~税務争訟における判断の分水嶺~ 課税庁(審理室・訟務官室)の判決情報等掲載事例から 【第4回】 「教育機関等に派遣した講師等に対して支払った金員が 給与所得に当たるとされた事例(源泉所得税)」 税理士 佐藤 善恵 (※) ( )内の青色文字は、略称設定であり、以下その略称を使用する。 〔概要等〕 納税者(甲)は、教育機関又は一般家庭から講義等又は家庭教師の業務を受託し、一方で、当該業務に関して講師や家庭教師(本件講師等)と契約して、本件講師等に講義等の業務を行わせていた。 甲は、本件講師等に支払った金員(本件各金員)について、給与所得に該当しないものとして源泉徴収をせず、また、消費税については仕入税額控除の対象として申告をしていた。これに対して税務署長は、本件金員は給与所得に該当するから源泉徴収が必要であり、また、仕入税額控除の対象とならないとして、源泉所得税納付告知処分等を行った。本件は、これらの処分の取消しを求めて争いとなったものである。 ここで取り上げる争点は、本件各金員に係る所得が所得税法28条の給与所得に該当するか否かである。 〔裁判所の判断(要約)〕 (ア) 本件各金員は、業務の遂行又は労務の提供(労務の提供等)をしたことの対価としての性質を有するものである。 (イ) 本件講師等による労務の提供等は、自己の計算と危険によるものとは言い難く、非独立的なものと評価するのが相当である。 (ウ) 本件講師等は、直接的又は少なくとも間接的に甲の監督下に置かれているものというべきである。 (※) 甲は、本件講師等に対して、費用負担、研修指導等に関するアンケートを実施して、裁判所に証拠として提出していた。 (エ) 本件講師等は、甲から空間的、時間的な拘束を受けているものということができる。 (オ) 以上の事情を総合すれば、本件各金員は、雇用契約に類する原因に基づき提供された非独立的な労務の対価として給付されたものとして、それに係る所得は、所得税法28条1項所定の給与所得に当たるものというべきである。 〔判断の分水嶺〕 本件は、各事情を総合判断したもので、特定のものが判断の分水嶺となっているわけではない。また、各要件について裁判所は、上記赤線囲み部分のような複数の事実関係に着目しており、甲が主張するような、本件講師が契約条件を自由に交渉できたことや、授業単価が実績等を前提としたランク別に個別の契約ごとに決定されていたこと等の個々の事情は重視していない。甲主張の事実があったとしても、直ちに給与所得該当性が否定されるわけではないからである。 〔 判 示 〕 〔本判決が示唆するもの〕 裁判所は、「空間的、時間的な拘束」あるいは「従属性」は、給与所得に該当するための必要要件ではないと判示している。 本件では、裁判所の判断を前提とすると「空間的、時間的な拘束」は有り、「従属性」も有ったということになるが、仮に各要件が満たされないケースであっても給与所得に当たるものが存在することが示唆されているのである。形式に当てはまらない新しい労働形態を考慮したものであろう。 なお、「判決情報」においては、次のようにコメントされている。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第46回】 「貸倒損失の法律論③」 公認会計士 佐藤 信祐 前回においては、法的に債権が消滅した場合における貸倒損失の計上について解説を行った。これだけでなく、貸倒損失を計上することができる場面としては、法的には残っているものの実質的に回収不能である場合も含まれる。 しかしながら、実務上、これに該当することができるか否かの判断がかなり難しく、平成23年度税制改正により、金融機関や中小法人等を除き、貸倒引当金を設定することが認められなくなったことを考えると、極めて重要な論点であると考えられる。 本稿においては、どのような場合に実質的に回収不能であるとして貸倒損失を計上することができるかという点について解説を行うこととする。 3 実質的に回収不能である場合 (1) 基本的な取扱い 第44回で解説したように、法的には債権が残っていたとしても、その回収可能性がない場合には、貸倒損失を認識することができる。これもまた、「確定」という要素が必要であると考えるのであれば、その全額が回収することができないことが明らかになった場合である。 すなわち、法人税基本通達9-6-2においては、「法人の有する金銭債権につき、その債務者の資産状況、支払能力等からみてその全額が回収できないことが明らかになった場合には、その明らかになった事業年度において貸倒れとして損金経理をすることができる。」ことが明らかにされている。また、この場合における回収可能性の判断であるが、企業会計よりも厳格な判断が求められており、わずかでも回収可能性がある場合には貸倒損失を認識することができない。 なお、全額を回収することができないことが「明らかになった事業年度」において損金の額に算入することができるのであるから、利益操作により貸倒損失を認識する事業年度を操作することはできないという点は、第39回で解説したように、昭和55年度法人税基本通達の改正により明らかにされた内容である。 さらに、「損金経理をすることができる」としていることから、「損金経理をした場合に限り損金の額に算入することができる」のか、「損金経理をしなくても損金の額に算入することができる」のかについては、理論上は、損失が確定したのであるから損金経理の如何を問わず、損金の額に算入すべきであると考えられるが、実務的には、損金経理を要件とするという考え方が強いように思える(*1)。 (*1) なお、損金経理をしなくても損金の額に算入することができるという見解として、中村慈美税理士『貸倒引当金制度廃止後の不良債権処理の実務 要点解説』53-54頁、大渕博義教授『法人税法解釈の検証と実践的展開第Ⅰ巻(改訂増補版)』349-350頁が挙げられる。 また、物的担保、人的担保がある場合には、これらの担保からの回収が可能であるため、これらの担保が形式的なものであり、実際には回収することができないような場合を除き、原則としては、貸倒損失を認識することはできない。なお、担保が形式的な場合とは、物的担保が価値のなさそうな動産等であることから、時価が0円である場合と見込まれる場合、物的が不動産であっても、二番抵当以下であることから、実際には回収することができないと見込まれる場合、人的担保があっても、当該保証人の返済能力がない場合などが挙げられる。 さらに、同通達9-6-3においては、「債務者との取引を停止した時(最後の弁済期又は最後の弁済の時が当該停止をした時以後である場合には、これらのうち最も遅い時)以後1年以上経過した場合」、「法人が同一地域の債務者について有する当該売掛債権の総額がその取立てのために要する旅費その他の費用に満たない場合において、当該債務者に対し支払を督促したにもかかわらず弁済がないとき」のような場合には、備忘価額を残したうえで、貸倒損失として損金経理できることが明らかにされている。 このように、同通達9-6-2については、債権の全額を回収することができないことを前提としており、同通達9-6-3については、債務者の自主的な対応でもない限り、債権を回収しようとしても実現可能性がほとんどないことを前提としている。 なお、同通達9-6-2の適用について、担保付債権については一部回収可能であるものの、無担保債権については全額回収不能である場合の取扱いについては、第25回で解説したように、当該無担保債権に対して貸倒損失を認識することが可能である。 (2) 部分貸倒れの議論 ① 貸倒損失についての会計処理 このように、貸倒損失については、その全額が回収できないことが明らかになった場合において、損金の額に算入することが可能である。 これに対し、金子宏教授により主張されたのが部分貸倒れの議論である。そもそも部分貸倒れの議論を公定解釈および裁判例が明確に否定していたのは、法人税法33条2項により資産の評価損が限定的に解釈されていたからである。その後、平成17年度税制改正により、一定の事由が生じた場合に限り、金銭債権についても評価損の計上が認められるようになった。そのため、更生計画認可の決定があったことにより会社更生法の規定に従って行う評価換えをしてその帳簿価額を減額した場合には、金銭債権の評価損を損金の額に算入することが可能になる。 これに対し、民事再生法の規定による再生手続開始の決定があった場合や私的整理ガイドラインに定める手続に基づく再建計画による債務免除等を受けた場合において、法人税法33条4項、7項の規定に従って、評価損明細を確定申告書に添付する手法を選択するときには金銭債権の評価損を損金の額に算入することは認めているものの、法人税法33条2項の規定に従って、損金経理により金銭債権の評価損を計上する手法を選択するときには損金の額に算入することを認めていないと解され、法人税基本通達9-1-3の2も同様に解している。その理由としては、企業会計上、金銭債権の評価損を計上するという会計慣行は存在せず、あくまでも貸倒引当金の議論とされているため、損金経理を行ったとしても、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に反して計上したものであり、それを法人税法が容認するということにはならないからである(*2)。 (*2) 佐々木・松汐(2005)「法人税法の改正」『改正税法のすべて(平成17年度版)』大蔵財務協会 207頁参照 筆者が部分貸倒れの議論について否定的な見解を有するのもまさにその一点であり、企業会計上、担保及び保証による回収見込額を控除した残額について貸倒損失として計上することができるとされているが、あくまでも、ほとんど確実となった時点に限定されており(*3)、いわゆる回収不能見込額について直接減額を行うという部分貸倒れの考え方は存在せず、公正処理基準を採用する我が国の法人税法の体系からも、別段の定めがない限り、部分貸倒れを容認するという考え方は解釈論としては取り得ないと考えるからである(*4)。 (*3) 「金融商品会計に関するQ&A(平成12年9月14日、日本公認会計士協会会計制度委員会)」Q42参照 (*4) 銀行業においては、金融検査マニュアルにおいて、実質破綻先・破綻先について、貸倒引当金と貸倒損失の双方を容認する取扱いとなっており、トーマツ金融インダストリーグループ(2013)『Q&A業種別会計実務9・銀行』中央経済社128頁においてもその旨の記載が存在する。しかしながら、銀行業においては、法人税法上、個別評価金銭債権に係る貸倒引当金の計上が認められており、事業会社と異なり、貸倒損失として処理するのか、貸倒引当金として処理するのかという点については、不良債権比率の問題についてはともかくとして、少なくても、法人税法上の観点からは大きな問題にはならない。 ② 金子説とそれに対する反論 金子宏教授によれば、 としたうえで、 とのことである(『租税法理論の形成と解明 下巻』97-98頁)。 ここまでの解釈については合理性のあるものであり、部分貸倒れの議論について、法人税法33条2項の問題として捉えるのか、「公正妥当な会計処理の基準」の解釈の問題として捉えるのかという点につき、前者として捉えるのであれば部分貸倒れが認められる余地は存在しなくなり、後者として捉えるのであれば、「公正妥当な会計処理の基準」が部分貸倒れを容認している場合に限り、部分貸倒れが認められるという整理になる。 この点については、法人税法上、部分貸倒れを認めていないのは金銭債権の評価損を否定する法人税法33条2項との整合性を制度趣旨にしながらも、条文解釈としては、貸倒損失の規定が存在しないことを考えると、「公正妥当な会計処理の基準」と捉えるというところまでは賛同したい。 しかしながら、一方で個別貸倒引当金の制度を明文で規定しておきながら、他方で部分貸倒れを容認するとなれば、個別貸倒引当金の制度がほとんど意味のない制度となってしまうだけでなく、平成23年度税制改正により、法人税の実効税率の引下げの対価として課税標準の拡大を行うために、貸倒引当金制度を、金融機関や中小法人等に限定したという趣旨そのものも否定することになり、解釈論としては行き過ぎではないかと考えられる。 さらに、前述のように、金融商品会計に関する実務指針(日本公認会計士協会 会計制度委員会報告第14号)における規定を見る限り、会計制度が不整備であった会計ビッグバン以前であればともかくとして、少なくとも現在の会計慣行からは、事業会社においては部分貸倒れを行うような実務慣行は公表されておらず、「公正妥当な会計処理の基準」として部分貸倒れを容認しているという反証がない限り、このような理論で法人税法上も部分貸倒れを容認するというのは難しいのではないかと考えられる。 結局のところ、部分貸倒れについての主張は、法人税法上、貸倒損失の損金算入が困難であったことが不良債権処理を進めるうえでの障壁となっていた時代において、金子宏教授が租税法学者の立場から行った提案に過ぎず、会計ビッグバンにより会計制度が整備され、平成10年度税制改正により法人税法が整備された現在においては、解釈論としては取り得ないというのが実態ではないかと考えられる。 第44回から第46回(今回)までは、今までの議論から貸倒損失の法律論についてまとめた。次回以降は、法人税基本通達にそれぞれ当てはめを行って、具体的な事例について解説を行う予定である。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』への 対応ポイント 【第1回】 「公開草案の読み方」 公認会計士 阿部 光成 平成27年5月26日、企業会計基準委員会は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」(企業会計基準適用指針公開草案第54号。以下「公開草案」という)を公表し、意見募集を行っている(意見募集期間は、平成27年7月27日まで)。 公開草案は、現行の「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(日本公認会計士協会。以下「監査委員会報告第66号」という)を、基本的に引き継ぐものであるが、新たに規定された部分については、実務に大きく影響するものと考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ 公開草案を読むときのポイント 前述のように、公開草案は、監査委員会報告第66号の内容を引き継ぐ部分と新たに規定する部分に分かれている。 公開草案を読む場合には、次の2つのことに注意するとその趣旨を理解しやすくなるものと思われる。 Ⅱ 定義 定義では、「一時差異等加減算前課税所得」がポイントになると考えられる(公開草案3項(9))。 将来の収益力を基礎として繰延税金資産の回収可能性を判断する場合、将来減算一時差異については、将来、発生する課税所得を減額する効果をもつことになる(公開草案3項(3))。 このときの課税所得の見積りに、将来減算一時差異などを加減するのかどうかについては、「個別財務諸表における税効果会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第10号。以下「個別税効果実務指針」という)21項において、次のように規定されている。 公開草案では、「一時差異等加減算前課税所得」の定義を設けて、内容を明確にしており、将来において当期末に存在する将来減算一時差異を解消するために必要な課税所得が生じるかどうかを判断するために、将来に関する要件に関して用いている(公開草案57項)。 「一時差異等加減算前課税所得」の算定方法については、[設例1]が設けられているので、ぜひ、お読みいただきたい。 Ⅲ 繰延税金資産の回収可能性の判断等 基本的に、従来の考え方を踏襲している。 公開草案の公表に際して、「【参考】公開草案と監査委員会報告第66 号等の比較」が公表されている。 当該【参考】を読むと、多くの事項が改正されているように思われるが、上記のように、基本的には、監査委員会報告第66号などを踏襲していることが理解できると思われる。 このため、「踏襲している」や「見直さないこととした」などの説明が付されている事項については、実務に対して大きな影響は与えないものと思われる。 Ⅳ 会社分類の枠組み 監査委員会報告第66号は、過去の業績等に基づいて、会社を例示区分に分類し、将来年度の課税所得の見積額による繰延税金資産の回収可能性を判断することとしている。 公開草案は、次のように規定し、監査委員会報告第66号における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲した上で、当該取扱いの一部について必要な見直しを行っている(公開草案15項、63項)。 監査委員会報告第66号では、例示区分に直接該当しない場合であっても、それぞれの例示区分の趣旨を斟酌し、会社の実態に応じて、それぞれの例示区分に準じた判断を行う必要があると規定している(5(1))。 前述のように、公開草案は、企業を分類する要件を規定したが、分類の実行可能性の観点から、必要と考えられる分類の要件を示しているので、各要件のいずれも満たさない企業が存在することが考えられる(公開草案64項)。 当該企業については、諸事情を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類することとなる(公開草案16項)。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第6回】 「「重要性の基準値」はなぜ税引前利益の5%なのか」 公認会計士 石王丸 周夫 今回は、「重要性の基準値」の算定方法として最もよく知られている方法について解説します。 まず手始めに、以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか? 正解できたでしょうか。 監査の仕事をやっていない限り、少々馴染みの薄い設問だったかもしれませんが、重要性判断の基本思考に関わる内容です。 以下、この解答について触れながら、解説していきます。 《税引前利益の5%がキホン》 日本公認会計士協会から公表されている監査基準委員会報告書320「監査の計画及び実施における重要性」には、重要性の基準値は、指標に特定の割合を掛けて求めるとされています。 上記の算式で、指標として何を選択するか、特定の割合を何%にするかは、複数考えられますが、最もオーソドックスなのは以下のようなものです。 前出の監査基準書にこの算式がはっきりと書いてあるわけではありませんが、以下の記述からそう読めます(⇒したがって、問題6のアの記述は誤りです)。 (監査基準委員会報告書320「監査の計画及び実施における重要性」Ⅲ2.(1)A6) 重要性の基準値を「税引前利益×5%」とする方法は、この記述だけでなく、企業会計審議会から公表されている「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準」や日本公認会計士協会から公表されている監査・保証実務委員会報告第82 号「財務報告に係る内部統制の監査に関する実務上の取扱い」にも見られます。 そこでは、 とあります。 《なぜ税引前利益を選ぶのか》 指標として税引前利益を選択することが基本とされるのは、次のような理由からです。 それは、重要性という概念がそもそも誰を意識して設定されるのかということと関係しています。重要性というのは、財務諸表の利用者を意識して設定される概念です。財務諸表の利用者の意思決定に影響を与えるかどうかというのが、重要性判断のポイントなのです。 したがって、指標を選ぶ際に大事なことは、「財務諸表の利用者が最も関心を向ける財務諸表項目は何か」ということです。 営利企業を前提にした場合、それは税引前利益であろうということから、指標として「税引前利益」が選ばれます。 《どうして5%なのか》 「税引前利益×5%」の算式でもう1つ気になるのは、「5%」というところだと思います。 これは簡単に言ってしまうと、感覚的なものです。 監査人の多くは、税引前利益の5%未満なら重要性が乏しく、10%超なら重要性が乏しいとは言えない、と感じているというものです。そして、5~10%の範囲では、監査人によって(あるいは時と場合によって)感じ方が様々であるというわけです。 したがって、5~10%の範囲で重要性の基準値を決めれば、大半の監査人が納得しうる重要性の基準値になるだろうということがわかります(⇒したがって、問題6のイの記述は誤りです)。 特に5%を採用する場合は、ほとんどの監査人が賛同するはずであり、社会的に影響が大きい上場会社の監査で5%が採用されることが多いのは、そういう理由からです。 《5%未満ではいけないのか》 重要性の基準値として、税引前利益に特定の割合を乗じた値を採用する場合、5%より小さい割合を採用することはないのでしょうか。より小さい割合を採用すれば、重要性の基準値はより小さくなり、監査はより厳格になります。 これは一見望ましいことのように見えますが、実はそうとも言えません。厳格さを追求すればするほどコストが高くなり、それによって得られる相対的な効用が小さくなります。 学校のテストの点数を例に考えてみます。 今、算数が95点、国語が60点という子がいたとします。 この子が次回のテストで算数と国語の総合点を上げるには、算数と国語、どちらの科目を重点的に勉強すればよいでしょうか。 すでに95点を取れている算数で、さらに点数を上乗せするための努力はなかなか大変です。しかも、どんなに頑張っても伸びるのはあと5点。それに比べて国語の伸びシロは大きいです。ですから、算数よりも国語を頑張る方が得策です。 会計における重要性の考え方も同じです。重要性の基準値を「税引前利益×5%」よりも小さくして、より正確な決算を期すというのは、企業活動全体から見ると伸びシロは大きくないということなのでしょう(⇒したがって、問題6のウの記述は正しいです)。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第86回】 金融商品会計⑧ 「貸倒見積高の算定の際の債権の区分」 仰星監査法人 公認会計士 上村 治 日本公認会計士協会準会員 永井 智恵 〈事例による解説〉 〈会計処理〉(単位:千円) ① 一般債権に係る貸倒引当金の計上 (*1) 一般債権に分類された売掛金に係る貸倒見積高60千円 ② 貸倒懸念債権に係る貸倒引当金の計上 (*2) 貸倒懸念債権に分類された売掛金に係る貸倒見積高1,000千円 ③ 破産更生債権等に係る貸倒引当金の計上 (*3) 破産更生債権等に分類された売掛金に係る貸倒見積高1,000千円 〈会計処理の解説〉 金融商品会計基準では、貸倒見積高の算定にあたり、債務者の財政状態及び経営成績等に応じて債権を「一般債権」、「貸倒懸念債権」及び「破産更生債権等」の3つに区分することとしています。そして各々の債権区分に適した方法で貸倒見積高を算定し、貸倒引当金を計上します。 3つの債権区分の定義は以下のとおりです。 本事例において、A社に対する売掛金は、債務の弁済が1年以上延滞しているため、②貸倒懸念債権に分類されます。また、B社に対する売掛金は、B社が手形交換所において取引停止処分を受けているため、③破産更生債権等に分類されます。 A社およびB社以外の取引先は、債務の弁済について問題となる兆候や経営状態に問題が生じている状況は認識されていないため、それらの取引先に対する売掛金は①一般債権に分類されます。 そして、各々の債権の区分に応じて算定された貸倒見積高を、その債権に対する貸倒引当金として計上します(各債権区分に応じた貸倒見積高の算定方法は次回以降で説明します)。 * * * 次回は、一般債権における貸倒引当金について解説します。 (了)
社外取締役の教科書 【第2回】 「『社外』取締役になれるのは誰か?(要件論)」 クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎 1 社外取締役を設置することが必要な会社とは? (1) 設置は強制されていなかった 会社法331条は、取締役の欠格事由を定めている(例えば、成年被後見人である者は取締役とはなれない)。この欠格事由の規定は、取締役の立場が会社の内であるか外であるかは全く問題としていない。 そのため、これだけを見れば、会社は、わざわざ社外取締役を設置する義務などなく、社外取締役を導入するか否かはそれぞれの会社の自主的判断に委ねられている、ということになりそうである。 実際、平成26年会社法改正以前においては、社外取締役の設置が義務付けられるのは、 という限定されたケースであった(しかし、社外取締役の導入が進まなかったことは、前回説明したとおりである)。 このように、我が国における株式会社のすべてが、社外取締役の設置を強制されているわけではなかった。 (2) 事実上の義務化へ そのような状況を前提として、法は、【第1回】で説明したように「ガバナンスの強化」という観点から、特定の条件に該当する会社については社外取締役を設置することを広く事実上義務付けるに至ったのである。 特に平成26年会社法改正においては、社会の耳目を集める重大な改正がなされた。 すなわち、監査役会設置会社(公開会社かつ大会社であるものに限る)で有価証券報告書の提出義務がある会社については、事業年度の末日において社外取締役を置いていない場合には、取締役は、定時株主総会において、「社外取締役を置くことが相当でない理由」を説明しなければならないものとされた(会社法327条の2)。この場合、当該理由を事業報告の内容としなければならない。 この「理由」とは、一般に、単に社外取締役を置かない理由を説明するだけでは足りず、社外取締役を置くことがかえって当該会社にとって相当ではないという積極的な事情(会社にとってのマイナスの影響)までを意味するものと理解されている(このように、原則を実施するか、あるいは実施しない場合にその理由を説明するかという枠組みは“comply or explain”と呼ばれ、「コーポレートガバナンス・コード」等をはじめ、適用例が近時増加している)。 しかし、上記のような「理由」を説明することは、実際上は非常に困難といえ、そのため前記の条件を満たす会社においては、社外取締役を設置する方向で進めざるを得ない。 このような状況をもって、社外取締役設置の「事実上の義務化」と評されることが多い。 さらに、平成26年会社法改正により新たに設けられた「監査等委員会設置会社」においても、少なくとも2名の社外取締役を設置する必要がある(会社法331条6項)。 なお、以上に加えて、「コーポレートガバナンス・コード」の適用を受ける上場会社であれば、さらに歩を進めて、独立社外取締役を2名以上確保することが義務付けられた。 2 社外取締役といえるための条件-「社外性」とは? (1) 社外性についての改正会社法の規定 それでは、社外取締役を設置しなければならない場合に、どのような者が「社外」取締役に該当するのか。 この「社外性」の要件に関しても、やはり平成26年会社法改正により大幅に状況が変わった。つまり、法改正により、「社外」として取り扱うことができない類型が大幅に増加し、社外性要件が厳格化されたのである。 条文の規定ぶりは複雑であるため、これを整理すると次のとおりとなる。 (2) 社外性要件の確認 以上について、若干の説明を加えよう。 当該株式会社の①②及び子会社の①②は、過去に会社との関わりがあった者である以上、現経営陣との人的つながりや心情面での独立性が不十分であるとし、社外性を欠くとしたものである。なお、平成26年改正以前は「10年前」という期間制限がなく、過去に一度でも経営者の指揮命令系統に属したことがある者は社外性の要件を満たさないとされていた。 しかし、長期にわたり会社とのつながりが途絶えた者であれば独立性を認めてもよいこと、及び、社外取締役の人員確保という観点を考慮し、ここの部分に限っては社外性の要件が緩和された。 当該株式会社の③及び親会社の③も、上記と同様に現経営陣との独立性が不十分なために排除したものである。 また、親会社の①②④及び兄弟会社における要件は、該当者は当該株式会社ではなく親会社等の利益を優先させる可能性があるため、これを排除したものである。 (3) 改正会社法の影響 以上と並行して、東京証券取引所をはじめとした各証券取引所の規則の適用を受ける会社においては、要求される「独立役員」の要件をも満たすかどうか、確認が必要となる。 このように、社外性要件の厳格化により、従前であれば社外性要件を満たしていた取締役であっても、改正法により要件を満たさなくなる場合がある。例えば、これまでに取締役等の配偶者又は2親等内の親族が社外取締役として選任されていたケースでは、今後は「社内」取締役として扱われることになる。 したがって、会社実務においては、平成26年改正法を踏まえ、改めて当該取締役について社外性の要件を確認しておくことが重要であろう。 (了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第9回】 「金融機関におけるコーポレートガバナンス」 ~取締役会の責務~ PwCあらた監査法人 シニアマネージャー 阿部 功治 〔はじめに〕 東京証券取引所(以下「東証」)は、「コーポレートガバナンス・コードの策定に関する有識者会議」が取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード原案」(2015年3月5日公表)を受けて、「コーポレートガバナンス・コード」(以下「CGコード」)を東証の有価証券上場規程の別添として定めるとともに、関連する上場制度の整備を行った。CGコードは、2015年6月1日から既に適用されている。 本稿においては、金融機関(銀行業界)を例に、コーポレートガバナンスのあるべき姿についてCGコード第4章「取締役会等の責務」を踏まえた議論を展開する。 なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 〔CGコードの基本原則4(取締役会等の責務)〕 東証の「CGコード」の基本原則4においては、「取締役会等の責務」として、以下の3点が特に重要なものとして挙げられている。 金融機関(銀行業界)においては、バーゼル銀行監督委員会より「Corporate governance principles for banks (Consultative document, Basel Committee on Banking Supervision, October 2014)」(銀行のコーポレートガバナンス諸原則、バーゼル銀行監督委員会(※))が発出されており、より具体的に満たすべき事項については参考になる。 (※) 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」に関する本文中の日本語は筆者仮訳。原文はこちらを参照。 〔金融機関のコーポレートガバナンス〕 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」は、以下の13の原則から構成されている。 【図1:銀行のコーポレートガバナンスに関する13の原則】 (出所:「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」に基づき筆者作成) 全体として、取締役会のあり方や果たすべき役割(原則1~3)、リスクガバナンス態勢の構築と運営(原則6~10)に特に重点が置かれた内容であると捉えることができよう。 とりわけ、金融機関のガバナンスの要諦である取締役会のあり方やその責務については、原則1において詳述されている。 【図2:原則1(取締役会の全般的責務)の全体像】 (出所:「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」に基づき筆者作成) 〔取締役会の責務〕 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」においては、取締役会の責務として、具体的に以下の事項が列挙されている。 事業目的や戦略、上級経営陣(業務執行を担う役員あるいは幹部従業員)の監督といった、従前から取締役会が当然に果たすべきとされてきた事項に加え、企業文化の確立やリスクアペタイトの策定といった事項についても取締役会がリードすべきとされている点は注目すべきである。 〔企業文化と価値観〕 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」においては、“責任感のある倫理的な行動に対する規範意識を強化しうる企業文化は良好なガバナンスに不可欠である”と明記されており、適切なコーポレートガバナンス態勢確立の礎として、適切な企業文化を確立することが重要であることが強調されている。また、こうした企業文化の確立は、金融機関の経営において極めて重要な位置を占めるリスク管理に対しても非常に重要な意味を持っていると考えられる。 リスク管理が有効に機能するためには、結局のところ、組織の構成員一人一人が、組織が尊重する価値観を理解した上でそれに基づき適切に行動していくことが必要なのであり、そうした価値観の共有・実践なくしては、いかに頑強なフレームワークや厳しいプロセスを導入しようとも、それらが本来の機能を発揮することは非常に困難となるであろう。 〔リスクアペタイト、リスク管理と統制〕 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」においては、強固なリスクガバナンスフレームワークを監督することについて、コーポレートガバナンスフレームワークの一部として、取締役会が責任を有するとされている。 リスクガバナンスフレームワークを構築するためには、そもそも組織としてどのようなリスクをどの程度取るのかということを明確にしておくことが不可欠となる。 具体的には、リスクテイクに関する基本的方針、考慮すべきリスクの種類や程度等について、定量的側面/定性的側面の両面から「リスクアペタイトステートメント」を取りまとめ、取締役会において承認し、必要に応じ変更していくことになる。また、いわゆる「3つのディフェンスライン」に基づく組織体制/役割・責任分担を明確化しておくことも重要である。 〔上級経営陣の監督〕 「銀行のコーポレートガバナンス諸原則」においては、上級経営陣(実際に業務執行に携わる役員等)の監督についても触れられているが、単なる業績管理としての側面だけではなく、業務執行の企業文化との一貫性や、リスクアペタイトの遵守状況、リスクカルチャーの状況に係る監督についても、財務上の得失に関わらず行っていくことが求められている。 * * * 最後に、PwCあらた監査法人などで構成されるPwC Japanでは金融機関におけるリスクガバナンスについてのあるべき姿、先進的な取り組みについての紹介資料「リスクガバナンス、リスクアペタイト・フレームワーク、リスクカルチャー」を発表していることを記載しておく。本稿の関連資料として参照されたい。 (了)
〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第10話】 「新田の思い」 税理士 堀内 章典 京子ママの勘 夜8時を過ぎたころ、静寂を破って、東上野税務署法人課税第5部門田村統括官の携帯電話が鳴った。 電話をかけてきた小泉調査官からの連絡によれば、新田調査官と小泉は粘りに粘って藤田社長の協力を取り付け、社長の自宅に行き、現在記帳している現金出納帳や売上帳だけでなく過去何年間かの古い帳簿も押さえることに成功したらしい。 新田と小泉は、押さえた帳簿書類を借用してこれから東上野署に引き上げて来るとのこと。 ホッとした表情の田村が多楠調査官に声をかけた。 「多楠君、遅くまでお疲れ様、小泉君と新田君はまもなく署に戻って来るそうだ。調査の方も一段落したみたいだから今日のところは帰っていいよ。」 「田村統括、それは・・・」 「いや、いいんだよ。2人には“多楠君は私が先に帰るように指示した”と言っておくから。」 多楠を気遣う田村に、多楠はしばし無言であったが、田村の言うとおりにした方が良さそうだと納得し、すごすごと机の上の書類を片づけ始めた。 田村統括官はヤレヤレという感じで、老眼鏡を片手にもう一方の手で目頭を押さえながら、安倍副署長に今日の調査がようやく終了したことを報告に行った。 ▼ ▲ ▼ 税務署を出た多楠であったが、とてもこのまま家に帰る心境にはならない。しばらく上野駅前の喫茶店で気を落ち着かせようと思った多楠は、ほろ苦いコーヒーをすすりながら今日一日の出来事を回想していた。 “あのときの老人が藤田社長だなんて思いもしなかった。新田さんや小泉さんが僕の立場だったら、どのように対応したのだろうか。” あれこれ考えを巡らせているうちに時間は過ぎていったが、どうしても家に帰る気にはならなかった。1時間近く喫茶店で過ごしたのち、その足は自ずとある所に向かっていた。 多楠が向かった先は、赤羽のスナック“かわばた”であった。 一人躊躇しながらもドアを開ける多楠、いつものように京子ママがカウンターの中にいた。 「あら! どうしたのタクちゃん。めずらしいわね。今日は新田ちゃんとでなく、一人で来てくれたの?」 少し怪訝な顔をした京子ママであったが、多楠の顔を見るなり、これは何かがあったと直感した様子で、それ以上何も聞くことなく、カウンターにひっそり腰かける多楠にさりげなくおしぼりと水割りを差し出した。 こんな日に限って客は誰もいない。どのくらい時間が経っただろう。多楠は独り言のように思わずつぶやいていた。 「ついに、本当に嫌われてしまった・・・」 それを聞いた京子ママは、ついにいたたまれず、声をかけた。 「どうかしたの、タクちゃん、今日は元気がないみたい。何かあったの?」 しばしの沈黙の後、多楠が再びつぶやく。 「今日仕事で決定的な失敗をして、新田さんにひどく叱られたんです。」 「・・・・・・」 「以前から僕は新田さんから嫌われていたけど、ついに今日で終わりだ・・・。明日、新田さんに会わせる顔がない。」 顔を上げ、今にも泣きだしそうな多楠に京子ママが言った。 「新田ちゃんがタクちゃんを嫌ってるって?」 これは驚いたという顔を隠さない京子ママ、 「いや~ねぇ。タクちゃんたら、何言っているの? あなたも税務署に入ったばかりとはいえ調査官なんだから、もっと人の気持ちを察しなきゃ!」 「え?」という表情で京子ママを見つめる多楠。 京子ママは笑いをこらえながらという感じで 「感じない? あのね、新田ちゃんはタクちゃんのこと、いたくお気に入りなのよ。」 「そんなわけ、ないでしょう・・・」 意外な顔をする多楠に京子ママは続ける。 「私は新田ちゃんとの付き合いが長いから感じるのよ。新田ちゃんは自分のお気に入りの人としか、この店に来ないもの。」 「新田ちゃん本人の口から聞いたわけではないけど、私には分かるわ。絶対そうよ。」 「新田ちゃんがよく連れてきた人といえば、三田署の特調部門のときの~、そうあの澤田さんのとき同じ部下だった、同僚の“コイさん”くらいだもの。」 “鯉さん? 恋さん?” 変な名前の人だなと思った多楠であったが、自分が新田さんに気に入られているなんて絶対にあるわけないと心の内で叫んでいた。 ▼ ▲ ▼ またしばらく沈黙が続く中、やっと次のお客が2人、店にやって来た。かなり酔っているらしく騒々しい。多楠にとっては京子ママがそちらの客にかかりきりになったことで、一人水割りを飲めるようになり、自分の時間に浸ることができた。 水割りを飲みながら、多楠は思った。 “明日署に行って新田さんと顔を合わせたとき、どうすればいいんだ。何て言えばいいんだ。” するともう一人の多楠が現れて “明日は休めばいいのさ、もうあの事案には関わりたくないだろう? 新田さんにも会わなくて済むしさ” と悪魔のようにささやく。 時計が11時を回ったころ、多楠は意を決してカウンターの席を立った。奥から京子ママがそそくさとやって来て 「タクちゃんお帰り? 元気出して! あなたなら新田ちゃんと絶対にうまくやっていけるわよ。」 「・・・・・・」 黙ってドアを開け、外へ出ようとする多楠の背中越しに京子ママ 「じゃあね。元気出してね。頑張るのよ!」 店の奥では先ほどの客がカラオケに興じていた。 11月のひんやりとした外の空気が頬に触れ、深夜遅くなった人通りのない飲み屋街の狭い道をそのまま赤羽駅まで歩いて行った。その道の途中、多楠はついに決心をした。 “よし、明日新田さんに会ったら、真っ先に謝ろう。” “怒鳴りつけられかもしれないが、ここは僕が頭を下げた方が良さそうな気がする。” と腹をくくった。その多楠の思いは、帰りの京成電車の中でも揺らぐことはなく、翌朝を迎えた。 (次ページへ) (前ページへ) 新田の真意 翌朝、田村統括官が出勤すると、いつものように神妙な顔をして机拭きをしている多楠がいた。その姿を見て安心したのか、田村が腫物を触るように声をかけた。 「おはよう多楠君、昨日は遅くまでご苦労様。小泉調査官と新田調査官は今日直接銀行調査で夕陽信用金庫に行くことになったんだよ。昨日2人が署に戻ってきて、社長の自宅で把握した不審な預金の解明に行くんだって、なんだかワクワクするような事案になりそうだ。」 多楠がいつもどおり出勤してきたのにホッとしたからか、いつもの不正大好き統括官の田村に戻っていた。 「あ、そうそう、多楠君は次の会社の準備調査の続きをやるようにと、新田調査官が言っていたよ。」 「あ・・・はい。分かりました。」 何やら肩透かしを食らったような多楠であったが、仕方がないと机から書類を出し準備調査を始めた。 ▼ ▲ ▼ その日、新田と小泉が署に戻ってきたのは、5時半ごろ、2人とも信用金庫でマイクロフィルムを見てきたらしく真っ赤な目をしながら、さっそく田村へ報告に行った。小泉は多楠の姿を見るなりニコッと笑いながら、新田は多楠の方を見向きもせずに田村の席に向かう。 その後、小1時間ほどで報告は終了し、自席に戻った新田に向かって多楠は直立不動の姿勢で、まるで古参の兵士に謝る新兵のような感じで体を90度に折り曲げて言った。 「新田さん! 昨日は申し訳ありませんでした!」 そう言うと、多楠は恐る恐る顔を上げ、上目づかいに新田の顔をチラリと見て驚いた。 “えっ! あの新田さんがほほ笑んでいる。” 傍から心配そうに2人を見つめる田村、小泉には、いつもの素っ気ない新田にしか見えないが、多楠には分かった。 昨日は鬼のような顔して怒っていた新田、外見はいつもの新田に見えるが、多楠が正面からチラリと見た新田の瞳の奥には、安堵に満ちた、ほのかな暖かい光が垣間見えた。 その後、多楠は小泉のところへ行き、同じように頭を下げた。 「いいんだよ。気にしなくて、おかげさまで調査もうまくいったしね。慌てて逃げた社長は自ら墓穴を掘った格好さ。」 こんなやり取りを見ていた田村はすっかり安心とした表情で、 「さぁ、昨日も遅かったから今日は早く帰ろう! 私も早く帰って奥さんのご機嫌をとらないと。いつ見放されて熟年離婚になって退職金を半分要求されたら大変だからネ・・・」 ▼ ▲ ▼ 半月後、ミキと林税理士が何度か税務署に来てやり取りを進めるうちに、すし勢の調査は終了した。 自宅で把握した帳簿や売上伝票が決め手となり、5年間で約3,000万円の売上除外が発覚したのであった。 小泉から聞いたところによると、ミキは子育てで忙しい中、現金出納帳や売上帳を付けていた。藤田社長は、ミキから預かった現金出納帳や売上帳から現金売上を除外した後、自ら書き換えた伝票を林税理士に渡していたらしい。 林税理士に帳簿は一切見せていなかった。いわいる“摘み申告”という手口の不正である。林はしきりに弁解した。 「社長はいつも酔っぱらっていて、『帳簿を見せてくだい』と言うと怖い顔をして怒鳴られるので、ついついそれ以上何も言えず、長年処理していたのがいけなかったんです・・・」 小泉が言うには、2人兄妹の社長とミキは、お互いが兄妹思いのようだ。 朝から深夜まで長時間働いて月給30万円では少ないだろうと、ミキは兄から毎月10万円程度のお金をもらっていたという。今思えば、誤魔化した売上の一部を妹へ渡していたのだろう。 小泉はミキに言う。 「売上を誤魔化さずにすべて帳簿に計上し、給与を支給して、しっかりそれも帳簿に載せる。給与の源泉所得税は徴収されるので手取りは減りますが、堂々と何もやましいことなく給与がもらえるんですよ。」 ミキは、ますます酒浸りになり、めっきり老け込んだ兄をいつも心配していた。そして兄の修業時代、厳しい親方や店の先輩に鍛えられ、死にもの狂いになって腕を磨いていた、あの溌剌としていた兄の姿が脳裏に焼きついて離れないという。腕の良い寿司職人になることを夢見て、やっとのことで御徒町駅近くに暖簾分けで店を開き、努力の甲斐あって店も繁盛した。 ところが、根っからの職人気質で家庭を顧みない兄は寿司屋の仕事に没頭した。子供に恵まれず、やがて妻にも愛想をつかれた。酒やタバコに逃げ道を求め、アルコール中毒に、そして離婚、「私以外に兄を助けられる人はいない」と、ミキはけっこう高給だった会社を辞め、兄の店を手伝うようになったのだ。 兄は職人気質が抜けず、売上をまともに申告するのは何だかもったいないというような古い感覚があったようだ。あるいは、修行していた店の親方も同じようなことをしていたのかもしれない。 ミキに月々渡していた以外の誤魔化したお金は、いつ自分が体調を崩して再入院してもいいようにと、月何回か夕陽信用金庫の職員に預けていたようだ。アルコール中毒の社長が太い指を震わせながら、こまめに日々の伝票を作り替え、誤魔化した現金を別に管理している姿は何とも想像しがたい。 社長とは調査初日に会ったきり、小泉も新田も会っていない。 “俺は税務署が大嫌いだ。会いたくない。林先生とミキに任せると言って関わろうとしない。” 小泉はこうも言った。社長は根っからの小心者でマメな人、だから不安や心の憂さを酒で紛らわしていたのだろう。ミキはちゃんと帳簿や伝票を付けているので、税務署の調査が入っても何もやましいところはないと自信を持っていた。 ところが意外にも、兄がそんなマメな作業をして、日々の売上を誤魔化していたとは思いもよらなかった。ミキ自身が悪いことをしていたわけではないから、不正が発覚した後は、元々があっけらかんとした性格なので、全面的に調査に協力するようになった。 調査最終日、修正申告を提出する日、小泉を誠実な調査官として信頼しているからか、ミキは小泉にしみじみと言った。 「いろいろ教えていただきありがとうございました。兄の体がいつまで持つかわかりませんが、これからは私がしっかり経理をやって、兄を支えていきます。」 負けん気の強い気丈なミキがうっすらと涙を浮かべながら、 「今後は私が付けている帳簿は林先生にすべてお渡しして、現金の管理も私がします。兄に任せると危ないです。また同じことをやりかねませんから・・・」 別れ際、笑顔が戻ったミキがふと気づいて新田に聞いた。 「そうそう、あの若い税務署の人どうなったんですか。あの後姿を全然見せないけど・・・」 「・・・・・・」 そして新田を見ながら、姉が弟を諭すように言った。 「あなたが若い人を鍛えたいという気持ちはわかるけど、ほどほどにしないと。」 「・・・・・・」 「あ、ごめんなさい。元々の原因は兄でした。さっさと逃げ出すから。昔から勘所がいい人なんです。予知能力っていうんですか、いくら酔っぱらっていても・・・」 ミキは小泉に深々と頭を下げ、お礼を言って帰って行った。 「いろいろとありがとうございました。ご面倒をおかけしました。」 ▼ ▲ ▼ 小泉は新田の気持ちが痛いほどわかっていた。新田が多楠に対して、なぜあのような厳しい言い方をしたのかを・・・。 この案件をまとめるためには、いかに今日の自分たちが真剣な気持ちで調査に来ているのかを訴えたのである。立ち会ったミキを通じて社長に伝えようとした1つの賭けであったのだ。 もちろん多楠に調査の厳しさを知らしめるという気持ちもあったろう。しかし、あのときの新田の怒りは多楠ではなく、明らかに藤田社長に向けての怒りだったのだ。 社長はあのときうまく逃げたと思ったかもしれないが、“税務調査はそんなに甘くないぞ”と思わせることこそが調査官の意地、心意気なのだ。 しかし、さすがの新田も、あの後、多楠を心配しているのが小泉にもよくわかっていた。 翌朝、夕陽信用金庫から小泉が気を利かして、電話で田村統括官に多楠の様子を確認した。多楠はいつものように出勤し、言われたとおり準備調査をしていると田村からの言葉を伝えたときの新田の様子を思い出していた。 ミキと林税理士の帰る後姿を見送る小泉と新田、小泉は何気なくチラリと新田の横顔を見た。小泉は知っていた。新田がただ厳しいだけのカリスマ調査官でないことも。 (続く)
《速報解説》 監査役協会より「会社法及び法務省令の改正に伴う監査報告の文例」が公表 ~ひな型の改正前に、5月1日以降決算期を迎える会社に向け 「対応を考慮することが必要な個所」に限定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年7月1日、日本監査役協会は「会社法及び法務省令の改正に伴う監査報告の文例」を公表した。 日本監査役協会では、監査報告のひな型の改正を検討しているが、注記等多岐にわたる改定が見込まれることから、当面の対応として本年5月1日以降に決算期を迎える会社が、対応を考慮することが必要な個所に限定して、「文例」を公表するとしている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 文例では、事業報告又は事業報告の附属明細書に記載されている、親会社等との利益相反取引において当該取引をするに当たり当社の利益を害さないように留意した事項及び当該取引が当社の利益を害さないかどうかについての取締役会の判断及びその理由に関しての監査役及び監査役会の意見について、次の対応が行われている(会社法施行規則129条1項6号、130条2項2号:下記【参考法令】を参照)。 留意事項として、次のことが述べられている。 (了)
《速報解説》 ASBJより「修正国際基準」の確定版が公表 ~「のれんの会計処理」「その他の包括利益の会計処理」が修正会計基準に~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年6月30日、 企業会計基準委員会は「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)」を公表した。これにより、平成26年7月31日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 修正国際基準は、企業会計審議会の「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」で示された、IFRSのエンドースメント手続に関するものである。 また後述するように、平成27年6月30日、金融庁から連結財務諸表規則などの改正案が公表され、意見募集が行われている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 修正国際基準の公表の方式 国際会計基準審議会(IASB)が公表した会計基準及び解釈指針を直接「削除又は修正」することなく、「削除又は修正」した箇所について企業会計基準委員会による修正会計基準を公表する方式を採用している。 修正国際基準を適用する場合には、「修正国際基準の適用」に従って基準を適用することとなり、修正国際基準は、次のものから構成される(「修正国際基準の適用」2項)。 今回、企業会計基準委員会による修正会計基準としては、次の2つのものが公表されている。 2 のれんの会計処理 「のれんの会計処理」(企業会計基準委員会による修正会計基準第1号)では、IFRS第3号「企業結合」ののれんの非償却に関する規定を次のように「削除又は修正」している(J-58A項。IAS第28号「関連会社及び共同支配企業に対する投資」も同様)。 のれんの会計処理に関連する次の事項については、検討のうえ、「削除又は修正」しないこととされた。 3 その他の包括利益の会計処理 「その他の包括利益の会計処理」(企業会計基準委員会による修正会計基準第2号)では、次のIFRSにおけるその他の包括利益項目のノンリサイクリング処理に関して、過去にその他の包括利益に認識した利得又は損失の累計額を、その他の包括利益累計額から純損益に組替調整額として振り替えるように「削除又は修正」している(IFRS第7号「金融商品:開示」、IAS第1号「財務諸表の表示」にも注意)。 Ⅲ 適用時期等 修正国際基準は、2016年3月31日以後終了する連結会計年度に係る連結財務諸表から適用できる。 四半期連結財務諸表に関しては、2016年4月1日以後開始する連結会計年度に係る四半期連結財務諸表から修正国際基準を適用できる。 Ⅳ 連結財務諸表規則等の改正案 平成27年6月30日、金融庁は「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令(案)」等を公表し、意見募集を行っている。意見募集期間は、平成27年7月30日までである。 これは、ASBJによる修正国際基準の公表を受け、修正国際基準の適用が制度上、可能となるように、連結財務諸表規則等(「財務諸表等の監査証明に関する内閣府令」、「財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保するための体制に関する内閣府令」、「『連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則』の取扱いに関する留意事項について」など)について、所要の改正等を行うものである。 主な改正内容は次のとおりである。 (了)