、20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、地方税5%)の税率が適用されます。 本件リートの投資口を、源泉徴収を選択した特定口座で保有する場合は、原則として確定申告を要しませんが、それ以外は、確定申告する必要があります。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第19回】 「死因贈与で上場会社株式を発行会社に贈与する場合の課税関係」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) マネジャー 税理士 髙田 泰輔 相談内容 私は上場会社C社の創業者のIです(C社からは退職しています)。現在、C社の株式を9.80%保有しており時価は約10億円です。 私には子供がおらず、両親は他界しており、妻Yと兄Jがいます。 兄Jに財産を残す気はないため、財産はすべて妻Yに相続させる旨の遺言を書く予定ですが、C社株式については妻に相続させたとしてもいずれ市場に放出させることになるため、相続させないでおこうと考えています。 C社株式を生前に市場に放出するとC社の株価に影響しますし、妻Yに残す財産はC社株式以外にも十分ありますので、C社株式については、私とC社で死因贈与契約を締結し、私が死亡した際にC社に贈与することを検討しています。 この場合の課税関係について教えてください。 ◎C社の大株主一覧 (注) 法法2十の同族会社には該当しない。 ◎Iの財産 ※取得価額は50,000,000円 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 発行会社(C社)の課税関係 法人税法上、自己株式は有価証券の定義から除外されており(法法2二十一)、自己株式の取得は資本等取引に整理されます。したがって、発行会社C社において自己株式をIから贈与により取得しても、課税関係は生じないものと考えます。 [2] C社の既存株主(個人)の課税関係 同族会社に対し無償で財産の提供があったことにより、その会社の株式の価額が増加した場合、株主はその株式の価額の増加した部分に相当する金額を贈与により取得したとみなされます(相法9、相基通9-2(1))。 しかし、C社は法人税法上の同族会社には該当しないとのことですので、C社の個人株主にはみなし贈与課税の取扱いが及ばず、課税関係は生じません。 [3] C社の既存株主(法人)の課税関係 個人株主と同様に、資産価値の移転を受ける他の法人株主についてはC社株式の価額が増加することになります。 価値の移転が外的要因によって生じたものではなく、移転を意図し、関係者間の了解や合意の上で実行された場合には、それが実現したものとして課税所得を構成すると判断すべき場合があります。 しかし、ご相談のケースでは「IとC社の死因贈与契約による贈与の履行」という外的要因による価値の移転であり、法人株主が保有するC社株式の価値の増加は実現した利益ではなく、単なる含み益であり課税関係は生じないと考えます。 [4] 贈与者(I)の課税関係 個人が法人に対して贈与又は遺贈により譲渡所得の起因となる資産の移転をした場合には、その贈与等の時の時価に相当する金額で譲渡があったものとみなされ、贈与者である個人Iにはみなし譲渡所得税が課されます(所法59①一)。 したがって、Iが死亡した場合には、死因贈与契約に基づきC社の株式の贈与が履行されることから、Iの死亡時にはIにみなし譲渡所得の課税が生じます。 なお、IとC社が株式にかかる死因贈与契約を締結した場合、その締結時点において課税関係が生じることはありません。 Iの死亡時のC社株式の時価(※1)が1,000,000,000円だった場合の譲渡所得税等の金額は下記のとおりです。 (※1) みなし譲渡所得の収入金額であるため、財産評価基本通達169を援用するのではなく、死因贈与があったとき(Iの死亡日)の価額(その日の最終価額)とすべきと考えます。 (※2) 譲渡費用はないものとして計算しています。 (※3) 所得税・復興特別所得税=15.315% ◎Iの相続税のシミュレーション(単位:円) ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※4) Iの準確定申告におけるみなし譲渡所得に係る所得税額はIの相続税の計算において租税債務として債務控除の対象となります(相法13①)。また、便宜上、上記のみなし譲渡所得に係る所得税以外の租税債務はないものとして計算しています。 (※5) 債務控除の対象となるものはないものとして計算しています。 (注) 法定相続分は妻が4分の3、兄が4分の1となります。 [5] まとめ 同族会社の自己株式の無償取得については、みなし贈与の規定により他の個人株主に贈与税が課税される場合があるため、その実行に際しては注意が必要です。しかし、C社のように同族会社に該当しない場合には、みなし贈与課税を懸念する必要はありません。 IのC社株式の保有比率からすると、C社株式を市場に放出した際には株価に与える影響は大きいと思いますが、自己株式の無償取得であれば市場に与える影響は抑えられ、既存株主も保有比率が上昇しますので、会社・既存株主としてはメリットが大きいスキームでしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第61回】 「消費税不正還付請求事件」 ~大阪高判平成16年9月29日(税務訴訟資料254号順号9760)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第102回】 天馬株式会社 「第三者委員会調査報告書(2020年4月2日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【天馬株式会社の概要】 天馬株式会社(以下「天馬」と略称する)は、1949(昭和24)年8月に設立。プラスチック製品の製造及び販売を主たる事業とする。売上高85,762百万円、経常利益3,600百万円、従業員数7,276人(いずれも2020年3月期連結実績)。資本金19,225百万円。国内連結子会社2社、海外連結子会社11社(中国に6社、東南アジアに5社)、海外持分法適用関連会社1社を有する。会計監査人は有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 天馬の経営陣は、X国に所在する子会社であるX国天馬の役職員が、X国の税務局がX国天馬に対して2019年8月に実施した税務調査の過程で、税務局職員に対し、同月31日に1,500万円相当の現金を交付した可能性があることを、同年9月上旬から10月上旬にかけて順次認知した。 この問題については、11月19日に開催された取締役会にて報告され、12月2日に開催された取締役会にて、この問題を調査するための第三者委員会の設置が決議され、同日、天馬は、「当社海外子会社における不正行為について」と題する適時開示を発出した。 1 調査対象事実 第三者委員会は、当初、下記の調査対象事実①についてであったが、調査の過程で、②及び③が把握されたため、対象事実を拡大して調査を実施している。 (1) X国天馬における2019年税務局職員への現金交付(X国天馬の対応) X国天馬は、2019年8月、税務局の調査を受け、追加した投資資本や金型の修理サービスについては、優遇税制の適用対象外であることから、日本円にして8,900万円の追徴課税となるという指摘を受けた。 この追徴税額については、コンサルティング契約を締結していた大手グローバル会計事務所の税務セクションであるT社からも、税務局の指摘には根拠法令があり、追徴税額はおおむね妥当であるとの初期見解を得ていた。 調査後、X国天馬の担当者は、税務局調査リーダーから、日本円にして1,500万円の現金を要求され、X国天馬の社長であるE氏を通じて、天馬本社の執行役員経営企画部長であるA氏(以下「A部長」と略称する)に報告を行い、支払いについて承認を得て、8月31日に、税務局調査リーダーに現金を交付した。 税務局による最終的な追徴課税額は、コンサルティングを依頼していたT社による優遇税制の認定事例に基づく折衝の効果もあって、日本円で262万円まで減額された。 (2) X国天馬における2019年税務局職員への現金交付(本社の対応) ① 「役員報告会」による事後承認 9月20日、X国天馬社長は、A部長に対し、「税務監査最終報告書」をメールで送信した。この「税務監査最終報告書」には「表」と「裏」の2通が存在し、「表」には、追徴額等の総計が262万円相当となったこと等が簡単に記載されているのみであるが、「裏」には、①第1回調査結果通知、第2回調査結果通知及び最終調査結果通知が発行され、その都度追徴金額等が減額されていく経緯、②税務局調査リーダーに現金1,500万円相当を手渡した事実、③当該現金の経費処理の方法等コンプライアンス上問題のある行為であることについても記載されていた。 10月8日、天馬本社では、A部長から説明させて情報を共有する会議(役員報告会)が行われ、監査等委員を除く取締役6名の出席のもと、A部長から、税務局調査リーダーに調整金名目で金銭を交付したことが説明され、出席した取締役6人全員が合意して、事後承認を与えることとなった。 ② 顧問弁護士に対する相談 その後、藤野兼人代表取締役社長(以下「藤野社長」と略称する)、金田宏常務取締役(以下「金田常務」と略称する)及び須藤隆志取締役(以下「須藤取締役」と略称する)は、本事案に何も対処しないこと自体が会社として問題であると判断し、今後の対応方針を顧問弁護士に相談することを決め、金田常務と須藤取締役が、10月16日、口頭で相談事項を顧問弁護士に対し伝えた。 第三者委員会が、顧問弁護士から受領した相談記録には、不正競争防止法に違反する可能性があること、いったん交付した現金を返却してもらってリセットし、改めてコンサルティング会社からフィーを支払うという方法もあることなどが示されたが、「アンダーグラウンドの話である」からお勧めするわけではないと、という記述がある。 ③ コンサルティング契約の締結 顧問弁護士の見解を受け、藤野社長、金田常務、須藤取締役及びA部長は対応方針について協議し、X国天馬とR社はコンサルティング契約を締結して、R社にコンサルタント料として2,000万円相当額を支払ったうえで、1,500万円を現金で返金してもらうことで、税務調査リーダーに支払った調整金1,500万円を処理することとした。 11月11日の契約締結に先立ち、8日、天馬本社では、経営会議決議として、「税務コンサルタント料支払の件」という一般稟議書が添付され、承認が行われている。一般稟議書には、本コンサルティング契約締結の理由として、 との記載があるが、これは客観的事実に反する虚偽の記載内容である。 (3) X国天馬における2017年税関局職員への現金交付 2017年6月、X国天馬は、X国税関局による税関調査を受けた。X国天馬は、関税調査において、金型輸出入の関係で追徴金・罰金の支払いは、避けられない状況との認識を有するに至り、調整金として税関局職員に現金を交付することにより追徴金の減額を行うことを考え、A部長を経由して藤野社長の承認を得たうえで、税関局調査リーダーに対し、調整金を支払うことで追徴課税を減額してもらうことを提案した。 6月29日、X国天馬は、車で来社した税関局リーダーに現金1,000万円相当額を交付した結果、関税調査における指摘事項はなしのまま終了した。X国天馬では、支払った1,000万円相当額については、2017年7月から12月にかけて複数回に分割して、消耗品費及び修繕費として費用処理している。 この件について、第三者委員会は、次のとおり、当時の藤野社長の判断を批判している(報告書51ページ)。 (4) Y国天馬における税関局職員への現金交付 Y国天馬では、保税地区における業務の根幹である在庫管理、生産管理、成形技術、金型メンテナンス及び品質管理のレベルが極めて低い状況であり、帳簿管理の問題を税関監査で指摘され、追徴税額の納付のみならず、操業停止となるおそれさえ生じていた。 そこで、Y国天馬では、操業停止を回避するため、税関局職員に調整金の支払いを持ち掛け、帳簿を処理するという安易な方法をとった。また、税関局職員に対する現金交付は領収書が発行されないことから、組織ぐるみで別の領収書を収集し、それらを転用して経理処理をしたことが、役職員の証言から判明している。 さらに、こうした事案を把握した本社経営企画部は、直ちに上司である藤野社長に報告し、外国公務員贈賄事案の対処をすべきであったところ、何ら対処せず放置していたことが判明しており、第三者委員会は、この点、「当社役職員のコンプライアンス意識の低さの表れである」と評している(報告書57ページ)。 第三者委員会は、Y国事案では、税関局職員への現金交付を認定するまでには至っていないものの役職員の証言から、調整金の交付は4回、金額は合計615万円相当額であるとしている。 (5) 類似事案 その他、第三者委員会の調査により、類似事案として、以下の3件の現金支出が判明している。 2 原因分析(報告書65ページ以下) 第三者委員会は、以下の3項目に分けて、原因分析を行っている。 各項目について、分析結果を見ておきたい。 (1) 外国公務員への現金交付を未然に防止できなかった原因 第三者委員会は、ここでは、不正のトライアングル仮説に基づき、「動機」「機会」及び「正当化」について検討している。その概要は次のとおりである。 ① 動機 税務局職員に調整金を交付したX国天馬の役職員における動機は、要求された追徴額の支払いを免れたい、調整金を支払ってでも支払総額を減らしたい、「調整前の追徴額-調整金額-調整後の追徴額=調整金支払による利益額」という算式で示される利益を得たい、という目先の経済的利益の追求にある。 そして、税務局職員に調整金を交付することを事前あるいは事後に承認した本社の役職員における動機もまた、目先の経済的利益の追求にある。このことは、本社での承認の意思決定に先立って、海外子会社から「調整前の追徴額-調整金額-調整後の追徴額=調整金支払による利益額」という算式が示され、この算式が本社での意思決定の重要な要素となっていることから裏付けられる。 ② 機会 調整金を交付したX国天馬の役職員における機会は、領収書の調達による「消耗品」としての経費処理という、本来の経理処理とは異なる仮装の経費処理を容易に実行できる杜撰な統制環境が存在していたこと、子会社の経営陣がこれを容認して内部統制を無効化したことにある。 ③ 正当化 海外子会社において外国公務員に金銭交付した役職員における正当化は、①経済的利益を得られて「会社のため」になる、②他社も支払っているはずであり、郷に入っては郷に従うのが合理的行動である、という2点が共通項であり、この正当化は、外国公務員に現金交付することを事前あるいは事後に承認した本社の役職員においても共通に認められる。 (2) 外国公務員への現金交付を知った取締役らが合理性を欠く危機対応をした原因 第三者委員会は、ここでは次の4項目を指摘している。 (3) 取締役会が取締役の判断や行動を是正するガバナンス機能を発揮できなかった原因 次いで、第三者委員会は、取締役会のガバナンス機能不全については、次の3項目を指摘している。 第三者委員会は、天馬取締役会が、2014年6月に代表取締役会長を退任して名誉会長となった司治氏に対し、その後も経営に介入することを容認してきたこと、創業家である「司家」と「金田家」との間の確執、具体的には、代表取締役社長である藤野兼人氏を解任したい司家と、2019年4月下旬、これに反対して藤野社長の続投を決めた金田家との間の相互不信が、外国公務員への贈賄という会社にとっての重大危機において、ガバナンス機能の不全につながったと結論づけている。 3 再発防止に向けた提言(報告書74ページ以下) 第三者委員会による再発防止策の提言は、以下のとおりである。 【調査報告書の特徴】 調査報告書にある「X国」は、新聞報道などから、ベトナムであることが判明しており、天馬は、外国公務員への贈賄を禁じた不正競争防止法に抵触する可能性があることを東京地方検察庁に自主申告したとも伝えられている(※)。 (※) 2020年5月11日付日本経済新聞電子版「ベトナム公務員に2500万円提供 天馬現地子会社」 日本円で約1,500万円といえば、現地通貨では30億ドンを超える大金であり、高額紙幣が50万ドンまでしかないベトナムで6,000枚を超える紙幣を準備し、受け渡すのもなかなか難しかったのではないかと、余計な心配をしたものである。 第三者委員会は、天馬についてこのように評している(報告書79ページ)。 創業家間の確執は、調査報告書公表後、取締役(監査等委員を除く)の選任をめぐって、さらにエスカレートしていく。天馬のリリースを時系列に従って整理しておきたい。 1 天馬による再発防止策の策定 天馬は、5月1日、「再発防止策の策定等に関するお知らせ」を公表した。再発防止策については、概ね、第三者委員会の提言を踏襲している。 2 会計監査人の異動 天馬は、5月15日、「公認会計士等の異動に関するお知らせ」というリリースで、監査証明を行う公認会計士等が、あずさ監査法人から監査法人ハイビスカスへ異動することを取締役会で決議したことを公表した。 同リリースの「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」の中で、天馬は、あずさ監査法人から、「海外子会社において認識された不適切な金銭交付の疑い」について適時適切な説明・報告がなく、信頼関係が損なわれているとして、監査契約の継続に難色を示され、協議を重ねたものの、正式に任期満了での退任の申し出があったと説明している。 3 会社提案の取締役候補者と監査等委員会による意見 天馬は、6月4日、「第72回定時株主総会の開催に関するお知らせ」を公表して、定時株主総会における第2号議案として、「取締役(監査等委員である取締役を除く。)8名選任の件」を会社提案とした。取締役候補者は、次のとおりである。 《会社提案の取締役候補者》 この提案に関して、天馬監査等委員会が、取締役候補者である金田宏氏、須藤隆志氏及び与謝野明氏については、「不適切」であるとする意見が出されたことが6月2日に報道され、天馬も、株主総会招集通知と同日に、「当社監査等委員会に関する一部報道について」をリリースして、監査等委員会の意見に対する取締役会の見解を公表した。 定時株主総会第2号議案に付された監査等委員会の意見を要約すると、金田宏氏については、第三者委員会調査報告書により、重大な意思決定を下す職責を担う取締役が無知だったことが、当社の企業価値を大きく毀損させ、取締役の経営責任は悪意があった場合と同程度に重大とみるべきである(報告書69ページ)と評価されていることを挙げている。 また、須藤隆志氏については、CFOとして、虚偽の経理処理を主導して推し進め、何事もなかったかのように、監査法人に経営確認書を提出し第二四半期の決算発表をしたこと、X国の外国公務員への現金支出が、監査等委員に伝わると、監査法人にも情報が伝わることになるから監査等委員に伝えなかったこと、海外子会社における杜撰な統制環境や内部統制の無効化を放置したことなどから、あずさ監査法人が、信頼関係が損なわれたとし、退任したことを挙げている。 最後に、与謝野明氏については、Y国の子会社の総経理であったとき、Y国の税関局職員への現金交付について情報を共有した上で、同支払いを承認したこと、税関局職員に対する現金交付は領収書が発行されないため、組織ぐるみで別の領収書を収集し、それらを転用して経理処理をした点も大きな問題であると、第三者委員会に評価されていることを挙げている(報告書57ページ)。 こうした監査等委員会の意見表明に続いて、天馬取締役会は、監査等委員会の意見が相当でないとして、以下の3点を挙げている。 さらに、天馬取締役会は、6月4日付の「当社監査等委員会に関する一部報道について」の中でも、「当社監査等委員会の中立性・公正性に対する不信」という項目を設け、当社監査等委員会を取り巻く諸事情について、株主の皆様を含む当社ステークホルダーの皆様に周知させていただく必要があると判断したとして、取締役常勤監査と委員である北野治郎氏及び取締役監査等委員である片岡義正氏の一連の行動について、批判的な記述を公表している。 4 株主提案の取締役候補と会社による意見 同じく、「第72回定時株主総会の開催に関するお知らせ」では、第5号議案として、「取締役(監査等委員である取締役を除く。)8名選任の件」を株主提案とした。取締役候補者は、次のとおりである。 《株主提案の取締役候補者》 なお、取締役候補者川村修治氏及び渕上敬亮氏については、次のような注記が付されている。 議案に付された株主提案の理由は次のとおりである。 これに対し、天馬取締役は、次のとおり反対意見を表明している。 5 定時株主総会決議結果 6月26日に予定どおり開催された天馬の第72回定時株主総会における、第2号議案及び第5号議案に関する議決権の行使状況は以下のとおりである。 《【第2号議案】会社提案の取締役候補者》 《【第5号議案】株主提案の取締役候補者》 監査等委員会が不適切であると名指しした3名の会社側提案の取締役候補者、創業家である司元名誉会長側から提案された取締役候補者の全員がともに否決され、両者痛み分けといった格好である。この結果、天馬には創業家出身の取締役が不在となった。 株主総会に向けた委任状争奪戦の中で、天馬における創業家間の争いは、取締役会と監査等委員会との間の信頼感の喪失として、投資家にも広く認知されることとなった。 第三者委員会が不正の原因として挙げた「取締役会メンバー間の相互不信」を払拭して、再発防止策の柱である「取締役会のガバナンス機能の再構築」を果たして、投資家・株式市場の信頼を取り戻すことができるかどうかが喫緊の課題となる。さらに、外国公務員に対する贈賄容疑に係る東京地方検察庁の捜査及びベトナム財務省による調査対応も待ったなしであり、新しい経営陣の責任は重大である。 (了)