公開日: 2022/03/10 (掲載号:No.460)
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さっと読める! 実務必須の[重要税務判例] 【第73回】「都市計画法による土地の買取と長期譲渡所得の特別控除事件」~最判平成22年4月13日(民集64巻3号791頁)~

筆者: 菊田 雅裕

さっと読める!

実務必須の

[重要税務判例]

【第73回】

「都市計画法による土地の買取と長期譲渡所得の特別控除事件」

~最判平成22年4月13日(民集64巻3号791頁)~

 

弁護士 菊田 雅裕

 

-本連載の趣旨-

本連載は、税務分野の重要判例の要旨を、できるだけ簡単な形でご紹介するものである。

税務争訟は、請求内容や主張立証等が細かく煩雑となりやすい類型の争訟であり、事件の正確な理解のためには、処分経過の把握や判決文の十分な読み込み等が必要となってくるが、若手税理士をはじめとする多忙な読者諸氏が、日常業務をこなしつつ判例研究の時間を確保することは、容易なことではないであろう。他方、これから税務重要判例を知識として蓄積していこうとする者にとっては、要点の把握すら困難な事件も数多い。

本連載では、解説のポイントを絞り、時には大胆な要約や言い換え等も行って、上記のような読者の方に、重要判例の概要を素早く把握していただこうと考えている。

このような企画趣旨から、本連載における解説は、自ずと必要最低限のものとなり、基礎知識の説明、判例の繊細なニュアンスの紹介、多角的な分析、主要な争点以外の判断事項の紹介等を省略することも多くなると思われるが、ご容赦をいただきたい。

なお、より深い内容については、できるだけ論末において他稿をご紹介するので、そちらをご参照いただきたい。

▷今回の題材

都市計画法による土地の買取と長期譲渡所得の特別控除事件

最判平成22年4月13日(民集64巻3号791頁)

《概要》

都市計画法では、都市計画施設の区域内で建築物の建築をしようとする者は、原則として都道府県知事(政令指定都市においてはその長)の許可を受けなければならず(同法53条1項)、一定の要件を満たしていれば、都道府県知事は、当該許可の申請を認めなければならないが、同法55条1項の事業予定地として指定した区域での建築物の建築については、都道府県知事はこれを許可しないことができた。ただし、④③により許可されない場合、土地所有者から、土地の利用に著しい支障をきたすこととなることを理由として、土地を買い取るよう申出があると、都道府県知事は、特別の事情がない限り、当該土地を時価で買い取るものとされていた(同法56条1項)。そして、売主は、この売却の対価について、租税特別措置法の長期譲渡所得の特別控除の特例(強制収用等の場合に特別控除額の上限を100万円から5,000万円に上げることができる。以下「本件特例」という)を適用することができた。

Z市(政令指定都市)は、X所有土地を含む地域につき、都市計画決定をした。Xは、同土地の具体的な利用計画は持っていなかったものの、同土地が公園用地に指定されていて、同土地の利用・処分が困難であると聞いたため、Z市に問合せをした。すると、Z市の担当職員は、Xに対し、土地を他に譲渡するくらいだったらZ市が買い取る意向である、その対価に対する課税には本件特例が適用される、と教示した。そこで、Xは、土地をZ市に売却する意向を伝えた。

これを受けて、Z市長は、X所有の土地を事業予定地に指定した。その後、Xは、当該土地への建築物の建築許可申請をし、これに対して不許可決定がなされたので、土地の買取の申出をした。これに基づき、XとZ市長は土地の売買契約を締結した。ただし、Xの建築許可申請書に添付された建築図面は、Z市の担当職員が準備したもので、実際にその図面の建築物を建築する予定はなかった。

Xは、この売却の対価について、本件特例を適用して所得税の確定申告をしたが、Y税務署長は、本件特例の適用は認められないとして、Xに対し、更正処分を行った。そこで、Xは、当該更正処分の取消請求訴訟を提起した。

《関係図》

▷争点

都市計画法55条1項の事業予定地の指定を受けた土地を同法56条1項に基づいて都道府県知事等に売却したものの、土地所有者が具体的に建築物を建築する意思を欠いており、外形的に同項の形式を用いて売却したに過ぎない場合でも、その売却の対価について本件特例を適用することができるか。

▷判決要旨

都市計画法55条1項の事業予定地の指定を受けた土地を同法56条1項に基づいて都道府県知事等に売却したものの、土地所有者が具体的に建築物を建築する意思を欠いており、外形的に同項の形式を用いて売却したに過ぎない場合には、その売却の対価について本件特例を適用することはできない。

▷評釈

 本件の裁判には、Z市も、補助参加人として手続に加わった。
 一審は、都市計画法56条1項に基づく買取の形式による譲渡であっても、その実態は強制的な収用によるものとは同視できず、そうした場合に所有者の生活を維持することを目的として設けられた本件特例も適用できないとして、Xの請求を棄却した。
 一方、二審は、同項は、土地買取の申出を認めることにより土地利用制限に対する補償をし、併せて都道府県知事等による土地の先行取得を実現しようとするものである、本件特例は、土地所有者に税法上の特典を与えて、の立法目的を間接的に実現しようとする政策的意図に出たものであり、そうすると、具体的な建築意思までは必要でなく、建築が許可されないことを理由に買取を求める意思が明確なら足りる、形式上は同法の買取の要件を満たす、などと指摘して、本件特例の適用を認め、Xの請求を認容した。

 これに対し、最高裁は、二審の判断を再び覆し、一審同様、本件特例の適用を否定した。
 最高裁は、まず、同法53条1項の許可又は不許可は、「建築物の建築をしようとする者」からの申請に対する応答としてされるものであり、土地所有者が意図していた具体的な建築物の建築が同法55条1項により許可されない場合には、土地所有者はその土地の利用に著しい支障をきたすので、同法56条1項が土地買取の申出を認めたものであると指摘した。そして、それゆえ、同項の買取の申出をするには、土地所有者に具体的に建築物を建築する意思があったことを要する、と述べた。
 また、当該不許可により土地所有者がその土地の利用に著しい支障をきたすこととなる場合に、いわばその代償としてされる土地の買取については、土地所有者の受ける不利益は、強制的な収用等の場合と同等であるから、本件のような土地の買取の場合にも租税特別措置法33条1項の本件特例の適用が認められている、とも述べた。
 そして、これらを踏まえ、逆に、土地の所有者が、具体的に建築物を建築する意思を欠き、単に本件特例の適用を受けられるようにするため、形式的に都市計画法上の建築不許可の決定を受けることを企図して建築許可の申請をし、実際に不許可決定を受けることができ、同法56条1項の土地買取の形式を整えたとしても、租税特別措置法33条1項所定の場合に該当するとはいえず、本件特例は適用できない、として、本件でも本件特例は適用できないと判断した。

 なお、Xは、土地の買取に先立ち、Z市とY税務署長とが事前協議をし、本件の土地の買取に本件特例が適用されることを相互に確認しており、その結果もZ市からXに示されていて、Xは、本件特例の適用があるものと信頼して確定申告をしたのに、Y税務署長がその内容と相容れない更正処分をしたのは、信義則に反して違法である旨も主張していたが、この点については、高裁に差戻しとなった。
 しかし、当該差戻審は、Z市がY税務署長に対して買取事務の具体的な運用内容の全貌を開示していたとは認められず、Y税務署長が買取事務の実態を認識していたとは認められない、事前協議は事実上の制度であって、税務署の公的見解を示すものではない、Xは当初からZ市に土地を買い取ってもらうことを意図しており、具体的に建築物を建築する意思はなかったにもかかわらず、用いた手法の当否につき的確な調査検討をしたわけではなく、Xにも責めに帰すべき事由がある、などと述べて、信義則違反の主張を認めなかった。

▷判決後の動向等

本件は、同種事案につき最高裁が初めての判断を示したものであり、実務上重要な意義を有するといわれている。

「Xとしては、信義則違反により更正処分の取消を求めるよりも、Z市に対する損害賠償請求を検討する方が適切ではなかったか。ただし、その場合でも、Z市との間での過失相殺は問題となり得る。」との指摘もある。

▷より詳しく学ぶための『参考文献』

  • 最高裁判所判例解説民事篇(平成22年度 上)305頁
  • 判例タイムズ1325号71頁
  • ジュリスト1407号138頁
  • ジュリスト1416号81頁
  • ジュリスト1420号51頁
  • TAINSコード:Z260-11416

(了)

「さっと読める! 実務必須の[重要税務判例]」は毎月第2週に掲載されます。

さっと読める!

実務必須の

[重要税務判例]

【第73回】

「都市計画法による土地の買取と長期譲渡所得の特別控除事件」

~最判平成22年4月13日(民集64巻3号791頁)~

 

弁護士 菊田 雅裕

 

-本連載の趣旨-

本連載は、税務分野の重要判例の要旨を、できるだけ簡単な形でご紹介するものである。

税務争訟は、請求内容や主張立証等が細かく煩雑となりやすい類型の争訟であり、事件の正確な理解のためには、処分経過の把握や判決文の十分な読み込み等が必要となってくるが、若手税理士をはじめとする多忙な読者諸氏が、日常業務をこなしつつ判例研究の時間を確保することは、容易なことではないであろう。他方、これから税務重要判例を知識として蓄積していこうとする者にとっては、要点の把握すら困難な事件も数多い。

本連載では、解説のポイントを絞り、時には大胆な要約や言い換え等も行って、上記のような読者の方に、重要判例の概要を素早く把握していただこうと考えている。

このような企画趣旨から、本連載における解説は、自ずと必要最低限のものとなり、基礎知識の説明、判例の繊細なニュアンスの紹介、多角的な分析、主要な争点以外の判断事項の紹介等を省略することも多くなると思われるが、ご容赦をいただきたい。

なお、より深い内容については、できるだけ論末において他稿をご紹介するので、そちらをご参照いただきたい。

▷今回の題材

都市計画法による土地の買取と長期譲渡所得の特別控除事件

最判平成22年4月13日(民集64巻3号791頁)

《概要》

都市計画法では、都市計画施設の区域内で建築物の建築をしようとする者は、原則として都道府県知事(政令指定都市においてはその長)の許可を受けなければならず(同法53条1項)、一定の要件を満たしていれば、都道府県知事は、当該許可の申請を認めなければならないが、同法55条1項の事業予定地として指定した区域での建築物の建築については、都道府県知事はこれを許可しないことができた。ただし、④③により許可されない場合、土地所有者から、土地の利用に著しい支障をきたすこととなることを理由として、土地を買い取るよう申出があると、都道府県知事は、特別の事情がない限り、当該土地を時価で買い取るものとされていた(同法56条1項)。そして、売主は、この売却の対価について、租税特別措置法の長期譲渡所得の特別控除の特例(強制収用等の場合に特別控除額の上限を100万円から5,000万円に上げることができる。以下「本件特例」という)を適用することができた。

Z市(政令指定都市)は、X所有土地を含む地域につき、都市計画決定をした。Xは、同土地の具体的な利用計画は持っていなかったものの、同土地が公園用地に指定されていて、同土地の利用・処分が困難であると聞いたため、Z市に問合せをした。すると、Z市の担当職員は、Xに対し、土地を他に譲渡するくらいだったらZ市が買い取る意向である、その対価に対する課税には本件特例が適用される、と教示した。そこで、Xは、土地をZ市に売却する意向を伝えた。

これを受けて、Z市長は、X所有の土地を事業予定地に指定した。その後、Xは、当該土地への建築物の建築許可申請をし、これに対して不許可決定がなされたので、土地の買取の申出をした。これに基づき、XとZ市長は土地の売買契約を締結した。ただし、Xの建築許可申請書に添付された建築図面は、Z市の担当職員が準備したもので、実際にその図面の建築物を建築する予定はなかった。

Xは、この売却の対価について、本件特例を適用して所得税の確定申告をしたが、Y税務署長は、本件特例の適用は認められないとして、Xに対し、更正処分を行った。そこで、Xは、当該更正処分の取消請求訴訟を提起した。

《関係図》

▷争点

都市計画法55条1項の事業予定地の指定を受けた土地を同法56条1項に基づいて都道府県知事等に売却したものの、土地所有者が具体的に建築物を建築する意思を欠いており、外形的に同項の形式を用いて売却したに過ぎない場合でも、その売却の対価について本件特例を適用することができるか。

連載目次

さっと読める! 実務必須の[重要税務判例]

連載が単行本になりました!!
くわしくは[こちら

第1回~第60回

第61回~

筆者紹介

菊田 雅裕

(きくた・まさひろ)

弁護士
横浜よつば法律税務事務所

【略歴】
・平成13年 東京大学法学部卒業
・平成16年 司法試験合格
・平成18年 弁護士登録
・平成23~25年 福岡国税不服審判所 国税審判官
・平成25~26年 東京国税不服審判所 国税審判官

【著書】
さっと読める!実務必須の重要税務判例70』(清文社、2021年)

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