税務判例を読むための税法の学び方【100】 (最終回) 〔第9章〕代表的な税務判例を読む (その28:「政令委任と租税法律主義⑤」) 立正大学法学部准教授 税理士 長島 弘 3 事例の比較検討 ここまで6つの事案を見てきたわけだが、結果として⑤事案のみ控訴審で命令の規定が法律の委任の範囲とされたため異なる結論となったのであるが、その相違点がいずれにあるのであろうか。 ① 大阪銘板事件 【96】 ② 細田商店(ホソダ)事件 【97】 ③ 日通モータース事件 【97】 ④ 木更津木材事件 【98】 ⑤ 阪神淡路大震災登録免許税事件 【98】 ⑥ ネット通販商品保管等アパート・倉庫のPE認定事件 【99】 ④事案においては法律に「登録免許税の税率は、政令で定めるところにより」とあるところ、⑤事案においては法律に「登記については、大蔵省で定めるところにより・・・までの間に受けるものに限り」とあることから、⑤事案の高裁判決においては、書面主義が行われている登記手続の中では、一定の書面の添付を予定していると考えられ、また添付書類の内容の定めに限り、大蔵省令に委任したものであって、委任内容を限定していると解される場合には、その範囲で定められた省令は有効と判示している。 また④事案では、法律に「政令で定めるところ」とあるにもかかわらず政令である施行令では「大蔵省令で定めるところにより」と再委任している。両者を比較すれば、わずかの差ではあるが、④事案の規定ぶりの方が包括的であり、また再委任という問題を有している。 なおここでは④⑤事案のみ詳述したが、これら6つの事案に共通して言えることは、政省令での要件の付加が問題とされたことであり、政省令で要件を定めていたとしても、法律自体にその手掛かりがある場合には、新たな付加ではないとされてきている。 次に④事案と⑥事案を比較してみよう。⑥事案は、条約の「別に定める要件を満たし」に関して法律上、具現化した(条約では、当然何にどの事項を委任するかを明記できないため)ものが、実特法12条の規定ということになる。しかしこの実特法12条は、全く何ら具体的な内容を持たないものであり、包括的白紙的委任と言うしかないものである。そしてこの実特法省令9条の2は、実特法12条の包括委任規定のみに根拠をおき定められたものである。 したがって、この実特法省令9条の2の内容は、法律に何ら手掛かりが示されていない。そうである以上、上記⑤事案の高裁判決に言う「法律が手続的課税要件の内容を明文で規定までしていなくとも、・・・法律が委任内容を限定していると解される場合には、その範囲で定められた省令は有効というべき」にも該当していないものである。したがって、委任命令としては、意味を持たず、執行命令と同様の意味しかないことになる。執行命令であるならば「その規定することができる事項は、法律の明示の意思がない限り、法律を実施するための技術的な施行細則にとどまるべきもの(浅野一郎編著『立法技術入門講座 第1巻 立法の過程』昭和63年ぎょうせい258頁)である。 国側は「実特法省令9条の2は、実特法12条の委任を受けて、日米租税条約による特典の適用を受けるための実体的要件の存否、内容を確認するための手続的な事項を規定したものにすぎない」と、そして手続要件が付加されている点につき「条約特典を濫用することを防止するため、・・・その者が真に特典を受けるべき立場にあることに関する所定の条件を具備するように求めたもの」であって、「実特法12条及びその委任に基づく実特法省令9条の2は、日米租税条約22条を補充するものであり、同条による特典の適用を制約するものではない」と主張する。 しかし手続要件であっても課税要件の付加である点には相違がなく、法律にはその手掛かりが全く示されていない点は明らかである。また上記⑤事案の高裁判決に言う「法律が委任内容を限定していると解される場合」にも該当しない。したがって、判決に言う「実特法12条の委任規定の内容は、一般的、包括的なものであるところ、同条が法律よりも下位の省令に対し、租税条約及び実特法を実施するための手続的細則を定めることを委任したものと解することはできるとしても、省令の定める手続を経なければ、租税条約の特典を受けることができないという意味での手続要件を定めることを委任したものと解することはできない」という指摘は正当であり、「原告が実特法省令に基づく届出書を提出しなかったことをもって、同項の適用を否定することはできない」という結論もまた、正当である。 なお、政令委任の合憲性を争った事案の著名なものとして、使用人に対する未払賞与の損金算入時期を定めた、法人税法施行令第72条の3に関するものがある。法人税法には政令への具体的委任文言が全くないことから、複数の訴訟で争われている。しかしすべてこれを無効とする判決は出されていないため、ここでは取り上げなかったが、重要な問題があることを指摘しておきたい。 連載終了にあたって 「税務判例を読むための税法の学び方」は、100回目となる今回をもって終了となります。 本連載は、租税法律主義の下、租税法の内容を条文から考える力を養い、判決の内容を法的視点から理解できるようになることを目標として書き進めてまいりました。 えてして、判決の結論だけが独り歩きしがちですが、判決を法的にしっかり理解し、その射程や意義を考察することは、租税法に携わる人たちにとって、大変重要なものです。 そして、通達に頼ることなく、法令から租税法の意味内容を理解できるようになることもまた、大切なことです。 本連載を通して、読者の方々がこういった力を身に付けていただければ、大変うれしい限りです。 これまで長い間お読みいただき、誠にありがとうございました。 (連載了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第12話】 「金融商品会計はIFRSも難しい?」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 「ピリピリ!って音、しない?」 隣の席の橋本にいきなり話しかけられた伊崎は当惑した。橋本が何のことを言っているのか、さっぱり分からなかったからだ。伊崎のその表情を気にすることなく、橋本がさらに言う。 「ほら、向かいのあの2人の空気よ。年末からずっとあの調子じゃない。」 伊崎もその言葉で納得した。2人の対面の席には、経理部の若手コンビである藤原と桜井がいつものように和気あいあいと雑談することもなく、それぞれのPCに黙々と集中している。どうやら年末に2人の間でひと悶着あったようだった。 「伊崎さんは何があったか知っている・・・わけないわよね。」と橋本は、伊崎の顔をちらりと見てからため息をついた。 「第3四半期は年始休暇のせいで作業日程がいつもよりタイトだから、黙って仕事してくれる分にはいいんじゃないかな?」 伊崎は両手を後頭部で組み、背もたれに体を預けて軽く伸びをした。 ここは、東証一部に上場しているメーカーの経理部である。3月決算会社であるため、経理部は年明け早々から第3四半期決算のプチ繁忙期に入っていた。課長の倉田を始め、中堅クラスの伊崎、橋本、入社5年以下の若手である藤原、桜井、山口がそれぞれの分担を黙々とこなしている。この会社では今年の夏にIFRSを導入することを決定したのだが、この期間ばかりはIFRS導入プロジェクトも活動休止中だ。 「あら、職場の雰囲気って大事なのよ?私なんて繊細だから、この緊張感のある空気が気になっちゃって・・・」 「部署異動の希望を出そうかしら~」と、派遣社員を除く経理部の中で紅一点の橋本はしれっと言う。 「うーん、これ以上仕事が増えるのは困るなぁ。橋本さんがいないと、税金まで僕が担当することになりそうだ。」 橋本は、頬杖をついて伊崎の方に体を向けた。 「でしょう?だから、どうにかしてあの2人を和解させましょうよ。どうせ喧嘩の原因は藤原くんが作ったんでしょうけど。」 「だったら、僕は協力できないんじゃないかな?なぜか藤原君には嫌われているんだよね。」 伊崎は腕を組んで、橋本に言った。橋本は首を傾げながら頬杖をついている方の人指し指で、トントンと頬を叩く。 「うーん、伊崎さんの要領の良さが羨ましいからかしら?ほら、藤原君って不器用なタイプだから。」 そう言うと橋本は暫く沈黙し、再び口を開いた。 「ま、いいわ。私が藤原君に話を聞いてみるから、伊崎さんは桜井君をお願いね。」 橋本は伊崎ににっこりとほほ笑みかける。伊崎はやれやれと首を振りながらも、引き受けることにした。 翌日、早朝の冷気で頬を赤らめた桜井がオフィスに入ると、既に経理部に先客がいた。 「あれ?伊崎さん、おはようございます。今日は珍しいですね。」 桜井は伊崎の向かいの席に鞄を置き、コートを脱ぎはじめた。 「おはよう。偶然目が早く覚めちゃったから、仕事を片付けに来たんだ。来週中には数字を固めておかなきゃいけないからね。」 伊崎はほほ笑んで答えた。もちろんこれは方便で、本当は桜井と一対一で話をしたかったからだ。藤原と微妙な雰囲気にある桜井は、隣席の藤原を避けるためか、残業をほどほどにこなした後すぐ帰宅し、早朝に作業をしていた。 「桜井君は、進捗状況はどう?順調?」 「まぁまぁって感じです。今日から有価証券の予定です。」 桜井は作業管理表を確認して答えた。 「そっか。じゃ、すぐに終わりそうだね。今回特に問題のある有価証券もないし、いつも通りだから。ところで、藤原君に何を言われたんだい?」 「ええ・・・えっ!?」 仕事の話からいきなり切り替えられた話題に桜井は動揺した。 「ほら、何か君たち微妙な雰囲気になっているから、僕で良ければ相談に乗るよ?」 伊崎は先ほどからゆったりした笑顔を浮かべている。桜井は一瞬逡巡したが、もやもやした胸の内を誰かに、できれば優しそうな人に聞いてもらいたいという思いもあり、先月の藤原とのやり取りを話すことにした。 「・・・へぇ、なるほどね。」 一部始終を聞き終えた伊崎は、買ってきたばかりの缶コーヒーのうち1本を桜井に手渡し、自分の分のプルタブを開けた。桜井も伊崎の隣の席に腰かけ、お礼と共に受け取ったコーヒーを一口すする。 「はい・・・。いくら先輩だからって、あんなに偉そうに言う筋合いはないと思います。それに、IFRSだって僕から頼んで教えてもらっているわけじゃないし・・・」 桜井は溜めこんでいた鬱憤を吐き出して、少しすっきりしたようだ。 「そうかー。そういうことなら、今のままちょっと距離を置いていたらいいんじゃないかな。」 桜井は伊崎の意外な返答を聞いて、呆気に取られた顔をした。 「え?伊崎さんは僕たちを仲直りさせようとしているんじゃないんですか?」 伊崎はコーヒーを飲みながら言った。 「だって、少なくとも君は自分が間違っているって思ってないわけでしょ?」 「ええ、まぁ、そうですけど・・・」 「なら、折れる必要なんてないと思うよ。後輩だからとか、関係なく。」 「それでもいいんですか?」 「だって、必要最低限の業務連絡とかはしているわけでしょ?仕事に支障がないのなら、それでいいんじゃないかな。皆と仲良くなんて、無理だよ。」 桜井は、自分の意見が聞き入れられたことで肩すかしを食らった気分になった。心のどこかで自分が非難されるのでは、と予想していたからなのだが、すんなり受け入れられると、それはそれで漠然と不安な気持ちになる。 「でも・・・」 そこで伊崎は桜井の方に向き直った。 「そもそも、IFRSを教えてもらったことがきっかけなんだよね?それなら、僕が藤原君の代わりにIFRSを教えようか?」 さらに伊崎は、「もしかしたら、藤原君より上手いかもしれないよ?」とおどけた口調で付け加えた。 桜井は暫く黙って考え込んだ。桜井だって、せっかくIFRSの勉強を始めたのだから、このまま続けたいとは思っているのだ。しかし、自分から積極的に本を開くことはついつい後回しになっているし、今の気まずい状況で藤原に頭を下げて教えてもらうのも抵抗がある。伊崎の申し出は、桜井にとって願ったり叶ったりだった。 「では、IFRSのこと、伊崎さんにお願いしてもいいですか?」 桜井はおずおずと言った。 「もちろんだよ。」 伊崎は再び桜井に笑顔を向けた。 金融商品に関するIFRS基準は複数ある 「じゃ、さっそくIFRSを教えようか?今日の作業は有価証券って言っていたよね?せっかくだから有価証券に絡んだものがいいね。」 桜井は飲みかけのコーヒーにむせて、咳込んだ。 「ゴホゴホ・・・。い、いきなりですか?」 「ほら、業務時間中にこんな話できないでしょ?しかも藤原君の目の前で。」 「・・・確かにそうですね。」と納得した桜井は、さっそく自分の席に戻り、いつもの勉強用ノートとペンを取り出すと、再び伊崎の隣に座った。 「では、IFRSでは有価証券の会計処理について教えてください。」 「あー、そこからなんだね。」と伊崎は呟き、頭を掻いた。 「まず、今日教えるのは、『金融商品』の基準だよ。金融商品の中の1つが有価証券だね。」 「あ、そう言えば日本基準でも金融商品会計って言いますもんね。」 桜井は、はっとした表情で伊崎を見た。 「うん。それから、一言で金融商品の基準といっても、いくつも基準があるんだ。」 「へぇ。どんな基準があるんですか?」 「今適用されているのは、IAS第39号『金融商品:認識及び測定』だね。それから2018年1月1日以後開始の事業年度からは、IAS第39号に代わりIFRS第9号『金融商品』が強制適用されることになるんだ。もちろん、IFRS第9号を早期適用することもできるよ。」 「へぇ。IFRS第9号は新しい基準なんですね。」 桜井はメモを取りながら、説明の続きを待った。 「それから、他にも、IFRS第7号『金融商品:開示』、IAS第32号『金融商品:表示』という基準もあるんだ。」 「IAS第39号やIFRS第9号の他に、まだ2つもあるんですね!」 伊崎は桜井の新鮮な反応を見て、思わず笑った。 「そうなんだよ。今日は、その中からIAS第39号に代わって適用予定のIFRS第9号に絞って勉強しようか。」 「はい、分かりました。」 桜井は勢いよく頷いた。 IFRSの金融商品会計は日本基準と異なる部分が多い 「それから、ヤル気を削ぎたくないから本当は言いたくはないんだけど・・・」 「な、何でしょうか?」 桜井は、ゴクリと唾を飲み込んだ。 「IFRS第9号は、日本基準とはいろいろ違いがあるんだ。どちらかというと、IAS第39号の方が日本基準には近かったんだよね。」 「えっ!」 「それに・・・すごく難しい。」 「そ、そうなんですか。」 次第に桜井がうな垂れる様子を見て、伊崎はフォローも入れた。 「でも、IFRS第9号は、IAS第39号で問題だった理解や適用、そして解釈が困難だっていう問題を改善して簡素化した基準なんだ。それに、IFRS、日本基準に限らず、もともと金融商品会計って難しいからね。」 「はぁ。でも、何でヤル気が削がれることを言う必要があるんですか?」 桜井は情けない声で尋ねた。 「始めから覚悟しておいた方がいい場合もあるでしょ?まずは基本の枠組みをしっかり理解することを今日の目標にしようか。」 その目標を聞いて、桜井も安心したようだ。 「それくらいなら、できるかもしれません。」 IFRS第9号についての学習項目 「案ずるより産むが易し、とも言うし、ひとまずIFRS第9号がどんな基準なのか確認してみようか。」 「はい、よろしくお願いします。」と桜井は頭を下げた。 桜井の素直な態度を見た伊崎は少しほほ笑んだ後、1枚のファイルを桜井に差し出した。 【今回の学習項目】 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「今日教えることは、この表の項目だよ。中でも基本的な部分だけを説明するね。だから、他の金融商品に関する基準の内容はもちろん、IFRS第9号にある『金融商品の認識の中止』や『ヘッジ会計』、他の細かい規定も今回はあえて省略しているから、そこは注意してね。 それでも、なかなかのボリュームだよ?」 「はい、分かりました。」 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「じゃ、さっそく『金融商品の定義』からだね。」 「あ、はい。」 いつもならここで藤原が咳払いするのだが、それがないことに桜井はふと気がついた。教えているのは伊崎なので、当然のことなのだが。 「まず、金融商品(financial instrument)とは、一方の企業にとっての金融資産(financial asset)と、他の企業にとっての金融負債(financial liability)又は資本性金融商品(equity instrument)の双方を生じさせる契約のことを言うんだ。」 「はい・・・」 ◆金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義 伊崎は、桜井の顔を見て苦笑した。 「漠然とした定義だよね。今の定義の中で、3つのキーワードに気がついたかい?」 「えっと、金融資産、金融負債、資本性金融商品の3つですか?」 伊崎の言葉を思い出しながら、桜井は慌てて答えた。 「そう、その通り。では次に、その3つの定義を見ていくよ。資本性金融商品はまだ分かりやすいけど、残りの2つのキーワードの定義なんて、もう呪文みたいなものなんだ。」 「呪文、ですか・・・?」 桜井の反応に、伊崎はくすりと笑う。 「見たら分かるよ。金融資産と金融負債の定義は対比して見たほうが分かりやすいから、表で確認しようか。」 そう言うと、伊崎は足元の引出から一冊のファイルを取り出して、桜井にも見えるように広げた。 「藤原君がいろいろまとめてくれた資料なんだけどね。」と、伊崎はいたずらっぽく笑った。 「え、勝手に使っちゃっていいんですか?」 「もちろん。有効活用した方が藤原君の努力も報われるでしょ?」 気まずそうな桜井を余所に、伊崎は表を指さした。 【金融資産・金融負債・資本性金融商品の定義】 《金融資産》 ● 現金 ● 他の企業の資本性金融商品 ● 次のいずれかの契約上の権利 a) 他の企業から現金又は他の金融資産を受け取る。 b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に有利な条件で他の企業と交換する。 ● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性のある契約のうち、次のいずれか a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を受け取る義務があるか、又はその可能性があるもの b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性のあるもの 《金融負債》 ● 次のいずれかの契約上の義務 a) 他の企業に現金又は他の金融資産を支払う。 b) 金融資産又は金融負債を当該企業にとって潜在的に不利な条件で他の企業と交換する。 ● 企業自身の資本性金融商品で決済されるか又は決済される可能性がある契約のうち、次のいずれか a) デリバティブ以外で、企業が企業自身の可変数の資本性金融商品を引き渡す義務があるか又はその可能性があるもの b) デリバティブで、固定額の現金又は他の金融資産と企業自身の固定数の資本性金融商品との交換以外の方法で決済されるか、又はその可能性があるもの 《資本性金融商品》 ● 企業の全ての負債を控除した後の資産に対する残余持分を証する契約 「これが・・・全部・・・定義・・・なんですか?」 金融資産と金融負債の定義を見て驚く桜井に、伊崎は笑顔で頷いた。 「うーん、金融資産の上2つにある『現金』とか『他の企業の資本性金融商品』までは理解できますけど、それ以降は読む気も出ないんですが・・・。あ、でも、金融資産の定義の一部が金融負債の定義と対の関係になっているのは分かります。」 桜井は、小さい文字に目を凝らしながら字面を追うが、正直言葉が頭に入ってくる気がしなかった。 ◆金融商品の範囲は広い 「でしょ。定義も大事なんだけど、今はどういうものが金融資産、金融負債、資本性金融商品なのか、ってことが分かれば大丈夫だよ。」 そう言うと、伊崎が新しい表を桜井に見せた。 【金融資産・金融負債・資本性金融商品の具体例】 《金融資産》 現金 売掛金 受取手形 有価証券 貸付金 etc. 《金融負債》 買掛金 支払手形 借入金 未払金 デリバティブ負債 etc. 《資本性金融商品》 株式 その他、金融負債(又は金融資産)に該当しないもの 「へぇ!確かに僕にはこっちの方が理解できます。資本性金融商品って株式のことを言うんですね。」 桜井の言葉に伊崎は頷きで答えた。 「そうだね。これらの例はほんの一部だけどね。もちろん、金融商品をそれぞれの定義に当てはめて判断するのが基本だということは、忘れないでね。」 「分かりました。でも、現金や売掛金、負債側では未払金まで金融商品になるんですね。僕のイメージでは有価証券だけでした。」 「そうだね。でも、実は日本基準でも、金融商品の範囲はIFRSと大部分は変わらないんだよ。意識しないだけでね。」 「え、そうだったんですか。」 桜井は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。 金融商品の当初認識と当初測定 金融商品の定義 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 減損 「続いて金融商品はいつ認識されるのか、そしてその金額はいくらか、という話に移ろう。」 「はい!」と、話題が変わってほっとした桜井は、勢いよく返事をした。 ◆契約の当事者になった時点で当初認識 「基本的には、企業は金融商品の契約条項の当事者になった時に、金融資産又は金融負債を財政状態計算書に認識することになる。」 「へぇ、契約の当事者になった時点ですね。」 ◆通常の方法による金融資産の売買の場合は、取引日又は決済日で当初認識 「そうだよ。それから、通常の方法による金融資産の売買の場合は、取引日又は決済日のいずれの日に処理するのかを選択して認識するんだ。」 「なるほど。こちらは、取引日か決済日かを選択できるんですね。」 ◆金融商品の当初測定は公正価値 メモを取り終えた桜井が顔を上げた。 「認識のタイミングが分かったら、次は計上額の話ですね。」 「そうだね。基本的には、金融資産及び金融負債は公正価値(fair value)で当初認識するんだ。」 「はい。公正価値で測定するんですね。」 ◆純損益を通じて公正価値で測定するものではない金融資産や金融負債は取引コストも考慮 「ただし、純損益を通じて公正価値で測定するものではない金融資産や金融負債の場合は、金融資産の取得又は金融負債の発行に直接起因する取引コストを加減算する必要があるんだ。」 「あの、『純損益を通じて公正価値で測定する』って、何ですか・・・?」 桜井は首を傾げた。 「これは金融商品の当初測定後の測定基礎の一つなんだけど、具体的には後で説明するから、今は取引コストを考慮するものがある、という理解で大丈夫だよ。」 「はい、分かりました。」 ◆重大な金融要素を含んでいない営業債権は取引価格で当初測定 「それから、重大な金融要素を含んでいない営業債権は、取引価格(transaction price)で測定する必要があるんだ。」 「『重大な金融要素を含んでいない営業債権』ですか・・・?」 またしても知らない用語を聞いた桜井は、眉間に皺を寄せて聞き返した。 「あ、そっか。藤原君はまだ収益認識のところまで教えてないんだね。」 桜井は不安そうな表情のままコクリと頷いた。 「じゃ、次回は収益認識をテーマにしようかな。簡単に説明すると、重大な利息が含まれていない営業債権ってことだよ。話が脱線しちゃうから、詳しい説明は今度にしよう。」 「はい・・・。つまり、重大な利息が含まれていない営業債権なら、公正価値ではなく取引価格で当初測定すればいいんですね。」 「そういうこと。ここまでが金融商品の当初認識と当初測定についてだよ。そんなに変な規定はなかったでしょ?」 「ええ。知らない言葉がありましたけど、このくらいなら僕でもついていけそうです。」 それを聞いた伊崎は、にっこりと頷いて言った。 「そうそう、これも藤原君がまとめてくれた表があるから、使っていいよ。」 【金融商品の当初認識と当初測定】 《当初認識》 契約の当事者になった時点 通常の方法による金融資産の売買 ⇒ 取引日 又は 決済日 《当初測定》 公正価値で測定 純損益を通じて公正価値測定するもの以外の金融資産や金融負債では、取引コストも加減 重大な金融要素を含んでいない営業債権 ⇒ 取引価格で測定 金融資産の分類と測定 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融負債の分類と測定 減損 「さて、次が一番のヤマ場だね。」 「えーと、『金融資産の分類と測定』についてですね。」 桜井は学習項目の表を確認した。 「そうだね。ここで『測定』とあるのは、いわゆる『当初認識後の測定』というものだね。」 そこで伊崎が腕を組んだまま、クルリと桜井の方に椅子を回した。 「桜井君は、「金融資産の分類」と聞いて、何を思い浮かべる?」 「そうですね・・・有価証券だったら、売買目的有価証券とか、満期保有目的債権、その他有価証券という分類でしょうか。」 「日本基準だとそうだね。」 伊崎の返事を聞いて、桜井は尋ねた。 「ということは、IFRSでは分類の方法が日本基準と違うんですか?」 ◆金融資産を2つのモデルに基づいて分類 「そうなんだ。IFRS第9号では、日本基準のように保有目的別に分類するのではなく、 という、2つのモデルに基づいて分類するんだよ。」 「へぇ。日本基準とは違う分類方法なんですね。」 「そういうことだね。そして、その分類に応じて測定方法を決めていくんだ。まずは、フローチャートを見てみようか。」 ファイルをめくろうとした伊崎は、ふと手を止めて桜井の方を見た。 「そうそう、株式の場合は別のフローチャートがあるんだ。だから、これから見ていくフローチャートは、主に債券・債権が対象になるよ。」 「あ、はい。分かりました。では、債券や債権をイメージしながら、フローチャートのプロセスを確認していきます。」 「そうだね。」と、伊崎は笑顔で返した。 【金融資産分類・測定のフローチャート】 伊崎の示したフローチャートを見た桜井は一瞬固まった。 「あ、あのー・・・『CF』 はキャッシュ・フローのことですよね?」 「ああ、そうだね。」 「それと…下にある『FVOCI』と『FVTPL』って・・・何ですか?おしゃれなファッション雑誌みたいな名前ですけど。」 もともと英語は苦手な桜井である。よく使う単語や、短い単語ならなんとか対応できるが、意味不明のアルファベットの羅列に頭が拒否反応を示していた。 「あー、たしかにいきなり見ると、何のことやらって感じになるよね。」 伊崎も英語が苦手な桜井がフローチャートを見て戸惑った理由が分かったようだ。 「はい・・・」 「じゃ、まず先に測定から説明した方が良さそうだね。」 ◆金融資産の3つの測定方法 「一番下のカラフルなボックスは測定基礎を表しているんだ。金融資産では、主に3つの方法で測定されるんだよ。それぞれ簡単に確認にしていこう。」 「はい。」 ◆償却原価は実効金利法によって算定する 「左端から順に説明していくと、まず、実効金利法による償却原価(amortised cost)で測定する方法が1つ目。」 「実効金利法による償却原価、ですね。あれ、確か日本基準だと実効金利の他に、定額法による償却原価を算定する方法も認められていますよね?」 桜井は少し自信なさ気に尋ねた。 「そうだね。でもIFRSでは、実効金利法のみが認められているんだよ。ここも日本基準と違う点だね。」 「へぇ、そうなんですか。」 桜井は納得して、次のボックスに目を移した。 ◆FVOCIは公正価値の変動部分の処理に注意 「それから、2つ目のボックスにある『FVOCI』だけど、これは英語の頭文字を取った表現なんだよ。Fair Value Through Other Comprehensive Income。日本語で言うと、『その他包括利益を通じて公正価値』で測定する方法ってことだね。」 「なるほど。確かに日本語で言うよりアルファベットで表した方が言いやすいですね。」 「でしょ?この測定方法は、言葉の通り、金融資産を公正価値で測定するんだよ。」 「ということは、公正価値の変動により生じた差額は、『その他包括利益』として認識されることになるんですね。」 ところが、伊崎が首を振って言った。 「それがちょっと面倒でね。仮にその金融資産が償却原価として測定されていた場合に純損益として認識する部分については純損益として認識して、それ以外の変動部分についてのみ『その他包括利益』に含めて認識するんだ。」 「えーと、どういうことですか?」 伊崎の説明がすんなり頭に入らなかった桜井は、聞き返した。 「ちょっと説明を要約しすぎちゃったかな。FVOCIで測定する金融資産であっても、実効金利法で算出した金利部分は、『その他包括利益』ではなく『純損益』に認識するんだよ。」 「なるほど。その金利部分が、『償却原価として測定されていた場合に純損益として認識する部分』という表現になっているんですね。」 「そうだね。そして、公正価値の変動額のうち、その金利部分を除いた変動額が『その他包括利益』として認識されるんだ。」 「へぇ。公正価値の変動額を金利部分とそれ以外に区別する必要があるんですね。」 「そういうこと。それから、その金融資産の認識を中止した時に、今までその他包括利益に認識した累計額を、資本から純損益に組替調整することになるんだよ。いわゆる“リサイクリング”というやつだね。」 「はい。つまり、こういうことですね。」 と桜井はノートにイメージ図を描いた。 【FVOCI評価差額の処理】 ◆FVTPLは「純損益を通じて公正価値」で測定すること 「最後のFVTPLも英語の頭文字を取ったものだよ。」 「えーと、頭文字だから、Fair Value Through・・・」 慣れない思考に頭がフリーズしてしまった桜井の言葉を引き受けて、伊崎が説明した。 「Fair Value Through Profit or Lossだね。意味は、『純損益を通じて公正価値』で測定する方法のことだよ。」 「この方法にも何か注意点はあるんですか?」 「いや、ここは安心して大丈夫。」と伊崎は笑って、説明を続けた。 「FVTPLでは、金融商品を公正価値で測定し、それにより生じる利得又は損失は、すべて純損益に認識することになるんだ。」 「なるほど。これでFVOCIもFVTPLの意味も理解できました。」 「それはよかった。アルファベットの単語の意味が分かってスッキリしたところで、さっそくフローチャートの流れの確認に入ろうか。」 桜井は再びフローチャートに視線を戻した。 ◆分類1:事業モデル要件 「まずは、『事業モデル要件』という所ですね。その下に3つのボックスがありますけど、これはどういう意味なんですか?」 「事業モデル要件とは、金融資産の管理に関する企業の事業モデルに基づいて金融資産を分類することなんだけど。」 「はい・・・」 桜井のぼんやりした表情に伊崎は苦笑した。 「それだけじゃ、よく分からないよね。これはね、企業がキャッシュ・フローを生み出すために金融資産をどのように管理しているのかを指しているんだ。すなわち、キャッシュ・フローが生じるのが、 契約上のキャッシュ・フローの回収からなのか 金融資産の売却からなのか その両方からなのか で分けるんだ。」 「あ、なるほど。それが下に続く3つのボックスになるんですね。」 「その通り。」 ◆「CF回収」又は「CF回収及び売却」に該当するものはキャッシュ・フロー要件へ 「では、金融資産のキャッシュ・フローが契約上のキャッシュ・フローの回収か、キャッシュ・フロー回収と売却の双方に該当する場合は、その下に続く『キャッシュ・フロー要件』を検討するんですね。」 ◆「売却」に該当するものはFVTPLで測定 「そうなるね。そして、ここで『売却』に該当する金融資産は、FVTPLで測定することになるんだ。」 「FVTPLってことは、売却によりキャッシュ・フローが生じる金融資産は純損益を通じて公正価値で測定することになるんですね。分かりました。」 桜井は、フローチャートの流れを指で辿りながら確認した。 ◆分類2:キャッシュ・フロー要件 「事業モデルに基づいてその金融資産が契約上のキャッシュ・フローの回収、又は回収及び売却の双方によりキャッシュ・フローが生じるものとして管理されている場合、次の『キャッシュ・フロー要件』の検討に入ることになるのは、大丈夫だね?」 「はい。」 「キャッシュ・フロー要件とは、その金融資産の契約上のキャッシュ・フローが特定の日における元本及び元本残高に対する利息の支払いのみであるかどうかを判定することを言うんだよ。」 そこで桜井が質問した。 「キャッシュ・フロー要件を満たすものと満たさないものって、どんな金融資産が該当するんでしょうか?」 「そうだね。例えば、固定金利の貸付金はキャッシュ・フロー要件を満たすよね。」 「確かに。契約上のキャッシュ・フローは、通常、元本及び元本残高に対する利息の支払いのみですね。」 「それから、キャッシュ・フロー要件を満たさない例としては、転換社債が分かりやすいかな。」 「転換社債ですか?」 「うん。転換社債のリターンは発行者の資本の価値に連動していると考えられるから、キャッシュ・フロー要件は満たさないんだ。」 「なるほど。確かに言われてみればそうですね。」と、桜井は納得して頷いた。 ◆キャッシュ・フロー要件を満たさない金融資産はFVTPLで測定 桜井は、フローチャートに再び視線を戻した。 「キャッシュ・フロー要件を満たせば、さらに下の検討ボックスに移り、この要件を満たさない場合は、えーと、FVTPL、つまり純損益を通じて公正価値により測定することになるんですね。」 伊崎は頷いた後、少し補足した。 ◆キャッシュ・フロー要件はSPPI要件とも言う 「ちなみに、このキャッシュ・フロー要件は『元本及び利息の支払いのみ』という意味の英語、“Solely Payment of Principal and Interest”の頭文字を取ってSPPI要件と言うこともあるんだ。解説書によってはこちらの表現で書いてあるものもあるよ。」 「僕は日本語の方がありがたいですけど・・・」 桜井は伊崎に聞こえないように呟いたつもりだったが、それを聞いた伊崎はくすりと笑った。 ◆「元本残高に対する利息」には管理コストや利益マージンも含まれる 「それから、『元本残高に対する利息』については、ちょっと注意が必要かな。」 「注意、ですか?」 「うん。これには、貨幣の時間的価値や信用リスクの他にも、融資リスクや管理コスト、利益マージンも含まれることになるんだよ。」 「へぇ。単純に貨幣の時間的価値や信用リスクだけではないんですね!」 ◆公正価値オプション フローチャートを確認した桜井は、首を傾げた。 「あれ?そう言えば、金融資産は2つのモデルに基づいて分類するんですよね?フローチャートでは、その下にまだ『公正価値オプション』という分岐がありますけど・・・」 「ああ。公正価値オプション(fair value option)とは、金融資産をFVTPLで測定することができるというオプションのことだよ。」 「へぇ、そんなオプションがあるんですね。」 ◆公正価値オプションを選択できる条件 「公正価値オプションは、どんな金融資産でも選択することができるんですか?」 桜井の質問に、伊崎は首を横に振った。 「いや、選択するには条件があるんだよ。この公正価値オプションは会計上のミスマッチを解消又は大幅に低減できるときに選択できるんだ。金融資産ごとに選べるんだけど、一度選択したら取り消しはできない点に注意が必要だね。」 ◆「会計上のミスマッチ」とは? 「あの、『会計上のミスマッチ』って何ですか?」 「会計上のミスマッチとは、資産や負債の測定や、それらに係る利得や損失を異なる測定基礎を使った場合に生じる不整合のことを言うんだ。」 「はぁ。」と、桜井は曖昧な相槌を打った。 「例えば、資産が償却原価で測定されていて、それに関連する負債が公正価値で測定されていた場合、それぞれの測定額や資産や負債から生じる利得や損失は対応していないよね。」 「あ、そうか。そこで公正価値オプションを選択して、資産とそれに関連する負債の測定基礎を一致させるんですね。」 伊崎は桜井に向かって頷いた。 「そうだね。測定基礎を一致させることで、より目的適合性の高い情報が提供できると考えられるんだ。」 「なるほど。こんな感じの理解で大丈夫ですか?」 桜井は、伊崎の説明を基に図を描き始めた。 「うん。大丈夫だよ。今はこのくらいの理解で十分じゃないかな。」 「はい、分かりました。」 「ということで、公正価値オプションを選択しない場合は、それぞれ一番下のボックスの『償却原価』又は『FVOCI』で測定することになるんだ。」 「はい。ばっちりです!」 ◆株式の分類と測定 「次は株式の分類のフローチャートだね。」 「そう言えば、株式は別のフローチャートがあるんでしたね。すっかり忘れるところでした。」 伊崎は笑いながら、もう一つのフローチャートを桜井に見せた。 【株式の分類・測定のフローチャート】 「株式の場合は、債券・債権のフローチャートよりシンプルなんですね。えーと・・・」 桜井はフローチャートを眺めながら言葉を続けた。 「まずは、売買目的かどうかで分かれるんですね。」 ◆売買目的の株式はFVTPLで測定 「そう。売買目的で保有している株式はFVTPL、つまり純損益を通じて公正価値で測定されることになるんだ。」 「なるほど。それなら日本基準と似ているので、理解できます。」 ◆OCIオプションの選択 「そして、売買目的で保有していない株式は、『OCIオプション』を選択できる。」 「OCIというと、えーと・・・other comprehensive income・・・だから、『その他包括利益』のことですね。その他包括利益を通じて公正価値で測定することを選べるんですね。」 「そう、よく英語で言えたね。この選択は株式ごとに選択できるんだけど、このオプションも一度選択すると取り消しはできないんだ。」 「はい。分かりました。」と返事をした桜井は、フローチャートの言葉に目を止めた。 ◆株式のFVOCIはリサイクリングしない 「あのー、FVOCIの言葉の下に、『(リサイクリング無)』とありますけど、これはどういう意味なんですか?」 「そこは大事な点だよ。前のフローチャートで説明したFVOCIは、金融資産の認識の中止をした時点でリサイクリングしたよね?」 「はい。認識を中止した時に、それまでその他包括利益で認識した累計額を純損益に振り替えるんですよね。」 「うん。でも、株式のFVOCIは事後的に純損益に振り替えてはならないんだ。利得又は損失の累計額を資本の中で振り替えることはできるけどね。」 「へぇ。なんだかややこしいですね。」 「そうだよね。」と伊崎も笑って答えた。 「でも、このややこしい金融資産の分類と測定はこれでお終いだよ。」 その言葉に桜井はようやくほっと一息をついて、すっかり冷めたコーヒーを一気に飲んだ。 金融負債の分類と測定 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 減損 伊崎も喉を潤すためにコーヒーをひと口飲むと、再び説明を始めた。 「今度は金融負債の分類と測定についてだね。」 「金融負債も金融資産のようにフローチャートで分類していくんですか?」 「いや、ラッキーなことに金融負債の分類はもっとシンプルなんだ。」 それを聞いた桜井は安心した表情を浮かべた。 ◆金融負債の分類 「まず、金融負債の分類で押さえてほしいのは3種類あるんだ。」 「あれ?他にも分類があるってことですか?他の分類は押さえなくても大丈夫なんですか?」 「全部説明するとなると、話が細かくなっちゃうからね。今はこの3つの金融負債を理解しておけば大丈夫だよ。」 と、伊崎はノートを取る桜井に補足した。桜井が書き終わるのを確認すると、伊崎はファイルをめくり新しい表を桜井に見せた。 「では、その3つを確認しよう。」 【金融負債の主な分類】 「えーと、『デリバティブ又は売買目的保有の金融負債』、『公正価値オプションを選択した金融負債』、『その2つ以外の金融負債』に分けているんですね。」 「そうなんだ。では、この3種類の金融負債は、それぞれどう測定するのか、という説明に移っていくよ。」 「はい。」 ◆「金融負債(下記以外)」の測定は償却原価 「まず、表の一番上にある『金融負債(下記以外)』は、償却原価で測定されるんだ。これが金融負債の基本となる測定基礎だよ。」 「なるほど。基本だから、『金融負債(下記以外)』と書かれている金融負債が表の一番上にあるんですね。」 「そうなんだ。償却原価以外で測定される金融負債が、これから説明する項目だよ。」 ◆デリバティブ又は売買目的の金融負債はFVTPLで測定 「続いて、2つ目にある『デリバティブ又は売買目的保有の金融負債』はFVTPL、つまり純損益を通じて公正価値で測定することになる。」 「はい。これは金融資産と同じなので、セットで覚えられますね。」 「そうだね。」 ◆公正価値オプションを選択した金融負債の測定に注意 「ただ、『公正価値オプションを選択した金融負債』の方は、ちょっと変わっていてね。」 「どう変わっているんですか?」 「公正価値オプションを選択しているわけだから、当然測定は公正価値で行われる。ここまではいいね?」 「はい。大丈夫です。」 桜井はコクリと頷いた。 ◆公正価値の変動額を信用リスクによる変動とそれ以外に分けて処理する 「そして、金融負債の公正価値の変動額のうち、信用リスクに対応する額はその他包括利益に表示するんだけど、変動額の残りの金額は純損益に表示することになるんだ。」 「へぇ。金融資産の測定で教えてもらったFVOCIみたいに、変動額を分けて処理する必要があるんですね。」 「そうだね。ここまでならまだいいんだけど、さらに条件があるんだ。」 「え、まだあるんですか?」 ◆会計上のミスマッチが拡大する場合には変動額を全額純損益処理する 伊崎は頷いて、説明を続けた。 「この会計処理によって会計上のミスマッチを創出したり、拡大したりすることになる場合には、その金融負債に係るすべての変動額を純損益として表示しなければならないんだ。」 それを聞いた桜井の表情が曇った。 「うーん・・・公正価値オプションを選択した金融資産の時と違って、ちょっと複雑ですね。」 【公正価値オプションを選択した金融負債の公正価値変動額の処理】 ◆公正価値オプションを選択した金融資産との共通点 「そうなんだよね。ちなみに、この測定方法も金融商品ごとに選択できるんだけど、一度選択したら取り消しはできないし、さらにリサイクリングも禁止されているんだ。」 「へぇ。そこは公正価値オプションを選択した金融資産と同じなんですね!」 「金融負債の分類と測定については、こんな感じかな。今までの説明を図でまとめると、この表のようになるね。」 「はい、分かりました。」 【金融負債の分類と測定】 《金融負債(下記以外)》 ● 償却原価 《デリバティブ又は売買目的保有の金融負債》 ● FVTPL 《公正価値オプションを選択した金融負債》 ● 公正価値 ● 公正価値の変動額に関する処理 ▷ 信用リスクを起因する変動⇒その他包括利益 ▷ その他の変動⇒純損益 ▷ 会計上のミスマッチを創出又は拡大⇒すべて純損益 ● リサイクリング無し 減損 金融商品の定義 金融商品の当初認識と当初測定 金融資産の分類と測定 金融負債の分類と測定 「最後の項目は、『減損(impairment)』だね。」 そこで桜井は不思議に思った。 「あれ?減損会計って確か、IAS第36号にもありましたよね?IFRS第9号でも減損に関する規定があるんですか?」 「そうなんだよ。そこは藤原君に教えてもらったみたいだね。ただ、IFRSで言う減損の概念は日本基準よりも広くてね。ここでの『減損』は損失評価引当金、つまり日本基準で言う貸倒引当金も含んだ概念なんだ。」 「なるほど。そういうことですか。」 ◆IFRS第9号では「予想信用損失モデル」を採用 「このIFRS第9号の減損に関する規定は、『予想信用損失モデル』を採用しているんだ。」 「『予想信用損失モデル』ですか?」 桜井は首を傾げた。 「そう。『予想信用損失モデル』では、金融商品の当初認識時からの信用リスクの変動に応じて予想信用損失を認識することになるんだ。」 「へぇ。ところで、信用損失って、「回収できない金額」という理解で大丈夫なんでしょうか?」 「そうだね。信用損失は、契約上のキャッシュ・フローと受取見込のキャッシュ・フローとの差額を実効金利で割り引いたもの、というのが基本的な定義だね。」 「なるほど。実効金利も考慮するんですね。」 ◆適用範囲 「さて、ではどういう規定になっているのか、見ていこうか。」 「はい。」 「まずは、この規定が適用されるのは、この表にある6項目だよ。」 伊崎は、桜井に新しい表を見せた。 【IFRS第9号 減損の適用範囲】 「へぇ。」 「リストの後半部分は今回説明していないけど、今はリストにある、『償却原価で測定される金融資産』、『FVOCI(リサイクリング有)で測定される金融資産』、『リース債権』、『契約資産(contract asset)』に適用されるってことが分かれば大丈夫。」 「この表で言うと、上4つがIFRS第9号の減損を適用することになると押さえておけばいいんですね。あれ?このリストを見ると・・・えーと、FVTPLで測定する金融資産は含まれないんですね。」 「そうなんだ。FVTPLで測定する金融資産の帳簿価額は常に公正価値だし、その差額も純損益で認識しているから、減損する必要がないからね。」 「あ、そうか。なるほど。」 「それから、『契約資産』は初めて聞いた言葉だよね?」 「はい。」と、桜井は素直に頷いた。 「これはIFRS第15号の収益認識に関する基準に説明があるんだけど、今はこういうものがあるんだ、という理解で大丈夫だよ。」 「分かりました。」 ◆一般的アプローチ 「では、まずは原則的な方法から行くよ。基準では『一般的アプローチ』と表現されているね。」 「はい。」 ◆金融資産を信用リスクに応じて3つのステージに分類 「まず、金融資産を信用リスクに応じてステージ1から3に分けるんだ。当初認識時はステージ1だね。その後信用リスクが著しく増大した場合、ステージ2へ振り替えられる。最後のステージ3は信用減損が発生した場合だね。それらのステージに応じて損失評価引当金の計上額が違うんだ。」 「へぇ。ステージが変わるタイミングは、『信用リスクの著しい増加』と『信用減損』があった時なんですね。」 ◆減損利得又は減損損失は純損益に認識 「そういうことだね。そして、報告日現在の損失評価引当金を修正するために必要となる予想信用損失額、又は戻入額を減損利得又は減損損失として、純損益に認識するんだ。」 「はい・・・」 桜井は少し不安な様子だ。 「まぁ、言葉で言ってもイメージが湧かないだろうから、図で確認してみよう。」 伊崎はそういうと、新しいファイルを差し出した。 【減損:一般的アプローチのまとめ】 ◆当初認識時はステージ1に分類 「まず、ステージ1に分類された金融商品では、損失評価引当金を12ヶ月の予想信用損失(12-month expected credit loss)に等しい金額で測定するんだ。」 「へぇ。認識した時点から引当金を計上することになるんですね。」 「そうなんだ。この『12ヶ月の予想信用損失』とは、全期間の予想信用損失のうち、報告日後12ヶ月以内に生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失の部分のことだよ。」 「はい。」 「ちなみに、この予想信用損失もExpected Credit Lossという英語表記の頭文字を取ってECLと表記している本もあるんだよ。」 「え・・・またイニシャルシリーズですか・・・」 桜井は、大きなため息を吐くと、念のためECLについても忘れないようにメモを取った。 ◆ステージ2は信用リスクに著しい増大が生じた場合 「次に、信用リスクの著しい増大がある場合には、ステージ2に分類するんですよね。この時の損失評価引当金はどうなるんですか?」 桜井は気を取り直して伊崎に質問した。 「ステージ2では、全期間の予想信用損失(life-time expected credit loss)、つまり、その金融商品の予想存続期間にわたるすべての生じ得る債務不履行事象から生じる予想信用損失に等しい金額で引当計上されるんだよ。」 「へぇ!計上対象となる期間が一気に増えるんですね。」 ◆信用リスクの著しい増大の判定 「それから、信用リスクの著しい増大はどうやって判定するのか、ということについて、基本部分だけ少し補足するね。」 「あ、はい。」 「まず、信用リスクが増えたかどうかは当初認識時点の信用リスクと比べて判断する。つまり、その金融商品の予想存続期間にわたる債務不履行リスクが増加したかどうかで判断することになるんだ。」 「はぁ。」と、桜井は不安そうに相槌を打った。その顔を見て、伊崎はクスリと笑った。 「今はすべてを理解する必要はないから、安心していいよ。じゃ、もうちょっと具体的な話をしようか。」 「はい、お願いします。」 桜井の表情が少し明るくなった。 「IFRSでは、信用リスクが著しく増大したかの判断について、2つの運用上の便宜が設けられているんだ。」 「一体どんな内容なんですか?」 「1つ目は、例えば、『投資適格』と外部で格付けされているような、信用リスクが低いと報告日現在で判断される金融商品の場合には、信用リスクが当初認識以降に著しく増大していないと推定することができる。」 「へぇ。」 「2つ目は、契約上の支払の期日経過が30日超である場合は、その金融資産に係る信用リスクが当初認識以降に著しく増大しているという反証可能な推定ができるんだよ。」 「なるほど!これなら僕でもイメージできますね。」 伊崎はほほ笑んで頷いた。 ◆信用減損が発生したらステージ3へ 「では、続いてステージ3だね。」 「はい。ステージ3は信用減損が発生した場合に分類されるんですよね。さっきから気になっていたんですが、『信用減損』って何ですか?」 「『信用減損(credit-impaired)』とは、金融資産の見積り将来キャッシュ・フローに不利な影響を与える1つ又は複数の事象が発生している場合のことを言うんだ。」 「はぁ・・・不利な影響を与える事象、ですか・・・」 桜井がイメージをつかみ切れないでいる様子を見て、伊崎は具体的な例を付け加えた。 「例えば、債務者が重大な財政的困難に陥ったり、債務不履行などの契約違反があったりした時なんかが分かりやすいかな。」 「なるほど。でも表を見ると、損失評価引当金の計上額はステージ2と同じですけど、ステージ2とステージ3で何が違うんですか?」 「そうだね。ステージ2と同様に損失評価引当金は全期間の予想信用損失額を計上するんだけど、その下のボックスを見てごらん。」 「えーと、利息の認識ですか?・・・あ、ステージ1とステージ2では、損失評価引当金控除前の帳簿価額に実効金利を乗じて利息を算定しますけど、ステージ3だけは、損失評価引当金控除後の帳簿価額に実効金利を乗じるんですね。」 「そういうこと。ステージ2とステージ3で、利息の算定式が違うよね。ステージ3でも利息は計上されるんだけど、その金額がステージ2よりも少なくなるんだ。」 「なるほど。そういうことなんですね。」 ◆簡便法の「単純化したアプローチ」 「それにしても、対象となるすべての金融商品を分類して、予想信用損失を見積もるのは実務的に考えると大変そうですね。」 桜井は一般的アプローチの表を眺めながら言った。 「そうだよね。そもそもこの一般的アプローチは、金融機関を念頭に置いているからね。」 「へぇ、そうなんですか。」 「だから、特定の金融資産については簡便法が設けられているんだよ。」 「それは、ありがたいです!」 ◆簡便法を使えるのは営業債権、契約資産、リース資産のみ 「ところで、すべての金融資産について簡便法が使えるんですか?」 「それなんだけどね、簡便法、つまり、基準の言葉で言うところの『単純化したアプローチ』を採用できる金融資産は、営業債権、契約資産、そしてリース資産の3つの金融資産に限定されているんだ。」 「なんだ。そうなんですか。」 ◆重要な金融要素のない営業債権及び契約資産は常に単純化したアプローチを適用 「まず、『重要な金融要素のない営業債権及び契約資産』。これは単純化したアプローチを適用しなければならない。」 「そこは強制なんですね!『重要な金融要素がない』とは、確か重要な利息が含まれていないって解釈すればよかったんですよね?」 桜井は、先ほど伊崎の説明を思い出しながら確認した。 「そう、よく覚えていたね。」 伊崎の言葉を聞いて、桜井は照れ臭そうに頭を掻いた。 ◆重要な金融要素がある営業債権及び契約資産、リース債権は会計方針の選択で適用可 「それから、重要な金融要素のある営業債権及び契約資産でも、簡便的なアプローチを会計方針として選択した場合は簡便法が使えるんだ。」 「では、最後のリース資産はどうなんですか?」 「これも単純化したアプローチを会計方針として選択すれば、リース債権でも適用対象になるんだよ。」 「なるほど。重要な金融要素がある営業債権及び契約資産とリース資産に単純化したアプローチを適用するには、会計方針として選択する必要があるんですね。」 「そうだよ。」 ◆単純化したアプローチの下では、損失評価引当金=全期間の予想信用損失 「そして単純化したアプローチでは、常に損失評価引当金を全期間の予想信用損失に等しい金額で測定することになるんだ。」 「へぇ。単純化したアプローチでは、ステージを1~3に分けなくてもいいというわけですね。」 「そうだね。図でまとめるとこんな感じかな。」 これも藤原先輩が作成した表なんだろうな、と思いながら桜井は伊崎が示した表を眺めた。 【減損:簡便的アプローチのまとめ】 「さて、以上が駆け足だけど、IFRS第9号の基礎の基礎だよ。」 桜井はふぅ、と息を吐いた。 「ありがとうございました。とてもじゃないけど、自分1人だったら理解できなかったと思います。」 桜井は苦笑交じりに言った。 「基礎が分かれば、あとは肉づけしていけばいいからね。頑張って。」 伊崎は笑った後、再び口を開いた。 「それに、自力で全部やる必要はないんだよ。IFRSの勉強にしても、仕事にしてもね。そのためのチームでしょ?」 「チーム、ですか・・・」 「そうだよ。桜井君も今や経理部の重要な戦力だからね。2年前なんて散々だったけどねー」 「そ、それは言わないでくださいよっ!」 「あの時なんて・・・」と過去の恥ずかしいエピソードを次々と並び立てる伊崎を、桜井は慌てて止めに入る。そこへ橋本がコーヒーを片手に出社してきた。 「あら、珍しい組み合わせね。」 橋本の席を借りていた桜井は慌てて立ち上がり、席を譲る。 「おはようございます。席をお借りしていました。どうぞ。」 「あら、大丈夫よー。ゆっくりしていっても。」 セリフとは裏腹に橋本はさっと荷物を机に置く。そして伊崎と桜井を交互に見た後、伊崎ににっこり笑いかけた。 「伊崎さん、上手くやれたようね。」 「だと思うよ。」と伊崎も橋本に負けない笑みを返す。 「???」 2人の会話の意味が分からない桜井は、その場の雰囲気になぜか居たたまれなくなった。そして、「では、僕はこれで失礼します。」と頭を下げると、桜井はそそくさと自分の席に戻って仕事に取り掛かることにした。 【金融商品の当初認識と当初測定】 《当初認識》 契約の当事者になった時点 通常の方法による金融資産の売買 ⇒ 取引日 又は 決済日 《当初測定》 公正価値で測定 純損益を通じて公正価値測定するもの以外の金融資産や金融負債では、取引コストも加減 重大な金融要素を含んでいない営業債権 ⇒ 取引価格で測定 【金融資産分類・測定のフローチャート】 【金融負債の分類と測定】 《金融負債(下記以外)》 ● 償却原価 《デリバティブ又は売買目的保有の金融負債》 ● FVTPL 《公正価値オプションを選択した金融負債》 ● 公正価値 ● 公正価値の変動額に関する処理 ▷ 信用リスクを起因する変動⇒その他包括利益 ▷ その他の変動⇒純損益 ▷ 会計上のミスマッチを創出又は拡大⇒すべて純損益 ● リサイクリング無し 【減損:一般的アプローチのまとめ】 【減損:簡便的アプローチのまとめ】 (了)
〔経営上の発生事象で考える〕 会計実務のポイント 【第13回】 「従業員の大量退職、退職給付制度の移行があった場合」 仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮 1 従業員が大量退職した場合の会計処理 《解説》 ① 大量退職の概要 「大量退職」とは、工場の閉鎖や営業の停止等により、従業員が予定より早期に退職する場合であって、退職給付制度を構成する相当数の従業員が一時に退職した結果、相当程度の退職給付債務が減少する場合をいう。 大量退職は、退職給付制度間の移行又は制度の改定に起因するものではないが、退職給付債務を著しく減少させるため、退職給付制度の終了と会計上、類似の事象と考えられている(詳細な会計処理については〔設例〕参照)。 【大量退職イメージ図】 なお、大量退職に該当するか否かは、一律に示すことは困難である。例えば、構成従業員が退職することにより概ね半年以内に30%程度の退職給付債務が減少するような場合には、これに該当することが多いと考えられるが、当該企業の実態に応じて判断すべきものである(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第25項)。 また、平均残存勤務期間を数理計算上の差異に係る費用処理年数として採用する場合で、大量退職により平均残存勤務期間の再検討を行った結果、平均残存勤務期間が短縮又は延長されたことにより、再検討後の年数が従来の費用処理年数を下回る又は上回ることとなったときには、費用処理期間を短縮又は延長する(退職給付に関する会計基準の適用指針 第40項)。 ② 早期割増退職金の費用処理 今回の事例のように臨時で早期退職支援制度が実施される場合には、早期割増退職金に関する給付を事前に予測できず、退職給付債務の計算に考慮することができていないことが想定される。 早期割増退職金は、早期退職支援制度の周知により、従業員が応募し、当該金額が合理的に見積もられる時点で費用処理する。決算日時点で金額の合理的な見積りが可能な場合には退職給付引当金として計上することも考えられるが、応募状況や労使関係の状況等によって慎重な判断が必要となる場合がある。なお、合理的に見積もることができない場合には支払時に費用処理することになる(退職給付に関する会計基準の適用指針 第10項、退職給付制度間の移行等の会計処理に関する実務上の取扱い Q3)。 2 確定給付型から確定拠出型へ制度の移行 (1) 退職給付債務の減少に伴う処理 《解説》 確定給付型の制度では、年金資産の運用責任は企業にあることから、通常、資産運用は個人ごとではなく、合算して行われる。一方で、確定拠出型の制度では、年金資産の運用責任は個人にあるため、制度の移行に伴って資産の移転を行う必要がある。 確定給付型から確定拠出型へ制度移行した部分について、事業主は追加的な拠出を行う必要がなくなるため、このような制度移行は、退職給付制度の終了の会計処理が適用されることになり、退職給付債務の消滅の認識を行うことになる。 なお、退職給付債務の消滅の認識額と年金資産の移転額との差額は退職給付制度の終了という同一の事象に伴って生じたものであるため、原則として、一時の損益として特別損益に純額で表示する。 退職一時金制度から確定拠出制度へ移行する場合、事業主からの現金拠出の確定額は、事業主において未払金等として計上されることになるが、利息相当額が明示されている場合には純額を債務額とし、利息相当額は時間の経過に伴い、発生基準にて計上することがより適切である(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第11項及び第23項)。 (2) 未認識項目の未処理額の移行時の処理 《解説》 未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額は発生原因を分析し、その結果、終了部分に個別対応することが明らかな部分については、終了した時点において損益として認識することになる。一方、原因別の対応額を特定することが困難である場合には、終了した時点における退職給付債務の比率により按分することになる。 なお、退職給付制度の終了という同一の事象に伴って生じた損益であるため、上記(1)と同様に、原則として、特別損益に純額で表示する(退職給付制度間の移行等に関する会計処理 第30項)。 〔設例〕 当社は従来退職一時金制度を採用していたが、当期首に一部を確定拠出制度へ移行した。 移行前の退職給付債務は1,500百万円、移行後の退職給付債務は900百万円と算出された。 なお、移行に伴い事業主から確定拠出制度へ580百万円の移転額が確定し、当期首から5回に分けて毎期首毎に116百万円ずつ計580百万円拠出することとした。 (※) 税効果は考慮しない。 [会計処理] 退職給付債務の減少に伴う処理 制度移行した部分について退職給付債務の消滅の認識を行う。 終了した部分に係る退職給付債務(1,500百万円-900百万円=600百万円)と事業主からの移転額(580百万円)との差額(20百万円)を損益として認識する。 未認識項目の未処理額の移行時の処理 A:移行前後の退職給付債務割合で按分 → (900/1,500)*50=30 B:移行前後の退職給付債務割合で按分 → (900/1,500)*100=60 【検討事項のチェックリスト】 ~従業員の大量退職、退職給付制度の移行があった場合~ ※画像をクリックすると、別ページでPDFファイルが開きます。 (了)
[平成29年1月1日施行] 改正育児介護休業法のポイントと実務対応 【第1回】 「介護関係の改正ポイント①」 特定社会保険労務士 岩楯 めぐみ 「平成28年版高齢社会白書」(厚生労働省)によると、平成27年10月1日現在の日本の高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の割合)は26.7%と世界で最も高く、現役世代(15~64歳)2.3人で高齢者1人を支える社会となっている。少子高齢化が進む中、この傾向は増々進行し、2060年には高齢化率が40%近い水準になると推計されている。 このような環境下において、現役世代が育児や介護のために就労を諦めて離職することがないよう、「就労」と「育児・介護」の両立を支援するため、育児介護休業法が改正され、平成29年1月1日から施行されている。 今回は、その改正ポイントと実務対応について、6回にわたってご紹介したい。 【第1回】と【第2回】では、今回の改正で大幅な変更が加えられた介護関係について、次の6つの項目に分けて内容を確認していきたい。【第1回】は、最初の3つの項目についてみていく。 【第1回】 介護休業の分割取得 有期契約労働者の取得要件緩和 対象家族の範囲拡大 【第2回】 介護休暇の半日単位取得 選択的措置の期間延長等 所定外労働の制限(新設) 1 介護休業の分割取得 (1) 取得回数 改正前は、介護休業は、対象家族1人につき、通算93日以内で、要介護状態に至るごとに原則1回とされ、同一の要介護状態においては、基本的には一度しか休業を取得することができなかった。例えば、介護が必要になった最初の段階で休業を取得した場合、その後復職し、さらに同一の要介護状態の中で二度目の休業が必要になった場合でも、それに対応して再度の休業を取得することはできなかった。 しかし、介護は長期にわたり、介護開始から介護終了までの様々な段階で休業が必要な場面が想定され、これまで二度目の休業が必要な場合には、離職を選択せざるを得ない状況となっていた。 改正後は、要介護状態に至るごとに原則1回取得できるという考え方を廃し、介護の始期、終期、その間の期間のそれぞれに対応する観点から、通算93日以内で、最大3回に分割して休業を取得することができるようになっており、同一の要介護状態においても二度目の取得が可能となっている。 (2) 休業期間 休業期間は改正前と同様で、対象家族1人につき、通算93日以内となっている。 休業期間の長さは改正前と変わらないが、改正前は、介護休業を取得しない期間に活用することができる選択的措置(詳細は【第2回】で説明)を利用した場合にはその期間も合わせて通算93日以内とされていたが、改正後は、選択的措置の期間は別で考えることとなり、介護休業のみで通算93日以内となっている。 (3) 期間・回数の通算 休業期間・回数は、改正前に取得した休業期間・回数も通算される。 よって、改正後に取得できる休業期間・回数を例示すると次の通りとなる。 《例1》 改正前に同一の対象家族について介護休業を1回(30日)、選択的措置を1回(63日)取得していた場合 ⇒ 改正後は、同一の対象家族について介護休業を最大2回・通算63日まで取得できる。 《例2》 改正前に同一の対象家族について介護休業を1回(93日)取得していた場合 ⇒ 1回しか取得していないが、すでに休業期間の上限に達しているため、改正後は介護休業を取得できない。 《例3》 改正前に同一の対象家族について介護休業を3回(通算70日)取得していた場合 ⇒ 休業期間は70日しか取得していないが、すでに取得回数の上限に達しているため、改正後は介護休業を取得できない。 上記例にあるように、改正前の休業期間・回数も含めて、同一の対象家族について介護休業を3回取得した場合、又は、同一の対象家族について休業期間が通算93日となった場合のいずれかに該当したときは、同一の対象家族については再度の介護休業は取得できないこととなる。 (4) 撤回後の再度の申出 改正前は、同一の対象家族における同一の要介護状態において介護休業の申出を撤回した場合は、原則1回に限り再度の申出ができることとされていたが、改正後は、事情が変化しやすい介護の実情を踏まえて、1回の介護休業の申出につき1回は撤回しても再度の申出ができることとし、同一の対象家族について2回続けて撤回した場合は、雇用管理への影響等を考慮して再度の申出を拒むことができるとされている。よって、同一の対象家族について2回連続で撤回しない限り、複数回、再度の申出をすることができることとなっている。 (※) 「【平成29年1月1日施行対応】育児・介護休業法のあらまし」(厚生労働省)より抜粋 2 有期契約労働者の取得要件緩和 介護休業の取得が可能な有期契約労働者について、以下の通り、判断しづらい②の要件が削除され、また、更新されないことが明らかでない期間が短縮され、取得可能な対象者が拡大されている。 ◆改正前の有期契約労働者の要件(以下のすべてを満たす者) ① 入社1年以上であること ② 介護休業を開始しようとする日から 93日を経過する日(93日経過日)を超えて雇用関係が継続することが見込まれること ③ 93日経過日から 1年を経過する日までに労働契約期間が満了し、更新されないことが明らかでないこと ◆改正後の有期契約労働者の要件(以下のすべてを満たす者) 入社1年以上であること 介護休業を開始しようとする日から起算して93日を経過する日から6ヶ月を経過する日までの間に、労働契約期間が満了し、更新されないことが明らかでないこと 3 対象家族の範囲拡大 介護休業等の介護に関わる制度の対象となる家族(対象家族)は、以下の家族であるが、改正前は②の家族については「同居かつ扶養」の要件が付されていた。しかし、世帯構造の変化等を踏まえて、同居していない兄弟姉妹等の家族の介護が必要な場面も今後想定されることから、改正後は、当該家族についても「同居かつ扶養」の要件が廃止され、対象家族の範囲が拡大されている。 ◆対象家族の範囲 ① 配偶者、父母、子、配偶者の父母 ② 祖父母、兄弟姉妹、孫 * * * 次回は、残りの3つの項目について確認する。 (了)
税理士業務に必要な 『農地』の知識 【第5回】 「生産緑地」 税理士 島田 晃一 前回の都市計画法の解説において、補助的地域地区の一つとして生産緑地地区が定められることについて取り上げた。今回はこの生産緑地について、もう少し詳しく解説していきたい。 1 生産緑地の概要 「生産緑地」とは、市街化区域内にある一団の農地について、都市計画法に基づき市町村の指定を受けたものをいう。その運用については生産緑地法に則っている。ただし、市から生産緑地の指定を受けるためには、一団の農地の面積が500㎡以上である必要がある。 この場合、一人の所有する農地が500㎡以上でなければならないというわけではなく、隣接する農地の所有者と併せた「一団」の農地の面積が500㎡以上であれば指定を受けられる。なお、次の国会において生産緑地法を改正し、一団の農地の面積を500㎡以上から300㎡以上に引き下げる動きがある。 生産緑地指定を受けた場合、その農地を農地として適正に管理していくことが求められる。 また、生産緑地において建物の建築や宅地造成はできない(農機具庫等の農業施設については許可を受けた場合建築可)。仮に法律に違反して建物を建築したときは、これを取り壊し、原状回復しなければならない。 三大都市圏の特定市(前回参照)の市街化区域内においては、平成3年の生産緑地法改正に基づき、該当農地所有者が生産緑地かそれ以外の農地にするかを選択し、平成4年に指定が行われた。 ただし、この段階で生産緑地指定を受けていなくても、面積要件などをクリアしていれば追加指定が行われる場合もある。特に近年においては、都市における緑地の保全や災害時における避難場所として積極的に生産緑地の追加指定を働きかけている市もある。 また、平成4年以降に新たに三大都市圏の特定市に該当した市については、随時生産緑地指定が行われた。例えば、東京都羽村市、埼玉県吉川市、大阪府阪南市、静岡県静岡市など30の市がこれに該当する。 2 生産緑地指定と税務 生産緑地指定を受けた場合、いくつかの税務上のメリットを受けられる。 1つは固定資産税・都市計画税の減額である。 生産緑地指定を受けていない市街化区域内農地については宅地並評価が行われるのに比べ、生産緑地の指定を受けた農地は農地評価がされる。農地評価はその農地の収益力を基に算出されるため、宅地並評価と比較し、評価額及び税額がかなり低くなっている。 例えば、東京都練馬区のある地域に所在する生産緑地については、600㎡程度の農地の評価額が約14万円、固定資産税及び都市計画税の合計額が約2,500円になっている。 また、平成3年1月1日に三大都市圏の特定市に所在する市街化区域内農地については原則として相続税の納税猶予は受けられないが、生産緑地指定を受けている農地については相続税の納税猶予が受けられる。 3 生産緑地の買取り申出とその後の取扱い 生産緑地指定を受けた農地については、次のいずれかに該当したときは、その農地の買取りを各市に申し出ることができる。 (3)の「農業に従事することができないと認められるとき」とは、例えば両目の失明、精神の著しい障害、神経系統の著しい障害など生産緑地法施行規則に定められた障害を負った場合をいう。判断が難しいときは、市の職員が従事者に面談したり医師の確認が行われる。 市に買取り申出を行った場合、市は1ヶ月以内に買取の有無を農地所有者に通知し、買取りを行わない場合、他の農業従事者に買取りのあっせんを行う。このあっせんの不調により、買取り申出から3ヶ月以内に所有権の移転が行われなかったときは、「行為制限の解除」といい、その土地に係る建築制限や宅地造成の制限が解除される。行為制限の解除の結果、その農地を第三者に売却することも可能になる。 現実には、農地の所在する区域に都市施設の計画がある場合等を除き、買取り申出がされた農地を市が買い取ったり、他の農業従事者へあっせんが行われることはほとんどないので、買取り申出から3ヶ月で行為制限の解除が行われる。 行為制限の解除が行われる際に注意してほしいのは、複数の所有者で500㎡の面積要件を満たしている一団の農地について、そのうちの一人が行為制限の解除を受け、かつ、残りの農地面積が500㎡以下になってしまったときは、残りの農地についても生産緑地指定が解除されてしまうことである。 そのため、このような事例に該当するときは、他の所有者の意向も汲んで買取り申出をしなければ思わぬトラブルになってしまうので、注意されたい。 4 農地所有者に相続が発生したときなど 生産緑地指定を受けた農地の所有者に相続が発生したときは、その農地を相続人がどのように取り扱うかによって対応が異なる。 まず、相続人が後継者になり農業を継続するときは、農地について相続税の納税猶予を選択する場合が大部分であろう。この場合には、遺産分割を早めに行い、農業委員会に「適格者証明書」の発行を受けるための手続きを進めなければならない。 また、平成3年1月1日現在における三大都市圏の特定市においては、納税猶予を受ける際の添付書類として、その農地が生産緑地であることの証明書(「納税猶予の特例適用の農地等該当証明書」)がある。この証明書の発行申請は生産緑地の所在する市の都市計画課等に行う。ただ、この証明書の発行についてはそれほど時間を要しないので、「適格者証明書」の発行を受けるための手続きが優先になる。 一方、農業後継者がいない場合や、いても該当農地の全部又は一部について耕作しないと決めたときは、市に生産緑地の買取り申出を行う。その際、買取申出書の添付書類として遺産分割協議書が必要になる。特にその農地を売却し相続税の納税に充てるときは、前述したように買取り申出から行為制限の解除まで3ヶ月の時間を要することから、早めに遺産分割を終え申出を行う必要がある。 なお、多くの農地は平成4年に生産緑地指定を受けているため、30年後に当たる平成34年(2022年)には、買取り申出が可能になる。いわゆる「2022年問題」といい、買取り申出が多数行われることにより都市農地が宅地として過大に供給され、不動産価格に影響を及ぼす可能性も指摘されている。 生産緑地を所有するクライアントがある場合、このような問題も踏まえ、クライアントとその農地をどのように取り扱うかについて、今のうちから、よく打ち合わせしておく必要があろう。 * * * 以上、生産緑地についてある程度細かい部分も含めて取り上げてきた。生産緑地は都市農地を所有している農家の税務を扱う税理士にとって必須の知識であるため、これを機会にしっかり押さえておきたいところである。 (了)
〔新規事業を成功に導く〕 フィージビリティスタディ10の知恵 【第10回】 「結果を「見える化」することのメリットとは?」 中小企業診断士 西田 純 前回は、特に売上予測について、根拠の裏付けをいかに取っていくか、というお話をしました。今回は主に収益予測について、結果を見える化することの重要性をお話したいと思います。 ▷ 数字だけでは伝わりにくい 【第7回】でお伝えしたように、収益性分析と感度分析を合わせて検討することで、事業の収益性についておおよそのイメージを掴むことができるのですが、計算結果そのものを数字で表すだけでは、意外に伝わりにくかったりする、という弱点を残したままになることに注意する必要があります。 あまり数字に強くない人でも、自分が行った計算については比較的その意味を理解しやすいので、結果についてはつい数字のままで報告してしまいがちですが、他人が行った計算の結果、というのは意外にすんなりとは消化しづらいものだったりします。 悪いことに、数字への感度は人によってバラつきがあり、同じデータを見せても目の付け所や反応が大きく異なる、というやっかいな点があります。以下の表をご覧ください。 これは粗利益率と販売管理費率について、とある4年間の推移を数字で表したものですが、粗利益率が最終的に1.2ポイントほど悪化していく中で、経費率は横ばいのままである、という推移が見て取れます。この表を見ただけでは、さほど大きな変化には見えないかもしれませんが、これらの差として算出される営業利益率は1年目が3%だったのに、4年目は1.8%と、相対的に見れば4割も減少しているのです。『営業利益4割減』をこの表から直接的に読み取るのは簡単ではありません。 更に言うと、予測値としてまとめるべきは、あなたが担当者として計算した粗利益率や、管理部からヒアリングしてきた販売管理費率ではなく(これらはあなたが知っておけばよい数字です)、意思決定者に伝えるべき営業利益率そのものであることは論を待たないと思います。 ▷ グラフを使ったシミュレーション それではどのようにすると伝わりやすくなるのか、ということですが、これはビジュアル化するのが一番です。そして、そのために使うべきは、エクセルのグラフ機能です。 このグラフを見ると、営業利益がむこう4年間にわたって右肩下がりで減少すると予測されていることが一目瞭然になります。これではいけない、ということで何か対策を打って、粗利益率を改善した場合のシミュレーションをしてみましょう。 仮に、3年目と4年目に粗利益率が0.5%ずつ向上したとすると、こんなグラフになります。 前のグラフでは明らかに右肩下がりだったものが、3年目にぐっと上向いていることが判ります。変化を目に見えるようにすることの、明らかな効用です。 でも、まだこれでは最終的に4年目の違いが見えづらいですね。そのためには同じ土俵で直接比較してあげる必要がありそうです。 これらを比較するには、こんなグラフが適しているかもしれません。 どうです、ずいぶんとわかりやすくなったと感じませんか? これを経営者目線で見るといくつかのことがアタマに浮かびそうです。①改善策の効果が現れるまでには3年目まで待たなくてはならないのか、②3年目は良いとして、4年目の改善幅はもう少し何とかならないものだろうか、③1年目から2年目への落ち込みはどうにかして回避できないものだろうか、などです。 このような刺激を意思決定者へのメッセージとして直接的に伝えるため、数字はぜひグラフ化してみることをお勧めします。 またエクセル上に元データを持っておけば、数値をいじるだけでグラフの高さが変化しますので、目に見える形でシミュレーションを行うことが可能になります。売上高ももちろんそうですが、経営者が強い関心を持って注目するのは、何と言っても利益の推移です。なので、プレゼンテーションを準備する側としては、ぜひ利益金額及び利益率についてしっかりとグラフを準備しておくことをお勧めします。 * * * 次回は「公的支援制度を活用するためのポイント(前編)」と題して、時期的に応募機会が近づく公的支援制度への取組みについてお話したいと思います。 (了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第16話】 「贈与税の連帯納付義務」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「・・・それで、受贈者である納税者はどこに行ったんだ!」 田中統括官は厳しい口調で谷垣調査官に尋ねた。 「ええ・・・どうも中国に帰ったらしいのですが・・・」 谷垣調査官は困った表情をする。 「中国に逃げたのか・・・」 田中統括官は諦めたようにつぶやく。 「統括官、ということは、贈与者に対して、受贈者の贈与税を支払ってもらうということになるのですね。」 谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。 「ああ・・・相続税法34条4項に書いてあるからな。」 田中統括官は傍らにある税務六法を開いて確かめる。 「この条文は、本来の贈与税の納税義務者である受贈者が贈与税を支払わなかったときには、贈与者がその贈与税を納付しなければならない、という規定ですよね。」 谷垣調査官が確認する。 「そうだ」 田中統括官はうなずいた。 「しかし、なぜ贈与者が受贈者の贈与税を負担しなければならないのか・・・少し疑問ですね・・・贈与者に連帯納付義務を課していることが良いのでしょうか?」 谷垣調査官は、頸を傾げる。 「君は・・・何を言いたいんだ。」 田中統括官は少し声を荒げる。 「いえ・・・でも、贈与者にそんな負担を強いることが、本当に妥当なんでしょうか?」 谷垣調査官も負けていない。 「私の理解では・・・」 田中統括官は、少し冷静になって話し始める。 「・・・贈与者は、一般的に受贈者と関係が深いので、受贈者が贈与税を支払わない場合、国は受贈者と関係の深い贈与者に連帯納付義務を課し、税金の徴収が漏れないようにしている・・・まあ、徴収の便宜とでもいうのか・・・」 そう言って田中統括官は苦笑する。 「しかし・・・私の担当しているこの贈与税事案については、贈与者と受贈者は全く面識がないのですよ。・・・いや、正確に言うと、既に死んでいる贈与者ではなく、贈与者の相続人と受贈者の間ですけれど・・・」 谷垣調査官は説明を続ける。 「贈与者は平成26年に、受贈者に1億円を贈与しているのです。そして翌年に贈与者は亡くなったのですが、受贈者は贈与税の申告を申告期限までにしていなかった・・・そこで、所轄の税務署から贈与税の申告書の提出を慫慂されて期限後の申告をしたのです。しかし・・・受贈者は税金を支払わずに・・・帰国したらしいのです。」 「贈与者の相続人か・・・」 田中統括官は思案顔になる。 「国税通則法5条1項に納税義務の承継が記されています。」 そう言うと、谷垣調査官も税務六法を開いた。 「この規定によって、被相続人の贈与税の連帯納付義務は相続人が負うことになるのですが、この事案では、実は相続人は、受贈者のことを全く知らないのです・・・」 谷垣調査官の説明を聞いた田中統括官は、頸を傾げて尋ねた。 「被相続人の相続人と受贈者が全く知らないといことは・・・受贈者は被相続人の親戚ではない、ということなのか?」 「ええ。これは私の推測ですが・・・受贈者は被相続人の愛人であった可能性が非常に高いのです・・・何せ、贈与した金額が1億円ですから・・・」 谷垣調査官は断定する。 「そうか・・・その愛人の税金を、相続人が負担する、ということか・・・」 田中統括官は眉間にシワを寄せた。 「国税通則法では、相続人は・・・被相続人の納付若しくは徴収されるべき国税を納める義務を承継する、としか書かれていないから・・・受贈者が被相続人の愛人であったとしても、関係ないということなのだろう。」 田中統括官は諦めたように言う。 「しかし、相続人にこのような連帯納付義務を課するのは、少し可哀想な気がするのですけど・・・」 谷垣調査官は田中統括官を見た。 「私だって君と同じ意見だよ。しかし、法律の規定に従うしかないじゃないか・・・我々公務員である税務職員は・・・」 そう言うと田中統括官は、再び苦笑いを浮かべた。 (つづく)
《速報解説》 既存住宅のリフォームに係る特別控除、 対象工事に「耐久性向上改修工事」を追加 ~平成29年度税制改正大綱~ 公認会計士・税理士 篠藤 敦子 昨年12月22日に閣議決定された「平成29年度税制改正大綱」には、既存住宅のリフォームに係る特例措置の拡充が示されている。 以下、拡充の主な内容について解説を行う。 (1) 見直しの背景 住宅の性能が向上するリフォームを推進することで、耐震性、省エネ性、耐久性に優れた質の良い住宅を増やし、既存住宅の流通市場とリフォーム市場の活性化を図ることが見直しの目的である。 既存住宅のリフォームに係る税制上の特例措置として、現行では所得税に次の2つの制度があり、固定資産税にも軽減措置がある。 (2) 見直し①〈特定増改築等住宅借入金等特別控除の拡充〉 ① 現行制度の概要 (ア) 制度の種類及び適用期間 (イ) 控除額(平成26年4月1日以後分) (※) 上段の金額のうち特定増改築等限度額に係る控除額 ② 見直しの内容 本特例の適用対象となる工事に特定の省エネ改修工事と併せて行う一定の耐久性向上改修工事を加えるとともに、控除率2%の対象となる特定増改築等限度額の範囲に、特定の省エネ改修工事と併せて行う一定の耐久性向上改修工事の費用に相当する住宅借入金等を加えることが示された。 この見直しは、平成29年4月1日から平成33年12月31日までの間に、家屋を自己の居住の用に供する場合に適用される。 なお、上記「一定の耐久性向上改修工事」とは、次に掲げる工事をいう。 (3) 見直し②〈住宅特定改修特別税額控除の拡充〉 ① 現行制度の概要 (ア) 制度の種類及び適用期間 (イ) 控除額 (※) 太陽光発電装置を設置する場合 ② 見直しの内容 本特例の対象となる工事に一定の耐久性向上改修工事で耐震改修工事又は省エネ改修工事と併せて行うものを加えることが示された。見直し後は、耐震改修工事又は省エネ改修工事に係る標準的な費用と耐久性向上改修工事に係る標準的な費用の合計額が上記の表の工事限度額となる。 この見直しは、平成29年4月1日から平成33年12月31日までの間に、家屋を自己の居住の用に供する場合に適用される。 (4) 見直し③〈省エネ改修工事の拡充〉 特定増改築等住宅借入金等特別控除及び住宅特定改修特別税額控除の適用対象となる省エネ改修工事に、次の工事が加えられることが示された。 (5) 見直し④〈耐震改修等を行った住宅に係る固定資産税の減額措置の拡充〉 耐震改修等を行った住宅に係る固定資産税の減額措置について、長期優良住宅の認定を受けて改修されたことを証する書類を添付して市町村に申告が行われた場合には、減額措置を次の通り拡充することが示された。 (了)
《速報解説》 法人・個人の納税地変更等について届出先の削減等、手続を簡素化 ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士 佐藤 善恵 平成29年度税制改正では、納税環境整備の一環として、届出書の提出先や添付書類が省略されるなど、手続きの簡素化が図られることとなった。 これによって、二度手間とも感じられていた作業がシンプルになる。 なお、適用時期については大綱への記載がないため、今後の改正法令等を確認する必要がある。 1 法人税関係 ① 納税地の異動があった場合 現在、法人税について納税地が異動した場合、その法人等は届出書(「異動届出書」)を、異動前と異動後の所轄税務署長にそれぞれ提出しなければならない(法法20)。 ② 法人等が設立された場合 現在、法人等の設立時には、届出書(「法人設立届出書」)を納税地の所轄税務署長に提出することとされており(法法148)、その届出書には次のような書類を添付しなければならない(法規63)。 2 所得税関係 ① 納税地の変更があった場合 現在、所得税の納税地が変更された場合は、その変更前と変更後の納税地の所轄税務署長に対して、届出書(「所得税・消費税の納税地の変更に関する届出書」)を提出しなければならない(※)。 ② 納税地の異動があった場合 現在、所得税について納税地が異動した場合、その者は届出書(「所得税・消費税の納税地の異動に関する届出書」)を、異動前と異動後の所轄税務署長にそれぞれ提出しなければならない(所法20)。 ③ 個人事業の開業・廃業等があった場合 現在、個人事業の開始、又は事務所等の開設、若しくは移転若しくは廃止をした場合、その者は届出書(「個人事業の開業・廃業等届出書」)を、納税地の所轄税務署長に提出しなければならない(所法229)。 現行法によれば、届出先の税務署長は、以下のとおりである(所規98)。 ④ 給与支払事務所等の移転があった場合 現在、給与支払事務所等に移転があった場合、その者は届出書(「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」)を、移転前と移転後の所轄税務署長にそれぞれ提出しなければならない(所法230、所規99)。 3 その他 (了)
《速報解説》 外国税額控除・研究開発税制等は増額更正に応じ税額控除額が増加、 その更正の請求が不要に ~平成29年度税制改正大綱~ 税理士 佐藤 善恵 1 当初申告要件と控除限度額に関する改正の経緯 平成23年12月税制改正以前は、外国税額控除(法法69、所法95)等や試験研究を行った場合の法人税額の特別控除(措法42の4)等は、確定申告書等(※)に一定の事項を記載するなど形式的な要件を満たす必要があった。 (※) 確定申告書等・・・確定申告書及び仮決算をした場合の中間申告書をいう(以下同じ)。 上記を「当初申告要件」という。また、これらの制度については、その適用金額についても、当初申告における金額が限度とされていた(受取配当等の益金不算入等)。 つまり、従前は、確定申告書等において制度の適用を受けていなかった場合には、修正申告や更正の請求によって新たに制度の適用を受けることはできず、また、確定申告書等に記載された金額を超えて適用を受けることはできなかった。当初申告において、うっかり記載漏れがあったとしても救済されることはなかったのである。 しかし、平成23年12月税制改正を経て、その状況は改善された。具体的には、確定申告書等だけでなく、修正申告書や更正の請求書によっても新たに制度の適用を受けることができ、また、適用金額を増額させることができるようになった。 これが「当初申告要件の廃止」後の現行制度である。 なお、当初申告要件が廃止された措置については下記国税庁ホームページを参照されたい。 2 現行制度における不合理 控除額が法人税額等に連動している制度、例えば、租税特別措置法第42条の4《試験研究を行った場合の法人税額の特別控除》でみてみると、同法第1項は、「当該税額控除限度額が、当該法人の当該事業年度の所得に対する調整前法人税額の100分の25に相当する金額を超えるときは、その控除を受ける金額は、当該100分の25に相当する金額を限度とする。」と規定している。 したがって、納税者が確定申告書等においてこの制度の適用を受けていた場合において、その後の調査で増額更正処分を受けたときは、計算上、法人税額に連動して税額控除限度額も増加する。しかし、自動的に税額控除額が増えて納付すべき税額が算出されるわけではない。 なぜなら、職権更正で制度が適用される旨が規定されていないからである。 この制度の現行法を確認すると、次のとおりである。 このような状況、つまり、増額更正処分がされた場合に控除額が自動的に増えないという状況は、修正申告等による控除額の増額が認められていることと比べて、バランスを欠くのではないか。また、事務手数の面においても、納税者及び課税庁双方に負担が生じているのではないかといった点が指摘されていた。 3 改正内容 そこで、平成29年度税制改正では、外国税額控除や研究開発税制等について、一定の要件を満たせば、税務署長が増額更正する際に控除額が増加する仕組みが導入される。 なお、平成29年度税制改正大綱では、該当項目について次のように記載しており、要件等の詳細については今後の法令等の改正内容を確認する必要がある。 (了)