贈与実務の頻出論点 【第8回】 (最終回) 「親からの借入れと贈与の関係」 税理士法人チェスター 解 説 [1] 贈与とみなされる場合 夫と妻、親と子、祖父母と孫等特殊の関係がある者相互間で金銭等の授受が行われた場合には、実際は贈与であるにもかかわらず、賃借に仮装して贈与税課税回避を図ろうとする例があります。そのため、これらの特殊関係がある者相互間で金銭の貸与等において、実質的に贈与であるにもかかわらず、貸借の形式をとっている場合、「ある時払いの催促なし」または「出世払い」等の貸借の場合には、贈与として取り扱われます(相基通9-10)。 [2] 貸借とするには 特殊の関係がある者相互間での金銭等の授受が、贈与ではなく貸借として認められる場合には、主に次の点に注意することが必要です。 ① 契約書を作成する 金銭消費貸借契約書を作成し、借入金額、利息、返済期間等の条件を明示します。返済方法は、長期の据置期間をおかずに、毎月定額を返済するようにしましょう。 ② 借入金の返済証拠を残す 借入金の返済は、現金の手渡しではなく、預金通帳を通して返済し、返済の客観的証拠を残すようにしましょう。 ③ 無理のない借入金の返済計画を立てる 借入金が賃借人である子の所得から判断して返済可能な金額であるか、賃貸人の親の年齢等を考慮した返済期間が設けられているかなど考慮し、無理のない返済計画を立てるようにしましょう。 [3] 借入金の利子について 事実上貸借であることが明らかとなった場合においても、無利子で貸与があった場合には、利子に相当する金額の利益を受けたものとして、その利益相当額は、贈与として取り扱われる場合があります。ただし、その利益を受ける金額が少額である場合または課税上弊害がないと認められる場合には、強いて贈与税の課税をしなくてもよいこととされています(相基通9-10)。 (連載了)
法人税に係る帰属主義及び AOAの導入と実務への影響 【第12回】 「内国法人の法人税③」 税理士法人トーマツ パートナー 税理士 小林 正彦 3-2-1-3 控除限度額の計算 控除限度額は、内国法人の各事業年度の所得金額のうちにその事業年度の調整国外所得金額の占める割合を乗じて計算した金額とする(法令142①)。「調整国内所得金額」とは、内国法人の各事業年度において生じた国外所得金額から非課税国外所得の金額を控除した金額をいう(法令142③)。 なお、非課税国外所得の6分の5を除外することとする経過措置は平成26年3月31日までであるため、平成26年4月1日以降は全額が除外される(平成23年12月改正法令附則9②)。 3-2-1-4 外国税額控除の対象とならない外国法人税の額 外国税額控除の対象にならない外国法人税について法人税法第69条第1項に定めがあるが、今回の改正で以下のものが新たに追加された。 3-2-1-5 文書化 (1) 国外事業所等帰属外部取引に関する事項 外国法人については、外国税額控除における国外所得金額を計算するうえで国外事業所等に帰せられる所得を計算する場合に、外国法人のPE帰属所得に係る所得の金額の計算と同様に、機能・事実分析によって取引から生ずる所得の帰属を判定することされている。 そこで、外国法人と同様に、外国税額控除の適用を受ける内国法人は、他の者と行った取引のうち、国外所得の金額の計算上、その取引から生ずる所得が国外事業所等に帰せられるもの(国外事業所等帰属外部取引)については、次の事項を記載した書類を作成しなければならないこととされた(法法69⑲、法規30の2)。 (2) 内部取引に関する事項 文書化は機能・事実分析を行う上での有用な出発点であるが、内部取引は私法上の取引でないため、企業内部におけるヒト・モノ・カネ等の動きがどのような内部取引を構成することになるかを明確にするための文書化の役割は、より一層大きなものになる。 納税者にとっては内部取引に関する自身の認識を表した文書を作成することで、税務リスクを軽減し、予見可能性を高めることが可能になる。税務当局にとっても、納税者の作成した文書を出発点として機能・事実分析を行うことで事務の効率化が図られるとともに、税務執行の明確化に資するものと考えられる。 そこで、外国税額控除の適用を受ける内国法人は、本店等と国外事業所等との間の内部取引に関し、次の書類を作成しなければならないこととされた(法法69⑳、法規30の3)。 3-2-1-6 適格合併等が行われた場合の繰越控除限度額等 内国法人が適格合併、適格分割又は適格現物出資(適格合併等という)により事業の移転を受けた場合には、被合併法人等の過去3年分の控除限度額及び控除対象外国法人税の額等のうち、当該内国法人が移転を受けた事業に係る部分の金額を当該内国法人の過去3年分の控除限度額及び控除対象外国法人税の額とみなして外国税額控除を行うこととされているが、今回の改正で、被合併法人等には外国法人が含まれない旨が規定された(法法69⑪)。 内国法人と外国法人では課税の対象となる所得の範囲や控除対象外国法人税額が異なることから、外国法人に係る外国税額控除の控除限度額や控除対象外国法人税額の内国法人への引継ぎは行わないこととされたものである(「平成26年度税制改正の解説」(財務省)780頁)。 3-2-2 連結事業年度における外国税額の控除 (1) 国外源泉所得 内国法人の外国税額控除に係る控除限度額の計算における国外源泉所得については、「国内源泉所得以外の所得」という規定の仕方を改め、積極的に「国外源泉所得」を定義することとされた(法法69④)。 連結納税制度における外国税額控除に係る連結控除限度額の計算における国外源泉所得については、単体納税における場合と同一とされている(法法81の15①)。 (2) 国外所得金額の計算 ① 概要 外国税額控除の連結控除限度額の計算の基礎となる連結国外所得金額とは、国外源泉所得に係る所得についてのみ法人税を課すものとした場合に課税標準となるべき当該連結事業年度の連結所得の金額とされ、国外事業所等に帰せられるべき資本に対応した利子の損金不算入相当額等について加減算の調整を行う必要がある(法法81の15①、法令155の27の2①)。 ② 国外事業所等帰属所得の認識時期等 国外事業所等帰属所得の認識時期、国外事業所等が内部取引により取得した資産の取扱い、内外共通費用の配分、国外事業所等に帰せられるべき自己資本に対応する負債利子の加算調整、銀行等の国外事業所等に帰せられるべき自己資本に対応する資本性負債に係る利子の減算調整及び保険会社の国外事業所等に帰せられるべき投資資産に係る収益の額の減算調整については、単体納税における場合と同様に計算することとされ、単体納税制度における各規程を準用することとされている(法令157の27の2②)。 ③ 明細書の添付 連結法人が外国税額控除の適用を受ける場合には、単体納税と同様に明細書の添付を要するとされた(法令157の27の2③)。 (3) 連結控除限度額の計算 連結事業年度における外国税額控除における連結控除限度額が、連結法人の各連結事業年度の連結所得に対する法人税の額に、その連結事業年度の連結所得金額のうちにその連結事業年度の調整連結国外所得金額の占める割合を乗じて計算した金額とするとされた(法令155の28①)。「調整連結国外所得金額」とは、連結法人の各事業年度において生じた連結国外所得金額から非課税国外所得の金額を控除した金額をいう(法令155の28③)。 なお、非課税国外所得の6分の5を除外することとする経過措置は平成26年3月31日までの間に開始する事業年度に係るものであるため、平成26年4月1日以後に開始する各連結事業年度については、非課税国外所得の全額が連結国外所得金額から除外される(平成23年12月改正法令附則17②)。 (4) 文書化 ① 国外事業所等帰属外部取引に関する事項 連結法人についても、単体納税におけると同様に、外国税額控除における連結国外所得金額を計算するうえで、国外事業所等に帰せられる所得を計算する場合に機能・事実分析によって、取引から生ずる所得の帰属を判定することとされている。 このため、外国税額控除の適用を受ける連結法人は、他の者と行った取引のうち、国内所得の金額の計算上、その取引から生ずる所得が国外事業所等に帰せられるものについては、一定の事項を記載した書類を作成しなければならないこととされた(法法81の15⑫、法規37の7の2)。具体的な書類は、単体の納税の場合と同様である。 ② 内部取引に関する事項 外国税額控除の適用を受ける連結法人は、単体納税におけると同様に、本店等と国外事業所等との間の内部取引に関し、国外事業所等との間の内部取引に関し、一定の書類を作成しなければならないとされた(法法81の15⑬、法規37の7の3)。具体的な書類は、単体納税における場合と同様である。 (5) 国外所得金額の計算の特例(独立企業原則の適用) ① 概要 外国税額控除の適用を受ける内国法人の本店等と国外事業所等との間の内部取引の対価とした額が独立企業間価格と異なることによる外国税額控除の控除限度額の計算における国外所得金額が過大となる場合には、当該国外所得金額の計算については、その内部取引は独立企業間価格によるものとされた(措法67の18①)。 ② 独立企業間価格の算定 内部取引に係る独立企業間価格は、移転価格税制における独立企業間価格と同様に算定することとされた(措法67の18②)。 ③ 比較対象企業に対する質問検査等 内部取引に係る独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類又はその写しが遅滞なく提示又は提出がない場合における同業者に対する質問検査(措法67の18③)等についても移転価格税制と同様とされた(措法67の18⑩)。 ④ 文書化 移転価格税制と同様に、内部取引に係る独立企業間価格の算定に必要と認められる書類で、提示又は提出が遅滞なく行われない場合に推定課税がなされる要件となる書類について関連取引に準じて規定された(措規22の19の4①一・二)。 ⑤ 連結納税制度 連結納税制度の場合についても、①から④までと同様の改正が行われている(措法68の107の2)。 (了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第41回】 「法人税基本通達改正の歴史⑩」 公認会計士 佐藤 信祐 平成10年度税制改正においては、債権償却特別勘定が廃止され、個別評価金銭債権に対する貸倒引当金として、法人税法52条、法人税法施行令96条として整備されることになった。 法人税基本通達もこれを受けて改正し、個別評価金銭債権に対する貸倒引当金について、法人税基本通達11-2-2から11-2-13に定められることになった。 これだけでなく、平成10年度法人税基本通達の改正は、法人税基本通達9-4-1、9-4-2の見直しも行われている。本連載については、貸倒損失についての連載であるため、貸倒引当金についての通達については解説を省略し、法人税基本通達9-4-1、9-4-2の改正についてのみ解説を行うこととする。 10 平成10年度法人税基本通達の改正 平成10年6月1日付課法2-6「法人税基本通達の一部改正について」が公表され、法人税基本通達9-4-1、9-4-2の改正が行われることになる。これは、平成10年4月24日に公表された政府の総合経済対策において、「合理的な再建計画に基づく債権放棄により発生する損失は税務上損金の額に算入される旨の一般的な取扱いにつき、一層の明確化を図る」ことが明らかにされたことを受けてのことである。 法人税基本通達9-4-1の改正については、「子会社等」の範囲に、「当該法人と資本関係を有する者のほか、取引関係、人的関係、資金関係等において事業関連性を有する者が含まれる」ことが明記された。もちろん、同通達9-4-1についても対象となる改正であるが、その後の運用を見てみると、同通達9-4-2を主な視野に入れていたように思える。 また、法人税基本通達9-4-2の改正については、改正前に無利息・低利融資のみが例示されていたのに対し、債権放棄が含まれることが明らかにされた。この趣旨として、国税庁審理室課長補佐であった鈴木博氏は、 (税務弘報』VOL.46 NO.8、96頁) と解説されている。第38回で解説したように、平成10年法人税基本通達改正前の解説についても、そのような文章が散見されるため、通達で明確化を図ったという事実については間違いないと考えられる。しかしながら、単純に明確化を図ったというよりは、不良債権事案がとにかく増えてきたという時代背景もあるように思える。実際に、平成10年度法人税基本通達の改正を皮切りに、不良債権処理のための措置が税務の面からも採られていくことになる。 そして、法人税基本通達9-4-2においては、「合理的な再建計画」について明確化され、 ことが明らかにされた。これを受けて、平成12年2月23日には、「子会社等を整理・再建する場合の損失負担等に係る質疑応答事例等」が公表され、現在、国税庁HPのタックスアンサーにおいて閲覧することができる。 著者が会計監査の世界から租税法の世界に移ったのは、平成13年7月のことである。当時は組織再編税制が導入されたことから、適格合併を行った場合における繰越欠損金の引継ぎについての案件が多かったように記憶している。しかしながら、それ以上に多かった案件は、金融機関の不良債権処理や事業会社の子会社整理の案件であり、法人税基本通達9-4-2を適用することができるか否かという相談が多かったと記憶している。 当時の金融機関の不良債権処理については、やはり、すべての事案について国税局に相談をしていくのは不可能であり、サービサーに対して一気に譲渡をするということも多かったように思える。銀行によってまちまちだが、平成10年度前後から不良債権処理による貸倒損失が多額であり、全く法人税を支払わない時期が続き、ようやく平成24年度に入ってから法人税の支払いをするようになったというのは記憶に新しい。 ここ10年以上の間に、不良債権処理についての様々な手法が生み出され、国税局に事前相談を行わなくても、法人税法上、損金処理をすることが可能になっていく。具体的には、私的整理ガイドライン、RCC企業再生スキーム、中小企業再生支援協議会、事業再生ADR、産業再生機構、企業再生支援機構、地域経済活性化支援機構などがその例である。 これだけでなく、債務者側で債務免除益と相殺するための損失(具体的には、資産評価損、期限切れ欠損金)を発生させるために、平成17年度税制改正において従来の損金経理方式だけでなく、別表添付方式が導入され、その後も実務に対応した改正が続くことになる。 また、倒産法についての改正も次々と行われ、まずは、民事再生法が平成11年度に制定され、平成12年度から施行されるとともに、和議法が廃止されることになる。さらに、平成14年度には会社更生法の全文改正、平成16年度は破産法の抜本改正がなされるとともに、平成17年度には会社法が制定され、特別清算の見直しと会社整理の廃止が行われている。 その結果、現在の法的整理については、会社更生法、民事再生法、破産法及び会社法の規定による特別清算の4つに整理されることになる。 こうしてみると、法人税基本通達9-4-2の改正が当時の時代背景を如何によく反映したものであるかが分かる。 これに対し、事業会社における子会社整理も進められていくことになる。平成10年当時においては、3つの過剰(雇用、設備、債務)を整理していく必要があり、赤字子会社の整理というのは急務であった。また、選択と集中という言葉ももてはやされ、ノンコア事業の撤退のためのM&Aというのも活発に行われていった。平成17年度版の「経済財政白書」においては、3つの過剰はほぼ解消されたと明記されており、リーマンショック直後においても、本業の悪化による赤字はあったとしても、いわゆるノンコア事業を営む子会社の存在による赤字というのはそれほど多くはなかったと感じている。 そういう意味では、法人税基本通達9-4-1を利用したノンコア事業を営む子会社の解散や経営権の譲渡、法人税基本通達9-4-2を利用した赤字子会社に対する支援というのは、平成10年度法人税基本通達の改正による子会社支援税制の整備と平成13年度税制改正による組織再編税制の導入を皮切りに次々に行われていったと考えられる。 しかしながら、赤字子会社の法人格を残したうえで債権放棄を行うというのは、それほど多くはなかったように感じている。これは、十分な繰越欠損金が存在していなかったというのもひとつの理由であると考えられるが、平成10年度法人税基本通達改正よりも前に第2会社方式というものが生み出されており、いったん子会社を清算した方が認められやすくなるのではないかという雰囲気が強かったことが原因ではないかと考えられる。 しかしながら、国税局に対する事前相談を行わずに第2会社方式を行った結果、税務調査で否認された事例も少なくない。当時の時代背景からして、法人税基本通達9-4-2の判断がかなり厳しいということと、相談窓口が存在しているということから、事前相談を行うべきであるという風潮が強く、実際に関与した案件の多くは事前相談を行っている。 これに対し、特別清算を利用した第2会社方式については、その風評被害を嫌ったせいか、あまり事例は多くはなかったが、子会社の整理、M&A、組織再編などが活発に行われるようになってくると、それほど風評被害も多くはないのではないかという風潮により、平成17年頃から特別清算を利用した第2会社方式が活用されていくようになる。 この場合の特別清算は、別名対税型と言われている和解型で行われることになり、慣れている弁護士の先生だと半年以内に清算結了することが可能である。この場合、法人税基本通達9-6-1(2)においては協定型(本来型)についての規定であるが、同通達を準用して解釈するという意見が強いようである。 このように、法人税基本通達9-4-1、9-4-2については、平成大不況における金融機関の不良債権処理、事業会社の子会社整理・支援のために利用されることを想定して平成10年度に改正されたが、現在における実務としては、金融機関については債権譲渡、事業会社については特別清算を利用した第2会社方式が中心的な手法として活用されるようになってきているというのが個人的な感触である。 ここまでで、貸倒損失についての時代的な変遷については説明できたと思う。平成10年度税制改正後も、わずかながらも法人税基本通達の改正がなされており、また、不良債権処理についての文書回答事例も公表されているため、次回以降はその内容について解説をしていく予定である。 (了)
会計上の『重要性』 判断基準を身につける ~目指そう!決算効率化~ 【第1回】 「『重要性の基準値』は メタボ診断の『ウエスト85cm』と同じ」 公認会計士 石王丸 周夫 第1回は、「重要性」とは何か、何のためにあるのかというお話です。 まず手始めに、重要性に関する以下の問題にチャレンジしてみてください(解答は問題のすぐ下にあります)。 いかがでしたか? 正解できたでしょうか。 この程度なら簡単だという方もいれば、意外と難しかったという方もいることでしょう。 以下、この解答について触れながら、重要性という概念について基本から解説していきます。 《「重要性」とは1本の線のこと》 「重要性」という概念を非常に簡単に言い表すなら、「1本の線」ということができます。 「重要性」とは1本の線! 1本の線には、物事を2つの領域に分けるという機能があります。 たとえば、こんなふうにです。 1本の線は物事を2つの領域に分ける 中高年の男性の中には、「ウエスト85cm」と聞くとビクッとする人もいるのではないでしょうか。 「ウエスト85cm」というのは、メタボリックシンドロームの診断基準の数値です。男性の場合、85cm以上だと内臓の回りに脂肪が多くたまっていること(いわゆるメタボ)が疑われます。 つまり1本の線を境に、上側がメタボ、下側が正常と区分けされるわけです。 この1本の線と同様のものは、メタボの判定以外にもさまざまなところで見ることができます。たとえば、入学試験における合格ラインもそうです。その点数を境に、上が合格、下が不合格となります。 そして、会計の世界における「重要性の基準値」も、これとまったく同じ発想から来ています。 つまり、1本の線である「重要性の基準値」を境に、上が「重要性あり」、下が「重要性なし」と判定されるのです。 《どうして重要性判定が必要なのか?》 今ここに大小さまざまな金額の取引があるとします。それらの取引を金額の大きい順に縦に並べてみます。そして、ある金額を境に1本の線(境界線)を引いてみます。 この境界線は適当な金額ラインで引いたものではないとします。合理性のある方法によって、「それを上回る金額には重要性がある」と認められるような基準値として設定したとします。すなわち「重要性の基準値」です(実務では「重要性の金額」あるいは単に「重要性」と呼ばれることもあります)。 このとき、重要性の基準値を境に、上側の取引には重要性があり、下側の取引には重要性が乏しいと判断することができます。 これが何を意味するか、分かりますか? 区分けする以上はちゃんと意味があるのです。メタボの場合もそうですよね。メタボと判定されると生活改善が求められます。 では、会計の場合はどうかというと、重要性があるかないかで、会計処理の方法に影響が及んでくるのです。重要性がある取引については厳密な会計処理が求められる一方、重要性が乏しい取引には厳密でない会計処理が許容されます。 そうすることによって、必要以上に厳密な会計処理をせずに済むという実務への配慮がなされています。 これが会計実務において「重要性」概念が必要とされる理由です。 しかもこれは、単なる実務上の取扱いではありません。企業会計原則をはじめとするいくつかの会計基準にしっかりと記載されていることなのです(⇒したがって、問題1のアの記述は誤りです)。 ちなみにこの重要性の基準値は、必ずしも金額だけで示されるわけではありません。全体に占める割合(%)で示されることもあれば、その他の数字(たとえば、従業員の人数)によって示されることもあります(⇒したがって、問題1のイの記述は正しいです)。 《どんな場面で重要性判断が必要になるか》 重要性の判断が実務で必要になる場面は、大きく分けて2つあります。 ①は「四角い部屋を丸く掃く」ことです。 必要以上に細かな会計処理を省くことにより、業務を効率化できるというメリットがあります。 ②は「『ペンキ塗りたて』のところを触ってしまっても、目立たなければ塗り直さない」ということです。 経理の実務でも、間違いを修正しようとして、かえって間違いを大きくしてしまったりすることがありますが、そうした二次災害を防ぐメリットがあります。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第79回】 純資産会計⑦ 「減資」 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 〈事例による解説〉 【仕訳】(単位:百万円) ▷減資 ▷欠損填補 〈会計処理の解説〉 1 減資 資本金の額を減少させることを減資といいます。 減資には、資本金を減額して会社財産を株主に払い戻す「有償減資」と資本金を減額するだけの「無償減資」があります。有償減資の場合、資本金を減額して増加させた剰余金を原資として、減資と同時に配当を行います。 会社法上、減資は資本金を減額するだけの純資産の部の計数の変動と整理され、有償減資は「資本金の減少+剰余金の配当」と整理されています。 減資は、株主にとっては会社に対する自己の持分の減少を伴うため、原則として株主総会の決議が必要となります(会社法447条1項)。 また、債権者にとっては会社財産の減少につながるおそれがあるため、債権者保護手続が求められています(会社法449条)。 そのため、株主と債権者の両者の保護手続が完了しなければ減資の効力は認められず、株主総会で決議した効力発生日までに債権者保護手続が終了していない場合には、債権者保護手続が終了した日まで減資の効力は発生しないとされています(会社法449条6項)。 会計上も、法的に効力が発生した日に減資の処理を行います(「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準」20項)。 2 欠損填補 欠損とは、純資産額から新株式申込証拠金・土地再評価差額金・その他有価証券評価差額金等を控除した金額が、資本金・資本準備金・利益準備金の合計額を下回る状態のことをいいます。 実務上、準備金や任意積立金、その他資本剰余金を取り崩して繰越利益剰余金のマイナス額を補填することがあります。 減資による欠損填補には株主総会の決議が必要なため(会社法447条)、株主総会で決議した効力発生日に、本事例のように繰越利益剰余金を増加させます。 ※4月は2013年10月に続き、減損会計を取り上げます。 (了)
非正規雇用の正社員化における留意点と労務手続 【第2回】 「改正法の内容と対応状況」 特定社会保険労務士 池上 裕美 前回は、非正規社員の雇用状況を確認した。今回は、非正規社員に関わる法律の改正法内容をお伝えする。また、その改正法に対して、企業はどのように対応しているのか、その対応状況をみてみることとする。 1 改正パートタイム労働法のポイント(2015年4月1日施行) ① 正社員と差別的取扱いが禁止されるパートタイム労働者の対象となる範囲の拡大 改正前は、職務内容と人材活用の仕組みが正社員と同一で、期間の定めのない労働契約(以下、無期労働契約)を締結しているパートタイム労働者が対象であったが、改正法では、人材活用の仕組みが正社員と同一で、期間の定めのある労働契約(以下、有期労働契約)のパートタイム労働者も、正社員との差別的取扱いが禁止された。 ② パートタイム労働者を雇い入れたときの説明義務 賃金制度、教育訓練、福利厚生施設や正社員転換推進処置等の雇用管理の改善措置を、パートタイム労働者を雇い入れたときに、事業主が説明しなければならない。また、説明を求められたことにより、不利益な取扱いをしてはならない。 ③ パートタイム労働者からの相談に対応するための体制整備と相談窓口の周知 事業主はパートタイム労働者からの相談に応じ、適切に対応するため、相談担当者を決めて対応させる等の必要な体制を整備しなければならない。 また、パートタイム労働者を雇い入れた時に、文書などによる明示事項(昇給、賞与、退職手当の有無)に、「相談窓口」が追加された。 特に注目すべきは、有期労働契約のパートタイム労働者も、差別的取扱いが禁止されたことである。職務内容、人材活用の仕組みが正社員と同じであれば、例えば、正社員に支給されている各種手当を、期間の定めのあるパートタイム労働者にも支給しなければならなくなる。 また、正社員とパートタイム労働者の待遇を相違させる場合は、その相違は、職務内容、人材活用の仕組み、その他の事情を考慮して不合理であってはならないとされている。 2 改正労働契約法のポイント(①③2013年4月1日施行、②2012年8月1日施行) ① 有期労働契約から無期労働契約への転換 有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合は、労働者の申し込みによって無期労働契約に転換される。 原則として、6ヶ月以上の空白期間があるときは、前の契約期間を通算しない。また、契約期間以外の労働条件(職務、勤務地、賃金、労働時間等)は、別段の定めがない限り、直前の契約と同一の労働条件となる。 ② 有期労働契約の更新等「雇止め法理」の法定化 有期労働契約を反復更新し、実質的に無期労働契約と異ならない状態の場合、または契約期間が満了した後、契約が更新されると合理的に期待が認められる場合は、契約を更新しない(雇止め)が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、有期労働契約が更新されたものとみなされることとなる。 ③ 不合理な労働条件の禁止 有期労働契約の労働者が、無期労働契約の労働者と労働条件が相違する場合、その相違は、職務内容や配置変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。 契約期間を通算して5年のカウントがされるのは、2013年4月1日以降に開始する有期労働契約からであり、多くは2018年4月以降に無期労働契約に転換への対応を迫られることになる。 これらの法改正に各企業はどのように対応していくか。次に労働政策研究・研修機構の統計データをみてみる。 3 改正法への対応について ① 無期労働契約転換ルールへの対応の検討状況 「対応方針は未定」がフルタイム契約労働者が38.6%、パートタイム契約労働者が35.3%ともっとも多いが、次いで多いのが「通算5年を超える有期労働者から、申込がなされた段階で無期契約に切り替えていく」が28.4%、27.4%である。それと合わせて、何らかの形で無期契約にしていく意向のある企業として「適性を見ながら、5年を超える前に無期契約にしていく」「雇入れの段階から有期契約での雇入れは行わないようにする」を合わせてみてみると42.2%、35.5%となった。 【無期契約転換ルールの対応検討状況】 (独立行政法人 労働政策研究・研修機構より) ② 無期契約への転換方法 何らかの形で無期契約に転換する意向のある企業は、どのような形で無期契約にするのか。もっとも多いのが、「有期労働契約の業務、責任、労働条件のまま、期間のみ無期へ移行させる」フルタイム契約労働者33.0%、パートタイム契約労働者42.0%であった。 【無期契約の形】 (独立行政法人 労働政策研究・研修機構より) ③ 無期契約に転換するメリットと課題 有期契約の労働者を無期契約に転換するメリットとして、企業が何らかのメリットがあるとの回答は89.7%であった。中でももっとも多いのが「長期勤続・定着が期待できる」で61.2%であった。 また、無期契約に転換すると、雇用管理上の課題と考えられているものとして、「雇用調整が必要になった場合の対処方法」55.6%、「正社員と有期労働者の間の仕事や労働条件のバランスの図り方」41.4%があげられている。 【無期契約転換の課題】 (独立行政法人 労働政策研究・研修機構より) 非正規社員の正社員化へと踏み切る企業が増え始める中、有期契約労働者に関わる人事労務管理のあり方を、抜本的に見直ししている企業も増えている。その具体的な取組みとして、どのようなことが必要なのだろうか。 * * * 次回は、正社員登用・転換制度の事例をもとに、無期転換ルールへの具体的な対応課題をお伝えする。 (了)
〈まずはこれだけおさえよう〉 民法(債権法)改正と 企業実務への影響 【第3回】 「定型約款」 堂島法律事務所 弁護士 奥津 周 司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎 1 定型約款の定義 (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」47頁より抜粋。 (1) 約款に関する改正がなされた背景 電気やガスなどを利用する場合、電車や飛行機を利用する場合あるいは保険契約を締結する場合にみられるように、現代社会では「約款」を利用して契約が締結されることが多い。しかし、多くの読者の方も経験があると思われるが、一般的に約款に目を通す人は少なく、約款の条項について個別に交渉することは少ないのが実情である。 成立した契約内容(契約書記載の各条項の内容)に当事者が拘束されるのは、当事者が契約の内容を理解し、合意していることに根拠がある。そのため、約款を用いた契約の多くは、各条項をまったく見ることもなく契約をすることから、約款に定める各条項が契約内容となる根拠がないのではないかと指摘されていた。 また、約款は約款作成者の相手方が内容を認識せずに契約することが多く、その内容が相手方にとって著しく不利益なものであったときに、これに相手方が拘束されるのは不合理であって、何らかの規制が必要ではないかと考えられる。 そこで本改正において、「定型約款」という項目を設け、約款に関する規定を新設することとなったのである。 (2) 定義 上記要綱1は、「定型約款」の定義について定めている。内容を整理すると、次のとおりとなる。 相手方の個性に着目して契約をするような場合に用いられる契約書は、①の要件を満たさない。 また、②の要件により、契約内容が画一的であることが「双方」にとって合理的であることが必要である。したがって、交渉力の格差によって結果として画一的になるような場合は、この要件を満たさないとされている。 一方、提供される財やサービスの性質から、多数の相手方に対して同一の内容で契約を締結することがビジネスモデルとして要請される場合は、事業者間契約においても、②の要件を満たすとされる。例えば、ある企業が一般的に普及しているワープロ用のソフトウェアを購入する場合のソフトウェアの利用規約や、銀行の預金取引規定といったものは、②の要件を満たすことになる。 さらに、③の要件から、契約当事者が契約条項の内容を十分に認識したうえで契約を締結する場合は、これを満たさないと理解されている。 なお、事業者と消費者との契約において、事業者が消費者一般と同様の契約を締結するための準備している契約条項は、この定型約款に該当する場合が多いといえる。 2 定型約款についてのみなし合意(組入要件) (※) 法制審議会にて決定された「民法(債権関係)の改正に関する要綱」47・48頁より抜粋。 (1) 組入要件 要綱2の2(1)は、約款の内容を認識していなくても、契約の内容となる(当事者を拘束する)根拠となる規定である(「組入要件」という)。 この組入要件によって契約内容となる前提として、「定型取引を行うことの合意」がなされている必要がある。「定型取引を行うことの合意」とは、例えば、インターネットで商品を買う場合には、どの店でどのような商品をいくらで購入するといったことについての意思の合致のことをいうとされている。 この合意があり、「一定の要件」を満たせば、約款の内容を認識していなくても、約款が契約内容となる。 そして、ここでの「一定の要件」とは、ⅰ)定型約款を契約の内容とする旨の合意をしていたか、ⅱ)定型約款を準備した者が、あらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたこととされている。 なお、この定型約款を契約の内容とする旨の合意は、黙示の合意でもよいとされている。 (2) 不当な条項への規制 約款は、内容を認識していなくても契約内容になることから、約款作成者に一方的に著しく有利であったり、相手方にとっておよそ予測できないような条項が含まれていた場合には、これを制限することが必要である。 そこで、要綱2の2(2)は、民法に定める信義誠実原則に違反して、相手方の利益を一方的に害するような条項は、たとえ組入要件を満たすものであっても、無効になるものとされている。 3 その他-内容の表示・変更 このほか、定型約款については、定型約款準備者の定型約款の内容の開示義務や、定型約款の変更について定められている。 このうち、定型約款の変更は、定型約款による契約が成立した後に、約款作成者において定型約款の内容を修正した場合に、個別に相手方の同意をとらなくとも、既に契約が成立している相手方との契約内容も変更されるための要件を定めるものである。 多数の相手方との間で継続的な定型約款取引を行っている事業者にとっては、ぜひとも活用したい規定である。 4 企業実務への影響 定型約款についての明文の定めが設けられることで、まず自社の使用する契約書等がここでいう定型約款に該当するか否かの確認が必要とされる。 もし、定型約款に該当するのであれば、組入要件を満たしているかの検討や、各条項が不当条項規制に該当しないかといった点の検討も必要である。 また、開示請求に対応する体制も整える必要がある。 さらに、定型約款の変更の規定の利用を必要とする事業者は、定型約款の変更ができるように約款の内容を修正する必要がある。 (了)
コーポレートガバナンス・コードのポイントと 企業実務における対応のヒント 【第4回】 「取締役会等の責務①」 ~独立社外取締役の独立性判断基準について(4-9)~ あらた監査法人 ディレクター 井坂 久仁子 〔取締役会等の責務〕 2015年3月5日に確定した「コーポレートガバナンス・コード原案~会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上のために~」(以下「CGコード」)では、5つの基本原則の中でも、基本原則4「取締役会等の責務」に最も多くのスペースが割かれている。 基本原則4は、上場会社の取締役が果たすべき役割と責務として、 等を示した上で、原則4-7において独立社外取締役の役割・責務、原則4-8では独立社外取締役の有効な活用、そして、原則4-9では、独立社外取締役の独立性判断基準および資質について、より具体的に規定している。 特に、原則4-8では、独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきであると最終決定された点について国内メディアで大きく取り上げられ話題となった。本稿では、CGコードの主に原則4-9について説明し、実務上のヒントを提供することを目的とする。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りしておく。 〔社外性・独立性の要件〕(原則4-9) 独立社外取締役という言葉には、「独立」、「社外」、「取締役」という3つの要素が含まれる。このうち、「社外」かどうか、という点は、会社法によって規定されている。 社外性の要件は、平成26年改正会社法によって厳格化が図られ、例えば、株式会社の親会社等の関係者および兄弟会社の業務執行者や、株式会社の一定の業務執行者等の近親者については、当該株式会社の社外取締役となることができないこととなった(※1)。その他の厳格化等の詳細については割愛するが、この改正会社法の施行日は、2015年5月1日であることから、3月期決算会社の会社が6月の定時株主総会で役員を選任する際には、この改正された要件に基づき社外性が判断されることになる。 (※1) 平成26年改正会社法第2条15号。 一方、「独立」しているかどうかは、東京証券取引所(以下「東証」)により、「一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役又は社外監査役」を独立役員とする、とされ、具体的な独立性基準の詳細が、「上場管理等に関するガイドライン」(Ⅲ 5.(3)の2)によって規定されており、次のaからeは、「一般株主と利益相反の生じるおそれがない者」には該当しない可能性が高い事由、すなわち、「独立性なし」とみなされる場合を示している。 図1 独立社外取締役のイメージ(筆者作成) なお、CGコード原案の確定を受けた上場制度の整備案(※2)では、従来、独立役員制度における「開示加重要件」(独立役員として指定する者が、過去に独立性基準に抵触していた場合又は上場会社の主要株主である場合等、特定の事由)に該当する場合に、その旨及びそれを踏まえてもなお独立役員として指定する理由の記載をガバナンス報告書及び独立役員届出書に求めてきたものが廃止された。これは、CGコードの原則4-9に基づき企業が自社の独立性判断基準をより柔軟に策定することを支援するものとされている。 (※2) 2015年2月24日、東証により公表され、同年5月上旬に最終的な改正規則として公表される予定。 〈議決権行使助言会社による独立性の考え方〉 多くの上場会社は、証券取引所の独立性基準を、そのまま自社の独立性判断基準とすることを検討していると思われるが、さらに、機関投資家への影響が大きい議決権行使助言会社による独自の独立性要件を考慮することも考えられる。例えば、ある議決権行使助言会社(※3)の独立性の基本的な考え方は「会社と社外取締役や社外監査役の間に、社外取締役や社外監査役として選任される以外に関係がないこと」としており、独立していないと判断される場合が多いケースとして以下を列挙している。 (※3) ここでは、ISS(Institutional Shareholder Services)によって2015年1月7日公表の「2015年版日本向け議決権行使助言基準」から抜粋している。 取引所による独立性基準を満たしていても、上記の議決権行使助言会社の独立性要件を満たさない場合も少なからずあり、企業は、自社の独立性要件を策定する際に、取引所の独立性基準に加えて、必要に応じて、議決権行使助言会社等の独立性要件を考慮することも考えられる。 PwC米国の2014年調査によると、独立性の要件は米国の大手機関投資家が取締役の選任議案において最も重視する項目であり、独立性に懸念がある場合には反対票を投じるとする機関投資家が、約94%存在したという(※4)。そのため、外国人投資家比率の高い企業においては、一定の考慮が必要であろう。 (※4) PwC米国「投資家の視点:投資家はいかに今日そして明日の取締役会のあり方を変えていくのか」(英語版発行:2014年10月、日本語版発行:2015年3月) 〈諸外国における独立性要件〉 さらに、会社の状況次第では、諸外国のコーポレートガバナンス・コード等における取締役の独立性要件を考慮することも有用かもしれない。諸外国のコードには、日本の取引所が規定する独立性基準には含まれない独立性要件もあるが、各国の独立性要件の記述ぶりは多様であり必ずしも万国共通というわけではない。 例えば、英国やフランスのコーポレートガバナンス・コード(※5)では、継続して一定の年数(フランス12年間、英国9年間)以上取締役を務めている場合には、独立していないと判断されうることが示唆されているが、米国には、そのようなルールはない。また、フランスのコーポレートガバナンス・コードでは、取締役への相互就任(※6)が、独立していない例に含まれている。 (※5) 本稿では、英国のコーポレートガバナンス・コードとは、2014年9月改訂版の財務報告評議会(FRC)が公表したコーポレートガバナンス・コード(The UK Corporate Governance Code, September 2014)を指す。また、フランスのコーポレートガバナンス・コードとは、2013年6月改訂のフランス私企業協会(Afep)およびフランス企業連盟(Medef)が公表する上場会社コーポレートガバナンス・コード(Corporate Governance Code of Listed Corporations, June 2013)を指す。 (※6) フランスのコード(9.4)では、以下の場合、会社Aの業務執行取締役であるX氏を会社Bの独立取締役とすることはできない、とされる。 ▷ 会社Bが会社Aの取締役職を直接的、または子会社を通じて(間接的に)占めている場合。 ▷ 会社Bがその従業員を会社Aの取締役に任命する場合。 ▷ 会社Bの業務執行取締役(現職か過去5年間に同職を担当していたこと)が会社Aの取締役である場合。 英国やフランスは、いずれも、日本同様、コンプライ・オア・エクスプレインの手法を採用するコーポレートガバナンス・コードを適用しているため、各コードの独立性要件の例示を満たさない場合であって会社が独立していると判断する取締役については、個別にその理由をエクスプレインしている。 日本の上場会社においても、原則4-9の趣旨を考慮し、取引所の独立性基準をベースに、各社がそれぞれの状況を踏まえて、自社にとって最も適切な独立性判断基準を柔軟に策定することが望まれる。 図2 独立性判断基準の考え方イメージ(筆者作成) * * * 次回は原則4-8、4-7について説明を行う。 (了)
現代金融用語の基礎知識 【第17回】 「税務に関するコーポレートガバナンス」 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 税務に関するコーポレートガバナンスとは 「税務に関するコーポレートガバナンス」は、国税庁がその取組みにおいて用い始めた言葉なのだが、国税庁自体はこの言葉に対して明確な定義付けを行っていない。しかし、国税庁による取組みの内容から国税庁の意図を推測し、あえて定義付けを行うとするならば、「税務に関するコーポレートガバナンス」とは、適切な納税が行われるために企業の内部に整備される体制といえるのではないかと思われる。 2 国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンス」の充実に向けた取組み 「税務に関するコーポレートガバナンス」という言葉が用いられるようになった、国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンス」の充実に向けた取組みとは、全国の国税局調査部の特別国税調査官所掌法人のうち、「税務に関するコーポレートガバナンス」の状況が良好で税務調査の必要度が低いと認められる企業に対しては、税務調査の間隔を延長するというものである。国税庁はこの取組みを平成23年から行っている。 具体的には、特別国税調査官所掌法人の税務調査の機会に、「税務に関するコーポレートガバナンス」の状況を「確認票」に記載してもらい、それに基づき「税務に関するコーポレートガバナンス」の状況が良好か否かについて判定される。 「確認票」には、次の5分野(合計27項目)の実施状況が記載される(例えば、「1.トップマネジメントの関与・指導」には、「税務コンプライアンスの維持・向上に関する事項の社訓、コンプライアンス指針等への掲載」などの項目がある)。 【税務に関するコーポレートガバナンス確認表の構成】 3 税務に関する内部統制では? ここまでの説明を読んで、少し違和感を持った方がいるかもしれない。「税務に関するコーポレートガバナンス」では、「コーポレートガバナンス」という言葉が、本連載【第12回】「日本版コーポレートガバナンス・コード」で説明したような一般的な意味の「コーポレートガバナンス」とは異なる意味で用いられているのである。国税庁が用いる「税務に関するコーポレートガバナンス」の内容は、税務に関する「コーポレートガバナンス」というよりは、税務に関する「内部統制」といえるようなものなのである。 4 国税庁による取組みの今後 国税庁による「税務に関するコーポレートガバナンス」の充実に向けた取組みは、現在のところ一部の大企業のみが対象である。しかし、この取組みが上手くいけば、その対象が広げられていくだろう。現に国税庁は、国税庁調査課所管法人のうち一般部門所掌法人(特別国税調査官所掌法人以外)に対して、平成27年3月期以降の決算期を対象に「申告書の自主点検と税務上の自主監査」を促進する取組み(「申告書確認表」と「大規模法人における税務上の要注意項目確認表」を用いるもの)を行うことにしたところである(ただし、現在のところ、その取組みにおいて税務調査間隔の延長はない)。 そうした変化に企業が対応するに当たって活躍が期待されるのは、やはり税理士だろう。しかし、税理士の方の多くは、税務には詳しくても、「コーポレートガバナンス」や「内部統制」には疎いのではないだろうか。今後は、税理士の方も、「税務に関するコーポレートガバナンス」重視の時代に備えて、「税務に関するコーポレートガバナンス」、そして、その理解のために必要な「コーポレートガバナンス」や「内部統制」について学んでおく必要があるだろう。 なお、筆者編著の『税務コンプライアンスの実務』(清文社より近日発刊)は、「税務に関するコーポレートガバナンス」だけでなく、その理解のために必要な「コーポレートガバナンス」や「内部統制」についても基礎的なことから解説しているため、特に税理士の方に購読をお勧めしたい。 (了)
《速報解説》 金融庁、「IFRS適用レポート」を公表~ ~任意適用企業69社から移行に伴うメリット、移行準備や移行コストなどをヒアリング~ 公認会計士 松橋 香里 2015年4月15日に金融庁から「IFRS適用レポート」が公表された。本レポートについて、要点を解説する。 Ⅰ 本レポートの位置付け 本レポートは、2014年6月に閣議決定された『日本再興戦略』改訂2014に基づき、金融庁がIFRS任意適用企業の実態を調査した結果をとりまとめたものである。『日本再興戦略』では、IFRS任意適用の拡大促進のための施策の一つとして本レポートを位置付けており、移行に際しての課題への対応やメリット等を示すことによって、今後IFRSへの移行を検討している企業に資することが期待されている。 調査対象は2015年2月28日現在、IFRSの任意適用を公表した企業(適用予定を含む)69社であり、調査はアンケート及び直接のヒアリングにより行われている。 Ⅱ 概要 任意適用が認められた2010年3月期以降、IFRSに移行した企業数は確実に増加している。業種別にみると、電気機器、医薬品、卸売業等が多く、“業種の中で時価総額の大きい企業が任意適用すると、他にも任意適用する企業が増加する傾向がみられる”点が調査結果から明らかになっている。 本編の主な内容は、任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリット、移行プロセスと社内体制、移行コスト、会計項目への対応と監査対応・人材育成という構成であり、主に移行に伴うメリット、デメリットの視点から整理することができる。 1 任意適用を決定した理由又は移行前に想定していた主なメリット IFRS適用のメリットとして最も多かったのが“経営管理への寄与”、次いで“比較可能性の向上”という結果が得られた。 ここで、経営管理への寄与とは、具体的に何を指すのだろうか。 レポートでは、共通の「モノサシ」という単語が頻出しており、子会社管理における業績評価を共通の基準で行うことができる点が挙げられている。 また、アンケート結果から、“会計基準の変更という意味付けのみならず、企業の経営管理の高度化によって我が国企業の「競争力の強化としてアベノミクスの『稼ぐ力』の向上に資する」というような大局的な視点から、検討を進めることが重要であると認識している企業が多く存在している”と分析、強調されている点が特徴的といえる。 比較可能性の向上、については企業がIFRS任意適用を公表する際に、適用理由として挙がることが多いため、一番に挙がらなかった事を意外に思われる方もおられるだろう。 ここで、比較可能性は2つの意味で捉えられている。すなわち、投資家に対する適正かつ有用な情報の提供のみならず、自社にとっても国内外の同業他社と比較する際に有用な情報が得られる旨が挙げられている点に留意すべきと考える。 このことは、“業種の中で、時価総額の大きい企業が任意適用すると、他にも任意適用する企業が増加する傾向がみられる”というアンケート結果とも整合しているといえるだろう。 原則主義にもとづくIFRSにおいて、開示内容は企業ごとに区々であり、いわゆる雛形のようなものは存在しない。比較可能性を形式的に捉えた場合、同じフォーマットで記載されていないことをもって、かえってIFRSにより比較可能性が害されるという結論が導かれ出されかねない。しかしながら、経営者の主張を含む各社の特徴が開示を通して明確になるという点に注目すれば、IFRSの適用によって企業ごとの特徴が明確になるという意味で、比較可能性が高まると考えることができる。 また、筆者の経験では、特にM&Aを活発に行う企業において、IFRS移行の理由として、のれんの非償却(償却により財務が圧迫されることを回避)を挙げる企業も相当程度存在すると考えられるが、この点はレポート上では明記されていなかった。 2 移行プロセスと社内体制 IFRSへの移行を提案した主体が経営陣であれ、経理部を中心とした現場であれ、移行には全社的な取組みが重要である点が示されている。 具体的には、経理部門のみならず、事業部門や子会社を含めて一体としてプロジェクトを進めることの重要性が強調されている。 3 移行コスト IFRSへの移行を検討する企業が躊躇する要因として、多額のコストがかかる懸念が想定される。アンケート結果では、導入に要したコスト総額は1億円以上5億円未満、及び5,000万円未満の企業が多いとの結果が得られている。また、売上高1,000億円未満の比較的小規模な企業においては、5,000万円未満のコストで済むことが多いという結果を示すことによってコスト増というデメリットに対する懸念の払拭を試みている。 さらに、規模が相対的に小さくかつ単一事業である場合には金額的にも少数で対応できることを示し、移行コストは“何に重点を置くかにより様々である”として、コストをかけずとも移行が可能であることが強調されている。 4 会計項目への対応と監査対応・人材育成 監査法人の対応に対しては、質問への回答が遅いこと、IFRSに対応できる人材が不足しており、法人内のマニュアルに縛られた判断が行われていること、日本で主体的に判断する体制が確立されていないことが指摘され、当該問題点の改善を求める声が挙げられている。 他方、企業側の課題として、IFRSを理解できる人材確保の必要性が認識されているとの結果が示されている。その上で、こうした課題は事例の増加等により、改善していくであろうとの方向性が示されている。 まとめ 本レポートを通じ、任意適用を促進しようという政府及び金融庁の積極的な姿勢を読み取ることができる。同時に実務の現場からの問題提起がなされていることも特徴といえるだろう。 今後、IFRSの任意適用を検討する企業はもちろん、監査法人・公認会計士等の関係者にとっても有用であると思われるため、ご一読をお勧めしたい。 (了)