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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第8話】「有形固定資産の処理は日本基準に近い?」

ストーリーで学ぶ IFRS入門 【第8話】 「有形固定資産の処理は日本基準に近い?」 仰星監査法人 公認会計士 関根 智美   まだまだ残暑の厳しい9月は、経理部にとっては大きなイベントもなく、比較的ゆとりのある時期だ。とある中堅規模の東証一部上場会社に勤める経理部3年目の桜井も、気持ちに余裕ができ、初めてできた後輩の指導にも熱が入る。 「山口君、この見積書は、そっちじゃなくて、こっちの青いファイルに綴じてくれないかな。」 「あ、すみません、分かりました。」 この春経理部に配属されたばかりの新人、山口はよく頭を下げる。初めの頃は桜井も「いいよ、謝らなくても。」と言っていたのだが、それに対しても「すみません。」と返ってくるので、最近はスルーすることにしている。 「固定資産関係の書類は、このファイルにまとめるんだよ。」 桜井は、来期建設予定の工場に関連する見積書や社内文書のファイリング方法を山口に教えた。 「すみません、ありがとうございます。」 山口がまた頭をぺこりと下げ、書類を綴じ始める。山口は少し卑屈かな、と思うくらい低姿勢なのだが、仕事ぶりは一所懸命で桜井は好感を持っている。自分も経理部に配属されたばかりの頃は、右も左も分からなくてオロオロしていたものだ。在学中に簿記の資格を取り、なまじ自信があっただけに、まったく仕事ができない自分にショックを受けたことを鮮明に覚えている。 書類を綴じ終えた山口がファイルを棚に戻そうと顔を上げると、経理部の入り口で見覚えのある男性と話をしている藤原を見つけた。 「あの、すみません、桜井先輩。あそこで藤原先輩と話している方って確か・・・」 桜井は昔の記憶を振り払い、山口の視線の先を追うと、180㎝以上ある藤原が同じくらい長身の男性と和やかに話をしていた。その男性はがっしりした体格の藤原とは対照的に細身なので、藤原より背が高く見える。 「ああ。監査法人の吉田さんだね。」 「今日お見えになっていたんですね。」 山口の言葉を受けて、桜井も吉田の訪問理由が気になった。 「ほんとだね。でも今日は何の用事で来たんだろう?」 「さぁ。」山口も首を捻る。 内部統制監査は来週の予定だし・・・、と桜井は卓上カレンダーで予定を確認したが、もちろんそこに答えはない。 山口はおもむろに席から立ち上がり、固定資産ファイルを片手に桜井に向かってお辞儀をした。 「ありがとうございました、桜井先輩。では、自分は先にこのファイルを戻してきます。」 「ああ。じゃ、お願いするね。」 桜井は資料室へ向かう山口を見送ると、自分の仕事に戻った。 しばらくすると、「はぁー」という盛大なため息が聞こえ、ドスンという音が続いた。桜井が隣に目をやると、藤原が背もたれに寄りかかりながら、お茶をぐいっと飲んでいた。 「先輩、お疲れみたいですね。」 「んー、まぁな。」と言いながら、藤原は眉間を指で揉みほぐす。 「さっき吉田さんを見かけましたけど、内部統制監査は来週ですよね?」 「ああ。今日は会計士も交えたIFRS導入準備のミーティングだったんだよ。ちなみに今日のテーマは有形固定資産だ。」 桜井の勤める会社は数年後にIFRSを導入することを目指しており、藤原はそのプロジェクトメンバーの一員である。桜井はそのプロジェクトに参加してはいないものの、将来の即戦力となるべく藤原からIFRSの会計処理を教えてもらっていた。 「固定資産?新工場と何か関係あるんですか?」 桜井は今期から固定資産を担当しているため、最近の固定資産関係の話題といえば新設される工場のことしか思い浮かばなかった。 「新工場?いやいや、そうじゃなくて・・・というか、お前、この前渡した経団連の『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』を読んでないのか?」 やや呆れた口調で藤原が桜井に尋ねた。 「ええ、まだ全部は読んでいません。前回教えてもらった有給休暇引当金の箇所は目を通しましたけど。」 それを聞いた藤原は再び「はぁー」と盛大なため息をついた。 「IFRS導入の有名な論点の1つに、有形固定資産に関する処理があるんだよ。」 「へぇ。そうなんですか。」 「ちょうどいい。」と、藤原は背もたれからぱっと起き上がり、桜井の方を向いた。 「俺も有形固定資産の復習をしたばかりだから、俺の知識の定着も兼ねて教えてやろう。」 「あ、はい。ありがとうございます。」 桜井も仕事の手を止め、藤原に礼を言う。藤原の申し出はありがたかった。もっと自主的にIFRSの勉強をすべきなのは分かっているのだが、他にもやることがあり、ついつい後回しになっているためだ。 「というわけで、仕事が終わったらいつものミーティングルームに集合だ。」 「はい、分かりました。」 藤原は桜井の返事に頷きを返すと、さっそく午前中に溜まった仕事に取り掛かった。   定時を過ぎていることもあり、ミーティングルームの周囲の部屋は閑散としていた。勉強にはいい環境だ。 藤原は、自分の席から持ってきたファイルを机に置いて、ホワイトボードの前に立つと、「コホン」と咳払いをした。椅子に座っている桜井は藤原とホワイトボードを見上げる格好だ。 「まずは基準の確認だな。有形固定資産(property, plant, and equipment)に関する会計処理はIAS第16号で定められているんだ。」 「はい、IAS第16号ですね。」と桜井もメモを取る。 「そう言えば、昼に有形固定資産の会計処理に関する論点があるって話でしたけど、そもそもIFRSの有形固定資産の会計処理って、日本基準とそんなに違うものなんですか?」 「そうだなー」と、藤原が少し考え込む所作をしたので、桜井はドキドキしながら答えを待った。 「基本の会計処理はそう大きくは変わらない。ただ、日本基準にはない規定がある等、細かい所まで見るとそれなりに違いはあるな。」 「え・・・新しい規定、ですか?」 「まぁまぁ、そんなに構えなくても大丈夫だ。その都度理解していけばいい。」 と藤原は苦笑して、先を続けることにした。   有形固定資産の学習項目 前回教えた有給休暇引当金と違って、今回は範囲が広くなるから、まず学習する項目を絞って教えることにする。そして、基本を押さえることを目標にするぞ。」 「はい。それは助かります。」 桜井にとっても、いきなり枝葉末節まで解説されても理解できる気がしなかったので、藤原の方針に感謝した。 「今回は、大きく分けると5項目だな。」 と、藤原はホワイトボードに項目を書き連ねていく。 【今回の学習項目】 「先輩、絞ってあるわりには1つ目の項目が盛りだくさんな気がするんですが・・・」 桜井はノートに書き写しながらぼやいた。 「気のせいだ。」 藤原は桜井の言葉を一蹴すると、「そうそう」と付け加えた。 「3つ目にある『減価償却』はIAS第16号の中では『当初認識後の測定』の中の一項目に過ぎないんだが、ボリュームもあるし重要な部分だから、『当初認識後の測定』とは別にして説明することにするぞ。」 「はい。分かりました。」   有形固定資産の定義・当初認識・取得原価 「まず、有形固定資産の定義・当初認識・取得原価から見ていこう。」 桜井が写し終えたのを確認すると、藤原は説明を始めた。 「ちょうど定義・当初認識・取得原価の内容をまとめたものがあるんだ。」 藤原は自分のファイルを取り上げると、一枚の紙を抜き出して、桜井に渡した。 【有形固定資産の定義・当初認識・取得原価】 ◆有形固定資産の定義と認識規準 「まず、定義と認識、それぞれの要件を確認していこう。」 「また、要件ですか・・・」 あからさまに落ち込む桜井を見て、藤原は噴き出した。 「確かに要件があると難しそうに見えるかもしれないが、有形固定資産の範囲や認識のタイミングは基本的に日本基準と同じだ。」 それを聞いて安心した様子の桜井は、藤原の示した図を見て、『定義』と『当初認識』の要件を確認した。 「えーと・・・有形固定資産は、財・サービスの生産又は供給への使用、外部への賃貸、あるいは管理目的のために企業が保有している資産で、一会計期間を超えて使用されると予想される有形の資産のことを言うんですね。」 「そうだ。読み上げてみると、難しいことは書いていないだろう?」 「はい。そうですね。」 「続いて認識規準だ。これも2つある。 将来の経済的便益の流入する可能性が高く、かつ、その取得原価が信頼性をもって測定できる時に有形固定資産を計上することになるんだ。」 ◆有形固定資産の認識規準は概念フレームワークの認識規準と同じ 「あれ?認識の2つの要件って、どこかで見覚えがあるような気が・・・」 藤原の説明を聞いて引っかかるものを感じた桜井は、思い出そうと頭を捻った。 「お。覚えているか?」 藤原は嬉しそうに桜井に訊いたが、桜井は首を傾げたままだ。 「んー。どこでしたっけ?」 藤原は盛大にため息をついた。 「概念フレームワークだ。ほら、『財務諸表の構成要素の認識規準』を教えただろう。」 「あ!」 桜井は持っていたノートをパラパラとめくり、目当ての図表を探した。 【概念フレームワーク「財務諸表の構成要素の認識規準」】 「これですね。蓋然性規準と信頼性規準。蓋然性規準は、ある項目に関連する将来の経済的便益が、企業に流入または流出する可能性が高い(probable)ことを意味するんでしたよね。」 「そうだ。そして、信頼性規準は、その項目が信頼性をもって測定することができる原価または価値を有している、ということだったな。」 「はい。なるほど、有形固定資産の認識規準は概念フレームワークと同じなんですね。」 藤原は、やれやれと首を振った。 「でも、先輩、一応習った記憶は微かに残っていたんですから、いいじゃないですか。」 「・・・ったく。ちゃんと後で復習するように!」 「はーい。」 悪びれない桜井に藤原は苦笑した。 ◆取得原価の4要素 「有形固定資産は取得原価で認識されることになるんだ。では、取得原価には何が含まれるかを見ていこう。」 桜井は再び図に目を戻した。 「えーと、取得原価には、購入価格、直接付随費用、資産除去債務、そして借入コストが含まれるんですね。」 ◆購入価格と直接付随費用は基本的に日本基準と同じ 「そうだ。購入価格は、言わずと知れた取得時に支出した現金相当額だ。」 「はい。そこは大丈夫です。」 「そして、直接付随費用は、その資産を稼働可能な状態にするために必要な費用だ。」 「日本基準でもそこは基本的に同じですね。」 ◆資産除去債務は一部日本基準と差異がある 藤原は頷いて、3番目の要素に移った。 「資産除去債務は、その資産の解体及び除去費用、ならびに敷地の原状回復費用の債務のコストのことだな。この資産除去債務については、日本でも基準があるな。」 「はい。では、資産除去債務についても、日本基準と同じだと考えて大丈夫なんですか?」 「そうだな。基本的な会計処理上の相違はないと言ってもいいだろう。ただ、IFRSでは推定的債務も含まれる点、見直しが必要となる点、割引率の違いや敷金に関する特例処理がない点など、一部に差異があるんだ。」 「へぇ、そうなんですね。」 桜井は、日本基準との違いをメモに取った。 ◆借入コストと会計処理 「ところで先輩、4つ目の『借入コスト』というのは借入金の利息のことを指すんですよね?」 桜井はノートから頭を上げて、藤原に訊いた。 「正確には、企業の資金の借入に関連して発生する利息その他のコストのことを『借入コスト』と言うんだ。ちなみに、『借入コスト』は有形固定資産とは別の基準であるIAS第23号で規定されている。」 「へぇ。『有形固定資産』とは別の基準になるんですね。」 「そうなんだ。IAS第23号では、ある資産が『適格資産』の要件を満たした場合、その資産の取得、建設または生産に直接起因する『借入コスト』を取得原価に含めなければならないと規定されているんだ。」 「あの、『適格資産』って何ですか?」 桜井は新しく出てきた単語の意味を尋ねた。 「『適格資産』とは、意図した使用または販売が可能となるまでに相当の期間を要する資産のことを言うんだ。」 「ふぅん。」 さらに『相当な期間』ってどれくらいなんだろう、と疑問に思った桜井に、藤原が言った。 「ただ、今回のテーマはIAS第16号『有形固定資産』だ。ここで『借入コスト』の詳しい説明を始めると長くなってしまうから、今度改めて教えてやろう。 ここでは、有形固定資産が適格資産に該当した場合は、借入コストを取得原価に含めることになる、と押さえておいてくれ。」 「はい、分かりました。」 さらに深く説明されても混乱するなと感じていた桜井は、素直に頷いた。   当初認識後の測定 藤原は、そのまま次の項目の説明に移った。 「今度は有形固定資産を認識した後の測定についてだ。」 桜井は再び眉をひそめた。 「『認識後の測定』ですか?この言葉も初めて聞きました。」 「そうだな。これも日本基準にはない規定だな。」と、藤原は桜井の言葉に頷くと、こう言った。 「IFRSでは、有形固定資産を一旦認識した後、2つの測定モデルのどちらかを適用して測定することになるんだ。」 藤原は新しい図をホワイトボードに書いていく。 【取得後の測定モデル】 「『原価モデル』と『再評価モデル』?」 桜井は図に書いている言葉を読み上げた。藤原は一度頷くと、 「企業はこの2つのモデルのいずれかを会計方針として選択し、その方針を1つの種類全体に適用しなければならないんだ。」 ◆種類ごとにどちらかのモデルを適用 「1つの種類って、建物、機械装置、器具備品というような括りですか?」 「ああ、そうだ。機械装置を例に取ると、機械Aは原価モデル、機械Bは再評価モデルという適用はできない。全ての機械装置に対して原価モデルか再評価モデルのどちらかを適用するんだ。」 「へぇ。そうなんですか。」 「では、それぞれの測定モデルの説明に入っていこう。」 藤原はホワイトボードから桜井の方に向き直った。 ◆原価モデルとは 「原価モデル(cost model)とは、有形固定資産を取得原価から減価償却累計額及び減損損失累計額を控除した価額で計上するというモデルだ。これについては、詳しい説明はいらないだろう。日本基準と同じだからな。」 「ええ。ここは大丈夫です。」 桜井は自信満々に答えた。 「このモデルでの帳簿価額を式で表すと、こんな感じだな。」 藤原はホワイトボードに式を書き加えた。 【原価モデル】 ◆再評価モデルとは 「一方の再評価モデル(revaluation model)についてだが、有形固定資産を再評価額、つまり再評価日現在の公正価値からその後の減価償却累計額及びその後の減損損失累計額を控除した額で計上するというものだ。」 「えーと、再評価モデルでは、公正価値を使って測定する必要があるんですね。」 「そうだ。とは言っても、このモデルが適用できるのは公正価値が信頼性をもって測定できる有形固定資産に限られるけどな。」 「へぇ。」 「この再評価モデルでの帳簿価額の式はこんな感じだな。」 藤原は、原価モデルの式の横に、さらに再評価モデルの式を書き足した。 【再評価モデル】   減価償却 藤原はふぅと一息つくと、こう言った。 「さて、いよいよ減価償却(depreciation)だ。分かっているとは思うが、一応定義を確認しておこう。減価償却とは、資産の償却可能額を規則的にその耐用年数にわたって配分することを言う。」 「はい。定義は問題ありません。」 「よし。じゃ、減価償却の項目を次の4つに分けて順に見ていこう。」 「はい。」 桜井は藤原の書いたホワイトボードの新しい図に目を向けた。 【減価償却の4項目】 ◆項目1:測定単位 項目を確認していた桜井は、出だしからさっそくつまずいた。 「先輩、減価償却の『測定単位』って何ですか?」 「ああ。これも日本基準にはない項目の1つだったな。コンポーネント・アカウンティングと言われるやつだ。」 「コ、コンポーネント・・・?」 戸惑う桜井を余所に藤原は説明を続けた。 「コンポーネント・アカウンティングでは、ある有形固定資産の中に重要な構成部分がある場合には、その取得原価の合計額を重要な各構成部分に配分して、個別に減価償却しなければならないんだ。」 「へぇ。つまり、今まで1つの有形固定資産として計上していた資産を、IFRSでは重要なパーツに分けて減価償却するってことですよね。重要な構成部分に分けるって、具体的にどういったものが該当するんでしょうか?」 桜井はさっぱり見当がつかなかったため、藤原に質問することにした。 「例えば、飛行機の機体部分とエンジン部分などが挙げられる。よし、ここは具体例で説明していこう。」 そう言うと、藤原はホワイトボードに飛行機の絵を描き始めた。 「先輩、意外と絵が上手いんですね。」 桜井もノートに飛行機を描いてみたが、結果はお粗末なものだった。 「こらこら。遊んでないで、ちゃんと聞け。 まず、取得原価1,500の飛行機を購入したとする。重要な構成部分は機体とエンジンだけだと仮定して、各構成部分に取得原価1,500を配分するんだ。」 「はい。」 「そして、各重要な構成部分ごとの耐用年数によりそれぞれの減価償却費を計算していくんだ。簡便的に残存価額0、償却方法は定額法で計算してみるぞ。この例だと、機体、エンジンはそれぞれ100の減価償却費が計上されることになる。」 「なるほど。具体例を見ながらの方が分かりやすいですね。」 ◆項目2:残存価額 「次は残存価額(residual value)だな。残存価額の定義はもう大丈夫だと思うが、一応確認しておこうか。」 「はい、お願いします。」 「残存価額とは、資産の耐用年数が到来し、企業が当該資産を処分することにより現時点で得るであろう見積金額のことだ。まぁ、通常は金額的な重要性が低い場合が多いな。」 「たしかに、そうですね。」 「ここは、こんな所だな。次は耐用年数だ。」 ◆項目3:耐用年数 「IFRSでは、耐用年数(useful life)は次のいずれかを言う。 資産が企業によって履行可能であると予想される期間 企業が当該資産から得られると予想される生産高またはこれに類似する単位数」 「1つ目の文章にある、『履行可能』というのは、使用できるってことですよね?」 「そうだ。平たく言ってしまうと、資産を使用できると考えられる期間ってことだな。」 「なるほど。」 と桜井は納得してコクンと頷いた。 「2つ目は生産高比例法を採用した場合の耐用年数だな。」 「はい。ここは日本基準と変わらないですね。」 ◆項目4:減価償却方法 「さて、4つ目の項目、減価償却方法(depreciation method)についてだ。」 「減価償却方法というと、定額法や定率法、生産高比例法のことですか?」 「そうだ。英語では、それぞれ“straight-line method”、“diminishing balance method ”、“units of production method”と言う。」 「へぇ。英語だとそんなふうに言うんですね。」 定率法の英語表記はすぐ忘れそうだな、と桜井は秘かに思った。 「そして、ここは重要だぞ。IFRSでは、使用される償却方法は資産の将来の経済的便益を企業が消費すると予測されるパターンを反映するものを適用する必要があるんだ。」 「へぇ。日本基準にはそういった規定はないですよね。」 「ああ。」と、藤原は頷いた。 ◆毎期見直しが必要となる残存価額・耐用年数・減価償却方法 「4つの項目を見てきたが、構成単位を除く、残存価額、耐用年数、減価償却方法の3つについてはIFRSでは会計上の見積りに該当するんだ。そして、少なくとも各事業年度末に見直しを行わなければならい。これも日本基準にはない規定だな。」 「え!毎期末に見直しですか?うわぁ、大変そうですね・・・」 「そうだな。まずはどうやって見直しを実施するのか、という方法から決めていく必要があるからな。」 ここで、藤原はため息をついた。 「まぁ、基準に定められている以上、粛々とやるしかないな。」 「はい。そうですね。」 藤原は再び口を開いた。 「ちなみに上記の3項目を再検討した結果、これらの見積りに重要な変更があった場合は、減価償却費の修正は将来に向けて行われることになる。」 「あ、そっか。見積りの修正だから、過年度遡及修正はしなくてもいいんですね。」 「そういうことだ。」 藤原は桜井に向かってニヤリと笑った。 ◆ IFRS導入時の論点―有形固定資産の減価償却 「減価償却の規定については以上ですか?」 「ああ、そうだ。」 「でも、先輩はここが重要だって言っていましたよね?」 「おお。」 桜井は首を捻った。 「でも、見た感じでは日本基準とそう変わらないような気が・・・。あ、測定単位の所ですか?日本基準にはない項目ですよね。」 「もちろん、それを検討する必要はあるんだが、俺が言ったのはそこじゃないんだ。」 藤原はヒントを出すことにした。 「今、ウチの会社では残存価額や耐用年数、減価償却方法はどうやって決定している?」 「どうやってって、税法の規定に従ってきちんと処理していますよ?」 「そこなんだよ。税務基準で処理している方法が、IFRSではそのまま認められないからなんだ。」 「え、そうなんですか?」 桜井は驚いた。 「もちろん、今の残存価額、耐用年数及び償却方法が経済的実態を適切に反映していると説明できれば、そのまま採用することは可能だ。」 「じゃ、経済的実態がどうなのかを調べる必要があるんですね。」 「その通り。実際には耐用年数と減価償却方法の2つについて調査する必要がある。」 「あれ?残存価額は調べなくていいんですか?」 「残存価額については、金額的な重要性がないため現状のままの残存価額を用いることが認められると考えられているんだ。」 「なるほど。重要性の観点ですね。」 桜井は納得した。 「つまり、今採用している耐用年数が『企業にとってその資産が利用可能であると予想される期間』か、今採用している減価償却方法がIFRSの求めている『将来の経済的便益が企業によって消費されると予測されるパターンを最も反映する方法』となっているのか、という点を検討して、適切な耐用年数と減価償却方法を判断することになるんだ。」 「へぇ。では、今日のミーティングではこのことを話し合っていたんですね。」 「ああ。まだ検討方法を決める段階だがな。」 と、藤原は苦笑いした。 「それと。この論点について、他のIFRS任意適用会社がどう判断したのか『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』に載っているから、ちゃんと読んでおけよ。今日の宿題だ。」 「はい。分かりました。」 桜井は忘れないようにノートに宿題内容をメモした。   認識の中止 「これでヤマは超えたから、あとはほとんど確認事項といったところかな。」 藤原は表情を緩めた。 「え、ほんとですか?」 桜井はそれを聞いて、テンションが上がった。 「続いては、認識の中止(derecognition)だ。有形固定資産は、資産を処分した時か、その使用または処分からの将来の経済的便益が何ら期待されなくなった時のどちらかの時点でその認識を中止することになる。」 「つまり、日本基準での認識の中止のタイミングと同じと考えても大丈夫ってことですか?」 「そういうことだ。ここは特に新しく説明することはないだろう。」 「はい。」   開示 「最後の開示についてだが、日本基準以上に記載することが増えるということは言わずもがなだな。」 「はい。」 「まずは、開示要求されている事項を一覧で見てみよう。ちょうどまとめたものがあるんだ。」 藤原はファイルからさらに一枚、紙を抜き出して桜井に渡した。 【有形固定資産 開示事項一覧】 「こうやって見ると、開示することが多いですね。」 桜井は一覧表を眺めながらため息をついた。 「そうだな。まず、IFRSでは、帳簿価額を決定するために用いた測定基礎を開示することになる。また、日本基準では単体のほうで増減明細表を出していたが、連結ベースで明細表よりさらに詳しい『調整表』を出すことになる。ほかにも日本基準ではなかった開示項目がいくつかあるな。」 「はい・・・」 「もちろん、すべての事項を開示するわけじゃないし、中には日本基準で既に開示しているものもあるぞ。」 そう言うと、藤原は日本基準でも注記する項目を指さした。 「あ、本当だ。確かに減価償却方法や耐用年数といった項目や、担保提供資産は日本基準でも注記していますね。『建設中の有形固定資産項目の帳簿価額に含めて認識した支出額』というのは、建設仮勘定のことですよね。日本基準だと、これは貸借対照表に計上している情報ですね。」 桜井は見覚えのある開示項目を見つけて、ほっとした。 「ああ。それに当初認識後の測定に再評価モデルを適用しなければ、下の5項目は開示不要だしな。」 「そう考えると、少し気持ちが楽になりました。」 藤原はそれを聞いて笑った。   「よし、今回はここまでにしよう。」 勉強会を終えた2人はミーティングルームを引き上げることにした。 「あー、今日は肉が食いたいな。」とホワイトボードを消しながら、最近疲れ気味の藤原が呟く。 「えっ。それ、僕も付き合うんですか?」 「当たり前だろう。」と、藤原は手を止めて、桜井を見下ろす。 「じゃ、お酒はほどほどにしてくださいよー。先輩、弱いんですから。」 桜井は、仕方がないな、と諦めた顔をして首を振った。 「お、お前が強すぎるんだよ。どれだけ飲んでも、顔にも態度にも出ないだろ~」 苦虫を噛み潰したような顔をした藤原に、「両親が九州出身なもので。」と桜井は澄まして答える。すると、 「それを言うなら、俺の所だって叔母の従妹が九州に嫁いでいるぞ。」と藤原は張り合った。 「それ、もう他人ですから・・・」 分の悪い藤原は桜井のツッコミをスルーして、勢いよく先に部屋を出た。 「さぁ、行くぞー。今夜は肉だ。焼肉だ。ステーキだ!」 「どっちか1つにしないと、お腹壊しますよー」 桜井はため息を吐くと、電気の消えたミーティングルームのドアを静かに閉めた。   【有形固定資産の定義・当初認識・取得原価】 【取得後の測定モデル】 【減価償却】 →    (了)

#No. 183(掲載号)
#関根 智美
2016/09/01

被災したクライアント企業への実務支援のポイント〔会計面のアドバイス〕 【第7回】「過去の災害時における会計・開示」

被災したクライアント企業への 実務支援のポイント 〔会計面のアドバイス〕 【第7回】 「過去の災害時における会計・開示」   公認会計士 深谷 玲子   1 過去の災害時における会計処理事例 〔会計面のアドバイス〕におけるここまでの解説を踏まえ、過去の災害時において、被災した法人が実際にどのような会計処理を行ったのか、いくつかの例を紹介したい(該当箇所のみ抜粋)。 ◆被災による損失を一括して表示し注記で内容を開示 「JXホールディングス株式会社 第1期(自 平成22年4月1日 至 平成23年3月31日)」 (注1) 【第3回】「費用・損失の計上②」の「1 被災による損失の表示」を参照。 (注2) 【第3回】「費用・損失の計上②」の「2 災害損失に係る引当金の表示」を参照。 (注3) 【第4回】「棚卸資産の処理」を参照。 (注4) 【第5回】「固定資産の処理」を参照。 ◆災害損失引当金として開示 「日産自動車株式会社 第112期(平成23年3月31日)」 (注5) 【第3回】「費用・損失の計上②」の「2 災害損失に係る引当金の表示」を参照。 ◆繰延税金資産の回収可能性に著しい影響 (注6) 「東京電力株式会社 第87期(自 平成22年4月1日 至 平成23年3月31日)」 (注6) 【第6回】「繰延税金資産の回収可能性への影響」を参照。 有価証券報告書には企業分類やスケジューリングなどは記載項目とされていないため、詳細は不明であるが、震災の影響により、前期に計上されていた繰延税金資産が大幅に取り崩されていることがわかる。   2 過去の災害時における開示 (1) 開示に関する特例措置 大規模な災害時においては、開示に関する特例措置がなされることがある。ここでいう「開示」とは、情報開示であり、決算公告や有価証券報告書の提出、適時開示などのことである。 過去の災害時においては、開示に関する特例として、「通常規定された期限までに発表・公告・提出すべき書類について、その期限を延長する」という措置がなされた。ただし、法人としては、あくまで特例措置がなされたことを確認した上で、対応する必要がある。このため、特例を発令する省庁・機関の情報提供に注意して情報収集に努められたい。 一方で、被災した法人側から所管官庁等に事情を説明し、特例を申し出る場合もあるだろう。 (2) 開示に関する特例措置の具体例 ① 決算公告に関する特例措置 ② 有価証券報告書、四半期報告書、臨時報告書等に関する特例措置 ③ 上場会社に関する特例措置   3 時系列でみた被災した法人の対応 法人が被災した場合、会計上考えるべきことは、「正確な情報を迅速に公開すること」であろう。実務担当者は、自社の被災状況を考え、開示の特例情報を入手しながら、適時開示の必要性、臨時報告書の必要性を検討しなければならない。 (※1) 適時開示とは、日本取引所グループが求めている、「会社情報の適時開示制度」である。有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社の業務、運営又は業績等に関する情報を適時に開示していく制度である。 (※2) 臨時報告書とは、一定の重要な事実が発生した場合に内閣総理大臣に提出しなければならない報告書のことである(金融商品取引法24条の5)。 これらは、決算日のタイミングにより、決算関係の開示と重なることもある。災害後の混乱の中、できる範囲内で誠実に情報を公開していくことになるだろう。災害時における情報開示はどうあるべきかの方針について、平常時から考えておくことが望ましい。 最後に、実際に被災した法人が、どのようなタイミングで各種開示書類を公表したか、平成28年熊本地震で被災した西部瓦斯株式会社の例を紹介したい。なお、後発事象に関する対応については次回解説する。 4月14日 地震発生 4月19日 適時開示「「平成 28 年熊本地震」 の影響に関するお知らせ」 4月27日 適時開示「平成28年3月期 決算短信」 6月28日 「有価証券報告書」 7月8日 適時開示「特別損失の計上及び業績予想の修正に関するお知らせ」 7月28日 「臨時報告書」 平成28年熊本地震は4月14日に発生しており、3月決算の法人にとっては、適時開示と臨時報告書の提出、加えて通常の有価証券報告書の提出も重なることとなった。 (了)

#No. 183(掲載号)
#深谷 玲子
2016/09/01

経理担当者のためのベーシック会計Q&A 【第121回】退職給付会計⑨「退職給付制度間の移行―過去勤務に係る部分も移行した場合」

経理担当者のための ベーシック会計Q&A 【第121回】 退職給付会計⑨ 「退職給付制度間の移行―過去勤務に係る部分も移行した場合」   仰星監査法人 公認会計士 永井 智恵     〈事例による解説〉   〈会計処理〉 ① 退職給付債務の減少に伴う処理 (※1) (移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務220)-年金資産の移換額150=30 ② 未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額の移行時の処理 (※2) 9(※3)-18(※4)+36(※5)=27 (※3) 未認識過去勤務費用の費用処理額=未認識過去勤務費用20×A=9 (※4) 未認識数理計算上の差異の費用処理額=未認識数理計算上の差異40×A=18 (※5) 会計基準変更時差異の未処理額の費用処理額=会計基準変更時差異の未処理額80×A=36 (※6) 消滅した退職給付債務の比率A=(移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務220)÷移行前の退職給付債務400=0.45   〈会計処理の解説〉 退職給付制度間の移行には、確定給付型の退職給付制度から他の確定給付型の退職給付制度への移行や、確定給付型の退職給付制度から確定拠出年金制度への移行があります(適用指針第3項)。 退職給付制度間の移行において、確定給付年金制度の一部又は全部について確定拠出年金制度へ資産を移換する場合、当該移換部分については退職給付制度の終了に該当します(適用指針第11項(5))。 退職給付制度の終了においては、当該退職給付債務が消滅すると考えられるため、終了した部分に係る退職給付債務と、その減少分相当額の支払等の額との差額を、損益として認識します(適用指針第10項(1))。 (なお、退職給付制度の終了の時点で、終了した部分に係る退職給付債務は、終了前の計算基礎に基づいて数理計算した退職給付債務と、終了後の計算基礎に基づいて数理計算した退職給付債務の差額として算定します(適用指針第28項)。) 本事例では、制度間移行に伴う移行前の退職給付制度の終了により、退職給付債務の消滅の認識が行われます。このため、終了した部分に係る退職給付債務180(=移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務220)と年金資産の移換額150との差額30を損益として認識します(①の仕訳)。 また、未認識過去勤務費用、未認識数理計算上の差異及び会計基準変更時差異の未処理額は、終了部分に対応する金額を、終了した時点における退職給付債務の比率その他合理的な方法により算定し、損益として認識します(適用指針第10項(2))。 本事例では、未認識過去勤務費用20(借方)、未認識数理計算上の差異40(貸方)及び会計基準変更時差異の未処理額80(借方)は、消滅した退職給付債務の比率(=(移行前の退職給付債務400-移行後の退職給付債務220)÷移行前の退職給付債務400)で損益に認識しています(②の仕訳)。 なお、①及び②で認識される損益は、退職給付制度の終了という同一の事象に伴って生じたものであるため、原則として、特別損益に純額で表示します(適用指針第10項(3))。 *   *   * 次回は、退職給付制度間の移行のうち、将来勤務に係る部分から移行した場合について解説します。 (了)

#No. 183(掲載号)
#永井 智恵
2016/09/01

「従業員の解雇」をめぐる企業実務とリスク対応 【第8回】「普通解雇④」~非違行為、企業秩序違反による解雇~

「従業員の解雇」をめぐる 企業実務とリスク対応 【第8回】 「普通解雇④」 ~非違行為、企業秩序違反による解雇~   弁護士 鈴木 郁子   1 はじめに ~懲戒解雇と重複する類型~ 今回は、非違行為・企業秩序違反の行為に対する解雇について論ずる。 この類型の特徴は、「能力不足、適格性欠如」(【第5回】)、「協調性欠如、勤務態度不良」(【第6回】)等の他の類型と比較して解雇が認められやすい類型であるが、また同時に、懲戒対象行為となり、場合によっては懲戒解雇も可能な類型ということである。 したがって、非違行為、企業秩序違反の行為は、懲戒解雇で論じられることが多いが、懲戒解雇は普通解雇より有効性が認められる場合が少なく、手続的も厳しく、違法となるリスクが高いため、実務的には、あえて普通解雇を選択されることが多い(【第1回】参照)。 そこで本稿では、非違行為・企業秩序違反の行為について論じることとし、懲戒解雇の稿(次回を予定)では懲戒解雇の手続など懲戒解雇固有の問題について論じることとする。 以下、一般的に問題となりやすい事象を例に挙げる。   2 経歴詐称 (1) 経歴詐称による解雇は可能か 雇用契約は、会社と従業員の信頼関係に基礎を置く継続的な契約である。したがって、会社は、雇用契約に先立ち、従業員に対し、従業員の労働力評価に関わる事項だけでなく、会社や職場への適応性、貢献意欲、企業の信用保持等の維持に関係する事項についても、必要かつ合理的な範囲内で申告を求めることができ(差別に関わる事項は禁止される)、従業員には、告知を求められた事項について、信義則上、真実を告知する義務がある。 したがって、真実の告知義務違反である経歴詐称は懲戒対象行為となる。 それでは、経歴詐称を理由として解雇までできるのだろうか。 この点、裁判例は、基本的に、重要な経歴の詐称に当たる場合、すなわち、その経歴詐称が事前に発覚すれば、雇用契約を締結しなかったり、少なくとも同一条件で契約を締結しなかったといえ、客観的にみても相当な場合をいう場合には、懲戒解雇できるとしている(とすると、通常、普通解雇もできることになる)。 (2) 学歴の詐称 例えば、高卒なのに大卒である場合など最終学歴を偽った場合には、給与体系や配置が異なってくることもあるので、重要な経歴の詐称に当たるとして、解雇し得る。 一方、そもそも採用にあたり学歴を不問としていた場合には、解雇は困難であろう。また、例えば卒業した大学名を偽った場合において、真実の大学名でも採用実績があり、入社後の処遇内容も詐称の有無にもかかわらず変わりはなく、採用後10年以上が経過し、その後の勤務状況にも問題がないといった場合も、私見ではあるが、解雇は困難であろう。 (3) 職歴の詐称 職歴についても、当該業務に必要な資格の有無を偽ったり、当該職歴の詐称がなければ採用しなかったり、詐称の事実を知っていれば少なくとも同一の処遇での採用をしなかった場合には、重大な経歴詐称として、解雇し得る。 (4) 犯歴の詐称 犯歴については、別段の考慮が必要である。 裁判例上、刑の消滅した前科は、その存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼす特段の事情がない限り、告知すべき信義則上の義務はないとされる。したがって、そのような場合、犯罪の内容等が業務や企業秩序維持に現実に影響を与え得る時のみ解雇し得るといえる。 (5) 病歴の詐称(既往症の不告知) 既往症について正しく告知をしないとの点は、昨今、問題となりやすい。 私見ではあるが、既往症の不告知は、一般に、学歴や職歴の詐称の場合よりも、雇用の有無や配置・給与体系に結びつかず、また、従業員・会社間の信頼関係に与える影響の程度も低いことから、とりわけ現実の業務遂行に特段問題がないケースであれば、解雇は難しいと思っていた方が無難である。 (6) 会社の対応について 一般論としては上述の通りであるが、現実問題として、詐称行為が行われた場合には、本人も虚偽行為を行ったとのことで後ろめたく感じていることが多い。 したがって、微妙な事案であればなおさら、実務上は、退職勧奨をし、合意退職を成立させるのがよいと思われる。   3 着服・横領、不正行為 (1) 着服・横領について 着服・横領は、そもそも業務上なされる犯罪行為であって、重大な企業秩序違反である上、信頼関係破壊の最たるものであるため、普通解雇は勿論のこと、懲戒解雇もできるのが原則である。 もっとも、1回きりの行為であり、金額も一般的に見て少額であり、また、着服したものの発覚前に本人が返金しているなどの事情がある場合には、解雇の可否について慎重な判断が必要であろう。 (2) 不正行為について 不正行為については、種々のものがあるが、解雇の可否の判断要素は、 等である。 例えば、社用車を私的に使用した場合には、不正・違法の程度は決して重くなく、解雇は困難である。 定期代の不正受給、出張にかかった経費の不正な上積み請求は、社用車の私的使用とは異なり、虚偽の積極的な請求行為が介在するため、不正・違法の程度は重いとはいえるが、解雇し得るか否かは、その頻度、態様、金額の如何によるであろう。 一方で、取引先からのリベートの取得は、不正・違法の程度が高く、取引先との関係を含め会社に与える損害も大きいことから、頻度、態様、金額によっては、直ちの解雇が認められる場合もあるであろう。 また、社外秘の秘密情報を意図的に漏洩した場合には、不正・違法の程度も会社の損害も大きく、いわゆる内部告発のケースを除き、解雇の余地がある。 なお、辻褄を合わせるための帳簿上の数字を操作したに過ぎない場合には、職務内容・地位の如何、期間・内容にもよるが、不正行為であるとはいえ、自ら利得を得ているわけではないので、それのみによる解雇は簡単ではない。 (3) 会社の対応について いずれにせよ、解雇し得る事案なのか、解雇し得るとして懲戒解雇なのか、普通解雇なのか、その判断は決して簡単ではない。 判断に迷う境界線上の事案なのであれば、より緩い処分を検討する方が無難である。 (なお、上記事例については、労政時報3829号「懲戒制度の最新実態」を参考とした。)   4 従業員間のセクハラ・パワハラ (1) セクシュアルハラスメントについて 従業員間の強姦、強制わいせつ等、刑法犯に当たる行為については、普通解雇、懲戒解雇の余地がある。 刑法犯に至らない程度の交際要求や性的要求などについては、何らのこれまでの処分歴や注意等がない場合には、原則、解雇まではできないと考えておいた方がよい。 (2) パワーハラスメントについて 上司が部下を殴って怪我を負わせ傷害罪が成立するなど、パワーハラスメントが刑法犯に当たる行為については、その程度にもよるものの、普通解雇、懲戒解雇の余地がある。 単なる暴言や名誉毀損的言動に過ぎない場合には、配置転換や注意処分等で対応すべきであり、それのみで解雇はできないと考えておいた方がよい。 (3) 会社の対応について セクシュアルハラスメント、パワーハラスメントは、被害者が存在する類型であり、被害者・加害者の言い分が違うことが多く、また、客観的な証拠がないことも多いため、対象行為の認定・評価には慎重を期する点、くれぐれも留意してほしい。   5 私生活上の非行について (1) 会社への損害の有無について慎重な判断を 私生活上の非行について、懲戒解雇であれ、普通解雇であれ、従業員を解雇し得るのは、これが企業秩序違反といえ、業務遂行に影響したり、会社に損害を与える場合である。その意味で、私生活上の非行を理由とする解雇にあたっては、慎重な判断が必要である。 (2) 私生活上の刑法違反について 刑法違反の場合とはいえ、同様である。 例えば、運転とは関係ない業務に従事している従業員が、業務時間外のプライベートで交通事故を起こして処分された場合は、解雇できない。 また、痴漢で処罰されたとしても、アナウンサーなど会社の信用・体面を象徴するような立場にある者は別として、通常、直ちに会社の社会的信用の低下を伴うわけではないので、解雇はできない。 一方、職場において従業員間で喧嘩などの暴力行為があった場合などは、職場の秩序に影響を及ぼす場合がありうる。もっとも、上司が部下を殴るなどのパワハラ的要素がある場合、そのような行為が繰り返されている場合、被害結果が重大な場合は別論として、1回のみの暴力行為は、懲戒対象行為とはなり得ても、解雇までは難しい。 (3) 多重債務・破産について 従業員が多重債務者・自己破産者となったとしても、証券会社の証券外務員や旅行業者、有価証券投資顧問業者など業務上の資格に直結しない限りは、解雇は難しい。職場に支払督促の電話がかかってきたとしても、また、貸金業者からの給与の差押え等が発生した場合でも同様である。 (4) 不倫について 社内での不倫は、これがセクハラではなく合意に基づくものであれば、社内とはいえ、あくまで業務とは関係ない私生活上の行為であるため、懲戒対象行為でもないし、解雇はできない。 もっとも、取引先関係者との不倫では、得意先との信頼関係が損なわれる可能性もあるので、取引先の対応・態度如何にもよるが、解雇を検討する余地がないわけではない。   (了)

#No. 183(掲載号)
#鈴木 郁子
2016/09/01

マイナンバーの会社実務Q&A 【第17回】「マイナンバーの業務を委託する際の注意点」

マイナンバーの会社実務 Q&A 【第17回】 「マイナンバーの業務を委託する際の注意点」   税理士・社会保険労務士 上前 剛   〈Q〉 当社は、社会保険労務士と顧問契約をすることになりました。今後、マイナンバーの記載が必要な雇用保険の手続書類の作成は社会保険労務士が行うことになります。 マイナンバーの業務を委託する際の注意点を教えてください。   〈A〉 口約束のみで業務委託契約書を締結しない社会保険労務士もいるが、必ず業務委託契約書を締結する。 業務委託契約書を締結する前に社会保険労務士から業務委託契約書のドラフトをメールやFAXしてもらい、中身をチェックする。業務委託契約書に“特定個人情報”、“マイナンバー”といった文言が無ければ、マイナンバー制度ができる以前から使用している業務委託契約書と考えられる。だからといってダメというわけではなく、必要な番号法上の安全管理措置が講じられている契約内容であれば問題ない。 必要な番号法上の安全管理措置が講じられている契約内容でなければ、「特定個人情報の利用目的」、「特定個人情報の利用制限」、「特定個人情報の安全管理措置」、「特定個人情報の保護」といった条文の追加を依頼する。 また、雇用保険の手続書類のやり取りの手段についても確認する。社会保険労務士が会社やハローワークに雇用保険の手続書類を郵送する際は、情報漏えい、紛失の事故防止のため、追跡可能な一般書留、簡易書留、特定記録、レターパックを利用するように依頼する。 (了)

#No. 183(掲載号)
#上前 剛
2016/09/01

税理士が知っておきたい[認知症]と相続問題 【第1回】「序論」-“認知症”がもたらす諸問題の急増-

税理士が知っておきたい [認知症]と相続問題 【第1回】 「序論」 -“認知症”がもたらす諸問題の急増-   クレド法律事務所 駒澤大学法科大学院非常勤講師 弁護士 栗田 祐太郎   1 “認知症”問題の急増 人間の生活は、科学技術の進歩により大きな影響を受ける。 最近のニュースを見ていても、遺伝子解析の発展と治療への応用、人工知能(AI)やビッグデータの活用等といった最先端技術が、我々の社会生活に続々と取り入れられ始めている。また、その恩恵により、我が国は男女ともに年々平均寿命を伸ばし続けている。 一方で、個々人の多様なライフスタイルや働き方を反映し、晩婚化・少子化が進んでいる。 これらが複雑に絡み合い、現在、全体の人口数と比較して高齢者人数が高い割合を占める“超高齢社会”と言われる社会が、史上初めて出現するに至っている。我が国は、その最前線にある。 長寿化が進み、高齢者の人口が年を追うごとに増加していくとなれば、心身に何らかの病気を抱える者が増えることも、また必定である。年を取る毎に認知症を発症するケースも当然増加する。 このことは、以下のような厚労省の推計を見ても一目瞭然であり、これを「認知症社会の到来」と評価する向きもある。 【高齢者に占める認知症患者数の予測】 (※) 中段:認知症となる高齢者の予測数を示す。 下段:65歳以上の人口に占める認知症高齢者の割合を示す。 同様の趣旨から、参考までに、後見制度の利用件数(申立て件数)を年次的に整理してみると、次のとおりである。 【家庭裁判所に対する後見利用の申立て件数】 (※) 最高裁判所は、上記のように各種統計資料を公表しており、後見制度については広報用のポータルサイトを公開している。 「後見ポータルサイト」(裁判所ホームページ) 「成年後見関係事件の概況」(裁判所ホームページ) 裁判所が取り扱う裁判のうち、民事訴訟の申立て件数を見ると、いわゆる過払金ブームの終焉化等の影響もあり、年々次第に減少している傾向にある。 反対に、家庭裁判所が取り扱う後見関係事件や家事調停等といった案件は、年々増加傾向にある。裁判所も、冒頭で述べた超高齢社会の余波を正面から受けているのである。   2 税理士は、いま、何を押さえておくべきか 以上のような潮流は、税理士業務と密接に関連する。 たとえば、税理士に対して普段寄せられる相談を見ても、高齢者に万一のことがあった場合に備えた相続税のシミュレーションや節税対策、そして遺言書作成等の相談のほか、自らに認知症の自覚症状がある、または既に親族に認知症となっている者からの相談も増加する傾向にある。 士業と呼ばれる職業は、新しい制度の把握や度重なる法律改正、関係諸機関の動向等について絶えざるフォローアップが要求される。その作業だけでも相当なエネルギーを必要とし、カバーすべき範囲は膨大である。 そうした中で、特に動きの激しい分野については、目の前の案件の処理・解決だけを目指した付け焼刃的な対応で手一杯となることも多い。 前述のように超高齢化社会における認知症の問題は、今後爆発的に増加していくことは明らかであろう。そのときに備える意味でも、今のタイミングで、認知症に関する最低限の実務知識を一度体系的に整理しておくことは重要である。 このことは、税理士に対する懲戒申立てが増加している中で、税理士自身の身を守るというリスク回避の観点からも有用である。 本連載は、このために必要と思われる最低限押さえておくべき知識をわかりやすく説明し、読者の皆さんにとって有益となる連載としたい。   3 今後の連載の予定 以上に述べた目的を実現できるよう、本連載では次のような項目を説明していく予定である。 認知症がもたらす諸問題を整理し概観してみると、それが影響する範囲の広さに驚くはずである。 たとえば、認知症の高齢者が悪徳業者に騙されて不動産を安価で売却してしまった場合、これを知った家族としては緊急的な権利保全措置としてどのような手段が取れるか。 また、遺言書が作成されているにもかかわらず、後日これが無効だとして一部相続人から争われる場合に、どのような訴訟内容となり、またお互いにどのような証拠を収集しなければならないのであろうか。 そして、高齢者が亡くなった後、預貯金を管理していた家族による私的な使い込みが疑われる場合に、他の家族としてはどのように調査し、責任追及していけばよいのであろうか。 他方で、誰かの遺産を相続する側の人間が認知症であった場合、果たして遺産分割協議をどのように行えばよいのであろうか。 さらには、財産管理をめぐる最近の潮流、たとえば、任意後見契約や民事信託制度といったものの概要はどのようなものであろうか。 こういった、実務上、税理士がいつ直面してもおかしくないような数多くの問題については、連載後半に事例形式で一つ一つ具体的な解説を加えていきたい。 (了)

#No. 183(掲載号)
#栗田 祐太郎
2016/09/01

〈小説〉『資産課税第三部門にて。』 【第12話】「国際税務専門官」

〈小説〉 『資産課税第三部門にて。』 【第12話】 「国際税務専門官」 公認会計士・税理士 八ッ尾 順一   「統括官、今度の人事異動で、資産課税第二部門の渡辺さんが、国際税務専門官に配属されましたね。」 昼休みに、谷垣調査官は田中統括官と雑談をしている。 「第二部門の渡辺君か・・・彼は英語が良くできたからな。」 田中統括官の言葉に谷垣調査官はうなずいた。 「ええ、TOEICの点数が優に800点を超えていると聞いています。」 谷垣調査官は羨ましそうに言う。 「君も英語を勉強したらどうだい? すでに僕の学生時代から・・・もう30年以上も前の話だけど・・・『英語とコンピュータをマスターしなければ、社会に出ても活躍できない』と言われていたよ。」 田中統括官は、学生時代を懐かしそうに思い浮かべる。 「渡辺君は、何年か前に、和光市にある税務大学校の国際科に行っているはずだ。そこでの研修は、国際課税の分野における、より高度な専門的知識を習得させるとともに、調査等に活用できる応用能力の向上を図ることを目的としている。・・・もっとも、研修期間は5ヶ月と短いけどね。」 田中統括官は、国税庁から配布されているパンフレットを読みながら、説明する。 「しかし5ヶ月間とはいえ、給料をもらいながら勉強できるって、いいですよね。僕も来年、その国際科を受験してみようかな? 統括官、いいですか?」 谷垣調査官は笑いながら尋ねた。 「そんなに勉強する意欲があるなら、ぜひ受験するといいよ。」 田中統括官は真面目に応じる。 「講師陣も、国際課税等に精通している大学教授や法曹関係者、国税庁の経験豊富な職員で構成されているからね。」 田中統括官の言葉に谷垣調査官の目は輝く。 「それはすごいですね! 国税庁は日本一大きいシンクタンク(頭脳集団)と言われていますけど、僕はこの職場に入って本当に良かったと思っています。」 「そうだなあ、こんなに勉強させてくれる職場はなかなかないよ。」 田中統括官は、腕を組みながらうなずいた。 「ところで・・・渡辺さんの配属された『国際税務専門官』って、いったい何をするところなんですか?」 「そうだなあ・・・職員名簿をみると、法人税、所得税、そして資産税の各課税部門で、この国際税務専門官のポストが増えている。それだけ国際取引などが絡む事例が増加している、ということなんだろう・・・」 田中統括官は、国税局から配布されている『職員名簿』を見ながら言う。 「・・・国際税務専門官の仕事は、資産課税部門では、主として海外資産関連事案の調査事務をすることになっている・・・」 田中統括官は『資産課税実施要領』を見る。 「まあ・・・国際税務専門官の調査といっても、一般の資産税の調査をサポートするようなことが多いと聞いている。資産課税部門の職員に対して海外情報とか専門的知識の提供など・・・」 田中統括官の言葉に谷垣調査官は納得した様子で言う。 「確かに相続税の調査などをしていても、被相続人が海外に資産を持っているケースなどが増えていますから、その辺りの情報収集や海外の税務知識が必要になってきますね。」 「そうなんだ。だから、そういう専門知識が必要な調査事例のケースでは、国際税務専門官が同行調査を行うことがある。君も税務調査に際して同行が必要と思ったときには、僕に言ってくれれば、同行を頼んであげるよ。」 田中統括官は、優しく言う。 「・・・ところで、国外財産調書の提出制度が平成26年1月から施行されましたが、その提出されている件数って、実際の該当者数から比べると、少ないんですね。」 そう言うと、谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。 「そうだな、年末に、5,000万円を超える国外財産を有する者は、その財産の種類、数量及び価額等を記載して提出する義務があるとなっているけど・・・」 田中統括官は、国税庁の『国外財産調書の提出制度』(パンフレット)をめくる。 「この提出制度には、国外財産調書の適正な提出に向けたインセンティブとして、所得税(復興特別所得税を含む)と相続税に過少申告加算税等の特例があるのだけど・・・」 田中統括官はそう言いながら、さらにページをめくる。 「この特例には2つの措置があって、①過少申告加算税等の軽減措置(5%減額)と、②過少申告加算税等の加重措置(5%加重)なんだけど、②については所得税のみで、相続税は対象になっていない・・・」 田中統括官はパンフレットを見ながら 「まあ、相続税については、所得税と違って、過少申告加算税等の加重措置を付けてもあまり効果がないと考えているのかどうか、わからないけど・・・」 と言う。 谷垣調査官は、田中統括官の持っているパンフレットを覗きながら 「・・・しかし、提出しなかったときの罰則規定は、別途、あるのですよね。」 と尋ねる。 「そうそう、次の場合には、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処するとなっている。」 田中統括官は、谷垣調査官に該当する箇所のパンフレットを見せる。 「まあ、その他にも国外財産調書の提出に関する調査について、不答弁や拒否をした場合には、この罰則規定が適用されることがあるが・・・もっとも、このような罰則規定がなければ、現実に制度自体がワークしないからね。」 「しかし、適正な課税を実現するために、これからも新しい制度が導入されるでしょうから、現場で働いている税務職員も絶えず勉強をしなければいけないんですね・・・」 谷垣調査官は、田中統括官から渡されたパンフレットを見つめながら、つぶやいた。 (つづく)

#No. 183(掲載号)
#八ッ尾 順一
2016/09/01

《速報解説》 「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」に関する措置法通達が新設~被相続人居住用家屋の敷地等の判定について取扱いを示す~

 《速報解説》 「空き家に係る譲渡所得の特別控除の特例」に関する措置法通達が新設 ~被相続人居住用家屋の敷地等の判定について取扱いを示す~   税理士 内山 隆一   平成28年7月29日付けで、租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)通達の一部が改正され(ホームページ公表は8月2日)、被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除についての取扱いが公表された。 本稿では今回の通達改正の中で特に留意すべき事項について、関係図を交えて解説していく。 なお本制度の適用要件等については、本誌6月掲載の下記拙稿を参照されたい。   ▷措通35-7(同一年中に自己の居住用財産と被相続人の居住用財産の譲渡があった場合の3,000万円特別控除の適用関係) (内容) 同一年中に自己の居住用財産と被相続人の居住用財産の譲渡があり、そのいずれについても3,000万円特別控除の適用を受ける場合の控除順序は下表のとおりである。 なお、特別控除額は全体で3,000万円を限度とする。 (※) 納税者の選択により、これと異なる順序で控除することもできる。   ▷措通35-8(相続税額の取得費加算との関係) (内容) 被相続人の居住用財産の譲渡につき、相続税額の取得費加算の適用を受ける場合には、その譲渡については3,000万円特別控除の適用はないが、譲渡した資産が居住用部分と非居住用部分とからなる被相続人居住用家屋又はその敷地等である場合において、その非居住用部分についてのみ相続税額の取得費加算の特例を受けるときは、居住用部分については他の要件を満たせば3,000万円特別控除の適用が受けられる。 【図1】   ▷措通35-9(被相続人居住用家屋のみ又はその敷地のみを相続等により取得した場合) (内容) 被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除は、相続等により、被相続人居住用家屋とその敷地等の両方を取得した個人のみ適用でき、いずれか一方のみを相続等により取得した場合には適用できない。 【図2】   ▷措通35-13(被相続人居住用家屋の敷地等の判定等) (内容) 譲渡した土地等が、被相続人居住用家屋の敷地等に該当するかどうかは、社会通念に従い、その土地等が相続開始直前において被相続人居住用家屋と一体として利用されていた土地等であったかどうかにより判定する。 この場合、その相続開始直前において、その土地が用途上不可分の関係にある2以上の建築物のある一団の土地であった場合には、次により計算した面積に係る土地の部分に限られる。 なお、これらの建築物について、相続等後に増築や取壊し等があった場合であっても、算式中のB、Cの家屋の床面積は、相続開始直前の現況による。   ▷措通35-15(被相続人居住用家屋が店舗兼住宅であった場合の居住用部分の計算) (内容) 被相続人居住用家屋が店舗兼住宅であった場合には、その相続開始直前の利用状況に基づき、次により被相続人の居住用部分を計算する。 したがって、譲渡した被相続人居住用家屋の床面積が相続後の増築等により増減した場合であっても、その相続開始直前の床面積を基に行う。 なお、上記により計算した被相続人の居住用部分の面積が全体の90%以上となるときは、その全てを居住用部分として取り扱うことができる。 【図6】 (1) 家屋のうち被相続人の居住の用に供されていた部分〔D〕の計算 (2) 土地等のうち被相続人の居住の用に供されていた部分〔D’〕の計算   ▷措通35-16(相続時から譲渡時までの利用制限) (内容) 被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除は、相続時から譲渡時まで「事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていたことがないこと」を要件としているが、この要件の判定に当たっては、たとえ一時的な利用であっても、「事業の用、貸付けの用又は居住の用に供されていた」こととなる。 また、「貸付けの用」には、無償による貸付けも含まれる。   ▷措通35-17(被相続人居住用家屋の敷地等の一部の譲渡) (内容) 相続等により取得した被相続人居住用家屋の敷地等の一部を区分して譲渡した場合には、次のように取り扱う。   ▷措通35-18(対象譲渡について特別控除を適用しないで申告した場合) (内容) 対象譲渡をした場合において、被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除を適用しないで確定申告書を提出したときは、その後更正の請求をし、又は修正申告書を提出する場合であっても、特別控除を適用することはできない。   ▷措通35-20(譲渡対価の額が1億円を超えるかどうかの判定) (内容) 譲渡対価の額が1億円を超えるかどうかの判定は、次により行う。   ▷措通35-21(居住用家屋取得相続人の範囲) (内容) 「居住用家屋取得相続人」には、被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除の適用を受ける個人のほか、その相続等により被相続人居住用家屋のみ又はその敷地等のみの取得をした相続人も含まれる。 したがって、例えば、被相続人居住用家屋の敷地等のみを相続等により取得した者が、その相続時から特別控除の適用を受ける者の対象譲渡をした日以後3年を経過する日の属する年の12月31日までに行ったその敷地等のみの譲渡も適用前譲渡又は適用後譲渡に該当する。   ▷措通35-23(適用後譲渡の判定) (内容) 居住用家屋取得相続人が行った譲渡が適用後譲渡に該当するかどうかの判定をする場合において、被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除の適用を受ける個人が複数いるときは、各人の対象譲渡ごとに行う。   ▷措通35-25(適用前譲渡又は適用後譲渡をした旨の通知がなかった場合) (内容) 被相続人の居住用財産の譲渡に係る3,000万円特別控除の適用を受けようとする者から対象譲渡をした旨の通知を受けた居住用家屋取得相続人で適用前譲渡をしている者又は適用後譲渡をした者から、その対象譲渡をした者に対する通知がなかったとしても、その適用前譲渡に係る対価の額又は適用後譲渡に係る対価の額を含めた譲渡対価の総額が1億円を超えることとなったときは、特別控除の適用は受けられない。 (了) ↓お薦め連載記事↓

#No. 181(掲載号)
#内山 隆一
2016/08/26

プロフェッションジャーナル No.182が公開されました!~今週のお薦め記事~

2016年8月25日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.182を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!-   - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2016/08/25

山本守之の法人税“一刀両断” 【第26回】「租税法の解釈③」-税務形式基準と事実認定-

山本守之の 法人税 “一刀両断” 【第26回】 「租税法の解釈③」 -税務形式基準と事実認定-   税理士 山本 守之   1 税務形式基準の問題点 税務にはさまざまな形式基準が存在します。いわく、「交際費等とならない昼食の程度は1人当り5,000円まで」「適正な役員の退職給与は功績倍率3まで」「従業員の慰安旅行は3泊4日まで」「相当の地代は相続税評価額の6%程度」等々数え上げればきりがないほどです。 形式基準は実務や調査担当者にとってはまことに便利なもので、「この基準に従ってさえいれば税務調査において否認がされることはない」と受け取られています。また、このような基準が存在することが税務執行の公正を維持することに役立っていると説く者もいます。 しかし、これらの基準はいずれも法令によって定められたものではなく、一方的に通達に書かれたものや、内部通達で決められていて一般には公表されていないものもあります。さらに、通達にも書かれていないで、何となく税務執行の基準となっているものさえあるのです。 形式基準によって画一的に律することは、便利さとある意味での公平には役立つことかもしれませんが、反面、企業の実情を無視したり、特殊性を排除したりすることによって、かえって課税の公平をそこなうことにもなりかねません。 さらに大きな問題点は、大多数の納税者の法令解釈権を奪って限られた人たちによって作られていることです。公平な課税は納税者と税務当局との信頼のうえで成り立つもので、法令解釈も両者の対話のなかから生まれたものでなければならないはずです。 このような思いから、税務形式基準に対して理論と実務面からメスを入れてみることにしました。 (1) 法令上別段の定めとして置かれているもの 担税力に応じた課税標準の算出を指向する税務においても、さまざまな形式基準が存在しますが、その内容を区分してみると次のようになります。 これらのうち①は、法規約解釈として置かれているもので、もっとも有権的なものですから、法令自体を変えない限り反論の余地はありません。論評しようとすれば、立法論となってしまうわけですから、税務調査において納税者が不合理な規定であると主張するわけにはいかないのです。 (2) 通達に示されている形式基準 ②の通達上の形式基準とは、法令上の規定に対して課税庁が解釈に関する一般的基準として発遣した通達に示されているものです。 例えば、法人税法施行令第137条では、借地権等を設定して他人に土地を使用させた場合に、通常収受すべき権利金を収受しないときでも、「土地の価額に照らして当該使用の対価として相当の地代を収受しているときは、当該土地の使用に係る取引は正常な取引条件でされたものとして、その内国法人の各事業年度の所得の金額を計算するものとする」と規定しているだけで、相当の地代はどのような要素によって計算するかを具体的に示していないのです。 (注) 土地の価額が相当の地代の要素になることは条文上も明らかですが、その「価額」が売買等の取引に関して付される価額であるのか、使用収益される場合に資本価値として計算される価額なのかの問題が残るでしょう。 この条文を受けて法人税基本通達13-1-2では「使用対価としての相当の地代」を定めていますが、ここでは「・・・当該土地の更地価額のおおむね年6%程度」としています。これが通達上で示された形式基準です。 (注) 上記における「更地価額」は、取引時価のほか課税上弊害がない限りは、地価公示価格から合理的に算定した価額又は相続税評価額又は相続税評価額の過去3年平均額でもよいこととされています。 ただ、この通達では「・・・おおむね年6%程度のものであるときは・・・相当の地代に該当するものとする」としているので、相当の地代の具体的定義や計算方法を示しているのではなく、どのような方法によって計算した金額であろうと、それが更地価額のおおむね年6%程度のものであったときは、施行令第137条に規定する相当の地代としてその取引が合理的なものと認めなさいと下級官庁に命令しているのです。 つまり、収受地代が更地価額のおおむね年6%程度であるときは、施行令第137条に規定する相当の地代の1つと考えようとしているに過ぎず、これだけが相当の地代の判定基準というわけではないのです。 (3) 税務執行上の形式基準 ③の税務執行上の形式基準は、成文化されていないものでありますが、現実の税務調査において税務職員から示されるものや実務家の間で何となく「ここまでの金額は大丈夫」といった視点からささやかれているものであり、法令上の規定や通達上の表現に対する作られた形式基準といえます。 法令上の規定に関する形式基準の例として、過大役員退職金があります。法人税法第36条では損金経理によって支給した役員退職給与のうち「不相当高額」な部分は損金の額に算入しないことを明らかにしています。 この場合の不相当高額の判定基準は同法施行令第72条で「当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給状況等に照らし・・・」としているだけで、具体的な計算方法を示しているわけではありません。 このため、実務家の間で従来から比較的適用の多い功績倍率方式を適用し、功績倍率は3.0が適正といった形式基準がささやかれています。これは、裁判例、裁決例等を参考にしていることも事実でありますが、現実の税務調査で「功績倍率3.0を超える部分を修正してほしい」という指摘があることも否定できません。 (4) 税務形式基準の持つ問題点 税務上の形式基準には利点と欠点があります。利点は、一定の形式基準によって判断すれば、多くの納税者を公平に扱うことができますし、税務申告をする側においても、これを調査する側においても簡便に処理することができるということです。 しかし、逆に、法令によらない形式基準は、納税者の個別的な事情を配慮しないままに、法解釈の限界を超えて、実質的に「法律」を作り上げてしまうという結果にもなりかねません。形式基準の限度内に収まる納税者にとって便利なものであるかもしれませんが、個別的事情を異にする納税者の権利を犯すことにもなるものです。 形式基準がなければ税務執行ができないというのであれば、新たに適正な手続きによって法律を制定すればよいのです。   2 役員給与・退職給与の高額判定 【問題点】 国側の主張は、比較法人の抽出について給与の最高額を抽出しさらにこれを平均額をもって計算すべきであるというものです。 納税者の主張は、比較法人の抽出が相当でないので、その最高額を超える分が不相当高額とはいえないというのです。 他法人との比較では、職務の内容からみて、最高額比較法と平均額比較法がありますが、納税者は最高額でも適正でないものがあるというのです。これは抽出された者が比較当事者よりも給与が低い者があるからです。 ②の納税者主張の「また」書きについては、次のような法人税法第34条2項は死文化しているというのが納税者の意見です。 「不相当に高額なもの」には実質基準と形式基準があり、そのいずれにも該当する場合には、そのうちいずれか多い額が損金不算入となります(令70①一)。 【検 討】 〈役員給与〉 裁判所では納税者の役員らの職務の内容は、酒類の製造及び販売等を目的とする一般的な法人の役員において想定される職務内容を超えているとは認められません。 つまり、納税者は比較法人の抽出額よりも高額である法人を参考とすべきとしましたが、裁判所は「一般的役員の職務内容を超えていない」と判断したのです。 さらに「本件事業年度では、その前に比して売上総利益、営業利益、経常利益はいずれも減少し、使用人に対する給与の状況に変化はないのに、役員給与総額のみが上昇している。そして、処分行政庁において抽出した類似法人の役員給与等の状況等にも照らすと、類似法人の役員給与の最高額を超える部分は、不相当に高額であるというべきである。」として更正処分を是としたのです。 〈退職給与〉 一方、退職給与については、「不相当高額」なものはないとして納税者が勝訴しました。 筆者としては、「不相当高額」について、比較法人の功績倍率法など用いること自体に問題があると思います。 また、他法人と比較して算術的方法により「不相当高額」を算定する方法にも問題があると思います。この場合、課税庁が算術的手法を用いてよいかを租税法の解釈として問題視したいです。 退職給与の適正額を計算する際に裁判所で適用する方法は「平均額法」と「最高額法」があります。 しかし、本件の場合は、 として、この部分は納税者勝訴を言い渡しています。 つまり、退職給与の適正額や不適正額を功績倍率法等で検討する以前に、職役員の会社に対する貢献度からみて不適正分を比較すること自体を否定したのです。 【結 論】 役員給与が高額か否かを考える際に「裁判所」では、平均額法と最高額法がありますが、一般的に平均額法を適用されることが多いです。しかし、平均額法は、比較金額が多いものは全て損金の額に算入されないので、納税者が判決に不満を持つことが多いのです。 本件では最高額法を選んでいますが、比較法人の抽出に問題があり、更正処分を維持したことに不満があります。 従来の訴訟では、課税庁が「役員給与や退職給与が不相当高額」であるとして更正し、判決で不相当高額であるか否かを検討していました。しかし、ここで取り上げた事例では、役員給与が不相当高額か否かを最高額を適用して更正処分を容認し、退職給与については「不相当高額」を検討すること自体を否認して納税者の申告を認めたのです。   3 建物の一部除却の場合の計算 【問題点】 法人がマンション等を取得する場合の取得価額には、建物全体、給排水、ガス、衛生設備、空調設備等は見積書で区分している場合と、していない場合があります。筆者の事務所(東京都港区ニュー新橋ビル)の場合は東京都が建設し、分譲したものですので、次のように東京都に取得価額を照会し区分しています。 例えば、区分所有の取得価額5,000万円の消火設備については、次のように計算できます。 事例の場合は建築主が営利法人ではなく、地方公共団体である東京都であったため、上記の通り取得価額を区分することができたのです。 合理的に区分するには、類似建物の1㎡当りの部分別単価積算表によることもできます。 【検 討】 事例の場合は建物のうち、調理場部分と浴室部分をリニューアルしたということですが、その際に両部分の除却部分の帳簿価額が明らかではありません。 このような場合は法人税基本通達7-8-3で個別耐用年数を基礎とする未償却残額等を認めるとしていますが、除却部分の取得価額が明らかでなければこれは使えません。 そこで、税務部門では次の方式による除却を認める等が伝えられています。 しかし、この手法による資本的支出が再取得の割合と同じ前提になければ成立しません。 例えば、旧調理場の割合が建物の10%となると、資本的支出額を10で除したのが新しい調理場の取得価額割合と同じであるという前提です。旧建物の場合は調理場の割合が低く、新調理場は新しい料理を作るので拡張していれば、その点を考慮されなければならないでしょう。 建物全体の帳簿価額は分かっていますが、その一部を抽出する場合に「建物簡易評価基準」(日本損害保険協会)を使う手もあります。 この場合の「簡易評価基準」は次の通りです。 このほか、建物の「標準建築費指数」「木造建築費指数」「損害保険における時価」「類似建物の建築費」「鑑定評価による手法」「部分単価積算法」などがあります。民間の知恵による建物の特定部分の取得価額を区分する方法は数多くありますので、それを「合理的な手法」とします。 【結 論】 具体的には建築会社に建物を再取得した場合の見積書を簡易な形で作ってもらい、例えばそれが2億円で、調理場、浴室部分をそれぞれ1,500万円、500万円で、建物全体の帳簿価額が、1億円であるとすれば、次のように計算できます。 上記の金額が除却金額です。 簡易な見積りが困難な場合は、統計上の建物区分指数等を使う手があります。 いずれにしても区分計算していない場合の各区分された帳簿価額を合理的な手法で算出すべきですので、これは民間の仕事です。 固定的な計算手法を官僚が定め、納税者に強制することは誤りです。 ちなみに大阪の国税不服審判所では次のようにしていました。 しかし、この区分手法は正しいとはいえません。   4 未使用資産の評価損 【問題点】 固定資産についても取得価額主義を採用していることに変わりはありません。 したがって、企業の貸借対照表に計上される金額は、非減価償却資産にあってはその取得価額を、減価償却資産にあっては取得価額から減価償却費として認められる一定のルールに従って計算した金額を控除した金額となっていました。 わが国旧商法においても、固定資産は取得価額主義を採用するとともに、毎期適正な償却を行うこととし、評価替えについては予測されることがなかった減損があった場合に限ってこれを認める立場をとっています(旧商法34二)。 そこで、法人税法においても、原則として評価損の計上を禁止し、減価償却資産にあっては償却のルールのなかで減価を行うこととしていますが、非減価償却資産及び減価償却資産であっても取得の時において全く予想し得なかった特定の事実が生じたときには、評価損の計上を認めることとしているのです。 【検 討】 固定資産について評価損の計上ができる特定の事実とは次のようなものであり、これは旧商法における「予測スルコト能ハザル減損」に相当するものと認められるのです(令68①三)。 法人税法施行令第68条第1項第3号では、固定資産について評価損の計上ができる事実は次のとおりとしています。 ところで、上記⑤の「準ずる特別の事実」については法人税基本通達9-1-16で次のように規定しています。 さらに、ここでいう「1年以上の遊休状態」というのは、一旦事業の用に供された固定資産が、その後何らかの事情によって長期にわたる遊休状態に陥り、減価償却が認められないような状態になっていることを意味していますが、減価償却は認められないとしても、物理的又は経済的減耗が生ずることは避けられないから、このような場合には、評価損の計上によりその損耗部分の費用を認めようというものです。 文理上から法解釈を厳しくみれば、一旦固定資産を取得しましたが、基礎工事に問題があってその固定資産を事業の用に供することができなくなり、やむを得ずそのまま放置している場合は、当該固定資産は、いまだかつて実際に事業の用に供されたことがないのですから、遊休状態にある固定資産には当たらないのです。すなわち、単に未使用の固定資産にすぎないということです。 したがって、このような場合には、形式論で見る限りは、減価償却ができないことはもちろんのこと、評価損の計上もできないということになります。 しかし、仮にやむを得ない事情により、固定資産が当初から事業の用に供されないまま放置されているとしても、物理的又は経済的減耗が生ずることは事実として否定できないところもあり、これについて全く費用化の途を閉ざしてしまうというのもはなはだ不合理です。 そこで、本通達において、事業の用に供されないまま放置している固定資産であっても、現に物理的又は経済的減耗が進行して、その価額が低下したと認められる事実がある場合には、評価損の計上が認められることが明らかにされています。 つまり、「準ずる特別の事実」は、事業の用に供されていなくても、物理的又は経済的減耗がある限り、「1年以上の遊休状態」に準ずると認められることにしたのです。 このような例は、かつて、成田国際空港の開港が遅れたため、長期にわたって放置された空港施設の事例や、ユーザーにおける脱硫装置の普及により石油精製業者におけるいわゆるローサルファプラントが不採算化し、せっかく設置した同プラントを未使用のまま放置して、ハイサルファプラントに切り換えた事例などがあります。 注意したいのは、減価償却資産について、評価損を計上する場合における期末時価については、当該資産の再取得価額(新品としての取得価額)を基礎として、その取得の時から当期末までの期間にわたって旧定率法による減価償却を行ったものと仮定した時価として計算した場合には、税務上これを認めることにしているのです。 この方法は実務界では「複成価格法」として古くから用いられていますが、再取得価額が取得価額に近いときにこの方法によるときは、評価損によって減価償却として取り戻すという効果が生じます。 未使用のため、減価償却しなかった資産を2年後に評価減した場合は次のようになります。 ここでは、評価減後のBの金額は、対象資産の取得価額を2年間定率法で減価償却したと仮定した場合の帳簿価額ですから、2年間未償却であった金額を取り戻したと同じ効果が生じます。 気になるのは、未償却資産の償却費を取り戻したい時期を選んで評価減を計上するという節税手法に利用されないかということです。 【結 論】 「未使用資産」であっても、その資産が減耗している限りは「評価損」の計上が認められます。「1年以上の遊休」を言語学的にみれば、一旦事業の用に供し、その後「遊休」となったことを意味し、はじめから未使用のものは含まれません。 しかし、その資産が減耗しており、評価損の計上を是とする場合は、はじめから遊休状態を含めて考えて「遊休」の意味を広く解釈してもよいと考えて法人税基本通達9-1-16を置いたのです。   5 旧建物除却と有姿除却 【問題点】 (1) 建物 木造モルタル造の建物は鉄筋コンクリート造の建物を取得するために取り壊したという視点からみれば、旧建物の帳簿価額及び取壊し損は新建物の取得価額に含めるという考えができないものでもありません。 しかし、建物の取得価額を規定した法人税法施行令54条はどのように規定しているか検討してみる必要があります。 木造モルタル造の建物を取り壊し、その跡地に新築した鉄筋コンクリート造の建物の取得価額は、次の①と②の合計額です(令54①一・二)。 「取得価額とは何か」を法令で調べることなく、大学の「税務会計」で得た知識で「木造モルタル造の建物は鉄筋コンクリート造の建物を造るために取り壊した」という理由でその帳簿価額を新建物の取得価額とする考え方をする調査官が多いのです。 (2) 有姿除却 固定資産を解撤、破砕、破棄をしなくても次の場合は有姿除却として処理することが認められています(法基通7-7-2)。 事例の場合は、①に該当するものとして差し支えないか否かの検討が必要です。 【検 討】 (1) 旧建物の帳簿価額 旧建物の帳簿価額を新建物の取得価額に含めるという考え方は法解釈を拡張すぎるもので、勝手な解釈の前に法令規定から入るべきです。 現に法人税法施行令54条の規定(取得価額を定めた)からは取壊し損や旧建物の帳簿価額を新建物の取得価額に含めると読み取ることはできません。 このため、法人税基本通達では、次のような取扱いを置いて、取り壊した建物の帳簿価額及び取壊し損を損金の額に算入することを容認しています。 (2) 有姿除却の考え方 使用を廃止していますが、解撤、廃棄、破砕を行っていない資産についても、既に固定資産としての命数や使用価値が尽きていることが明確なものについて、現状有姿のまま除却処理を認めようするのが「有姿除却」です。 電力需要に比べて供給力が過大となったため、低効率の発電設備の使用を廃止し、「有姿除却」として除却損を計上した電力会社(中部電力)に対して課税庁が除却損を否認し、更正したことについて争われていた事件ですが、物理的に廃棄されていない状態で除却損を認めるという考え方は、通達の有無にかかわらず企業経営面から経済的観察をするという法解釈のあり方を学ぶことができます。 (3) B社の場合 B社の場合は、中部電力の裁判例と同様に大型設備の有姿除却をする場合に、その設備の使用を廃止し、今後通常の方法により事業の用に供される可能性がほとんどないことを立証しなければなりませんが、その立証方法は物理的な方法だけでなく、経済的な理由も考慮すべきです。 【結 論】 中部電力事件では、有姿除却をした固定資産について、次の経済的観察から見て再稼働の可能性がないことを立証し、納税者側が勝訴したという事例があります(東京地判平19.1.31、Z888-1215)。 (了)

#No. 182(掲載号)
#山本 守之
2016/08/25
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