〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第14回】 「もし桃太郎がイヌに成功報酬を出すと言ったら ~変動対価で収益計上」 公認会計士 石王丸 周夫 1 成功報酬はどのように会計処理するのか 今回は「桃太郎がイヌに成功報酬を出す」というお話に変えてみましょう。 鬼退治に出発した桃太郎が1人で歩いていると、イヌがワンワンとやってきました。 「桃太郎さん、お腰につけたきびだんごを1つ私にくださいな。」 「鬼退治について来るなら、あげましょう。」 「え~っ!鬼退治ですかァ!」 イヌは鬼退治と聞いてびっくりしました。きびだんご1つのために、命がけの仕事をするのはちょっとどうかと思ったようです。 その様子を見た桃太郎は、迷っているイヌに言いました。 「鬼退治が終わってから3ヶ月たっても、鬼ヶ島が平和であることが確かめられたら、ごほうびにもう1つきびだんごをあげるよ」 「えっ!? 本当ですか? それなら喜んでお供します!」 桃太郎は、鬼退治が完全に成功した場合に、きびだんごを追加することを提案しました。いわゆる「成功報酬」です。 この成功報酬は、イヌにとっては収益です。収益認識会計基準では、これをどのように会計処理するのでしょうか。 2 変動対価という考え方 収益認識会計基準では、「変動対価」という考え方が導入されました。これまで日本の会計にはなかった概念です。 サービスの売り手であるイヌが、サービスの買い手である桃太郎と約束した対価のうち、変動する可能性のある部分を「変動対価」といいます。イヌが鬼退治同行サービスの提供と引き換えに桃太郎からもらうきびだんごは、「必ずもらえる最初の1つ」と、「もしかしたらもらえる3ヶ月後のもう1つ」です。 1つめにもらうきびだんごは基本報酬のようなもので、固定対価と呼ばれます。これに対して、3ヶ月後にもらえるかもしれない「もう1つ」は、「変動対価」と呼ばれます。 イヌが桃太郎に鬼退治同行サービスを提供した時点では、もらえるかどうか確定していないので、変動する可能性を含んでいるという意味です。 取引の対価に変動対価が含まれている場合、収益を計上するにあたって、変動部分の金額を見積もります。今回のお話のように、生じ得る結果が2つ(完全に退治するか、不完全に終わるか)しかない場合、最頻値をもって見積額とします。 「最頻値」とは、発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額のことで、桃太郎がイヌに約束したごほうび(成功報酬)については、以下のように見積もります。 これらのうち可能性が高いのはどちらなのか、ということを判断するわけです。 3 計上した金額がリバースされない見通しならよい 変動対価部分について見積金額で収益計上するに際しては、次のような条件があります。 分かりにくい文章なので、今回の桃太郎のお話に置き換えてみましょう。 イヌの運動能力の高さを根拠に、上図のシナリオ1の可能性が高いと見込んだ場合、イヌはごほうびのきびだんご1つ(成功報酬分)を収益計上するわけですが、あとになってそれを取り消すようなことにはならない可能性が高くなければいけない、という意味です。 ここでいう「可能性が高い」の意味するところですが、例えば、著しい減額が発生しない可能性が51%、著しい減額が発生する可能性が49%といった程度では、「可能性が高い」とはいえません。「可能性が高い」とは、著しい減額が発生しない可能性が 非常に高い状況を示すとされています。 この判定を行うにあたっては、例えば以下のような要因を考慮して決定します。 4 成功報酬の計上時期判断は難しい イヌが成功報酬部分を履行義務充足時に収益計上できるかどうかを考えてみます。 先ほど示した諸要因のうち、今回のお話で実際に当てはまりそうなのは(3)でしょうか。「イヌの鬼退治の経験が浅く、結果を予測することが困難であること」という要因です。鬼退治同行サービスでは、この要因がクリアできるかどうかは重要です。 イヌ・サル・キジたちに鬼退治の経験があるなどという話は、聞いたことがありません。経験のないメンバーで戦ったので、一部の鬼を取り逃がした可能性は排除できません。こうした点を踏まえると、成功報酬を収益計上することはできないということになります。 一方で、次のような考え方もあります。 イヌがお供することになった時点では、この先どうなるかはまだ予測不可能でした。しかし、サルとキジが加わったことで、鬼退治における役割分担が確定し、鬼に勝利する見通しが立ちました。過去に鬼退治の経験はありませんが、勝利への明確な道筋が描けたことで(3)の要因への懸念は消えたと判断するのです。 そう判断できるのであれば、桃太郎一行が鬼退治から無事に帰ってきた時点で、3ヶ月後の確認を待たずして、イヌは成功報酬を収益計上することになります。 ▷今回のまとめ 収益認識会計基準では、「変動対価」という新しい概念が導入され、見積もりにより収益計上する会計処理方法が示されています。 (了)
〔事例で使える〕 中小企業会計指針・会計要領 《個別注記表》編 【第2回】 「個別注記表の記載例」 公認会計士・税理士 前原 啓二 はじめに 前回は、中小企業に多い株式譲渡制限規定を定款に設けている株式会社において、個別注記表にどのような項目が必要であるかをご紹介しました。 今回は、そのような会社における個別注記表の1つの記載例を、サンプルとして例示します。 【設例2】 当社は、当年度から個別注記表を作成するつもりですが、記載のサンプル例を示してください。 当社は、定款に「当社の発行する株式の譲渡による取得については取締役会の承認を受けなければならない。」と定められています(株式譲渡制限規定を定款に設けている株式会社)。また、大会社ではなく、会計監査人を設置していません。 当年度において、会計方針の変更や表示方法の変更は行っておらず、また、「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準)に基づく会計処理を行っていません。 有形固定資産は直接控除法により貸借対照表に表示しています。 退職給付引当金に係る未償却の適用時差異が残っています。 所有権移転外ファイナンス・リース取引については、通常の賃貸借取引に係る方法に準じた会計処理を行い、未経過リース料があります。 配当は、利益剰余金を原資とします。 個別注記表の記載例はたくさん考えられますが、記載サンプルの1つとして、次のような例が挙げられます。 なお、会計方針やその他の事項について、それぞれの会社が実際に選択適用している方法や実際の具体的内容により記載する必要があります。 (了)
「働き方改革」でどうなる? 中小企業の労務ポイント 【第9回】 「『女性』と『シニア層』が生き生きと働ける職場づくり」 Be Ambitious社会保険労務士法人 代表社員 特定社会保険労務士 飯野 正明 ▷人口の減少は始まっている ご存知の通り、わが国の人口はすでに減少し始めています。総務省統計局によれば、2010年10月1日現在の日本の人口は1億2,805万人でしたが、2019年9月1日現在(概算値)では1億2,615万人となっており、190万人も減少しています。 一方、総人口は減少している中で、増えているのが「高齢者(65歳以上)人口」と「労働力人口」です。 「高齢者人口」は、2019年9月15日現在、3,588万人と前年(3,556万人)に比べ32万人増加し、総人口に占める割合は28.4%と、前年(28.1%)に比べ0.3ポイント上昇し、人口、割合ともに過去最高となりました。それに伴って、高齢者の就業者も増加しています。2004年以降、15年連続で増加し、2018年の高齢者の就業者は、862万人と過去最多となっています(総務省統計局「統計からみた我が国の高齢者-「敬老の日」にちなんで-」)。 また、下記の表からわかるように「労働力人口」は平成25年から継続して増加しており、それを支えているのは女性の労働力といえます。 ◆労働力人口及び労働力人口総数に占める女性割合の推移 (出所) 厚生労働省「平成30年版 働く女性の実情」 今後の人手不足解決のために重要となるのは、「女性」と「高齢者」であり、会社は、そのような方々にとって就労しやすい環境を整える必要があります。 ▷女性の活躍推進に向けて 1 仕事と育児の両立 職場における女性の活躍推進をお話するうえで、重要なこととして「仕事と育児の両立」が挙げられます。 近年、「イクメン」といった言葉もあるように、男性の育児への関与も増えてきていますが、まだまだ女性が中心となって育児を行っているケースが多いのではないでしょうか。そのため、女性に生き生きと働いてもらうためには、会社として、女性が仕事と育児を両立しやすい環境を整える必要があります。 現在、育児休業に関する法律である「育児介護休業法」は、大企業と中小企業の区別なく適用されています。 主な法律の内容は、以下のとおりです。 2 少人数でもできた育児休業の実例 実は、筆者の事務所は安産祈願で有名な「水天宮」からも近いこともあって、子宝に恵まれた事務所となっています。この5年間に3人の職員が子宝に恵まれ、計5回の育児休業が発生しました。 そこで実例として、人数が少ない中でのやりくりについて、以下でお話いたします。 以上のように実例として筆者の事務所を取り上げましたが、いかがだったでしょうか。 「仕事と育児の両立を支えること」は、確かに中小企業にとって負担も大きいことでしょう。しかし、そこを乗り切ることでチームワークが堅固となった実例もあるのです。 ▷シニア層の活躍 シニア層の働くことに対する意欲や体力は個人差も大きく、職場で活躍してもらうには、フルタイム勤務だけでなく、短時間勤務や週3、4日の勤務など、会社としては柔軟な雇用形態を提供できるようにすることが不可欠です。 また、雇用機会を多く確保するためには、「同じ業務を日によって異なる人が担当する」といった「ワークシェアリング」を図ることになります。ワークシェアリングをする場合には、「どこまで業務が終わっているのか」、「どこから始めたらいいのか」、「何が足りなくて仕事が滞っているのか」といった情報を担当者間で伝達・共有する仕組みが必要となります。 なお、シニア層が活躍している事例としては、ある飲食店では早朝勤務にシニア層を就労させることで、正社員の勤務時間の短縮を図ることに成功した事例や、同様の考え方で小売店では早朝の時間帯に「店長」として就労させている事例もあります。また、製造業では技術や経験を若手に伝える存在としてシニア層に就労してもらい活躍している事例があります。 以上のように、それぞれの企業にあったやり方で働き続けたいシニア層に活躍してもらうことで、人手不足の解決も可能であると考えます。 どういった方法で働いてもらうにせよ、シニア層の活躍のためには健康面に配慮しつつ働くことができ、働き方も柔軟に選べるようにする体制を整えることが、会社として必要となります。 ▷まとめ ここまで、女性とシニア層の活躍について、事例を取り上げながらお話をしてきました。多様で柔軟な働き方を提供できる仕組みづくりは、これまで以上に会社にとって重要なことであるといえるでしょう。 人手不足の中、これまで働いていなかった方が「働きたくなる仕組み」、今働いている方が「辞めずにいられる仕組み」を会社ごとに考える必要があるのではないでしょうか。 下記の表は、中小企業における「同僚の離職理由」です。ここに挙げられていることのいくつかは企業努力で改善できることではないでしょうか。 手をつけられそうなところから始めてみませんか。 ◆同僚の離職理由 (出所) 厚生労働省「働きやすい・働きがいのある職場づくりに関する調査報告書(平成26年5月)」 (了)
空き家をめぐる法律問題 【事例17】 「台風・強風によって空き家の屋根瓦等が飛散した場合の法的責任」 弁護士 羽柴 研吾 - 事 例 - 私は、A市で生活をしていますが、隣のB市に空き家となった実家を所有しています。自宅は、昭和40年代に建築された木造瓦葺の建物です。父は実家の修繕工事をしていたようですが、相当に経年劣化しています。 先日、台風17号(仮称)がB市を縦断し、実家の屋根瓦が一部落下したほか、屋根に残っている瓦も剥がれそうな状態になりました。私は、応急処置としてブルーシートを貼って瓦の落下や雨漏りを防いでいますが、修繕工事の目途は立っていません。天気予報によれば、間もなく大型の台風18号(仮称)がB市を縦断するようです。 もし、この台風によって瓦が飛散して、第三者に損害を与えた場合、私にはどのような法的責任がありますか。 1 はじめに 先日、台風15号が関東地方を縦断し、千葉県を中心に甚大な被害を発生させた。平成30年にも台風21号や大阪府北部地震が発生し、空き家に絡む被害が生じることとなった。本連載【事例3】においても「地震が発生した場合の空き家の管理責任」を取り上げたところである。 さて、台風15号においては、民家の屋根瓦が強風で飛散する等の被害も少なからず見受けられたことから、今回は、台風・強風によって空き家の屋根瓦が飛散した場合の法的責任について検討することとしたい。 2 自然災害と工作物責任(民法第717条) (1) 民法第717条の工作物責任の範囲 民法第717条第1項は、工作物の設置又は保存の瑕疵によって生じた損害について、その占有者に第一次的責任を負わせ、占有者が責任を負わない場合に、所有者に無過失責任を負わせている。 同項に規定する工作物の「設置又は保存の瑕疵」とは、建物に代表される工作物が、その種類に応じて、通常備えているべき安全性を欠いていることをいう(最判昭和45年8月20日民集24巻9号1268頁参照)。「通常備えているべき安全性」との定義からもわかるように、異常な自然力(不可抗力)によって生じた危険に対する安全性まで備えている必要はないと解されており、当該工作物の客観的性状から見て判断をしていくことになる(客観説)。 (2) 屋根瓦の工法と安全性判断 一般的に、屋根瓦については、引掛け桟瓦葺き工法(屋根の下地の上に、ルーフィングと呼ばれる下葺材・防水材を敷き、その上に桟木を打ち付け、これと瓦を釘等で打ち付ける工法)が主として用いられているものと推察される。このような工法が採用されていないか、採用されていても釘等が錆びて脆くなっていたような場合には、台風・強風による瓦の飛散について、「設置又は保存の瑕疵」が認められるものと思料される(台風による瓦の飛散事故について、民法第717条第1項の責任を認めた事例として、福岡高判昭和55年7月31日判タ429号130頁参照)。 昨今、風水害の威力が以前に比して強くなっている旨指摘されており、このような傾向に対処することが今後求められていくものと思われる。この点に関して、工作物の占有者や所有者が、いつの時点を基準にして工作物の安全性を保つべきか問題となりうる。この問題に関しては、事故が生じた時点を基準に判断していくものと解されており、事故後に明らかになった新たな技術や工法等まで考慮して安全性を判断するのではない。 もっとも、新たな工法については普及の程度等にも留意が必要である。例えば、一般社団法人全日本瓦工事業連盟は、「瓦屋根標準設計・施工ガイドライン」を公表し、台風・強風に強いガイドライン工法を推奨しているところ、このような工法が、事故発生当時に、相当程度標準化されて全国的・当該地域に普及しているような事情がある場合には、「設置又は保存の瑕疵」を判断する基準に含まれる余地があるものと思われる(点字ブロックの普及具合等を考慮することを指摘した事例として、最判昭和61年3月25日民集40巻2号472頁)。 (3) 設置又は保存の瑕疵と時間軸との関係 一見、工作物の安全性に欠如があると認められる場合でも、「設置又は保存の瑕疵」が否定される場合がある。例えば、道路管理者が夜間の道路掘削工事のために設置した工事標識板、バリケード及び赤色灯標柱が、第三者によって道路上に倒されたまま放置されていた場合に、「道路の安全性に欠如があったといわざるをえないが、それは夜間、しかも事故発生の直前に先行した他車によって惹起されたものであり、時間的に被上告人において遅滞なくこれを原状に復し道路を安全良好な状態に保つことは不可能であった」として道路管理の瑕疵を否定した事例がある(最判昭和50年6月26日民集29巻6号851頁参照)。一方で、国道上に駐車中の故障した大型貨物自動車を約87時間放置していたことが道路管理の瑕疵にあたるとされた事例もある(最判昭和50年7月25日民集29巻6号1136頁)。 上記各判例は、道路管理が問題になった国家賠償法第2条の営造物責任に関する事例であり、民法第717条の土地工作物責任にまで直ちに射程が及ぶというものではない。もっとも、上記各判例からすると、「設置又は保存の瑕疵」の判断は、当該工作物の客観的性状のみから判断するのではなく、時間軸等も考慮して、より規範的に判断するべきことを示唆しているように考えられる。 すなわち、本来、国家賠償法第2条の営造物責任や民法第717条の土地工作物所有者の責任は、一般に無過失責任と解されており、あくまでも事故発生時の当該営造物や土地工作物の客観的な性状のみが瑕疵(通常有すべき安全性の欠如)の判定の基準となるが、個別具体的な事案の妥当な解決のために、設置者又は所有者側の予見可能性や結果回避可能性といった規範的な判定基準を設けることによって、実質的に過失責任的な要素が盛り込まれているということである。 3 本件の場合 本件において、B市の実家は、台風第17号によって、瓦が剥がれたような状態となっている。これが瓦の剥離を防げたにもかかわらず、工法や管理が不適切であったため剥離が生じたものなのであれば、台風第18号によって瓦が飛散して第三者に損害が生じた場合には、「設置又は保存の瑕疵」が認められる可能性が高いと考えられる。 これに対して、台風第17号が稀に見る大型台風であり、通常有すべき安全性を備えていても瓦の剥離を防げなかった場合には別の考慮が必要になるように思われる。被害が広範囲に及んでおり、瓦職人の人手が不足し、ブルーシートで応急処置に留めざるを得ず、この間に台風第18号がB市を縦断し、瓦が飛散して第三者に損害が生じたというような場合には、上記2の(3)で見た各判例の理解によっては、「設置又は保存の瑕疵」を否定する場合もありうるように思われる。 なお、上記にいう「稀に見る大型台風」か否か、すなわち異常な自然力(不可抗力)によるものか否かは、わが国が「台風立国」であり、例年一定規模の台風の襲来が避けられない以上、数十年に一度の規模であれば、不可抗力の判断に傾くと考えられるが、その一方で、数年に一度程度の規模であれば、不可抗力の認定には慎重な考慮が必要であろう。 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 弁護士法人ほくと総合法律事務所 パートナー 弁護士 石毛 和夫 ◆むすびに代えて◆ ~「財務・税務と法務との対話と協働」再び~ 【中編】 「弁護士が『違反を知りながら表明保証』させたらどうなるか」 (つづく)
〈小説〉 『所得課税第三部門にて。』 【第25話】 「保険契約の名義変更」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「それにしても統括官・・・大変でしたね。」 浅田調査官が出勤してきた中尾統括官に声をかける。 中尾統括官は、鞄を机に置きながら、苦笑する。 「いやぁ・・・本当に痛かった・・・」 顔をしかめながら、浅田調査官に答える。 中尾統括官は、お盆で、富山に帰省中、救急車に運ばれた。 原因は、「尿管結石」である。 「まだ、石は出てこないのですか?」 浅田調査官はニヤニヤしながら尋ねる。 「うん・・・あれから一週間経つけど、まだ石は出てこない・・・医者からは1ヶ月ほど様子を見てみようということで、それで駄目であれば、体外衝撃波砕石術(ESWL)又は・・・内視鏡治療を行うと言われているんだ・・・」 中尾統括官は、机の上に書類を重ねながら言う。 「・・・ところで、昨日、納税者から問い合わせがあったのですが・・・」 浅田調査官は急にメモ書き用紙をポケットから取り出して尋ねる。 「・・・同族会社の役員甲が退職することになって、これまで契約者を会社、被保険者を役員甲、死亡保険金受取人を会社とする終身保険に加入していたのですが、これを役員甲の退職金の一部として、現物支給(名義変更)するということなのです・・・」 浅田調査官は、一枚目のメモ書きを中尾統括官に見せる。 「・・・それで、役員退職金が4,000万円(源泉所得税400万円)、会社が資産計上している保険積立金(契約変更時)が1,000万円、解約返戻金900万円の場合・・・会社は、次のような処理をすることになります。」 浅田調査官は2枚目のメモ書きを見せる。 「・・・この現金支出の2,700万円は、役員退職金の4,000万円から解約返戻金900万円と源泉所得税400万円を控除した金額です・・・契約者の名義変更することによって、会社は経理上、100万円の雑損失が発生します。」 浅田調査官がメモ書きの記載内容を確認する。 「それで質問というのが、その後、役員甲がこの保険契約を解約した場合の一時所得の計算における収入を得るために支出した金額は、いくらになるかということなのです・・・」 浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。 「これについては・・・たしか有名な最高裁の判決があったと思う・・・」 そう言うと、中尾統括官はパソコンで、最高裁のホームページを開く。 「この最高裁平成24.1.13判決だな。」 中尾統括官は、判決要旨を読む。 「すなわち、所得税法34条2項の「その収入を得るために支出した金額」は・・・当該収入を得た個人において自ら負担して支出したといえるもの・・・ということで、会社が損金経理した2分の1については、控除できないと判断している。」 中尾統括官は、画面を見ながら罫紙に図を描く。 「・・・それに、所得税基本通達34-4(2)では、控除できるものとして・・・当該支払を受ける者以外の者が支出した保険料又は掛金であって、当該支払を受ける者が自ら負担して支出したものと認められるもの・・・と規定している・・・」 中尾統括官は、手元にある通達集を広げる。 「そして、少額な保険料等については、本質的には給与課税を行うべきであるため、たとえ給与課税がなされなくても、控除する保険料等に含まれることを・・・この通達の注書きで記載している。」 そのとき、中尾統括官は急に少し顔をしかめて、「ちょっと・・・」と言って席を立つ。 「大丈夫ですか?」と浅田調査官は、後ろ姿の中尾統括官に声をかける。 しばらくすると、中尾統括官は安堵の表情で戻ってきた。 「出たよ!!」 中尾統括官は、小さなビニール袋に入っている、8ミリぐらいの黒っぽい小石を浅田調査官に見せる。 (つづく)
《速報解説》 有料老人ホームの飲食料品の提供に対する軽減税率の適用について、 東京局より文書回答事例が公表される Profession Journal 編集部 本日(2019年10月1日)より消費税の税率は8%から10%へと引き上げられ、それと同時に8%の軽減税率が導入された。 軽減税率が適用されるのは酒類を除く飲食料品と週2回以上発行される新聞(定期購読契約によるもの)であり、レストランやフードコートなどでの食事は、飲食料品を飲食させる役務の提供として標準税率(10%)が適用されるのだが、学校給食や有料老人ホームでの入所者への食事の提供については、一定の条件の下、軽減税率が適用される。 上記のうち有料老人ホームの入所者に対する食事の提供については、軽減税率の対象となる費用の限度額が財務省告示(※1)及び厚生労働省告示(※2)によって定められており、「有料老人ホーム等の設置者又は運営者が、同一の日に同一の者に対して行う飲食料品の提供の対価の額(税抜き)が1食につき640円以下であるもののうち、その累計額が1,920円に達するまでの飲食料品の提供」であること、すなわち1食当たり640円(基準額)以下、1日当たりの累計額が1,920円(限度額)までとされている。 (※1) 「消費税法施行令等の一部を改正する政令附則第3条第2項の規定に基づく財務大臣の定める基準」(平成28年財務省告示第100号) (※2) 「入院時食事療養費に係る食事療養及び入院時生活療養費に係る生活療養の費用の額の算定に関する基準」(平成18年厚生労働省告示第99号) そしてこのほど東京国税局は、上記の取扱いに関連する文書回答事例を公表した。 本事例の照会者は、老人福祉法第29条第1項の規定による届出が行われている有料老人ホームで、入所者に対する食事の提供(法令の要件を充たすもの)を行っているのだが、その提供の対価は下記のように、日額の食材費(食材の調達費)と月額の業務委託費(調理に係る費用)で構成されている。 ※ 1 業務委託費は、欠食(1日3食とも食べないことをいう。)の有無にかかわらず、月額31,000円となる(消費税別)。 2 食材費は1日3食800円となる。本件入居者は800円(消費税別)に喫食(欠食以外のことをいう。)日数を乗じた金額を当月分の食材費として支払う。 3 欠食の場合に限り、1日分の食材費は発生しない。 上記の場合の1食当たりの基準額及び1日当たりの限度額の計算に当たっては、「食材費」は食材を調達するための費用で、「業務委託費」は調理に係る費用であり、ともに飲食料品の提供を行うために要するものであることから、食材費と業務委託費が区分されている場合であっても、食材費と業務委託費の合計額が飲食料品の提供の対価の額になるとした。 その上で、月額で定められた業務委託費を含む飲食料品の提供の対価の額が1食につき基準額(640円)以下であり、かつ1日の累計額が限度額(1,920円)以下であるかどうかの判定を行う合理的な方法として、①業務委託費の額を月の日数で除して食材費を含む「1日当たりの食費の累計額」を算定し、②その累計額を1日当たりの食数で除して「1食当たりの金額」を算定する考え方を示し、この方法で「1日当たりの食費の累計額」及び「1食当たりの金額」を計算すると、下表のとおり、いずれの場合においても限度額及び基準額以下となることから、軽減税率の対象となるという見解を示した。 なお、有料老人ホームが提供する飲食料品の軽減税率については、1日3食の他に間食を提供している場合の累計額の取扱い(問80)や、給食事業者が有料老人ホームとの委託契約により食事の調理を行っている場合の取扱い(問83)など、国税庁の「消費税の軽減税率制度に関するQ&A(個別事例編)」の関連問答も合わせて確認しておきたい。 (了)
《速報解説》 10月1日からの特別法人事業税の創設等、 地方法人課税の偏在是正措置に留意 ~財産評価基本通達も一部改正へ~ Profession Journal編集部 消費税率の2度にわたる引上げ延期の影響で、ここまで適用が延期されてきた地方法人課税の偏在是正措置もいよいよ適用が開始される。具体的には、令和元年10月1日以後開始事業年度から、以下の改正が行われることになる。 このほど国税庁は9月25日付で「地方法人税の税率の改正のお知らせ」を公表、平成31年4月1日以後終了課税事業年度分の申告書様式は、改正前後に対応させるために「4.4%」と「10.3%」の両方の税率を記載している旨等、上記改正①②に関する周知を図っている。 また上記改正③~⑤に関しては、9月27日付で「財産評価基本通達の一部改正について(法令解釈通達)」を公表、取引相場のない株式等を評価する場合の純資産価額方式における法人税額等相当額について定めた財産評価基本通達186-2を改正した(改正のあらまし(情報)も同時に公表)。 改正通達では、186-2に定めた「法人税率等の合計割合」の算定根拠について該当する部分が次のとおり改正されている(令和元年10月1日以後に相続、遺贈又は贈与により取得した取引相場のない株式等の評価に適用)。 なお下表のとおり、今回の改正による令和元年10月1日以後の「法人税率等の合計割合」は改正前と同じ割合となることから、その割合については37%のまま改正されていない。 【参考】令和元年10 月1日以後に開始する事業年度等の「法人税率等の合計割合」の内訳 (※) 国税庁ホームページより さらに上記改正通達を受け評価明細書の様式等について定めた「相続税及び贈与税における取引相場のない株式等の評価明細書の様式及び記載方法等について」も一部改正が行われている。 冒頭の①~⑤は過年度の税制改正から今年度改正にわたって行われてきたことから、認識が薄れている可能性もあり、消費税率引上げに注目が集まる中で、上記改正への対応も失念しないよう留意したい。 (了)
2019年9月26日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.337を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第63回】 「デジタル経済の中の税務」 税理士 山本 守之 1 BEPSプロジェクトの流れ BEPSプロジェクトとは、多国籍企業の活動実態と国際課税のルールの間に生じたずれや隙間を狙った過度な租税回避を抑制し、また、企業の公平な競争条件を確保するといった観点から、国際課税のルールを見直して、各国が協調して、こうしたずれや隙間をなくしていこうという国際的な取組みです。 OECDは、2012年にBEPSプロジェクトを立ち上げました。G20のメンバーの支持を得て、2015年9月に「最終報告書」がとりまとめられました。現在129ヶ国・地域が参加しています。 BEPSプロジェクトは次のようになっています。 (出所) 財務省資料 2 BEPS最終報告書 (出所) 財務省資料 上表のAの行動1については、消費税に関するガイダンスがまとまり、その後日本は行動10まで2015年度改正(平成27年度)で対応しました。しかし、法人税の問題は2015年でまとまらず、2020年までにまとめようとして議論が進んでいます。 3 国際的課税逃れ対策 次の図は、国際的課税逃れ対策(BEPS・税の情報交換)の2つの検討状況を示したものです。 (出所) 財務省資料 上図の左側(BEPS)は租税回避に対処しようとするもので、右側(税の透明性・情報交換)は主に脱税防止を念頭においた議論です。税の透明性・情報交換の関係については非居住者の金融口座情報の自動的交換が各国で行われており、このような進展を踏まえ、昨年、税の透明性の基準が改定されました。この新基準を満たしていない非協力的な国のリストを更新していこうという取組みをしているところです。 4 G20のロードマップ 2019年6月8日のG20にて承認された経済協力開発機構(OECD)「経済のデジタル化によって生じる租税問題を解決するためのロードマップ」は、全ての企業(デジタル企業以外も)を対象と考えています。 デジタル経済の発達に伴い、シェアリングエコノミー(ヒト・モノ・場所・乗り物・お金など、個人が所有する活用可能な資産を、インターネットを介して個人間で貸し借りや交換)という新たな経済が生まれています。 ギグ・ワーカーも増えており、ギグ・エコノミー(インターネットを通して単発の仕事を受注)と呼ばれています。 わが国では、「働き方改革」で副業・兼業が増え、同じような状況が生じています。ギグ・ワーカー、ギグ・エコノミーに、税制や社会保障は適切に対応していかなければなりませんが、追いついていないのが実情です。税負担の公平性、タックス・ギャップの拡大といった問題に、わが国の対応は遅れています。 デジタル経済の中で税務はどう対応していくかを研究しなければなりません。 (了)