賃上げ実施に伴う企業の労務上の留意点Q&A 【第2回】 「初任給を引き上げる場合の問題点と解決策」 社会保険労務士 富山 直樹 【Q】 人手不足を背景に、採用を強化するためにも初任給の引上げを検討していますが、既存社員の給与と同等(もしくは上回る)とした場合に問題はないでしょうか。 【A】 法的な問題はないが、筆者の見解としてはおすすめしません。 主な問題点と解決策は以下のとおりとなります。 ●○ 解 説 ○● ① 問題点 (1) モチベーションの低下と人材流出 問題点としてはまず、モチベーションの低下と人材流出の恐れが考えられる。 会社としては採用を強化するために初任給を引き上げたり、転職であれば前職の給与を基準として採用後の給与を決定したりすることは往々にしてありうる。 しかし、専門技術や資格、特殊な経験を伴うような職ならばともかく、一般企業の採用や転職であれば「採用後、即戦力!」というわけにもいかないであろう。 それにもかかわらず、既存社員のベースアップを行わずに、新入社員に既存社員と同等やそれ以上の給与を支給することは既存社員のモチベーション低下を招き仕事の質が低下する恐れがあるだけでなく、最悪の事態としては既存社員に転職されてしまう恐れもある。 そうなってしまっては、知識・技術の無い新入社員を獲得するために、何年もかけて育てて知識・技術を蓄積した会社の戦力となっている人材が流出してしまい、本末転倒である。 (2) 社内モラルの低下 次に社内モラルの問題もある。 社内のモラルを保つために、給与明細を見せ合うような行為を就業規則で禁止することも1つの方法ではあるが、今般、自社の採用情報などはインターネットを通じて簡単に入手することができてしまう。募集要項に記載された給与が自身の給与より高かった場合の既存社員の心境は計り知れない。 上記の状況の実例として、下記、⼤卒で銀⾏に就職した筆者のケースを取り上げる。 このような状況は新入社員、既存社員、双方にとって望ましいとは言えないだろう。 ② 解決策 長い目で採用、定着、そして長期間会社で活躍してくれるような人材を求めるのであれば、初任給を引き上げることよりも、賃金のベースが「年功序列型」なのか「成果主義型」なのか等の賃金体系を含め、内外に現実的なキャリアイメージを示し、価値観の合致する社員を採用することが肝要であると考える。 会社によっては、同業他社と比べて初任給を高めに設定し、就職説明会などで「30代で高年収が目指せる!」といった紹介をしているケースもある。 しかし入社後は、賃金上昇率が同業他社よりも低く、説明会で紹介していた高年収が目指せるケースもごく一部だけということが判明することがある。これは「高い初任給は就活生に対して会社を目立たせるため」といった理由が存在しており、大企業などで高い離職率となっている場合に大量採用のために行われていることがある。 こうした離職を想定した大量採用を行うために、高い初任給を設定するのも企業戦略の1つではある。しかし、中小企業で同じような戦略をとることは現実的ではない。 そのため、目先の初任給よりもこの先のキャリアプランを明確に、かつ現実的な内容で伝えたうえで、その価値観を共有できる人と働く方が会社の成長に寄与するのではないかと考える。 ③ まとめ 新規採用者の初任給を引き上げ、既存社員のベースアップを行わないことは、時給換算で最低賃金を下回らなければ法律に触れるような行為ではない。 したがって、「とにかく採用を増やしたい!」「なんとしても今、新入社員が欲しい!」ということであれば、実行に踏み切ることも一案である。 しかし、その代わりに上記①で提示したようなモチベーション低下や人材流出、社内モラルの低下を招くリスクも考えられる。 読者の皆様の会社はいかがであろうか。人手不足の会社も多く、採用を強化したいのはもっともである。では、採用を行ったうえで会社をどうしていきたいのか。もう一歩先まで踏み込んだ検討を是非行ってみていただきたい。 社員が長く活躍することができ、誰もが働きやすい職場となることを願っている。 (連載了)
プラス思考の経済効果 【第24回】 「2024年の恵方巻き等の経済効果と食品ロス」 関西大学名誉教授・大阪府立大学名誉教授 宮本 勝浩 1 はじめに 今年は、新型コロナが5類に移行してからはじめての「節分」でした。多くの人たちが恵方巻きを食べたのではないでしょうか。今年の立春は2月4日(日)で、立春の前日が節分ですから、今年の節分は2月3日(土)でした。 「恵方巻き」は、節分に恵方(その年の吉方、縁起の良い方角のことで、今年の恵方は「東北東やや東」)を向いて願い事をしながら無言で巻き寿司を食する風習のことで、この方法で恵方巻きを食するとその年の縁起が良いと言われています。 起源は大阪の花柳界、花街、船場などで、昔から行われていた風習と言われていますが、近年はマスコミが大々的に取り上げて、寿司業界、海苔業界、コンビニやスーパーの食品小売業界、百貨店などが積極的に宣伝・販売活動を行うことにより、売上高を拡大してきています。しかし、日持ちのしにくい寿司であるため、売れ残りが廃棄処分される食品ロスが問題になってきています。 今回は、2024年の恵方巻きをはじめとする「節分の寿司」の売上高と経済効果を予測し、さらに廃棄処分される食品ロスの金額を推計しました。 2 2024年の恵方巻き等の売上高の予測 以下の表は、一般社団法人日本市場規模協会 市場規模総合研究所が発表した「恵方巻きをはじめとする「節分の寿司」市場規模推移」を基に、恵方巻き等の総売上高を示したものです。 新型コロナ前の3年間及び新型コロナ流行期の3年間の確定値と、2023年と2024年の推定値となっています。 〈恵方巻き等の総売上高〉 (※) 総務省「家計調査」の「すし(弁当)」への支出データと、総務省「労働力調査」のデータを基にして2人以上の世帯と単身世帯の売上を推計し、その合計を総売上高として示しています。この金額には、恵方巻きの他、にぎり寿司、いなり寿司、ちらし寿司、折詰寿司が含まれています。ただし、節分の日における寿司の売上のほとんどは恵方巻きであると推察されますので、本稿では恵方巻き等の経済効果として分析します。 上記の表において、2023年と2024年の総売上高の対前年比は、2017年から2022年の6年間(新型コロナ前の3年間と新型コロナ流行期の3年間の合計6年間)の増減率の平均値4.2%を用いています。新型コロナ前は恵方巻きの風習は伸び悩み、どちらかというと伸び率は減少傾向にありましたが、新型コロナ流行期には外出を控えて、家庭内での飲食が増加したことなどの理由により売上高は急速に増加していることが分かります。 そして、2024年の恵方巻き等の売上も4.2%上昇すると予想します。その結果、2024年の恵方巻き等の総売上高は約325億9,500万円となります。恵方巻き等の「節分の寿司」がたった1日で325億9,500万円の売上をあげることは驚異的であると言えます。 3 2024年の恵方巻き等の経済効果 これまで計算した325億9,500万円を直接効果として、総務省が作成した最新の全国の「産業連関表」(2019年に発表した2015年の「産業連関表」の修正版)を用いて経済効果を分析すると、2024年の恵方巻き等の経済効果は約703億520万円となりました。 〈2024年の恵方巻き等の経済効果〉 4 恵方巻き等の食品ロス 恵方巻きは、巻き寿司のため一般的には日持ちがしません。したがって、売れ残りが発生した時は、家畜のエサになったり、廃棄されたりすることになります。ひどい例としては、恵方巻きの製造会社から店頭に1度も並ぶことなく、作り過ぎたので直接廃棄場に運ばれることもあると言われています。 2017年には大量に廃棄された恵方巻きの写真がSNSで拡散されて問題となりました。行き過ぎた販売競争が「食品ロス」を生み出しているとして、2019年1月11日に農林水産省は「貴重な食料資源の有効活用」のために、需要に見合った販売をするように文書で呼びかけました。 それでは、どれほどの恵方巻きが毎年廃棄されてきたのでしょうか。百貨店や寿司屋では、消費者が購入に来た段階で恵方巻きを作るケースもあるので、廃棄率は低いと考えられます。他方、スーパーやコンビニではできあがった恵方巻きを店頭に並べて販売するので、売り切れない場合の廃棄率はかなり高いと想定されます。 筆者が2019年に入手したデータによると、いくつかのスーパーやコンビニから得られた廃棄率は1~7%でした。ある大手スーパーでは廃棄率が5%を切ると店舗で欠品の出る可能性があるので、廃棄率は6%以上にしているという意見もありました。 農林水産省の「貴重な食料資源の有効活用の要請」や「恵方巻きのロス削減に取り組む事業者の募集や公表」にもかかわらず、依然としてかなりの廃棄率があるのが現状のようです。取材の際も「恵方巻きのように1日だけの需要が非常に多く、また生もので日持ちのしないような品物については、ある程度の廃棄率は仕方がないですよ」という声を何度も聞きました。 今回は過去の取材やデータから廃棄率を4%と仮定します。その結果、2024年に廃棄される恵方巻き等の金額は約13億380万円となります。 5 廃棄される恵方巻き(食品ロス)を減らす方法 廃棄される恵方巻き(食品ロス)を減らす方法は、以下の通りです。 6 まとめ 今回の分析の結果は以下の通りです。 ウクライナへのロシアの侵攻、パレスチナとイスラエルの戦闘、アフリカなどでの干ばつなどにより世界的な食糧危機の時に、食品を廃棄するということは絶対に避けるべきだと思われますので、生産者、販売者、消費者は協力して食品ロスをなくすように努力するべきでしょう。 (了)
《速報解説》 JICPAから「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A」の草案が公表される ~独立監査人の四半期連結財務諸表に対する期中レビュー報告書の文例等も示す~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月21日、日本公認会計士協会は、「期中レビュー基準報告書実務ガイダンス「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める四半期財務諸表等に対する期中レビューに関するQ&A(実務ガイダンス)」」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、四半期決算短信に含まれる四半期財務諸表等の期中レビューについて、Q&A形式によって解説するものである。独立監査人の四半期連結財務諸表に対する期中レビュー報告書の文例及び経営者確認書の記載例も示されている。 意見募集期間は2024年3月6日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 1 四半期決算短信に含まれる四半期財務諸表等 東京証券取引所においては、金融商品取引法改正に伴う四半期開示の見直しを受けて、次のように有価証券上場制度を見直している。 2 第1・第3四半期財務諸表等の財務報告の枠組み(Q1) 第1・第3四半期財務諸表等の財務報告の枠組みは、次のように整理される。 適正表示の枠組み又は準拠性の枠組みのいずれにより作成するかは、レビュー契約の受嘱時に確認する。 「適正表示の枠組み」に基づいて作成された四半期財務諸表に対するレビューと「準拠性の枠組み」に基づいて作成された四半期財務諸表に対するレビューは、いずれも限定的保証業務であり、保証水準に違いはない。 3 東証短信レビューに適用するレビュー基準等(Q2) 東証短信レビューを実施する場合(義務付けの場合も含む)、監査人は、「期中レビュー基準」に従う。 次のことに留意する。 4 適正性に関する結論と準拠性に関する結論を表明する場合の期中レビュー手続(Q3) 期中レビューを実施する際は、期中財務諸表の作成に当たって適用された会計基準に準拠しているかどうかに関して必要な質と量の証拠を入手する必要がある。 このことは、適正性に関する結論を表明する場合であっても、準拠性に関する結論を表明する場合であっても同様である。 このため、限定的保証を提供するための期中レビュー手続に違いはない。 適正性に関する結論の判断に際しては、期中財務諸表が表示のルールに準拠しているかどうかの評価と、期中財務諸表の利用者が財政状態や経営成績等を理解するに当たって財務諸表が全体として適切に表示されているか否かについての一歩離れて行う評価が含まれる。 準拠性に関する結論の判断に際しては、財務諸表が全体として適正に表示されているか否かについての一歩離れて行う評価は行われない。 適正表示の枠組みに比して、準拠性の枠組みにおける財務諸表等の開示量が少ない場合には、開示の検討に関する作業量は減少すると考えられる。 適正性に関する結論を表明するに当たっては、追加情報の記載の必要性を検討するなど、財務諸表が全体として適切に表示されているかという観点がある。 一方、準拠性に関する結論を表明する場合はその観点がないため、当該観点からの検討に対応する作業量は減少することが考えられる。 5 後発事象(Q5) 第1・第3四半期財務諸表等に係る財務報告の枠組みにおいては、重要な後発事象の注記の省略が可能である。 監査人は、後発事象の手続として、財務報告の枠組みにかかわらず、期中財務諸表において修正又は開示すべき後発事象があるかどうかについて、経営者に質問しなければならない。 第1・第3四半期財務諸表等において、会社が「準拠性の枠組み」を選択し(決算短信作成基準3条2項に基づいて作成)、開示すべき後発事象(開示後発事象)の注記を行わないことを選択した場合、準拠性の枠組みにおいては、適用される財務報告の枠組みにおいて要求される事項の遵守が求められるのみである。 このため、四半期財務諸表等において重要な開示後発事象の注記がなされていなくても、監査人は、質問は実施するが、基本的にはそれ以外の手続を追加で実施することは求められていない。 6 継続企業の前提(Q6) 東京証券取引所の決算短信作成基準において、継続企業の前提に関する注記が求められており、省略することは認められていない。 このため、適正性に関する結論を表明する場合であっても、準拠性に関する結論を表明する場合であっても、継続企業の前提に関する手続は同様である。 7 訂正第1・第3四半期財務諸表等に対する期中レビュー(Q7) 訂正前に公認会計士等によるレビューを任意で受けた場合においては、訂正第1・第3四半期財務諸表等に対する公認会計士等による期中レビューは任意となる(東京証券取引所の改正規則等参照)。 訂正前に公認会計士等によるレビューを受けていない場合にも、訂正第1・第3四半期財務諸表等に対する公認会計士等による期中レビューは任意となると考えられる。 公認会計士等によるレビューを受けた第1・第3四半期決算短信に添付される四半期財務諸表等を訂正する場合で、訂正後の四半期財務諸表等について公認会計士等によるレビューを受けていないときは、その旨を「決算発表資料の訂正」の開示において記載することに留意する(東京証券取引所の改正規則等参照)。 (了)
《速報解説》 会計士協会、「財務諸表のレビュー業務」及び実務ガイダンスの改正案を公表 ~レビュー業務の対象範囲の整理等行う~ 公認会計士 阿部 光成 Ⅰ はじめに 2024年2月21日、日本公認会計士協会は、「保証業務実務指針2400「財務諸表のレビュー業務」及び保証業務実務指針2400実務ガイダンス第1号「財務諸表のレビュー業務に係るQ&A(実務ガイダンス)」の改正」(公開草案)を公表し、意見募集を行っている。 これは、「四半期レビュー基準の期中レビュー基準への改訂及び監査に関する品質管理基準の改訂について(公開草案)」(2023年12月14日、企業会計審議会監査部会)を受けたものである。 意見募集期間は2024年3月21日までである。 文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅱ 主な改正内容 主な改正内容は次のとおりである。 Ⅲ 適用時期等 2024年4月1日以後開始する会計期間に係る期中財務諸表の期中レビューから適用する予定である。 (了)
《速報解説》 令和5年分の所得税の確定申告で 令和6年能登半島地震に係る雑損控除等の適用可とする 特例法が公布、同日施行 Profession Journal編集部 令和6年能登半島地震の災害による損失について、令和5年分の所得税の確定申告で雑損控除等の適用を受けられる特例法(令和6年能登半島地震災害の被災者に係る所得税法及び災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律の臨時特例に関する法律)が、同法の政令とともに2月21日付け官報特別号外第18号で公布、同日施行された(個人住民税の雑損控除を令和6年度分(令和5年所得)において適用対象とする地方税の特例法(地方税法の一部を改正する法律)も官報同号にて公布、施行)。 (※) 同法は2月16日に法案が国会へ提出され同月20日に衆議院、21日に参議院で可決・成立した。 令和6年能登半島地震の災害による損失ついては、同年1月1日の発生であるため、通常であれば令和6年分の所得税の確定申告において雑損控除等の適用を受けることになるが、広範囲において生活の基礎となるような家財や生計の手段に甚大な被害が生じており、かつ、発災日が1月1日と令和5年分所得税の課税期間に極めて近接していること等の事情を総合的に勘案し、臨時・異例の対応としてとられたもの(法律の概要は既報のとおり)。①雑損控除の他、②災害減免法の特例、③被災事業用資産等の損失の必要経費算入の特例の適用が可能とされる(①と②は選択適用)。 今回の特例法の適用を受けるかはその居住者が選択でき、確定申告書等にこの規定の適用を受けようとする旨の記載がある場合に限り、適用される。 なお、国税庁は1月12日付で、石川県及び富山県に納税地のある者を対象にすべての国税の申告・納付期限を自動的に延長することとし、具体的な期限は今後被災者の状況に十分配慮しつつ検討するとしている(上記対象外の地域でも「災害による申告、納付等の期限延長申請」(個別指定)で承認を受ければ延長可)。 一方で、今回の特例法で対象となる損失(令和6年能登半島地震により生じた損失の金額)については対象地を石川県及び富山県に限定していない。このため既に(特例法の施行前に)令和5年分の所得税の確定申告書を提出している場合も考えられるが、この場合は施行日(令和6年2月21日)から起算して5年を経過する日までに、更正の請求による適用も検討されたい(特例法附則第2条)。 また、国税庁の特設ページについても随時更新されていることから、最新の情報についても留意いただきたい。 〔編集部追記:2024/2/22〕 本稿公開後、上記特設ページにおいて、下記の判定表が公表されている。 (※) 国税庁ホームページより (了)
2024年2月22日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.557を公開! - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
〔令和6年3月期〕 決算・申告にあたっての税務上の留意点 【第3回】 「「中小企業者等の法人税の軽減税率の特例の延長」「「中小企業投資促進税制」の見直しと延長」「「中小企業経営強化税制」の見直しと延長」「特定の資産の買換え等の特例の見直しと延長」」 公認会計士・税理士 新名 貴則 令和5年度税制改正における改正事項を中心として、令和6年3月期の決算・申告においては、いくつか留意すべき点がある。本連載では、その中でも主なものを解説する。 【第2回】は「オープンイノベーション促進税制の見直し」、「デジタルトランスフォーメーション (DX) 投資促進税制の見直しと延長」及び「中小企業防災・減災投資促進税制の見直しと延長」について解説した。 【第3回】は「中小企業者等の法人税の軽減税率の特例の延長」、「「中小企業投資促進税制」の見直しと延長」、「「中小企業経営強化税制」の見直しと延長」及び「特定の資産の買換え等の特例の見直しと延長」について解説する。 1 中小企業者等の法人税の軽減税率の特例の延長 中小企業者等において、800万円までの課税所得に適用される軽減税率は本来19%だが、令和5年3月期決算申告までは、特例措置により15%に引き下げられていた。 この措置は令和5年3月31日までに開始する事業年度が対象であったが、令和5年度税制改正により2年間(令和7年3月31日までに開始する事業年度まで)延長された。したがって、令和6年3月期決算申告においても、15%が適用される。 【法人税率(令和5年3月期と変化なし)】 (※) 資本金又は出資金1億円以下の法人のうち、一定の要件を満たすもの。 2 「中小企業投資促進税制」の見直しと延長 「中小企業投資促進税制」とは、青色申告書を提出している中小企業者等が、特定の機械装置などを取得等して、指定事業に供用した場合に、その事業の用に供した事業年度において、30%の特別償却又は7%の税額控除を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等 適用対象となる設備は次の通りである。 令和5年度税制改正により、対象資産について下記の通り一定の見直しが行われている。 令和5年3月31日までに取得等をして事業供用した資産が対象であったが、これが2年延長され、令和7年3月31日までに取得等をして事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和6年3月期の決算申告においては適用が継続される。 3 「中小企業経営強化税制」の見直しと延長 「中小企業経営強化税制」とは、青色申告書を提出する中小企業者等が、中小企業等経営強化法の認定を受けた経営力向上計画に基づき、一定の設備を取得し指定事業に供用した場合に、即時償却又は税額控除(7%又は10%)を認める制度である。 (※) 資本金又は出資金3,000万円以下の中小企業者等 適用対象となる設備は次の通りである。 ※画像をクリックすると別ページで拡大表示されます。 (※1) 医療保険業においては一定の場合に制限あり。 (※2) 医療保険業を行う事業者が取得等をするものは除く。 (※3) 複写販売用の原本、開発研究用のもの、サーバー用OSのうち一定のものなどは除く。 令和5年度税制改正により、対象資産について下記の通り一定の見直しが行われている。 令和5年3月31日までの間に取得等をして事業供用した資産が対象とされていたが、これが2年延長され、令和7年3月31日までに取得等をして事業供用した資産が対象とされた。したがって、令和6年3月期の決算申告においては適用が継続される。 4 特定の資産の買換え等の特例の見直しと延長 特定の資産の買換え等に係る課税の特例について、いくつかの見直しがなされた上で、適用期限が令和8年3月31日まで3年間延長された。 見直しの主なものは次の通りである。 (了)
「税理士損害賠償請求」 頻出事例に見る 原因・予防策のポイント 【事例131(所得税)】 税理士 齋藤 和助 《基礎知識》 ◆中小事業者が機械等を取得した場合の特別償却(措法10の3①②) 青色申告者である中小事業者が、平成10年6月1日から令和7年3月31日までの期間内に、製作後事業の用に供されたことのない特定機械装置等を取得し又は特定機械装置等を製作して、これを国内にある指定事業の用に供した場合には、その事業の用に供した日の属する年の年分における事業所得の金額の計算上、その特定機械装置等の償却費として必要経費に算入する金額は、通常の償却費の額とその取得価額の30%との合計額以下の金額でその中小事業者が必要経費として計算した金額とすることができる。 なお、償却不足額については、1年間繰り越して必要経費に算入することができる。 (了)
固定資産をめぐる判例・裁決例概説 【第34回】 「一括取得した土地・建物の売買代金の按分方法として、 鑑定評価に基づく積算価格比率による按分が認められた事例」 税理士 菅野 真美 ▷土地と建物を一括取得した場合の取得価額の按分方法 土地と建物を一括取得して、それぞれの価額がいくらなのかが契約書に記載されていない取引がある。この場合、売買代金をなんらかの基準で土地と建物に配賦することになる。 建物を事業の用に供する場合は、減価償却費を通じて長期間にわたって購入対価を必要経費処理できるが、土地は必要経費処理をすることができない。毎期の所得税や法人税の納税負担を軽減したいならば、減価償却費を増額させるために建物の取得価額により多くの売買代金を負担したいと考える傾向がある。しかし、いきすぎた建物への取得価額の配賦については、否認されるケースがある。 課税庁は、多くの場合、土地と家屋の固定資産税評価額の比率で按分を行う。本連載【第24回】「購入した不動産の内訳について契約書に記載された金額に基づくか、固定資産税評価額による按分額に基づくかで争われた事例」では、契約金額で定められた家屋の金額が著しく高額であったことから固定資産税評価額の比率で按分した価額が是認された。 また 本連載【第32回】「土地・建物一括譲渡の場合における対価の区分について鑑定評価額に基づく按分が認められた事例」においては、課税庁は固定資産税評価額の比率による按分を主張したが、地裁は、所在する地域の時価が上昇傾向にある場合は、将来予測価値が適切に反映される鑑定評価による按分を認めた。この鑑定評価による按分が認められたのは納税者の申し出により裁判所が鑑定を行ったことも要因の1つと考えられる。 今回も、土地と建物を一括取得した事例で、鑑定評価による積算価格比率が認められた裁決事例を検討する。 ▷どのような事例か 納税者(法人)は、平成30年から令和元年にかけて、3つの土地・建物を一括購入し、代金を支払った。この土地・建物の取得価額の按分について、それぞれの土地の取得年分の路線価に地積を乗ずることによって土地の売買代金を算定した後、売買代金の総額からこの金額を差し引いて建物の売買代金を算定する方法(本件差引法)で土地と建物の取得価額を導き出し、それに基づいて確定申告をしたところ、課税庁は固定資産税評価額の比率で按分して土地と建物の売買代金を算定(本件固定資産税評価額比按分法)し、導かれた建物の取得価額に基づいて減価償却費を計算して更正処分を行った。 この処分を不服とした納税者は再調査の請求をしたが、棄却されたため、審査請求したのが本事案である。 土地・建物の売買代金等は以下のとおりである。 ▷納税者の主張 納税者は、これらの土地や建物の按分について、本件差引法を用いて申告した。審査請求において納税者は、路線価が土地の相場をおおむね反映していることから、土地の売買代金相当額の算定方法として合理的な本件差引法を用いるべきとする主位的主張を行った。 また、予備的に建物1の売買代金相当額の算定にあたっては、「本件見積額等比按分法」を、建物2と建物3の売買代金相当額の算定にあたっては「本件積算価格比按分法」を用いるべきと主張した。 この「本件見積額等比按分法」とは、建物1の再建築価格として工事見積額を56,700,000円(本件見積額)として、その5%を乗じて計算した額と、土地1の査定価格8,700,000円の価額比で按分して売買代金相当額を算定する方法である。 これを用いるべき理由として、査定価格は土地の時価を示すものであり、本件見積額は再建築価格を示し、未償却残高(取得価額の5%)を法人税基本通達9-1-19で時価と認めていることからすれば、本件見積額の5%相当額が建物の時価として妥当だからとした。なお、他の者が出した本案件の改築見積額は35,750,000円だった。 また、「本件積算価格比按分法」は、鑑定評価のうち建物は原価法で積算価格を求め、土地は取引事例比較法により積算価格を求め、土地と建物の積算価格と当時の消費税等相当額を加算した額との価額比率で按分して売買代金相当額を算定する方法である。 これを用いるべき理由として、各鑑定は的確な判断力を有する専門家が行ったもので、データや実情に即したものであり、資産の個別的な事情が反映されたものだからとした。 ▷課税庁の主張 課税庁は、いずれも本件固定資産税評価額比按分法を用いるべきと主張した。 この理由は、固定資産税評価額は、算出機関も算出時期も同一だから、同一時期の時価を反映したものであり、中古物件の場合、按分比率に本件固定資産税評価額比按分法を用いることは、簡易、迅速に土地、建物の売買代金相当額を把握できるからだとした。 ▷審判所の判断は 審判所は、次のとおり本件物件1については、本件固定資産税評価額比按分法を是認し、本件物件2、3については本件積算価格比按分法を是認した。 本件差引法について、路線価は地価公示価格と同水準の価格の80%程度を目途として設定されるから、売買代金に反映される土地の価額が低くなる一方、建物の価額が高額となるから不均衡が生じ、合理的とは認められないとしている。 * * * 今回の裁決事例で、甘い見積額に基づく本件見積額等比按分法での算定は認められなかったが、本件積算価格比按分法は認められた。 これは、この按分法の対象となった建物について改修工事を行っており、それが固定資産税評価額には反映されていなかったからである。このように不動産に特殊な事情がある場合は、鑑定評価による按分が是認される傾向にあるのだろうか。 (了)
〈一角塾〉 図解で読み解く国際租税判例 【第38回】 「日本ガイシ事件 -立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて- (高判令4.3.10)(その2)」 ~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~ 税理士 井藤 正俊 (3) 検討その3~分割要因の決定 本判決については、次の2点を評価する意見がある(※11)。第1は、「重要な無形資産以外の利益発生要因であっても、残余利益において考慮することを認めていることから」、重要な無形資産以外の利益発生要因は基本的利益、重要な無形資産は残余利益「の二分法を排除し、事案に応じた利益分割法の方法を提示した意味がある」点である。 (※11) 南繁樹「移転価格-残余利益分割法に関する新判断-東京高裁令和4年3月10日判決(上)」国際税務Vol.42 No.8(2022年)81頁 第2は、「判示は、特定の要因が利益発生に貢献していると認定される以上、基本的利益又は残余利益のいずれかにおいては考慮されなければならないことを示唆している」ことである。この2点については、筆者も大変注目すべき点であるものと考える。なぜなら、「従来の二分法においては、ある要因が基本的利益では評価されにくいが、重要な無形資産以外の要因であることから残余利益においても考慮されず、結果としていずれからも抜け落ちる可能性があった」(※12)ものを拾い上げることになるからである。 (※12) 前掲(※11)に同じ ただ、従来の二分法で「抜け落ちる可能性があった」ものが、結果的に、残余利益を構成することになるとする点には注意を要するものと考える。なぜなら、本事件では、それらは、分割対象利益の発生に寄与した程度を推測するに足る要因(分割要因)と共に、残余利益の分割として、日本の法人と国外関連者とに配分されることになったからである。このことは、RPSMの計算構造上、不可避的な問題であるものの、熟考を要しよう。 そもそも、従来の二分法による重要な無形資産の残余利益部分と、「抜け落ちる可能性があった」ものとを、同一水準の分割要因で按分してよいかという、本質的な問題が生じていると考えられるからである。換言すれば、「抜け落ちる可能性があった」ものについては、判決では、「本件超過利益の発生メカニズム」であり、「要するに、〔1〕EU市場におけるセラミックス製DPFの需要の急増、〔2〕本件国外関連者によるEU市場への早期の参入、〔3〕■〔伏字〕、並びにこれによってもたらされた2社寡占状態の継続による高いシェアの維持及び■、〔4〕売上高の増大に伴う規模の利益、〔5〕生産効率の向上を利益発生要因とするものである。」(※13)とする。本主張のうち、〔4〕は経済学が示す規模の経済(※14)の考えに基づくものであるが、他については、実態を踏まえた指摘事項と捉えられる。 (※13) 地裁判決「事実及び理由」の「第3の3」 (※14) 高裁判決において裁判所の判断の中では「規模の利益」と表している。 なお、本事件にあっては、原審の段階から、複数の国立大学大学院経済学研究科教授による意見書が提出され、裁判所において検討が行われている(※15)。判決文の「別紙」において意見書の要旨は分かるものの、全文を確認することは残念ながらできない。そのため、「別紙」においてすでに検討済みの内容もあるのかもしれないが、以下では、裁判所が認定した「本件超過利益の発生メカニズム」に関する事項について、筆者の考えを述べたい。あらかじめ要点を述べれば、経済学が示す規模の経済(利益)を把握し得たのであれば、あえてRPSMを用いることなく、直接、国外関連者に配分し得たのではないかとの疑問である。 (※15) 地裁判決(別紙6)原告の主張の要旨 ① 規模の経済(利益) 上記の〔4〕の主張は、経済学において、企業の長期平均費用曲線は、〈図表2〉に示すように、その生産数量の増加とともに1個当たり生産コストが逓減することを根拠に置いているものと考えられる。いわゆる規模の経済である。このような考え方は、古くから示されているものでもある(※16)。 (※16) 例えば、志田明『ミクロ経済学』富士書店(1986年)75-76頁 〈図表2:短期平均費用曲線(SAC)と長期平均費用曲線(LAC)の関係〉 例えば、志田明東京経済大学名誉教授によれば、長期平均費用曲線(LAC)が右下がりになるのは、生産要素を分割したのでは、同じ能率を維持できないような、生産要素の分割不可能性があるからであり、規模の経済が出尽くすと、長期平均費用曲線は水平な線に転じる。右下がりから水平に変わる臨界点は、生産の最小最適規模と呼ばれると説明されている(※17)。 (※17) 前掲(※16) 本判決は、経済学者の意見書などを勘案し、規模の経済があると認定したものと言えよう。そしてまた、規模の経済こそが、判決の主眼を成すものと捉えられよう。なぜなら本事件は、Yが製造するDPF製品が特殊であることから排ガスのEuro規制に適合し、寡占市場を形成させ、増産のための工場設備投資を誘引し、最終的に、Yに規模の経済による利益をもたらしたという構造だからである。 つまり、規模の経済の一点に、あらゆる取引事象を収斂させていった。そして判決では、当該利益をRPSMを用い配分するうえで、分割要因として超過減価償却費なる新たなコンセプトを導き、配分することにもなったのである。 ただ、筆者としては、規模の経済を認識し得たのであれば、規模の利益の金額算定が可能であったのではないのか、との疑問を抱く。なぜなら、経済学上の通常のアプローチでは、Yの短期費用曲線、それに基づく短期平均費用曲線が求められ、長期の費用曲線などの分析が行われ、現に、Yの生産量が費用曲線の右下がりの部分にあると特定されて、はじめて規模の経済が認識されるからである(※18)。 (※18) 規模の利益の捉え方について疑義を呈した論文として勝野晃「規模の利益が独立企業間価格の算定に与える影響について(東京高裁令和4年3月10日判決)」国際税務Vol43 No.10(2023年)78-87頁があり、注目に値する。 そこで以下では、仮に、経済学的アプローチが採られた場合、金額算定が可能であったのではないかとの前提を置きつつ、裁判で採用された内容の検討を試みたい。 ② コスト構造の検討 本判決の特徴の1つは、裁判所が、納税者Xが主張したコスト構造の分析を受け入れたことであろう。そのうえで、「基本的減価償却費」が算定され、それらから導かれる「超過減価償却費」が分割要因として採用されるに至った(※19)。 (※19) 前掲(※7)において、大野教授は、判決の意義として、「市場の寡占によって超過利益が生じている事例において、当時の措置法通達にとらわれない解釈を示した初めての裁判例である」(55頁)と述べている。また、「裁判所が、課税当局の行った移転価格課税につき、法令の適用誤りを理由として取り消すのではなく、裁判所の判断で所得金額を再計算した初めての事例である」(59頁)との2点を挙げている。 ただ、実務のうえで、移転価格分析において、対象企業が資本集約型か労働集約型かなどの検討を行うことはあるものの、何をもって資本集約型とするかの判断基準は定かでない(※20)。たしかに、TPMの選定の局面、機能リスクの分析、それらに基づく比較対象取引の抽出・選定において考慮することはあっても、金額算定し、当該数値を定量分析に反映するという実務は、あくまでも筆者の感覚であるが、これまで殊更強調されてはこなかったと思われる。 (※20) ガイドライン(2017年版及び2022年版)パラグラフ2.92及び2.103において、「資本集約的」なる用語が用いられている。いずれも、移転価格算定方法の取引単位営業利益法の適用に当たっての「営業利益算定に当たっての分母」に関する考え方を示したものであり、それらにおいても、どのような水準であれば資本集約的と考えるかなどの基準等は示されていない。 その点から本判決は、課税庁にとっては、大きな課題が課されたことになろう。つまり、課税庁が調査を行う際には、無形資産でないものの、LS/LSAが発生原因と考えられる超過収益が存在しないかを考慮しつつ、仮に超過収益が発生していると考えられた場合、その要因がいかなる費用に基づくものかの当たりを付け、国外関連取引当事者ばかりか、比較対象取引の検討においても、その候補となる企業のコスト構造分析をもする必要があることを意味するからである。 その点、LSに関する先行する裁判例としてホンダ事件がある。ただ、ホンダ事件の場合、マナウス税恩典という明白なLSを対象とし、その点の差異調整を行えばよかったと考えられなくもない。一方、本件では、寡占市場を前提とした事業に係るLSAを、本件判決で繰り返し述べられる「重要な無形資産とそれ以外の要因とが共に複数の利益発生要因として重なり合い、相互に影響しながら一体となって超過利益(残余利益)が発生したと認められる」状況の中、XとY各々のコスト構造の分析ばかりか、地理的・物理的に情報収集が困難な比較対象取引(企業)についても、同様の分析をする必要があり、作業の困難さがより増したと言えるのである。 ③ 「通常の利益」の比較対象取引の財務データの使用 本判決においては、残余利益の分割要因の金額算定として、基本的利益を算定した比較対象取引5社の数値を用いていることも特徴の1つに挙げられる。裁判所が本件解決のために採用した苦心の1つと捉えられる。ただ、基本的利益の算定に用いられた比較対象取引を、残余利益の分割要因の金額算定に用いることが、はたして合理的か否かの疑問がある。 1つの考え方として、基本的利益の算定に適した比較対象取引であることから、検証対象との関係から見れば、当該5社は超過利益を除いた部分にあっては、「同種又は類似」(※21)であると考えられることから、差異部分があるとすれば、超過収益をもたらす何らかであると解されるとの発想があろう。また、別の考え方として、当該5社は、あくまでも基本的利益の算定に用いられた単なる比較対象取引であり、そのことをして、他の何かを保証するものではないという考え方があろう(※22)。 (※21) 租税特別措置法施行令39条の12第8項1号ハ (※22) 地裁判決の「(別紙5)被告の主張の要旨」において、「残余利益分割法における基本的利益の算定方法は、米国財務省規則の利益比準法(以下「CPM」という。)の考え方を採り入れたものである。CPMは、営業利益率を検証する方法であり、その理論的基礎は、『自由で競争的な市場においては営業利益率はいずれ収束するはずであり、標準以下の営業利益率しか得られない企業の存立は資本市場が許さない。』という近代経済学の考え方であり、産業セグメント別又は法人単位で営業利益率を比較すれば足りる。」とあることから、原処分庁の考え方は、本文に示す後者の立場にあるものと推測される。ただし、基本的利益について、別紙5にある考え方を採用した場合、法令上、「同種又は類似」とあることとの整合性が問題視され、他の論点を惹起するものと考えられる。 〈図表3:基本的減価償却費/超過減価償却費の考え方〉 この点、課税庁は後者の立場に立ち、原審において、「超過減価償却費の計算(その基礎となる基本的減価償却費の算定方法)に関し、本件比較対象法人は基本的利益の算定における営業利益率の比較のために抽出された企業であり、売上高に対する減価償却費の割合については、営業利益率とは異なり、自由で競争的な市場において一定の標準的な割合に収束するという理論的な裏付けがあるとはいえないから、・・・・・・相当でない旨を主張する」が、裁判所は、「これに代わるものとして更に的確な推測を可能とする情報が得られない以上、本件比較対象法人における売上高に対する減価償却費の割合に基づき基本的減価償却費を算定するという上記の計算方法は、合理性を有する」と斥け、〈図表3〉で示すように、5社の減価償却費の平均売上高減価償却費を採用したわけである。 ここでの疑問は、平均値を下回っている比較対象取引と、平均値を上回る比較対象取引とでは、コスト構造が異なると言えるのではないかという点である。 例えば、〈図表3〉のCのように、平均売上高減価償却費を下回っていたとしても、5社により導かれた基本的利益率に係る売上高営業利益率に達しているのであれば、減価償却費以外の他の費用項目が達成に寄与していると考えられるのではないだろうか。その逆も、然りである。 あくまでも当該5社は、各々独立の企業であり、減価償却費のみに焦点が当てられ、コスト構造上の他の類似性などは加味されていない(※23)。そのため、はたして減価償却費のみで、LS/LSAとの間の因果関係を見出せるのかとの疑問が生じるのである(※24)。 (※23) 納税者Xは原審(別紙6)「エ」において、「OECDガイドラインは、残余利益分割法の基本的利益の算定において会計的な利益指標を重視し、会計的利潤の水準である営業利益指標は様々な要因によって影響を受けることを指摘しており、会計的利潤の水準である営業利益指標は均等化しないという立場をとっている。」と主張したが、残余利益の分割要因の選択のうえで、問題がないと考えてよいのかが疑問である。 (※24) 卸売販売に係る売上高販管費率と営業利益率との相関性を検討するなどし、比較対象取引の選定基準に用いることを検討したものとして、A.E. RODRIGUEZ「Examining Unintended Effects from Using The SG&A Intensity Ratio to Screen Wholesalers」Tax Management Transfer Pricing Report Vol. 9,No.21(2001年)PP804-809がある。 また、一企業の費用構成は多様であり、その間の比率(本判決にならえば売上高に対する各費用勘定の比率)は一様ではない。そのため、平均値で捉えきれないところはないかが疑問となる。また、5社といったわずかな数ではなく、より多くの数を母集団とし、それらから求められる数値を用いることが考えられる(※25)。なぜなら、わずか5社の実績値では、変動幅が大きく発現する可能性があるからである。 (※25) 本件抽出基準と同様に、ORBIS登載のEU加盟国企業のうち、業種コード3714(自動車部品・付属品製造業)に該当する法人を抽出し、該当業種に属する法人の売上高減価償却費率を求め、それらに異常値を排除できる統計手法の四分位法を用いて計算することも考えられる。 〈図表4:比較対象法人における売上高に対する減価償却費の割合(平均値)〉 本判決の場合、〈図表4〉に示すとおり、平成19(2007)年は、平均値は3.07%であるのに対して、最も乖離の大きい平成21(2009)年は3.65%であり、その差は0.58%である。これを分割要因に金額換算した場合、国外関連者Yの売上高が判決では不明であるものの、仮に売上高が100億円であるとした場合、5,800万円の差が生じることになる。 民間が提供するデータベースによれば、国外関連者NGK CERAMICS POLSKA SP. Z O.O.の売上高は年々増加傾向にあり、データの取れる2016年3月期の売上高は約623億円、直近の2021年3月期で約851億円である(※26)。課税が行われた2006年から2009年の各売上高は不明であるものの、仮に2016年3月期の売上高の半分としても、0.58%の差は1億7,400万円のインパクトとなる。当該金額のインパクトをどう捉えるかは、当初の課税に用いられた分割要因の金額に占める相対評価となるものと思われるが、単なる差として捉えるには大きいのではないだろうか。ただ、それも、あくまでも感覚的なものである。 (※26) NGK CERAMICS POLSKA SP. Z O.O.の2016年3月期の売上高は2,086,531,600ポーランド・ズロチである。また、2016年3月31日の為替相場29.87円(公表仲値(TTM)。三菱UFJリサーチ&コンサルティング提供)であったことから、それらを用い計算した。 そこで、客観的な指標としての統計的手法を用いるのはどうであろうか。具体的には、採用5社を選定したように、ORBIS登載のEU加盟国企業であり、かつ、業種コード3714(自動車部品・付属品製造業)で抽出を行うのである。事業規模の相違に基づく差異を回避するために、売上高に一定の金額基準を置いてもよい。そのうえで、超過収益を生む重要な無形資産の形成等がないことの条件として、売上高R&D比率が1%未満であることなどの基準を設けるのもよいであろう。このようにして売上高減価償却費率を算定したうえで、四分位法により中央値を求め、当該数値と国外関連者の当該値との差から導かれる数値を、本判決でいうところの「超過減価償却費」としてみなし、分割要因として用いる方法が考えられる。 以上のアプローチは、いわゆる大数の法則から合理的だと言えなくもないであろう(※27)。 (※27) 納税者Xは原審(別紙6)「ウ」において、米国財務省規則の利益比準法(CPM)などの考え方の採用について否定する意見を述べている。 ④ 減価償却費の特性に基づく検討 会計学では、減価償却については、固定資産の取得原価を、使用可能期間の効用の消費分を費用化し、配分する手続であるとされる(※28)。減価償却を行うには、「取得原価」「残存価額」「耐用年数」の3つの要素が必要となる(※29)。 (※28) 伊藤邦雄『新・現代会計入門(第3版)』日本経済新聞出版社(2018年)336頁 (※29) 前掲(※28)337頁 当該固定資産の費用化については、「棚卸資産は消費量の把握が比較的に容易なのに対し、固定資産はその把握が困難である。なぜなら、固定資産は、商業であれば経営活動の遂行のために、また製造業における工場設備であれば製品の製造のためというように、とにかく企業の収益獲得のために使われることは疑いないが、それは全体として使用されるのであって、部分的に減少するものではないからである(工業、油田、森林などの消耗性資産は例外)。そこで、固定資産については、その取得原価を基礎にして、これを一定の償却方法によって当該資産の使用期間に割り当てて効用の費消分(expired usefulness)を費用化するのである。これを減価償却という。したがって減価償却は費用配分の手続であって、資産評価の手続ではない。ましてや利益調節弁であってはならない。(中略)減価償却の主目的は、適正な費用配分を行うことによって、毎期の損益計算を正確ならしめることになる」(※30)と古くから認識されている。換言すれば、減価償却の意義は、「適正な損益を計算するために、恣意的な方法ではなくて、一般に認められた所定の方法によって、計画的・規則的に行われなければならない。このような減価償却を正規の減価償却という。」(※31)とされる。 (※30) 中村忠『新訂現代会計学』白桃書房(1983年)86頁 (※31) 飯野利夫『財務会計論〔3訂版〕』同文舘(1993年)第7章2頁 つまり、固定資産の減価償却の計算は、損益計算の平準化を意図していると一般に考えられているのである。これは、財務分析で複数年度の比較を可能とする、今日的な要求にも合致する。 これらのことを考慮した場合、判決において、「本件国外関連者による初期の設備投資は、本件製品の量産を開始しEU市場に参入するために不可欠なものであった。また、追加の設備投資は、本件国外関連者が自動車メーカーの要求する本件製品の生産能力を確保するために不可欠であったものであるが、かかる生産能力の確保がされたために、本件国外関連者は自動車メーカーとの間で長期の契約期間による供給契約を締結することができ、2社寡占状態を継続させて高いシェアを維持するとともに■ことができたのであるから、これらの利益発生要因との関係でも、追加の設備投資による貢献は重要なものであったといえる。そして、これら初期及び追加の設備投資(本件設備投資)は、本件製品の生産構造につき資本集約度を高めるものであり、損益分岐点を大きく超える売上高が得られたことと相まって規模の利益をもたらしたという点でも、重要な貢献をしたものである。このように、本件国外関連者による本件設備投資は、本件超過利益をもたらした複数の利益発生要因に関して重要な貢献をしているものと認められるから、本件設備投資に係る減価償却費につき、上記(3)の原告の研究開発費及び本件国外関連者の■部門費と同等のウエイトにより、残余利益の分割要因とするのが相当である。」とするのは、減価償却の機能との関係でいかがなものであろうか。 減価償却費として費用化されている額は、あくまでも期間損益を平準化するために計画的・規則的に行われたものである。その平均値を用いた超過減価償却費が、超過利益への貢献であるとされるのには、違和感を覚える。そこで仮に、「他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)」の一部を、別途、計算によって特定できるのであれば、それに越したことはないのではなかろうかと考えるのである。この点については、下記⑧の「(ⅰ) 複合的な要因の分析とその数値化」において後述するものとしたい。 ⑤ 営業利益が資産にウェイト付けされる利益水準指標(PLI)の適用の可否 わが国の移転価格税制は、営業利益が資産にウェイト付けされたPLIを採用していない。一方、ガイドラインにおいては、早くからこれを認めている(※32)。筆者としては、様々な理由から、わが国においてもPLIの1つとして採用すべきものと考えている(※33)。 (※32) 1995年のガイドラインにおいては、パラグラフ3.26において、「取引単位営業利益法は、納税者が一つの関連取引(中略)から実現する適切な基準(例えば原価、売上げ、資産)に対する営業利益(中略)を調べるものである。」として、すでに容認している。その後、2010年版において、「第2章 移転価格算定方法」に「B.3.4.3 営業利益が資産に対してウェイト付けされている場合」が設けられ、その使用をはっきりと認めている。最新となる2022年版ガイドラインにおいても同様である(該当パラグラフは2.103-2.104)。 (※33) 井藤正俊「取引単位の観点から見るわが国移転価格税制の諸課題」第44回日税研究賞入選論文集(2021年)77-81頁 しかしながら、わが国の現行法令に規定されていない以上は、租税法律主義の観点からは、営業利益が資産にウェイト付けされたPLIを用いることは、通常、できないものと考える(※34)。このことを前提としたとき、ストックとしての固定資産をフローとして費用化させた減価償却費を分割要因として用いることに問題はないかとの疑問を抱く。 (※34) 相互協議を前提とした二国間事前確認(APA)事案などが例外的に考えられる。 これについては、減価償却費は、あくまでも分割要因であり、それ自体をベンチマークとして一定の利益を付加しているのではなく、用いている局面が異なるとの見方があろう。判決は、この立場に立っていることは明らかである。だが、超過減価償却費の概念の本質は、基本的減価償却費を超える部分が、通常の利益を超える、すなわち超過利益を生じさせると見るのであれば、理屈のうえでは、超過減価償却費をベンチマークとして、超過利益の一部を形成するものとみなしていると考えられないだろうか。このように考えたとき、上記の④で述べた視点と相まって、疑問を覚えるものである。 ⑥ 他勘定の考慮 裁判所は、超過収益に対するYの貢献として、超過減価償却費を分割要因に追加したが、そもそも、どうして減価償却費に着目し、追加したのだろうか。 この点について、原審でXは、「大規模な設備投資により多額の減価償却費が生じることとなった本件国外関連者における費用構造等についても考慮されるべき」と主張し、「資本集約度が高い本件製品の生産構造」であることを再三述べている。そしてまた、同観点から、課税庁が選定した比較対象取引(企業)に比較性がない旨、指摘している(※35)。 (※35) 原判決中、「(東京大学大学院経済学研究科教授)は、・・・・・・本件国外関連者は売上高の伸び以上に利益が増加する収穫逓増型企業の特徴を強く示しているのに対して、本件比較対象法人は売上高の伸びほどには利益が伸びない収穫一定型企業の特徴を有していることが明らかにされた。」とされる。 さらに、「労働力に比して資本設備をより多く用いる資本集約度が高い生産構造においては、生産費用のうち固定費(生産量の大小にかかわらず発生する一定の費用)の占める割合が相対的に大きい」ことから、具体的な「資本集約度を示す指標として、〔1〕「減価償却費/総営業費用比率」、〔2〕「原材料・部品費/総営業費用比率」、〔3〕「減価償却費/原材料・部品費比率」及び〔4〕「有形固定資産/売上高比率」を計算し、かつ、売上高が1単位増加した場合に増加する総営業費用(費用増加率)を計算して、各企業群における資本集約度と費用増加率を分析」(※36)するなど、減価償却費と有形固定資産に着目した主張を展開している。 (※36) 原審判決(別紙6)「第2基本的利益の算定方法の適否について」「2 比較可能性について」「(2) 比較可能性の要素」「ウ 費用構造」(オ) 会計学においては、古くから、費用の種類によっては、費用性支出があり、これは資本的支出と収益的支出とに区分されるという考え方がある。これによれば、収益的支出は、「支出の対価たる財貨または役務が支出年度に消滅してしまうような支出である。(中略)これに対して、支出の対価たる財貨または役務が1会計年度以上にわたって役立ち消滅するような支出を資本的支出という」(※37)とされる(※38)。 (※37) 前掲(※30)61頁 (※38) わが国の法人税法では、修繕費と資本的支出の振り分けについては、法人税法65条を受け、法人税法施行令132条にて、次のとおり規定しており、これに基づき処理を行うものとされている。 Yが従うポーランドの法人所得税法において、減価償却費の計上は、基本的にわが国と類似している(※39)ことから、単に減価償却費のみならず、例えば、修繕費等の扱いをどのように考えるかが問題となろう。仮に、リース資産を用い製造業を行っている場合などは、貸借対照表上、オフバランスになっている恐れがある。よって、オンバランス上の有形固定資産の比率のみでは、実態の誤認識が生じかねなくもない。 (※39) 日本貿易振興機構(JETRO)のホームページ「ポーランド」の情報によれば、ポーランドの法人税法上、減価償却額とその償却期間は、減価償却法と年間減価償却率に基づいて行われる。減価償却は原則、税務上の耐用年数に基づき定額法が採用される(最終検索2022年11月6日)。 ひと口に資本集約型(※40)といっても多様であり、他の事案においては、減価償却費の費用項目のみでは不十分な場合もあるかも知れない。この点については、次回の「4 今後の実務への影響~本判決の射程」で触れたい。 (※40) ガイドライン(2022年版)においても、「資本集約的な活動(capital-intensive activities/asset-intensive)」という用語は3箇所のパラグラフ(2.92、2.93、2.103)において用いているものの、その定義付けは行われてはいない。 ⑦ 分割要因のウェイト付け 本件においては、納税者の研究開発費と国外関連者の特定部門の部門費を、それぞれ分割要因(以下、「当初分割要因」という)として用いていた。本判決において、当初分割要因と、分割要因に追加した超過減価償却費とのウェイト付けについては、「設備投資の本件超過利益発生への寄与は、[納税者]の重要な無形資産及び本件国外関連者の重要な無形資産と比較しても、その利益発生の結果に対する重要性や直接性において決して劣らないものであるといえること」(※41)などの理由から、同等のウェイトにより、残余利益の分割要因とするのが相当であると判示された。 (※41) 原判決「事実及び理由」の第3の6(4)ア(ア) そもそも何らかの分割要因を他の分割要因とともに用いることは、残余利益の配分割合において相対化させることを意味する。仮に、100の支出が国外関連者にあっても、日本の法人に400の支出があれば、全体では500となり、国外関連者の残余利益への貢献は20%となり、配分される残余は20%相当となる。これが仮に、国外関連者の支出が100と同じであっても、日本の法人の支出が900となれば、国外関連者の残余利益への貢献は10%となる。そして、どちらの例においても残余利益が等しく1,000であったのなら、前者は200、後者は100の残余利益が配分されることになる。 これは、国外関連者と日本の法人との異なる貢献を、本質的には異質な無形資産を用いながらも、残余利益という1つのバスケットに放り込んだことにより生じる。こうした計算構造の大前提として、国外関連者と日本の法人との1の支出は、あたかも同値と評価されていることに他ならない。この点は、RPSMの機能を考えるうえで極めて重要な点と言える。 経済学は、貨幣の役割の1つとして、「情報が不完全な市場で、取引費用を節約し交換を促進する役割をはたす」(※42)要因を、古くから挙げている。また、会計の基本前提として、「貨幣的評価の公準」が求められ、「これは、すべての会計行為が貨幣単位によって行われるという前提である。(中略)裏を返せば、貨幣で評価できないものは、たとえそれが企業活動のために重要な役割を果たす要素であっても、会計の対象にはなりえないことを意味している。」(※43)とされる。 (※42) 前掲(※16)101頁 (※43) 前掲(※28)75頁 そもそも超過収益を生む重要な無形資産を扱うとき、費やされる1を、それぞれが等価と見てよいのか、という本質的な問題がある。費やされる1のウェイト付けをどうするのか、という問題と言ってよい。ただ、XあるいはYが計上する費用を、属性を維持させながら為替換算を行い通貨を同じくしたうえで、貨幣にて費用を示すほかに、現代会計にあっては方途はなく、これに従い、RPSMの計算も成り立っているのである。 この問題を、本件に限ってまず述べれば、判決が「相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られること」を前提にしていることから、1つのバスケットにXの試験研究費とともに放り込んだのだと見ることもできよう。そうすることが、貨幣の役割や、貨幣的評価の公準にかなった処理となっていると思料され得るのかもしれない。 しかし、その一方で、総費用曲線などの分析が可能であり、また、次の「⑧ 財務分析によるアプローチの検討」で示すように、「相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られ」た部分の利益のみを抽出可能であれば、それを用いるに越したことはないであろう。そして、判決の事実関係であるとの前提に立てば、Yに当該利益を直接に帰属させればよい。 そもそもRPSMは、DCF法のように、重要な無形資産そのものを評価するTPMではない。そのため、重要な無形資産を分割要因との関係でウェイト付けすることが、土台不可能だと見ることもできよう。ただ、本件のように、配分可能な利益について金額算定できるのであれば、当該利益については、RPSMの超過利益の発生に貢献した当事者にストレートに帰属させる方が、より理にかなったやり方になるのではないかと考えるものである。 ⑧ 財務分析によるアプローチの検討 これまで上記の①から⑦までにおいて述べてきたことは、判決において、「超過利益は必ずしも重要な無形資産のみによってもたらされるとは限らず、また、重要な無形資産だけではなく、これと共に他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られることがある」ことに依拠する。具体的には、「引用する原判決の『事実及び理由』の第3の2の認定事実(以下単に「認定事実」という。)及び同第3の3の『本件超過利益の発生メカニズムの検討』において説示された事情」による。これらの事情を踏まえると、本件超過利益の発生に関し、「本件設備投資が『重要な無形資産』に匹敵する程度の価値(重要性)を備え、超過利益獲得に寄与する(相関関係のある)ものとして重要な貢献をしたといえることは明らかである。」との控訴審の判断に基づく。ならば、「認定事実」と「本件超過利益の発生メカニズムの検討」の結果は、究極的には、「規模の利益」に収斂するのではないか、との疑問を筆者は持ち、①の冒頭でも述べたところである。言うなれば、もし規模の利益を、金額として把握可能であれば、あえて残余利益として把握する必要もなく、Yに直接配分すればよいのではないかと考えるのである。 そこで以下では、その点について、考察をはかるものである (ⅰ) 複合的な要因の分析とその数値化 判決では、「認定事実」と「本件超過利益の発生メカニズムの検討」の結果、他の複数の利益発生要因が重なり合い、相互に影響しながら一体となって残余利益(超過利益)が得られるとして、分割要因として「超過減価償却費」を算定し、Yの分割要因の総額に当該金額を毎期加算し、残余利益の分割に反映している。 しかし、すでに上記の「④ 減価償却費の特性に基づく検討」で述べたように、減価償却費は、損益計算上、売上高と紐づけ可能な直接費ではなく、期間損益計算の観点からその計上が認められる費用項目である。そのため、財務分析を行う上などから、計画的・規則的に費用化しているものと捉えられるのが一般的である。よって、超過減価償却費と残余利益の形成とは、因果関係が必ずしも明白とまでは言い切れないであろう。 そこでもし、相互に影響しながら一体となって発生した残余利益(超過利益)部分を直接的に認識できるのであれば、それに越したことはないものと考えられる。 X及びYは、製造業を営んでいる。一般に、それら業種の事業者は原価管理を行っている。判決が、「初期及び追加の設備投資(本件設備投資)は、本件製品の生産構造につき資本集約度を高めるものであり、損益分岐点を大きく超える売上高が得られたことと相まって規模の利益をもたらしたという点でも、重要な貢献をしたものである。」と述べるように、資本集約度が高い事業者の場合、とりわけ原価管理は厳密に行われているのが、筆者のこれまでの経験である。それだからこそ、損益分岐点が分かり、ひいては規模の利益がもたらされたと判断できるわけでもある。 このことを具体的に見れば、Yは、直接原価計算を採用しており、製造に係る固定費が分かり、限界費用、その裏側の限界利益を把握しているということである。 一方、当該製品の市場における需要やその変動について見れば、原審において、「本件各事業年度当時、EU市場におけるマーケットシェアは、イビデングループ(イビデン株式会社・・・・・・を頂点とするグループ)と原告グループとでほとんどを占めており、原告グループのシェアは■■%程度であった。イビデングループでは、フランス及びハンガリーに設立した各社(・・・・・・「イビデン・ヨーロッパ」・・・・・・)がSiC-DPFの製造を行い、原告グループでは、ポーランドにおける本件国外関連者が本件製品の製造を行っていた(以下、EU市場における本件国外関連者及びイビデン・ヨーロッパによる寡占状態を「2社寡占状態」という。)」とあり、製品は自動車部品であることを考慮すれば、製品販売数量などのデータは、比較的容易に入手できるものと考えられる。なぜなら、日本自動車工業会(JAMA)に匹敵する組織として、欧州自動車工業会(ACEA:European Automobile Manufacturers Association)が存在するからである。JAMAがそうであるように、ACEAは、リコールの問題もあることから、月単位で、車種ごとにデータの管理を行っており、当該データを入手することが可能である。そうすれば、当該製品の総需要も自ずと把握できるはずである(※44)。 (※44) 総需要の把握が可能であれば、統計的手法等により需要曲線を導出し、経済学でいうところの生産者余剰等の余剰分析も可能となる。その結果、より具体的に、Yの利益部分が特定可能になるものと考えられる。 以上の情報をもとに、いわゆる損益分岐分析やその応用となるCVP分析(※45)を行うことは比較的容易であり、これにより規模の利益の金額算定ができよう(※46)。そうであれば、わざわざRPSMを用い、規模の利益との因果関係が必ずしも明白ではない超過減価償却費を用いて計算するまでもなかったのかもしれない。そして、判決が認定したように、Yのみの貢献に起因するのであれば、算定された規模の利益の額をYに与えれば済むはずである。 (※45) CVP分析は、岡本清『原価計算〔3訂版〕』国元書房(1980年)506-512頁においてすでに紹介されるなど、損益分岐分析と同じく古く、同書では「第8章 損益分岐分析とCVP分析」として紹介され、現在では当該事項は一般的であると思料される。 (※46) 規模の利益の算定方法の1つとしては、原審の被告の主張(別紙6)によれば、「SiC-DPFのほぼ全てを本件国外関連者とイビデン・ヨーロッパのみで製造販売していた(2社寡占状態)」とあることから、2社による完全な寡占ではないものと考えられる。そこで、イビデン・ヨーロッパ以外にも販売を行っている企業の利益を「通常の利益」と捉え、当該会社の財務データの固変分解により損益分岐点分析や、回帰分析により総費用が求められよう。加えて、当該分析結果をもとに、ACEAから各社の販売数量を入手すれば、当該会社の操業度が把握可能となる。当該操業度を基準値とし、Yとの乖離幅を規模の経済がもたらした利益と考え、Yの損益分岐点分析に基づき超過利益を算定することが可能ではないかと思料される。 また仮に、原価管理において、固定費・変動費の区分(いわゆる、固変分解)が厳密に行われていない場合は、複数事業年度の製造原価報告書などのデータを用い、統計的手法の1つである回帰分析(※47)を用いて固変分解を行えばよい。ついてはそれらの結果を利用し、損益分岐分析を行い、規模の利益の金額を計算する方法も採り得たものと思料される。 (※47) 原判決によれば、回帰分析については、納税者が、東京大学大学院経済学研究科教授に依頼し、本件国外関連者と本件比較対象法人の事業の類似性の有無について、資本集約度の相違の検討に当たり用いている。 (ⅱ) 法令への当てはめ 上記(ⅰ)で示した方法が、わが国の移転価格税制上、どのTPMの適用となるのかが問題になるかもしれない。これについては、いくつか考えられよう。本判決を前提に考えれば、1つは、RPSMに準ずる方法(租税特別措置法施行令39条の12第8項7号)に該当するものとして扱うことが考えられる。あくまでも残余利益のうち、別途、規模の経済に係る利益のみを把握し、XとYの分割割合を0対100で分割することから、RPSMそのものではないが、準ずる方法と考えるわけである。 いま1つは、TPM適用以前の問題として扱うものである。つまり、最初からYの合算利益には含めず、TPMの埒外で金額計算を行い、Yにいわば直課するのである。 ただし、事案によっては、必ずしも分割割合が0対100とは限らない。そのような場合は、結局、通常のRPSMの適用を受け、他の分割要因による超過収益と一緒に残余利益を構成することになる。そのため、分割要因の特定、それを加味した場合の分割の相対化の問題が依然として残ることになろう。このような問題には、今後、事案の蓄積により検討を重ね、解決をはかる他は方法がないものと思料する。 ((その3)へ続く)