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税理士が知っておきたい不動産鑑定評価の常識 【第47回】「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その1)」~地下阻害物(地下鉄等)が存在する場合~

税理士が知っておきたい 不動産鑑定評価の常識 【第47回】 「減価の査定にそれなりの判断を伴う土地(その1)」 ~地下阻害物(地下鉄等)が存在する場合~   不動産鑑定士 黒沢 泰   1 はじめに 土地の価格に影響を与える個別的要因のなかでも、角地(増価要因)、不整形地(減価要因)、幅員の狭い道路に接する土地(減価要因)等の場合は、常識的な目から見ても判断をつけやすいといえます。しかし、土地の状況は様々であることから、土地価格の高低を判断するに当たっては、このように比較的容易に目安をつけられるものばかりとは限りません。 そこで、今回から数回にわたり、減価の査定にそれなりの判断を伴う土地につき鑑定評価での考え方を紹介するとともに、併せて相続税や固定資産税の評価ではこれと同じような土地をどのような方法で評価しているのかについて述べていきます。   2 地下阻害物(地下鉄等)が存在する土地の鑑定評価 都市部では、他人の土地の地中部分を地下鉄が通り、土地所有者と地下鉄道事業者との間に区分地上権設定契約が結ばれている例をよく見受けます(土地所有者:区分地上権設定者、地下鉄道事業者:区分地上権者)。このような場合、対象地には区分地上権設定登記が付されていることが多く、登記簿の権利部(乙区欄)を調査すればその事実を確認することができます。 ちなみに、区分地上権は民法では次のとおり定義されています。 区分地上権が設定されていても、その土地上に建築物の建築ができなくなるわけではありませんが、地下鉄の構築物に影響を与える建築物や工作物の荷重について制限を受ける結果、建築物の構造や建築可能な階数等が影響を受ける場合があります。区分地上権が設定されている土地の評価に際しては、このような観点からそれなりの減価が必要とされるケースが多く、また、減価に相応する金額につき地下鉄道事業者から土地所有者に対し補償金という形で一時金が支払われるのが通常です。 このように、対象地の地下に阻害物が存在することにより土地所有者が利用上の制約を受ける場合には、その影響を評価額に反映させる必要があります。しかし、その程度についてはきわめて個別性の強い問題であるため、鑑定実務に活用されている「土地価格比準表」(※)にも補正率(減価率)についての記載はありません。 (※) 地価調査研究会編著「七次改訂 土地価格比準表」住宅新報社。 このような地下阻害物が存在する土地については、区分地上権の設定契約の内容により土地利用上の阻害の程度が左右されるため、それぞれの契約内容に応じて減価の程度を見極める必要が生じます。 したがって、区分地上権の設定されている土地の鑑定評価においては、このような視点から個々の土地ごとに土地利用制限率(後掲のとおり)を査定した上で、これを評価の過程に反映させ、区分地上権の設定されている土地の価格を求める方法が採用されています。 具体的なイメージとしては、〈資料〉のとおり、地下鉄道の敷設のため区分地上権を設定した場合、その土地は立体的に見れば区分地上権の設定部分とそれ以外の部分とに分割されますが、荷重制限等により上空の一部や地下に利用を阻害される部分が生じることとなれば、土地価格の低下を招くなどの影響を被るケースが生じます。 〈資料〉 区分地上権の設定されている土地 ところで、鑑定評価の過程で査定する土地利用制限率は、実務的には用地補償の拠り所とされている「公共用地の取得に伴う損失補償基準細則(別記2「土地利用制限率算定要領」)」を適用して求めていることが多いといえます。専門的な話をしようとすれば(計算式も含めて)かなり煩雑なものとなりますので、詳細は割愛させていただきますが、例えば次のように考えていただければよいでしょう。 〇土地利用制限率を査定する際のイメージ このようなステップを踏んで、上記「土地利用制限率算定要領」により、土地利用制限率が例えば30%と査定されたとすれば、区分地上権の設定されている土地の更地価格に対する価値割合は、以下のとおりになります。   3 税務の評価では 相続税や固定資産税においても、地下阻害物が存在する土地の評価をどのようにすべきかが問題となります。 しかし、相続税評価の場合は申告の便等も考慮し、鑑定評価に比べればやや簡便な計算式となっており、固定資産税評価の場合も市町村等における大量一括評価(=限られた時間内に大量かつ画一的な処理を行わざるを得ないこと)から、個々の土地について鑑定評価のような作業を行うことには限界があります。そこで、以下、それぞれの評価において適用されている方法を簡潔に述べ、鑑定評価との相違を対比させておきます。 (1) 相続税の評価では 国税庁ホームページ「質疑応答事例(区分地上権の目的となっている宅地の評価)」では、区分地上権の目的となっている宅地の価額は、その宅地の自用地としての価額から財産評価基本通達27-4(区分地上権の評価)の定めにより評価したその区分地上権の価額を控除した金額によって評価する旨の回答を行っています。 すなわち、以下のとおりに計算することになりますが、ここで区分地上権の価額を求める際には(鑑定評価の説明で登場した)土地利用制限率を用いる旨回答がなされています。 併せて、土地利用制限率についても、(図を用いて)建物の各階ごとに階層別利用率を想定の上、計算式の例示を行っていますので、参照ください(これに関しては鑑定評価の手法と共通するものがあります)。 ただし、相続税の評価においては、地下鉄等のずい道の所有を目的として設定した区分地上権を評価するときにおける区分地上権の割合は、100分の30とすることができる(財産評価基本通達27-4)とされており、やや簡便的な方法となっている点が鑑定評価と比較した場合の特徴といえます。 (2) 固定資産税の評価では 固定資産評価基準においては地下阻害物のある土地についての評価規定は存在せず、このような土地につき評価額に反映させる必要があると市町村が判断した場合には、所要の補正という形で評価額の減額を行っているケースがあります(所要の補正を適用するか否かは市町村長の裁量に委ねられている点に固定資産税評価の特徴があります)。 ただし、所要の補正が行われているケースでも、(先程述べたとおり)大量一括評価という観点から、地下阻害物の存在する敷地部分が総面積に占める割合等によって補正率が画一的に定められているのがむしろ一般的です。 (了)

#No. 544(掲載号)
#黒沢 泰
2023/11/16

《税理士のための》登記情報分析術 【第6回】「登記原因について」

《税理士のための》 登記情報分析術 【第6回】 「登記原因について」   司法書士法人F&Partners 司法書士 北詰 健太郎   1 登記原因とは 所有権移転登記や抵当権設定登記など、何らかの登記がされた場合には、登記記録のうち「権利者その他の事項」の欄に、登記を行うことになった原因が記載される。 【記載例1:登記原因「売買」】 登記の申請を行うにあたっては、登記申請書に「登記の原因」を記載し、登記原因の発生を裏付ける資料(売買契約書や贈与契約書)を「登記原因証明情報」として添付する。登記原因証明情報は、売買契約書等そのものを添付するのではなく、登記用に当事者が売買や贈与の事実があったことを証明した法務局への報告書形式のものもある。 売買の事実がないにもかかわらず、売買を原因として所有権移転登記を行うなど虚偽の登記をした場合には、公正証書原本不実記載罪(刑法157条)に該当することがある。そのため、登記されている登記原因については、基本的には正確なものであると考えることができる。 【記載例2:登記申請書(抜粋)】   2 甲区における代表的な登記原因 所有権に関する事項が登記される甲区において、よく記載されている登記原因は次のとおりである。 (1) 売買 不動産について売買契約を締結し、所有権が売主から買主に移転した場合には、【記載例1】のように登記原因が「売買」と記載される。税理士として注目すべきなのは、売買の日付である。売買契約は売買の合意が成立した時点(口頭でも可)で、不動産の所有権が売主から買主に移転するのが原則である。しかし、多くの売買契約書は以下のような所有権留保の条項が定められているため、買主が売主に対して売買代金を支払った日が、売買の日付として登記されていることが多い。 【記載例3:所有権留保条項】 税理士は、顧客の親族間売買や会社と代表者との間での不動産の売買をプランニングすることもあると思われる。いつ売買の効力が発生し、所有権が移転したのかは重要なポイントになる。予期せぬタイミングで売買の効力が発生したことにならないように、売買契約書の内容の確認や、登記を担当する司法書士との連携が重要になるといえる。 (2) 贈与 不動産について贈与契約を締結し、所有権が贈与者から受贈者に移転した場合には、【記載例4】のように登記の原因は「贈与」として記載される。贈与も売買と同様に贈与の合意が成立した時点(口頭でも可)で、所有権が贈与者から受贈者に移転する。贈与契約書については、売買契約書と異なり、所有権留保の条項が記載されていることは少なく、贈与契約書を締結した日が、贈与日として登記されている例が多いように思われる。贈与の場合も売買と同様に、予期せぬ日付で贈与が行われたことにならないように、贈与契約等の確認が必要になる。 【記載例4:登記原因「贈与」】   3 乙区における代表的な登記原因 抵当権や地上権など、所有権以外の権利について登記される乙区において、よく記載されている登記原因は次のとおりである。 (1) 抵当権の設定に関する登記原因 抵当権の設定登記が行われた場合、登記原因としては「令和〇年〇月〇日金銭消費貸借令和〇年〇月〇日設定」というように記載される。 【記載例5:抵当権設定の登記原因】 登記原因が2つあるようにも読めるが、これは抵当権が特定の債権を担保するために利用される担保権であるためである。「金銭消費貸借」とは、お金の貸し借りを行う契約のことで住宅ローンを利用した場合などが該当する。「設定」とは、不動産に対して抵当権設定契約を締結したということを意味する。 「令和〇年〇月〇日金銭消費貸借 令和〇年〇月〇日設定」とされているのであれば、「令和〇年〇月〇日付の金銭消費貸借契約によって発生した債権を担保するために、令和〇年〇月〇日付で抵当権設定契約を締結した」ということを意味している。 なお、抵当権が担保する債権は、金銭消費貸借契約により発生したものに限られないため、「令和〇年〇月〇日債務承認契約 令和〇年〇月〇日設定」や、「令和〇年〇月〇日相続による相続税及び利子税 令和〇年〇月〇日設定」というような登記原因もある。 (2) 根抵当の設定に関する登記原因 抵当権とは異なり、本連載【第5回】でも解説したとおり、同じ担保権でも根抵当権は特定の債権を担保するために設定されるものではないため、登記原因としては単に「令和〇年〇月〇日設定」というように記載される。 地上権や賃借権といった用益権(土地の利用権)についても同様で、地上権等の設定契約を締結すれば不動産に設定することができるため、登記原因としては「令和〇年〇月〇日設定」として記載される。 今回はよく見かける登記原因について解説をしたが、次回はやや特殊な登記原因について解説を行う。 (了)

#No. 544(掲載号)
#北詰 健太郎
2023/11/16

《顧問先にも教えたくなる!》資産づくりの基礎知識 【第7回】「中小企業の退職金? 「iDeCo+」とは」

《顧問先にも教えたくなる!》 資産づくりの基礎知識 【第7回】 「中小企業の退職金? 「iDeCo+」とは」   株式会社アセット・アドバンテージ 代表取締役 一般社団法人公的保険アドバイザー協会 理事 日本FP協会認定ファイナンシャルプランナー(CFP®) 山中 伸枝   〇資産づくりと金融教育 昨今、職場での金融教育を推進しようという動きがとても活発になってきています。政府も「資産運用立国」の実現を目指し、その動きを後押ししています。 「いや、そんなことを言っているのは、それでビジネスをしようとする金融業界だけでしょう」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、次のデータを知ったら少なくとも金融教育の大切さに気づいていただけるかもしれません。 三井住友信託銀行の調査によれば、20代から60代までの年齢層で、金融教育を受講したことがある人と受講経験がない人を比較したところ、すべての年代で前者の方が後者より平均金融資産保有額が高く、全世代平均では約100万円の差があったそうです。 この調査結果を「たった100万円」と思ってはいけません。受講経験の有無による保有額の差は、年齢が上がるにつれ拡大しており、全世代平均約100万円の差は、時間の経過でもっと大きな差につながるからです。 金融知識の有無でこれだけの差がつくという点がとても重要なポイントであると共に、そもそも大企業と中小企業では従業員の現役時代の年収に格差があるということも再認識したい点です。 つまり年収によって将来の老齢厚生年金の受取額が増減するという事実と合わせて考えると、給与水準がどうしても大企業に水をあけられてしまう中小企業において、従業員の老後に不足するお金は、相対的に膨らむ可能性が高いということになります。   〇従業員のための「iDeCo+」 経営者の方々とお話をすると、従業員の将来を心配する声をよく伺います。そして「せめて長く働いた社員には退職金を準備してあげたい」という言葉が続くことが多いです。しかし退職金を準備するには制度導入にコストがかかったり、継続的に経済的な負担が伴ったりと二の足を踏むケースもあります。 実はそんな経営者の想いに応えるのが「iDeCo+(中小事業主掛金納付制度)」という2018年にできた制度です。iDeCo+とは、従業員のiDeCoに会社が掛金をプラスする仕組みです。 以下の3つの要件さえ満たせばどんな会社でも導入ができる「新しい福利厚生制度」です。 会社の掛金は従業員の働くモチベーションをアップさせるための福利厚生制度にも、求人の際のアピールポイントにもなります。   〇社長がiDeCo+に加入すると・・・ iDeCo+を考えるうえで意外と盲点なのが、この制度は社長も利用可能ということです。したがって、まずは社長のケースからこの制度の活用法をご紹介します。 iDeCoの加入状況 社長は現在iDeCoに加入しています。iDeCoは個人型確定拠出年金ですから、個人の老後の備えとして積立てを行っています。毎月の掛金は社長の所得控除となります。 年末調整にてiDeCoの証明書を提出することにより、276,000円が収入から控除されます。社長の所得税率を20%、住民税率を10%とすると、具体的には、1年間で以下の税メリットが受けられるということになります。 65歳まで年収が変わらなければ、税メリットは累計2,070,000円になります。 iDeCo+の導入後 では、会社でiDeCo+を導入したらどうなるのでしょうか。iDeCo+では、会社がiDeCo加入者に対し掛金をプラスして資産づくりを応援します。会社が拠出する掛金は、一般的には、全対象者一律、あるいは勤続年数で区別するといったルールで決定します。 こちらの社長は、従業員分も含めご自身で給与計算をしているので、あまり複雑な仕組みは面倒だと思い、iDeCo+については全対象者に3,000円ずつ会社が掛金を支援することとしました。 〇掛金額の変化 会社が掛金3,000円を出してくれるということは、社長個人の月々の掛金を現状の23,000円から20,000円に減額しなければならないということになります。なぜならば、社長のように厚生年金に加入している方の掛金は、会社の掛金と合わせて23,000円が上限となるからです。 個人の掛金減額により確かに所得控除は減りますが、会社の経費として自分自身に月3,000円拠出できると法人税の圧縮につながりますから、会社の財務上はメリットです。また、この3,000円が仮に役員報酬であれば、法定福利費として報酬の約15%を会社が負担しなければなりませんが、iDeCo+の会社掛金であれば、給与とは認識されず、法定福利費の算定対象とはならないので、その分会社の支出を抑えることができます。 社長個人としても、会社の掛金3,000円は税金がかからないお金であると共に社会保険料の算定対象でもないので、100%自分の老後の資金として積立てが可能です。 〇掛金の流れの変化 社長はこれまでiDeCoの掛金23,000円を毎月自分が指定した金融機関の口座から自動で引き落とされる設定にしていましたが、iDeCo+に変更するにあたり、給与天引きにしなければならなくなります。この際会社として預かるのは、社長本人の積立額である20,000円です。この金額を給与支払の際に、所得税がかからない報酬として処理します。少し手間はかかりますが、これで一切の税金の手続きが終了です。 天引きした20,000円と会社が負担する3,000円を合計した金額が、指定の日に国民年金基金連合会によって会社の口座から引き落とされます。国民年金基金は、その後23,000円を社長のiDeCoとして登録金融機関に振り替えます。   〇iDeCo+の導入と職場の変化 もちろんこのiDeCo+は、社長に限らず、iDeCoに加入している従業員も希望により利用することができます。自分の掛金に会社が支援金をプラスしてくれる「分かりやすいベネフィット」ですから、iDeCoを始めたいという人も増えてくるに違いありません。実はこの「口コミ」効果がiDeCoの更なる普及を目指す厚生労働省のねらうところでもあります。 iDeCo+は、従業員の中でiDeCoに加入している人にのみ、会社が支援金をプラスする仕組みです。法律上iDeCoに加入していない人には会社拠出をする必要はありません。ただし、従業員に対しiDeCoという仕組みの周知徹底はしなければなりませんので、社内に金融機関の方を招いて説明会を行ったり、会社が掛金をプラスして拠出することをアピールしたりします。 このように、中小企業の従業員が大企業との賃金格差を埋めるきっかけにしてほしいというのがこのiDeCo+の目的であると思っていただけると分かりやすいと思います。もちろん、社内で「iDeCo」という言葉が聞かれるようになれば、金融への関心の高まりや、金融教育の場が生まれることにつながるでしょう。 ある会社では、事業主掛金を4,000円と設定しています。iDeCoを始めるにあたり最低掛金は5,000円ですから、従業員はわずか1,000円の自己拠出でiDeCoを利用しながら将来に向けての積立てを開始することができます。その後年に1回掛金は変更できますから、iDeCo+をきっかけに、自ら19,000円拠出し満額iDeCoを活用しているという従業員が大勢いるというお話を伺いました。 従業員の老後の備えが不十分で思ったような老後が送れないというのは会社の責任ではありません。しかし毎日働く場で、社長から「自らの将来を描いていく方法」を手ほどきされ、会社がその制度を整備してくれたら、その従業員の将来は大きく変わるのではないでしょうか。 iDeCo+は導入にあたり、費用は一切かかりません。会社は、iDeCoの掛金のみを負担するだけでそれ以上に金銭的な負担はありません。iDeCoの会社掛金は1,000円以上、22,000円以内で設定します。 全従業員がiDeCo+で将来への積立てを始めることになれば、立派な退職金制度と言えるようになるでしょう。 (了)

#No. 544(掲載号)
#山中 伸枝
2023/11/16

プロフェッションジャーナル No.543が公開されました!~今週のお薦め記事~

2023年11月9日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル  No.543を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。

#Profession Journal 編集部
2023/11/09

酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第125回】「消費税法判例解析講座(その2)」

酒井克彦の 〈深読み◆租税法〉 【第125回】 「消費税法判例解析講座(その2)」   中央大学法科大学院教授・法学博士 酒井 克彦   ハ 帳簿と記録の意義 前述のとおり、消費税法58条は、「事業者・・・は、政令で定めるところにより、帳簿を備え付けてこれにその行つた資産の譲渡等又は課税仕入れ・・・に関する事項を記録し、かつ、当該帳簿を保存しなければならない。〔下線筆者〕」と規定している。ここでは、備え付けた帳簿に必要事項を記録することが要求されているように読むことができる。 この規定振りは、所得税法や法人税法といった所得課税法にみられる規定に近接しているように思われる。例えば、所得税法施行規則56条1項の規定は、まず帳簿書類の備付けを規定している。 その上で、所得税法施行規則57条1項等において、次のように規定するのである。 このような規定振りは法人税法施行規則においても同様である(法規52、54、55等)。 次に、消費税法30条《仕入れに係る消費税額の控除》7項の規定を見ておきたい。 議論のあるところではあるが、この規定は仕入税額控除の要件規定であると論じられることが多い。すなわち、「帳簿」及び「請求書等」を「保存しない場合」には、仕入税額控除の適用がないとの規定振りであるため、ここにいう「帳簿」や「請求書等」の意義が重要な意味を有することになる。 この点について、同法30条8項は、「帳簿」について次のように規定している。 *なお、「請求書等」については、同法30条9項が次のように規定している。 消費税法30条7項及び8項を確認すると、そこに法定された事項の記載されたものを「帳簿」というとする表現が採用されていることが判然とする。 そうであるとすると、文理上、若干の不整合が惹起されはしないであろうか。 すなわち、「帳簿」に関していえば、前述のとおり、消費税法58条は、「帳簿」を備え付けてそこに記載事項を記載することが要求されているように思われるのに対して、同法30条8項は法定事項が記載されたものを「帳簿」と呼ぶという態度を採っているのである。極端にいえば、同項に規定されている内容が記載されていないものは「帳簿」でさえないということになるのではなかろうか。 果たして、消費税法上の「帳簿」とは、必要事項を記載する前のノートのことを指すのであろうか。少なくとも、消費税法58条の規定振りからすれば、「帳簿」に必要事項を記載することが予定されているように思われるのである。 しかしながら、消費税法30条8項によれば、単に白紙のノートのことを「帳簿」というのではなく、法定記載事項が記載されたもののみを「帳簿」と呼ぶことになるから、記帳されたものこそが「帳簿」ということになる。 かように考えると、文理解釈上は、消費税法内部には、❶法定事項記載前のは単なる白紙のノートを「帳簿」として、そこに法定記載事項を記載すべきとする所得課税法的な考え方と、❷法定記載事項を記載したもののみを「帳簿」とする考え方が併存しているようである。 いずれの考え方が正しい理解なのであろうか。また、かような記載振りの併存には如何なる問題が包蔵されているのであろうか。 (続く)

#No. 543(掲載号)
#酒井 克彦
2023/11/09

谷口教授と学ぶ「国税通則法の構造と手続」 【第20回】「国税通則法46条(~55条)」-納税の猶予の意義と性格-

谷口教授と学ぶ 国税通則法の構造と手続 【第20回】 「国税通則法46条(~55条)」 -納税の猶予の意義と性格-   大阪学院大学法学部教授 谷口 勢津夫   国税通則法46条(納税の猶予の要件等)   1 納税遅滞回避制度の意義と種類 国税を納付する義務(納税義務)は、その納付すべき税額が確定された場合(税通15条1項、16条参照)、その履行すなわち当該税額の納付及び徴収(同第3章)によって、消滅する。このことは、私法上の債務がその履行によって消滅するのと基本的に同じである。ただし、履行内容・条件の変更については私法と税法とで対応が異なる。すなわち、私法上の債務については、履行内容・条件の変更は、契約自由の原則の下、当事者の合意(これを新たな契約の締結と解するか又は和解(民法695条)と解するかは意思表示の解釈の問題である)によって、原則として自由に行うことができるのに対して、納税義務については、履行内容・条件の変更は、合法性の原則の下、税法上の明文の規定に基づいてのみ許容される(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)87頁、拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【38】参照)。 国税通則法第4章第1節(46条以下)は、同法第3章の「国税の納付及び徴収」に関する規定に続き、「納税の猶予」に関する規定を定めている。納税の猶予は、納税義務の履行内容・条件を納税者の有利に変更することを認める納税緩和制度の一環として税法が定める、納税義務の履行遅滞を回避するための制度(以下「納税遅滞回避制度」という)に属する措置である。 納税遅滞回避制度は、「一面において納税者に期限の利益を与えるとともに、反面その徒過をもって督促以降の手続を開始せしめる起点となる」納期限について、延滞税(税通60条)や徴収権の消滅時効(同70条)等の他の制度における効果も含め、「納期限の効果を緩和する措置」とみることができる(以上の引用は志場喜徳郎ほか共編『国税通則法精解〔令和4年改訂・17版〕』(大蔵財務協会・2022年)551頁、武田昌輔監修『DHCコンメンタール国税通則法』(第一法規・加除式)2301頁)。 納税の猶予(税通46条以下)は、滞納処分手続の段階における換価の猶予(税徴151条以下)及び滞納処分の停止(同153条)と合わせて「広義の納税の猶予」と呼ぶことができるが(以下では税通46条以下の定める納税の猶予を「狭義の納税の猶予」あるいは単に「納税の猶予」という)、国税通則法や個別税法は、これとは別に納税遅滞回避制度として納期限の延長と延納を定めているので、これらについて以下で簡単に述べておくことにする。 納期限の延長は、納税者側における災害その他やむを得ない理由又は消費税等相当分の売上代金の回収期間の考慮に基づき、認められている(税通11条、法税75条、75条の2、144条の7、144条の8、消税45条の2、51条、酒税30条の6等。清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)263頁、金子・前掲書1013頁、志場ほか共編・前掲書551-553頁、武田監修・前掲書2301-2302頁等参照)。納期限の延長は納税義務の履行期を延長することによって納税遅滞を回避する制度であるが、消費税等の場合は法定納期限(税通2条8号)の延長のみが認められている。 また、所得税、相続税及び贈与税については延納が認められている(所税131条、132条、相税38条1項・3項)。延納は、納税資金の準備に関する納税者側の事情や財政収入の年度間平準化等の財政政策的理由により、認められている(金子・前掲書1014頁、清永・前掲書263頁、志場ほか共編・前掲書553頁、武田監修・前掲書2302頁等参照)。延納に係る期限は法定納期限に含まれないが(税通2条8号後段)、延納に係る期限までは納税遅滞は問題にならないので、利子税(同64条)が課される点を別にすれば、延納の法律効果は具体的納期限の延長のそれと異ならない。 なお、納税遅滞回避制度は、前述のとおり「納期限の効果を緩和する措置」であることから、債権者(国)と債務者(納税義務者)との衡平及び租税徴収の確保の観点から、同制度に属する各措置において税法が担保の提供を定めることが多いが、国税通則法は担保の提供に関する「基本的な事項及び共通的な事項」(1条)として担保の種類(50条)、担保の変更等(51条)、担保の処分(52条、53条)、担保の提供等に関する細目(54条)及び納付委託(55条)を規定している。   2 広義の納税の猶予 前述のとおり、ここでは、納税の猶予(税通46条以下)と換価の猶予(税徴151条以下)及び滞納処分の停止(同153条)とを合わせて「広義の納税の猶予」と呼ぶことにしているが、それらの措置の性格ないし趣旨については次のとおり解説されている(志場ほか共編・前掲書556頁。下線筆者)。 この解説からは、広義の納税の猶予によって租税徴収における個々の納税者の保護と課税の公平の確保との調和を図ろうとする考え方を読み取ることができるが、この考え方は、納税者の生存権(憲法25条の意味での生存権よりも広く「生きる権利」という意味での生存権)と国家の課税権との関係に関する、「生存権という根源的な権利は国家の課税権に優先する」(Paul Kirchhof, Empfielt es sich, das Einkommensteuerrecht zur Beseitigung von Ungleichbehandlung und zur Vereinfachung neu zu ordnen?, Gutachten F für den 57. Deutschen Juristentag, in: Verhandlungen des 57. Deutschen Juristentages, Bd. I Teil F, München 1988, 52. 拙著『税法創造論』(清文社・2022年)65頁[初出・2001年]のほか前掲拙著『税法基本講義』【356】参照)という考え方と基底において通ずるところがあるように思われる。 なお、広義の納税の猶予に関する制度相互間の差異(狭義の納税の猶予と換価の猶予及び滞納処分の停止との差異)について次のような理解(志場ほか共編・前掲書557頁。下線筆者)が示されることがある。 ただ、狭義の納税の猶予が「手続法上の規制」としての性格だけでなく「実定法上の規制」としての性格を併せもつとの理解については、次のような批判(中川一郎=清永敬次編『コンメンタール国税通則法』(税法研究所・加除式[1989年追録第5号加除済])G2-G3頁[須貝脩一=高梨克彦執筆])がみられる。その批判の中で納税の猶予制度の沿革も叙述されているので、少し長くなるが関連部分を引用しておこう。 この批判は正当なものと考えられる。確かに、前記の理解は、これに関する前記の引用文のうち第2文及び第3文からすると、国税通則法それ自体が手続法としての性格だけでなく実体法としての性格をも併せもっているという理解に基づくものであるとも解される。しかしながら、国税通則法に関するそのような理解が成り立たないわけではないとしても、そのような理解が妥当する範囲はごく限定されており(税通5条以下、15条1項、57条、72条等参照。なお、国税通則法の「体系的構造」については第1回3参照)、少なくとも納税の猶予(同第4章第1節)が国税の納税義務の確定(同第2章)、国税の納付及び徴収(同第3章)と続く手続の一環として定められていることからすると、前記の理解は妥当なものとはいえないであろう。むしろ、滞納処分の執行の停止が3年間継続すると納税義務が消滅することとされていること等(税徴153条4項・5項)からすると、滞納処分の停止の方が「実体法上の規制」としての性格を併せもつといってもよいのかもしれない。   3 狭義の納税の猶予 国税通則法46条は、①一定の災害により財産につき相当な損失を受けた納税者に対する納期限未到来(被災時)・確定済(申請時)の国税に係る納税の猶予(同条1項)、②一定の災害その他やむを得ない理由に基づき全額一括納付が困難と認められる国税に係る納税の猶予(同条2項)及び確定手続等が遅延し全額一括納付が困難と認められる国税に係る納税の猶予(同条3項)の3種類の納税の猶予(狭義の納税の猶予)を定めている。 上記②の納税の猶予は「通常の納税の猶予」(武田監修・前掲書2336頁)と呼ばれ、また、上記③の納税の猶予と合わせて「一般的な納税の猶予」(志場ほか共編・前掲書575頁)と呼ばれることがあるが、それらは、上記①の納税の猶予がいわば緊急避難的に認められる特別な性格の納税の猶予であることとの対比で、そのように呼ばれるのであろう。上記①の納税の猶予は、そのような特別な性格の故に、前二者と異なり、納税者の納付能力の調査及び担保の提供を要しないこと、猶予に係る期限の延長が原則として(税通11条を除く)認められないこと(ただし、同一の災害につき上記②の納税の猶予を申請することはできる)とされている。 納税の猶予の効果としては、税務署長等は猶予期間中は猶予税額に係る督促及び滞納処分をすることができないこと(税通48条1項)、猶予税額に係る財産の差押えを申請に基づき解除することができること(同条2項)等のほか、延滞税の全部又は一部の免除(同63条1項・3項)、徴収権の時効の不進行(同73条4項)が定められている。 なお、国税通則法上の納税の猶予とは別に、個別税法等により、移転価格税制に係る納税の猶予(租特66条の4の2)、新型コロナウイルス感染症拡大防止措置に起因する減収に係る納税の猶予(新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律3条)、更生計画における租税等の請求権の定めによる納税の猶予(会更169条)等が認められている。 また、同じく「納税の猶予」という文言が用いられているが、納税遅滞回避制度として納税の困難を理由に認められる納税の猶予ではなく、農業・事業承継の円滑化等の一定の政策的理由による「納税の猶予」も認められている(租特70条の4以下)。 (了)

#No. 543(掲載号)
#谷口 勢津夫
2023/11/09

〔疑問点を紐解く〕インボイス制度Q&A 【第32回】「個人事業者が令和5年のみで適格請求書発行事業者をやめる場合の取消届出書の提出期限」

〔疑問点を紐解く〕 インボイス制度Q&A 【第32回】 「個人事業者が令和5年のみで適格請求書発行事業者をやめる場合の取消届出書の提出期限」   税理士 石川 幸恵   【Q】 令和5年10月1日より適格請求書発行事業者となった個人事業者ですが、事情により令和5年のみで適格請求書発行事業者をやめたいと思います。手続きを教えてください。 〔ポイント〕 翌課税期間の初日から登録を取り消そうとするときは、翌課税期間の初日から起算して15日前の日までに「適格請求書発行事業者の登録の取消しを求める旨の届出書」(以下「取消届出書」)を提出する必要があります。同日が土日祝日の場合でもその翌日に期限が延長されないことに注意してください。 *  *  * 【A】 翌課税期間の初日から起算して15日前の日である令和5年12月17日(日)までに取消届出書を納税地の所轄税務署長に提出します。郵送の場合は令和5年12月17日(日)の消印があれば、令和5年12月17日(日)に提出したものとなります。 同日の翌日以後の提出の場合、翌々課税期間の初日からの取消しとなります。 適格請求書発行事業者をやめることによって免税事業者となることを検討している場合は、次の(1)、(2)に掲げる適格請求書発行事業者の登録を受けた時期に注意が必要です。 (1) 令和5年10月1日を含む課税期間に適格請求書発行事業者の登録を受けた場合 令和5年12月17日(日)までに取消届出書を提出した場合、令和6年の納税義務は令和4年の課税売上高と令和5年1月~6月の課税売上高(又は給与等支払額)により判定します(相続があった場合(消法10)や本則課税で高額特定資産の仕入れ等を行った場合(消法12の4)等を除きます)。 (2) 令和5年10月1日を含まない課税期間(個人事業者であれば令和6年1月1日以降)に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合 免税事業者である個人事業者が令和6年1月1日以降に適格請求書発行事業者の登録を受ける場合、令和6年12月17日(日)までに取消届出書を提出すれば、令和7年から適格請求書発行事業者の登録を取り消すことができます。ただし、適格請求書発行事業者でなくなった令和7年も基準期間における課税売上高等にかかわらず、納税義務が免除されません(インボイスQ&A問7、28年改正法附則44⑤)。   (了)

#No. 543(掲載号)
#石川 幸恵
2023/11/09

〈令和5年度税制改正で創設された〉パーシャルスピンオフ税制のポイント 【第3回】「事業再編計画認定要件と認定手続き」

〈令和5年度税制改正で創設された〉 パーシャルスピンオフ税制のポイント 【第3回】 (最終回) 「事業再編計画認定要件と認定手続き」   太陽グラントソントン税理士法人 ディレクター 税理士 川瀬 裕太   【第1回】では、パーシャルスピンオフ税制創設の背景と制度の概要を、続く【第2回】では、適用要件について解説した。 最終回となる【第3回】では、事業再編計画認定要件と認定手続きについて確認する。   1 事業再編計画認定要件と認定手続き (1) 事業再編計画認定要件 ① 「事業再編計画認定要件」とは 「事業再編計画認定要件」とは、通常の事業再編計画の認定要件に加えて、事業の成長発展が見込まれるものとして経済産業大臣が定める次のいずれかの要件を満たしていることが確認できることとされている(措令39の34の3①六、令5経済産業省告示50、事業再編実施指針四)。 この追加要件は、財務省の「令和5年度 税制改正の解説」によると、事業再編計画の認定の審査において確認することとされている。 ② 通常の事業再編計画の認定要件 通常の事業再編計画の認定要件は以下の通りである。 (出典) 経済産業省「産業競争力強化法における事業再編計画の認定要件と支援措置について」4頁を筆者一部加工 ③ 追加要件を満たしているかを確認するための添付書類 追加要件に関しては、以下のような添付書類が認定申請に必要とされている。 (※1) 主要な事業かどうかの判定は、一義的には収入金額の多寡で判定すべきだが、従業者数や設備規模といった状況も総合勘案して判定することとされている(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (※2) 作成の際に、グロース市場の上場審査で証券会社が新規上場申請会社の成長可能性の確認を行うときにおける記載項目を参照することが推奨されている(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (2) 認定申請 経済産業省のホームページにて認定申請書のフォーマットが公開されており、計画の申請を予定している場合には、要件に合致しているかどうかの確認を含め、事業を所管している省庁に事前相談することが必要と思われる。 認定を受けた計画は、各認定省庁のホームページ等で原則として、ただちに公表されることになるが(※3)、企業秘密に該当する部分については、公表対象外とすることができるため、各認定省庁に相談する必要がある(経済産業省「事業再編Q&A」)。 (※3) 追加要件の添付資料は公表されず、どの要件を満たしたかについてが公表対象となる(経済産業省「パーシャルスピンオフに関する税制措置Q&A」)。 (3) 認定申請の期限 令和5年4月1日から令和6年3月31日までに事業再編計画の認定を受ける必要があるが、期間内に認定を受ければ、スピンオフ実施が令和6年4月1日以降であってもパーシャルスピンオフ税制の適用対象となることとされている(経済産業省「「スピンオフ」の活用に関する手引」Q43)。 なお、パーシャルスピンオフ税制の適用を受けるためには事業再編計画の認定を受ける必要があるが、事業再編計画の認定は、事前相談から認定までに3ヶ月程度要することもあり、余裕をもって所管省庁に相談することが推奨されている(経済産業省「「スピンオフ」の活用に関する手引」Q42)。   2 さいごに 企業会計基準委員会は2023年10月6日に「自己株式及び準備金の額の減少等に関する会計基準の適用指針(案)」等を公表し、パーシャルスピンオフ税制を適用する場合の会計処理についても、資本関係を解消するスピンオフと同様に、配当財産の時価ではなく、配当財産の適正な帳簿価額をもって、その他資本剰余金又はその他利益剰余金(繰越利益剰余金)を減額すること等を提案している(意見募集期間は2023年12月6日までである)。 また、本税制の適用期限は令和6年3月31日までとなっており時限的な措置とされているが、経済産業省の令和6年度税制改正要望においてパーシャルスピンオフ税制の恒久化が望まれているため、今後の動向についても注視する必要がある。   (連載了)

#No. 543(掲載号)
#川瀬 裕太
2023/11/09

〈徹底分析〉租税回避事案の最新傾向 【第14回】「法人税法132条」

〈徹底分析〉 租税回避事案の最新傾向 【第14回】 「法人税法132条」   公認会計士 佐藤 信祐     16 判例分析(法人税法132条) (1) 最一小判令和4年4月21日(TAINSコード:Z888-2411・ユニバーサルミュージック事件) ユニバーサルミュージック事件において、最高裁は、「同族会社等による金銭の借入れが上記の経済的合理性を欠くものか否かについては、当該借入れの目的や融資条件等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきものであるところ、本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる。そして、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くものか否かの検討に当たっては、①当該一連の取引が、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるかどうか、②税負担の減少以外にそのような組織再編成を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在するかどうか等の事情を考慮するのが相当である。」と判示した。 第15回で解説するヤフー事件の判示と似ているようにも思われるが、制度濫用論ではなく、経済合理性基準により租税回避を捉えているという違いがある。さらに、最高裁は、「本件組織再編取引等は、通常は想定されない手順や方法に基づいたり、実態とはかい離した形式を作出したりするなど、不自然なものであるとまではいえず、また、税負担の減少以外に本件組織再編取引等を行うことの合理的な理由となる事業目的その他の事由が存在したものということができる。そうすると、本件組織再編取引等は、これを全体としてみたときには、経済的合理性を欠くものであるとまでいうことはできず、本件借入れは、その目的において不合理と評価されるものではない。」と判示した。前述のように、「同族会社等による金銭の借入れが上記の経済的合理性を欠くものか否かについては、当該借入れの目的や融資条件等の諸事情を総合的に考慮して判断すべき」であることから、経済合理性の有無については、様々な事情を総合的に考慮して判断することがわかる。本事件において、経済合理性基準に照らして最高裁の判断が妥当であったかどうかについては、異なる見解はあり得ると思うが、少なくとも、同族会社等の行為又は計算の否認の適用については、経済合理性基準により判断し、かつ、経済合理性を欠くかどうかについては、様々な事情を総合的に考慮するという最高裁の立場が確立したと解することに問題はないと思われる。 また、前述のように、「本件借入れのように、ある企業グループにおける組織再編成に係る一連の取引の一環として、当該企業グループに属する同族会社等が当該企業グループに属する他の会社等から金銭の借入れを行った場合において、当該一連の取引全体が経済的合理性を欠くときは、当該借入れは、上記諸事情のうち、その目的、すなわち当該借入れによって資金需要が満たされることで達せられる目的において不合理と評価されることとなる。」と判示していることから、組織再編税制に係る規定によって法人税の負担が減少したのではなく、組織再編成に付随する借入れによって法人税の負担が減少した場合であっても、組織再編成に経済合理性がなければ、それに付随する借入れについても経済合理性がないと判断されることがわかる。 さらに、大竹敬人「判解」ジュリスト1581号100-101頁(令和5年)では、「独立当事者間の通常の取引と異なる点があるかを検討することは有用であることを前提として(いる)」「税負担の減少をもたらす目的があったとしても、直ちに当該行為又は計算が経済合理性を欠くものと評価されるとは限ら(ない)」と解説されており、本事件が今後の実務に与える影響は大きいと考えられる。 (2) 実務上の対応 本事件では、ヤフー・IDCF事件と同様の考慮事項を用いながら経済合理性基準の判定を行うことと判示されたことから、第15回で解説する包括的租税回避防止規定における解釈を参考にすることができる。すなわち、不自然なものであるかどうかは、その程度が問題となるのであり、わずかな不自然さをもって経済合理性がないと判断することはできない。さらに、事業目的があればよいというわけではなく、税負担の減少目的といずれが上位にあるのかにより判断されることになる。 そして、組織再編成に付随する取引によって法人税の負担が減少した場合には、組織再編成を含む一連の取引に経済合理性があるかどうかにより判断することになるという点は非常に重要である。例えば、残余財産の確定による繰越欠損金の引継ぎ(法法57②)については、組織再編税制の対象外であることから、法人税法132条の2に規定されている包括的租税回避防止規定は適用されないが、同法132条に規定されている同族会社等の行為又は計算の否認の判断においては、残余財産の確定を含む一連の取引に経済合理性があるかどうかにより判断されることになる。 このように、第15回で解説する制度濫用論と比較すると、租税回避であると結論付けるための論理が似ているため、制度濫用論と経済合理性基準の違いがよくわからなくなるが、制度趣旨に反するかどうかという点を強調しているわけではないという違いがある。すなわち、通常は想定されない手順や方法に基づいたかどうかの判断については、専ら経済人としての見地により判断すべきであるため、例えば、残余財産が確定する前に完全支配関係を成立させることにより繰越欠損金を引き継ぐ行為については、残余財産が確定する前に完全支配関係を成立させることが、ビジネスの世界で想定される手法であり、かつ、その事案においても、経済合理性が認められるかどうかにより判断されることになる(※50)。一般的に、出資者に迷惑をかけないという理由により、残余財産が確定する前に少数株主から出資金額で買い取るということは行われており、不自然な取引であるとはいい難い。そのため、先ほどの事案において、少数株主から買い取ることに経済合理性が認められるのであれば、同族会社等の行為又は計算の否認を適用すべきではなく、経済合理性が認められないのであれば、同族会社等の行為又は計算の否認が適用される余地があるということになる。 (※50) 谷口勢津夫「谷口教授と学ぶ『税法基本判例』【第22回】」Profession Journal No.504(令和5年)では、「制度濫用基準は税法上の課税減免規定の濫用による租税回避に関する否認規範であり、経済的合理性基準は私法上の形成可能性の濫用による租税回避に関する否認規範であるといえよう。」と説明されている。 このように、ユニバーサルミュージック事件を参考にしたうえで、同族会社等の行為又は計算の否認の適用可能性を検討する際には、①経済合理性の判断が組織再編成を含む一連の取引により判断されるという点と、②経済合理性の考慮事情については、ヤフー・IDCF事件がそれぞれ参考にされているという点に留意が必要になる。 (了)

#No. 543(掲載号)
#佐藤 信祐
2023/11/09

〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕税法や通達以外の実務知識 【第13回】「建築基準法・都市計画法の基礎知識(その5)」-建蔽率②-

〔資産税を専門にする税理士が身に着けたい〕 税法や通達以外の実務知識 【第13回】 「建築基準法・都市計画法の基礎知識(その5)」 -建蔽率②-   税理士 笹岡 宏保   基本的な論点 第12回において、建蔽率についてその基本(建蔽率は、原則として、次に掲げる算式により計算されます。)を確認しました。 (算式) 今回は、この建蔽率の計算に当たって、応用的にはなるものの、実務上ではやはり習得しておくべきと考えられる項目を確認してみることにします。   解決への指針 (1) 制限の異なる2以上の地域にわたる場合の建蔽率の計算 建築基準法第53条(建蔽率)第2項の規定では、建築物の敷地が建築物の建蔽率に関する制限を受ける地域又は区域(当該地域又は区域については、前号(第12回)の「解決への指針」の(1)を参照してください。)の2以上にわたる場合においては、当該建築物の建蔽率は、当該制限を受ける当該各地域又は区域内の建築物の建蔽率の限度にその敷地の当該地域又は区域内にある各部分の面積の敷地面積に対する割合を乗じて得たものの合計以下でなければならないものとされています。この取扱いを算式及び図解で示すと、それぞれ、次に掲げるとおりとなります。 (算式) 図解 上記の取扱いを設例で確認すると、次のとおりとなります。 設例1 基本的な設例 (問題) 下記に掲げる敷地(敷地X及び敷地Yから構成される1単位の敷地)に対する建蔽率の限度(上限)を算定してください。 (計算)   設例2 応用的な設例(敷地のうちに敷地面積に算入されない部分を有する場合) (問題) 下記に掲げる敷地(敷地甲及び敷地乙から構成される1単位の敷地)に対する建蔽率の限度(上限)を算定してください。 (注) 敷地乙が接する前面路は、建築基準法第42条(道路の定義)第2項に規定する道路(いわゆるセットバックを必要とする道路)であることが、確認されています。 ▷留意事項 建築基準法施行令第2条(面積、高さ等の算定方法)第1項第1号の規定では、要旨、「敷地面積は、敷地の水平投影面積による。ただし、建築基準法第42条(道路の定義)第2項、第3項又は第5項の規定によって道路の境界線とみなされる線と道との間の部分の敷地は、算入しない。」とされています。 すなわち、(問題)に掲げる敷地乙については、敷地乙の面積のうち、次に掲げる計算により求めた面積である20㎡は、建蔽率の計算の基礎とされる敷地面積には算入されないことになります。 (計算) 上記の取扱いを図示すると、次のとおりとなります。 敷地面積に算入されない部分 (計算) (2) 建蔽率の制限緩和(特定行政庁が前面道路の境界線から後退して壁面線を指定した場合) 建築基準法第53条(建蔽率)第5項第1号の規定では、要旨、「特定行政庁が街区における避難上及び消火上必要な機能の確保を図るため必要と認めて前面道路の境界線から後退して壁面線を指定した場合における当該壁面線を越えない建築物で、特定行政庁が安全上、防火上及び衛生上支障がないと認めて許可したものの建蔽率は、原則的な取扱いに規定する建蔽率にかかわらず、その許可の範囲内における建蔽率とすることができる。」とされています。 この取扱いを図示すると、次のとおりです。 (了)

#No. 543(掲載号)
#笹岡 宏保
2023/11/09
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