公開日: 2016/09/01 (掲載号:No.183)
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ストーリーで学ぶIFRS入門 【第8話】「有形固定資産の処理は日本基準に近い?」

筆者: 関根 智美

ストーリーで学ぶ
IFRS入門

【第8話】

「有形固定資産の処理は日本基準に近い?」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

● ○ プロローグ ○ ●

まだまだ残暑の厳しい9月は、経理部にとっては大きなイベントもなく、比較的ゆとりのある時期だ。とある中堅規模の東証一部上場会社に勤める経理部3年目の桜井も、気持ちに余裕ができ、初めてできた後輩の指導にも熱が入る。

「山口君、この見積書は、そっちじゃなくて、こっちの青いファイルに綴じてくれないかな。」

「あ、すみません、分かりました。」
この春経理部に配属されたばかりの新人、山口はよく頭を下げる。初めの頃は桜井も「いいよ、謝らなくても。」と言っていたのだが、それに対しても「すみません。」と返ってくるので、最近はスルーすることにしている。

「固定資産関係の書類は、このファイルにまとめるんだよ。」
桜井は、来期建設予定の工場に関連する見積書や社内文書のファイリング方法を山口に教えた。

「すみません、ありがとうございます。」
山口がまた頭をぺこりと下げ、書類を綴じ始める。山口は少し卑屈かな、と思うくらい低姿勢なのだが、仕事ぶりは一所懸命で桜井は好感を持っている。自分も経理部に配属されたばかりの頃は、右も左も分からなくてオロオロしていたものだ。在学中に簿記の資格を取り、なまじ自信があっただけに、まったく仕事ができない自分にショックを受けたことを鮮明に覚えている。

書類を綴じ終えた山口がファイルを棚に戻そうと顔を上げると、経理部の入り口で見覚えのある男性と話をしている藤原を見つけた。

「あの、すみません、桜井先輩。あそこで藤原先輩と話している方って確か・・・」
桜井は昔の記憶を振り払い、山口の視線の先を追うと、180㎝以上ある藤原が同じくらい長身の男性と和やかに話をしていた。その男性はがっしりした体格の藤原とは対照的に細身なので、藤原より背が高く見える。

「ああ。監査法人の吉田さんだね。」

「今日お見えになっていたんですね。」
山口の言葉を受けて、桜井も吉田の訪問理由が気になった。

「ほんとだね。でも今日は何の用事で来たんだろう?」

「さぁ。」山口も首を捻る。
内部統制監査は来週の予定だし・・・、と桜井は卓上カレンダーで予定を確認したが、もちろんそこに答えはない。

山口はおもむろに席から立ち上がり、固定資産ファイルを片手に桜井に向かってお辞儀をした。

「ありがとうございました、桜井先輩。では、自分は先にこのファイルを戻してきます。」

「ああ。じゃ、お願いするね。」
桜井は資料室へ向かう山口を見送ると、自分の仕事に戻った。

しばらくすると、「はぁー」という盛大なため息が聞こえ、ドスンという音が続いた。桜井が隣に目をやると、藤原が背もたれに寄りかかりながら、お茶をぐいっと飲んでいた。

「先輩、お疲れみたいですね。」

「んー、まぁな。」と言いながら、藤原は眉間を指で揉みほぐす。

「さっき吉田さんを見かけましたけど、内部統制監査は来週ですよね?」

「ああ。今日は会計士も交えたIFRS導入準備のミーティングだったんだよ。ちなみに今日のテーマは有形固定資産だ。」

桜井の勤める会社は数年後にIFRSを導入することを目指しており、藤原はそのプロジェクトメンバーの一員である。桜井はそのプロジェクトに参加してはいないものの、将来の即戦力となるべく藤原からIFRSの会計処理を教えてもらっていた。

「固定資産?新工場と何か関係あるんですか?」
桜井は今期から固定資産を担当しているため、最近の固定資産関係の話題といえば新設される工場のことしか思い浮かばなかった。

「新工場?いやいや、そうじゃなくて・・・というか、お前、この前渡した経団連の『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』を読んでないのか?」
やや呆れた口調で藤原が桜井に尋ねた。

「ええ、まだ全部は読んでいません。前回教えてもらった有給休暇引当金の箇所は目を通しましたけど。」
それを聞いた藤原は再び「はぁー」と盛大なため息をついた。

「IFRS導入の有名な論点の1つに、有形固定資産に関する処理があるんだよ。」

「へぇ。そうなんですか。」

「ちょうどいい。」と、藤原は背もたれからぱっと起き上がり、桜井の方を向いた。

「俺も有形固定資産の復習をしたばかりだから、俺の知識の定着も兼ねて教えてやろう。」

「あ、はい。ありがとうございます。」
桜井も仕事の手を止め、藤原に礼を言う。藤原の申し出はありがたかった。もっと自主的にIFRSの勉強をすべきなのは分かっているのだが、他にもやることがあり、ついつい後回しになっているためだ。

「というわけで、仕事が終わったらいつものミーティングルームに集合だ。」

「はい、分かりました。」
藤原は桜井の返事に頷きを返すと、さっそく午前中に溜まった仕事に取り掛かった。

 

● ○  IAS第16号「有形固定資産」 ○ ●

定時を過ぎていることもあり、ミーティングルームの周囲の部屋は閑散としていた。勉強にはいい環境だ。

藤原は、自分の席から持ってきたファイルを机に置いて、ホワイトボードの前に立つと、「コホン」と咳払いをした。椅子に座っている桜井は藤原とホワイトボードを見上げる格好だ。

「まずは基準の確認だな。有形固定資産(property, plant, and equipment)に関する会計処理はIAS第16号で定められているんだ。」

「はい、IAS第16号ですね。」と桜井もメモを取る。

「そう言えば、昼に有形固定資産の会計処理に関する論点があるって話でしたけど、そもそもIFRSの有形固定資産の会計処理って、日本基準とそんなに違うものなんですか?」

「そうだなー」と、藤原が少し考え込む所作をしたので、桜井はドキドキしながら答えを待った。

「基本の会計処理はそう大きくは変わらない。ただ、日本基準にはない規定がある等、細かい所まで見るとそれなりに違いはあるな。」

「え・・・新しい規定、ですか?」

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【第8話】

「有形固定資産の処理は日本基準に近い?」

仰星監査法人
公認会計士 関根 智美

 

● ○ プロローグ ○ ●

まだまだ残暑の厳しい9月は、経理部にとっては大きなイベントもなく、比較的ゆとりのある時期だ。とある中堅規模の東証一部上場会社に勤める経理部3年目の桜井も、気持ちに余裕ができ、初めてできた後輩の指導にも熱が入る。

「山口君、この見積書は、そっちじゃなくて、こっちの青いファイルに綴じてくれないかな。」

「あ、すみません、分かりました。」
この春経理部に配属されたばかりの新人、山口はよく頭を下げる。初めの頃は桜井も「いいよ、謝らなくても。」と言っていたのだが、それに対しても「すみません。」と返ってくるので、最近はスルーすることにしている。

「固定資産関係の書類は、このファイルにまとめるんだよ。」
桜井は、来期建設予定の工場に関連する見積書や社内文書のファイリング方法を山口に教えた。

「すみません、ありがとうございます。」
山口がまた頭をぺこりと下げ、書類を綴じ始める。山口は少し卑屈かな、と思うくらい低姿勢なのだが、仕事ぶりは一所懸命で桜井は好感を持っている。自分も経理部に配属されたばかりの頃は、右も左も分からなくてオロオロしていたものだ。在学中に簿記の資格を取り、なまじ自信があっただけに、まったく仕事ができない自分にショックを受けたことを鮮明に覚えている。

書類を綴じ終えた山口がファイルを棚に戻そうと顔を上げると、経理部の入り口で見覚えのある男性と話をしている藤原を見つけた。

「あの、すみません、桜井先輩。あそこで藤原先輩と話している方って確か・・・」
桜井は昔の記憶を振り払い、山口の視線の先を追うと、180㎝以上ある藤原が同じくらい長身の男性と和やかに話をしていた。その男性はがっしりした体格の藤原とは対照的に細身なので、藤原より背が高く見える。

「ああ。監査法人の吉田さんだね。」

「今日お見えになっていたんですね。」
山口の言葉を受けて、桜井も吉田の訪問理由が気になった。

「ほんとだね。でも今日は何の用事で来たんだろう?」

「さぁ。」山口も首を捻る。
内部統制監査は来週の予定だし・・・、と桜井は卓上カレンダーで予定を確認したが、もちろんそこに答えはない。

山口はおもむろに席から立ち上がり、固定資産ファイルを片手に桜井に向かってお辞儀をした。

「ありがとうございました、桜井先輩。では、自分は先にこのファイルを戻してきます。」

「ああ。じゃ、お願いするね。」
桜井は資料室へ向かう山口を見送ると、自分の仕事に戻った。

しばらくすると、「はぁー」という盛大なため息が聞こえ、ドスンという音が続いた。桜井が隣に目をやると、藤原が背もたれに寄りかかりながら、お茶をぐいっと飲んでいた。

「先輩、お疲れみたいですね。」

「んー、まぁな。」と言いながら、藤原は眉間を指で揉みほぐす。

「さっき吉田さんを見かけましたけど、内部統制監査は来週ですよね?」

「ああ。今日は会計士も交えたIFRS導入準備のミーティングだったんだよ。ちなみに今日のテーマは有形固定資産だ。」

桜井の勤める会社は数年後にIFRSを導入することを目指しており、藤原はそのプロジェクトメンバーの一員である。桜井はそのプロジェクトに参加してはいないものの、将来の即戦力となるべく藤原からIFRSの会計処理を教えてもらっていた。

「固定資産?新工場と何か関係あるんですか?」
桜井は今期から固定資産を担当しているため、最近の固定資産関係の話題といえば新設される工場のことしか思い浮かばなかった。

「新工場?いやいや、そうじゃなくて・・・というか、お前、この前渡した経団連の『IFRS任意適用に関する実務対応参考事例』を読んでないのか?」
やや呆れた口調で藤原が桜井に尋ねた。

「ええ、まだ全部は読んでいません。前回教えてもらった有給休暇引当金の箇所は目を通しましたけど。」
それを聞いた藤原は再び「はぁー」と盛大なため息をついた。

「IFRS導入の有名な論点の1つに、有形固定資産に関する処理があるんだよ。」

「へぇ。そうなんですか。」

「ちょうどいい。」と、藤原は背もたれからぱっと起き上がり、桜井の方を向いた。

「俺も有形固定資産の復習をしたばかりだから、俺の知識の定着も兼ねて教えてやろう。」

「あ、はい。ありがとうございます。」
桜井も仕事の手を止め、藤原に礼を言う。藤原の申し出はありがたかった。もっと自主的にIFRSの勉強をすべきなのは分かっているのだが、他にもやることがあり、ついつい後回しになっているためだ。

「というわけで、仕事が終わったらいつものミーティングルームに集合だ。」

「はい、分かりました。」
藤原は桜井の返事に頷きを返すと、さっそく午前中に溜まった仕事に取り掛かった。

 

● ○  IAS第16号「有形固定資産」 ○ ●

定時を過ぎていることもあり、ミーティングルームの周囲の部屋は閑散としていた。勉強にはいい環境だ。

藤原は、自分の席から持ってきたファイルを机に置いて、ホワイトボードの前に立つと、「コホン」と咳払いをした。椅子に座っている桜井は藤原とホワイトボードを見上げる格好だ。

「まずは基準の確認だな。有形固定資産(property, plant, and equipment)に関する会計処理はIAS第16号で定められているんだ。」

「はい、IAS第16号ですね。」と桜井もメモを取る。

「そう言えば、昼に有形固定資産の会計処理に関する論点があるって話でしたけど、そもそもIFRSの有形固定資産の会計処理って、日本基準とそんなに違うものなんですか?」

「そうだなー」と、藤原が少し考え込む所作をしたので、桜井はドキドキしながら答えを待った。

「基本の会計処理はそう大きくは変わらない。ただ、日本基準にはない規定がある等、細かい所まで見るとそれなりに違いはあるな。」

「え・・・新しい規定、ですか?」

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連載目次

筆者紹介

関根 智美

(せきね・ともみ)

公認会計士

神戸大学経営学部卒業
2005年公認会計士2次試験合格
2006年より大手監査法人勤務後、語学留学及び専業主婦を経て、
2015年仰星監査法人に入所。法定監査を中心に様々な業種の会計監査業務に従事する。
2017年10月退所。

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