〔平成30年4月1日から適用〕 改正外国子会社合算税制の要点解説 【第10回】 (最終回) 「外国税額控除、関連別表及び添付・保存資料、実務対応について」 税理士 長谷川 太郎 1 押さえておきたいポイント 2 合算課税に伴う外国税額控除関連の改正 ① 外国関係会社が納付した日本の所得税等に関する取扱いの改正 合算対象となる外国関係会社の所得に対し、日本の所得税、復興特別所得税及び法人税等が課されている場合には、改正前であれば、外国関係会社が納付している「外国法人税額」とみなして、合算課税に伴う外国税額控除による二重課税の調整を行うとされていた(旧措法66の7、旧措通66の6-20)。 今回の改正により、外国関係会社が納付している日本の所得税、復興特別所得税及び法人税等については、外国税額控除制度ではなく、新たな枠組みで法人税額から控除されることになっている。 具体的には、外国関係会社が納付した日本の所得税、復興特別所得税及び法人税等のうち、課税対象金額、部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額に対応する部分に相当する金額(以下、「控除対象所得税額等相当額」という)を独立した形で控除することとなった(措法66の7④、措通66の6-24)。なお、法人税の額から控除しきれなかった金額について、還付する制度は設けられていない。 「控除対象所得税額等相当額」は、以下の算式により計算される(措令39の18⑮~⑰)。 【控除対象所得税額等相当額】 (※) 「調整適用対象金額」とは、適用対象金額に子会社(持株割合25%以上等の要件を満たす子会社)配当の金額を加算する等の調整を加えた金額をいう。また、部分課税対象金額又は金融子会社等部分課税対象金額による合算課税の適用を受ける場合において、調整適用対象金額が部分課税対象金額または金融子会社等部分課税対象金額を下回る場合には、分母の金額は部分課税対象金額または金融子会社等部分課税対象金額となる。 法人税申告書(別表)の記載は以下の通りとなっており、別表4において「税額控除の対象となる外国法人税の額」の下の[31欄]において「外国関係会社等に係る控除対象所得税額等相当額」として別表17(3の12)で計算した金額を転記し、別表1(1)次葉の[11欄]において「外国関係会社等に係る控除対象所得税額等相当額の控除額」において、別表17(3の12)で計算した当期控除額を転記し、別表1(1)の「法人税額計」と「控除税額」の欄の間の「外国関係会社等に係る控除対象所得税額等相当額の控除額及び仮装経理に基づく過大申告の更正に伴う控除法人税額」の欄に転記して控除を行う形となっている。 【別表1(1)】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【別表1(1)次葉】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 【別表4】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ② 部分合算課税における外国税額控除に関する改正 「部分課税対象金額 > 課税対象金額」の場合に、課税対象金額を合算金額の上限とする扱いが廃止されたことに伴い、部分合算課税や金融子会社等部分合算課税の適用がある場合における控除対象外国法人税額の計算における分母の「調整適用対象金額」が「部分課税対象金額」または「金融子会社等部分課税対象金額」を下回る場合には、分母の金額は「部分課税対象金額」または「金融子会社等部分課税対象金額」となる改正が行われている。 3 関連別表・付表、申告時添付書類及び保存資料 ① 関連する別表及び付表について 本稿執筆日現在、下記の国税庁HPにおいて改正後の外国子会社合算税制に関連する別表及び付表については、名称の記載はあるものの、実際の別表及び付表は一部を除きほぼ「作成中」と表示されている状況である。 外国子会社合算税制に関連する別表及び付表は以下の通りとなっており、別表17(3の7)以降の別表及び付表が今回の改正により新設されたものである。 なお、別表17(3の7)、同付表1及び2については、名称に「添付対象外国関係会社」との表記が見られるが、この「添付対象外国関係会社」とは、確定申告書に決算書等の添付が求められている外国関係会社を意味する(措規22の11⑳)。対象となる外国関係会社は、後述する「② 決算書等の添付要件」を参照されたい。 ② 決算書等の添付要件 外国子会社合算税制の適用を受ける内国法人は、実際の合算課税の有無に関わらず、以下の外国関係会社の各事業年度の貸借対照表及び損益計算書その他の書類を確定申告書に添付しなければならないこととされている(措法66の6⑪)。 【決算書等の添付が必要となる外国関係会社】 添付が必要となる書類は以下の通りである(措規22の11⑳)。 ③ 保存をしておくべき書類 税務調査等において、外国関係会社で租税負担割合が30%以上である事実が客観的に確認することができない場合には、実体基準又は管理支配基準を充足する(ペーパー・カンパニーに該当しない)事実を明らかにする書類等の提示または提出を求められることがあり、書類等の提示または提出をしない場合には、当該外国関係会社について、特定外国関係会社に該当すると推定されることとされている(措法66の6③)。 また、特定外国関係会社に該当しないことが確認され、かつ租税負担割合が20%以上である事実が客観的に確認することができない場合には、経済活動基準を充足する事実を明らかにする書類等の提示または提出を求められることがあり、書類等の提示または提出をしない場合には、当該外国関係会社について、経済活動基準を充足しないと推定されることとされている(措法66の6④)。 以上のこと及び租税負担割合が30%以上である外国法人が限定的であることを踏まえると、外国子会社等について、「特定外国関係会社に該当しない(実体基準又は管理支配基準を充足する)ことを確認した書類」及び「租税負担割合が20%以上であることを確認した書類」または「経済活動基準を充足していることを確認した書類」を保存しておくことが求められていると考えられる。 4 改正による実務への影響 今回の改正が企業における税負担へ与える影響もあるとは思われるが、最も大きい影響は実務面での対応にあると考えられる。実質支配基準、推計課税の導入や部分合算課税の拡大等により、実務担当者が申告時あるいは決算時までに対応すべき事項が増加したと考えられる。 移転価格については、BEPS行動計画13に伴う移転価格関連文書化の改正等の影響により、親会社である内国法人がこれまで以上に子会社等を税務面で管理していくことが求められているが、外国子会社合算税制においても、同様に子会社等の毎期の税務ポジション、収益の内容や事業実体等について、親会社である内国法人側で把握・管理していくことが求められるようになっている。 このような状況においては、親会社において外国子会社合算税制の検討において必要となる情報をタイムリーに入手し、かつ税務調査時に状況を説明することができるような情報を網羅的に収集する必要があり、例えば、外国関係会社向けに外国子会社合算税制用の質問表(questionnaire)を作成し、決算前に各子会社担当者に送付し、効率的かつ一貫性のある情報収集を行う等の対応が求められることになる。 (連載了)
海外移住者のための 資産管理・処分の税務Q&A 【第3回】 「事業的規模の不動産所得があり移住前に検討が必要な場合」 税理士・行政書士 島田 弘大 Question 私は来年、海外への移住を検討しています。現在、事業的規模の不動産所得がありますが、移住後も引き続き個人で日本での不動産事業を継続する予定です。税務上気をつける点はありますか。 Answer 1 はじめに 海外への移住を検討している日本の居住者(個人)が日本で事業的規模の不動産所得を得ている場合、移住後も日本での不動産事業を継続しても問題は生じないだろうか。国際税務の観点から留意点を検討する。 2 移住時の日本での課税関係(国外転出時課税) 日本に不動産を保有し続ける場合、まず検討しなければならないのが『国外転出時課税制度』である。国外転出時課税制度(いわゆる出国税)とは、平成27年7月1日以後に出国する「一定の高額資産家」を対象に、出国時に未実現のキャピタルゲインに対して特例的に課税を行う制度である(所法60の2)。 「一定の高額資産家」とは、下記2つの要件を満たす居住者をいう(所法60の2⑤)。 詳細は本連載の【第1回】「移住後に国内不動産を賃貸する場合の留意点」でも検討しているため割愛するが、対象資産は限定列挙されており、その中に不動産は含まれていない。 つまり、現行法(2018年5月16日時点)においては、今回のケースである不動産は国外転出時課税の対象資産には含まれない。 したがって、不動産を所有したまま出国して税務上の非居住者となったとしても、国外転出時課税制度の影響はない。 3 移住後に日本の不動産を賃貸・売買した場合の取扱い それでは、海外に移住して税務上の非居住者に該当することになった後に、日本の不動産を賃貸又は売却した場合、どのような課税関係になるのか。日本でも確定申告が必要になるのか。 この点についても本連載の【第1回】で詳細を確認しているため割愛するが、賃貸収入・譲渡収入いずれの場合も、原則として納税管理人を選任し日本で確定申告を行う必要があるため、この点は注意したい。 それでは、今回のテーマである「事業的規模」の不動産所得がある場合、他にどのような点に注意する必要があるだろうか。 それは、今まで役員給与などの給与所得等と不動産所得の計算上生じた損失を損益通算していたケースである。 4 役員給与などの給与所得と不動産所得の損益通算 損益通算とは、各種所得金額の計算上生じた損失のうち、①不動産所得、②事業所得、③譲渡所得、④山林所得についてのみ、一定の順序に従って、総所得金額、退職所得金額等を計算する際に他の各種所得の金額から控除することをいう(所法69、所令178)。 さて、上記のとおり、役員給与などの給与所得等を計算する際には不動産所得に係る損失を控除することとされている。ではなぜ、この損益通算について、税務上の非居住者になる場合には注意が必要なのだろうか。 以下では、税務上の非居住者が日本の内国法人から役員給与を受け取り、また日本での事業的規模の不動産所得に係る損失も引き続き生じているケースをご紹介したい。 5 2016年以前までの取扱い 事業的規模の不動産所得を得ている場合、「恒久的施設」を日本に有すると認められる。また、非居住者に対する内国法人からの役員給与については「国内源泉所得」に該当するため、まずは源泉徴収されることとなる。 2016年以前は、日本に「恒久的施設」を有する場合には、すべての国内源泉所得が総合課税とされる。したがって、内国法人から支払われる役員給与も源泉分離課税ではなく「総合課税」の対象になることから、不動産所得に係る損失との損益通算が可能となる。 6 2017年以後の取扱い 2016年以前であれば、上述のとおり、移住前も移住後も給与所得と不動産所得に係る損失の損益通算は可能であったが、2017年以後は平成26年度税制改正により取扱いが変わっているため注意が必要だ。 事業的規模の不動産所得を得ている場合、「恒久的施設」を日本に有すると認められる。また、非居住者に対する内国法人からの役員給与については「国内源泉所得」に該当するため、まずは源泉徴収されることとなる。ここまでは、2016年以前と取扱いは変わらない。 その「国内源泉所得」が、その非居住者の日本における「恒久的施設」に帰せられる所得かによって、2017年以後は課税関係が変わる。 具体的には、非居住者に対する支払いの対価が「恒久的施設」に帰せられる所得である場合には、原則として源泉徴収の上、「総合課税」の対象とされる。一方で、「恒久的施設」に帰せられない所得である場合には、原則として「源泉分離課税」の対象とされ、源泉徴収により課税は完結する。 さて、本件に当てはめてみるが、その「国内源泉所得」に該当する内国法人からの役員給与はその非居住者が有する恒久的施設(このケースでは事業的規模の不動産所得)に帰せられる所得に該当するだろうか。答えはNoである。 つまり、「恒久的施設」を有していたとしても、今回のケースでは役員給与はその「恒久的施設」に帰せられない所得であるため、源泉分離課税の対象とされる。総合課税の対象にはならないため、源泉徴収により課税関係は完結し、この給与所得と事業的規模で行う不動産所得に係る損失を損益通算することはできない(所法164)。 (※) 上記改正の詳細については、財務省「平成26年度税制改正の解説」のp783以下を参照されたい。 7 結論 「移住する前と同様に、内国法人から支払われる役員給与について事業的規模の不動産所得に係る損失と損益通算できるだろう」とシミュレーションしていたものの、実際に移住して税務上の非居住者となった後に損益通算できないことが判明し、日本で納税すべき所得税額が増えてしまったということにならないように、事前にこの取扱いは考慮しておく必要があるだろう。 (了)
組織再編税制の歴史的変遷と制度趣旨 【第40回】 公認会計士 佐藤 信祐 《第6章》 平成19年度税制改正 1 三角組織再編成 平成19年度税制改正では、会社法における合併等対価の柔軟化に対応し、以下の改正が行われた(財務省「平成19年度税制改正の大綱」より抜粋)。 三角組織再編成を適格組織再編成として整理した理由は、100%親法人株式を組織再編成の対価として交付した場合には、その株式の保有を通じて実質的な支配が継続できることから、組織再編成の前後で経済実態に実質的な変更がなく、移転資産に対する支配が継続していると考えられるからであると説明されている(※1)。 (※1) 『平成19年版改正税法のすべて』272頁。 なお、合併法人等となる法人は、組織再編成の対価としての親法人株式を交付することになるが、原則として、当該親法人株式の譲渡により譲渡損益は実現しないこととされている。しかし、契約日以前に取得をした親法人株式については、契約日において時価による譲渡をし、直ちにその価額で取得をしたものとすることになった。 これは、親法人株式を一般的に保有する場合には、相当の時期に処分すべきこととされ、その処分による譲渡損益が実現することから、このような親法人株式の処分と整合的な取扱いをするためである(※2)。 (※2) 前掲(※1)272頁。 このように、三角組織再編成を行った場合にも課税関係が生じないように整理されたものの、国境を挟む組織再編成も可能であることから、上記(2)(3)の改正がなされている。この内容についてはやや特殊であることから、本稿では解説を行わない。 2 事業の明確化 事業関連性要件の判定において、「事業」「関連性」の定義が曖昧であったことから、平成19年度税制改正では、納税者の予測可能性を高めるために、「事業」「関連性」の明確化を行っている。 これに対応し、平成19年4月に国税庁から「共同事業を営むための組織再編成(三角合併等を含む)に関するQ&A~事業関連性要件の判定について~」が公表され、従前よりも事業の定義が狭く解されるようになった。 しかし、リーマンショックにより投資法人の再編を進める必要が生じたことから、平成21年3月に、国税庁から文書回答事例「投資法人が共同で事業を営むための合併を行う場合の適格判定について」が公表され、 と書かれており、事業の定義を緩やかに捉えるようになっている。 そのため、現行実務では、法人税法施行規則に規定されている事業の定義を参考にしつつも、会社法における事業の定義である「一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(最大判昭和40年9月22日民集19巻6号1600頁)」を参考にしながら、事業の範囲を広く捉えることが多いと思われる。 3 計算要素にゼロ又はマイナスがある場合の規定の整備 平成19年度税制改正では、計算要素にゼロ又はマイナスがある場合における資本金等の額、利益積立金額、みなし配当、有価証券の譲渡損益の規定が整備された。これにより、債務超過会社が組織再編成を行う場合の取扱いが明確化されたということが言える。 基本的な考え方としては、 と解説されている(※3)。 (※3) 前掲(※1)362頁。 なお、これらの規定を読み込む際に「控除」と「減算」の違いについて留意しておく必要がある。100から150を控除した場合には0となるが、100から150を減算した場合には△50になるからである。 そのほか、法人税法施行令9条1項1号以外の事由により利益積立金額が増減した場合にも、資本金等の額と同様に考えるべきであるため、これらの計算要素に加味されることになった(※4)。 (※4) 前掲(※1)363頁。 4 その他 そのほか、『平成19年版改正税法のすべて』368頁以降では、①株式交換又は株式移転に係る資本金等の額の整備、②新株予約権を対価とする費用等、③欠損等法人、④特定資産譲渡等損失額の損金不算入、⑤資産調整勘定につき、若干の改正が行われている。 この頃から顕著になり始めているが、大きな改正が行われた翌年度に、前年度の税制改正の不具合を修正するような税制改正が行われるようになっている。大きな税制改正が行われた場合には、必ず翌年度の税制改正も目を通す必要があるということが言える。 * * * 次回では、第7章として、平成20年度から平成21年度までの税制改正について解説を行う予定である。 (了)
租税争訟レポート 【第37回】 「架空の業務委託契約に係る消費税の仕入税額控除と 源泉所得税の納税告知処分 (東京地方裁判所平成29年5月11日判決)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 2011年3月3日、さいたま地検特別刑事部は、消費税などを脱税した容疑で、東京都豊島区の警備会社社長と、同社の顧問税理士を逮捕した。当時の新聞報道によれば、逮捕容疑は、両容疑者が、会社の設立2年間は消費税が免除される制度を悪用するために設立したダミー会社から警備員を派遣されたように装うなどの行為により、2007年3月期から2009年3月期の消費税と法人税計約5,600万円を脱税したということであった。 その後、社長と顧問税理士は起訴され、2011年6月22日、さいたま地方裁判所で執行猶予のついた有罪判決が出されて、確定した(別件刑事事件判決)。 本訴訟は、逮捕された当時の社長が、〔1〕修正申告の有効性と、〔2〕処分行政庁による納税告知処分及び重加算税等の賦課決定処分の違法性を争ったものである。 【事案の概要】 本件は、警備業を営む株式会社である原告が、処分行政庁から、①修正申告に対する法人税及び消費税等に係る過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分を受けるとともに、②原告が支払った給与に対する源泉所得税の各納税告知処分並びに不納付加算税及び重加算税の各賦課決定処分を受けたのに対し、①上記修正申告が無効であると主張して、上記過少申告加算税及び重加算税の各賦課決定処分の取消しを求めるとともに、②上記各納税告知処分等が、原告の関連会社に対する課税との二重課税であり違法であるなどと主張して、上記各納税告知処分並びに不納付加算税及び重加算税の各賦課決定処分の各取消しを求める事案である。 本稿では、[争点1]の修正申告が無効であるかどうか点については、原告及び被告の主張並びに裁判所の判断に関する論評を省略して、[争点2]以下に絞って、裁判所の判断を中心に検討したい。 なお、TAINSで公開されている判決文は、情報公開法第9条第1項による開示情報であるため、固有名詞や金額等が非開示となっており、適宜、筆者によってこれを補い、また、役職名等についても、混同を避けるため統一していることをお断りしておきたい。 【原告及び顧問税理士による節税対策スキームと処分行政庁による課税処分】 原告による消費税額等の節税を目的としたと思われる取引の流れは【図1】のとおりである。 【図1】 関連会社を使った消費税節税スキーム 原告会社は、消費税の免税事業者である関連会社を設立して、業務委託契約を締結して、警備業務を委託して外注費(消費税の計算における課税仕入れ)を支払うことにより、納付すべき消費税額等を減少させていた。同時に、顧問税理士名義の遊休口座に、役員報酬を振り込むことにより、法人税における所得の金額の計算上損金の額を増加させて、納付すべき法人税額を減少させていた。 これに対し、処分行政庁は【図2】のとおり、上記の節税スキームを否定した。 【図2】 処分行政庁による課税処分 すなわち、関連会社は実体のないダミー会社であるから、業務委託契約は架空のものであり、原告会社と警備員は雇用関係にあると判断して、消費税額の計算上、課税仕入れに係る仕入税額控除を認めず、また、警備員に対する給与に係る源泉所得税の納付義務を負うのは原告会社であるとして、納税告知処分を行った。 同時に、顧問税理士名義の口座に振り込まれていた役員報酬については、この口座を管理し、振り込まれた金員を引き出していたのは原告会社代表であると認定して、顧問税理士に対する役員報酬ではなく、代表に対する役員報酬であると判断した。 また、いずれの行為も、国税通則法68条1項所定の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の仮装が認められるとして、重加算税の賦課決定処分を行った。 【裁判所の判断】 1 [争点1]本件各修正申告の有効性について 裁判所は、原告による、「修正申告書を提出した税理士が無権代理である」【修正申告書に虚偽表示がある】といった主張を一蹴して、修正申告は有効なものであると判断した。 2 [争点2]本件納税告知処分等が二重課税として違法か否か 裁判所は、処分行政庁の判断を、「本件納税告知処分等は、本件関連3社は事業実態がないとして、①関連3社が警備員に対して支払った給与は、原告が警備員に対して支払った給与である、②本件関連3社が代表及び顧問税理士に対して支払った役員報酬は、原告が代表及び顧問税理士に対して支払った給与であると認定されて行われた」ものであるとした。 そのうえで、納税告知処分等に先立って、関連3社は、それぞれの法人の給与の支払事務所を管轄する税務署長に対して源泉所得税を納付したものであるが、原告に代わって、その源泉所得税を納付したものではないのであるから、原告は、処分行政庁に対してこれを納付すべき義務を免れるものではない。 また、本件関連3社に対しては、誤納金に係る請求権の時効が完成していなかった源泉所得税が返還されており、実質的にみても本件納税告知処分等が二重課税であるということはできない。不納付加算税及び重加算税の額等が高額であるとしても、原告が納付すべき源泉所得税を納付していなかったという以上、原告において受忍すべきものであり、この点をもって二重課税であるなどということはできない。 3 [争点3]本件警備員外注費について 裁判所は、原告による外注費の支出について、以下のとおり事実認定を行った。 こうした事実認定によって、裁判所は、警備員外注費は、雇用契約に基づく給与等であったと認めるのが相当であると判断した。 4 [争点4]本件役員報酬について 裁判所は、以下のとおり、関連会社による顧問税理士に対する役員報酬の支払いについて、事実認定を行った。 以上の事実認定から、裁判所は、原告代表又はその意を受けた原告の事務員が本件各出金をしたものと認められ、顧問税理士の供述によれば、本件役員報酬の計上は実態のない架空のものであるというべきであり、原告代表に対する支払であると認めるのが相当であると判断した。 5 重加算税の賦課決定処分が妥当であると判断された修正事項 裁判所は、以下の修正事項に関し、いずれも、「国税通則法68条1項所定の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の仮装が認められる」として、処分行政庁による重加算税の賦課決定処分を是認した。 【解説】 脱税容疑で代表が逮捕された原告が、代表が別件刑事事件で有罪判決を受けているにもかかわらず、課税処分の取消しを求めて提起した訴訟は、原告の主張はまったく認められず、棄却の判断を示した第一審判決が確定した。 判決文を読んで気になった点をいくつか指摘しておきたい。 1 顧問税理士に対する査察の参考人調査 判決によれば、原告は、2010年1月、処分行政庁である豊島税務署の調査を受けた後、いったん修正申告に応じている。その後、5月25日になって、関東信越国税局調査査察部により、顧問税理士を嫌疑者とする国税犯則取締法に基づく犯則調査に関して、原告を参考人とする調査を受け、さらに、翌年2月2日、今度は原告自身が、法人税法、消費税法及び地方税法違反の嫌疑があるとして、国税犯則取締法に基づく犯則調査を受けるこことなった。 顧問税理士に対する査察の参考人であったものが、原告自身が嫌疑者となった経緯については詳らかではないが、豊島区に本店がある原告の代表は、こうした経緯によって、さいたま地検特別刑事部によって逮捕、起訴されたようである。 2 再度の修正申告と原告代表の保釈 原告代表は、2011年3月3日に逮捕され、同月24日まで勾留されている。 勾留中、代表は、接見した弁護士に対し、原告の事業のために1日も早く身柄拘束を解いてもらいたいこと、身柄拘束を解いてもらうべく、査察部の調査内容を踏まえ修正申告をする意向があることを話した。 当時、原告の税務代理権限を有していた別の税理士は、3月17日、査察部に連絡し、修正申告をする用意があるから、調査内容や修正すべきと考えている内容を教えてほしいと伝え、同月18日、査察部職員と面会し、修正すべき事項を聴取した上、項目ごと、事業年度ごとの金額のメモを作成し、メモに基づき、本件各修正申告書を作成した。 同税理士は、同月22日、代表に接見し、査察部から指摘されている非違項目や、修正申告をした場合のおよその増税額について説明して、代表の記名と原告代表印の押印がある本件各修正申告書を同月23日に提出した。 原告代表の勾留が解かれたのは、勾留期限であるとともに、修正申告書提出日の翌日であった。否認をしていると「証拠隠滅のおそれ」を理由に勾留の延長が認められるといわれている「人質司法」の現状を考えると、修正申告により脱税の事実を認めなければ、さらに勾留が延長された可能性はあったかもしれない。 (了)
理由付記の不備をめぐる事例研究 【第49回】 「過収電気料金等の返戻額に係る収益」 ~電力会社から過大に徴収された電気料金等の返戻額の収益計上が漏れていると判断した理由は?~ 千葉商科大学商経学部講師 泉 絢也 今回は、青色申告法人X社に対して行われた「電力会社から過大に徴収された電気料金等の返戻額の収益の計上が漏れていること」を理由とする法人税更正処分の理由付記の十分性が争われた新潟地裁平成2年7月5日判決(税資180号1頁。以下「本判決」という)を素材とする。 1 更正通知書に記載された更正の理由(本件理由付記) (注) 素材とした本判決の判決文から読み取ることができる理由付記の一部を筆者が加工している。 2 本件理由付記から読み取ることができる関係図 3 本判決の判断 本判決は、大要次のとおり、理由付記に不備はないと判断した。 4 検討 (1) 求められる理由付記の程度 本件更正処分は、【1】T電力に対する電気料金等の過払いが判明し、X社とT電力との間で、昭和60年3月29日、過払額を1億5,000万円(本件過収電気料金等)とする合意を行ったこと、【2】同日付で確認書(本件確認書)を取り交していること、【3】X社は同日にT電力から本件過収電気料金等の支払いを受けていること及び【4】X社が昭和60年12月期の収益に計上していないことを前提として、本件過収電気料金等を同事業年度の収益に計上すべきであるとして行うものである。 【1】ないし【3】との関係では、本件更正処分は、X社の帳簿書類の記載を否認せずに、そのまま処分の前提とするものである。他方、【4】との関係では、本件更正処分は、X社が昭和60年12月期の収益に計上していないことの否認という広い意味において、X社の帳簿書類の記載自体を否認して更正する場合に該当する(もっとも、受領した本件過収電気料金等について、X社がどのような受け入れ処理を行っていたのかという点は必ずしも明らかではない)。 したがって、理由付記の程度としては、 ことになる(最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁等参照)。 (2) 理由付記の十分性 次のとおり、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 本件理由付記は、本件更正処分の根拠となる事実として、上記(1)【1】~【4】を記載するとともに、根拠資料として本件確認書を摘示している。その上で、本件過収電気料金等の返戻額は本件確認書で合意がなされた同日を含む事業年度の益金の額に算入すべきであるという判断結果を記載している(なお、法人税法上の収益の帰属時期の議論については、本連載【第20回】参照)。 であれば、本件理由付記は、その記載内容から処分の根拠となる法令及び具体的な事実を理解することができるものであり、これによって課税庁の判断過程が明らかとなるものであるといえる。したがって、更正処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与えるという理由付記の趣旨目的に適うものであると考える。 また、本件理由付記は、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけではなく、更正処分の根拠を帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示することによって具体的に明示するものである。 したがって、本件理由付記は、法の求める理由付記として十分なものであると考える。 * * * 次回は、「国保収入を減額する決算修正仕訳を否認する」法人税更正処分の理由付記の事例を取り上げる。 (了)
[IFRS適用企業の決算書から読み解く] 収益認識会計基準導入で 売上高はどうなる? 【第1回】 「釣った魚を持ち込むと料理してくれる店の売上高は純額計上?」 公認会計士 石王丸 周夫 ◆この連載のねらい◆ 「売上」は、会社における最大の関心事です。 その売上が、本年3月30日に企業会計基準委員会から公表された収益認識会計基準(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」)により、様変わりする可能性があります。 「どう変わるのか?」その正確なところは実務を待たなければわかりませんが、現時点でもある程度予測することはできます。 本連載では全4回で、収益認識会計基準がIFRSの考え方を取り入れたものであることに着目し、IFRSを採用している日本企業の決算書を分析することにより、日本基準を採用している会社の売上高がどう変わるのかを予測していきます。 ◆持ち込んだ魚の代金は? 釣った魚を持ち込むと、天ぷらにして食べさせてくれるという店があります。新鮮だし、自分で釣った魚だし、味は格別だろうと思いますが、ここで少し気になることが・・・。それは、「この店は売上をいくらで計上するのか」ということです。 こうした店の営業形態として、考えられるやり方は2つあります。無償支給と有償支給です。 無償支給 釣った魚を持ってきた客が、店にそれを無償で預け、店がそれを天ぷらにして客に提供し、食べてもらうやり方。客が払う料金は、調理代と食事場所提供代であり、店が売上高として計上するのもこれらの料金。つまり、客が持ち込んだ魚については、代金のやりとりはない。 有償支給 客が持ち込んだ魚を店がいったん買い取り、その金額に調理代と食事場所提供代を上乗せして、改めてその客に販売するというやり方。客が払う食事代には、天ぷらの材料となった魚の代金も含まれている。 有償支給の場合、店では2通りの会計処理方法が考えられます。店が払った魚の買取り代と店が受け取った食事代を両建て(総額)計上する方法と、それらの純額を売上計上する方法の2つです。 有償支給における上記2つの方法は、店の利益はどちらも同じになりますが、総額で計上する方法は、魚代の分だけ店の売上が膨らみます。会計的には、どちらが正しいのでしょうか? ◆会計基準次第で売上計上額が変わる 同じような悩みは大企業の会計でも見られます。まず、以下のグラフを見てください。 ※動かない図はこちら このグラフは、(株)豊田自動織機の2013年3月期から2017年3月期の5年度分について、売上数値(連結ベース)を並べたものです。一見してわかるとおり、2016年3月期の売上が、前年比で22%減少しています。 普通はこんなに減少すると経営不振と見られてしまうのですが、この例では、業績には何の問題もありませんでした。 では一体、何が起きたのでしょうか。 近年、決算書に掲載されている売上数値を見るとき、少し気をつけなければいけないことがあります。それは、決算書のベースになっている会計ルールが変更されると、売上数値が変わってしまうことがあるということです。 たとえば、日本基準とIFRSであれば、いずれを採用するかによって売上数値に差が発生するのです。 上のグラフの場合、売上が急減した2016年3月期以降、それまでの日本基準からIFRSに会計ルールが変更されています。グラフで見られる売上の急減は、他でもないそのせいでした。 ◆業績は問題なし 念のため確認しておきましょう。以下のグラフは、先ほどのグラフを少し変えたものです。 ※動かない図はこちら 豊田自動織機は、2016年3月期と2017年3月期について、日本基準の決算書も作成・公表しています。両年度について日本基準の売上数値に置き換えたのが上のグラフです。 つまり、上のグラフは、2013年3月期から2017年3月期まですべて、日本基準の売上数値を並べたものというわけです。 これを見ると、先ほど見たような売上の急減はないことがわかります。この会社の業績は、順調に推移していますね。 ◆原因は有償支給取引の会計処理 では、IFRSに変更したとき、なぜ売上が減ってしまったのでしょうか。 その理由は有償支給取引の会計処理にあります。 有償支給とは、メーカー(支給元)が別のメーカー(支給先)に材料を売り渡し、支給先で加工後に、支給元がそれを買い戻す一連の取引のことを言います。 このとき支給先でどのような会計処理が行われているかというと、これまでの日本基準では厳密な決まりはなく、複数の考え方があるのですが、その1つとして、上の図表に示したように、売上と売上原価を総額で表示する処理が実務で行われています。 このような処理を行っている会社がIFRSに移行すると、どうなるでしょうか。 結論から言うと、純額処理になります。下の図に示したとおりです。 支給先の会社は、支給品について価格変動リスク等を負っていないことから、加工賃のみを収益計上するという理屈です。 豊田自動織機の売上で起きた変化は、取引の詳細は知りえませんが、ごく単純化するとこのようなものであろうと推定されます。 ◆利益率への影響もおさえておきたい 財務指標への影響も見ておきましょう。 ※動かない図はこちら 上のグラフは、豊田自動織機の売上総利益率(=売上総利益/売上高、粗利率のこと)の推移です。2016年3月期以降、売上総利益率が跳ね上がっていることがわかります。 このグラフだけ見ると、会社が急に儲かり出したかのように思えてしまいますが、それは違います。単なる数字のいたずらです。売上と売上原価が総額表示から純額表示に変わった結果、分母の売上高が圧縮されたけれども、分子の利益自体は変わらないため、利益率が上がるのです。 有償支給先における売上は圧縮され、利益率は跳ね上がる。これが、日本基準からIFRSへ移行したことによる変化です。日本基準で収益認識会計基準が適用になると、一律にとは言えませんが、同様のことが起こると予想されます。 ◆おわりに さて、冒頭の「釣った魚を持ち込むと料理してくれる店」の話ですが、一応結論を述べておきましょう。 収益認識会計基準が適用されると、有償支給の場合、店の売上高は純額計上を軸に考えていくことになると予想されます。 ただし、「買い取った魚を別の客に提供することはあるのか」、「買い取った魚と客に提供する調理後の魚はひも付きになっているのか」といった細かい点によっては結論も変わってくると考えられます。と言っても、個人事業者と見られるこのお店にとっては、全くどうでもよいことです。。。 (了)
税効果会計における 「繰延税金資産の回収可能性」の 基礎解説 【第5回】 「タックス・プランニングの実現可能性に関する取扱い」 仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮 1 はじめに 連載【第3回】から【第4回】にわたり、税効果会計における会社分類の解説を行った。繰延税金資産の回収可能性を検討する上で、自社がどの分類に属するのか検討することは必須であるため、理解できるまで熟読していただきたい。 さて、今回からは個別テーマを取り上げ、分類に応じて繰延税金資産の回収可能性をどのように検討すればよいのか解説していく予定である。 今回のテーマは「タックス・プランニングの実現可能性に関する取扱い」である。 2 タックス・プランニングとは 連載【第2回】で解説したとおり、タックス・プランニングとは将来の法人税等の発生額を見込む(計画する)ことであるが、将来の法人税等の発生額を見込む際には様々な状況を検討することになる。 将来の利益計画を立案することは当然であるが、例えば保有資産の売却を検討しているのであれば、その時期や金額の見積りが必要となり、その見積りの際には実現可能性を十分に考慮しなければならない。具体的には、当該資産の売却等に係る意思決定の有無、実行可能性及び売却される当該資産の含み益等に係る金額の妥当性を考慮する必要がある。 特に不動産や有価証券の売却にあたっては、法令や取引関係により売却が制限される可能性もあるため、慎重に検討しなければならない。 【図1】 3 会社分類ごとの資産の含み益等の実現可能性に関する取扱い 当然であるが、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額は将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額を構成することになる。 将来の一時差異等加減算前課税所得を見積ることのできる状況は企業により異なることから、タックス・プランニングに基づき、将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額を構成する資産の含み益等の実現可能性については会社分類ごとに以下のように判断することになる。 【図2】 タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額の取扱い 分類1 タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込んで繰延税金資産の回収可能性を考慮する必要はない。 分類2 次の①及び②をいずれも満たす場合、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができるものとする。 分類3 次の①及び②をいずれも満たす場合、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)又は第 24 項(※)に従って繰延税金資産を見積る企業においては5年を超える見積可能期間の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができるものとする。 (※) 回収可能性適用指針第24項抜粋 分類4 次の①及び②をいずれも満たす場合、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができるものとする。 分類5 原則として、繰延税金資産の回収可能性の判断にタックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を織り込むことはできないものとする。ただし、税務上の繰越欠損金を十分に上回るほどの資産の含み益等を有しており、かつ、分類4の①及び②をいずれも満たす場合、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができるものとする。 (1) 分類1について 分類1の場合、これまでの実績から将来においても高い収益力に基づく課税所得が安定的に生じることが予測されており、それによって期末における将来減算一時差異等を上回る課税所得が生じることが見込まれるため、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、将来の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込んで繰延税金資産の回収可能性を考慮する必要はない。 (2) 分類2について(連載【第4回】の【図2】において分類2に該当する会社を含む) 分類2の場合、収益力に基づく課税所得が安定的に生じることが見込まれるものの、将来減算一時差異の解消見込額と一時差異等加減算前課税所得を比較して回収可能性を検討しなければならないため、【図2】の条件を満たす限り資産の売却等の計画も含めたタックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得を見積ることができる。 【図3】では、分類2に該当する会社における例示であるが、この中で土地売却益を一時差異等加減算前課税所得に含めて回収可能性を検討している点をご確認いただきたい。 【図3】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 (※) 【図1】と同様にタックス・プランニングに問題はないものとする。 (3) 分類3について(連載【第4回】の【図2】において分類3に該当する会社を含む) 分類3の場合、収益力に基づく課税所得の発生が安定的ではないため、原則的に将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の回収可能性を判断することになる。したがって、当該期間に属する将来減算一時差異の解消見込額と一時差異等加減算前課税所得を比較して回収可能性を検討しなければならない。 タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額の取扱いは【図3】の例示において、見積れる期間が将来の合理的な見積可能期間に制限されるというイメージをもっていただくと理解しやすいのではないだろうか。 例えば、中期経営計画が×4年3月期までしか策定されておらず、そこまでしか見積ることができない会社であれば、×5年3月期以降に発生が見込まれる土地売却益は一時差異等加減算前課税所得の見積額に含めることができなくなるため、留意が必要である。 (4) 分類4について 分類4の場合、過年度の課税所得の発生額の経緯から、収益力に基づく課税所得の発生の見積りについて長期間は認められないため、翌期に確実性をもって資産の売却等が見込まれる場合にのみ資産の売却等にかかる利益を一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができる。 タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額の取扱いは【図3】の例示において、見積れる期間が翌期(×2年3月期)のみに制限されるというイメージをもっていただくと理解しやすいのではないだろうか。 (5) 分類5について 分類5の場合、通常、将来において一時差異等加減算前課税所得が発生する可能性が低く、将来減算一時差異等に将来の税額負担を軽減する効果がないと想定されるため、繰延税金資産の計上が認められないことから、タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額の取扱いにおいても、原則的にはタックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を織り込むことはできないものとされている。 ただし、税務上の繰越欠損金を十分に上回るほどの資産の含み益等を有しており、かつ、その実現可能性が高いと見込まれる場合には、当該タックス・プランニングに基づく一時差異等加減算前課税所得の見積額を、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に織り込むことができるものとされている。 (了)
改正法案からみた 民法(相続法制)のポイント 【第2回】 「配偶者居住権(長期居住権)」 弁護士 阪本 敬幸 連載【第1回】となる前回は、民法(相続法制)の改正法案(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案(以下「法案」))の全体像を概観したが、今回は、配偶者の居住に関する権利のうち、配偶者居住権(長期居住権(法案1028条~1036条))について解説する。 1 趣旨 高齢化社会の進展により、相続開始時に被相続人の配偶者(以下、単に「配偶者」という)が高齢であることも多いが、その後も配偶者が長期間生活を継続することも多い。そのような場合に、配偶者に住み慣れた自宅建物に居住させるとともに、建物以外の財産を渡す必要性が存在する。 しかし現行法の下では、被相続人が建物を所有していた場合、相続開始後、配偶者が建物所有権を取得するか、建物所有権を取得した相続人と配偶者との間で契約(賃貸借・使用貸借等)が成立しなければ、配偶者は建物を利用できない。前者の場合は建物評価が高額となって配偶者がその他の遺産を取得できない恐れが、後者の場合は契約が成立しない恐れがある。 そこで、配偶者保護の観点から、配偶者の長期的な居住権として「配偶者居住権」を創設することとなった。 2 配偶者居住権の内容 配偶者居住権は、配偶者が、原則として配偶者の終身の間、居住建物全部を、無償で使用・収益することができる権利である(法案1028条1項・1030条本文)。 配偶者居住権は遺言・遺産分割協議・家裁の審判により成立し(法案1028条1項、1029条)、存続期間については、遺言・遺産分割協議・審判の中で別段の定めをすることができる(法案1030条但書)。配偶者保護の観点から創設されたものであるから、配偶者が譲渡することはできない(法案1032条2項)。 用益物権と考えることもできるが、法制審議会では、賃借権類似の法定債権と位置付けている(民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明13頁)。 3 成立要件 (1) 遺産分割・遺贈・死因贈与による成立(法案1028条1項) (2) 審判による成立(法案1029条) 4 配偶者居住権の効力等 (1) 使用収益に関する権利義務 配偶者居住権者である配偶者は、原則として終身の間(成立時に別段の定めを置くことは可能)、建物全部を無償で使用収益できることは前述した。 短期配偶者居住権(法案1037条~1040条)においては、使用のみが認められている(しかも、建物の一部を使用していた場合には、その一部しか使用できない)のと異なり、収益が可能である。ただし、建物の使用収益にあたっては、従前の用法に従い、善良な管理者の注意をしなければならないとされており(法案1032条1項)、建物の改築・増築や転貸するには建物所有者の承諾が必要である(法案1032条3項)。 したがって、例えば被相続人が居住建物の一部を第三者に賃貸して収益していたような場合、配偶者居住権が成立すれば、配偶者は引き続き賃料全部を収受することができるということになる。このような場合、賃料収入があることを前提として、配偶者居住権の評価がなされるから(後記7参照。賃料収入を前払いしたものと考えて評価する)、配偶者が不当に利益を得ることにはならない。 なお、配偶者に前述した用法等に関する義務(法案1032条1項・1032条3項)違反があった場合、建物所有者は配偶者に是正を催告し、配偶者が催告に応じて是正しない場合には配偶者居住権を消滅させることができる(法案1032条4項)。 (2) その他の配偶者の義務等 配偶者居住権者である配偶者は、居住建物の修繕をすることができ(法案1033条1項)、配偶者が修繕しない場合は建物所有者が修繕することができる(法案1033条2項)。建物修繕や、建物につき権利主張する者がいる場合、配偶者は建物所有者に対し通知する義務を負う(法案1033条3項)。 配偶者は、通常の必要費を負担するが(法案1034条1項)、配偶者が通常の必要費以外の費用(有益費等)を負担した場合、建物所有者に対し償還を求めることができる(法案1034条2項)。 配偶者は、配偶者居住権が消滅した場合には、建物の返還義務を負い(法案1035条1項本文)、その際には建物を原状(相続開始時の状態)に回復する義務を負う(法案1035条2項、債権法改正により平成32年4月1日に施行される民法条文(以下、「改正後民法条文」という)599条1項)。 (3) 居住建物を使用収益する第三者との関係 上記のように、被相続人の生前から、居住建物の一部を賃借する第三者がいるような場合、配偶者居住権者である配偶者は引き続き賃料を収受できると考えられる。また配偶者居住権者である配偶者は、建物所有者の承諾を得て、第三者に居住建物を使用収益させることができるとされている(法案1032条3項)。 このように、建物所有者と当該第三者との間に、賃貸借における賃貸人と転借人と同様の関係が生じるため、配偶者居住権の条文の中にも居住建物を使用収益する第三者の保護規定が置かれている。 すなわち、居住建物を使用収益する第三者は(以下、第三者・配偶者間の契約を「第三者賃貸借契約等」という)、配偶者が建物所有者に対して負う債務を限度として、建物所有者に対し、第三者賃貸借契約等に基づく債務を直接履行する義務を負うことになる。また、配偶者居住権者と建物所有者との間で、配偶者居住権を合意により消滅させたとしても、適法に居住建物を使用収益する第三者に対しては対抗できない(第三者賃貸借契約等を終了させることはできない)とされている(以上につき法案1036条、改正後民法条文613条)。 (4) 対抗要件 配偶者居住権の第三者対抗要件は、登記に限定されており(法案1031条2項前段、民法605条)、建物所有者は配偶者居住権の登記義務を負う(法案1031条1項)。登記された配偶者居住権には、対抗力を備えた賃借権同様、妨害排除請求権・返還請求権が認められる(法案1031条2項後段、改正後民法条文605条の4)。 建物賃借権では建物の引渡(占有)も対抗要件とされているところ、配偶者居住権においては対抗要件が登記に限定されたのは、占有を対抗要件とすると、配偶者居住権の成立要件として配偶者の建物居住が求められていることから配偶者居住権が成立すれば即対抗要件取得となってしまうことや、賃借権と異なり配偶者居住権においては賃料収入を得ることはできず、第三者に対して権利を公示する必要性が高いことを考慮したためである(民法(相続関係)等の改正に関する中間試案の補足説明13頁)。 5 配偶者居住権の消滅 配偶者居住権は、期間満了・配偶者死亡・目的建物の滅失等・配偶者居住権消滅の意思表示・建物所有者と配偶者との消滅合意により消滅する。 配偶者居住権の存続期間は、原則、配偶者の終身であるが、期間が定められた場合には期間満了により消滅する(法案1036条、改正後民法条文597条1項、621条)。 また、配偶者の死亡によっても消滅する(法案1036条、改正後民法条文597条3項)。これは、配偶者居住権は、配偶者を保護するために認められた配偶者の一身専属的な権利だからである。 居住建物の全部が滅失その他の事由により使用収益できなくなった場合にも消滅する(法案1036条、改正後民法条文616条の2)。 前述の通り、配偶者に用法義務違反等があった場合には、建物所有者から配偶者に対し、催告の上、配偶者居住権消滅の意思表示をすることにより、配偶者居住権は消滅する(法案1032条4項)。 また配偶者居住権が債権であることからすれば、配偶者と建物所有者との間の合意があれば配偶者居住権を消滅させられることは当然であるが、適法に居住建物を使用収益する第三者に対しては消滅を対抗できないことは前述した。 6 建物賃借権との差 既述のように、配偶者居住権の内容は、一般的な建物賃貸借契約に類似しているといえるが、配偶者保護の観点から、建物所有者の負担の下で成立させるものであるため、以下のような違いがある。 7 配偶者居住権の財産的評価 配偶者居住権の財産的価値は、建物所有権よりも低額になるため、配偶者に建物所有権を取得させる場合に比べ、より多くの動産類を配偶者に取得させることが期待されている。そこで、配偶者居住権の財産的評価についての議論がなされているが、本稿執筆現在では、明確な評価方法は定められてはいない。 法制審議会においては、以下のような計算方法が提示されている。頁数の制約もあるため、以下には概要を示すので、詳細はリンクから参照していただきたい。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例3】 「地震が発生した場合の空き家の管理責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、父と同居していますが、父は、祖父から相続した建物を別に所有しています。父はその空き家を物置として利用していますが、高齢ということもあり、空き家に行くことはありません。ただ、私は、父に頼まれて、年に数回、換気や整理をしています。 空き家は、旧耐震基準のもとで建築された建物であり、屋根や壁面も老朽化しています。 地震が発生して、空き家の外壁などが崩れて、通行人等にケガを負わせた場合、私や父はどのような責任を負うことになるのでしょうか。 1 空き家の利用状況 国土交通省は、全国の戸建て住宅の空き家等について利用状況、管理実態などを把握し、空き家に関する基礎資料を得ることを目的として、昭和55年から5年ごとに「空家実態調査」を行っている。 直近の調査結果である「平成26年空家実態調査」によれば、戸建ての空き家の建築時期は、昭和55年以前(旧耐震基準時代)のものが62.3%を占めている。また、管理する頻度は、「月に数回」と「年に数回」とを併せたものが57.4%を占めている。さらに、今後5年間、空き家として利用する割合は21.5%とされており、その主な理由は、「物置として必要」、「解体費用をかけたくない」とされている。 これらの調査結果からは、耐震性能の低い老朽化した建物が、十分な管理をされないまま物置等として利用されている実態が垣間見えるが、このような空き家は、地震等が起きた場合に災害の原因となりうる。 そこで今回は、地震が起きた場合の空き家の管理責任について検討することとしたい。 2 地震と工作物責任(民法第717条) (1) 工作物責任の判断枠組み 前回の解説のとおり、民法第717条第1項は、工作物の設置又は保存の瑕疵によって生じた損害について、その占有者に第一次的責任を負わせ、占有者が責任を負わない場合に、所有者に無過失責任を負わせている。 民法第717条第1項に規定する工作物の設置又は保存の「瑕疵」とは、建物に代表される工作物が、その種類に応じて、通常備えているべき安全性を欠いていることをいう(最判昭和45年8月20日民集24巻9号1268頁参照)。 また、「設置」の瑕疵は、当該工作物が設置された当時の瑕疵をいい、「保存」の瑕疵は、当該工作物が設置された後の瑕疵をいう。 法律効果面の差異はないが、瑕疵の内容を事案に即して検討する上では、区別して考えることが有益である。 (2) 設置又は保存の瑕疵について 本件では、地震との関係を問題にしていることから、建物が備えているべき、通常発生することが予測される地震動に耐えうる安全性をどのように判断するかが問題となる。 地震が建物に及ぼす影響は、地震そのものの規模に加えて、地盤、地質の状況、建築物の構造、施工方法等の事情によって異なる。したがって、瑕疵の判断にあたっても、このような事情を総合考慮して、当該建物が通常発生することが予測される地震動に耐えうる安全性を有しているかを判断することになる。 一般論としては上記のとおりであるが、地震に関連する工作物責任が争われた裁判例においては、当該工作物が耐震基準に適合していたかどうかが争点になることが多い。そこで、実際の裁判例が、耐震基準と設置又は保存の瑕疵との関係をどのように整理しているかを確認しておくことにしたい。 ① 設置の瑕疵と耐震基準の関係 賃貸マンションの1階部分が阪神・淡路大震災によって倒壊し、賃借人が死亡した事故に関して、裁判所は、当該マンションの設置の瑕疵の有無について、当該マンションが建築当時の基準に反して建築されていたことから、建物が通有すべき安全性を有していなかった旨判断している(神戸地判平成11年9月20日判時1716号105頁参照)。 この事案は、当該マンションが建築当時の設計震度による耐震性を有していたとしても、倒壊したと推認された事案であったが、裁判所は、建築当時の設計震度に適合していれば、実際の倒壊状況と同様の結果にはならなかった可能性を重視し、当該マンションの設置の瑕疵を認めた。 このように、建物の設置の瑕疵を判断する場合において、建築当時の耐震基準を満たしていたかどうかは、重要な判断要素ということができる。 本件の物置として利用されている空き家は、旧耐震基準下において建築されたものであるが、旧耐震基準に満たない建物である場合は、建物の設置に瑕疵があると認められる可能性は高くなるだろう。 ② 保存の瑕疵と耐震基準の関係 それでは、旧耐震基準を満たした建物に設置の瑕疵がないとしても、その後に生じた地震で倒壊した場合、保存の瑕疵の有無をどのように考えるべきか。 この点、構造基準等の法規制がなかった当時に設置されたブロック塀が宮城県沖地震によって倒壊し、通行人が死亡した事故に関して、裁判所は、ブロック塀の保存の瑕疵の有無について、次のように判示している(仙台地判昭和56年5月8日判時1007号30頁参照(注:原文ママ・下線は筆者))。 上記の仙台地裁の判断枠組みには異論もあるが、ブロック塀は、設置された当時の旧耐震基準に適合しており、その後に耐震基準が変更されても、そのことのみでは違法とはならないのであるから、原則として、保存の瑕疵がないとする判断は妥当であろう。 問題は、仙台地裁の判示する「特別事情」がどのような場合に認められるかである。 この点については明らかではないが、例えば、行政や周辺住民などから老朽化による倒壊の危険性が指摘されており、これを所有者が認識していたような場合、事実関係によっては、保存の瑕疵が認められるものと考えられる。 (3) 占有者の第一次的責任の可能性 上記(1)で指摘したとおり、民法第717条の工作物責任を第一次的に負うのは、「占有者」である。本件では、相談者が父親から空き家の管理を依頼されていることから、「占有者」と認められる余地があるかも若干検討しておきたい。 民法第717条第1項が占有者に第一次的責任を負わせているのは、占有者が工作物から生じる損害の発生を防げる立場にあるからである。一方で、同項ただし書は、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは免責している。 このような条文の規定からすると、「占有者」と認められるためには、具体的な場合において、当該工作物の設置又は保存の瑕疵から生じる損害の発生を防止することが社会的に期待できるだけの地位にあることが必要というべきであろう。 本件においては、相談者は、父親からの依頼によって、空き家の換気や整理をしているに留まり、建物の老朽化による修繕を行うことまでは任されていない。そうすると、相談者が「占有者」と認められる可能性は低いと考えられる。逆に言うと、本件においては、所有者である父親が、民法717条の責任主体となる可能性があるということである。 (4) 不可抗力が損害額に及ぼす影響 それでは、占有者又は所有者が工作物責任を負う場合、工作物の瑕疵によって生じた全損害を賠償する義務を負うことになるのだろうか。 この問題に関して、損害賠償制度の趣旨は、損害の公平な分担にあるところ、建物の設置の瑕疵と想定外の自然力とが競合して損害発生の原因となっている場合には、自然力の損害発生への寄与度を考慮して、損害額が限定されることになると考えられる。現に、上記の神戸地裁は、同様の理論によって、建物所有者の損害賠償の範囲を建物賃借人の全損害の50%としている。 (了)
AIで 士業は変わるか? 【第17回】 「AIの実用化で公認会計士の財務諸表監査は消滅するのか」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに AIの開発には目覚ましいものがあり、近い将来、公認会計士による財務諸表監査にも大きな影響を及ぼすことが予想される。 果たしてAIが「不正会計」の発見に有用なものか、あるいは効率的・効果的に財務諸表監査を実施するに際しての救世主となるのか、今のところ予断を許さない。公認会計士も、M&Aなどを含む会計に関連する幅広い業務を行っていることから、AIの活用場面は何も財務諸表監査に限られるものではない。 本稿では、財務諸表監査が公認会計士に独占的に認められている基本的な業務であることに着目し、AIの実用化により(財務諸表監査を担う)公認会計士という職業が消滅するのではないかとする世間に流布する見解について、思いつくままに述べてみたい。 Ⅱ 財務諸表監査とAI 1 AIを用いた内部統制の構築 公認会計士の行う財務諸表監査は、会社が適切な内部統制を構築していることを前提として成り立っている。会社が構築する内部統制にAIを組み込むことにより、不正な報告あるいは資産の流用の隠蔽などに関する危険に対処することができ、また、領収書や請求書などの取引の証憑から、直接、コンピュータシステムによる画像処理によって会計上の仕訳を行うようにすれば、人間の手入力による入力ミスなどは起こらないようにできるであろうし、さらに会計上の仕訳入力の前段階で、AIによって、取引の異常性をチェックできるようにすれば、不正な取引を早期に発見することも可能であろう。 このように、会社側がAIを組み込んだ内部統制によってすべての取引に対してチェックできる体制を構築するとなれば、公認会計士の財務諸表監査におけるサンプリングは、ほとんど意味のないものとなるであろう。 こうした状況を迎えた場合、会社としては、AIを用いた内部統制の構築を実行できる人材を求めることになるであろう。その際、その人が公認会計士である必要はない。必要となるのは資格ではなく、能力である。 2 財務諸表の作成責任と監査 適切な財務諸表を作成する責任は、会社の経営者にある。公認会計士の行う財務諸表監査の目的は、経営者の作成した当該財務諸表に対して監査人が意見を表明することにあり、財務諸表の作成に対する経営者の責任と、当該財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する監査人の責任とは区別される。これを二重責任の原則という(「監査基準の改訂について」(平成14年1月25日、企業会計審議会)三、1(1))。 AIが実用化され、会社において、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の調査・検討を十分に行える情報をもてば、公認会計士のそれと比較して遜色のないものとなるであろう。また、会社側でAIを活用し、事例検索を行えばよいので、あえて公認会計士に意見を求める必要もない。 では、会社が公認会計士に期待するものは何か。それは会計基準等に関する深い洞察や、会計学の観点からの「会計専門家」としての見解となろう。となれば、AIは、そのような「会計専門家」にとって有力なツールとなり、それを活用して的確なアドバイスを会社に行える公認会計士が生き残るのかもしれない。 ところで、過去を振り返ってみると、「監査基準の設定について」(昭和31年12月25日、大蔵省企業会計審議会中間報告)では、監査は、相当の専門的能力と実務上の経験とを備えた監査人にして初めて有効適切に行いうること、また、高度の人格を有し、公正なる判断を下しうる立場にある監査人にして初めて、依頼人は信頼してこれを委任することができると述べられている。 未来を語る前に、自身がこのような監査人であるかどうかを改めて問うてみてはどうか。 Ⅲ 財務諸表監査を担う公認会計士は残るだろう 前述のように、会社において、AIを活用した内部統制を構築し、また、財務諸表作成に関連する適切な会計基準等の情報をもつようになれば、財務諸表監査を行う公認会計士の役割は縮小し、巷間言われるように、公認会計士という職業が消滅することになるのだろうか。 結論からいうと、筆者は、AIが実用化されても公認会計士による財務諸表監査は残ると考えている。ただし、それは財務諸表監査が失敗したときに、責任を取るべき存在としてである。 確かに、財務諸表の作成責任は会社の経営者にあるし、不正な報告はあってはならないものであるが、それでも虚偽記載のある財務諸表が全くなくなるとは思えないし、また、会社が適切な会計基準等の適用を誤ってしまうことも考えられる。 誤った財務諸表が作成され公表されてしまったときに、誰かが責任を負わなければならない。責任を負うのは、AIを含む機械ではなく、人間である。 誤った財務諸表の作成・公表に関する責任は、第一義的には会社の経営者であるが、財務諸表監査を実施した公認会計士も、財務諸表の適正表示に関する意見表明に対する責任を負うのである。 AIがどれほど有用なツールであったとしても、財務諸表の適正表示に関して最終的に判断するのは人間であることに変わりない。そして、財務諸表監査においては公認会計士に責任が帰着する。 このように、公認会計士は、財務諸表監査に関する責任を取るために存在しなければならない以上、消滅しないということになる。 (了)