金融・投資商品の税務Q&A 【Q26】 「外国籍会社型投資法人の投資口について 資本の払戻しがあった場合の取扱い」 PwC税理士法人 金融部 パートナー 税理士 箱田 晶子 ●○ 検 討 ○● 1 資本の払戻しの取扱い 株主が法人から金銭の分配を受け取る場合、それがどういった事象によるものなのか、原資は何か等により、課税関係が異なります。 税務上、資本剰余金の減少を伴う剰余金の配当は「資本の払戻し」として取り扱われます。その場合、一部がみなし配当として取り扱われる可能性があります。 本件の資本の払戻しを伴う分配金(return of capital)が、発行会社の資本剰余金の減少を伴う場合、以下の通りみなし配当及びみなし譲渡損益が発生する可能性があります。 2 みなし配当の計算 みなし配当は、資本の払戻しにより交付を受ける金銭及び金銭以外の資産の価額の合計額のうち、資本の払戻しを行った法人(以下、「払戻法人」)の当該払戻し直前の対応資本金等の額を超える部分の金額、とされています。 すなわち、みなし配当の金額は、簡易な式にすると以下のように計算されます。 (注) 前期末から当該資本の払戻しの直前の時までの間に税務上の資本金等の増減がある場合にはその金額を加減算した金額 なお、資本の払戻しを行う法人は、投資家に対して上記割合を通知する義務を負います。 3 みなし譲渡損益の計算 資本の払戻し金額のうち、みなし配当とされる金額以外は、株式に係る譲渡収入として取り扱われます。 投資家は譲渡損益を計算するために譲渡原価を計算しなければなりません。資本の払戻しの際の譲渡原価は以下の通り計算されます。 4 みなし配当及びみなし譲渡損益の課税関係 本件の投資口は上場投資法人の投資口であり、上場株式等に該当します。 ① みなし配当 みなし配当については配当所得として取り扱われます。国外発行の上場株式の配当を国内における支払の取扱者経由で受け取る場合、配当について支払の取扱者による源泉徴収がなされます。税率は、配当の20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)です。配当の金額にかかわらず、源泉徴収で課税関係を完結することができます。その場合、上場株式等に係る一定の譲渡損との損益通算の適用を行うことはできません。 また、申告をすることも可能です。申告する場合は、選択により、上場株式等の配当所得等として申告分離課税20.315%(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)、又は総合課税が適用されます。申告分離課税を選択した場合、上場株式等に係る一定の譲渡損との損益通算等が可能です。 ② 譲渡損益 上場株式等の譲渡所得等の金額とされる金額については、他の所得と区分し、申告分離課税(所得税及び復興特別所得税15.315%、住民税5%)が適用されます。上場株式等の配当所得との損益通算や3年間の損失繰越の適用も可能です。 (了)
〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第43回】 「継続的取引の基本となる契約書⑤(産業廃棄物処理に係る契約書)」 税理士・行政書士・AFP 山端 美德 当社は産業廃棄物処理業者です。産業廃棄物処理の場合、収集、運搬から処分に関する契約の形態によって印紙税の該当する所属が違うとのことですが、どのような取扱いになりますか。 産業廃棄物処理の場合、契約の形態により、第1号の4文書(運送に関する契約書)、第2号文書(請負に関する契約書)、第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)に分類される。 1 産業廃棄物収集・運搬委託契約(個別契約) 産業廃棄物の処理依頼者と収集・運搬業者との間で、産業廃棄物を排出場所から収集し処分場所へ運搬することを約する契約は、第1号の4文書に該当する(産業廃棄物の収集は運搬に付随するものであり、請負契約ではなく、全体が運送契約に該当する)。 2 産業廃棄物処分委託契約(個別契約) 産業廃棄物の処理依頼者と処分業者との間で、産業廃棄物を処分することを約する契約は、第2号文書に該当する。 3 産業廃棄物収集・運搬及び処分委託契約(個別契約) ① 収集・運搬及び処分業者が同一の場合 産業廃棄物の収集・運搬及び処分までの一連の作業を請け負う契約の場合は、原則として第2号文書に該当する。 ただし、収集・運搬と処分に係る金額が明確に区分されている場合には、収集・運搬と処分に係る契約は別の契約として、第1号の4文書と第2号文書に該当し、通則3のロの規定により、第1号の4文書か第2号文書のいずれか一方に該当する。 〈通則3のロによる所属の決定〉 ② 収集・運搬と処分業者が別の場合 産業廃棄物を収集し、処分場所へ運搬する契約と処分をする契約が併せて記載されている三者契約は、第1号の4文書と第2号文書に該当し、通則3のロの規定により、契約金額の大きい方の号に該当する。 4 産業廃棄物収集・運搬及び処分に関する契約(基本契約) 産業廃棄物に係る契約は上記1から3のとおり、収集・運搬及び処分等の内容によって、第1号の4文書又は第2号文書に該当することとなるが、収集・運搬及び処分に関する2以上の取引を継続して行うために作成される契約書で、2以上の取引に共通して適用される取引条件のうち目的物の種類、取扱数量、単価、対価の支払方法、債務不履行の場合の損害賠償の方法等を定める文書は、第7号文書にも該当する(ただし、上記の場合であっても、営業者間以外の契約である場合、契約期間が3ヶ月以内で、更新の定めがあるものは第7号文書からは除かれる)。 この場合、通則3のイの規定により、記載金額があるかないかで、所属が判断される。 〈通則3のイによる所属の決定〉 [検討] 契約金額(記載金額) 記載金額については、契約書に記載されている排出予定数量に収集・運搬及び処分契約単価を乗じて算出した金額が記載金額となる。なお、予定数量等が記載されている文書の記載金額の計算は以下のとおり。 (例1) 記載された契約金額等が予定である場合 排出予定(概算)数量・・・100㎡ 処分契約単価・・・ごみガラ1㎡あたり25,000円 100㎥×25,000円=250万円 ⇒ 予定(概算数量)が記載金額となる。 (例2) 記載された契約金額が最低数量又は最高金額の場合 最低排出金額50万円 ⇒ 記載金額50万円 最高排出金額100万円 ⇒ 記載金額100万円 ▷ まとめ (了)
被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔税務面(法人税・消費税)のアドバイス〕 【第7回】 「大規模災害時の特例措置(その2)」 ~固定資産に関連する特例~ 公認会計士・税理士 新名 貴則 【第6回】においては、災害損失特別勘定について解説した。【第7回】においては、その他の固定資産に関連する特例について解説する。ここで解説する各項目は、以下の法令又は通達に基づいて解説していく。 これらの特例は、あくまで過去の熊本地震や東日本大震災のときに設定されたものであって、今後の災害発生時に設定される特例も全く同じ内容になるとは限らない。しかし、同様の内容となることが予想されるため、参考にしていただきたい。 1 損壊した賃借資産等の修繕費の損金算入 通常、賃貸資産の修繕は賃貸人の負担で行うことになる。しかし、大規模災害時には賃貸人による修繕がすぐには行われず、やむを得ず賃借人が修繕を行い、その費用を賃貸人から回収できるかわからないような場合も考えられる。 そこで、法人が次のような費用を修繕費として経理した場合、損金算入を認めることとされている。ただし、災害損失特別勘定の繰入対象にはならず、実際に修繕を行った事業年度の損金に算入される。 賃借資産(賃借している土地、建物、機械装置等)が被災し、補修義務はないが当該資産の原状回復のための補修を行ったその費用 販売した資産又は賃貸している資産が被災し、補修義務はないが当該資産の原状回復のための補修を行ったその費用 賃貸人から上記の費用に相当する支払を受けた場合は、その支払を受けた事業年度の益金に算入する。 2 被災者用仮設住宅の設置費用の損金算入 被災した役員や従業員のために、法人が仮設住宅用資材を取得又は賃借して仮設住宅を設置した場合、その組立・設置に要した金額を、居住の用に供した事業年度等の費用として経理した場合、損金算入を認めることとされている。 法人が設置した仮設住宅の一部を、自己の従業員等以外の被災者の居住の用に供した場合も、同様の取扱いとなる。 取得した仮設住宅資材を反復使用する場合は、通常の償却を行うことになる。しかし、仮設住宅のためにのみ使用する場合は、その見積使用期間を基礎として償却することができる。ただし、取得価額から処分見込価額を控除した金額を基礎として償却を行う。 3 被災により代替取得した資産の特別償却 大規模災害により固定資産が被害を受け事業の用に供することができなくなり、一定の期間内に代替資産等を取得して事業の用に供した場合、当該資産について通常の減価償却に加えて特別償却を行うことができる。この適用を受けるためには、確定申告書等に特別償却の償却限度額の計算に関する明細書の添付が必要となる。 この制度の対象となる代替資産等には、次の資産が含まれるが、いずれも中古ではなく新品であることが必要である。 (※1) 東日本大震災に係る震災特例法の成立当初は航空機も対象に含まれていた。 (※2) 被災区域とは次の区域のことをいう。 災害に起因して事業又は居住の用に供することができなくなった建物又は構築物の敷地 上記の建物又は構築物と一体的に事業の用に供される附属施設(工場の守衛所や駐車場等)の用に供されていた土地の区域 (※3) 付随区域とは被災区域である土地と一団をなす土地で、当該被災区域である土地の使用に伴って一体的に使用されるものをいう。例えば、建物を建築する場合において、当該被災区域である土地とともにその建物の敷地の用に供される土地などである。 4 特定資産の買換えの場合の課税の特例 ① 特例の概要 大規模災害の発生に際して固定資産の買換えを行う場合、一定の要件を満たす場合は圧縮記帳が認められる。具体的には、次の買換えに該当する場合である。 (※) 東日本大震災に係る震災特例法の成立当初は「国内にある土地又は国内にある事業の用に供される減価償却資産」とされていた。 特例制度の対象期間内に上記に該当する資産の譲渡を行い、その譲渡日を含む事業年度において上記に該当する買換資産の取得を行い、その取得日から1年以内に事業の用に供した場合、下記の圧縮限度額の範囲内で圧縮記帳ができる。 ▷ 圧縮基礎取得価額(次の(ⅰ)(ⅱ)のうちいずれか少ない金額) (ⅰ) 買換資産の取得価額 (ⅱ) 譲渡資産の対価の額 ▷ 差益割合 この特例制度の適用を受けるためには、確定申告書等に損金算入に関する申告の記載をし、かつ、その損金算入額の計算に関する明細書等を添付する必要がある。 ② 先行取得の場合 資産の譲渡に先立って買換資産を取得した場合でも、一定の場合にはこの特例の適用が認められる。このとき、資産を取得した事業年度の末日の翌日から2ヶ月以内に、所轄税務署長へ「先行取得資産に係る買換えの特例の適用に関する届出書」を提出する必要がある。 ③ 特別勘定を設けた場合の期限 特別勘定を設ける方法により経理した場合は、譲渡をした事業年度の末日の翌日から1年を経過するまでの期間(やむを得ない事情がある場合に、所轄税務署長の承認を受けた場合は、同日後2年以内において当該税務署長が認定した日までの期間)内の取得であっても、特例の適用を受けることができる。 5 圧縮記帳における代替資産等の取得期間の延長 収用等や特定資産の買換えの場合の圧縮記帳において、災害発生前に特別勘定を設定しており、期間内に買換資産等を取得する予定であったが、大規模災害の発生により期間内での取得が困難になった場合、一定の要件を満たせば2年以内の範囲で期間を延長できる。 (了)
さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第24回】 「養老保険事件」 ~最判平成24年1月13日(民集66巻1号1頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第30回】 「租税回避と実務上の問題点①」 公認会計士 佐藤 信祐 前回までは、租税回避に対する裁判例や過去の学説を見ることにより、租税回避の射程を探っていった。しかし、我々は実務家であることから、やはり実務に当てはめて考える必要がある。 本稿では、①株式譲渡損益とみなし配当、②税制適格要件について検討を行う。 1 はじめに ここでは、拙著『組織再編における包括的租税回避防止規定(中央経済社、平成21年)』(以下、今回以降において「包括否認本」という)に挙げられている事例を参考に、どのような場合に租税回避に該当するか否かの検討を行う予定である。 なお、当時から述べていた点であるが、経済合理性の有無だけでなく、制度趣旨も理解する必要がある。ヤフー・IDCF事件では、租税回避の範囲が広まったかのように言われているが、制度趣旨に反するような否認を受ける可能性があり得ないため、実務上は、ヤフー・IDCF事件前の対応でも問題ないと思われる。 2 株式譲渡損益とみなし配当 包括否認本の第2章では、①法人株主における受取配当金の認識、②みなし配当と株式譲渡損の両建て、③所得税額控除の3つについて解説を行った。 当時、解説を行わなかったのは、個人株主における株式譲渡益の認識である。すなわち、オーナー株主が自分の会社を売却する際には、配当所得ではなく、譲渡所得の方が有利である。このような譲渡所得により節税を図ることについて租税回避に該当するかどうかの解説は行わなかった。この点につき、本連載の【第17回】で解説したように、「会社ぐるみ譲渡ということが、もっとも簡便、合理的な方法ということができる」と判断されていることから、事業譲渡や会社分割よりも簡便、合理的な方法である株式譲渡の手法を租税回避と認定することはできないと考えられる。 さらに、①法人株主における受取配当金の認識については、二重課税の排除という受取配当等の益金不算入の制度趣旨の範囲内であれば、租税回避と認定することは困難であると解説した。また、③所得税額控除については、当時とほとんど税制が変わっていない。 これに対し、当時と税制が大きく変わったのは、②みなし配当と株式譲渡損の両建てである。グループ法人税制の導入により、自己株式の買取り、清算、現金交付型合併によりみなし配当と株式譲渡損の両建てを行うことが困難になった。そのため、現行法上、想定される租税回避はグループ法人税制の対象から外したうえで、自己株式の買取り、その他資本剰余金の配当、清算などを行う方法である。この点については、平成22年から現在に至るまでほとんど相談を受けていない。どうしても、グループ法人税制の対象から除外するという行為が不自然になり、事実認定により名義株として否認を受けてしまう可能性が残ってしまうからであると考えられる。 3 税制適格要件 包括否認本の第3章では、①意図的な非適格組織再編成の選択、②意図的な適格組織再編成の選択について解説を行った。このうち、①については、グループ法人税制の導入によりほとんど使えなくなってしまった。そのため、実務で受ける相談は、(ⅰ)完全支配関係のない内国法人に譲渡する、(ⅱ)自然人に譲渡する、の2つである。 このうち、前者については、グループ法人税制の対象から除外することができるかという論点がある。当初から完全支配関係が外れていればよいのであるが、含み損の実現のために完全支配関係を外した後に資産を譲渡するという方法は、かなり不自然な行為となってしまい、多くの場合において、真実の事実関係は完全支配関係が継続していると認定されてしまう可能性が高い。この点については、法的実質主義の範疇である。 これに対し、自然人への譲渡は当該自然人の資金調達能力の問題がある。法人税の実効税率が40%くらいであった頃は、オーナーの給料を引き上げたりすることで、なんとか売買代金を支払えるようにしていたが、法人税の実効税率が引き下げられてしまうと、オーナーの所得税が高く感じてしまい、あまり現実的ではなくなっているのかもしれない。 なお、IDCF事件は意図的な非適格組織再編成の選択に該当する事例である。IDCF事件は、通常であれば適格組織再編成に該当するものの、迂回取引により非適格組織再編成に該当させた事件である。本事件についての評釈は省略するが、迂回取引を行ったり、個別の要件に無理矢理当てはめることにより、税制適格要件を満たすようにしたり、満たさないようにしたりすることは、典型的な租税回避行為と言われている。 ここで留意が必要なのは、経済合理性の判断を組織再編成の目的で行わずに、目的を達成するための手段で行うべきであるという点である。すなわち、ヤフー事件でも、IDCF事件でも、組織再編成の目的そのものは存在したものの、それを達成するための手法が問題視されていることから、組織再編成全体に経済合理性があればよいという話ではないという点に留意が必要である。 そして、②意図的な適格組織再編成の選択については、当時とあまり変わっておらず、相対取引で100%子会社化を行ってから合併をしたとしても、そのような行為が行われることを前提として繰越欠損金の引継制限、特定資産譲渡等損失の損金不算入が規定されていることから、租税回避には該当しない旨の解説を行った。このことは、他の組織再編成についても同様のことが言える。 さらに、当時は、端株株式交換、全部取得条項付種類株式による少数株主の締出しについて解説を行った。当時と異なり、平成26年改正会社法により、株式併合や株式等売渡請求による少数株主の締出しが可能になったため、これらの手法を用いて少数株主を締め出したとしても、株式交換の脱法行為と認定される可能性はなくなったと言える。 そのため、迂回取引を行ったり、個別の要件に無理矢理当てはめることにより、税制適格要件を満たすようにしたり、満たさないようにしたりする場合を除き、税制適格要件に対する租税回避の議論は生じないと考えて差し支えないと思われる。 次回では、①欠損等法人、②適格合併による繰越欠損金の利用、③損失の二重利用について解説を行う予定である。 (了)
税務判例を読むための税法の学び方【99】 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その27:「政令委任と租税法律主義④」) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 ⑥ ネット通販商品保管等アパート・倉庫のPE認定事件 第一審 東京地裁平成27年5月28日(TAINS:Z888-1928) 控訴審 東京高裁平成28年1月28日(TAINS:Z888-2014) この事案は、裁判所HPで紹介されている。是非、入手の上、ご一読頂きたい。また、控訴審はこの命令への委任に関する点について判断を示していないため、ここに紹介するに留める。 原告は、所得税法上の非居住者として、アメリカ合衆国(以下「米国」という)から本邦に輸入した自動車用品を、インターネットを通じて専ら日本国内の顧客に販売する事業(以下「本件販売事業」という)を営んでいた。そして原告は、処分行政庁から、本件販売事業の用に供していた日本国内にあるアパート及び倉庫(以下、併せて「本件アパート等」という)は、所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約(平成16年条約第2号。以下「日米租税条約」という)5条の規定する「恒久的施設」に該当し、原告は本邦において所得税を納税すべき義務があるとして、原告の平成17年分ないし平成20年分の所得税についての各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分を受けた。そこで、本件アパート等は恒久的施設に該当せず、原告が本邦において所得税を納税すべき義務はないとして、本件各処分の取消しを求めた事案である。 関係法令は以下のとおりである。 (A) 第一審の判断 このように、租税法律主義の点から実特法による白紙委任規定に基づく省令の課した事前届出書について、手続要件である点を否定した。しかし次に実体的要件の存否により判断すべきとして、以下の判示をする。 このように実体的要件からの判断により、恒久的施設に当たるとされて原告の主張は排斥されたのであるが、省令の付加した手続要件を無効と判断した重要な裁判例と評価し得よう。 (続く)
〈業種別〉 会計不正の傾向と防止策 【第5回】 「銀行業」 公認会計士・税理士 中谷 敏久 どのような業種業態か? 銀行業は法人あるいは個人からの預金を集め、その集めた資金を事業者に対しては事業用資金として、また個人に対しては住宅取得用資金として貸し付けて貸付金利息を得る一方、株式や債券などの有価証券に投資し運用利益を得ることを主たる業務としている。 貸付金利息及び有価証券運用益が一般事業会社の売上高に該当し、預金者に支払う利息が売上原価に相当する。そしてその差益から人件費、設備費などを負担している。したがって企業の設備投資などの資金需要が旺盛で株式市場が活況であれば必然的に収益は増えるものの、低経済成長期にあっては、経済情勢に比較してどの地域でも都市銀行、地方銀行、信用金庫などが飽和状態であり、銀行間の競争は激しい。 最近ではマイナス金利政策の影響もあり、営業店の統廃合や人員削減に取り組んでいる銀行も少なくない。以前は護送船団方式で国家に守られていたため銀行が倒産するなど考えもしなかったが、バブル崩壊後の金融危機を経て、金融自由化の中で生き残る銀行が選別されている状況である。 どのような不正が起こりやすいか? 銀行業務は国の経済政策に密接に関係しているため、他の業種に比べ公共性が非常に高い。したがって、健全な経営がなされるよう自己資本比率の規制が設けられている。国内業務のみを行う銀行は4%以上、国際業務も行う銀行は8%以上の自己資本比率を維持しなければならない。 この規制が不正を行う動機になる。なぜなら、この比率が未達の場合には、規制当局から業務改善命令などの早期是正措置を受けることになるからである。 1 貸倒引当金の過少計上 不正としてまず挙げられるのは、不適切な自己査定による貸倒引当金の過少計上である。 銀行は年に一度、保有する資産を自ら制定した自己査定マニュアルに基づいて評価しなければならない。保有する資産のうち、株式や債券などの有価証券は取引市場が確立しているために時価評価は比較的容易であるが、事業者等に対する貸付金の評価は個別事情を考慮しなければならないため非常に難しい。 具体的には、債務者の財務状況、資金繰り、収益力等により債務者を「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」に区分する。また貸付金自体を「非(Ⅰ)分類」「Ⅱ分類」「Ⅲ分類」「Ⅳ分類」に分類する。この債務者区分と債権分類に基づいて、貸付金に対して設定すべき貸倒引当金を算出するのであるが、この中で特に「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」の区分に恣意性が入る余地が残されているのである。 確かに自己査定マニュアルは金融庁が検査時に用いる「金融検査マニュアル」を参考にして作成されており、「金融検査マニュアル」には判断基準がより具体的に示されてはいるものの、最終的に「要注意先」なのか「破綻懸念先」なのか「実質破綻先」なのかを決定する場合に、実務上微妙なケースが存在するのである。 貸倒引当金の引当率は各銀行によってまちまちであるが、仮に以下のような引当率になっている場合、要注意先と破綻懸念先とでは引当額に50%の差が生じ、破綻懸念先と実質破綻先では30%の差が生じることになる。 自己資本比率が4%ないし8%すれすれの場合、貸倒引当金の繰入額を抑えるために何とかして上位ランクの債務者区分にできないかと考え、甘い自己査定が行われるケースがある。 2 繰延税金資産の過大計上 もう一つの不正として、繰延税金資産の過大計上がある。 繰延税金資産とは、会計上で計上した費用が税務上はその会計期間の損金として認められない場合に、会計上と税務上の税額の差異を貸借対照表に計上するために設けられる科目である。先に説明した貸倒引当金も繰延税金資産の計上根拠の一つになる場合がある。 ただし、この資産は固定資産のように実体がある資産ではなく、あくまで税金費用の期間按分のために計上される一種の擬制資産である。したがって、将来的に利益(課税所得)が発生することが見込まれない場合には、繰延税金資産を計上することができない。さらに言えば、誰も断定することができない将来の利益(課税所得)予測額に、その計上根拠をもつのである。 当然この繰延税金資産も自己資本を構成するが、4%ないし8%の自己資本比率を維持するために、甘い将来利益予測に基づいて繰延税金資産を過大に計上したとすれば、それはまさしく会計不正であり粉飾といえる。 事例検証 貸倒引当金の過少計上については、1998年に経営破綻した日本長期信用銀行の事例がある。関連ノンバンクなどに対する不良債権を独自の基準で甘く査定し、貸倒引当金を約3,130億円過少に計上した。 また、繰延税金資産の過大計上については、2003年に実質国有化されたりそな銀行の事例がある。銀行は将来5年分の利益に対応する繰延税金資産の計上を主張したが、監査法人が3年分の利益に対応する繰延税金資産の計上しか認めなかったため、自己資本比率が2%台になり、国による公的資本注入並びに早期是正措置、業務改善命令が発動された。 不正の防止策 貸倒引当金の過少計上を防止するためには、マニュアルに基づいた適切な自己査定が必要であり、そのためには銀行自体による債務者の正しい経営実態の把握が欠かせない。 また、繰延税金資産の過大計上を防止するためには、楽観的な将来利益予測ではなく、ストレスを加味した慎重な利益計画の策定が必要である。 同様の不正が起こりうる業種業態は? 保険会社、JA、信用金庫、信用組合などの銀行以外の金融機関も自己資本比率の規制が設けられているため、同様の不正が起こりうると考えられる。 (了)
フロー・チャートを使って学ぶ会計実務 【第33回】 「退職給付引当金(複数事業主制度)」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 【はじめに】 今回は、退職給付引当金(複数事業主制度)の会計処理について解説する。 連合設立型厚生年金基金、総合設立型厚生年金基金及び共同で設立された確定給付企業年金制度などが複数事業主制度に該当する(企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針(以下、「適用指針」という)」118)。 なお、本フロー・チャートでは、複数事業主制度からの脱退、移行、解散については解説していない。 ※各ステップをクリックすると、それぞれのページに移動します。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 複数事業主制度の場合、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算することができるか、できないかにより会計処理が異なる(企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準(以下、「基準」という)」33)ため、まず、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算することができるか、できないかを検討する。 複数事業主制度において、「自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算することができない」場合とは、複数事業主制度において、事業主ごとに未償却過去勤務債務に係る掛金率(※)や掛金負担割合等の定めがなく、掛金が一律に決められている場合(適用指針64)をいう。 これは、年金基金の規程等で確認することができる。 (※) 未償却過去勤務債務に係る掛金率の定めがあるかどうかとは、事業所脱退時の未償却過去勤務債務の清算を指しているのではなく、過去勤務債務の償却のために必要な掛金(厚生年金基金制度及び確定給付企業年金制度では特別掛金という)に負担区分等がなく、一律的に適用されている掛金率であるかどうかということである(適用指針120)。 上記に該当する場合であっても、親会社等の特定の事業主に属する従業員に係る給付等が制度全体の中で著しく大きな割合を占めているときは、当該親会社等の財務諸表上、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できない場合にはあたらない(適用指針64)。 なお、総合設立型の場合には、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できない場合が多い(適用指針120)。 上記の検討の結果、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算することができる場合、【STEP2】を検討する。できない場合は、【STEP3】を検討する。 自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できる場合、自社に帰属する年金資産を計算する。 自社の負担に属する年金資産等の計算を行うときの合理的な基準としては、以下に例示する額について、制度全体に占める各事業主に係る比率によって計算することができる(適用指針63)。 上記以外については、退職給付引当金(原則法)と同様である。退職給付引当金(原則法)については、本連載【第14回】「退職給付引当金(原則法)」を参照されたい。 また、下記の検討は不要である。 自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できない場合、要拠出額を退職給付費用として計上する(基準33(2)、31、32)。また、未拠出の額がある場合、未払金として計上する(基準33(2)、32)。 【会計処理】 上記の会計処理のとおり、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できない場合、退職給付引当金は計上されない。 以下の注記が必要となる(基準33(2)、32、30、適用指針65)。 なお、(3)については、重要性が乏しい場合には当該注記を省略できる(適用指針65)。 (上記の注記は、自社の拠出に対応する年金資産の額を合理的に計算できない複数事業主制度に関する注記のみ記載している。) (3)の「年金制度全体の直近の積立状況等」とは、年金制度全体の直近の積立状況等(年金資産の額、年金財政計算上の数理債務の額と最低責任準備金の額との合計額及びその差引額)及び年金制度全体の掛金等に占める自社の割合並びにこれらに関する補足説明をいう(適用指針65)。 「年金財政計算上の数理債務の額と最低責任準備金の額との合計額」とは、厚生年金基金の場合は両者の合計額であり、確定給付企業年金の場合は代行部分の給付がないことから、年金財政計算上の数理債務の額のみとなる。また、年金財政計算上の数理債務の額は、厚生年金基金及び確定給付企業年金の貸借対照表には表示されず、欄外に注記されているため、注記の額を計算するにあたっては、厚生年金基金及び確定給付企業年金の貸借対照表の欄外に注記されている「数理債務」の額と貸借対照表に表示されている「最低責任準備金」(負債)の額に基づき注記する。なお、注記対象が確定給付企業年金のみの場合には、注記において使用する名称を「年金財政計算上の数理債務の額」とする(適用指針126-2)。 「年金制度全体の直近の積立状況等」は、必ずしも貸借対照表日(期末日)時点の数値を入手することができないため、入手可能な直近時点の数値により注記することになる(適用指針125)。通常、貸借対照表日(期末日)時点よりも1年程度前の時点の数値を注記することになると考えられる。 また、「年金制度全体の掛金等に占める自社の割合」についても入手可能な直近時点の数値により注記することになる。 入手した数値の時点が貸借対照表日と一致しない場合、注記上、これを明示する必要がある(適用指針[開示例3]) 補足説明の例としては、以下が挙げられる(適用指針[開示例3])。 具体的な注記例としては、適用指針[開示例3]を参照されたい。 なお、計算書類では上記のような注記は必ずしも求められていない。 * * * 以上、4つのステップをまとめたフロー・チャートを再掲する。 ※画像をクリックすると、別ウィンドウでPDFが開きます。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第6回】 「公正な評価単価」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)及び「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第11号。以下「ストック・オプション適用指針」という)にしたがって、公正な評価単価について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 公正な評価単価 1 概要 【第4回】で解説したように、ストック・オプション会計基準は、権利確定日以前の会計処理として、ストック・オプションの公正な評価額を、対象勤務期間にわたって費用として計上し、対応する金額を、ストック・オプションの権利の行使又は失効が確定するまでの間、貸借対照表の純資産の部に、新株予約権として計上すると規定している(ストック・オプション会計基準4項)。 ストック・オプションの公正な評価額は、公正な評価単価にストック・オプション数を乗じて算定する(ストック・オプション会計基準5項)ことから、公正な評価単価の算定がポイントとなる。 2 公正な評価単価の算定技法 ストック・オプションは、通常、市場価格を観察することができないため、株式オプションの合理的な価額の見積りに広く受け入れられている算定技法を利用することとなる。 利用に際しては、次のことに注意する(ストック・オプション会計基準6項(2)、ストック・オプション適用指針39項)。 ストック・オプション適用指針は、公正な評価単価の算定方法について次のように規定している(ストック・オプション適用指針5項~7項)。 3 株式オプション価格算定モデル 「株式オプション価格算定モデル」とは、ストック・オプションの市場取引において、一定の能力を有する独立第三者間で自発的に形成されると考えられる合理的な価格を見積るためのモデルであり、市場関係者の間で広く受け入れられているものをいう。例えば、ブラック・ショールズ式や二項モデル等が考えられている(ストック・オプション会計基準48項)。 ストック・オプション適用指針は、株式オプション価格算定モデルについて次のように説明している(ストック・オプション適用指針2項)。 4 算定技法の変更 算定技法の変更が認められるのは、原則として、次の場合に限られるとし、以下のような合理的な理由がない場合に、みだりに算定技法の変更を行うことは認められないと考えられている(ストック・オプション適用指針8項、42項)。 (了)
家族信託による 新しい相続・資産承継対策 【第5回】 「家族信託と成年後見制度との違い」 弁護士 荒木 俊和 1 はじめに 財産を保有している本人が、認知症等により意思能力(法律的な判断をする能力)がなくなってしまった場合、本人が財産を売ったり、贈与したり、遺言書を書いたりするなどの法律行為を行うことができなくなってしまう。 このような場合、本人以外が本人のために法律行為を行うことが求められる場合があるが、それを実現するための制度として「家族信託」と「成年後見制度」がある。 本稿ではこの異同を取り上げたい。 2 意思能力がなくなった場合の問題点 まず、本人に意思能力がなくなった場合、以下のような問題が発生する恐れがある。 (1) 不動産の管理・処分の問題 本人が不動産を所有している場合、その不動産の管理を継続したり、売却、贈与等の処分を行ったりすることができなくなってしまうという問題がある。 この問題は、本人が高齢者施設に入所する際に自宅不動産をそのままにしておくことで発生することが多く、空き家の増加問題につながっている部分がある。 また、本人が収益物件を所有している場合には、物件価値が高く、かつ、賃借人管理もできなくなるため、自宅不動産に比べて問題がより大きくなる場合がある。 (2) 会社経営・事業承継の問題 本人が会社のオーナー社長であり、自社株の多くを保有している場合、意思能力がなくなると会社運営が不可能になってしまうという問題がある。 すなわち、本人が会社の代表者として対外的、対内的な法律行為ができなくなるうえ、株主権を行使できなくなることから、役員改選の決議も行えなくなってしまうことになる。 本人が事業承継を進めていた場合であっても、事業承継の完了までは数年単位での時間を要することが通常であり、その途中で意思能力を失うことによって事業承継の計画が頓挫してしまうおそれがある。 (3) 遺産分割協議の問題 本人が相続人となる場合、他の相続人との遺産分割協議に参加することが必要であるが、意思能力を失っている場合であれば遺産分割協議に参加することができない。 これにより、預貯金の解約ができなかったり、不動産の相続登記ができなかったりするなどの問題が発生する。 相続人のうち1人でも意思能力がなければ遺産分割協議が成立しないことから、高齢者が死亡し兄弟が相続人になるような場合には、この問題が起こる可能性が高いといえる。 3 成年後見制度の概要 次に、成年後見制度の概要を紹介する。 (1) 概要 成年後見制度とは、認知症等により意思能力を欠くような状態になった人を保護するための制度であり、本人に代わって後見人が法律行為を行い、また(法定後見の場合は)本人が行った不利益な法律行為を後見人が取り消すことを認める制度である。 成年後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」がある。 成年後見制度は平成12年から導入されたが、成年後見制度(成年後見、保佐、補助及び任意後見を含む)の利用者数は年々増加しており、平成27年12月末時点で19万人を超えるものとされている。 (2) 法定後見制度 法定後見制度は、本人が意思能力を欠くような状態になった場合に、本人、配偶者又は四親等内の親族等が裁判所に後見開始の審判を申し立てることによって、成年後見人が選任される制度である。 この場合、成年後見人に選任される者としては、親族と第三者(弁護士、司法書士又は社会福祉士等)とに分けられるが、親族が選任される割合は年々低下しており平成27年の実績で全体の約29.9%、第三者の割合が約70.1%にまで高まっている。 これは、昨今、親族成年後見人による横領等の問題行動が多く認められており、裁判所の審査の中で、成年後見人としての資質が厳しく見られるようになったことによるものといえよう。 法定後見の場合、成年後見人には裁判所への本人の財産状況等の定期報告義務がある他、自宅不動産の処分の制限等があるが、基本的には成年後見人の判断で包括的に本人の財産の管理・処分が行われる仕組みである。 ただし、成年後見制度の趣旨は「本人の財産保護」に重きを置いていることから、積極的な財産の運用を行うことは不適当であると解されている。 (3) 任意後見制度 任意後見制度は、本人の意思能力がある間に、本人と任意後見受任者との間で公正証書により任意後見契約を結んでおき、本人の意思能力の低下が認められた場合に、家庭裁判所に対して任意後見監督人選任の申立てを行うことで、任意後見契約の効果を発生させる制度である。 任意後見契約の効果が発生することにより、任意後見受任者が本人の任意後見人となり、任意後見監督人の監督の下で、本人に代わって法律行為を行うことになる。 法定後見と異なる任意後見の特徴としては、任意後見契約を締結する時点において本人に意思能力が必要である点、任意後見契約の内容に本人の財産管理に対する希望を含めることができる点、任意の後見人を選任できる点(ただし、任意後見監督人は必ずしも任意に選任できない)、任意後見人には同意権・取消権が認められていない点が挙げられる。 4 家族信託と成年後見制度との比較 上記を踏まえ、家族信託と成年後見制度を比較すると、次のような異同がある。 (1) 手続の流れ 家族信託の場合、基本的に委託者と受託者との間で信託契約を締結することで手続は完結する(ただし、不動産を対象とする場合には信託の登記を行う必要がある)。 家族信託の場合には信託契約の締結のみという簡素さがある反面、自由度が高いため、信託契約を効果的なものにするためにスキームを作り込む必要がある。 成年後見制度の場合、成年後見人選任の申立て又は成年後見監督人選任の申立てという手続がある。これらの手続は家庭裁判所に対して行うものであるため、家庭裁判所での処理状況次第で数ヶ月単位での時間を要することがある。 また、成年後見人候補者や成年後見監督人候補者を指定して申し立てたとしても、裁判所の判断でそれと異なる者が選任されることがあり、必ずしも本人の希望通りに進まないことがある。 (2) 裁判所の監督 家族信託の場合、委託者と受託者との間の契約関係であるため、裁判所が信託を監督するようなことはない。 また、基本的にはどのような財産でも信託することができ、信託契約においてその管理・処分の方法を指定することができ、公序良俗に反するようなことがない限り制限を受けない。 ただし、裁判所による監督がない反面、受託者に対する監督が不十分となる恐れがあるため、受託者を真に信頼できる者にすることや、受託者を監督する立場に立つ信託監督人を選任しておくなどの対応が必要な場合がある。 一方、成年後見制度の場合、本人の財産保護の要請から、裁判所が成年後見人の行為を監督することとなっている。 裁判所の成年後見人に対する監督処分として、①報告の徴求、②必要な処分の命令、③解任を行うことができるものとされている。 このため、成年後見制度においては、成年後見人による自由裁量によって本人の財産の管理・処分が行えるものではない。 (3) 効果 家族信託の場合、基本的には信託契約の締結時から効果を発生させることとなる。 これにより委託者は、即座に財産管理の煩から解放されることになる。 また、委託者(又は受益者)の死亡によっても信託を終了させないという選択ができることから、死後の財産管理にも活用することができる。 これに対し、成年後見制度の場合は、効果が発生するのは本人が意思能力を欠く状態になり、かつ、家庭裁判所による審判がなされた時点からであるため、本人の意思能力がある間は、財産を管理する者との間で財産管理委任契約を結んでおかなければならない。 また、成年後見人は本人の死後、相続人に対して財産を引き継ぎ、計算の報告を行った時点で任務が終了するため、死後の財産管理を行うことはできない。 (4) 費用 家族信託の場合には、基本的に費用はかからない。 ただし、信託契約書の作成にあたっては専門家の意見を求め、ドラフト作業を依頼する必要があることから、専門家に対する費用は必要と考えられる(専門家の費用には、統一的な基準は存在しないが、事案の複雑性等により高額になる場合がある)。 また、信託監督人を置く場合で、専門家に依頼する場合には信託監督人報酬を必要とすることがある。 成年後見制度を利用する場合、裁判所への申立て費用は数千円程度であるが、本人の意思能力に関して鑑定が必要とされた場合には、鑑定費用として数万円から10万円程度を要するとされている。 また、成年後見人又は任意後見監督人に専門家が選任された場合、本人の財産から報酬として1ヶ月あたり1万円から3万円程度(事務の内容によってはこれより上がることもある)が支出されることになる(通常は本人の死亡まで継続的に発生する)。 この他、専門家に申立書の作成を依頼する場合の報酬や、任意後見契約に係る公証人の手数料も別途必要となる。 以上のことから、単純比較はできないものの、家族信託では、専門家に依頼した場合の初期費用がある程度かかるが継続費用はあまりかからないのに対し、成年後見制度を利用した場合には、初期費用は安くとも総額では意外と費用がかさむことがある。 (了)