居住用財産の譲渡損失特例[一問一答] 【第25回】 「所有者として居住したことのない生計を一にする親族の居住用家屋を譲渡した場合」 -生計を一にする親族の居住用家屋の譲渡- 税理士 大久保 昭佳 Q Xは、妻と共に大阪にある社宅に居住し、Xの子供(大学生)と両親は、東京の父親の所有する家屋に居住していました(従来はXも妻も同居していました)。 本年1月、父親の死亡により、Xはその家屋と敷地を相続しましたが、相続後すぐに売却しました。同年7月には勤務先を定年退職し、銀行に10年間超の住宅ローンを組んで、東京に新たな居住用家屋を取得して現在居住中です。 売却した家屋と敷地は、父親が地価高騰期に購入した物件であったことから、多額の譲渡損失が発生しました。 他の適用要件が具備されている場合に、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例(措法41の5)」を受けることができるでしょうか。 A 「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることはできません。 ●○●○解説○●○● 譲渡資産であるその所有する家屋が、措通31の3-2(居住用家屋の範囲)に定める家屋に該当しない場合であっても、措通31の3-6(生計を一にする親族の居住の用に供している家屋)に定める全ての要件を満たしているときは、「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができることとされています(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 しかしながら、本事例の場合のXは、所有者としてその家屋に居住したことはなく、措通31の3-6(1)に定める、「当該家屋は、当該所有者が従来その所有者としてその居住の用に供していた家屋であること」の適用要件が満たされず、Xの居住の用に供している家屋としては取り扱われません。したがって、Xは「居住用財産買換の譲渡損失特例」を受けることができません。 なお、この取扱い規定は、「特定居住用財産の譲渡損失特例(措法41の5の2)」についても準用されます(措通41の5の2-7(居住用財産を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例に関する取扱い等の準用))。 (了)
収益認識会計基準を学ぶ 【第2回】 「基本となる原則」 -5ステップの概要- 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 第2回は、収益認識会計基準の基本となる原則、いわゆる「5ステップ」について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 5ステップ 収益認識会計基準の基本となる原則は、約束した財又はサービスの顧客への移転を当該財又はサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で描写するように、収益を認識することである(収益認識会計基準16項)。 基本となる原則は、IFRS第15号と同様に、顧客との契約から生じる収益及びキャッシュ・フローの性質、金額、時期及び不確実性に関する有用な情報を財務諸表利用者に報告するためのものである(収益認識会計基準115項)。 そして、当該原則に従って収益を認識するために、次の①から⑤のステップを適用する(収益認識会計基準17項)。これがいわゆる5ステップである。 5ステップについては、収益認識適用指針において、「[設例1] 収益を認識するための5つのステップ(商品の販売と保守サービスの提供)」が示されており、収益認識会計基準の全体の把握に資するものと考えられる。 Ⅲ 個々の契約を対象とすること 1 原則的な方法 収益認識会計基準は、顧客との個々の契約を対象として適用することが原則である(収益認識適用指針92項から104項に定める重要性等に関する代替的な取扱いを含む。収益認識会計基準18項)。 2 許容される方法 実務では、企業が多数の類似した契約又は履行義務を有していることがある。 そこで、収益認識会計基準は、実務的な方法として、一定の条件のもとで次の方法を許容している(収益認識会計基準18項)。いわゆるポートフォリオ・アプローチである。 特性の類似した契約又は履行義務から構成されるグループ全体に適用する方法としては、例えば、当該グループを収益認識の単位又は収益の額の算定単位として用いることが考えられる(収益認識会計基準116項)。 また、例えば、特性の類似した複数の契約に含まれる財及びサービスのそれぞれが履行義務として識別され、当該履行義務に取引価格を配分する際には、原則として、個々の契約について、財及びサービスのそれぞれの独立販売価格の比率に基づくこととなる(収益認識会計基準116項)。 ただし、個々の契約に基づき配分された取引価格との差異が財務諸表上の重要性のある影響を生じさせないことが合理的に見込まれる場合には、類似した複数の契約を1つのグループとし、当該グループに含まれる財及びサービスの独立販売価格の合計と取引価格の合計との比率を用いて、当該グループに含まれる各契約の財及びサービスの独立販売価格から当該財及びサービスに配分される取引価格を算定する方法も認められる(収益認識会計基準116項)。 (了)
値上げの「理屈」 ~管理会計で正解を探る~ 【第13回】 「値引きを効果的に働かせる」 ~思い出、買い取ります~ 公認会計士 石王丸 香菜子 登場人物 * * * 人は、自分の保有しているものについては強い愛着を持ち、高い価値を感じやすい傾向にあります。他人からすればポンコツのパソコンでも、リミちゃんにとっては特別に価値のあるパソコンなのですね。経済学者リチャード・セイラーはこの現象を「保有効果」と名付けました。 * * * 《昨年3月~5月の実績》 ※売上高の月別明細 * * * 『期間限定の値引きキャンペーン』・・・よく見る光景ですが、キャンペーンが終了して通常価格に戻った時、買いたい気持ちが急激に薄れてしまいませんか? 人は商品の購入を検討する際、商品の価格を何らかの基準と比較して、割高か割安かを判断しています。この基準は「参照価格」といって、「通常価格」や「希望小売価格」は外的な参照価格です。一方で、人のココロや記憶の中にも内的な参照価格があります。過去に経験した価格などをもとに形成される基準で、「この商品ならこれくらいの価格だろう」という感覚です。 通常価格5,800円のエプロンについて、いったん値引きして4,800円で販売した場合、その価格を見たり聞いたりした人の持つ内的参照価格は4,800円へと下がってしまいます。その後エプロンの購入を検討する際には、この下がった内的参照価格4,800円と比較するので、通常価格5,800円でも割高に感じ、買いたいと思わなくなってしまうのです。 * * * * * * お客さんが「利益を得た時の満足感」や「損失を被った時のがっかり感」について、以下のようにとらえる考え方があります。縦軸はお客さんの効用(「満足感」や「がっかり感」)、横軸はお客さんの利得と損失です。 人の効用は、利得や損失の絶対値ではなく、比較の基準となる元の水準(=「参照点」)からどれくらい離れているかという相対的な利得や損失によって決まります。この参照点は常に同じ水準ではなく、環境や経験などの影響を受けて揺れ動いています。また、ある損失がもたらす「がっかり感」は、同額の利得がもたらす「満足感」よりも大きなインパクトを持っています(損失エリアのグラフの傾きが、利得エリアのグラフの傾きよりも急なのは、この傾向を表しています)。 つまり、エプロンの購入を検討するお客さんの「満足感」や「がっかり感」は、エプロンの販売価格そのもの(「5,800円」や「4,800円」という絶対額)で決まるのではありません。エプロンの販売価格が、その時点における内的参照価格からどれくらい離れているかによって、お客さんの満足感やがっかり感が決まるのです。 4月時点では、通常価格5,800円がお客さんの参照点になっています。お客さんにとって、4月の販売価格4,800円は、参照点と比較して1,000円の利得です。1,000円の利得によって「満足感」(お得な感覚)が得られるので、購入したいと思うお客さんが増えます。ただし、お得な感覚は「ほどほど」なので、お客さんが大幅に増えるほどではありません。 4月(値引き価格4,800円で販売) 一方、5月になると、先月のキャンペーン価格4,800円を見たり聞いたりした後なので、参照点は4,800円になっています。5月の販売価格5,800円は、お客さんにとって、参照点と比較して1,000円の損失です。1,000円の損失によって「がっかり感」(損した感覚)が生じるので、購入したくないと思うお客さんが増えます。しかも、損失の場合に生じる「がっかり感」は、同額の利得がもたらす「満足感」よりも大きなインパクトを持っており、ものすごく損した気分になるので、買いたくない人が続出してしまう(!)のです。 5月(通常価格5,800円に戻して販売) この考え方は、経済学者カーネマンとトヴェルスキーが提唱した「プロスペクト理論」によるものです。投資行動を説明する理論としてよく取り上げられるので、ご存知の方も多いでしょう。 * * * ・・・(その後)・・・ 《今年3月~5月の実績》 ※売上高の月別明細 * * * お客さんは、現在使っている物の買い取りや下取りをしてもらえると、思い入れのある愛用品に対して一定の評価が得られたと感じ、買い替えやすい心理になるものです。また、販売側にとっては実質値引きであっても、お客さんに対しては『中古品の買い取り代金を商品購入代金に充てる』というスタイルを採ると、お客さんは商品そのものの価格が下がった印象を受けないので、その後の内的参照価格が下がることを防止できます。 値引きをする場合には、単に値引くのではなく、値引きを効果的に働かせる工夫や内的参照価格を下げにくい方法を探してみましょう。 (了)
給与計算の質問箱 【第16回】 「産前産後休業中、育児休業中の給与計算」 税理士・特定社会保険労務士 上前 剛 Q 当社の役員Aと従業員Bが産前産後休業、育児休業を取得する予定です。産前産後休業中、育児休業中の役員Aの役員報酬、従業員Bの給料は0円です。役員報酬の期中での減額は問題ないでしょうか。 また、役員と従業員で社会保険の扱いの違いはあるでしょうか。 A 役員報酬の期中での減額は問題ない。役員と従業員で社会保険の扱いの違いはある。 * * 解 説 * * 1 役員報酬の減額 役員が出産や育児を理由に職務の執行ができなくなった場合に役員報酬を減額することは、定期同額給与の臨時改定事由による改定とされる。 2 役員と従業員で社会保険の扱いの違いの有無 (了)
税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第16回】 「鑑定実務が固定資産税や相続税評価から学ぶこと」 ~土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価を例として~ 不動産鑑定士 黒沢 泰 鑑定評価も、固定資産税評価も、そして相続税評価においても、所詮、その対象とするものは同じ不動産であり、アプローチの方法や手法が異なるに過ぎません。また、それぞれの性格上、時間や費用をかけて個別に精査すべきもの(鑑定評価)と、時間や費用を極力かけずに簡便に評価することを目的とするもの(固定資産税評価、相続税評価)とを区別して考えるのも止むを得ないことかもしれません。 ただ、世の中の流れが想像以上に早く、その動向を速やかに不動産鑑定評価基準に取り込んで評価実務に活かすのが難しいケースが生じます。その理由は、状況変化を不動産鑑定評価基準に的確に反映させるためには、市場での取引慣行の形成や普遍性といった観点から十分に検証を行わなければならず、そのためにはある程度の時間を要するからです。 その典型例が、昨今話題とされている土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価をどのようにすべきかという問題です。このような問題に取り組み、これを基準に反映させるまでには相当の時間を要するのが実情です(それまでは不動産鑑定士の個々の判断に基づいて評価を行わざるを得ないのが実情です)。 その反面、税務の観点からすれば、対象地が土砂災害(特別)警戒区域に指定されており、通常の土地に比べて使い勝手の悪い土地であれば、納税者は今すぐに税額を少しでも安くしてもらいたいと考えることでしょう。固定資産税の評価や相続税の評価では、課税の公平性の観点からこのような事情も考慮する必要があるでしょうから、評価が難しい案件に関しても画一的な物差し(評価尺度)を決めて対応せざるを得なくなると思われます。 かくして、同じ案件を評価するにしても、現状では不動産鑑定士の個々の判断によって行わざるを得ないケースと、補正率そのものは市場における検証を経ていないものの、画一的に作成された価値尺度によって評価を行うケース(固定資産税評価、相続税評価)が共存することになります。不動産鑑定士がこのような案件に遭遇した場合、客観性を求める意味で固定資産税や相続税評価の実務を参考にしたり、学ぶべきことが大いにあると思われます。 今回は、このような問題意識から、土砂災害(特別)警戒区域に指定されている土地の評価を取り上げます。 1 土砂災害(特別)警戒区域とは 「土砂災害警戒区域」とは、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に住民等の生命又は身体に危害が生ずるおそれがあると認められる区域を指します。そして、売買の対象地がこのような区域に属する場合、宅地建物取引業者には、当該土地が土砂災害警戒区域内にある旨の重要事項説明義務が課せられています。 また、「土砂災害特別警戒区域」とは、急傾斜地の崩壊等が発生した場合に、建築物の損壊が生じ住民等の生命又は身体に著しい危害が生ずるおそれがあると認められる区域を指しています。すなわち、土砂災害警戒区域のなかで、さらに危険性を増す区域です。そのため、住宅宅地分譲、社会福祉施設及び学校等のような災害時要援護者施設の建築のための開発行為(特定開発行為)は事前に都道府県知事の許可が必要となるほか、建築物の構造規制が行われたり、都道府県知事による建築物の移転等の勧告や支援措置が実施されます。 さらに、宅地建物取引業者には、特定の開発行為に関して都道府県知事の許可が必要なこと等の重要事項説明義務が課せられます。 これらの相違を要約すれば、 といえます。そして、これらの相違が価格に与える影響度の相違となって現れます。 2 土砂災害(特別)警戒区域内にある土地の価値が低くなる理由 土砂災害(特別)警戒区域内にある土地の価値が低くなる理由は、常識的に考えても察しがつくことと思われますが、ここでは少々実務的な側面から検討してみます。 (1) 土砂災害警戒区域の場合 単に、土砂災害警戒区域に指定されている土地の場合、建築規制や開発規制がないことから、土地利用制限という点では減価は生じません。しかし、災害リスクの公表(危険の周知)による心理的な要因が、価格にマイナスの影響を及ぼすことがあります。 ⇒市場性の減退 (2) 土砂災害特別警戒区域の場合 土砂災害警戒区域に指定されている土地以上に、心理的な要因が価格にマイナスの影響を及ぼす可能性が高いといえます。 ⇒市場性のさらなる減退 それだけでなく、特定開発行為に対して許可制がとられていることに加えて建築規制がなされており、居室を有する建築物については構造強化(※)が必要となります。 ⇒許可を要するまでの時間、これにかかる費用、許可を受けられなかった場合のリスク等が市場性の減退要因となるほか、構造強化(対策措置)にかかる費用が減価要因となります(通常であればこのような措置をとらずに利用できる土地がそのままでは利用できないためです)。 (※) 建築基準法施行令第80条の3では、土砂災害特別警戒区域内における居室を有する建築物の外壁及び構造耐力上主要な部分の構造は国土交通大臣が定めた方法による旨定めていますが、具体的には外壁等の構造耐力上主要な部分を鉄筋コンクリート造とすることとされています(平成13年3月30日国土交通省告示第383号)。 3 実際には難しい土地評価 宅地開発や建築の規制を伴う区域については、一般的に土地取引が少なく、また、不動産鑑定士の得意とする地価調査基準地等の選定もほとんどないため、統計等による地価変動の把握は困難な場合が多いといえます。 したがって、理論的な手法となりますが、鑑定実務では規制を伴うことによる対策工事等の観点から、理論的に減価の把握をする方法でアプローチしていきます。その際、土砂災害特別警戒区域(通称:レッドゾーン)において宅地利用する場合には、防護壁や建物の構造による対策費が必要となり、通常、この対策費用相当額が土地の減価と認識できます。 ただし、地価が低廉な地域においては、対策工事を行ってまで宅地利用することが見合わない場合もあり得ます。このような地域においては、レッドゾーンは宅地として使用せずに、レッドゾーン以外の残地を使用することが合理的な使用方法(=最有効使用の方法)となりますが、実務的な判断は容易でないケースも多いのが実情です。 4 固定資産税や相続税の評価では (1) 固定資産税の評価 市町村ごとに「所要の補正」という形で、例えば以下のような方法で減価を行っているケースが多くみられます。 ① A市の場合 ⇒ 一律補正 ② B市の場合 ⇒ 地積割合により補正 (2) 相続税の評価 財産評価基本通達では、土砂災害特別警戒区域内の土地の評価につき次の規定を設けていることは、税理士の皆様にはご承知のとおりと思われます。 ここで、特別警戒区域補正率表とは以下に掲げるものです。ここでは、その宅地の総地積に対する土砂災害特別警戒区域内の地積の割合に応じて補正率を画一的に定めている点が特徴的です。 5 まとめ 既に述べたとおり、土砂災害(特別)警戒区域内の土地評価については、不動産鑑定評価基準においても明確な規定は設けられておらず、これに特化した実務の指針はまだ作成されていません。そのため、理論的な手法(通常の土地価格から対策費用相当額を控除する手法)に加えて固定資産税評価や相続税評価の実務で使用されている減価率等を参考にすることに大きな意義を見い出すことができます。 (了)
〈知識ゼロからでもわかる〉 ブロックチェーン技術とその活用事例 【第8回】 「シェアリングエコノミー×ブロックチェーン」 東京ハッシュ株式会社 代表取締役 段 璽 シェアリングエコノミーとは、個人又は法人が保有する遊休資産の貸出しを仲介するサービスであり、貸主は遊休資産の活用による収入、借主は所有することなく利用ができるというメリットがある。 例えば、近年民泊サービスである「Airbnb(エアビーアンドビー)」やライドシェアリングサービスである「Uber(ウーバー)」のような、特定の企業が仲介者となり運営するプラットフォームにより遊休資産を活用したシェアリングエコノミー市場が活況である。しかしながら、ブロックチェーンのスマートコントラクトを利用することにより、サービスの提供者とサービスの受領者が第三者を介することなく、利用権の管理及び取引などが行えるプラットフォームを実現することが可能である。 1 カーシェア 現在、日本で流行しているカーシェアリングサービスは、厳密には、仲介事業者がカーシェアというサービスを提供することで成り立っている。つまり、車を所有することに多額のコストが発生するようになっていたところに着目し、車を不特定多数の利用者にサービスとして提供することで、事業を行っている。しかしながら、ブロックチェーンやスマートコントラクトを活用することにより、仲介業者抜きにプラットフォームとして介在することになる。 2 スマートロック スマートロックとは、物理的な鍵を持たなくても、スマートフォンなどのデバイスのアプリケーションから自宅などの鍵を解錠・施錠できるサービスのことである。鍵を解除できる権限やコンセントから電気を利用する権限など、家庭に関するシーンでも様々な利用シーンが想定される。 例えば、物理的な部屋の鍵を人に渡すとコピーされてしまうおそれがあるが、鍵をスマートロックに変更すれば、宿泊施設、レンタル会議室、自宅の一室などを気軽にレンタルすることが可能である。また、部屋に限らず、車や自転車のシェアリング、コインランドリー、宅配ボックスなど、この仕組みを活用し応用できるビジネス形態は無数にあるであろう。 3 電子書籍、電子図書館 ブロックチェーンを用いて電子書籍の所有権をトークンで発行すれば、トークンの売買による中古販売やユーザー間の受渡しが可能になる。トークンの発行数・流通量に透明性が担保されるため、ユーザーは本の人気度を客観的に量ることも可能となる。 また、電子書籍の閲覧権をブロックチェーンで管理することで、電子図書館が実現可能になる可能性がある。電子図書館と同様、コンテンツの利用権をブロックチェーンで管理することで、著作権者を保護しながら、利用の促進を図れる可能性が考えられる。 4 チケットサービス 転々流通可能なチケットをブロックチェーン上で正式に発行、管理することで、いわゆる違法なダフ屋などの介在なしに、チケットの効率的な流通販売管理が可能になる。ブロックチェーンの耐改ざん性により、発行者の証明や権利所有を担保し、トークンに記録された電子チケットの流通経路(発行、利用、譲渡など)の把握が可能となる。 5 電力シェア 従来は、大手電力会社が大規模集中型の発電施設で電気をつくり、送配電網を通じて消費者に小売りしていた。しかしながら、ブロックチェーン技術の発達により、第三者を介さず、安価で安全な電力取引が可能となっている。 例えば、太陽光発電所を保有する需要家が発電した電力を自宅で消費し、余った電力を近隣の需要家に売電するとした場合、従来であれば、両者が近隣であっても、電力会社等の第三者がいったん電力を買い取ってから売電せざるを得なかった。これがブロックチェーン上の取引なら、仲介者がいなくても両者間で直接電力の価値を移転することができる(P2P)。また、取引の資金決済は、スマートコントラクトにより、ブロックチェーン上でも可能である。 また、発電コストが時々刻々と変動する再エネ等、調達コストの変動に応じた最適な電気料金をリアルタイムで自動的に設定することに加え、電力料金を需要に追従して最適化するアルゴリズムの導入を行い、決定した電気料金は、需要家に設置したスマートメーターから情報を取得する。需要が高まるか供給が不足すると電気料金が高くなり、逆に、深夜など需要が低い時間帯には電気料金が安くなる。このような仕組みの構築により、需要家は最適な電気料金をリアルタイムに契約(スマートコントラクト)することが可能となる。 (了)
《速報解説》 金融庁、令和3年3月期以降の事業年度における 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項等を公表 ~感染拡大の影響を踏まえ、新型コロナの影響に関する開示の審査を重点的に行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 令和3(2021)年4月8日、金融庁は次のものを公表した。 令和3年3月期以降の有価証券報告書の作成に当たっては、これらに記載されている事項に特に注意し、適切に作成する必要があると考えられる。 後述するように、「令和2年度 有価証券報告書レビューの審査結果及びそれを踏まえた留意すべき事項」では、国際財務報告基準(IFRS)第15号「顧客との契約から生じる収益」の適用に関する審査結果が記載されているので、有価証券報告書の収益認識に関する開示に際して注意が必要である。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項について 令和3年3月期以降の事業年度に係る有価証券報告書の作成・提出に際しての留意すべき事項として次のことを述べている。 1 新たに適用となる開示制度に係る留意すべき事項 2021年3月期に適用される開示制度に係る公表・改正のうち、主なものは以下のとおりである。 2 有価証券報告書レビューの審査結果及び審査結果を踏まえた留意すべき事項 令和2年度の有価証券報告書レビューに関して、現在(2021年4月8日時点)までの実施状況を踏まえ、複数の有価証券報告書提出会社に共通して把握された事項に関し、記載に当たっての留意すべき事項について述べている。 当該事項を記載している別紙1は、表紙を含めて45ページある。 記載内容が不十分であると認められた事項には、会計監査の対象となる財務諸表等に関わるものも含まれているため、留意すべき事項等については、提出会社だけでなく、監査を実施する公認会計士又は監査法人においても、十分に留意いただきたいと記載されているので、改めて有価証券報告書の作成に際しては注意が必要である。 令和2年度の有価証券報告書レビューでは、以下の重点テーマに着目して審査する予定であったが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の長期化を踏まえ、新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示の審査を重点的に行う一方で、以下のうち、①のセグメント情報の審査を中止している。 本稿では、「審査結果」において確認された事例について、「適切ではない事例」として紹介する。なお、各所において「新型コロナウイルス感染症の影響に関する開示のポイント」が記載されている。 3 過年度の審査結果のフォローアップ 平成31年度の有価証券報告書レビューにおいて、金融庁は記述情報(「役員の報酬等」や「株式等の保有状況」)の記載内容に改善の余地があると考えられる提出会社に、翌年度からの改善・記載の充実を求める通知をしている。 令和2年度の有価証券報告書レビューでは、当該通知を行った提出会社の有価証券報告書の記載内容をあらためて確認するフォローアップを実施し、大半の提出会社で記載内容の改善・記載の充実が見られた一方、前年度の記載からほとんど変化がなく、改善が見られない提出会社も確認されたとのことである。 前年度から改善が見られない提出会社に対しては、再度、改善・充実を求める通知をしているとのことである。 Ⅲ IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の適用に関する審査 IFRSを任意適用する企業において、顧客との契約から生じる収益に関する開示がIFRS第15号に基づいて適切にされているかについて確認したところ、主に以下の各項目の開示等について、開示目的に照らすと改善の余地があると考えられる事項が識別されたとのことである。 なお、IFRS第15号の開示に関する包括的な定めの趣旨を踏まえ、本年度の重点テーマ審査では、不備の指摘を主目的とせず、より充実した開示に向けた対話を重視したとのことである。 1 全般的な留意事項 2 収益の分解 3 履行義務 4 残存履行義務に配分した取引価格 5 履行義務の充足の時期の決定 6 見積りを伴う判断 Ⅳ 有価証券報告書レビューの実施について(令和3年度) 1 法令改正関係審査 2021年3月31日以降を決算期末とする有価証券報告書の提出会社を対象として、「会計上の見積りの開示に関する会計基準」及び「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」の改正について、適切な記載がなされているかを審査する。 有価証券報告書提出会社は、別添の「調査票」に回答することが求められているので、有価証券報告書の作成に際して注意が必要である。 2 重点テーマ審査 令和3年度の有価証券報告書レビューについては、次のテーマに着目し、2021年3月31日以降を決算期末とする有価証券報告書の提出会社の中から審査対象会社を選定するとのことである。 財務局等からの質問状には、次の観点も反映していると述べられており、本3月期の有価証券報告書の作成に際しても、下記の観点を十分に考慮し、開示の要否を判断すべきものと解される。 (了)
2021年4月8日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.414を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第1回】 「課税事業者が適格請求書発行事業者登録をする判断ポイント」 税理士 石川 幸恵 【Q】 私は飲食店を経営しています。開業当初の一定期間を除いて消費税の課税事業者です。令和5年10月1日を含む課税期間も消費税の課税事業者であることが既に確定しています。 プライベートで来店されるお客様が多いですが、接待、職場の親睦会などビジネスで利用するお客様もいらっしゃいます。ビジネス利用のお客様からは「(経費精算するので)領収書をください」と言われます。私たちのようなお店は、適格請求書発行事業者の登録をすべきなのでしょうか。その判断のポイントを教えてください。 ※本文中に特に記載がない限り、法人・個人事業者共通です。 〔ポイント〕 (1) 適格請求書発行事業者か否かで売上先から選別される恐れがある。 (2) 適格請求書発行事業者の登録申請、領収書の記載事項の見直し等の準備が必要。 (3) 登録事項が国税庁のホームページに公開される。 (4) 登録するかしないかは任意である。 * * * 【A】 (1) 適格請求書発行事業者か否かで売上先から選別される恐れ ① 適格請求書等保存方式への変更 令和5年10月1日から仕入税額控除の要件が「適格請求書等保存方式(いわゆる「インボイス制度」)」に変わります。【Q】のように飲食店をビジネスで利用したお客様は、飲食代に含まれる消費税額等について仕入税額控除をするため、適格請求書等に該当する領収書の交付を求めると思われます。 ② 適格請求書等を交付できるのは登録を受けた適格請求書発行事業者のみ 適格請求書等は税務署長に登録を受けた適格請求書発行事業者にしか交付できません。課税事業者であっても登録を受けない限り、適格請求書等は交付できないのです(インボイスQ&A問1)。 【Q】のような飲食代は比較的少額と考えられますが、より高額な仕入や外注の取引先の選定にあたっては、仕入税額控除ができない取引先(一定の経過措置あり。インボイスQ&A問110)よりも、適格請求書発行事業者である取引先が優先される可能性は否定できません(※)。 (※) 適格請求書発行事業者の登録をしていない事業者に対して、転嫁拒否等をすることは、独占禁止法や下請法の規制対象となる恐れがあります。 (2) 適格請求書発行事業者の登録申請、領収書の記載事項の見直し等準備が必要 ① 登録の申請 適格請求書等を交付しようとする課税事業者は納税地を所轄する税務署長に適格請求書発行事業者の登録申請書を提出し、適格請求書発行事業者として登録を受ける必要があります(インボイスQ&A問1)。手続きの詳細は次回以降で取り上げます。 ② 領収書の記載事項の見直し 飲食店は適格簡易請求書という適格請求書よりも記載事項が簡易なものの交付が認められています(インボイスQ&A問25)が、現在の区分記載請求書等よりも記載事項が増えます。記載事項は以下のとおりです。なお、下線部分が新たに追加されます(インボイスQ&A問56)。 (3) 登録事項が国税庁のホームページに公開 ① 公表の目的 適格請求書発行事業者の登録事項はインターネットを通じて国税庁のホームページにおいて公表されますので、特に個人事業主の方などで、公表に抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。公表の目的は、公表事項の閲覧を通じて、適格請求書等の作成者が適格請求書発行事業者に該当するかを確認するためです(インボイスQ&A問1、問20)。 ② 公表事項 公表事項については次のとおりです(国外事業者に関するものは省略)。個人事業者については住所地を公表しないなど一定の配慮がされています。 主たる屋号や主たる事務所の所在地を公表するにあたっての申出は、「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」によることとなっていますが、本稿執筆時点で、申出書の書式を含め申出の方法は明らかになっていません。また、適格請求書発行事業者の氏名に関して、旧姓や通称の使用の可否についても明らかになっていません。 インボイスQ&A(令和3年7月改訂)で、適格請求書発行事業者の氏名に関して、旧姓や通称を氏名として公表、又はこれらを氏名と併記して公表する方法が明らかになりました(インボイスQ&A問2)。 旧姓や通称の登録は、「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」によって行います。「適格請求書発行事業者の公表事項の公表(変更)申出書」の様式もインボイスQ&Aの改訂と同時に公表されました。 詳細は連載【第6回】以降で解説します。 (4) 登録するかしないかは任意 適格請求書発行事業者の登録を受けるかどうかは任意です(インボイスQ&A問11)が、飲食店のような消費者が主たる売上先である事業者も登録することをお勧めします。上の(2)、(3)で示したような準備の手間や公開への抵抗感もありますが、ビジネス利用のお客様から適格請求書等を求められたときに交付できるメリットの方が大きいと思われます。 (了)
〈判例評釈〉 ユニバーサルミュージック高裁判決 【第5回】 公認会計士・税理士 霞 晴久 (B) IBM事件 〈ア〉 IBM事件控訴審が示した判断枠組み 法人税法132条1項が定める不当性要件該当性の判断枠組みについて、IBM事件高裁判決(※30)では、経済合理性基準を示した後、「経済的合理性を欠く場合には、独立かつ対等で相互に特殊関係のない当事者間で通常行われる取引(独立当事者間の通常の取引)と異なっている場合を含むものと解するのが相当であり、このような取引に当たるかどうかについては、個別具体的な事案に即した検討を要する」と判示し、経済合理性基準の具体的な適用において、いわゆる独立当事者間基準を加味するという考え方を示した(※31)。 (※30) 東京高裁平成27年3月25日判決(平成26年(行コ)第208号、TAINSコード:Z265-12639) (※31) 同様な判断を示した裁判例として、所得税法における行為計算否認規定である所得税法157条1項の不当性要件該当性について争われた、いわゆる「パチンコ平和」事件がある。同事件の第一審判決(東京地判平成9年4月25日・判時1625号23頁、TAINSコード:Z223-7906)は、「経済活動として不合理、不自然であり、独立かつ対等で相互に特殊な関係にない当事者間で通常行われるであろう取引と乖離した同族会社の行為又は計算により、株主等の所得税が減少するときは、不当と評価されることになる(下線筆者)」と判示している。同事件の控訴審判決(東京高判平成11年5月31日・訟月51巻8号2135頁、TAINSコード:Z243-8416)も同様の判断を示している。ただし、同事件の最高裁判決(最判平成16年7月20日・判時1837号123頁、TAINSコード:Z254-9700)では、この点が争点にならなかったため、判断が示されていない。 しかしながら、独立当事者間基準といってもそれをどのように適用するかは「個別具体的な事案に即した検討を要する」と述べるにとどまり、具体的な判断要素が示されていないことから、多くの識者からは、不当性要件の範囲が広がってしまうとの懸念が表明されていた(※32)。 (※32) 谷口勢津夫「租税回避をめぐる最近の動向・課題」税研188号10頁、今村隆「ヤフー事件及びIBM事件最高裁判断から見えてきたもの(下)」税務弘報64巻8号47頁、朝長英樹「検証・IBM事件高裁判決〔第2回〕」T&A master 595号10頁(2015)等。 独立当事者間基準は、法人税法132条1項の規定が同族会社であるがゆえに容易になし得るような取引を対象とするものであることから、理解しやすいといえるが、問題となる取引が独立当事者間の通常の取引と異なるというためには、課税当局側が、合理的な独立当事者間取引について主張立証しなければならず、実際問題として、相当な困難を伴うことが想定される。要は、判断基準として機能しない場合も少なくないといわざるを得ないのである。 〈イ〉 最高裁の対応とその後の展開 IBM事件は上告されたが、最高裁は上告不受理決定(※33)を行い、納税者勝訴が確定した。しかしながら、同時期のヤフー/IDCF最高裁判決文から見ても、最高裁は、IBM高裁判決が示した独立当事者間基準の判断枠組みを採用したわけではない(※34)ことが理解できる。 (※33) 最高裁第一小法廷平成28年2月18日決定・税資第266号-24(順号12802)、TAINSコード:Z266-12802。 (※34) 太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈下〉」月刊 国際税務 Vol.39 No.12 39頁参照。 また、朝長英樹税理士は、IBM事件の上告不受理決定が、ヤフー/IDCF最高裁判決の僅か11日前に行われたこと、両判断を下した裁判官が同一であったことを重視する。IBM事件の高裁判決が平成27年3月25日、同上告不受理決定が約11ヶ月後の平成28年の2月18日であるのに対し、ヤフー事件の高裁判決が平成26年11月5日で、同上告棄却判決が約1年4ヶ月後の平成28年2月29日であり、朝長税理士は、「常識的に考えると、ヤフー事件の上告棄却判決が先でIBM事件の上告不受理決定が後ということになるのではないか」と述べ、「根拠条文が異なるとはいえ同じ『租税回避』に関する事件ですから、ヤフー・IDCF事件の判決で『税法の濫用は租税回避である』という解釈を示した後に、『経済合理性を欠くのは租税回避である』という解釈を示したIBM判決を是認するということは、非常にやりにくいように感じます」としている。 このことから、「IBM事件の上告受理申立ての不受理決定のタイミングを含む『背景』を念頭に置いて考えてみると、単に132条の2についてだけ『税法の濫用』を租税回避としたことではないと考えています」と述べている。 すなわち、最高裁裁判官による行為計算否認規定の不当性要件の解釈は、これからは「制度濫用基準」に重点を置くこととする、との意思の表れと見ることができるのである。このことから、朝長税理士は続けて、「今後は、三つの包括的な租税回避防止規定(筆者注:法人税法132条、同法132条の2及び同法132条の3の3つの行為計算否認規定を指すものと思われる)における租税回避については、『税法の濫用』ということで統一的な整理が図られることになっていくのではないかと思っています」(※35)と述べている。そうすると、本件控訴審判決は、かかる統一的判断基準(※36)を法人税法132条の同族会社の行為計算否認規定の解釈に最初に適用した事例ということができる。 (※35) 朝長英樹「Interview ヤフー・IDCF事件は『租税回避』の捉え方をどう変えたか」T&A master No.634 2016.3.14 8~13頁。 (※36) 荒井英夫「ヤフー事件最判を踏まえた法人税法132条1項と132条の2の不当性要件の解釈について」税大ジャーナル(2019年6月)23頁は、「私法上の選択可能性の濫用の該当性を適切に判断できない場面では、租税法規の濫用の該当性を一般化された『租税法規濫用基準』を判断基準として判断することになると考えている(下線筆者)」と述べ、「租税法規濫用基準」が、今後適用されていくであろうことを示唆している。 (C) 本件第一審が示した判断基準について 本件の第一審である東京地裁は、不当性要件の判断基準について、経済合理性基準を採用することを明らかにし、そもそも私法上の選択可能性が認められる(※37)法人に対し、 との極めてユニークな判断を示した。 (※37) 本件地裁判決では、「利益を産み出し、これを出資者である株主や社員に対して還元することを究極の目的とする会社にあっては、事業の目的に沿った種々の経済活動を遂行するに当たり、業務の管理・遂行上、財務上又は税務上などの様々な観点から、利益を最大化し得る方法を法令の許容する範囲内で自由に選択することができる」と述べている。 その上で、東京地裁は、「以上を踏まえると、同族会社の行為又は計算が経済的合理性を欠くか否かを判断するに当たっては、当該行為又は計算に係る諸事情や当該同族会社に係る諸事情等を総合的に考慮した上で、法人税の負担が減少するという利益を除けば当該行為又は計算によって得られる経済的利益がおよそないといえるか、あるいは、当該行為又は計算を行う必要性を全く欠いているといえるかなどの観点から検討すべきものである。(下線筆者)」という従来の学説や裁判例に見られない新たな判断基準(※38)(本稿では「およそない基準」と呼ぶこととする)を示した。 (※38) 太田洋『ユニバーサル・ミュージック事件 東京地裁判決の分析と検討〈上〉』月刊 国際税務 Vo.39 No.11 35頁参照。 しかしながら、かかる「およそない基準」によれば、ヤフー事件の最高裁判所判例解説が述べるように、「ごくわずかでも何らかの事業目的等が存在すれば、法132条の2(本件でいえば法132条)は適用し得ない」(※39)ことになってしまう。一般的な取引慣行や取引相場がある訳でもない組織再編成について、納税者が、何らかの事業目的の存在について主張するのはそれほど困難ではない。他人から見れば屁理屈ともいえるような目的を作出することも可能である。すなわち、東京地裁が提示する「およそない基準」を適用すれば、(上記、IBM事件控訴審判決とは全く逆に)納税者側に一方的に有利(※40)となり、法人税法132条(ないし同法132条の2)はその存在意義を失うことになる。 (※39) 前掲(※16)1528(298)頁。 (※40) 「ユニバーサル事件でヤフー判決援用、国連敗」(T&A master No.841 2020.7.6 4頁)では、筆者が「およそない基準」と呼んだ不当性要件の判断枠組みを「“納税者有利”の基準」と呼んでいる。 そこで、本件控訴審判決では、 と判示して、原審の判断基準を明確に否定したのである。 (※41) 本件控訴審においては、Xがかかる主張をしていた。 (D) 小括 IBM事件控訴審判決では国側有利、本件地裁判決では納税者有利の判断基準が示されたため、本件控訴審は、両極端に振れた2つの判断枠組みのバランスを採る必要性を考慮したものと解される。本件控訴審判決は、租税回避行為をめぐる過去の様々な論争の中で、従前の経済合理性基準に立脚した不当性要件を排し、ヤフー/IDCF事件最高裁判決が定立した制度濫用基準の判断枠組みを法人税法132条の同族会社の行為計算否認の規定の解釈に初めて適用したという点で、一定の評価を与えることができよう。本件は、最高裁に上告されているので、最高裁が、これまで議論されてきた不当性要件の判断枠組みについてどのように判断するか、注目が集まっている。 (続く)