日本の企業税制
【第18回】
「BEPS行動8~10:移転価格ガイドラインの改定」
一般社団法人日本経済団体連合会
常務理事 阿部 泰久
1 はじめに
2 公開討議草案による移転価格ガイドライン第1章改定案
3 公開コンサルテーション
4 今後の展開
1 はじめに
BEPSの端緒となったのは、米国系多国籍企業が欧州で起こした移転価格問題であり、移転価格課税の抜本的見直しはBEPSプロジェクトの中心的な課題とされている。
具体的には、行動計画13が移転価格課税の実効性を高めるための文書化ルール(国別報告、マスターファイル、ローカルファイルの導入)であるのに対して、行動計画8~10が移転価格課税の考え方、課税方式を抜本的に改めようとするものである。
(※) 行動計画13については本連載【第16回】を参照。
【BEPSプロジェクトによるOECD移転価格ガイドラインの見直し】
本稿では、昨年12月19日にOECD租税委員会より公表された公開討議草案「BEPS行動8~10:移転価格ガイドライン第1章改定案(リスク・再構築・特別措置)」の概要と、本年3月19、20日にOECD本部で行われた公開コンサルテーションにおける経団連の主張を紹介しておきたい。
2 公開討議草案による移転価格ガイドライン第1章改定案
公開討議草案「リスク・再構築・特別措置」の第一部は、OECD移転価格ガイドライン第1章セクションD「独立企業原則の適用のための指針」の改定案である。
商業上及び資金上の事実関係に基づき、関連者間取引の経済的な特徴、各当事者のリスクを正確に特定し、価値の創造に見合った適切な移転価格を検討するための追加的な指針案が提示されている。
さらに、関連者取引が基本的な経済特性を欠いている場合には、取引を再構築又は否認すべきであるとして、そのための指針案が提示されている。
全体の流れを整理すれば、以下のようになる。
第1段階:商業上・資金上の関係におけるリスクの特定
・移転価格分析では取引を正確に描写する必要がある。
・契約はその開始点に過ぎず、当事者の実際の行動を見る必要がある。
・リスクを支配する者にリスクは配分されるべきである。
第2段階:否認・再構築
・正確に描写された取引が独立第三者間では見られず、かつ経済的に意味を成さない場合(基礎的な経済的性質に欠ける場合)には、そのような取引は否認される。
第3段階:特別措置
・否認までのプロセスを経た上でもなお残るBEPSリスクに対抗するため特別措置を検討する必要があるとして、5つのオプションが示されている。
オプション1(価格付けが困難な無形資産):所得相応性基準
-固定価格で譲渡した無形資産が後年度に予想以上の収益をもたらした場合において、その譲渡取引の文書化が不十分な場合、事後的にその無形資産の譲渡価格を高めに引き直す
オプション2(独立投資家)及びオプション3(過大資本)
-キャピタル・リッチな法人に対する不適切なリターンを防止する措置
オプション4(最小限の機能しか有しない事業体)
-最低限の機能しか有しない法人に対する不適切なリターンを防止する措置
オプション5(超過リターンに対する適切な課税の確保)
-軽課税国の事業体に対しCFC税制を適用する措置
公開討議草案の第二部では、無形資産、リスク及び過剰な資本配分に関して、独立企業原則に係る特別の措置が検討されている。
多国籍企業のグローバル・サプライチェーンの複雑化、取引における無形資産の果たす役割の高まりなどを受けて、信頼できる比較対象取引を発見するのが困難になっており、比較対象取引に頼らずとも済む可能性のある利益分割法(PS法)の適用の可能性について、具体的な9事例を含めて、ガイダンスの改定が提案されている。
3 公開コンサルテーション
公開討議草案に対し、経団連では本年2月6日に、OECD租税委員会に対してコメントを提出したが、さらに3月19、20日の両日OECD本部で開催された公開コンサルテーションに参加し、BIAC(Business and Industry Advisory Committee to the OECD、経済産業諮問委員会)及び各国経済界参加者と共に以下のような主張を行った。
(1) 商業上・資金上の関係の特定
・契約を軽視すべきでない。実際の行動を検証するとの名の下で当局による移転価格分析が主観的なものとなり、紛争・否認が増加する恐れがある。
・リスクに関する記述の追加は歓迎するが、詳細な移転価格分析が求められ、事務負担が増加する恐れ。また、新たなリスク分析の概念は慎重な検討が必要である。
・否認の増加を懸念する。必要なのは再構築(recharacterisation)や置換え(replacing)ではなく価格の再設定(repricing)である。また、「基礎的な経済的性質」の概念は不明確かつ不合理。
・特別措置は基本的に不要であり、他のBEPS行動計画の成果物を待つべきである。
・BEPSプロジェクトの限られたタイムフレームの中で拙速な議論は避けるべき。ガイドライン第1章のうちリスク、否認は長期的に検討するのも一案である。
これらの主張に対して、OECD側よりは以下のような回答があった。
・契約を無視すべきとは言っていない。納税者は契約の役割について明確化を求めていると理解。現行改定案の文言のうち明確化すべき部分、改善すべき事例を示してほしい。
・リスクについて、金融機関に対し不注意に問題を課すことは意図していない。
・特別措置については検討中であり、納税者の意見を聞くことが現段階での作業である。
(2) 利益分割法
・何が価値を創造するかという点について合意がない中で、利益分割法は主観的なものとならざるを得ず、二重課税の拡大を懸念する。
・利益分割法の検討に際しては以下3点が重要。
① 最適手法アプローチを維持すること。多くの場合TNMM(取引単位営業利益法)などの一方向の手法も依然として有効。利益分割法は引き続き非常に例外的な状況で適用されるもの。
② ユニークで価値ある貢献を重視すること。シナリオ3における現地子会社のマーケティング活動は過大評価すべきではない。利益分割法の適用事例としては不適当。
③ 無形資産を適切に評価すること。開発と改善の価値への貢献度は明確に峻別すべき。
これらの主張に対して、OECD側よりは、最適手法アプローチは維持されており、今回は利益分割法に関し何も提案していないとの回答があったほか、各国政府参加者からも賛否両論の発言があった。
4 今後の展開
OECD租税委員会では、公開コンサルテーションでの意見を踏まえ、3月末にはOECD租税委員会において移転価格課税を審議する第6作業部会を開催し、政府間でさらに議論を重ねている。
リスク・再構築・特別措置、利益分割等については、近いうちに改訂版の公開討議草案が公表される見込みであり、「費用分担取り決め」、「無形資産」についても4月内には公開討議草案が公表される予定である。
その後、さらに公開コンサルテーションが開催され、6月のOECD租税委員会において勧告内容を決定の上、9月までにOECD移転価格ガイドラインの改定がなされる予定である。
現行の移転価格課税の仕組みを根底から改める方向で作業が進められており、経団連としてもBIACと連携しつつ対応を進めていくとともに、OECD移転価格ガイドラインの改定が国内法に与える影響についても関係当局と共に検討を行っている。
(了)
「日本の企業税制」は、毎月第3週に掲載されます。