公開日: 2016/08/04 (掲載号:No.180)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第7話】「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」

筆者: 関根 智美

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第7話】

「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

● ○ プロローグ ○ ●

「お帰り。有給届のハンコ、もらえたか?」
桜井が経理部のシマに戻ると、隣の席の2年先輩にあたる藤原が話しかけてきた。桜井は、経理部長の清瀬から有給申請届の承認印をもらってきたところだった。

今は昼休み中のため、経理部の半数以上がランチを食べに外出している。人が少ないせいか、ムダ話もしやすい。

「ええ。あの“仏の清瀬部長”ですから。2つ返事で押印してくれました。後はこの申請書を総務に持っていけば、心置きなく一週間休めます。」
桜井はふぅっと息を吐いた。気がつけば8月上旬。第1四半期決算も収束に向かいつつあり、経理部でも夏休みを話題にできる雰囲気になってきた。

「俺も有給取りたいんだけど、宿題が山積みだしなぁ。」
藤原も頭の後ろで両手を組み、ため息をついた。藤原の言う「宿題」とはIFRS導入関連の作業のことだろうな、と桜井は推測した。

2人は東証一部に上場している中堅クラスの会社に勤めているのだが、つい先日、会社がIFRSを導入することを決定したのだ。入社3年目の桜井はまだまだ戦力不足のためプロジェクトチームには入ってないが、藤原はメンバーの一員としてフル稼働している。桜井もまた、IFRS導入後の新戦力となるべく、この6月から藤原の指導の下でIFRSについて勉強を始めたばかりだった。

「でもさ、有給申請に上司の承認が必要なのは分かるけど、直接伺ってハンコもらいに行くのは、けっこうキツイよなー」

「分かります。悪いことをしてるわけじゃないんですが、『休みください』って言うのは気が引けるというか・・・。その点、ウチの部長は話しやすい方でラッキーですよね。」

「そうそう。総務とか大変らしいぜ。」

「あー、ビッグママですか。」
ビッグママとは、もちろん通称である。本名は二階堂 梓。男社会のこの会社では唯一の女性部長である。噂によると、自分にも他人にも厳しいタイプらしい。同僚たちは彼女のことを秘かに「ビッグママ」と呼び、畏怖されている。

「仕事はピカイチだし、尊敬はしてるけど、なんだろ、あの威圧感・・・。スゲーとしか表現できないよな・・・」

「180cm以上ある先輩でも、威圧感って感じるんですか?」と、桜井は不思議に思った。

「身長の問題じゃないんだよな。迫力がさ、ハンパないだろ?『女傑』って言葉がぴったりだよなー」
ビッグママとは接点が全くない桜井は、よく分からないがそういうもんなのかな、と納得することにした。

「聞いちゃった!二階堂さんにチクっちゃおうかな~」
桜井の斜め向かいの机から本棚越しに橋本が顔を出した。こちらも派遣社員を除くと経理部唯一の女性社員だ。

「は、橋本さん!・・・盗み聞きですか?」
藤原はいきなりの橋本の登場にあたふたした。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。聞・こ・え・た・の。そんな大きな声でしゃべってる方が悪いんじゃない。」

「あのー、ここはひとつ穏便に・・・」
雲行きの怪しい展開になりそうだと判断した桜井は、仲裁に入ることにした。

「あら、じゃ、〇タバのキャラメルマキアートで手を打ってもいいわよ。グランデでお願いね
橋本は藤原に向かって、「もちろんアイスよ。」とにっこりほほ笑みかける。

「ぐっ・・・分かりました。」
明らかに分が悪い藤原は折れることにしたようだ。いつどこに異動されるか分からないサラリーマンにとって、未来の上司になるかもしれない女性から目の敵にされるリスクは冒せない。

悔しがる藤原をよそに、橋本は桜井と夏休みの予定について話が盛り上がっていた。
「じゃ、桜井君は実家に帰るんだね~」

「そうなんですよ。」と桜井は相槌を打とうとした時、「橋本くーん」と清瀬部長が橋本を手招きしていた。橋本は桜井に一言断り、席を外す。

「俺さ、」と、藤原が橋本の背中を見ながら桜井に話しかける。

「2代目ビッグママはあの人になる気がする。」
橋本とは接点がある桜井は、心から同意した。もちろん、口に出すようなヘマはしない。

 

● ○ 新しい勘定科目:有給休暇引当金 ○ ●

桜井が有給申請届を総務部に届けた後、エレベーター前でグランデサイズのコーヒーカップを持った藤原に出くわした。

「お疲れ様です。」と桜井は思わず口にした。

「お、おぅ。」
藤原は苦笑いを浮かべて、桜井と一緒に経理部へ向かう。

「ところで、先輩。」

「ん?何だ?」
藤原は横を歩く桜井を見下ろす。

「有給申請する時にふと思い出したんですけど、IFRSを導入したら、有給休暇引当金を計上することになるんですよね。」

「有給休暇引当金か。IFRS導入の有名な論点の1つだな。」

「たしか、期末時点で未使用の有給休暇に係る債務を計上することになるんでしたっけ。」

「その通りだ。よく知っているじゃないか。」

「本で見たので。でも、具体的にどう計算するのかまでは書いていなかったから、イマイチよく分からないんですよね。」
それを聞いた藤原は腕時計を確認した。

「うん、ちょうどいいな。ちょっと来い。」
2人が経理部に着くと、藤原は机の脇に積上げたファイルから分厚い束を抜き取り、桜井に渡した。

「『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』・・・?」
桜井はよく分からないまま、渡された資料のタイトル名を読み上げた。

「そうだ。2014年1月15日付で経団連から公表されたもので、既にIFRSを適用している会社がどうIFRSを適用したのかがまとめてあるんだ。その中に、確か有給休暇引当金について書いてあったはずだ。」
桜井がぱらぱらと紙をめくると、後半のほうにやっと「有給休暇引当金」の項目を発見した。

「午後の始業まで少し時間があるから、IFRSではどう規定されているのか教えてやるよ。」
藤原はニヤリと笑って、廊下を指した。

「ここだと落ち着かないから、ミーティングルームに移ろうぜ。」

 

引当金ではない有給休暇引当金

空いているミーティングルームに入ると、藤原はホワイトボード用のペンを手に取り、「コホン」と咳払いをした。

「では、有給休暇引当金の解説を始めよう。」

「よろしくお願いします。」桜井は椅子に腰かけてノートを広げる。

「まず、有給休暇引当金はIFRSの何号に規定されているか、知っているか?」
さっそく藤原は桜井に質問した。

「えーと、引当金って言うからにはIAS第37号の『引当金、偶発資産及び偶発負債』で規定されてるんじゃないんですか?」

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【第7話】

「日本ではまだ馴染みの薄い有給休暇引当金」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

● ○ プロローグ ○ ●

「お帰り。有給届のハンコ、もらえたか?」
桜井が経理部のシマに戻ると、隣の席の2年先輩にあたる藤原が話しかけてきた。桜井は、経理部長の清瀬から有給申請届の承認印をもらってきたところだった。

今は昼休み中のため、経理部の半数以上がランチを食べに外出している。人が少ないせいか、ムダ話もしやすい。

「ええ。あの“仏の清瀬部長”ですから。2つ返事で押印してくれました。後はこの申請書を総務に持っていけば、心置きなく一週間休めます。」
桜井はふぅっと息を吐いた。気がつけば8月上旬。第1四半期決算も収束に向かいつつあり、経理部でも夏休みを話題にできる雰囲気になってきた。

「俺も有給取りたいんだけど、宿題が山積みだしなぁ。」
藤原も頭の後ろで両手を組み、ため息をついた。藤原の言う「宿題」とはIFRS導入関連の作業のことだろうな、と桜井は推測した。

2人は東証一部に上場している中堅クラスの会社に勤めているのだが、つい先日、会社がIFRSを導入することを決定したのだ。入社3年目の桜井はまだまだ戦力不足のためプロジェクトチームには入ってないが、藤原はメンバーの一員としてフル稼働している。桜井もまた、IFRS導入後の新戦力となるべく、この6月から藤原の指導の下でIFRSについて勉強を始めたばかりだった。

「でもさ、有給申請に上司の承認が必要なのは分かるけど、直接伺ってハンコもらいに行くのは、けっこうキツイよなー」

「分かります。悪いことをしてるわけじゃないんですが、『休みください』って言うのは気が引けるというか・・・。その点、ウチの部長は話しやすい方でラッキーですよね。」

「そうそう。総務とか大変らしいぜ。」

「あー、ビッグママですか。」
ビッグママとは、もちろん通称である。本名は二階堂 梓。男社会のこの会社では唯一の女性部長である。噂によると、自分にも他人にも厳しいタイプらしい。同僚たちは彼女のことを秘かに「ビッグママ」と呼び、畏怖されている。

「仕事はピカイチだし、尊敬はしてるけど、なんだろ、あの威圧感・・・。スゲーとしか表現できないよな・・・」

「180cm以上ある先輩でも、威圧感って感じるんですか?」と、桜井は不思議に思った。

「身長の問題じゃないんだよな。迫力がさ、ハンパないだろ?『女傑』って言葉がぴったりだよなー」
ビッグママとは接点が全くない桜井は、よく分からないがそういうもんなのかな、と納得することにした。

「聞いちゃった!二階堂さんにチクっちゃおうかな~」
桜井の斜め向かいの机から本棚越しに橋本が顔を出した。こちらも派遣社員を除くと経理部唯一の女性社員だ。

「は、橋本さん!・・・盗み聞きですか?」
藤原はいきなりの橋本の登場にあたふたした。

「人聞きの悪いこと言わないでよ。聞・こ・え・た・の。そんな大きな声でしゃべってる方が悪いんじゃない。」

「あのー、ここはひとつ穏便に・・・」
雲行きの怪しい展開になりそうだと判断した桜井は、仲裁に入ることにした。

「あら、じゃ、〇タバのキャラメルマキアートで手を打ってもいいわよ。グランデでお願いね
橋本は藤原に向かって、「もちろんアイスよ。」とにっこりほほ笑みかける。

「ぐっ・・・分かりました。」
明らかに分が悪い藤原は折れることにしたようだ。いつどこに異動されるか分からないサラリーマンにとって、未来の上司になるかもしれない女性から目の敵にされるリスクは冒せない。

悔しがる藤原をよそに、橋本は桜井と夏休みの予定について話が盛り上がっていた。
「じゃ、桜井君は実家に帰るんだね~」

「そうなんですよ。」と桜井は相槌を打とうとした時、「橋本くーん」と清瀬部長が橋本を手招きしていた。橋本は桜井に一言断り、席を外す。

「俺さ、」と、藤原が橋本の背中を見ながら桜井に話しかける。

「2代目ビッグママはあの人になる気がする。」
橋本とは接点がある桜井は、心から同意した。もちろん、口に出すようなヘマはしない。

 

● ○ 新しい勘定科目:有給休暇引当金 ○ ●

桜井が有給申請届を総務部に届けた後、エレベーター前でグランデサイズのコーヒーカップを持った藤原に出くわした。

「お疲れ様です。」と桜井は思わず口にした。

「お、おぅ。」
藤原は苦笑いを浮かべて、桜井と一緒に経理部へ向かう。

「ところで、先輩。」

「ん?何だ?」
藤原は横を歩く桜井を見下ろす。

「有給申請する時にふと思い出したんですけど、IFRSを導入したら、有給休暇引当金を計上することになるんですよね。」

「有給休暇引当金か。IFRS導入の有名な論点の1つだな。」

「たしか、期末時点で未使用の有給休暇に係る債務を計上することになるんでしたっけ。」

「その通りだ。よく知っているじゃないか。」

「本で見たので。でも、具体的にどう計算するのかまでは書いていなかったから、イマイチよく分からないんですよね。」
それを聞いた藤原は腕時計を確認した。

「うん、ちょうどいいな。ちょっと来い。」
2人が経理部に着くと、藤原は机の脇に積上げたファイルから分厚い束を抜き取り、桜井に渡した。

「『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』・・・?」
桜井はよく分からないまま、渡された資料のタイトル名を読み上げた。

「そうだ。2014年1月15日付で経団連から公表されたもので、既にIFRSを適用している会社がどうIFRSを適用したのかがまとめてあるんだ。その中に、確か有給休暇引当金について書いてあったはずだ。」
桜井がぱらぱらと紙をめくると、後半のほうにやっと「有給休暇引当金」の項目を発見した。

「午後の始業まで少し時間があるから、IFRSではどう規定されているのか教えてやるよ。」
藤原はニヤリと笑って、廊下を指した。

「ここだと落ち着かないから、ミーティングルームに移ろうぜ。」

 

引当金ではない有給休暇引当金

空いているミーティングルームに入ると、藤原はホワイトボード用のペンを手に取り、「コホン」と咳払いをした。

「では、有給休暇引当金の解説を始めよう。」

「よろしくお願いします。」桜井は椅子に腰かけてノートを広げる。

「まず、有給休暇引当金はIFRSの何号に規定されているか、知っているか?」
さっそく藤原は桜井に質問した。

「えーと、引当金って言うからにはIAS第37号の『引当金、偶発資産及び偶発負債』で規定されてるんじゃないんですか?」

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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