〔小説〕 『東上野税務署の多楠と新田』 ~税務調査官の思考法~ 【第9話】 「調査官の意地」 税理士 堀内 章典 共通の思い 11時過ぎ、東上野署に肩を落としながら帰ってきた多楠調査官を見て、田村統括官が驚いた。 「どうしたの多楠君、1人で帰って来たみたいだけど・・・」 「・・・・。」 「さっき小泉調査官から連絡があって、社長は捕まらなかったけど、社長の妹さんに協力してもらって、調査を進めていると報告を受けたばかりだよ・・・」 田村が心配そうに多楠のもとに来て、肩を落としている多楠の顔を覗きこんだ。 多楠は消え入りそうな声で、すし勢の出来事を田村に報告した。 「僕が悪いんです。みすみす社長を取り逃がしてしまい、調査担当者の小泉調査官に迷惑をかけ、指導役の新田調査官に恥をかかせたんですから・・・」 田村もさすがに何と言って慰めてよいか困りきった表情で 「多楠君、そんなに自分を責めないで、とにかく調査は進んでいるみたいだから、とりあえず今日は署内で仕事をしたらどうかね。」 うなずく多楠、自席に戻ると部門の皆が調査で出払っている中、一人机の中から書類を出し始めた。 多楠の目は虚ろ、そんな多楠を見つめる田村は、 “いやはや大変な一日になったものだ” と内心頭を抱えていた。 ▼ ▲ ▼ 場面をすし勢に戻そう。 逃げた社長の藤田に替わって、取締役である妹ミキを粘って説得し、何とか調査を続行した小泉調査官と新田調査官であったが、ランチが始まる11半前までには、何としても店舗内の確認調査を終了させたかった。調査権限はあるとはいえ、極力調査先の営業を妨げないように配慮するのが任意調査の基本である。 小泉と新田は手際よく店、特に厨房奥の小部屋と会計を行う古いレジの周りを中心に調べた。 2人はまったく言葉を交わしていないが、調査官としての勘は同じものであった。 “確かに多楠が社長を取り逃がしたのは手痛いミスであった。しかし、社長が税務調査を察知して店から逃げ出したのには何らかの理由があるハズ。かなりの確率で不正、おそらく売上を誤魔化しているに可能性が高い。” 11時過ぎに確認が終了、奥の小部屋で小泉と新田がミキを相手に、簡単に事業概況の説明を求め、いくつかの質問をした。 聴けば、社長の藤田は根っからの寿司職人で、朝築地にネタを仕入れに行き、帰ってきて仕込みを行いランチ、そして休憩をはさんで夜のカウンターに立ち寿司を握る日々を送っているらしい。 仕事ぶりは真面目で、職人としての腕もなかなかのようであったが、一日一升以上は飲むという酒と2箱は吸うというタバコがたたり、昨年38歳の誕生日前、脳梗塞を起こして倒れたらしい。緊急入院後、幸い一命は取り止めたものの右半身にマヒが残った。 一方、ミキは小さい子供がいるので、ランチの時間帯と夜の8時から店に出て、接客と店を閉めた後の売上代金の集計を行い、釣り銭を除いた現金と売上伝票を兄に渡しているという。 兄は3年前に離婚した後生活が乱れ、体を壊したようで、兄の体を気遣うミキがしんみりと言う。 「兄にもしもの事があったら大変、若い職人さんじゃこの店はもたない。・・・残念だけど、店は閉めるしかないわね。」 ▼ ▲ ▼ しばらくの沈黙の後、間合いを計りながら小泉がミキに質問した。 「小部屋の中にあったゴミ箱に、売上伝票のような紙が破られ捨てられていました。これがそうです。」 小泉は、ごみ箱に捨ててあった紙のかたまりをミキに見せた。 「・・・それは昨日とかの売上の伝票でしょう?」 すかさず小泉が聴く。 「ではなぜ、ごみ箱に捨ててあったんでしょう。」 ミキ 「さぁ?私にはちょっと・・・。たぶん兄が捨てたのでは? それ以上のことは・・・」 小泉は質問を続ける。 「ところで帳簿はどこにあるのですか。どなたが付けていますか。」 ミキが答える。 「現金出納帳や売上帳などの帳簿は私が付けています。」 小部屋にあるはずと、古く汚れた机の中を探すミキであったが、どこにも見当たらない。 「あらいやだわ、兄さんが持って行ったのかしら・・・」 そんなに大きい部屋ではない。何度かミキが辺りを探したが現金出納帳、売上帳はどこにも見当たらなかった。 時刻は11時半に近づいていた。とりあえず午前中の調査はこれまでということで、紙のかたまりを用意していた紙袋に詰めながら、小泉はミキに声をかけた。 「この捨てられた紙はお預かりいたします。いったん調査を中断しますが、社長とはいつ会えるでしょうか。」 調査がいったん終了と聞いてホッとしながらも困り顔のミキは 「携帯も忘れて行ったみたいだし、連絡の取りようがないわ。どうしましょう。」 小泉は冷静な表情のまま 「ではランチが終わる2時過ぎにもう一度こちらに参ります。税理士先生も見えるかもしれませんし。」 ミキ 「まだ何か調べるんですか・・・。兄に会わないといけないのですね。」 うなずく小泉にミキが言う。 「わかりました。2時までに兄が戻って来るようでしたら引き留めておきます。」 店を辞した2人は、あうんの呼吸で昭和通りまで走り、タクシーを捕まえるなり、文京区白山の社長の自宅に向かった。ひょっとしたら社長が自宅にいるのではと考えたからだ。 マンションが立ち並ぶ大通りから少し入った狭い道路沿いに、昭和の終わりごろに建てられたとみられるひっそりとした住宅街の一角に社長の自宅があった。自宅の場所は小泉が事前に現地確認をしていたので、タクシーは迷うことなく自宅前に着いた。社長の家のベルを鳴らす小泉、だが中から応答はない。外から見る限り家の中に人の気配はない。しばらく目立たないところで待機する2人であったが、結局出入りする者は現れなかった。 新田と小泉はひと言も言葉を交わさなかったが、心の内では共通の思いがあった。 “このまま社長に会わずに引き上げるわけには行かない。今日はどんなに遅くなっても、絶対に社長に会い、逃げた理由やごみ箱に捨ててあった売上伝票について問いたださなくてはいけない。そして、現金出納帳や売上帳の行方についても・・・” まさにそれは、調査官の意地であった。 (次ページへ) (前ページへ) 社長の帰還 小泉と新田は社長の自宅から引返して食事をとった後、30分ほど前から店の前で様子をうかがっていた。その間、藤田社長らしき人物は戻って来なかった。 時間になり2人が店に入ると、ミキと税理士の林が待っていた。 いかにも育ちが良さそうな感じの林税理士に対し、小泉は調査に入った経緯、午前中の調査の経過を説明した。聞けば林の父親も税理士で、息子の林は3年ほど前に税理士試験にやっと合格したらしい。現在37歳で父親と二人三脚で税理士事務所の業務をしているとのこと。無予告調査について苦情を言うこともなく、小泉と談笑をしながら、社長の藤田が戻るのを奥の小部屋で待っていた。 ミキも林税理士が来たからか、午前中に比べ少し落ち着きを取り戻していた。2人の調査官と林にコーヒーを出し、店の出入り口を気にしながら言った。 「早く帰って来ないかしら、いったいどこに行ったんでしょう。兄さんったら・・・」 林税理士が預かっていたすし勢の総勘定元帳を調べたり、午前中の続きで聴取り調査を行っているうちに、時計は4時を回っていた。そろそろ調べることもなくなり、話も尽きかけたころ、店の出入り口に右足を引きずる一人の男がヌッと現れた。 昼間から酒を飲んでいるのか顔が赤黒く光っている、とにかく尋常な顔色ではない。 「・・・ミキ、今帰った。」 驚くミキ 「兄さん!どこに行っていたの? 税務署の人がお待ちかねよ。」 小泉と新田はすかさず藤田社長に来意を告げ、身分証明証を提示した。 藤田は身分証明証に目をやることもなくソッポを向きながら 「税務署? 何しに来たんだ。俺は何も悪いことなんてしちゃいない。」 ミキが言う 「だって兄さん、急にいなくなるんだもの。なぜ逃げたの?」 藤田 「何、逃げた?俺が?? 俺は逃げてなんかいない。急に用を思い出したから出かけただけだ。それの何が悪い。」 酒臭い息を吐きながら我を張る藤田を前に、先行きが怪しまれた。 たしかに藤田社長はどう見ても体の具合が悪そうだ。現在39歳のはずだが、多楠が言っていたように、60歳代、しかも後半の老人に見える。長年の飲酒や喫煙が招いた結果なのか。 小泉調査官は思った。 “多楠君がこの社長を老人に見誤ったのもよくわかる。この間、内偵調査のときに社長はカウンターの中ですしを握っていたはず。あのとき、一見老人に見えるこの目の前の男が39歳の社長だとは自分ですら考えも及ばなかった。ベテランの寿司職人くらいの感じで見ていた。” “カウンター越しの藤田は、はつらつと元気に寿司を握っているように見えた。それが職人気質なのか。” そんな思いを巡らせながら、小泉が切り出した。 「社長、現金出納帳と売上帳はどうしましたか。」 藤田 「出納帳? そんなもの知らねぇ。」 そんなはずはないと食い下がる小泉に、知らないと言い続ける藤田、ここで新田が口を開いた。 「知らないわけがないでしょう。妹さんは今朝までこの小部屋にあったと言っています。」 それを聞いた藤田は、シワだらけの顔の中にあって埋もれそうな小さな目を、これ以上開けられないぐらい大きく見開いて言った。 「そうだ! 捨てた、捨てたんだよ!」 新田は表情を変えずに続ける 「どこに?」 藤田社長 「・・・忘れた。酔っぱらってたから・・・」 このやり取りに呆れ顔のミキと林税理士であったが、小泉と新田はけっしてあきらめない。2人して懸命に社長を諭す。 「捨てるはずがない。社長、ちゃんと答えてください。」 実は、一般的に藤田のような職人が調査で最も手強い相手なのだ。怖いもの知らず、まして酔っぱらっているからまともな会話にならない。 ▼ ▲ ▼ 東上野税務署、庁舎の外はすっかり日が暮れていた。 4時過ぎに小泉調査官から藤田社長が店に現れたといったん連絡が入り、一度は安堵した田村と多楠であったが、その後5時半ごろ再び田村の携帯電話に小泉から連絡が入った。 「お疲れ様、田村です。」 「何? これから社長と一緒に自宅に帳簿を取りに行くだって? 自宅は文京区白山・・・わかった。気をつけて、夜も遅くなるし、調査先の営業もあるから早めに切り上げて、ご苦労様。」 多楠は田村の電話でのやり取りを聞いて思った。 “どうやら新田さんと小泉さんは帳簿を確認するために、藤田社長の自宅に向かうらしい。・・・これは長期戦になるな。” 6時ごろまで2人を気遣っていた淡路調査官であったが、子供の保育園のお迎えがあるからと帰って行った。三浦は所用があるとのことで5時過ぎに早々と帰っていた。 時刻はとうに午後8時を回っていた。昼は狭い庁舎の中で大勢の人がひしめく東上野税務署であったが、今は閑散としている。3階の法人課税部門には田村統括官と多楠、あとわずかの職員しか残っていない。副署長室で待機している安倍、法人課税部門の総責任者である法人課税第1部門の柳沢統括官と部下数名、あとは2階の総務課の職員ぐらいである。 田村も多楠も、夕食をとっていない。多楠はというと、今日一日、まったく仕事が手につかなかった。 新田の鬼のような顔が脳裏に焼きついて離れない。 社長の自宅に向かった2人はその後どうなったんだろうと気がかりな多楠、長い沈黙と静寂が続く。 人気がなくなった税務署の庁舎はすっかり静まり返っていた。 そのとき、田村の携帯電話が鳴った。 それは小泉からの電話であった。 (続く)
《速報解説》 外形標準課税の拡大等、平成27年度税制改正に対応した 「地方税申告書」の新様式が明らかに ~地方版・所得拡大促進税制に係る明細書が新設~ 公認会計士・税理士 鯨岡 健太郎 1 はじめに 平成27年5月29日、官報号外第120号において「地方税法施行規則の一部を改正する省令」(総務省令第54号)が公布され、地方税申告書の様式が一部改正された。これは、地方税に係る平成27年度税制改正に対応するものである。 そこで本稿では、地方税に係る平成27年度税制改正の概要を解説するとともに、地方税申告書様式の変更箇所について解説を行う。 なお、退職年金等積立金に係る地方税申告書の様式改正については省略する。 2 地方税に係る平成27年度税制改正の概要 (1) 所得割の税率引下げと外形標準課税の段階的拡大 法人事業税については、外形標準課税を2事業年度にかけて段階的に拡大させるとともに、所得割(地方法人特別税を含む)の税率を段階的に引き下げることとなった(下表参照)。 (2) 事業税の欠損金に係る控除限度額の見直しと繰越期間の延長 法人税と同様の改正が行われた。 すなわち、平成27年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する事業年度に係る欠損金の控除限度額は控除前所得の65%とされ、平成29年4月1日以後開始事業年度に係る欠損金の控除限度額は控除前所得の50%とされるとともに、繰越期間が10年に延長された。 (3) 所得拡大促進税制の外形標準課税への適用 所得拡大促進税制(雇用者給与等支給額が増加した場合の法人税額の特別控除)の適用のある法人については、事業税付加価値割の計算上、雇用者給与等支給増加額を付加価値額から控除することとされた(地方税法附則9⑬)。 付加価値額から控除される金額は、以下の算式により計算される。 (4) 事業税の負担軽減措置 改正後の税率を適用することによって、外形標準課税の割合が拡大することに伴い、所得水準次第ではむしろ税負担が増加する可能性があることから、経過的に負担軽減措置が定められた。 具体的には、平成27年度及び平成28年度の2事業年度に限り、適用年度の付加価値額が30億円以下である企業については、適用年度の前年度の税率で計算した事業税額(所得割+付加価値割+資本割)との差額(税率見直しによる税負担の増加額)について、その2分の1相当額について納付すべき事業税額から控除するというものである(改正地方税法附則8②~⑤)。 この経過措置は、付加価値額が40億円未満の企業まで段階的に適用される。付加価値額が30億円超40億円未満の企業については、段階的に控除割合が引き下げられ、付加価値額40億円のとき控除率がゼロとなる(同9②~⑤)。 図解すると以下の通りとなる。 (経済産業省「平成27年度税制改正について」より) (5) 「資本金等の額」の見直し 法人住民税均等割の判定基礎として用いられるとともに、法人事業税資本割の課税標準となる「資本金等の額」について、以下の調整が加えられるとともに、会計上の資本金及び資本準備金の合計額を下限とする規定が設けられた。 3 地方税申告書の様式改正 地方税法施行規則の一部を改正する省令によって変更された申告書の主な内容をまとめると、以下の通りとなる。 4 添付書類について 資本金等の額の調整計算を行った場合、その加減算の態様に応じて、以下のとおり書類を添付する必要があるので留意が必要である。 (了)
《速報解説》 改正会社法等への対応により 「監査役等とのコミュニケーション」等が改正 ~平成27年4月1日以後開始事業年度に係る監査より適用~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年5月29日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」等の改正を公表した。これにより、平成27年2月26日から意見募集していた公開草案が確定することになる。 なお、「監査基準委員会報告書の公開草案に対するコメントの概要及び対応について」があわせて公表されている。 今回の改正は、以下の事項について行うものである。 特に、③については注意が必要と思われる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 Ⅲ その他 監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」の改正に伴い、5月29日付けで「監査基準委員会研究報告第1号「監査ツール」の改正について」が公表されている。 また、日本公認会計士協会の会員に向けて、「監査基準委員会報告書260の改正に伴う監査役等への品質管理レビューの結果の伝達に関する留意点」も公表されている。①品質管理レビューの結果の伝達開始時期及び②新規業務受嘱のための提案書での品質管理レビュー結果の記載については、注意が必要と思われる。 Ⅳ 適用時期等 ① 平成27年4月1日以後開始する事業年度に係る監査及び同日以後開始する中間会計期間に係る中間監査から適用する。 ② 15-2項は、平成27年5月29日以後行われる監査役等とのコミュニケーションから適用するものとし、外部のレビュー又は検査の結果については、平成27年5月29日以後受領した品質管理レビューの報告書又は検査結果通知書を対象として伝達する。 ただし、日本公認会計士協会の品質管理レビューについては、平成27年5月29日までに受領したレビュー報告書に記載されている限定事項及び改善勧告事項で、平成27年5月29日時点で、フォローアップ・レビューによる改善状況の確認が未了の事項を伝達対象とする。 (了)
《速報解説》 監査基準委員会研究報告第4号 「監査品質の枠組み」(確定)が公表 ~監査品質に影響を及ぼす要因を体系化~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年5月29日、日本公認会計士協会は、監査基準委員会研究報告第4号「監査品質の枠組み」を公表した。これにより、平成27年2月26日に意見募集されていた公開草案が確定することになる。 「監査基準委員会研究報告の公開草案に対するコメントの概要及び対応について」が公表されている。 研究報告は、国際監査・保証基準審議会(IAASB)において公表された“A Framework for Audit Quality”をもとに、我が国において監査品質に影響を及ぼす要因を加味して体系的に取りまとめたものである。 改正会社法施行規則やコーポレートガバナンス・コードにおいて、監査人に関する新たな規定が設けられていることから、事業会社においても、本研究報告は重要な内容であると考えられる。 例えば、平成27 年5月に東京証券取引所から公表されたコーポレートガバナンス・コードでは、次のことが記載されている(【補充原則】3-2①。アンダーラインは引用者による)。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 監査品質の定義 「監査品質」という用語は、監査の利害関係者における議論やコミュニケーションにおいて使用されているが、監査品質は多面的で複雑な主題であり、国際的にも確立した監査品質の定義は存在しないと述べている(研究報告4項)。 前述のように、監査役は外部会計監査人を適切に評価することからも、監査人が監査役等に対して監査品質に関する情報を提供し、監査品質の向上に向けて有意義な協議を行う際には、監査業務レベル及び監査事務所レベルで監査品質に影響を及ぼす要因が中心になると考えられると述べられている(研究報告9項)。 2 監査品質に影響を及ぼす要因 研究報告は、監査品質に影響を及ぼす要因を次のものに分類している。 さらに、インプット、プロセス及びアウトプットの各要因を、主体別に、監査業務レベル、監査事務所レベル及び国レベルの三階層に体系化し、それぞれの要因を具体的な項目に展開している。 監査人の価値観、倫理及び姿勢 監査人の知識、技能、経験及び時間 監査業務レベルの主な項目として、次のものがあげられている。 ① 監査チームは、監査が公共の利益のために実施されること及び職業倫理に関する規定を遵守することの重要性を認識している。 ② 監査チームは、公正性と誠実性を有している。 ③ 監査チームは、独立性を保持している。 ④ 監査チームは、職業的専門家としての能力を保持し、正当な注意を払っている。 ⑤ 監査チームは、職業的専門家としての懐疑心を保持・発揮している。 厳格な監査プロセスと品質管理手続は、監査品質に影響を及ぼす。 監査業務レベルの主な項目として、次のものがあげられている。 ① 監査チームは、関連法令、監査の基準及び監査事務所の品質管理手続を遵守している。 ② 監査チームは、ITを適切に活用している。 ③ 監査の利害関係者と相互に効果的なコミュニケーションが行われている。 ④ 効果的かつ効率的な監査を実施するために、被監査会社と監査の進め方について調整している。 監査に関連するアウトプットは、監査人が作成する監査報告書や被監査会社内部のみで利用される情報(例えば、会計上や内部統制上の改善提案等)のほか、被監査会社、日本公認会計士協会及び監査監督当局から公表される報告書や情報が含まれる。 経営者、監査役等及び規制当局等は、監査品質に影響を及ぼすインプット要因を直接知ることができるため、相対的に監査品質を的確に評価し得る立場にあると述べられている。 「監査の利害関係者」には、財務諸表が作成・承認され、監査を経て、分析・利用されるまでの全プロセスにおける関係者をいい、監査人のほか、経営者、監査役等、監査済財務諸表の利用者、規制当局等が含まれる。 監査人と経営者との率直で建設的な関係は、監査人の指導・助言機能の発揮につながり、職業倫理に関する規定の枠内で、例えば、被監査会社の財務報告実務に関する改善の可能性などに関する監査人の見解等を経営者に提供する環境を生むと述べられている。 一方、両者間で協力的で誠実な関係が構築できない場合には、高品質な監査を実施できる可能性は低いと述べられている。 監査役等は、以下を通じて、監査人の監査品質に影響を及ぼすと述べられている。 ① 財務報告上のリスク及び監査上特に注意すべき事業領域に関する監査役等の見解の提供 ② 監査を適切に実施するために十分な監査時間が割り当てられているかどうか、及び投入された監査時間に対して監査報酬が合理的かどうかの検討 ③ 監査人の独立性の評価(違反があった場合の対応状況の評価を含む) ④ 監査人による不正リスクの評価、経営者の見積りや仮定及び会計方針の選択に関する監査人の見解に対する監査役等の評価(経営者の主張に対する監査人の職業的専門家としての懐疑心の適用状況の評価) ⑤ 経営者と監査人との間に見解の相違がある場合、建設的かつ理論的な協議を可能とする環境の醸成 次の背景的要因(環境要因)は、財務報告の内容と品質、及び直接的又は間接的に監査品質に影響を及ぼす可能性があると述べている。 ① 商慣行及び商事法 ② 財務報告に関連する法令 ③ 適用される財務報告の枠組み ④ 情報システム ⑤ コーポレート・ガバナンス ⑥ 文化的要因 ⑦ 監査に対する規制 ⑧ 訴訟環境 ⑨ 人材 ⑩ 財務報告スケジュール 付録として、《付録 インプット要因及びプロセス要因の具体的な項目-監査業務及び監査事務所レベル》がある。 そこでは、監査業務レベル及び監査事務所レベルのインプット要因及びプロセス要因を展開した具体的な項目の説明が記載されている。 監査品質に与える影響を検討するに当たって、各項目の相対的な重要度は個々の状況によって異なるため、評価に用いる項目を適宜選択することが想定されている。 (了)
《速報解説》 JICPAより、平成27年度税制改正を受けた 「税効果会計に関するQ&A」の改正(確定)が公表 ~外国子会社益金不算入制度の見直しへ対応~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年5月26日付けで(ホームページ掲載日は5月28日)、日本公認会計士協会は「『税効果会計に関するQ&A』の改正について」を公表した。これにより、平成27年4月3日から意見募集を行っていた公開草案が確定することとなる。 意見募集に対して、コメントは寄せられなかったとのことである。 今回の改正は、平成27年度税制改正に係る改正法の公布等に対応するものであり、Q12とQ14の改正が行われている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 外国子会社配当益金不算入制度(Q12) 「税効果会計に関するQ&A」のQ12では、平成21年度税制改正について述べており、外国子会社からの配当が外国子会社の所在地国において損金算入されている場合であっても、その配当の額の95%が益金不算入として取り扱われていた。 平成27年度税制改正では、次のように改正されている。 このため、内国法人が外国子会社から受け取る配当等の額の全部又は一部が外国子会社の本店所在地国の法令において損金算入することとされている場合における、外国子会社から受け取る配当等の額に関する親会社の個別財務諸表における税負担額は、受け取る配当等の額に親会社の実効税率を乗じた額になるものと考えられると述べられている。 「税効果会計への影響」についてでは、連結財務諸表上の取扱いについて、詳細に述べられている。 2 復興特別法人税の1年前倒しの廃止(Q14) 「税効果会計に関するQ&A」のQ14では、「経済社会の構造の変化に対応した税制の構築を図るための所得税法等の一部を改正する法律」などの公布に関する実効税率などについて、次の事項が記載されていた。 当該Q14が削除された。 (了)
《速報解説》 税効果会計に係る 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」が公表 ~意見募集期間は平成27年7月27日まで~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成27年5月26日、企業会計基準委員会は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)」(企業会計基準適用指針公開草案第54号)を公表し、意見募集を行っている。 繰延税金資産の回収可能性に関する取扱いについては、現行、日本公認会計士協会の「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い」(以下「監査委員会報告第66号」という)に基づいて判断されているが、これを見直し、企業会計基準委員会に移管するものである。 意見募集期間は、平成27年7月27日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容(会社分類関係) 1 会社分類 監査委員会報告第66号における企業の分類に応じた取扱いの枠組みを基本的に踏襲しており、収益力に基づく一時差異等加減算前課税所得等に基づいて繰延税金資産の回収可能性を判断する際に、要件に基づき企業を(分類1)から(分類5)に分類し、当該分類に応じて、回収が見込まれる繰延税金資産の計上額を決定することを提案している。 (分類1)から(分類5)に係る分類の要件をいずれも満たさない企業は、過去の課税所得又は税務上の欠損金の推移、当期の課税所得又は税務上の欠損金の見込み、将来の一時差異等加減算前課税所得の見込み等を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類する。 2 「経常的な利益(損益)」から「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」 監査委員会報告第66号では、(分類2)及び(分類3)を行うに際して、「経常的な利益(損益)」という会計上の利益を用いている。 公開草案は、「臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得」に基づく要件に変更することを提案している。 3 (分類2)におけるスケジューリング不能な将来減算一時差異 監査委員会報告第66号では、(分類2)に該当する企業においては、スケジューリング不能な将来減算一時差異について、一律に繰延税金資産を計上することができないとする取扱いとなっている。 公開草案は、(分類2)に該当する企業においては、原則として、スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産については、回収可能性がないものとしている。ただし、スケジューリング不能な将来減算一時差異のうち、税務上の損金算入時期が個別に特定できないが将来のいずれかの時点で損金算入される可能性が高いと見込まれるものについて、当該将来のいずれかの時点で回収できることを合理的に説明できる場合、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性があるものとすることを提案している。 4 (分類3)における将来の一時差異等加減算前課税所得の合理的な見積可能期間 監査委員会報告第66号では、(分類3)に該当する企業においては、「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)内の課税所得の見積額を限度」とする規定となっている。 公開草案は、(分類3)に該当する企業においては、臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得が大きく増減している原因、中長期計画、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得の推移等を勘案して、5年を超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産が回収可能であることを合理的に説明できる場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとすることを提案している。 5 (分類4)に係る分類の要件を満たす企業が(分類2)又は(分類3)に該当する場合の取扱い 監査委員会報告第66号では、「重要な税務上の繰越欠損金が存在する会社等」であっても、 とされている。 公開草案は、過去(3年)又は当期において重要な税務上の欠損金が生じていること等により(分類4)に係る分類の要件を満たす企業においては、重要な税務上の欠損金が生じた原因、中長期計画、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得又は税務上の欠損金の推移等を勘案して、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積もる場合、将来において5年超にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じることが合理的に説明できるときは(分類2)に該当するものとして取り扱い、将来においておおむね3年から5年程度は一時差異等加減算前課税所得が生じることが合理的に説明できるときは(分類3)に該当するものとして取り扱うことを提案している。 Ⅲ その他 注記事項に関して、以下の事項が検討されており、意見募集が行われている。 Ⅳ 適用時期等 適用時期等について、以下の提案がなされており、意見募集が行われている。 (了)
2015年5月28日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.121が 公開されました。 プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布中! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》については随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第11回】 「役員退職金をめぐる最近の判決」 税理士 山本 守之 1 判決とその内容 この連載の【第1回】で取り上げた事例ですが、役員の退職金について、分掌変更の支給の場合の支給遅延については、平成27年3月3日の東京地裁の判決で次のようになり、第2回目の支払分の損金算入が認められました。国側は控訴を断念しましたので、納税者勝訴が確定しました。 役員退職金については、次のような2つの通達があります。 〔第一通達〕では、役員の退職給与は、会社法361条の適用を受けるので、株主総会の決議を経てはじめて具体的な退職給与請求権が確定するのでそのように書かれたものです。 法人税の取扱いにおいても、株主総会等で退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度で損金の額に算入するのが原則となっています。ただ、株主総会等における支給決議を退職後いつまでに行わなければならないかを定めた規定は存在しません。 一般的には退職後最初に開催される株主総会等で退職給与の支給決議が行われるでしょうが、決議時期について特段の規定がない以上は、退職後長期間を経てから支給決議をしても、税務上これが容認されるべきだとする考え方がなくもありません。 しかし、特段の事情がないにもかかわらず、支給決議を必要以上に遅らせることを税務上容認すれば、これが利益操作の具として使われ、恣意的に役員退職給与の損金算入時期が決定され、課税上の弊害が生じます。 また、合理的な理由がないのに退職後相当期間を経ても退職給与の支給決議がないのは、退職給与を支給しないことで解決済みとの見方もできます。 こうなると、退職後いつまでに株主総会の決議が行われれば税務上容認されるかが問題となりますが、課税庁の解説書では次のように述べています(東京国税局調査第一部調査審理課『法人税実例集成』(税務研究会、308頁)。 ただ、課税庁のなかには〔第一通達〕では完全退職の場合に適用され、分掌変更の場合は特例である〔第二通達〕によるとの考え方がありますが、これは誤りで、訴訟(平成27年3月3日判決)でも否認されています。 ところで、〔第二通達〕(法基通9-2-32)に関し、支払遅延があった場合について、国税不服審判所の裁決(平成24年3月27日)では次のように述べています。 つまり、代表取締役から非常勤取締役となった次の事業年度に支払った1億2,500万円は、退職給与とならないとすると一般の役員給与となり、法人税法34条1項の1号から3号に該当しなければ、原則損金不算入の規定の適用を受けるというのです。 現行法の法人税法34条は、1項の1号~3号以外については原則損金不算入となりますから、退職給与とはならなければ、そのまま損金不算入となるのです。 (※) 1号~3号は「定期同額給与」「事前確定届出給与」「利益連動給与」です。 この点について国税不服審判所の裁決では としています。 つまり未払分や1年後支払分は一時的未払ではないから退職給与といえない――その他の給与だから法人税法34条の3要件(定期同額給与等)ではなく、賞与の性格であるとしているのです。 定期同額給与等の3要件に入らない給与は損金不算入であるというのです。 2 〔第二通達〕のただし書き この訴訟では、〔第一通達〕のただし書き(→支給額を支給日の属する事業年度で損金経理する)は、完全退職の場合にだけ認められ、分掌変更の場合は適用できない特例であるとしている国側に対して、 と反論しています。 ともすれば、〔第一通達〕本書きは完全退職の場合に適用し、ただし書きは分掌変更の場合に適用できず、分掌変更で適用できるのは〔第二通達〕だけであるとする課税庁、審判所の考え方の誤りを指摘したのです。 この点は税理士が〔第一通達〕は完全退職の場合だけ適用し、〔第一通達〕ただし書きは分掌変更の場合は適用できず、分掌変更で適用されるのは〔第二通達〕だけと思い込んでいたとすれば、その誤りは正さなければならないでしょう。 3 なぜ退職給与にこだわるのか 法人税法34条1項による損金不算入は次のようになっています。 【図表2】によれば、退職給与は法34条1項の損金不算入の適用はないので、課税庁が損金不算入としたい場合は退職給与ではないと主張するのです。 裁判所は退職給与を次のように考えています。 また、次のように判示しています。 また、〔第二通達〕は特例であるとする国側の主張については、租税法律主義(課税要件法定主義)に反するとしています。 注意したいのは、〔第二通達〕は課税要件を規定しており、租税法律主義に反しますが、税理士や学者はこれに疑問を持たず容認してきました。 この背景には、〔第二通達〕は特例であるとの理由から、決議後1年も経て支給しても退職給与とはされず、法34条1項(定期同額給与、事前確定届出給与、利益連動給与以外は損金不算入)が適用されるとしたのです。 しかし、通達で「課税要件」を定め、これを特例とするのは租税法律主義に反するものだとする納税者の主張を認め、〔第一通達〕のただし書きを適用するとした判決の意義は大きいのです。 〔第二通達〕は節税屋税理士が利用したものですが、国税不服審判所及び原処分庁では、これは特例であるとしています。判決では法人税基本通達9-2-28のただし書を適用すべきものとして として法34条1項の適用はできないとしています。 この判決は租税法律主義(課税要件法定主義)を重視するもので、通達を頼りにしている税理士や学者に反省を求めるものです。 (了)
「結婚・子育て資金の一括贈与に係る 贈与税非課税特例」の活用ポイント 【第1回】 「制度の概要について」 税理士法人ネクスト 公認会計士・税理士 根岸 二良 はじめに 平成27年度税制改正において、結婚・子育て資金の一括贈与に係る贈与税非課税特例(以下「結婚・子育て資金贈与特例」)が創設された。一方、平成27年1月1日以降に他界した場合の相続税につき、基礎控除の引下げが行われ、相続税が課税される対象者が拡大し、相続税に対する関心が高まっている。 このため、結婚・子育て資金贈与特例は、相続税対策という観点からら顧客へ説明する機会も増加すると考えられる。 本連載では、結婚・子育て資金贈与特例につき、 を説明していくこととしたい(※1)。 (※1) 本連載では、原稿執筆時点(平成27年5月19日)で公表されている以下のものに基づき、説明を行う。 なお、租税特別措置法通達、財務省立法担当者解説(「税制改正の解説」財務省HP)は執筆時点では公表されていないため、その内容については解説を割愛する。 1 制度の概要 平成27年4月1日から平成31日3月31日までの間に、20歳以上50歳未満の個人(以下「受贈者」)が、結婚・子育て資金に充てるため、金融機関等との一定の契約に基づき、受贈者の直系尊属(父母、祖父母など。以下「贈与者」)から下記による贈与を受け結婚・子育て資金口座の開設等を行った場合、信託受益権又は金銭等の価額のうち1,000万円までの金額に相当する部分の価額については、金融機関等の営業所等を経由して結婚・子育て資金非課税申告書を提出することにより、贈与税が非課税となる。 信託受益権を付与された場合 書面による贈与により取得した金銭を銀行等に預入をした場合 書面による贈与により取得した金銭等で証券会社等で有価証券を購入した場合 2 受贈者の要件 結婚・子育て資金贈与特例が適用される受贈者は、20歳以上50歳未満の個人に限られる。 20歳以上50歳未満であるかは、結婚・子育て資金管理契約の締結日を基準として判断される。 3 結婚・子育て資金とは 「結婚・子育て資金」とは、以下の金銭をいう。 ① 受贈者の結婚に際して支出する費用で次の費用に充てられる金額 受贈者の婚姻の日の1年前の日以後に支払われる婚姻に係る婚礼(結婚披露を含む)のために要する費用で一定のもの 受贈者又はその配偶者の居住の用に供する家屋の賃貸借契約(受贈者が締結するものに限る)であって、婚姻の日の1年前の日からその婚姻の日以後1年を経過する日までの期間に締結されるものに基づきその締結の日以後3年を経過する日までに支払われる家賃、敷金その他一定のもの 受贈者が、受贈者及びその配偶者の居住の用に供するための家屋に転居(婚姻の日の1年前の日からその婚姻の日以後1年を経過する日までの期間にする転居に限る)をするための一定の費用 ② 受贈者又はその配偶者の妊娠、出産及び育児に要する費用で次の費用に充てられる金銭 受贈者又はその配偶者の不妊治療のために要する費用又は妊娠中に要する費用で一定のもの 受贈者又はその配偶者の出産の日以後1年を経過する日までに支払われるその出産に係る分べん費その他の費用で一定のもの 受贈者の小学校就学前の子の医療のために要する費用で一定のもの 幼稚園、保育所等を設置する者に支払う受贈者の子に係る保育料その他の費用で一定のもの 4 贈与者の要件 結婚・子育て資金贈与特例が適用される贈与につき、贈与者は受贈者の直系尊属(父母、祖父母など)に限られる。したがって、義理の父母から贈与を受けた場合には、贈与者は受贈者の直系尊属に該当しないため、結婚・子育て資金贈与特例は適用できない。 5 非課税限度額 結婚・子育て資金贈与特例の非課税限度額1,000万円(結婚に際して支払う金銭については、300万円が限度)は、受贈者ごとに判定する。したがって、祖父及び祖母からそれぞれ1,000万円を贈与された場合であっても、結婚・子育て資金贈与特例は合計1,000万円までしか適用できない。 なお、直系尊属(同一個人)から複数にわたって結婚・子育て資金の贈与を受けた場合には、他の要件を満たしている前提で、その合計額が1,000万円までは結婚・子育て資金贈与特例の適用が可能である。 6 結婚・子育て資金管理契約の期間中に贈与者が死亡した場合 信託等があった日から結婚・子育て資金管理契約の終了の日までの間に贈与者が死亡した場合には、当該死亡の日における非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額については、受贈者が贈与者から相続又は遺贈により取得したものとみなして、当該贈与者の死亡に係る相続税の課税価格に加算する。 7 結婚・子育て資金管理契約の終了 次に掲げる事由に該当した場合には、結婚・子育て資金管理契約は終了する。 上記イ又はロに掲げる事由に該当したことにより結婚・子育て資金管理契約が終了した場合において非課税拠出額から結婚・子育て資金支出額を控除した残額があるときは、これらの事由に該当した日に当該残額の贈与があったものとして受贈者に贈与税を課税する。 「父母などから結婚・子育て資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税制度のあらまし」(国税庁) (了)
平成27年度税制改正における 「受取配当等の益金不算入制度」の見直しについて 【後編】 辻・本郷税理士法人 税理士 安積 健 (5) 負債利子控除制度の見直し② 前回は、課税ベース拡大に伴う緩和策として負債利子控除制度の見直しがされたことを解説した。しかし、負債利子控除制度の改正はそれだけではない。 負債利子の計算方法には、「原則法」と「簡便法」がある。前者は総資産簿価按分法と呼ばれ、負債利子に期末の総資産価額に対する期末の株式等の帳簿価額の占める割合を乗じて控除される負債利子を計算する方法である。これに対して後者は、基準年度実績により控除される負債利子を計算する方法である。 原則法である総資産簿価按分法では、総資産の帳簿価額をもとに一定の調整を加えて計算を行う。この場合の一定の調整について改正が行われた。改正前は、次に掲げる5項目について調整を行うことになっていた。 これに対して、改正後は、上記(エ)及び(オ)については調整を行わないこととなった。既に述べた通り、改正後、負債利子を考慮するのは関連法人株式等に係る配当のみであり、また納税者の事務負担に配慮しての改正である。したがって、改正後は、法令上、上記(ア)から(ウ)までの調整を行うことになる。 (6) 負債利子控除制度の見直し③ 負債利子の計算方法のうち、簡便法についても改正が行われた。「簡便法」とは、基準年度において原則法で計算した場合の控除負債利子を基礎に算定した割合を用いて当年度の控除負債利子を計算する方法である。 ここで「基準年度」とは、『平成22年4月1日から平成24年3月31日までの間に開始する各事業年度』であるが、平成27年度税制改正により、『平成27年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する各事業年度』に改正された。 前回述べたように、改正により負債利子控除を適用するのは関連法人株式等に係る配当等のみとなった。また、「関係法人株式等」から「関連法人株式等」に名称が変わり、その持株比率基準も見直された。 その結果、簡便法適用時の基準年度も見直されたものと思われる。 (7) 証券投資信託の収益の分配金に対する課税の見直し 公社債投資信託を除く証券投資信託については、株式だけでなく債券等にも運用されており、運用財産から株式等を抜き出し、これに係る収益の分配金を算定することは実務上困難であるところから、一種の割り切りとして、収益の分配金のうち2分の1相当額が株式等に係る配当等と考えて益金不算入制度の対象とされてきた。ただし、外国の株式や債券等で運用されている投資信託については4分の1相当額が益金不算入の対象となる。 平成27年度税制改正により、公社債投資信託を除く証券投資信託については、その全額が益金算入とされた。ただし、特定株式投資信託については、非支配目的株式等として、その収益の分配額の20%相当額が益金不算入とされる。 「特定株式投資信託」とは、信託財産を株式のみに対する投資として運用することを目的とする証券投資信託のうち、その受益権が金融商品取引所に上場されているものをいう。 特定株式投資信託は、株式等に投資していることと変わらないことから、改正前より、株式等と同等のものとして取り扱われてきた。改正後は、非支配目的株式等として収益の分配額の80%相当額が課税の対象となる。 3 適用時期 平成27年4月1日以後開始する事業年度から適用される。 4 改正の影響 受取配当等の益金不算入制度の改正の概要は上記の通りであるが、株式等の保有状況は法人により異なるため、改正の影響も一律ではない。 ここでは、改正項目についてどのような影響があるかを見ることとする。 (再掲) (※)下表の内容は前回を参照。 (1) 持株比率33%超100%未満の株式等に係る配当等 これは改正前は関係法人株式等として負債利子を控除した上で配当等の全額が益金不算入とされていたところ、改正後は関連法人株式等として負債利子を控除した上で配当等の全額が益金不算入とされる。したがって、負債利子がない場合には、改正前後で影響はない。 負債利子がある場合でも、考え方が改正前後で変わらないため、影響がないように見えるかもしれないが、控除負債利子を計算する場合の関連法人株式等の範囲が改正前の関係法人株式等の範囲と異なるため影響が生じることになる。 総資産価額が変わらないと仮定すると、分子に計上する関連法人株式等の範囲の方が、改正前の関係法人株式等の範囲よりも狭いことからすると、改正後の割合の方が低くなると考えられることから、課税所得が減ることになる。 (2) 持株比率25%以上33%以下の株式等に係る配当等 これは改正前は関係法人株式等として負債利子を控除した上で配当等の全額が益金不算入とされていたところ、改正後は負債利子を控除せずに配当等の金額の50%相当額が益金不算入とされる。したがって、負債利子がない場合には、改正後は課税所得が増えることになる。 しかし、負債利子がある場合には、配当等の金額と控除負債利子の額との比較により影響が決まる。具体的には、配当等の金額が(改正前の)控除負債利子の額の2倍を超えると改正後は課税所得が増えると考えられる。 (3) 持株比率5%超25%未満の株式等に係る配当等 これは改正前はその他の株式等として負債利子を控除した上で配当等の金額の50%相当額が益金不算入とされていたところ、改正後は負債利子を控除せずに配当等の金額の50%相当額が益金不算入とされる。 したがって、負債利子がない場合には、改正前後で影響はないが、負債利子がある場合には、改正後は課税所得が減ることになる。 (4) 持株比率5%以下の株式等に係る配当等 これは改正前はその他の株式等として負債利子を控除した上で配当等の金額の50%相当額が益金不算入とされていたところ、改正後は負債利子を控除せずに配当等の金額の20%相当額が益金不算入とされる。したがって、負債利子がない場合には、改正後は課税所得が増えることになる。 しかし、負債利子がある場合には、配当等の金額と控除負債利子の額との比較により影響が決まる。具体的には、配当等の金額が(改正前の)控除負債利子の額の3分の5を超えると、改正後は課税所得が増えると考えられる。 (5) 基準年度変更に伴う影響 控除負債利子の額を簡便法により計算する場合、基準年度が平成27年4月1日から平成29年3月31日までの間に開始する各事業年度に改正された。 例えば、3月末決算法人の場合、平成28年3月期では、その期だけの数値を基に簡便法の割合を計算する。 したがって、平成28年3月期では、原則法と簡便法で計算結果が一致することになる。しかし、厳密には、簡便法で計算する場合の負債利子控除割合は小数点以下3位未満を切り捨てるため、簡便法が有利になると考えられる。 平成29年3月期以降は、平成28年3月期と平成29年3月期の実績をもとに負債利子控除割合を計算し、平成30年3月期以降は同じ割合を使用することになる。 (連載了)