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プロフェッションジャーナル No.464が公開されました!~今週のお薦め記事~

2022年4月7日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.464を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2022/04/07

monthly TAX views -No.111-「MMT(現代貨幣理論)をめぐる議論」

monthly TAX views -No.111- 「MMT(現代貨幣理論)をめぐる議論」   東京財団政策研究所研究主幹 森信 茂樹   筆者は3月8日の参議院予算委員会の公聴会に公述人として呼ばれ、最近わが国で話題になっているMMT(現代貨幣理論)について、以下の概要の話をした(※1)。 (※1) 「参議院 インターネット審議中継」にて配信(2022年3月8日付予算委員会公聴会)。 *  *  * 「MMT」の考え方は、政府と中央銀行の勘定を一体とみなし、財政赤字拡大に伴う国債の増発分は、それに見合う国民の資産増加となるので、公的債務の増加は将来世代の負担にはならないというもの。 したがって、自国通貨を発行する権限のある政府は、中央銀行が財政赤字分の国債を買い続けることによって、国民負担なく財政出動が可能となる。経済に需給ギャップがある限り、これを埋め合わせる財政出動を行うべきだとする。 積極財政の歯止めはインフレ懸念で、インフレ率が上昇し始めたら、増税や歳出削減によって対応する、そのルールをあらかじめ決めておけばいいとする。 金融政策が機能不全になりデフレ脱却にもがくわが国の現状に対し、財政赤字を気にすることなくコロナ対応も含めた経済対策の実行を主張する論者や政治家を正当化する文脈で用いられている。 しかしこの考え方には、①インフレ、②ワイズスペンディング(wise spending)、③国家の信認という3つの視点から疑問がある。 まず、①のインフレの視点からの疑問として「インフレ率が上昇し始めたら増税や歳出削減により対応する。そのための具体的方法をあらかじめ決めておけばよい」とするが、わが国の国会で、インフレ懸念が出始めれば増税や財政緊縮を行うということの具体策をあらかじめ決めることが可能だろうか。「増税」は所得税か消費税か新税か、「歳出削減」は社会保障か公共事業か、どの程度の規模か、これらが国会や議会であらかじめ立法化できるとは考えがたい。 また、政策のタイムラグの問題がある。高騰する地価対策として地価税が導入されたが、発動された1992年には既にバブルが崩壊し地価は下がり始めており、地価税の対象となった百貨店やホテルなどの経営をさらに苦しめる結果となったという経験がある。 インフレは一度生じれば一気に加速する。「インフレの兆しが見え始めたら対策をとればよい」というのでは間に合わない。 次に②の財政のワイズスペンディングについて、MMTのいうように需給ギャップがある限りそれを埋め合わせる財政追加支出をするというのでは、「ワイズスペンディング」は機能せず、非効率な政府支出や政府投資につながっていく。1990年代のわが国の財政政策は、数次に渡る減税と公共事業追加により総額120兆円の拡張的財政政策が実行されたが、非効率な公共投資が多く、わが国経済をデフレから脱却させることはできなかった。 また、市場メカニズムの下で民間にできることは民間に任せ、「市場の失敗」となりがちな分野には国が対応するという役割分担がなくなり、“何でもかんでも国が”となれば、経済の効率性や民間活力は失われてしまう。 最後に③は国家への信頼の問題で、制限なく国債発行(財政赤字)を続ければ、国債の買い手はどこにもいなくなり、国家や通貨に対する信認が失われ、通貨主権そのものが失われていく。 *  *  * このような筆者の主張に対して、与野党4名の国会議員から質問を受けたのだが、MMTに賛同する議員はおられなかった。 一方自民党内には、安倍元首相肝いりの「財政政策検討本部」(本部長、西田昌司参議院議員)が立ちあがり、積極財政を主張している。 筆者の予算委員会の公述に対して西田議員は、さっそく翌日、YouTube上で反論をしている(※2)。 (※2) YouTube「参議院予算委員会 中央公聴会での『財政緊縮派』のMMT否定論に真っ向から反論します!【西田昌司ビデオレター令和4年3月9日】」 米国のインフレの加速やロシア・ウクライナ情勢によるエネルギー価格の高騰で、わが国を取り巻く経済環境が不透明な中、理論的にも整備されていないMMTにすがりポピュリズム財政政策・経済対策を打ち出すことだけは避けたい。 (了)

#No. 464(掲載号)
#森信 茂樹
2022/04/07

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例40】「過大支払電気料金の損金性と損害賠償請求権」

法人税の損金経理要件をめぐる事例解説 【事例40】 「過大支払電気料金の損金性と損害賠償請求権」   国際医療福祉大学大学院教授 税理士 安部 和彦   【Q】 私は、北関東のとある地方都市において、自動車部品の製造・販売業を営む株式会社Aにおいて経理課長を務めております。近年、自動車産業はEV(Electric Vehicle)化が世界的な潮流で、既存の自動車メーカーのみならず異業種が続々参入して、新たなデファクト・スタンダード(de facto standard)を確立しようとしのぎを削っており、2030年には雌雄が決するのではないかといわれております。 そのような中、エンジン関連の部品を国内の自動車用エンジン製造メーカーに納めている当社としても、今後業界がどのような方向性をたどるのか、また当社はどのような生き残り策を模索していくべきなのかにつき、必死の情報収集を行っているところです。 ところで、一昨年の秋口において、当社が電力会社と契約している電力料金につき、本来の使用量に基づく料金よりも過大に支払い続けていたことが判明しました。当社は当時、それまで5年程の間、大口需要者向けの業務用電力の契約を行っていましたが、一部の事業所につき、その適用を受けずに電力料金が計算され、過大に請求されていたというわけです。その事業所は本社や工場と比較して電力消費量はそれほど大きくないため、電力料金の請求が過大であることが分かりにくいという事情がありました。 このような事実は電力会社からの連絡で初めて判明したもので、当社は法人税の申告上、過去5年分の差額を一括で支払いを受けた前事業年度に益金算入し、過去の事業年度の申告内容はいじらないという経理処理を行いました。ただし、たまたま前事業年度はコロナ禍の影響で赤字決算であったため、当該収益にもかかわらず法人税の支払いは生じませんでした。なお、本件により当該電力会社に不信感を持ち、現在は別の事業会社と契約を締結し、電力の供給を受けています。 しかし、先週から受けている国税局の税務調査で、現在本件が問題となっております。調査部の主査がいうには、電力料金の過大請求分は前事業年度に判明し、それに係る電力会社からの支払いも前事業年度に一括で行われたのは事実であるが、過払い分はその前の5事業年度において発生しているのであり、その各事業年度において過払電気料金に係る返還請求権も確定しているのであるから、当社の益金・損金の経理処理には誤りがあるということです。 このような経理処理を同時両建説というのだそうですが、そもそも電力会社のミスでこの問題が起こったというばかりでなく、既に正当な料金と信じて支払いを終えているわが社が、電力会社からの連絡以前にその事実を知る由がないにもかかわらず、それ以前の各事業年度に返還請求権を計上しろとは無理な話であると考えます。 このような場合、法人税法上はどのように考えるのが妥当なのでしょうか、教えてください。 【A】 過去の電力料金につき、過払い分が生じた場合には、当該金額につきそれが生じた各事業年度において過払い返還請求権が確定しているとも考えられますが、その過払い分が生じた事業年度においてその金額を、電力会社からの連絡なしにA社が把握することは事実上不可能といえます。 そうなると、過払いが生じた各事業年度に損失が生じたものとし、一方で過払い分が判明した前事業年度に一括支払いを受けたことに基づきその事業年度に当該金額を益金に算入するというように、損失と収益とを切り離して所得計算を行う、いわゆる「異時両建説」を採用することは問題ないものと考えられます。 ■ ■ ■ 解 説 ■ ■ ■ (1) 法人の被った被害に係る損失 法人税法上、損失については、条文上、明文で債務の確定という要件を付していない(法法22③三)。損失に関しては、一般に、債務の確定よりも実務上問題となるのは、損失の額を合理的に見積もることができるかどうかであり、損失の客観的な確実性である。具体的には、滅失等の資産損失があった場合がこれに該当する。 一方で、損失に関して債務の確定が問題となり得るのは、不法行為等に基づいて損害賠償義務が生じるようなケースである。この場合、原則として、損害賠償に関する支払債務が確定するまで損失が計上できず、損金に算入できないこととなる(債務の確定を要する)。損害賠償金については、通達の規定によれば、その事業年度において賠償すべき金額が確定していない場合であっても、その額として相手方に申し出た金額に相当する金額につき当該事業年度に未払金計上したときには、認められる(部分的債務確定、法基通2-2-13)。損害賠償金に係る債務のうち、相手方に申し出た金額は、当事者間で争いがないことから、部分的に債務が確定したとみて問題ないという取扱いである(※1)。 (※1) 髙橋正朗『法人税基本通達逐条解説(十訂版)』(税務研究会・令和3年)293-294頁。   (2) 損失と債権の両建て 上記(1)の後者のケースとの関連でいえば、法人が不法行為等によって被害を受けた場合、当該被害に係る損害(損金)と損害賠償請求権(益金)とを両建てで計上することにより、結果的に損金算入が制限される場合がある(※2)。例えば本件のように、電力料金の過払い分が生じている場合、当該過払い分に相当する額の損失(現金の流出)が生じていると同時に、電力会社に対する同額の損害賠償請求権を取得していると考えられるため、損金と益金が両建て処理され、法人の純資産に増減はないことから、課税所得にも増減がないこととなる。 (※2) 渡辺徹也『スタンダード法人税法(第2版)』(弘文堂・2019年)108-109頁。 この損金・益金両建て処理については、学説・判例上、損金の確定と益金の確定が同時に行われるという「同時両建説(同時確定説)」と、両者を切り離して別々に確定のタイミングを判断する「異時両建説」の2種類があるとされる(※3)。 (※3) 渡辺前掲(※2)109頁。なお、益金側のことは考えず、損金側のことだけ考えて損金内部で両建てを行う考え方を「内部両建説」といい、本文中の損金・益金両建て処理を「外部両建説」と称して区別しているケースがある。 同時両建説は、最高裁昭和43年10月17日判決・訟月14巻12号1437頁(大栄プラスチックス事件)で採用された考え方である。益金と損金とを表裏一体でとらえ、同一事業年度に計上すべきと判示している。 一方の異時両建説は、東京高裁昭和54年10月30日判決・訟月26巻2号306頁(日本総合物産事件)で示された考え方で、収益及び損失が同一原因によって生ずるものであっても、各個独立に確定すべきことを原則とし、両者互いに他方の確定を待たなければ当該事業年度における確定を妨げるという関係に立つものではないとして、益金と損金とを切り離して考えるという立場を明示している。   (3) 過大支払電気料金の損金性と損害賠償請求権の計上時期が問題となった裁判例 次に、本件と同様に、過大支払電気料金の損金性と損害賠償請求権の計上時期が問題となった裁判例(「相栄産業事件」最高裁平成4年10月29日判決・訟月39巻8号1591頁、TAINSコード:Z193-7013)があるので、以下で確認していきたい。 ① 事案の概要 原告(上告人)である相栄産業は、新潟県において自動車部品の金属プレス加工製品を製造する株式会社であるが、東北電力と電力供給に係る契約を締結していた。東北電力は、計量装置の計器用変成器の設定誤りにより、昭和47年4月から昭和59年10月までの間、上告人から電気料金等(電気料金、契約超過違約金及び電気税をいう)を過大に徴収していた。 東北電力は昭和59年12月頃になってこの事実を初めて発見したため、同年12月14日、上告人に対してこれを伝えて陳謝し、同月21日、右期間に係る過収電気料金の概算額を伝えた。その後、東北電力は、当該過収電気料金の返戻額の算定作業を進める一方で、上告人に対し、年6%の割合による利息を単利計算によって付加して支払うこと、東北電力が特別徴収義務者として上告人から過大に徴収した電気税については、昭和59年度分の税額に当たる額のみを返金し、その余の部分は上告人が放棄することなどを申し入れ、上告人もこれを了承した。このような交渉を経て、東北電力は上告人に対し、昭和60年3月28日、本件過収電気料金等1億5,311万1,819円を含む具体的精算金額を提示し、東北電力で作成した案どおりの確認書を取り交わすことを申し入れたところ、上告人もこれを了承し、翌3月29日、本件確認書が取り交わされるに至った。 本件過収電気料金等のうち電気料金の額は、昭和47年4月から昭和48年9月までの間の上告人の使用電力量を明らかにする資料が残っていなかったため、その間の過収電力量料金の額を昭和48年10月から昭和49年9月までの1年間の1ヶ月平均使用電力量を基礎として推計することによって算出したところである。 一審の新潟地裁平成2年7月5日判決・税資180号1頁では、電気料金等の過払いについて電力会社から返還を受けた場合に、その電気料金等を収益として計上すべき事業年度は、当該電気料金等の返還請求権が確定した日の属する事業年度であるとされ、また、当該返還請求権が確定した日の属する事業年度とは、最終的に精算を終了する旨の合意がなされた時であるとして、過払い分の返還があった事業年度に全額益金算入した課税庁の更正処分を適法とした。二審の東京高裁平成3年5月29日判決・税資183号856頁も原判決を相当とし、控訴を棄却したため、納税者側が上告した。 ② 本件の争点 電気料金等の過払いについて電力会社から返還を受けた場合に、その電気料金等を収益として計上すべき事業年度はいつか。また、その返還請求権が確定した事業年度はいつか。 ③ 裁判所の判断 なお、本件には以下の通り、味村裁判官の反対意見がある。 ④ 本裁判例から学ぶこと 本裁判例で最高裁は、過払い分が昭和60年度に一括で支払われているが、その事実を納税者側が実際に過払いのあった各事業年度において逐次把握することは事実上不可能であることをもって、返還請求権は一括での支払いがあった事業年度に確定したものと認定し、そのタイミングで益金を計上することを求めている。すなわち、本件は益金と損金とを切り離して考える異時両建説を採用した事例と位置付けられる(※4)。 (※4) 渡辺前掲(※2)112頁。 実務上、同時両建説に従った場合、過年度の過払いにつきそれぞれの事業年度において修正申告を行うという経理処理を採ることとなるが、これは事務手続き上相当面倒であるため、過年度は修正せず、一括で最終年度に処理することとなる異時両建説は、その意味で魅力的といえる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 一方、味村裁判官の反対意見はどのように位置づけられるのであろうか。「上告人の財産については、現金の喪失という資産の減少と不当利得返還請求権の取得という資産の増加が生じているが、この両者は、表裏の関係にあり、しかも、その発生の時点においては等価であると認められるから、過収電気料金等の支払によっては上告人の財産に増減を生じていない」という見解であるため、同時両建説のようにも見える。 しかし、現金の喪失という資産の減少は同額の損害賠償請求権の取得によって補われている限り、損失にはあたらないということをいっているため、益金のことは考えずに、損金側だけの問題として、損金内部で両建てを行っていることから、内部両建説に該当すると考えられる(※5)。ただし、内部両建説は反対意見であり、現在の最高裁の多数意見ではない点には留意すべきであろう。 (※5) 渡辺前掲(※2)109頁。   (4) 本件へのあてはめ 過去の電力料金につき、過払い分が生じた場合には、当該金額につきそれが生じた各事業年度において過払い返還請求権が確定しているとも考えられるが、その過払い分が生じた事業年度においてその金額を、電力会社からの連絡なしにA社が把握することは事実上不可能であるといえる。 このように、不可抗力により電力料金の過払い分が生じたときには、過払いが生じた各事業年度に損失が生じたものとし、一方で過払い分が判明した前事業年度に一括支払いを受けたことに基づき、その事業年度に当該金額を全額益金に算入するというように、損失と収益とを切り離して所得計算を行うという、いわゆる「異時両建説」を採用することは、特に問題ないものと考えられる。 (了)

#No. 464(掲載号)
#安部 和彦
2022/04/07

〈判例・裁決例からみた〉国際税務Q&A 【第17回】「経済活動基準のうちの管理支配基準の具体的な要件は何か」

〈判例・裁決例からみた〉 国際税務Q&A 【第17回】 「経済活動基準のうちの管理支配基準の具体的な要件は何か」   公認会計士・税理士 霞 晴久   〔Q〕 経済活動基準のうちの管理支配基準は、具体的にどのような要件が課されていますか。 〔A〕 外国関係会社がその本店又は主たる事務所の所在する国又は地域(本店所在地国)において主たる事業の管理、支配及び運営を自ら行っていること、すなわち、事業計画の策定等を行い、その事業計画等に従い裁量をもって事業を執行することであり、これらの行為に係る結果及び責任が当該外国関係会社に帰属していることをいうとされています。 ●●●〔解説〕●●● 1 管理支配基準 管理支配基準は、外国関係会社がその本店又は主たる事務所の所在する国又は地域(本店所在地国)において主たる事業の管理、支配及び運営を自ら行っていることを要求している(措法66の6②三ロ、措令39の14の3④)。 ここでいう、主たる事業の管理、支配及び運営を自ら行っていることの意義は、外国関係会社が、自ら、事業計画の策定等を行い、その事業計画等に従い裁量をもって事業を執行することであり、これらの行為に係る結果及び責任が当該外国関係会社に帰属していることをいうとされており、次の事実があるとしてもそのことだけでこの要件を満たさないことにはならないことに留意することとされている(措基通66の6-7)。 また、主たる事業の管理、支配及び運営を本店所在地国において行っているかどうかの判定は、外国関係会社の株主総会及び取締役会等の開催(※1)、事業計画の策定等、役員等の職務執行、会計帳簿の作成及び保管等が行われている場所並びにその他の状況を総合的に勘案の上行うことに留意するとされている(措基通66の6-8)。 (※1) 経済産業省「外国子会社合算税制の適用除外基準である管理支配基準の判定(株主総会等のテレビ会議システム等の活用について)(平成26年1月)」では、テレビ会議システム等の情報通信機器を活用した株主総会や取締役会の開催について、一定の場合、その開催場所が本店所在地国等である場合と同様に取り扱って、管理支配基準の判定を行って差し支えないとの国税庁の回答を紹介している。 今回は、前回の事例(レンタルオフィススペース事件)を用いて、管理支配基準の具体的な当てはめについて検討する。   2 過去の裁判例 《レンタルオフィススペース事件》(※2) (※2) 第一審は、東京地裁平成24年10月11日判決(平成22年(行ウ)第725号・TAINSコード:Z262-12062)。控訴審は、東京高裁平成25年5月29日判決(平成24年(行コ)第421号・TAINSコード:Z263-12220)。 事案の概要については、前回を参照されたい。 (1) 管理支配基準の趣旨 東京地裁は、管理支配基準の趣旨について、次のとおり判示した。 (2) 裁判所の判断 本件の管理支配基準該当性について、東京地裁は、次のとおり事実認定し、「特定外国子会社A社の原告X以外の取締役である乙は、シンガポール在住取締役として、A社が法令・規制を遵守するために必要な各種届出等や税務申告を行い、A社の経理及び銀行取引及び為替管理を含む資金管理、営業担当者に対する指揮監督、売掛債権の督促・回収等の業務を行っていたものと認められるから、A社はその本店所在地国であるシンガポールにおいて、独立した法人としてその事業の管理・支配及び運営を自ら行っていたものと認められる」と判示した。 以上から、東京地裁は、Y(国側)の主張を退け、上記のとおり、A社はその本店所在地国であるシンガポールにおいて、独立した法人としてその事業の管理・支配及び運営を自ら行っていたものと認められると判示した。Yはこの判決を不服として控訴したが、東京高裁は原審を支持し、Y敗訴が確定した。 (3) 控訴審で争われたその他の争点 ◆外国子会社合算税制の適用除外要件の主張立証責任について 本件の控訴審において、Yが、租税特別措置法40条の4の条文の構造、国外に所在する子会社等の実態を把握することの難易性等から、同条4項の適用除外要件に関しては、納税者が主張立証責任を負っていると解すべきであると主張したことに対し、東京高裁は次のとおり判示した。 さらに東京高裁は、今村隆著『課税訴訟における要件事実論』170頁を引用し、課税取消訴訟におけるタックス・ヘイブン対策税制の適用除外要件について、東京地裁平成2年9月19日判決の裁判例を基に、「適用除外要件ー管理支配基準の評価根拠事実」(より正確にいえば、「適用除外要件ー管理支配基準を充足していないことの評価根拠事実」)を抗弁と説明している。 これらから、東京高裁は、「実務では、国に外国子会社合算税制の適用除外要件を充足していないことの主張立証責任を課していることが明らかである」と判示した。   (了)

#No. 464(掲載号)
#霞 晴久
2022/04/07

租税争訟レポート 【第60回】「税理士損害賠償請求訴訟~調査拒否と仕入税額控除の否認(千葉地方裁判所令和3年12月24日判決)」

租税争訟レポート 【第60回】 「税理士損害賠償請求訴訟~調査拒否と仕入税額控除の否認 (千葉地方裁判所令和3年12月24日判決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝   【判決の概要】   【事案の概要】 本件は、遊技場を経営する会社である原告が、平成26年2月から平成27年6月までの間に行われた国税局の職員による税務調査において帳簿及び請求書等(以下「帳簿等」という)を提示しなかったため、A税務署長から、平成27年6月8日付けで、帳簿等を保存しない場合に当たることを理由として消費税法30条1項の規定による仕入に係る消費税額の控除(以下「仕入税額控除」という)を否認する消費税及び地方消費税の更正及び過少申告加算税の賦課決定を受けたことについて、原告から税務代理を受任し本件調査に対応していた被告に善管注意義務違反、指導助言義務違反及び忠実義務違反があったと主張して、被告に対し、不法行為の規定による損害賠償又は税務代理委任契約上の債務不履行による損害賠償として、上記更正等による増額等に係る消費税及び過少申告加算税に相当する38億2,539万3,900円の一部である3億円と弁護士費用2,000万円との合計3億2,000万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年5月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。   【事案の経緯】   【判決の概要】 1 争点 本件の争点は、 の2つであるが、原告が更正処分によって課された消費税額及び過少申告加算税額の合計が38億円を超え、原告の損害賠償請求額3億2,000万円は、その10分の1に満たないことから、〔争点1〕において裁判所が被告の義務違反を認めた場合には〔争点2〕は大きな問題にはならないとの観点から、本稿では、〔争点1〕に絞って、原告及び被告の主張並びに裁判所の判断を検討したい。 2 原告の主張 原告は、被告には善管注意義務違反があるとして、次のように主張した。 さらに、被告による、本件調査の開始に当たり事前通知がされていなかったことが違法であるという主張に対しては、本件調査については事前通知を要しない理由を説明すべき法令上の根拠はなく、また、事前通知がなく調査が行われたことについて不服申立ての途はないことから、事前通知がないこと及び事前通知を要しない理由を説明しないことは、その後の調査を拒否する理由にならないとして否定している。 3 被告の主張 一方、被告は、本件調査担当者に対し、本件調査への協力や帳簿等の提示を拒否したものでなく、質問調査を行う法的根拠を確認していたにすぎず、本件調査に対する対応について、被告に税務代理委任契約上の善管注意義務違反及び指導助言義務違反はないと主張した。 その理由として、本件は、税務調査に当たり、国税庁長官の通達にある事前通知を行わない場合に該当しないにもかかわらず、調査対象者や税務代理人に対して最後まで執拗に事前通知を行わなかった点で特異な事案であり、本件調査担当者からは連絡票なるものが送付されてきたが、連絡票が国税通則法に定める事前通知か確認したところ、事前通知を要しない場合に当たると回答があった。被告は、法律に根拠がない連絡票を送付するのはおよそ正しいやり方でなく、調査対象者や税務代理人を威嚇し追い込むための不当な恫喝と思われ、被告はますます対応に悩むことになった。 さらに、被告は、各更正等は、違法であり、取り消されるべきであったにもかかわらず、別件訴訟で敗訴したのは原告の責任であり、被告に責任はないと主張した。その理由として、次のように述べた。 4 裁判所の判断 千葉地方裁判所は、東京国税局による抜き打ちの税務調査開始日である平成26年2月4日から、原告が各更正等の通知書等の受取りを拒否して、処分行政庁となったA税務署の職員が、原告会社に臨場し、郵便ポストに各更正等の通知書等の差置送達をした平成27年6月8日までの詳細な状況を分析した上で、次のように判示した。 まず、裁判所は、税理士が負う善管注意義務について、他人から税務代理を受任した税理士は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、当該委任に係る税務代理に関する事務を処理する義務を負う(民法644条)ところ、被告は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場(税理士法1条)でありつつも、全ての国税に関わる原告の正当な利益を実現し又は保持するため、善良な管理者の注意をもって、当該委任に係る税務代理に関する事務を処理する義務を負っていたというべきであるという一般論を述べた。 その上で、これを本件の事実関係に即してみると、被告は、原告の税務代理人として、本件調査に対する対応を行うに当たり、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、税法の解釈に関する自らの見識を有しつつも、適時に、原告に対し、本件調査の状況と見通しを客観的かつ真摯に説明し、原告から、本件調査に対する対応の方針について、十分に知識、情報を与えられた上での指示ないし同意を得た上、かりそめにも、原告が、本来受けることができた青色申告の承認を受けることによる税法上の特典を受けることができなくなることや、本来受けることができた消費税の仕入税額控除を否認されることがないよう、細心の注意をもって、適切に対応を行う義務を負っていたというべきであるという判断を示した。 こうした前提の上で、裁判所は、被告について、被告は、本件調査担当者から、各連絡票の送付を受け、法人税、消費税等の納付の基となる全ての帳簿書類を提示し税務調査に応ずることを求められ、その求めに応じなければ、青色申告の承認の取消処分を受け、消費税の仕入税額控除を否認されるという、重大な不利益処分がされる可能性があることが明示されたにもかかわらず、原告の本店所在地を異動することやF国税局に対してA税務署の調査であれば税務調査に応ずる旨の文書を提出することを決定するなどの弥縫びほう策をとったのみで、本件調査が原告に対する事前通知を行うことなく開始されたことの違法を主張して本件調査に応ずることを拒否するというそれまでの方針を維持することの可否について、課税当局の対応見込みを踏まえて原告(X2)と真摯に検討することがなかったという認定事実に基づいて、被告は、他人から税務代理を受任した税理士が負う義務に違反し、原告は、そのことによって、帳簿書類を提示し税務調査に応ずる機会を失い、各更正等を受けるに至ったと認めることができるから、被告に対し、これによって生じた損害の賠償を請求することができると結論を示した。 5 結論 裁判所は、被告による各更正等が違法であるという主張に対して、各更正等に重大かつ明白な瑕疵があると認めることはできず、各更正等が当然に無効であるということはできないから、各更正等は、それが権限を有する行政庁の職権又は裁判所の取消判決により取り消されない限り、その効力を否定することができないという判断を重ねて示した。 その上で、被告の義務違反行為によって原告に生じた損害は合計38億4,090万6,206円であり、その一部である3億円と弁護士費用2,000万円との合計3億2,000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成30年5月4日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるから、これを認容するという結論を述べた。   【解説】 国税通則法では、税務調査において行使される税務職員の質問検査権に対し、答弁をしない者や偽りの答弁をした者、帳簿書類等の提示・提出の要求に対し、正当な理由がなくこれに応じない者や偽りの記載若しくは記録をした帳簿書類を提示、提出した者については、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」旨の規定を置き(第128条)、納税者には、税務調査において、質問に答え、検査を受任する義務がある。 本件では、原告の顧問税理士である被告は、国税局による税務調査に当たり、事前通知がなかったことを理由に調査を拒み続け、結果的に、原告は法人税において青色申告の承認を取り消されたのみならず、消費税の申告において仕入税額控除の全額を否認されたことから、多額の追徴課税処分を受けた。 1 事前通知を要しない税務調査 国税通則法は、無予告の税務調査について、次のように定めている(一部、条文の文言を省略し、条文番号を補っている)。 本件の原告はパチンコ店を営んでおり、判決文のなかでは、原告自身が、パチンコ店について、「原告が属するパチンコ業は、売上、仕入に現金を取り扱い、過去に脱税行為に及ぶことが少なからず見受けられた業種」であることから、本件調査については事前通知を要しないと認めている。 原告が、平成26年2月に始まった税務調査当時からこのような認識を有していたのか、被告に対する損害賠償請求を行うなかで、被告の「事前通知のない税務調査は違法である」との主張を崩すために展開されたものかは判然としないものの、税務調査を拒否し続ける顧問税理士に対して、原告代表者がどのように考えていたかは、判決からは読み取れない。 2 国税局調査担当者による連絡票 税務調査が思うように進展しない国税局の調査担当者は、本件では、合計9件の連絡票を原告及び原告の税務代理人に送付している。「連絡票1」から「連絡票9」の記載事項を見ると、その内容は以下のように変遷している。 〈連絡票1(平成26年6月12日付)〉 国税通則法による罰則規定が説明されているのは「連絡票1」のみである。 その後、「連絡票4(平成27年3月9日付)」では、「今後も税務調査の進展が図られないと思われる場合は、やむを得ず当方で独自調査を進める」という条項が加わり、「連絡票5(平成27年3月27日付)」からは、「青色申告の承認取消処分」と「消費税の仕入税額控除の否認」という条項が、「独自調査」条項に代えて、説明されるように変遷している。最後となる「連絡票9」の記載事項は次のとおりである。 〈連絡票9(平成27年4月28日付)〉 被告は、「連絡票」は国税通則法に規定する「事前通知」には該当せず、また、法的根拠のない書類であるとして、税務調査に応じなかったが、結果的には、原告は「連絡票9」に記載されたとおりの更正処分を受けることとなり、裁判所は、被告に善管注意義務違反を認めて、原告の損害賠償請求を認容した。 被告である税理士は、国税通則法が改正される前に、事前通知がないことを理由に原告の税務調査を拒否した結果、税務調査そのものがなくなった経験を有していることが判決では述べられているが、平成23年度12月の国税通則法の改正が、「質問検査の手続が整備・改善され(中略)、質問検査を容易ならしめ、納税者の権利を保護することを目的とする大きな改正(※)」であることをどのように理解していたのだろうか。 (※) 金子宏『租税法(第24版)』(弘文堂、2021年、995ページ)。 (了)

#No. 464(掲載号)
#米澤 勝
2022/04/07

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第31回】「特定居住用宅地等に係る別居親族の「持ち家なし」の範囲」

〔事例で解決〕小規模宅地等特例Q&A 【第31回】 「特定居住用宅地等に係る別居親族の「持ち家なし」の範囲」   税理士 柴田 健次   [Q] 被相続人である甲(相続開始日:令和4年4月3日)は、東京都内にA土地及び家屋を所有し、相続開始の直前において1人で居住していました。そのA土地及び家屋を取得した者が次のそれぞれの場合には、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例の適用を受けることは可能でしょうか。 相続人は、長男、二男、三男の3人で、いずれも被相続人と生計を別にしています。 居住状況については、下記のとおりとなります。 【親族の居住状況】 [A] 長男、二男、二男の子がA土地及び家屋を取得した場合には、特定居住用宅地等に係る小規模宅地等の特例(以下、単に「特例」という)の適用を受けることはできませんが、三男が取得した場合には、他の要件を満たせば特例の適用を受けることができます。 ◆ ◆ ◆[解説]◆ ◆ ◆ 1 特定居住用宅地等に係る別居親族の要件 被相続人の居住用宅地等を取得した親族が次に掲げる要件の全てを満たすことが要件となります(措法69の4③二ロ、措令40の2⑭⑮、措規23の2④)。 平成30年度の税制改正により、持ち家がない状況を作出して特例を受けることが問題となり、下記の④の下線部部分が追加となり、⑤の要件も追加となりましたので、注意する必要があります。 なお、平成30年度の税制改正は、原則として平成30年4月1日以後の相続又は遺贈から適用されますが、平成30年4月1日から令和2年3月31日までの間に相続又は遺贈により取得した居住用宅地等がある場合には、改正前の要件を満たせば、特例を適用することができる経過措置があります(附則118②)。   2 本問への当てはめ 〔長男について〕 上記1④及び⑤の要件を満たしませんので、特例の適用を受けることができません。 〔二男について〕 二男から見て長男は二親等内の親族に該当し、上記1④の要件を満たしませんので、特例の適用を受けることができません。 〔三男について〕 上記1④の要件を満たしているかどうかが問題となります。被相続人は、三親等内の親族に該当しますが、「相続開始の直前において被相続人の居住の用に供されていた家屋を除く」とされていますので、相続開始前3年以内にA土地及び家屋に居住していた場合でも要件は満たされることになります。 〔二男の子について〕 二男の子から見て長男は三親等内の親族に該当し、上記1④の要件を満たしませんので、特例の適用を受けることができません。   ★実務上のポイント★ 別居親族の持ち家なしの要件が複雑になっていますので、相続人等からヒアリングをして要件をしっかりと確認することが重要となります。経過措置もありますので、相続開始時期にも注意して判定を行う必要があります。   (了)

#No. 464(掲載号)
#柴田 健次
2022/04/07

街の税理士が「あれっ?」と思う税務の疑問点 【第6回】「配偶者居住権と相続税及び被相続人の空き家特例との関係」

街の税理士が「あれっ?」と思う 税務の疑問点 【第6回】 「配偶者居住権と相続税及び被相続人の空き家特例との関係」   城東税務勉強会 税理士 大塚 進一   問 題 ① 令和3年3月に父が死亡しました。生前に父と母が住んでいた1戸建て建物(昭和50年築、非耐震)とその敷地は父が全部を所有していました。 なお、法定相続人は母と子供2人(長女・次女)です。また長女は別居しており別生計ですが、次女は同居しています。母が引き続き居住(安定的に無償で)するには、どのように遺産分割するのが相続税対策も含め、良いのでしょうか。 回 答 ① 相続税対策としての遺産分割は、その敷地について、特定居住用宅地等として小規模宅地等の特例の要件(詳細は【第4回】参照)を満たすようにします。別居かつ別生計である長女が取得する場合には特例は受けられませんので、母又は次女、もしくはその両者が取得するようにします。母が法的に安定し無償で居住するためには、配偶者居住権と通常の所有権が考えられます。 配偶者居住権とは、配偶者が居住していた建物に住み続ける権利ですが、配偶者居住権には設定された建物の敷地を利用する権利が付随します。その敷地利用権は、「土地の上に存する権利」に該当し、小規模宅地等の特例が適用できます。一方、配偶者居住権により制限された不動産の所有権を得る相続人がいます。 配偶者居住権は、「その配偶者の死亡によって消滅」するため、その権利を相続させることはできません。よって、配偶者居住権が消滅した後は、制限付きの所有権として相続していた者が、その不動産の権利すべてを得て、通常の所有権を持つことになります。 ここで、母に配偶者居住権を設定し、次女は配偶者居住権が設定された不動産の所有権を取得することにした場合、二次相続において配偶者居住権に相当する部分が自動的に次女の所有権に移転することになります。これにより、配偶者居住権に相当する部分には二次相続時において、相続税は課されないことになります。 一方、一次相続において母が所有権を得ていた場合、その所有権は二次相続時の母の相続財産に含まれ、相続税の対象になります。この差により、配偶者居住権を設定する方が相続税の負担を抑えられます。 考 察 ① 配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が相続開始時に被相続人が所有、又は被相続人と配偶者が共有する建物に居住しており、遺産分割や遺贈により取得した場合、その建物全部につき終身又は一定期間、配偶者に無償で使用及び収益することができる権利です。 建物の所有権を取得しなくとも配偶者がその建物に引き続き居住することができ、配偶者居住権は通常の所有権より低額に評価されるため、より多くの現預金等が取得可能となり、老後生活の安定に資します。 また、被相続人の居住用建物が配偶者以外の者と共有されている場合、配偶者居住権が設定できないので、配偶者以外との共有状態を被相続人の生前に解消する必要があります。 なお、上記回答①では母がその建物に無償で安定して住み続ける法的な権利を得るため、所有権と配偶者居住権を考えましたが、一次相続において次女がすべて所有権を相続した方が、二次相続との相続税額の合計は、抑えられる場合もあるので注意が必要です。 *  *  *   問 題 ② 上記問題①において、令和4年3月 (父死亡の1年後)に次女には結婚の予定があり別居する見込みです。その後は母が1人で住む予定で、母の死亡後その家屋は空き家になり、相続人が建物取り壊しの上、売却する事も考えています。仮に第3者の他人にその土地全部を5,000万円で売却することが考えられる場合、被相続人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除の特例(以下、空き家特例という)は、父死亡時にどのように遺産分割すれば、土地全体の売買につき適用できますか。 回 答 ② 空き家特例には、様々な要件がありますが(詳細は【第5回】参照)、相続又は遺贈により一定の要件を満たす家屋及びその敷地等を取得した相続人が、一定の条件下でその家屋又は敷地を売却した場合、譲渡益から3,000万円を控除できる特例です。 回答①においては、父死亡時の一次相続で、母に配偶者居住権を設定する方(又は考察①では次女がすべて取得することも考えられる)が、相続税額を抑えることができました。 母が配偶者居住権を得ていた場合、母が死亡すると配偶者居住権が消滅し、その後は所有権を持つ次女が住むことも、建て替えることも、取り壊して売ることも可能になります。 しかし、二次相続時、次女は相続により対象となる家屋及びその敷地等を取得していないことになるので、空き家特例を受けることはできません。土地全体の売買につき空き家特例を受けるためには、父死亡の一次相続時に母が全部の所有権を得る必要があります。 なお、母と次女(又は長女)の共有の所有権で相続した場合、母の所有権の部分のみ、空き家特例は適用可能です。 考 察 ② 配偶者居住権は、被相続人の配偶者が相続開始時に、被相続人と配偶者のみで共有する建物に居住している場合にも設定可能です。この場合、配偶者居住権は父の持分だった部分にのみ効果が及び、もともと母が持っていた部分は、そのまま引き続き所有権を持つことになります。 母死亡時には母の配偶者居住権が消滅し、その部分は自動的に次女の所有権に転じますが、もともと母が持っていた所有権は相続により、相続人(長女又は次女)に移転します。よって、もともと母が持っていた所有権部分についてその他要件を満たせば、空き家特例は適用されます。 *  *  * 問題①及び②のように、相続税対策として配偶者居住権を利用したとしても、配偶者の死亡後には空き家になる場合、その不動産を売却しても空き家特例は受けられず、譲渡による所得税が多額になります。最近、相続される土地家屋が空き家になることが多く、税対策としては二次相続のみならず、相続不動産の出口戦略まで注意する必要があります。 (了)

#No. 464(掲載号)
#城東税務勉強会
2022/04/07

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第9回】「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その3)」~清算型遺贈の課税関係~

遺贈寄付の課税関係と実務上のポイント 【第9回】 「不動産や株式等を遺贈寄付した場合の取扱い(その3)」 ~清算型遺贈の課税関係~   税理士・中小企業診断士・行政書士 脇坂 誠也   不動産や株式を遺贈寄付した場合の取扱いについて前回に続き確認する。 今回は、清算型遺贈の場合の課税関係を解説する。   1 清算型遺贈とは 清算型遺贈とは、不動産などの財産を売却して現金化し、その得られた現金を遺贈するということを遺言書に盛り込んだものをいう。遺言者がお亡くなりになった後には、その遺言に基づき、遺言執行者が手続きを実行することになる。 遺贈寄付の場合、受遺団体の中には、不動産等の現物での寄付を受け付けていない団体も多く、不動産等の寄付をする場合には、現金化したうえで寄付をしてもらうことを条件にしているところもいくつかある。 このような清算型遺贈についての課税関係については、税法に明確な規定がなく、実際に清算型遺贈の遺言に基づき執行が行われた場合、どのような形で納税するのかは悩ましい問題である。   2 清算型遺贈の具体例 清算型遺贈の具体例について、以下に記載する。 不動産に限らず、動産、株式などの有価証券などの財産を清算型遺贈により、相続時に売却してお金に換えて寄付することも可能である。本稿では不動産の清算型遺贈をすることを例に考えていく。   3 不動産の清算型遺贈をする場合の手続き 不動産の清算型遺贈をする場合には、その不動産をいったん法定相続人全員への相続登記をした後に、買主に売買による移転登記をするという形になる。 売却をする際には、亡くなった方から直接買主への名義変更ができないため、いったん相続登記をする必要がある。受遺団体は、売却代金を受け取るだけで所有権を受け取っているわけではないので、名義変更することは適切でない。そのため、不動産登記上は、清算型遺贈があった場合には、相続人全員の法定相続分による共有での相続登記が必要なのである。   4 譲渡所得税の納税義務者は誰なのか そうすると、清算型遺贈により寄付をした相続税の納税義務者は誰なのか、という疑問が出てくる。不動産の売買は、遺言を書いた被相続人が死亡した後に、相続人に登記変更したうえで売却が行われる。しかし清算型遺贈では、相続人は何も利益を受けておらず、売却手続きも名目上だけのものである。 税法に明確な規定はないが、実質所得者課税(所法12(※))の考え方から、受遺団体を納税義務者と考えるのが一般的である。その場合でも、相続人の譲渡所得税を相続人の代わりに受遺団体が支払うと考えれば、住民税は課税されるが、被相続人のみなし譲渡所得税を被相続人に代わって支払うと考えれば、死亡した年の所得になるため、住民税は課税されない。この点につき税法の取扱いの明確化が望まれている。 (※) 所得税法第12条 〈清算型遺贈の流れ〉 ※クリックすると別ページで拡大表示されます。   5 納税の手続きはどうするのか 譲渡所得税を納付していないと、登記上は相続人の名義になっており、受遺団体の名前は出てこないので、相続人に対して、税金の督促が来る場合がある。 実際の納税は、遺言執行者が行い、税金を差し引いた金額を受遺団体に渡すケースと、遺言執行者が受遺団体に売却代金を渡して納税は受遺団体が行うケースがあるようである。どちらの場合も、事前に所轄の税務署と相談して、譲渡所得税の支払いは遺言執行者等が責任をもって行うので、相続人には確定申告書の送付はしないように伝えておく必要がある。   (了)

#No. 464(掲載号)
#脇坂 誠也
2022/04/07

2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】

2022年3月期決算における会計処理の留意事項 【第5回】 (追補)   史彩監査法人 公認会計士 西田 友洋   ◎ 最近の不安定な世界情勢下における会計処理等の留意事項   現在の世界情勢の不安定及び物価上昇等が企業に重要な影響を及ぼす可能性がある。そこで、以下では、このような状況下における3月決算で留意すべき主な論点を解説する。   1 関係会社株式の評価 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、関係会社(子会社及び関連会社)の業績が悪くなっている場合があると考えられる。この場合、関係会社株式の評価を慎重に検討する必要がある。非上場の関係会社株式の評価における具体的な検討は、以下のとおりである。 (注) 上場の関係会社株式の評価は、時価に基づき評価する。評価に際して、特段の論点はないため、本解説では取り扱っていない。 (1) 株式の評価 関係会社の財政状態の悪化(下記①参照)により実質価額が著しく低下(下記②参照)した場合は、減損処理する。 ただし、実質価額について、関係会社の事業計画等をもとに回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、減損処理は不要である。 事業計画等は実行可能で合理的なものでなければならず、回復可能性の判定は、特定のプロジェクトのために設立された会社で、当初の事業計画等において、開業当初の累積損失が5年を超えた期間経過後に解消されることが合理的に見込まれる場合を除き、おおむね5年以内に回復すると見込まれる金額を上限として行う。 したがって、回復可能性を監査人に説明する際には、基本的に5ヶ年の実行可能で合理的な事業計画を作成し、どうしてそのような数値になるのか、具体的に説明する必要がある。 【会計処理】 (2) 投資損失引当金の計上 関係会社株式の減損処理を行う必要はないと判断したが、以下のとおり、健全性の観点から、投資損失引当金を計上できる場合がある。 【会計処理】 (3) 債務超過に対する引当金 関係会社が債務超過である場合、実質価額がマイナスであるため、関係会社株式はゼロまで減損処理する。一方、関係会社の債務超過額は、最終的には、親会社が負担(子会社の場合は、全額負担、関係会社の場合は、他の株主との契約で決められた分の負担)する可能性が高いと考えられる。そのため、債務超過額のうち、負担する部分について関係会社事業損失引当金等で損失処理する必要がある。 【会計処理】   2 固定資産(のれんを含む)の減損 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化している会社、店舗、支店、工場等が多くなっている可能性がある。業績が悪くなっている場合、固定資産(のれんを含む)の減損についても慎重に検討する必要がある。具体的な検討は、以下のとおりである。 【会計処理】   3 貸倒引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、得意先(関係会社を含む)の業績が悪化し、売上債権の回収が延滞したり、貸倒れが発生する可能性がある。また、関係会社へ貸付を行っている場合、関係会社の業績の悪化により、貸付金の回収が延滞したり、貸倒れが発生する可能性がある。 そのため、貸倒引当金についても慎重に検討する必要がある。具体的には、期末日以前のみならず、期末日後の回収状況や法的整理等の情報を適時に入手した上で、債権を以下の3つに区分し、それぞれの区分ごとに貸倒引当金を算定する必要がある。特に、「貸倒懸念債権」又は「破産更生債権等」に該当する得意先、関係会社がないか、慎重に検討する必要がある。 【会計処理】 貸倒引当金繰入額は、原則、その性質に応じて販管費又は営業外費用に計上するが、非常に特殊な事象で、貸倒引当金繰入額が多額に発生する場合には、特別損失に計上することも考えられる。   4 債務保証損失引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、関係会社の業績が悪化し、経営難に陥り、関係会社において取引先に対する仕入債務の返済や金融機関への借入金の返済が滞る可能性がある。このような場合に、関係会社の仕入債務や借入金について、親会社が債務保証を行っている場合、債務保証に係る損失が発生する可能性がある。 そのため、債務保証損失引当金についても慎重に検討する必要がある。具体的には、期末日以前のみならず、期末日後の関係会社の仕入債務の支払状況や金融機関への借入金の返済状況に関する情報を適時に入手し検討する必要がある。 【会計処理】 債務保証損失引当金繰入額は、発生事由等に応じて営業外費用又は特別損失に計上することが考えられる。   5 リストラクチャリング関連の引当金 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化し経営難に陥った場合、将来に向けての立て直しのためにリストラ(支店・店舗・工場等の閉鎖、早期退職の募集等)を決定することが考えられる。このような場合、例えば、以下のような損失について見積もった上で、リストラクチャリング関連の引当金の計上を検討する必要がある。 (※) 従業員が早期退職制度に応募し、金額を合理的に見積もることができる時点で費用処理する。 【会計処理】 上記の勘定科目は例示であるため、各社の実態に応じて、適切な名称を付すことが考えられる。   6 繰延税金資産の回収可能性 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、会社の業績が悪化している場合、繰延税金資産の回収可能性の検討において、以下の点について、慎重に検討する必要がある。 (1) 税効果の企業の分類 業績の悪化により、課税所得が減少する場合、税効果の企業の分類を変更しなければいけない可能性がある。 (2) 一時差異等加減算前課税所得の見積り 分類3から分類4の会社において、繰延税金資産の回収可能性の検討に当たっては、一時差異等加減算前課税所得の見積りは非常に重要である。 しかし、世界の情勢不安、物価上昇等の影響により将来の業績への影響が不透明な場合、合理的で説明可能な事業計画を作成することが難しいため、一時差異等加減算前課税所得を見積もることが困難となる可能性がある。そのため、社内での情報収集を早めに行うことが重要である。 また、物価上昇等によるコスト増加要因がある場合、それについても事業計画に反映させる必要がある。 なお、事業計画を監査人に説明する際には、合理的で説明可能な事業計画を作成し、どうしてそのような数値になるのかを、具体的に説明する必要がある。 【会計処理(繰延税金資産を取り崩す場合)】   7 棚卸資産の評価 通常の販売目的で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とする。ただし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする。 世界の情勢不安による経済状況の停滞及び物価上昇等の影響により、以下のような状況が発生する可能性がある。 このような状況が発生した場合には、多額の棚卸資産評価損を計上しなければいけない可能性がある。そのため、当期の販売実績及び翌期以降の販売に関する情報を収集し、正味売却価額を合理的に見積もった上で、棚卸資産評価損の計上を検討する必要がある。 【会計処理】 棚卸資産評価損は、原則、売上原価に計上するが、収益性の低下に基づく簿価切下げ額が臨時の事象に起因し、かつ、多額であるときには特別損失に計上できる。   8 連結範囲の検討 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、子会社及び関連会社の以下の指標について、グループに占める割合が変動する可能性がある。そのため、従来、非連結子会社及び持分法非適用会社であった会社について、連結又は持分法の範囲に含める必要がないか検討する必要がある。 (1) 連結の範囲の指標 なお、上記の量的基準のみならず、赤字会社か、債務超過があるか、グループ内での位置づけはどうか等の質的重要性も考慮して連結の範囲を決定する必要がある。 (2) 持分法の範囲の指標   9 後発事象の注記 後発事象には、以下の2つがある。 現在の状況下では、期末日後に様々な事象が発生したり、意思決定を行うことが考えられる。後発事象の発生時点や内容により、修正後発事象又は開示後発事象のいずれに該当するかが異なるため、上記のいずれかに該当しそうな事象がある場合、適宜、監査人に確認することが望まれる。 【開示後発事象の例示】 (注) 上記項目は、開示後発事象としての例示であるが、発生時点等によっては、修正後発事象に該当する可能性もある。   10 継続企業の前提に関する注記 (1) 継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、業績が悪化している場合、新たに「継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況(以下、「事象又は状況」という)」が存在する場合に該当する可能性がある。 そのため、「事象又は状況」が存在する場合に該当していないかどうかを慎重に検討する必要がある。 【継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況の例示】 (2) 継続企業の前提に関する重要な不確実性が認められるとき 期末において、「事象又は状況」が存在する場合には、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応策(効果的で実効可能なもの)を検討する必要がある。具体的には、以下の対応が必要であると考えられる。 そして、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められるときは、継続企業の前提に関する以下の事項を計算書類及び有価証券報告書に注記する。 なお、貸借対照表日後において、「事象又は状況」が解消し、又は改善したため、継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められなくなったときには上記の注記を行う必要はない。ただし、この場合には、当該「事象又は状況」を解消し、又は改善するために実施した対応策を重要な後発事象として注記することも考えられる。 (3) 有価証券報告書の「経理の状況」より前における記載 上記(2)の注記が必要でない(「重要な不確実性」がない)場合であっても、「事象又は状況」が存在する場合には、有価証券報告書の「事業等のリスク」に事象又は状況が存在する旨、内容を記載し「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に対応策を記載する。 また、上記(2)の注記をする場合でも、当該注記に係る「事象又は状況」が発生した経緯及び経過等について、「事業等のリスク」及び「財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析」に記載する。 (4) 事業報告における記載 会社法に基づく事業報告においても、株式会社の現況に関する事項(会社法施行規則120①四、八、九等)に、適切な開示をすることが望まれる。 (5) 後発事象の注記 貸借対照表日後に「事象又は状況」が発生した場合で、当該事象又は状況を解消し、又は改善するための対応をしてもなお継続企業の前提に関する「重要な不確実性」が認められ、翌事業年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼすときは、重要な後発事象として、以下の事項を計算書類及び有価証券報告書に注記する。 上記のような後発事象のうち、貸借対照表日において既に存在していた状態で、その後、その状態が一層明白になったものについては、継続企業の前提に関する注記の要否を検討する必要がある。   11 監査対応 世界の情勢不安、物価上昇等の影響により、決算で検討すべき会計上の論点が多くなることが想定される。そのため、早めに監査人と協議を行うことが重要であると考えられる。 また、海外子会社については、決算の遅延又は資料提出の遅れも想定されるため、監査人とスケジュールを十分に調整することが重要であると考えられる。 (連載了)

#No. 464(掲載号)
#西田 友洋
2022/04/07

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕対象企業の見方・見られ方 【第25回】「M&Aの形態によって異なる相手の見方・相手からの見られ方」~形態別で考えるM&A検討のきっかけ・目的・着目点~

〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第25回】 「M&Aの形態によって異なる相手の見方・相手からの見られ方」 ~形態別で考えるM&A検討のきっかけ・目的・着目点~   公認会計士・税理士 荻窪 輝明   《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒M&Aの形態によって異なる売り手の見方について理解を深める。 売り手企業 ⇒M&Aの形態によって異なる買い手からの見られ方について理解を深める。 支援機関(第三者) ⇒M&Aの形態によって異なる対象企業の見方を知り助言や支援に活かす。 その他の対象者 ⇒M&Aの形態によって異なる対象企業の見方・見られ方のポイントをつかむ。   1 形態によって異なるM&Aの戦略 中小企業のM&Aと一口に言っても、様々な形態があります。コロナ禍では、自社の行う事業と全く異なる事業、特に、自社の業績の動き方とは逆方向になるような事業をM&Aによって取得することによって、互いのリスクをヘッジし合い、有事における最悪の展開を回避できるような相手先を探す例も見られます。 しかし、このパターンでは、買い手の売り手事業に対する理解や経験値の不足から、統合後の失敗リスクも低くはないでしょう。ですから、現状でも、中小企業M&Aの多くは、同業種同業態企業との統合(水平統合)か、商流の川上や川下企業との統合(垂直統合)が自然な選択肢となります。 このとき、買い手がM&Aを検討するきっかけや目的は、希望するM&Aの形態によって異なりますので、売り手としては、買い手がなぜ当社へのM&Aを希望し、何に期待するのかを知って対応するのが良いと思われます。 そこで、今回は、M&Aの形態別に、買い手がM&Aに何を期待し、売り手の何に着目するかを知ることで、買い手、売り手の見方・見られ方を考えます。   2 買い手から見たM&Aを検討したきっかけや目的 次の図は「2021年版中小企業白書」に掲載されたものです。希望するM&Aの形態別(水平統合と垂直統合別)に、買い手側がM&Aを検討したきっかけや目的が並んでいます。 (出典) 中小企業庁「2021年版中小企業白書」Ⅱ-378ページ 水平統合の場合、買い手は「売上・市場シェアの拡大」をM&Aの主な目的としています。「新事業展開・異業種への参入」「人材の獲得」も相対的に高い割合を示しますが、調査結果からは、統合によるグループの売上・市場シェアを伸ばせる相手を好む傾向にありそうです。 一方、垂直統合では、水平統合と同じように買い手は「売上・市場シェアの拡大」を主な目的としつつも、水平統合に比べるとその割合は少なく、これに次ぐ「新事業展開・異業種への参入」「人材の獲得」「技術・ノウハウの獲得」が高い割合となっているのが特徴的です。 水平統合の場合、すでに買い手が売り手と類似のビジネスでノウハウを十分に蓄積しており、しかも、通常は売り手よりも買い手のビジネスの方が順調にいっている可能性が高いわけですから、売り手の現有資産やノウハウにはそれほどの興味がなく、ビジネスとして統合後にどれだけ売上や市場シェアを拡大できるかの志向が強くなります。 売り手軽視というわけではありませんが、買い手としては、売り手自体の魅力よりも、今後お金になる事業かどうかを吟味している可能性が高くなります。 売り手としては、このような事情を理解した上で、良いビジネスパートナーとなりうるかを見定めるのが水平統合による留意点となります。 垂直統合の場合は、水平統合と異なり、買い手は、商流の川上から川下まである程度の理解はあるものの、自らのビジネス範囲を超えるノウハウまでは備えていないケースが多いです。ですから、売り手に期待する内容も売上・市場シェアだけでなく、売り手そのものが持っている価値や魅力に関するものが多くなりやすいです。M&Aを機に、売り手の持つ強みを積極的に取り入れたい、売り手から教わりたいという希望も含まれます。 売り手としては、水平統合の場合と比べ、ある程度、売り手の独立性を保った上で事業展開がしやすくなること、買い手と対等な立場で交渉を進めやすいことから、売り手の事業に魅力があるほど、買い手との交渉は有利に進みやすくなります。   3 買い手がM&Aを実施する際に重視する確認事項 次の図も「2021年版中小企業白書」に掲載されたものです。希望するM&Aの形態別(水平統合と垂直統合別)に、買い手側がM&Aを実施する際に重視する確認事項が並んでいます。 (出典) 中小企業庁「2021年版中小企業白書」Ⅱ-380ページ あくまで回答に基づくものですが、この結果を見ると、水平統合の場合は、「直近の売上、利益」「借入等の負債状況」などの財務面を重視する傾向にあり、垂直統合の場合は、「既存事業とのシナジー」「事業の成長性や持続性」などの事業そのものを重視する傾向にあります。これらから、M&Aの形態によって、買い手が重視する確認事項にはっきりと差が生まれることがわかります。 売り手から見れば、水平統合と垂直統合では、買い手が売り手に興味を抱く要素が異なるわけですから、売り手がM&Aを検討する際には、水平統合と垂直統合のいずれが自社にとって望ましい選択肢になるかを考える決め手の1つになります。水平統合を希望する買い手候補との交渉がうまくいかなくても、垂直統合を望む相手とはマッチするという可能性があることを示しています。 買い手にとっても、希望するM&Aの形態の違いが重視する確認事項の違いにつながるわけですから、確認事項の優先順位をつけやすくなる意味で、効率的な相手探しができるようになります。また、売り手候補を探す過程で、当初は水平統合を念頭に置いていたが、案外、垂直統合がうまくいくのかもしれない、といった気づきになり、買い手に合うM&Aの形態が発見できるかもしれません。 今回は、水平統合、垂直統合の形態別に、「2021年版中小企業白書」に掲載の調査結果から対象企業の見方・見られ方の違いを紹介しましたが、実務上のノウハウや知見について、こうした公表資料からヒントを得られる場合が決して少なくありません。「2021年版中小企業白書」には、これ以外にもM&Aに関する情報が多数掲載されていますので、積極的に活用して、各社のM&Aの成功につなげていただければと思います。 (了)

#No. 464(掲載号)
#荻窪 輝明
2022/04/07
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