居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第29問】 「配偶者等を一時的に住まわせた後で譲渡した場合」 -配偶者等の居住用家屋- 税理士 大久保 昭佳 Q 会社員Xは、7年ほど前に大阪から東京へ転勤したので、妻子を大阪の自宅に残したまま単身赴任し、東京の賃貸マンションに住んでいました。転勤から2年後、Xは妻子を東京へ呼び寄せて同居し、大阪の自宅は他人に貸し付けていました。 しかし、昨年になって、約3年間住んでいた借家人を立ち退かせ、再び妻子を住まわせました。 このほど、大阪の自宅を売却しました。 この場合、「3,000万円特別控除(措法35)」の特例を受けることができるでしょうか? A 大阪の家屋に妻子を入居させたことが、「3,000万円特別控除」の特例の適用を受けるためのみの目的で行われたものであると認められる場合には「特例」の適用を受けることができないが、そうでない場合には「特例」の適用を受けることができる。 〈解説〉 「特例」の適用を受けるためのみの目的で入居したと認められる家屋、その居住の用に供するための家屋の新築期間中だけの仮住いである家屋その他一時的な目的で入居したと認められる家屋は、居住の用に供している家屋には該当しない(措通31の3-2(居住用家屋の範囲)(2)イ)。 ただし、譲渡した家屋における居住期間が短期間であっても、当該入居目的が一時的な目的でない場合には、当該家屋は上記に掲げる家屋には該当しないこととされている(措通31の3-2(2)イ(注))。 (了)
[個別対応方式及び一括比例配分方式の有利選択を中心とした] 95%ルール改正後の 消費税・仕入税額控除の実務 【第5回】 「「有利選択」のケーススタディ② 医療機関のケース」 国際医療福祉大学大学院准教授 税理士 安部 和彦 前回に引き続き、個別対応方式・一括比例配分方式「有利選択」の実務と題して、ケーススタディ形式でいずれが有利か見ていくこととする。本稿で取り上げるケーススタディは医療機関のケースである。 《損益計算書》 税込(単位:円) 《上記損益計算書に係る留意事項》 ① 医業収益の内訳 自由診療の中に非課税売上高は含まれていない。 ② 職員給与 職員給与は全額課税対象外仕入れである。 ③ 医療材料費の内訳 ④ 薬剤費の内訳 ⑤ 売店販売収益 売店販売収益は全額課税売上である。 ⑥ 受取利息の内訳 受取利息の内訳は銀行預金利息30,000円である。 ⑦ 支払利息 支払利息は銀行からの借入金に関する利息である。 ⑧ 売店商品仕入高 売店商品仕入高は全額国内における商品の期中の仕入高であり、期首及び期末商品棚卸高はないものとする。 ⑨ 基準期間の課税売上高 基準期間の課税売上高は1,380,200,000円である。 ⑩ 期中取得固定資産 医療機器150,000,000円(税抜)を取得しており、用途区分は共通対応分の課税仕入れである。 《課税売上割合の計算》 ① 課税資産の譲渡等の対価の額を計算する。 ② 非課税売上高を計算する。 社会保険診療は非課税売上である。 ③ 資産の譲渡等の対価の額を計算する。 ④ 課税売上割合を計算する。 《課税標準額》 《課税標準額に対する消費税額》 《課税仕入れに係る消費税額の計算》 次に課税仕入れに係る消費税額を計算する。 ① 課税仕入金額 ② 課税仕入金額に対する消費税額 《個別対応方式による場合の控除税額》 ① 課税売上のみに要するもの ② 共通して要するもの ③ 個別対応方式による場合の控除税額の計算 《一括比例配分方式による場合の控除税額》 《個別対応方式又は一括比例配分方式の選択》 ◆本ケースの評価◆ 本件は総収入に占める非課税となる社会保険診療の割合が高いため、課税売上割合が通常の業種と比較して相当程度低い医療法人の事例である。 医療法人で95%ルールの適用により仕入税額が全額控除される事例は非常に稀であると思われ、免税事業者又は簡易課税制度の適用が受けられるケースを除き、通常は一括比例配分方式又は個別対応方式の選択適用となる。 そのため、医療法人については当該選択のポイントを把握しておくことが重要であるが、本件を例にとれば、それは個別対応方式の用途区分のうち「課税売上のみに要するもの」の税額が課税仕入金額に対する消費税額の占める割合ということになるであろう。 すなわち、「課税売上のみに要するもの」の税額が課税仕入金額に対する消費税額に占める割合が課税売上割合より大きいときには、課税仕入金額に係る消費税額に課税売上割合を乗じて仕入控除税額を求める(課税売上割合分で控除税額が頭打ちとなる)一括比例配分方式による仕入控除税額が、必ず個別対応方式の場合のそれよりも小さくなる。 一方、「課税売上のみに要するもの」の税額が課税仕入金額に対する消費税額に占める割合が課税売上割合より小さいときには、「共通して要するもの」の金額が仕入控除税額を左右するため、いずれが有利とも一概には言えないが、一括比例配分方式を選択した方が有利となる可能性があることには留意した方がよいであろう。 本件は計算の結果、一括比例配分方式を選択した方が有利となったものである。なお、一括比例配分方式には2年縛りのルールがあるため、その選択に当たっては翌年以降の事業予測をも考慮しつつ検討すべきであろう。 * * * 次回は、固定資産に関する税額調整を要するケースについて検討を行う。 (了)
まだある!消費税率引上げをめぐる実務のギモン 【第9回】 「工事の請負に係る受注者側と発注者側の適用税率について」 アースタックス税理士法人 税理士 島添 浩 (監修) 税理士 小嶋 敏夫(執筆) 第9回である今回は、施行日以後に引渡しを行う工事の請負における発注者側と受注者側のそれぞれの取扱いについて確認することとする。 具体的には、以下のようなケースの場合における仕入税額控除の取扱いについて確認する。 【解 説】 受注者側が工事進行基準の適用を受けている場合であっても、発注者側は目的物の引渡しを受けた課税期間において課税仕入れを認識することとなる。したがって、改正法附則第5条第3項に規定する経過措置の適用がなく、工事進行基準により経理した工事につき施行日以後に目的物の引渡しがあった場合には、施行日前に係る対価の額については旧税率を適用し、施行日以後に係る対価の額については新税率により、目的物の引渡しのあった日の属する課税期間の仕入税額控除を行うこととなる。 なお、改正法附則第5条第3項に規定する経過措置の対象となる工事に該当する場合には、発注者側においても対価の額の全額について旧税率により仕入税額控除を行うこととなるので注意されたい。 【解 説】 消費税法基本通達11-3-5《未成工事支出金》では、建設工事等に係る目的物の完成前に行った当該建設工事のための課税仕入れの金額について未成工事支出金として経理した場合においても、当該課税仕入れ等については、その課税仕入れ等をした日の属する課税期間において仕入税額控除を行うこととされているが、当該未成工事支出金として経理した課税仕入れ等につき、当該目的物の引渡しをした日の属する課税期間における課税仕入れ等とすることも、継続適用を条件として認められている。 この通達は、あくまで課税仕入れを認識する時期についての規定であり、税率については現実にその材料等の引渡しを受けた日がいつなのかによって税率が確定することとなる。 したがって、上記照会のケースのように、施行日以後に完成する工事に係る仕入税額控除については、引渡しの日の属する課税期間において、施行日前に未成工事支出金として経理した部分に係る課税仕入れについては旧税率、施行日以後に係る課税仕入れについては新税率を適用することとなる。 【解 説】 消費税法基本通達11-3-6《建設仮勘定》では、建設工事等に係る目的物の完成前に行った当該建設工事等のための課税仕入れ等の金額について建設仮勘定として経理した場合においても、当該課税仕入れ等については、その課税仕入れ等をした日の属する課税期間において仕入税額控除を行うこととなるが、当該建設仮勘定として経理した課税仕入れ等につき、当該目的物の完成した日の属する課税期間における課税仕入れ等とすることも認められている。 未成工事支出金と同様に、この通達は、あくまで課税仕入れを認識する時期についての規定であり、税率についてはその目的物の引渡しを受けた日がいつなのかによって税率が確定することとなる。 したがって、上記照会のケースのように施行日以後に引渡しを受ける目的物に係る仕入税額控除については、引渡しの日の属する課税期間において、施行日前に建設仮勘定として経理した部分に係る課税仕入れについては旧税率、施行日以後に係る課税仕入れについては新税率を適用することとなる。 【解 説】 工事の請負等に係る契約に基づき行われる工事について、経過措置の適用については、個々の取引により判断することとなる。 したがって、照会の下請工事については、その契約の締結時期や工事内容が、この経過措置の適用要件を満たす場合には、経過措置が適用されることとなる。 なお、その建設工事について、下請先と指定日前に契約を締結していない場合には、経過措置の適用が受けられないことから、施行日以後にその目的物の引渡しを行った場合には、新税率が適用されることとなるため、収益と費用の適用税率が異なることとなるため留意されたい。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【34】 〔第5章〕法令用語 (その20) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 11 取消・無効・撤回 (① 民法上の意義) 【前回参照】 ② 公法上の意義 私法上の意味・内容は、公法上の行政行為の場合にもあてはまる。しかし私法上の場合と異なり、どのような場合に行政行為が無効とされるか、取り消しうるかについては一般的な規定がなく、個別的な規定も少ない。また租税法として特に規定もない。 したがってこの点は解釈に委ねられているが、判例・通説は以下のように解されている。 Ⅰ 無効 公法上の無効は、その行政行為に少しでも瑕疵があれば無効として何人もその効力を否定できることとすれば、社会生活における法的安定性が大いに阻害され、行政の円滑な運営に支障をきたすおそれがあるため、制約があるとされている。この点民法上の無効と大いに異なる。 すなわち、その行政行為に重大かつ明白な瑕疵がある場合に限り無効(すなわち当初から効力がないもの)とされる。 Ⅱ 取消 公法上の取消は、公の行為がその成立に瑕疵があることを理由としてこれを破棄してその効力を消滅させる行政行為をいう。このように取消は、既に生じた法律行為の効力を一方的な意思表示によって消滅させることをいう。 上記したように、行政行為に瑕疵がある場合には、それが重大かつ明白な場合に限り無効とされ、それ以外の場合には、取り消しうべきものとされる。したがって、取り消しうべき行政行為は、権限ある当局によって取り消されるまでは、有効なものとして取り扱われるが、取り消された場合には遡って無効となる。その使用例を、国税通則法第30条で見てみよう。 この第3項は、税務署長のなした更正や決定が「すべきでなかったもの」であるから、初めに遡って無効とすべきことを規定している。 Ⅲ 撤回 行政行為に瑕疵はないが、その後に発生した事情の変更によりその行政行為の効果を持続させることが適当でない場合に、将来に向かって消滅させる行為である。 その使用例を、関税定率法で見てみる。 なお、申し出た事柄を取りやめて、当該申し出がなかったことにするという一般的な意味で用いられる場合もある。相続税法には、撤回をその意味で使っている例がいくつかある。 また、前述したように、民法においては改正により撤回と取消は明文上分けられたが、公法上遡ることなく将来に向かってその効力を失わせる意味ながらも取消の語を使用している例もある。道路交通法103条に規定する運転免許証の取消はその例である。 運転免許証の「取消」は初めに遡って無効なのではなく、取消時点より将来に向かってその効力を失わせることを意味している。初めに遡って無効とされれば、取り消された時点より前の運転も、無免許運転となってしまうであろう。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第41回】 過年度遡及会計① 「会計方針の変更」 仰星監査法人 公認会計士 大川 泰広 〈事例による解説〉 〈会計処理〉 ① 前期首残高の修正 ② 前期末残高の修正 ③ 当期首残高の修正 〈会計処理の解説〉 過年度遡及会計基準は、正式には「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」といい、2011年4月1日以後開始する事業年度から適用されている会計基準です。 過年度遡及会計基準が導入されたことにより、会計方針の変更を行った場合や、財務諸表の表示方法の変更を行った場合に、過去の財務諸表を新たに採用した方法で遡及して修正することとされました。 過年度遡及会計基準に従って、過去の財務数値を遡及修正する場合、過去の財務諸表自体を修正するのではなく、「当期の財務諸表に含まれる過去の財務数値」(これを「比較情報」といいます)を必要な限りで修正します。 会計処理を解説する前に、過年度遡及会計基準の必要性について考えてみましょう。 過年度遡及会計基準が適用される以前において、以下のような損益計算書があったとします。 この損益計算書を読んだ投資家は、売上高が減少している状況から、会社の業績が悪化していると判断するかもしれません。しかし、この会社の注記事項には、実は以下のような記載があります。 上記の注記事項を読めば、この会社の売上高の減少が業績悪化によるものではなく、会計方針の変更によるものだと判断することができ、会計方針の変更による影響額を調整することで、売上高も売上総利益も変わっていないということが分かります。しかし、損益計算書を読んだだけでは、このような判断をすることはできません。 一方、過年度遡及会計基準を適用した場合、損益計算書は以下のようになります。 過年度遡及会計基準を適用すると、当期の財務諸表に含まれる比較情報(前期の財務数値)が、変更後の会計方針に基づく数値に修正されます。したがって、損益計算書を読めば、この会社の売上高も売上総利益も変わっていないということが分かります。 このように、過年度遡及会計基準は、財務諸表の比較を容易にし、投資家の意思決定に対する有用性を高めることを目的としています。 それでは、本事例の会計処理について解説していきましょう。 出荷基準を採用した場合、売上高は出荷時点で計上されますが、検収基準を採用した場合は、得意先が検収した時点で売上高を計上します。したがって、新たな会計方針を遡及適用した売上高は、出荷金額から未検収金額を控除することにより求められます。 以下、前年度数値の修正と当年度数値の修正に分けて解説します。 《前年度数値の修正》 前々期の出荷基準に基づく売上高10,000のうち500は未検収のため、検収基準を遡及適用することによって売上高が500減少し、前々期の売上高は9,500になります。しかし、有価証券報告書における損益計算書の表示期間は前期と当期であるため、前々期の売上高に対する影響額△500は「会計方針の変更による累積的影響額」として前期首の利益剰余金を500直接減額させます(①の仕訳の借方)。 一方、検収基準を遡及適用することによって、前々期の未検収金額500は前期中に検収がなされるため、前期の売上高を構成することとなります。したがって、前期の売上高を500増加させます(①の仕訳の貸方)。 同様に、前期の出荷基準に基づく売上高15,000のうち800は未検収のため、検収基準を遡及適用することによって売上高が800減少します。したがって、前期の売掛金と売上高を減少させます(②の仕訳) これらの仕訳を合算すると、結果的に前期の修正仕訳は以下のようになります。 《当年度数値の修正》 当期は検収基準に基づく売上高を計上しているため、期末時点の未検収金額を調整する必要はありません。しかし、検収基準を遡及適用したことにより、前期末の利益剰余金が800減少しているため、当期首の利益剰余金を800減額させます(③の仕訳の借方)。当期首の利益剰余金に対する影響額△800は、前々期の売上高の減少額500と前期の売上高の減少額300の合計で求められます。 一方、検収基準を遡及適用することによって、前期の未検収金額800は当期中に検収がなされるため、当期の売上高を構成することとなります。したがって、当期の売上高を800増加させます(③の仕訳の貸方)。 * * * 次回は、表示方法の変更について解説します。 (了)
設備投資減税を正しく活用して強い企業をつくる ~設備投資における管理会計のポイント~ 【第9回】 (最終回) 「これまでの復習とまとめ」 公認会計士・税理士 若松 弘之 ◆前回までの復習◆ 今回は最終回として、まず前回までの内容を振り返ってみよう(詳しい内容は、各回を参照)。 〈第1回と第2回で学んだポイント〉 そもそも本連載執筆のきっかけは、平成26年度税制改正で創設された「生産性向上設備投資促進税制」について、その趣旨を正しく理解し、これを的確に利活用してもらいたいという点にあった。 平たくいうと「節税ありきの設備投資は本末転倒であり、設備投資には、納税額の増減のみならず、P/Lやキャッシュ・フローの視点をきちんと盛り込んだ管理会計のマネジメントが必須」である。 また、一見「節税」といわれている処理が、実は「課税の先送り」であるケースが案外多いこともぜひ理解しておきたい。もちろん、課税が先送りされることも納税者のメリットであり、この点については第5回で詳述した「キャッシュの時間的価値」を考慮しなくてはならない。 【第1回のポイント】 いうまでもなく、企業の事業継続や企業価値向上において、現業維持や新規成長のための絶え間ない設備投資が必要である。 では、何をもって設備投資すべきかを判断するのか。 設備投資の判断には、将来予測も含めて様々な要素が絡むため、「これをチェックすれば必ず大丈夫」というものはないが、まずは、損益や収支などの定量的判断をすべきであろう。その場合、第2回で設例を示した「設備を購入した場合」と「設備を購入しなかった場合」の比較検討を参考にしてもらいたい。 この設例からの教訓は、以下のとおりである。 【第2回のポイント】 〈第3回と第4回で学んだポイント〉 一口に「設備投資」といっても、入り口となる投資実行時のみの判断で完結するものではなく、設備設備の回収段階でのモニタリングや、出口となる投資終了・撤退時の判断も重要となる。 第3回の本文でも記載したが、筆者の経験上、設備投資の管理実務において最も良し悪しが分かれるのが、設備投資実行後の「モニタリング」である。 投資実行前にどんなに精緻な将来見積りやシュミレーションを行ったとしても、なかなかその通りにものごとが進まないことは多い。その際、いかに適時適切にその状況を把握し、設備投資計画の修正を行うかが重要である。 場合によっては症状が軽いうちに、大幅な計画の変更や投資の撤退を意思決定しなければならない。ところが、設備投資がうまくいっていない大多数のケースでは、設備投資実行の「犯人探し」となることを恐れて、現状から目を背ける「事なかれ主義」に陥っているのである。 また、設備投資の終了・撤退段階においても、きちんと将来の施策につなげる反省材料を集め、真摯に投資結果を評価し、それを会社の貴重な「経験資産」とすべきである。 【第3回~第4回のポイント】 〈第5回のポイント〉 第5回では「利益」と「キャッシュ・フロー」の概念を明確に理解しておく必要性について述べた。 「設備投資の経済性計算」においては、キャッシュの時間的価値を表す「割引率」をどの程度に設定するか、どのような前提で「将来キャッシュ・フロー」が得られるかによって、設備投資の可否の結論が変わる可能性がある点を再度確認してほしい。 また、設備投資の検討に関して必ず理解しておきたいのが、減価償却、キャッシュ・フロー、税金の関係である。 ポイントは、減価償却は、キャッシュ・フローを伴わない「会計上の費用」であるとともに、「税務上の損金」になるという点である。 〈第6回と第7回のポイント〉 第6回では、「設備投資の経済性計算」として、実務においても使われている主な方法について、その概要と設例について解説した。 いずれの方法も設備投資の可否を判断するうえでの尺度になるが、それぞれメリット・デメリットがあるため、これらを十分理解したうえで管理実務に役立てていただきたい。 なお、本連載のきっかけである「生産性向上設備投資促進税制」の適用要件としても、『生産性の向上に係る要件は、投資計画における投資利益率が15%以上(中小企業者等にあっては、5%以上)』というように、管理会計の視点で、投資とリターンの比較を適切に行うことが求められていることに留意してほしい。 〈第8回のポイント〉 第8回では、設備投資や撤退の意思決定が必ずしも「設備投資の経済性計算」で数値判断できるものばかりではなく、様々なリスク要因も踏まえて総合的に判断すべき点について言及した。 また、設備投資の性質として大まかに以下の4パターン、 に分類したうえで、(ウ)の場合で有用となる「差額キャッシュ・フロー」の考え方についても触れた。 締めくくりとして、設備投資の意思決定を適切に実行する経営管理体制として以下のチェックポイントを示したので、今一度参考にしてもらいたい。 【設備投資の意思決定のための経営管理体制チェックポイント】 ◆本連載のまとめ◆ 繰り返しになるが、本連載でもっともお伝えしたかったことは次の点である。 「設備投資」という企業の持続的成長に不可欠な意思決定は、慎重かつ適時適切に実行しなくてはならない。これは容易なことではなく、様々な手法やリスク判断に基づいて検討すべきであり、客観性と中長期的な見通しが必要となる。間違っても当座の収支や損得だけで判断してはならず、常に税務と会計、双方の視点から適切な判断をしていかなければならないのである。 (連載了)
メンタルヘルス不調と労災 【第1回】 「メンタルヘルス不調者の増加と企業の責任」 社会保険労務士 井下 英誉 はじめに これから全5回にわたり、「メンタルヘルス不調と労災」というテーマで、昨今話題になっているメンタルヘルスについて、企業が知っておくべき現状や企業活動への影響を解説し、対策のヒントを紹介する。 1 精神障害による労災申請・認定が増加している!? 図表1は精神障害に係る労災請求・決定件数の年別推移であるが、多少の増減はあるものの、この5年間、請求件数、支給決定件数共に増加の傾向にある。 特に平成24年の支給決定件数は大幅に増加しているが、これは後で解説する「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」が定められた影響が大きいと考えられる。 図表1 精神障害に係る労災請求・決定件数の推移 (厚生労働省資料より) 2 なぜ、労災申請・認定は増加しているのか? 労災申請・認定の増加の原因を考えるうえで、まず注目しなければいけないのが、我が国の自殺者の問題である。 我が国は、平成10年から平成23年にかけて、14年連続で年間自殺者が3万人を超えていた。幸いにも平成24年にはその数が2.7万人に減少し、平成25年も微減となっているが、それでも世界的にみて、自殺者が多い国であることに変わりはない。 自殺の原因は様々であるが、1位は健康問題であり、その割合は原因全体の50%程度になる。そして、その多くがうつ病などの精神疾患によるものである。 一方、企業活動に目を移すと労働者は図表2に示されるような問題に日々ストレスを感じながら働いている現状も浮かび上がる。 図表2 仕事や職業生活に関する強い不安、悩み、ストレスの有無及び内容別労働者割合 (厚生労働省資料より) このような状況の中、国は平成23年12月26日に、仕事が原因でメンタルヘルス不調になった(精神疾患を発症した)者の労災認定が広く、そして迅速に認められるように基準を見直し、新たに「心理的負荷による精神障害者の労災認定基準」を定めた。 これは労災保険という補償の視点からすれば、前向きな労働者保護と認められるが、内容を見ると企業側のリスク増大(国からの警告)とも受け取れる。 また、司法の場では、メンタルヘルスをめぐる訴訟も増加しており、ハラスメント(いじめ、嫌がらせ)に対する措置やプライベートに起因するメンタルヘルス不調に対する配慮不足が原因で、企業側の過失責任を問われる判例も出てきている。 3 労災認定を受けた企業がどのようなリスクを被るか? 社員から“うつ病”等の精神疾患の診断書が提出された場合、社員から「これは労災では・・・?」の申し出がなければ、私傷病として一定期間の休職を命じ、その期間が満了しても復職できない場合は、退職(または解雇)手続を経て退職(解雇)扱いとしている企業は多いのではないだろうか。 しかしながら、もし、その精神疾患が業務に起因していたら、労働基準法第19条の解雇制限の適用を受け、一方的な退職は原則認められなくなる。つまり、企業は戦力にならない社員を抱え込むことになるのである。 これは、企業経営の観点からするとコスト増を意味する。 また、企業には安全配慮義務(労働契約法第5条「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」)が課されているため、仕事が原因で精神疾患になった場合、その社員(社員が自殺した場合はその遺族)から安全配慮義務違反に問われ、損害賠償請求訴訟を起こされる可能性もある。 賠償額は事件によって異なるが、業務が起因して精神疾患を患い、自殺した事件の場合は数千万から億単位になることもある。一方、業務が起因して精神疾患を患った場合でも数百万円に及ぶ。 さらに、今後改正が予定されている労働安全衛生法には、「企業単位で安全・健康に対する意識改革を促進する仕組み」の創設が盛り込まれている。 この仕組みの具体的内容は以下の2つであるが、重大な労働災害には精神障害(7級以上)も含まれるため、改正法が施行された場合は、メンタルヘルス対策を怠り、精神障害の労災認定を複数回受けた企業は企業名が公表されることになる。 その結果、国から問題企業として取り扱われるのはもちろんであるが、風評リスクにより、企業間取引や採用等、企業活動に大きな負の影響を及ぼす可能性があることも認識しておきたい。 4 メンタルヘルス対策に対する経営者の意識 上記のような現状やリスクを理解していても、企業のメンタルヘルス対策への意識は低く、取組みが行われていない企業も少なくない。 特に企業規模が小さいほどその傾向は強く、労働安全衛生法における衛生委員会の設置義務や産業医の選任義務がない50人未満の事業所では、「取り組んでいない」割合が非常に高い(図表3)。 図表3 メンタルヘルスケアの取組の有無及び取組内容別事業所割合 (厚生労働省資料より一部抜粋) 「取り組んでいない」中小・零細企業では、対策に要するコストやマンパワーの問題もあると思われるが、その根底にはもう一つ、大きな理由があると筆者は考えている。 それは、メンタルヘルス不調と仕事との因果関係が外傷性の労災(「機械に誤って指を挟んだらで、切断した」等)のように明確ではない(グレーゾーンが存在する)ため、企業の責任にされにくいという意識が働くからだと思われる。 つまり、メンタルヘルス対策に積極的に取り組まない企業は、ストレス耐性には個人差があるため、業務上の負荷よりも業務外のストレスや個体側の要因(性格傾向や既往歴等)が原因で精神障害になることのほうが多いという考えを持っている傾向が強いと言える。 (了)
事例でわかる消費税転嫁対策特別措置法のポイントQ&A 【第5回】 「初の勧告事例」 のぞみ総合法律事務所 弁護士 大東 泰雄 弁護士 山田 瞳 1 初の勧告事例の公表 平成26年4月23日、公取委は、食料品・衣料品・雑貨等を販売する大規模小売事業者が買いたたきを行ったとして、消費税転嫁対策特別措置法6条1項に基づき、初の勧告を行った。 消費税転嫁対策特別措置法6条2項は、消費税転嫁拒否等の行為について公取委が勧告を行った際には、その事実を公表する旨を定めている。 そのため、上記事案についても、公取委のホームページにおいて、当該大規模小売事業者の社名、違反事実の概要及び勧告の概要が公表され、各報道機関による報道もなされた。 2 上記事例の概要 公取委公表資料によれば、上記勧告事例の概要は、以下のとおりである。 (1) 大規模小売事業者であるX社の仕入価格は、以下の方法により決められていた。 なお、仕入率は、納入業者ごとに一定率に定められており、セール等でも変更はされていなかった。 (2) X社は、平成26年4月以後の消費税率引上げに伴う売上の減少を防止するため、以下の企画を実施することを独自に決定した。 (3) X社は、平成25年11月及び12月、5店舗で販売する商品を継続的に供給するすべての納入業者(161社)に対し、毎月の定例会議において、文書を配布の上、販売促進企画の内容を説明し、参加を要請した。 3 公取委の勧告の概要 公取委が行った勧告の概要は、以下のとおりである。 (1) 差額の返還 X社は、買いたたきに係る差額分に対象商品の販売数量を乗じ、これに仕入率を乗じて算定した額を取引先納入業者に支払うこと。 (2) コンプライアンス体制の整備 X社は、今後、買いたたきを行わないよう、自社の役員・従業員に勧告の内容を周知徹底するとともに、消費税転嫁対策特別措置法の研修を行うなど社内体制の整備のために必要な措置を講じること。 (3) 納入業者への通知 X社は、前記(1)及び(2)に基づいて採った措置について、取引先納入業者に通知すること。 (4) 公取委への報告 X社は、前記(1)から(3)に基づいて採った措置について、速やかに公取委に報告すること。 4 勧告・公表がなされるに至ったポイント 消費税転嫁拒否等の行為を行った場合にも、必ず勧告・公表の措置がとられるわけではなく、多くの事例は、非公表の指導に止まっている。 それにもかかわらず、本件が勧告・公表に至ってしまったポイントは、以下の点にあると考えられる。 ① 納入業者の費用負担を回避する客観的事情がみられないこと 公正取引委員会「消費税の転嫁を阻害する行為等に関する消費税転嫁対策特別措置法、独占禁止法及び下請法上の考え方」(以下「公取委ガイドライン」という)は、買いたたきに当たらない合理的な理由が認められる場合の例として、特定供給事業者(売手)にも客観的にコスト削減効果が生じており、当事者間の自由な交渉の結果、当該コスト削減効果を対価に反映させる場合を挙げている(公取委ガイドライン第1部、第1、3(3)イ)。 これに対し、本件では、仕入率がセール等の場合であっても一定とされているため、既存商品の税込価格を据え置く場合には、自動的に納入業者の利幅が圧縮されるという構図にあった。 ② 一方的と評価されてもやむを得ない導入経緯であったこと 公取委ガイドラインは、買いたたきに当たらない合理的な理由が認められる上で、「当事者間の自由な交渉の結果」であること、すなわち、当事者間の実質的な意思が合致しており、特定供給事業者(売手)との協議の上に、当該特定供給事業者が納得して合意していることを重視している。 これに対し、X社は、生活応援バザール及びクオリティプライスキャンペーンの内容を、納入業者と相談することなく、独自に決定している。 その上で、X社は、納入業者に対し、毎月の定例会議において、文書の配布の上、販売促進企画の内容を説明し、参加を要請するという手法で販売促進企画を導入したとされている。 公取委公表資料にすべての事情が現れているわけではないが、公表資料を見る限りでは、X社と納入業者との間で十分な協議が行われ、納入業者が納得して合意したとみることは困難なようである。 ③ 買いたたきが広範囲にわたって行われたこと X社は、5つの小売店舗で販売する商品を継続的に供給しているすべての納入業者(161社)に対し、販売促進企画への参加を要請した。 すなわち、買いたたきの対象とされた納入業者の数が多く、必然的に、納入業者に生じた不利益の額も大きかったと思われる。 5 企業が採るべき対応 消費税転嫁拒否等の行為に対して公取委が勧告・公表の措置をとるか否かの基準は公表されておらず、どの程度深刻な違反があれば勧告・公表がなされるのかは明らかでない。 しかし、本件が公表されたことで、勧告・公表に至る事例のおおよその相場観をつかむことができるようになった。 ところで、下請法に関しては、以下の要件をすべて満たす場合について、公取委は勧告を行わない旨が公表されている(公正取引委員会「下請法違反行為を自発的に申し出た親事業者の取扱いについて」)。 消費税転嫁拒否等の行為については、同様の対応は公表されておらず、企業が自ら違反を申し出た場合にどのような対応がとられるかは明らかでないが、自ら違反を申告して調査に協力したという事実は、少なくとも再発可能性が低いことを示す事情として、当該企業に有利な方向に働くと考えられる。 そこで、本勧告事例に相当するような深刻な違反を発見した企業においては、下請法の上記取扱いにならい、自ら違反を公取委に申し出ることも一案であろう。 (了)
会社を成長させる「会計力」 【第9回】 「グローバル連結経営の『深化』」 島崎 憲明 《Tweedie氏が説いたIFRSの有用性》 少々古い話になるが、2007年11月に東京で「第4回IOSCO(証券監督者国際機構)国際コンファレンス」が開催され、IFRS関連のパネルディスカッションで当時のIASB(国際会計審議会)議長Sir David Tweedieと同席したことがあった。 このパネルディスカッションには、財務諸表の作成者という立場で参加を要請された。 私は後にIFRS財団のトラスティに就任することとなったが、当時はIFRSについて深い知識があったわけではなかった。ただし、日本経団連では資本市場部会長を務めていたこともあり、我が国資本市場の国際競争力の観点から、会計基準の国際化と統一には強い関心があった。 パネルディスカッション本番の前夜、Tweedie氏と会食する機会があり、議長の大好物である“しゃぶしゃぶ”の鍋を囲み、“熱燗”の盃を交わしながらの会計談議に話は尽きなかった。 私からは住友商事の事業概要を説明したが、話が事業のグローバル展開に及ぶと、Tweedie氏は我が意を得たりという顔つきで、このような発言をされた。 翌日のパネルディスカッション冒頭での発言者はIASB議長の同氏であったが、前夜の話を引用しながら、IFRSによる会計基準の国際的統一の必要性を熱く語られたことは記憶に新しい。 《IFRS導入は連結経営を深化させる》 「週刊経営財務」(4月28日号)によると、我が国でのIFRS任意適用会社数は予定も含め39社になり、その中には、三井、三菱、住友、伊藤忠、丸紅、双日の総合商社6社が含まれている。双日を除く5社は米国基準からの変更である。 三井物産はIFRS導入に関する説明会で、IFRS導入の目的として次の2点を挙げている。 ①は、まさにIASB議長が7年前に強調していたことであり、IFRS導入を決めた企業のほとんどが挙げる導入理由だ。②が本稿のテーマでもあるが、IFRSの導入により、グローバル連結経営の質的高度化を図るということである。 連結経営の質的高度化は、総合商社が総合事業会社としてグローバルな事業展開を拡充し加速した2000年代初めから、各社共通の課題であった。住友商事においても、前述のIOSCO国際コンファレンスが開かれた頃であったと思うが、「グローバルな連結経営をいかにして深化させるか」が喫緊の経営課題であった。 当時のグローバルスタンダードである米国会計基準に基づく財務諸表は作成していたが、これを如何にしてグループ経営に生かすかという課題である。 この時期は、住友商事が2000年以降進めてきた経営改革の成果が、B/SやP/Lに顕著に表れ始めた頃でもあった。2000年当時、500億円に届かなかった連結純利益が2,000億円を上回るレベルにまで拡大しており、リスクリターン指標についても、資本コスト(7.5%)を大幅に下回っていたものが、15%を超えつつあった。 利益の規模や資本効率など、数値的目標は着実に達成してきたが、それらを確かなものにして企業グループを持続的成長させるには、経営の質の面でのさらなる改善が必要との認識を持つに至るのである。 同社の「インベスターズ・ガイド2007」によると、中期経営計画2007-2008年度では、「更なる質の向上」と「規模の拡大」をバランス良く追及する戦略にシフトするとし、次のように述べられている。 《連結の浸透に時間を要した日本》 ここで、わが国における連結決算の歴史を簡単に振り返ってみたい。 1977年に連結財務諸表の開示が義務付けられているが、その歴史は比較的新しい。米国や欧州諸国では、子会社がある場合、原則として連結財務諸表の開示が求められ、個別の開示は必要とされない。まずは連結ありきで、個別はその内訳という位置付けなのである。 我が国での連結開示制度が制定される以前に、米欧での資金調達を必要としていた企業は、米国などの会計基準に基づく連結財務諸表の作成と開示が求められた。1961年にソニーが米国でADRを発行し、米国会計基準による連結財務諸表をSECに登録したのが最初であり、翌1962年のホンダへと続く。 現在、我が国において米国基準に基づく連結財務諸表の作成が特例措置で認められているのは、このような経緯が背景にある。 整理してみると、次のようになる。 このように、連結財務諸表の開示が義務付けられてから20年余を経て、連結決算中心の経営管理へ変わってきた。ずいぶんと時間をかけているが、国内的には連結主体の考え方に慎重な意見が根強くあったことも一因のようだ。 1991年になって初めて、連結財務諸表を有価証券報告書の本体に組み入れるが、これを議論した企業会計審議会では時期尚早との意見であったと聞く。 我が国における会計制度の国際化においては、当時も今も、「現状維持」「改革に慎重」という姿勢が根強くあるように思う。私がこの数年取り組んできた「わが国におけるIFRS導入」についても同様の議論が繰り返されている(IFRSについては後の機会で取り上げたい)。 《何をもって『深化』と呼ぶか》 「連結経営の質を高める(深化する)」とは、具体的にはどういうことなのであろうか? 第一には、連結ベースで経営資源の最適配分を図り、連結グループでの持続的成長を目指すということである。 それを適切に進めるためには、連結グループ共通の評価尺度を定めること、つまり、連結グループとして全体最適な評価方法を策定することが必要だ。 評価の対象となる数値は財務諸表に基づくことになるが、財務諸表作成の会計基準がグループ内で統一されているのが好ましいのは当然である。業績評価の結果が個々人の考課に影響してくる場合には、公平性の観点からもグループ内の会計基準が同一の方がよい。 第二には、「親会社単体+子会社群=連結経営」という足し算の時代から、親会社・子会社をより高いレベルで一体と捉え、グループを運営していくということである。 これが『深化』の意味するところであり、グループとしての企業文化・価値観の共有など、マインド面での連結経営がどこまでできているか、また十分かということである。 住友商事ではグループ経営の質的向上について、戦略性、成長性、経営管理、役職員の活用という4つの定性要件を定め、新たな子会社の設立や買収に際しては、これらの要件を満たしていることをハードルとしたことがあった。 つまり、次のような点がグループ内で達成されているかということだ。 親会社と子会社はグループ共通の経営理念の下で戦略を共有し、一体感を醸成し、リスクマネジメントやインターナル・コントロールなどの管理レベルを同質化することが必要である。 つまり、リーガル・コンプライアンスも含めた子会社における管理のレベルを親会社と同レベルまで引き上げるということである。 人材活用の面では、子会社の役職員が生き生きとして働き、仕事を通して「自らの豊かさと夢を実現できているか」ということである。親会社の下請的業務がもっぱらで、子会社で働く人たちの士気が上がらないということでは、連結経営の質を高めることはできない。 連結経営を深化させる場合に、親会社を中心としたグループとしての成長戦略やリスクマネジメントなどの経営管理を各子会社にまで徹底させる「求心力」と、子会社の経営は子会社の自主管理に任せ、自己責任を求めるグループ経営の「遠心力」とのバランスをどうとるのかが極めて重要である。 企業のグローバル化と事業多角化の進展により、連結グループにおける子会社や関連会社の定量、定性両面での重要度はますます高まっている。また、連結業績の過半がそれらの会社群から成る企業も増えつつある。 この流れは今後も加速すると予想され、親会社・子会社を一体とした連結経営の深化はこれまで以上に求められる経営課題なのである。 (了)
私が出会った[相続]のお話 【第5回】 「相続財産を隠そうとするクライアントへの説得」 ~税理士の品位と矜持が試される2つの事例~ 財務コンサルタント 木山 順三 説得に成功したNさんのケース 〔相続前の状況〕 Nさんのご主人は山林業を営み、以前から妻・子供・孫たちに手持ちの山林の一部を贈与していました(贈与税の申告済み)。 その結果、木材売却等による所得が生じ、今や本人の保有金融資産額(2億円強)よりも家族の方が多くなりました(妻・子供・孫の合計保有金融資産額9億円強)。 そんな時、ご主人の相続が発生したのです。 私の頭の中に、当家の相続対応の課題が浮かびました。 これらのことを頭に入れながら。当家の相続手続のお世話をすることになりました。 〔配偶者の言い分〕 まずは相続人の相続財産確定のため、自宅の保管金庫内の現物チェックに入りました。 数冊の銀行預金通帳や株券(当時はまだ現物で持っておられる方が多かった)などが出てきましたが、そのうち割引債券を入れた袋が見つかりました。 中身を見ますと・・・なんと6,000万円もあるではないですか。 すると隣にいた夫人が、 「これはダメ! 主人が『絶対に税務署にわからないようにしてあるから、万一私が亡くなっても相続財産に入れるな!』と言っていたので、主人の遺言だから財産には入れません!」 と言って、あわててその袋を取り上げてしまわれました。 私は 「見つかれば過少申告加算税、延滞税、悪意とみなされれば重加算税、さらには配偶者に対する税額軽減の優遇も受けられなくなり、結果として多大なる税の負担を強いられることになりますよ」 と申し上げ、さらに 「脱税と分かっていてお手伝いするわけにはまいりません。お子様たちと相談の上、正しい手続をなさるのであれば、改めてご依頼ください」 と言って突き放しました。 それから数日後。夫人が長男と共に来店されました。 手には割引債券の入った袋があり、6,000万円の割引債のはずが1億2,000万円に増えていました。 どうやら他からも見つかったようです(危ない、危ない・・・)。 私は 「もう本当にこれ以外にないですね? 究極の節税策は、すべてオープンにすることです。特に当家の場合は必ず調査があるのですから」 と念を押しました。 〔税務調査対策を指導〕 幸いにして、こちらのアドバイスを聞いていただき、正しい申告を行いました。 残るは1~2年後の税務調査対応のみです。 すなわち、家族への正しい贈与申告であっても仮装行為の指摘を受けないように、念のため相続人への税務調査時までに、彼らに自己の資産の自覚と認識を醸成するための指導と教育を行いました。 〔やっぱり査察が〕 それから2年後。やっぱり来ました。 局の査察が30人態勢で、信託銀行、債券発行銀行、信用金庫、相続人宅へ。 私はリーダーの調査官につきっきりで当家の説明を行いました。その間にも他の銀行から別の調査官からの連絡が入ってきました。 リーダー調査官曰く 「ふん、ふん、合っているな。他にもないな」 そうして丸3日間の調査が終わりました。 どうやら子供たちもうまく対応したみたいです。 〔把握されていた割引債〕 後日聞いたところによりますと、あれだけ故人が割引債について「絶対にわからないようにしているから出すな!」と言っていたにもかかわらず、数度その割引債の償還時に、本人が直接自宅近くの信用金庫宛てに振込みしていた経緯があった模様です。 したがって割引債の取引があることは、税務当局としては事前に把握していたのです。 「正しく申告していて良かった。木山さんの言う通りで助かりました!」 Nさんより心からのお礼の言葉をいただきました。 説得に失敗したKさんのケース 〔相続前の状況〕 Kさんのご主人は、一部上場企業の役員として経営に注力されていました。 それだけに資産運用・管理は、もっぱら妻のKさんが仕切っておられました。 もともとKさんは株式の運用知識が豊富で、証券会社の担当者が教えを乞うほどでした。したがって保有金資産に占める割合も株式が多く、保有額も20億円余りとなっていました。 そんな時、Kさんのご主人の相続が発生したのです。 〔配偶者の言い分〕 ちょうどKさんのご主人が亡くなられたのは、前述のNさんの税務調査が終わって間もないときでした。したがってNさんの事例を踏まえ、Kさんにも正しい申告の指導と説得を行いました。 なぜならKさんは、常日頃から納税に対してやや否定的な考え方だったからです(亡くなられたご主人は様々な役職に就いておられ、税務行政に対し協力的な方だったのですが・・・)。 特にKさんのご友人が、かなり前、夫の相続の際に郵便貯金を隠して成功(?)したことがあったようで、「木山さんは“税務署のまわし者”だと友達が言っているよ」と言われました。 それでもなんとか説得して、郵便貯金も相続財産に算入し、無事申告が終わりました。 〔あれだけ言ってたのに・・・〕 それから約2年後。税理士さんから税務調査の立ち合いの連絡が入りました。 当時は税理士と共に実務を携わった私も同席することが了承されました。 本来は局ベースの調査と思っていたのですが、本件は所轄税務署での調査でした。 すると、税務署の調査官はこう言いました。 「Kさん、我々も亡くなられたご主人の税務行政に対するご支援に対し、極力紳士的に対応してきたつもりです。それでもご協力いただけないのなら、徹底的に調査しますがよろしいですか?」 それを聞いたKさんは、やおら席を立ち、娘さんに電話。 「そこにある通帳、持ってきて・・・」 しばらくして駆けつけた娘さんの手には、かなりの数の郵便局の通帳がありました。 税務署「最初からご協力いただければよかったのです。これで結構です」 税理士&木山「あれだけ郵便局は隠せないと言っていたのに。全部出したと言っておられたのではないですか!」 Kさん「だって、友達が大丈夫と言ったから・・・」 〔その結果・・・〕 後日修正申告の上、税務署から多額の追徴が科せられました。 日頃大変お元気なKさんも、さすがにしばらくの間、体調を崩されていました。 Kさんの事例で学んだ反省点と教訓は、以下のとおりです。 (了)