「民間設備投資活性化等のための 税制改正大綱」を読む 【第1回】 一般社団法人日本経済団体連合会 経済基盤本部長 阿部 泰久 1 はじめに 安倍総理は10月1日(火)、2014年4月1日からの消費税率8%への予定通りの引上げとともに、総額5兆円に上る経済対策(閣議決定「消費税率及び地方消費税率の引上げとそれに伴う対応について」)を公表した。 その中では、税制措置として、「日本再興戦略」(6月14日閣議決定)で示されていた投資減税が「生産性向上設備投資促進税制」として創設されたのみならず、平成25年度税制改正で導入された所得拡大促進税制の見直しなど、総額1兆100億円の減税が盛り込まれた。 そこで本稿では、これらの税制措置の内容を、与党「民間設備投資活性化等のための税制改正大綱」に基づき、今週号と来週号の2回にわたり解説する。 なお、本連載の構成は以下のとおりである。 2 「生産性向上設備投資促進税制」の創設 「日本再興戦略」の中では、「思い切った投資減税で法人負担を軽減すること等によって積極姿勢に転じた企業を大胆に支援していく。」として、今後3年間でリーマンショック前の設備投資水準(70 兆円/年)を回復するために、老朽化した生産設備から生産性・エネルギー効率の高い最先端設備への入替え等の生産設備の新陳代謝を促進する取組みを強力に推進し、これに応じて設備の新陳代謝を進める企業への税制を含めた必要な支援策を講じることとされており、その具体化として、「生産性向上設備投資促進税制」が創設された。 国内への積極的な投資を促すための大胆な投資減税として、産業競争力強化法施行の日(平成26年初めを予定)から平成29年3月31日までの間に、産業競争力強化法に規定する「生産性向上設備等」に該当するもののうち、一定規模以上のもの等を取得し、国内での事業の用に供した場合には、以下のように即時償却・特別償却あるいは税額控除(控除限度額:法人税額の20%)の選択が認められる。 なお、産業競争力強化法施行の日から平成26年3月31日までに終了する事業年度で取得した分については、平成26年4月1日を含む事業年度において即時償却・税額控除ができることで、事実上、平成25年度に遡及適用される。 「生産性向上設備等」は、幅広く先端設備への更新投資に向けたものと、生産ラインや生産ラインやオペレーションの刷新に向けたものに分かれる。いずれも、製造業のみならず、物流・流通サービス業等の非製造業も活用できる。 生産等設備に限り、本店、寄宿舎等の建物、事務用器具備品、福利厚生施設等は該当しない。 (1) 先端設備 先端設備とは、機械・装置、一定の工具、器具・備品、建物、建物付属設備で、一定金額以上のもの(下表参照)のうち、旧モデルと比べ、年平均1%以上の生産性向上要件を満たす最新モデルの導入が幅広く対象となる。中小企業については、これらに加え、サーバー、ソフトウエアも対象となる。 なお機械・装置のうち、中小企業者等が取得するソフトウエア組込型機械・装置については、最新モデルでなく一代前のモデルでも認められる。 対象となる機器等は、産業競争力強化法の実行計画において達成すべき生産性向上目標を示した上で、同法の省令において基準を定め、この基準を満たすものであるかどうかは関係工業会が証明書を発行することで担保される。 【先端設備の対象】 ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (注1) 販売開始年度が取得等をする年度及びその前年度であるモデルを含む。 (注2) 工具及び器具備品については1台又は1基の取得価額が30万円以上で年間取得合計額が120万円以上のもの、建物付属設備については一の取得価額が60万円円以上で年間取得合計額が120万円以上のもの、ソフトウエアについては一の取得価額が30万円以上で年間取得合計額が70万円以上のものを含む。 (2) 生産ラインやオペレーションの改善に資する設備 機械・装置、工具、器具・備品、建物、建物付属設備、構築物、ソフトウエアで、一定金額以上のもののうち、投資計画上の投資利益率が15%以上(資本金1億円以下の中小企業者等は5%以上)であることを経済産業局が確認した場合に適用される。 具体的には、生産ラインやオペレーションの改善に関し、事業者が通常作成する簡素な設備投資計画上の投資収益率を、公認会計士又は税理士の確認を得た上で、経済産業局に確認申請をすることとなる。 (1)とは異なり、個々の設備等が生産性・エネルギー効率向上基準や最新モデルであることは必要ではない。また、取得価額に関する要件は先端設備に準じる(構築物については、建物と同様とする)。 (3) 中小企業等投資促進税制の延長・拡充 「中小企業等投資促進税制」(措法42の6)を平成29年3月31日まで延長した上で、産業競争力強化法の施行日から平成29年3月31日までに生産性向上設備投資促進税制の対象となる設備等を取得する場合には、即時償却あるいは7%税額控除(資本金3,000万円以下の中小企業者等は10%)が選択できる。税額控除を選択した場合における控除限度(法人税額の20%)超過額は1年間の繰越しができる。 また、「中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」(措法67の5)は、平成28年3月31日まで延長される。 (4) 償却資産課税の減免については改めて検討 以上、法人税においては経済界の要望をほぼ満たす使いやすいものとなり、法人事業税、法人住民税においても、中小法人等については同様な措置が取られる。 しかし、経済界から要望の強かった対象設備等に対する償却資産課税(固定資産税)の減免については減収分の国費補てんを求める総務省との調整がつかず、年末の26年度予算編成過程で改めて検討されることとなっている。 3 研究開発税制の延長・拡充 「研究開発税制」のいわゆる上乗せ部分(増加型・高水準型)を平成29年3月31日まで延長した上で、増加型については、税額控除額を以下のように改める。 4 所得拡大促進税制の視直し 所得拡大促進税制(措法42の12の4)については、適用期限を平成30年3月31日まで延長した上で、企業の賃金引上げを促進するために、要件が以下のように大幅に緩和される。 5 既存建築物の耐震改修投資促進税制の創設 改正耐震改修促進法に基づき耐震診断結果の報告を平成27年3月31日までに行った事業者が、平成26年4月1日からその報告後5年の間に、耐震改修対象建築物の耐震改修により取得し、また建設した耐震改修対象建築物の部分について、取得価額の25%の特別償却ができる。 6 固定資産税の見直し 既存建物の耐震改修等については、固定資産税が以下のように軽減される。 * * * 次回は引き続き「民間設備投資活性化等のための税制改正大綱」のうち、下記の事項について解説する。 (了)
居住用財産の譲渡所得 3,000万円特別控除 [一問一答] 【第1問】 「「3,000万円特別控除」と「買換えの特例」の適用要件の相違点」 税理士 大久保 昭佳 Q 3,000万円特別控除(措法35)と買換えの特例(措法36の2)の適用要件について説明してください。 A 両制度の主な相違点をまとめると、次のとおりである。 (了)
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第7回】 「武富士事件(その1)」 ~「住所」の認定はいかにしてなされるべきか?~ 国士舘大学法学部教授・法学博士 酒井 克彦 1 はじめに 租税法上で用いられている「ある用語」の意味がその文脈から明確ではない場合、それが私法から借りてきた概念(借用概念)であるとすれば、当該私法上の概念の意味内容に従って解釈をすることが、租税法律主義の要請する法的安定性や予測可能性に資すると考えられている。 このように、租税法の解釈では、多くの場面で、いわゆる「私法準拠」といって、私法の概念に依拠する態度をとっている。 ところで、租税法の解釈適用の場面では、しばしば「住所」の認定が問題となることがある。それは、例えば、「居住者」か「非居住者」かという納税義務者の属性を判断する際にも、また、課税対象の認定をする際にも重要な論点となる。 しかしながら、「住所」について、租税法では、その意味を明らかにする条文上の手当てをしていない。そこで、上記のとおり、「住所」という用語が民法からの借用概念であると考えられるのであれば、民法に従えばその意味は明らかになるし、事実認定も明快になるはずである(借用概念統一説)。 ところが、今回取り上げるいわゆる“武富士事件”においては、民法上の「住所」概念を用いて相続税法上の「住所」の意味をいかにして明らかにするかという点が議論されたのである。租税法上の「住所」の意味は民法と同じように解釈すればよいのであるから、何も裁判において争われるほどのことはないように思われるのにもかかわらず、である。 実は、民法においては、後に述べるとおり、「住所」を「生活の本拠」に規定するだけでそれ以上のことは何も述べていないのである(民22)。 すると、そこにいう「生活」や「本拠」の意味が明らかにされなければ住所の意味もまた明らかにならないのであるが、これらの意味は民法の条文からは判然としない。 そこで、学説をみてみると、民法上の学説は「住所」についてあまり強い関心を寄せているとはいえず、また、これを取り上げる学説においても、住所概念の理解について住所複数説と単数説に分かれているし、住所認定上の問題として客観説と主観説に分かれているなど、見解の一致をみていないのである。 では、民法上の判例はどうであろうか。 残念ながら、民法以外の「住所」概念を争う判例はあるものの、民法上の住所を巡る判例はないのである。 このように、租税法上に用語の定義がない場合であっても、これを民法と同じに理解すれば問題なく解釈できるなどということは到底いえないのである。 そこで、今回から武富士事件を素材として、この租税法上の概念の理解に係る問題につき、考えてみたい。 2 事案の概要 X(原告・被控訴人・上告人)は、亡B及びCから、平成11年12月27日付けの株式譲渡証書(以下「本件贈与契約書」という)により、D社(オランダ王国における有限責任非公開会社)の出資口数各560口、160口(合計720口、以下「本件出資」という)を取得したことについて、平成11年分贈与税の決定処分(以下「本件決定処分」という)及び無申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件決定処分と併せて「本件決定処分等」という)を受けた。 これに対し、Xは本件贈与日に日本に住所を有していなかったから、旧相続税法(平成11年法律第87号による改正前のもの)1条の2第1号により納税義務を負わないと主張して、それらの取消しを求めた事案である。 なお、この旧相続税法は平成25年度税制改正によって改正されたが、当時の相続税法は、贈与税の納税義務者について、贈与により財産を取得した個人で当該財産を取得した時において、この法律の施行地に住所を有する者(以下「無制限納税義務者」という)である場合には、その者が贈与により取得した財産の全部に対し贈与税を課すると規定していたのである(相法1の2一、2の2①)。 もう少し具体的な事実関係を、最高裁の判断の前提とする事実認定に従ってみておこう。 Xは、上記贈与の贈与者であるB及びCの長男であるところ、Bが代表取締役を務めていた消費者金融業を営む会社である株式会社T社に平成7年1月に入社し、同8年6月に取締役営業統轄本部長に就任した。BはXをT社における自己の後継者として認め、Xもこれを了解し、社内でもいずれはXがBの後継者になるものと目されていた。 前述のとおり、当時、贈与税の課税は受贈時に受贈者の住所が国内にあることが要件とされていたため(相法1の2、2の2)、贈与者が所有する財産を国外へ移転し、さらに受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって、我が国の贈与税の負担を回避するという方法が、平成9年当時において既に一般に紹介されており、Bは、同年2月ころ、このような贈与税回避の方法について、弁護士から概括的な説明を受けた。 T社の取締役会は、平成9年5月、Bの提案に基づき、海外での事業展開を図るため香港に子会社を設立することを決議した。Xは、同年6月29日に香港に出国していたところ、上記取締役会は、同年7月、Bの提案に基づき、情報収集、調査等のための香港駐在役員としてXを選任した。また、T社は、同年9月及び平成10年12月、子会社の設立に代えて、それぞれ香港の現地法人(以下「本件各現地法人」という)を買収し、その都度、Xが本件各現地法人の取締役に就任した。 Xは、平成9年6月29日に香港に出国してから同12年12月17日に業務を放棄して失踪するまでの期間(以下「本件期間」という)中、合計168日、香港において、本件会社又は本件各現地法人の業務として、香港又はその周辺地域に在住する関係者との面談等の業務に従事した。他方で、Xは、本件期間中、月に一度は帰国しており、国内において、月1回の割合で開催されるT社の取締役会の多くに出席したほか、少なくとも19回の営業幹部会及び3回の全国支店長会議にも出席し、さらに、新入社員研修会、格付会社との面談、アナリストやファンドマネージャー向けの説明会等にも出席した。また、Xは、本件期間中の平成10年6月にT社の常務取締役に、同12年6月に専務取締役にそれぞれ昇進した。 本件期間中に占めるXの香港滞在日数の割合は約65.8%、国内滞在日数の割合は約26.2%である。 Xは独身であり、本件期間中、香港においては、家財が備え付けられ、部屋の清掃やシーツの交換などのサービスが受けられるアパートメント(以下「本件香港居宅」という)に単身で滞在した。そのため、Xが出国の際に香港へ携行したのは衣類程度であった。本件香港居宅の賃貸借契約は、当初が平成9年7月1日から期間2年間であり、同11年7月、期間2年間の約定で更改された。他方で、Xは、帰国時には、香港への出国前と同様、Bが賃借していた東京都杉並区所在の居宅(以下「本件杉並居宅」という)で両親及び弟とともに起居していた。 Xの香港における資産としては、本件期間中に受け取った報酬等を貯蓄した5,000万円程度の預金があった。他方で、Xは、国内において、平成10年12月末日の時点で、評価額にして1,000億円を超えるT社の株式、23億円を超える預金、182億円を超える借入金等を有していた。 Xは、香港に出国するに当たり、住民登録につき香港への転出の届出をした上、香港において、在香港日本総領事あて在留証明願、香港移民局あて申請書類一式、納税申告書等を提出し、これらの書類に本件香港居宅の所在地をXの住所地として記載するなどした。 他方で、Xは、香港への出国の時点で借入れのあった複数の銀行及びノンバンクのうち、銀行3行については住所が香港に異動した旨の届出をしたが、銀行7行及びノンバンク1社についてはその旨の届出をしなかった。なお、T社の関係では、本件期間中、常務取締役就任承諾書及び役員宣誓書には、Xは自己の住所として本件杉並居宅の所在地を記載し、有価証券報告書の大株主欄には、本件香港居宅の所在地がXの住所として記載された。 B及びCは、オランダ王国における非公開有限責任会社であるD社(総出資口数800口)の出資をそれぞれ560口及び240口所有していたところ、平成10年3月23日付けで、同社に対しT社の株式合計1,569万8,800株を譲渡した上、同11年12月27日付けで、Xに対し、Bの上記出資560口及びBの上記出資のうち160口の合計720口の贈与(以下「本件贈与」という)をした。 B及びXは、本件贈与に先立つ平成11年10月ころ、公認会計士から本件贈与の実行に関する具体的な提案を受けていた。また、Xは、本件贈与後、3か月に1回程度、国別滞在日数を集計した一覧表を本件会社の従業員に作成してもらったり、平成12年11月ころ国内に長く滞在していたところ、上記公認会計士から早く香港に戻るよう指導されたりしていた。 本件杉並居宅の所在地を所轄するS税務署長は、本件贈与について、平成17年3月2日付けで、Xに対し、贈与税の課税価格を1,653億603万1,200円、納付すべき贈与税額を1,157億290万1,700円とする平成11年分贈与税の決定処分及び納付すべき加算税の額を173億5,543万5,000円とする無申告加算税の賦課決定処分(本件各処分)をした。 3 本事案のポイント さて、このような事実認定を前提とした場合、Xの住所は国内にあったといえるのであろうか。 これが、本事案における争点である。 そこで、前述のとおり、「住所」とは「生活の本拠」をいうとの理解を前提とすると、次の2つのポイントに関心が集まる。 次回からこの事案について、深く切り込んでみたい。 (続く)
「商業・サービス業・ 農林水産業活性化税制」の解説 【第5回】 (最終回) 「特別償却と税額控除の選択」 公認会計士・税理士 新名 貴則 本税制は、中小企業等が器具備品及び建物附属設備を取得した場合に、取得価額の30%の特別償却又は7%の税額控除(当期の法人税額の20%が上限)を認める税制措置である(措法42の12の3)。ただし、下記の要件を満たす必要がある。 連載最終回となる今回は、本制度における「特別償却」と「税額控除」のどちらを選択するか、その判断のポイントについて、事例を用いて解説する。 1 特別償却と税額控除、どちらが有利か 次のような法人が本税制の要件を満たす10,000,000円の器具備品(定率法:耐用年数5年)を期首に購入した場合について、特別償却と税額控除の影響額を検討する。 【初年度の損益計算書(特別償却は計上していない)】 特別償却及び税額控除を考慮しない場合の、この法人の法人税額は次のとおり5,790,000円となる。 【法人税額の算定】(単位:円) 〈初年度の影響額〉 まずは、特別償却又は税額控除を適用した場合の初年度の影響額を検討する。 ① 30%特別償却を選択した場合 特別償却額:10,000,000円 × 30% = 3,000,000円 特別償却を計上することにより、上記の損益計算書は次のように変わる。 【初年度の損益計算書(特別償却を計上している)】 この場合の法人税額は次のとおり5,025,000円となり、当初の5,790,000円と比較すると765,000円税額が減少したことになる。 【法人税額の算定】(単位:円) ② 税額控除を選択した場合 控除できる法人税額:10,000,000円 × 7% = 700,000円 この場合、税引前当期純利益までの損益計算書は当初と変わらないので、次のとおりである。 【初年度の損益計算書(特別償却は計上していない)】 そして、税額控除を反映した法人税額は次のとおり5,090,000円となり、当初の5,790,000円と比較すると700,000円税額が減少したことになる。 【法人税額の算定】(単位:円) この計算結果により、特別償却の方が初年度の節税額は大きいことが判明した。したがって、結論は「特別償却を選択すべき」となるように思える。 ところが話はそう単純ではない。 なぜなら、特別償却と税額控除には次のような特徴があるためである。 2年目の影響額 次に、2年目の影響額を検討する。 当該器具備品に係る減価償却以外の条件は、初年度と全く変わらないものとする。 ① 特別償却を選択した場合 【2年目の損益計算書】 * (取得価額10,000,000円 - 初年度償却額7,000,000円)× 償却率0.4 この場合の法人税額は、次のとおり6,504,000円となる。 初年度に普通償却額4,000,000円及び特別償却額3,000,000円を計上しているため、2年目の減価償却額は大幅に減少し、法人税額は大きく増加することになる。 【法人税額の算定】(単位:円) ② 税額控除を選択した場合 【2年目の損益計算書】 * (取得価額10,000,000円 - 初年度償却額4,000,000円)× 償却率0.4 この場合の法人税額は、次のとおり6,198,000円となる。 定率法を選択しているため初年度よりは減価償却額は減少し、その分法人税額は増加するが、特別償却を選択している場合の法人税額(6,504,000円)よりは少なくなっている。 【法人税額の算定】(単位:円) 2 結局どちらを選択するか 通常、このような税制特例の適用を検討する法人は、多額の課税所得が発生している法人であることが想定される。したがって通常は、1年目は特別償却を選択する場合の方が有利だが、償却期間を通じたトータルで考えると税額控除の方が有利、というケースが多いと考えられる。 とすれば後は、少しでも早く節税効果を得たいのか、年数がかかってもいいからトータルでより大きな節税効果を得たいか、の判断になるといえる。 ただし、次のような法人の場合、より慎重な検討が必要である。 仮に中小企業で課税所得が800万円以下であるような場合、そもそも適用される法人税率が低いため、1年目の特別償却による節税効果は薄れることになる。さらには、特別償却額を吸収できず欠損金となることも考えられる。 またこれに対して、税額控除も法人税額の20%が上限であるため、満額を控除できないことも考えられる。このような場合、特別償却による繰越欠損金は9年間繰り越せるが、税額控除の控除残額は1年しか繰り越すことができない。 一概に「こちらが有利」と決めることはできないので、上記で解説したそれぞれのメリット・デメリットをよく理解した上で、自社の状況に合わせて選択することが必要である。 〔連載終了にあたって〕 本連載では5回にわたって、平成25年度税制改正で創設された「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」について、各要件のポイントを解説してきた。 この解説を参考に、読者各位が適切な意思決定及び税務処理を行われることを願っている。 (連載了)
貸倒損失における税務上の取扱い 【第3回】 「法人税法と法人税基本通達の体系」 公認会計士 佐藤 信祐 貸倒損失については、法人税法に規定されておらず、法人税基本通達において規定されているに過ぎない。 これに対し、貸倒引当金については、法人税法において規定されていることから、貸倒損失と貸倒引当金についての法人税法上の位置付けは全く異なるものであるということができる。 本稿においては、貸倒損失が法人税法及び法人税基本通達においてどのように位置付けられているのかについて、それぞれ解説を行う。 1 法人税基本通達の位置付け 前回、解説したように、法人税法においては貸倒損失に係る直接的な規定は存在せず、課税所得の計算上、損失の額については、別段の定めがある場合を除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算することが規定されているに過ぎない。 そのため、法人税基本通達において、その取扱いが詳細に定められている。しかしながら、企業会計における取扱いが必ずしも法人税法上の取扱いと一致するわけではない。 大阪地裁昭和44年5月24日判決(税資56号703頁)においては、 と判示している。 このような背景から、法人税基本通達の規定内容や実際の裁決事例については、公認会計士として会計監査の現場に触れた著者としては、やや厳しいのではないかという印象を受けることも少なくはない。 とりわけ、法人税基本通達9-6-2に規定されている実質的にその全額が回収不能であるという判断においては、企業会計上における判断よりも厳格であり、実務においても、企業会計上、貸倒損失として損金経理した上で、法人税確定申告書において加算留保処理を行い、法人税の課税所得の計算上、損金の額に算入させないという取扱いをすることも少なくない。 しかしながら、法人税基本通達の位置付けは、あくまでも法人税法の解釈であり、国税庁長官から各国税局、税務署に対して下した指針に過ぎない。そのため、その前文においても、 としている。 すなわち、法人税基本通達の文言を形式的に理解するのではなく、まずは、法人税法22条の規定内容を理解した後に、法人税基本通達の取扱いを分析するということが必要になってくる。法人税法22条の取扱いについても、貸倒損失に関連する部分に限り、本連載において触れたいと思う。 2 貸倒損失 法人税基本通達9-6-1~9-6-3においては、貸倒損失についての取扱いが定められており、具体的には、以下のように定められている。 このように、法人税基本通達9-6-1については、法的に金銭債権が消滅した場合として整理することができ、法人税基本通達9-6-2、9-6-3については、経済的に金銭債権の回収が不可能である場合として整理することができる。 そのため、回収可能であるにもかかわらず、貸倒損失として処理した場合において、法人税基本通達9-6-1として整理するときは、法的に金銭債権を消滅させてしまっているため、寄附金に該当するか否かという点が論点となり、法人税基本通達9-6-2、9-6-3として整理するときは、法的には金銭債権が残っているため、いずれの事業年度において損金の額に算入すべきであるかという点が論点となってくる。 いずれしても、貸倒損失として処理するための絶対条件としては、回収不能であるという点であり、実務においても、その立証に苦慮することが少なくない。 3 子会社支援損失 法人税基本通達9-4-1、9-4-2においては、子会社支援損失について定められており、その具体的な規定内容は以下の通りである。 このように、子会社支援損失については、寄附金に係る通達として規定されているという点に特徴がある。すなわち、貸倒損失として処理することができるのであれば、法人税基本通達9-6-1で解決できるのであるが、貸倒損失として処理することができないため、寄附金の特例として定められているのである。 この連載においても触れたいが、子会社等に対する債権放棄については、なかなか法人税基本通達9-6-1(4)の要件を満たすことが困難であり、法人税基本通達9-4-1、9-4-2に頼らざるを得ない場面が少なくない。 また、法人税基本通達9-4-2の取扱いについても、「合理的な再建計画」に基づくものなのか否かという点の判断のハードルが高く、金融機関における不良債権処理を進めるために、私的整理ガイドラインやその他の取扱いが定められていったという歴史的な経緯も存在する。この点についても、本連載において、いずれ触れたいと考えている。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【20】 〔第5章〕法令用語 (その6) 自由が丘産能短期大学専任講師 税理士 長島 弘 (前回はこちら) 6 「係る」「関する」「関係する」 「係る」と「関する」は、ある事柄とある事柄とのつながりを示す言葉である。 通常「係る」は、この法令用語の前後で結び付けられる2つの事柄の密接度が高い場合に用いられ、「関する」は、その周辺まで含まれる場合に用いられる。 一方、「関係する」は、その事項自体を含まないがそれと関わりのあるものを示す場合に使われる。 ① 係る 「係る」は、ある事項とつながりがあることを示す場合に使われる語句で、関係代名詞的に用いられ、『・・・されたところの・・・』という意味や『・・・に該当する・・・』という意味をもっている。 また「係る」は、「かかる」と読み、「かかわる」ではない。 「かかわる」は「係わる」、「関わる」又は「拘わる」と書き、「関係する」という意味であるが、法令用語としては「係わる」等の用語はなく、この意味で使用すべき場合には、「関係する」という用語が用いられる。 上記の「更正又は決定に係る課税標準等又は税額等」は「更正又は決定がされたその課税標準等又は税額等」を意味する。 この「指定に係る相続人」は、「(代表者として)指定されたその相続人」を意味する。 その他、 は、それぞれ の意味である。 「課税標準等又は税額の申告」「税額の申告」、「事項の届出」、「事業年度の確定申告書」「金額の更正」というが、この関係を逆にする場合に、このように「係る」を用いた表現を用いる。 同様に、上記国税通則法第26条の例は「課税標準等又は税額等の更正又は決定」、同第13条第1項は「相続人の指定」の関係を逆にする場合の表現である。 しかし、「係る」はこのような意味で用いられるほかに、下記のようにもう少し漠然とした形で用いられることもある。 この「外国法人の・・・法人税に係る更正又は決定」は、「外国法人の・・・法人税についての更正又は決定」という意味である。 この「国内源泉所得に係る所得」は、「国内源泉所得に当たる所得」という意味である。 このように「係る」は、 あるいは端的に「・・・の」といったような、いろいろな意味を表すものとして使われることがある。 (次回に続く)
〔税の街.jp「議論の広場」編集会議 連載39〕 事業承継税制新債務控除と猶予税額 税理士 岡野 訓 1 相続税の猶予税額の計算方法 平成25年度税制改正において、非上場株式等についての相続税の納税猶予制度を利用するにあたり、相続税の課税価格から控除すべき被相続人の債務及び葬式費用がある場合には、納税猶予税額の計算上、その被相続人の債務及び葬式費用については、特例非上場株式等以外の財産の価額から控除することとされた。 従前の制度では、被相続人の債務及び葬式費用は、まず納税猶予制度の対象となる非上場株式等から先に控除することとされていたため、その分、納税猶予税額が少なく計算されていた。 新制度は、平成27年1月1日以後の相続又は遺贈(以下、単に「平成27年以後の相続等」)について適用される。 ここでは、今回の改正による納税猶予税額への影響を具体的な数字を使って検証してみたい。 2 納税猶予分の相続税額 納税猶予分の相続税額は、次の(1)の金額から(2)の金額を控除した残額とされている(措法70の7の2②五、措令40の8⑬~⑯)。 (1)の金額とは、要するに、経営承継相続人等以外の取得財産はそのままに、会社の後継者である経営承継相続人等が、特例対象となる非上場株式等だけを相続したものとして計算された経営承継相続人等の相続税額のことである。 次に、(2)の金額は、経営承継相続人等以外の取得財産はそのままに、経営承継相続人等が、その特例対象となる非上場株式等のうち20%だけを相続したものとして計算された相続税額のことである。 つまり、特定価額の20%に対する相続税額は納税猶予されないことになる。 改正前の特定価額とは、特例非上場株式等の価額から債務控除額を控除した残額とされていた。今回の改正により、平成27年以後の相続等の場合は、特例非上場株式等の価額から控除未済債務額を控除した残額と改正された(法令40の8の2⑬~⑮)。控除未済債務額とは、経営承継相続人等が相続した特例非上場株式等以外の財産から優先的に債務控除をしてもなお控除しきれなかった債務額のことである(法令40の8の2⑭)。 《控除未済債務額と特定価額との関係図》 【その他の取得財産<債務の場合】 上記の図のとおり、改正前は特例非上場株式等から先に債務控除額が差し引かれていた。つまり、特例非上場株式等の価額900から債務控除額700が控除され、残った200だけが特定価額とされていたわけである。 改正後は、特例非上場株式等以外の取得財産の価額400から優先的に債務控除を行うことになり、控除しきれない300だけを特例非上場株式等の価額から控除することになる。よって、この図の例では、改正前と比べて特定価額が400増加する。 このように、平成27年以後の相続等は、上記(1)と(2)の計算において、債務控除額が従前より圧縮されることとなり、その結果、納税猶予税額が増加することになる。 3 改正前と改正後の納税猶予税額の比較 次に、〔計算例1〕で納税猶予分の相続税額の計算を見てみることにする。 この計算例は、子Aを経営承継相続人等として猶予分の相続税額を計算している。 表ではまず通常の相続税額の計算として納付税額を求めているが、納税猶予分の相続税額の計算には全く影響を与えない。 (1)特定価額に基づく子Aの相続税額は131,200,000円、(2)特定価額の20%相当額に基づく子Aの相続税額は20,433,300円となるので、その差額の110,766,700円が納税猶予される相続税額となる。 〔計算例1〕 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ○納税猶予分の相続税額:131,200,000円-20,433,300円=110,766,700円 ○経営承継相続人等の申告による納税額:171,500,000円-110,766,700円=60,733,300円 仮に、債務控除額を改正前と同様に特例非上場株式等の価額から優先的に控除して特定価額を計算したとすると、特定価額が300,000,000円(400,000,000円-100,000,000円)、相続税の猶予税額は78,288,800円となる。 一方、改正後の猶予税額は、上で見てきたとおり110,766,700円となるわけであるから、この計算例では、改正により3,000万円程度猶予税額が増加することになる。 もちろん、税制改正の効果は特例非上場株式等の価額や、他の相続人が取得する財産の価額に影響を受けるので、債務控除額のおよそ何パーセントの猶予税額が増えるとは一概にいえないが、少なくとも経営承継相続人等にとって不利になることはない。 【改正前の納税猶予税額の計算】※基礎控除額及び相続税率は改正後で計算 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 4 特定価額と猶予税額の関係 続いて、特定価額と各相続人等が取得した財産額及び負担する債務額との関係について見てみることにする。 前述したとおり、経営承継相続人等が負担する債務の額により納税猶予税額が増減することとなるが、税制改正により、具体的にどのような違いが生じるのであろうか。 なお、特定価額の計算方法の改正の影響を明らかにするため、次の試算の改正前の数値は、改正後の基礎控除額及び相続税率を適用している。 (1) 試算その1 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 改正前 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 ② 改正後 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 〈解説〉 パターン1は、経営承継相続人等が負担する債務がないため、改正前と改正後の特定価額は同じである。 それ以外のパターンでは、改正前は、経営承継相続人等の課税価格は4億円で変わらないにもかかわらず、負担する債務が増加するに従い、納税猶予税額が減少してしまう。改正後はこの点が修正され、納税猶予税額及び納付税額はすべてのパターンで同じとなる。 これは、いずれのパターンにおいても、その他財産の価額が債務控除額を上まわっており、特例非上場株式等の価額から控除すべき控除未済債務額が生じないためである。 (2) 試算その2 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ① 改正前 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 ② 改正後 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ●・・・納税猶予税額 ○・・・納付税額 〈解説〉 改正前は、経営承継相続人等が負担する債務が増加し、課税価格がパターン1の4億円からパターン2、パターン3、パターン4とそれぞれ1億円ずつ減少していった場合に、納税猶予税額ばかりが大きく減少し、納付税額の減少幅が少なくなっていることがわかる。 改正後はこの点が修正され、課税価格が減少するに伴い、納付税額が大きく減少しており、パターン2、3、4において、本来納付すべき税額のうち納税猶予税額の占める割合が大きくなっていることが確認できる。 5 まとめ 平成25年度税制改正により、経営承継相続人等が債務を引き継いだ場合と引き継がなかった場合の納税猶予税額に与える影響額が縮小されることとなった。債務を引き継がないケースでは、他の条件が同じであれば、猶予税額は改正前と全く変わらないということになる。 仮に債務を引き継いだとしても、その債務の額が、取得した特例非上場株式等以外の財産の額を下回る場合には、改正前の債務がない場合の猶予税額と同額となる(他の条件は同じとの前提)。 ただし、節税効果を判定するには、債務控除の有無だけでなく、課税価格や法定相続人の数なども考慮しなければならないので、慎重な対応が必要となる。一般論では、法定相続人が増えれば納税猶予分の相続税額が減るし、課税価格が増えれば納税猶予分の相続税額も増えるということがいえる。ただし、実務においては、複数の判定要素を総合的に勘案して、事案に応じたより正確なシミュレーションが求められるということはいうまでもない。 (了)
会計リレーエッセイ 【第10回】 「日本のホテル会計と銀行審査」 ジョーンズ ラング ラサール ホテルズ&ホスピタリティグループ東京オフィス マネージングディレクター 沢柳 知彦 1 はじめに 筆者は銀行業界において人気テレビドラマ「半沢直樹」の5年先輩にあたる、1987年に入行。中小企業融資・個人財務相談・国内M&A支援業務を経て、入行6年目、29歳の時に海外ホテル投資会社に出向となった。 この歳でさすがに銀行に戻れない「片道切符」ではなかったが、バブル期の行き過ぎた融資の結果発生した不良債権回収という大命題を背負っていた。 その出向先での3年半の間、たくさんのことを学ばせていただいた。 英語でのビジネスの苦労話や商習慣の違いはさておき、日本のホテル業の収益力の弱さと銀行の審査能力の低さの一因は、その会計システムにあるとの確信に至った。 本稿ではその理由を説明し、逆にホテル業が収益力を、銀行が審査能力を向上させるヒントを提示してみたい。 2 米国ホテル会計基準 出向した会社では、米国・イタリア・フィジー・インドネシアの4ヶ国にホテルを所有(一部は開発中)していた。 もちろん、各国の会計基準は異なるが、ホテルオペレーターから上がってくる月次報告や年度予算のフォーマットは決まっている。 Uniform System of Accounts for Lodging Industry(“USALI”)と呼ばれるそのフォーマットは「米国ホテル会計基準」と訳されるが、その利用は米国に止まらず、日本を除く多くの国で利用されている。 おそらくは、米系ホテルオペレーターの海外進出によって広まったものと考えられる。 USALIは管理会計のフォーマットであり、 を大きな特徴としている。 ①の特徴に解説は不要であろう。減価償却については国ごとのルールが異なるので、その影響が排除されている。 ②「部門別会計」という特徴は、ホテル収益の仕組みと大きく関わっている。 まず、ホテルの各部門を「売上計上部門」(いわゆるプロフィットセンター)と「非配賦費用部門」(いわゆるコストセンター)に分け、さらに売上計上部門を客室、料飲(レストラン・バー・ルームサービスなど)、宴会、その他収益部門(売店・スパ・賃貸等)に大別する。非配賦費用部門は、一般管理費(総支配人の人件費を含む)・セールス/マーケティング・メンテナンス・水光熱費に分かれる。 こうすることで、例えば客室支配人は、自分がコントロールできる売上と費用の下で発生する部門粗利益がどの程度あるのかが把握できる。 逆に自分の力が及ばない(あるいは及びにくい)非配賦費用はその名のとおり、客室部門にはあえて配賦しない。 結果、USALIにおける客室部門粗利益は、そのまま客室支配人の業績を図る指標となる。 実際、USALIは単なる管理会計システムではなく、人事制度と連動させることでその真価が発揮される。 ③「ホテルオーナー費用の分別」という特徴は、ホテルの所有・運営分離が一般的な海外ならではの考え方を反映している。 非配賦費用部門控除後の営業利益をGross Operating Profit(“GOP”)と称するが、GOPはホテルオペレーターの力量を示す指標となっており、ホテルマネジメントの契約上、ホテルオペレーターが獲得できるインセンティブフィー計算のベースになっていることが多い。GOPより下の項目としては、リース料、損害保険料、地代、固定資産税・都市計画税、修繕積立金などがあり、これらは「ホテルオーナー費用」と称される。 オペレーターにとっては、「資金調達をどうするか」、「リスクをどう手当するか」はオーナー次第であり、これらを含めた形でインセンティブフィーを計算されるのは好ましくない、というわけである。 USALI準拠とはいえ、各ホテルオペレーターによって、会計フォーマットは少しずつ異なる。しかし、USALIというベースが大手国際ホテルオペレーター間で共有されている意義は大きい。 比較的容易に部門収益を他ホテルと比較できるし、オペレーターが交代するときの会計上の混乱も少ない。また、ホテル投資家やレンダーも似たような会計システムを分析することで、投融資の判断を比較的容易に下すことができる。 3 管理会計の重要性と銀行の役割 翻って、日本のホテル会計はどうなっているであろうか。 日本のホテル業界の特徴のひとつは大手チェーンの市場占有率が低く、群雄割拠の状態ということである。全国で約1万軒弱あるホテルのうち、外資系オペレーターの割合は合計で1~2%程度、日本最大のホテルチェーンである東横インですら2~3%である。 この中にあって、すべての外資系ホテルと一部の大手日系ホテルチェーンがUSALIを導入していても、大勢は「非USALI」である。 では、日本のホテルはどうしているかというと、「どんぶり勘定」であることが多い。売上こそ部門ごとに管理がなされているが、部門ごとの費用配賦はなされておらず、利益はホテル全体でしかわからないということである。 会計のプロから見ると、「そんな馬鹿な」と思われるかもしれないが、日本のホテル会計制度は斯様に遅れている。 日本の中堅・中小企業において会計原則を支えているのは、①税務申告と、②銀行からの資金調達である。 すなわち、きちんと税務申告書が作成できて、銀行宛に財務諸表が提出できれば良しとする風潮である。 もちろん、この2つは悪いことではない。 しかし、USALIが持つ管理会計の視点に乏しく、結果として営業不振のホテルのどこに問題があってどう解決すべきかが見えにくいことが多い。 例えば、「人件費」が1行に集約されてしまっていてはどの部門で人が余っているのかが見えにくいし、部門利益がわからなければどのレストランが赤字で閉鎖すべきなのか判断できない。 もし日本の銀行が海外のように、ホテル経営会社にUSALI準拠の管理会計を求めるようになれば、状況は劇的に変わると思われる。ところが肝心の銀行側に、USALIに基づいて審査をする体制が整っていない。 筆者は銀行を辞して十数年経つので古い知識で恐縮だが、銀行では多種多様な業種に融資を行うため、業界に不慣れな担当者でもきちんと審査が行えるよう、マニュアルが存在する。 金融財政事情研究会が発行する「業種別審査辞典」もその一つである。かかるマニュアルにおいては業種ごとの財務指標の特徴をとらえ、業界平均に対して当該会社の財務指標がどれだけ良いか・悪いかが判断できるようになっている。 しかし、財務指標が悪いと判断されても、どうやって改善をしたらよいのかまではわからない。ホテル収益を部門別・レストラン別に分析する必要があるし、例えば客室部門パフォーマンス分析においては、稼働率や客室単価に関する競合他社情報を収集する必要がある。 ただし、USALIでは稼働率の定義がなされているが、日本では特に存在しない。そのため、稼働率計算の分子に、懇意にしている旅行代理店に無償で提供した客室を加えるか、分母から改装中で使用できなかった客室を除外するか、各ホテルによってバラバラな対応である。 また、客室単価にサービス料を加えるのかどうかも、業界スタンダードが確立されているわけではない。したがって、仮に競合ホテルの稼働率や客室単価を運よく入手できたとしても、その情報が十分に生かせるかどうかはわからない。 読者の中には「日本ホテル協会」なる業界団体の存在を知っていらっしゃる方もおられようが、加盟ホテルは250程度、全国のホテル数からみた組織率はわずか数%である。しかも、同協会には加盟資格要件があり、すべてのホテルが加盟できるわけではない。 かかる業界団体が前述の問題点を克服すべく業界全体のイニシアティブをとることは難しい。 ここはやはり、銀行主導でホテル業界への管理会計導入を促進させ、観光立国を標榜する国家戦略を陰で支えていただきたいと思う。 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第11回】 株式会社イチケン・ 関西支店における不適切な会計処理に係る 「外部調査委員会報告書」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【概要】 【株式会社イチケンの概要】 株式会社イチケン(以下「イチケン」という)は昭和5年創業。総合建設業。売上高57,617百万円、経常利益989百万円。従業員505名(数字はいずれも2013年3月期)。筆頭株主はパチンコ店運営の株式会社マルハン(所有割合32.54%)。東証1部上場。 【報告書のポイント】 1 調査結果により判明した事実 (1) 不適切な取引発覚の経緯 平成25年4月の人事異動により新支店長となった執行役員に対し、同年7月中旬、関西支店の施工部門長が、一部の工事について協力会社の了解を得て工事代金の一部を支払わず、別の工事代金として支払っていたこと(以下「付け替え」という)を報告したことから、同支店における不適切な会計処理が発覚した。 なお、新支店長は、異動前において、東京支店の建設担当副支店長であった(関西支店内部における昇格ではない)。 (2) 不適切な会計処理の概要 関西支店では、リーマンショック後の関西地区の建設市況の悪化に伴い、受注額が3分の2以下に減少したことから、支店の施工部門である建設部及び店舗建設部の部長らは、平成22年以降、予算が不足して赤字が見込まれる工事等について、協力会社に工事代金の一部を請求しないよう依頼し(損失の先送り)、別の工事代金として請求させて支払うことを繰り返すようになった。 調査の結果、関西支店が付け替えにより先送りした工事代金の簿外債務は過去4年の合計で55件約862百万円であり、このうち他の工事代金として架空請求させて返済した金額は約495百万円であることが判明した。 (3) 組織的な関与の有無について 【関西支店における不適切な会計処理の認識】 部長らの依頼を受けて工事代金の請求を留保するなどの付け替えを行っていた協力会社は合計44社であった。 これだけの協力会社が存在した理由については、「継続的な取引関係を補償しうる権限と通謀者間の信頼関係が必要」であったと、外部調査委員会は指摘している。 (4) 業績に与えた影響 上記(2)に記載した原価の先送りと簿外債務の返済による原価計上は、未返済の簿外債務を原価に追加計上するとともに、工事進行基準による完成工事高を算定する進捗率の計算、工事損失引当金繰入額の計算にも影響を与える結果となり、営業利益ベースで約666百万円の修正が必要であると報告されている。 2 不適切な取引が長期間発覚しなかった理由 (1) 関西支店の特殊性 付け替えを行っていた部長らと協力会社との間には親密な長い付き合いがあり、関西地区発祥のイチケンとの取引が数十年にわたっていること、関西支店の幹部社員の人事異動が関西地区に限られていることなどに基因した信頼関係が、長期間にわたり、44社を巻き込んでの大規模な工事原価の先送りを可能としていた。 また、関西支店の風土として、「受注優先かつ赤字工事を認めようとしない」ことから、当初の工事予算が過少になる傾向があったことも判明している。 (2) 平成24年3月期に発覚した福岡支店における付け替え イチケンでは、平成24年3月期に福岡支店で付け替えが発覚したことから、各支店長、副支店長、購買部、建設部、店舗建設部の各部長宛に「工事原価の付け替えは許されないことを周知願いたい」旨の文書を発出し、また、これについて各種会議でも取り上げていたが、内部監査及び会計監査人により精査を受けたのは福岡支店のみであり、全社的な調査は行われていない。 また、イチケンでは、支店長が営業、購買、施工、管理のすべての業務を統括し、強大な権限を付与されていることにより、本社管理部門の牽制機能や取締役による監視機能が十分に働かない可能性は予見できたにもかかわらず、社外監査役3名を含む監査役及び会計監査人がこうした組織体制に関する問題点を指摘し、改善策を提言したとは認められない。 こうしたこともあってか、報告書では、「会計監査人に対しては、より不正リスクに対する感度を高め、充実した会計監査の実施を通して不正の防止と早期発見に貢献されていくことを強く期待する」とされている。 (3) 内部統制上の脆弱性 報告書では、イチケンの内部統制上の問題として次の4点を挙げている。 報告書では、特に人事ローテーションについて、関西支店の特異性を指摘している。前関西支店長は支店長在任10年間、2人の副支店長もそれぞれ8年間、10年間同じ職位に留まっており、かつ、入社以来関西支店から異動していなかった。 3 調査報告書の特徴 (1) 本件のきっかけとなった組織変更 イチケンでは、平成23年3月に事業統括本部を廃止し、管理部門は各支店に所属することとなる。その結果、支店長に権限が集中し、支店管理部門は、支店の活動状況を本社の観点からチェックするという機能を失っていた。 組織のあり方については、報告書でも「マネジメントの判断による」としながらも、「管理部門を本社機能に直結させることを検討すべきである」と再発防止策として提言しており、事業統括本部の廃止という組織変更が、結果論とはいえ、今回の不適切な会計処理が長く続いた原因の一つと考えていることを推認させる。 (2) 買掛金残高確認はどの程度行われていたのか 原価の先送りにより、当期の利益を確保するという手法は、建設業界のみならず、原価計算によって損益を確定させるという業務プロセスを有する企業であればどこでも生じうる不適切な会計処理であり、現に、イチケンにおいても、今回の関西支店のみならず、福岡支店・札幌支店でも、同様の処理が行われていた。 協力会社に対する買掛金の残高確認がどのように行われていたかについて、報告書からは読みとれない。 本来であれば、残高確認や協力会社からの情報はこうした工事原価の先送りを発見する最も有効な手法であると考えられるのだが、報告書の中にそうした監査手続についての具体的なの言及がなかったのは少し残念である(調査委員会は独自に協力会社に対してアンケートを行い、事実解明を行っている)。 (3) 再発防止策の検討 イチケンが公表した再発防止策の中で「協力会社専用の相談窓口の設置」が掲げられているのは、評価できる。ただし、相談窓口への通報の秘密が厳守されること、発注権限を有する支店幹部社員のジョブローテーションが有効に機能することなどの前提が崩れると、協力会社に対する「継続的な取引関係」を担保にした通謀がなくなるという保証はなく、こうした窓口が画餅に帰する可能性も考えられる。 同様な懸念を抱かせる再発防止策に「ジョブローテーション等の実施」というものがある。 そこでは、責任者・発注権限者の定期的なジョブローテーションを掲げながら、次のように留保条件を附している。 この留保条件が、社員に対するメッセージなのか、顧客に対するものか、判断はつかないが、いずれにしても、例外を認めてしまえば、いつのまにかその例外が既成事実となり、当初に規定を作ったときの理念が霧消して再発につながるというのは、他社事例でもよく見られるところである。 * * * なお、第三者(外部)調査委員会による報告書では損益の修正が法人税等の申告に与える影響について言及されていないものがほとんどであるが(調査委員に税理士が加わっていないことが原因ではないかと考えられる)、本報告書にも、以下のような記載がある。 本件のような粉飾決算であれば、過年度に納め過ぎた法人税等について更正の請求を行うことが一般的である(損益や資金に与える影響はない)ことから、この報告で十分なのであろうが、不正会計事案によっては法人税等について修正申告が必要になるだけでなく、税務調査による重加算税の賦課決定処分なども考慮して報告しなければならない場合も考えられる。 このため第三者(外部)調査委員には、法人税・消費税などに関する知見も必要ではないかと思料する次第である。 (了)
林總の 管理会計[超]入門講座 【第12回】 「部門別計算の仕組みとそのワケ」 公認会計士 林 總 製造部門ごとの集計の流れ すべての費用を製造部門へ集めるワケ (了)