〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第24回】 「売り手企業に対する見方の失敗」 ~失敗事例から学ぶ回避策~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの売り手を見る際の留意点を知る。 売り手企業 ⇒M&Aによる統合後の失敗を回避するためのヒントを得る。 支援機関(第三者) ⇒売り手に対する見方のポイントと留意点を知りM&Aの助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒売り手に対する視点を通じて対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。 中小企業における事業承継の手段として活用されるケースを含めて、M&Aの浸透度は中小企業においても高まっています。 一方で、統合後にリスクが顕在化する可能性もあるため、ブームだから、M&Aが手段として有効に考えられそうだから、といった理由だけではM&Aを安易に選択できません。特に、買い手は、資金を出して売り手を譲り受ける大きな投資をしますので、売り手に対する見方の失敗を避けたいところです。 そこで今回は、中小企業M&Aにおいて、買い手が対売り手の見方を誤る可能性といった観点から、売り手に対する見方の留意点を考えます。 〈ケース1〉価額は安いが統合後のコストは高かった 程度の多少はありますが、中小企業のM&Aでは、比較的想定される事態の1つです。 M&Aの買い手は、売り手の魅力、シナジー効果、買い手にない事業などに期待してM&Aを検討しますが、やはり、譲渡価額が買い手の判断に影響するのは言うまでもありません。安いと思って、価額以外の要素をよく見ないで決断してしまうと、M&Aをしてから痛い目を見る可能性があります。 たとえば、 といった事項について、M&A後を見据えて、M&Aの検討段階から備えておかなければなりません。 M&Aによって、偶発債務や簿外債務がM&A後に顕在化する恐れを考慮して、「中小企業事業再編投資損失準備金」制度が創設されたのは記憶に新しいところです。 中小企業事業再編投資損失準備金制度について、詳しくは、以下の拙稿をお読みください。 このように、M&Aの失敗は、譲渡価額に目を奪われる隙に、他の重要な事項を見落とすことで起こり得る点に留意します。 〈ケース2〉M&Aに耐え得る能力が買い手になかった どちらかというと、買い手の売り手に対する見方というよりも、買い手自身の能力不足が招いてしまったケースですが、〈ケース1〉と同様に、このケースも程度の多少はあっても中小企業のM&Aでは比較的見られるものです。 買い手の文化は、買い手自身の中で時間をかけて育ててきたものですから、経営方針をはじめとして浸透しきっていますが、新たに加わる売り手は、売り手の文化の中で育っています。ですから、途中から買い手のグループに加わっても、売り手の文化がすぐに消えるわけはなく、買い手主導にするには相当な腕が必要になります。 ところが、通常、中小企業のM&Aでは、買い手の社内にM&Aに精通した経験者がいるのは稀ですから、簡単には売り手をコントロールできません。結果として、売り手を放置せざるを得ず、何のためのM&Aだったのか、と後悔する場合がないわけではありません。 一例ですが、下記の手段の1つか複数を講じることで、M&Aの失敗を回避できる可能性が高まります。 たかがM&A、1社加わるだけではないか、などとは思わずに、買い手自身に対する見方も、売り手に対する見方も疎かにしないのが、M&Aの成否のコツでありポイントです。 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例36】 「隣地の使用等に関する民法改正」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 隣地の木の枝が境界線を越えて伸びており困っています。隣家の方に枝を切るようにお願いしていたのですが、枝を切り取ることなく引越しをされ、隣家は空き家となっています。 隣家の方は「自分としては対応したい気持ちはあるけれど、樹木の他の共有権者の意見を聞いてみないと対応できない。」といって、対応してくれない状況が続いていました。このような場合に、私の判断で枝を切り取ることはできるでしょうか。 1 相隣関係に関する民法の改正と施行時期 主として所有者不明土地問題に対応するための民法等の改正が行われ、令和3年4月28日に公布された。改正の範囲は、民法だけを見ても、相隣関係、共有制度、所有者不明土地・建物管理制度、管理不全土地・建物管理制度、相続制度に及ぶ広範なものとなっている。これらの改正の中には、空き家問題の対応に役立つものも含まれている。 改正された民法等は原則令和5年4月1日から施行されることになっているが、本連載では、改正法を前提として説明をする。なお、便宜上、改正前の民法を「改正前民法」と表記し、改正後の民法を「改正後民法」と表記する。 2 隣地の使用に関する改正 (1) 隣地の使用権への変更 所有権者は自由に所有物の使用、収益、処分をすることができるが、民法には、土地の所有権者間の相互の利用を調整するための「相隣関係」が規定されており、その中に隣地の使用に関する規定がある。 改正前民法第209条第1項は、境界等において建物等を築造・修繕するために必要な範囲で「隣地の使用を請求することができる」旨規定していた。これに対して、改正後民法第209条第1項は、「隣地を使用することができる」と改め、承諾を請求する権利から隣地を使用する権利(以下「隣地使用権」という)に法的性質を変更した。つまり、民法の規定する実体的要件を満たすことによって、所有権者は隣地使用権を当然に取得するということになる。 もっとも、隣家が住家の場合、隣家の所有権者のプライバシー等を保護する必要がある。改正前民法第209条第1項ただし書は、隣地使用が住家への立入りを伴う場合、「隣人の承諾」を要件としていたが、改正後民法でも同趣旨の規定が設けられている。改正後民法第209条第1項ただし書では、「住家については、その居住者の承諾がなければ」と改めており、隣地の所有者や隣地上の建物所有者が居住していない場合には、住家には当たらないため承諾を得る必要のないことが明らかにされている。 (2) 隣地を使用できる場合の明確化 改正前民法第209条第1項は、隣地使用を求めることのできる場合を、境界等において建物等を築造・修繕する場合に限定しているかのように読める規定となっていた。しかし、これ以外の場合でも隣地を使用する必要があったため、改正後民法第209条第1項では、上記の場合(同項第1号)のほかに、境界標の調査又は境界に関する測量(同項第2号)、民法第233条第3項の規定による枝の切取り(同項第3号)を行う場合も規定し、隣地使用権が認められる場合の明確化を図った。 なお、同項第3号の場合は、隣接する土地間に高低差があり、枝を切り取る場合に、隣地に入って作業する場合が念頭におかれたものとされている。 (3) 手続的要件としての通知 上記(1)のとおり、民法第209条第1項の法的性質が隣地使用権に変更されたため、隣地の使用を希望する所有権者は、同項の要件を満たすことによって隣地使用権を取得し、権利を行使できることになるはずである。しかし、隣地の所有権者にとっては、所有地の権利行使を制限されることになるので、隣地使用権を行使するための手続的要件として、事前の通知をすることが義務付けられた(同条第3項)。 もっとも、隣地の所有権者を調査をしても明らかにならない場合のように、あらかじめ通知をすることが困難な場合もあるので、このような場合は、使用開始後に遅滞なく通知をすれば足りるものとされている(同項ただし書)。あらかじめ通知をすることが困難な場合に該当するためには、一定の調査を尽くすことが前提となっているが、所有権者が隣地を使用する必要性や緊急性に応じて、調査の程度には差異が生じるものと思われる。 3 越境した枝の取扱いに関する改正 (1) 枝を自ら切り取ることができる場合の法定化 土地の所有権者は、隣地の竹木の枝が境界線を越えているときは、その竹木の所有権者に枝の切除を請求することが認められていた(改正前民法第233条第1項)。これに対して、根が境界線を越えているときは、土地の所有権者は自ら根を切り取ることができた(改正前民法第233条第2項)。このような差異が設けられていたのは、①枝の場合は竹木の所有権者が自らの土地の範囲内で作業できることや、②枝が根に比べて経済的価値が高いことにあるなどとされていた。 この差異に合理的な理由があるかは争いのあるところだが、改正後民法は、土地の所有権者が竹木の所有権者に対して枝の切取りを求める構成を維持している。その上で、①竹木の所有権者が切取りを催告したにもかかわらず相当期間内(おおむね2週間程度)に応じない場合、②竹木の所有権者を知ることができず、又は所在不明の場合、③急迫の事情がある場合に、土地の所有権者が自ら枝を切り取ることができる権利を認めた(改正後民法第233条第3項各号)。これによって、土地の所有権者は、枝の切取りを求めたにもかかわらず対応してもらえないような場合でも、訴訟提起をして強制執行をする必要がなくなった。 (2) 竹木が共有されている場合の取扱い 隣地の竹木の所有権が相続等によって共有されている場合もある。このような場合には、竹木の各共有権者に枝を切り取るかどうかの判断をする機会を保障する必要もあるので、全員に対して枝の切取りを催告する必要があると考えられている。もっとも、竹木の共有権者の調査をしても全員の所在等が明らかにならない場合もある。このような場合には、土地の所有権者が自ら枝を切り取ることができるかは、所在等の判明している竹木の共有権者との関係は改正後民法第233条第3項第1号によって判断され、所在等の不明な共有権者との関係は同項第2号によって判断されることになる。 他方、竹木の共有権者にとって、枝の切取りが共有物の変更(改正後民法第251条第1項)に該当すると、共有権者全員の同意が要件となる。そうすると、土地の所有権者は、共有権者間の意見がまとまらないと、枝の侵入を受忍させられることになってしまう。そこで、改正後民法第233条第2項は、竹木が共有物である場合、各共有権者が単独で枝を切り取ることができることを明らかにしている。そのため、土地の所有権者は、竹木の共有権者の一部から承諾を得ることによって、枝を切り取ることもできる。 なお、枝の切取りに要する費用は、竹木の所有権者が土地の所有権を侵害していると考えられるので、竹木の所有権者が負担するのが相当と考えられる。 4 本件について 本件の竹木は共有されているようなので、共有権者の一部が切取りに同意しているのであれば、その者から承諾を得て自ら枝を切り取ることが考えられる。しかし、「樹木の他の共有権者の意見を聞いてみないと対応できない。」との回答は、他の共有権者が承諾をするまで切取りには同意しないことを意味しているとも考えられる。 この場合、土地の所有権者は、竹木の共有権者の所在調査や催告等を行い、改正後民法第233条第3項第1号又は第2号を満たす場合には枝を自ら切り取ることができる。なお、このような手続を経る時間的余裕のない窮迫の事情がある場合(同項第3号)にも枝を自ら切り取ることができる。 本件の隣家は空き家となっており住家ではないので、土地の所有権者が枝を切り取るために隣地・隣家に立ち入る必要がある場合でも(改正後民法第209条第1項第3号)、隣地・隣家の所有権者から承諾を得る必要まではない。ただし、手続的要件として、事前又は事後の通知(同法第209条第3項)は必要となるので留意が必要である。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第54話】 「電磁的記録等の保存の猶予措置」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「こんな法律は・・・最初から無理だと思っていたのだが・・・」 中尾統括官は、令和4年度税制改正大綱を見ながらつぶやく。 大綱には、次のように記載されている。 「・・・大綱では、このように仰々しく書いているけれど・・・やむを得ない事情について、具体的に説明をしなくてもかまわないということで・・・納税者は、電子データの保存・検索等の対応ができないと伝えるだけでよいということなのだろう」 中尾統括官は、傍らにいる浅田調査官の顔を見る。 「令和3年度税制改正で、承認制度の廃止など一部見直しが行われ、帳簿のデータ保存の要件、請求書等のスキャナ保存の要件、電子取引のデータ保存の要件が緩和化されたけれども・・・それでも、多くの納税者にとって、まだ、ハードルが高く、この法律への対応はできないと思う・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の持っている大綱を覗きながら言う。 「・・・結局、電帳法、電帳規(電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律、施行規則)では、次の要件がまだ必要になっています」 更に、浅田調査官は、令和3年度税制改正を見ながら、電帳法、電帳規で求められている要件の内容を伝える。 ① 帳簿のデータ保存の要件 ② 請求書等のスキャナ保存の要件 ③ 電子取引のデータ保存の要件 「そうだなあ・・・緩和化されたと言っても、電子取引に係る取引情報(請求書等)を検索要件等の保存要件を満たす形で電子データのまま保存しなければならないこととされていること自体・・・中小企業や個人事業者は十分に対応できないと思う」 中尾統括官は、腕を組んで、頸を傾げる。 「そこで、電子データをプリントアウトした出力書面の保存を可能とする猶予措置が2年間設けられたのですが・・・しかし、2年間で大丈夫なのでしょうか?」 浅田調査官も腕を組みながら、思案顔になる。 「もともと、納税者ができないようなレベルの法律を定めても、当然、納税者に法律を守らせることはできないし、法律自体、ワーク(機能)しない・・・」 浅田調査官は、不満そうに言う。 「ところで、君は、100メートルを何秒で走る?」 突然、中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。 「正確には覚えていませんが・・・14秒ぐらいかな・・・」 「ほう、それは早いね・・・しかし、それを電帳法で12秒で走らなければならないという規則を作ったようなものだ・・・もちろん、我々、税務職員は、合法性の原則によって、その法律は守らなければならないけれど・・・」 中尾統括官は、苦笑いをする。 「今回の改正では、電子取引に係る宥恕措置(電帳規4③)に規定しているやむを得ない事情等について、読み替えをするという」 そう言うと、中尾統括官は「改正電帳規附則2③」を読む。 「こうして、納税者は、2年間の準備期間が与えられたのだけれど、2年後、本当に大丈夫なのかな?」 中尾統括官は、もう一度、不安を口にする。 (つづく)
《速報解説》 「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案」が国会に提出される ~企業財務書類の信頼性向上を目的に、上場会社等の監査に係る登録制度導入などの措置を講ずる~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和4年3月1日、第208回国会に「公認会計士法及び金融商品取引法の一部を改正する法律案」が提出された。 これは、会計監査の信頼性の確保並びに公認会計士の一層の能力発揮及び能力向上を図り、もって企業財務書類の信頼性を高めるため、上場会社等の監査に係る登録制度の導入などの措置を講ずるものである。 なお、今回の改正にあたっては、令和4年1月4日に金融庁より公表された「金融審議会公認会計士制度部会報告」がベースになっていると思われる。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 公認会計士法の一部改正 次の改正を行う。 2 金融商品取引法の一部改正 上場会社等は、その財務計算に関する書類及び内部統制報告書について、上場会社等監査人名簿に登録を受けた公認会計士又は監査法人の監査証明を受けなければならないこととする。 Ⅲ 施行期日 この法律は、公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとする(経過措置に注意する)。 (了)
《速報解説》 会計士協会、想定とは異なる監査意見不表明の事例発生を鑑み、“意見不表明の位置付け”及び“有報等に係る訂正報告書の提出時期に関する考え方”を明らかに 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日、日本公認会計士協会は、「監査意見不表明及び有価証券報告書等に係る訂正報告書の提出時期に関する留意事項」を公表した。 昨今、過年度の会計不正が疑われるような状況の発生に際し、本来であれば当該事実関係の調査が完了し、訂正すべき内容が確定した時点で過年度の有価証券報告書等の訂正報告書が提出されるべきところ、当該事実関係の調査完了前に、過年度の有価証券報告書等に係る訂正報告書が提出され、監査意見を不表明とする事例が生じているとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 意見不表明の位置付け 意見不表明と判断することはあるが、それは、「極めて例外的な状況」にのみ許容されるものであることに留意する必要があるとのことである。 会計不正が疑われるような状況が発生し、事実関係調査のための体制構築等の対応が必要な際には、有価証券報告書等の提出期限の延長が認められる場合もある。 ただし、有価証券報告書等の提出期限の延長は無制限に認められるものではないので、企業(経営者及び監査役等)と適時にコミュニケーションを行い、会計不正是正に向けた企業の対応が迅速に行われるように促すことが、監査人に対して期待されているとのことである。 2 訂正報告書の提出時期の考え方 金融商品取引法上、訂正報告書は「有価証券報告書の提出者が当該有価証券報告書及びその添付書類のうち訂正を必要とするものがあると認めたとき」(金融商品取引法24条の2において準用される7条1項)に企業が提出することとされている。 事実関係調査のための体制構築等の対応を行った場合における一般的なケースでは、進行年度の有価証券報告書等の提出期限までにすべての調査が完了し、訂正すべき内容が確定しているため、当該提出期限までに過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出した上で、進行年度の有価証券報告書等を提出することとなる(あるべきスケジュール)。 延長後の有価証券報告書等の提出期限までに事実関係の調査が完了しない場合、当該提出期限の時点では訂正すべき内容が確定していない状況であると考えられるため、事実関係の調査が完了し、訂正すべき内容が確定した時点で、企業は、過年度の有価証券報告書等の訂正報告書を提出することになると考えられる。 「調査未了の段階で進行期有報等を提出せざるを得ないケース」のスケジュールが図解されている。 (了)
《速報解説》 JICPA、「監査データ標準化に関する留意事項と データアナリティクスへの適用」の研究報告を確定 ~標準化実現後に可能になると見込まれる監査手法の概要及び留意事項を示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年3月1日、日本公認会計士協会は、「監査データ標準化に関する留意事項とデータアナリティクスへの適用」(IT委員会研究報告第60号)を公表した。これにより、2021年12月17日から意見募集されていた公開草案が確定することになる。「公開草案に対するコメントの概要及び対応」も公表されている。 これは、監査データの標準化の動向を解説するとともに、監査データの標準化が実現した将来において可能になることが見込まれる監査手法の概要・留意事項に関する情報提供を目的とするものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 研究報告は、目次を含めて106ページに及ぶものなので、以下では主な内容について解説する。研究報告の概要も公表されている。 1 監査データ標準化に関するグローバルな状況 ITを活用した監査に関して、監査データの標準化が進んでおらず、データの前処理が煩雑になる、データ項目が不足するといった論点が識別されている。 監査データの標準化については、2013年に米国公認会計士協会(AICPA)からAudit Data Standardsが、また、2019年に国際標準化機構(ISO)からISO 21378 Audit Data Collection が公表されている。 2 監査データの標準化の利害関係者への影響 監査データの標準化により、次の利害関係者への影響があると考えられる。 3 ISO 21378の概観とデータの入手 ISO 21378の目的は、監査人がデータの提出を依頼し、監査業務を遂行する際に直面する共通の問題を解決することであり、監査データの内容及びフォーマットの世界的標準化によって、監査データの透明性の向上、監査データ収集プロセスの標準化、企業側と監査人側での作業重複の防止、収集までの時間の節約が促進される。 この規格は、次のモジュールで構成されており、研究報告は、その内容を詳細に説明している。 4 データの入手・アクセス 監査人が利用できる形式でデータにアクセスできるか、監査人がセキュリティとインテグリティを確保したデータを入手できるか(監査人が被監査会社のデータにアクセスして分析することにより、データが壊れたり、変更されたりしないかの懸念など)について検討している。 5 データの前処理 監査人は、被監査会社から入手したデータをツールに取り込んで監査データアナリティクス(ADA:Audit Data Analytics)を実施する場合、通常、被監査会社のデータの前処理(データクレンジング)が必要となる。 監査人は、被監査会社から入手する総勘定元帳データ、売掛債権データなどについて、ISO 21378「標準データプロファイリングレポート」を参照し、データの妥当性を確認するとともに、データの理解及び利用に当たり不可欠な質問を行うことが望ましいと記載されている。 6 データの目的適合性と信頼性 監査人は、データが監査手続の目的を適切に満たし、十分に信頼できるかどうかを検討するとし、関連する監査基準委員会報告書の規定を参照しつつ、説明している。 7 データ管理 データ保管期限、RPA(Robotics Process Automation)の利用、監査法人以外へのアウトソーシングなどについて記載している。 8 ビジュアライゼーション ADAにおいては、データを様々な種類のグラフ(例えば、チャート、散布図、トレンド・ライン)、テーブル又はダッシュボードなどの形式にして、又はそれらを組み合せることによって、視覚化して検討することがある。 ADAにおけるこれらの視覚化技術については「ビジュアライゼーション」と呼ばれることが多い。 ADAにおいては一般的に、分析対象となるデータ量の増加や分析内容の複雑化に応じて、分析結果を数値から読み取り理解することが難しくなる。 このため、分析結果のビジュアライゼーションにより、分析結果の理解可能性が高まることから、ADAの利用推進に伴いビジュアライゼーションの利用も促進される傾向にあるとのことである。 9 今後の方向性 現在公表されているISO 21378は、今後の監査データ収集においてのグローバル・スタンダードとなるもので、日本国内の影響としては、政府調達との関係から事実上の標準になると考えられるとのことである。 今後の課題として、収益認識会計基準への対応がERPに実装された場合のデータ活用、電子インボイス情報のERPでのデータ活用などがあげられている。 (了)
《速報解説》 新規株式公開時における公開価格の設定プロセスのあり方等について検討した報告書を日本証券業協会が公表 ~公正な価格発見機能の向上のために制度・実務等に関する論点等を整理~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月28日、日本証券業協会 公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループは、「「公開価格の設定プロセスのあり方等に関するワーキング・グループ」報告書」を公表した。 これは、新規株式公開時における公開価格の設定プロセスのあり方等について検討したものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 日本における初値と公開価格の乖離について検討した結果、その本質的な原因について様々な意見が寄せられたほか、データの分析手法や評価についても複数の意見が示された。 このため、ワーキング・グループでは、初値と公開価格との乖離の問題意識について見解の一致までは至らなかったが、公正な価格発見機能の向上のために現在の公開価格の設定プロセスに改善の余地があるという問題意識について意見の一致をみたとのことである。 次の論点に整理し、検討が行われている。 Ⅲ 制度・実務等に関連する論点 1 公開価格の設定プロセスの見直し 次の改善策が記載されている。 2 発行会社や投資者への情報発信 主幹事証券会社別の初期収益率等の公表に関して、IPO銘柄について、発行会社名、上場日、主幹事証券会社、発行・売出規模、仮条件、公開価格、上場日初値、公開価格と上場日初値との乖離率(初期収益率)及び上場日から一定期間経過後の株価(終値)等について公表することなどが考えられる。 3 機関投資家との対話促進 投資者の需要を踏まえた想定発行価格を設定する観点から、プレ・ヒアリングの実務運用の留意点を周知し、発行会社と協議を行い、機関投資家の意向を確認してプレ・ヒアリングを実施することを推奨することなどが考えられる。 4 発行会社との対話促進 次の改善策が記載されている。 Ⅳ 取引所規則等に関連する論点 次の論点について検討されている。 Ⅴ その他の課題等 次の課題等について検討されている。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料」の公開草案を公表 ~DX環境下におけるソフトウェア関連取引に係る会計処理等の課題を抽出し検討~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月24日、日本公認会計士協会は、「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(公開草案。会計制度委員会研究資料)を公表し、意見募集を行っている。 これは、ソフトウェアに関するビジネスの環境変化に伴い、多様な実務が生じていることを踏まえ、ソフトウェア及びその周辺の取引に関する会計上の取扱いについて研究したものである。 国際財務報告基準(IFRS)及び米国基準との比較が詳細に行われており、また、ソフトウェアに関連する会計処理などが詳細に検討されているため、実務の参考になるものと思われる。 意見募集期間は2022年4月24日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 ソフトウェアに関するビジネスの環境変化が生じている中で、研究開発費等会計基準や研究開発費等実務指針の設定時に想定されていないソフトウェア及びその周辺の取引に関して多様な実務が生じていることから、それらで示されていないものに関する実務上の課題を抽出し、検討している。 ただし、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)及びリース取引に関する事項については、検討対象としていない。 主に次の内容である。 1 現状の課題 実務の分析、ヒアリング及びアンケート調査を行い、研究開発費等会計基準の開発時に想定されておらず、基準の設定後に新たに生じた取引については、現行の研究開発費等会計基準に従ってどのように会計処理すべきかが必ずしも明らかではないと考えられると述べている。 特に、自社利用のソフトウェアと市場販売目的のソフトウェアというソフトウェアの分類や、収益獲得を目的とするソフトウェアを自社利用のソフトウェアとして分類した場合におけるソフトウェアの資産計上の開始時点の取扱いは現行のソフトウェア実務に合わない可能性があるとのことである。 2 クラウドサービスのベンダー側の会計処理 サービス提供のために利用するソフトウェアについて、研究開発費等会計基準における分類を確認したところ、自社利用のソフトウェアに分類(16社)、市場販売目的のソフトウェアに分類(1社)、資産計上していない(9社)という結果であった。 研究開発費等会計基準においてSaaSのベンダーがサービス提供のために利用するソフトウェアをいずれに分類すべきかについては必ずしも明らかではないが、アンケートでは、ソフトウェアそのものを販売しているわけではない点や、研究開発費等実務指針11項①の「通信ソフトウェア又は第三者への業務処理サービスの提供に用いるソフトウェア等を利用することにより、会社(ソフトウェアを利用した情報処理サービスの提供者)が、契約に基づいて情報等の提供を行い、受益者からその対価を得ることとなる場合」との類似性を挙げて、自社利用のソフトウェアに分類しているとの回答が多く見られたとしている。 次のことが述べられている。 また、次のような意見が聞かれたとのことである。 3 クラウドサービスのユーザー側の会計処理 クラウドサービスのユーザー側の会計処理について、現行の会計基準の体系の中では明確な規定は設けられていない。 クラウドサービスの中でも、特に、実務的に論点となることが多いと考えられる一般事業会社がSaaSを利用するケースを中心に、ユーザー側の会計処理(サービスの提供を受けることに対して継続的に支払う費用及びユーザーが支払う初期設定費用やカスタマイズ費用の会計処理など)について、次のように述べている。 4 デジタルゲームの制作費用の会計処理 ゲーム業界に適用される我が国の会計基準等については、研究開発費及びソフトウェアQ&Aでゲームソフトの制作に言及した記述はあるものの、ゲーム業界固有の事象について詳細に定めた取扱いはないとのことである。 デジタルゲーム開発業を主要な事業としている企業の事例を見ると、一般消費者向けのデジタルゲームの開発活動に係る会計処理にばらつきが見られる(無形固定資産として計上している企業と、流動資産として計上している企業とが混在)。 5 実務上の課題とそれを踏まえた提言 現状認識している具体的な実務上の課題とそれに係る提言として、次のことが記載されている。 (了)
《速報解説》 公認会計士法の改正等に対応した「経営者確認書」の改正を受け、 公益社団・財団法人等の理事者確認書に関するQ&A等が見直される 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2022年2月17日付けで(ホームページ掲載日は2022年2月22日)、日本公認会計士協会は、次のものの改正を公表した。研究報告の名称について改正されているものがあるので、改正後の名称を記載している。 これは、監査基準委員会報告書720「その他の記載内容に関連する監査人の責任」の改正及び「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」における公認会計士法の改正等に対応した監査基準委員会報告書580「経営者確認書」の改正を受けたものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 前述の改正に対応して、理事者確認書(経営者確認書)の記載例を改正するものである。 例えば、「公益法人会計基準を適用する公益社団・財団法人及び一般社団・財団法人の理事者確認書に関するQ&A」(非営利法人委員会研究報告第22号)では、代表理事の署名に関して「(若しくは記名押印又は電子署名)」と記載しており、また、「事業報告及びその附属明細書については、最終版の提供が可能となった時点で、当該文書を発行する前に貴殿に提供いたします。」の記載の追加が行われている。 (了)
《速報解説》 国税庁が“移転価格事務運営指針”及び“AOA指針”の一部改正を公表 ~グループ通算制度への移行に伴う経過的取扱い等を示す~ 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 はじめに 令和2年度税制改正により、令和4年4月1日以後に開始する事業年度から連結納税制度が廃止されグループ通算制度へ移行することとされた。 グループ通算制度は、完全支配関係にある企業グループ内の各法人を納税単位として、各法人が個別に法人税額の計算及び申告を行う制度となるため、今回、グループ通算制度への移行に伴い、令和4年2月14日において「移転価格事務運営要領」(※1)(以下「単体指針」という)及び「恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等に係る事務運営要領」(※2)(以下「AOA指針」という)について、以下の改正が行われた。 (※1) 「移転価格事務運営要領」とは、上位官庁である国税庁から下位官庁である国税局及び税務署に対して示される国税局及び税務署が移転価格税制に係る事務を運営する際の事務運営の指針をいう。納税者に対して直接適用される法律ではないが、国税局及び税務署がこれに従って移転価格税制の事務を行うことから企業もその内容を把握しておく必要がある。 (※2) 「恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等に係る事務運営要領」とは、上位官庁である国税庁から下位官庁である国税局及び税務署に対して示される国税局及び税務署が外国法人の各事業年度の恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査又は事前確認審査及び内国法人の各事業年度の国外事業所等帰属所得に係る所得に関する調査又は事前確認審査に係る事務を運営する際の事務運営の指針をいう。納税者に対して直接適用される法律ではないが、国税局及び税務署がこれに従って恒久的施設帰属所得に係る所得に関する調査等の事務を行うことから企業もその内容を把握しておく必要がある。 なお、令和4年4月1日以後の連結法人に係る移転価格税制に関する事務運営については改正後の単体指針に定める経過的取扱いによることになり、「連結法人に係る移転価格事務運営要領」(以下において「連結指針」という)については廃止されることになる。 また、令和4年4月1日以後の連結法人の国外事業所等帰属所得に係る連結所得に関する事務運営については改正後のAOA指針に定める経過的取扱いによることになり、「連結法人の国外事業所等帰属所得に係る連結所得に関する調査等に係る事務運営要領」(以下において「連結指針」という)については廃止されることになる。 1 移転価格事務運営指針の主な改正内容 この移転価格事務運営指針の改正は、上記【8-6】を除き令和4年4月1日から適用される。なお、上記【8-6】については令和4年4月1日以後に開始する事業年度のみを対象とする事前確認について適用される。また、連結指針については、法施行日に廃止される。 2 AOA指針の主な改正内容 このAOA指針の改正は、上記【9-5】を除き令和4年4月1日から適用される。なお、上記【9-5】については令和4年4月1日以後に開始する事業年度のみを対象とする事前確認について適用される。また、連結指針については、法施行日に廃止される。 (了)