● ○ 棚卸資産(IFRS第2号) ○ ●
棚卸資産の学習内容
【今回の学習項目】
- 棚卸資産の定義
- 原価の構成要素と測定技法
- 原価算定方式
- 棚卸資産の評価
- 費用認識
- 開示
2人は早めに昼ご飯を済ますと、空いているミーティングルームに移動することにした。
桜井は、コホンと咳払いをすると、ホッチキス止めをした資料を緊張で震える手で山口に渡した。山口は、「すみません。」と言いながら、資料を受け取る。
「ま、まず、一枚目にある表が棚卸資産(inventories)の基準、IAS第2号に定められている主な項目だよ。」
桜井は、少し緊張気味に言った。いつもは聞く側だったため、きちんと説明できるかまだ不安だ。しかし、山口はそんな桜井の緊張には気づかず、表を眺めている。
「IFRSの棚卸資産会計は、日本基準と比較しても大きな相違はそんなにないから、理解は難しくないと思うよ。」
「そうなんですか。『測定技法』とか『原価算定方式』とか、ちょっと難しそうな言葉があるんですけど・・・」
「確かに難しそうに聞こえるけど、簿記でもお馴染みの内容なんだよ。では、さっそく始めよう!」
棚卸資産の定義
- 棚卸資産の定義
- 原価の構成要素と測定技法
- 原価算定方式
- 棚卸資産の評価
- 費用認識
- 開示
「まずは、『棚卸資産の定義』からだね。」
山口が資料のページをめくると、定義についてまとめた表が載っていた。
棚卸資産の定義
- 通常の事業の過程において販売を目的として保有される資産
- そのような販売を目的とする生産の過程にある資産
- 生産過程又はサービスの提供にあたって消費される原材料又は貯蔵品
◆棚卸資産の定義は日本基準と大きな相違はない
「えーと、棚卸資産には3つの項目が含まれるんだ。販売するための商品や財貨、企業が製造した製品とその仕掛品、そして、生産過程で使用される予定の原材料や貯蔵品だね。」
「なるほど。日本基準の棚卸資産とそんなに大きな違いはないんですね。」
桜井の説明を受けて、山口は安堵した表情で言った。
「そうなんだ。例えば、製品や仕掛品の他にも、日本基準では事務用消耗品も棚卸資産に含まれるとあるんだけど、IFRSでも定義の3つ目にある、『生産過程又はサービスの提供にあたって消費される原材料又は貯蔵品』に該当すれば、棚卸資産として計上することになるんだよ。」
「へぇ。」と山口は頷いた。
少し調子づいた桜井は、次の項目の説明に移ることにした。
原価の構成要素と測定技法
「では、続いて棚卸資産の原価を構成する要素と測定技法について進もう。」
2人は再び資料に目を戻した。
- 棚卸資産の定義
- 原価の構成要素と測定技法
- 原価算定方式
- 棚卸資産の評価
- 費用認識
- 開示
◆原価の構成要素は主に3つ
「原価の構成要素ということは、棚卸資産の原価に含めるものがいろいろあるんですね。」
「そうなんだ。棚卸資産の原価(cost)には、購入原価、加工費、そして、その他のコストが含まれるんだよ。」
そう言うと、桜井は先ほど見た表の下に書いている式を指した。
【棚卸資産原価の構成要素】
山口は、ぼんやりと式を眺めている。
「では、それぞれの項目を簡単に確認してこう。」
「はい、分かりました。」
◆購入原価には、購入代価の他に税金、運送費、荷役費等が含まれる
「購入原価は言葉のイメージで想像つくと思うけど、購入代価、輸入関税その他の税金、棚卸資産の取得に直接起因する運送費や荷役費などから構成されるんだ。」
「『構成要素』の構成要素ですね・・・」
山口はボソリと呟いた。その言葉に桜井も苦笑交じりで頷く。
「ややこしいけど、そういうことだね。」
◆値引き、割戻し及びその他の類似項目は購入原価から控除
「そうそう、仕入値引き、仕入れ割戻し、その他の類似項目があった場合は、購入原価から控除することになるんだ。だから、仕入割引も購入原価から引くことになるんだよ。」
「え、そうなんですか?確か日本基準だと、仕入割引は営業外収益でしたよね。」
山口が資料から顔を上げて確認した。
「そうだよ。よく知っているね。」
「はい。よく簿記の問題で引っかかっていましたから、馴染みの論点です。」
去年から簿記を勉強し始めたばかりの山口は、頭を掻きながら更に言った。
「僕はIFRSの処理の方が分かりやすくて好きです。」
桜井は山口の正直な感想にクスリと笑い、2つ目の構成要素に移った。
◆加工費には、製造直接費と製造間接費の規則的な配賦額が含まれる
「続いて加工費だけど、これには生産単位に直接関係するコストである製造直接費と製造間接費の規則的な配賦額のことだよ。ウチの会社でもお馴染みの項目だね。」
「そうですね。」と、山口は頷いた。
◆変動製造間接費は生産設備の実際使用量、固定製造間接費は正常生産能力に基づき配賦
「製造間接費の配賦については、変動か固定かで違いがあるんだ。」
「え?どんな違いですか?」
「まず、変動製造間接費は、生産設備の実際使用量に基づいて、各生産単位に配賦されるんだ。」
「へぇ。では、固定製造間接費は何に基づいて配賦することになるんでしょうか?」
「基本的には、固定製造間接費は生産設備の正常生産能力に基づいて配賦することになるんだ。」
「なるほど。変動か固定かで製造間接費の配賦基準が違うんですね。」
山口は資料の余白にメモを取った。
◆配賦しなかった固定製造間接費は基本的には発生した期の費用として処理
そこで、山口はメモの手を止め、桜井を見上げた。
「あれ?正常生産能力と実際操業度が違うと、配賦差異が生じることになりますよね。その時の配賦差異はどうするんですか?」
「配賦しなかった固定製造間接費は、発生した期の費用として処理することになるんだ。だから、例えば生産水準が低下した場合や遊休設備が存在した場合でも、配賦しなかった不利差異は発生した期の費用として計上するんだよ。」
「そうなんですね。日本基準だと原価差異が多額の場合は、売上原価と棚卸資産に配賦することになりますよね。差異が多額の場合は、日本基準との違いがあるんですね。」
「不利差異の場合はそうだね。」
「有利差異の場合は日本基準と違わないんですか?」
「まぎらわしいけど、そうなんだ。IFRSでも生産水準が異常に高い期間は、棚卸資産が原価よりも高く測定されないように、配賦額を減少させなければならないんだ。つまり、有利差異が、売上原価と棚卸資産の両方に配賦されることになるんだよ。」
「なるほど。そうなんですね。」
◆異常な仕損に係る製造コストは原価には含まれない
「それから、IFRSでも異常な仕損に係る製造コストは棚卸資産の原価には含めず、発生した期の費用として処理することになるんだ。」
「わかりました。」
桜井の説明に山口は頷いた。
◆その他コストとは、棚卸資産が現在の場所及び状態に至るまでに発生したコスト
「3つ目にある『その他コスト』は、棚卸資産が現在の場所及び状態に至るまでに発生したコストのこというんだ。」
「付随費用みたいな感じですね。」
「そうだね。基準では、特定の顧客のために発生する非製造原価又は製品設計のコストが例に挙げられているよ。」
「へぇ。」
◆その他コストには「借入コスト」も含まれる
「そうそう。もし棚卸資産が『適格資産』に該当する場合は、棚卸資産の取得に係る借入コストも原価に含まれることになるんだ。」
「あのー、すみません。『借入コスト』って何ですか?」
山口の質問を受けて、桜井はまごついた。
「えっ。う、うーんと・・・」
桜井は、内心焦りながら言い訳を考えた。実は、そこまで勉強がまだ追いついていないのだ。
「ひとまず、一定の資産について、その資産を取得するために調達した資金に係る利息を取得原価に含めるって規定がIFRSにはあるってことが分かっておけば、大丈夫だよ。今から『借入コスト』のことを説明すると話が脱線しちゃうから、今度説明するね。」
笑って誤魔化す桜井には気づかず、山口は素直に頷いた。
「はぁ。分かりました。」
◆棚卸資産の測定技法
桜井は、コホンと咳をして気を取り直すと、説明を再開することにした。
「続いては、測定技法についてだね。」
「はぁ。」
「測定技法って言われると難しそうに聞こえるけど、原価をどうやって測定するのかという方法だよ。ここでは標準原価法と売価還元法についての話なんだ。」
「標準原価法や売価還元法ですか!それなら分かります!」
山口も知っている言葉を聞いて安心したようだ。
◆標準原価法及び売価還元法は適用結果が原価と近似する場合のみ使える
「IFRSでは、標準原価法(standard cost method)や売価還元法(retail method)で棚卸資産を測定する場合は、その適用結果が原価と近似する場合のみ、簡便法として使用できるんだ。」
「原価というと、さっき勉強した、購入原価と加工費とその他コストの合計で求める方法ですね。」
山口の確認に、「そうだよ。」と桜井は答えた。
「では、IFRSの下で標準原価法や売価還元法を採用する時は、その結果が原価に近い結果になっているかを確認しなくてはいけないですね。」
「うん。その検証をするプロセスが必要になるだろうね。」