事例でわかる[事業承継対策]
解決へのヒント
【第20回】
「役員持株会を用いた対策の留意点」
太陽グラントソントン税理士法人
(事業承継対策研究会)
パートナー 税理士 梶本 岳
相談内容
私は、化学製品卸売業を営むK社で総務部長を務めています。当社は、創業オーナーであったA氏に親族内の後継者が存在しなかったことから、創業直後から当社で働いてきた非同族の取締役B(社長)を中心とする役員5名による非同族承継を行いました。
その際、A氏から非同族の役員5名への株式移転コストを抑えることを目的として従業員持株会を設立し、20名程度の従業員が従業員持株会を通じて株式を保有することにしました。また、取引先にも各5%の株式を保有してもらうなど、すべての株主の議決権割合が15%未満となるよう大胆に株式を分散させることで、全員が配当還元価額により株式を取得することが可能となるような事業承継対策を行いました。
〈K社の持株割合〉
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このたび、来月行われる定時株主総会での任期満了をもって、取締役の1名(F氏)が退任することになりました。B社長は、これまで通り取締役会のメンバーで3分の2以上の株式を保有し続けたいと考えていますが、残る取締役4名がF氏の株式を取得すると議決権割合が15%以上となってしまうため、配当還元価額により株式を取得することができなくなると顧問税理士から指摘を受けました。
そこで、F氏の退任前に役員持株会を設立し、取締役5名の保有株式を役員持株会で保有する形に組み替えるアイデアが検討されています。F氏が当社の取締役を退任した後も役員持株会の会員として留まることができるように、役員持株会の会員資格を「K社の取締役及び元取締役」とし、当面の間、F氏に株式を保有し続けてもらう計画ですが、問題ないでしょうか。
仮に、F氏が役員持株会の会員になることができない場合には、F氏と取引先2社が加入する取引先持株会を設立し、取引がなくなった場合やF氏に相続があった場合に株式を買い戻せるようにするアイデアも出ていますが、そのようなことは可能なのでしょうか。
解決へのヒント
民法第667条第1項に規定する組合契約に基づき設立される役員持株会は、会員資格などの制度設計を誤ると、金融商品取引業としての登録義務が生じてしまう場合があります。
非上場会社の役員持株会が金融商品取引業の登録を行うことは現実的でなく、未登録で勧誘を行った場合の罰則も存在するため、会員資格などの制度設計に留意が必要です。
■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■
[1] 役員持株会
非上場会社の役員持株会は、民法第667条第1項に規定する組合契約に基づき設立されることが一般的です。会員規約において株式の引き出しを認めず、退会時や取締役を退任するなど会員資格を喪失した際には現金で払戻しを行う旨を定めておくことで、退会者が出た場合でも、役員持株会で株式を保有し続けることが可能であることから、株式の社外流出を防ぐ機能があると考えられています。
このように、役員による議決権の安定的な保有や株式の社外流出を目的に設立されることの多い役員持株会ですが、投資家(役員)から出資を集めて株式を保有し、配当金などの収益を出資者に分配するなど、投資ファンドに似た性格を持つ制度であるため、制度設計や運営を誤ると金融商品取引法の規制の対象となる点に注意が必要です。
[2] 金融商品取引法に関する留意点
(1) 集団投資スキーム持分
金融商品取引法においては、民法第667条第1項に規定する組合契約のうち、出資者が出資又は拠出をした金銭を充てて行う事業から生ずる収益の配当又は財産の分配を受けることができる権利について、一定のもの(※1)を除いて、これを有価証券とみなして金融商品取引法の規定を適用する旨が定められています(金商法2②五)。
(※1) 有価証券とみなさなくても公益又は出資者の保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして政令で定める権利(金商法2②五ニ)。
有価証券とみなされた集団投資スキーム持分の自己募集や、出資・拠出を受けた有価証券の自己運用を業としている者に対しては、金融商品取引業の登録(※2)を受けることが義務付けられており、登録を受けずに出資の勧誘等を行った場合には金融商品取引法違反(5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処し、又は併科)に該当する可能性があります(金商法2⑧、29、197の2①十の四)。
(※2) 自己募集は第二種金融商品取引業、自己運用は投資運用業の登録が必要。
〈集団投資スキーム(ファンド)
〇他者から金銭などの出資・拠出を集め、〇当該金銭を用いて何らかの事業・投資を行い、〇その事業から生じる収益等を出資者に分配するような仕組みに関する権利のことで、法的形式や事業の内容を問わず、包括的に金商法の規制対象である「有価証券」とみなすこととされています。
(出所) 「いわゆるファンド形態での販売・勧誘等業務について」(金融庁ホームページ)
金融商品取引法においては、出資の総額及び純資産額が5,000万円未満の投資運用業、同じく1,000万円未満の第二種金融商品取引業について登録を拒否する旨が定められており、配当還元価額などの比較的低い価額で株式を取得することが想定される役員持株会や従業員持株会、取引先持株会を金融商品取引業として登録することは現実的ではありません(金商法29の4①四イ・五ロ、金商令15の7①四・五)。
(2) 集団投資スキーム持分に該当しない制度設計
会社の運営する持株会が集団投資スキーム持分に該当することなく、金融商品取引法違反でないようにするためには、持株会がみなし有価証券の対象から除外される「有価証券とみなさなくても公益又は出資者の保護のため支障を生ずることがないと認められるものとして政令で定める権利」(金商法2②五ニ)に合致するような設計・運営であることが必要となります。
集団投資スキーム持分の適用除外となるための「政令で定める権利」は、持株会の種類ごとに、①会員資格、②契約内容、③拠出金額の3つが下表のとおり定められています。
(※) 金商令1の3の3五・六、金商法2条府令6、7を元に筆者作成。
[3] 結論
役員持株会が有価証券とみなされる集団投資スキーム持分とならないためには、役員持株会の構成員となる会員が、「株券の発行者の役員、従業員、被支配会社の役員又は従業員」で構成されていることが必要です。したがって、御社の場合、退職する取締役(F氏)を引き続き役員持株会の会員として留めることについては再考が必要でしょう。
また、取引先持株会については、「株券の買付けを金融商品取引業者に媒介、取次ぎ又は代理の申込みをして行うものに限る」旨が規定されていることからも、証券会社等に運営受託してもらう形でなければ集団投資スキーム持分に該当してしまうため、株主3名による取引先持株会というアイデアも現実的ではありません。
役員持株会や従業員持株会、取引先持株会が集団投資スキーム持分に該当し、有価証券とみなされることにより、金融商品取引法違反となることがないように、会員資格に留意するか、退任するF氏の後任を選任してF氏から株式を取得するなど、持株会制度以外の方法を検討することが必要でしょう。
具体的な対策については、税理士等の専門家と相談の上、実行されることをお勧めします。
〔凡例〕
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所規・・・所得税法施行規則
所基通・・・所得税基本通達
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
財基通・・・財産評価基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
会・・・会社法
金商法・・・金融商品取引法
金商令・・・金融商品取引法施行令
金融商品取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令・・・金商法2条府令
(例)相法9の2④・・・相続税法第9条の2第4項
(了)
「事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント」は、毎月第2週に掲載されます。