〔会計不正調査報告書を読む〕 【第100回】 株式会社ジャパンディスプレイ 「第三者委員会調査報告書(2020年4月13日付)」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 【第三者委員会の概要】 【株式会社ジャパンディスプレイの概要】 株式会社ジャパンディスプレイ(以下「JDI」と略称する)は、2002年10月に設立された株式会社日立ディスプレイズを起源として、2011年9月に設立された株式会社ジャパンディスプレイ統合準備会社の下で経営統合が進められた、日立ディスプレイズ、東芝モバイルディスプレイ、ソニーモバイルディスプレイなどを傘下に置いた旧株式会社ジャパンディスプレイと合併したうえで、社名を現在のジャパンディスプレイに変更している。中小型ディスプレイデバイス及び関連製品の開発、設計、製造及び販売を事業目的とする。 2014年3月、東京証券取引所一部に上場。売上高636,661百万円、経常損失44,153百万円、従業員数10,005人(いずれも訂正前の2019年3月期連結実績)。資本金1,906億円。会計監査人は有限責任あずさ監査法人(以下「あずさ監査法人」と略称する)。 【調査報告書の概要】 JDIは、2019年11月26日、同社の元経理・管理統括部長A氏から、経営陣の指示により過年度の決算について不適切な会計処理を行っていた旨の通知を受けたため、A氏の主張する過年度決算における不適切な会計処理に関する疑義(以下「本件不正疑義」という)について、透明性の高い調査を徹底的かつ迅速に行うため、12月2日、特別調査委員会を設置することを取締役会において決議した。 その後、特別調査委員会の調査の過程で、具体的な疑義の存在が判明したため、JDIは、12月24日、日本弁護士連合会が定める「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠した第三者委員会を設置することを取締役会において決議した。 本件不正疑義とは、報告書冒頭「第1 調査の概要」に示された次の16項目にわたる会計処理を意味している。 1 A氏の入社から退職、不正会計処理の通知に至る経緯 第三者委員会は、報告書27ページに「4 A氏の立場・別件横領行為等」という項目を設け、JDIの過去の不適切な会計処理を主導してきたことを通知したA氏について、背景事情を説明しているので、これを時系列でまとめておきたい。 2018年11月にJDI社内調査委員会が行った調査では、A氏は、知人を介してペーパーカンパニーを準備して、JDIからペーパーカンパニーの口座に約5億4,900万円を送金してこれを横領するとともに、収入印紙約2,900万円を横領したことが判明しているが、こうした横領事件とそれに伴うA氏の懲戒解雇については、社内でも公表されなかった。 2 本件不正疑義に関する調査結果 報告書では、本件不正疑義16項目に関する調査結果に60ページを超える紙数を割いているが、本項では、報告書要約版にまとめられた結論部分のみを引用しておきたい。なお、報告書では、本件不適切会計処理の関与者として、次のようにまとめている。 (1) 100億円規模の架空在庫の計上 上場直後の四半期における営業損失の回避を企図し、2014年3月期第4四半期において、仕掛品30億円の過大計上を行ったが、翌四半期決算で取り崩した。 その後、業績予想の利益水準の達成を企図して、2016年3月期第2四半期から2017年3月期第1四半期にかけて仕掛品100億円の架空計上を行ったが、段階的に取り崩し、2019年第3四半期をもって、架空の仕掛品計上は解消した。 (2) 滞留・過剰在庫について実態と異なる販売見込み等を用いることによる評価損の計上回避 滞留品・過剰在庫について、2014年3月期第4四半期から2018年3月期第1四半期にかけて、繰り返し、実態と異なる販売見込み等のデータを使用して、評価損の計上を回避する不適切会計処理が行われていたが、不適切会計処理は、それぞれ翌四半期連結会計期間に洗替処理を通じて解消していた。 (3) 本来費用計上すべき消耗品を貯蔵品に振り替えることによる利益操作 2014年3月期第4四半期から2020年3月期第2四半期にかけて、固定費削減を求められた一部の工場拠点において、製造固定費を削減して目標損益を達成するために、本来費用処理すべきものの一部を貯蔵品として計上していたが、不適切会計処理は、それぞれ翌四半期連結会計期間に洗替処理を通じて解消した。 (4) 本来計上すべき費用や損失の先送りや資産化による利益操作 (5) 海外向け販売代理店への買戻条件付販売による売上計上 2017年3月期第4四半期及び2018年3月期第1四半期において、海外向け販売代理店に対する1,541百万円の売上計上を行ったが、当該販売には買戻条件が付されていたこと等から、当該売上計上は収益認識の要件を満たさず、また、2016年3月期第4四半期における、海外向け販売代理店に対する109百万円の売上計上も、収益認識の要件を満たさず、いずれも、販売時点での収益認識は不適切であった。 (6) 大口顧客に対して販売した製品保証に関する費用の先送り 2017年3月期第4四半期及び2018年3月期第3四半期において、大口顧客への製品不良の賠償費用(それぞれ1,000百万円と672百万円)について、一旦計上したものを取り消して、それぞれ翌四半期に費用の先送りを行っていた。 (7) 海外EMS及び海外製造子会社におけるJDI帰責の損失に関する引当金の未計上及び先送り 海外EMS及び海外製造子会社との関係でJDIに帰責する損失について、2014年3月期第4四半期以降、損失引当金合計2,534百万円が計上されていない。また、海外EMSとの関係でJDIに帰責する損失584百万円について、2016年3月期第4四半期に費用処理せずに、この損失を一旦仮払計上して、2017年3月期第2四半期に費用の先送り処理を行っていた。 (8) 固定資産の減損損失の回避 2017年3月期第3四半期において、再稼働見込みのない遊休資産について、会計監査人であるあずさ監査法人に対し、再稼働の予定があるかのような説明を行うことにより、減損損失額は2,315百万円について、減損損失の計上を回避した。 (9) 関係会社株式の減損処理及び投資損失引当金の計上回避 当委員会は、実質価額が著しく下落している関係会社としてTaiwan Display Inc.を認識したため、投資価値に関係すると思われるメールのレビュー、関係者へのインタビュー及び関係資料の閲覧による調査を実施したが、関係会社株式の減損処理及び投資損失引当金の計上回避が行われている事実は検出されなかった。 (10) 不適切な繰延税金資産の追加計上による利益確保 当委員会は、繰延税金資産の回収可能性の評価結果について、関係資料の閲覧及び関係者へのインタビューによる調査を実施したが、繰延税金資産の不適切な計上が行われている事実は検出されなかった。 (11) 繰延税金資産等を原資とした配当 JDIは、そもそも調査対象期間において一度も配当を実施していない。このため、不適切な配当がなされたと評価する余地はない。 (12) 構造改革に伴う損失を経営陣が発表した数値になるようにする操作 2017年8月、総額1,700億円の費用をかけた事業構造改革が公表されたが、2018年3月期第4四半期決算時、構造改革に伴う損失が想定よりも大きくなる見通しとなったことから、経営陣が発表した数値に収まるように操作する目的で、もともと減損損失の計上を予定していた白山工場について、減損損失の発生回避を企図したが、白山工場の減損処理に関しては、その後の損益見込み等を踏まえ、減損の兆候を明確に認識するには至らなかったことから、構造改革に伴う損失の数値操作について、結論として不適切な会計処理は認められなかった。 (13) 本来費用処理すべきものを固定資産の取得価額に算入することによる利益確保 以下のとおり、費用処理すべきものが固定資産に計上されていた。 (14) 関係会社に対して四半期ごとに支出した研究開発委託費を出資に振り替えることによる損失回避 JDIは、関係会社である株式会社JOLEDとの間で締結した研究開発業務委託契約に基づく研究開発委託費の支払いに関し、契約の合理性に疑問を持つとともに費用の負担が経営を圧迫したなどの事情から、当該委託契約を出資契約に変更するに至った。当該契約変更の交渉中に、2016年3月期第3四半期において、契約変更を根拠に費用計上を回避したことが認められるが、翌四半期に処理が行われているため、通期における費用認識額は変動しない。 (15) 段階利益(利益表示区分)の操作による営業利益の過大計上 茂原工場ラインについて、ほぼ全ての装置が稼働していたにもかかわらず、営業利益を良く見せるため、一部の装置が休止しているという実態と異なる報告と営業外費用への振替の提案が経営会議で承認されたことにより、1ヶ月分の減価償却費を稼働休止装置として営業外費用に振り替えるという段階利益の操作を行って営業利益を過大に計上していた。 また、類似案件として、茂原工場ラインについて、実態と異なる稼働休止資産報告書が誤って作成されていたために、減価償却費が過大に営業外費用に振り替えられていたが、こちらは、意図的に誤った稼働休止資産報告書が作成されたことを示す証拠は検出されず誤謬として認定した。 (16) 上場申請時等における実現不可能な事業計画の作成 JDIの発行株式は、2014年3月19日に東京証券取引所市場第一部に上場した。上場申請にあたって、東京証券取引所及び幹事証券会社に提出された事業計画については、その実現可能性に全く疑問なしとはいえないものの、最終的な発行価格の形成に直接影響するものではなかった。 3 発生原因の分析(報告書122ページ以下) 第三者委員会は、発生原因の分析として、不適切会計処理を主導し、通知したA氏について、不正のトライアングル仮説に基づき、不適切会計処理の機会・正当化要因・動機の存在を直接的な原因として検討している。 〈直接的な原因〉 さらに第三者委員会は、発生原因の間接的な要因として、JDIの組織風土の特性や内部統制上の不備を検討している。 〈間接的な要因〉 4 再発防止策の提言(報告書135ページ以下) 第三者委員会は、再発防止策についても「直接的な原因」と「間接的な原因」とに分けて、提言を取りまとめている。 〈直接的な原因に係る再発防止策〉 〈間接的な原因に係る再発防止策〉 【調査報告書の特徴】 FACTA2020年1月号で「JDI『リアルサスペンス劇場』」というタイトルが付けられた記事の冒頭、関係者の話として、「これはもはや『火曜サスペンス劇場』だ」という言葉を引用している(FACTA2020年1月号、14ページ)。記事では、2019年11月30日に死亡が確認されたA氏(FACTA記事では「元経理幹部」)については、警視庁が自殺を図ったとみているという記述があるが、真相は定かではない。 A氏が、過去の会計不正についてJDIに通知した理由については、A氏が死亡したこともあってか、調査報告書に言及はない。調査の結果、16項目にわたる会計不正の手口のうち、明確に不適切ではなかったと否定できたものは4項目に過ぎず、損益に影響を与えるものではないとしたものも含めて、残りの12項目については「不適切な会計処理」と認定した。 A氏が主導したとされた会計不正の手口は、経理部門で操作できる利益拡大策としては網羅的なものであったが、多くは一時的な損失の先送りに過ぎず、JDIが抜本的な業績回復策を検討することを阻害したという側面があったのではないかとも評価できる。 1 A氏による横領事件の調査と適時開示 JDIは、一部マスコミで報道されたことを受けて、2019年11月21日、「当社元従業員による不正行為についてのお知らせ」をリリースして、管理部門の元従業員(A氏)による不正が発覚し、2018年12月28日にA氏を懲戒解雇処分とするとともに刑事告訴していることを公表した。 同リリースで、発覚から1年後の公表となったことについては、「捜査の必要性から現段階では公表を控えつつ原因究明と再発防止に努め、警察とも相談の上で捜査への支障がないと判断されたタイミングで公表を行うことを検討」していたと説明している。 A氏による横領事件については、「外部の専門家(弁護士及び公認会計士)を含む社内調査委員会を編成し、調査を実施」して、「本件不正行為以外の同様の不正行為の有無についても調査を行いましたが、その存在は認められませんでした」と述べているが、調査委員会のメンバーや調査報告書などは公表されていない。 第三者委員会は、「A氏のパーソナリティー」の項で、A氏が、業績不振にあえぐ会社を何とかしたい、上長であるCFOを守らなければならないという「男気」、自分ならなんとかやれるという能力への自負、上位者に認めてもらいたいという承認欲求等があったと分析して、自分の力で会社の数字をよく見せることで会社やCFOを守るといった歪んだ正義感が、不適切会計処理を正当化したものと結論づけているが、A氏が懲戒解雇されることとなった横領事件については、正当化事由の中で触れていない。 2 常勤監査役による経営陣への意見具申 第三者委員会は、「監査役による内部統制が奏功しなかったこと」の項で、常勤監査役である保田隆雄氏(報告書上は「O氏」と表記。以下保田常勤監査役と略称する)が、常勤監査役就任前から、在庫の管理等に強い疑念を抱き、国内の製造拠点において、費用の先送りとも受け取られかねない指示が出ていることを聞き、不適切会計の懸念を有して、保田常勤監査役から事業部門の幹部に対し、現場への指示が不適切会計を誘発しないよう、注意を促したこともあったことを明らかにしている(報告書128ページ)。 さらに、保田常勤監査役は、常勤監査役に就任した直後、本社経理部門のメンバーから、当時の代表取締役会長である本間充氏(報告書上は「C氏」)からの業績必達のプレッシャーが厳しく、非常にストレスを感じていると聞き、危機感を抱いたことから、2016年7月頃、常勤監査役川崎和雄氏とともに、本間代表取締役会長ら経営陣に対して、今のようなプレッシャーをかけていると経理部門のモチベーションが落ち、不正会計や内部告発のリスクがある旨を伝え、プレッシャーを緩和すること、コンプライアンス厳守を徹底することと併せて、経理部門メンバーに対して職業的倫理観を鼓舞し、適正会計を遵守するよう経営者自らの言葉で語ることを具申した。それを受けて、本間会長は、経理部門のマネージャー以上を集め、「経営状況は厳しいが経理部門は適正会計を徹底するように」と訓示したことが記述されている。 こうした保田常勤監査役の行動ではあったが、この時点より前に、様々な不適切会計処理が既に実行されており、また、その後に発生した不適切会計処理も、結果的に防ぐことはできなかった。第三者委員会は、「監査役監査は、本社経理部門に対する一定の牽制効果はあったと思われる」と評価しているものの、なぜ、「不適切会計を防ぐことができなかったか」までは言及していない。 3 元従業員からの通報に対する経営陣の判断 第三者委員会は、JDIの内部通報制度が機能していなかったことを「発生原因」のひとつとして取り上げている(報告書129ページ)。以下では、具体的に何が起こっていたのかを見ておきたい。 まず、内部通報の件数と通報内容については、制度が導入された2012年12月から2019年5月までの通報実績は41件であり、その内容はハラスメント嫌疑を含む人事案件が30件前後で、違法・不正行為の疑義についてはわずか数件、不適切会計処理についての嫌疑は皆無であったことが分かっている。 さらに、2018年5月17日には、当時財務統括部財務部に所属していた元従業員が、当時の代表取締役会長東入来信博氏(報告書上は「D氏」)に対して直接メールを送り、不適切会計処理の存在等に関する通報を行ったものの、東入来会長はじめ、元従業員からの通報内容を知らされた当時のCFOや各常勤監査役、経営陣・幹部は、同通報は当該元従業員自身の人事上の不満を主張するものと考え、A氏が不適切会計処理に関与しているとは考えず、通報は基本的には人事案件であると判断していた。 一方、東入来会長は外部の弁護士に対して、元従業員による通報の調査を依頼したものの、経理部門が調査に非協力的であったことに加え、同年11月にA氏の横領嫌疑が発覚したことなどから、調査を断念した。JDIとしては、最終的には、元従業員による通報は、2019年4月、当時のCFOが、A氏の元部下2名による調査結果を合計2頁の簡素な調査報告書としてまとめ、元従業員による通報の内容は会計上一切問題なしと報告することで、調査完了として処理した。 第三者委員会は、元従業員による通報に関する調査について、「通報者のレポートラインから独立した内部監査室等の部署が行うべきであった」と指摘し、「当時のJDIの経営陣・幹部、さらにはこれらを監視監督すべき常勤監査役までもが、当該元従業員・A氏の双方に対するバイアスから、当該元従業員通報を真摯に取扱わなかった」と批判をしたうえで、こうした元従業員による通報に関する一連の顛末は、JDIの内部統制システムが不正発見のために機能していなかったことを端的に示していると断じている。 4 JDIによる再発防止策 4月28日、JDIは、「ガバナンス向上委員会の設置に関するお知らせ」をリリースして、代表取締役会長を委員長として、社外の弁護士と公認会計士も加えたガバナンス向上委員会の設置と、ガバナンス改善策及び再発防止策を公表した。 ガバナンス向上委員会の設置目的としては、①本件(引用者注:過年度決算における不適切な会計処理)の原因及び当社のガバナンス上の問題点を分析し、②ガバナンス上の問題点の改善策及び本件の再発防止策を検討、策定し、③再発防止策の運用に対するモニタリングを行い、もって当社のガバナンスに対する信頼を回復することとしている。 【ガバナンス向上委員会の構成】 なお、弁護士の藤津康彦氏は、JDIが、本件の調査にあたって設置した特別調査委員会の委員長を務めていたことも、合わせて開示されている。 さらに、本リリースでは、「現時点で検討しているガバナンス改善策及び再発防止策」として以下の項目が列挙されている。 なお、上記の項目は、JDIが、第三者委員会による調査報告書と同時に公表した「内部統制報告書の訂正報告書に関するお知らせ」というリリースにある「財務報告に係る内部統制の不備を是正するための措置」と比較すると、「(1)③三様監査の連携の強化」が追記されただけで、他はほぼ同じ内容となっている。 (了)
〔中小企業のM&Aの成否を決める〕 対象企業の見方・見られ方 【第2回】 「買い手が好意を抱く「売り手の外見」」 ~その1:企業ウェブサイト・SNS~ 公認会計士・税理士 荻窪 輝明 《今回の対象者別ポイント》 買い手企業 ⇒買い手が意識する売り手の外見と見方を知る。 売り手企業 ⇒売り手の外見が買い手からどう見られるかを知る。 支援機関(第三者) ⇒買い手の見方を知って支援に活かす。 その他の対象者 ⇒買い手側の立場からM&A対象企業の見方を知る。 1 相手との良好な関係が友好的M&Aを演出する 中小企業のM&Aでは、敵対的買収ではなく、いわば相思相愛が前提の友好的な買収によることが基本です。相手に好意を持って接することが、良い人間関係の構築に欠かせないように、買い手と売り手がM&A後の良好な関係を保つには、相手と対峙するのではなく、互いに好意を抱く買い手と売り手を目指すのが得策です。 とはいえ、ビジネスで組む相手探しですから、決して「いい顔」をする必要はありません。時に鋭い眼差しを向けつつ、しかし、相手に自分の素直な気持ちが伝わり、素顔がわかるように心がけることが、友好的なM&Aを演出します。そのためにも、中小企業のM&Aを順調に進める準備として、対象企業の見方・見られ方をよく研究することが欠かせません。 今回からは、買い手目線によるM&Aの対象となる売り手企業の見方を考えます。同時に、売り手企業からみれば、買い手企業からの見られ方を知る手がかりをつかむことができます。 第2回のテーマは「売り手の外見」、なかでも企業の顔といえる「企業ウェブサイト・SNS」の見方と見られ方です。 2 買い手が意識する売り手の外見 見た目、外見はもっともわかりやすい企業の特徴の1つです。売り手の第一印象そのものといっていいくらいに、この良し悪しが、その後のM&Aの流れに影響するほど重要な要素となります。 買い手が売り手の外見から相手をどのように考えるのか、売り手の見た目は買い手からどう映っているかは、たとえM&Aに関わらないにしても、すべての企業が共通して知りたいところです。 売り手の外見というと、例えば、本社の社屋や社内の様子、経営者や従業員といった人材などが思い浮かびますが、今回は「企業ウェブサイト・SNS」に着目しましょう。 3 企業ウェブサイト・SNSの見方~10の視点~ 大半のM&Aで、買い手が売り手に接する初期の手段として考えられるのが企業のウェブサイトです。最近はSNS発信を重視する企業も増えています。いわば「企業の顔」といえるウェブサイト・SNSですが、この初期の段階の見方・見られ方が大事なことは言うまでもありません。 以下では、買い手が売り手の企業ウェブサイトなどを通じて得る情報の主な見方・考え方として、10の視点を示しました。 〈企業ウェブサイト・SNSの状況とそれに対する10の視点〉 買い手が望ましい売り手を探すつもりで、あるいは、売り手が買い手から見られるつもりで、この機会に色々な企業のウェブサイト・SNSに触れることで、M&A対象企業の見方・見られ方を知る多くのヒントが得られます。特に、積極的な情報公開を行う企業の例を手本にとると、「M&A対象企業の外見に足りていないものはないか?」に気づく手掛かりが得られ、M&Aのステージが進む際に、売り手から追加で得たい情報を逃さないことにもつながります。 * * * 次回の第3回も“外見”について見ていきます。今回とは違う角度から売り手企業の見方を考えましょう。 (了)
[新型コロナウイルスを乗り越えるための] 中小企業の経営相談 【第4回】 (最終回) 「どうしても上手くいかない場合の事業再建策」 ~法的再建と私的再建~ 虎ノ門第一法律事務所 弁護士 山口 智寛 株式会社バンカーズ・アイ 代表取締役 山田 正貴 -相談内容- 当社はコロナショックのあおりを受けて売上げが激減してしまっています。財務状況を分析したところ、このままだと数ヶ月後に資金ショートすることがわかりました。以前から金融債務のリスケをしていたため、新規融資も断られてしまい、資金繰りについては万策尽きた状態です。 私は経営責任をとって引退しても良いのですが、何とか事業だけは守れないでしょうか。また、多額の連帯保証債務を負っている私は自己破産を免れないのでしょうか。 ● ● ● 回 答 ● ● ● 1 事業を存続するか廃業するか 資金ショートまでのカウントダウンが現実化し、それを回避する術もないという窮地に陥った場合、どうすればよいか。 このような局面において、廃業を視野に入れる経営者もいるだろうが、基本的には事業継続を原則として考えていただきたい。法人や事業といったものは、決してヒト・モノ・カネの単なる集合体などではなく、そこから生まれる固有の社会的価値を内包しており、容易く放棄されるべきものではない。 一時的な資金難で窮地に陥っているものの、事業自体には、本来、将来性・収益性がある、経営者自身としても復活を図りたいと思っており、周囲の協力も得られる見込みがあるという場合には、是非とも事業再建を目指すべきである。 これまでは「会社」の立て直しに奔走してきただろうが、この段階まで来たら少し発想を変えて、再建を図る対象はあくまでも「事業」という中身であって、「事業」を再建できるのであれば「会社」という箱は変えても構わないという前提に立ってみよう。そうすることで、後述するような様々な事業再建策の手法を採り得るようになる。 一方、事業の収益性も見込めず、経営者自身にも事業を続けていくだけの気力や覚悟が無い場合には、「廃業」すなわち経営から退くことを決断するのも1つの選択肢ではある。 もっとも、廃業するにしても、従業員や取引先に迷惑をかけたくないという思いで無策のまま資金ショートギリギリまで事業を続けると、結果的には自己破産せざるを得なくなり、かえって突然の破産により関係者に迷惑をかけてしまうことになる。時間的、金銭的な余力があるうちに、事業譲渡や段階的な事業縮小によるソフトランディング型の廃業を目指して手を打ちたい。 廃業は本連載のテーマではないので別稿に譲り、以下では事業再建の方法について述べる。 2 事業再建の方法 (1) 法的再建(法的整理)と私的再建(私的整理) 事業再建の方法としては、大きく分けて法的再建(法的整理)と私的再建(私的整理)の2つがある。いずれも、既存の債務をカットして事業の生き残りを図るための方法であるが、手続の進め方や債務カットの仕方が異なる。 法的再建は、裁判所の関与する手続(多くの場合は民事再生手続)によって事業の再建を図る方法である。裁判所の決定によって金融機関だけでなく取引先等を含む全ての債権者の債権を強制的にカットする、大変強力な手続である。 その反面、裁判所で手続が始まったという事実が公開されて「倒産企業」というレッテルが貼られることは避け難く、また、金融機関以外の債権者も全て巻き込んで債務カットを行うため、事業再建に必要な今後の取引継続に難点が生じることが少なくない。 これに対して、私的再建は、金融機関との間でのみ協議を行って金融債務のカットを行うことで、事業の再建を図る方法である。法的再建のような強制力は働かないので、全ての金融機関の同意を得る必要があり、また、金融債務以外の債務はカットの対象外であるから、法的再建に比べて債務カットの威力は小さい。 しかし、金融機関との協議は非公開なので風評リスクを抑えることができ、また、金融機関以外の一般債権者には全く迷惑をかけないで済むという利点がある。 法的再建と私的再建、どちらも一長一短あるが、事業を再建する過程では事業価値の毀損が発生することが大きな痛手となることは間違いないから、準備と実行のために十分な時間的余裕(私的再建を実行するためには少なくとも半年程度の期間が必要である)がある限り、私的再建を優先的に考えていただきたい。 実際、近時は「第二会社方式」による私的再建、すなわち、優良な事業部門や資産を会社分割や事業譲渡といった手続によって新会社(第二会社)に移して事業継続を図るとともに、過剰債務が残った旧会社については特別清算手続によってその法人格ごと消滅させてしまう手法が、事業再建の主流になっている。 ◎法的整理(民事再生)と私的整理の概要と特徴 (2) 私的再建(私的整理)の方法 私的再建は、借入がある全ての金融機関の同意を得て金融債務のカット(一部免除)を実現するものだが、そもそも金融機関はそう簡単には債務免除に応じてくれない。経営難に陥った理由、経営者の経営責任、合理的かつ実現可能な事業再建計画といったものについて、具体的な資料を元に、金融機関が納得するまで説明を尽くすことが必須の前提となる。 また、裁判所が関与しない分、慎重に手続を進めなければならない。一般的には、最初にメインバンクに相談に行き、私的再建に協力してもらうという内諾を得た上で、他行にも協議を申し入れることになるが、この過程において不公平、不透明が生じてはならない。 さらに、債務免除に関する税務処理についても入念な検討が必要である。金融機関側には、いわゆる無税償却することの難しさの問題(免除した金額を税務上の損金として処理できないという問題)があり、一方で、会社の側としても、債務免除益(債務免除を受けた分だけ利益があったものとみなされること)に対する課税を回避する必要性がある。 このように私的再建における金融機関との協議には考慮すべき要素が数多くあるため、2001年に有識者団体が作成した「私的整理に関するガイドライン」に則って手続を進めることが暗黙の了解とされていた。 近時では、さらに一歩進んで、アベノミクスの第三の矢である「日本再興戦略」(2013年6月14日閣議決定)の一手段として2014年に施行された「産業競争力強化法」に基づき、裁判所以外の機関(公的機関や国の認定を受けた機関)が私的整理の援助を依頼できる制度や、私的整理でありながらも裁判所の手続を利用できる制度が創設されており、こういった制度を利用することが私的整理の主要形態となっている。 様々な機関や制度ができていて、百花繚乱の様相を呈しているが、「私的整理を円滑に進めるために利用できるもの」という位置付けは同じである。以下に概要を挙げておくので、身近にいる専門家に相談して、利用しやすいと思われるものを選択すると良い。 ① 事業再生実務家協会による事業再生ADR 「ADR」という言葉は聞きなれないと思うが、「裁判外紛争解決手続」(Alternative Dispute Resolution)の略称であり、要するに、裁判所の法的手続によらずに紛争の解決を図るための手続の総称である。「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律 」(ADR法)という法律に基づき、法務大臣の認証を受けた認証ADR機関がその手続を実施することになっている。 現在日本国内に存在している複数の認証ADR機関のうち、事業再生を目的とする事業再生ADRを実施している唯一の機関が、一般社団法人事業再生実務家協会である。事業再生実務家協会による事業再生ADRは、2008年から実施されている実績と定評のある手続ではあるが、どちらかというと上場企業を中心とする大規模な事業再生案件を対象としている。 ② 中小企業再生支援協議会 中小企業再生支援協議会は、国の委託事業として中小企業の事業再生に向けた取り組みを行うために各都道府県に設置されている(独立行政法人中小企業基盤整備機構に中小企業再生支援全国本部が設置されている)機関で、東京では、東京商工会議所によって受託運営されている。 「企業版の地域総合病院」を標ぼうしており、窓口相談では、経験豊富な事業再生支援の専門家が無料相談に対応してくれる。メインバンクから事業再建への協力意思の表明があることを前提条件として、再生支援協議会の支援決定が得られると、事業再建のための再生計画作成や金融機関との協議のとりまとめを支援してもらえる。2003年の発足以降、事業規模を問わず様々な中小企業の支援実績がある。 ③ 地域経済活性化支援機構(REVIC) 地域経済活性化支援機構(株式会社地域経済活性化支援機構)は、「株式会社企業再生支援機構法」に基づき、地域活性化と事業再生を目的として、預金保険機構や農林中央金庫といった公的機関を株主として2009年に設立された機関である(2013年に現在の商号に変更)。 2013年の法改正及び商号変更以降、中小企業の事業再建支援業務に一層力を入れている。比較的新しくできた機関であり、中小企業再生支援協議会に比べると認知度が低いが、中小企業再生支援協議会と同様、無料で相談でき、また、メインバンクの協力が得られることを前提条件として、事業再建のための再生計画作成や金融機関の同意を得るための調整をしてもらえる。零細企業から比較的大きな企業まで、事業規模を問わず利用可能である。 ④ 特定調停 上記3つとは異なり、特定調停は事業再建支援を行う機関ではなく、裁判所で行う手続の名称である。特定調停自体は、債務超過に陥った個人や事業者が金融債務に関する利害関係の調整を行うための裁判所の手続として元々存在していたが、2013年から、この特定調停を中小企業の私的整理において金融機関から債務免除を受けるための簡易迅速な手続として用いる運用が始まった。裁判所の手続ではあるが、金融機関に金融債務のカットに応じてもらうためだけのものであり、全債権者を巻き込んで一律に債務カットを実現する法的整理とは全く異なる。 明確な要件が定まっているわけではないが、概ね年商20億円以下、負債総額10億円以下の企業が対象とされている。事前に代理人弁護士が金融機関と意見交換・調整を行い、その後の特定調停手続によって債務カットについて同意が得られる見通しを得た後に、簡易裁判所に申立てを行う。 メインバンクの支援表明等が必要とされておらず、メインバンク不在の場合でも利用できること、個人事業主の過剰債務の処理にも利用できること、原則として1、2回の調停期日で終了し迅速な解決が可能であること等の利点があり、中小企業の事業再建の新しい手法として利用事例が多くなってきている。 (3) 法的再建(法的整理)の方法 事業の再建を図るための法的手続として利用されているのは、ほとんどが民事再生であるから、以下では民事再生手続について説明する。 民事再生手続のポイントは、事業を継続しつつも、既存債務の弁済を一旦全て棚上げにしてしまう点にある。新たに発生する債務については通常通り弁済を行うが、棚上げにした既存債務については大幅な債務カットを前提とする弁済計画を立てて、債権者の多数決により弁済計画の承認を得た後に、その計画に従って支払うことになる。 手続面の流れを俯瞰してみよう。まず、民事再生を裁判所に申し立て、裁判所から弁済禁止の保全処分が発令されると、一定の例外を除いて、既存の債務について債権者に弁済することが禁じられる。同時に、裁判所によって監督委員(弁護士)が選任され、監督委員が会社の業務・財産の管理監督を行う。 この後、申立てから数日以内に、自社の主催で債権者説明会を開催し、民事再生の申立てに至った原因や、今後の手続進行等について債権者に説明を行うことが通例である。申立てから1週間程度で裁判所から正式に再生手続開始決定が出され、債権届出期間や債権調査期間が定められて、以降はこのスケジュールに従って手続が進んでいく。 弁済禁止の保全処分が発令された時点で、会社は、債権者から強い催促を受けても「支払いたくても支払えない」と説明して支払いを拒絶せざるを得なくなる。「以降は取引をしない」と宣告してくる取引先もあるだろうが、事業の継続や立直しのために必須な取引先については、「即時現金払いで支払う」などの条件交渉を行い、とにかく取引を継続してもらうように努めることが必要となる。 また、事業改善策を講じて収益性を高めるとともに、再生計画案の策定を進めなければならない。自力での再建が難しいようであれば、スポンサーを選定して事業譲渡等を行うことを盛り込んだ再生計画を検討する必要もあろう。近時は、プレパッケージ型といって、予めスポンサー候補や事業譲渡先を選定しておいた上で民事再生の申立てを行うことも少なくない。 このようにして再生計画案を策定し裁判所に提出した後、債権者集会において出席(書面投票も可)債権者の頭数の過半数、かつ、全体債権額(議決権額)の2分の1以上の同意により可決されると、その後の裁判所による認可決定を経て、再生計画が有効となる。以降は、この再生計画のとおりに債務の返済を行っていくことになる。 3 経営者は自己破産を免れないか 日本では、依然として、中小企業の債務(特に金融債務)について経営者個人が連帯保証する商習慣が色濃く残っている。そのため、法的再建や私的再建によって会社の主債務について債務カットを実現できるとしても、「経営者個人の連帯保証債務をどう処理するのか」という問題が常に付きまとう。 経営者個人が自己破産を免れないのだとすれば、今後の事業再建や経営者自身の生活の立て直しにとって大きな足かせとなるし、また、そのようなことが事業再建や廃業の決断を躊躇させる(その結果、適切なタイミングでの事業再建や廃業の実行が困難となる)という弊害も生じ得る。 そこで、経営者の保証債務を円滑に処理することを目的として、2013年に有識者団体により、金融機関等が自主的に従うべき準則としての「経営者保証に関するガイドライン」が策定された。このガイドラインに基づき、経営者が事業再生や早期の事業清算を選択した場合、自己破産を回避し、一定の個人資産を手元に残しつつ、その余の資産を換価処分して保証債務の返済に充て、残りの保証債務については免除を受けられるようになった。 破産とは異なり、保証債務を整理した事実は外部に公表されず、また、いわゆるブラックリストに載ってクレジットカードが使えなくなるようなこともない(金融機関は信用情報機関に保証債務の整理に関する情報を登録しない)。 ガイドラインに基づく保証債務の整理は、原則として先述した私的再建に関する制度(事業再生ADR、再生支援協議会、地域経済活性化支援機構、特定調停等)において実施することとされている。 会社がいずれかの制度を利用して私的再建を行う場合は、同じ制度の中で主債務(会社の債務)と保証債務(経営者個人の債務)を一体的に整理することになる(一体型)。会社が法的整理を行っている場合に、経営者の保証債務についてのみガイドラインに基づいて整理することも可能であるが(単独型)、これに対応できるのは再生支援協議会と特定調停のみである。 会社と経営者の債務を同じ私的再建手続の中でまとめて整理する一体型の方が、金融機関への説明がしやすく、同意を得るまで手続を円滑に進めることができる可能性が高い。言い換えると、会社の事業について早期に私的再建に着手すれば、その分、経営者の自己破産も回避できる可能性が高くなる。 (連載了)
〔これなら作れる ・使える〕 中小企業の事業計画 【第2回】 「事業計画の概要と損益計画・資金計画の作成手順(後編)」 税理士・中小企業診断士・ITストラテジスト 高畑 光伸 (2) 損益計画の作成・検証 ① 損益計画の作成 前期以前の損益計算書をベースに、損益計画(予想損益計算書)を作成する。顧客からの情報をもとに個別計画を作成、あるいは顧客から個別計画自体を入手して、作成できる項目から固めていく。個別計画とは、売上計画、経費計画、借入計画などを意味する。 留意点としては、すべての情報を集めてから作成に着手するのではなく、事業計画の作成期間を定めて作成に着手するのがよい。すべての情報が集まらず、事業計画の作成自体が頓挫する場合もある。手許にある情報から作成して、最後に調整するという流れが望ましい。 〈予想損益計算書(例)(単位:万円)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 個別計画のうち、売上計画が最も重要である。予想損益計算書の根幹となる部分であり、販売現場の状況を踏まえて、事業者の経営陣を中心にトップダウンで作成される。あるいは、売上計画の作成・見直しを求められることもある。 次に人員計画や経費計画を作成する。人員計画においては、法定福利費(健康保険料・厚生年金保険料など)、賞与の支給額・支給日などを考慮する。役員報酬の場合は、事前確定届出給与の有無などを確認する。また、経費計画では、変動費と固定費を区分する点に注意する。 一般的に損益計算書の販売費及び一般管理費(給与・地代家賃など)は固定費に該当するが、変動費に該当するものがあれば区分する必要がある。これら人員計画や経費計画などは、顧客の中である程度数値を想定しているはずである。その数値と乖離しないよう、顧客から採用方針(新入社員、退職者の人数など)や特別な支出(オフィスの改装など)がないかどうかをヒアリングする必要がある。 借入計画(返済計画)をもとに、支払利息・社債利息を把握する。新たな借入計画などがある場合は、計画値に盛り込む。 最後に、納税計画を作成する。納税項目には、消費税、法人税・住民税・事業税(法人税等)、源泉所得税、償却資産税などがある。特に消費税、法人税等は中間申告の納付額も考慮する。消費税の納税額を計算するため、項目ごとに課税あるいは対象外などの税区分を把握する。 ② 損益計画の検証 予想損益計算書を作成後、営業利益の計画値が黒字か赤字になっているかを確認する。 ここでは販売費及び一般管理費が固定費と等しいと仮定する。 営業利益の計画値が赤字の場合は、売上総利益が販売費及び一般管理費を下回っているため、販売計画を見直すか、人員計画及び経費計画を見直す(固定費を削減する)必要がある。 (3) 資金計画の作成・検証 ① 資金計画の作成 (2)で作成した予想損益計算書をベースに、資金計画を作成する。最終利益である当期純利益に減価償却費を足し戻した金額が、営業キャッシュフロー(本業のキャッシュフロー)になる。 減価償却費以外に、貸倒引当金繰入額、繰延資産償却などがある場合は、減価償却費と同様に当期純利益に足し戻す。 〈資金計画表(例)(単位:万円)〉 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 ② 資金計画の検証 資金計画を作成後、営業キャッシュフローの計画値が財務CF(元金返済額)を上回っているかどうかを確認する。 営業キャッシュフローが年間の要返済額(元金)を超えていれば計画として問題ないが、下回る場合は、(2)の損益計画に戻って販売計画あるいは経費計画の見直し、又は返済計画を見直さなければならない。 (4) 損益計画・資金計画の統制 当初作成した事業計画をベースに、計画値と実績値の比較・検証を継続的に行う。環境変化により当初のシナリオと乖離する場合、計画期間の中途であっても事業計画を見直すことが望ましい。 《当初のシナリオを固定した場合》 《計画期間の中途で見直しを図る場合》 上記では、年次単位での事業計画の作成を確認したが、月次の変動が大きい業種の場合には、四半期単位、月次単位で数値を把握する必要がある。 (了)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第32話】 「新型コロナウイルスと税務調査」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「しかし・・・大変なことになったな・・・」 中尾統括官は、新聞を見ながら、深くため息をつく。 浅田調査官は、机上にある書類を神妙な顔つきで整理している。 「こんな時に・・・税務調査などできませんよね・・・」 浅田調査官は、机の隅に積まれている確定申告書を横目で見ながら、つぶやく。 「・・・確定申告の期日も延長されたが・・・新型コロナウイルスの影響を受ける納税者に対しては・・・さらに申告期限について柔軟に対応することになっている。」 中尾統括官は、国税庁の「緊急のお知らせ」のチラシを見る。 「こうなると、申告期限なんて・・・無いのと同じですね。」 浅田調査官は不満そうに言う。 「それは仕方がないことだ。」 中尾統括官は頷く。 「それに、こんな緊急事態宣言が出ているときに、税務調査などの連絡をしたら・・・納税者はもちろん、世間からもバッシングを受けるでしょうね。」 浅田調査官は、ペロッと舌を出す。 「もちろんだ・・・新型コロナウイルスの感染を考えると、当分の間、納税者と接触するような税務調査は実施できないことになるだろう・・・」 中尾統括官は、浅田調査官を見る。 「ということは・・・納税者と直接、接触しなければ、税務調査はできるのですか・・・」 浅田調査官が尋ねる。 「もちろん・・・接触しなければ感染しないし・・・税務調査は可能だろう。」 中尾統括官は憮然と答える。 「じゃあ、遠隔調査であれば・・・可能ですね。」 一瞬、浅田調査官は閃く。 「遠隔・・・調査?」 中尾統括官は思案顔になる。 「最近では、大学でも新型コロナウイルスの感染拡大を防止するため、遠隔授業の導入を行っているでしょう。」 浅田調査官は、雄弁になる。 「Zoom(ズーム)ですよ。」 「Zoom?」 中尾統括官は、きょとんとした表情になる。 「統括官・・・Zoomを知らないのですか?」 浅田調査官は、驚いたような表情になる。 「インターネット電話の元祖といわれるスカイプのようなものですが・・・スカイプって・・・知ってます?」 中尾統括官は素直に頸を横に振る。 「それではZoomについて説明しますが、Zoomはウェブ会議を利用するためのサービスで、ウェブカメラ内蔵のパソコンさえあれば、利用できるんです。」 浅田調査官は中尾統括官を見る。 「中尾統括官はスマートホンを持っていますよね・・・それでもZoomは使えます・・・なんなら今、Zoomのインストールをしましょうか?」 中尾統括官は、怯えたような表情になる。 「まだ十分に理解していないから・・・結構だ。」 浅田調査官は、頷きながら、言葉を続ける。 「ところで、会社法369条3項の規定による議事録の作成については、それを受けて、会社法施行規則101条3項1号で、次のように規定しています。」 「・・・そして、法務省の「規制緩和等に関する意見・要望のうち、現行制度・運用を維持するものの理由等の公表について」(平成8年4月19日)では、取締役会のテレビ会議が容認されているのです。」 浅田調査官の言葉は、自信に溢れている。 「ということは・・・君は、会社法も取締役会のテレビ会議を容認しているから、Zoomを利用すれば、税務調査もテレビ会議で代替できるのではないか・・・ということを言いたいのか?」 中尾統括官は、疑わしそうに見る。 「ええ、そうです・・・今回の新型コロナウイルスを契機として、税務調査も見直したらよいと思うのです・・・」 浅田調査官は、微笑む。 「それにしても・・・パソコンの前で、納税者に対して税務調査を行うということは・・・私のような年老いた税務調査官には、なかなかイメージが湧かないが・・・」 中尾統括官は苦笑する。 「しかし・・・慣れれば、どうってことはないですよ。Zoomを使えばウイルスの感染の心配もありませんから、税務調査はいつでも行えると思うのですが・・・」 なぜか浅田調査官の声は弾んでいる。 (つづく)
《速報解説》 金融庁含む3省庁より「継続会(会社法317条)」開催に当たっての留意事項が示される ~定時株主総会と継続会の間の合理的期間は3ヶ月を超えないことが一定の目安~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020(令和2)年4月28日、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた企業決算・監査等への対応に係る連絡協議会」に係る3省庁によるガイダンスとして、金融庁、法務省、経済産業省の連名による「継続会(会社法317条)について」が公表された。 これは、株主総会の対応に関する継続会の開催に当たっての留意事項を示すものである。 継続会の開催にあたり、関係者の間において、個別の事情を踏まえた本指針と異なる対応は許容され得るとのことである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 会社法317条では、株主総会においてその延期又は続行について決議があった場合には、会社法298条及び299条の規定は適用しないとしている。 本指針は、この継続会の開催に関して次のことを述べている。 下記のほか、事務遂行の在り方として、決算や監査実務の遂行に当たって書面への押印を求めるなどの慣行は見直されるべきであると述べている。 1 継続会開催の決定 2 取締役及び監査役の選任 3 剰余金の配当 4 当初の定時株主総会と継続会の間の合理的期間 (了)
《速報解説》 会計士協会、「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」を改正 ~3月公表の監基報800等改正を受け監査報告書の文例を見直し~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2020年4月9日付けで(ホームページ掲載日は2020年4月28日)、日本公認会計士協会は、「業種別委員会実務指針第53号「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」の改正について」を公表した。 これは、監査基準委員会報告書800「特別目的の財務報告の枠組みに準拠して作成された財務諸表に対する監査」の改正(2020年3月17日)などを受けて、監査報告書の文例を中心に改正するものである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 監査報告書の文例について、次の改正が行われている。 上記のほか、理事者確認書の記載例における継続企業の前提に関する記載も改正されている。 Ⅲ 適用時期等 「業種別委員会実務指針第53号「年金基金の財務諸表に対する監査に関する実務指針」の改正について」(2020年4月9日)は、2020年3月31 日以後終了する事業年度に係る年金基金の財務諸表に対する監査から適用する。 (了)
《速報解説》 新型コロナウイルス感染症緊急経済対策税制が4月30日に公布、同日施行される ~設備投資減税に係る経産省所管の改正省令も施行~ Profession Journal編集部 既報のとおり4月7日に閣議決定された「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策における税制上の措置」に基づく改正税法が、国税・地方税ともに、4月30日付の官報特別号外第55号にて公布、同日に施行された。 今回施行された法令は国税に関する「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律(法律第25号)」及び地方税に関する「地方税法等の一部を改正する法律(法律第26号)」並びに関連する政省令となる。 また、「固定資産税の特例(固定ゼロ)の拡充・延長措置」及び「テレワーク等のための中小企業の設備投資税制(中小企業経営強化税制の拡充措置)」に伴い、「経済産業省関係生産性向上特別措置法施行規則の一部を改正する省令」及び「中小企業等経営強化法施行規則の一部を改正する省令」も官報同号にて公布・施行されている。 なお、今回の特例措置の1つとして、新型コロナウイルスの影響により事業等に係る収入に相当の減少があった事業者が、令和2年2月1日から同3年1月31日までに納期限が到来する所得税、法人税、消費税等ほぼすべての税目(印紙で納めるもの等を除く)について、1年間、無担保・延滞税なしで納税が猶予されるが、上記臨時特例法によると災害時に適用される国税通則法第46条《納税の猶予の要件等》を読み替えて規定されるものとなっている。 なお、上記納税猶予の特例は、以下①②のいずれも満たす個人・法人が対象となり、規模は問われない。 (※) 「一時に納税を行うことが困難」かどうかの判断については、少なくとも向こう半年間の事業資金を考慮に入れるなど、申請者の置かれた状況に配慮し適切に対応するとされている。 関連する省庁のページは以下のとおり。 (了)
2020年4月30日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.367を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
谷口教授と学ぶ 税法の基礎理論 【第34回】 「租税法律主義の厳格さ【補論】」 大阪大学大学院高等司法研究科教授 谷口 勢津夫 Ⅰ はじめに 今回は、「租税法律主義と租税回避との相克と調和」を1回休んで、第3回で検討した「租税法律主義の厳格さ」について、最近の研究を踏まえその成果を【補論】として述べておくことにする。 公益財団法人日本税務研究センターでは、「憲法と租税法」共同研究会(金子宏東京大学名誉教授が顧問格で研究員は13名)が昨年3月から12月まで14回にわたって開催され(以下「税研センター共同研究」という)、筆者は「租税法律主義(憲法84条)」を担当し、先月その研究成果を論文にまとめた(「日税研論集」第77号(近刊)で公表予定)。その過程で、第3回での検討に十分でないところがあったことに気がついたので、脱稿を機会に今回、補うことにしたのである。もっとも、今回も、検討の枠組みの点では、第3回と同様、租税法律主義の厳格さを「自律的」厳格さ(Ⅱ)と「他律的」厳格さ(Ⅲ)に分けて検討を行うこととする。 Ⅱ 租税法律主義の「自律的」厳格さ 1 判例の立場 第3回では、まずⅡで、旭川市国民健康保険条例事件・最大判平成18年3月1日民集60巻2号587頁の次の判示(下線筆者)から、法治主義すなわち法律による行政の原理のうち法律の留保の原則が租税について民主主義的租税観(第1回Ⅲ2参照)に基づき厳格化されるという意味における租税法律主義の「自律的」厳格さを明らかにし、行政裁量(行政立法裁量・要件裁量・効果裁量)に対する統制を論じた。 2 明治憲法下での租税法律主義の意義 税研センター共同研究で筆者は、わが国における租税法律主義の展開を概観しながら租税法律主義の法的性格・法的構造を検討することとし、まず、明治憲法における租税法律主義について若干の検討を加えた。明治憲法では、現行憲法84条に相当する規定は62条1項であり、30条に相当する規定は21条であったが、それぞれ次のとおり定めていた(旧漢字は改めた)。 明治憲法62条1項について、明治憲法の「半官的な逐条説明書」(岩波文庫の伊藤博文(宮沢俊義校註)『憲法義解』(岩波書店・2019年)7頁の校註者はしがき)といわれる伊藤博文『憲法義解』は、次のように解説している(同55頁)。 この解説からすると、租税法律主義が租税の賦課・徴収に関する法治主義を意味するものとして捉えられていたことは、明らかである。このことは、「租税の賦課が政府の専断に依ることを得ず必ず議会の協賛を要することは、一般の法治主義の原則から生ずる当然の事理で、敢て本条の規定を待たない。」(美濃部達吉『逐条憲法精義』(有斐閣・1927年)622頁)として述べられていたところである。 法治主義は、明治憲法下では、次のとおり、「法治行政の原則」すなわち法律による行政の原理として捉えられ、その内容のうち特に法律の留保の原則が重視されていた(美濃部達吉『日本行政法 上巻』(有斐閣・1936年/復刻版1986年)68-70頁。下線筆者)。 3 財政民主主義の具体化としての租税法律主義の厳格化 租税法律主義は、今日でも、基本的には、「近代法治主義の、租税の賦課・徴収の面における現われ」(金子宏『租税法〔第23版〕』(弘文堂・2019年)79頁。【11】=拙著『税法基本講義〔第6版〕』(弘文堂・2018年)の欄外番号。以下同じ)であると考えられているが、では、旭川市国民保険条例事件・前掲最大判において法律の留保の原則の「厳格化」が説示されたのはなぜであろうか。 この点については、現行憲法における憲法原理(天皇主権の外見的立憲主義から国民主権の立憲主義へ)の転換の、財政の面での現れとして、現行憲法が「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基いて、これを行使しなければならない。」(83条)と定め財政民主主義を宣明したこと(最大判昭和52年5月4日刑集31巻3号182頁参照)が、重要な意味をもつものと考えられる。 財政民主主義は「財政立憲主義」という用語と互換的に用いられることもあるが(大石眞『憲法講義Ⅰ〔第3版〕』(有斐閣・2014年)271頁参照)、財政立憲主義が、もし財政議会主義として「単純に、国会が定めた一般的基準に依つてのみ財政が行われるということを意味するのであれば、それは近代法治国の行政原理の一適用に過ぎないもので、それ以上に何ら特別な意味はない。・・・・・・。租税その他の権力的課徴金の場合には、基準はむしろ一般的抽象的であることによつて平等性が保障せられる。それはまさに法律による行政の原理の適用せられる場合である。」(法学協会編『註解日本国憲法 上巻』(有斐閣・1953年)1259頁)しかしながら、現行憲法上の財政立憲主義は、「単に形式的な財政国会議決主義ではなく、財政民主主義を意味するもの」(樋口陽一ほか『注釈 日本国憲法 下巻』(青林書院新社・1984年)1303頁[浦部法穂執筆])である。 そうすると、現行憲法上の財政立憲主義すなわち財政民主主義の「収入面における具体化」(樋口ほか・前掲書1311頁[浦部執筆])としての租税法律主義も、民主主義の要素を内包するものでなければならない。この点について、大嶋訴訟・最大判昭和60年3月27日民集39巻2号247頁は「およそ民主主義国家にあつては、国家の維持及び活動に必要な経費は、主権者たる国民が共同の費用として代表者を通じて定めるところにより自ら負担すべきものであり、我が国の憲法も、かかる見地の下に」租税法律主義を定めている旨を判示するところである。ここでいう「見地」が「民主主義的租税観」である(【14】)。 既にみたように、明治憲法下では、租税法律主義は法律による行政の原理として捉えられ、その内容のうち法律の留保の原則が重視されてきたが、この原則は、元来は「自由主義的イデオロギーに奉仕するもの」で「行政権に対する民主的コントロールという、民主主義の理念からするアプローチは希薄であった」(塩野宏『行政法Ⅰ〔第6版〕行政法総論』(有斐閣・2015年)81頁)ものの、現行憲法における財政民主主義・租税法律主義の下では、民主主義の要素を内包する原理として再構成されなければならないことになる。ここに、旭川市国民保険条例事件・前掲最大判で述べられている租税法律主義の厳格化の意義があると考えられる。 もっとも、そうであるとしても、この判決が法律による行政の原理を「国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則」として義務の賦課や権利の制限という納税者に不利な取扱いについてのみ法律の根拠を要するとしていること(いわゆる侵害留保の原則ないし侵害留保原理)は、租税法律主義の厳格化の射程を狭く捉えすぎているように思われる。というのも、税務官庁が租税負担を軽減・排除する効果をもつ経費控除・所得控除・税額控除等を認めたり課税要件の充足により成立し又は確定した納税義務を免除したりするなど納税者にとって有利な取扱いをする場合についても、財政民主主義の具体化としての租税法律主義は、法律の根拠を要求すると考えられるからである。 4 租税法律主義の厳格化としての課税要件法定主義 財政民主主義の具体化としての租税法律主義の厳格化は、憲法解釈論上、憲法84条から「狭義の租税法律主義即ち租税の種類及び課税の根拠だけでなく、課税物件・課税標準・税率・納税義務者などもすべて法律の定めを要すること」(法学協会編・前掲書1268頁)という原則を導き出すことに帰結した。この原則(「狭義の租税法律主義」)は今日では「課税要件法定主義」(【29】)と呼ばれ、判例においても「日本国憲法の下では、租税を創設し、改廃するのはもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続はすべて前示のとおり法律に基いて定められなければならないと同時に法律に基いて定めるところに委せられていると解すべきである。」(最大判昭和30年3月23日民集9巻3号336頁。大嶋訴訟・前掲最大判も同旨)として確立されている。 明治憲法下の租税法律主義(法律による行政の原理)が、前述のとおり、租税について原則として必ず法律で定めること(法律の留保)を要し命令で定めてはならないという、いわば「形式的・消極的意味での法定(法律の留保)」を要請していたのに対して、現行憲法は、その要請を、これに法律の法規創造力の原則(41条参照)を加味して、堅持しつつ、租税法律の留保事項すなわち規律事項にまで踏み込んでいわば「実質的・積極的意味での法定(法律の留保)」を要請していると解される。その要請が課税要件法定主義である。 Ⅲ 租税法律主義の「他律的」厳格さ 第3回では、租税法律主義の「自律的」厳格さと「他律的」厳格さとの関係について、明確な理解を示すことができていなかったが、税研センター共同研究を通じて、その関係についても理解を深めることができた。 前記Ⅱの4では、課税要件法定主義を財政民主主義の具体化としての租税法律主義の厳格化の観点から検討したが、実は、わが国では、課税要件法定主義は、別の観点からも説かれてきたところである。すなわち、明治憲法下では、既にみたように、租税法律主義は租税の分野における法律による行政の原理と性格づけられていたところ、1930年代以降になると、おそらくはドイツの租税債務関係説の研究・紹介(杉村章三郞「『独逸連邦租税法』の研究(2・完)」法学協会雑誌48巻6号(1930年)899頁、アルベルト・ヘンゼル著/杉村章三郞訳『独逸租税法論』(有斐閣・1931年)第2編参照)の影響を受けたものと思われるが、次のような見解(美濃部達吉『日本行政法 下巻』(有斐閣・1940年/復刻版1986年)1124頁。下線筆者)がみられるようになった。 この見解は納税義務の成立を租税債務関係説に基づいて観念していると解されるが、そうすると、そこでは、法律の「内容」が着目され、租税法律主義は、少なくとも租税実体法に関しては、租税立法者に対して、「租税債務法では私法に於ける意思の要素に代る」(ヘンゼル著/杉村訳・前掲書87頁。金子・前掲書156頁、【88】も参照)ものとされる課税要件(納税義務の成立要件)の各構成要素を法律で定めることを、要請する考え方(課税要件法定主義)として、再構成されることになると考えられるのである。 ここで注目されるのが、課税要件法定主義に関する金子宏教授の見解である。金子教授は、夙に、租税法律主義を「罪刑法定主義になぞらえて」(初期において同「租税法律主義について」税経通信20巻5号(1965年)21頁、最近において同・前掲書81頁)、その(最も重要な)内容として課税要件法定主義を構成してこられたが、この点については、次のような理解が示されている(南博方「租税法と行政法」租税法研究11号(1983年)1頁、8頁)。 この理解は、租税実体法における課税要件と刑法における構成要件が、それぞれの充足による法律効果の発生に関して同じ法律構成を採ることに、着目するものであると解される。 以上で検討してきたように、租税債務関係説は、租税法律主義の内容として課税要件法定主義を構成するための理論的基礎を(も)提供したと考えられる(要件裁量否定論の理論的基礎を提供したことについては第3回Ⅲ参照)。 Ⅳ おわりに 今回は、第3回で検討した租税法律主義の「厳格さ」について、現行憲法下では、租税法律主義は、財政民主主義の具体化のために、明治憲法下における法律による行政の原理としての性格に加えて、民主主義の要素を内包する課税要件法定主義として厳格化されていること(Ⅱ)、及び租税債務関係説は、租税法律主義と結び付いて、第3回Ⅲ2で述べた要件裁量否定論に理論的基礎を提供しただけでなく、課税要件法定主義にも理論的基礎を提供したこと(Ⅲ)、という2つの点を補った。 (了)