包括的租税回避防止規定の 理論と解釈 【第9回】 「創設規定と確認規定③」 公認会計士 佐藤 信祐 前回では、大阪高裁昭和39年9月24日判決の解説を行った。本稿では、最高裁昭和45年7月16日判決の解説を行うこととする。 本判決は、株主優待金の損金性について争われた事件であるが、むしろ東京地裁判決で傍論ではあるものの、同族会社等の行為計算の否認の適用対象として非同族会社も含まれるものとしている点が重要であり、同規定を確認規定であると考えている意味で興味深い判決であると言える。 (4) 最高裁昭和45年7月16日判決(TAINSコード:Z060-2590) ① 第一審(東京地裁昭和40年12月15日判決・TAINSコード:Z041-1442) 第一審では、昭和30年10月1日から昭和31年9月30日までの事業年度分法人税の審査決定の取消しを求める訴えは、出訴期間を徒過した不適法な訴えであるとして却下されたものの、昭和31年10月1日開始事業年度以降の部分については、以下の理由により、原告の主張を認めた。 ② 控訴審(東京高裁昭和43年8月9日判決・TAINSコード:Z053-1936) 控訴審は、第一審判決をほぼ踏襲していることから、本稿では解説を省略する。 ③ 上告審 ④ 評釈 本事件は、株主優待金の損金性について争われた事件であるが、株主としての地位に基づいて行われたのであれば、法人税基本通達1-5-4において、「法第22条第5項《資本等取引の意義》の規定により資本等取引に該当する利益又は剰余金の分配には、法人が剰余金又は利益の処分により配当又は分配をしたものだけでなく、株主等に対しその出資者たる地位に基づいて供与した一切の経済的利益を含むものとする。」と規定されていることから、損金の額に算入できないことになる。 しかしながら、現在の税実務では、支払配当ではなく、交際費として取り扱うことの方が多いように見受けられる(ex.平成25年10月1日非公開裁決事例・TAINSコード:F0-2-528)。 本事件でむしろ問題とすべきは、東京地裁判決において、非同族会社であっても同族会社等の行為計算の否認を適用することができるとしている点である。この点については、いずれの判決にも直接的に繋がっていないだけでなく、現行法上は、前述のように、同族会社等の行為計算の否認を適用せずに否認をしていることから、傍論ともいうべき箇所ではあるが、このような判断が当時の東京地裁でなされていたということは注目に値する。 さらに、「経済人の行為として不合理、不自然なものと認められるかどうかを基準としてこれを判定すべき」としていることから、経済合理性基準に近い判断がなされていることが分かる。また、東京地裁判決を細かく見ていくと、租税回避目的で行われた場合だけでなく、「直接法人税の回避軽減を目的としないときでも、経済的合理性をまったく無視したような異常、不自然な行為計算をとることにより(たとえば、債権者を詐害する目的で、会社資産を不当に低い価格で会社役員に譲渡した場合)、不当に法人税を回避軽減したこととなる場合には」としていることから、租税回避目的の立証は不要であるとの判断がなされていることが分かる。 同族会社等の行為計算の否認の適用対象を同族会社等に限るべきであるとするのが現在の通説であるとしても、その適用される場面としては、非同族対比説と経済合理性基準説の2つが挙げられるが、経済合理性基準説を適用する根拠としては、非同族会社に対しても同族会社等の行為計算の否認が適用されるとする説とは当然に異なるものである。 東京地裁判決は、非同族会社に対しても同族会社等の行為計算の否認が適用されると考えているようであるから、そのための基準として、非同族対比説はあり得ず、経済合理性基準説を採用したことは極めて自然な理論構成であったと言える。 次回は、広島高裁昭和43年3月27日判決について解説を行う予定である。 (了)
改正電子帳簿保存法と企業実務 【第12回】 (最終回) 「これからの「帳簿書類の電子化」の検討方法」 税理士 袖山 喜久造 電子帳簿保存法とは、紙で保存すべき帳簿書類に代えて電磁的記録による保存を可能とする帳簿書類の保存方法の特例であるとともに、電子取引を行った場合の、当該電磁的記録の保存義務を規定している法律である。 これまで11回にわたり、電子帳簿保存法で規定されている帳簿書類等の保存方法等について解説してきた。最終回は、税法で保存義務のある帳簿書類を電子化するための検討方法について解説する。 1 申請する帳簿書類の特定 電子帳簿保存法4条1項から3項のいずれかの申請をする場合、どの帳簿を電子化するのか、また、どの書類を電子化するのかを明確にしなければならない。 先の回でも述べたが、各税法で備付け及び保存が義務付けられている帳簿又は書類は紙で作成されることが前提である。したがって、保存されている紙の帳簿書類のうち、「どの部分を電磁的記録で保存するか」を申請するのである。 電子帳簿保存法は帳簿書類の保存方法の特例である。この特例を受けるためには、「本来税法で備付け、保存が義務づけされている帳簿や書類の保存がきちんとできていること」が前提である。その上で、電子帳簿保存法の要件に則したシステムにおいて作成された帳簿や書類に係る電磁的記録や、決められた手順に基づいたスキャニングにより電子化された書類の電磁的記録を保存する、という承認申請を行うのである。 電子帳簿保存法4条1項では、「保存義務者は、国税関係帳簿の全部又は一部について、自己が一貫して電子計算機を使用する場合であって、」とされている。国税関係帳簿の電子化を検討するのであれば、仕訳帳、総勘定元帳、その他の帳簿のうち、電子化する帳簿はどのシステムで作成されたどのデータなのかを特定する。すべての帳簿データの保存を申請する場合には、会計システムに連携される仕訳データが作成される上位システムすべてを把握し、申請書に記載する必要がある。 電子帳簿保存法4条2項においても同様に「自己が一貫して電子計算機を使用して作成する場合であって、」とされている。国税関係書類の電子化を検討する場合も、どこのシステムで作成されたどの業務におけるどの書類を電子化するのかについて、明確にする必要がある。 電子帳簿保存法4条3項は、1項及び2項とは異なり、国税関係書類のスキャナ保存に関する規定である。スキャナ保存制度では、紙の書類を電子化するのであって、条文では、 とされている。すなわち承認を受けた当該書類については紙であった原本が、電磁的記録に代わるのである。 このため、どの業務で受領若しくは作成されたどの書類をスキャナ保存するかについて特定し、承認を受けた当該書類については、法令に基づいたスキャニングを行ったうえで保存する。一旦承認を受けた承認済国税関係書類は、原本が電磁的記録となるため、すべてを電子化しなければならない。 2 入力環境の整備 税務署に提出された電子帳簿保存法の承認申請書は、所轄税務署又は所轄国税局調査部の担当部門等において書面審査される。審査にあたって重要になるのが「どのようなルールに基づいて帳簿書類に係る電磁的記録が作成されて保存されるか」という社内環境である。 電子帳簿保存法施行規則で定められた入力方法、保存方法等の要件の大部分は、使用するシステムで対応すべきものである。審査にあたっては、当該システムが法令要件を満たすかどうかを審査するのは当然であるが、当該システムを使用するにあたって、国税関係書類に係るスキャンデータがどのような手順で入力や保存がされるのか、どのような環境で承認されるのか等について審査することに重点が置かれる。 したがって、入力の最初の記録段階からの入力手順等が示された業務フローや入力処理規程等の規程類を整備し、内部統制がとれた環境で電磁的記録が作成され保存されることが必要である。 国税関係書類のスキャナ保存に関しては、平成27年度税制改正において規制緩和され、電子帳簿保存法施行規則が改正された。その際に新たに加わった要件のうち、重要なのが「適正事務処理要件」を定めた規則3条5項4号である。改正前には申請書の審査項目であった内部統制がとれているかということが、当該条項が追加されて法令要件となったのである。 3 電子化導入の理由 帳簿書類の電子化を検討する理由は企業それぞれ異なると思うが、これら帳簿書類の電子化によるメリットは多い。しかし、電子化に当たっては一定程度のシステム投資や業務改善の検討等の作業が必要であり、導入決定までは様々なハードルがある。このため、導入によるメリットを明確にして、電子化が必要な理由を具体的に説明できることが望まれる。 帳簿書類のデータ保存であれば、紙の帳簿書類のアウトプットにあたっての経費、保管場所等の費用などの削減効果があるほか、帳簿データの訂正削除履歴の保存など内部統制の強化というメリットも考えられる。 国税関係書類のスキャナ保存については、会社の業務改革という位置づけが強い。業務改革を行って何のメリットがあるのかについて明確にすることも必要である。例えば全国の営業拠点で受け取った請求書をスキャナ保存する場合、これまで紙の請求書を本社に送付し月に1回支払を行っている業務手順であれば、37日以内に入力完了するような業務フローの作成が必要である。今現状で行っているそのままの業務手順によりスキャナ保存を導入することは難しい。 文書電子化のメリットは経理業務や税務調査対応業務の効率化、経費削減、内部統制強化、情報共有、BCP対策など様々である。 これらのメリットを具体的に説明できるかどうかが、電子化実現のコツであろう。 4 法令要件対応システムの選定 これまで電子帳簿保存法で規定されている国税関係帳簿書類の電子化に係る法令要件等について解説してきたが、これらの要件は帳簿書類に係る電磁的記録の作成時、保存時に対応するべき要件がほとんどであり、システム側で対応する要件が多い。 企業が帳簿書類の電子化を検討する場合に、これらのシステムの要件を一から対応することは、時間と費用が必要である。自社開発システムで、自社における対応が必要な場合もあるが、法令要件を具備したシステムを導入することをお勧めしたい。 国税関係帳簿書類のデータ保存であれば、訂正削除の履歴の確保方法や、法定保存年数の期間中のデータ閲覧の措置などを満たすシステム改修やシステムの導入が必要である。本連載【第5回】で取り上げた「サブDBシステム」などを導入し、現状のシステム以外に帳簿書類のデータの保存システムを検討することも有効である。 また、国税関係書類のスキャナ保存については、これまではスキャナ保存の導入を検討する企業が少なかったことから、各ベンダーでも製品として開発し販売されるものは少なかった。独自にシステムを構築してスキャナ保存を導入する企業はあったが、そのほとんどが導入効果の高い大企業の場合であった。 スキャナ保存を導入する場合には、法令要件に対応した会計システムや電子ワークフローの導入を検討することが必要であるが、これからは更なる規制緩和も予定されており、導入を検討する企業が大企業はじめ中小企業においても多くなると推測される。 検討に当たっては、法令要件をきちんと満たしたシステムやソフトウエアを選定し、内部統制が図られた社内環境において、あらかじめ決められた入力手順で作成されたデータを保存することが必要である。 (連載了)
平成28年3月期決算における会計処理の留意事項 【第2回】 「税効果会計の改正」 仰星監査法人 公認会計士 西田 友洋 平成27年12月10日に企業会計基準適用指針公開草案第55号「税効果会計に関する税率に関する適用指針(案)(以下、「税率適用指針案」という)」が公表されている。また、平成27年12月28日に企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(以下、「回収適用指針」という)」が公表されている。今回は、公表された2つの適用指針について解説する。 1 「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」の主な改正点 回収適用指針では、以下の実務指針について、基本的にその内容を引き継いだ上で、必要と考えられる見直しが行われている。 ここでは、以下の主な改正点について解説する。 (1) 企業の分類 監委66号において、企業を5つに分類することが求められていた。回収適用指針においても基本的に踏襲した上で一部必要な見直しが行われている。 繰延税金資産の回収可能性を判断する際に、回収適用指針第16項から第32項に従って、要件に基づき企業を「分類1」~「分類5」に分類し、当該分類に応じて、回収が見込まれる繰延税金資産の計上額を決定する(回収適用指針15)。 「分類1」~「分類5」の要件は、監委66号と回収適用指針で以下のように異なる(回収適用指針15、17、19、22、26、30)。ポイントは将来の状況が要件に入っていること、及び会計上の指標である利益要件から税務上の指標である課税所得要件へ変更されていることである。 ※画像をクリックすると、別ページでPDFが開きます。 (※1) 営業損益項目に係る益金及び損金は通常の事業活動から生じたものであることから、原則として、「臨時的な原因により生じたもの」に該当しないと考えられる。一方、営業外損益項目及び特別損益項目に係る益金及び損金のうち、企業が置かれた状況等に基づいて検討した場合に将来において頻繁に生じることが見込まれないものは「臨時的な原因により生じたもの」に該当することが考えられる。 また、営業外損益項目に係る益金及び損金は毎期生じるものが多く、通常は「臨時的な原因により生じたもの」に該当しないと考えられるが、項目の性質によっては「臨時的な原因により生じたもの」に該当するものが含まれることがあると考えられる。特別損益項目に係る益金及び損金であっても必ずしも「臨時的な原因により生じたもの」に該当するとは限らず、企業が置かれた状況や項目の性質等を勘案し、将来において頻繁に生じることが見込まれるかどうかを個々に項目ごとに判断することになると考えられる(回収適用指針71)。 (※2) 課税所得から臨時的な原因により生じたものを除いた数値は、負の場合となる場合を含む(回収適用指針22)。 (※3) 一時差異等加減算前課税所得とは、将来の事業年度における課税所得の見積額から、当該事業年度において解消することが見込まれる当期末に存在する将来加算(減算)一時差異の額及び税務上の繰越欠損金の額を除いた額をいう(回収適用指針3(9))。 なお、上記の「分類1」~「分類5」に示された用件をいずれも満たさない企業は、過去の課税所得又は税務上の欠損金の推移、当期の課税所得又は税務上の欠損金の見込み、将来の一時差異等加減算前課税所得(※3)の見込み等を総合的に勘案し、各分類の要件からの乖離度合いが最も小さいと判断されるものに分類する(回収適用指針16)。 この判断は、各分類の要件からの乖離度合いを定量的に検討することを意図していない(回収適用指針65)。ここでのポイントは、過去、当期、将来の情報から総合的に判断することである。 (2) 「分類2」に該当する企業におけるスケジューリング不能な将来減算一時差異 監委66号では、「分類2」に該当する企業でスケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産について、回収可能性がないものとされていた。一方、回収適用指針では、取扱いが以下のように変更されている。 「分類2」に該当する企業において、スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は、原則として、回収可能性がない。ただし、スケジューリング不能な将来減算一時差異のうち、税務上の損金の算入時期が個別に特定できないが将来のいずれかの時点で損金に算入される可能性が高いと見込まれるものについて、当該将来のいずれかの時点で回収できることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合、当該スケジューリング不能な将来減算一時差異に係る繰延税金資産は回収可能性がある(回収適用指針21)。 例えば、スケジューリング不能な株式の減損損失、役員退職慰労引当金について、将来のいずれかの時点で回収できることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合、繰延税金資産を計上できる(回収適用指針75、106)。 (3) 「分類3」に該当する企業における将来の一時差異等加減算前課税所得の合理的な見積可能期間 監委66号では、「分類3」に該当する企業では、課税所得の見積期間がおおむね5年とされていた。しかし、実務上はおおむね5年ではなく、一律5年を限度として課税所得の見積りを行うことが多かったと考えられる。このような硬直的な運用では、企業の実態を反映しない可能性もあるため、回収適用指針では以下のように見直されている。 「分類3」に該当する企業は、合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産の回収可能性を検討する(回収適用指針23)。 ただし、臨時的な原因により生じたものを除いた課税所得が大きく増減している原因、中長期計画(回収適用指針では、おおむね3年から5年を想定)、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得の推移等を勘案して、5年を超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産が回収可能であることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとする(回収適用指針24)。 (4) 「分類4」に係る分類の要件を満たす企業が「分類2」又は「分類3」に該当する場合 上記(1)の「分類4」の要件を満たす企業で、重要な税務上の欠損金が生じた原因、中長期計画、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得又は税務上の欠損金の推移等を勘案して、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積り、以下の①に該当する場合は「分類2」に、②に該当する場合は「分類3」に該当するものとして取り扱う。 ① 「分類4」に係る分類の要件を満たす企業が「分類2」に該当する場合 重要な税務上の欠損金が生じた原因、中長期計画(回収適用指針では、おおむね3年から5年を想定)、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得又は税務上の欠損金の推移等を勘案して、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積る場合、将来において5年超にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときは、「分類2」に該当するものとして取り扱う(回収適用指針28)。 この場合、スケジューリング可能な一時差異等に係る繰延税金資産は回収可能性がある(回収適用指針20)。さらに、上記(2)のとおり、スケジューリング不能な一時差異等に係る繰延税金資産も回収可能性ありと判断する場合がある(回収適用指針21)。 例えば、過去において「分類2」に該当していた企業が、当期において災害による損失により重要な税務上の欠損金が生じる見込みであることから「分類4」に係る分類の要件を満たしたが、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積った場合に、将来において5年超にわたり一時差異等加減算前課税所得が安定的に生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときが該当する(回収適用指針91)。 ② 「分類4」に係る分類の要件を満たす企業が「分類3」に該当する場合 重要な税務上の欠損金が生じた原因、中長期計画(回収適用指針では、おおむね3年から5年を想定)、過去における中長期計画の達成状況、過去(3年)及び当期の課税所得又は税務上の欠損金の推移等を勘案して、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積る場合、将来においておおむね3年から5年程度は一時差異等加減算前課税所得が生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときは、「分類3」に該当するものとして取り扱う(回収適用指針29)。 この場合、合理的な見積可能期間(おおむね5年)以内の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて、繰延税金資産の回収可能性を検討する(回収適用指針23、29)。 これは、監委66号における例示区分「4ただし書」に相当する。 例えば、過去において業績の悪化に伴い重要な税務上の欠損金が生じており「分類4」に該当していた企業が、当期に代替的な原材料が開発されたことにより、業績の回復が見込まれ、その状況が将来も継続することが見込まれる場合に、将来においておおむね3年から5年程度は一時差異等加減算前課税所得が生じることを企業が合理的な根拠をもって説明するときが該当する(回収適用指針92)。 なお、「分類4」の要件を満たす企業で「分類3」に該当する企業には、上記(3)のただし書の部分(回収適用指針24)については、適用されない(回収適用指針89)。 また、「分類4」に係る分類の要件を満たす企業が「分類2」に該当するケースは、「分類3」に該当するものとして取り扱われるケースに比べて多くはないものと考えられる(回収適用指針89)。 (5) 会計方針の変更 回収適用指針の適用により、すべての企業が会計方針の変更に該当するわけではない。回収適用指針の適用初年度の期首(下記(6)参照)において、以下の①~③の項目を適用することにより、これまでの会計処理と異なることとなる場合には、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更として取り扱う(回収適用指針49(3))。 本解説投稿日時点の会社計算規則では、上記と同一の注記内容の規定はない。しかし、会計基準等の改正による会計方針の変更に関する注記であることは、計算書類においても変わらないため、計算書類においても同様の注記を行うことが考えられる。 また、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更に該当しない場合、会計方針の変更の注記は不要である。しかし、会計基準等の改正に伴う会計方針の変更に該当しなくても、回収適用指針を適用していることには変わりはない。そのため、追加情報で回収適用指針を適用している旨等について注記することも考えられる。 (6) 適用時期 回収適用指針は、平成28年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から適用する。ただし、平成28年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することができる(回収適用指針49(1))。 早期適用した連結会計年度及び事業年度の翌年度に係る四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表においては、早期適用した連結会計年度及び事業年度の四半期連結財務諸表及び四半期個別財務諸表について回収適用指針を当該年度の期首に遡って適用する(回収適用指針49(2))。 また、回収適用指針が公表されたことを受け、監委66号及び監委70号が平成28年1月19日付けで廃止されている。 ただし、平成28年4月1日前に開始する連結会計年度及び事業年度の連結財務諸表及び個別財務諸表については、回収適用指針を早期適用する場合を除き、従前のとおり監委66号及び監委70号を適用する。 (7) 未適用の会計基準等に関する注記 既に公表されているものの、未だ適用されていない新しい会計基準等がある場合には、以下の項目を注記する。なお、連結財務諸表で注記を行っている場合は、個別財務諸表での注記は必要ない(遡及基準12)。連結財務諸表作成会社では、子会社における影響についても算出する必要がある。 例えば、早期適用をしない12月決算の会社の場合、平成27年12月期及び平成28年12月期で、1月決算の会社の場合、平成28年1月期及び平成29年1月期で、2月決算の会社の場合、平成28年2月期及び平成29年2月期で、3月決算の場合、平成28年3月期において当該注記が必要となる。 なお、会社計算規則では、未適用の会計基準等に関する注記の定めはない。 (前ページへ戻る) 2 「税効果会計に適用する税率に関する適用指針(案)」の主な内容 現行では、繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、決算日時点で公布されている税率である。しかし、決算日以前に税制改正の法律が成立していても、公布されていなければ改正前の税率で繰延税金資産及び繰延税金負債を計算することになり、有用な情報とはいえない(税率適用指針案15)。また、改正地方税等が決算日時点で公布されていても改正条例が決算日時点で成立していない場合の取扱いが明確になっていないなどの意見がある(税率適用指針案16)。そのため、以下の改正が提案されている。 なお、本解説は公開草案をもとに解説しているため、「税効果会計に適用する税率に関する適用指針」が正式に公表された際には、公開草案からの変更点について確認する必要がある。 (1) 法人税、地方法人税及び地方法人特別税に関する税率 法人税、地方法人税及び地方法人特別税について、繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、決算日において国会で成立している法人税法等(法人税、地方法人税及び地方法人特別税の税率が規定されている法)に規定されている税率とすることが提案されている(税率適用指針案5)。 (2) 住民税(法人税割)及び事業税(所得割)に関する税率 住民税(法人税割)及び事業税(所得割)(以下、「住民税等」という)について、繰延税金資産及び繰延税金負債の計算に用いる税率は、決算日において国会で成立している税法(住民税等の税率が規定されているもの(以下「地方税法等」という))に基づく税率によることが提案されている(税率適用指針案6)。 また、決算日において国会で成立している地方税法等に基づく税率とは、以下の税率をいうと提案されている(税率適用指針案7)。 ① 当事業年度において地方税法等を改正するための法律が成立していない場合(地方税法等を改正するための法案が国会に提出されていない場合を含む) ② 当事業年度において地方税法等を改正するための法律が成立している場合 1 法人事業税(超過税率)の算定 上記(2)②(ⅱ)(イ)のとおり、算出方法は2つある。 (1) 数値加算法 現行の条例で平成29年3月期に適用される予定であった標準税率(1.9%)と超過税率(2.14%)の差を平成29年3月期以降の法人事業税(標準税率)に加算する。 平成29年3月期:0.7%+(2.14%-1.9%)=0.94% 平成30年3月期以降:3.6%+(2.14%-1.9%)=3.84% (2) 割合法 現行の条例で平成29年3月期に適用される予定であった標準税率(1.9%)と超過税率(2.14%)の割合を平成29年3月期以降の法人事業税(標準税率)に乗じる。 割合法には、地方法人特別税を含む法人事業税率で計算する方法と含まない法人事業税率で計算する方法がある。 ここでは、地方法人特別税を含まない法人事業税率で計算する方法のみ取り上げる。 平成29年3月期 : 0.7%×(2.14%÷1.9%)=0.79% 平成30年3月期以降: 3.6%×(2.14%÷1.9%)=4.05% 当該設例では、(1)数値加算法による数値を採用し、上記表に記載している。 2 法定実効税率の算定 法人事業税(及び法人住民税)について超過税率適用の場合は、以下のように計算する。 【平成29年3月期まで】 【平成30年3月期以降】 (参考)法人事業税(及び法人住民税)について標準税率適用の場合は、以下のように計算する。 【平成29年3月期まで】 【平成30年3月期以降】 計算の結果は以下のとおりである。 法定実効税率が低下することで、繰延税金資産及び繰延税金負債が減少する。 (3) 適用時期 平成28年3月31日以後終了する連結会計年度及び事業年度の年度末に係る連結財務諸表及び個別財務諸表から適用することが提案されている(税率適用指針案10)。 (了)
[子会社不祥事を未然に防ぐ] グループ企業における内部統制システムの再構築とリスクアプローチ 【第10回】 「グループ企業への具体的な関与(その4)」 ~監査機能の課題と重要性②~ 公認会計士 松藤 斉 (2 不正リスク対応の監査体制の課題) ③ 会計監査人 ▷ 精神的独立性 会計監査人、監査事務所に対しては、昨今の巨額不正会計の続発を受け、国内外から監査品質について疑問視され、ますます厳格な監査の実施を期待されている状況である。不正リスク対応監査においては、監査基準の厳格化や当局指導を受け、監査手続強化、所内研修、審査機能強化の流れの中で不正の端緒を発見する機会も徐々に増えているようである。また、監査事務所への告発を契機に実態調査に発展する事例もある。 しかし、報酬を支払う監査先に対する精神的独立性の問題があるのは事実である。確かに、会社法改正によって会計監査人の選任・解任等の議案の決定権が監査役会に与えられ、取締役の職務執行を監査する監査役(会)との関係がすっきりした。一方、監査対象である取締役及びその他の役職員との相互関係性、コミュニケーションによって現場の監査が成り立っており、翌期の監査でいきなり厳しい態度で臨むのも難しいものである。 仮に監査事務所ローテーション制度が日本で導入された場合でも同様であるが、形式は独立、実質は遠慮とならぬよう、監査役(会)、監査委員(会)とのコミュニケーションの質、量を相当増やして、執行側、取締役(会)、監査役(会)とのバランスを保ち不正対応監査を進めるべきである。 ▷ 不正リスク対応監査 次に、監査現場が持つ課題としては、監査先とのコミュニケーション不足、増える一方の監査手続及び文書化、品質管理のための工数に比しての予算や対応の不足が挙げられよう。 また、筆者の現役時代と比べると、内部統制監査、四半期監査を含め、監査対象データ、監査対象取引の複雑性などが膨大に増えている中で、それらを克服できるだけの技術革新が必ずしも得られているとも言えない現状があるのではないか。 元来、監査意見の形成は、財務諸表項目の質的、量的重要性を目安に行う実証手続(検証と分析)を主軸に実施され、結果として財務諸表の相対的適正性について保証するものである。監査現場では、抽出された勘定残高及び取引の実在性、網羅性、合理性等の心証を得るために証憑等の検証やヒアリングを行うが、その中に紛れている不正の発見は各担当者の懐疑心に依っており(不正の端緒の着眼や検知)、不正の手口を全て想定して監査を実施できるものでもない。 また、分析手続にしても、相当高度かつ深いデータ分析技術と監査担当者の洞察がないと適切な検証対象の抽出や異常点の発見に繋がらない(財務諸表全体から眺め、洞察して発見できるはずの異常性は論外)。 各監査事務所は現在、不正リスク対応監査(【図表2】参照)やデータ監査技術の高度化などを模索中と理解しているが、このような高度監査の実現は、果たして、個々の監査事務所の努力で達成される(する)べきなのか、業界全体の品質向上を目指してその自立的改善も期待されるところである。 【図表2】 不正リスク対応監査プロセス例 3 共通する監査機能の課題と今後に向けて 以上のとおり、監査役(会)、内部監査部門、会計監査人それぞれの固有の課題はあるものの、共通の課題も浮かび上がる。 不正リスク対策の実施、浸透は相当長期間にわたって継続し、メンバーの交代があっても引き継いで行くべきものであり、是非そういう覚悟で関係者間の討議、コミュニケーション、認識共有を図っていただきたいと考える。以下は筆者が提案するところの方法論やポイントである。 ① リスクベーストアプローチによる段階的な機能強化 これは、リスクベーストアプローチによるリスク評価や認識に基づき、監査計画を策定し、テーマ分野に絞って、経営者、ガバナンス機関と相互に認識を摺り合わせ、毎期段階的に実施するという意味である(会計監査人の場合は、毎期のリスクベーストアプローチ監査の他、付加的にテーマを決めて長期的な品質向上を狙う)。 例えば、内部監査部門であれば、特定の海外事業リスク、本社・部門・子会社のガバナンス体制の洗い出しなど、フォーカスするテーマと手続を限定して、リスク管理部門と連携し、必要に応じ外部専門家を活用して、主要海外拠点を往査するなど、経営者、取締役会、監査役会から見て成果が可視化できることが重要だと思われる。 それぞれの立場で期待GAPを極小化するためにも、監査貢献価値を高め、信頼を獲得し、予算や協力レベルを上げる、といった段階的な活動である。 ② 不正リスクに対する感度の向上 次にフォーカスしていただきたいのは、不正リスクに対する感度の向上である。 一般的に、不正を身近に経験していない企業や担当者は、不正防止、発見には統制環境や内部統制強化、あるいは内部監査の強化など、諸施策が直接、間接に不正対応に効果があると考える。それを否定するものではないが、不正経験企業では、不正の動機、機会、正当化の原因に立ち返り、より直接効果が期待される統制手段の運用強化をまず考える。 例えば、人事ローテーション、一人仕事の廃止、職場環境の改善、通報制度の運用強化、管理者の牽制・レビューなど構成員に直接働きかける施策である。 確かに、不正対策にはガバナンス、リスクマネジメント、コントロールの長期的な底上げは必須であるが、このような直接統制も再発防止のためには重要である。不祥事が起きて初めて自社のリスク要因が効果的に分析でき、不正の端緒への感度が向上できるのも事実である。幸運にもそのようなことのない会社であれば、過去の事件への振り返りや同業他社事例の研究を通じたブレストも効果的である。 ③ グループ企業リスク管理強化における方策 グループ企業管理における監査機能の強化は最も重要なテーマの1つではあるが、一方、会社法改正によって親会社の子会社に対する管理責任がより明確となり、それ以前に、ノンコア事業や孫会社、買収事業等を含め、企業全体の事業管理体制強化も緊急を要することとなっている。 しかし、海外事業については、既存の内部統制やリスク管理活動が必ずしも浸透しているとは限らない。例えば、海外事業管理に効果的な以下のポイントや施策についても参考としていただければ幸いである。 (注1) CSAとは、Control Self-Assessmentの略であり、リスクマネジメントまたは内部統制等の一環として自らの活動を自己評価する作業である。子会社によるCSAは、その信頼性を内部監査部門やリスク管理部署が再確認(再保証)し、監査役会が結果を吟味することが好ましい。 (了)
計算書類作成に関する “うっかりミス”の事例と防止策 【第9回】 「実際にある「復配時」のこんな注記ミス」 公認会計士 石王丸 周夫 1 今回の事例 計算書類のドラフトにはうっかりミスがつきものです。 たとえば、こんなミスをよく見かけます。 【事例9-1】 剰余金の配当に関する注記が間違っているが、それだけを見ても間違いに気づかない。 この事例には間違いが含まれているのですが、実はこれだけを見ていてもどこが間違っているかはわかりません。 ヒントを出しましょう。 この会社はここ数年業績が芳しくなく、無配の状態が続いていました。ところが今年度は営業努力が実って業績が好転し、今年度に係る定時株主総会(開催されるのは翌年度)において、剰余金の配当議案を出すことにしています。 上の事例でどこが間違いか、おわかりになったでしょうか。 2 復配時の正しい記載パターン まず、剰余金の配当議案を確認しておきましょう。 このような議案がある場合、連結注記表の注記は以下のように記載されます。 これが正しい記載例です。 (2)の②にこれから実施する予定の配当についての記載が入っています。【事例9-1】ではここが「該当事項はありません。」となっていました。 (2)の①は前期に係る配当(支払は当期中)の記載、(2)の②は当期に係る配当(決議・支払ともに翌期)の記載です。「前期無配・当期無配」の場合は、【事例9-1】のように「①も②も該当なし」のパターンでよいわけです。 この会社は無配が継続していたため、前期までこのパターンの記載でした。この注記の作成者はそのパターンに慣れてしまったようです。 当期はこの状況が変わり、配当を再開できました。前期無配・当期有配です。これを「復配」といいます。復配の年度の注記パターンは、上に示した正しい記載のとおり、「①該当なし・②記載あり」のパターンです。 3 このミスが発生する理由 今回の事例は、うっかりミスのパターンで言うと「リサイクル・ミス」に当たります(【第1回】を参照)。すなわち、前期の注記データをコピーしてきて、当期の注記表にそのまま利用してしまうというパターンです。 前年まで無配継続していたため、①も②も「該当事項なし」という記載パターンになっており、それを今期も使用してしまったわけです。配当を再開することになったにもかかわらず、②の欄を「該当事項なし」と記載してしまったのはお粗末です。 しかし、このミスに気づかなかったことも理解できます。 それは、議案の内容が注記のすぐ下に書いてあるわけではないからです。 「連結株主資本等変動計算書に関する注記」と「剰余金の配当議案」は離れたところに掲載されています。この2つの情報は、数十ページもある株主総会招集通知の中のかなり離れたページに載っているのです。 もしかしたら、この2つは作成担当者が別かもしれません。そうすると、計算書類作成担当者は、今期復配になることも知らずに、ひたすら計算書類を作成していたのかもしれません。 今回の事例は実際にいくつも見かけたことがあります。間違いやすいところですので、ぜひ注意してください。 4 類似事例の紹介 剰余金の配当に関する注記に関して、類似する事例を紹介しておきます。 以下のようなものです。 【事例9-2】 剰余金の配当に関する注記で、配当金の総額の数字がケタ違いになっている。 これは数字の転記ミスです。【事例9-2】の記載内容は先ほど掲載した議案の内容に沿ったものとしています。 議案を確認するとわかるように、配当金の総額は170,200,000円です。百万円単位に直すと170です。それをなぜか1,702,000と入力してしまったようです。 それほど多くはありませんが、こうしたミスも実際に見かけます。そして、これがまたもっともらしく見えてしまうのです。 ぜひ気をつけましょう。 〈今回のまとめ〉 「連結株主資本等変動計算書に関する注記」の内容については、剰余金の配当議案と整合していることを確認しましょう。 (了)
『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針』の 要点・留意点 【第3回】 「企業の(分類3)のポイント」 公認会計士 阿部 光成 今回は、「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(企業会計基準適用指針第26号。以下「適用指針」という)における企業の(分類3)について解説する。 適用指針の公表に際して、「企業会計基準適用指針公開草案第54号『繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針(案)』の主なコメントの概要とそれらに対する対応」も公表されている。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 Ⅰ (分類3)の要件と繰延税金資産の計上額 Ⅱ 主な留意点 (分類3)に関する主な留意点は次のとおりである(適用指針80項)。 Ⅲ (分類3)に関する将来の一時差異等加減算前課税所得の合理的な見積可能期間 監査委員会報告第66号における「将来の合理的な見積可能期間(おおむね5年)内の課税所得の見積額を限度」とする運用が硬直的に行われているのではないか(適用指針82項)という批判があり、また、一律に5年を限度とすることは企業の実態を反映しない可能性があると考えられた(適用指針82項、84項)。 このため、適用指針24項では、5年を超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産が回収可能であることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合、当該繰延税金資産は回収可能性があるものとするとされた。 ただし、下記の規定などを考えると、実務上、適用指針24項を用いて、5年を超える見積可能期間においてスケジューリングされた一時差異等に係る繰延税金資産が回収可能であることを企業が合理的な根拠をもって説明する場合の運用については難しい面があるものと解される。 適用指針24項に関しては、適用指針85項において、①製品の特性により需要変動が長期にわたり予測できる場合、②長期契約が新たに締結されたことにより、長期的かつ安定的な収益が計上されることが明確になる場合が例示されている。 実務上の運用に際しては、このような例が参考になるものと解される。 (了)
「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する 監査役等の実務指針」の概要と留意点 仰星監査法人 公認会計士 小川 聡 1 はじめに 平成27年11月10日に日本監査役協会会計委員会より「会計監査人の評価及び選定基準策定に関する監査役等の実務指針」(以下、「実務指針」という)が公表された。 これは、会社法改正により会計監査人の選解任・不再任議案の内容を監査役(会)及び監査等委員会(以下、「監査役等」という)が決定することとなったこと、及びコーポレートガバナンス・コードの中で会計監査人に対する監査役会の以下の対応が規定されたことによるものである。 本項においては、実務指針の概要を紹介するとともに、筆者が個人的に留意すべきと考えるポイントについて解説を行う。 なお、文中、意見に関する部分は、私見であることを申し添える。 2 実務指針の概要 実務指針には主に、会計監査人の評価基準策定に関する実務指針と会計監査人の選定基準策定に関する実務指針が記載され、評価基準については14項目、選定基準については7項目の評価項目例が記載されている。 さらには各評価項目例において「関連する確認・留意すべき事項」の例示が記載されているため、実際の評価及び選定の段階において利用することが想定されている。 また、付録において評価基準の項目例が時系列で整理され、さらには監査調書例も記載されている。 これらは、年間を通じて監査役等が会計監査人を評価するにあたり利用することが想定されている。 その上で、実際の会計監査人の評価においては、従来から会計監査人から監査役等に提出されていた以下の資料がまず参考になると思われる。 ただし、上記資料に記載のない事項についても評価項目例には記載があり、さらには資料に記載のある事項であっても今後はより深度ある検討が必要になると思われる。 いずれにせよ、今後は会計監査人とのコミュニケーションがより重要になる。 この点、監査役等も会計監査人が則るべき監査実務指針を理解することが有用である。 特に会計監査人による監査役等とのコミュニケーションに関する実務上の指針である監査基準委員会報告書260「監査役等とのコミュニケーション」(日本公認会計士協会監査基準委員会 平成27年5月29日)を確認することは監査役等の実務に有益と思われる。 3 「監査報酬」項目に関する留意事項 実務指針の詳細な内容は各自実際に一読いただくとして、以下では筆者が留意すべきポイントと考える監査報酬について私見を記載する。 その他の項目は原則会計監査人が監査を適切に実施する体制を有しかつこれを適切に運用しているかという言わば十分性の観点からの項目が主となっているのに対し、監査報酬に関しては有効性や効率性という観点が評価項目として記載されているところが最たる特徴であると思われる。 これは当然に企業サイドにとって、監査報酬は費用であるということが前提になっていると想定される。つまり、有効性や効率性が考慮されていない場合監査工数は増加し、結果として監査報酬が増額される可能性があることを前提にしているのであろう。 また、高額すぎる監査報酬が会計監査人の独立性を阻害する可能性や低額すぎる場合の監査の品質低下の可能性も考慮していると思われる。 その上で、実際に会計監査の実務に携わる者として私見を記載すると、重視すべきは監査契約書に記載され、実際に企業から会計監査人に支払われる監査報酬のみに注目すべきではないということである。 監査報酬が費用として処理される性質であることから会計監査人を評価する際に監査報酬に注目することは当然であるが、同時に社内コストに注目すべきである。 会計監査が実施される際には必ず企業サイドで会計監査人の業務に対応する人員が必要となる。 企業が人員を雇用するということは、当然に費用が発生するということである。この人員が監査対応のために費やした時間は社内コストであるが、同時に監査コストという意味においては監査報酬と同一の性質をもった費用である。 仮に、会計監査人の監査報酬が一定程度低く抑えられていたとしても、社内における監査対応コストが著しく大きい場合、企業が総体として負担する費用は大きなものとなってしまう。 したがって、会計監査人の監査報酬を監査役として有効性や効率性といった観点で評価する際には、会計監査人へ支払われる監査報酬の前提としての監査工数に加え、「監査対応コストが社内でどのように発生しているか」という観点が重要である。 すなわち、総体としての監査コストに着目し会計監査人の監査業務と企業サイドにおける監査対応の全体としての有効性や効率性を評価することが本来の意味における監査報酬の評価に繋がると考える。 なお、監査対応以前に企業サイドの経理体制の有効性の再確認も重要となる。 企業サイドの経理体制の有効性は企業の適切な情報開示に直結する事項であると同時に、会計監査人の監査の効率化に影響する 仮に企業サイドの経理体制に何らかの考慮すべき事項がある場合、それ自体が会計監査人の監査工数の増加要因となる可能性が否定できないためである。 (了)
〈検証〉 「コーポレート・ガバナンス報告書」からみた CGコード初適用への各社対応状況 【第2回】 「“説明”率の高い原則に関する主な事例検証(その1)」 弁護士・公認会計士 中野 竹司 4 “説明”率の高い原則 (1) 概要 3(前回)で検討したように、8月末提出会社に比較して、全提出会社でみると、原則に対する説明率は大幅に高くなった。 そして、説明率が高い原則(すなわち、実施率の低い原則)も明らかになった。 そこで今回より、“実施”でなく“説明”を選択した企業の多かった原則は何か、また各社はどのような“説明”を行っているかを分析していきたい。 (2) 実施率の低い原則 上に掲げた説明率の高い原則をさらに分類すると、以下のように分けられる。 ① 社外取締役の活用に関する原則 ② 特定の手段・内容の情報開示を求める原則 ③ その他 このうち、①の社外取締役の活用については、独立取締役の2名以上の選任について“説明”している会社が4割以上存在する。ただし、下図の通り、独立取締役を複数名選する市場一部上場企業について、平成26年7月末時点では21.5%だったものが、平成27年7月末時点では48.4%と26.9%の大幅増加となっている。したがって、社外取締役の複数選任の増加傾向は顕著であり、今後は社外取締役の選任の有無ではなく、近時増加した社外取締役を具体的にどう活用していくかが焦点となってくると思われる。このため、現在はその移行期だと考えられるのではないか。 出所:スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議 第1回配布資料 資料4「コーポレートガバナンス・コードへの対応状況及び関連データ」P17 また、②の特定の手段・内容の情報開示を求める原則については、8月末までに開示が完了した上場企業と提出会社全体の“実施”割合のかい離が非常に高く、海外投資家の持ち株比率が高い会社、海外での事業比率の高い会社では実施率が高く、そうでない企業との差が大きいのではないかと思われる。 また、原則4-11③「取締役会による取締役会の実効性に関する分析・評価、結果の概要の開示」については、提出会社全体での実施率が36.4%と4割を切り、その必要性の理解が十分得られておらず、また“実施”を検討している会社にとっても、どのように“実施”すればよいか模索中なのではないだろうか。 ③のその他の原則では、特に業績連動報酬、株式報酬等に関する原則の実施割合が低いが、これも我が国の実務より一歩踏み込んだ原則であることから実施率が低いと思われる。 ただし、投資助言機関などは、業績連動型報酬を報酬制度の中に適切に組み込んでいるか否かを重視しており、平成27年7月24日に、経済産業省から公表された「コーポレートガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」でも、 と新しい中長期業績連動型株式報酬についても言及している。さらに、平成28年度の税制改正大綱では、 という記載がなされ、税制面からもインセンティブ報酬の普及をバックアップすることが記載されている。 こうした制度面のバックアップが進み、業績連動報酬、株式報酬等に関する原則の実施割合が今後高まっていくと予想される。 5 原則1-4「政策保有株式に関する対応」記載例 (1) 記載が難しい原則 従来、コーポレート・ガバナンス報告書で対応に苦慮している原則として挙げられていたものは、原則1-4「政策保有株式に関する対応」、原則3-1「情報開示の充実」、補充原則4-11③「取締役会全体の実効性の分析・評価」などであった(出典:野村総合研究所 News Release 2015.6.26)。また、これらの原則は、東証資料に基づけば、“説明”する企業数も多いことから、以下この3つの原則について、実際の記載例を確認しながら検討していく。 (2) 原則1-4「政策保有株式に関する対応」記載例 政策保有株式保有については、従来、投資家側から批判を受けていたものであり、原則1-4は政策保有株式自体を禁止した原則ではないが、開示の強化を図ることにより合理的説明のできない政策保有株式の見直しを図ることとなる原則となっている。そして、この原則は“実施”していたとしても、一定の事項を“開示”することが求められている原則である。 このため、政策保有株式を有する上場企業では、この原則にいかに対応すべきか苦慮することとなった。 原則1-4は必要的開示事項であり、「政策保有に関する方針」と「議決権行使についての基準」の2つの開示が求められている。これに加えて、保有のねらい・合理性について記載したコーポレート・ガバナンス報告書も見られた。 そして、「政策保有に関する方針」では、保有の目的、保有の数量基準、政策保有株式の売却方針などを記載する事例があった。 また、「議決権行使についての基準」では、投資先の企業の企業価値・株主価値に関して記載したものや、自社の利益をどのように考慮するかを記載したものがあった。 以下、具体的な記載事例を挙げる。 ① 原則として保有しないことを明示する例(ニッセンHD(同社HPにて開示)) ② 保有基準を記載する例(大東建託) (了)
〔検証〕 適時開示からみた企業実態 【事例2】 セーラー万年筆株式会社 「代表取締役および役員の異動に関するお知らせ」 (2015.12.12) 事業創造大学院大学 准教授 鈴木 広樹 1 今回の適時開示 今回取り上げる適時開示は、セーラー万年筆株式会社(以下「セーラー万年筆」という)が平成27年12月12日に開示した「代表取締役および役員の異動に関するお知らせ」である。代表取締役の中島義雄氏が取締役に、取締役の比佐泰氏が代表取締役になるという代表取締役の異動があったため、それに関して開示している。 代表取締役又は代表執行役の異動は決定事実の一つとされており、それに関しては適時開示が必要とされる。なお、単なる取締役(いわゆる「平取締役」)や執行役の異動に関しては、特に適時開示が必要とされていない(ただし、重要性の高い社内体制の変更を伴うものであるような場合は、必要となることもある)。 2 平凡な開示かと思ったら この開示自体は、何の変哲も無い極めて平凡な開示といえるものだった。「異動の理由」には、「経営体制の刷新を図り、業績の一層の伸展を期するものであります。」と記載されているだけであり、特に社会の注目を集める要素は含まれていなかった(「異動の理由」には、通常、「一身上の都合」や「世代交代」といった内容がごく簡潔に記載されるだけである)。 しかし、この開示の後、平成27年12月14日、代表取締役だった中島氏が、東京地方裁判所に対して、代表取締役解職の無効の申立を行ったのである。中島氏は、納得したうえで代表取締役を退任していたのではなく、取締役会によって解職されていたことが明らかになったのである。 不本意に退任に追い込まれるような、実質的な解職といえるケースは、よくあるのかもしれないが、このように正式に解職され、しかもそれが明るみになるというケースは、あまり多くない。 3 解職の理由 中島氏による申立を受けて、同じ平成27年12月14日、セーラー万年筆は、「代表取締役の異動の経緯に関するご説明」を開示した。12日の開示とは異なり、そこには異動の理由が詳細に記載されている。それによると、同社の社内取締役が中島氏に対して以下の要請を行ったにもかかわらず、中島氏が実行しなかったことが、解職の理由とのことである。 また、以下のような記載も行い、取締役会の決議の有効性も主張している。 4 なぜこうした展開に? 中島氏は平成21年12月にセーラー万年筆の代表取締役社長となっている。下図のとおり、その後、同社の業績は上向いてきているように思われる。本稿執筆時点では平成27年12月期の業績は不明だが、同期の第3四半期は黒字となっている。それなのに、なぜこうした展開になってしまったのだろうか。 中島氏は、もともと大蔵省(現 財務省)出身で、京セラや船井電機を経て、平成21年にセーラー万年筆の取締役、同年12月に代表取締役社長となったという人物である。それに対して、今回、中島氏の代表取締役解職決議に参加した4名の社内取締役は、全員がセーラー万年筆生え抜きの人達である。 中島氏と他の社内取締役は価値観が違いすぎたのだろうか。それゆえ、6年の間に信頼関係を築くことができなかったのだろうか。あくまで筆者個人の印象であるが、「代表取締役の異動の経緯に関するご説明」の文面からは、そんな印象を受けてしまう。 【セーラー万年筆の連結業績推移】(単位:百万円) 5 結末は? その後、平成27年12月24日、中島氏は代表取締役解職の無効の申立を取り下げることとなった。もともと中島氏に勝目はなかったと思われるし、仮に勝って代表取締役に返り咲いたとしても、他の社内取締役を辞めさせることはできないため(中島氏はセーラー万年筆の株式を少数しか持っていない)、何もできなかったであろう。 セーラー万年筆は、中島氏の申立取下げを受けて、同日、「役員の地位を仮に定める仮処分申立の取下に関するお知らせ」を開示した。その「今後の見通し」には、以下のように記載されている。やはり中島氏は、価値観を共有できていないと思われていたのだろうか。 (了)
税理士ができる 『中小企業の資金調達』支援実務 【第14回】 「金融機関提出書類の作成ポイント(その6 事業計画書)」 ~融資のためのポイント~ 公認会計士・中小企業診断士・税理士 西田 恭隆 前回は事業計画書の形式面のポイントについて解説した。今回は、融資判断という点から事業計画書の内容に関するポイントを述べる。これを押さえることで、金融機関の印象は良くなり、融資獲得の可能性は高まるだろう。 今回も、まず、文章部分についてポイントを解説し、次に計数部分のポイントについて述べる。 融資のためのポイント①:売上増加の計画には具体的な根拠が必要 事業計画書は予測に過ぎないので、実現可能性を考慮しないのであれば、都合の良い売上や利益をいくらでも作ることができる。金融機関側もこの点は理解しており、事業計画書上の売上増加に対する彼らの態度は、基本的に「信用しない」である。このため、売上増加を計画に盛り込むのであれば、具体的な根拠も合わせて示す必要がある。数字をただ並べて抽象的に「一生懸命、しっかり頑張ります」というのでは説得力が弱い。 具体的な根拠とは、物証や具体的な行動計画である。 物証の例としては、新規取引先と締結した契約書または仮契約書や、直近の業績が好調であることを証明する売上入金記録等がある。 具体的な行動計画とは、いつ、どこで、誰が、何を、どのように行動することによって売上を確保するのかを論理的に説明した計画文章である。売上増加といっても、それは新規客増加によるものなのか、リピート客増加によるものなのか。新規増加であれば、いつ、どこで、誰が、何を、どのように広告宣伝することによって増加するのか。新製品や新サービスの提供によって売上を獲得するのであれば、いつ、どこで、誰が、何を、どのように開発して提供するのか、詳細に説明する必要がある。 これら具体的な根拠を、事業計画書の文章部分、「セールスポイント(強み)」に記述する。社長が書く文章は抽象的な場合が多い。税理士がフォローして具体的表現に変えてあげると良い。 融資のためのポイント②:横ばいの売上が好まれる 上記のとおり、売上の増加には根拠が必要であるから、横ばいもしくは微増の売上計画とした方が無難である。金融機関は会社の成長性よりも、毎月確実に返済が行われるか、返済原資となる売上、利益を確保できるかに関心を持つ。慎重で控えめな、最低限これだけは確実にあがるという売上高を示した方が安心感を与える。根拠が無いにも関わらず売上が2倍3倍になる強気の事業計画を立ててしまうと、事業計画書全体の信用にも影響を及ぼしかねない。 以前、筆者はベンチャーキャピタルから出資を受けている会社の融資支援をしたことがあった。将来、上場を目指す会社であった。ベンチャーキャピタルに提出した事業計画書は融資に使えるか、と質問されたので拝見したところ、かなり強気の売上計画であった。「ベンチャーキャピタルに対しては、上場へのやる気や勢いをアピールする必要があるので、それで問題ない。しかし、金融機関向けには控えめな売上が好まれる。」と社長に説明し、改めて売上計画を練り直して頂いた。 融資のためのポイント③:できるだけ黒字の計画にする 融資を受けた1年目はできるだけ黒字の計画にする。新事業や設備投資を目的とする融資の場合、それによって利益が生み出され、返済原資が確保されるという事業計画にする。もちろん、投資の効果が現れるまで時間差があるので、投資直後は赤字になることはあるけれども、融資1年後のトータルでは黒字という形が良い。 慎重に数字を見積もるのも大切であるけれども、赤字の事業計画書は金融機関を不安にさせるだけである。「社長は事業に自信がないのではないか」、「赤字になるのであれば、そもそも事業を行うべきではないのでは」と思われてしまう。黒字の事業計画書を提出するのが礼儀作法である。 黒字の事業計画書を作成するのが難しい場合もある。例えば、赤字続きの会社が、運転資金を調達する場合である。昨年まで赤字だったのが、融資を受けた後に突然V字回復、黒字転換するという事業計画は説得力が弱い。その場合は、確実に実施できる経費の削減計画を盛り込み、できるだけ赤字幅を減らすような事業計画書にする。一般に、経費全体に占める割合が大きい経費項目から削減を検討する。削りやすいからである。複数の経費項目から少しずつ削って効果を高める。人件費カットは従業員の士気や売上根拠に影響するので、慎重に検討する必要がある。 売上の数字を増加させることで簡単に黒字の計画にできるけれども、ポイント①で述べた通り、それだけでは金融機関は納得しない。説得力とのバランスを考えながら調整する必要がある。 融資のためのポイント④:その他の資料も積極的に添付する 金融機関の融資判断に有益と思われる資料は、積極的に事業計画書に添付する。文章だけでは事業内容が伝わりづらい、視覚から商品の良さをアピールしたいという場合、図や写真を添付する。 筆者が以前、女性用水着の製造販売会社の支援をした時は、事業計画書に水着の写真やデザインを添付してもらい、融資交渉面談時には、水着の現物を持参するようアドバイスした。他にも、ドイツ産のお菓子を日本で販売したいという会社には、お菓子と製造工程の写真を添付してもらい、読み手がイメージしやすくなるよう工夫した。飲食店にはグルメサイトの評価ページ、旅館業の会社には宿泊予約サイトの評価ページを添付してもらった。既存顧客のリピート獲得が強みという会社には、証拠として、顧客リストを添付するように助言している。会社または社長が担保として使える不動産を持っているならば、不動産一覧表を作成し、登記簿謄本と合わせて金融機関に提出すると良い。 * * * 以上、融資判断という観点から事業計画書のポイントを述べた。次回は、資金繰り表の作成ポイントについて述べる。融資においては、資金繰り表が最も重要な書類とされる。 (了)