日本の企業税制 【第40回】 「業績連動給与の損金不算入」 -改正法案における規定の確認- 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 小畑 良晴 平成29年度税制改正に関する「所得税法等の一部を改正する等の法律案」が、2月3日、閣議決定の上、国会に提出された。 改正の概要については、すでに、昨年12月の与党税制改正大綱において明らかにされているところであるが、それが、実際の条文にどのように落とし込まれるのかが確認できるようになったわけである。 法人税法の改正の主要な項目としては、役員給与の損金不算入制度と組織再編税制の2つが挙げられるが、役員給与の損金不算入制度の見直しは、平成28年度税制改正に続いての改正となる。 平成28年度税制改正では、法人税法上、損金算入が認められるいわゆる「利益連動給与」について見直しが行われた。その算定方法は、従来「利益に関する指標」を基礎にすることとされていたところ、「利益の状況を示す指標」を基礎とすることと改められ(法法34①三イ)、一定の「有価証券報告書に記載されるべき事項による調整を加えた指標」(法令69⑧)でもよいことが明らかになった。 今回の改正では、役員給与のうち、これまで利益連動給与として損金算入要件が定められていたものの範囲が拡大され、「業績連動給与」となることを踏まえ、その規定を整理したい。 1 損金不算入制度の対象の拡大 今回の改正では、従来、損金不算入制度(法法34①)の適用対象から除外されていた退職給与及び新株予約権にも、その適用が及ぶこととなっている。 具体的には、従来、 とされていたところ、改正法案では、 と改められており、新株予約権と業績連動給与に該当する退職給与とが、損金不算入制度の対象に追加されている。 ここで、「業績連動給与」という新たなカテゴリーが創設されていることがわかる。 2 業績連動給与とは では、「業績連動給与」とは何か。この点は、同条第5項(現行の第5項は第6項に移動)に定義規定が追加されている。 同項によれば、大別すると次の2つのカテゴリーの給与が「業績連動給与」に該当する。 ① 利益の状況を示す指標、株式の市場価格の状況を示す指標その他の同項の内国法人又は当該内国法人との間に支配関係がある法人の業績を示す指標を基礎として ・算定される額の金銭による給与 ・算定される数の株式による給与 ・算定される数の新株予約権による給与 ②・特定譲渡制限付株式若しくは承継譲渡制限付株式(法法54①)による給与 ・特定新株予約権若しくは承継新株予約権(法法54の2①)による給与 で、無償で取得され、又は消滅する株式又は新株予約権の数が役務の提供期間以外の事由により変動するもの イメージとして敢えて言えば、①は一定の業績が達成された時点で与えられるものであり、②は一定の業績が達成されない場合に没収されるものである。 3 損金算入される業績連動給与 従来、いわゆる利益連動給与として損金算入の対象となるものは、「利益の状況を示す指標を基礎とした」もののみであったが、改正法案では、上記の「業績連動給与」のうち一定の要件を満たすものが、損金算入の対象となることとされている(法法34①三柱書)。 (1) 指標の追加 具体的には、「株式の市場価格の状況を示す指標」と「売上高の状況を示す指標」が追加されている(法法34①三イ)。前者については2で示した第5項にも明示されている指標であり、後者は第5項では「その他の・・・指標」にあたるものと考えられる。 ただし、前者(株式の市場価格の状況を示す指標)については、「当該内国法人又は当該内国法人との間に完全支配関係がある法人の株式の市場価格又はその平均値その他の株式の市場価格に関する指標として政令で定めるものに限る。」との限定が付されており、後者(売上高の状況を示す指標)については、単独で使用することはできず、「利益の状況を示す指標又は株式の市場価格の状況を示す指標と同時に用いられるもの」であることが求められている。 また、従来の「利益の状況を示す指標」は「当該事業年度」のものに限られていたが、「職務執行期間開始日以後に終了する事業年度」のものも対象とされ、「株式の市場価格の状況を示す指標」については、「職務執行期間開始日の属する事業年度開始の日以後の所定の期間若しくは職務執行期間開始日以後の所定の日」のもの、「売上高の状況を示す指標」については、「職務執行期間開始日以後に終了する事業年度」のものがそれぞれ対象とされている。 (2) 金銭以外の給与の追加 従来、 (法法34①三イ)とされ、金銭による給与であることが前提とされていたところ、改正法案では、 とされ、「適格株式による給与」と「適格新株予約権による給与」とが追加されている。 しかも、株式又は新株予約権による給与については、「確定した数を・・・限度としているもの」であることが必要である(法法34①三イ(1))。 なお、適格株式は「市場価格のある株式又は市場価格のある株式と交換される株式」であり、適格新株予約権は「その行使により市場価格のある株式が交付される新株予約権」であり、いずれも「当該内国法人又は関係法人(当該内国法人との間に支配関係がある法人として政令で定める法人(法法34⑦))が発行したものに限」られている(法法34①二ロ・ハ)。 上記第5項の「業績連動給与」の定義との対比で言えば、損金算入される「業績連動給与」の範囲は絞り込まれており、第二のカテゴリーにおいて、新株予約権のみとなっている点に注意が必要である(つまり、業績連動給与の特定譲渡制限付株式と承継譲渡制限付株式は損金算入の余地がない)(法法34①三イ)。 (3) 100%子会社の支給する給与の追加 従来、 ものに限られていたところ、改正法案では、 (法法34①三柱書)ものとされており、100%子会社であってもその親会社が同族会社でなければ、その業績連動給与も損金算入の対象となる。 (了)
〔平成29年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第4回】 (最終回) 「「雇用促進税制の縮減・延長」 「役員給与の損金算入要件の緩和」 「交際費等の損金不算入の特例の延長」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 平成28年度税制改正における改正事項を中心として、平成29年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。【第3回】は、「減価償却の見直し」、「少額減価償却資産の特例の延長」、「生産性向上設備投資促進税制の縮減・終了」及び「環境関連投資促進税制の見直しと延長」について解説した。 【第4回】は、「雇用促進税制の縮減・延長」、「役員給与の損金算入要件の緩和」及び「交際費等の損金不算入の特例の延長」について解説する。 1 雇用促進税制の縮減・延長 雇用促進税制とは、青色申告書を提出している法人が、雇用者の数を一定以上増加させた場合に、その増加数に40万円を乗じた金額の税額控除を受けられる制度である。平成28年度税制改正において、この雇用促進税制の見直しが行われている。 具体的な見直しのポイントは次の通りである。 税額控除の対象となる雇用者増加数の範囲を限定 選択適用であった所得拡大促進税制との併用を認める 適用期限を2年(平成30年3月31日以前に開始する事業年度まで)延長 したがって、平成29年3月期決算申告においても、要件を満たす法人には適用がある。 【雇用促進税制の見直し】 (※1) 当期末の雇用者の数から前期末の雇用者(当期末において高年齢雇用者に該当する者を除く)の数を引いた数 (※2) 「同意雇用開発促進地域」として指定された地域内にある事業所における、「無期雇用」かつ「フルタイム雇用」の雇用者の増加数 2 役員給与の損金算入要件の緩和 役員給与が損金に算入されるためには、次の3つのいずれかに該当する必要がある。 【損金算入される役員給与】 ① リストリクテッド・ストック 平成28年度税制改正により、役員の役務提供の対価として一定の要件を満たす譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック)を交付する場合は、事前確定の届出が不要とされた。これは、平成28年4月1日以後に交付の決議がなされる譲渡制限付株式について適用される。 リストリクテッド・ストックとは、次のような株式報酬をいう。 一定期間の譲渡制限が付された「現物株式」を報酬として付与 (ストック・オプションのような新株予約権ではない) 譲渡制限期間があるため、中長期の業績向上インセンティブが継続 原則として、譲渡制限が解除された事業年度の損金に算入される。株式を付与した事業年度の損金ではないので注意が必要である。 【リストリクテッド・ストックのイメージ】 ② 利益連動給与の指標の明確化 利益連動給与の算定に用いる指標に、ROE(自己資本利益率)、ROA(総資産利益率)その他の利益に関する一定の指標が含まれることが明確化された。 3 交際費等の損金不算入の特例の延長 平成26年度税制改正後の、税務上の交際費等の課税関係は次の通りである。 【交際費等の課税関係】 (※1) 中小法人だけでなく大法人にも適用 (※2) 接待飲食費の特例との選択適用可能 平成28年3月31日までに開始する事業年度まで、この課税関係が適用されることになっていたが、平成28年度税制改正により2年(平成30年3月31日までに開始する事業年度まで)延長されている。したがって、平成29年3月期決算申告においても、交際費等の課税関係は平成28年3月期と変更がない。 (連載了)
相続税の実務問答 【第8回】 「銀行預金の分割」 税理士 梶野 研二 [答] 相続税法には、配偶者が相続等により取得する財産については、その価額が一定の金額に達するまでの部分について相続税額が軽減される措置が設けられています。この軽減措置の対象となる財産は、分割済みのものに限られており、未分割の財産はこの軽減の対象とはなりません。 銀行預金についても、遺産分割の手続きを経て、配偶者が取得することが確定したものについてのみ、相続税額の軽減措置の対象となります。 ● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ● 1 配偶者の税額軽減の措置 被相続人の配偶者については、その相続税の課税価格(注)のうち、①すべての相続人・受遺者の課税価格の合計額に対して配偶者の法定相続分に相当する額までの部分、又は②1億6,000万円以下の部分には、税額控除により納付すべき税額が算出されないという措置が講じられています(相法19の2①)。 (注) 「相続税の課税価格」とは、取得財産の価額から債務・葬式費用の額を控除し、被相続人からの相続開始前3年以内の贈与金額を加算した額をいいます。 この税額軽減の措置は、①配偶者による財産の取得は、同一世代間の財産移転であるため、比較的近いうちに次の相続が生じて、その際に相続税が課税されることとなること、②長年共同生活を営んできた配偶者に対する配慮、③遺産の維持形成に対する配偶者の貢献等を考慮して設けられたものであると説明されています。 この軽減措置の適用上、配偶者の課税価格の計算の基となる「取得財産」には、遺産分割や遺贈により配偶者が確定的に取得した財産に限られます。したがって、未分割の財産はこの軽減措置の対象とはなりません。 2 銀行預金の分割 共同相続人全員の合意を前提に預貯金等を遺産分割の対象に含めるのが家庭裁判所における実務であり、また、遺産争い等の相続人間のトラブルに巻き込まれることを回避するために、共同相続人全員の同意がない限り払戻しには応じないとするのが一般的な銀行実務です。 また、銀行預金については遺言書や遺産分割協議書に配偶者が取得する旨が明記されていない限り、配偶者の税額軽減措置の対象とはできないとするのが相続税実務に携わる多くの実務家の理解でもあり、課税当局もこうした指導を行ってきたものと思われます。 ところが、銀行預金をはじめとする可分債権は、相続開始とともに各相続人にその相続分に応じて帰属し、遺産分割の対象とはならないというのがこれまでの判例(平成16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁)であり、通説的な民法解釈でしたので、上記の実務との間に齟齬がみられました。 そうしたところ、平成28年12月19日に最高裁判所大法廷は、これまでの解釈を変更し、 と判示しました(以下「平成28年判決」といいます)。 3 平成28年判決の影響 (1) 配偶者の税額軽減措置 平成28年判決を踏まえれば、銀行預金についても遺産分割の対象となることから、遺産中に銀行預金がある場合には、これも遺産分割協議等の手続きを経て特定の相続人に確定的に帰属すると解することになりますが、これはこれまでの相続税実務の採る考え方と一致するものですので、配偶者の税額軽減に係る相続税実務には特に影響はないと考えられます。 (2) 未分割財産の申告 相続税の申告書の提出期限までに、相続財産の一部が未分割である場合には、当該財産は法定相続分で相続したものとして相続税の申告をすることとなっています。 例えば、被相続人の子である甲が2億円の土地を、同じく子である乙が1億円の土地を取得する旨の遺産分割協議が調ったものの、8,000万円の銀行預金については協議書に記載がなかったときに、これまでの民法解釈に従えば、甲乙それぞれが分割協議により取得した土地の価額に銀行預金の2分の1に相当する4,000万円ずつを加算して、すべての遺産の分割が完了しているものとして申告をするのが通説的な民法解釈に沿った処理だったのかもしれません。 しかしながら、相続税実務においては、当該預金は未分割の遺産であるとして、いわゆる穴埋め方式により、分割財産の価額が法定相続分に達していない乙の取得財産の価額に加算し、乙の取得財産の価額を1億8,000万円として、相続税法第55条に定める計算をすることとしていたのではないでしょうか。 今後は、何ら躊躇することなく、これまでの相続税実務に従った申告をすることができます。 (3) 平成28年判決の射程 平成28年判決は、銀行預金に関するものですので、これが可分債権一般についても妥当するのかどうかについては、今後の研究を待つ必要があるでしょうが、相続税の申告においては、上記(1)及び(2)で述べたこれまでの実務を踏襲すればよいのではないかと思います。 4 ご質問の場合 ご質問の場合、銀行預金を含め、すべての財産について分割がされていませんので、配偶者の税額軽減の措置を適用することはできません。 なお、相続税の申告書を提出した後、相続税の申告期限から3年以内に遺産分割協議等により配偶者が相続財産を取得することとなった場合には、4ヶ月以内に更正の請求をすることにより、配偶者の税額軽減の措置を適用することができます(相法19の2②、32①一・八)。 (注) 相続税の申告期限後3年以内に遺産分割ができないことについて、相続に関する訴訟が係属しているなどの特別の事情がある場合において、税務署長の承認を受け、一定の期間内に遺産分割が行われたときには、更正の請求を行うことにより配偶者の税額軽減の措置を適用することができます(相法19の2②)。 (了)
特定居住用財産の買換え特例[一問一答] 【第2回】 「「買換えの特例」の譲渡価額要件(1億円以下)の判定② (店舗兼住宅等を譲渡した場合の計算例)」 -譲渡価額要件の判定- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、店舗兼住宅及びその敷地(いずれの所有期間も10年超で居住期間は10年以上)を、本年の9月に2億円(建物6,000万円、土地1億4,000万円)で譲渡しました。 その建物及び土地の利用状況は、下図のとおりです。 この場合、「特定の居住用財産の買換えの特例(措法36の2)」の譲渡価額要件(1億円以下)を満たすこととなるのでしょうか。 なお、当該譲渡した建物及び土地と一体としてXの居住の用に供されていた他の建物又は土地等の譲渡はありません。 (注) 敷地のうち居住の用に専ら供している部分は居住用の駐車場。 A 居住の用に供している部分に対応する譲渡対価の額が1億円を超えることから、譲渡価額要件を満たさないことになります。 ●○●○解説○●○● 「買換えの特例」は、その譲渡資産の譲渡に係る対価の額が1億円以下であることが、その要件の1つとされています(措法36の2①かっこ書)。 そして、この譲渡に係る対価の額が1億円を超えるかどうかについては、譲渡資産が店舗兼住宅等の用に供されている場合は、その居住の用に供している部分に対応する譲渡価額により判定し、この場合の譲渡対価の計算については、次の算式により行うこととされています(措通36の2-6の2(譲渡に係る対価の額が1億円を超えるかどうかの判定)(2))。 ▷算式 (イ) 当該家屋のうち居住の用に供している部分の譲渡対価の計算 (ロ) 当該土地等のうち居住の用に供している部分の譲渡対価の計算 本事例における建物及び土地の利用状況並びに譲渡価額を上記の算式に当てはめると、次のとおり、居住の用に供している部分に対応する譲渡に係る対価の額は、101,000千円(24,000千円+77,000千円)となり、譲渡価額要件を満たさず、特例を受けることができません。 (イ) 当該家屋のうち居住の用に供している部分の譲渡対価の計算 (ロ) 当該土地等のうち居住の用に供している部分の譲渡対価の計算 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第46回】 「債権譲渡に関する契約書(売掛債権譲渡契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 売掛債権を譲渡するにあたり、旧債権者と新債権者との間で債権譲渡契約書を作成しました。 印紙税の取扱いはどうなりますか。 債権をその同一性を失わせないで旧債権者から新債権者へ移転させる契約であり、債権譲渡契約の成立を証明する文書であり、第15号文書(債権譲渡に関する契約書)に該当する。 [検討1] 債権譲渡の意義(基通第15号文書の1) 債権譲渡契約とは、債権者が有する債務者に対する債権について、その同一性を失わせないで債権譲受人に移転する契約であり、旧債権者と債権譲受人である新債権者との間の契約をいう。 また、債権とは、特定の者(債権者)が特定の者(債務者)に対して、将来財貨又は労務を給付させることを目的とする権利で、指名債権と証券的債権とに区分される。証券的債権の譲渡契約書のうち、有価証券の譲渡契約となるものは、第15号文書には該当しないが、有価証券の継続的な譲渡を約するもので令第26条第1号に該当する場合は、第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に該当する。 その他の債権譲渡契約のうち、継続的な譲渡を約するもので令第26条第1号に該当する場合には、第15号文書と第7号文書に該当し、通則3のハの規定により第7号文書に該当する。 [検討2] 債権譲渡通知書等(基通第15号文書の4) 債権譲渡契約をした場合に、譲渡人が債務者に通知する債権譲渡通知書については、債務者に通知することによって債権譲渡契約が成立するものではなく、第15号文書には該当しない。 また、債権を第三者に譲渡しようとする債権者の申出に対して債務者がその譲渡について承諾した旨を記載した債権譲渡承諾書についても、債権譲渡契約の成立を証する文書ではないため、第15号文書には該当しない。 ▷ まとめ (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q32】 「米国デラウェア・リミテッド・パートナーシップの法人該当性」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 事案の概要 米国デラウェア州のリミテッド・パートナーシップ事案(以下「本件LPS事案」)では、日本の個人である納税者が、受託銀行との信託契約を介して投資した米国所在の各建物の貸付に関する所得を不動産所得として、その減価償却費等による損益通算をして所得税の申告を行ったところ、当該所得は不動産所得に該当せず減価償却費等の損益通算は許されないとして、課税庁により処分が行われたというものです。 課税庁の処分に対して納税者は不服申立てを行いましたが、名古屋不服審判所は本件のLPSから請求人に配分された損益は不動産所得に該当せず、雑所得であるとの裁決を行い、納税者は当該裁決を不服として原処分の取消訴訟に及んだものです。 なお、本件LPS事案で争点となった組合事業から生じた不動産投資損失については、平成17年度税制改正により、平成18年以後の個人の所得申告上、生じなかったものとみなされる措置が講じられ、組合事業による中古不動産等投資の節税スキームは実質的に封じられることとなりました(【Q30】参照)。本件LPS事案は平成17年度税制改正前の不動産所得の申告に係るものです。 2 下級審判決の概要 本件LPS事案の裁判においては、LPSの不動産所得の損益通算をめぐって、主に3点(①本件各LPSの租税法上の法人該当性、②本件各LPSの租税法上の人格のない社団該当性、③本件各建物の貸付けから生じた損益の不動産所得該当性)が争点とされました。 ①の法人該当性判断の基準について、納税者勝訴となった判決(東京地裁(平成23年7月19日)、名古屋地裁(平成23年12月14日)、名古屋高裁(平成25年1月24日))では、設立準拠法における法人格付与の有無に加えて、損益帰属主体としての設立目的をも判断基準とすべきであるとの原告の主張を認めました。 一方、納税者敗訴となった、東京高裁(平成25年3月13日)及び大阪地裁(平成22年12月17日)、大阪高裁(平成25年4月25日)の判決では、LPSに付与される権利、パートナーシップ持分の性格、州LPS法及び本件LPS契約による本件各LPSの管理・運営の規定等から、州LPS法に基づいて設立された本件各LPSは、構成員から独立した法的主体として存在し、権利義務の帰属主体となるというべきであり、州LPS法に基づき設立されたLPSが「separate legal entity」となると規定する州LPS法201条(b)の規定は、州LPS法に基づいて設立されるLPSを法人とする旨を規定しているものと解すべきであるとの判示を行っています。 3 最高裁判決の概要 今般の最高裁判決では、日本の租税法に定める外国法人に該当するか否かを判断するに当たっては、まず、①当該組織体に係る設立根拠法令の規定の文言や法制の仕組みから、当該組織体が当該外国の法令において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されているか否かを検討することとなり、これができない場合には、次に、②当該組織体の設立根拠法令の規定の内容や趣旨等から、当該組織体が権利義務の帰属主体であると認められるか否かを検討して判断すべき、としました。 ここで、米国デラウェア・リミテッド・パートナーシップについては、まず①について、州LPS法の規定その他関連法令の文言等を参照しても、本件LPSがデラウェア州法において日本法上の法人に相当する法的地位を付与されていること又は付与されていないことが疑義のない程度に明白であるとはいい難いこと、次に②については、LPSに付与される権利、パートナーシップ持分の性格、州LPS法及び本件LPS契約による本件LPSの管理・運営の規定等から、本件LPSは、自ら法律行為の当事者となることができ、かつ、その法律効果が本件LPSに帰属するものということができるから、権利義務の帰属主体であると認められる、として、外国法人に該当するとの結論に到っています。 4 本件LPS最高裁判決の実務上の影響 本件LPSの事案で争われた、個人組合員における組合事業から生じた不動産投資損失の所得通算については、平成17年度税制改正により損失の所得通算が認められないこととなったため、本件最高裁判決により、組合を通じた不動産等投資の損失を利用したスキーム自体に大きな影響はないと考えられます。 しかしながら、デラウェアLPSは米国投資に際しての一般的なビークルであるため、外国税額控除の取扱い等、その他の税務実務上の取扱いには注意が必要です。 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第33回】 「ヤフー・IDCF事件最高裁判決①」 公認会計士 佐藤 信祐 【第30回】からの解説により、ヤフー・IDCF事件東京地裁判決以降の租税回避に対する実務的な対応を検討してきた。 本稿では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決について解説を行うこととする。 1 包括的租税回避防止規定の射程 最高裁は、ヤフー事件についても、IDCF事件についても、 と判示した。 これを整理してみると、まずは、包括的租税回避防止規定の射程を、組織再編税制の各規定を「租税回避の手段として濫用することにより法人税の負担を減少させるもの」としている。そして、濫用の有無の判断について、①経済合理性がないかどうか、②事業目的がないかどうか等を考慮したうえで、「当該行為又は計算が、組織再編成を利用して税負担を減少させることを意図したものであって、組織再編税制に係る各規定の本来の趣旨及び目的から逸脱する態様でその適用を受けるもの又は免れるものと認められるか否かという観点から判断する」としている。 ここで、「等」となっているのは、経済合理性、事業目的というのは例示であり、それ以外のものも含まれる可能性があると推定される。しかし、「等」と付けているのは、例示できるものが他に想定できないからである。アカデミックに検討するのであれば、租税回避の本質を探る必要があるため、単なる例示であるということは重要な意味を持つ。そのため、濫用とはどのようなものか、租税回避の意図とはどのようなものか、趣旨及び目的から逸脱するとはどのようなものかを明確に分析していく必要がある。 さらに、太田洋弁護士も、 と指摘されている(※2)。 (※1) 原文では「理論上は」の箇所に傍点が付されているが、本稿では下線で代用している。 (※2) 太田洋「判批」税務弘報64巻6号47頁(平成28年)。 たしかに、税務訴訟に従事される立場からすれば、この指摘は重要なことであると考えられる。しかし、公認会計士、税理士として、税務調査に対応する立場からすると、異常ないし変則的かどうかの判断は、節税目的により最も経済合理性の高い手法を回避し、やや経済合理性の劣る手法を選択した場合には、租税回避に該当する可能性があるというものである。そして、正当な理由ないし事業目的がないかどうかは、事業目的が税目的を上回っているか、ないしは同等であるかどうかというものである。 すなわち、公認会計士、税理士、課税庁職員の中の暗黙知として、一部のアグレッシブな税務専門家を除き、かなり保守的に解していたのであり、太田洋弁護士の指摘を懸念する者は少ないのではなかろうか。それが故に、東京地裁判決が公表されてから本稿校了段階まで、今までの経済合理性基準とは異なる可能性があるという多くの判例評釈がありながらも、筆者は一貫して、何ら今までの経済合理性基準と変わらないと主張してきたのである。また、太田洋弁護士が「理論上は」という文言に、敢えて傍点(上記引用では下線箇所)を入れられた趣旨も、そのようなものであると信じたい。 このように、ヤフー・IDCF事件は、理論上は、包括的租税回避防止規定の射程範囲が拡張した可能性は否定できないものの、実務上は、今までの対応と全く変わらないという解釈で問題ないと思われる。 2 ヤフー事件 ヤフー事件に対しては、最高裁は、 としたうえで、 と判示した。 すなわち、経済合理性、事業目的の観点から濫用の有無を判断したうえで、趣旨及び目的を逸脱するものであると結論づけている。このことからも、結果だけ見れば、今までの経済合理性基準と何ら変わらない結論になっている。 3 IDCF事件 IDCF事件に対しては、最高裁は、 と判示した。ヤフー事件と同様に、経済合理性、事業目的の観点から濫用の有無を判断している。 このように、ヤフー・IDCF事件最高裁判決は、一応は納得感のある判決であったということが言える。 次回では、ヤフー・IDCF事件最高裁判決が、他の租税回避に対する否認手法に対して影響を与えるか否かについて検討を行うこととする。 (了)
平成29年3月期決算における会計処理の留意事項 【第1回】 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 Ⅰ 税制改正 消費税増税の延期、平成28年度税制改正、平成29年度税制改正大綱のうち、会計処理等において留意すべきと考えられる改正点としては、以下が挙げられる。 【主要な改正点】 (注) 本解説では、消費税増税の延期、平成28年度税制改正、平成29年度税制改正大綱のうち、会計処理等において留意すべきと考えられる改正点のみを解説しているため、全てを解説しているわけではない。 1 税率の変更 平成28年度税制改正において、法人税、地方法人税及び地方税の税率の変更が行われた。また、消費税増税の延期に伴い、地方法人税及び地方税の税率の変更時期が延期されている。 (1) 法人税率の引き下げ 平成28年度税制改正において、法人税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度から23.9%から23.4%へ、平成30年4月1日以後に開始する事業年度からは23.2%へとさらに引き下げられた。 平成29年3月期以降の法人税率をまとめると以下のとおりとなる(軽減税率は捨象)。 (2) 地方法人税の税率の引き上げ 平成28年度税制改正において、平成29年4月1日以後に開始する事業年度から地方法人税の税率が4.4%から10.3%へ引き上げられた。 平成28年11月28日に「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律等の一部を改正する法律」が公布及び施行され、消費税率の10%への引き上げが平成29年4月1日から平成31年10月1日へ2年半延期された。これに伴い、同日「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律等の一部を改正する法律(以下、「地方税法改正」という)」が公布及び施行され、地方法人税の税率の引き上げも2年半延期されている。 そのため、地方法人税の税率の10.3%への引き上げは、平成31年10月1日以後開始する事業年度からとなっている。3月末決算では、平成32年4月1日以後開始する事業年度からとなる。 平成29年3月期以降の地方法人税の税率をまとめると以下のとおりとなる。 (3) 地方税の税率の変更 平成28年度税制改正により、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より資本金1億円超の外形標準課税適用法人の法人事業税の税率のうち、所得割の税率は6.0%から3.6%へ引き下げられ、付加価値割の税率は0.72%から1.2%へ引き上げられた。また、資本割の税率は0.3%から0.5%へ引き上げられた。 また、資本金1億円超の普通法人の地方法人特別税の税率は、平成28年4月1日以後に開始する事業年度より93.5%から414.2%へ引き上げ、平成29年4月1日以後に開始する事業年度より廃止されることとなった。廃止後は、法人事業税の税率がその分、引き上げられる。 さらに、平成29年4月1日以後に開始する事業年度より法人住民税(道府県民税、市町村民税)の法人税割の税率が都道府県民税で3.2%から1.0%へ、市町村民税は9.7%から6.0%へ引き下げられた。 しかし、上記(2)と同様に、地方税法改正により、地方法人特別税の廃止及び法人住民税の税率の引き下げは、平成31年10月1日以後開始する事業年度からとなっている。3月末決算では、平成32年4月1日以後開始する事業年度からとなる。 平成29年3月期以降の地方税の税率をまとめると以下のとおりとなる。 (注) 事業税の所得割のカッコ内の税率は、地方法人特別税等に関する暫定措置法適用前の税率である。 (注) カッコ内の税率は制限税率である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 税率の変更による会計上の論点として、法定実効税率への影響があるが、連結納税を採用している会社と連結納税を採用していない会社で、その影響が異なる。 ここまで解説したとおり、地方税法改正により、全体の税率は変わっていない。地方法人税率、事業税率、地方法人特別税率、法人住民税率の内訳が年度によって変わるだけである。 そのため、連結納税を採用していない会社の場合、平成28年3月期で既に平成28年度税制改正後の税率により法定実効税率を用いて計算しているため、税効果の計算に影響はない。 一方、連結納税を採用している会社の場合、法人税部分、事業税部分、住民税部分の法定実効税率を算定する必要がある。そのため、全体の税率が変わっていなくても、地方法人税率、事業税率、地方法人特別税率、法人住民税率の内訳が変わることにより、法人税部分、事業税部分、住民税部分の法定実効税率が異なる可能性がある。そのため、税効果の計算に影響がある。 具体的には、どのように法定実効税率が異なるかは、下記の【設例①】【設例②】を参照されたい。 2 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ及び繰越期間の延長 平成28年度税制改正において、繰越欠損金の段階的引き下げ及び繰越期間の延長が行われた。 (1) 繰越欠損金の控除限度額の段階的引き下げ 平成28年度税制改正において、中小法人等以外の法人は、平成28年4月1日から開始する事業年度について、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の65%相当額から60%相当額へ引き下げられた。 また、平成29年4月1日以後に開始する事業年度では、繰越欠損金の控除限度額が繰越控除前の所得の金額の50%相当額から55%相当額へ引き上げられた。 なお、中小法人等については、繰越欠損金の控除限度額は、繰越控除前の所得の金額の100%相当額である。 (注) 中小法人等とは、①普通法人(投資法人、特定目的会社及び受託法人を除く)のうち、資本金の額若しくは出資金の額が1億円以下であるもの(100%子法人等は除く)又は資本若しくは出資を有しないもの、②公益法人等、③協同組合等、④人格のない社団等をいう。 100%子法人等とは、①資本金の額若しくは出資金の額が5億円以上の法人又は相互会社等(以下、これらを併せて「大法人」という)による完全支配関係(一の者が法人の発行済株式等の全部を直接又は間接に保有する関係)がある普通法人、②完全支配関係がある複数の大法人に発行済株式等の全部を保有されている普通法人をいう。 (2) 繰越欠損金の繰越期間の延長 平成28年度税制改正において、平成30年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金額については、繰越期間が9年から10年に延長された。 当該改正は、中小法人等以外の法人及び中小法人ともに同様に適用される。 以上の内容をまとめると以下のとおりとなる。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正については、既に前年度の税効果の計算において考慮していると考えられるため、当年度において特段の影響はないと考えられる。 3 組織再編税制 平成29年度税制改正大綱において、組織再編税制の改正が予定されている。ここでは、以下の点について解説する。 (1) スピンオフ税制の導入 現行では、50%超の支配株主がいない会社が分割型分割(※1)で事業を新会社に分割した場合(下記、【図①】参照)には、適格要件のうち事業関連要件を満たさず、非適格会社分割となり、会社分割時に分割法人及び株主において課税が発生していた。 また、完全支配関係のない株主に100%子法人株式を現物分配した場合(下記、【図②】参照)には、非適格現物分配となり、現物分配時に分配法人及び株主において課税が発生していた。 そのため、このような税制がスピンオフ(※2)を行いにくくし、企業の選択と集中を阻害する可能性があった。 (※1) 分割型分割とは、会社分割で承継会社が、承継する事業の対価として株式を、会社分割を行う会社の株主に割り当てるものをいう。 (※2) スピンオフとは、例えば、会社の1つの事業部門を会社から切り離し、1つの会社として独立させることをいう。 【図①】 【図②】 そのため、平成29年度税制改正大綱では、①金銭等の交付がない新設分割型分割や②100%子法人株式の全部を分配する現物分配で、以下の要件を満たす場合は、適格分割や適格現物分配に該当することが予定されている。適格要件を満たすことで、課税を繰り延べることができる。 なお、平成29年度税制改正大綱において適用開始時期は、明記されていない。 ① 金銭等の交付がない新設分割型分割 (※) 経営参画要件と事業規模要件はいずれか一方を満たせばよい。 ② 100%子法人株式の全部を分配する現物分配 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、適格会社分割及び適格現物分配の範囲が広がる。そのため、適格か非適格かにより一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (2) 適格要件の見直し 平成29年度税制改正大綱で、以下の組織再編において適格要件の見直しが行われている。 ① 適格吸収合併、適格株式交換に係る対価要件の見直し ② 企業グループ内の分割型分割に係る適格要件の見直し ③ 共同事業を行うための合併等に係る適格要件の見直し ④ その他の適格要件の見直し ① 適格吸収合併、適格株式交換に係る対価要件の見直し 平成29年度税制改正において、吸収合併及び株式交換(以下、「吸収合併等」という)に係る適格要件のうち「対価に関する要件」について、合併法人又は株式交換完全親法人(以下、「合併法人等」という)が被合併法人又は株式交換完全子法人(以下、「被合併法人等」という)の発行済株式の3分の2以上を保有している場合のその他の株主に対して交付する対価を除外して判定することが予定されている。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 これにより、少数株主をスクイーズアウト(※)するために、当該少数株主に対価として株式以外の財産を交付した場合でも、税制適格の要件に影響しないことになる。 (※) スクイーズアウトとは、会社の株主を大株主のみにするために、少数株主を排除すること。 ② 企業グループ内の分割型分割に係る適格要件の見直し 企業グループ内の分割型分割(例えば、100%子会社間(兄弟会社間)での分割型分割)における適格要件のうち関係継続要件として、現行では、親法人(支配法人)と分割法人及び分割承継法人との間の関係が継続することが見込まれていることが必要である。 平成29年度税制改正大綱では、親法人(支配法人)と分割承継法人との間の関係のみが継続することが見込まれている必要がある。これにより、親法人(支配法人)と分割法人間の関係の継続性は関係なくなることが予定されている。 なお、平成29年度税制改正大綱では、支配「法人」と記載されているため、支配株主が個人の場合には、従前どおり分割法人と分割承継法人の両方との支配関係が必要であると考えられる。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 ③ 共同事業を行うための合併等に係る適格要件の見直し 共同事業を行うための合併、分割型分割、株式交換及び株式移転(以下、「合併等」という)に係る適格要件のうち株式継続保有要件として、現行では、株主数50人未満の場合に限り、交付を受けた合併法人等の株式の全部を継続して保有することが見込まれている株主の有する被合併法人等の株式の数が発行済株式の80%以上であることが必要である。 平成29年度税制改正大綱では、被合併法人等の発行済株式50%超を保有する企業グループ内の株主がその交付を受けた合併法人等の株式の全部を継続して保有することが見込まれている場合が予定されている。 この改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 ④ その他の適格要件の見直し 平成29年度税制改正大綱において、当初の組織再編成の後に他の組織再編成が行われることが見込まれている場合の当初の組織再編成の適格要件について、所要の見直しを行うことが予定されている。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、適格組織再編の範囲が広がる。そのため、適格か非適格かにより一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (3) 非適格株式交換等に係る完全子法人等の有する資産や連結納税の開始・加入の資産の時価評価の見直し 平成29年度税制改正大綱では、非適格株式交換等に係る完全子法人等の有する資産の時価評価制度及び連結納税の開始又は連結グループへの加入に伴う資産の時価評価制度について、時価評価の対象となる資産から、帳簿価額が1,000万円未満の資産を除外することが予定されている。 当該改正は、平成29年10月1日以後に行われる組織再編成について適用される。 これまで、簿価がゼロであるが、含み益が1,000万円以上ある自己創設のれんについては、実務上、課税負担が重く、組織再編を行う上での弊害となっていた。しかし、平成29年度税制改正大綱により、自己創設のれんは、帳簿価額がゼロであるため、時価評価の対象外となる。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、一時差異の金額が変わる可能性があるため、税効果に影響する可能性がある。 (4) 営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法の変更 現行では、営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法は、事業年度の月数(事業年度の月数が12ヶ月であれば12)で行われている。つまり、月割計算は認められていなかった。 平成29年度税制改正大綱では、営業権、資産調整勘定及び負債調整勘定の償却方法について、月割計算を行うことが予定されている。 なお、改正時期は、平成29年度税制改正大綱に記載されていない。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 資産調整勘定及び負債調整勘定(以下、「資産調整勘定等」という)を一時差異として認識している場合、資産調整勘定等が月割計算されることにより、一時差異の解消時期が現行と異なる可能性がある。この場合、税効果に影響する。 4 確定申告書の提出期限の延長 平成29年度税制改正大綱において、法人が、以下の(1)及び(2)の場合には、定款等の定めの内容を勘案して4ヶ月を超えない範囲内において税務署長が指定する月数の期間の確定申告書の提出期限の延長を認めることが予定されている。 (1) 会計監査人を置いている場合 (2) 定款等の定めにより各事業年度終了の日の翌日から3ヶ月以内に決算についての定時総会が招集されない常況にあると認められる場合 現行では、3月末決算の法人税の確定申告書の提出期限は、原則「事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内」で、延長特例で1ヶ月延長(連結納税の場合は2ヶ月延長)できることから、6月末までに確定申告書を提出していた法人が多いと考えられる。 一方、平成29年税制改正大綱では、原則の提出期限である「事業年度終了日の翌日から2ヶ月以内」を起点に最大4ヶ月延長した9月30日までの延長が認められることになる。なお、同様に法人事業税も最大で9月30日までの延長が認められる。 (※) なお、現行の1ヶ月の延長特例も、存置される予定である。 ◆ ◇ 会計上の論点 ◇ ◆ 当該改正により、株主総会の開催時期を7月、8月、9月にすることが可能となり、監査時間の確保や株主総会の集中開催の緩和につながる可能性がある。また、基準日から株主総会までは3ヶ月以内にする必要がある(会社法124②、454①)ため、定款で基準日を定めている場合、株主総会の開催時期に合わせて、定款を変更する必要がある。 なお、上場会社等の場合、有価証券報告書の提出があるため、当該有価証券報告書の提出も考慮して、株主総会の開催時期を決定することが考えられる。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第15回】 「「非支配株主に帰属する当期純損失」の数値には△をつけるのか?」 公認会計士 石王丸 周夫 3月決算の対応に追われる時期がやってきました。 昨年、一昨年に続いて、今年も計算書類作成時に陥りやすい『うっかりミス』の事例とその原因をご紹介していきますので、参考になさってください。 間違いさがしの形でお話していきますので、ぜひチャレンジしてみてくださいね。 (※) 「どういう連載なの?」と気になる方は、【第1回】の冒頭をお読みください。 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例15-1】 △を付す必要のない数字に△が付されている。 【事例15-1】は、連結計算書類の連結損益計算書について、末尾部分を抜粋したものです。この中に誤っている箇所が1ヶ所ありますが、どこだかわかりますか? 今回の事例のタイトルが「△を付す必要のない数字に△が付されている。」となっているので、△の付されている数字が間違いであることは容易に想像がつくと思います。 そうです。「非支配株主に帰属する当期純損失 △199」ですね。 しかし、これがなぜ間違いなのか?という点は、少しややこしい話になるのです。 2 △を付すかどうかの判断基準 まず、答えを見ておきましょう。 答えの方では、「非支配株主に帰属する当期純損失199」となっており、△が付されていません。これが本来の表示方法です。 △を付さない理由は簡単です。 △がなくても、科目名を見ればその数字の方向性(プラスかマイナスか)が自明なので、あえて△を付す必要性が乏しいからです。 ちなみにここでは、「当期純利益にプラスする」という方向です。 3 「非支配株主に帰属する当期純損失」とは 「非支配株主に帰属する当期純損失」という科目は、連結対象としている子会社の中に、100%子会社以外の会社があり、かつ、その会社が赤字の場合に発生します。 たとえば、P社(親会社)がS社(子会社)の持分の60%を保有しており、残りの40%をP社以外の株主が保有している場合、その株主のことを「非支配株主」と呼びます。 そして、S社が赤字の場合、P社がS社を連結することにより取り込む赤字額は、S社の赤字額の60%であり、残りの40%部分は非支配株主に帰属します。 この40%部分の赤字額が、「非支配株主に帰属する当期純損失」を構成します。 連結損益計算書では、まず、非支配株主に帰属する損益を含めた「当期純損益」を計算し、その次の段階で、非支配株主に帰属する部分を調整(除外)します。その調整は、当期純損益に対して「プラスである場合」と「マイナスである場合」の2パターンがあります。 非支配株主が存在する連結子会社が黒字の場合は、非支配株主に帰属する黒字額を連結上の当期純損益からマイナスします。一方、非支配株主が存在する連結子会社が赤字の場合は、非支配株主に帰属する赤字額を連結上の当期純損益から差し引きますが、赤字額(マイナス数値)をマイナスするということは、結局、損失額の数値(絶対値)をプラスするということになり、連結上の当期純損益にプラスするという調整になります。 整理すると、以下のようになります。 このように、科目名を見れば、その数字の方向性が自明なのです。 4 ミスの原因は有価証券報告書にある では、なぜこのようなミスが発生してしまったのでしょうか? その原因は、有価証券報告書を見るとわかります。 【事例15-1】の会社は上場会社なので、有価証券報告書も作成しています。この会社の同じ年度の有価証券報告書に掲載されている連結損益計算書について、末尾部分を見てみましょう。 当連結会計年度の「非支配株主に帰属する当期純損失(△)」の数字を見てください。「△199」となっていますね。 この会社は連結計算書類だけでなく、有価証券報告書でも間違ってしまったのでしょうか? いいえ、そうではありません。 こちらはこれで正しいのです。 連結計算書類において、「非支配株主に帰属する当期純損失」に△を付してしまったのは、有価証券報告書におけるこの表示方法に引きずられてしまった可能性が高いと考えられます。 5 有価証券報告書ではなぜ△を付すのか? 科目名から数字のプラス・マイナスが自明の場合は、有価証券報告書であっても△を付す必要はなさそうに思えますが、なぜ有価証券報告書の「非支配株主に帰属する当期純損失」には、△を付すのでしょうか。しかも有価証券報告書では、そもそも科目名自体にもかっこ書きで△を付してあります。 その理由は、有価証券報告書が2期併記(当期と前期を並べて記載)の表示方式となっていることにあります。 以下の事例を見てください。 この事例では、前期が「非支配株主に帰属する当期純利益」で、当期が「非支配株主に帰属する当期純損失」です。 このように、「利益のケース」と「損失のケース」を並べて記載する場合、数字にプラス・マイナスを示す記号がなければ、どちらが利益でどちらが損失か判別できなくなりますね。 したがって、「非支配株主に帰属する当期純損失」の方には△を付して、その違いをはっきりさせているのです。 2期連続で「非支配株主に帰属する当期純損失」の場合は、仮に△がなくても、科目名は「非支配株主に帰属する当期純損失」と表示されるので、それを見れば損失であるとわかりますが、翌年度が利益となれば、その年度は損失と利益の併記になり、やはり△が必要になります。 したがって、有価証券報告書では、「非支配株主に帰属する当期純損失」については一貫して△を付すことにしているのだと思われます。 以下の事例は実際の有価証券報告書から抜粋したものですが、そうなっていますね。 そしてこの会社では、有価証券報告書の「非支配株主に帰属する当期純損失」について一貫して△を付している一方、会社法計算書類では△をとっています。 「非支配株主に帰属する当期純損失」に関する△の要否について、納得していただけたでしょうか。 〈今回のまとめ〉 「非支配株主に帰属する当期純損失」は、会社法計算書類と有価証券報告書では△の要否について取扱いが異なるので、注意しましょう。 (了)
ファーストステップ 管理会計 【第8回】 「損益分岐分析の活用」 ~あるベーカリー経営者の悩み~ 〔利益管理編②〕 公認会計士 石王丸 香菜子 前回説明したように、企業の損益をシミュレーションすることを「損益分岐分析」といいます。 今回は、損益分岐分析を活用して、利益管理に役立てる方法を見ていきます。 ◆ベーカリーの経営者になったら・・・ 皆さんがベーカリーの経営者になったとしましょう。 ベーカリーの開業にあたっては、「国産小麦にこだわりたい」とか、「おしゃれな店舗にしたい」とか、いろいろな理想があるかもしれません。 しかし、どんなことにも理想と現実というものがありますね。 赤字続きでは、あっという間に閉店に追い込まれてしまいますので、現実を見て、利益をしっかり管理する必要があります。 これからベーカリーの経営者になったつもりで、利益の管理をしてみてください。 ◆最低限クリアすべきなのは損益分岐点 ベーカリーでの原価には、売上に対して変動的に発生する部分(変動費)と、売上とは関係なく一定額が発生する部分(固定費)があります。変動費は、小麦粉などの原材料費や包装代などで、固定費は、店舗の賃借料などです。 売上100円に対する変動費が40円であるとします。つまり、売上に対する変動費率は40円÷100円=0.4です。一方、固定費は月1,200,000円とします。 【第7回】で見たように、損益分岐分析には図を利用すると便利です。 青の線が売上高、赤の線が原価を表しています。赤の線の傾きは変動費率0.4で、y切片は固定費1,200,000円です。青の線はx軸もy軸も売上高なので、当然にy=xとなり、傾き1になります。 売上と原価が一致して、損失も利益も出ない“トントンの状態”を、「損益分岐点」というのでしたね。赤の線と青の線の交点が「損益分岐点」です。つまり、 0.4x + 1,200,000 = x となるxが損益分岐点売上高ですので、これを解いて、x=2,000,000円と求められます。 売上高2,000,000円の場合、固定費1,200,000円をちょうど回収しきった状態です。この売上高を下回ると、固定費を回収できずに損失が生じてしまいます。 ベーカリーの経営者ならば、損益分岐点売上高2,000,000円は、最低限クリアすべきラインとして強く意識する必要があります。月末が近づいて売上高が2,000,000円に届きそうもなければ、経営者自らベーカリーの前で呼び込みをするなど、早急の対応が必要です。 がんばって売上高が2,000,000円を超えた日は、安心して眠れそうですね! ◆余裕があるのが理想的 売上高の実績が判明したら、損益分岐点をどれくらい上回っているか、チェックしてみましょう。 今月の売上高の実績は、2,500,000円だったとします。2,500,000円-2,000,000円=500,000円分、損益分岐点を上回っています。上回った分を、実績値に対する割合で考えると、500,000円÷2,500,000円=0.2=20%です。 このように、実績値が損益分岐点をどれだけ上回っているかを表す指標を、「安全余裕率」といいます。 安全余裕率が常に高い水準ならば、売上高が多少減少しても、損益分岐点を割り込みにくい状況です。ベーカリーの安全余裕率が常に高い水準を維持していれば、例えば大雨続きで客足が多少鈍ったとしても、すぐに赤字に転落するわけではないので、経営者である皆さんは余裕の気持ちでいられますね! 一方、安全余裕率が低い場合には、毎日天気予報を気にしてハラハラすることになります・・・。 ◆いろいろなシミュレーションをする 損益分岐分析を利用すると、いろいろなシミュレーションを簡単に行うことができます。 ベーカリーの経営者になったつもりで、いくつかシミュレーションしてみましょう。 ◆格安の弁当屋に対抗して売価を下げる 皆さんの経営するベーカリーが、ようやく経営が安定してきました。 ところが最近、ベーカリーのすぐそばに、格安の弁当屋がオープンしたとしましょう。 この弁当屋の影響で、ベーカリーでのサンドイッチの販売量が減少する傾向にあります。そこで、格安弁当屋に対抗するために、サンドイッチの値下げを検討することにしました。 サンドイッチ1つを製造するための変動費は100円で、サンドイッチを製造するための固定費として月60,000円かかるとします。 これまで、サンドイッチの売価は250円に設定していました。個別製品の分析をする際は、前の例と違って、図のx軸を「個数」で考えるとイメージしやすいです。 売価250円の場合の損益分岐点をx個とします。 100x + 60,000 = 250x を解いて、x=400個であることがわかります。 つまり、サンドイッチを400個以上販売できなければ、赤字です。 格安弁当屋の影響を受け、現状の売価250円では、400個以上の販売は見込めないとします。そこで、売価を下げて、販売数を増やす戦略を検討します。例えば、売価を200円に下げる場合をシミュレーションしてみましょう。 売価200円の場合の損益分岐点をx´個とします。 100x´ + 60,000 = 200x´ を解いて、x´=600個であることがわかります。 つまり、売価を200円にすると、損益分岐点は600個になります。 売価を250円から200円に下げれば、販売量の増加が期待できます。ただし、損益分岐点も400個から600個へ大幅に増加します。利益を確保するために必要な販売量の最低ラインが、従来の1.5倍になってしまうのです。 ここで経営者である皆さんは、売価を50円値下げしただけで、大幅な販売増が見込めるかを、慎重に考える必要があります。値下げをすると、損益分岐点は急激に大きくなるので、相当な販売量の増加がない限り、かえって損益分岐点を割り込んでしまう可能性があることに注意が必要です。 ◆原料へのこだわりをやめる ベーカリーの経営者であるあなたは、「サンドイッチの値下げは良い戦略ではない」と考えました。 次に思いついた戦略は、「原価の引き下げ」です。 例えば、皆さんが経営するベーカリーでは、これまで高級な国産小麦にこだわっていたとしましょう。これを、安価な外国産の小麦に切り替えることを検討します。 原料の小麦粉は変動費ですので、変動費を引き下げることになります。小麦粉の切り替えにより、サンドイッチ1つを製造するための変動費は、70円になるとします。 変動費70円の場合の損益分岐点をx´個とします。 70x´ + 60,000 = 250x´ を解いて、x´=333.33・・・ですので、334個以上販売できれば、利益が出ることがわかります。 現状の原価構造では400個販売できないと利益が出ませんが、変動費を下げることで、334個以上販売できれば利益が捻出できることになります。 (なお、原料の小麦を外国産のものに切り替えることでパンの味に及ぼす影響については、利益管理とは別の問題として、経営者として慎重に判断しなくてはいけません。) ◆業種や規模の違いによる損益構造の違い こうした分析をする際は、『損益構造は企業の業種や規模によって異なる』という点を理解しておきましょう。 企業の業種や規模は様々ですが、「固定費の割合が大きい企業」と「変動費の割合が大きい企業」とがあります。 工場や生産設備を必要とする製造業や、鉄道や電力など、大規模な先行投資が必要な業種は、固定費が多額に発生する企業の典型です。また、どのような業種でも、規模が大きくなるにつれて、固定的で削減できない費用が増加する傾向にあります。 一方、工場や設備を必要としない業種や、機動的な経営ができる小規模な企業は、固定費の割合はさほど大きくなく、相対的に変動費の割合が高いことが多いです。 固定費中心の企業は、固定費がかさむので、損益分岐点が高いのが特徴です。その代わり、変動費の割合は高くないので、損益分岐点を超えると大きな利益が出ます。逆に言えば、損益分岐点を割り込むと、大きな損失が出るので、操業度のコントロールが重要な課題です。 変動費中心の企業は、固定費が小さいので、損益分岐点は低くなります。その代わり、変動費が多く生じるので、損益分岐点を超えても、巨額の利益を生むのは難しい構造です。 損益分岐分析を行う前提として、自社がどちらのタイプか、つかんでおくことも大切です。 次回は、もう少し細かい観点から、製品や商品の販売戦略について考えていきます。 (了)