公開日: 2019/05/09 (掲載号:No.317)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第20話】「個人住民税の非課税措置」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第20話】

「個人住民税の非課税措置」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「子供の貧困対策として・・・未婚ひとり親を支援する・・・」
浅田調査官は、平成31年度の税制改正大綱を見ながらつぶやく。

「これって・・・どう思います?」
昼休みに新聞を読んでいる中尾統括官に尋ねる。

「・・・でもそれは・・・所得税ではなく、個人住民税の非課税措置の話だろう?」
中尾統括官は迷惑そうに答える。

「ええ・・・まぁ、そうなんですけど・・・この『未婚のひとり親』の規定が、『事実婚状態でない』ということになっているのですが・・・その判定は難しいと思うんです・・・」
そう言いながら、該当する地方税法の条文を読む。

 障害者、未成年者、寡婦、寡夫又は単身児童扶養者(これらの者の前年の合計所得金額が135万円を超える場合を除く。)

(下線:筆者)

「これが、地方税法24条の5第1項2号の規定です。」
浅田調査官は、中尾統括官に条文を見せる。

「そして・・・この『単身児童扶養者』については、地方税法23条1項12の2号で、次のように規定しています。」

十二の二 単身児童扶養者  児童扶養手当法(昭和36年法律第238号)第3条第1項に規定する児童で政令で定めるものについて同法第4条第1項に規定する児童扶養手当の支給を受けている当該児童と生計を一にする同法第3条第3項に規定する父又は母のうち、婚姻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)をしていない者又は配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の生死の明らかでない者で政令で定めるものをいう。

(下線:筆者)

「上記の下線部分を読むと、結局、事実婚であれば、単身児童扶養者に該当しないことになりますが・・・この『事実婚であるか否か』の判定については・・・実務上、難しいのではないかと・・・そういえば、内縁関係も事実婚と同じなのですか?」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。

「・・・『事実婚』という概念は、一般的には、当事者間の主体的な意思に基づく選択によって婚姻届を出さないまま共同生活を営むことをいう・・・これに対して『内縁関係』は、当事者間に婚姻意思がありながらも婚姻の届出を出すことができないような社会的事情がある場合をいうから・・・この地方税法23条1項の2は、その趣旨から、当然、内縁関係も含まれることになるだろうな。」
中尾統括官の説明は続く。

「そして、児童扶養手当法に基づいて、『児童扶養手当が支給されない場合』としては、次のケースがある・・・」
中尾統括官は、浅田調査官を見ながら、ペンを執る。

 児童が請求者の配偶者(事実上の婚姻関係にある者も含む)に養育されていること

 児童が児童福祉施設などに入所していること

 児童が里親などに委託されていること

 手当を受けようとする人、対象となる児童が日本に住んでいないこと

「このように、支給される児童扶養手当については、事実婚を排除する手法として、事実婚状態でないことを確認した上で支給されることになっている・・・そこで地方税法23条1項12の2号では、『児童扶養手当の支給を受けている当該児童』という規定を挿入することで、個人住民税の非課税から事実婚を排除している・・・」
中尾統括官の説明に、浅田調査官は頷く。

「ところで、シングルマザーって・・・日本では多いのかな・・・」
中尾統括官は頸を傾げる。

「厚生労働省の調査によると、母子世帯になった理由として、2011年に「未婚の母」(7.8%)が「死別」(7.5%)を初めて上回り、2016年にはその差がさらに広がって、「未婚の母」(8.7%)「死別」(8%)になっています・・・」
浅田調査官は右手に厚生労働省の「全国ひとり親世帯等調査結果報告」のコピーを持っている。

「しかし・・・この個人住民税の非課税措置に対しては、逆に結婚を選択しないカップルの増加を助長し、伝統的な家族観を揺るがす懸念がある・・・という批判もある。」
中尾統括官は、数日前に読んだ新聞記事を思い出す。

「ところで、未婚のひとり親にも寡婦控除を適用すべきであるという意見があるけれど、もともと寡婦控除は、結婚した後に、配偶者と死別したり離婚した者の所得税や住民税を控除するという趣旨の制度であって、未婚のひとり親をその中に入れること自体、違和感があると・・・私は思う・・・」
中尾統括官は腕を組みながら、言う。

「ただ、与党の平成31年度税制改正大綱の検討事項の4では、次のように書かれています。」
そう言うと、浅田調査官は、ゆっくりと読み上げる。

4 子供の貧困に対応するため、婚姻によらないで生まれた子を持つひとり親に対する更なる税制上の対応の要否等について、平成32年度税制改正において検討し、結論を得る。

「・・・ということで、寡婦控除と未婚のひとり親の関係の議論は来年度に持ち越されたわけですが・・・厚生労働省の統計によると、母子世帯の母親の年間就労収入は、全体の平均が200万円ですが、未婚の場合は177万円になっていることを考えると、国としても早急に対策を講じなければ深刻な問題になりますし・・・子供の貧困対策は、税金だけでは十分に対処しきれないと思います・・・」
浅田調査官は、真剣な顔で言う。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第20話】

「個人住民税の非課税措置」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「子供の貧困対策として・・・未婚ひとり親を支援する・・・」
浅田調査官は、平成31年度の税制改正大綱を見ながらつぶやく。

「これって・・・どう思います?」
昼休みに新聞を読んでいる中尾統括官に尋ねる。

「・・・でもそれは・・・所得税ではなく、個人住民税の非課税措置の話だろう?」

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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