包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第26回】 「私法上の法律構成による否認論③」 公認会計士 佐藤 信祐 前回は、アルゼ事件について解説を行った。本稿では、公正証書贈与事件と航空機リース事件について解説を行う。特に、航空機リース事件は、私法上の法律構成による否認論に対する裁判例として非常に注目された事件であり、重要な裁判例であると言える。 3 公正証書贈与事件(名古屋高裁平成10年12月25日判決・税資239号〔順号8313〕) (1) 事実の概要 本件は、被告が原告に対し不動産の贈与を受けたことを理由に贈与税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分をしたのに対し、原告が、右不動産の贈与を受けたのは右処分よりも約8年前であるから同処分は課税時期を誤った違法な処分であると主張して、右処分の取消しを求めた事件である。 (2) 第一審(名古屋地裁平成10年9月11日判決・税資238号〔順号8235〕) (3) 控訴審・上告審 控訴審は、わずかな文言の補正のみを行い、第一審判決をそのまま支持している。そして上告審(TAINSコード:Z243-8435)でも、民事訴訟法312条1項又は2項に定める上告理由に該当しないことから棄却されている。 (4) 評釈 このように、公正証書を作成した時点ではなく、本件登記手続がなされた時点で不動産の贈与が行われたものとして、贈与税の課税対象となっており、裁判所もその判断を認めている。 本事件は、原告が贈与税の負担を免れるために、公正証書を作成してから8年が経過し、課税庁が課税できる期間を過ぎてから移転登記を行うという租税回避行為が行われた事件である。また、判決文にあるように、東京のある会場で行われた税務問題のセミナーで、某公認会計士から、「不動産の売買や贈与については、取引を完結した後で、登記をしないでおいて、ある程度の年数がすぎると不動産取得税や贈与税がかけられなくなる。そのためには、売買や贈与による者の引渡を済ませ、そのことを公正証書にしておけばよい。」という説明を聞いたことがあったとのことである。現在では、にわかには信じがたいが、かつてはそういう時代があったのかもしれない。 本事件は、かなり悪質であるため、そのまま参考にすることはできないが、相続人に生前贈与をしておきながら、相続人がそのこと自体を知らないような場合には、本事件のように更正処分を受ける可能性があるため、生前贈与を行う場合には、きちんとした証拠を作成しておく必要があるということが言える。 4 航空機リース事件(名古屋高裁平成17年10月27日判決・税資255号〔順号10180〕) (1) 事実の概要 本事件は、原告らが、それぞれ組合員となっている民法上の組合が行った航空機リース事業による所得が不動産所得(所得税法26条1項)に当たると主張して、その減価償却費等を損金計上して所得税の確定申告を行ったのに対し、課税庁である被告らが、原告らの締結した組合契約は民法上の組合契約ではなく、利益配当契約にすぎないことなどを理由に、同所得は雑所得(同法35条1項)であって損益通算は許されないと主張して、原告らに対し、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行った事件である。 本事件の争点は、①減価償却費等の損益通算の可否、②本件承認取消処分の適法性、③訴えの利益の3つであるが、本稿では、①についてのみ解説を行うこととする。 (2) 第一審(名古屋地裁平成16年10月28日判決・税資254号〔順号9800〕) (3) 控訴審 控訴審は、第一審の判断をほとんど踏襲している。なお、控訴理由に対する判断を独自に下しているが、基本的な内容は第一審と変わらないため、本稿では詳細な解説を省略する。 (4) 評釈 このように、本事件では、納税者の主張が認められたため、私法上の法律構成による否認論が適用できなかったように思われる。しかし、私法上の法律構成による否認論は、真実の事実関係に基づいて課税関係を決定することを目的としており、課税するための事実関係を創造するものではない。 当局の主張は、租税回避目的で行われた節税商品に対し、民法上、解釈できる範囲を超えた契約解釈をしようとするものであり、これが裁判所に認められないのは当然のことである。また、裁判所は、民法上の組合に該当する場合であっても、特定の者に任せて業務執行の在り方に関心を持たない組合員については雑所得に該当する場合もあることは認めながらも、課税当局がそのような執行を行っておらず、組合の事業内容によって組合員個人の所得区分が決定されるという前提で税務行政を行っていた事実も重視している。 なお、本事件以降の平成17年に税制改正がされ、任意組合及び匿名組合を使った節税商品に対しては、一定の規制が課されることになった。 また、本事件と類似の事件として、船舶リース事件(名古屋高裁平成19年3月8日判決・税資257号〔順号10647〕)があるため、興味のある読者はこちらも参照されたい。 次回では、映画フィルム事件について解説を行う予定である。 (了)
ストック・オプション会計を学ぶ 【第2回】 「ストック・オプション会計基準の適用範囲」 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 今回は、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号。以下「ストック・オプション会計基準」という)に従って、ストック・オプション会計基準の適用範囲について解説する。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ ストック・オプションとは 1 新株予約権 新株予約権については「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(企業会計基準適用指針第17号)とストック・オプション会計基準がある。 企業会計基準適用指針第17号の適用の範囲は、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)が適用される場合において、払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品であり、これに関連する新株予約権及び自己新株予約権の会計処理についても取り扱っている。ただし、新株予約権については、現金を対価として受け取り、付与されるものに限るとされている(2項)。 2 ストック・オプション 前述のように、新株予約権については、企業会計基準適用指針第17号とストック・オプション会計基準があるので、どちらの会計基準等が適用されるのかについては、定義が重要になってくる。 ストック・オプションの定義は、自社株式オプションのうち、特に企業がその「従業員等」(ストック・オプション会計基準2項(3))に、「報酬」(ストック・オプション会計基準2項(4))として付与するものである(ストック・オプション会計基準2項(2))。 このため、ストック・オプション会計基準の対象となるのかどうかについては、次の定義も重要となってくる(ストック・オプション会計基準2項)。 Ⅲ ストック・オプション会計基準の適用範囲 1 範囲 ストック・オプション会計基準の適用範囲については、次のように規定されている(ストック・オプション会計基準3項、27項~33項)。 親会社が子会社の従業員等に、親会社株式を原資産とした株式オプションを付与する取引についても、ストック・オプション会計基準3項(2)(上記の②)の取引に該当する(ストック・オプション会計基準24項)。 ただし、②又は③に該当する取引であっても、「企業結合に関する会計基準」(企業会計基準第21号)等、他の会計基準の範囲に含まれる取引については、ストック・オプション会計基準は適用されない(ストック・オプション会計基準3項)。 2 範囲の考え方 ストック・オプション会計基準が適用対象として中心的に想定する取引は、従業員等に報酬として付与される自社株式オプション(ストック・オプション)である(ストック・オプション会計基準23項)。 次のことにも注意する(ストック・オプション会計基準23項~26項)。 ストック・オプション会計基準の公表に際して、公開草案に寄せられたコメントに関する「主なコメントの概要とそれらに対する対応」が公表されている。 「範囲(基準第3項)」に関して、次のコメントとその対応が記載されている。 (了)
ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第10話】 「リース会計は借手の会計処理に注目!」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美 ―藤原くん、 じゃ、リース勉強会の件は、よろしく。 倉田― 珍しく朝一番にオフィスに来た藤原は、経理課長の倉田からのメールを見た瞬間、盛大なため息をついた。 藤原は、東証一部に上場している中堅規模のメーカーに勤めている。経理部に配属されてからあっという間に5年。今では頼りにされるようになり、このたび導入することが決まったIFRSのプロジェクトメンバーの一員にもなった。・・・とは言っても、人員にゆとりがある大企業とは違い、皆自分の仕事を抱えながらの作業である。自然と、プロジェクトに関わる雑用は一番下端の藤原に回ってきていた。 「『よろしく』のたった4文字にどれだけの仕事が含まれているのか、分かって言ってんのかなー」 講義内容の決定、資料作り、メンバーの日程調整、更には会議室の予約・・・。それとは別に日常の仕事もこなさなければならない。メールの返信を打ちながら、藤原は倉田の顔を思い浮かべた。想像の中の倉田は、相変わらず仮面のような笑顔を浮かべている。 「・・・。いや、やっぱ分かって言っているな、コレは。」 藤原は、思わず本人の前では決してできない悪態をついた。 ひと通りメールチェックを終えると、藤原はおもむろに分厚い本を取り出した。IFRSの基準書である。9月出版された2016年版は、使うメンバーも限られているため、まだ真新しい。 「まずは内容を決めて、資料作りだな。よし!」 藤原は気合いを入れ、作業に取り掛かることにした。深夜とは違った静かなオフィスの中で、キーボードを打つ音と時折ページを捲る音が響く。最近残業が当たり前になっている藤原にとっては、早朝の静けさは新鮮で、自然と作業も順調にはかどっていた。 「うわっ。分厚い本ですね~」 突然背後から声をかけられてビックリした藤原が振り向くと、桜井が背後に立っていた。なるほど、これは心臓に悪い。いきなり背後から声をかけるのは今後控えよう、と藤原は秘かに反省した。 桜井は、藤原の2年後輩だ。桜井が新人のころから何かとコンビを組まされることが多いため、藤原としては結構可愛がっているつもりである。事実、藤原は桜井がIFRS導入プロジェクトチームのメンバーでないにもかかわらず、桜井の今後のためにIFRSを教えていた。と言っても、当の本人は最近IFRSの勉強に対する熱意が欠けてきているのだが・・・。 今だって、「IFRS基準書って大きいですねー」と暢気に本の中身ではなく外見の感想を述べている。唯一の救いは藤原が教えれば熱心に聞くという点だが、それも裏を返せば積極性に欠けるということだ。 藤原としても、桜井の気持ちが理解できないわけではない。プロジェクトメンバーでもない桜井がIFRSに本気で取り組むにはモチベーションに欠けるし、最近は自分の業務に追われているようだ。しかし、そろそろ本気になってもらわないとこちらも困る。藤原は知らず知らずのうちにため息をついた。 「どうしたんですか?」 桜井は藤原の隣の席に着きながら、心配そうに尋ねてきた。 「いや。まぁ、ちょっとな。この資料にてこずっているだけだ。」 藤原は、さすがに目の前の本人が原因だとは言えず、適当にごまかすことにした。 「えーと、『新リース基準の影響』ですか?」 桜井は藤原のPCを覗き込み、タイトルを読み上げた。 「あ、そう言えば今年に入って新しいリース基準が公表されたんですよね?雑誌で見かけた記憶があります。」 桜井は顎に手を当てて、天井を見上げながら言った。 「ああ。今年の1月にIFRS第16号『リース』が公表されたんだ。この資料は今度の勉強会用のものなんだよ。」 「そんな勉強会なんてありましたっけ?・・・あ!IFRSプロジェクトチーム内の勉強会ってことですか?」 「そうなんだ。ほら、正式にIFRSを導入すると決まったのが7月だろう?今までバタバタでさ。皆、新しいリース基準に関する概要は何となく押さえているんだが、きちんと基準を理解しているメンバーが少ないんだ。」 「なるほど、それでですか。で、誰が教えるんですか?」 「・・・。俺に決まった。」 倉田課長の「よろしく」の一言で。藤原は今朝のメールを思い浮かべながら心の中で付け加えた。 「へぇー!先輩なら適任ですね!」 事情の知らない桜井は、屈託のない笑顔を藤原に向けた。藤原はそれを眩しく感じながら、「ありがとう。」と憮然として答えた。 IFRS第16号の適用は2019年1月1日以降開始する事業年度から 「先輩、今年公表したってことは、まだ適用するまでには間があるんですよね?」 「ああ。IFRS第16号は、2019年1月1日以降開始する事業年度から適用されることになる。3月決算会社の場合だと2020年3月期からだな。それまでは、IAS第17号『リース』が適用されることになる。」 藤原の言葉に桜井は相槌を打ちながら言った。 「へぇ。では、2年以上は準備期間があるわけですね。」 「ああ。もちろん、早期適用も認められている。その場合は、IFRS第15号『顧客との契約から生じる収益』を適用している必要があるけどな。」 「早期適用の場合は、IFRS第15号とセットで適用する必要があるんですね。」 「そういうことだ。」 現行のIAS第17号と日本基準は重要な部分は類似している 「あの、さっきの資料のタイトルに『影響』ってありましたけど、このIFRS第16号で何が変わったんでしょうか?」 藤原は、よくぞ聞いてくれました、とばかり腕を組んで「コホン」と咳払いした。さっきまで資料作りをしていたので、この辺りはしっかり勉強したところだ。 「まぁ、慌てるな。まず、今適用されているIAS第17号は日本基準と重要な点では類似している、ということを知っておく必要がある。」 「類似、というと、リース取引をファイナンス・リースとオペレーティング・リースに区別して、それぞれの方法で会計処理をするってことですか?」 「ああ。ファイナンス・リースとオペレーティング・リースの会計処理についても、基本的な部分は類似しているんだ。」 「そうなんですか!」と、桜井は安心した表情を見せたが、しばらくしてハッと気づいたようだ。 「・・・と言うことは、新しいリース基準は日本基準とは違うってことですか?」 「ま、全部が全部違うってことではないけどな。」 藤原は、桜井の熱意が削がれないように、表現に気をつけて答えた。 IFRS第16号での変更点は主に3つ 「簡単にまとめると、この3点が、IFRS第16号で変更された内容だ。」 藤原はそう言うと、先ほどまで作っていた資料の画面を桜井に見せた。 【IFRS第16号のポイント】 「へぇ。1つ目の『支配モデル』って言うのは、よく分かりませんけど、その後の2つについては理解できます。要するに、借手の会計処理が変わって、貸手の会計処理はそのままってことですよね?」 藤原は頷いた。 「1つ目は、どういった取引がリースに該当するのか、という話だな。残りの2つは、お前の言う通りだ。特に2つ目は、従来資産と負債を認識していなかったオペレーティング・リースについて資産と負債を認識することになったから、業種によっては大きなインパクトがあると言われているんだ。」 「へぇ。」 「それから、3つ目にある貸手の会計処理は基本的に従来通りだ。IFRS第16号になって開示内容が充実したくらいだな。」 「ということは、IFRS第16号を理解するには、上2つの内容を押さえればいいんですね。」 桜井が何気なく言った言葉を藤原は聞き逃さず、ニヤリと笑った。 「そういうことだな。せっかくだから簡単に説明してやろう。」 「え・・・?」 桜井は慌てて両手を体の前で振った。 「いえいえ、先輩のお邪魔をするわけにはいきませんっ。ほら、資料もまだ完成してないじゃないですか!」 そんな桜井に追い打ちをかけるように、藤原は言った。 「俺の心配なら大丈夫だ。ほら、今度の勉強会の予行演習にはもってこいだしな!」 藤原は桜井の肩をポンと叩く。しばらく黙っていた桜井は、ため息交じりにいつもの勉強用ノートを渋々取り出した。 「・・・はい。では、お願いします。」 「よろしい。」 藤原は桜井をIFRS勉強に引き込むことに成功して、満足気に頷いた。 ◆リースの識別とは? 「では、さっそくポイントの1つ目にあったリースの識別について、確認していくぞ。」 「先輩、リースの識別って一体どういうことを指すんですか?」 桜井は、首を傾げた。 「リースの識別っていうのは、契約開始時に、その契約がリースであるのか、若しくはリースを含んでいるのかを判定することを言うんだ。リース会社以外との契約でも、リースに該当するのであれば、このIFRS第16号を適用することになる。」 「なるほど。」 「では、IFRS第16号で「リース」がどう定義されているのか見てみよう。」 【リースの定義】 資産(原資産)を使用する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する契約又は契約の一部 「リースの定義は、僕のイメージしているリースと大きく違うわけではないんですね。」 定義を眺めた桜井は少しほっとしたような表情で感想を言った。 ◆リースが含まれているかを判定するための要件は2つ 「ああ。契約にリースが含まれているかは、定義を満たすか、つまり、契約が特定された資産の使用を支配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転するかどうかで判定されることになる。具体的には使用期間を通じて、次の2要件を満たしているものをリースとして識別するんだ。」 要件1:特定された資産の使用からの経済的便益のほとんどすべてを得る権利 要件2:特定された資産の使用を指図する権利 「えーと、『特定された資産の使用からの経済的便益のほとんどすべてを得る権利』というのは分かります。日本基準でも出てきますよね。でも、2つ目は『特定された資産の使用を指図する権利』なんですね。よくあるファイナンス・リースの判定では、コストの実質的な負担という話が来ますけど・・・」 ◆ IFRS第16号で採用された「支配モデル」 「ここが新しい基準の特徴の1つ目だ。この2つ目の要件にある『特定された資産の使用を指図する権利』とは、その資産を支配しているのか、ということを意味している。使用期間中、顧客がその資産の使用方法や使用目的等を使用権の範囲内で変更できる場合は、その資産を支配していると考えるんだ。」 「なるほど。資産の使用による経済的便益をほとんど受けていることに加えて、その資産を支配しているか、という視点でリースかどうかを判断するんですね。よく分かりました。」 ◆借手の会計処理はどう変わったのか? 「さて、リースが識別されれば、次はどう会計処理するのか、という話になる。」 「ええ。そうですね。」 「貸手については、さっき言った通りIAS17号と変更ない。つまり、日本基準と大きな相違はないんだ。」 「はい。貸手については、ファイナンス・リースとオペレーティング・リースに分類するんですね。」 「ああ。だから、今回は変更のあった借手の会計処理についてだけ、説明しようと思う。」 「分かりました。」 ◆ IFRS第16号では、借手の会計処理に「使用権」モデルが採用されている 藤原は桜井がペンを手に取るのを待って、説明を始めた。 「何と言っても借手の会計処理の一番の変更は、借手のオペレーティング・リースについても、資産と負債が計上されることになるという点だな。」 「ということは、リース取引は全部ファイナンス・リースになるってことですか?」 「いや、その表現は正確じゃない。IFRS第16号では、リースの借手については『使用権』モデルを採用しているからな。」 「『使用権』モデル・・・ですか?」 初めて聞く言葉に、桜井は戸惑った表情を見せた。 「『使用権』モデルでは、リース契約により使用できる資産、これを『原資産(underlying asset)』というんだが、その原資産を『使用する権利』について、資産計上することになる。だから、ファイナンス・リースやオペレーティング・リースという分類自体がそもそも存在しないんだ。」 「へぇ。資産そのものではなく、『使用権』を認識するんですか!」 「そうなんだ。イメージがあった方が分かりやすだろう。」 そう言うと、藤原はコピー用紙とペンを取り出した。 「なるほど。オペレーティング・リースが無くなったわけではなく、全く違う考え方になっているわけですね。」 藤原が桜井を見ると、桜井は納得した表情を見せていた。ここまでは理解できたようだ、と藤原は少し安心して先を続けることにした。 ◆リース取引を認識するタイミングと計上科目 「それでは、実際どう会計処理するのか、まずは認識だ。」 「はい。」 「すべてのリース取引は、リース開始日に使用権資産(right-of-use asset)とリース負債(lease liability)を計上することになる。」 「まずはリース開始日に認識、ですね。このリース開始日って、リース契約日とは違うんですか?」 「ああ。リース開始日は、原資産を使用できることになった日のことを言うんだ。」 「分かりました。そして、借方には『リース資産』ではなくて、『使用権資産』、貸方には『リース負債』を計上することになるんですね。」 「ああ。使用権モデルを採用しているため、リースの原資産ではなく、原資産を使用する権利を資産計上することになる。」 「間違えないように、注意しないといけないですね。」 認識の免除 「ところで、IFRS第16号では認識の免除(recognition exemptions)を選択できるという規定があるんだ。」 「『認識の免除』ですか?それって、リースに係る資産と負債を認識しなくていいって言う意味ですか?」 「ああ。いわゆる例外規定だ。」 「え、IFRSにも例外規定があるんですか!」 桜井はビックリしたようだ。確かにIFRSは極力例外規定を設けない原則主義を採っているため、その驚きも当然だと藤原も思った。 「実務で考えるとさ、すべてのリース取引について資産及び負債を計上するのって大変だろう?」 「確かに想像するだけでも嫌ですね。全社分だと結構な数になりますから・・・」 桜井は、苦虫を噛み潰したような顔をして答えた。 ◆認識の免除が適用できるのは、短期リースと少額リースだけ 「そこで実務に配慮して、借手は、短期リース(short-term leases)と少額リース(leases for which the underlying asset is of low value) についてはリース取引に係る資産及び負債を計上しない方法を選択できるという規定が設けられているんだ。」 「・・・。少額リースの英語表記が長くて嫌な感じです。」 「おいおい、そこかい。」と藤原は思わず突っ込んだ。 「半分冗談です。えーと、その方法を選択できるのは借手だけなんですね。」 「ああ、そうだ。というか、半分本気だったのか・・・」 藤原は再び咳払いをして、気を取り直した。 「とにかく、この免除の適用を選択した場合、該当したリースに関連したリース料を、リース期間にわたって定額法又は他の規則的な方法のいずれかにより費用として認識することになる。」 「なるほど。ところで、例外規定を適用できる短期リースや少額リースって、どんなリースのことを指しているんですか?」 ◆短期リースはリース期間が12ヶ月以内のリース 「短期リースは開始日において、リース期間が12ヶ月以内であるリース取引のことを言うんだ。これは原資産の種類毎に適用できる。」 「はい。短期は12ヶ月以内ってことですね。」 ◆少額リースは原資産が少額であるリース 「少額リースについては、『原資産が少額である』リースのことだ。まぁ、そのままだな。少額リースの場合は、リース毎に免除の適用が選択できるんだ。」 「へぇ。こちらはリース毎に適用するんですね。」 ◆少額かの判断は絶対値ベースで行う 「ああ。それから、この『原資産が少額である』かどうかの判断は、絶対値ベースで行われるんだ。」 「絶対値ですか?じゃ、会社の規模やリース取引の重要性とか関係なく、金額ベースで判断することになるんですか?」 「ああ。結論の根拠の方に『新品時に5,000米ドル以下』の原資産と記載されているから、この金額が目安になるんだろうな。」 「5,000米ドルというと、為替レートにもよりますけど、大体50万~60万円くらいですね。」 「ああ。他にも、タブレットやPC等の小型のオフィス家具等の原資産が少額のリースへの適用を意図していたとの記述もあるんだ。」 「へぇ。少額リースの大体のイメージが分かった気がします。」 説明を終えた藤原は、簡単なまとめ図を桜井に書いて見せた。 【認識の免除】 「なるほど。こうまとめると、頭にすっと入りますね。」 「では、続いて・・・」 「認識の次ですから、測定ですね!」 桜井は、得意そうに言った。 当初測定と事後測定 「測定といっても、「当初測定」と「事後測定」の2種類がある。」 「はい。有形固定資産と同じですね。」 「ああ。ではさっそく当初測定、つまりリースにより生じた資産と負債を認識した時の測定額の話に入ろう。」 ◆リース負債の当初測定額 「通常、資産と負債の説明をするときは、資産から始めるもんだが、このリースに関しては、負債から始めた方が分かりやすいから、リース負債の当初測定額から説明していくぞ。」 「はい、了解です。」 「まず、リース負債の測定については、基本の考え方は日本基準と似ているんだ。」 「それは助かります。」 桜井の嬉しそうな顔を見て、藤原は苦笑した。 「リース負債は、リース料総額のうち、未決済分を割引現在価値にした額になる。」 藤原は、今度はリース負債の当初測定額のイメージ図を描き始めた。 【リース負債の当初測定額】 「右側の長いボックスの『リース料総額(未決済分)』には、固定リース料のほか、一部の変動リース料、借手が支払うと見込まれる残価保証額、行使が合理的に確実である場合の購入オプションの行使価格などが含まれることになるんだ。」 「へぇ。」と相槌を打った桜井は、そのまま言葉を続けた。 ◆割引率は、まずは貸手の計算利子率を使用 「先輩、この割引現在価値を算定に用いる割引率は何を使うんですか?」 「まず、貸手の計算利子率(interest rate implicit in the lease)が容易に算定できる場合は、その計算利子率を用いなければならない。しかし、計算利子率が容易に算定できない場合は、借手の追加借入利子率(lessee’s incremental borrowing rate)を用いることになる。」 「なるほど。貸手の計算利子率が優先される点は日本基準と似ているんですね。」 「そうだな。」と、藤原も頷いた。 ◆使用権資産の当初測定額 「続いて使用権資産の当初測定額だな。ここは言葉にすると長くなるから、始めから図で示すことにしよう。」 そう言うと、藤原は四角い箱を積み上げたような図を描き始めた。 【使用権資産の取得原価】 「日本基準と比べると、いろんな項目を足す必要があるんですね。」 図を眺めながら、桜井は言った。 「ああ。さっき説明した『リース負債当初測定額』に、『リース開始日前に支払ったリース料』を加え、さらに受け取ったリース・インセンティブを差し引き、借手に発生した『当初直接コスト』、そして『原状回復コスト』で構成されることになるんだ。」 「確かに、言葉で聞くより、図のほうが分かりやすいですね・・・」 「だろう?」と藤原も苦笑して同意した。そして一度時計を確認すると、先に進むことにした。 「じゃあ、続いて事後測定に移っていこうか。」 ◆事後測定 「事後測定ということは、使用権資産とリース負債を認識した後の会計処理のことですね。」 藤原は、桜井の確認に頷きを返した。 「ああ。じゃあ、当初測定のときと同様に、使用権資産とリース負債に分けて説明していくぞ。」 「はい、分かりました。」 ◆リース負債の事後測定 「ここでも使用権資産ではなく、リース負債の事後測定から説明しよう。」 「了解です。」 ◆リース負債の事後測定は大きく分けると3つの処理のみ 「リース開始日後のリース負債の測定も基本的にはシンプルだ。会計処理として3つある。」 そう言うと、再び自分の作った資料を桜井に示して、説明を続けた。 【リース負債の事後測定】 リース負債に係る金利を反映するように帳簿価額を増額 支払われたリース料を反映するように帳簿価額を減額 リース負債の見直し又はリースの条件変更による再測定 「まず、リース負債に係る金利を反映するようにリース負債の帳簿価額を増額させることだろ。」 桜井は、理解していると藤原に示すように首を縦に振った。 「つまり、時の経過に伴い発生した利息を負債に上乗せするんですね。」 「そうだ。それから、支払われたリース料を反映するようにリース負債の帳簿価額を減額する。」 「はい。ここの処理も問題ありません。」 「リースの見直しや条件変更がなければ、以上だ。」 「え、それだけでいいんですか?」 「ああ。ただし、場合によってはリース負債を再測定することになる。」 「なるほど。それが3つ目の処理ですね。」 「そうだ。リース負債を再測定するケースは資料に書いた通り、大きく2つある。」 ◆「リース負債の見直し」による再測定 「1つ目はリース期間や、リース料算定時に考慮した見積り要素に変動があった場合だ。例えば、リース期間の変更や、購入オプションについての判定、残価保証の負担額、それからリース料の算定に用いた指数やレートに変化があった場合だな。」 「なるほど。」 「それから、リース負債を再測定した場合、再測定の金額を使用権資産の修正として認識しなければならない。そのため、使用権資産の計上額も変わることになる。」 「分かりました。確か、使用権資産の当初測定の中に、リース負債も含まれていましたよね。リース負債が変動すると、使用権資産にも影響するんですね。」 藤原は満足そうな表情で頷いた。 ◆「リースの条件変更」によるリース負債の再測定 「ああ。それから、2つ目が、リースの条件が変更された場合だ。条件変更には、実質的に当初のリースとは別個の新規のリースを創出するものと、実質的に既存のリースの範囲、又はそれに対する支払対価の変更とに区別される。」 「はぁ。」 「前者の場合、その条件変更を独立したリースとして会計処理するんだが、後者の場合は、リース負債を再測定した上で、使用権資産に対してその条件変更に対応する修正を行うことになるんだ。」 「へぇ。ここでも使用権資産の修正が必要になってくるんですね。」 「そういうことだ。」 ◆使用権資産の事後測定―原則は原価モデルを適用 「さて、使用権資産の事後測定に入ろう。まず、リース開始日後、使用権資産は原則として原価モデルを適用して測定しなければならないんだ。」 「えーと、原価モデルって、有形固定資産の時に出てきた測定モデルですね。確か、資産を取得原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除した金額で計上していく方法ですよね?」 「そうだ。使用権資産は、それらに加えてリース負債を再測定した場合の調整額も認識することになる。」 「はい。先ほどリース負債で確認したところですね。すると、使用権資産の帳簿価額はこういう式になるんでしょうか?」 桜井は、計算式を藤原に書いて見せた。 「ああ。その通りだ。」 と、藤原は頷いた。 ◆使用権資産の減価償却方法 「続いて、使用権資産の減価償却は、以前勉強したIAS第16号『有形固定資産』に定められている減価償却の要求事項を適用することになる。」 「なるほど。IAS第16号に従えばいいんですね。」 「ただし、IFRS第16号でも減価償却期間について規定があるんだ。」 「へぇ。どんな規定がされているんですか?」 「リースの原資産がリース期間の終了時までに借手に移転する場合や、使用権資産の取得原価に購入オプションを借手が行使するであろうことを反映している場合には、リース期間ではなく、原資産の耐用年数で減価償却しなければならない、というものだ。」 「つまり、借手が原資産の所有権を取得しうる場合は耐用年数で減価償却するんですね。」 「ああ。」 「では、その条件に当てはまらないリースの場合はどうなるんでしょうか?」 「その場合は、耐用年数又はリース期間のいずれか早い方で減価償却することになるんだ。」 「あ、そうか。耐用年数がリース期間よりも短いケースもあり得ますもんね。」 「まぁ、この辺りの基本的な事項はそんなに難しい話ではないから、大丈夫だろう。」 「はい、そうですね。」 ◆使用権資産も減損会計の対象となる 「それから、使用権資産にも減損会計が適用される。たから、使用権資産についても減損しているかどうかを判定し、識別された減損損失を会計処理する必要があるんだ。」 「前回勉強したIAS第36号の減損会計を適用するんですね。分かりました。」 「ここまでが、借手の会計処理の基本部分だな。大丈夫そうか?」 「そうですね。借手の会計処理が変わったと聞いて、正直びくびくしていたんですけど、思ったより基本的な処理は理解できました。」 「そうか。それを聞いて俺も安心したぞ。」 藤原は、桜井に向かってニヤリと笑った。 表示 「そうそう、言い忘れるところだった。IFRS第16号では、『表示』に関する規定も設けられている。」 藤原はポンと手を打って、桜井に言った。 「『表示』ですか?」 「ああ。IFRS第16号では、財政状態計算書、純損益及びその他の包括利益の計算書、キャッシュ・フロー計算書の計算書毎に、表示について要求事項が定められているんだ。」 「ふーん。そうなんですね。」 ◆財政状態計算書における表示 「まず、財政状態計算書において、使用権資産及びリース負債は、他の資産及び負債とは区分して表示することになる。区分表示しない場合は、どの表示項目が使用権資産又はリース負債を含んでいるのかを開示しなければならないんだ。」 「財務諸表の表示又は開示で、リースによって生じた資産と負債が分かるようになっているんですね。」 桜井は、メモを取りながら、確認した。 ◆純損益及びその他の包括利益の計算書における表示 「続いて、純損益及びその他の包括利益の計算書では、リース負債に係る金利費用を使用権資産に係る減価償却費と区分して表示しなければならない。」 「はい。ここも大丈夫です。」 ◆キャッシュ・フロー計算書における表示 「最後にキャッシュ・フロー計算書では、以下の3つの分類が要求されているんだ。 リース負債の元本返済部分は財務活動によるキャッシュ・フロー リース負債の金利部分に対する支払は営業活動によるキャッシュ・フロー又は財務活動によるキャッシュ・フロー 短期リース料、少額資産のリース料、及びリース負債の測定に含めなかった変動リース料は営業活動によるキャッシュ・フロー」 「なるほど。2つ目のリース負債の金利部分は支払利息に該当するからですね。支払利息は、営業活動か財務活動に分類するんですよね。以前教えてもらったのを思い出しました。今まで、すっかり忘れていましたけど。」 「・・・」 藤原は心の中で深いため息をついた。 開示 「そして、開示について。これが最後の項目だ。」 「毎回、ここまで辿りつくまでに疲れてしまいますね。」 藤原は思わず笑った。それは自分も同じだったからだ。 「ま、あとひと踏ん張りだ。」 「はーい。」 桜井は少し茶化して返事をした。 「といっても、開示事項を一から読み上げても頭に入らないだろうから、まとめの一覧を見ながら重要なものだけ確認していこう。黄色いマーカーで塗った項目だ。」 藤原は、先ほどまで作っていた資料の一部をプリントアウトすると、桜井に手渡した。 【リース会計 開示事項一覧】 開示の目的 財務諸表利用者が、リースが財政状態、財務業績及びキャッシュ・フローに与えている影響を評価するための基礎を与える情報を開示すること。 使用権資産の期末帳簿価額及び減価償却費(原資産の種類別) リース負債に係る金利費用 認識の免除を適用した短期リース及び少額リースに係る費用 リース負債の測定に含めていない変動リース料に係る費用 使用権資産のサブリースによる収益 リースに係るキャッシュ・アウトフローの合計額 使用権資産の増加 〇 使用権資産を原価モデル以外で測定した場合の開示に関する要求事項 〇 短期リース及び少額リースの免除の適用をした場合は、その旨 「ありがとうございます。」 桜井は一覧を受け取ると、しばらく表に目を通していた。藤原は、頃合いを見計らって説明を始めた。 「IFRS第16号では、まず始めに開示の目的が規定されているんだ。そして、この目的を満たす方法に関する要求事項を次項から定めるという形式になっている。」 「へぇ。」 ◆報告期間に係るリースに関する開示 「では、一番上の開示項目から確認しよう。今回は基礎的なことしか教えていないから、中には見慣れない項目もあるとは思う。ま、端的に言うと、リースにより生じた資産、収益、費用、キャッシュ・アウトフローに関する情報を表形式で開示する、ということだ。」 「なるほど。大体のイメージは分かります。あれ?でも負債の情報はここには含まれないんですか?」 ◆リース負債は満期分析で開示 「それは、次にマーカーで塗っている『リース負債の満期分析』によって開示されることになるんだ。これはリース負債がIFRS第7号「金融商品:開示」の適用対象になることを受けて開示される情報だ。このとき、リース負債を他の金融負債とは区分して開示することになる。」 「はぁ。満期分析って満期毎の負債額をまとめた表ですよね。これも表形式で開示するんですね。」 「そうだ。IFRS第7号の適用ガイダンスに満期分析の例示があるから、後で確認しておくといい。」 「分かりました。」 桜井はノートに「後で確認」とメモした。 ◆開示目的を満たすために必要な追加情報とは? 「そして、最後にマーカーしている項目、『開示の目的を満たすために必要な追加の定性的情報及び定量的情報』について説明しておこう。」 「はい。お願いします。」 「まず、開示目的を満たす情報って何を指すか、分かるか?」 「え、何ですか?」 「その情報が財務諸表利用者にとって目的適合性があるか、という点で判断するんだ。」 「目的適合性って、確か概念フレームワークで教えてもらいましたよね?」 そう言うと、桜井はノートを遡って、目的適合性をまとめたページを開いた。 「えーと、財務諸表利用者の意思決定に違いを生じさせる情報が、目的適合性を満たした情報になるんですね。」 「ああ。会社はある情報が財務諸表利用者にとって目的適合性があると判断した場合のみ、追加的な情報を開示しなければならないんだ。」 「へぇ。何でもかんでも開示すればいいってわけじゃないんですね。」 「ああ。財務諸表利用者にとってどういう情報が有用なのか、それぞれの会社が判断する必要があるんだ。」 「うわ、それは大変そうですね・・・」 「はは。お前も数年後には携わるんだから、覚悟しておけよ。」 そう言って、藤原は桜井の背中を軽く叩いた。 「よし、今回はこれで終わりだ。」 それを聞いた桜井は、ホッと安堵のため息をついた。 「今日はIFRS第16号のリースの識別と借手の会計処理の基本的な部分を説明したが、この基準にはそれ以外に論点が沢山あるんだ。また機会があれば教えることもあるだろうが、お前も少しは勉強しておけよ。」 残念ながら、桜井からは「はい。なるべく努力します。」という心許ない返事しか返ってこなかった。 「今日は良い予行演習になったよ。でも、やっぱ思ったより時間がかかるな~」 藤原は腕時計を見て、30分以上経過していることに驚いた。実際の勉強会ではもっと細かい論点まで説明する必要があるため、このままでは時間オーバーになってしまう。 「それならいい本がありますよ、先輩。」 桜井はそう言うと、カバンから1冊の本を取り出した。タイトルは『失敗しない時間配分』。“売れっ子講師〇〇が推薦!段取り下手なあなたにお薦めの一冊!”と書かれた帯まで丁寧についている。 「・・・何だ、これ?」 「僕、今度大学で来年の就活生向けの講演をすることになったんですよ。」 「ああ。仕事内容とか、就活の心得みたいなことを話すんだろ?」 「そうです。で、事前準備をするにあたってこの本を買ってみたんですけど、結構良かったですよ。先輩も、今度の勉強会で使えるんじゃないですか?」 桜井は、どうぞ、と笑顔で藤原に本を差し出した。 「・・・おぅ、ありがとな。」 藤原は本を受け取りながら、この熱心さが10分の1でもIFRSに向いてくれたら・・・、と思わずにはいられなかったことは言うまでもない。 (了)
経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第126回】 ESOP① 「従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引」 ―債務保証の履行が生じない場合 仰星監査法人 公認会計士 竹本 泰明 〈事例による解説〉 〈従業員への福利厚生を目的として、従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引〉 〈会計処理〉 1 他益信託の設定時(X1年4月) (1) 前提条件 (2) 甲社の会計処理 (※) 信託設定された金銭は、交付される株式の取得、信託の設定及び運営の諸費用に用いられるため、ここでは信託口として処理している。 2 信託における借入時(X1年4月) (1) 前提条件 (2) 甲社の会計処理 3 甲社から信託への自己株式の処分時(X1 年4月) (1) 前提条件 (2) 甲社の会計処理 (※) 信託からの対価の払込期日に自己株式の処分を認識する。 4 信託における甲社株式の売却時(X1年4月からX2年3月) (1) 前提条件 (2) 甲社の会計処理 5 甲社の決算時(X2年3月) (1) 前提条件 (2) 甲社の会計処理 ① 信託の財産を甲社の個別財務諸表に計上 ② 信託設定時に信託口とした100を信託元本と相殺 ③ 信託の損益は、従業員に帰属するため、信託口に振り替え ④ 信託における甲社株式を自己株式に振り替え (参考) 〈会計処理の解説〉 従業員への福利厚生を目的として、従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引は、概ね上記の事例のような取引から構成されます。 このような従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引で、対象となる信託が以下の(1)及び(2)の要件をいずれも満たすときは、期末において信託の財産を貴社の個別財務諸表に計上することになります(「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取扱い」第3項)。 (1) 委託者が信託の変更をする権限を有している場合 (2) 企業に信託財産の経済的効果が帰属しないことが明らかであるとは認められない場合 なお、本事例では、募集株式の発行等の手続による自己株式の処分によって信託が甲社株式を取得していますが、この取得は、募集株式の発行等の手続による新株発行や市場からの株式取得によって行われる場合もあります。 * * * 次回は、受給権を付与された従業員に信託を通じて自社の株式を交付する取引(信託が市場から株式を取得する場合)について解説します。 (了)
会社役員賠償責任保険(D&O保険)導入時における 実務上の留意点 -D&O保険を機能させるために- 【第3回】 (最終回) 「会社法の解釈と今後の動向」 弁護士・公認会計士 中野 竹司 1 個人型D&O保険の登場 前回まで述べたように、役員が一括して加入するD&O保険では、ある役員の作為ないし不作為の結果生じた免責の効果が他の役員に及ぶことや、特定の役員に多額の保険料が支払われた場合に、他の役員に支払われるべき保険金が少なくなるといった問題が生じる可能性がある。 これに対し、平成28年8月15日付日本経済新聞朝刊によると、三井住友海上火災保険が企業の社外取締役が個人ベースで加入できるD&O保険を国内で初めて開発したことが報じられている。記事によれば、保険料は年額数十万円で、最大で1億~2億円の保険金を受け取れる仕組みとされている。 この保険を契約した場合、役員が一括して加入するD&O保険とは異なり、他の役員のD&O保険料の費消や義務違反、告知と免責事由の分離の有無の影響を受けることがなく(保険金の併給調整は別として)、その点では安心できるともいえよう。 保険料は高く設定されているが、今後の社外役員等に対する責任追及の動き如何によっては、個人型D&O保険の需要は高まる可能性があるであろう。 2 会社法の解釈 (1) 会社法の解釈の明確化 既に述べたように、経産省解釈指針別紙3「法的論点に関する解釈指針」11~12頁で、以下のような手続きがなされれば、その全額が会社法上の役員報酬に該当しないという指針が示された。 この指針は、立法府による立法でも、裁判所による判断でもないという限界はあるが、実務上参考になると思われる。以下、各種手続の法的意味も含めて解説する。 ① 会社が保険料を負担することの可否 役員が会社に対して損害賠償責任を負うことにより、(a)会社の損害が回復され(損害填補機能)、(b)違法行為が抑止される効果(違法抑止機能)がある。 D&O保険は、役員の損害賠償責任を填補するものであるから、会社が保険料を負担することにより、(a)(b)の機能が害されないことが重要である。 そして、 したがって、会社が保険料を負担してよいと結論付けている。 ② 会社が保険料を負担することの手続 なお、ここでいう「社外取締役全員」とは、社外取締役が1名しかいない場合、当該1名の同意でもよいと解される(※1)。 (※1) 武井一浩・松本絢子「新しいD&O保険への実務対応-保険料全額会社負担の解禁を受けて-〔下〕」商事法務No.2101、36頁 (2) 子会社役員を含めたD&O保険の取扱い 企業がD&O保険に加入する際、多重代表訴訟に備える、グループでリスク管理を効率的に行うといった合理的理由により、子会社の役員なども付保対象とする場合がある。この場合、親会社が子会社分を含めて保険料を全額負担する場合と、子会社も保険料について相当程度負担する場合がある。 このうち、完全親会社が合理的理由に基づき全額負担する場合は、子会社がその役員の株主代表訴訟敗訴時担保部分の保険料を負担するわけではないので、親会社で経産省解釈指針別紙3「法的論点に関する解釈指針」11~12頁で示された手続きが取られているか検討することになろう。 これに対して完全子会社が一部負担する場合には、完全子会社において取締役会承認+社外取締役同意等を取得するという方法、又は、完全親会社において取締役会承認+社外取締役同意等を取得する手続にあたって「子会社役員を被保険者とする保険の保険料を子会社役員に負担させない(子会社が負担する)」という部分も含める方法(完全子会社の株主としての承認も兼ねており、完全子会社に社外取締役がいなくても経産省解釈指針を満たすことができる)のいずれかが取られていれば、保険料の会社負担は許容されると思われる(※2)。 (※2) 前掲武井・松本37頁~38頁参照 また、100%子会社でない場合に、親会社決議の方法を採用するにあたっては、親会社と親会社以外の子会社株主全員からの個別承認を追加で行うことで、子会社による保険料負担が経産省解釈指針に沿ったものと正当化されると思われる(※3)。 (※3) 前掲武井・松本38頁参照 3 会社法改正の動き 次回の会社法改正にD&O保険がどのように取り上げられるかも注目すべき点である。 仮にD&O保険に関する規定を会社法に設ける場合には、①会社が締結するD&O保険の内容等に制限を加えるか、②会社がD&O保険契約を締結する手続について規定するか、規定する場合にはその内容などが問題になるであろう(公益社団法人商事法務研究会「会社法研究会」p10参照)。 また、この中で、会社が加入しているD&O保険の内容の開示を義務化すべきかという点が論点として挙げられるが、D&O保険により損害賠償金が支払われる蓋然性が高いことが分かると当該金額の範囲内での和解等を狙った濫訴が発生する可能性もあり、慎重に考えるべきという意見もあり、この点への配慮は必要と思われる。 4 まとめ 社外取締役が今後我が国のガバナンスにおいて活用されていくためには、能力のある人材に社外取締役に就任してもらう必要があり、そのための環境整備としてD&O保険の整備は重要である。 しかし、以上検討したように、いざというときにD&O保険により役員のリスクが本当にカバーされているか、保険契約ごとに契約内容が異なることから、わかりにくいものとなっており、役員が代表訴訟等に「巻き込まれた」ときに本当に機能するか若干心もとない面がある。 今後、D&O保険のニーズが高まり、保険会社による開発が進んでいくと同時に、就任した役員も、D&O保険について十分な理解が必要な時期がすぐそこまで来ているのではないだろうか。 (連載了)
〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第14話】 「みなし贈与と加算税」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一 「これって・・・おかしいですよね。」 谷垣調査官は田中統括官の机の前に立って話しかけた。 「・・・おかしい?・・・何が・・・?」 田中統括官は、昼食後、うつらうつらしながら書類を見ていた。 「長男と次男が父親から低額で土地をそれぞれ取得したので、みなし贈与として課税をしたのですが・・・長男は過少申告加算税で、次男は無申告加算税になるというのです・・・」 谷垣調査官は1ヶ月前に贈与税の税務調査に着手した事案を説明する。 父親がA土地を長男と次男に、共有の状態で、それぞれ譲渡したが、その価額が低いということで、みなし贈与として課税(相法7)するというものである。 「どうしてそういうことになるの?」 田中統括官は、まだ眠そうな様子のまま谷垣調査官に尋ねた。 「ええ・・・長男は、その年に祖父から現金を贈与されていたので、贈与税の申告をしていたのですが、次男は贈与を受けていなかったので、贈与税の申告をしていなかったということなんです・・・」 「それは当たり前のことじゃないの?」 田中統括官は、谷垣調査官を見る。 「しかし・・・」 谷垣調査官は不満そうに言う。 「長男は、その年にたまたま祖父から贈与を受けたから贈与税の申告をしていて、次男はその年に贈与を受けていなかったから無申告であったということだけなのです。贈与税の場合、それぞれの贈与は独立していることから、法人税や所得税と違って、このような加算税制度は馴染みにくいのではないかと思うのですが・・・」 谷垣調査官は、田中統括官の机上で罫紙に図を描いた。 「そうだなあ・・・確かに、次男は、贈与がなければ、贈与税の申告をする必要がないのだから・・・それを税務調査で、しかも、相続税法7条でみなし贈与課税がされるなんて、納税者としては想定外だったろうし・・・それを無申告だと言われても・・・」 田中統括官も同情的に言う。 「法人税や所得税のように、毎期、継続的に確定申告の提出をする納税者に対しては、その申告の提出をしなければ無申告加算税が賦課決定されればよいし、また、その申告した所得金額が過少であれば、過少申告加算税とすべきですが・・・」 谷垣調査官は言葉を強くした。 「ところで、谷垣君。この事案の調査では、相続税法7条を適用して、みなし贈与として課税するということだが・・・君のケースは、納税者が「著しく低い価額」で土地を譲渡したということなんだね。」 田中統括官が事実を確認する。 「ええ。時価が1億円の土地を4,000万円で譲渡していますから、これは相続税法7条の「著しく低い価額」に該当します。」 谷垣調査官は、自信たっぷりに答える。 「相続税法7条に関しては君も知っているように、課税庁にとって苦い判決があるからね・・・」 田中統括官は苦笑する。 「例の・・・東京地裁の平成19.8.23判決ですね。」 谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。 「そうだ。あの事件も親族間の譲渡に対して、課税庁はみなし贈与を課税したのだが、裁判では「著しく低い価額」ではないと判断されて、課税庁が敗訴した・・・」 田中統括官は残念そうな表情を浮かべる。 「もっとも、あの事件は、相続税評価額で譲渡していたにもかかわらず、相続税法7条を適用したことが、そもそもおかしかったのです。」 谷垣調査官は判決文を思い出しながら説明する。 「判決では、時価とは地価公示価格を示しているといい、次の3つの理由を挙げて、相続税評価額での譲渡価格は妥当だと述べています。」 谷垣調査官はそう言いながら、田中統括官の机の上で、罫紙に3つの理由を書いた。 「だから相続税評価額で譲渡しても、相続税法7条の適用はないということになるんだね。」 田中統括官は納得した表情になった。 (つづく)
《編集部レポート》 日本税務会計学会、第52回年次大会を開催 Profession Journal 編集部 日本税務会計学会(多田雄司学会長)は、10月26日、東京税理士会館において「第52回年次大会」を開催した。 年次大会では、下記のテーマにより個別の発表が行われた。 また、これに引き続き、「消費税の軽減税率とインボイス」をテーマにパネルディスカッションが行われ、消費税率引上げによる税務の課題と今後の税理士業務への影響について議論が交わされた。 いずれの発表においても、実務上の問題点や制度自体への疑問など質疑応答が多数あり、関心の高さがうかがえた。 研究報告後には懇親会も行われ、会員の交歓がなされた。 (多田雄司学日本税務会計学会会長) (了)
《速報解説》 東証、決算短信の自由度向上に係るパブコメを募集開始 ~本体である短信のサマリー情報の使用義務撤廃、 平成29年3月末日以後最初に終了する通期決算又は四半期決算の開示から適用へ~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年10月28日、株式会社東京証券取引所は、「決算短信・四半期決算短信の様式に関する自由度の向上について」を公表し、意見募集を行っている。 これは、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループから、会社法、金融商品取引法、上場規則に基づく3つの制度開示について、全体としてより適時に、よりわかりやすく、より効果的・効率的な開示が行われるよう、開示に係る自由度を向上させるという提言を受けたものである。 意見募集期間は11月27日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 内容 短信の様式に関する自由度の向上として、次のことが述べられている。 Ⅲ 適用時期等 平成29(2017)年3月末日以後最初に終了する通期決算又は四半期決算の開示から適用することを提案している。 決算短信・四半期決算短信の記載事項の具体的な見直し等については、パブリック・コメント期間終了後、本年中を目途に改めて公表すると述べられている。 (了)
《速報解説》 改正「中小企業会計指針」の公開草案が公表 ~敷金に関する会計処理を新たに規定~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年10月28日、日本税理士会連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所、企業会計基準委員会は、「中小企業の会計に関する指針」の改正に関する公開草案を公表した。 意見募集期間は、11月28日までである。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 公開草案の主な内容 1 敷金(39項) 現行の中小会計指針89項にある「今後の検討事項」(資産除去債務)への対応として、固定資産の項目に新たに敷金に関する会計処理について、次のように規定している。 2 税効果会計 企業会計基準委員会から「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号)が公表されているので、従来の「繰延税金資産の回収可能性の判断に関する監査上の取扱い(監査委員会報告第66号)」から改正している。 3 資産除去債務 従来、資産除去債務は、「今後の検討事項」として掲げ、今後の我が国における企業会計慣行の成熟を踏まえつつ引き続き検討すると述べられていたが、今回、当該記述を削除している。 (了) ↓お勧め連載記事↓
《速報解説》 国際会計士倫理基準審議会(IESBA)、違法行為に気付いた場合の 職業会計士の対応に関する新規定を公表 ~企業内会計士含むすべての職業会計士へ適用、国内基準等の同程度の厳格化を求める~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 平成28年7月14日付で、国際会計士連盟(International Federation of Accountants:IFAC)の国際会計士倫理基準審議会(International Ethics Standards Board for Accountants:IESBA)から、新規定「違法行為への対応(原題:Responding to Non-Compliance with Laws and Regulations)」が公表された。 この規定は、職業会計士が、業務を実施する過程で、違法行為又はその疑いに気付いた場合の対応について規定したものであり、すべての職業会計士(会計事務所等所属の職業会計士及び企業等所属の職業会計士)に対して適用されることになる。 このため、監査法人に所属する公認会計士だけでなく、企業等所属の公認会計士(いわゆる組織内会計士)も理解する必要があると考えられる。 平成28年10月20日、日本公認会計士協会は、本規定の概要及びファクト・シートの仮訳を作成しており、本解説はこれらに基づいて述べるものである。より関心のある方は、IFACのホームページから原文を入手していただきたい。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な内容 「違法行為への対応」は、監査人及びその他の職業会計士に対する国際倫理基準である。 監査人でなくとも職業会計士である限り遵守しなければならないものである。 本基準は、公共の利益のために期待される効果に着目しており、次のことが考えられている。 1 違法行為の対象 違法行為は、関与先、雇用主、その統治責任者・経営者、又は、関与先もしくは雇用主のためもしくはその指揮の下で働く他の者によって行われる、作為又は不作為の、故意又は故意ではない、現行の法規制に違反する行為である。 違法行為の対象となる法規制は、①財務諸表の重要な金額及び開示の決定に直接影響を与える法規制、②当該法規制を遵守することが、事業体の事業や経営の根幹に関わるほど重要であり、又は、重大な罰則を回避するために必須であるその他の法規制である。 対象となる法規制の例示は、以下のとおりである。 2 違法行為の対象外となるもの 3 対象となる職業会計士 本基準は、すべての職業会計士に適用される。 ただし、次のカテゴリー応じて、異なる権限及び影響力、並びに、異なるレベルの公共からの期待を考慮しており、それぞれのレベルに対応した責任となっている。 Ⅲ 上級の職にある企業等所属の職業会計士への要求事項 上級の職にある企業等所属の職業会計士とは、人的、財務的、技術的、物的及び無形の経営資源の取得及び配分並びに経営資源に対する支配に関して、重要な影響力を行使し、決定できる取締役、執行役員又は上級の職にある社員である。 Ⅳ 適用時期等 平成29(2017)年7月15日から適用される(早期適用可)。 次のことが述べられている。 (了)