2023年8月17日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.531を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第122回】 「節税商品取引を巡る法律問題(その16)」 中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦 Ⅺ 金融教育としての租税リテラシー教育(承前) 2 金融経済教育研究会 (1) 金融経済教育研究会報告書 金融経済教育研究会は、平成25年4月30日に「金融経済教育研究会報告書」(以下「研究会報告書」という。)を発表した(※)。 (※) 金融経済教育研究会は、金融経済教育の現状を改めて把握するとともに、我が国における金融経済教育の今後のあり方について検討を行うこととして、平成24年(2012年)11月、金融庁金融研究センターに、有識者、関係省庁、関係団体をメンバーとして設置された。研究会報告書は、今後の金融経済教育の進め方について、知識の習得に加え行動面を重視するとともに、最低限習得すべき金融リテラシーを明確化し、関係者で共有を図るべきといった議論を踏まえ、とりまとめられたものである。 研究会報告書は、金融経済教育の意義・目的として、①生活スキルとしての金融リテラシー、②健全で質の高い金融商品の供給を促す金融リテラシー、③我が国の家計金融資産の有効活用につながる金融リテラシーの3つを掲げている。その中でも、①生活スキルとしての金融リテラシーについて、次のように報告している(下線筆者)。 ここでは、「金融商品を適切に利用選択する知識・判断力を身に付けること」の重要性を確認するとともに、「〔金融取引に関する〕習慣・知識・判断力をしっかり持って生活する力(生活スキルとしての金融リテラシー)の向上」を図ることができるような金融教育の必要性が謳われている。 まさに、研究会報告書が示すような「生活する力」、すなわち「生活スキルとしての金融リテラシー」の向上が重要だというわけである。 その上で、研究会報告書は、「『生活スキルとしての金融リテラシー』を身に付けることが金融経済教育の目的の一つであり、金融や経済についての知識のみならず、家計管理や将来の資金を確保するために長期的な生活設計を行う習慣・能力を身に付けること、保険商品、ローン商品、資産形成商品といった金融商品の適切な利用選択に必要な知識・行動についての着眼点等の習得、事前にアドバイス等の外部の知見を求めることの必要性を理解することが重要である」と指摘している。 (2) 最低限習得すべき金融リテラシーへのフォーカス化 上記のような金融教育の趣旨目的を確認した上で、研究会報告書は、「金融経済教育は、・・・学校段階、社会人・高齢者段階とも、金融経済教育に充てることができる機会・時間には制約があり、効率的・効果的に金融経済教育を推進するためには、推進体制の整備・・・と併せ、まずは最低限習得すべき金融リテラシーにフォーカスしていくことが重要」としている。 そして、生活スキルとして最低限身に付けるべき金融リテラシーを整理した上で、(a)家計管理、(b)生活設計、(c)金融知識及び金融経済事情の理解と適切な金融商品の利用選択、(d)外部の知見の適切な活用、の4分野にフォーカスすべきとしているのである(研究会報告書では、それらのフォーカスされた4分野に15の項目が示されている。)。 特に、ここでは、(c)金融知識及び金融経済事情の理解と適切な金融商品の利用選択について確認しておきたい。 まず、「金融取引の基本としての素養」として、「契約にかかる基本的な姿勢の習慣化」を挙げている。すなわち、「我が国の金融取引におけるトラブルの原因の一つは、入手した情報を吟味せず、あるいは、相手に言われるがまま、内容について自身で十分に理解しないまま取引(契約)してしまうこと、また、取引(契約)後も業者等に委ねたままとし、保有する金融商品を巡る状況の悪化等に気が付かないことである。」という。まさに、節税商品取引における問題と共通している問題点というべきであろう。 具体的には、次のような素養の重要性が指摘されている。 次に、「情報の入手先や契約の相手方である業者が信頼できる者であるかどうかの確認の習慣化」については、以下のとおりである。 また、「インターネット取引は利便性が高い一方、対面取引の場合とは異なる注意点があることの理解」として、次のように指摘する。 加えて(d)の「外部の知見の適切な活用」についても見ておこう。そこでは、次のように、金融商品を利用するに当たり、外部の知見を適切に活用する必要性の理解が重要であるとする。 このような、最低限身に付けるべき金融リテラシーについては、学校段階、社会人・高齢者段階のいずれにおいても、無駄や隙間を生じさせないよう、体系的に習得させることが、効率的・効果的な金融経済教育の推進にとって重要であろう。そこで、同報告書は、「体系的な教育内容のスタンダードの確立」を謳っている。 まさに、租税リテラシー教育においても同様のフォーカスポイントを吟味した上での体系的教育内容のスタンダードの確立が急がれるように思われるところである。 (続く)
谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第17回】 「国税通則法35条(34条~34条の7)」 -申告納税方式による国税等の納付- 大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫 国税通則法35条(申告納税方式による国税等の納付) 1 国税の納付の意義、方式及び手続 国税通則法は、「第2章 国税の納付義務の確定」に続き「第3章 国税の納付及び徴収」を定め、同章の中で「第1節 国税の納付」、「第2節 国税の徴収」及び「第3節 雑則」を定めている。今回は国税の納付についてその意義、方式及び手続を概説した後、特に申告納税方式による国税等(国税及び加算税)の納付(35条)について若干の検討を行うことにする。 国税の納付とは、国税に係る納税義務の確定に基づく当該納税義務の履行のうち納税者が任意に行うものをいう。ここでいう「納付」は「債務の弁済にあたる行為」(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1006頁)であり、納税義務の本来的な消滅原因である(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【104】【149】参照)。 国税の納付についていわれる「任意に」は、納税義務の履行が滞納処分等の強制手続によらないことを意味しており、税務官庁からの請求を前提としないことを意味する「自主的に」とは区別されるべき概念である。すなわち、国税の納付は、①納税者が税務官庁からの請求をまたずこれを行う場合と②納税者が税務官庁からの請求をまってこれを行う場合とに大別されるが(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)265頁参照)、ここでいう「税務官庁からの請求」は納税の告知(税通36条)の手続により行われるので、①の納付方式が自主納付方式と呼ばれるのに対して、②の納付方式は納税告知方式と呼ばれることがある(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])F1頁[村上義弘執筆]参照)。 国税の納付の方式を納税義務の確定の方式(第10回4参照)との関係で整理しておくと、①自主納付方式は、申告納税方式による国税(税通35条)及び自動確定方式による国税(同36条1項2~4号参照)について採用され、②納税告知方式は、賦課課税方式による国税(同項1号)について採用されている。ただし、加算税については納税義務の確定は賦課課税方式によるものとされている(税通16条2項2号)のに対して、納付は自主納付方式よるものとされている(同35条3項。36条1項1号括弧書参照)。また、自動確定方式による国税のうち源泉徴収等による国税、自動車重量税及び登録免許税については、法定納期限までに自主納付がされないときは、納税の告知がされるものとされている(税通36条1項2号~4号)。 なお、国税の納付の方式については、納税の告知を「行政下命」とみて、前記の①②をそれぞれ「行政下命をま[待]たずに自主納付するもの」と「行政下命をまって[待つて]納付するもの」と表現する解説(志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)432頁、[]内は武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)1841頁)もされているが、この解説は誤解を招くおそれがある。というのも、納税の告知を「行政下命」とすると、納税の告知が行政行為の分類上命令的行為ないし義務賦課行為のうち「下命」すなわち「相手方に対する一定の作為・給付または受忍の義務の発生を法効果とする行為」(芝池義一『行政法総論講義〔第4版補訂版〕』(有斐閣・2006年)127頁)に該当するかのように思われるかもしれないが、そうではなく、納税の告知については「その性質は、税額の確定した国税債権につき、納期限を指定して納税義務者等に履行を請求する行為、すなわち徴収処分」(最判昭和45年12月24日民集24巻13号2243頁)とみるべきものであるからである。しかも、徴収処分といっても、これにより「確定した税額がいくばくであるかについての税務署長の意見が初めて公にされるもの」(上掲最判。志場ほか共編・前掲書1090頁参照)であって、「その性質上実体的な行政処分(・・・・・・)に当たらないが、訴訟上の取扱いとして、行政処分性を認められる行為」すなわち「形式的行政処分」(芝池義一『行政救済法』(有斐閣・2022年)36頁。52頁も参照)であるからである。 最後に、国税の納付の手続については、以上でみた納税者による自主納付方式及び納税告知方式での納付だけでなく、国税の保証人又は第二次納税義務者による納付(税通52条1項、税徴32条1項)及び第三者の納付(税通41条1項)も含め、国税通則法34条1項が規定するところであり、その意味でこの規定は国税の納付手続に関する通則規定といってよかろう。 そこでは、金銭納付、有価証券納付及び電子納付が定められているが、一定の租税については印紙納付(税通34条2項)及び物納(同条3項)も定められているほか、国外納付者については納付用国内預金口座への払込納付(同条4項)も定められている。そのほか、口座振替納付ほか納付委託について多様な手続及び関連規定の整備により、納税者の利便性の向上を図るとともに弊害の防止のための厳格な諸措置が定めている(税通34条の2~34条の7)。 2 申告納税方式による国税等の納付 申告納税方式は国税においては納税義務の確定について(税通16条1項1号・2項1号)だけでなく、これと連動する形でその履行としての納付についても採用され(同35条1項)、両手続を併せて申告納税制度を形成している。 申告納税制度は、「およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきもの」(下線筆者)という「見地」(大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁)すなわち民主主義的租税観(金子・前掲書22頁、前掲拙著【14】)に適合した、民主主義国家における課税制度の理想型としてシャウプ勧告によって国税について広く導入された(金子・前掲書56頁、60頁、前掲拙著【121】参照)。 国税通則法はその制定に当たって、従来から申告納税制度の対象とされていた国税だけでなく新たにその対象とされた酒税・物品税等の間接税も含む国税の納付に関する通則規定として35条1項を定めるとともに、同条2項及び3項を定めたが、これらの規定によって「納税者の自主性を尊重する申告納税方式の建前を更正・決定の場合にも貫くこととし、また加算税については、本税について一切納税の告知を要しないこととしたのに伴つて、告知制度を廃止し、賦課決定通知書を発するのみで、自主的に納付すべきことに改められた。」(中川=清永編・前掲書F35頁[村上義弘執筆]。志場ほか共編・前掲書483頁、武田監修・前掲書1932頁も参照) こうして、申告納税方式による国税等の納付については、自主納付の期限として法定納期限(税通35条1項、2条8号)だけでなく具体的納期限(同条2項)が定められたのである。この点で、同じく自主納付方式が定められている国税でも、自動確定方式による国税については法定納期限しか定められていないのと異なる(なお、源泉徴収等による国税、自動車重量税及び登録免許税については納税の告知によって具体的納期限が設定される。税通36条1項2号~4号参照)。また、加算税の賦課決定がされるのは法定申告期限=法定納期限の経過後である以上、賦課課税方式による加算税の自主納付については、具体的納期限のみが問題になる(税通35条3項)。 (了)
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第29回】 「少額特例の適用を受ける課税仕入れの経理処理」 税理士 石川 幸恵 【Q】 令和5年度の税制改正において、経過措置として、少額特例(一定規模以下の事業者は1万円未満の課税仕入れについて、一定期間、適格請求書の保存を要しないとする制度。インボイスQ&A問108)が設けられました。少額特例を適用すれば、仕入先が免税事業者であっても仕入税額控除できますが、税抜経理方式を適用する場合、仮払消費税等の額はどのような扱いになるのでしょうか。 〔ポイント〕 新経理通達では、仮に法人が適格請求書発行事業者以外の者からの課税仕入れについてインボイス制度導入前のように仮払消費税等の額として経理した金額があっても、税務上はその仮払消費税等の額を取引の対価の額に算入して法人税の所得金額の計算を行うことを明らかにしています(新経理通達Q&A問1)。 国税庁より新経理通達の改正が令和5年6月20日付で公表され、その中で、少額特例の適用を受ける場合の仮払消費税等の額に関する経理処理についても明らかにされました。 * * * 【A】 免税事業者からの課税仕入れであっても少額特例の適用を受ける場合は、適格請求書発行事業者からの課税仕入れと同様に経理処理することとなります(新経理通達経過的取扱い(2))。 以下で、税抜経理方式により経理した場合の仕訳例により、免税事業者を含めた適格請求書発行事業者以外の者からの取扱いを(1)原則的な取扱い、(2)80%控除の経過措置の適用を受ける場合、(3)少額特例の適用を受ける場合に分けて比較、解説します。 (1) 原則的な取扱い インボイス制度導入後で免税事業者からの仕入れに係る経過措置(28年改正法附則52、53)の適用も終了した後は、税務上は適格請求書発行事業者以外の者(消費者、免税事業者又は登録を受けていない課税事業者)からの課税仕入れについて仮払消費税等の額はないこととなります。そのため、仮に法人が会計において仮払消費税等の額として経理した金額があっても、その金額を対価の額に含めて法人税の課税所得の計算を行うことになります(新経理通達Q&A問7、新経理通達14の2)。事例に当てはめると次のような取扱いとなります。 (例) 福利厚生目的で免税事業者が営む国内の店舗にて飲食を行い、110,000円を支払った場合 仮払消費税等10,000円として経理していますが、税務上は仮払消費税等の額はないので、法人税の課税所得の計算上、福利厚生費の額に算入することになります(新経理通達Q&A問7)。 この取扱いによる影響がわかりやすく顕れるのが、固定資産の取得です。適格請求書発行事業者以外の者から購入した固定資産につき、取得時に110分の10相当額を仮払消費税等の額として経理し、決算時にこの仮払消費税等の額を雑損失に振り替えても、法人税の課税所得の計算上は減価償却超過額として加算調整します(新経理通達Q&A問5)。 (2) 80%控除の経過措置(28年改正法附則52)の適用を受ける場合 上記(1)のとおり免税事業者からの課税仕入れについては仮払消費税等の額はないのですが、新経理通達には経過的取扱いが定められており、インボイス制度導入前の仮払消費税等の額の80%相当額を仮払消費税等の額として経理します(新経理通達3の2、経過的取扱い(2))。事例に当てはめると次のような取扱いとなります。 (例) 令和5年11月3日に免税事業者に修理代165,000円を支払った場合 仮払消費税等の額は165,000円 ×(10÷110)× 80% = 12,000円と計算されます。 (3) 少額特例の適用を受ける場合 免税事業者からの課税仕入れであっても少額特例の適用を受ける場合は適格請求書発行事業者からの課税仕入れと同様に経理処理することとなります(新経理通達経過的取扱い(2))。 (例) 令和5年11月3日に5,500円の消耗品を購入した場合 仮払消費税等の額につき、法人税の課税所得の金額の計算上、消耗品費に算入する必要はありません。 令和5年6月20日付で公表された新経理通達の改正で、経過的取扱い(2)にこの少額特例の適用を受ける場合が追加されました。 (了)
〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第11回】 「株式交付」 公認会計士 佐藤 信祐 13 株式交付 (1) 令和3年度税制改正の解説 『令和3年度税制改正の解説』664頁では、株式交付が現物出資の一形態であることから、包括的租税回避防止規定(法法132の2)の対象になることが明記されている。そもそも株式交付が現物出資の一形態であるということに疑問はあるものの、実務上は、包括的租税回避防止規定の対象になり得るという整理がなされている。 株式交付における課税繰延べは、M&Aを促進するために導入された制度であると説明されている(※35)。すなわち、政策的な理由で導入された制度であることから、株式交付がM&Aのために行われるのであれば、制度の濫用と認められる事案はそれほど多くはないはずである。さらに、財産評価基本通達に定められている相続税評価額を引き下げるための株式交付であっても、同通達6項に基づいて否認をすればよく、法人税の課税関係を修正する必要はない。 (※35) 小竹義範ほか「租税特別措置法等(法人税関係)の改正」『令和3年度税制改正の解説』661-662頁(令和3年)。 そう考えると、そもそも株式交付に対して包括的租税回避防止規定が適用される事案は稀であるはずであるが、あえて現物出資の一形態に含めるといった荒業を使ってまで包括的租税回避防止規定の範囲に含めた理由は、柔軟性の高い制度であることから、租税回避として濫用されやすいという懸念によるものであると考えられる。 そのため、本稿では、包括的租税回避防止規定が適用されるべき株式交付の手法について検討を行うものとする。 (2) 親族内取引 朝長英樹「第3回(最終回) 株式交付税制の検証-適用される法人税法の規定-」では、以下のように解説されている。 このような背景から、後述するように、令和5年度税制改正により、令和5年10月1日以後に行われる株式交付に対しては一定の規制が課されることになった。これに対し、令和5年9月30日以前に行われた株式交付に対する包括的租税回避防止規定の適用可能性について検討すると、会社法上、すでに子会社である法人の株式を追加取得するために株式交付の制度を利用することはできないことから(※36)、親族内取引で株式交付を行うことまで配慮した制度ではないといえる。すなわち、親族内取引については、制度趣旨に反した濫用的な取引が行われる可能性があり得るため、包括的租税回避防止規定についての検討がなされる可能性は否定できない。 (※36) 岩崎友彦ほか『令和元年改正会社法ポイント解説Q&A』位置No.2645-2650(Kindle)(日本経済新聞出版社、令和2年)参照。なお、会社法施行規則3条3項2号に掲げる子会社である場合において、同項1号に掲げる子会社にしようとするときは、株式交付の制度を利用することができる(同No.2656-2658)。 しかしながら、包括的租税回避防止規定は、制度趣旨に反しているだけで適用されるものではなく、税負担減少以外の事業目的や経済合理性を含めて判断されることから、仮に親族内の株式交付が制度趣旨に反するということになったとしても、それだけで包括的租税回避防止規定が適用されるということにはならない。 以下では、どのような取引に対して包括的租税回避防止規定が適用される可能性があるのかについて検討を行うものとする。 (3) 主要株主のみによる株式交付 ① M&Aにおける利用 M&Aにおいては、買収会社側が被買収会社の発行済株式の全部を取得するのではなく、100分の50を超える数の株式を取得するものの、少数株主には残ってもらいたいということも少なくない。そして、株式交付において、被買収会社の主要株主のみが株式交付に応じ、それ以外の株主が応じないことも考えられる。 このような手法は、株式交付の制度が導入された当初から想定されたものであると考えられるため、主要株主のみが株式交付に応じたことを理由に包括的租税回避防止規定を適用することはできない。 ② 親族内取引における利用 (ⅰ) 持株会社に株式を集約することにつき、事業目的がある場合 ただし、非上場会社における株主整理の一環として、特定の者(ex.親族)だけに持株会社となる会社の株主になってもらい、それ以外の者には子会社となる会社の株主のままでいてもらいたいといったニーズが存在する。 このような手法が租税回避に該当するのかといえば、持株会社となる会社に対して、子会社となる会社の株式を現物出資すれば同様の効果が期待できることから、現物出資のほうが株式交付よりも経済合理性が高いということであれば、租税回避に該当しそうである。 しかしながら、非上場株式を現物出資対象資産とする現物出資は、原則として、検査役調査が必要であり(会社法207①~⑧)、財産証明で代替できるとはいっても(会社法207⑨四)、そもそも引き受けてくれる弁護士、公認会計士及び税理士はそれほど多くはない。もちろん、募集株式の引受人に割り当てる株式の総数が発行済株式総数の10分の1を超えない場合には、検査役調査が不要であるとする特例はあるが(会社法207⑨一)、それほど軽微な株式交付を租税回避であるとして包括的租税回避防止規定を適用すべき事案は多くはないであろう。 すなわち、多くの事案において、現物出資よりは株式交付のほうが経済合理性が高く、かつ、検査役調査が不要な例外的な事案であっても、現物出資のほうが経済合理性が高いとする積極的な根拠も存在しない(※37)。そのため、多くの事案において、会社法上、株式交付よりも現物出資のほうが経済合理性が高いということにはならないため、包括的租税回避防止規定を適用すべき事案は稀であると考えられる。 (※37) 強いていえば、譲渡制限が付されていない公開会社であれば、取締役会決議のみで現物出資ができるという点が挙げられるが(会社法201①)、そもそも非上場会社では有利発行に該当しても問題がないように、譲渡制限が付されていない公開会社であっても、株主総会決議で募集株式等の発行を行おうとすることも考えられるため、必ずしも現物出資のほうが株式交付よりも経済合理性が高いということにはならない。 (ⅱ) 持株会社に株式を集約することにつき、事業目的がない場合 それでは、株式交付により持株会社となる会社に子会社となる会社の株式を集約することに事業目的がなく、子会社となる会社から行われる配当に対して受取配当等の益金不算入(法法23)を適用することが主目的であった場合はどうであろうか(※38)。 (※38) このスキームについて説明されているものとして、酒井真ほか「令和3年度の税制改正を踏まえた株式交付の活用方法」TAX LAW NEWSLETTER 46号8-10頁(森・濱田松本法律事務所、令和3年)、西村美智子「スタートアップ企業における株式交付制度の活用場面」参照。なお、このスキームに対して租税回避に該当するとする見解と該当しないとする見解をそれぞれ紹介しているものとして、「株式交付で『私的節税』」日本経済新聞2022年9月5日19頁参照。 この点については、前述のように、会社法上、株式交付よりも現物出資のほうが明らかに経済合理性が高いわけではないことから、現物出資を選択しなければならない理由もないため、現物出資ではなく株式交付を選択したことを理由として、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 また、持株会社が受取配当等の益金不算入を利用することにより、非課税で配当収入を得ていることについても、二重課税の排除という受取配当等の益金不算入の制度趣旨に反するものとはいえないことから、それだけで包括的租税回避防止規定を適用すべきではないと考えられる。 (ⅲ) 令和5年度税制改正 このように、親族内で株式交付を行ったとしても、それだけの理由で包括的租税回避防止規定を適用することは難しいと考えられる。このような背景から、令和5年度税制改正では、株式交付後に株式交付親会社が同族会社(非同族の同族会社を除く)に該当する場合には、株式交付子会社株式に係る譲渡損益を繰り延べる規定が適用されないことになった。そのため、令和5年度税制改正が適用される令和5年10月1日以降は、親族内で行われる株式交付を濫用的な手法であるとして包括的租税回避防止規定を適用することは、さらに難しくなったと考えられる。 (4) 株式交換の代替としての株式交付 ① M&Aにおける利用 (ⅰ) 株式交付を行ってから株式交換を行う場合 共同事業を行うための株式交換に該当しない場合には、株式交付により発行済株式総数の100分の50を超える数の株式を取得した後に、株式交換により100%子会社化をしようとする動機が働きやすい。 現金預金で株式を購入してから株式交換を行う場合と異なり、買収会社株式を交付する株式交付を行ってから、買収会社株式を交付する株式交換を行うのであれば、いきなり株式交換を行えばよいはずである。そのため、非適格株式交換に伴う時価評価課税(法法62の9①)を免れるという税負担の減少が主目的であると認められる場合には、株式交換税制の制度趣旨に反することから、包括的租税回避防止規定(法法132の2)が適用される可能性があるといえる(※39)。 (※39) 同様の指摘をするものとして、酒井ほか前掲(※38)7頁参照。 なお、買収会社株式を交付する株式交付を行ってから、現金預金を交付する株式交換を行うのであれば、一応は説明が付きそうであるが、取得請求権付種類株式を交付する株式交換により、株式交換完全子法人の株主に現金預金と買収会社株式のいずれかを選択させることができるため(※40)、買収会社株式の交付を受ける株主を限定したいなど、より積極的な理由が必要になると考えられる(※41)。 (※40) 相澤哲ほか『論点解説 新・会社法』676頁(商事法務、平成18年)参照。 (※41) 弁護士に確認したところ、特定の者のみを対象にする株式交付は可能であり、買収会社株式(株式交付親会社株式)を交付したい株主に対して株式交付を行い、キャッシュアウトをしたい株主に対して現金交付型株式交換又はスクイーズアウトを株式交付後に行うことも可能であるとのことである。そうなると、買収会社株式の交付を受ける株主を限定することは可能であり、かつ、そのための実務上のニーズも高い場合には、株式交付を行う事業目的があるといえる。そのため、そのような事業目的が税負担の減少目的よりも上位にあるのであれば、包括的租税回避防止規定を適用すべきではないということになる。なお、上記見解を裏付ける根拠を文献等で確認することはできなかったため、別途弁護士に確認していただきたい。 (ⅱ) 株式交付により100%子会社化をする場合 株式交付により発行済株式の全部を取得することは禁じられていないことから、株式交付により株式交付子会社を株式交付親会社の100%子会社にすることも可能であると解されている(※42)。すなわち、共同事業を行うための株式交換に該当しない場合には、株式交換ではなく、株式交付により100%子会社化をしようとする動機が働きやすい。このような場合には、非適格株式交換に伴う時価評価課税を免れるという税負担の減少目的が認められるため、租税回避に該当しそうである。 (※42) 酒井ほか前掲(※38)8頁。 ただし、株式交換と株式交付のいずれも選択可能である場合において、会社法上、株式交換を積極的に採用すべき理由もなく、いずれを採用したとしても不都合はないはずである。そのため、株式交換の代替として株式交付を利用したとしても、それだけでは租税回避に該当しないと考えられる。 ② 親族内取引における利用 親族内取引の場合には、支配関係が成立していることが多いため、株式交付後に株式を譲渡することが見込まれている場合(後述(5)参照)と従業者従事要件又は事業継続要件(法法2十二の十八ロ参照)を満たすことができない場合に、株式交換ではなく、株式交付を選択する動機が生じる。 このうち、従業者従事要件又は事業継続要件を満たせないことを理由に株式交付を選択した場合において、株式交付子会社が株式交付親会社の100%子会社になるときは、非適格株式交換に伴う時価評価課税を免れるという税負担の減少目的が認められるため、租税回避に該当しそうである。しかしながら、前述のように、会社法上、株式交換を積極的に採用すべき理由もなく、いずれを採用したとしても不都合はないことから、株式交換の代替として株式交付を利用したとしても、それだけでは租税回避に該当しないと考えられる。 (5) 株式交付後の株式譲渡 株式交換後に株式譲渡を行う場合には、支配関係継続要件(法令4の3⑲)を満たすことができないことから、原則として、株式交換完全子法人において時価評価課税の対象になる(法法62の9①)(※43)。 (※43) ただし、株式交換の直前に株式交換完全子法人と株式交換完全親法人との間に完全支配関係がある場合には、時価評価は不要とされている(法法62の9①)。 すなわち、①株式交換に伴う時価評価課税を免れるために株式交付を選択するということも考えられるし、②株式交付により受け入れた株式交付子会社株式の取得価額(措令39の10の2④)(※44)が譲渡価額よりも大きい場合には、株式交付子会社株式譲渡損を認識するために株式交付を行うという租税回避が考えられる。 (※44) 株式交付により株式交付子会社の株主から取得した当該株式交付子会社株式の取得価額は、次に掲げる場合の区分に応じそれぞれ次に定める金額(当該株式の取得をするために要した費用がある場合には、その費用の額を加算した金額)とするものとされている。 ただし、そもそも株式譲渡前に株式交換を行う理由は、売り手サイドで株主を整理しておくためであることが多く、株式交付のような株式を譲渡してくれない株主が生じ得る事案には馴染まないことから、上記①が問題になることはそれほど多くはないと考えられる。 また、上記②については、株式交付子会社の株主が保有する株式交付子会社株式の帳簿価額を株式交付親会社株式の取得価額に付け替えたうえで、株式交付親会社で株式譲渡損を認識していることから、含み損を維持しながら、コピーされた含み損を実現させているのに近い状態が生じていると考えられる。このような利用については、株式交付制度が想定したものではなく、かつ、株式交付を行う事業目的も認められないことから、包括的租税回避防止規定が適用される可能性があると考えられる。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第56回】 「納税資金対策としての自己株買い」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 西田 尚子 相談内容 私は、小売業を営む非上場会社A社の経営者Xです。A社では順調に利益が出ており、余裕資金もあります。私が所有するA社の株式は後継者である息子に相続させたいと考えており、顧問税理士に相続税の試算をしてもらったところ、A社の株価が10億円に上り、私の所有している金融資産2億円では納税資金が不足します。A社には余裕資金があるため、私の所有するA社株式を自己株買いさせて相続税の納税資金に充当することを考えています。 実際にA社で自己株買いを行う際の具体的な手続きや税務上の取扱いについて、事前に知っておきたいので教えてください。また、相続の前後で自己株買いに係る取扱いが異なると聞いたのですが、詳しく教えてください。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 自己株買いの会社法上の手続き (1) 概要 自己株式の取得ができる場合については、会社法上、列挙されていますが、今回のケースは、株主との合意により有償で取得する場合に該当します(会155①三)。株主との合意により取得する場合には、不特定の株主から取得する方法(ミニ公開買付)と、特定の株主から取得する方法があります。 なお、有償による自己株式の取得には剰余金の配当と同様の財源規制が設けられており、自己株式の取得により株主に対して交付する金銭等の帳簿価額の総額は、自己株式の効力発生日における分配可能額を超えることはできません(会461①)。 (2) 株主との合意による取得 不特定の株主から取得する場合には、あらかじめ株主総会の決議によって、取得する株式数、取得対価の内容及び総額、取得期間(1年以内)を定めておきます(会156①)。 そして、自己株式を取得する都度、取締役(取締役会設置会社においては取締役会)は、株主総会で定めた範囲内で、取得株数、1株当たりの取得対価、取得対価の総額、申込期日を定めて、全株主に通知しなければなりません(会157、158)。 通知を受け譲渡の申込みをしようとする株主は、会社に対し、申込みに係る株式数を明示します。通知を受けた会社は、申込期日において譲受を承諾したものとみなされ、自己株式の買取りを実行します(会159)。 (3) 特定の株主からの取得 特定の株主からの取得は、株主総会においてその特定の売主以外の株主による特別決議により行うことができます(会160①、309②二)。この場合において、定款に別の定めがある場合を除き、売主以外の株主に対して、売主追加請求権を付与しなければなりません(会160②③)。 (4) 相続人等からの取得の特例 非公開会社が、株主の相続人その他の一般承継人からその相続又は一般承継により取得した株式を自己株買いする場合には、その売主である相続人等を除いた株主による株主総会の特別決議により、他の株主に売主追加請求権を付与することなく自己株買いを行うことができます(会162)。 [2] 個人売主の課税関係 (1) みなし配当課税(原則) 個人株主が非上場株式をその発行会社に譲渡して、発行会社から対価として金銭その他の資産の交付を受けた場合、その交付を受けた金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額が、その発行会社の資本金等の額のうち、その交付の基因となった株式に対応する部分の金額を超えるときは、その超える部分の金額は配当所得とみなされて所得税が課されます(所法25)。配当所得とみなされた金額は総合課税の対象となる所得として確定申告の対象になり、他の所得と合算して累進税率が適用されます。 (2) みなし配当課税の不適用(特例) 相続又は遺贈により財産を取得して相続税を課された個人が、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、相続税の課税の対象となった非上場株式をその発行会社に譲渡した場合には、株式の譲渡対価として発行会社から交付を受けた金銭の額が、その発行会社の資本金等の額のうちその譲渡株式に対応する部分の金額を超えるときであっても、その超える部分の金額は配当所得とはみなされません(措法9の7)。 発行会社から交付を受ける金銭の全額が株式の譲渡所得に係る収入金額となり、収入金額から譲渡した非上場株式の取得費及び譲渡に要した費用を控除して計算した譲渡所得金額に対して税率15.315%の所得税(復興特別所得税を含みます)及び5%の住民税が課されます。 (3) 特例を受けるための手続き 上記(2)の特例の適用を受けるためには、非上場株式を発行会社に譲渡する時までに、発行会社に対して、特例を受ける旨及び相続税額や譲渡株数など一定の事項を記載した「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書(譲渡人用)」を提出する必要があります。 届出書の提出を受けた発行会社は、その譲受株数や1株当たりの譲受対価の額など一定の事項を記載した「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書(発行会社用)」を、受け取った届出書とあわせて、株式を譲り受けた日の属する年の翌年1月31日までに、発行会社の所轄税務署長に提出しなければなりません(措令5の2)。 (4) 取得費加算の特例 相続又は遺贈により財産を取得して相続税を課された個人が、相続の開始があった日の翌日から相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までの間に、相続税の課税対象となった資産を譲渡した場合には、その相続税額のうち譲渡をした資産に対応する部分の金額を取得費に加算して、譲渡所得の金額を計算することができます。 ただし、加算される金額は、この加算をする前の譲渡所得金額が限度となります(措法39、措令25の16)。 この特例の適用を受けるためには、確定申告書に次の書類を添えて提出する必要があります。 [3] 発行法人の課税関係 (1) 法人税上の取扱い 上記[2](2)により、自己株式の取得の際に個人に対するみなし配当不適用の特例が適用される場合であっても、発行会社の法人税の計算上は、みなし配当に相当する金額を利益積立金額から減少させます(法令8①二十、23①六)。 (2) 源泉徴収 自己株式の取得時までに上記[2](3)の「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書(譲渡人用)」を受け取った場合には、譲受対価支払いの際にみなし配当課税は行いませんので、配当に対する源泉徴収は不要です。 [4] 結論 Ⅹの場合には、概算相続税6億円に対して所有する金融資産が2億円ですので、相続税の納税資金が不足しています。 不足する納税資金を自己株買いで準備する場合に、自己株買いを行うタイミングが相続後であれば会社法及び税務上の特例が適用できます。 Ⅹのように財産に占める非上場株式の割合が高く、納税資金対策が必要な場合には、生前からA社の給与や配当の所得税を支払いながら納税資金を貯めることも考えられますが、相続後に自己株買いを行うことにより、税務上の特例を適用して所得税及び住民税を抑えることができます。いざというときのために、予め必要手続きを確認しておかれるとよいでしょう。 実際の具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第28回】 「〔第1表の1〕事業承継に伴い株式を移転する場合の 配当還元価額の適用の可否」 税理士 柴田 健次 Q A社の代表取締役である甲は、現在65歳であり、5年後に代表権の移譲を検討しています。後継者は親族外の役員でA社の取締役である乙又は丙のいずれかに代表権を移譲する予定です。甲は、乙に60株、丙に30株のA社株式をそれぞれ額面(1株50,000円)で売却を行いました。 発行済株式総数は200株であり、1株につき1議決権を有しているものとします。 A社の資本金は10,000,000円であり、全て甲が出資したものとなります。 乙は甲及び丙の同族関係者には該当しません。 甲が乙及び丙にA社株式を譲渡したことに対して、甲、乙及び丙の課税関係はどのようになりますか。 なお、甲は、乙及び丙に株式を譲渡した後も代表権を有しており、譲渡後においても甲は、引き続き会社の意思決定を行っています。 A社株式の1株当たりの類似業種比準価額と純資産価額等は次の通りです。 なお、A社の会社の規模区分は大会社に該当し、A社は特定の評価会社には該当しません。 A ■甲の課税関係 乙及び丙への株式の譲渡については、譲渡対価を基に譲渡所得の計算を行うことになります。1株当たりの譲渡損益は0円(50,000円-50,000円)であるため、課税関係は生じないことになります。 ■乙の課税関係 乙が著しく低い価額で株式を譲り受けた場合には、時価と対価との差額については贈与税課税の対象となりますが、この場合の時価は、乙にとっての時価となりますので、配当還元価額となります。乙は配当還元価額以上で株式を譲り受けていますので、贈与税の課税問題は生じることはありません。 ■丙の課税関係 乙と同様になります。 ◆ ◆ ◆ ① 個人から個人に対して譲渡した場合の売主の課税関係 個人から個人に対して資産を譲渡した場合には、法人への低額譲渡(所法59①)のようにみなし譲渡の適用はありませんので、現実に収受した対価の額を基に譲渡所得の計算を行うことになります。なお、時価の2分の1未満の金額で個人に対して資産を譲渡した場合には、譲渡損失はなかったものとみなされます。(所法59条②、所令169)。 本問の場合には、1株当たりの譲渡対価は50,000円、1株当たりの取得価額も50,000円(10,000,000円/200株)となり、譲渡損益は0円であるため、課税関係は生じないことになります。 ② 個人から個人に対して譲渡した場合の買主の課税関係 個人が著しく低い価額の対価で財産の譲渡を受けた場合には、その財産の譲渡があった時に、譲渡を受けた者が、譲渡対価と譲渡があった時におけるその財産の時価との差額に相当する金額を譲渡した者から贈与により取得したものとみなされます(相法7)。 この場合における時価は、財産評価基本通達を基にその算定がなされます。これは、個人間の売買においては、所得税法59条1項の適用がなく、相続税法22条は、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価による旨を定め、財産評価基本通達1項(2)(時価の意義)では、「財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(中略)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。」とされているため、相続税法7条の時価は、原則として、財産評価基本通達に基づき算定されることになります。 したがって、財産評価基本通達8章1節(株式及び出資)に基づき、非上場株式の時価算定を行う必要がありますが、財産評価基本通達の定めにより評価をすることが著しく不適当と認められる場合には、財産評価基本通達6項(以下、「総則6項」という)の定めにより、国税庁長官の指示を受けて評価するものとされています。 本問の場合には、特例的評価方式である配当還元価額が時価として認められるか否かが問題になりますが、まず形式要件である株主判定を財産評価基本通達8章1節(株式及び出資)に基づき行い、次いで実質要件である総則6項の定めに該当しないかどうかを確認することになります。 配当還元価額の適否についてまとめると、下記の通りとなります。 【配当還元価額の適用フローチャート】 ③ 個人間売買が行われた場合における買主の株主判定(形式要件) 乙及び丙の株主判定は、取得後の議決権数に基づき、下記の通り行うことになります。 【同族株主がいる場合の株主判定の手順】 ◎用語の意義と当てはめ ▷同族株主 課税時期における評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数がその会社の議決権総数の30%以上(その評価会社の株主のうち、株主の1人及びその同族関係者の有する議決権の合計数が最も多いグループの有する議決権の合計数が、その会社の議決権総数の50%超である会社にあっては、50%超)である場合におけるその株主及びその同族関係者をいいます(評価通達188(1))。本問の場合には、取得後で株主判定を行うことになりますので、甲は同族株主に該当しますが、乙及び丙は同族株主には該当しません。 ▷同族関係者 法人税法施行令4条(同族関係者の範囲)に規定する特殊の関係のある個人又は法人をいいます(評価通達188(1))。 ◆本問の場合における株主判定 筆頭株主グループの議決権割合は50%超となり、50%超の区分に該当することになります。乙及び丙は、取得後の議決権割合は、50%未満となりますので、特例的評価方式(配当還元価額)が適用される株主に該当することになります。 したがって、配当還元価額(25,000円)以上の対価で取得していれば、原則的には、贈与税の課税問題は生じないことになります。 ④ 総則6項の定め(実質要件) 総則6項を適用し、財産評価基本通達によらない評価を行う場合には、特別の事情が必要になります。財産評価基本通達に定められた評価方法を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことによって、かえって実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど、この評価方法によらないことが正当と是認されるような特別な事情がある場合には、他の合理的な方法により評価をすることが許されるものと解されています。 したがって、形式的には配当還元価額が適用できる場合においても、配当還元価額を適用することで、租税負担の公平を著しく害することが明らかである場合などの特別の事情がある場合には、総則6項により配当還元価額は否認されることになります。 東京地裁平成17年10月12日判決(TAINSコード:Z255-10156)は、配当還元価額を多少上回る評価額による譲渡がみなし贈与に該当するか否かが争われ、みなし贈与には当たらないとされた事件ですが、配当還元価額の趣旨を下記の通り、判示しています。 上記の配当還元価額の趣旨から、配当を受領することに限られる同族株主以外の株主であれば、配当還元価額は認められることになりますが、株式取得後において、事業経営に実効的な影響力を与え得る地位を得ている株主に該当していると認定されれば、同族株主以外の株主であったとしても、特別な事情があるとされ、配当還元価額は認められないことになります。 本問の場合には、株式取得後においてなお甲が実効的な支配を有し、乙又は丙は実効的な支配を有しているとは認められませんので、配当還元価額は認められることになります。 ☆実務上のポイント☆ 低額譲受に該当するかどうかの時価は、財産評価基本通達を基に計算することになりますが、配当還元価額の適用にあたっては、実効的に会社を支配している株主であるかどうかの着眼点も含めて検討する必要があります。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第89回】 「りそな外国税額控除否認事件」 ~最判平成17年12月19日(民集59巻10号2964頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第22回】 「住友銀行外税控除否認事件 -受益者条項からみたケース別否認類型の検討- (地判平13.5.18、高判平14.6.14、最判平17.12.19)(その1)」 ~法人税法69条ほか~ 税理士 畠山 和夫 1 はじめに 外税控除余裕枠を利用することを目的とした海外取引について、課税庁から租税回避として否認された事件が昭和63年から平成6年の間に関西系の都市銀行三行(住友、大和、三和の各銀行)(※1)により行われた(以下「三行外税事件」という)。これらの事件は、外国の法人が投資資金移動のための資金貸借契約を行った際、借入法人の所在国がその利払いに対し源泉税を徴収するが、外税控除枠に余裕のある日本の金融機関を介在させてその徴収された源泉税を日本の税源から取り戻すスキームが考案され実行されたものである。このような租税回避的なスキームでは、日本の税源から支払われた外税控除の還付額が日本から海外に流出し、このスキームを仕組んだ外国のアレンジャー、外国の投資会社、日本の金融機関に分け取りされたもので、外国に流出したものは2度と日本の税源に還流することはない。 (※1) 三行はそれぞれ現在の三井住友銀行、りそな銀行、三菱UFJ銀行となっている(以下、略称として「S銀行」、「D銀行」、「W銀行」という)。 上記の三行外税事件に関する判例について、我が国の裁判では日本国内法の法人税法69条等の解釈論として、「課税減免規定の立法趣旨による限定解釈」又はその延長線上の「制度濫用法理」が採用された。 三行外税事件は国際的な租税回避事案でありながら、租税条約や外国の法令違反が問題となり得るにもかかわらず、その裁判所の判断は、納税者、課税庁が行った主張・立証に基づき、我が国の租税法規(法人税法69条等)の解釈に絞って行われた。確かに訴訟手続き上、弁論主義の制約として裁判所は当事者の主張しない事実を判決の資料として採用することができないし(民事訴訟法246条、247条)、また審級上の制約として上告審は法律審として事実に関する審理を行うことができない(民事訴訟法321条)。本件S銀行外税控除否認事件(以下「S銀二事件」という)に関しては、そのような弁論主義や審級上の制約のある判例に対する評価としてではなく、外税控除余裕枠利用スキーム自体の理論的な否認類型を検討するものである。ついては、本稿ではその租税回避のスキームのケースを3つに分けて、できる限り法令の解釈論よりも事実認定を重視し、我が国内法のみならず国際法規(条約や源泉地国法令)も含めて、ケースごとに最適と思われる否認の論理構成を検討したい。 2 日本の外税控除余裕枠肩代わりスキーム 【一般スキーム図(三行外税事件を一般化した想定図)】 三行外税事件に共通するのは、上記❶本来の取引(投資循環)と❷外形の取引(金融循環)の2本の資金の流れがあることである。❶の資金の流れは、本来の投資資金の調達と運用の流れであり、❷の資金の流れは、P⇒Cの資金貸付取引の利息にかかる源泉税負担をB銀行に肩代わりさせるために作り出したものである。PC間で行われる❶❷の往復資金移動は、第一にC源泉地国での源泉税減免申請のため、第二にB居住地国での外税控除適用のため、Cの支払利子の受益者(≠受領者)がPではなくBであるという外観を作出する必要があったために行われたものである。すなわち、資金がX⇒P⇒B⇒C⇒Yに流れたという外観を作らなければならないために、PC間で行われる❶❷の往復資金移動は、貸借取引ではなく為替取引による資金移動となるように為替スワップ契約をPC間で締結し、❶❷の往復資金移動を簿外処理してしまうことになる。なお、本件S銀二事件においては、❷外形の取引(金融循環)がBC間の貸付取引ではなく、PB間の手形債権又は貸付債権の譲渡として行われているが、資金がX⇒P⇒B⇒C⇒Yに流れたという外観が作出された点は同様である。 3 S銀二事件の事実及び背景 (1) S銀二事件の事実の概要 ① 案件Ⅰ:P事件(メキシコ国源泉税事件) アメリカを納税地とするP社は、メキシコに設立した子会社であるS社を通じて、メキシコに所在するメキシコ最大のクッキーメーカーE社の株式70%を買収する際、この資金として平成2年10月にUS$XXXをS社に融資した。S社は、金利を8.16%とする同額の約束手形をP社に振り出し、その返済に充てた。この際、P社が受け取る貸付金利息に対して、メキシコ国の税制上、源泉税35%(限界税率)が課されることとなっていたが、外国銀行等が融資した場合の貸付利息に対しては源泉税が軽減され15%となる。そこで、P社はS銀行ニューヨーク支店に対して本件手形譲渡契約を申し出た。 ② 案件Ⅱ:R事件(オーストラリア国源泉税事件) H社(スイスのセメントメーカー)は、平成2年10月、Q社(オーストラリアのセメントメーカー)を買収するに当たり、オランダにおいてR社を、オーストラリアにおいてK社をそれぞれ設立したうえ、Q社の買収資金として、R社を経由してK社にAU$XXXを送金して支払った。その際、H社からR社に対しては、全額を貸付金とし、R社からK社には、そのうちのAU$XXXを貸付金とした。この時R社がK社から受け取る貸付金利息に対してオーストラリア国の源泉税10%が課されるが、H社は、その源泉税を外税控除を利用することのできる外国銀行を利用して回収しようと意図して、日本で外税控除枠に余裕のあるS銀行ロンドン支店に、R社がK社に対して有する貸付金債権のうちAU$XXXを譲渡する旨を申し出た。 (2) S銀二事件共通の取引条件ポイント(記号は前掲の【一般スキーム図】による) ① 預担取引 金融循環として、BからCへの融資の見返りとしてPはCから受け取った資金(元はといえばBの融資金)をBに担保定期預金として預ける。すなわち、Bは融資と預金を両建てするため資金調達は不要となり、貸付金/預金の振替仕訳伝票処理のみ行う。したがって、Bにとって与信リスクのないペーパー取引となる。 ② 両建利払 金融循環として、BはCから貸付利息を受け取り、同時にPに対し預金利息を支払う。両者の利率差額又は別途受け取る取引手数料がBの収入となるが、この収入は受取利息から天引きされるC国源泉税を賄うことはできないので、Bにとって逆鞘(損失)取引となる。 ③ 解除条件 上記の逆鞘(損失)は、後日Bが確定申告で外税控除余裕枠を使って日本の国税から税額控除により回収することが予定されている。しかし、もしBの外税控除が日本の課税庁から否認された場合は、本件金融循環取引は契約で中途解約可能な解除条件が付されている。したがって、Bにとっての課税当局からの否認リスクは軽減される。 4 主な課税減免規定の適用否認事由に関する争点整理 (1) 否認事由の項目例示 (2) 主な否認事由の争点整理 ① 1 私法上の仮装行為 (ⅰ) 意義 民法93条(心裡留保)、民法94条(虚偽表示)による私法上及び税法上の無効な行為のこと。 (ⅱ) 裁判所の判断 三行外税事件とも課税庁は、原告銀行の租税回避行為を「虚偽表示」として更正処分を行い、審査請求又は裁判で否認理由として主張したが、いずれも裁決及び裁判で課税庁の「虚偽表示」の主張は採用されなかった。 ② 2 私法上の法律構成による否認 (ⅰ) 意義(中里実『タックスシェルタ-』有斐閣(2002)224頁を筆者要約) (ⅱ) 裁判所の判断 三行外税事件とも課税庁は、原告銀行の租税回避行為を「私法上の法律構成による否認」を主位的主張として主張したが、いずれも裁判で採用されなかった。 ③ 7 狭義の課税減免規定の限定解釈 (ⅰ) 意義(金子宏『租税法(第13版)』弘文堂(2008)113~114頁より筆者要約) (ⅱ) 課税減免規定の限定解釈を適用するための4要素 (ⅲ) 大阪地方裁判所の判決(課税庁敗訴、筆者要約) (ⅳ) 大阪高等裁判所の判決(課税庁逆転勝訴、筆者要約) a.課税減免規定の限定解釈の許容性 b.法人税法69条の「納付することとなる場合」の限定解釈 (ⅴ) 最高裁判所の判断(課税庁勝訴確定) 最高裁上告不受理となったため大阪高裁の判決が確定した。 本件S銀行の上告不受理決定は、D銀行上告認容判決と同時に行われた。 これは「上告認容+不受理決定」のケースと思われる。すなわち、複数の上告事案について高裁の判断が分かれている場合、高裁の判決を変更する方を受理して(D銀行高裁判決は納税者勝訴)、高裁の判決を維持する方(S銀行高裁判決は課税庁勝訴)は上告不受理とすることが多い。 ④ 8 制度濫用理論:D・W銀行事件の最高裁判決(破棄自判) (ⅰ) 最高裁判所の判旨(筆者要約) a.制度の趣旨・目的 b.制度の濫用 (ⅱ) 制度の濫用論の位置付け D銀行事件及びW銀行事件の最高裁判決は、S銀行事件の高裁判決で採用された「課税減免規定の限定解釈」の理論の延長線上にあると言われるものの、従来の租税法規の解釈論である「文理解釈」及び「目的論的解釈」には該当しない新たな解釈法理として「制度の濫用」を理由とする否認を行った。このような「制度の濫用論」についての先行事例はないことから本判決の否認法理の理論的根拠は明らかにされていない。 (3) 7 狭義及び8 広義(制度濫用理論)の課税減免規定限定解釈に関する賛成反対意見 ① 外税控除制度の立法根拠 (ⅰ) 【恩恵説(限定解釈賛成論)】課税減免規定限定解釈に関する賛成意見 外税控除は、納税者に恩恵的に与えられる。S銀行事件控訴審、D・W銀行事件上告審の判決の立場。 (ⅱ) 【制度的保障説(限定解釈反対論)】課税減免規定限定解釈に関する反対意見 外税控除は、条約順守・平等主義により憲法上保障される。 ② 【恩恵説(限定解釈賛成論)】の論拠 (ⅰ) 中里実『タックスシェルター』有斐閣(2002)230~231頁(筆者要約) (ⅱ) 今村隆『租税回避と濫用法理』大蔵財務協会(2015)129頁(筆者要約) ③ 【制度的保障説(限定解釈反対論)】の論拠 (ⅰ) 水野忠恒『租税法 第3版』有斐閣(2007)534、535頁(筆者要約) (ⅱ) 村井正『国際金融革命と法(第3巻)』関西大学法学研究所(2005)119頁(筆者要約) ④ 本件への当てはめ 【恩恵説】は、外税控除制度を「制度の趣旨目的に基づく国家よりの恩恵的制度」であることを前提としているが、その前提が覆ればその論拠を失うことになる。 この【恩恵説】に対しては、【制度的保障説】という強力な反対説があり、またその否認法理の理論的根拠は判例において明らかにされていないため適用基準が不明確なこともあり、【恩恵説】を今後とも維持することは困難と思われる(そのために、法人税法69条、同施行令142条の2等が改正されたのではないか)。 (4) まとめ 以上、主な課税減免規定の適用否認に関し我が国の租税法規の解釈に絞った租税回避否認事由についての争点1、2、7、8の整理を行ったが、次いで国際法令の解釈による否認事由3について検討する。 ① 国際的租税回避を否認する法的根拠として租税条約の定めの位置付け(川端康之「租税条約上の租税回避否認」税大ジャーナル第15号(2010)2頁より筆者要約) ② 本件への当てはめ S銀二事件についても租税回避の否認に際して租税条約との関係が問題となり得ると思われるので、次回、本件事案を3つのケースに分けて、ケースごとに最適と思われる否認の理論構成を行うことにする。 ((その2)へ続く)
リース会計基準(案)を学ぶ 【第3回】 「リースの識別」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、リースの識別について解説する。 リース会計基準(案)における「リースの識別」は、「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)では置かれていなかった規定である(リース適用指針(案)BC144項)。 「リースの識別」の規定にしたがって、契約がリースを含むか否かを判断することになるので、当該規定は、リースに関する会計処理を行うにあたって重要なプロセスであると考えられる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 契約の締結時におけるリースの識別 リース会計基準(案)では、「リース」を次のように定義している(リース会計基準(案)5項)。 このように、「リース」とは、「契約又は契約の一部分」とされており、リースの識別の判断に際しては、契約の締結時に、契約の当事者は、当該契約がリースを含むか否かを判断するとされている(リース会計基準(案)23項)。 リースの識別に関する規定の概要は次のとおりである(リース会計基準(案)23項~28項、リース適用指針(案)5項~14項)。 Ⅲ リースの識別の判断 契約がリースを含むか否かを判断するにあたり、契約が特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場合、当該契約はリースを含むとされている(リース会計基準(案)24項)。 つまり、契約は、①資産が特定され、かつ、②特定された資産の使用を支配する権利を移転する場合にリースを含むと判断される(リース会計基準(案)24項、リース適用指針(案)5項)。 このため、リースの識別の判断に際しては、次の2つを理解することがポイントになると考えられる。 1 資産が特定されているかどうかの判断 資産は、通常は契約に明記されることにより特定される(リース適用指針(案)6項)。 ただし、資産が契約に明記されている場合であっても、次の(1)及び(2)のいずれも満たすときには、サプライヤーが当該資産を代替する実質的な権利を有しており、顧客は特定された資産の使用を支配する権利を有していないとされている(リース適用指針(案)6項)。 リースの識別において、「借手」及び「貸手」の用語を使用せずに「顧客」及び「サプライヤー」という用語を使用しているのは、リースの識別の判断の段階は契約がリースを含むか否かを判断する段階であり、契約がリースを含まない場合があるためである(リース適用指針(案)BC8項)。 「顧客」及び「サプライヤー」は、リースを含む場合には、それぞれ「借手」及び「貸手」に該当することになる(リース適用指針(案)BC8項)。 2 資産の使用を支配する権利が移転しているかどうかの判断 顧客が、特定された資産の使用期間全体を通じて、①資産の使用から生じる経済的利益のほとんどすべてを享受する権利を有し(リース適用指針(案)5項(1))、かつ、②資産の使用を指図する権利を有する場合(リース適用指針(案)5項(2))、資産の使用を支配する権利が移転する(「[設例1]リースの識別に関するフローチャート」の(2))。 リース適用指針(案)では、特定された資産の使用期間(リース適用指針(案)4項(1))全体を通じて、次の①及び②のいずれも満たす場合、当該契約の一方の当事者(サプライヤー)から当該契約の他方の当事者(顧客)に、当該資産の使用を支配する権利が移転していると規定している(リース適用指針(案)5項、BC8項)。 3 使用を指図する権利 「使用を指図する権利」に関して、顧客は、次の(1)又は(2)のいずれかの場合にのみ、使用期間全体を通じて特定された資産の使用を指図する権利を有している(リース適用指針(案)8項)。 4 その他の留意事項 「リースの識別」の規定の適用により、これまで「リース取引に関する会計基準」(企業会計基準第13号)により会計処理されていなかった契約にリースが含まれると判断される場合があると考えられている(リース適用指針(案)BC144項)。 リース会計基準(案)等の開発に際して、次の契約についても審議されたが、いずれの契約においてもサービスの要素を区分した後に、リースの定義を満たす部分が含まれる場合があるとし、当該部分についてリースの会計処理を行うことについて記載されている(リース会計基準(案)BC26項)。 「設例」では、「[設例3]小売区画」、「[設例5]ネットワーク・サービス」の例などが示されている。また、「Ⅱ.借手のリース期間」の設例であるが、普通借地契約及び普通借家契約に関する例も示されている。 前述のとおり、リースの識別の判断に際しては、多くの要件を検討する必要がある。リース適用指針(案)では、「[設例1]リースの識別に関するフローチャート」を設けており、リースの識別の判断に資するように工夫されている。リース会計基準(案)を実務に適用する際には、当該フローチャートを利用することが便利であると考えられる。 (了)