さっと読める! 実務必須の [重要税務判例] 【第43回】 「遺産分割協議と第二次納税義務事件」 ~最判平成21年12月10日(民集63巻10号2516頁)~ 弁護士 菊田 雅裕 (了)
〔会計不正調査報告書を読む〕 【第81回】 「2018年における調査委員会設置状況」 税理士・公認不正検査士(CFE) 米澤 勝 本連載では、個別の会計不正に関する調査報告書について、その内容を検討することを主眼としてきたが、本稿では、2017年に引き続き、第三者委員会ドットコムが公開している情報をもとに、各社の適時開示情報を参照しながら、2018年において設置が公表された調査委員会について、調査の対象となった不正・不祥事を分類するとともに、調査委員会の構成、調査報告書の内容などを概観し、その特徴を検討したい。 第三者委員会ドットコムが公開しているデータを集計したところ、2018年において、調査委員会の設置を公表した会社は68社であり、2017年の41社を大きく上回った。68社のうち、本連載【第78回】から【第80回】で取り上げた株式会社スルガ銀行は3つの調査委員会を、株式会社日産自動車及びブロードメディア株式会社も各々2つの調査委員会を設置している。これらの3社については、会社数としてはそれぞれ「1社」とカウントする一方、委員会の構成については委員会ごとに、不正・不祥事の分類はその区分ごとに集計しているため、一部、合計数が合わないことをお断りしておく。 調査委員会設置を公表した68社のうち18社については、本稿執筆時点において、まだ調査報告書(その概要を含む)を公表していない。このうち6社については、調査委員会の設置そのものが12月であり、まだ調査が終わっていないと考えられる。一方、後述するように、品質偽装問題では6社が調査結果を開示しておらず、他にも刑事事件となっている問題については、調査結果を開示しないという選択が行われているようであり、こうした傾向も2018年の特徴の1つに挙げられよう。 【市場別分類】 市場別分類では、東証1部上場会社が38社と約56%を占めた(複数市場に上場している会社は東証1部に含めている)。その他に分類した2社は、名古屋証券取引所と福岡証券取引所に単独上場しているものである(上場会社数は2018年12月31日現在)。 【会計監査人別分類】 会計監査人別の分類では、いわゆる大手4大監査法人の監査を受けていた上場会社が43社、中堅以下の監査法人の監査を受けていた社が25社となり、2017年に比べて中堅以下の監査法人のクライアントの比率が増加している。 なお、中堅以下の監査法人で複数のクライアントが調査委員会を設置したのは、東陽監査法人(4社)、優成監査法人(3社)、太陽監査法人(2社)であった。 【調査委員会の構成による分類】 日本弁護士連合会が2010年に公表した「企業不祥事における第三者委員会ガイドライン」に準拠していると明言している調査委員会及び明言はしないまでもその趣旨に沿って外部の委員を選定していると認められる調査委員会は32社と、過半数を下回る水準であった。 2017年との比較では、調査委員会の構成について公表しない会社が6社(株式会社日産自動車については、2つの委員会ともに未公表であるため、2社としてカウントしている)あったことが目を引く。 【調査委員会を設置することとなった不正・不祥事の分類】 調査対象となった不祥事別にこれを分類すると次表のとおりとなる。なお、分類上、経営者や従業員の不正であっても、決算修正等、公表している決算報告書に影響を及ぼす可能性のあるものについては、「会計不正」としている。 【会計不正の態様】 次いで、「会計不正」に分類された36件について、それぞれの不正の態様を見ておきたい。 「会計不正」と分類できる内容で調査委員会を設置した36社のうち、経営者・従業員による不正行為以外のものは22社であり、その一覧は次のとおりである(赤字は本連載で取り上げた報告書)。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 不正類型としては、架空取引・計上時期の適正性などに関する売上計上をめぐるものが多く、過半数を超える15件になっている。 次に、経営者及び従業員による不正発覚に伴う調査委員会設置会社14社の一覧を掲げる。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 前代表取締役会長であるカルロス・ゴーン氏が逮捕された株式会社日産自動車が設置した調査委員会については、11月19日に、内部調査を行った結果、資金の私的な流出など「重大な不正行為」が認められたことが公表されているが、調査報告書の公表を含め、それ以外のリリースは出されていない。 【品質偽装・検査結果の偽装】 2018年の最も顕著な特徴は、前年4件でしかなかった「品質偽装・検査結果偽装」のカテゴリーで、17件もの調査委員会の設置が公表されたことであった。 品質偽装・検査結果偽装を公表した17社は以下のとおりである。 ※画像をクリックすると、別ページで拡大表示されます。 注目されるのは、発覚の経緯のほとんどが「社内調査」を契機にしたものであること、委員会の構成で最も多いのが「社内委員会」であること、である。 また、冒頭でも述べたように、調査結果を開示していない会社が6社存在している。 【スルガ銀行による不正融資問題とその余波】 シェアハウス運営会社であった株式会社スマートデイズの破綻に端を発したスルガ銀行の不正融資問題は、その後、九州旅客鉄道株式会社(JR九州)の子会社や株式会社TATERUにおける融資審査書類の改竄問題へと波及してきたが、この両社も、それぞれ11月30日と12月7日に調査結果を公表している。調査報告書を読む限り、スルガ銀行問題で見られたような建物建築代金の水増しなど、融資申込者に被害を与える可能性がある行為は存在しなかったようであるが、不動産融資の拡大により収益を上げてきた金融機関はほかにもあることが報じられており、金融庁による検査も噂されていることから、まだ予断を許さない状況が続いていると言えるかもしれない。 なお、株式会社TATERUが設置した特別調査委員会調査結果報告書については、本連載【第82回】として、寄稿を予定している。 (了)
M&Aに必要な デューデリジェンスの基本と実務 -財務・税務編- 【第17回】 「偶発債務・後発事象の分析(その2)」 公認会計士・公認不正検査士 松澤 公貴 ←(前回) | (次回)→ ▷固定資産等に関連する偶発債務(簿外債務)等 固定資産等に関連する偶発債務(簿外債務)等の検討は、デューデリジェンスにおいては関連する固定資産と一緒に分析すべきものであるが、ここでは、本連載の第4節「固定資産の分析」(【第8回】~【第10回】)で記載しなかったものを中心に概説する。 〈リース債務〉 リース取引とは、特定の物件の所有者たる貸手が、当該物件の借手に対し、合意されたリース期間にわたりこれを使用収益する権利を与え、借手は、合意されたリース料を貸手に支払う取引をいう。 (出典:ASBJホームページ「企業会計基準第13号『リース取引に関する会計基準』」から筆者作成) (注1) 「中小企業の会計に関する指針」においては、所有権移転外ファイナンスリース取引につき賃貸借処理も認められる。 (注2) 法人税法上は、全ての所有権移転外リース取引は売買として取り扱われる。 リース取引の分類と会計処理を整理すると上記のとおりとなるが、M&Aの対象会社となる中小企業の多くは、すべてオフバランス処理(賃貸借処理)されている可能性がある。よって、実態純資産の分析においては、オンバランス処理(売買処理)されているものを除き、全ての内容及び金額を把握することになる。 通常は、リース債務の見合いとしてのリース資産があるので、実態純資産の分析においては大きな影響は生じないが、リース債務の返済期間とリース資産の耐用年数が異なる場合もあるため、影響額が多額に生じる可能性もある。 〈資産除去債務〉 資産除去債務とは、有形固定資産の取得、建設、開発又は通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務及びそれに準ずるものである。つまり、将来発生すると考えられる資産の撤去や解体にかかる費用を見積り、その見積額を現在の価値に換算した金額をもって資産除去債務を計上することになる。 対象会社である多くの中小企業は、除去が確定債務となった際に費用処理を行うのみで資産除去債務が計上されていないと考えられる。そのため、実態純資産の分析においては、当該金額を見積って計上する必要がある。 〈環境債務〉 対象会社によっては、工場等の環境リスクから生じる債務を考慮しなければならない場合がある。限られたデューデリジェンスの期間では、主に買収後の①環境リスクの有無を確認すること、②環境リスクがある場合は、当該対策費用等を金額として見積ること、に主眼が置かれる。 通常は、環境デューデリジェンスの専門家に調査を依頼することが多いが、主な調査項目は下記のとおりである。 〈付保状況〉 対象会社の重要な資産に対して、損害保険等の加入状況を検討し、当該資産が万が一の災害等に備えて保全されているかを検討する必要がある。資産の損害への対策としては、基本は火災保険契約で対応することになる。また、事業中断の損害に対しては利益保険で対応することになる。 実態純資産の分析において重要なのは、付保している保険契約の内容がどのような災害等をどこまで補償することになっているかである。 〈将来必要となる修繕〉 現在の当該設備の利用によって、次回の修繕や特別修繕が必要となり、その際には費用が発生する可能性が高く、その金額を過去の経験等に基づいて合理的に見積ることができる場合がある。 実態純資産の分析においては、定期点検が法律に基づくものであるかどうか、あるいは、大型設備に係る定期的な修繕に該当するかどうかに関わらず、内容及び影響額を検討する必要がある。 〈保証債務及び保証類似行為等〉 債務保証とは、主たる債務者が債務を履行しない場合において、保証人が当該債務を履行する責任を負うことを契約することによって債権者の債権を担保するものである(日本公認会計士協会「監査・保証実務委員会実務指針第61号 債務保証及び保証類似行為の会計処理及び表示に関する監査上の取扱い」)。 同指針によると、通常、注記や引当金の計上の対象となる債務保証には、通常の債務保証のほか、下記の保証類似行為が含まれる。 対象会社である多くの中小企業は、保証債務及び保証類似行為等が確定債務となった際に費用処理を行うのみで必要な引当金の計上や注記がなされていないと考えられる。 実態純資産の分析においては、必要に応じて法務デューデリジェンスチームと連携し、当該契約の有無、内容の把握、保証債務及び保証類似行為等の履行に伴う損失の金額を見積って計上する必要がある。 (続く)
〈桃太郎で理解する〉 収益認識に関する会計基準 【第5回】 「イヌ・サル・キジは、どの時点で収益を認識すればよいか」 公認会計士 石王丸 周夫 1 きびだんごをもらったら即売上、ではない イヌ・サル・キジの最終目標は、桃太郎からきびだんごをひとつずつもらうことでした。それが取引の最初の段階で達成できてしまうのが『桃太郎』のお話です。 まず、販売取引の一般的なプロセスを確認しておきましょう。 これが『桃太郎』のお話では、次のような順序に入れ替わります。 イヌ・サル・キジの最終目標は、「⑤ 買い手:支払」の段階で達成されます。一般的な販売取引のプロセスでは、これが一連のプロセスの最終段階になります。 しかし、『桃太郎』では上記のとおり、⑤は一連のプロセスの中ほどです。時間的には、桃太郎と出会ってすぐの時です。取引の冒頭で目的が達成されると言ってもよいでしょう。 では、この段階で売上計上となるのでしょうか? ・・・というと、さすがにそれには無理があります。 イヌ・サル・キジは、代金(きびだんご)を先にもらって、サービス(鬼退治)はその後に提供していきます。代金をもらったからといって、まだ何もしていない状態で売上計上するのは早すぎるだろうというのが、常識的な判断ではないでしょうか。 このような場合、イヌ・サル・キジは、いったいどのタイミングで、サービス売上を計上すればよいのでしょうか? 2 ポイントは『履行義務の充足』 正解は、売り手であるイヌ・サル・キジが、履行義務をきちんと果たした時点です。 売り手が履行義務をきちんと果たした状態のことを、専門的な言いまわしでは、『履行義務の充足』と言います。 この「履行義務の充足」という表現は、収益認識会計のキーワードですから、しっかり理解しておく必要があります。 モノの販売取引であれば、そのモノが実質的にお客さんの手中に入った時が、「履行義務の充足」時点です。手中というのは、物理的に手の中に入ったというよりも、「掌握」したという意味合いです。 サービスの販売取引でも同じです。サービスは販売と同時に消費される性質であることから、サービスが提供されれば、お客さんはそのサービスの恩恵を「享受」したことになります。売り手はその時点で売上計上します。 モノとサービスが一体となっている履行義務でも同様です。その一体となったモノとサービスを、お客さんが「掌握」「享受」した時点で売上を計上します。 イヌ・サル・キジが、きびだんごをもらった時点で売上計上できない理由は、以上の理解から説明がつきますね。 つまり、お客さんである桃太郎が、イヌ・サル・キジの提供するサービスを享受できていないので、イヌ・サル・キジは、その時点では売上計上できないのです。 ではここで、きびだんごをもらった時点におけるイヌの貸借対照表を確認しておきましょう。 借方にきびだんご、貸方に前受金が計上されていますね。これを【第2回】で示した契約時点のイヌの貸借対照表(以下に再掲します)と見比べてみてください。 借方のきびだんごは、契約時点では「きびだんご受取権」でした。そのあとすぐ、きびだんごを受け取ったため、「きびだんご」に置き換わっています。貸方の前受金は、イヌが負っていた「鬼退治同行義務」が顕在化したものです。 この前受金が、いずれ売上に振り替わります。では、いつ売上に振り替わるのかというと、上に述べたとおり、『履行義務の充足』時点です。それが、冒頭に示した取引の流れにおける①~⑤のどこなのかというと・・・実は、そう簡単には答えられません。 なぜなら「履行義務の充足」には、次の2つのパターンがあるからです。 ◆[パターン①]:一定の期間にわたり充足される履行義務 ◆[パターン②]:一時点で充足される履行義務 [パターン①]は、桃太郎が一定の期間にわたって徐々にサービスを享受していくイメージです。 一方、[パターン②]は、桃太郎がある時点で一気にサービスを享受するイメージです。 収益を認識するには、対象となる履行義務が、上記2つのパターンのいずれに該当するのかを見極めなければなりません。 イヌ・サル・キジの履行義務は、[パターン①]と[パターン②]のいずれでしょうか。次回はその話をしていきます。 ▷今回のまとめ 取引の対象であるモノやサービスを、買い手が掌握・享受した時点で、収益を計上します。 (了)
税務争訟に必要な 法曹マインドと裁判の常識 【第2回】 「税務争訟に至る各段階での課税庁のスタンスの変容」 弁護士 下尾 裕 1 平時における課税庁のスタンス 【第1回】において、税理士は経済的実質を、法曹は法律的実質を重視しているのではないかという問題提起を行った。では、肝心の課税庁はどのようなスタンスなのであろうか。 課税庁は、租税法律主義(憲法第84条)に基づき、あくまで「租税法」という法律を前提に課税処分等を行うことから、究極においては法律的実質に基づき実務運用を行うことにはなるものの、現実には法律的実質一辺倒というよりはむしろ経済的実質、さらにいえば納税者の実情を重視した処理を行っている例も多くみられるところである。 その理由は案件及び場面によっても異なるものの、大別すると、以下のような理由が挙げられるように思われる。 ① 課税庁の職員(特に税務調査に従事する職員)も日常的に仕訳を通じて物事を理解することから、税理士と同様に経済的実質に着目した判断を行う傾向がある。 ② 一般に租税回避と言われるものは、形式的には租税法に適合する事実関係を作り上げることにより課税を免れており、法律的実質と経済的実質のギャップを利用するものも多く見られる。よって、課税庁がこうしたギャップを利用する租税回避を追いかけようとすると、必然的に「本来課税されるべき状態」=経済的実質に着目することになる。 ③ 課税庁も、法律を形式的に適用すると納税者にとって酷であったり、落ち着きの悪い結論が出る場面があることは承知しており、事前にこうしたケースが想定される場合には通達又は実務運用により、一定の配慮を行う場合がある。 このうち③の理由の一例としては、「たまたま土地の譲渡があった場合の課税売上割合に準ずる割合の承認」(いわゆる「たま土地」)が挙げられる。 読者の皆様もご存知かと思われるが、「たま土地」とは、本来、土地の譲渡は非課税取引であり、その譲渡対価は消費税法第30条第6項《課税売上割合》に規定する課税売上割合の算定に含まれるはずのところ、かかる規定をそのまま適用すると、日常的に土地を譲渡しない事業者等においては、その事業実態と比較して課税売上割合が大きく低下し、結果として仕入税額控除の金額が大きく下落してしまうことから、一定の要件を充足し、申請書を提出することを条件に、土地の譲渡を無視して仕入税額控除の計算を行うことを認めるものである。 この「たま土地」は、理論的には、上記のような特例的計算を消費税法第30条第3項の「課税売上割合に準ずる割合」として認めるものと整理されている。しかしながら、この運用自体は、法令及び通達に明文の根拠を持つものではなく、また、消費税法基本通達11-5-7を読む限り、当然に、消費税法第30条第3項第1号における「事業者の営む事業の種類又は当該事業に係る販売費、一般管理費その他の費用の種類に応じ」て算出されるものとも言えない。 また、他の一例としては、「他の者」から支払を受ける損害賠償金につき、「その支払を受けるべきことが確定した日」(≒損害発生時)でなく、実際に支払を受けた日の属する事業年度において益金計上することを認める法人税基本通達2-1-43が挙げられる。 これらのケースでは、課税庁は、納税者の実態(特に経済的実質)を考慮して、租税法律主義に基づく法律適用の原則論(法律的実質)を一歩後退させているという説明が可能であるように思われる。 2 税務調査から税務争訟における課税庁のスタンスの変容 納税者の税務調査対応においては、課税当局からの指摘事項に対し取引実態を説明して、税務実務の原則的ルールを適用するのが酷なケースであることを理解してもらおうという戦略を執る場合があり、現にこうした戦略が功を奏している場合もある。 分かりやすい例として、先ほど紹介した「たま土地」の質疑応答事例や法人税基本通達が存在しない状況において、納税者側がこれらの通達又は実務運用に沿った処理を主張するケースをイメージしていただきたい。このケースは、課税庁が法律的実質からみた原則論を主張するのに対し、納税者側は、上述した①や③の理由を念頭に、課税庁が納税者の実情を踏まえ、課税を抑制することを期待するという構造になる。 しかしながら、こうした戦略は、一般に、税務調査段階では比較的有効である一方、税務争訟が進むほど、その有効性は減殺されていく傾向にあると思われる。 (1) 税務争訟の手続 まず、前提として、税務調査終了後の税務争訟の流れを確認しておきたい。 平成26年6月の国税通則法の改正により、本稿執筆現在では、課税処分に不満がある納税者は、一般に、課税庁に対する再調査請求(従前の異議申立て)又は国税不服審判所に対する審査請求を選択することが可能であり、国税不服審判所に対する裁決を経る又は審査請求の提起から3ヶ月を経過すれば、納税者は裁判所に税務訴訟(課税処分取消訴訟等)を提起することができるという流れになっている。 【税務争訟の流れ】 (※) 国税不服審判所「審判所ってどんなところ? 国税不服審判所の扱う審査請求のあらまし」(平成30年8月)P5の図より筆者一部変更 (2) 税務調査から税務争訟までの課税庁のスタンスの変容 では、なぜ取引実態(経済的実質等)を説明して原則的運用による課税を回避する戦略は、税務調査以降、税務争訟を経るに従い、その有用性を失う傾向にあるのであろうか。 ここでまず着目したいのは、税務調査から税務訴訟に至るまでのプレイヤーである。以下の表からも明らかなとおり、税務調査及び再調査請求において、そのプレイヤーは経済的実質に比較的理解のある税理士又は課税庁職員であるが、これが審査請求、さらには税務訴訟になるに従って、法曹の関与が大きくなっていく。これはすなわち、税務調査から税務争訟の段階を経るにつれて、法律的実質に従った判断がなされる傾向が強くなっていくことを意味する。 【手続毎のプレイヤー】 (※) 下線部が法曹。なお、国税審判官の外部登用者としては税理士等も採用される。 また、別の要素として、課税庁としても、審査請求又は税務訴訟においてはその結果が公表される可能性があることから、「負けられない戦い」となり、納税者の個別事情等は捨象される傾向にあるということも言えるかもしれない。 特に税務訴訟の中心を占める課税処分等取消訴訟は行政訴訟であり、現行では裁判上の和解ができないことから、課税庁としては、再調査請求までの間は比較的柔軟に判断をする余地がある一方、一旦税務訴訟を見据えてしまうと、最終段階である法律的実質を重視した戦いにシフトする傾向があることは否定できない。 冒頭で述べた「たま土地」や法人税基本通達が存在しないケースにおいて、仮に納税者が税務訴訟を提起することを宣言して、当初から審査請求を選択した場合、課税庁としては司法判断を経ることなく通達又は実務運用のない処理を受容することには抵抗があるであろうし、一度税務争訟を争うと判断すれば、法律を適用した場合の原則論に沿った(≒法律的実質を重視した)戦いを徹底する可能性がある。また、特に法曹である判断権者においても、納税者有利の判断とはいえ、租税法律主義の名の下に、法律の明文のない判断を正当化するのは相当悩ましい状況になるであろう。 以上を踏まえ、納税者が税務争訟を選択するに際しては、税務調査から税務争訟が進むに従って課税庁(さらには判断権者)のスタンスが変容する可能性があることを十分に考慮して、その是非を判断する必要がある。 (了)
〔“もしも”のために知っておく〕 中小企業の情報管理と法的責任 【第10回】 「個人情報が漏えいしてしまった場合の対応」 弁護士 影島 広泰 -Question- 自社で管理していた顧客の個人情報が漏えいしてしまいました。漏えいを発見した後、まず、どのような対応が求められますか。 -Answer- まずは漏えいが発生した機器の電源を切るなどして被害の拡大を防止する必要があります。その後、原因究明等を行います。また、本人への連絡、事案等の公表、個人情報保護委員会等への報告等も検討する必要があります。 個人データが漏えいした場合には、個人情報保護委員会の「個人データの漏えい等の事案が発生した場合等の対応について」(平成29年個人情報保護委員会告示第1号)(以下「告示」という)に従って対応する必要がある。 この告示は、【第2回】で解説した「組織的安全管理措置」の「(4)漏えい等の事案に対応する体制の整備」を具体化したものである。今回は、この告示に従って、情報漏えい時の対応を解説する。 1 個人データの漏えい等が発生した場合に講ずべき措置 個人データが漏えい、滅失又は毀損(以下「漏えい等」という)した場合、又はそのおそれがある場合には、告示によれば、(a)事業者として講ずべき措置と、(b)個人情報保護委員会への報告の対応が求められる(「おそれ」がある場合も対象となっている点に留意が必要である)。 まず、(a)について、告示は、以下のとおり6つの措置を講ずることが望ましいとしている。 (1)は初動で行うべきことを定めている。 このうち、「事業者内部における報告」は実務的にも極めて重要なものであり、事前に社内体制を整えておく必要がある。例えば、以下のようなルールを社内で定めておくことが考えられる。 また、「被害の拡大防止」も、初動として真っ先に行うべき重要な対応である。情報漏えい等のインシデントが発生した場合、まず行うべきは、漏えいが発生した機器のネットワークケーブルを抜線し電源を切る、サービスを停止する、データを削除するなど、漏えい等が発覚した時点よりも被害が拡大しない措置をとることなのである。 その上で、(2)から(4)に定めるとおり、事実関係の調査及び原因の究明、影響範囲の特定、並びに再発防止策の検討及び実施を行うことになる。これらは、技術的な知見が必要であるため、必要に応じて外部のコンサルタント等に依頼することになる。 これらの措置の詳細については、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」の「付録C インシデント発生時に組織内で整理しておくべき事項(Excel形式)」に分かりやすくまとめられている。万が一情報漏えいが発生してしまった場合、これをチェックリストのように利用して、対応に漏れがないかを確認するとよい。 法務的な視点で重要なのは(5)と(6)であり、筆者が情報漏えいに関する相談を受ける際に必ず問題となるポイントである。 まず、(5)本人に連絡をする必要があるのかが問題となる。法的には、これらの措置は「望ましい」とされているものであるから、これを講じなかったからといって直ちに個人情報保護法における安全管理措置義務違反を問われるものでない。また、「漏えい等事案の内容等に応じて」とされているから、実際に本人に連絡するかどうかは、まさに「事案の内容等に応じて」考えることになる。 次に、(6)事実関係及び再発防止策等を公表するかどうかも問題となる。これも「望ましい」とされているに過ぎない。 以上から、(5)本人への連絡及び(6)公表を行うかどうかは、事案に応じて事業者が自ら判断することになるのであるが、その際には、これらの措置を講じる趣旨が「二次被害の防止」と「類似事案の発生防止」等にあることを念頭に置いて判断することになる。 一般的には、「二次被害の防止」の観点からは、本人への連絡が取れているのであれば二次被害は防止できることから、公表は必要ないという判断に傾くことなるであろう(逆に言えば、漏えい件数が膨大であり本人全員に連絡することができないようなケースでは、「本人が容易に知りうる状態に置く」ことにより、二次被害を防止する必要性が高くなるであろう)。「類似事案の発生防止」は、本人への連絡よりは公表により達成すべきことであろうから、その漏えい事案を公表することが類似事案の発生を防止する効果があるかどうかという観点から判断すればよいと考えられる。 2 個人情報保護委員会等への報告 告示は、報告について、概要以下のとおり定めている。 個人情報保護委員会等への報告は努力義務である。ただし、金融機関における各種業法など、各種の業法等において別途報告が義務づけられていることがあるため注意が必要である。また、個人情報保護法においても、報告を法定義務にする方向で改正が検討されているから、今後の動向には留意しておきたい。 報告様式は、個人情報保護委員会のウェブサイトの「漏えい等の対応(個人情報)」のページで公開されている。 報告先は、原則として個人情報保護委員会であるが、認定個人情報保護団体の対象事業者である場合には当該認定個人情報保護団体に、個人情報保護委員会の権限が事業所管大臣に委任されている分野においては当該事業所管大臣にそれぞれ報告することになる。事業所管大臣への委任は、個人情報保護委員会のウェブサイトの「権限の委任」のページに一覧表がある。この一覧表に記載がある事業において個人データが漏えい等した場合には、事業所管大臣に報告することになる。 もっとも、①実質的に個人データ又は加工方法等情報が外部に漏えいしていないと判断される場合、又は②FAX若しくはメールの誤送信、又は荷物の誤配等のうち軽微なものの場合には、報告を要しないとされている(報告の軽微基準)。告示によれば、それぞれの具体例は以下のとおりである。 ① 実質的に個人データ又は加工方法等情報が外部に漏えいしていないと判断される場合 ② FAX 若しくはメールの誤送信、又は荷物の誤配等のうち軽微なものの場合 例えば、従業員が電話帳に氏名と電話番号が保存されたスマートフォンを居酒屋に忘れてきた場合で、起動時のパスワードが設定されており、第三者に閲覧される前にすぐに回収できたようなケース(①の具体例の2つ目)や、メールを誤送信したものの、本文には個人データは含まれておらず、宛先のメールアドレスだけが誤った宛先に送信されてしまった(=宛先としてのメールアドレスだけが漏えいした)ケース(②)などは、軽微基準に該当し、委員会への報告を要しない可能性が高い。 なお、上記のとおり報告を法的義務にする方向で改正が検討されていることや、個人情報保護委員会の「平成29年度 年次報告」によれば3,338件もの報告が行われている実績を考えると、報告については、努力義務であるとはいえ、積極的に考えた方がよいといえるであろう。 (了)
《速報解説》 有料老人ホームの入居中に自宅を相続した場合の小規模宅地等特例の適用に関し東京国税局より文書回答事例が公表される ~入居直前に居住の用に供していれば所有の有無は問わず~ Profession Journal編集部 東京国税局は平成30年12月7日付け(ホームページ公表は平成31年1月7日)で、有料老人ホーム入居中に自宅を相続した場合の小規模宅地等特例の適用に関する文書回答事例を公表した。 事例で照会された内容は、平成29年4月に老人福祉法第29条第1項規定の有料老人ホームに入居した甲が、同年6月に別の有料法人ホームに入居していた配偶者乙から、入居前まで甲乙共に居住していた自宅(家屋及び宅地等)を相続し、その後、甲がこの家屋に戻ることなく平成30年2月に死亡して甲の長男丙がこの家屋及び宅地等を相続により取得した場合に、特定居住用宅地等として小規模宅地等特例(措法69の4)の適用を受けられるかというもの。なお、本件の家屋は甲が有料老人ホームに入居した後は空き家となっており、甲は死亡する前に介護保険法第19条第1項の要介護認定を受けている。 【相続関係図】 【時系列】 特定居住用宅地等に係る小規模宅地等特例の適用を受けるためには、その宅地等が相続開始の直前まで被相続人の居住の用に供されている必要がある。ただし、被相続人が要介護認定又は要支援認定等を受け有料老人ホームに入居していた場合には、その入居の直前まで居住の用に供されていた宅地等は、特例の適用を受けることができる(措令40の2②)。 上記「有料老人ホーム入居の直前まで居住の用に供されていた」かという要件に関し、本事例の場合、被相続人甲が入居の直前においてその宅地等の所有者であれば特例の対象となることは明らかであるものの、甲は有料老人ホームの入居中に配偶者乙からこの宅地等を相続により取得しており、さらに取得後は居住の用に供しないまま(つまり入居した有料老人ホームから自宅へ戻らないまま)死亡したことから、適用要件を充たすのかという疑問が生じる。 この点、照会者からは、上記の居住要件は被相続人が有料老人ホーム等に入居して居住の用に供されなくなった直前の利用状況により判定することとされているが、その時において被相続人が宅地等を所有していたか否かについては、法令上特段の規定は設けられていないことから、本事例の宅地等は、被相続人甲が有料老人ホームに入居する直前において居住の用に供していたものであるため、その時において所有していなかったとしても、特例の対象となる宅地等に該当するとの見解を示し、当局もその見解で差し支えないとの回答を行っている。 (了)
《速報解説》 名古屋国税局、「合併に際し、被合併法人の従業者との雇用契約を終了させ、当該合併後に合併法人において当該従業者を新たに雇用する場合の従業者引継要件の判定」について文書回答事例を公表 税理士 長谷川 太郎 名古屋国税局は、平成30年11月15日付(ホームページ公表は平成30年12月25日)で、「合併に際し、被合併法人の従業者との雇用契約を終了させ、当該合併後に合併法人において当該従業者を新たに雇用する場合の従業者引継要件の判定」の事前照会に対し、文書回答を公表した。 本稿では以下のとおり、その内容について解説する。 事前照会の前提及び照会内容 〇事前照会の前提 〇事前照会の照会内容 グループ外の法人間における適格合併(共同事業を行うための適格合併)の要件の1つである「従業者引継要件」について、上記前提の場合において要件を充足するという理解で問題ないかどうか。 事前照会の結論及び見解 吸収合併が行われた場合、その合併により消滅する法人(被合併法人)の権利義務の全部は合併後存続する法人(合併法人)に承継され、当該合併に際し特段の合意がない限り、被合併法人の従業者の地位も合併法人に承継されることになる。 一方で、このような雇用契約の承継による方法ではなく、合併の日の前日に被合併法人の従業者全員が退職し、合併の日に被合併法人の従業者であった者のおおむね80%以上に相当する者が合併法人と新たな雇用契約を締結し、同日から合併法人の従業者として合併法人の業務に従事した場合においても、従業者引継要件を充足することができるという理解でよいかどうかを確認することが照会の目的であり、結論として従業者引継要件は充足できるものとして差し支えないとされている。 グループ外の法人間における適格合併の要件である共同事業要件の1つである従業者引継要件については、条文上 と規定されており、雇用契約の承継という形式に限定するようなことまでは要件として規定されていない。また、従業者引継要件は単なる資産の移転ではなく、「事業単位の移転であること」を担保するための要件の1つとして設けられていると考えられるが、合併直前である合併の日の前日に被合併法人を退職し、合併の日に合併法人に雇用されるという形式だとしても、被合併法人の従業者の大部分が合併の日において合併法人において従事している限り、「事業単位の移転であること」が否定されるものではないと考えられる。 よって、このような形式であっても従業者引継要件は充足されるものとして問題ないと判断されたものと考えられる。 (了)
2019年1月10日(木)AM10:30、 プロフェッションジャーナル No.301を公開! プロフェッションジャーナルのリーフレットは 全国のTAC校舎で配布しています! -「イケプロが実践するPJの活用術」「第一線で活躍するプロフェッションからPJに寄せられた声」を掲載!- - ご 案 内 - プロフェッションジャーナルの解説記事は毎週木曜日(AM10:30)に公開し、《速報解説》は随時公開します。
monthly TAX views -No.72- 「デジタル課税は今年が正念場」 東京財団政策研究所研究主幹 中央大学法科大学院特任教授 森信 茂樹 GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)が昨年暮れの流行語大賞にノミネートされるなど、デジタル経済の発達の下で、プラットフォーマーの影響・プレゼンスが限りなく大きくなっている。 彼らは、巨額の収益をあげながら、タックスヘイブンや低税率国に留保させる行動が国際的租税回避として、税収不足に悩む先進諸国・新興国から大きな非難を浴びてきた。 また欧州をはじめとして、彼らと伝統的企業の税負担の格差が、競争条件の公平性を害していることが大きな問題となっている。欧州委員会の調べでは、デジタルビジネス企業の税負担率は9.5%で、伝統的ビジネスモデル(23.2%)の半分以下である。 背景には、GAFAに代表されるIT企業が、国境を越え、PEを置くことなくビジネスの展開ができることや、彼らの収益の根源が無形資産・ビジネスモデルなので、容易にタックスヘイブンや低税率国の関連会社に所有権を移すことによって税逃れができるという「デジタル経済の新たな現実」がある。 * * * このような苦境に立たされた欧州諸国が考えだした(発明した)のが、GAFAモデルでは、サービスの提供を受けている「消費者」も、彼らの価値創造に参加しているのではないか、そうであるならば、応分の税の負担を「消費者」の居住する国が求めてもよいのではないか、という論理である。 しかし「消費者」の居住する国に安易に課税権を認めると、通常の国際ビジネスにおいて大変な障害が生じてしまう。先進諸国が通常の貿易を通じて(PEなく)新興国にモノを輸出するだけで、新興国の事業所得だ、ということになり、課税されてしまいかねない。 そこで考え出されたのが、「消費者(コンシューマー)」に代えて「利用者(ユーザー)」という概念である。 グーグルは、無料検索サービスで顧客基盤を獲得し、検索行為を分析してターゲティング広告に活用したり、ビッグデータを販売したりプラットフォームを提供したりすることで収益を上げている。 フェイスブックは、SNSという場で、ユーザー自らが自己情報を提供し、それがフェイスブックの広告販売などにつながっている。 つまり、GAFAモデルにおいてサービスを享受する者は、単なる「消費者」ではなく、自ら広告収入等基幹所得の重要な要素となっている個人データを提供することでビジネスモデルに組み込まれ、価値創造に参加・貢献している「ユーザー」と捉えるのである(ユーザー・パーティシペーション)。 こうすれば、「ユーザー」の居住する場所でも一定の事業活動が行われており、「ユーザー」居住国にも課税権があるといえる(正当化される)とともに、他方で、単純な貿易売買において「消費者」が居住することのみをもって、居住国から課税されるという事態も回避できる。 具体的には、国際課税の原則であるPEの概念をデジタル時代にふさわしく、「ユーザー」に着目したものに変えていくということである。 * * * 問題は、この論理で、GAFAや米国政府を納得させ、その利益の一部を納税させることができるであろうか、という点である。どこまで説得力のある理論なのだろうか。そもそも「ユーザー」の貢献度など数値化できるのだろうか。 この問題は、G20の後援の下で、OECD・BEPSプロジェクトとして2012年から3年間議論してきたが結論が出ず、ポストBEPSとして未だ議論が続いている。合意に待ちきれない欧州諸国は、デジタル取引の売上(グロス)に課税するという、独自のデジタル課税の導入に踏み切る。これを放置すると、国際課税協力にひびが入るだけでなく、IT企業の新たなビジネスの芽を摘みかねない。 BEPSの報告書の期限は2020年となっており、本年G20の議長を務めるわが国の知恵と政治手腕が問われている。6月上旬、福岡で開催されるG20蔵相会議が正念場だ。 (了)