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〈Q&A〉印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第33回】「運送に関する契約書」

〈Q&A〉 印紙税の取扱いをめぐる事例解説 【第33回】 「運送に関する契約書」   税理士・行政書士・AFP 山端 美德   当社は運送業者です。下記の文書は顧客との間で、運転手付きの車両を提供し、従業員の送迎業務を行うことを約する契約書ですが、印紙税の取扱いはどうなりますか。   記載金額1,200万円の第1号の4文書(運送に関する契約書)に該当する。   [検討1] 賃貸借契約は不課税ではないのか 標題は賃貸借契約書とされているものの、乙の所有する車両を単に借用する内容ではなく、乙が運行業務を行うことを内容とするものであり、第1号の4文書(運送に関する契約書)に該当する。 [検討2] 第7号文書(継続的取引の基本となる契約書)には該当しないか 事例の運送契約書は、3ヶ月を超えた契約で、第7号文書の要件である営業者の間において運送に関する2以上の取引を継続して行うために作成される契約書で、2以上の取引に共通して適用される取引条件のうち、単価(月額100万円)、契約金額の支払方法又は期日(月末締め切り翌月20日払い)を定めるものであり、第7号文書にも該当する。 [検討3] 第1号の4文書と第7号文書に該当した場合の所属の決定 一の契約書で課税物件表の複数の種類(この場合は第1号の4文書と第7号文書)に該当した場合、印紙税法別表第一課税物件表の適用に関する通則3の規定により、いずれか一の課税文書として取り扱うこととされる。 第1号文書と第7号文書に該当した場合の通則3の規定を図示すると下記のとおりである。事例の場合、契約金額は月額100万円×12ヶ月=1,200万円と計算できることから、第1号の4文書に該当する。   ▷ まとめ   (了)

#No. 180(掲載号)
#山端 美德
2016/08/04

連結納税適用法人のための平成28年度税制改正 【第7回】「組織再編関連税制の見直し」

連結納税適用法人のための 平成28年度税制改正 【第7回】 「組織再編関連税制の見直し」   公認会計士・税理士 税理士法人トラスト パートナー 足立 好幸   [9] 適格現物出資の見直し 1 改正内容 平成28年4月1日より外国法人の事業所得に対する課税原則が帰属主義に変更されたことに伴い、適格現物出資の範囲について次の見直しが行われることとなった。 (1) 適格現物出資の対象の追加 外国法人に対する現物出資のうちその移転する国内資産のすべてを恒久的施設に直接帰属させるものについて、適格現物出資の対象に加える(法法2十二の十四、法令4の3⑨)。 ただし、国内不動産その他の恒久的施設から国外本店等への内部取引が帳簿価額で行われたものとなる国内資産が含まれる場合には、現物出資後これらの国内資産について内部取引を行わないことが見込まれている場合に限る(法法2十二の十四、法令4の3⑨)。 これは、従来、内国法人が外国法人に対し、国内不動産など国内事業所に帰属する資産(25%以上を保有する外国法人の株式を除く)を現物出資した場合、その現物出資は、非適格現物出資となっていたが、帰属主義への変更により、外国法人に対する現物出資であっても、現物出資される国内資産が日本の恒久的施設に帰属する限り、日本の課税権が失われなくなったため、内国法人が国内資産を外国法人の日本の恒久的施設に対して現物出資した場合、適格現物出資に該当することにした。 その一方で、現物出資された国内資産について、現物出資後に、外国法人の日本の恒久的施設と国外本店等との間で帳簿価額により内部取引が行われ、さらに、その内部取引後にその国内資産が国外で譲渡された場合、日本での課税権が失われる可能性があるため、適格現物出資になるのは「現物出資後これらの国内資産について内部取引を行わないことが見込まれている場合に限る」こととした。 [ケース1] 適格現物出資のケース (2) 適格現物出資からの対象除外 次の現物出資について、 適格現物出資の対象から除外する。 これは、内国法人が国外支店等に国内資産を内部取引した後に、外国法人の国外本店等に現物出資した場合、日本の課税権が失われてしまうため、内国法人が外国法人の国外本店等に対し「その現物出資の日以前1年以内にその内国法人の国内本店等からの内部取引により国外事業所資産となった資産(現金、預貯金、不動産及び不動産の上に存する権利以外の棚卸資産、有価証券を除く)」を現物出資した場合を適格現物出資から除外することとした。 [ケース2] 非適格現物出資のケース(その1)   これは、帰属主義に変更されることに伴い、国外資産の含み損が日本に持ち込まれることによる課税上の弊害を防止するため、従来から非適格現物出資となっている外国法人が内国法人に対して国外事業所に帰属する資産(国内にある不動産等を除く)を現物出資する場合に加えて、外国法人が他の外国法人の日本の恒久的施設に対して国外事業所資産を現物出資する場合も、非適格現物出資とすることとした。 [ケース3] 非適格現物出資のケース(その2)   2 適用時期 平成28年4月1日以後に行われる現物出資について適用される(平成28年所法等改正法附則22②)。 ただし、現物出資が被現物出資法人の平成28年4月1日前に開始し、かつ、同日以後に終了する事業年度の平成28年4月1日から当該事業年度終了日までの間に行われるものである場合の現物出資は改正前の取扱いとなる(平成28年所法等改正法附則22②)。   [10] 組織再編税制の見直し 1 改正内容 組織再編税制について、次の見直しを行う。   2 適用時期 平成28年4月1日以後に行われる合併、分割、株式交換、株式移転について適用される(平成28年法令改正法令附則1、3、9)。   (了)

#No. 180(掲載号)
#足立 好幸
2016/08/04

租税争訟レポート 【第29回】「不動産所得、返還しなかった敷金に対する課税(国税不服審判所裁決)」

租税争訟レポート 【第29回】 「不動産所得、返還しなかった敷金に対する課税(国税不服審判所裁決)」   税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝     【事案の概要】 本件は、不動産貸付業を営む審査請求人が、所得税の修正申告をしたところ、原処分庁が過少申告加算税の各賦課決定処分を行ったのに対し、請求人が、修正申告書の提出は、調査があったことにより更正があるべきことを予知してしたものではないなどとして、過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求めるとともに、請求人による修正申告について、原処分庁が、請求人が返還しなかった敷金は不動産所得の金額の計算上総収入金額に算入すべきであり、一方、請求人が支払った設備の修繕費、修繕積立金及び委託料は必要経費に算入されないとして、また、減価償却費の計算に誤りがあるなどとして更正処分等を行ったのに対し、請求人が、これらの処分等の一部の取消しを求めた事案である。   【審査請求人による不動産貸付のスキーム】 審査請求人は、その妻が代表取締役であるR社との間に各種の業務委託契約を締結していた(下図参照)。 不動産管理業務委託については、請求人が所有する賃貸物件単位で契約を締結し、定額の管理費用、修繕積立金又はリフォーム費用を支払って、これを不動産所得の金額の計算上必要経費に算入していた。 不動産運用業務コンサルティング契約の目的は次のとおりで、月額委託料は23,500円であった。 不動産会計税務事務委託契約の目的は次のとおりで、月額委託料は31,500円であった。   【裁決内容】 本稿冒頭で示したとおり、本審査請求の争点は多岐にわたっているが、不動産の取得価額の計算及びそれを基にした減価償却費の計算については審査請求人独特の主張であることから、また、国税通則法をめぐる争点については一般的な国税不服審判所の判断に基づき棄却されているところから、本稿では割愛することとし、それ以外の下記3つの争点について、審査請求人の主張とそれに対する国税不服審判所の判断を中心に検討したい。 1 争点イ 敷金は、請求人の不動産所得に係る総収入金額に算入すべきか否か 平成24年において、審査請求人が返還しなかった敷金は合わせて3件あるので、請求人の主張に基づき、返還しなかった理由をまとめておく。 共通するのは、敷金の清算はR社と賃借人との間で行われていることだけで、契約内容はそれぞれにより異なることから、審判所は、この主張に対し、1件ずつ総収入金額算入の是非を判断した。 以上の検討結果から、不服審判所は、各敷金のうち、賃借人1に係る敷金60,000円及び賃借人2に係る敷金のうち4,188円は平成24年分の不動産所得に係る総収入金額に算入すべきでないと判断して、原処分庁の処分の一部取消しを認めた。 2 争点ロ 修繕費、修繕積立金等は、請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入されるか否か 審査請求人が、原処分庁により「必要経費とは認められない」とされた修繕費等について処分の取消しを求めた争点においても、請求人とR社との契約内容は物件によって異なっているため、国税不服審判所は、それぞれ個別に検討し、判断している。 3 争点ハ コンサルティング委託料及び会計税務委託料は、請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入されるか否か 審査請求人が、原処分庁により「必要経費とは認められない」とされたコンサルティング委託料及び会計税務委託料について処分の取消しを求めた争点においても、請求人とR社との契約内容により、国税不服審判所は、それぞれ個別に検討し、判断している。 請求人による主張は、請求人がR社と締結している不動産運用コンサルティング業務委託契約及び不動産会計税務事務委託契約に係る業務には、一切家事上の内容が含まれていないことを確認しているから、これらの契約に基づいて支払った委託料は請求人の不動産所得の金額の計算上、必要経費に算入されるというものであるが、国税不服審判所は以下のように判断して、これを斥けた。   【解説】 上記【審査請求人による不動産貸付のスキーム】においてその概要を説明したとおり、請求人は、その妻が代表取締役を務めるR社を設立し、自身の不動産貸付業に係る節税スキームを構築していたところ、それらをことごとく原処分庁に否認され、本裁決でも、国税不服審判所により棄却されることとなった。 国税不服審判所が必要経費への算入を認めなかった理由を中心に、裁決内容を検討したい。 1 返還を要しない敷金に対する原処分の一部取消し 和解により返還を要しないことが決まった敷金が、実質的には賃借人が負担すべき賃料その他の費用に充てられた件及び敷金から原状回復費用を除く部分が実際に返還した件について、請求人に経済的利益がないとして収入に算入すべきではないとした判断(原処分の一部取消し)については、不服審判所により、請求人の主張が認められた。 一方、すでに「リフォーム費用」として請求人からR社に支払いが行われていたにもかかわらず、原状回復費用を必要経費に算入すべきであるから、敷金を収入に計上する必要はないという請求人の主張が斥けられたのは、当然の判断であったといえよう。 2 修繕費・修繕積立金の必要経費性 請求人が管理契約に基づいて、修繕費又は修繕積立金としてR社に支払った金員について、国税不服審判所は、修繕費については、R社による修繕の有無や金額を認定することができないことからR社への支払いの必要性を認めることができないとし、修繕積立金については、請求人からの預り金として積み立てられ、その取崩しについては請求人の了解が必要であることから、請求人がR社に支払った時点においては、請求人の資産としての性質を有するとして、それぞれ、必要経費への算入を否認した。 なお、通常の分譲マンション等における修繕積立金については、以下のように判示しており、請求人とR社との間の任意契約による修繕積立金は、事実関係が異なると判断している。 3 コンサルティング契約等による委託料の必要経費性 まずは、関係する所得税法、同施行令及び基本通達を確認しておきたい(以下、いずれも関係部分だけを記載し、かっこ書きについては簡略化又は省略している)。 国税不服審判所による判断の筋立ては、コンサルティング委託契約及び会計税務委託契約における委託業務の中には、所得税法上家事関連費等として必要経費に算入しない「所得税」に関わるものが含まれており、こうした委託事務は必要経費に算入できない。このうちコンサルティング委託契約における業務の内容である「異議申立等の費用」は、基本通達においても必要経費に算入しない旨が規定されている。また、契約では、業務の遂行上必要である部分と家事費とすべき部分が明らかに区分されていないため、施行令の適用を受けることができず、その全額が必要経費とならない、というものである。 本契約については、審査請求人がR社に委託する業務の範囲を広くとりすぎたことが否認につながったのではないかと考える。下記に再掲するが、すなわち、コンサルティング契約であれば、委託業務の①から⑤まで、会計税務事務契約であれば、①から③及び⑥であれば、請求人の事業遂行に直接必要であるという主張が通ったはずである(委託料の金額をめぐる是非は別にして)。 とはいえ、会計税務事務として委託された「④ 請求人の青色申告のための各種資料の作成」、「⑤ 税務署への申告書提出のための作業」、「⑦ 税務調査対応作業」について、所得税法45条に規定する必要経費に算入しない所得税に関連する業務であるからというだけで、必要経費に算入しないという結論を導くのはいささか無理があると思われる。 この理論を推し進めると、筆者を含む税理士に対する報酬も、家事関連費として否認できるということにつながりかねないのではないか。むしろ、税理士法の規定により、「こうした行為は税理士以外には受任できない」ことを理由に、必要経費算入を否認した方がよかったのではないかと考える。 税務調査の場面では、委託業務の内容が明確に定められていない場合に、コンサルティング契約の実態が問われることも少なくないが、本件では、あまりに広範な委託内容としてしまったことが、原処分庁に否認という判断を提供し、不服審判所がこれを容認、請求人の主要を棄却した側面もあるのではないだろうか。   (了)

#No. 180(掲載号)
#米澤 勝
2016/08/04

包括的租税回避防止規定の理論と解釈 【第20回】「実質主義①」

包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第20回】 「実質主義①」   公認会計士 佐藤 信祐   本稿では、実質主義について検討を行うこととする。実質主義は、実質課税の原則とも呼ばれることがあるが、その内容の意味するところは論者によって大きく異なる。そのため、実質主義が容認されるべきかどうかを論じるためには、まずは、実質主義の定義を明確化する必要がある。   1 実質主義の定義 「実質主義」という言葉を使う場合、「法的実質主義」と「経済的実質主義」の2つに区別する必要がある(※1)。 (※1) 吉良実『実質課税論の展開』64-65頁(中央経済社、昭和56年) 法的実質主義は、法適用上の表見的事実と法適用上の真実の法律事実がある場合には後者を優先すべきであるという考え方である。これに対し、経済的実質主義は、私法上の法律要件を満たした法律事実と経済的成果をもたらす事実がある場合に後者を優先すべきであるという考え方である。 現在の通説では、法的実質主義は認められるものの、経済的実質主義は認められないとされている(※2)。とりわけ、実質主義の否認を否定した東京高裁昭和47年4月25日判決以降は、経済的実質主義を否定する判決が増えてきていると言われている(※3)。 (※2) 矢内一好『一般否認規定と租税回避判例の各国比較』133頁(財経詳報社、平成27年)、松田直樹『租税回避行為の解明』18頁(ぎょうせい、平成21年) (※3) 松田直樹前掲書(※2)18頁 これから、裁判例として、東京高裁昭和47年4月25日判決、東京高裁平成11年6月21日判決、大阪高裁平成14年10月10日判決、東京高裁平成16年1月28日判決についてそれぞれ解説していく予定である。   2 東京高裁昭和47年4月25日判決(TAINSコード:Z065-2900) (1) 事実の概要 本事件は、金銭消費貸借契約により、株式会社三越から1億2,900万円の借入れがあることから、債務控除を行って相続税の課税所得を計算したところ、当該金銭消費貸借契約は租税負担回避のためになされた通媒による虚偽仮装のものであって無効であるから、これによって原告らに対する相続税の課税財産価額から控除すべき相続債務が生じたということはできないとして課税処分が行われた事件である。 そのため、第一審において、課税庁は「地上権設定の対価として授受する趣旨にあったものであり、これをあえて消費貸借の目的として授受する趣旨の契約に仮装したのは伊助が負担すべき所得税(当時は不動産所得)を回避する目的に出たものと解される」という主張がなされている。 本事件では、課税庁から相続債務の評価減についても主張されているが、本連載の論点とは異なるため、ここでは解説を省略するものとする。 (2) 第一審(東京地裁昭和46年3月31日判決・TAINSコード:Z062-2712) (3) 控訴審 (4) 上告審、差戻控訴審 上告審(最高裁昭和49年9月20日判決・TAINSコード:Z076-3395)、差戻控訴審(東京高裁昭和50年3月20日判決・TAINSコード:Z080-3505)では、相続債務の評価減についてのみ争われているため、本稿では解説を省略するものとする。 (5) 評釈 このように、本事件では、租税法律主義に観点から、実質主義による租税回避の否認を認めなかった(※4)。もともと、経済的実質主義を認める考え方が主張されていた経緯としては、ドイツの経済的観察法の影響によるものとされているが(※5)、前述の通り、本判決以降では、経済的実質主義は認められないという考え方が主流となっていった。 (※4) なお、相続債務の評価減についての課税庁の主張は一部認められているため、必ずしも納税者が勝訴した事件とは言い難い。 (※5) 松田直樹前掲書(※2)18頁、谷口勢津夫『税法基本講義』36頁(弘文堂、第3版、平成24年) 本事件でも、金銭消費貸借契約を地上権設定の対価であると課税庁は主張しているが、法的実質主義の観点からもこのような主張は可能であると考えられる。第一審にて、「仮装」「通謀虚偽表示」という文言が主張されていることからもその余地は十分にあったと考えられる。しかし、そのためには証拠の積上げが必要となり、前回、解説したように、証拠のない事実認定は認められないということになる。 やや古い事件であるが故にやむを得ないのかもしれないが、現在から本事件を見てみると、課税庁の主張はやや乱暴であったのかもしれない。 次回では、岩瀬事件(東京高裁平成11年6月21日判決)について解説を行う予定である。 (了)

#No. 180(掲載号)
#佐藤 信祐
2016/08/04

ストーリーで学ぶIFRS入門 【第7話】「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」

ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第7話】 「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美   「お帰り。有給届のハンコ、もらえたか?」 桜井が経理部のシマに戻ると、隣の席の2年先輩にあたる藤原が話しかけてきた。桜井は、経理部長の清瀬から有給申請届の承認印をもらってきたところだった。 今は昼休み中のため、経理部の半数以上がランチを食べに外出している。人が少ないせいか、ムダ話もしやすい。 「ええ。あの“仏の清瀬部長”ですから。2つ返事で押印してくれました。後はこの申請書を総務に持っていけば、心置きなく一週間休めます。」 桜井はふぅっと息を吐いた。気がつけば8月上旬。第1四半期決算も収束に向かいつつあり、経理部でも夏休みを話題にできる雰囲気になってきた。 「俺も有給取りたいんだけど、宿題が山積みだしなぁ。」 藤原も頭の後ろで両手を組み、ため息をついた。藤原の言う「宿題」とはIFRS導入関連の作業のことだろうな、と桜井は推測した。 2人は東証一部に上場している中堅クラスの会社に勤めているのだが、つい先日、会社がIFRSを導入することを決定したのだ。入社3年目の桜井はまだまだ戦力不足のためプロジェクトチームには入ってないが、藤原はメンバーの一員としてフル稼働している。桜井もまた、IFRS導入後の新戦力となるべく、この6月から藤原の指導の下でIFRSについて勉強を始めたばかりだった。 「でもさ、有給申請に上司の承認が必要なのは分かるけど、直接伺ってハンコもらいに行くのは、けっこうキツイよなー」 「分かります。悪いことをしてるわけじゃないんですが、『休みください』って言うのは気が引けるというか・・・。その点、ウチの部長は話しやすい方でラッキーですよね。」 「そうそう。総務とか大変らしいぜ。」 「あー、ビッグママですか。」 ビッグママとは、もちろん通称である。本名は二階堂 梓。男社会のこの会社では唯一の女性部長である。噂によると、自分にも他人にも厳しいタイプらしい。同僚たちは彼女のことを秘かに「ビッグママ」と呼び、畏怖されている。 「仕事はピカイチだし、尊敬はしてるけど、なんだろ、あの威圧感・・・。スゲーとしか表現できないよな・・・」 「180cm以上ある先輩でも、威圧感って感じるんですか?」と、桜井は不思議に思った。 「身長の問題じゃないんだよな。迫力がさ、ハンパないだろ?『女傑』って言葉がぴったりだよなー」 ビッグママとは接点が全くない桜井は、よく分からないがそういうもんなのかな、と納得することにした。 「聞いちゃった!二階堂さんにチクっちゃおうかな~」 桜井の斜め向かいの机から本棚越しに橋本が顔を出した。こちらも派遣社員を除くと経理部唯一の女性社員だ。 「は、橋本さん!・・・盗み聞きですか?」 藤原はいきなりの橋本の登場にあたふたした。 「人聞きの悪いこと言わないでよ。聞・こ・え・た・の。そんな大きな声でしゃべってる方が悪いんじゃない。」 「あのー、ここはひとつ穏便に・・・」 雲行きの怪しい展開になりそうだと判断した桜井は、仲裁に入ることにした。 「あら、じゃ、〇タバのキャラメルマキアートで手を打ってもいいわよ。グランデでお願いね♥」 橋本は藤原に向かって、「もちろんアイスよ。」とにっこりほほ笑みかける。 「ぐっ・・・分かりました。」 明らかに分が悪い藤原は折れることにしたようだ。いつどこに異動されるか分からないサラリーマンにとって、未来の上司になるかもしれない女性から目の敵にされるリスクは冒せない。 悔しがる藤原をよそに、橋本は桜井と夏休みの予定について話が盛り上がっていた。 「じゃ、桜井君は実家に帰るんだね~」 「そうなんですよ。」と桜井は相槌を打とうとした時、「橋本くーん」と清瀬部長が橋本を手招きしていた。橋本は桜井に一言断り、席を外す。 「俺さ、」と、藤原が橋本の背中を見ながら桜井に話しかける。 「2代目ビッグママはあの人になる気がする。」 橋本とは接点がある桜井は、心から同意した。もちろん、口に出すようなヘマはしない。   桜井が有給申請届を総務部に届けた後、エレベーター前でグランデサイズのコーヒーカップを持った藤原に出くわした。 「お疲れ様です。」と桜井は思わず口にした。 「お、おぅ。」 藤原は苦笑いを浮かべて、桜井と一緒に経理部へ向かう。 「ところで、先輩。」 「ん?何だ?」 藤原は横を歩く桜井を見下ろす。 「有給申請する時にふと思い出したんですけど、IFRSを導入したら、有給休暇引当金を計上することになるんですよね。」 「有給休暇引当金か。IFRS導入の有名な論点の1つだな。」 「たしか、期末時点で未使用の有給休暇に係る債務を計上することになるんでしたっけ。」 「その通りだ。よく知っているじゃないか。」 「本で見たので。でも、具体的にどう計算するのかまでは書いていなかったから、イマイチよく分からないんですよね。」 それを聞いた藤原は腕時計を確認した。 「うん、ちょうどいいな。ちょっと来い。」 2人が経理部に着くと、藤原は机の脇に積上げたファイルから分厚い束を抜き取り、桜井に渡した。 「『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』・・・?」 桜井はよく分からないまま、渡された資料のタイトル名を読み上げた。 「そうだ。2014年1月15日付で経団連から公表されたもので、既にIFRSを適用している会社がどうIFRSを適用したのかがまとめてあるんだ。その中に、確か有給休暇引当金について書いてあったはずだ。」 桜井がぱらぱらと紙をめくると、後半のほうにやっと「有給休暇引当金」の項目を発見した。 「午後の始業まで少し時間があるから、IFRSではどう規定されているのか教えてやるよ。」 藤原はニヤリと笑って、廊下を指した。 「ここだと落ち着かないから、ミーティングルームに移ろうぜ。」   引当金ではない有給休暇引当金 空いているミーティングルームに入ると、藤原はホワイトボード用のペンを手に取り、「コホン」と咳払いをした。 「では、有給休暇引当金の解説を始めよう。」 「よろしくお願いします。」桜井は椅子に腰かけてノートを広げる。 「まず、有給休暇引当金はIFRSの何号に規定されているか、知っているか?」 さっそく藤原は桜井に質問した。 「えーと、引当金って言うからにはIAS第37号の『引当金、偶発資産及び偶発負債』で規定されてるんじゃないんですか?」 「チッチッチ」藤原は得意げに指を左右に揺らす。 「IAS第19号の『従業員給付』に規定されているんだ。」 「え、そうなんですか。ということは、有給休暇引当金って引当金ではないんですか?」 「日本ではそういう表現が一般化しているが、IFRSでは引当金とは分類されていない。IAS第19号の中でも『負債(未払費用)』と記載されているんだ。」 「へぇ。」 桜井は意外に思った。 「暇があれば、IFRS任意適用会社の有報を調べてみるといい。有給休暇引当金として計上している会社もあるが、未払有給休暇や有給休暇債務としている会社もあるんだ。」 「そう言えば、注記を見ていた時にそんな勘定科目を目にしたことがあるような・・・」 はっきりと思い出せない桜井は、“後で有報を確認しておくこと”とメモを取った。 「だが、ここでは一般的に使われている『有給休暇引当金』に言葉を統一して説明していこう。いろんな言い方だと混乱するからな。」 「はい。分かりました。」   資産負債アプローチで考える有給休暇引当金 「なぁ、IFRSでは資産負債アプローチを採用していると、以前教えたことを覚えているか?」 「はい。いきなりどうしたんですか?」 桜井は藤原がなぜ唐突に資産負債アプローチの話を持ち出したのか、意味が分からず首をひねった。 「これから有給休暇引当金の会計処理を学んでいくんだが、まずIFRSがどういう視点でこの会計処理を定めているのかを最初に確認したほうがいいと思ってな。」 「ただ、」と藤原は補足した。 「これから説明する考え方は基準に書いてあるわけじゃない。あくまでも俺が基準を読んで解釈した内容だということを先に断わっておくな。」 「分かりました。」 桜井は返事をした後、資産負債アプローチの定義を記憶から引っ張り出した。 「えっと、資産負債アプローチでは資産や負債の認識や測定を重視するんですよね?」 「そうだ。」と、藤原は一度頷いて、資産負債アプローチとは反対の概念である収益費用アプローチと対比させて説明することにした。 「収益費用アプローチでは、収益と費用を重視することになる。例えば、米国基準では、期間損益を適正化するという収益費用アプローチの観点から有給休暇引当金の計上が要求されているんだ。」 「へぇ、そうなんですか。」 「一方、IFRSでは、『債務』をいつ認識するのか、どう測定するのかについて規定されている。つまり、負債の計上を重視しているんだ。」 「なるほど。視点が負債側なんですね。」 桜井は納得したようだった。 「IFRSでは、有給休暇引当金の計上額は期末時点で未行使の有給休暇のうち、実際に行使される分に係るコストが会社の計上すべき債務だ、と考えるんだ。」 「ふぅん。IFRSではそんなふうに考えるんですね。」 「よし。IFRSでは具体的にどう規定されているか、見ていくぞ。」   人件費に関する基準はIAS第19号とIFRS第2号の2つ 「さっきも言った通り、有給休暇引当金はIAS第19号の『従業員給付』に規定されている。じゃあ、IAS第19号はどういうことを定めた基準なのか?」 藤原は首を傾げて、桜井を見た。 「給与とかの人件費に関する会計基準じゃないんですか?」 桜井は当たり前じゃないですか、といった口調で答える。 「正解。人件費に関する基準は2つある。1つは、ストック・オプションに関する会計処理。これは、IFRS第2号で定められている。それ以外の人件費については、このIAS19号に基づいて計上されることになる。」 藤原はホワイトボードに書きながら説明した。 「へぇ。人件費に関する基準は2つあるんですね。」   従業員給付の定義 「まず初めに、基準のタイトルでもある従業員給付(Employee Benefits)とは何か、ということから押さえよう。」 「はい。」 「従業員給付とは、従業員の勤務の提供を受けて、会社がその対価として負担することになるあらゆる形態の給付のこと言うんだ。」 ここで藤原は一旦間を置くと、続けて定義の中の言葉を説明し始めた。 「この『従業員』とは、常勤やパートタイムで勤務を提供する者だけでなく、取締役や他の役職者も含んでいる。」 「へぇ。」 「続いて『あらゆる形態の給付』についてだが・・・」 「『あらゆる形態』って、何か引っかかる表現ですね。」 聞きなれない表現に桜井は眉をひそめた。 「冴えてるじゃないか。これは、給与や賞与などの貨幣性給付のみならず、住宅の提供や会社負担の医療費などの非貨幣性給付も含まれているっていう意味なんだ。」 「なるほど。一言で『従業員給付』と言っても、その対象はかなり広いんですね。」 桜井は感心したような口調で言った。 「ということは、先輩、有給休暇もその給付に含まれているってことですか?」 「その通り。図で表すとこんな感じだな。」 藤原は、さっそくホワイトボードに関係図を描き始めた。 「あ、この方が分かりやすいですね。」 そうだろう、と藤原は満足そうに頷いた。 【勤務の提供と給付の関係】   4種類の従業員給付 「さて、この従業員給付だが、大きく4種類に分かれているんだ。」 続いて藤原はホワイトボードに4つのボックスを書き出した。 「短期従業員給付(short-term employee benefits)、退職後給付(post-employment benefits)、その他の長期従業員給付(other long-term employee benefits)、解雇給付(termination benefits)だ。」 「えーと。退職後給付は、退職給付会計のことですよね?」 桜井は、とりあえず中身が特定できそうなものから確認した。 「そうだ。そして、解雇給付は雇用を終了するという企業の決定または雇用の終了と交換に企業の給付の申し出を受け入れるという従業員の決定により生じる従業員給付だな。」 「つまり、解雇給付は『勤務の提供』により生じる債務ではなくて、『雇用の終了』により生じる債務なんですね。」 藤原は頷いて、桜井の言葉を肯定した。 「そういうことだ。あとの2つについては、言葉通りだ。さっき説明した退職後給付と解雇給付以外の給付で、期末日から12ヶ月以内にすべてを決済すると予想されるものを短期従業員給付、予想されないものをその他の長期従業員給付に区分することになる。」 「なるほど。すべての従業員給付はこの4つのいずれかになるんですね。」   有給休暇は短期従業員給付 「じゃあ、有給休暇はどの給付になるか、分かるか?」 「この中だと、短期従業員給付でしょうか?」 桜井はさっき藤原が教えてくれた定義を反芻しながら答えた。 「その通りだ。」藤原は「短期従業員給付」のボックスに赤いペンで丸を付けた。 「ただし、有給休暇の権利行使が期末日から1年を超えるような有給休暇については、その他の長期従業員給付に該当することになるから、そこは留意が必要だぞ。」 桜井が頷いたのを確認した後、藤原はさらにこう続けた。 「では、ここからは短期従業員給付であることを明確にするために、単に有給休暇ではなく、『短期有給休暇』(short-term paid absences)と表現して説明していくことにする。」 「はい、分かりました。」   短期従業員給付の会計処理 「短期有給休暇が短期従業員給付に該当することを確認できたら、次は短期従業員給付がどう認識されるのかを見ていこう。」 「はい。認識とは、『いつ』、『どの勘定科目』で計上するのかということでしたよね。」 「そうだ。すべての短期従業員給付は、従業員が勤務を提供した時に企業が対価として支払うと見込まれる給付の割引前の金額を負債、または費用として認識することになる。」 藤原は勤務の提供と給付の関係図の『給付』の下に説明を追加した。 【勤務の提供と給付の関係】 「つまり、『いつ』は従業員の勤務提供があった時、『どの勘定科目』という所は負債または費用として計上するってことですね。ということは、有給休暇引当金も勤務を提供した期に対応させて負債計上することになるんですよね?」 桜井は、藤原の説明をそのまま短期有給休暇に当てはめて確認してみたが、藤原は少し間を置いて答えた。 「んー。累積型有給休暇だとそうなるな。」 「累積型?何ですか、それ?」 初めて聞く言葉に戸惑った桜井は、眉をひそめて藤原に聞いた。 「あ、そっか。まず短期有給休暇の分類について説明しなくちゃいけないな。」 そう言うと、再びホワイトボード用のペンを手に取った。   短期有給休暇に分類がある? 「よし。じゃあ次に、短期有給休暇の分類について説明するぞ。」 「短期有給休暇に分類なんてあるんですか?」 「あれ?お前、有給休暇引当金の説明、本で読んだんじゃないのか?」 「読んだとは言ってませんよ。見たと言ったんです。」 桜井はさらりと答えた。 「あー、そういうことね。」 この世代は言葉に細かいな、と自分も同世代であることを棚に上げて藤原は思った。 ◆分類1:累積型有給休暇と非累積型有給休暇 「まず、短期有給休暇は、累積型有給休暇(accumulating paid absences)か、非累積型有給休暇(non-accumulating paid absences)に分けることができるんだ。」 気を取り直した藤原は再び説明を再開した。 「はぁ。」 桜井はホワイトボードに書きこんでいる藤原の背中を見ながら相槌を打った。 「まず、累積型有給休暇とは当期付与された権利のうち、未使用分を繰り越して将来の期間に使用することができるものをいう。非累積型有給休暇はその逆だな。当期付与された未使用の権利は繰り越されず失効してしまうタイプの有給休暇だ。」 「では、ウチの会社の年次有給休暇に当てはめると、未使用の有給休暇は翌1年間繰り越すことができるので、累積型有給休暇と言うわけですね。」 桜井の言葉を受けて、藤原がさらに補足した。 「そうだ。一方、慶弔時に取る特別休暇や育児休暇、裁判員休暇なんかは非累積型に当てはまるな。」 「なるほど。確かにそれらの休暇は翌期に繰り越せないですもんね。」 ◆分類2:権利確定するものと権利確定しないもの 藤原はさらに説明を続けた。ホワイトボード上の『累積型有給休暇』の下に左右に分かれた線を引いていく。 「さらに累積型有給休暇には『権利確定するもの』と『権利確定しないもの』に分かれる。」 「え、確定って有給休暇の権利はもう確定してるんじゃないんですか?」 「そういう意味での確定じゃない。」藤原は苦笑しながら言った。 「離職時に未使用の有給休暇の権利について現金の支払いを受ける権利が与えられているものを『権利確定するもの(vesting)』と言い、現金の支払いを受ける権利を有しないものを『権利確定しないもの(non-vesting)』と言うんだ。」 「ということは、ウチの会社の有給休暇は買い取ってもらえないから『権利確定しないもの』に該当するんですね。結局未消化のまま失効してしまうんだから、ウチの会社にも買取制度できてほしいですよね。」 「気持ちは分かるが、難しいだろな~」 2人は暫く思いを馳せた後、同時にため息をついた。   短期有給休暇をなぜ分類するのか? 「ところで、なんで短期有給休暇の分類なんて要るんですか?」 桜井はふと疑問に思った。日本ではそもそも有給休暇に分類なんて聞いたことないし、必要だとも思わなかったからだ。 「お。なんでだと思う?」 藤原は、少し嬉しそうに聞き返した。 「えー、分からないから聞いてるんですけどー」 桜井は藤原のニヤニヤ笑いから顔を背け、その理由を考えてみた。 「んー、会計基準で分類があるってことは、会計処理が違ってくるってことですか?」 「ビンゴ。」 藤原はペン先を桜井に向けて言った。 ◆分類1:累積型と非累積型で認識のタイミングが違う 「まず、累積型か非累積型かで、認識のタイミングが異なるんだ。」 「と、言うと・・・?」 「累積型有給休暇の場合は、将来の有給休暇の権利を増加させる勤務を従業員が提供した時に有給休暇の形式による短期従業員給付の予想コストを認識することになる。 それに対して、非累積型有給休暇では休暇が発生した時に当該給付を認識することになるんだ。」 「累積型有給休暇は勤務提供のあった期に認識・・・あ、短期従業員給付の会計処理の説明の時に先輩が言ったのはこのことだったんですね。」 メモを取っていた手を止めて、桜井は顔を上げた。 「その通り。ただし、非累積型有給休暇の場合は従業員の勤務が給付を増加させるとは考えないため、休暇を取得する時まで負債または費用として認識することはないんだ。」 「なるほど。1つ目の分類では、いつ認識するのかが違うんですね。」 ◆分類2:権利確定するかしないかで測定に違いがある 「続いて権利確定するものと、しないものを分類する理由について、だ。」 藤原はホワイトボードから桜井に向き直って、引き続き説明する。 「さっきは認識の違いだったな。じゃ、次は何が来ると思う?」 「えー、認識の次ですから、測定の話ですか?」 「そうだ。だいぶ基準の作りに慣れてきたじゃないか。」 桜井は自分の答えが合っていたことにホッとした。測定とは、認識した項目をいくらで計上するか、という金額を決定するプロセスのことを言う。 「権利確定する場合はそのまま期末の有給休暇未使用分に対する負債を計上するんだが、権利確定しないものについては、有給休暇未使用分に、従業員がこれを使用する前に離職する可能性を債務の測定に影響させる必要があるんだ。」 「どうして買取制度があるかどうかが、離職の可能性を考慮するかどうかに関わってくるんですか?」 「権利確定するものの場合、会社は従業員の離職時に未使用分の権利に対して支払義務を負うため、有給休暇の未使用分すべてに対して負債を計上することになる。」 「はい。そこまでは理解できます。」 桜井は相槌を打った。 「でも、権利確定しない有給休暇の場合だと離職時に未使用の有給休暇はそのまま失効してしまうだろう?会社は失効部分に係る債務は計上する必要はないのだから、その分を債務の測定に際して考慮して計上することになる、というわけだ。」 「あ。なるほど。やっと分かりました。」 「今説明した分類と処理のポイントをまとめてみるとこうなる。分かりやすくなっただろう?」 藤原は鼻高々にホワイトボードを指さした。 「あー、ハイ。ソウデスネ。」 桜井はやや呆れ気味に返事をした。 【短期有給休暇の分類】   累積型有給休暇の測定方法 「よし、短期有給休暇の分類が分かったところで、次に行くぞ。」 「え、まだあるんですか?」 「期末に計上すべき有給休暇引当金をどう測定するか、まだ説明してないだろう?」 「そう言えば、そうですね。」 「基準の言葉をそのまま引用すると、『累積型有給休暇の予想コストを報告期間の末日現在で累積されている未使用の権利の結果により企業が支払うと見込まれる追加金額として、測定しなければならない』、とある。」 「えーと・・・」 桜井はすんなり理解できないようだ。 「では、これを3つに区分して見ていこう。」と藤原は提案した。 として、測定しなければならない。 「1つ目なら大丈夫です。『(a)累積型有給休暇の予想コスト』とあるのが、『有給休暇引当金として計上すべき額』ってことですね。」 桜井は安堵して、分かる箇所から内容の確認をした。 「そうだ。次の『(b) 報告期間の末日現在で累積されている未使用の権利の結果』は期末時点で繰り越される未使用の有給休暇日数のことだ。」 「はい。」 「『(c)企業が支払うと見込まれる追加』とあるが、これは(b)のうち、翌期に消化されると予想される有給休暇ということだ。確定しないタイプの場合は、従業員が行使する前に離職する可能性を加味することになる。 そして、その翌期消化が予想される有給休暇日数に日給を乗じることで、追加金額を算定するんだ。」 桜井は再び頷いた。 「なるほど、こうして分解して読んでいくと、難しいことを書いているわけではないんですね。」   追加支払額をどう捉えるのか? 「以上が有給休暇引当金の基礎編ってところだな。」 「ありがとうございました。」桜井が頭を下げる。 「礼を言うのはまだ早いぞ。」 「え?まだ何かあるんですか?」 「今度は実践編だ。」 藤原が不敵な笑みを浮かべて桜井を見下ろす。 「実はもう1つ、測定に関して規定があるんだ。」 「な、何でしょう?」と、桜井は顔を引きつらせて尋ねた。 「累積型有給休暇の将来コストの測定は、給付が累積するという事実のみから発生すると見込まれる追加支払額により債務を測定する必要がある、という規定だ。」 「『累積するという事実のみから発生』って、またややこしい表現がありますね。」 桜井は渋い顔をして言った。こういう含みがある言葉は好きではない。 「そうなんだよな。そして、この『追加支払額』をどう解釈するかで、日本では会社ごとで処理方法に違いがあるのが現状なんだ。」   処理方法の違い:先入先出法と後入先出法 「処理方法って、どんな方法があるんですか?」 「大きく分けて、先入先出法と後入先出法の2つがある。」 「あ、それ、簿記で棚卸資産の払出方法の項目で習いました。」 桜井は自分の知っている言葉が出てきて、少し元気づいた。 「先入先出法は、先に取得したものから順に払い出していく方法ですよね。 そして、後入先出法は後に取得したものから先に払い出すんでしたっけ。」 「そうだ。」 ◆先入先出法を採用する考え方 「ということは、累積型有給休暇制度で先入先出法で処理するとなると、前期繰り越した有給休暇から先に消化していくってことですね。」 桜井は少し考えて付け加える。 「でも、それって当たり前じゃないですか?」 「ほう?何でそう思うんだ?」 藤原は机に腰かけて、腕を組んだ。桜井はやや興奮気味で答える。 「だって、一般的に年次有給休暇制度って、翌1年しか繰り越せないですよね。先に前期からの繰越分から消化しないと、次の年には失効してしまうじゃないですか。現実的には丸々年間付与される20日間の有給を取ることなんてできないんですから、後入先出法で考えると実質的には繰り越せないことと一緒ですよ。」 「そうなんだよな。会社の就労規定には先入先出法でやるなんて書いてないけど、先入先出法に基づいて運用されているのが実態だ。」 「はい。運用方法が先入先出法なら、会計上も先入先出法で計上したほうが実態に即していると思います。」 桜井は自分の意見が通って、落ち着いたようだ。先ほどよりややトーンダウンして答えた。 「確かにその考え方から、追加支払額の測定する際に先入先出法で処理している会社もある。」 ◆後入先出法を採用する考え方 「だとしたら、後入先出法を採用している会社はどう考えてるんでしょうか?」 桜井にはその考えがさっぱり思いつかない。 「条文にある『累積するという事実のみから発生』をどう捉えるかがキーになっているんだ。」 「さっき、僕が引っかかった表現ですね。」 藤原は一度頷くと、具体的な数字を出して説明することにした。 「例えば、俺が今期25日休みを取ったとする。」 「はい。」 「俺が年間で付与される有給休暇は20日だから、25日のうち20日はその有給休暇を充当することになる。ここまではいいな?」 「はい。大丈夫です。」 「残りの5日は本来なら欠勤扱いになるはずだが、前期に繰り越した有給休暇が5日残っていたので前期繰越分を充てる。すると、どうなる?」 「えーと、もし欠勤扱いなら給料が発生しないので、その5日分給料が減額されますよね。でも、前期の有給休暇を使うことで、5日分の給料を会社は支払うことになりますね。」 「その通り。この5日分の給料が『累積するという事実のみから発生』した『追加支払額』と考えるんだ。これが後入先出法を採用する根拠だ。」 「うーん。確かに説得力ありますね。」 桜井はしぶしぶ頷いた。 「さらに、IAS第19号の設例は個別後入先出法で説明しているし、結論の根拠にも選択した理由について、『この方法(個別後入先出法)は、債務を累積型の特徴のみから発生すると予想される追加的な将来の支払の現在価値で測定するからである。』と明言しているんだ。」 「なんだか先入先出法の方が分が悪いですね。」 藤原は頭をポリポリ掻きながら答えた。 「経団連の『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』を見てみると、後入先出法を採用している会社の方が多いが、先入先出法を採用している会社もある。どちらの解釈も一理あるから、会社が自分で判断することになるんだろうな。」 「さっそく、原則主義の洗礼ですね。」 桜井はため息をつきながら言った。 「やりがいがありそうだろ?」 藤原は頭を掻いていた手を止めて、ニヤリと返した。 ◆設例を用いて計算してみよう 「以上が、IAS第19号で定めている短期有給休暇の会計処理だ。」 「理解できたと思うんですけど、実際にどうやって有給休暇引当金を算定するか確認したいです。」 「そうだな。じゃあ、簡単な設例を使って説明していこう。先入先出法と後入先出法とでどう違ってくるのか見てみたいだろ?」 「はい。」 桜井は藤原が書いた条件を眺めると、おもむろに口を開いた。 「先輩、翌期の予想有給休暇消化日数が平均23日ってありえないですよ。」 藤原は長いため息をついた。 「いいんだよ。分かりやすく説明するための設例なんだから。」 と、いつものペースで設例の前提を確認したところで、2人は計算方法の確認に移った。 ◆それぞれの処理方法の比較 「まず、先入先出法と後入先出法それぞれで計算した場合のイメージだ。」 桜井は2つの図を見比べて、計算式を確認した。 「えーと、先入先出法だと、期末未使用分丸々5日分が追加支払額になるんですね。」 藤原は、「そうだ」と頷き、説明を引き継いだ。 「一方、後入先出法では、来期予想される消化有給休暇が23日とあることから、来期付与される20日を超える日数、つまり23日-20日=3日分に対する債務が当期末計上すべき債務額と考える。」 「あぁ、なるほど。こういうふうに考えていくんですね。」 「考え方としては難しくないだろう?」 藤原の言葉を受けて、桜井は頷いた。 「はい。それにしても、同じ条件なのに会計処理が違うだけでこんなに計上額が違ってくるんですね。」 「面白いよな。」と、藤原はホワイトボードへ再び視線を向けた。   藤原が設例の説明を終えた時、ちょうどタイミング良く午後の予鈴が鳴った。 「これで桜井も有給休暇引当金については、バッチリだな。」 「ええ。だと思います。」 桜井も素直に藤原の言葉に頷いた。 「さて、仕事に戻るか。」 2人は席から立ち上がり、ミーティングルームを後にすることにした。部屋を退出する際に、桜井に背中を向けたまま藤原が言った。 「IFRS導入後はお前が有給休暇引当金の担当だな。」 桜井はあまりにもさり気ない藤原の言い方が引っかかり、ふと鎌をかけてみた。 「それって、先輩が総務部と関わるのを避けたいから、なんて理由じゃないですよね?」 表情は見えないものの、藤原の背中は明らかに動揺している。 「ば、ば、バカを言うな。俺は、ビッグママなんて怖くないぞっ!」 「あれ?なんで狼狽えているんですか~?」 誰もビッグママなんて言ってないのになー、と思いつつ桜井は冷静につっこんだ。 「う、うるせー!」 「せんぱーい、廊下は走っちゃいけませんってばー」 2人のパタパタという足音が廊下に響き渡った。 ・・・そして2人が向かう経理部では、〇タバのキャラメルマキアートを待つ橋本が、腕組みをして待ちかまえているのだった・・・   (了)

#No. 180(掲載号)
#関根 智美
2016/08/04

被災したクライアント企業への実務支援のポイント〔会計面のアドバイス〕 【第4回】「棚卸資産の処理」

被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第4回】 「棚卸資産の処理」   公認会計士 深谷 玲子   1 棚卸資産の被害 大地震や集中豪雨などにより、法人の所有する製品や商品などの棚卸資産に物理的な被害が発生することがある。棚卸資産が被災した場合、法人は会計上どのような対応をとるべきか。 本稿では、災害の混乱が収まるまでの対応、その後の実地棚卸による災害被害額の認識と測定の仕方及び会計処理について見ていく。 ここで、棚卸資産とは、商品、製品、半製品、原材料、仕掛品等の資産であり、企業がその営業目的を達成するために所有し、かつ、売却を予定する資産のほか、売却を予定しない資産であっても、販売活動及び一般管理活動において短期間に消費される事務用消耗品等も含まれる(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」第3項)。 以下では、通常の販売目的(販売するための製造目的を含む)で保有する棚卸資産を対象とする。   2 災害の混乱が収まるまでの会計上の対応 現場では災害の混乱の中にあっても出荷しなければならない場合がある。あるいは、被災者支援のため、自社の商品を緊急に提供することも考えられるだろう。 一方で、法人が利用している在庫システム、会計システムは、被災により使用できない状態にあることが多い。 この場合、手書き伝票でもメモでもよいので、出荷の記録を残すように努めたい。記録さえあればシステム復旧後に入力することができるからである。そうすることで棚卸資産の継続記録法(※)の中断を避けることができ、後述する災害被害額の正確な認識と測定が可能となる。 (※) 棚卸資産を受け入れた時及び払い出した時にそれぞれの数量を継続的に記録しておき、棚卸資産の在庫数量を帳簿上において常に明らかにしておく方法。 被災者支援のため自社の商品を緊急に提供する場合については、下記「6 被災者支援のための自社製品商品の提供」で詳細に見ていくこととする。   3 実地棚卸の実施及び被害状況の把握 ある程度災害が落ち着いたら、災害被害額の正確な認識と測定のため、被災した棚卸資産について、実地棚卸を行う。数量確認はもちろんのこと、販売可能かどうか、損壊の程度はどのくらいか、という棚卸資産の状態確認が重要となる。 例えば、小売業の場合、棚卸資産である商品を下記のようにランクに分けて把握する。 その際、社内で統一したランク評価ができるよう、明確な基準を示すことが必要である。特に[ランクB]と[ランクC]の判断は、困難が予想される。具体的な判断基準として、写真や図などを用いることも有効であろう。明確な判断基準が示されることで、棚卸担当者によるランク評価が一貫性をもって、かつ、迅速に行うことができる。 また、法人の扱う商品の規格よっては、[ランクB]をさらに細分化して把握することも考えられる。製造業においては、再加工の必要性という視点も必要となるであろう。 棚卸資産の評価ランクについては、法人ごとの独自の事情を考慮して、平素から「災害時における棚卸資産ランク評価マニュアル」を作成しておくことがより望ましい。 また、預け在庫の被災状況も忘れずに把握する。 実地棚卸によって棚卸資産に対する被害が把握された場合、その被害状況(ランク評価)に応じて次のような対応が考えられる。   4 棚卸資産の被害に対する会計処理 次に、上記①~④における会計処理について、それぞれ詳しく見ていく。 ① 棚卸資産が滅失した場合 棚卸資産そのものが存在しない、あるいは発見されない場合がある。この場合、被災直前の当該棚卸資産の帳簿価額の全額を、「棚卸資産滅失損」などの適当な科目を用いて、損益計算書の特別損失に計上する。災害による他の費用・損失とまとめて「災害損失」等の科目で特別損失に計上し、その内訳を注記することもできる。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 ② 棚卸資産が損壊しており、販売可能性がない場合 現物としての棚卸資産は確認できるが、著しく損壊しており、もはや販売不能であると判断される場合がある。すでに棚卸資産としての価値を失っていると判断される場合である。 この場合、被災直前の当該棚卸資産の帳簿価額の全額を、「棚卸資産滅失損」等の適当な科目を用いて、損益計算書の特別損失に計上する。災害による他の費用・損失とまとめて「災害損失」等の科目で特別損失に計上し、その内訳を注記することもできる。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 状況によっては、損壊した棚卸資産の撤去費用が必要となることも考えられる。撤去にかかる費用も、「災害損失」などの適当な科目を用いて損益計算書の特別損失に計上する。 〈決算日までに行った撤去にかかる費用〉 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 決算日までに撤去が完了していない場合は、引当金の要件を満たすものについては引当金を計上する。 (※) ただし、上記計上額が多額でない場合には、経常的な費用として計上されることも考えられる。 ③ 棚卸資産が損壊しているが、販売可能性がある場合 現物としての棚卸資産は確認できるが、災害前の完全な状態ではない場合がある。災害による一部損壊により品質が低下し当初の価格では販売できない状態となっている場合、あるいは、販売できる状態にするための再加工等何らかの工程を必要とする場合である。この場合は、収益性の低下を認識し、帳簿価額を切り下げる。 具体的には、正味売却価額を把握し、それが当該棚卸資産の帳簿価額よりも下落している場合には、下落部分について損失を認識する。この際、収益性の低下の有無に係る判断及び帳簿価額切下げは原則として個別品目ごとに行う(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準第12項)。 ④ 被害なし、完全な状態で棚卸資産として存在する場合 現物としての棚卸資産が災害前と同じ完全な状態で確認できる場合がある。この場合、会計上なんら処理する必要はない。 ただし、棚卸資産が災害前と同じ完全な状態であることと、災害前後により正味売却価額が変動しないということとは別問題である。 災害前と同じ完全な状態であっても、被災後、正味売却価額が変動する場合がある。例えば、受注生産の場合や特別仕様品等の場合、取引先の被災状況によっては、販売可能性に疑義が生じる場合がある。 このような可能性も考慮し、棚卸資産が災害前と同じ状態で存在することを確かめるだけでなく、棚卸資産の販売可能性、正味売却価額を実態に応じて適切に判断する必要がある。もし、販売可能性に疑義が生じている場合には、②③に準じた処理を行うことになる。   5 保険金の会計処理 棚卸資産の被災により損害保険金を受け取った場合は、以下の会計処理を行う。 (※) ただし、上記計上額が多額となる場合には、特別利益として計上されることも考えられる。 この仕訳は、保険金を受け取った時点で行われる。一方で、災害が大規模になると、保険金受取の確定、保険金の入金までにかなりの時間を要する場合もある。その間に決算日を迎えた場合には、災害の起きた期に上記の仕訳をすることはできない。災害による損失を計上した期と災害による損害保険の収益を計上する期がずれるのである。 実務的対応としては、被災棚卸資産の保険に関してその付保状況を注記において説明することが考えられる。   6 被災者支援のための自社製品・商品の提供 被災者支援のため、自社の商品を緊急に提供する場合がある。ある程度災害が落ち着いてから、実地棚卸による棚卸資産の評価ランクが決定した後の提供については、特に注意が必要である。 ここで再び小売業に例をとり、上記「3 実地棚卸の実施及び被害状況の把握」で見たランク評価を再掲する。 [ランクA]・[ランクB]の商品を被災者支援のために提供することには問題はないであろう。問題は、[ランクC]の商品を被災者支援のため提供するか否かである。 法人は、以下のようなポイントを考慮して、提供するか否かを判断されたい。 これらを踏まえて判断した結果、被災者支援のために提供した自社商品は、「被災者提供品費」などの適当な科目を用いて、損益計算書の費用に計上する。金額が多額となる場合は特別損失、そうでない場合には営業費用(販売費及び一般管理費)となる。 また、この際に計上された費用は、税務上の取扱いに注意が必要である。 通常時であれば、無償・あるいは無償に近い価額での自社商品・製品の提供は寄付金となり、すべてが税務上の損金となるわけではない。ただし、法人税基本通達9-4-6の4(自社製品等の被災者に対する提供)において、災害時の特例が認められている。 災害時の場合には、会計上費用とした金額が、税務上も全額損金として認められる。 その結果、税効果会計における一時差異に該当しないこととなるため、会計上も留意が必要である。 (了)

#No. 180(掲載号)
#深谷 玲子
2016/08/04

金融商品会計を学ぶ 【第26回】「ヘッジ会計⑦」

金融商品会計を学ぶ 【第26回】 「ヘッジ会計⑦」   公認会計士 阿部 光成   引き続き、「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号。以下「金融商品会計基準」という)及び「金融商品会計に関する実務指針」(会計制度委員会報告第14号。以下「金融商品実務指針」という)におけるヘッジ会計について述べる。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。   Ⅰ 連結会社間取引のヘッジ 連結会社間取引をヘッジ対象として個別財務諸表上繰延処理されたヘッジ手段に係る損益又は評価差額については、連結上、修正を行い、ヘッジ関係がなかったものとみなして当期の純損益として処理することになる(金融商品実務指針163項)。 連結会社間取引をヘッジ対象として、ヘッジ会計を適用した場合、親会社又は子会社の個別財務諸表上は、両者に有効なヘッジ関係が成立していればヘッジ会計の適用が可能である。 連結財務諸表上は、当該取引は内部取引として消去されることとなり、ヘッジ対象となるリスクも存在しないこととなるので、個別財務諸表上認識された繰延ヘッジ損益は、連結財務諸表上、ヘッジ会計の適用がないものとして取り扱われ、連結決算手続において当期の純損益に振り戻すこととなる(金融商品実務指針333項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針163項、333項)。 連結会社間で行っているデリバティブ取引が、個別財務諸表上でヘッジ手段として指定されている場合、連結上は当該デリバティブ取引を消去し、ヘッジ関係がなかったものとして処理する(金融商品実務指針164項、333項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針164項、333項)。   Ⅱ デリバティブ取引以外のヘッジ手段 デリバティブ取引以外のヘッジ手段としては、次のいずれかのみについてヘッジ会計の適用を認めるとし、限定的な取扱いが規定されている(金融商品実務指針165項、334項)。   Ⅲ 売建オプションによるヘッジ 売建オプション(買建オプションとの相殺の結果、売り持ちとなる場合を含む)は、損失削減の効果がオプション料の範囲に限定されているため、リスクの有効な減殺とはいえないので、ヘッジ手段とは認められていない(金融商品実務指針166項、335項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針166項、335項)。   Ⅳ 外貨建取引に係るヘッジ 決算日レートで換算される外貨建金銭債権債務及び外貨建有価証券について、為替予約等(通貨オプション、通貨スワップ等を含む)により為替変動リスクのヘッジを行った場合、「外貨建取引等会計処理基準」の規定により、次のいずれかの方法で処理する(金融商品実務指針167項、336項)。 振当処理が認められるのは「当分の間」とされており、ヘッジ会計の要件を満たすことが適用の条件となっている(「外貨建取引等会計処理基準」注解6、「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」(会計制度委員会報告第4号))。   Ⅴ 外貨による予定取引の為替リスクのヘッジ 外貨による予定取引についての為替変動リスクのヘッジは、金融商品会計基準に従って処理し、ヘッジ会計の要件を満たす場合にはヘッジ手段に係る損益又は評価差額を繰延ヘッジ損益として繰り延べる(金融商品実務指針169項、174項、337項)。 ただし、次の事項に注意する(金融商品実務指針169項、337項)。 (了)

#No. 180(掲載号)
#阿部 光成
2016/08/04

経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第120回】引当金の会計処理⑥「投資損失引当金」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第120回】 引当金の会計処理⑥ 「投資損失引当金」   仰星監査法人 公認会計士 田中 良亮   〈事例による解説〉   〈会計処理〉(単位:百万円) (X1年3月決算時) ① 子会社設立に係る当社の仕訳 ② 子会社設立に係るA社の仕訳 ③ 連結仕訳 (X2年3月決算時) ④ A社に対する投資に係る引当金の計上(当社の仕訳) ⑤ 連結仕訳  (X3年3月決算時) ⑥ A社株式の減損処理及び投資損失引当金の取崩し(当社の仕訳) ⑦ 連結仕訳   〈会計処理の解説〉 (1) 非上場子会社等に対する投資に係る減損処理 子会社等に対する投資は、通常はグループの事業戦略や事業拡大等の理由により実施され、投資額を上回るリターンが期待されています。しかしながら、特に新規ビジネスの開拓等においては損失計上が先行する例も多く見受けられます。 現行の「金融商品に関する会計基準」や「金融商品会計に関する実務指針」(以下、「金融商品に関する会計基準等」という)においては、非上場株式等の時価を把握することが極めて困難と認められる株式の減損処理については、少なくとも株式の実質価額が取得価額に比べて50%程度以上下落した場合に相当の減額をすることが要求されています。 また、実務的には、会社で定めた減損ルールに従い、50%程度以上の下落が見られない場合でも、一定程度の下落が数年間続いた場合等には、相当の減額をする事例もあります。 (2) 投資損失引当金の会計実務 上記の非上場子会社等に対する投資に係る減損処理は、金融商品に関する会計基準等が公表された平成12年頃にその会計処理が明らかにされましたが、それ以前の会計実務では、監査委員会報告第22号「子会社又は関係会社の株式及びこれらに対する債権評価の取扱い」(平成12年7月6日付で廃止)において投資損失引当金の計上が認められており、その会計処理が定着していました。 そのため、金融商品に関する会計基準等の適用後においても、監査委員会報告第71号「子会社株式等に対する投資損失引当金に係る監査上の取扱い」が平成13年4月17日に公表され、以下の場合には投資損失引当金の計上が認められることが明らかにされています。 なお、金融商品に関する会計基準等による減損処理の対象となる子会社株式等については、投資損失引当金による会計処理は認められないことに留意が必要です。 ◆投資損失引当金の計上が認められる場合 (※) 本事例では上記Ⅰの要件に該当するため、投資損失引当金の計上を行っています(仕訳④参照)。 ◆投資損失引当金の計上額 子会社等の財政状態が悪化し、その株式の実質価額が低下した場合には、その低下に相当する額を投資損失引当金として計上します。 (※) 本事例ではA社がX2年3月期に計上した20百万円の当期純損失がA社株式の実質価額の低下に相当する額として、投資損失引当金として計上しています(仕訳④参照)。 ◆投資損失引当金の取崩しが必要な場合 (※) 本事例では上記Ⅲに該当するため、投資損失引当金を取り崩し、A社株式を減損処理しています(仕訳⑥参照)。 (了) ※9月は退職給付を取り上げます。

#No. 180(掲載号)
#田中 良亮
2016/08/04

〔新規事業を成功に導く〕フィージビリティスタディ10の知恵 【第5回】「社内の逆風を回避するためには」

〔新規事業を成功に導く〕 フィージビリティスタディ10の知恵 【第5回】 「社内の逆風を回避するためには」   中小企業診断士 西田 純   前回は、F/Sの結果が思わしくない場合、社内の協力が得られにくくなるプロセスについて、人間は本来リスク回避型の行動を取りがちであるという考え方を参照しつつご説明しました。今回は、どうすればそのような逆風を回避し、社内の重要な部門から協力を取り付けることができるかについてお伝えしたいと思います。   ▷ 会社にとってF/Sが持つ価値を決めるのは損益予測ではなく経営ビジョンである 筆者もかつてサラリーマン時代、某大企業が社運を賭けた新規事業として実施した地域開発プロジェクトに携わったことがあります。 その会社は素材産業、しかも国内の製造業各社にとってサプライチェーン全体のかなり上流に位置する典型的なBtoBビジネスの会社だったのですが、地域開発プロジェクトを通じて同社が目指したのは工場跡地の有効活用でした。 商業施設の誘致に止まらず、典型的なBtoC事業であるエンターテインメント施設を自力で建設し営業してしまうという画期的なもので、社内はおろか国内にも全く前例のないプロジェクトでした。前例がないということは、参照できるデータが少ないということを意味します。当然ながら、F/S段階で成功を裏付けるような力強い観測や説得力のある情報はほとんどありませんでした。 しかしながらプロジェクトが発足した当時、地元自治体や工場側の反応は、むしろ前向きな、熱気に満ちたものでした。それは新規事業を通じて地元に貢献する、新しい街に生まれ変わらせるといった魅力的なビジョンが、社長自らの口を通じて繰り返し伝えられていたからです。当然ですが、自前でやるということは、地元での雇用を自ら確保するのだという強いメッセージになったはずです。 極端な話ですが、「プロジェクトの損益は当然重要だが、それより重要なものがある、それは経営がこれまで訴えてきたビジョンの実現である」というようなメッセージがトップから伝わること、これに勝る追い風はありません。 正直なところ、それまでも社内では「構造改革」や「第〇次合理化」などというタイトルで、今日でいうリストラが間断なく実施されていて、必ずしも明確なビジョンを伴わない新規事業が手当たり次第に実施されているような印象が強かったのです。そうした事業の多くは短期的な雇用提供の場にしかなりえず、最終的には残念な結果に終わることも少なくありませんでした。   ▷ 良い損益予測はプロジェクト実施の十分条件だが必要条件とは言えない F/S財務計算を通じて損益予測を行っていると、非常によく聞く話です。でも考えてみてください、F/Sではなく、日常携わっている仕事の損益は、そんなに素晴らしいものばかりでしょうか? むしろ日常業務でも目標値の達成は常に「厳しい状態」にあり、良くはなくてもどうにか収まりのつく「落としどころ」みたいなものが社内の関係者で共有されていて、忍耐強く日々の大変な仕事をこなし続けることを通じ、ようやく何とか目標を達成できている、という例も少なくないのではないでしょうか。 そうは言っても、実際始めてみないとどんなリスクがあるかわからない新規事業の損益が最初からあまり良くないのは、モチベーションを下げる要因になるという意見には一理あります。狩人は、獲物がいると思うから山に入るわけで、あまり獲物がいそうにないところへ好き好んで入るという人は多くはないでしょう。 経営者の立場で考えると、これは重要なポイントで、そこで無理をすると前回お話したように、社内の協力をどんどん失ってプロジェクトは失敗へと追い込まれていきかねないのです。 ここまでにお話した内容を下の表にまとめてみました。損益は厳しいことが予想されるが、どうしても社内の協力を得たいプロジェクトというのは、経営者の手腕の見せ所です。すなわち、トップが経営ビジョンに基づいた強力なリーダーシップを執ることにより、リスク回避型の忌避行動を未然に防止する、あるいは重要な箇所から排除することが可能になるからです。 【経営ビジョンと損益予測】 損益が厳しく、かつ経営ビジョン的にサポートが難しいプロジェクトについては、撤退という厳しい決断をしなくてはなりません。しかし、そこは経営トップとして果断な対応が求められるところでしょう。 トップのサポートが得られ、厳しい損益予測の中でも社内の協力が得られるところまで漕ぎつけられたとします。これは、社内プロジェクトを実施していく上での必要条件を確保したことを意味します。 そこから先は、成功への十分条件である損益をいかに確保して行くのか、プロジェクトマネージャーの腕の見せ所ということになります。損益予測を見直しつつ、今一度どうやればプロジェクトを成功に導けるのか、検討を深めます。その手始めに求められるのは、当たり前に聞こえるかもしれませんが「プロジェクトの目的を再確認すること」に尽きます。 *   *   * 次回は「F/Sの目的を再確認する」と題して、プロジェクトマネージャーに期待される役割についてお伝えします。 (了)

#No. 180(掲載号)
#西田 純
2016/08/04

〈小説〉『資産課税第三部門にて。』 【第11話】「受益者等のいない信託」

〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第11話】 「受益者等のいない信託」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「信託課税ってなかなか難しくて・・・おまけに、その課税の仕組みにおかしなところがありますよね。」 谷垣調査官は向かい合って座っている田中統括官に話しかけた。2人は河内税務署の地下にある食堂でランチBを食べている。正午の税務署の食堂はごった返している。 ランチBの価格は480円だが、その内容は近所のレストランで食べる800円程度の定食にもひけをとらない。むしろこのランチBの方が量も多く、しかも美味しいと評判だ。河内税務署の食堂では、550円のランチAよりも人気が高い。 「どこがおかしいんだ?」 田中統括官はナイフを使って丁寧にハンバーグを切りながら尋ねた。 「ええ・・・特に受益者等のいない信託のケースなんですけど・・・」 谷垣調査官は豆腐の入ったみそ汁を啜りながら答える。 「統括官もご存じのように、受益者等がいない信託は、受託者に課税するということになっているでしょう?」 谷垣調査官は、田中統括官の皿の上にある野菜炒めと、きれいに4等分に切られたハンバーグを見ながら説明を続けた。 「ここに、それを図解したものがあるのですが・・・」 谷垣調査官はポケットから1枚の4つ折になっている紙を拡げる。 「委託者がマンションを受託者に信託すると、この場合、受託者が法人とみなされることによって、委託者ではみなし譲渡課税が発生する・・・所得税法59条1項1号だな。」 田中統括官は野菜炒めを箸でつかみ、口に入れる。 「そして、受託者は個人であっても法人とみなされるから、受託者に受贈益課税が生じる・・・これは法人税法22条2項によってですね。」 谷垣調査官の説明に対し、田中統括官はうなずきながら黙々と食べている。 「次に、これが一番の問題なのですが・・・」 谷垣調査官は、田中統括官の半分になったハンバーグをチラリと見る。 「この受託者に受贈益課税が生じるとき、将来、受益者となる者が委託者の親族であることが判明していれば、受託者に課される受贈益課税の他に、相続税又は贈与税が課税されるのですよ。」 そう言うと谷垣調査官は再びみそ汁を飲んだ。 「もっとも、相続税又は贈与税から法人税は控除されるのですが・・・」 田中統括官は、「確かに、そうだな」と言いながら、今度は別皿にある千切りのキャベツに箸を伸ばした。 「・・・しかし、受託者に対し、法人とみなしたり、個人とみなしたりして、法人税や相続税などを課税するって、少しおかしいと思うのですけど・・・たとえそれが代替課税であったり、租税回避を防止する目的であったとしても・・・」 谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。 「・・・ところで、その受益者のいない信託って、具体的にはどのようなケースを想定しているんだい?」 田中統括官は爪楊枝を口にくわえながら尋ねた。 「例えば、まだ生まれていない孫のために祖父が信託を設定するときなどが考えられます。しかし、今述べたように、このような受益者がいない信託を設定すると、課税上、納税者は不利になるので、できませんよね。なんでこんな手枷足枷のような規定を設けたのか、課税庁側にいる私でさえ理解できないのですが・・・」 谷垣調査官は少し興奮気味である。 「しかし、受益者が親族でなければ、受託者から受益者にマンションが移ったとしても、受益者には課税されないんだろう。そしてそのマンションは、受託者から受益者へ帳簿価額によって引き継がれることになる・・・これは受託者において既に課税されているから・・・すなわち設定時の法人課税が受益者への代替課税であり、受益者が受託者の課税関係をそのまま引き継ぐという考えだな。」 田中統括官は谷垣調査官の言葉に付け加えた。 「ただ、受益者が親族であれば話は別で、受益者が出現したときに、受益者にもう一度、贈与税が課税されることになります。」 谷垣調査官は不満そうに言う。 「・・・確かに、君の言うとおりなのかもしれない。」 田中統括官は爪楊枝をくわえたままうなずく。 田中統括官のお皿には、まだ、ハンバーグが4分の1残っている。 「ところで君は、さっきから僕のハンバーグをしきりに見ているけど・・・もしよかったら、これ、食べないか?」 「いいんですか?」 谷垣調査官はうれしそうな表情で確認する。 「もちろんさ。食べる前にハンバーグをナイフで切っているから、僕の箸は付いていないよ。年をとるとこんな大きなハンバーグは全部食べられないな。君なんて、僕の息子の年齢ぐらいだから・・・」 田中統括官は笑いながら、ハンバーグを食べる谷垣調査官を見た。 (つづく)

#No. 180(掲載号)
#八ッ尾 順一
2016/08/04
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