《速報解説》 証券取引等監視委員会、令和2年度版の「開示検査事例集」を公表 ~非財務情報の虚偽記載を対象とする課徴金納付命令勧告を初めて行った事例を紹介~ 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 証券取引等監視委員会事務局は、去る8月7日、「開示検査事例集(以下「事例集」と略称する)」を公表した。 令和2年度版の事例集では、新たに、令和元年7月から本年6月までの間に開示検査を終了し、開示規制違反について課徴金納付命令勧告を行った事例についても、概要が紹介されている。また、昨年から掲載が始まった「監視委コラム」が、大幅に増設され、最近の開示検査を通じてクローズアップされた開示制度や会計基準のほか、不正会計の実態等について解説されているのが特徴である。 本稿では、公表された事例集のうち、最近の開示検査の動向を知るうえで参考になると思われる、ⅠからⅢまでを中心にその内容をご紹介したい。 とりわけ、「Ⅲ 最新の検査事例」については、最近1年間に開示検査を終了した最新の事例について、開示規制違反の内容、その背景・原因やその是正策の概要がまとめられている(「証券取引等監視委員会からのメッセージ」より)ため、本稿の解説もこの事例を中心としたい。 Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて 事例集「Ⅰ 最近の開示検査の取組みについて」の冒頭で、証券取引等監視委員会(以下「監視委」と略称する)は、以下のように述べている。 そのうえで、監視委の取組みついて、以下の3項目を挙げている。 なお、この3項目については、平成30年公表の事例集以来その内容を踏襲している。 Ⅱ 最近の開示検査の実績とその内容 令和元事務年度(令和元年7月~令和2年6月)に、監視委が行った開示検査は33件で、前年実績(38件)を5件下回っている。そのうち、開示検査終了件数は14件(前事務年度実績は22件であり、課徴金納付命令勧告が8件(前事務年度実績は10件)となっている。 監視委によれば、令和元事務年度の開示検査の特徴は次の4点である。 1 非財務情報の虚偽記載 監視委は、令和元事務年度の開示検査で初めて、2件の非財務情報の虚偽記載を対象とした課徴金納付命令勧告を行った。その内容は、いずれも、有価証券報告書の「コーポレート・ガバナンスの状況等」における虚偽記載で、詳細は次のとおりである。 2 「関連当事者との取引」に関する注記 また、監視委は、「関連当事者との取引」について連結財務諸表への注記を行わなかったことを対象として、初めて課徴金納付命令勧告を行った。 【事例7】では、当時の代表取締役であった者が特定の法人との取引について、「関連当事者との取引」として連結財務諸表への注記を行わなければならないにもかかわらず、注記を行っていなかったことから、記載すべき重要な事項が欠けている有価証券報告書等を提出したとして、課徴金納付命令勧告を行ったものである。 3 公認会計士・監査審査会との連携 【事例3】では、上場会社の会計監査を行っていた監査法人の不適切な監査手続に起因する不正会計が多く認められたことから、公認会計士・監査審査会は、課徴金納付命令勧告を行った同じ日に、この監査法人について行政処分勧告を行っている。 4 有価証券報告書の訂正報告書について虚偽記載等に課徴金納付命令勧告 【事例4】では、虚偽記載等が判明した後に有価証券報告書を2度訂正し、最初の訂正に 係る一部の有価証券報告書の訂正報告書について虚偽記載等が認められ、課徴金納付命令勧告の対象としている。 Ⅲ 最新の検査事例 事例集に記載された「最新の検査事例」のうち、開示書類の虚偽記載による課徴金納付命令勧告事例8件については、下表のとおりである。なお、事例集では、会社名は公表されていないため、本表では、監視委の報道資料をもとに会社名を記している。 【課徴金納付命令勧告事例】 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 最後に昨年の事例集から記載が始まり、本年度大幅に増設された「監視委コラム」について、タイトルを引用して、本稿を締め括りたい。いずれのコラムも事例で明らかになった問題点について、より深く解説する形式となっている。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 収益認識基準等に対応した「会社計算規則の一部を改正する省令」が公布される ~意見募集の結果を踏まえ、注記の改正に関し省令案から一部修正も~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年8月12日、「会社計算規則の一部を改正する省令」(法務省令第45号)が公布された。これにより、2020(令和2)年6月4日から意見募集されていた法務省令案が確定することになる。また、法務省令案に対するコメントと法務省の考え方(以下「法務省の考え方」という)も公表されている。 これは、「収益認識に関する会計基準」(令和2年3月31日、改正企業会計基準第29号)及び「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(企業会計基準第31号)等に対応するものである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 1 損益計算書等の区分 損益計算書等における売上高の表示について、売上高(売上高以外の名称を付すことが適当な場合には、当該名称を付した項目)とする(会社計算規則88条1項1号)。 なお、貸借対照表の資産の部の区分を定める74条及び負債の部の区分を定める75条は、貸借対照表に特定の名称を付した項目を表示すべきことを定めるものではないので、74条及び75条を改正しなくとも、計算書類において、「契約資産」、「契約負債」等の勘定科目を用いることができることから、今回、法務省令を改正していない(「法務省の考え方」第3、1)。 2 会計上の見積りに関する注記 注記表に「会計上の見積りに関する注記」を加える(会社計算規則98条1項4号の2)。 会計上の見積りに関する注記は次に掲げる事項とする(会社計算規則102条の3の2)。 3 重要な会計方針に係る事項に関する注記 「重要な会計方針に係る事項に関する注記」に次の規定を加える(会社計算規則101条2項)。 4 収益認識に関する注記 「収益認識に関する注記」について、次のように改正する(会社計算規則115条の2)。 なお、有価証券報告書を提出しなければならない株式会社以外の株式会社に過大な負担となるおそれがあるという意見が比較的多く寄せられたことなどを踏まえ、法務省令案を修正し、会社法444条3項に規定する株式会社以外の株式会社にあっては、会社計算規則115条の2第1項1号及び3号に掲げる事項を省略することができるとしている(「法務省の考え方」第3、2)。 Ⅲ 適用時期等 公布の日から施行する。 経過措置に注意する。 (了)
2020年8月13日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.381を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第41回】 「租税法律主義と租税回避との相克と調和」 -不当性要件と経済的合理性基準(7)- 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 第37回から前回まで4回にわたって、ユニバーサルミュージック事件・東京地判令和元年6月27日(未公刊・裁判所ウェブサイト。以下「本件東京地判」という)が示した不当性要件の判断枠組み及びそこでの経済的合理性基準に係る判断を検討してきた。この判決は「極めて画期的な内容の判決」(太田洋「ユニバーサル・ミュージック事件東京地裁判決の分析と射程」租税研究844号(2020年)50頁、51頁)として注目を集めたが、本年6月24日に、結論は同じでも、一見すると「地裁が示した不当性要件の判断枠組みは否定した」(T&Amaster841号(2020年7月6日)4頁)ようにも思われる控訴審判決が、東京高裁で示された(未公刊。以下「本件東京高判」という)。 今回は、本件東京高判の判断枠組みについて、本件東京地判やヤフー事件・最判平成28年2月29日民集70巻2号242頁(以下「ヤフー事件最判」という)のそれと比較検討することによって、その意味内容を明らかにすることにしたい。 Ⅱ 不当性要件の判断枠組み 1 法人税法132条1項の趣旨及び目的と経済的合理性基準 本件東京高判は、基本的には従来の裁判例と同じく、不当性要件の判断枠組みの出発点において、次のとおり、法人税法132条1項の趣旨及び目的から経済的合理性基準を導き出している。 この判示を本件東京地判のこれに相当する判示と比較すると、本件東京地判が「同族非同族対比の基準」(清永敬次「判批」租税判例百選(別冊ジュリストNo.17・1968年)42頁)の想定の下で、最初は、行為計算の主体に着目した税負担の公平の観点から法人税法132条1項の趣旨の理解を示しつつも、その後の判示で、行為計算それ自体に着目した税負担の公平を維持するという趣旨に修正するという、やや回りくどい(最初は「据わりの悪さ」を感じさせる)判断を示したものと解される(第37回Ⅱ参照)のに対して、本件東京高判は、行為計算それ自体に着目した税負担の公平の観点から、直截に、経済的合理性基準を示したものと解される点で、本件東京地判よりも論旨が明快である。 2 法人税法132条1項と同法132条の2における不当性要件の統一的解釈 本件東京高判は、前記の判示に「そして」で続けて、本件借入れを想定しながら、組織再編成を含む企業再編等の一環として行われた金銭の無担保借入れに対する経済的合理性基準の適用について、次のとおり判示している(下線・太字筆者)。 この判示の下線部は、ヤフー事件最判の次の判示(下線・太字筆者)のうち(離れているがつなぎ合わせた場合の)実線の下線部と基本的には同じ内容の判示であり、それぞれにいう「租税回避の手段」(太字)は組織再編成(を含む企業再編等)に係る私法上の形成可能性(選択可能性)を意味することから、いずれの判示も租税回避の類型としては私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用による租税回避を対象とする判示である(第22回Ⅲ参照)。 ただ、ヤフー事件最判は、上記引用判示中の1つ目の破線の下線部では、「組織再編税制に係る各規定」を「租税回避の手段」(太字)とする税法上の課税減免規定の濫用による租税回避を対象として法人税法132条の2の不当性要件の判断枠組みを形成し、その不当性要件を濫用要件に言い換えたものと解されるが(第10回Ⅱ、第22回Ⅲ参照)、濫用要件も不当性要件と同じく規範的要件であるが故に、「濫用」という抽象的な概念の「意味内容を具体的に敷衍して」(徳地淳=林史高「判解」『最高裁判所判例解説民事篇(平成28年度)』(法曹会・2019年)84頁、109頁)上記引用判示中の2つ目の破線の下線部にいう「観点」として示したものと解される。 このような理解を更に展開すると、「観点」の中で説示された内容が「濫用」の具体的内容であり(制度濫用基準)、それは、組織再編成の場面における経済的合理性のない行為とみることができることから、制度濫用基準は経済的合理性基準の一場合であるといえよう(第10回Ⅲ参照)。 税法上の課税減免規定の濫用による租税回避については、「租税回避の手段」の観点からみると、組織再編成の分野においては、その直接的手段は「組織再編税制に係る各規定」(課税減免規定)であり、その間接的手段は組織再編成に係る私法上の形成可能性(選択可能性)であると整理することができるが(第22回Ⅲ参照)、このことと前述のこととを考え合わせると、本件東京高判もヤフー事件最判も、私法上の形成可能性(選択可能性)の濫用による租税回避を前提とする限りにおいては、不当性要件という規範的要件について、その評価根拠事実(要件事実・主要事実)を経済的合理性の欠如(経済的合理性基準)とし、これを推認させる間接事実として前記引用判示中の①②等の「事情」を判断する枠組みを採用したものと解される。このような判断枠組みの基礎にある不当性要件の解釈を筆者は「法人税法132条1項と同法132条の2における不当性要件の統一的解釈」と呼んでいる(第10回Ⅲ参照。以下では単に「不当性要件の統一的解釈」という)。 では、不当性要件の統一的解釈は、本件東京高判においてどのような意味をもつのであろうか。この点については項を改めて以下で検討することにする。 Ⅲ 経営判断原則の「応用」と不当性要件の統一的解釈とのバランス 1 経営判断原則の「応用」に対する制限(歯止め) 本件控訴審において被控訴人(納税者)は経済的合理性基準に係る判断につき次のとおり主張したが、この主張は本件東京地判の判断枠組み(第37回とりわけⅢ参照)に基づくものと解される。 これに対して、本件東京高判は次のとおり判示して被控訴人の主張を斥けた(下線筆者)。 ここで、本件東京高判も、基本的には、本件東京地判と同じく経営判断原則を「応用」して、組織再編成を含む企業再編等の経営判断に係る広範な裁量(「当該企業集団の自律的判断」)を尊重していると解されるが(実線の下線部参照)、本件東京高判は、それだけにとどまらず、組織再編成を含む企業再編等について租税回避の手段としての濫用のおそれ、事業目的等の作出・付加のための操作可能性(その意味については徳地=林・前掲「判解」109頁参照)等をも考慮して(破線の下線部参照)、結局のところ、「当該行為又は計算を行う必要性のほとんどが租税回避目的であって、税負担の減少以外の経済的利益がごく僅かである場合」には、経済的合理性が認められないと判断したものと解される(1つ目の二重線の下線部参照)。ここに、不当性要件の統一的解釈の意味があると考えられる(2つ目の二重線の下線部も参照)。 このような理解によれば、本件東京高判は、経営判断原則の「応用」を認めつつ、同時にこれに対して不当性要件の統一的解釈に基づき一定の制限(歯止め)を加えることによって、会社における経済的自由の原則(第37回Ⅱ参照)と租税回避否認の考慮(税負担の公平の維持・確保)とのバランスを図ろうとしたものといってよかろう。その意味では、本件東京高判は、一般論としては・・・・・・・、租税回避論の本質(とりわけ租税回避の法的評価について第24回参照)を踏まえた的確かつ妥当な判断であると考えられる。 もっとも、その後に続く赤色点線の下線部の判示すなわち「このようなことは、不当性要件の的確な判別を困難にするものとして、法人税法132条の趣旨及び目的に反し、相当でもない。」という判示は、IBM事件・東京高判平成27年3月25日訟月61巻11号1995頁の次の判示(下線筆者)と親和性があるようにも思われ、そうであるとすれば問題である。 この判示について、筆者は、租税法規の趣旨・目的の措定論(第12回参照)のヴァリエーションともいうべき判断であり、「趣旨の措定」による目的論的解釈の過形成として批判したところであるが(第36回Ⅲ2参照)、もし本件東京高判において前記の判示(赤色点線の下線部)が重要な意味をもつならば、本件東京高判に対しても、これと同様の批判が妥当することになろう。 しかし、前記の判示は、そのような重要な意味をもつ判示ではなく、むしろ、本件東京高判の結論を左右しないいわば傍論的な判示であると考えられる。このことは、次の2でみる控訴人(国)の主張に対する本件東京高判の判断から、読み取ることができよう。「不当性要件の的確な判別」は、とりわけ前記Ⅱ2の②の「事情」については、これに含まれる「評価的要素」に関する会社・企業集団の裁量的判断の尊重によって、可能であるからである。 2 不当性要件の統一的解釈の拡張に対する制限(歯止め) 控訴人は、不当性要件の統一的解釈を前提として、経済的合理性基準に係る判断において考慮すべき「事情」のうち前記Ⅱ2引用判示中の②の事情について、次のとおり主張した。 この主張は、会社・企業集団の経営判断(事業目的の設定等)に係る裁量の範囲を限定しようとするものと解されるが、本件東京高判は次のとおり判示してそのような主張を退けた(下線筆者)。 この判示は、②の事情それ自体が「評価的要素」を含んでいるという解釈をベースにするものであるが、その解釈によれば、不当性要件の判断枠組みの中で、「租税回避以外の事業目的等が『正当なものといえるか』どうか」すなわち「行為・計算の合理性を説明するに足りる程度の事業目的等が存在するかどうか」(徳地=林・前掲「判解」108頁、109頁)が審査されることになろう。 このような審査は、本件東京地判が行ったと解される、目的・手段の合理的関連性の有無に関する相応性審査(第37回Ⅲ2、前回Ⅲ参照)に相当する一種の裁量審査(②の「事情」に係る経営判断に含まれる「評価的要素」の審査)であると考えられる。しかも、次に引用する本件東京高判によるその審査の結果も、「本件8つの目的を達成するための手段として計画されたとされる本件再編成等スキーム及びこれに基づく本件組織再編取引等が、上記の目的とどのような関係にあるか」に関する本件東京地判の検討結果(前回Ⅲ参照)と基本的に同じく、会社・企業集団の裁量的判断を尊重するものであると考えられる。 そうすると、本件東京高判は、前記②の事情を「具体的かつ客観的に」限定することによって不当性要件の統一的解釈(に基づく租税回避否認)を拡張しようとする試み(主張)に対して、前記②の事情につき会社・企業集団の裁量的判断を尊重することによって、一定の制限(歯止め)を加えたとみることができよう。 なお、控訴人は「本件における不当性要件の判断枠組みとして、経済的合理性を欠く場合には、独立当事者間の通常の取引と異なっている場合なども含まれ得る旨主張する」ことによって、不当性要件の統一的解釈(に基づく租税回避否認)を拡張しようとするが、これに対して、本件東京高判は、次のとおり判示し控訴人の主張を斥けた。 この判示は、本件東京高判における不当性要件の判断枠組みが経営判断原則の「応用」を基本とするものであることを確認することによって、不当性要件の判断枠組みの形成ないし設定のレベルで不当性要件の統一的解釈(に基づく租税回避否認)を拡張しようする試み(主張)を、否定したものと解される。 Ⅳ おわりに 以上を要するに、本件東京高判は、一方で、前記Ⅲ1で述べたように、経営判断原則の「応用」に対して、一般論としては、不当性要件の統一的解釈に基づき一定の制限(歯止め)を加えるとともに、他方で、不当性要件の統一的解釈(に基づく租税回避否認)を拡張しようとする試み(主張)に対して、本件における経済的合理性基準に係る判断を通じて、一定の制限(歯止め)を加えたとみることができよう。 このうち後者の制限(歯止め)に当たっては、前記②の事情について組織再編成を含む企業再編等に係る会社・企業集団の裁量的判断を尊重したものと解されるが、このことは、一般論として経営判断原則の「応用」と不当性要件の統一的解釈とのバランスを取りつつ、本件における経済的合理性基準に係る判断において、論理構成は異なるとしても、会社の経営判断に係る裁量を尊重する経営判断原則の「思想」ないし「政策的な考慮」(第38回Ⅱ2参照)を貫徹したことを意味するように思われる。 その意味では、冒頭のⅠで引用した「地裁が示した不当性要件の判断枠組みは否定した」という本件東京高判に対する理解は、的確なものとはいえないであろう。 なお、本件東京高判については、本年7月7日に、国が上告受理申立てを行ったとのことである(T&Amaster843号(2020年7月20日)7頁参照)。 (了)
事例でわかる[事業承継対策] 解決へのヒント 【第20回】 「役員持株会を用いた対策の留意点」 太陽グラントソントン税理士法人 (事業承継対策研究会) パートナー 税理士 梶本 岳 相談内容 私は、化学製品卸売業を営むK社で総務部長を務めています。当社は、創業オーナーであったA氏に親族内の後継者が存在しなかったことから、創業直後から当社で働いてきた非同族の取締役B(社長)を中心とする役員5名による非同族承継を行いました。 その際、A氏から非同族の役員5名への株式移転コストを抑えることを目的として従業員持株会を設立し、20名程度の従業員が従業員持株会を通じて株式を保有することにしました。また、取引先にも各5%の株式を保有してもらうなど、すべての株主の議決権割合が15%未満となるよう大胆に株式を分散させることで、全員が配当還元価額により株式を取得することが可能となるような事業承継対策を行いました。 〈K社の持株割合〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 このたび、来月行われる定時株主総会での任期満了をもって、取締役の1名(F氏)が退任することになりました。B社長は、これまで通り取締役会のメンバーで3分の2以上の株式を保有し続けたいと考えていますが、残る取締役4名がF氏の株式を取得すると議決権割合が15%以上となってしまうため、配当還元価額により株式を取得することができなくなると顧問税理士から指摘を受けました。 そこで、F氏の退任前に役員持株会を設立し、取締役5名の保有株式を役員持株会で保有する形に組み替えるアイデアが検討されています。F氏が当社の取締役を退任した後も役員持株会の会員として留まることができるように、役員持株会の会員資格を「K社の取締役及び元取締役」とし、当面の間、F氏に株式を保有し続けてもらう計画ですが、問題ないでしょうか。 仮に、F氏が役員持株会の会員になることができない場合には、F氏と取引先2社が加入する取引先持株会を設立し、取引がなくなった場合やF氏に相続があった場合に株式を買い戻せるようにするアイデアも出ていますが、そのようなことは可能なのでしょうか。 ■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■ [1] 役員持株会 非上場会社の役員持株会は、民法第667条第1項に規定する組合契約に基づき設立されることが一般的です。会員規約において株式の引き出しを認めず、退会時や取締役を退任するなど会員資格を喪失した際には現金で払戻しを行う旨を定めておくことで、退会者が出た場合でも、役員持株会で株式を保有し続けることが可能であることから、株式の社外流出を防ぐ機能があると考えられています。 このように、役員による議決権の安定的な保有や株式の社外流出を目的に設立されることの多い役員持株会ですが、投資家(役員)から出資を集めて株式を保有し、配当金などの収益を出資者に分配するなど、投資ファンドに似た性格を持つ制度であるため、制度設計や運営を誤ると金融商品取引法の規制の対象となる点に注意が必要です。 [2] 金融商品取引法に関する留意点 (1) 集団投資スキーム持分 金融商品取引法においては、民法第667条第1項に規定する組合契約のうち、出資者が出資又は拠出をした金銭を充てて行う事業から生ずる収益の配当又は財産の分配を受けることができる権利について、一定のもの(※1)を除いて、これを有価証券とみなして金融商品取引法の規定を適用する旨が定められています(金商法2②五)。 (※1) 有価証券とみなさなくても公益又は出資者の保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして政令で定める権利(金商法2②五ニ)。 有価証券とみなされた集団投資スキーム持分の自己募集や、出資・拠出を受けた有価証券の自己運用を業としている者に対しては、金融商品取引業の登録(※2)を受けることが義務付けられており、登録を受けずに出資の勧誘等を行った場合には金融商品取引法違反(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又は併科)に該当する可能性があります(金商法2⑧、29、197の2①十の四)。 (※2) 自己募集は第二種金融商品取引業、自己運用は投資運用業の登録が必要。 (出所) 「いわゆるファンド形態での販売・勧誘等業務について」(金融庁ホームページ) 金融商品取引法においては、出資の総額及び純資産額が5,000万円未満の投資運用業、同じく1,000万円未満の第二種金融商品取引業について登録を拒否する旨が定められており、配当還元価額などの比較的低い価額で株式を取得することが想定される役員持株会や従業員持株会、取引先持株会を金融商品取引業として登録することは現実的ではありません(金商法29の4①四イ・五ロ、金商令15の7①四・五)。 (2) 集団投資スキーム持分に該当しない制度設計 会社の運営する持株会が集団投資スキーム持分に該当することなく、金融商品取引法違反でないようにするためには、持株会がみなし有価証券の対象から除外される「有価証券とみなさなくても公益又は出資者の保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして政令で定める権利」(金商法2②五ニ)に合致するような設計・運営であることが必要となります。 集団投資スキーム持分の適用除外となるための「政令で定める権利」は、持株会の種類ごとに、①会員資格、②契約内容、③拠出金額の3つが下表のとおり定められています。 (※) 金商令1の3の3五・六、金商法2条府令6、7を元に筆者作成。 [3] 結論 役員持株会が有価証券とみなされる集団投資スキーム持分とならないためには、役員持株会の構成員となる会員が、「株券の発行者の役員、従業員、被支配会社の役員又は従業員」で構成されていることが必要です。したがって、御社の場合、退職する取締役(F氏)を引き続き役員持株会の会員として留めることについては再考が必要でしょう。 また、取引先持株会については、「株券の買付けを金融商品取引業者に媒介、取次ぎ又は代理の申込みをして行うものに限る」旨が規定されていることからも、証券会社等に運営受託してもらう形でなければ集団投資スキーム持分に該当してしまうため、株主3名による取引先持株会というアイデアも現実的ではありません。 役員持株会や従業員持株会、取引先持株会が集団投資スキーム持分に該当し、有価証券とみなされることにより、金融商品取引法違反となることがないように、会員資格に留意するか、退任するF氏の後任を選任してF氏から株式を取得するなど、持株会制度以外の方法を検討することが必要でしょう。 具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。 (了)
令和2年度税制改正における 『連結納税制度』改正事項の解説 【第7回】 「「開始・加入・離脱に伴う時価評価と繰越欠損金の取扱い」 「利益・損失の二重計上の防止措置」 「地方税」」 公認会計士・税理士 税理士法人トラスト 足立 好幸 [8] 開始・加入・離脱に伴う時価評価と繰越欠損金の取扱い グループ通算制度の開始・加入・離脱時において、一定の場合には、資産の時価評価や繰越欠損金の切り捨て等の制限が生じる。 (1) 時価評価除外法人 グループ通算制度の開始又は通算グループへの加入に伴う資産の時価評価について、対象外となる法人(時価評価除外法人)は次の法人となる(法法64の11①、64の12①)。 ※1 Aの各要件とは、次の(ⅰ)から(ⅲ)までの要件、Bの一定の要件とは、次の(ⅰ)から(ⅴ)までの要件となる(法法64の12①、法令131の16③④、法規27の16の11②、3①②)。 なお、非適格株式交換等により加入した株式交換等完全子法人のうち、金銭等不交付要件を除いても非適格株式交換等に該当するものは(ハ)の時価評価除外法人から除かれており、時価評価対象法人となる。 (ⅰ) 完全支配関係の継続要件 ⇒通算親法人との間に通算親法人による完全支配関係が継続することが見込まれていること (ⅱ) 従業者継続要件 ⇒加入法人の従業者のおおむね80%以上が加入法人の業務に引き続き従事することが見込まれていること (ⅲ) 主要事業継続要件 ⇒加入法人の主要な事業が加入法人において引き続き行われることが見込まれていること (注) 加入の直前に支配関係がない場合で、その主要な事業が(ⅳ)の子法人事業でない場合、その子法人事業についても、加入法人又はその加入法人との間に完全支配関係がある他の法人において引き続き行われることが見込まれていること (ⅳ) 事業関連性要件 ⇒子法人事業(加入法人又はその加入法人との間に完全支配関係がある他の法人の完全支配関係発生日前に行う事業のうちのいずれかの主要な事業)と親法人事業(通算親法人又は他の通算子法人の完全支配関係発生日前に行う事業のうちのいずれかの事業)が相互に関連するものであること (ⅴ) 事業規模比5倍以内要件又は特定役員継続要件 ・事業規模比5倍以内要件 ⇒子法人事業と親法人事業の売上金額、従業者の数又はこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないこと ・特定役員継続要件 ⇒完全支配関係発生日の前日の子法人事業を行う法人の特定役員(常務以上の役員)の全てが加入に伴って退任をするものでないこと (2) 時価評価対象法人のグループ通算制度の開始・加入前の繰越欠損金の切り捨て 時価評価除外法人以外の法人(時価評価対象法人)のグループ通算制度の開始・加入前において生じた繰越欠損金は、切り捨てられる(法法57⑥)。 (3) 時価評価除外法人のグループ通算制度の開始・加入前の繰越欠損金及び含み損等に係る制限 時価評価除外法人(親法人との間の支配関係が5年超の法人等一定の法人※2を除く)のグループ通算制度の開始・加入前の繰越欠損金及び資産の含み損等については、次のとおり、繰越欠損金の切り捨てのほか、支配関係発生日以後5年を経過する日と効力発生日以後3年を経過する日とのいずれか早い日まで一定の金額を損金不算入又は損益通算の対象外とする等の制限が行われる。 ※2 「親法人との間の支配関係が5年超の法人等一定の法人」とは、次の1又は2のいずれかの要件を満たす法人をいう(法法57⑧、64の6①、64の14①)。 1 5年前の日又は設立日からの支配関係継続要件 次のいずれかに該当する場合をいう(法法57⑧、64の6①、64の14①、法令112の2③、131の8①、131の19①)。 (ⅰ) 当該通算法人と通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、いずれかの通算子法人)との間に開始・加入日の5年前の日から継続して支配関係がある場合 (ⅱ) 当該通算法人又は通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、通算子法人の全て)が5年前の日後に設立された法人である場合であって、当該通算法人と通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、通算子法人のうち設立日の最も早いもの)との間に当該通算法人の設立日又は通算親法人の設立日(当該通算法人が通算親法人である場合、通算子法人の設立日のうち最も早い日)のいずれか遅い日から継続して支配関係がある場合 2 みなし共同事業要件 (ⅰ) ❶❷❸の要件に該当する場合、(ⅱ) ❶❹の要件に該当する場合、(ⅲ)❺の要件に該当する場合をいう(法法57⑧、64の6①、64の14①、法令112の2④、131の8②、131の19②、法規26の2の2、27の16の5、27の16の13、3①②)。 ❶ 事業関連性要件 通算前事業(当該通算法人又は当該通算法人との間に完全支配関係がある他の法人の通算承認日前に行う事業のうちのいずれかの主要な事業)と親法人事業(通算親法人(当該通算法人が 通算親法人である場合、いずれかの通算子法人)又は当該通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、いずれかの通算子法人)との間に完全支配関係がある他の法人の通算承認日前に行う事業のうちのいずれかの事業)が相互に関連するものであること ❷ 事業規模比5倍以内要件 通算前事業と親法人事業の売上金額、従業者の数又はこれらに準ずるものの規模の割合がおおむね5倍を超えないこと ❸ 事業規模拡大2倍以内要件 通算法人支配関係発生時(通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、いずれかの通算子法人)との間の支配関係発生時)と通算承認日における通算前事業の規模(上記❷の要件を満たすいずれかの指標)の割合がおおむね2倍を超えないこと ❹ 特定役員継続要件 通算承認日の前日の通算前事業を行う法人の特定役員(常務以上の役員)である者(当該通算法人と通算親法人(当該通算法人が通算親法人である場合、通算子法人のいずれか)との間の支配関係発生日前(支配関係が通算前事業を行う法人又は親法人事業を行う法人の設立により生じた場合は同日)において通算前事業を行う法人の役員であった者に限る)の全てが開始・加入に伴って退任をするものでないこと ❺ 次に掲げる法人のいずれかに該当すること 一 加入時の時価評価除外法人で共同事業要件(上記(1)②(ハ)Bの要件)を満たす法人 二 共同で事業を行うための適格株式交換等の要件(金銭等不交付要件を除く)に該当する株式交換等により加入した株式交換等完全子法人 ※3 確定した決算で経理した原価及び費用の額の合計額のうちに占める損金経理した減価償却費の額の割合が30%を超える事業年度をいう(法法64の6①③、法令131の8⑥)。 (4) 通算グループからの離脱 通算グループから離脱した法人が主要な事業を継続することが見込まれていない場合等には、その離脱直前の時に有する一定の資産については、離脱直前の事業年度において、時価評価により評価損益の計上が行われる(法法64の13、法令131の17)。 [9] 利益・損失の二重計上の防止措置 グループ通算制度では、利益・損失の二重計上の防止を強化するため、投資簿価修正を中心に次の取扱いに見直される。 いずれも利益・損失の二重計上の防止を強化するための見直しであるが、実務上、影響が大きいと思われるのが、上記②の見直しである。 グループ通算制度でも、連結納税制度と同様に、通算グループからの離脱時に離脱法人の株式の投資簿価修正を行うことになるが、連結納税制度では、連結法人に該当する期間中の利益積立金額の増減額を帳簿価額修正額とするのに対して、グループ通算制度では、離脱法人株式の離脱直前の帳簿価額を離脱法人の簿価純資産価額に相当する金額とすることになる。 この点、株式の取得価額が簿価純資産価額より大きい場合、例えば、過去に多額なのれんを含めて買収した通算子法人の株式を売却する場合、単体納税制度や連結納税制度と比べて、株式譲渡原価が小さくなり、結果、株式売却益が大きく(株式売却損が小さく)なるため、税負担が増えることになる(もちろん、逆のケースもある)。 そのため、子法人の株式の売却を検討しているグループ法人については、グループ通算制度に移行する前に当該株式を売却することを検討する必要が生じてくるだろう(もちろん、逆のケースもある)。 [10] 地方税 (1) 事業税 事業税(所得割)の計算の仕組みは、連結納税制度と変わらない。 連結納税制度と同様に、開始・加入前の繰越欠損金の切り捨て、損益通算、欠損金の通算を適用しない場合の所得の金額に基づいて事業税(所得割)を計算する(地法72の23①②)。 また、事業税の繰越欠損金を法人税とは別に単体納税と同様に計算する点も同様となる。 [事業税額の計算式] (2) 住民税 住民税では、法人税割の課税標準の計算について、法人税における繰越欠損金の切り捨てや損益通算等の影響を排除するための調整計算を行う(地法23①三・四、292①三・四、53③④⑥⑪~⑭⑯~⑳、321の8③④⑥⑪~⑭⑯~⑳)。 その点、連結納税制度と同様の仕組みであるが、その計算方法、用語、調整項目数など、グループ通算制度のプロラタ計算に合わせて非常に複雑な仕組みになっている。 住民税(法人税割)の計算式は以下のとおりとなる。 [住民税額の計算式] [加算調整額] 法人税割の課税標準となる法人税額の算定について、次の項目の加算を行う。 [住民税の欠損金] 法人税割の課税標準となる法人税額の算定について、当該事業年度開始日前10年(※1)以内に開始した事業年度において生じた次に掲げる住民税の欠損金の控除を行う。 (※1) 控除対象通算適用前欠損調整額について、2018年4月1日前に開始した事業年度において生じた繰越欠損金に係るものは「9年」、2018年4月1日以後に開始した事業年度において生じた繰越欠損金に係るものは「10年」となる(令和2年地法改正法附則5⑦)。 (※2) 連結納税制度における「控除対象個別帰属調整額」と「控除対象個別帰属税額」は、グループ通算制度に移行した後は『控除対象通算適用前欠損調整額』として繰越控除される(令和2年地法改正法附則5④⑤)。この場合、繰越期間は、元々の「控除対象個別帰属調整額」又は「控除対象個別帰属税額」の繰越期間となる。 (※3) 地方税法第53条第6項では「通算適用前欠損金額の生じた事業年度後最初の最初通算事業年度について法人税法第57条第6項又は第8項の規定(繰越欠損金の切り捨ての規定)の適用があることを証する書類を住民税の確定申告書に添付する」ことを控除対象通算適用前欠損調整額の控除の要件としているため、最初通算事業年度の翌事業年度以後に新たな事業を開始して切り捨てられた繰越欠損金は含まれない。 (了)
Q&Aでわかる 〈判断に迷いやすい〉非上場株式の評価 【第8回】 「〔第1表の1〕医療法人の出資の評価方法」 税理士 柴田 健次 Q 同族関係者でない甲と乙が下記の通り、医療法人(出資額限度法人以外の持分ありの医療法人)の出資をしている場合において、乙に相続が発生した場合には、乙の相続人が承継する医療法人の出資の評価金額はいくらになるのでしょうか。 乙の相続人は乙の長男のみであり、乙の長男は医療法人の出資者たる地位を承継するものとします。 【医療法人の株主と出資状況】 社員は上記の6名であり、乙の相続発生に伴い医療法人の社員は5名になります。 【医療法人の株式価額】 医療法人は、小会社に該当するものとします。仮に配当還元価額を適用した場合には1株当たりの価額は0円になります。 A 乙の相続人である長男が承継する医療法人の出資の評価は15,000,000円(@15円×1,000,000口)となります。 ◆ ◆ ◆ ① 株主判定 医療法人は配当がなく、配当還元方式による評価はなじまないため、原則的評価方式のみで評価されます(評価通達194-2)。 また、医療法人の議決権は、社員が1人1議決権を所有しており、相続後の乙の長男の議決権保有割合は20%(1/5)、反対に甲一族の議決権割合は80%(4/5)となりますが、医療法人は議決権割合に関係なく原則的評価方式が適用されることになりますので、下記の通り第1表の1における議決権数や議決権割合、株主判定の記載は不要となります。 【第1表の1の記載例】(抜粋) ※クリックすると別ページで拡大表示されます。 ② 第5表における80%の斟酌の適用の可否 納税義務者の属する同族関係者グループの議決権割合が50%以下である場合には、支配力の格差を考慮して80%の斟酌が認められています(評価通達185ただし書)。ただし、医療法人は上述の通り、1人1議決権とされており、支配力の格差を考慮する必要がないことから、80%の斟酌は不要とされています(評価通達194-2)。 したがって、1株当たりの純資産価額は16円(20円×80%)ではなく、20円となることに留意する必要があります。 ③ 株式価額 上記①及び②により医療法人の1株当たりの出資の価額は、15円(10円×0.5+20円×0.5)となります。 ☆実務上のポイント☆ 医療法人の場合には、常に原則的評価方式が採用されますので、株主判定は不要となります。 (了)
金融・投資商品の税務Q&A 【Q58】 「航空機リース事業に係る投資損失の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 ディレクター 税理士 西川 真由美 ●○ 検 討 ○● 1 航空機をリースした場合の所得区分 航空機の貸付けによる所得は、事業所得に該当する場合を除き、不動産所得に区分されます。 不動産所得の金額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とされ、具体的には、航空機のリースに係る賃貸料収入等の収入金額から、当該航空機に係る減価償却費や、これを取得する際の借入金の利子、損害保険料等の必要経費を控除して計算されます。 賃貸料収入等が減少し、不動産所得の金額の計算上損失の額が生じた場合には、事業所得、給与所得等の他の所得の金額から控除し(損益通算)、なお控除しきれない部分の金額(純損失の金額)は翌年以降3年間の繰越控除が認められています。 2 任意組合を通じて投資した場合の課税関係 任意組合を通じて航空機をリースする場合、税務上は当該任意組合の各組合員が直接航空機を保有し、これをリースするものとして取り扱われますので、当該各組合員が分配を受ける組合損益は、原則として、不動産所得として取り扱うこととなります。 ただし、任意組合を通じて稼得する所得が不動産所得であり、かつ、当該任意組合の事業から損失が生じた場合には、特例的な取扱いがあるため注意が必要です。つまり、任意組合の組合員が特定組合員に該当する場合、当該任意組合に係る事業から生じた不動産所得の損失の金額は、生じなかったものとみなされます。したがって、上記1の取扱いと異なり、損益通算の対象とはなりません。また、他の黒字の不動産所得から控除することもできません。 ここで、特定組合員とは、組合事業に係る重要な財産の処分若しくは譲受け又は組合事業に係る多額の借財に関する業務の執行の決定に関与し、かつ、当該業務のうち契約を締結するための交渉その他の重要な部分を自ら執行する組合員以外のものをいうこととされています。一般に、航空機リース事業を目的として組成される任意組合に出資する組合員は、これに該当するものと考えられます。 3 本件へのあてはめ 直接航空機を保有して賃貸する場合も、任意組合を通じて投資する場合も、航空機リースの賃貸に係る所得は、所得税法上、不動産所得として取り扱われる点については同様ですが、航空機リース事業から損失が生じた場合の取扱いには差異があります。 つまり、直接航空機を保有して賃貸する場合には損益通算や純損失の繰越控除の適用があるのに対して、任意組合を通じて投資する場合には、特定組合員に該当すると、損失は生じなかったものとみなされます。 任意組合を通じた投資は、出資金を拠出することで投資を小口化することを目的として組成されますが、組合員の組合事業に対する関与方法によっては、課税所得計算における損失の計上に制約がありますので、注意が必要です。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第62回】 「デラウェア州LPS事件」 ~最判平成27年7月17日(民集69巻5号1253頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第103回】 株式会社ジェイホールディングス 「第三者委員会調査報告書(2020年4月28日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社ジェイホールディングスの概要】 株式会社ジェイホールディングス(以下「JH社」と略称する)は、1993(平成5)年1月に「株式会社イザット」として設立。その後、数次の商号変更を経て、2011(平成23)年7月、現社名に変更したうえで、持株会社体制へ移行。「スポーツ事業」「不動産事業」及び「Web事業」を展開する連結子会社5社でグループを構成している。売上高1,501百万円、経常損失287百万円、従業員数29人(いずれも2019年12月期連結実績)。資本金1,000百万円(2019年5月減資)。JASDAQ(スタンダード)上場。本店所在地は東京都港区。会計監査人はHLB Meisei有限責任監査法人(2020年1月17日付で一時会計監査人就任)。前任の会計監査人はRSM清和監査法人。 売上計上の妥当性等が問題となった連結子会社、株式会社シナジー・コンサルティング(以下「SC社」と略称する)は、2011(平成23)年2月、株式会社ジェイコンストラクションとして設立され、2013年1月、現社名に商号変更。不動産を手段とした資産形成、資産運用のための不動産販売業務並びに不動産の有効活用、購入、売却のコンサルティング業務を行っている。 【調査報告書の概要】 第三者委員会が、調査対象取引を精査したところ、真正売買契約に全く関与していないもの、仲介手数料を収受することができない取引に売買契約書等を偽造するなどしたもの、真正売買を偽るため売買契約及び媒介契約を仮装したもの、見込み計上し事後的に実態と合致しなくなったもの等を確認した。 第三者委員会は、調査の結果、SC社は、JH社の連結子会社の中でも多額の収益を計上していたため、SC社代表取締役甲氏(以下「甲氏」と略称する)は、早期に売上を計上するため、また、中間省略登記において中間者への登記の省略が可能であることを利用し、架空の仲介手数料を計上させるため、契約当事者の偽造した印鑑をもって売買契約及び媒介契約等を仮装し売上計上させた上、甲氏又はJH社代表取締役社長上野真司氏(報告書上では「乙氏」。以下、上野社長という)と関係の深いb社やc社をして、振込名義人を同契約当事者に替えて、仲介手数料等の振込を行っていたものであることを確認した。 1 調査対象事実 第三者委員会は、不正の類型を4つに分け、指摘事項をまとめている。 2 原因(最終報告書31ページ以下) 第三者委員会は、本件不正は、株式会社の業務に関する裁判上及び裁判外の行為を する権限を一手に有する代表取締役自身(SC社の甲氏のことを意味しているものと思料する)によってなされたものであり、問題事象の大半は、架空の売買契約書や仲介契約書を作成して仲介手数料を取得し、もって収益があったように装ったもので、このような行為は露骨な違法行為を前提としたというべきである上、単なる粉飾決算に止まるものではなく、2年余と長期にわたっていることをも併せ考慮すれば、これが公開会社としての親会社の一般株主に与える信頼を喪失させるばかりか自社の存立の基盤すら揺るがしかねない事態と考えられると断罪したうえで、原因を以下のように分析している。 JH社の利益の大半はSC社に依存しているにもかかわらず、第三者委員会の調査によれば、役員には、SC社の取引の問題点を解明しようとの意識は極めて低かったということである。例えば、役員の中には、同一の仲介依頼会社が再三登場することや取引件数が多いことについて、SC社の取締役でかつJH社の代表取締役である上野社長に対し問い質すなどをしなかったと供述し、その理由につき明確な説明をしない者が存在し、第三者委員会は、こうした態度はいうまでもなく、会社に対する忠実義務違反ひいては取締役の相互監視義務違反の誹りを免れないと批判している。 3 再発防止に関する提言(最終報告書33ページ以下) 第三者委員会がまとめた再発防止に関する提言は大きく2点、(1)コンプライアンス意識の見直しと、(2)コーポレートガバナンスの強化、である。それぞれ概要をまとめておく。 (1) コンプライアンス意識の見直し 第三者委員会は、本件不正が、JH社が目指すコンプライアンス志向に真っ向から対立する事象であると評したうえで、競争の厳しい不動産業界にあって利益至上主義に支配されること自体は、咎められるものではないとしながら、追及すべき利益は正当なものでなければならず、このままでは、JH社は、このような取引通念に反する理念を是とする風潮があるのではないかと評されても致し方ないと断じた。 そのうえで、このような不名誉な烙印を押されるような事態を、今後、二度と起こさないようにするためには、役員はじめ使用人等は改めてJH社が制定したコンプライアンス・マニュアルを熟読玩味し自分自身のこととして考えなければならないとしている。 (2) コーポレートガバナンスの強化 第三者委員会は、SC社は、JH社の1子会社とはいえ、親会社にとってその収益の大半を占める重要な役割を果たしているにもかかわらず、その業務の実体について代表取締役以外親会社の役員の関心が極めて薄い感が拭えないと評価している。 そのうえで、企業の不祥事を防ぎ確固たる経営監視に資するべきコーポレートガバナンスとの観点に照らして、親会社の役員陣がこのような意識の低さに終始するのであれば、当該企業群の健全な発展は覚束ないといっても過言でないことから、この事件を機に、親会社自体はもとより、各子会社の業務の実情をガラス張りにして、それぞれにおける問題点を洗い出し、もって健全な企業運営に資すべきであると提言している。 最後に、第三者委員会は、「これを可能にするものは、各役員の積極的前向きな意欲である」として提言を締め括っている。 【調査報告書の特徴】 上場持株会社が債務超過による上場廃止を避けるために連結子会社で不正な売上計上を行うというパターンの会計不正は、古くから繰り返されてきた。本件では、訂正前の2018年12月期有価証券報告書を基に計算すると、連結売上高の約86%を占める不動産事業を営む中核子会社において4億円を超える架空売上が計上されており、子会社の取締役を兼務する親会社の代表取締役社長の関与もあったと、第三者委員会は認定した。 訂正前の2018年12月期有価証券報告書では、連結売上高は前年比60%の減少で、連結経常利益こそ25百万円を計上していたものの、連結営業キャッシュフローは296百万円のマイナスと明らかに異常点を感じさせる財務状態となっていた。 第三者委員会調査報告書には、JH社代表取締役及びSC社代表取締役が、どのような動機でこうした架空売上を計上したのか、架空売上を隠蔽するため、売掛債権の回収をどのように偽装していたのか、納得できる説明の記載がなく、中途半端な印象与える調査結果の公表となっている。 1 会計監査人の異動 JH社は、第三者委員会の設置を公表した同日、「会計監査人の異動及び一時会計監査人の選任に関するお知らせ」を公表し、RSM清和監査法人から辞任の申し出があったことを理由に、一時会計監査人としてHLB Meisei有限責任監査法人を選任したことを公表した。 会計不正事件において、調査結果が判明してから会計監査人が異動する例は少なくないが、第三者委員会が調査に取りかかるのと時を同じくして辞任に合意するという例はあまり見聞しない。 2 取締役の異動 JH社では、第三者委員会による調査が進行中の3月30日に定時株主総会が行われ、取締役の選任が行われている。また、株主総会後には取締役会も開催されて、代表取締役の異動も公表されているため、2018年12月期有価証券報告書提出後の取締役の変遷について、まとめておきたい。 〈株式会社ジェイホールディングス 取締役構成の変遷〉 〇2018年12月期有価証券報告書 (注) 取締役副社長Ronald Sidharta氏は、2020年3月3日辞任。 〇2020年定時株主総会による選任 (注) 取締役上野真司氏は、2020年5月12日辞任。 3 SC社の譲渡 5月19日、JH社は、「投資用不動産の販売事業、仲介事業からの撤退及び子会社株式の譲渡(子会社の異動)に関するお知らせ」を公表した。この中で、JH社は、調査報告書における指摘及び提言を踏まえた再発防止策の策定及び実施並びに事業内容の抜本的改革による当社事業の再生及び企業価値の向上を喫緊かつ最重要の経営課題として取り組んでいるとしたうえで、新たに代表取締役に就任した眞野定也が、長らく金融事業に従事してきたことから、限られた経営資源を金融関連事業に集中させ、他方、不動産事業については撤退することとしたとその理由を説明している。 なお、SC社の譲渡先は、JH社前代表取締役社長で、SC社の取締役である上野氏個人であり、譲渡価額は1円とされている。譲渡価額については、第三者委員会からの指摘を踏まえSC社の2017年12月期及び2018年12月期の決算を過年度修正した後は債務超過になることから、譲渡価額を1円と決定したと説明されている。 4 元代表取締役らに対する責任追及 過年度決算の訂正発表後の6月30日、JH社は、「当社元代表取締役らに対する責任の追及に関するお知らせ」を公表して、元代表取締役上野真司氏及びSC社元代表取締役の両氏について、第三者委員会より、今般の不祥事の発生にかかる責任があるという認定を受けたことから、法律顧問に相談、検討した結果、刑事民事の双方において必要な法律手続きを執り行うことが適当であると判断したことを説明している。 5 東京証券取引所による改善報告書の徴求及び公表措置 7月31日、東京証券取引所は、JH社に対して、「改善報告書の徴求及び公表措置」を公表した。以下に、公表された理由を引用する(一部省略)。 また、公表措置に先立つ6月16日、東京証券取引所は、同日、JH社が提出した有価証券報告書の連結貸借対照表において、事業年度の末日(2019年12月31日)に債務超過の状態であることが確認されたため、2020年1月1日から同年12月31日までの期間上場廃止に係る猶予期間とすることを公表している。 (了)